ブローチング時の操縦性能の検討 - 水産海洋工学 - 北海道大学

平成 24 年度 日本水産工学会 学術講演論文集
ブローチング時の操縦性能の検討
横田 大武 (北海道大学 水産学部)
芳村 康男 (北海道大学 水産科学研究院)
1. はじめに
漁船等で, 追波を受けて航走中, 船が波乗り状態と
なり, 大きな横傾斜を生じ, 舵が効かなくなる現象は
ブローチングと呼ばれ, 転覆の原因ともなっている。
1981 年, 藤野ら 1)は追波を受けて航走中, 船尾が波の
山にあり, 船首が波の谷にあるとき, 船は針路安定性
が低下するとともに舵効きが低下し, さらに大きな船
首揺れモーメントを受けて船体が波頂線に平行になる
ように回頭して大きな横傾斜を生じることを示した。
また, 元良ら 2)は波乗り状態において波によって船体
に働く旋回モーメントが舵による旋回モーメントを上
回って静的つり合いが存在しなくなることをブローチ
ングの状態であるとした。その後, 主に舵力の低下に
ついていくつか研究がなされてきたが, ブローチング
中の横傾斜の発達および横傾斜と回頭運動の関連につ
いて未だ明確にされていない。そこで, 本論では波浪
中の GM の変化に着目し, GM の違いが操縦性能に及
ぼす影響について報告する。
具体的にはブローチング状態で Fig.1 のように船体
中央が山にある時, 谷にあるときと比べて, 船首船尾
が水面上に出た状況となると水線面が極端に減少する。
それによりメタセンタが低下し, GM が減少して横傾
斜しやすくなる。こうした状態では, 針路安定性が低
下することが予想される。
(trough of wave)
(crest of wave)
Fig.1 The water plane area in waves.
本研究では, 追い波中の GM の変化に着目し、平水
中で GM を変化させた実験に置き換えることにより、
横傾斜が操縦性能に与える影響を明らかにし、ブロー
チング時の操縦性能について検討を試みる。
まず, 自由航走模型試験を実施して GM の違いが操
縦性能に及ぼす影響を明らかにする。次に, 横傾斜を
パラメータとした拘束模型試験を実施し, 操縦運動シ
ミュレーションによっても横傾斜角が主船体流体力微
係数に及ぼす影響について考察する。これらの結果を
もとにブローチング時の操縦性能について検討を行う。
2. GM を変化させた自由航走模型試験
1) 試験概要
GM による操縦運動への影響が実際にどの程度にな
るかをまず実験で確認する。実験は北海道大学水産学
部キャンパス内の水泳プールにて, GM(実船相当)が
1.872m, 0.668m, 0.315m, 0.220m の 4 状態で自由航走模
型試験を行った。
供試船は, 練習船A を使用し, 主要目を Table 1 に, 模
型船の写真を Fig.2 に示す。模型船を自航させるにあたり,
使用した装置を搭載した状態の様子を Fig.3 に示す。
本実験では, 旋回試験・逆スパイラル試験・Z 試験
を行った。自航モーターの回転数は一定とし, 船速は
0.785m/s とした。模型船の操舵は舵に取り付けた操舵
機と舵角を制御するサーボアンプによって行い, 各試
験の試験時の操船は船体に搭載した自動操舵装置によ
る自動操舵を用いた。
模型船の yaw, roll の運動は慣性ジャイロによって計
測し, 舵角とともにデータロガーに記録した。
また, 船
体位置や船速などはカメラの連続撮影によって計測し
た。
2) 試験結果と考察
舵角左右 35°の旋回試験の模型船航跡, 20°/20°Z 試験
の操縦運動の時系列をそれぞれ Fig.4, 5 に示す。
実船相当の GM が 1.872m, 0.668m, 0.315m, 0.220m の
4 状態での計測結果の比較をした結果, 35°旋回航跡の
比較においては GM が小さくなるほど, 旋回圏が小さ
くなっている。20°/20°Z 試験を比較した結果, GM が小
- 145 -
平成 24 年度 日本水産工学会 学術講演論文集
さくなるにつれて, 第一オーバーシュートが大きくな
った。これより GM が小さく, 横傾斜しやすい状態に
なるほど針路安定性が低下することがわかった。
GM=1.872m
60
GM=0.668m
ψ (deg)
GM=0.315m
30
GM=0.220m
Table 1 Principal dimensions of training ship A.
full scale
model(1/29)
L pp m
57.50
1.9828
B
m
12.00
0.4138
D
m
7.00
0.2414
d
m
4.40
0.1517
3
1743.50
0.0715
▽ m
xG m
-1.08
-0.0372
rudder(GM=1.872m
時)
0
0
δ (deg)
10
20
-30
-60
t(sec)
Fig.5 Results of 20°Z-maneuvers for various GM.
3. 横傾斜を含めた 4 自由度操縦運動シミュレー
ション
横傾斜を含めた 4 自由度の操縦運動は横傾斜角φに
対する操縦微係数の変化が重要である。φに対する微
係数 Y’φ, N’φは拘束模型試験より求め, 他はコンテナ
船で計測された横傾斜に対する微係数の変化を用いて,
シミュレーションを行った。拘束模型試験は北海道大
学水産学部の長水槽で行った。
1) 4 自由度操縦運動数学モデル
運動方程式は, 船体の重心を原点として固定した座
標系を用い, 次式で表す。
Fig.2 Ship model for the experiment.
(m + m x )u& G − (m + m y )vG rG = X S
⎫
⎪
(m + m y )v&G + (m + m x )u G rG = YS
⎪
⎬
(I zz + J zz )r&G
= N S − x G YS ⎪
(I xx + J xx )φ&& − z H (m y v&G + m x u G rG ) = K S ⎪⎭
(1)
ただし, XS, YS, NS, KS は船体に作用する前後, 横方向の
力および yaw モーメントと roll モーメントであり, uG,
vG, rG は船の前後, 横, yaw 方向の速度成分である。速
度成分に依存する流体力は MMG の考え方に従って,
船体, プロペラ, 舵の力に分離して次式で表現する。
XS = XH + XR + XP⎫
⎪
YS = YH + YR
⎪
⎬
NS = NH + NR
⎪
⎪⎭
KS = KH + KR
Fig.3 Arrangement.
4
GM=1.872m
GM=0.668m
GM=0.315m
GM=0.220m
DIST./Lpp
3
2
-4
-3
-2
-1
0
0
DIST./Lpp
横傾斜の影響を考慮すると, 船体流体力は次式のよう
に表現できる。
1
2
3
4
ρ
⎫
LdU 2
⎪
2
⎪
⎧⎪ X ' 0 + X ' ββ (1 + c xββ φ )β 2 + (X ' βr − m' y )(1 + c xβr φ )β r '⎫⎪⎬
×⎨
⎬⎪
2
4
⎪⎩+ X ' rr r ' + X ' ββββ (1 + c xββββ φ )β
⎪⎭⎪⎭
XH =
1
(2)
Fig.4 Results of 35° turning trajectories for various GM.
(3)
- 146 -
平成 24 年度 日本水産工学会 学術講演論文集

ρ
⎫
⎪
2
⎪
⎧Y 'φ φ + Y ' β (1 + c yβ φ )β + (Y ' r − m' x )(1 + c yr φ )r '⎫ ⎪
⎪⎪ ⎪
⎪⎪
× ⎨+ Y ' βββ (1 + c yβββ φ )β 3 + Y ' ββ r (1 + c yββr φ )β 2 r ' ⎬ ⎪
⎪⎪
⎪
2
3
⎪⎭ ⎪
⎪⎩+ Y ' βrr (1 + c yβrr φ )β r ' +Y ' rrr (1 + c yrrr φ )r '
⎪⎪
ρ
N H = L2 dU 2
⎬ (4)
2
⎪
⎫⎪
⎧ N 'φ φ + N ' β (1 + c nβ φ )β + N ' r (1 + c nr φ )r '
⎪⎪⎪
⎪⎪
× ⎨+ N ' βββ (1 + c nβββ φ )β 3 + N ' ββr (1 + c nββr φ )β 2 r '⎬⎪
⎪⎪
⎪
2
3
⎪⎭⎪
⎪⎩+ N ' βrr (1 + c nβrr φ )βr ' + N ' rrr (1 + c nrrr φ )r '
⎪
K H = − z H YH − B44φ& − C 44φ
⎪
⎪⎭
YH =
LdU 2
ただし,
⎫
⎪
⎬
gmGM (I xx + J xx ) ⎪
⎭
C 44 = gmGM
B44 =
2a 0
π
(5)
プロペラの力は前後方向の推力が主な力であり, 次
式で表現する。
X P = (1 − t )ρK T DP4 n 2 ⎫
⎪
YP = 0
⎬ ⎪
NP = 0
⎭
GM(実船相当)が 0.15m の計 5 状態についてである。
35°旋回航跡のシミュレーション結果より, GM が小
さくなるほど, 旋回圏が小さくなっている。20°/20°Z
試験のシミュレーション結果より, GM が小さくなる
につれて, 第一オーバーシュートが大きくなった。よ
って, GM が小さく, 横傾斜しやすい状態になるほど,
針路安定性が低下することがわかる。
3) GM を更に減少させた場合の操縦運動シミュレー
ションの特徴
自由航走模型試験では模型船の転覆の恐れがあっ
たことから, GM(実船相当)=0.220m より小さな GM
で試験を行うことはできなかった。
そこで, ここでは 4
自由度操縦運動シミュレーションを用いて, GM を更
に減少させた場合のシミュレーション結果の特徴につ
いて調べた。
(1) 35°旋回試験
各 GM に対する舵角 35°旋回の縦距について Fig.8 に
示す。横軸には実船相当の GM, 縦軸には GM が最大
のときの縦距に対する変化を示す。
この図から自由航走模型試験において, 縦距は GM
の影響が小さく, シミュレーションでも GM の大きさ
に対する変化は小さいが, GM を更に小さくすると減
少することがわかる。
(6)
4
舵による力やモーメント XR, YR, NR は, 横傾斜の影響
がないとして次式で表す。
3
DIST./Lpp
⎛ρ
⎞
X R = −(1 − t R )⎜ LdU 2 ⎟ FN' sin δ
⎝2
⎠
⎫
⎪
⎪
⎪
⎛ρ
2⎞ '
YR = −(1 + a H )⎜ LdU ⎟ FN cos δ
⎪
⎝2
⎠
⎬ ⎪
⎛ρ
⎞
N R = −( x' R + a H x' H )⎜ L2 dU 2 ⎟ FN' cos δ ⎪
⎪
⎝2
⎠
⎪
K R = − z R YR
⎭
GM=1.872m
GM=0.668m
GM=0.315m
GM=0.220m
GM=0.1m
GM=0.06m
(7)
2
1
0
0
1
2
3
4
-1
DIST./Lpp
2) シミュレーション試験結果と考察
舵角右 35°の旋回試験の模型船航跡のシミュレーシ
ョン結果を Fig.6 に示す。シミュレーションを行った
のは, 自走試験を行った, GM(実船相当)が 1.872m,
0.668m, 0.315m, 0.220m の 4 状態に加えて, GM(実船相
当)が 0.1m, 0.06m の計 6 状態についてである。また,
20°/20°Z 試験の操縦運動シミュレーションの時系列
(タイムヒストリー)を Fig.7 に示す。シミュレーション
を行ったのは, 自走試験を行った, GM(実船相当)が
1.872m, 0.668m, 0.315m, 0.220m の 4 状態に加えて,
- 147 -
Fig.6 Simulated 35° turning trajectories for various GM.
60
GM=1.872m
30
GM=0.668m
GM=0.315m
GM=0.220m
0
0
10
20
30
GM=0.15m
rudder
-30
-60
t(sec)
Fig.7 Simulated 20° Z-maneuvers for various GM.
平成 24 年度 日本水産工学会 学術講演論文集
advance(/ad.(GMmax))
1.2
1
0.8
0.6
FreeRun
0.4
simulation
0.2
0
0
0.5
1
1.5
2
GMs(m)
tactical dia.(/tactical dia.(GMmax))
Fig.8 Comparison of advance of 35° turning test for
various GM, between measured and simulated.
1.2
1
0.8
FreeRun
0.6
simulation
0.4
0.2
0
0
0.5
1
GMs(m)
1.5
2
3
1stO.V.S.(/1stO.V.S.(GMmax))
旋回圏の GM の影響について Fig.9 に示す。横軸に
は実船相当の GM, 縦軸には GM が最大のときの旋回
圏に対する変化を示す。
同図より自由航走模型試験, シミュレーションの両
方において, 旋回圏は GM が小さくなるにつれてやや
減少しており, シミュレーションにおいてその傾向は
GM を更に減少させても同様である。
(2) 20°/20°Z 試験
各 GM に対する 20°/20°Z 試験の第一オーバーシュー
トの GM の影響について Fig.10 に示す。横軸には実船
相当の GM, 縦軸には GM が最大のときの第一オーバ
ーシュートに対する変化を示す。
この図より自由航走模型試験, シミュレーションの
両方において, 第一オーバーシュートは GM が小さく
なるにつれて増加し, 更に GM を減少させると急激に
増加することがシミュレーションで計算され, GM の
減少が針路安定性を低下させることがわかる。
FreeRun
simulation
2
1
0
0
0.5
1
GMs(m)
1.5
2
Fig.10 Comparison of 1st overshoot of 20° Z-maneuvers
for various GM, between measured and simulated.
5. おわりに
本研究は追い波中の GM の変化に着目し、平水中で
GM を変化させた実験に置き換えることにより、横傾
斜が操縦性能に与える影響を明らかにし、ブローチン
グ時の操縦性能について検討を試みた。主な結論を以
下に要約する。
1) 自由航走模型試験とシミュレーションの両方にお
いて, GM の減少による横傾斜によって船の針路
安定性が低下し, 操船者にとって舵効きが悪くな
る方向となることを確認した。
2) 漁船等のブローチングにおいても, 波乗りによる
GM の減少で, 船が横傾斜しやすくなり, 針路安
定性が低下することが一因と考えられる。
今後は実際に漁船模型などを使ってブローチングを発
生させ, その時の操縦性能について詳細な検討を進め
る予定である。
参考文献
1) 藤野正隆, 不破健: 外力下の操縦運動, 第 3 回操縦
性シンポジウム, (1981)
2) 元良誠三, 藤野正隆, 小柳雅志郎, 石田茂資, 島田
和彦, 牧岳彦: ブローチング現象発生機構に関す
る考察, 日本造船学会論文集, 第 150 号, (1981)
3) 芳村康男: 横傾斜を含む線形応答モデルによる船
舶操縦性の検討, 日本船舶海洋工学会論文集, 第
13 号, (2011)
4) 中村充博, 芳村康男, 小森祐介: 大中型旋網漁船
の漂泊中の波浪転覆に関する実験的研究, 日本航
海学会論文集, 第 125 号, (2011)
等
Fig.9 Comparison of tactical diameter of 35° turning test
for various GM, between measured and simulated.
- 148 -