微小重力環境における脳循環と覚醒水準変化のパフォーマンスに及ぼす影響 井上雄一1、白川修一郎 2、三島和夫 3、水野康 4、田中秀樹 5、須藤正道 6、斎藤英知 2 、駒田陽子2 1)順天堂大学医学部精神医学講座, 2)国立精神神経センター精神保健研究所 3)秋田大学医学部精神医学講座, 4)宇宙開発事業団宇宙医学研究室 5)広島国際大学人間環境学部臨床心理学科, 6)慈恵医科大学宇宙医学研究室 順天堂大学医学部 東京都文京区本郷2−1−1 郵便番号113−8421 研究成果概要 研究目的・意義 宇宙空間の微小重力環境では、脳循環の変化や、睡眠構造の劣化のために精神作 業機能が低下する可能性が指摘されている。しかし、微小重力環境シミュレーショ ン下での睡眠の特徴についての結論は得られておらず、もし睡眠の障害によって精 神生理機能に変化が生じるとすれば、覚醒度の日内変化に対応した特徴が得られる はずだが、この点に関する研究も現在までのところ行われていない。また、微小重 力下での脳循環変化ならびにこれに影響を及ぼす自律神経機能と精神生理機能との 関係も未解決の課題である。本研究は、微小重力環境をシミュレートする head down tilt(HDT)条件でのこれらに関わる指標の特徴と相互の関係を調べ、宇宙空間での 精神作業エラーの可能性を予測し、これを防止することを目的として行った。また、 その施行にあたっては、ストレス反応性と高い因果関係を有する間脳下垂体系(HPA 系)機能と、精神生理機能との関係についても検討を加えた。 研究方法 過去の微小重力環境での睡眠の特性に関する実験が、睡眠−覚醒に影響を及ぼす 体動量のコントロールされていない地上歩行条件が対照条件となっていたことに注 目して、7人の若年健康成人に対し、微小重力のシミュレーションとなる6度の head down tilt(HDT)と、水平位の条件を counter balanced cross over design で各 3日割り付けて体動量をコントロールした。この2条件間で、体液の頭部シフトの 影響を知るために体抵抗インピーダンスの比較を行った上で、体位固定初日の睡眠 構造、2日目の覚醒水準指標となる安静覚醒臥床時の脳波α帯域パワーと Stanford sleepiness scale(SSS)、情報処理過程を反映する事象関連電位( P300)認知・注意 を反映した精神作業課題となる単純反応時間、加算課題、英数字検出課題、認知機 能とトラッキング機能の dual task となる compuerized aptitude test(CAT)の日内 変動などの比較を行った。また、循環系自律神経活動の指標となる心拍変動パワー スペクトルの両条件負荷後の継時推移と睡眠中での計測値の比較も行った。さらに は、上記 HPA 系の反応性の指標となるデキサメサゾン−CRH 複合負荷試験(DEX-CRH テスト)を行い、その両条件での特徴の比較ならびに自律神経活動との関係につい て検討した。 本研究で得られた結果 1) ベッドレスト後、下腿のインピーダンスは HDT 条件の方が高値を示したが、 両条件間での有意差はなかった。しかし、推定水分貯留量が、有意に HDT の方 が高かったことより、この条件の方が頭部の血液量は高いものと判断された。 2) 睡眠構築については、 HDT の方が水平位に比べて有意に深睡眠量が減少し ておりかつ中途覚醒回数が多かった。この差異は夜間前半の方が顕著であった。 3) SSS については両条件間で一定の差はみられなかったが、脳波のα帯域パワ ーが朝10時の検査で低下していた。また、この時間帯に一致して CAT のトラ ッキング成績が低下していた。その他の精神作業課題の成績ならびに P300 指標 には明瞭な日内変動はみられないようだった。 4) 心拍変動パワースペクトルでの副交感神経の機能を示す高周波成分値(HF) ならびに低周波成分との比(LF/HF)は、睡眠中の値は明らかに HDT 条件におい て前者が高値、後者が低値を示した。しかしながら、これらの体位変化後の累積 変化については個人差が大きく、副交感神経優位側へシフトするものとそうでな いものが存在した。 5) DEX-CRH テスト結果についても同様に個人差が大きかったが、このテスト での ACTH、コルチゾール分泌反応性は、前述の心拍変動での HF ないし LF/HF の累積変化とよく相関していた。 宇宙実験へ向けた成果 以上の研究結果により、体液の頭方向への貯留を示す HDT 初期において、睡眠が 劣化することが明らかになった。またこの睡眠遮断は、自覚的な変化はもたらさな いものの、朝の時間帯における認知/トラッキングの dual task 機能に影響を及ぼす 可能性が推測された。これらの変化は、宇宙環境下での睡眠改善の重要性と、朝の 時間帯での覚醒度をあげるような運動などによる対処の必要性を示唆するものであ ろう。また、自律神経活動が副交感優位側にシフトすることは、過去の研究結果を 支持するものであるが、その程度の個人差が HPA 系の反応性と相関していたことは、 本系の調節機構に自律神経活動が大きな役割を果たしていることを示しており、心 拍自律神経機能がストレス反応性を予測する指標になりうる可能性があるものと考 えられた。 外部発表リスト 1) 井上雄一、白川修一郎、田中秀樹、駒田陽子、水野康、三島和夫、須藤正道: 6 度ヘッドダウン条件の夜間睡眠ならびに日中の覚醒水準・精神生理機能に及ぼす影 響 第47回宇宙航空環境医学会;2001年11月、名古屋 2)第47回宇宙航空環境医学会;2001年11月、名古屋 水野 康、井上 雄一、田中 秀樹、白川 修一郎、三島 和夫:宇宙飛行士選抜 用コンピューター・テストを用いて評価したベッドレスト開始初期における認知機 能(水平位と6度ヘッドダウンの比較)第47回宇宙航空環境医学会;2001年 11月、名古屋 3)田中 秀樹、白川修一郎、三島和夫、水野 康、難波一義、山本由華吏、駒田陽子、 斉藤英知、戸沢琢磨、井上雄一:微小重力環境が睡眠、作業能力、脳機能に及ぼす 影響 第 4 回日本臨床神経生理学会、2001年11月、東京 4)白川 修一郎、井上 雄一、 三島 和夫、水野 康、田中 秀樹、難波 一義、駒田 陽 子、齋藤 英知、須藤 正道微少重力環境の睡眠と作業能力の概日特性への影響 第 8回日本時間生物学会2001年11月、山口
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