ファイル名:17.pdf サイズ:155.07 KB

小規模野草地における放牧和牛のストレス評価
農業総合試験場畜産研究部
きよし け ん た ろ う
おおはし ひでかず
清 健太郎、大橋 秀一
1
目的
現在畜産業界では、生産性向上、食の安全・安心、消費者の畜産理解の向上
などを複合的に実現できる手法として、アニマルウェルフェア(AW)に配慮し
た飼育管理が注目されている。一般に牛の放牧は、舎飼に比べて牛が自由に行
動できるという点で、AW に適した管理方法と考えられる場合が多い。しかし近
年普及している都市近郊の耕作放棄地を利用した和牛放牧では、広い放牧面積
の確保が難しく、草量減少による栄養不足、夏期の暑熱ストレスなどの発生が
想定される。
そこで本研究では、小規模野草地における放牧牛の栄養状態や生理的ストレ
ス状態を、舎飼の牛と比較し、放牧によるストレス発生について明らかするこ
とを目的とした。
2 方法
夏期(第1期)と秋期(第2期)の2期で試験期間を設定した。第1期は2009
年7月29日から8月19日、第2期は同年9月18日から10月9日のそれぞれ22日
間とした。毎日連続して、気温、湿度、降水量、日射量を測定した。また放牧
地において、放牧開始時、1週間後、2週間後の計3回、草量、草高、植物種
について植生調査を行った。
第1期、第2期ともに、放牧開始時から放牧終了まで1週間おきに、体重測
定と採血を行った。血液から、グルコース(Glu)、総コレステロール(T-Cho)、
尿素窒素(BUN)、遊離脂肪酸(NEFA)(以上栄養状態の指標)および好中球/リ
ンパ球(N/L)比、コルチゾール濃度(以上ストレス指標)を測定した。
3 結果
(1) 気象状況
放牧地の気象状況を表1に、牛舎内の気象状況を表2に示した。放牧地と牛
舎内を比較すると、第1期では、相対湿度が放牧地で高い傾向が見られた。第
2期では、気温、相対湿度ともに差はなかった。
表1
日平均気温 (℃)
日平均最高気温 (℃)
日平均最低気温 (℃)
日平均相対湿度 (%)
積算降水量 (mm)
積算日照時間 (時)
積算日射量 (MJ)
放牧地の気象状況
第1期
1週目 2週目 3週目 全期間
25.2
26.9
26.7
26.2
28.9
31.4
31.7
30.6
22.3
23.9
22.7
23.0
83.3
78.4
72.7
78.1
87
35
8
130
31.9
31.2
52.8 115.9
95.1 110.8 137.9 343.8
1週目
21.9
27.5
17.3
66.9
2
40.4
102.1
第2期
2週目 3週目
22.3
18.3
27.2
22.5
18.9
14.7
75.1
76.2
22
151
29.6
23.7
81.5
60.6
全期間
20.9
25.7
17.1
73.4
174
93.7
244.2
表2
日平均気温 (℃)
日平均相対湿度 (%)
牛舎内の気象状況
1週目
第1期
2週目 3週目
全期間
26.3
79.1
28.1
74.9
27.6
73.8
28.1
68.3
1週目
24.9
58.7
第2期
2週目 3週目
23.1
72.8
19.3
76.1
全期間
21.5
73.4
(2)草量、草高及び植物種
各試験期間における草量と草高を表3に示した。第1期では、放牧の経過に
ともない草量、草高の減少が、第2期では、草高の減少が見られた。第1期と
第2期を比較すると、第1期において草量、草高が多かった。
各植物種の平均被度は、第1期ではアキノエノコログサ 45.0%、メヒシバ
20.2%、ヒメムカシヨモギ 11.0%、バヒアグラス 6.5%、裸地 13.5%となった。
第2期では、アキノエノコログサ 27.2%、バヒアグラス 12.8%、メヒシバ 11.3%、
裸地 35.5%となった。
表3
草量 (kg DM/㎡)
草高 (cm)
草量・草高の推移
第1期
放牧前 2週目 3週目 平均
0.30
0.31
0.16
0.26
83.9
62.8
48.6
65.1
第2期
放牧前 2週目 3週目 平均
0.11
0.22
0.18
0.17
35.3
28.1
26.5
30.0
(3)供試牛の体重の変化
供試牛の体重の変化を、表4に示した。放牧区では、第1期、第2期ともに、
放牧期間を通して体重の増加が見られたが、舎飼区ではほとんど変化は見られ
なかった。
表4
供試牛の体重の変化
第1期
第2期
放牧前
2 週目
3 週目
終了時
放牧前
2 週目
3 週目
終了時
放牧区
391±65
393±63
392±62
404±52
387±54
406±52
408±51
419±56
舎飼区
410±46
415±54
412±54
404±50
423±61
429±58
425±55
427±57
1) 平均値±標準偏差
(4) 栄養状態
栄養状態に関わる血清成分濃度の結果を表5に示した。
第1期において、Glu は試験開始時に舎飼区に比べて放牧区で有意に高い値
を示したが(P<0.05)、試験2週目から試験終了時までは区間で差はなかった。
BUN は、試験終了時において舎飼区に比べて放牧区で有意に高い値を示した
(P<0.05)。T-Cho と NEFA では有意な差は見られなかった。
第2期では、Glu は、3週目以降で舎飼区に比べて放牧区で有意に高い値を
示した(P<0.05)。BUN は、試験開始時に区間で差はなかったが、2週目以降
では舎飼区に比べて放牧区で有意に高い値を示した(P<0.05)。T-Cho と NEFA
では有意な差は見られなかった。
表5
第1期
T-cho
Glu
BUN
NEFA
放牧前
放牧区
舎飼区
放牧区
舎飼区
放牧区
舎飼区
放牧区
舎飼区
107.3± 31.3
155.7± 59.0
69.3± 5.9a
56.7± 3.5b
4.9± 1.3
8.2± 2.4
175.5±115.5
447.4±301.9
第2期
T-cho
Glu
BUN
NEFA
供試牛の血清成分濃度
(単位:mg/dL、NEFA はμEq/L)
3週目
終了時
2週目
136.7±
137.0±
72.0±
61.0±
9.0±
6.0±
242.5±
152.7±
放牧前
50.0
46.8
13.5
2.6
0.6
0.7
99.9
7.1
2週目
131.7± 20.0
116.3± 24.8
78.0± 12.8
62.7± 2.1
8.0± 1.5
7.0± 1.0
354.0±120.6
218.9± 18.2
3週目
119.7± 31.0
112.7± 11.4
70.7± 18.5
60.7± 5.0
9.5± 0.7a
4.5± 1.3b
132.1± 18.1
285.0±190.3
終了時
放牧区
94.7± 42.9
113.7± 38.4
141.3± 26.2
181.3± 62.3
舎飼区 109.7± 31.0
118.0± 13.0
132.3± 6.8
125.3± 14.6
69.7± 5.9a
放牧区
60.3± 6.1
57.3± 10.2
72.7± 4.0a
舎飼区
57.7± 3.8
56.7± 2.3
59.7± 5.9b
60.0± 2.6b
放牧区
5.1± 0.9
12.1± 1.3a
11.5± 1.2a
12.3± 1.2a
6.6± 1.6b
6.1± 0.9b
舎飼区
5.9± 1.2
7.2± 1.1b
放牧区 306.6±128.3
172.9± 56.6
173.2± 53.7
300.6±151.6
舎飼区 159.4± 69.8
323.9±126.0
162.2± 59.5
325.4±221.2
(注)T-cho:総コレステロール、Glu:グルコース、BUN:尿素窒素、NEFA:遊離脂肪酸
平均値±標準偏差
a、b:異符号間で有意差あり(P<0.05)
(5)生理的ストレス指標
第1期において、N/L 比(図1)は、試験終了時に舎飼区に比べて放牧区で
有意に低い値を示した(P<0.05)。コルチゾール濃度では有意な差は見られな
かったが、放牧区で高く推移する傾向が見られた(図2)。第2期ではどちら
も有意な差は見られなかった。
100
100
放牧区
舎飼区
80
放牧区
舎飼区
80
a
60
%
60
40
40
b
20
20
0
0
放牧前
1週目
2週目
終了
放牧前
第1期
1週目
2週目
第2期
図1
N/L 比
終了
15
15
放牧区
舎飼区
放牧区
舎飼区
10
5
5
ng/mL
10
0
0
放牧前
1週目
2週目
終了
放牧前
1週目
2週目
終了
第2期
第1期
図2
コルチゾール濃度
4
考察
第1期では、放牧区において生理的ストレス発生の可能性が考えられた。こ
のことについて、第1期の気象条件を見ると、平均気温は放牧地、牛舎ともに
肉用牛の上限臨界温度である 26~30℃の範囲にあった。しかし、牛舎の天井に
は扇風機が設置されていたこと、直射日光が当たらないこと、3週目は積算降
水量が8mm と少ない一方で日照時間が長く、日射量も多かったことなどから、
放牧区では舎飼区に比べ、牛の体感温度が高かったと推測される。こういった
夏場の気象条件が、ストレス要因になったと考えられた。
第1期、第2期とも、Glu や BUN の値に有意差が見られたが、両区とも正常
値の範囲内にあること、放牧区で体重の増加が見られたことから、栄養状態に
おいて大きな問題の発生は認められなかった。
5
今後の課題
AW を考えていく上では、「5つの自由(①飢えと渇きからの自由、②疾病や
怪我からの自由、③不快環境からの自由、④正常行動を発現する自由、⑤恐怖
や苦悩からの自由)」に代表されるように、多面的な検討が必要である。近年
AW 評価のための方法がいくつか提唱されている。今後も放牧と AW の関係につ
いて、幅広い視野で、かつ精密な検討を行っていくことが必要である。