北海道教育大学大雪山自然教育研究施設研究報告 第35 号 旭岳の表層にみられる広域火山灰の化学組成とその給源火山の特定 Reports of the Taisetsuzan Institute of Science No. 35 平成 1 3 年 3 月 March 2001 旭岳の表層にみられる広域火山灰の化学組成と その給源火山の特定 和田恵治・中村瑞恵・奥野充 * 北海道教育大学旭川校地学教室 * 福岡大学理学部地球圏科学教室(地学分野) Identification of Source Volcano from the Chemical Compositions of Glasses from the Widespread Ashes in the Surface Layers of Asahidake Volcano, Central Hokkaido, Japan Keiji W ADA , Mizue N AKAMURA , and Mitsuru O KUNO * Earth Science Laboratory, Asahikawa Campus, Hokkaido University of Education, Asahikawa 070-8621, Japan *Department of Earth System Science, Faculty of Science, Fukuoka University, Jonan-ku, Fukuoka 814-0180, Japan ABSTRACT The source volcano of four widespread ashes, which were deposited in the surface layers of Asahidake volcano, was deduced by the chemical compositions of glasses using the electron micro-probe analyzer. The widespread ashes are divided into four volcanic ash beds; ash 1, ash 2, ash 3, and ash 4, in descending order from surface. Ash 1 and ash 3 are about 2 cm in thickness, but ash 2 and ash 4 are very thin (lower than 1 cm) and not preserved well. The thickness of soil sandwiched between ash 1 and ash 2, and between ash 3 and ash 4 is lower than 1 cm, whereas that between ash 2 and ash 3 is often more than 10 cm, suggesting a large time interval of eruption age between these two beds. TiO2 and K 2O relation diagram shows four different compositional groups of glasses from four widespread ash beds. They are compared with standard glass compositions of pumice and ash from four volcanoes showing well-known eruption age. The chemical compositions of glasses from ash 1 are in good agreement with those of Ta-a bed from 1739 plinian eruption of Tarumai volcano. The ash 2 is identical with Ko-c2 bed from 1694 plinian eruption of Komagatake volcano. The glasses from ash 3 are extremely low in K 2O, so that ash 3 is identical with Ma-b bed from Mashu volcano erupted in about 1000 years ago. The ash 4, characterized by high K2 O contents glasses, is identical with B-Tm bed from 946 to 947 large-scale plinian eruption of Baegdusan volcano. −9− 和田恵治・中村瑞恵・奥野充 These widespread ashes show a good time-marker bed. The age of phreatic eruption associated with the opening of Jigokudani crater of Asahidake volcano was newly estimated to be more than 1500 years ago on the basis of both identification of widespread ashes in Asahidake volcanic layers and the thickness of peat beds in Tennyogahara swamp cross section investigated by Katsui et al. (1979). はじめに 旭岳は,日本に86ある活火山のうちの一つであり,地獄谷周辺では噴気活動も活発である.そ のため旭岳の最近の噴火活動の履歴を調べることは,将来の噴火活動を予測するうえでも重要であ る.そのためには旭岳をつくる火山噴出物がいつ噴火したものか,その年代を知る必要がある.そ の方法の一つとして,噴出年代が知られている火山灰層を鍵層にすれば,その上下の噴出物の年代 を推定することが可能である.そのような鍵層として,短時間で広い地域に堆積した広域火山灰が 有効である.今回の調査において,我々は,旭岳の表層に堆積した広域火山灰を新たに特定した. これは,旭岳の最近の噴火史を編む上で,その基礎となる噴火年代の推定に重要な知見となる. 旭岳姿見ロープウェー駅から裾合平へのゆるやかな登山道を歩くと,道沿いの土壌断面に白色粒 状の火山灰薄層がよくみられる.この火山灰層は,山田・近堂(1959)によって旭岳の最新の噴火 によるものと考えられ,As-a 層と称された.しかし,勝井ほか(1979)は,この As-a 層が樽前火 山 1739 年の噴火によって降下した広域火山灰(Ta-a 層)である可能性がきわめて高いことを指摘 した. 今回,我々は,旭岳姿見駅から裾合平へ至る登山道周辺地域の表層堆積物を詳細に地質調査し, 旭岳起源ではない遠来の火山から飛来してきた広域火山灰が4層あることを見いだした.そして, これらの火山灰の火山ガラスを電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)によって化学分析し た結果,旭岳に分布する広域火山灰で最も新しいものは,Ta-a 層であることが確かめられた.さら に,この下位にある3枚は,上から駒ヶ岳火山 1694 年噴火の火山灰(Ko-c2 層),およそ 1000 年前 の摩周火山の火山灰(Ma-b 層),そして最下位の火山灰は白頭山 946-947 年噴火(早川・小山,1998) の火山灰(B-Tm 層)であることが明らかになった.以下にこれらの結果を報告する. 1.広域火山灰の産状 表層火山灰についての今回の調査では,旭岳の西および北西山腹の姿見駅から裾合平にかけて, 登山道沿いを中心にして調査を行った.広域火山灰は多数の地点で確認された.その中から,化学 分析をおこなった広域火山灰試料の露頭位置図を図1に,柱状図を図2に示す. 広域火山灰層は,全部で4枚識別される.以下,上位から第1層・第2層・第3層・第4層と呼 ぶことにする.地点 00812C では,これら4層がすべて確認されたが,他の地点では第1層と第3 層が表層の地層断面に残存していることが多い.とくに,第1層は粒子が粗い特徴をもち,表土の 直下に顕著に見いだせる.第2層の火山灰層は,よく注意して探すと,時に第1層のすぐ下に見つ けることができる.第4層は保存状態のよい湿地に近いところなど特定の場所でのみ見いだすこと ができる. − 10 − 旭岳の表層にみられる広域火山灰の化学組成とその給源火山の特定 最上部第1層の火山灰層(試料 No.808A-2・812C-1・821E-14・919A-1)は,現在の植生が覆っ ている表土の下位に位置し,厚さは2 cm 平均のところが多く,やや黄色みを帯びた白色を呈し,粗 粒であることが特徴である.粒状でざらざらした手触りである.調査のときには,その特徴を捉え て,通称「タラコ」と呼んでいた. 第2層の火山灰層(試料 No.812C-5・821E-13・919A-2・919D-3)は,第1層の下位に,厚さ1 cm 程度の腐植層ないし土壌をはさんで,薄く(厚さは1 cm 以下)存在する.層として横方向に連 続せず,レンズ状に土壌ないし腐植層に介在することが多い.白色で,火山灰粒子は非常に細かく, パウダーのようにふわふわとした手触りである. 第3層(試料 No.812C-2・821E-11b・919D-5)は,第2層から下位にやや厚い土壌層をおいて出 現し,厚さ2 cm 平均のベージュ色の火山灰層である.粒子は細かく,さらさらした手触りである. 第4層(試料 No.812C-3)は,第3層から薄い腐植ないし土壌をおいて,厚さ1 cm 以下の非常 に細粒な火山灰層として見られる.薄い黄色味を帯びた白色を呈す.層として横方向に連続せず, レンズ状に薄く存在する. 図1 広域火山灰試料の露頭位置図. 国土地理院発行2万5千分の1地形図「旭岳」を使用した. − 11 − 和田恵治・中村瑞恵・奥野充 図2 広域火山灰試料の露頭柱状図. 2.分析方法 採取した火山灰は,洗浄後,ペトロポキシ樹脂によって固め,スライドガラスに貼りつけ両面を 研磨した薄片を作成した.それらの薄片をダイヤモンドペーストで鏡面研磨し,炭素蒸着を行って 分析試料とした. 火山ガラスの化学組成は,北海道教育大学旭川校地学教室の EPMA(JEOL-JXA8600)による 10 元素(Si・Ti・Al・Fe・Mn・Mg・Ca・Na・K・Cl)定量分析から得られた.標準試料は,Si が SiO 2 , Ti が TiO2,Al が Al 2O 3,Fe が Fe2O3,Mn が MnO,Mg が MgO,Ca が CaSiO 3,Na が NaAlSi2O6,K が KTiOPO4 ,Cl が Na 4BeAlSi 4O 12Cl である.補正は ZAF 法による.測定は,加速電圧 15kV,電流 値 0.8 × 10 −8 A,測定時間はピーク 1 5秒,バックグラウンド5秒の条件で行った.EPMA 分析デー タのパソコンへのデータ転送は志村(1995)の方法によった. 通常ルーチンでは Na の損失を抑えるために,電子ビームを径 10 × 10 μ m の範囲に走査させて 行っている.しかし,今回の分析では,火山灰中の軽石片が小さく,ガラス測定領域が 10 μ m 平 方以下となる場合も多くあった.その場合,Na 2 O の分析値はやや低めにでてしまうが(表1),他 の元素でガラス組成の比較を行うため,火山灰の同定に問題はない. − 12 − 旭岳の表層にみられる広域火山灰の化学組成とその給源火山の特定 3.火山ガラスの化学組成 表1に,今回分析した試料における火山ガラスの化学組成を示す.1つの試料で,数個の軽石片 を選び,それらのガラス部分を 9 ∼ 15 点分析し,その平均値と標準偏差を示した.10 元素の重量 %の合計は,平均で 96.36 ± 2.67wt.% である.比較のため,重量%の合計を 100%に再計算したも のを示した. 表1 広域火山灰の火山ガラスの化学分析値 10 元素の中で,K と Ti は,珪長質マグマ・タイプの違いを最もよく反映する元素であり, K 2OTiO 2 図でガラス組成の違いが明瞭に表れることから,しばしば給源火山の推定に使われてきた(徳 井,1989:古川ほか,1997). 第1層から第4層の火山ガラス組成を K 2O-TiO 2 図にプロットした(図3).この図で明らかなよ うに,それぞれの層の火山ガラス組成は,独立した組成グループをつくっていることがわかる.第 1層の火山ガラスは,K 2O が 1.8 ∼ 2.5wt.%,TiO 2 が 0.3 ∼ 0.45 wt.% の範囲内にある.第2層の火 山ガラスは,第1層の火山ガラスよりも K 2O が低く 1.7 ∼ 2.0wt.%,TiO 2 がやや高く 0.4 ∼ 0.6 wt.% を示す.第3層の火山ガラスは,K 2 O が 0.7 ∼ 1.0wt.% と著しく低い特徴を示す.TiO 2 は 0.35 ∼ 0.7 − 13 − 和田恵治・中村瑞恵・奥野充 wt.% と広い組成範囲を示す.第4層の火山ガラスは,K 2 O が 4.1 ∼ 5.5wt.% と著しく高く,TiO 2 は 0.15 ∼ 0.5wt.% と広い組成範囲を示す. 図3 広域火山灰の火山ガラスの K 2O-TiO 2 関係図. 第1層(試料 No.808A-2・812C-1・821E-14・919A-1),第2層(試料 No.812C-5・821E-13・919A-2・919D-3) ,第3層(試料 No.812C-2・821E11b・919D-5),第4層(試料 No.812C-3). SiO 2 を横軸にした組成変化図(図4)でも,広域火山灰の火山ガラスは層準ごとに明瞭な組成グ ループに分かれる.第1層と第2層の火山ガラスでは,同じ SiO 2 量で比較すると,第2層の火山ガ ラスの方がFeO・MgO・CaO・Clにより富んでいる.第3層の火山ガラス組成は,SiO 2 が74 ∼77wt.% と 78 ∼ 80 wt.% の二群に区別されるように見える.しかし,それらの間の組成変化に大きな屈曲は なく,一連の組成変化を示しており,これらは石基ガラス組成における分化の程度の違いを反映し ている可能性が高い.第3層の火山ガラスは,第2層の火山ガラスに比べて,同じ SiO 2 量で,MgO がやや高く,Cl が乏しい特徴を示す.第4層の火山ガラスは,SiO 2 の組成範囲が 68 ∼ 78wt.% と幅 広く,68 ∼ 72wt.% と 74 ∼ 78wt.% の二群に分かれ,それぞれ異なる組成変化を示すことから,同 時噴火堆積物でもマグマ・タイプが異なっている可能性が高い. − 14 − 旭岳の表層にみられる広域火山灰の化学組成とその給源火山の特定 図4 広域火山灰ガラスの SiO 2 組成変化図. 各層の試料 No. は図3と同じ. 4.広域火山灰の給源火山 4-1.樽前山・駒ヶ岳・摩周・白頭山の大噴火と火山ガラス組成 旭岳の表層に見いだされた4層の火山灰が,どの火山から飛来したものか,火山ガラス組成を比 較し,さらに層序的位置を検討することで,これらの給源火山が推定できる.図5に,今まで知ら れている4つの火山(樽前山・駒ヶ岳・摩周・白頭山)からの広域火山灰の火山ガラス組成をプロッ トした. 樽前火山1739年のプリニー式噴火では,北東に分布軸をもって降下軽石およびその細粉である降 下火山灰(Ta-a 層)が道央から道東の広い範囲に分布している(徳井,1989).古川ほか(1997) は,樽前火山の近傍で採取した1739年噴火降下軽石および火砕流中の軽石片の火山ガラス組成を分 − 15 − 和田恵治・中村瑞恵・奥野充 析した.古川ほか(1997)によるこれらの分析データを樽前火山 1739 年噴火の火山灰(Ta-a 層)に おける火山ガラス組成の標準値として図5に示した. 図5 K 2 O-TiO 2 関係図における広域火山灰ガラスの標準組成. 駒ヶ岳火山 1694 年のプリニー式噴火による降下軽石層および火山灰層(Ko-c2 層)が帯広から弟 子屈・知床半島の南へと北東の分布軸をもって広く堆積している(徳井,1989).駒ヶ岳火山近傍 で採取された 1694 年噴火における降下軽石層の軽石片ガラスは,古川ほか(1997)によって分析 された.これらの化学分析値を Ko-c2 層の火山ガラス組成の標準値として図5に示した. 摩周火山では,約1000 年前にカムイヌプリからプリニー式噴火がおこり,降下軽石層や降下火山 灰層(Ma-b 層)が北に分布軸をもって堆積した(勝井ほか,1986).Ma-b 層は,摩周カルデラの 西方 100km にも分布していることから(徳井,1989),より広い範囲に堆積していることが予想さ れる.今回新しく,摩周火山の近傍で採取した降下軽石層の軽石片のガラス組成を,Ma-b 層の火山 ガラス組成の標準値として示した. 白頭山は北朝鮮と中国の国境にある火山で,約 1000 年前に巨大噴火がおこり,軽石及び火山灰 (B-Tm 層)が,西風に流され日本海をわたって,分布軸にあたる東北地方北部と北海道南部に広く 降下した(町田ほか,1981).早川・小山(1998)によると,この時の噴火年代は 946 年から 947 年 と推測された.町田・新井(1992)によって集計されたこの噴火による噴出物の火山ガラス分析値 25 個と,摩周火山とアトサヌプリ火山の中間地点で採取した B-Tm 層の火山ガラス分析値とを,標 準値として図5に示した. − 16 − 旭岳の表層にみられる広域火山灰の化学組成とその給源火山の特定 4-2.旭岳における広域火山灰の給源火山の特定 K 2 O-TiO 2 図において,第1層の火山ガラス組成は,樽前火山 1739 年噴火による Ta-a 層のガラス 組成と重なる.さらに,第2層の火山ガラス組成は,駒ヶ岳火山 1694 年噴火の Ko-c2 層の火山ガ ラス組成と組成領域が一致する.すなわち第1層は Ta-a 層であり,第2層は Ko-c2 層であると推定 される.第1層と第2層の間がわずか1 cm 弱の厚さの土壌を介在していることも,これらの噴火 が 45 年をおいた時間間隔によるものであることと調和的である. 第3層の火山ガラス組成は,その低 K 2 O 量から摩周火山の Ma-b 層と対比される.ただし標準値 と比べて,低 TiO 2 側にもガラス組成が分布している.これは,給源近くの軽石片ガラスと異なっ て,微小な石基ガラス部分の破片も遠来の火山灰に含まれていることが予想されるため,他の元素 でも見られたように,測定部分に石基組成の残液成分が多く分析され,やや分化した組成を得たこ とによるのかもしれない.このことを考慮に入れても第3層は Ma-b 層であると同定される.第2 層の Ko-c2 層から厚さ数 cm 以上の土壌層をおいて約 1000 年前の噴火による第3層(Ma-b)が存在 することから層序的にも矛盾していない. 第4層の火山ガラス組成は,白頭山の B-Tm 層の火山ガラスと組成領域が一致する.B-Tm 層の 火山ガラスは組成が二群に分かれるが,第4層においてもその両者の組成のガラスが共存する(表 1).道東地域において,B-Tm 層は Ma-b 層の直下にあることと(徳井,1989),旭岳においても第 3層(Ma-b)のすぐ下(間隔 1cm 以下)に第4層があることと層序的に一致している.すなわち第 4層の給源火山は白頭山であり,第4層が B-Tm 層火山灰であることがわかる. 5.旭岳の噴火史における広域火山灰の層序的意義 4枚の広域火山灰層の間には,顕著な旭岳起源の噴出物は介在していない(図2).従って旭岳に おいて大きな噴火は,B-Tm や Ma-b 層が堆積して以来,少なくともここ 1000 年間はなかったこと が予想される.しかし,局所的ではあるが,旭岳起源と思われる火山灰の薄層が広域火山灰層の上 下に見られるので,小規模な水蒸気爆発があった可能性は残っている. 図2に見られるように,広域火山灰層より下位には,旭岳起源の火山灰層がどの地点でも厚く存 在している.これは旭岳の山腹に広範囲に堆積したことを示しており,旭岳で最近におこった最も 大きな噴火の産物と思われる.この火山灰層は,比較的厚い土壌層を間にして広域火山灰層(BTm・Ma-b)からさらに下位にあるので,1000 数百年以上も前の噴火年代を示すことが予想される. 勝井ほか(1979)は,旭岳で最新の噴出物は旭岳地獄谷火口が開いたときの水蒸気爆発噴出物で あるとして,その年代を 500 ∼ 600 年前と推定した.その根拠になったのは,天人ヶ原湿原におけ る地層断面であった(勝井ほか,1979).そこでは泥炭層中に火山灰層が3枚確認されている.さ らにそれら火山灰層よりも下位に水蒸気爆発噴出物が地表から 40cm あまりの層位に存在する.勝 井ほか(1979)によって最上部の火山灰は 1739 年噴火の Ta-a 層であることが指摘されており,今 回の研究においても,化学組成から確かめられた.それより下位の2枚については,勝井ほか (1979)では給源火山が不明であったが,それらはおそらく広域火山灰である.今回明らかになっ た層序関係から,Ta-a 層から約 18cm 下位にある3枚目の火山灰は摩周火山からの Ma-b 層であろ う.その下位 15cm のところに旭岳地獄谷火口が開いたときに流れ出た水蒸気爆発噴出物が存在す る. 勝井ほか(1979)は,泥炭層の平均的な堆積速度と天人ケ原湿原での泥炭層の厚さから最新の噴 − 17 − 和田恵治・中村瑞恵・奥野充 火年代を割り出した.しかし,今回の結果は,その水蒸気爆発噴出物は,約 1000 年前に堆積した Ma-b 層よりも下位にあり,しかも 15cm あまりの泥炭層を間に介在しているため,その泥炭層の堆 積した年数を考えると,旭岳地獄谷火口が形成された噴火は,従来考えられていたよりもかなり古 い年代になる. ここで,Ta-a 層(1739 年)と Ma-b 層(約 1000 年前)の間の泥炭層の厚さと,Ma-b 層と旭岳地 獄谷火口噴出物の間の泥炭層の厚さとの比,そして Ta-a 層と Ma-b 層の間の時間の比を考えると, Ma-b 層と旭岳地獄谷火口噴出物の間の時間は約 700 年の 80%で, Ma-b 層よりも約 500 年以上古い ことになる.すなわち旭岳地獄谷火口が開いたのは約1500 年以上前と推定され,従来の推定年代よ りも 1000 年以上も古いことが明らかになった. 旭岳地獄谷火口の形成を含めた最近の旭岳の噴火史については,稿を新たにして報告したい. 謝辞 火山灰試料の採取においては環境省および文化庁から許可を得た.環境省大雪山国立公園東川管 理官事務所および北海道教育庁上川教育局に感謝いたします.この研究には,日本学術振興会科学 研究費補助金(基盤研究C,課題番号:12640461,代表者:宇井忠英;奨励研究A,課題番号: 11780077,代表者:奥野 充)の一部を使用した. 引用文献 古川竜太・吉本充宏・山縣耕太郎・和田恵治・宇井忠英(1997)北海道駒ヶ岳火山は 1694 年に噴火したか?− 北海道における 17 ∼ 18 世紀の噴火年代の再検討−.火山,42,269-279. 早川由紀夫・小山真人(1998)日本海をはさんで 10 世紀に相次いで起こった二つの大噴火の年月日 −十和田 湖と白頭山−.火山,43,403-407. 勝井義雄・横山泉・伊藤太一(1979)旭岳−火山地質・活動の現況および防災対策−.北海道防災会議「北海 道における火山に関する研究報告書第7編」,42p. 勝井義雄・横山泉・岡田弘・西田泰典・松本佳久・川上則明(1986)アトサヌプリ・摩周(カムイヌプリ)− 火山地質・活動の現況および防災対策−.北海道防災会議「北海道における火山に関する研究報告書第 10 編」,104p. 町田 洋・新井房夫・森脇 広(1981)日本海を渡ってきたテフラ.科学,51,562-569. 町田 洋・新井房夫(1992)火山灰アトラス−日本列島とその周辺.東京大学出版会,276p. 志村俊昭(1995)EPMA からパソコン用表計算ソフトへのデータ転送システム.情報地質,6,31-40. 徳井由美(1989)北海道における17世紀以降の火山噴火とその人文環境への影響.お茶の水地理,30,27-33. 山田忍・近堂祐弘(1959)北海道における火山噴出物の類別,分布に関する調査(補遺,その1).日本土壌肥 料科学雑誌,29,449-453. − 18 −
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