ご主人さまとエルフさん - タテ書き小説ネット

ご主人さまとエルフさん
とりまる
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
ご主人さまとエルフさん
︻Nコード︼
N3772BS
︻作者名︼
とりまる
︻あらすじ︼
トラックに跳ねられ、テンプレ通りに神様からチートをもらって
異世界へ転移することになった如月秋夜という青年が居た。
これは異世界で自分の夢であった異種族ハーレムを作るべく邁進し
ていく青年の物語。
⋮⋮ではなく、死んでTSして美少女エルフになっちゃった元少年
が、
そんなチート主人公の奴隷になって、ご主人さまになんやかんやさ
1
れたりするおはなしなのです。
改題しました。
改題前:チートな彼の異世界ハーレム
2
tmp.1 これがボクのご主人さま︵前書き︶
※この作品にはわりと突っ込んだシモネタとかエロ話題が多々ある
のです。
※元男の子の現美少女エルフちゃんが青年さんにヤられちゃうお話
です。
※息抜き小説なので一話は短めで勢い重視のやまなしおちなしいみ
なしです。
※苦手なかたはバック推奨
3
tmp.1 これがボクのご主人さま
﹁あの、ご主人さま﹂
昼下がりの午後、何をするでもなくソファーに腰掛けてこちらを
見る黒髪の青年に向かってボクは声を掛けました。彼はにこりと笑
って返します。
﹁んー、なんだソラ﹂
正直この人物に言いたいことは山ほどあるのですが、今言いたい
ことはこれだけです。
﹁このメイド服、凄く裾が短いんですけど⋮⋮﹂
彼は何も答えず、そっとひらひらの可愛らしいミニスカートのメ
しゅうや
イド服を着たボクをソファーへと抱き寄せるのでした。
◇
きさらぎ
彼の名前は﹃如月 秋夜﹄、日本で高校生をしていた時にトラッ
クに跳ねられて、神様を名乗る老人からチート能力をもらってこの
世界へやってきた青年です。本人曰く非リア充で全くモテていなか
ったそうですが、日本人的に見ると結構カッコイイ顔立ちで面倒見
そら
も良いのでそれなりにモテていたように思います。
あまなり
対するボクは﹃天成 空﹄、同じく日本で高校生なんてしてまし
た。こちらはトラックと一切何の関係もなく飛び降り自殺してきた
4
人にぶつかってぐしゃーってなって死んだみたいです。ぼんやりと
ですが何となく上を見上げたら自分に向かって人が降ってきた記憶
がありますので。
気が付けば神様は現れずチートもなく、幼いエルフの少女になっ
て森の中で倒れていました。そのままふらついていた所を奴隷商人
にゲットだぜされて商品陳列、俺は男だー人間だーと主張しても返
事は鞭で、最低限身を守るために丁寧語とボク口調を徹底しました、
痛いのはもう嫌です。
後で知ったことですが尖った耳から商人たちはボクをゴブリンと
人間のハーフと勘違いしていたようで、﹃チート主人公が金を貯め
たらまず演るべきことをする為﹄に奴隷商へと来ていたご主人様に
買われてしまったのです。
まぁボクの方は金髪蒼眼なエルフ姿でしたけど、彼はそのままだ
ったので一目で日本人だとわかり自己紹介の時に日本語で﹁中身は
日本人だよ!﹂アピールしまくったのも功を奏しました。得体のし
れないオッサンや変態に買われるよりは同じ日本人のほうがマシだ
と思ったのです。
ほら、大抵のチート持ち日本人は下心満載で買ってもヘタれた挙
句に奴隷に一切手を出さず好待遇に処すことが多いと前世のネット
小説などで学んでいたので、それに賭けたのです。
ご主人様は日本に居た頃からエルフ好きだったらしく、こちらの
世界のエルフは愛玩用に貴族に乱獲されてもう大分前に絶滅してし
まったと聞いて絶望していたようです。そこで諦めつつも奴隷は欲
しいと行った商館で森鬼のハーフとして紹介されたボク、薄汚れて
いても金髪蒼眼でステータスを見るとそこに燦然と輝く︻種族:エ
5
ルフ︼の文字。
奴隷商がボクがエルフだと悟られないように必死で知らない振り
をしながら買い取ったみたいでした。ご主人様いわくロリィけど見
た目は最高クラスという話で、エルフだったら城が建つ値段がする
とか云われて背筋が寒くなりましたね。
ちなみにボクのお値段、金貨3枚。日本円だと30万くらいだっ
たそうです。チートさえあればあのガマガエルぶん殴ってやるのに
⋮⋮。
何はともあれそこまでエルフが好きなら無下には扱わないでしょ
うし、同じ日本人で懐かしい話も出来る相手、余計なことさえしな
ければむしろ高待遇が期待できると笑みが止まりませんでした。
実際に魔法で鞭の傷痕もきれいに直してもらって、毎日ごはんも
お腹一杯食べれて割と幸せな日々でした。といってもまだ一週間目
なんですが
そんなある日、こそこそしてると思ったらご主人さまがどこから
か随分と可愛らしいデザインのメイド服を持ってきたのです。正直
抵抗はありましたが養ってもらっている身、このくらいのコスプレ
で良ければ喜んでやりましょうと着てみたのですが、何というか思
ったよりも裾が短い⋮⋮ちょっと動けば白いものが見えてしまいそ
うで、それに関して抗議をと思ったら、この有様なわけです。
﹁あの、ご主人さま?﹂
﹁気に入ってくれたか?
6
そろそろ⋮⋮いいかなと思って用意したんだけど﹂
何がどういいのでしょうか、取り敢えず太腿を触るのをやめてほ
しいです。
﹁な、なにがですか?﹂
首元に顔を寄せながら逃がさないように腹を抱きしめてきます、
割と本気で力の差があるので怖くて泣きそうです。
﹁一応、ソラのことは性奴隷のつもりで買ったんだよな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
やばいです、正直抱き寄せられた時から察してましたけどやばい
です、性転換の葛藤とか心の変化とかすっ飛ばしすぎです! 過程
をすっ飛ばして結果を求めるせっかちさんは嫌われるのです、この
手のチート主人公にあるまじきガンガン行こうぜ具合です!
このままだとボクの貞操はちっぽけな男のプライドと共に刺し貫
かれるでしょう。それだけは阻止しなければいけません。
﹁ご、ごしゅじんさま! あの、あの、まだ、明るいです!﹂
﹁そのうち夜になるって﹂
どんだけやる気なんですかこの変態野郎、やっぱりガンガン行こ
うぜですか、気遣いって言葉を辞書で引いてしっかりと蛍光ペンで
マーキングしてきてください今すぐに、その間に逃げますから!
7
﹁というかソラさ、わかってる?
俺はエルフ大好きだって言ってるのに、
あんな可愛らしい笑みで毎日無邪気に、無防備に接してきてさ、
一週間も我慢したことをむしろ褒めて欲しいんだけど?﹂
少しでも印象を良くしようと媚びを売ったのが裏目にでましたか
⋮⋮!! ってひいい!? 硬いものが、なんか硬いものがお尻に
!! ピンチです絶体絶命ですマジヤバです。早くも最後の手段を
使わなければいけないのでしょうか。
﹁あ、あの、さ﹂
﹁ん?﹂
放逐されることを恐れて今日まで隠し通してきたボクの秘密⋮⋮
そう、彼には前世は日本人で死んだと思って気付いたらエルフにな
って奴隷商に捕まったとしか話していないのです。ただのボクっ娘
だと思っている彼には悪かったのですが、ボクだって奴隷に戻るの
は怖かったのです、今度外に出たらどんな目に合うか分かりません
からね。
﹁じ、実は俺、男なんだよ、今はこんなだけどさ﹂
﹁ふぅん?﹂
久しぶりの男口調なのでちょっとぎこちないですね、普段から練
習しておくべきでしたでしょうか。ですがこれで彼は凶行を止める
はず、よそよそしくはなるかもしれませんがこのままトゥギャザー
されるよりはマシです。売られそうになったら泣いて土下座して情
に訴えましょう。
8
﹁騙して悪かったけど、ボ、俺もあのガマガエルの所に戻るのが怖
かったからさ、
も、元男を抱くなんて、き、きもちわるいだろ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
引いているのか反応がありませんね、これは行けるかふにゃぁぁ
!?
﹁みゃぅうぅ!?﹂
い、いきなり、耳はむって! あぁぁぁぁだめ、だめです、噛ま
ないで、敏感なんです神経集まってるんですひぃぃい!?
﹁まぁ多分本当なんだろうけどな⋮⋮、
正直、俺はソラの前の姿とか知らないし、
今でも男口調の美少女にしか見えないんだよね﹂
ひえええ、耳に息はやめてください、くすぐったいってレベルじ
ゃないんですぅぅ! なんで、どうして? ボクの最終兵器が効か
ないとでも言うんですか!?
﹁それに、自分が男だと思ってる子をさ⋮⋮。
自分好みの女の子に染め上げるのって、楽しそうじゃん?﹂
﹁ ﹂
だ、ダメですこいつガチです本気と書いてガチです、このままで
は勝ち目はありません、腕力でも知力でも経済力でも勝てる気がし
9
ません、今この状況から逃げ出せる気もしま⋮⋮あれ、詰んでる?
﹁さ、ベッドへ行こうか﹂
﹁うわああああぁぁぁぁぁん!!
ろりこんへんたいきちくげどうぺどほーけーたんしょぉぉぉぉ!﹂
か、体は好きに出来ても心までは好きに出来ないんですからねぇ
ぇぇぇぇ!!
10
tmp.1 これがボクのご主人さま︵後書き︶
◆BATTLE RESULT◆
COMBO︻3︼
<<new
<<new
record!!
record!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
MAX
HIT︻3︼
TOTAL
EXP︻3︼
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
TOTAL
︻一言︼
﹁ぐすん、ぐすん⋮⋮﹂
11
tmp.2 秘密の部屋
ボクがご主人さまのところに来てからそろそろ二週間が経ちます。
ご主人さまは今のところは順調にテンプレイベントを消化している
ようです。先日身分証を作るために、ローブで顔を隠して一緒にギ
ルドに行ったのですが、受付のお姉さんにボクの存在を警戒されま
くっていたのでおそらくフラグが立っているのでしょう。
ご主人さまは鈍感系で気づいていないのかと思ってつついたら、
﹁人間は好みじゃない﹂と一蹴された事で戦慄することになりまし
たが。
今更ながらボクは恐ろしい人に貰われてしまったようです。
顔を隠した理由ですが、エルフなのがバレると結構やばい事にな
るみたいなのでその対策ですね。人様の奴隷は売買出来ないように
なってるので、そこまでではないんですが、世の中にはどうしても
欲しがる人が居るみたいです。
まぁ中古品なので価値は落ちると思いますけどね。あはは⋮⋮は
ぁ。
◇
﹁甘いモノがたべたいです⋮⋮﹂
最近のボクは甘味に飢えています、こちらの世界にも甘いモノは
結構あるのですが、庶民が口に出来る最高ランクはハチミツだった
のです。個人的にはクリーム系が好みですが、正直はちみつでも嬉
12
しいのです。でも欲しい欲しいと言い出したら、あの変態鬼畜ロリ
コンご主人さまの事ですから、やりそうな事はだいたい予想できま
す。
ボクは断固として奴の思い通りに事を運ばせる訳にはいかないの
です。自分の力で枷から解き放たれた野獣から身を守らないといけ
ないのです。墓穴を掘るような真似はできません。
とはいえ、諸事情でお留守番が基本的なお仕事となっている現在、
娯楽が全くありません。甘いモノを忘れるために何かやろうにも、
精々がソファーやカーペットの上でごろごろするしかないのです。
あ、ベッドでごろごろは絶対に無理です、あそこはダメです、危
険地帯です。
うとうとして眠って目が覚めたら手遅れだった⋮⋮という悲劇は
もう二度と繰り返してはいけないのです。⋮⋮あいつは本気で一度
股間に大怪我を負うべきだと思います。
そんな鬼畜外道こと。ご主人さまは今日は森に出たという変異種
っぽいゴブリン退治にいっております。きっと予想外のモンスター
が出たり、同行者の女性冒険者にフラグを立てたりと忙しいはずで
すから、今日は帰ってこないと見るべきでしょう。
程よく怪我をして、しばらく動けなくなってくれてるとありがた
いのですが⋮⋮死なれるとボクが困ってしまうので無事を祈ってお
きましょう。それにしても、暇なのです。仕方ありませんね、家探
しを決行しましょう。
13
☆
冒険者生活三ヶ月目にして奴隷を買えるだけの財力を持つご主人
さまは、流石チートというべきか、郊外に庭付きの二階建ての一軒
家を持っていました。家に来た翌日にこっそりと教えてくれたキッ
チンから行ける地下室、そこに設置されている魔法チートを駆使し
て作ったという冷蔵庫の中から花の蜜のカップケーキを取り出しま
す。ほんのりと甘いおやつです。
たまにこういうのを隠しているから侮れません。
⋮⋮それにしても、来る度に思っていたのですが、家の規模にし
ては随分と狭い地下室ですねここ。あんまりひと目に触れさせたく
ないという理由で冷蔵庫はここに置いたそうなのですが、何という
か不自然に狭く感じるのです。
まさか更に隠し部屋があったりしてーなんて思いつつ、耳を壁に
当てて手で叩いてみます。⋮⋮あれ、随分と奥行きがありそうな気
配? 壁が薄い訳ではないのですが、明らかに向こうに空間がある
ような音の響き方です。気になりますね。
えーっと、間取りで行けばキッチンからリビング側に向かって階
段を斜めに降りてきたので⋮⋮今はリビングの手前くらいでしょう
か、そして壁がある方向は⋮⋮ご主人さまの寝室?
気になりますね、気になりますね。何を隠しているのでしょうか。
好奇心猫を殺すといいますが、本当に娯楽がないのです。むしろ暇
がエルフを殺す勢いです。
暇つぶしを見付けたボクは、カップケーキをぱぱっと平らげてご
14
主人さまの寝室へと向かいます。勝手知ったる他人の部屋こと、ご
主人さまの寝室にはキングサイズのとっても寝心地の良い、ふかふ
かのベッドがででんと置かれてます。
実はボクも部屋は貰ってるんですが、ソファだけでベッド無いん
ですよね、一週間前に撤去されてしまったので。それからはずっと
ご主人さまの部屋で寝ています。⋮⋮えぇ、察して下さい。
さて、何度も掃除にも入っていますし、その時は怪しい部分はな
かったはずなのですが⋮⋮はてはて。
こうなったら普段触っていない場所をガンガン調べていきましょ
う、というかクローゼット一択です。普段着用の衣類箪笥は、洗濯
物を入れる時にボクが触ってますし、ほかも掃除の時に触りますか
ら。唯一ハッキリ﹁触るな﹂と言われてるここくらいしか怪しい場
所はないのです。
ふふふ、弱みを握ればボクにも反撃の目があるかもしれません。
今日こそ下克上の時なのです。オープンザドア!
⋮⋮⋮⋮うーん、普通のクローゼットでしたか。これはちょっと
残念な感じって、あれ? なんか微妙に風を感じますね、ひょっと
して服の後ろに隠し扉とかが⋮⋮あれ、ほんとに隠し扉があった!?
クローゼットの奥にあった扉を開けてみると、地下へ続く階段が
現れました。益々持って怪しい気配です。灯りの魔法を使って視界
を確保してから、どんどん階段を降って行きます。ボクにもこのく
らいの魔法は使えるのですよ、エルフなのは見た目だけではないの
です。
15
ぐいぐい降りた階段の下には、何やら重厚な扉が待ち受けていま
した。鍵がかかっているようですが甘いのです、ボクは攻撃魔法の
才能はからっきしですが、解錠とかトラップ解除とか小手先の魔法
は得意なのですよ! というのもご主人さまに買われてから判明し
た事実なので、活用出来る場面はなかったのですが。
とにかく! ついにご主人さまの秘密が明らかになって下克上の
時が来たのです、エロ本とか隠してたら日頃の仕返しに散々からか
ってやるのですよぉぉぉ。さぁ、鍵は外れました、おーぷんざどあ
ーです!
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
えーっと、見なかったことにしたいと思います。そっと扉を閉め
て早足で階段を上がります。やばいです、あの部屋はマジヤバです。
こう、何というかお仕置きする気満々というか、調な教をする気が
全開というか。
あのド外道、鬼畜だドSだは思ってましたがここまでとは予想外
です、復讐に駆られて彼我の戦力差を見誤りました。これはあかん
です、全て忘れて大人しくしていましょう。そうすれば彼はとても
優しいのです。
灯りを消してクローゼットの奥の扉を閉めて、クローゼットその
ままの扉を閉めて。これで全てを忘れれば何も無かったことになる
でしょう。危なかったです。
﹁この家ってさ、前は貴族が別荘に使ってたんだと﹂
16
﹁そうだったんですか﹂
ふむふむなるほど、それであんな奇妙な仕掛けがあったのですね。
その貴族さんとやらも大層な変態だったのでしょう。ご主人さまと
良い勝負です。
﹁買ってきた奴隷なんかをあそこに閉じ込めて、結構酷いことして
たみたいでね﹂
﹁ひどい話もあるものですね﹂
﹁まぁ、その御蔭で訳あり物件として格安で手に入ったんだけどさ、
除霊にはちょっと手間取ったけど﹂
屋敷と呼べるほどではないにせよ、ご主人さまが大きな街のそこ
そこの土地にこの規模の家をもててる理由がそれだったのですね。
納得です。
﹁その方たちも安らかに眠れるといいですね⋮⋮﹂
﹁そうだな﹂
チート持ちの仕事ですからきっと跡形もないのでしょう、なので
怖くありません。ボクは犠牲者さん達が心安らかに眠れるそうに静
かに祈るのでした。
﹁ところでご主人さま﹂
﹁ん?﹂
17
﹁いつお戻りに?﹂
﹁ついさっきだ、ギルドの方で手違いあったみたいでな、出発は明
日になったんだよ﹂
ありゃりゃ、ギルドもそういう事やらかしちゃうんですねぇ、ち
ょっと意外ですね。
﹁そうですか、ギルドの方もおっちょこちょいですね﹂
﹁全くだな、勘弁して欲しいよ﹂
﹁﹁あははは﹂﹂
18
tmp.2 秘密の部屋︵後書き︶
◆BATTLE RESULT◆
COMBO︻6︼
<<new
<<new
record!!
record!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
MAX
HIT︻6︼
TOTAL
EXP︻19︼
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
TOTAL
︻一言︼
﹁ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
い﹂
19
tmp.3 ガチャガチャにご用心
ごしゅじんさま
鬼畜幼女趣味の凶行によって受けたダメージを癒すために寝込ん
でいた翌日の夜頃、変異種のゴブリンを倒しに行ったご主人さまが
翼竜を狩ってランクアップして、ついでに出来上がっていたボクの
分のギルドカードを持って帰って来ました。
訳がわかりません。何で駆け出し御用達のゴブリンを倒しにいっ
て上級冒険者でも梃子ずる翼竜をほぼソロで倒してくるのか意味不
明です。しかも同行していた生意気な魔法使いの少女のフラグまで
キッチリとゲットしてやがってました。これだからチート野郎は。
ちなみにご主人さまは朴念仁でも鈍感でもないようで、それをキ
ッチリ認識した上でスルーしてます。
﹃た、助けてくれなんて頼んでないわ、で、でも、感謝くらいはし
てあげる﹄
﹁⋮⋮だとさ、リアルツンデレってうざいな﹂
とかいって苦笑してましたからね、その鬼畜具合にボクは背筋が
凍りそうです。
じゃあリアルTS転生したロリエルフという摩訶不思議生物はど
うなのと聞いてみたら、危うく押し倒されそうになりました。何で
リアルツンデレがダメでボクが大丈夫なのか疑問は尽きません。可
愛ければ何でもいいならツンデレを忌避するのはオカシイですし、
何でも良くないならボクを忌避するはず。
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うぅむ、要研究ですね。ご主人さまには適当な女性をゲットして
もらった上で、ボクは安全な家政婦ポジションに就きたいのでこう
いった努力がものをいうのですよ。でも人間には興味が無いと断言
してるので穏やかな将来は遠そうなのです。
◇
さて、流石に寝込んでいる少女を襲うほど人間をやめていないの
か、その日は普通に抱きしめて寝るだけだったご主人さまは、朝か
ら何か虚空に指を這わせておりました。ちなみにボクは恐怖であん
まり寝れませんでした。現代日本なら訴えたら軽く7桁くらい慰謝
料もぎ取れそうな気がしますね、人権派の弁護士はどこでしょうか。
﹁何してるのですか?﹂
寝不足もあってしばらくはボクも大人しくしていたのですが、一
心不乱に何もない中空を眺めて指を動かすご主人さまの姿が余りに
もその⋮⋮アレで、鬼畜をこじらせてついに病んだのかと心配にな
ってきたので声をかけてみました。
﹁なんか冒険者のランクが上がったら、新しい機能が増えてな﹂
といって指さしてくれるのですが、残念ながらボクはチート持ち
ではないので何も見えません。もっとも同郷で同年代的なので大体
どういう状況かは解るのですが、何も知らない前提で外から見ると
完全に痛い人ですよねこれ、残念なイケメンってやつでしょうか、
ぷげら。
﹁最近のソラは図太くなってきたよね、イジメ甲斐があって嬉しい
よ﹂
21
ふん、ボクは暴力や脅しには屈さないのです。ボクの意思と心は
ボクだけのものなのです、どんな手段を持ってしても鬼畜野郎なん
かに折られやしません! だから土下座で勘弁して下さい。
﹁あはは、新しい機能っていうのは⋮⋮まぁガチャガチャらしくて、
一定の代価を投入するとランダムで何らかのアイテムかスキルを
得られるらしい﹂
また射幸心を煽るタイプのシステムを出して来ましたね、でもス
キルって外せないのならヤバイのが出たら酷いことになるのではな
いでしょうか。代価が必要ってことですがやっぱりお金ですかね、
結構コストがかかりそうです。
﹁折角だから今ちょっと試してみようか、パーティメンバーも挑戦
出来るみたいだし﹂
﹁あ、はい﹂
うぅーん、やってみたいと思ってしまうのが男心というやつなの
でしょうか。微妙ですねそうですね。男心だと思えるものがちょっ
とでも残っていて嬉しかったのですが。いえ、なんというか最近の
ご主人さまは本気でボクの心を折りに来てて辛いのですよ。
﹁代価はこれだ﹂
そういってご主人さまが虚空から取り出したのは青白く輝く翼と
天秤の書かれたメダルでした。一体どこから出して⋮⋮ってチート
アイテムボックスですね。メダルは一部のモンスターを倒すと極稀
22
に貰えるらしいです。一枚につき一回だけガチャガチャを回すこと
ができて、手持ちは五枚でボクは二回引いて良いとか。
流石ご主人さま太っ腹です。うーん、出来れば下克上を狙えるス
キルが欲しい所です。当然夜関係以外で、夜関係以外で。ここ凄く
大事です、ボクはそんな物は望みません。
﹁よし、これで行けるかな﹂
多分メニューウィンドウか何かを弄っていたご主人さまが声を出
すと、ベッドの上にぽふんと音を立てて黄金色のガチャガチャの機
械︵名前わかりません︶が出て来ました。メダルを入れる場所と回
転させるための取っ手があります。
﹁先にソラが回していいぞ﹂
﹁はい!﹂
では遠慮無くやらせていただきましょう。勝利への鍵をこの手に
! 貰ったメダルを入れて勢い良く取っ手を回すと、ガチャリとい
う小気味良い音を立てて光の玉が転がり出ました。触れてみると目
の前に半透明な、多分ウィンドウが出現して取得したアイテムが表
示されます。どうやらこういった形で出現したものは本人以外も見
えるようです。
さてさて、問題の内容はっと。
︻スキル獲得
﹃魅惑﹄パッシヴ
他者が保有者に抱く愛情や友情などの好意的な感情を強化する。
23
また保有者の仕草や言動が他者にとって少しだけ好意的に受け取
られるようになる。︼
﹁何でですか!!﹂
思わずウィンドウを枕で引っ叩くと、吹き飛ばされたウィンドウ
が壁に当たって跳ねまわります。⋮⋮え、というか触れるんですか
これ!? ほっといたらすーっと溶けるように消えたんですが、バ
グとか大丈夫なんでしょうかね。
﹁またソラにピッタリな感じのが﹂
﹁嬉しくないです、全く嬉しくないです!!﹂
このスキルはいけません、酷く嫌な予感がするのです。なんだか
見えない悪意を感じるのですけどどうなっているのですか!
しょっぱなから嫌な予感が全開なのですが、もう一枚を引けばき
っと良い物が出るんじゃないかという期待もあります。なんだか破
滅へ向かうギャンブラーみたいな心境です。メダルを入れて取っ手
を回しすと、また光の玉が転がりでてウィンドウが開きました。ご
くり⋮⋮。
︻スキル獲得
﹃天使の口吻/プリティキッス﹄パッシヴ
くちづけに相手の体力と魔力を少しだけ回復させる効果を付与す
る。
肉体接触が必要な代わりに代償なしで発動可能、時間が長いほど
効果も大きくなる。︼
24
﹁うがーーー!!﹂
ウィンドウをひっつかんで壁に叩き付けるとカシャーンと綺麗な
音をたてて粉砕しました、って掴めた! 割れた!? ま、まぁそ
れは置いておきましょう。それよりも! なんつースキルを持たせるんですか! 悪意を通り越して殺意を
感じます、主に隣でニッコリと微笑む残念なイケメンさんから!!
﹁次は俺の番だね﹂
失意に沈むボクを尻目にご主人さまがガチャを回し始めました。
ご主人さまなんてとんでもないハズレアイテムやスキルを引いて苦
しめばいいのです、そうすれば下克上も可能に。相手の弱点を突く
のは基本なのです。
﹁⋮⋮お﹂
光の玉が転がり出て、それが割れるようなエフェクトがするとご
主人さまの手の中に真っ赤な炎の意匠が施されたやたらカッコイイ
長剣が現れました。ウィンドウも出現します。本人以外にも見える
みたいです。
︻アイテム獲得
﹃レヴァンティン﹄長剣/ランクA
炎の力を宿した魔剣、魔力を込めると熱を帯び、炎を纏う。
赤熱した剣身は巨大な岩すらバターのように切り裂く事が出来る。
︼
﹁何ですかこの格差は!!﹂
25
一発目でアタリ武器引くとか何なんですか、幸運チートですか、
ちーとやろう
幸運チートですね! 全てチートが悪いんですね、このチート野郎
! 内心で罵るボクを余所に御主人様は黙々とガチャガチャを回し
ていきます。
︻スキル獲得
﹃天賦の剣才﹄パッシヴ
剣を扱う才能を底上げし、成長力を高める。
普通にやれば一流、努力をすれば超一流を狙える才能。︼
﹁うわぁぁぁん!?﹂
なんでこうオーソドックスに強いスキルを引くんですかねこの鬼
畜ロリコン野郎は。ボクに対するあてつけなんでしょうか、そろそ
ろ怒っても良い気が。
﹁次で最後かな﹂
﹁う、うぐぐぐ、オチに期待です、
今までのアタリがひっくり返る大どんでん返しに期待するのです、
この変態鬼畜野郎が絶望のどん底に落ちるスキルがきてボクの時
代が始まるのです⋮⋮﹂
﹁変態鬼畜野郎て⋮⋮﹂
最後の一枚が投入されると、またしてもガチャリと小気味良い音
を立てて光の玉が転がり出ます。どれどれ、スキルっぽいですね。
一体どんなのを引いたのでしょうか。
26
︻スキル獲得
﹃性豪﹄パッシヴ
体力と精力を大幅に︼
脇目も振らず全力で扉を押し開けて部屋を飛び出しました。
か、鍵のかけられる部屋はどこですかぁぁぁ!?
27
tmp.3 ガチャガチャにご用心︵後書き︶
︻RESULT︼
COMBO︻12︼
<<new
<<new
record!!
record!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
MAX
HIT︻12︼
TOTAL
EXP︻31︼
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
TOTAL
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>12
MP480/48
MP30/30[正常]
[シュウヤ][Lv20]HP291/291
0[正常]
[ソラ][Lv1]HP2/17
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>12
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁この手のスキル持ちを主人に持つ奴隷さんたちの苦労がわかった
のです⋮⋮﹂
28
tmp.4 猫耳さんいらっしゃい
ボクは決意しました。胸にそっと秘めていたこの思いを主人に告
げようと。ソファに座るご主人さまを、横に座ったまま姿勢を正し
てじっと見つめます。
﹁ご主人さま、あのですね⋮⋮﹂
ついでに必殺の上目遣いを駆使するため、ご主人さまの胸元に縋
りつくように潤んだ瞳で見上げながらずいっと顔を寄せます。微妙
にたじろいだ様子を見るに効果は抜群のようですね、このまま押し
切りましょう。
﹁おねがいが、あるんです﹂
﹁あ、あぁ、何だ? 言ってみろ﹂
なんだかんだでボクには甘いご主人さまのことです、そう無体な
断り方はしないでしょう。ここぞとばかりに瞳を潤ませながら、精
一杯の声で告げました。
﹁おねがいします⋮⋮新しい奴隷を買って下さい!!﹂
◇
悪夢のガチャガチャから三日、ボクは頑張りました、とっても頑
張りました。でもね、もう限界なのです。どのくらい限界かという
と、この三日間ベッドの上からほとんど動けなかったといえば解っ
てもらえるでしょうか。今も足腰がガクガクでまともに歩けないよ
29
うな有様です。ベッドから這い出してソファに辿り着くまでにも涙
ぐましい努力を必要としました。
このままだとそう遠くない未来にボクは彼の腹上で死を迎えるこ
とになるでしょう。冗談ではなく深刻な事態なのです。これを解決
する方法は外に女性を作って頂くか、新しい奴隷を買うかなのです
が、外に女性を作るのは彼の性格的に難しいでしょう。
かといってこの中世レベルの世界で娼館に行かれると連鎖的にボ
クがピンチです。性病は恐ろしいものなのです。医学の発達した現
代地球でも性病が恐ろしい病気であることを考えれば、この警戒は
過剰なものではないはずです。
すぐに実行できそうな手段の中で一番手っ取り早く後腐れのない
方法は、やはり新しい奴隷を購入して頂く事でしょう。ご主人さま
が新しい奴隷を愛でるようになればボクの負担もなくなるし万々歳
なのですよ。だから思い切って提案してみたのでした。
﹁奴隷って⋮⋮なんでまた﹂
あれ、なんだかちょっとご機嫌斜めに⋮⋮言動を見る限りではハ
ーレムに意欲的に見えるのに不思議ですね。
﹁このままだとボクの体が持ちません、冗談抜きに死にます﹂
しかしここで折れたらボクのデリケートゾーンが危険で危ないの
です。ちょっと機嫌が悪そうだからといって引くわけにはいきませ
ん。
この鬼畜野郎は性豪スキルの恐ろしさをきちんと理解していない
30
のですよ。皆気軽に認識してくれちゃってますが、アレはほんとに
ヤバイのです。書いて読んで字のごとく無尽蔵なのです、やっと終
わったと思ったらもう次が控えているとか、やられる側からすれば
完全になんたらかんたらレクイエム状態です。
﹁うーん⋮⋮かなり優しくしてるつもりなんだけど⋮⋮辛いか?﹂
﹁あれのどこがですか! 優しいの言葉の意味を辞書できちんと調
べてください!﹂
毎日毎日泣いて喚いて謝って気を失うまでやめてくれないのです
この鬼畜野郎は! 精神的にも肉体的にも疲労が限界間際です。仮
に体が大丈夫でも間違いなく心が発狂します。エルフはそもそも体
力的には虚弱なのですから気を使って欲しいのです、エロフとは違
うのですよエロフとは。
﹁まぁ、ソラに死なれたら困るのは確かだからな⋮⋮、
お前がいいなら後でちょっと奴隷商のところに行ってみる﹂
﹁お願いします、ほんとにおねがいします﹂
渋々と言った様子であんまり乗り気ではないみたいですが承諾し
てくれました、取り敢えず一安心ですね。あぁ、良かった⋮⋮。
◇
﹁貴女がシュウヤ様の一番奴隷ね﹂
そんなこんなで正午頃に奴隷商に出かけたご主人さまが、新入り
奴隷である猫耳ちゃんを連れ帰ってきたのですが、ご主人さまが猫
31
耳ちゃんを置いて必要な雑貨を買いにでた瞬間、彼女がボクを冷た
い目で見下ろしてこの態度を取り始めたのです。
年齢は15歳くらいでしょうか、髪と耳尻尾の色は焦げ茶色で瞳
はグリーン、顔立ちは可愛いよりの美人さんで、胸の方はかなりの
戦闘力です。背丈はボクより頭一つ半くらい高いですね、ご主人さ
まよりは頭半分ほど低いですが。⋮⋮そこ、絶対に計算はしないよ
うに。
ご主人さまと一緒の時はちょっとオドオドしてるというか、大人
しそうな子だと思ったのですが一皮剥けばこの通り、猫をかぶって
いたのですね猫耳だけに。笑えません。
毎夜毎夜、まだ未成熟なボクの身体を弄ぶ変態鬼畜なご主人さま
ですが、現時点でも結構なお金持ちかつ見た目はそれなりにイケメ
ンで、しかも将来有望な冒険者として色んな所から注目されていま
す。
この街でも名前が知られ始めているようで、彼女も奴隷商のガマ
ガエルからうまく一番奴隷に收まれば一生楽して貴族のお嬢様みた
いな暮らしが出来るーとか吹きこまれているのではないかと思いま
す。
実際ボク達の暮らし、庶民レベルでは上流クラスですからね。貴
族だとギリギリ下級に引っ掛かるくらい。
﹁貧相な体で随分がんばったみたいだけどね、
今日からは私がご寵愛をいただくわ!﹂
黙っているボクを見て勝ったとでも思ったのか、胸を揺らしてこ
32
の宣言です。女は怖いですね。
でも動じるボクではありません。どうぞどうぞ、是非もらってや
ってください。ボクは飢えない程度に養ってもらえれば十分です。
これだけ自信満々なら本当に夜のお世話は任せても良いかもしれま
せん。
一応ボクのほうも完全に捨てられないように予防線を張っておく
必要はありますが、一番大変かつ辛い部分を任せられるのは大きい
のです。
いや、この世界の文明レベルって地球基準で言う中世後期から近
世初期クラスなのですよ。そんな中でこの家は冷暖房完備、冷蔵庫
もあります。ご主人さまの収入も結構なお手前です。
先程も言ったとおり、贅沢はできませんが一般市民から見れば相
当に上等な食事が毎日お腹いっぱい食べられるのです。今更野に放
り出されたり奴隷に戻されたりしたら物理的にも精神的にも生きて
いけません。餌付けされた駄エルフと笑うがいいのです⋮⋮。
げふん、取り敢えず今日の夜伽は彼女にお任せしてみましょう。
ご主人さまは変態鬼畜野郎ですが悪人ではないですし、自称である
﹃優しい﹄も致命的に間違っている訳でもないのです。彼女の心配
は多分いらないでしょう。
しばらくはお召しがあるかもしれませんが、貧相なボクの身体よ
り彼女の方が男好きするでしょう。ご主人さまもそのうちボクより
も彼女を求めるようになれば計画通りなのです。心は男の子なので
夜のお相手は抵抗感バリバリです。慣れた諦めたと好きでやるのは
33
大きな隔たりがありますので。
だから彼女のがんばりには本当に期待しているのです、堂々と背
中を押しますよボクは!
﹁頑張ってくださいね、期待してます!﹂
﹁へ? え、うん、がんばる! じゃなくて、貴女に言われなくて
も頑張るわ!﹂
あ、あれ? 今なんか⋮⋮気のせいでしょうか。
◇
﹁二人とも似合ってるなぁ、眼福眼福﹂
﹁ふふふ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
夜頃には彼女用︵名前はルルちゃんでした︶の雑貨や衣服を買っ
てご主人さまが帰ってきました。お揃いのデザインのメイド服なの
は何の嫌がらせなのでしょうか。胸のサイズを比べさせてボクを貶
める作戦なのでしょうか?
でも残念ながらボクの人格は男ですからね、こういった方式では
ダメージを受けないのです。例え横で揺れてるけしからん猫耳おっ
ぱいがあったとしても、ボクには何の効果もないのです。ちくしょ
うめ。
34
同じ格好でボクの胸元を見て勝ち誇った顔をしたルルちゃんを湧
かしたお湯で綺麗にしてあげて身繕いを手伝い、なんか微妙に震え
た声でボクに対する挑発というか悪態をつく彼女をご主人さまのお
部屋に放り込んで、ボクを引きとめようとする手を半ば強引に振り
払って、今日は彼女とどうぞーと一方的に言い放って、夕食の片付
けや家事の締めでボクの任務は完了です。良い仕事をしました。
さて寝ようと思ったんですがベッド無いんですよねボクの部屋⋮
⋮仕方ありません、自室のソファーで寝るとしましょうか。一応あ
れもそれなりにふかふかですしね。野獣が傍にいないというだけで
なぜだかいつもより安心して眠れる気がします。
久しぶりの一人寝⋮⋮あぁ、今日と明日は穏やかないい日です。
おやすみなさい!
﹁ふにゃあああぁぁぁぁ!? にゃ、にゃぁぁぁん!!
た、たしゅ、たしゅけてぇぇぇ!!﹂
⋮⋮んー、何をやってるのですかねあの変態鬼畜野郎は。あの子
初めてのはずだったんですけど。慌てて起き上がりご主人さまの寝
室へ飛び込みます。ルルちゃんが寝室に入ったのは⋮⋮たぶん二時
間くらい前でしょうか?
取り敢えず色々切羽詰まったような人様に聞かせられない声の響
く寝室の扉を勢い良く開けます。
﹁なんて声出させてるんです! だいじょうぶですか!?﹂
35
﹁うおぁっ!? な、なんだソラか﹂
︱︱そこには、とてもじゃないですが表現出来ない状態になって
いるルルちゃんが涙を一杯にためた瞳で、飛び込んできたボクを見
つめていました。彼女は震える手をゆっくりとボクへと伸ばします。
﹁た、たしゅ、けて﹂
えーっと⋮⋮正直あんだけ自信満々だったのですからもうちょっ
と頑張って貰いたかったですね。でも彼女の姿は少し前のボクです、
誰も助けてくれなかった時期の自分の姿なのです。見捨てるのは流
石に胸が痛みます。最後までイかれたら彼女は間違いなく壊されて
しまうでしょう。
嗚呼、他人を見捨てることが出来る心の強さが欲しかったです。
﹁というか、ソラもいつもあんな感じなんだが﹂
ボクはあんな声だしてません!!
36
tmp.4 猫耳さんいらっしゃい︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
HIT︸−−−−◇︻7︼−−−−◇︻3︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻7︼−−−−◇︻3︼−−−−◇
[◇TOTAL
−−◇
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻068︼−−◆︻003︼−−◆
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>12
MP600/60
MP22/22[正常]
MP30/30[正常]
[シュウヤ][Lv24]HP340/340
0[正常]
[ソラ][Lv1]HP4/17
[ルル][Lv20]HP14/272
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>12
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁にゃぁ、にゃぁぁぁ⋮⋮﹂
﹁よしよし、怖かったですね、もう大丈夫ですからね﹂
※計算ミスが発覚したので数値が+30されてます。
37
tmp.5 ドキドキの初依頼−旅立ち編−
猫耳ルルちゃんとボクの関係がちょっと変わりました。どう変わ
ったかを具体的に言いますと。
﹁あっ、せんぱい! お手伝いします!﹂
懐かれました。
⋮⋮なんで?
◇
﹁あの⋮⋮昨日は生意気なこといってすいませんでした!﹂
尻尾をうねうねさせながらルルが謝って来たのは翌日の昼前のこ
とです。話を聞いてみるとやはり奴隷の教育係やガマガエルから色
々吹きこまれていたようでした、優良物件な主人の所は奴隷でも順
位競争が激しいから、相手を蹴落とす気でいかないとそのうち追い
出されるとか何とか脅されてたみたいですね。
こっちはそんな気一切なかったのですがね⋮⋮。まぁ同じ奴隷の
身の上です、捨てられたらどうしようという気持ちはわかるので深
くは突っ込まないようにしましょう。ああ見えて内心ではガクブル
だったみたいですし。
彼女の気持ちが変わった切っ掛けはご主人さまの予想以上の激し
さに戦々恐々として、助けを求めた時にボクが乱入して何とか守っ
てあげた事だったみたいです。まぁ代償は大きかったですが、彼女
38
が味方になってくれたことは大きな収穫でしょう。長い付き合いに
なるでしょうし、険悪な関係よりも仲が良いほうが楽なのです。
素のルルは後輩気質というか、やっぱり素直な性格の子でした。
初日こそ怖がってましたが、我が家の環境や待遇の良さに感動して
からはアッチの方も積極的で、二人がかりで処理できるのでボクの
負担も大分減りました。
ルルの反応を見て、なんだかんだでボクがご主人さまのペースに
慣れてしまっている事に気付いたのが非常にショックではありまし
たがね。まぁこの子も最近は積極的ですから、すぐに慣れるでしょ
う。この世界、三食におやつと昼寝付きの生活が女の子の身体一つ
で買えるならお買い得なんてレベルではないのですよ⋮⋮。
いけにえ
何はともあれボクの方も無事に後輩をゲット出来てホクホクなの
でした。このまま勢力を拡大して革命を起こし一気に下克上するの
です、家庭内ヒエラルキーを逆転させるのです。まだ諦めていませ
んよ。
ごしゅじんさま
変態野郎には色々と御恩がありますが、人の体を散々弄んでくれ
た恨みは絶対に忘れないのです。与えられたチートに胡座をかき、
相手は奴隷だと油断しきっていることを後悔させてやるのですよ、
首を洗って待っているがいい!
﹁ルルちゃん! 頑張って一緒にあの変態野郎に下克上するのです
!﹂
﹁え!? あ、はい!
私も先輩みたいに上手にご奉仕できるようにがんばります!﹂
39
そうじゃなくて!?
◇
﹁今回は護衛依頼を受ける事になった、
泊まりがけになるから二人にも付いて来てほしい﹂
麗らかな昼下がり、ボクとルルがお茶菓子として作って置いた甘
芋クッキーを食べていると、帰宅したご主人さまが開口一番にそん
な事を宣言しました。ボクは一応希少種の筈なんですが外に出ても
大丈夫なのでしょうか?
﹁ギルドカードがあるからな、俺やルルの傍を離れなければ問題な
いぞ﹂
﹁はい! 先輩は私が守ります!﹂
⋮⋮ボクが守られる立場なんですね?
﹁言っとくがルルはかなり強いぞ? そこらの冒険者なら一蹴でき
るレベルだ﹂
こ、こいつもチートキャラでしたか⋮⋮!! 後輩っぽさに油断
してましたね。言われてみれば当たり前のように屋根の上に身一つ
で登って行ったり、ボクが持ち上げる事も出来なかったレヴァンテ
インを軽々振っていたりしてたような。
回りがチートばかりで肩身が狭いのですよぅ⋮⋮。
40
さて、出発準備にあたってルルは戦士用の革製の軽鎧と長剣をも
らい、ボクはフード付きのローブをもらいました。武器は危なっか
しいのでダメだと言われました、二人に。いつか覚えていやがれで
す。
装備を確認した後で家を出て、フードで耳を隠してご主人さまの
背後をついて歩きます、地味なローブのおかげかあんまり注目を浴
びないので助かりますね。待ち合わせ場所である町の北門に着くと、
荷物を積み込んでいる馬車を囲むように立つ紅い髪と瞳の魔法使い
の少女と、蒼い髪の剣士の少女の姿が。
彼女たちはご主人さまの姿を見とめた瞬間急にそわそわしはじめ
ました、まさかとは思いますがうちの鬼畜主は彼女たちにもフラグ
を立てていたのでしょうか。このチート野郎は一体どれだけの女性
を引き寄せれば気が済むのか、そのうち他の男性冒険者から嫉妬で
命を狙われそうです。
一応無闇矢鱈に女の子に声をかけない、優しくしないように言っ
て置いたほうがいいかなとか考えたりもしましたが、嫉妬してると
勘違いされても嫌なのです。やっぱりやめておきましょう、彼なら
狙われても自衛出来るでしょうし。
﹁今日はよろしく、こっちが俺の奴隷のソラとルルだ﹂
﹁⋮⋮よろしく、レベッカよ﹂
﹁クラリスよ﹂
41
﹁ルルです、”シュウヤ様の奴隷”です、
よろしくおねがいしますね﹂
思考の海に沈んでいると何時の間にか自己紹介が始まっていたみ
たいです、ルルと冒険者少女ズの間で火花が散ってます。不毛なの
でやめましょうよぉ⋮⋮あれ、そういえばルルってアレ演技だった
んじゃないのでしょうか、ひょっとして半分くらいは地だったとか
? なんだか女性不信になりそうなんですががっが。
﹁ソラです、よろしくお願いします﹂
怖いので縮こまりつつ、無難に軽く頭を下げて挨拶します。視線
が険しくなりました、剣士のレベッカさんなんか今にも斬りかかっ
てきそうです。何故人は争うのでしょう⋮⋮いやほんとにやめてく
ださいね、ボク滅茶苦茶弱いですからね。
﹁先輩、ここはガツンと⋮⋮﹂
﹁やめなさいルル、無意味な争いです、不毛です﹂
臨戦モードのルルを諌めつつ、ため息を吐きます。そこまでして
鬼畜野郎の寵愛が欲しい彼女たちの気持ちがわかりません。明日を
もしれない奴隷の身っていう立場ならまだ解るのですが、彼女たち
はしっかりと自立しているでしょうに。
⋮⋮あぁでも冒険者もある意味では明日をも知れない身なのかも
しれません。そう考えれば将来性は二重丸で特定の相手が居ないご
主人さまは狙い目なのかも?
﹁さ、さすがの余裕と自信です、せんぱい⋮⋮、
42
確かにシュウヤさまは先輩以外が目に入っていませんもんね!﹂
﹁何ですかその認識は⋮⋮﹂
ルルの尊敬度が上がったようでキラキラした眼を向けてくるんで
すが、意味がわかりません。あぁ二人の目がつり上がった、ほら勘
違いされたじゃないですか、あの鬼畜は単にエルフが好きなだけだ
というのに!
﹁な、こ、こんな子供が⋮⋮!?﹂
﹁くっ⋮⋮あんた達より私のほうがずっと早く目をつけてたのに⋮
⋮!﹂
レベッカさんは流石に驚愕したようでボクとご主人さまを見比べ
てます。まぁ確かに今のボクはちっこいですからね、こちらの年齢
基準で言うと11歳くらいでしょうか。
メインターゲットは女として戦闘力の高そうなルルをロックオン
してた二人ですが、今のルルの発言で完全に矛先がこちらに来まし
た。ルル貴女もしかして狙ってました? 味方になった振りして下
克上狙っちゃってました?
﹁それは残念でしたね⋮⋮といってもあなた様方では、
とてもシュウヤさまを”満足”なんてさせられないと思いますけ
どね﹂
何故そんな意味深な事を言いたげな態度で二人を見下すのですか
ルル、あなた今奴隷ですからね、ご主人さまの庇護がなければ扱い
家畜以下なので気をつけてくださいね?
43
﹁うそ⋮⋮こんな小さな子が?﹂
ロリコン
﹁ま、まさかシュウヤって少女趣味だったの!? あ、待って、この子からかなり強い魔力を感じるし、年齢が見た
目通りな可能性は⋮⋮﹂
﹁顔隠してるし何かとのハーフ⋮⋮まさかハーフサキュバス!?﹂
﹁それなら納得できるわ⋮⋮それでシュウヤを籠絡したのね! い
やらしい!﹂
違います誤解です冤罪です。ボクは無実です、有罪なのはアイツ
です。だからボクに敵愾心を燃やさないでください。
﹁やっと分かりましたか⋮⋮人間の方はお呼びじゃないんですよ﹂
えっ。
﹁く、ぐぐぐ!﹂
何これどういう事なの。事態についていけず硬直をするボク達に
後ろから声がかけられました。奇しくもそれは確実に状況を打破で
きる力を持った人物、すなわちご主人さまの声だったのです、助か
りました。
﹁そろそろ出発⋮⋮って何やってるんだ?﹂
﹁しゅ、シュウヤ、ダメよ!
こいつはハーフサキュバス、気を許しちゃダメ!
44
きっと異能か何かで誘惑されたのよ!﹂
﹁いや、それ誤解ですからね⋮⋮﹂
なんか誤解が加速しているんですが。何で外に出たらいきなり半
サキュバス扱いされてるんですが、泣きますよ、ギャン泣きします
よ? もういっそ種族をバラして誤解を解いてしまいましょうか。
﹁何言ってんだ⋮⋮?﹂
魔法使いの言葉を聞いてご主人さまは一瞬奇妙な顔をしました。
ボクを見て彼女たちを見て、何かに気づいたように口元を歪めます。
こいつらとんでもない誤解してるのですよ、早く否定してください。
﹁⋮⋮俺がこいつを気に入って買ったんだ、種族なんて関係ないさ、
それに俺にそういう魅惑とかが効かないのはお前が一番わかって
るだろ?﹂
えっ?
﹁う、うそ⋮⋮﹂
ご主人さまの手が肩に置かれました、呆然として固まるボクを置
いてけぼりにして会話は加速していきます。
﹁シュウヤってそういう趣味、だったの?﹂
﹁あぁ、そうだよ﹂
﹁子供のサキュバス買うなんて⋮⋮へ、変態じゃない!﹂
45
﹁男なんて須らく変態だっての﹂
ま、待って、ちょっと待って、何でボクがサキュバスとのハーフ
な方向の話をしてるのですか!? 風評被害ってレベルじゃねぇの
です、撤回を要求します、訴訟も辞さない!
﹁ちょ、ちょっとごしゅじもごもご﹂
﹁エルフだって街中に知られたら有象無象が押し寄せてくるぞ?﹂
な、なんという、ことでしょう⋮⋮。って騙されませんよ、ゴブ
リンとのハーフだとかドワーフだとか色々言い訳は出来るでしょう、
あいつらこっちじゃ見た目ロリ種族なわけですし、何でわざわざサ
キュバス何ですかやだぁぁぁ!
おきにいり
﹁ボクはサキュバスじゃなくてゴブリンとのもごぉー!﹂
﹁そういう訳だから、俺の奴隷にちょっかい出さないでくれよ?﹂
く、口を抑えられて喋れないのです、誤解が、このままでは誤解
が! ボクがサキュバスなんて噂が町に拡がってしまうのです! しかも魔法使いさんの敵意がメーターマックス振りきれなのです、
﹁悪魔め浄化してやる﹂とか﹁私がシュウヤを助けるの﹂とか呟い
てます、怖いです。
あれ一歩間違ったらヤンデレストーカーになるタイプです、しか
も標的こっちに来るタイプですよ、もうどうするんですかあれ。隣
の剣士さんすらドン引きして距離を取って宥めてるようなレベルで
すよ?
﹁先輩、負け犬の嫉妬が心地よいですね!﹂
46
ルルも大きな声で煽らないでください! 聞こえたらどうするん
ですか!
47
tmp.5 ドキドキの初依頼−旅立ち編−︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−◇
[◇TOTAL
−−◇
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻082︼−−◆︻013︼−−◆
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>12
MP630/63
MP22/22[正常]
MP30/30[正常]
[シュウヤ][Lv26]HP372/372
0[正常]
[ソラ][Lv1]HP17/17
[ルル][Lv20]HP272/272
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>12
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁ふにゅぅぅぅ⋮⋮﹂
﹁平和なのはいいんですが今度は魔法使いさんが怖くて安眠できな
いのです﹂
※計算ミスが発覚したので数値が+30されてます。
48
tmp.6 ドキドキの初依頼−甘味編−
テンプレです、テンプレなのです!
﹁へへ、素直に女と積荷を置いて行けば命だけは助けてやるぜ?﹂
目的地まで残り一日といった所で、粗末なボロ布に身を包んだい
かにも不潔そうなおじさんたちが徒党を組んで馬車を囲まれました。
そのうちのボスっぽいのがナイフを舐めながら下品な笑みを浮かべ
て告げます。
男たちの視線はルルと剣士のレベッカの胸元に集まってます。魔
法使いのクラリスさんとボクは総スルーされていました。ボクはフ
ードを目深にかぶっているし背丈も小さいので女と見られていない
のでしょう。クラリスさんは、その⋮⋮ちらりとその胸元に目をや
ると、不機嫌そうな彼女から凄まじい殺気を込めて睨み返されまし
た、ごめんなさい殺さないでください。
﹁嫌だ、と言ったら?﹂
ご主人さまがレヴァンテインを肩に乗せて軽い動きで前へ出ます。
女性ばかりの中にひょろっとした男が一人なので食い詰め者たちの
嫉妬の炎が凄いです。ああいうのを負け犬と言うのですね。
﹁それなら、仕方ねぇなぁ⋮⋮、
そこの猫耳と剣士は傷つけるな、男は皆殺しだ!
そっちのチビと貧相な胸もかまわねぇ、やっちまえ!﹂
隣からブチっていう音が聞こえました。
49
◇
﹁いやぁ、助かりました﹂
というわけで翌日の朝早く、目的地であるなんとか村に無事到着
しました。名前は聞いてませんあんまり興味なかったので。ちなみ
にボク達の住んでいる町は﹃ペテシェ﹄という、ちょっとした街道
の中継点でもあるそこそこの規模の町ですね。
今回の依頼は町に来ていたこの村の商人さんを送り届けるお仕事
だったのです。着いてから知るとかどうなんでしょうねボクってば。
まぁ取り敢えず無事に到着できたので良しとしましょう。
え、野盗? 尊い犠牲でした、現実だと炎魔法はんぱないです火
怖いです。自業自得なのは解っていてもとにかく可哀想という感情
を抑えられないレベルの蹂躙でしたね。
結果、彼女はその場に居た全員をドン引きさせる大活躍っぷりを
見せ、ご主人さまに親しみを込めて貧乳無双などと名付けられてま
した。泣きそうになっててこちらもちょっと可哀想でした。
しかしですよ、このまま彼女が順調に病んで行ったらボクもあの
野盗達と同じ運命を辿ることになるかもしれません。おかげで襲撃
の日の夜に﹁ヒャハハハ、燃えろォ、燃えろヨォ!!﹂とか嗤いな
がら炎を振りまき追って来るクラリスさんの夢を見てしまいました。
思わず恐怖で飛び起きましたよ、でも一番怖かったのは夜番で起
きていた彼女が暗闇の中で目を見開いてこっちを見ているのに気づ
いた時でしょうか。あれは流石にちょっとだけ危なかったです。何
50
が危ないのかは敢えて言いませんが。
﹁せんぱーい、新しい下着もらってきましたよー﹂
大きな声でいうんじゃありません!!
◇
さて、帰りは明日、町へ向かう別の馬車の護衛として行くことが
決まり、今日は村で一泊することとなりました。ここは養蜂が主産
業となっている村なようでして、ちょっとお高いですがハチミツを
使った食べ物が豊富です。
﹁せんぱい、これも美味しいですよ!﹂
﹁うぅ、太ってしまいそうです﹂
買い物に行ったご主人さまを見送り、ボクとルルは酒場で出され
たホットケーキやスコーンにハチミツをたっぷりかけて頂いており
ます。久々の濃厚で強烈な甘味が五臓六腑に染み渡るのです、ルル
も初めての強い甘みに目を輝かせて次から次へとお菓子を口に運ん
でいます。
酒場の人は”首輪付き”なのに好き放題お菓子を食べているボク
らを見て不審げではありましたが、そこはご主人さまが﹁頑張った
分ご褒美をあげるのがうちの教育方針﹂と言い切ることで何とか納
得してもらえたようです。
しかし、いくら食べ放題と言ってもこのままだと確実に血となり
肉となって悲惨なことになりかねません。ボクの身体で食べ過ぎる
51
と平坦な癖におなかだけぽっこりという酷い絵面になりかねないの
です。
⋮⋮あれ、そうすれば意外と嫌がって夜に呼ばれなくなるかも?
こ、これは良い手かもしれません、もっと食べましょう。
﹁食べ過ぎだろ、太ったらどうするんだ﹂
そう思ってスコーンに手を伸ばそうとしたら横からひょいっと取
り上げられてしまいました、買い物を終えたご主人さまが戻ってき
ていたようです。案外早かったのですね⋮⋮取り敢えず返してくだ
さい。
﹁ボクは気にしません、返してください!﹂
﹁肉付きが良くなるのはいいが太るのは許さん﹂
何という横暴⋮⋮しかしますますやる気が出ました。ちょっとぷ
っくりしてご主人さまの好みの範囲から外れるのです、帰ったら早
速食事計画を練り直しましょうか。
﹁強制的にダイエットさせるぞ⋮⋮方法は言わなくても解るよな?﹂
﹁がまんします﹂
やはり太るのは健康に良くないのです、糖分のとりすぎ身体に悪
いので控えるべきでしょう。ボクとしたことが、倒れたらほぼ終わ
りなこの世界で自分の健康を忘れるとは失態なのですよ。
ボクが手を止めた事でルルもちょっと迷って食べる手を止めまし
52
た、涎を垂らしそうになりながらジッとお菓子を見ているので未練
たらたらなようですけどね。最終的に残ったお菓子はお店の許可を
取ってから包んで持ち帰る事になりました。
すなわち、ご主人さまのアイテムボックスの出番な訳です、入れ
てる間は時間経過しないとかほんと不公平です。魔法も使い放題で
戦闘力も高いし運も良い⋮⋮同じ日本から来た人間なのにこの格差
は何なんでしょうね、ほんとに。
◇
夜、ご主人さまがクラリスさんに呼び出されて宿を出ました。つ
いに襲撃かとルルに引っ付いてベッドの中でガクブルしていたので
すが、意外な事に先に戻ってきたのはご主人さまでした。
﹁ただいま﹂
﹁お、おかえりなさい?﹂
てっきり戦力を分散させて仕留めに来るものだと思っていたので
拍子抜けでした。
﹁シュウヤさま、あのメスに何かされませんでしたか?﹂
シーツをはねのけてルルがご主人さまに詰め寄ります。女の子が
メスとか言っちゃいけないと思うのですよ。
﹁あー⋮⋮まぁ、告白されたけど断ってきた﹂
正直驚きました、それなりにレベルの高いツンデレだと思ってい
53
たのですが。思ったよりも勢い良く踏み込んでくる人だったみたい
ですね、ボクやルルと接触したのが原因でしょうか?
﹁それ、もったいなかったんじゃありません?﹂
とはいえ見た目は良いのです、腕もかなりのものみたいですし、
ボクと胸囲もそんな変わらないのでご主人さまならいけるんじゃな
いかなーと思わなくもなかったのですがね。
﹁告白のセリフな、﹃奴隷にしてください、あの子たちには負けま
せん!﹄だった﹂
﹁⋮⋮﹂
踏み込みどころか勢いが魚雷並でした、いくらなんでも人生賭け
すぎでしょう。この世界の奴隷なんて人権も何もない、主人が飽き
たら殺されても文句ひとつ言えないような身分なのですよ、自分か
ら突っ込んでくるとか正気の沙汰じゃないのです、病みすぎです。
﹁無いだろ?﹂
﹁無いですね﹂
顔を見合わせて﹁はぁ﹂とため息を付きます。重いなんてレベル
じゃないので流石にドン引きなのですよ、それで喜ぶ男なんて常軌
を逸した変態か、常識を逸した変態だけなのです。あれ、目の前に
該当者が居るような⋮⋮いえ、置いておきましょう、藪を突いて謎
生物を出したら最後、茂みに引きずり込まれてあっという間にダブ
ルピースです。今のボクは無力な少女であることを忘れてはいけま
せん。
54
ともかくとして、これで彼女が素直に諦めてくれればいいのです
が⋮⋮不安ですね。ご主人さまってそういうのあんまり得意じゃな
さそうというか、何というか女性関連では頼りにならないイメージ
があるのです。
﹁ま、そもそも俺、巨乳好きだしなぁ、
アイツには悪いけど仮にお前らが居なくて、普通の告白であって
も断ってただろうな﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
なるほど、どっちにせよ彼女には芽が無かったのですね。中々に
切ない現実です。強く生きていって貰いたいもので⋮⋮ん? え?
今なんて言いましたかこいつ。
﹁ご主人さま大変です、幻聴が聞こえました、ご主人さまが巨乳好
きだとか何とか﹂
﹁シュウヤ様、私にも聞こえました、もしかして敵の魔法では!?﹂
どうやらルルにも聞こえていたらしいです、幻聴を生み出す魔法
ですね。クラリスさんの手によるものでしょうか、ボクへの精神攻
撃のつもりですかね、あんまり効果はないのですが。
﹁お前らは俺を何だと⋮⋮、
俺の好みはルル程度に年下の巨乳の女の子だ!﹂
なん、ですって!?
55
﹁さては⋮⋮偽物!?
ロリコン
でもご主人さまはボクみたいな子供に欲情する真性の幼女趣味な
のです。
巨乳好きだなんてありえないのですよ!﹂
﹁その通り、匂いまで再現するなんて中々手が込んでますが詰めが
甘いですね!
シュウヤ様をどこに隠されたのですか、答えなさい!﹂
由々しき事態です、まさかご主人さまの姿で現れるとは⋮⋮油断
しました! ですが甘いのです、ボクの眼は誤魔化されな︱︱︱︱
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹃伏せ﹄﹂
﹁ふびゃっ!?﹂
﹁にゃん!?﹂
首輪に流された魔力によって身体が強制的に土下座のような体勢
にさせられてしまいました。足音が近づいてきます。
﹁お前らさ、ちょっと俺で遊びすぎじゃないかなぁ?﹂
﹁あ、あはははは﹂
おおっと、調子に乗りすぎたのです。でも日頃の鬱憤は晴らせた
のでまぁ良しとしましょう。そもそもそんな笑えない冗談を言うご
主人さまが悪いのです、そうに決まってます。取り敢えずルルと二
人で謝って怒りを和らげましょう、出先なので無茶は出来ないと思
いますが念のためです。
56
隣で伏せているルルに目配せして、同時に口を開きます。
﹁もうしわけ︱︱﹁全てせんぱいの指示でやったことです﹂︱︱え
っ﹂
﹁ほう⋮⋮?﹂
錆びついた機械のような動きでルルを見ると、可愛らしい口元を
ニタァと三日月型に歪めていました。⋮⋮まさか、あんなに仲良く
していたのにこんなにあっさり裏切られるなんて。
﹁る、るる、何を言って⋮⋮!?﹂
﹁私はシュウヤ様にそんなことをするのはと抵抗したのですが、
先輩に逆らうことは出来ず⋮⋮申し訳ありませんシュウヤ様っ!﹂
すぐに表情を戻したルルは涙をぽろぽろこぼしながらご主人さま
に縋り付きます、ご主人さまは悲しそうな顔をしてルルの頭を撫で
ると、こちらをじっと見つめます。そしてボクは全てを悟りました。
﹁そうか、辛かったなルル⋮⋮、
ソラがそんな悪い子なんて思っていなかったよ、
これは⋮⋮ちゃんとお仕置きしないといけないな?﹂
そう、二人は始めからグルだったのです。ボクの反抗心を察知し
てルルを使い、反乱を誘ったのです。暴君の策略にものの見事にか
かってしまった間抜けなエルフは、ここで尽きる運命だったのでし
ょう。がくんとその場で項垂れたボクの頭に、ご主人さまの手が迫
ってきていました︱︱︱︱。
57
﹁まぁ冗談はこの辺にして、そろそろ寝るか﹂
﹁はぁーい﹂
﹁わかりました﹂
ぽんっとボクの髪を撫でると、ご主人さまは二つあるベッドの片
方へ向かいます。ボクとルルはもう片方のベッドを使うことになっ
てます、女の子と二人で寝れるのはちょっとした役得ですね。
なんで分かれてるかというと流石に宿のベッドを汚すわけにはい
かないので自重しているのです、実に平和な旅なのですよ。
﹁でも、シュウヤ様がそんな冗談言うなんて意外でしたね、せんぱ
い﹂
﹁全くですね、どの口で言うのか﹂
え? 裏切り? 策略? ただのじゃれあいなのです。いくら何
でもお互いこの程度の事でドロドロした事態にはならないのですよ。
⋮⋮いや、ルルが腹黒なのは本当ですけどね、恐ろしい子!
﹁本気なんだけどな⋮⋮まぁいいか﹂
﹁はいはい、冗談はこのへんにしておきましょうね﹂
往生際が悪いですね、今更いってもボクに手を出した時点で覆せ
ないのですよ、諦めなさい変態め。もそもそとベッドに潜り込んで
ルルと背中を合わせるように丸まります。ご主人さまが傍にいれば
58
安全でしょうし、何とか眠れそうなのです。
﹁おやすみなさい﹂
﹁シュウヤ様、おやすみなさい﹂
﹁おやすみー、
あ、そうそう⋮⋮お仕置きは本気だから、帰ったら覚悟しとけよ﹂
えっ。
59
tmp.6 ドキドキの初依頼−甘味編−︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−◇
[◇TOTAL
−−◇
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻082︼−−◆︻013︼−−◆
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>12
MP630/63
MP22/22[正常]
MP30/30[正常]
[シュウヤ][Lv26]HP372/372
0[正常]
[ソラ][Lv1]HP17/17
[ルル][Lv20]HP272/272
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>12
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁おうちにかえりたくありません﹂
﹁ご愁傷さまです、せんぱい﹂
※計算ミスが発覚したので数値が+30されてます。
60
tmp.7 ドキドキの初依頼−帰宅編−︵前書き︶
※計算ミスが発覚したので性豪スキル獲得以降のリザルトが変わっ
てます。
※具体的にはソラの方の経験値が30加算されてます。
61
tmp.7 ドキドキの初依頼−帰宅編−
帰って来ました、我が家のある街﹃ペテシェ﹄です! 途中での
時間稼ぎやご機嫌取りは見事失敗に終わりましたよどちくしょう!
このままでは地下室に眠る夜の世界の秘密道具が火を噴いてしま
うのです、大人のメリーゴーランドへの搭乗を回避するためにもど
げんかせんといけません。
あ、ちなみにクラリスさんは翌日泣きはらしたような眼をしなが
らも、スッキリした様子で恋との決別を宣言して来ました。最初は
焼き殺されるかと思ったのですが、何でもあそこまで徹底的に振ら
れたら芽がない事は解るそうです。我が主人ながら結構手酷い振り
方をしたみたいですね。
そういうところは男としてちょっと尊敬できたりしなくもないで
す、ヘタれてズルズル引っ張って、結果的にキープみたいな最低な
状態にするよりはずっと男らしいですからね。
﹃別に、あんたに負けたわけじゃないんだから、勘違いするんじゃ
ないわよ!﹄
という最後に言われた彼女の捨てセリフにちょっと和みました。
あんな変態鬼畜野郎じゃなくもっと素敵な男性と結ばれてくれるこ
とを祈りましょう。あと世界の何処かで痴情のもつれによる焼殺事
件が起きないことも祈ります。
﹁こんなの酷いよ!﹂
回想で気分を紛らわせながら町並みを歩いていると、何やら言い
62
争うような声が聞こえました。何事かと思ってそちらをみてみると、
冒険者らしき格好の人々が商人ともめているようです。
﹁待って、待ってよケイン!﹂
﹁大丈夫、すぐに助けに来るからさ、ちょっとだけ待っててくれよ
!﹂
見覚えのある人間っぽい見た目をしたガマガエルが、セミショー
トにした淡い緑色の髪に牛のような角と耳を生やした、ルル以上の
大きな胸を持つ少女の腕を掴んでいます。少女は目尻に涙を浮かべ
ながら目の前で金貨入りの袋を抱えて目を輝かせる少年に必死で手
を伸ばしています。
少年は栗色の毛と栗色の瞳でかなり整った顔、勇者と言われたら
納得できそうな見た目ですね。腰には剣を佩いています。少女の着
ている装備も革鎧なところから恐らくどちらも冒険者だったのでし
ょう。
﹁こんなのってないよ! 信じてたのに!﹂
﹁心配すんなって、すぐに稼いで迎えに来るから!﹂
どういう状況なのでしょうかね、これ。あの少年が少女を売り払
っているようにしか見えないのですが複雑な事情でもあるのでしょ
うか。
﹁何でしょうね⋮⋮﹂
﹁さあ⋮⋮?﹂
63
﹁あぁ、ありゃ人質だな﹂
隣に居た歴戦風のおじさんが疑問を抱きながら眺めるボク達の疑
問に答えました。
﹁人質?﹂
あんまり耳触りの良い言葉ではないですね、地球のものとは意味
合いが違いそうです。あ、ちなみに万能翻訳機能の意訳です。ボク
の持っている唯一のチートですね、ご主人さまも持ってますが。
﹁冒険者がな、仲間を質に入れて金を借りるシステムだよ、
一ヶ月経っても返済されない場合は合意の奴隷として売りに出さ
れることになる。
あのお嬢ちゃんも可哀想になぁ、ありゃ奴隷コースだ﹂
少年は明らかに実力を超えた金を借りているようでした、しかし
あの自信に満ちた顔は返済できることを信じてなければ出来ません
ね、何か根拠があるのでしょうか。
﹁あの坊主もそこそこの腕ではあるんだがな、ちょっと自信過剰っ
つぅか、
変に実力がある分プライドばっか高くなっちまったのか、依頼を
より好みしててなぁ、
立ちゆかなくなって、一緒の村から出てきた幼馴染をあの扱いだ
よ﹂
﹁可哀想になぁ⋮⋮だってお嬢ちゃんだろ?
あの小僧が起こしたトラブルの尻拭いをしたり、破産しないよう
に財布管理してたの﹂
64
次々に明らかになっていく事情に背筋が冷える思いでした。あの
子、ほんとに報われねぇのですよ⋮⋮。
﹁アイツか⋮⋮﹂
ご主人さまが少年の顔を見てちょっと苦い顔をしました、知って
るのでしょうか。
﹁ギルドじゃ有名な問題児だぞ?
登録してすぐにギルド内で絡んでいった他の冒険者と大喧嘩した
り、
最下級の討伐クエストを俺に相応しくないとか言って中級の討伐
受けようしたり⋮⋮﹂
お、おう⋮⋮何というか主人公っぽい行動と噛ませ犬っぽい行動
が見事に両立してるのです、侮れませんねあの少年、育てばとんで
もない屑になりそうな予感がします。
﹁ご主人さまは喧嘩しなかったのですか?﹂
﹁アホ、いきなり問題起こしてどうするんだ﹂
ちょっぴり意外なのです、ご主人さまのことだからそのへんのテ
ンプレはしっかりこなしているものとばかり思っていました。こっ
ちは森で目覚めてすぐ捕まって、あとは奴隷として鞭に怯える日々
でしたからフリーダムな行動にちょっと憧れているのですよ。
﹁とにかく、これで装備整えたら竜でも倒して迎えに来るからさ、
待ってろよ!﹂
65
﹁ケイン! やだよ、おいてかないで、ケイン!!﹂
少年は少女の声に耳を貸さず、笑顔で手を振って離れて行きまし
た。回りにいる冒険者達は苦虫を噛み潰したような顔で少年の背中
を見て、憐憫を顔に貼り付けて少女を見ます。伸ばされた手は力な
く垂れ下がって、笑顔が似合いそうな少女の顔は絶望一色に染まっ
てしまいました。
少女を含めてこの場に居る全員がわかっていたのでしょう。彼女
はもう奴隷として堕ちて行くしかないのだと。腕を引かれガマガエ
ルの店へ連れて行かれる少女は一ヶ月だけ客人として扱われ、それ
から売りに出されるのでしょう。
せめて、少しでも良い主人に買われる事を祈ります。
﹁さ、行くぞ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はい﹂
野次馬がいなくなりはじめた頃、ご主人さまに手を引かれて歩き
出します。少年が持っていたお金は彼女の売値より安いと、一ヶ月
の生活費を抜いてあれだけくれてやっても十分に利益が出ると見込
まれた額です。
彼女に同情はしますが、いくらなんでもそんな額をご主人さまに
ねだる訳にいきませんからね。
﹁せんぱい⋮⋮﹂
66
﹁⋮⋮大丈夫ですよ﹂
ルルも心なしかちょっとつらそうです、奴隷の辛さをわかってい
ペット
るとどうしても彼女のことを考えてしまうのでしょう。でも何も出
来ません、ボクたちはご主人さまの所有物⋮⋮家畜なのです、主の
庇護なしでは食事にすら有りつけない世界のヒエラルキーの最底辺。
無力っていうのは、辛いですねぇ⋮⋮。
◇
﹁ほれ﹂
﹁ふあっ?﹂
家についてぼんやりしていると、不意に頬に冷たい液体が入った
グラスが押し付けられました。爽やかなレモンの香りとともにしゅ
わーっという炭酸のはじける音がします、色はほんのり薄いレモン
色。
﹁なんちゃってレモンスカッシュ、
買ってきたハチミツとレモンで作ってみた、炭酸水も自作な﹂
あれって作れたのですね⋮⋮知りませんでした。有難く頂きまし
ょう、口をつけると舌の上で炭酸がパチパチとはじけて、やや強め
の酸味とハチミツの風味が強い甘さが広がります。記憶にあるもの
と違って甘さは素朴な感じですが⋮⋮なぜか懐かしくて美味しいで
す。
ちびちびと飲んでいるとご主人さまの手が頭の上に置かれます。
67
気を使わせてしまったようですね⋮⋮全く、鬼畜野郎のくせに変な
所で気が回るんですから。
﹁ふみゃっ!? シュウヤ様! この飲み物毒じゃないんですか!?
な、なんか舌がバチッとして痛いんですけど!﹂
同じようにもらっていたルルの悲鳴が響きました、初めての炭酸
は刺激が強そうですね。目を白黒させて慌てるルルを眺めながら、
グラスを傾けます。ボクとルルはたぶん、幸せな奴隷なんでしょう。
ボクの中身が男だからこそ思うところは多過ぎますが、きっと心
身共に女性だったならルルのようにご主人さまに懸想していたかも
しれませんね。まぁ仮定の話でしかないのですが。
﹁にゃ!? シュウヤ様酷い!﹂
﹁はははは﹂
ルルの顔にレモンの皮を近づけて汁を飛ばすいたずらをしかけて
涙目にさせているご主人さまに呆れながらも思います。願わくば、
この穏やかな日々が出来る限り長く続いてほしいものです⋮⋮。
68
tmp.7 ドキドキの初依頼−帰宅編−︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−◇
[◇TOTAL
−−◇
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻082︼−−◆︻013︼−−◆
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>12
MP630/63
MP22/22[正常]
MP30/30[正常]
[シュウヤ][Lv26]HP372/372
0[正常]
[ソラ][Lv1]HP17/17
[ルル][Lv20]HP272/272
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>12
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁⋮⋮⋮⋮あれ?﹂
﹁シュウヤ様、今日は何もしませんでしたねぇ﹂
69
★登場人物︵一章終了時点︶︵前書き︶
※7話と同時投稿です。
※最新から飛んだ場合は前の話からどうぞ。
70
★登場人物︵一章終了時点︶
きさらぎ
しゅうや
︻メインキャラクター︼
≪如月 秋夜/シュウヤ≫
17歳。元高校生、現中級冒険者。
転生トラックに跳ね飛ばされ、神を名乗る謎の人物によって異世界
ラウドフェルムへ飛ばされた。
高い身体能力と魔力、魔法行使能力に多数のスキル獲得手段など優
遇されたチート系主人公。
自分で処理するのが虚しくなり一ヶ月ほど禁欲した後に奴隷を買お
うとし、ソラに一目惚れした。
出会い頭の日本人宣言にビックリし、元男宣言に二度ビックリ。葛
藤したが我慢しきれずに食った。
地球では非リア充だったが別にモテなかった訳じゃないようだ。
MP[630]
好きなもの:釣り、巨乳、エルフ、ソラ
HP[372]
将来の夢:異種族ハーレム
[ステータス]
異邦人[Lv26]
保有魔力[82400] 戦闘力[8242]
[所持スキル]
先天:﹃ステータス閲覧﹄﹃天賦の魔才﹄﹃身体強化﹄
そら
獲得:﹃天賦の剣才﹄﹃性豪﹄
あまなり
≪天成 空/ソラ≫
16歳。元高校生、現ロリエルフ奴隷。
近くで起きたトラック事故で勢い良く跳ね飛ばされた人間にぶつか
り、巻き添えになる形で死亡。
なぜか森の中でエルフになって目覚め、森をさまよっている時に奴
隷商人に捕まる。
71
身体能力は見た目相応で、魔力は高いが教育を受けていないので魔
法はほとんど使えない。
同性、同郷、同年代の気安さから、拾われてすぐの残暑中にすぐに
気を許して薄着で過ごし、
禁欲一ヶ月を超えてなお耐えていた秋夜に脇チラ乳チラ脚チラパン
チラ腹チラのフルコンボを決めた。
その結果は言うまでもない。
MP[30]
好きなもの:下克上、甘いもの、えびせん
HP[17]
将来の夢:下克上
[ステータス]
従者[Lv1]
保有魔力[23051] 戦闘力[52]
[所持スキル]
先天:﹃愛玩動物﹄
獲得:﹃魅惑﹄﹃天使の口吻﹄
<i80646|6198>
≪ルル≫
15歳。元貧民。現猫耳奴隷。
寒村の出身で不作によって口減らしせざるを得ず、幼い弟妹を守る
ガマガエル
ために奴隷になった。
恐ろしい奴隷商人や教育係の口添えから秋夜を優良顧客と判断。
一か八かで周りを出し抜く勢いでアピールしまくり奴隷の座をゲッ
トした。
最初はソラを出し抜こうと考えていたが、とてもじゃないが自分じ
ゃ持たないと後輩ポジションを選ぶ。
一応は先輩思いな後輩キャラではあるが、結構腹黒い。
好きなもの:肉、お金
将来の夢:安定した生活
[ステータス]
72
獣戦士[Lv20]
HP[272]
MP[22]
保有魔力[480] 戦闘力[1540]
[所持スキル]
先天:﹃俊敏﹄﹃獣神の寵愛﹄
獲得:なし
==================☆===========
=======
︻サブキャラクター︼
≪レベッカ≫
17歳。下級冒険者。
実は貴族の令嬢で剣一本で身を立てたいと家を飛び出したじゃじゃ
馬娘。
ロックビースト討伐クエストの最中に怪我をして動けなくなり、
MP[12]
戦闘力[1605]
HP[350]
ゴブリンに襲われているところを秋夜に助けられてフラグが立った。
[ステータス]
剣士[Lv22]
保有魔力[220]
≪クラリス≫
16歳。中級冒険者。
魔法国家出身の炎系魔術師、爆炎の二つ名を持つ炎魔法の才女。
森の調査の依頼中に飛竜に出くわし、火魔法で迎撃するも歯が立た
ず命の危機に。
颯爽と現れた別クエスト中の秋夜に助けられ、フラグが立つ。
しかしその恋心は憧れが生んだ熱病のようなものだったらしく、
秋夜にこっぴどく振られてレベッカを巻き込んで飲んで騒いで大泣
ダブル
きして気持ちを切り替えた。
ツンデレとヤンデレの二重属性という厄介極まりない存在。
73
[ステータス]
火術師[Lv30]
MP[512]
戦闘力[2502]
HP[120]
保有魔力[12106]
≪ゼイベル≫
44歳。元上級冒険者。
鉄槌の二つ名を持つ元上級冒険者だったが、10年前に膝に矢を受
けて引退。
現在は駆け出しの集まるペテシェの町で初心者の館的な事をやって
いる。
気になることがあれば聞けば教えてくれる物知りなおっさん、最近
髪が薄くなってきたのが悩み。
HP[1156]
[ステータス]
重戦士[Lv63]
戦闘力[3702︵−2000︶]
MP[46]
保有魔力[206]
==================☆===========
=======
※一般的な成人男性の戦闘力が[200]ほど。
※ゴブリンの戦闘力が単体なら[110]ほど。
74
tmp.8 迷宮へ行こう
ダンジョン、それは数多の謎を秘めた過去の足跡。
ダンジョン、それは浪漫の象徴にして、世界で唯一人間が成り上
がれる場所。
ダンジョン、それは危険と隣り合わせの希望。
嗚呼、人はなぜこうもダンジョンというものに惹かれるのでしょ
うか。
◇
というわけでやってきました、ペテシェダンジョン。ご主人さま
に攻撃魔法も教えてもらったので準備万端なのですよ!
﹁テンション高いですね、せんぱい﹂
﹁あたぼうです、血が騒ぐのです、日頃のストレスを発散するので
すよ!﹂
頼れる前衛が二人もいるのです、安全地帯から攻撃撃ち放題なの
ですよ! 超イージーモードなのです。
﹁はいはい⋮⋮天井と背後には気をつけろよ﹂
﹁いえっさー!﹂
75
そんな訳でボク達はペテシェのギルド付近に入り口があるダンジ
ョンへ来ているのでした。初心者御用達だけあってモンスターの湧
きが甘く、あまり強くないので実力をつけるのに向いているのだと
か。その分人が多いし簡単なのであまり稼ぎにはならないそうなの
ですが、たまにレアな装備を持っている個体も出るらしく、中々に
浪漫あふれる仕様なのです。
因みにダンジョンの正体は謎だそうで、誰が何の目的で作ったの
か不明。ただ中で生物が死ぬと死体は所持品を残して一定時間で消
滅してしまいます。モンスターは何らかのシステムにより一定数ま
で自動で出現するみたいです。装備品も自動生成されるようなので、
モンスターの残したアイテムを売って換金するのが基本ですね。
浅い階層だと精製されるアイテムも低級品なので稼ぎもいまいち
という寸法なのです。さて、何でわざわざダンジョンに来ているか
というとですね、ここの中ボスクラスが例のメダルを落とすそうな
のですよ。
新しい奴隷であるルルも加わったことですし、ここは一つメダル
を集めてパーティを強化しようというお話になったのです。ボクも
まだパワーアップを諦めていませんし、今後もっと色んな場所で行
こうとするなら戦力強化は必須でしょう。
いくらご主人さまがチート主人公とはいっても無敵タイプではあ
りませんからね、せめて自分の身くらいは守れるようになっておき
たいのです。いつ別のヤンデレが襲ってくるかもわからないのです
からね。なので戦闘訓練も兼ねてご主人さまに連れて来てもらって
いるのです。
76
﹁根源たる火よ、礫となりて我が敵を灼け!﹂
ボクの詠唱に合わせて手のひらサイズの炎の玉が眼前の魔法陣か
ら勢い良く射出されていきます。火球はルルが抑えてくれていたゴ
ブリンの顔面にぶつかって弾けると、勢い良くゴブリンの体を焼き
尽くしていきました。
使ってるのは最下級の火魔法ですが、ボクってば魔力だけは高い
ようで直撃さえすれば結構な威力になるのです。ただご主人さまい
わく魔法の才能が無いみたいで、相性の良い属性でも下級を覚える
のが精一杯と言われてへこみかけましたが、足りない分はパワーで
カバーすればいいのですよ⋮⋮。
そうそう、魔法とか冒険者とかのランクもしっかりありまして、
聞く限りでは最下級、下級、中級、上級、最上級、伝説級の6段階
っぽいです。ご主人さまは上級目前の中級冒険者ですね、出世スピ
ードとしてはかなりの速さみたいです。
上級から一流と呼ばれる領域に差し掛かります。こっちに来て半
年足らずでここまで来てるとかやっぱりチートはひどいですね。通
常なら中級に上がるまでに2年はかかるって話なのに。
そんなチートは今一人でこの階層の中ボスである、ナイトゴブリ
ンを倒しに行ってます。当然ながら普通はソロで倒せるような相手
ではないですが、多種多様な魔法とレヴァンテインの力で楽勝な空
気を醸しだしてました。
することがなくて暇を持て余したボクとルルは近くにやってくる
ゴブリンを倒していたのです。命のやり取りとかがどうとかは今更
なのです、スプラッタだとか無意味に殺される人間なんてガマガエ
77
ルのところに居た時に飽きるほど見ているのですよ!
そもそもダンジョンに湧くモンスターは厳密には生物じゃなくて
魔法で作った生体人形みたいな物らしいので、葛藤は自分の身を危
険に曝すだけなのです。
﹁ソラ、ルル、次いくぞー﹂
光になって消えたゴブリンが残した、錆びてボロボロになったナ
イフを収集品袋に回収した頃にご主人さまから声がかかりました、
どうやらもう倒してしまったようです。このくらいの階層だと中ボ
スといえどもはや相手にならないのでしょうね。
﹁いきましょう﹂
﹁はい、せんぱい﹂
荷物を抱え直すルルを待ち、離れない程度に先導するご主人さま
の後を追いかけるのです。
◇
現在20階層なう、なのです。このダンジョンは全部で24階層
あって、5の倍数階に中ボスが待ち受けています。ナイトゴブリン
は5階の中ボスで、今は全身鎧を付けた巨大なケウンタウロスっぽ
い魔物と戦っている最中です。ご主人さまが。
﹁﹁がんばれー!﹂﹂
ボクも魔法を撃ってみたのですけどね、何の効果もなくむしろタ
78
ーゲットがこっちに来て余計危なかったので離れてルルと大人しく
しております。ルルも流石にあれと戦う力はないので柱の影から一
緒に応援中です。
チャージ
石畳を踏み砕きながら、ハルバードを構え凄まじい速度で接近す
る人馬の突撃を、ゆらりと風に舞う布切れのような動きで回避しな
がら、ご主人さまが火の魔剣で切りつけました。赤熱して光を放つ
刀身は容易くその鎧を切り裂き、切断面から溶けた銅が流れて地面
を焼きます。
斬ったというより焼き切ったって感じです、ああいう使い方もの
出来るのですね。片腕を失った人馬はバランスを失いながらも大き
く旋回し、遺された腕で斧槍を大きく振り回します。痛みに反応が
ないのは生物じゃない証拠ですね。同時に生半可なダメージでは行
動不能にさせられない事を示してますので、敵としてみるとかなり
厄介な性質でしょう。
実際にとれた腕を意に介さず攻撃を続ける人馬に、ご主人さまは
少し顔をしかめながらレヴァンテインを下から上へと縦に振りぬき
ます。紅い閃光は室内を照らし、哀れな全身鎧の人馬はその一瞬で
真っ二つになって地面に転がりました。
数秒のラグを置いて光になってダンジョンの床に吸収されていく
肉片や鎧片を見ながら、ご主人さまがハルバードを拾い上げます。
デザインもよさそうですし見た目は綺麗なので売り物になるといい
のですが。
﹁やっぱ中々メダルはでないな﹂
﹁そうなのですか﹂
79
落し物を確認していたご主人さまがため息をつきました。どうや
ら今回も手に入らなかったようです。まぁそう簡単にできないよう
になっているのでしょうね。気長に集めるのが良いかもしれません。
﹁んじゃ、ボスを倒したらさくっと脱出するか﹂
﹁はい﹂
﹁わかりました﹂
中ボス部屋の奥にある階段を降りて次の階層へゴーなのです。中
ボスは倒されると部屋の入り口が閉鎖されて、一〇分ほどで復活す
ると同時に部屋がまた解放されるのだとか。とことんゲーム仕様で
すね。もしかしたら大昔の文明を作った人たちが作ったちょっと危
険な遊技場なのかもしれませんね。
そこからは特に難所も無く最下層のボスであるドラグスペクター、
竜の骸骨がローブをまとったような格好をしたモンスターですね、
そいつを軽くぶっ飛ばし、最深部にあるテレポーターから脱出しま
した。
ふよふよ飛びながら魔法をガンガン飛ばしてくるので普通に戦う
と結構強いみたいなんですけどね、開幕にケンタウロスをずばーっ
てやった技を放って一発でした、ずばーってなりました。
これはボクの魔法の出番かって思ったのにあんまりです。落とし
物もしょぼかったみたいでちょっと残念な結果になったのですよ。
まぁ魔法乱射型なので長期戦になるとボクとルルが危ないから速攻
で終わらせてくれたのは解ってるんですけどね、どうにも消化不良
です。
80
あばれたりないぞー! と家に着くまでは思っていたのですけど
ね。帰るなり疲労が襲ってきてソファに倒れこんでしまいました。
旅の時は自分の足で歩く場面なんてほとんどなかったので、油断な
のです。
﹁うー⋮⋮﹂
﹁もうちょっと体力つけないとな﹂
頭を撫でるご主人さまを睨みながら寝返りを打ちます。といいま
すかね、体力が落ちた原因として、家から出してくれないのはご主
人さまなのですよ? 軽くでいいのでルルと一緒に散歩にいきたい
と思っても許可が降りないのです。
﹁運動不足はボクのせいじゃありません、
ご主人さまが家から出してくれないのが悪いのです﹂
だから外出許可を出すべきだと思います。奴隷は主人の許可無く
居住している家屋から出ることが出来ません。破ろうとすれば首輪
が締まってしまうのですよ。
﹁そうはいってもなぁ、お前を外に出すのはなんか不安なんだよ、
なんかお菓子に釣られて誘拐されそうでさ﹂
何という酷い認識でしょう。これでも中身は同い年なのですよ、
そんな古典的な手段には引っかからないのです。
﹁その扱いはいくらなんでも酷いのです⋮⋮、
まぁ、家から出すのが嫌なのは百歩譲りましょう、
81
代わりに運動不足を解消する手段を考案してください!
家の中でこもっていると暇でしょうがないのです!﹂
家事の方もご主人さまの魔改造した洗濯機やら魔導ポンプやらで
楽になってしまっているのです。お陰で空いた時間が暇でしょうが
ありません、ダンジョンに行く理由がそれなんですから救えません。
現在開発中だというお風呂が完成したら一日中はいっていそうな勢
いの持て余し加減ですよ。
﹁運動不足ね⋮⋮わかった、しょうがないな﹂
⋮⋮あ、あれ? ボクの言葉を聞いて考え込んでいたご主人さま
がいきなり膝の下と背中に手を回して抱き上げてきました。何のつ
もりなんでしょうか。
﹁あの、ご主人さま、あの、何でボクを抱き上げるのですか?﹂
﹁暇だから運動したいんだろ?﹂
﹁あの、あの、そっちは寝室なのですよ、運動する場所じゃないの
です!!﹂
これは、もしかしなくてもやらかしましたか? やっちまった系
ですか?
﹁いやさ、そういえばすっかり忘れてたなと思って﹂
﹁な、なに、何を⋮⋮ですか?﹂
やばいのです、危険が危ないのです。本能がものすごい勢いで警
82
報を鳴らし続けています。にげなきゃ、にげなきゃ!
﹁お仕置き?﹂
﹁るるー! るるぅー!?
ピンチです助けてください! お願い助けて!! いやぁぁぁぁ
!!﹂
83
tmp.8 迷宮へ行こう︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
HIT︸−−−−◇︻21︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻21︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇
[◇TOTAL
−−−◇
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻103︼−−◆︻013︼−−◆
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP630/63
record!!
MP22/22[正常]
MP50/50[戦闘不能]
[シュウヤ][Lv28]HP410/410
0[正常]
[ソラ][Lv2]HP−10/20
[ルル][Lv22]HP297/297
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>21 <<new
︻レコード︼
[MAX
HIT]>>21 <<new
record!!
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁︵びくん、びくん︶﹂
﹁うわぁ⋮⋮﹂
84
tmp.9 新しい気持ちで
まだ暗くなる前にダンジョンから帰って来てソファーにちょっと
横になっていたら、ベッドの中で昼下がりを迎えていたのです。ダ
ンジョンではしゃぎすぎたのか全身筋肉痛ですし、初めてのダンジ
ョンは予想以上に疲れていたのでしょうか。
それにしてはご主人さまが申し訳なさそうにしながら酷く優しい
のが気にかかりますが、まぁ優しい分には困らないので気にしない
ことにしてます。
﹁ちょっとダンジョンではしゃいだくらいで歩けなくなるほど疲労
するとか、
我ながらちょっと情けないのですよ⋮⋮やっぱり体力を付けない
といけないですね﹂
﹁せんぱい⋮⋮﹂
ルルはなんで泣きそうになってるのですか。
◇
身体の調子も回復してダンジョン探索に復帰してからそれなりの
時間が経ちました。その間もご主人さまがほとんど手を出して来ず、
妙に優しかったのが不気味でしたが、ほんとにどんな心変わりなん
でしょうね。
不気味といえば、最初のダンジョン探索からしばらくの間、町中
85
で馬を見ると身体が震えるようになるという謎現象が起きてました。
別に馬にトラウマを持つような記憶はなかったはずなのですが、ダ
ンジョンから帰還した後、記憶が飛んでる間に何かあったのでしょ
うか。
まぁ今は大分良くなったのでいいんですけど、記憶がないっての
は怖いですね。
ともあれ、そんな奇妙な状態を乗り越えてボクもそれなりに経験
を積み、ダンジョンにも戦闘にも慣れてきました。ペテシェダンジ
ョンの攻略にかかる時間も当初の半分くらいまで下がり、今は次の
ダンジョン、ペテシェ近郊にあるという地下鐘楼ダンジョンにやっ
てきています。
地下鐘楼ダンジョンはペテシェダンジョンの二倍くらいの規模で、
ダンジョン攻略に慣れた駆け出しが挑む場所という格付けがされて
います。ご主人さまはとっくにソロでクリア済みなのでボクとルル
の修行用ですね。
男の子としてはこういう、冒険っぽい行動には血が騒ぐのです。
でも仕方ないですよね異世界ファンタジーでダンジョンなんですも
の。
﹁ここは魔法使ってくるタイプが多いから、後衛は気をつけろよ?﹂
﹁解りました﹂
いざ出発なのです!
なんて意気込んでみたはいいものの、例によって例のごとくご主
86
人さま無双なんですけどね。あっという間に全50階のうち20階
まで来てしまいました。ここまではペテシェと出てくる敵も大差な
かったです。たまに魔法を使ってくるゴブリンとかが居たくらいで
しょうか。
﹁ん?﹂
ルルが耳をぴくんと反応させて通路の向こう側を見ます、何かと
思ってボクも耳を澄ませて見ると、誰かの話し声らしきものが聞こ
えます。別のパーティと遭遇は割とあることなのですが、一応相手
が野盗や強盗まがいである可能性もあるので警戒は必須なのです。
﹁シュウヤ様、話し声が聞こえます。
数は多分、男が一人に女が二人かと﹂
哨戒能力はルルに遠く及ばないのです、ボクは専らご主人さまの
魔力節約要因ですね、基本は火付けとかライトとか担当です。たま
に攻撃もしますけど。
﹁わかった、ちょっと警戒するぞ、ソラはルルから離れるなよ﹂
﹁いえっさー﹂
頷いてルルの背後へ移動します。密着し過ぎると動く時に邪魔に
なってしまうのですぐに手が届く位置をキープしつつ二人でご主人
さまの背中を追います。
暫く廊下を進んでいると、どこかで見た記憶がある栗毛の少年の
後ろ姿が目に入りました。少年はボク達に気づいたのかこちらを振
り向くと、警戒を滲ませました。少年の近くには杖を持ち露出度の
87
高いローブを着た派手な赤髪の女性と、黄金色の髪の大人しそうな、
それでも男受けのよさそうな身体つきの少女がいます。
彼のパーティメンバーのようですね。
﹁こんにちは﹂
﹁⋮⋮こんにちは﹂
警戒心を与えないように朗らかに声をかけたご主人さまでしたが、
少年はボクとルルを見ながら少し険しい表情を顔に浮かべました。
今はフードをつけていないので、まさかそのせいで目をつけられた
のでしょうか。
この世界で長耳なのはゴブリンとの混血かドワーフだけで、半ゴ
ブリンはあんまり好かれていないのです。その、非常に頭がよろし
くない上に粗野で粗暴なので。ボクが半ゴブリンと勘違いされて売
られたのは最初に男口調で暴れたからです。
﹁そっちは?﹂
﹁え、あぁ、俺の奴隷だよ﹂
ご主人さまの紹介に合わせてルルと一緒に会釈します。そういう
あちらは普通のパーティですかね、見たところ首輪も見当たりませ
んし⋮⋮あれから一ヶ月は経ってるはずですけど、幼馴染さんはど
うしたんでしょうね?
﹁⋮⋮女の子達を奴隷にするなんて、関心出来ないぞ?﹂
88
少年⋮⋮確かケイン君でしたっけ。どの口で言うのかと一瞬ぽか
んとしてしまったのです。幼馴染を奴隷にして売り飛ばした人間の
言葉とは思えないのですよ、貴方の持っている強そうな装備も彼女
の犠牲で手に入れたものでしょうに。
﹁はは、痛い所を突かれたな、
まぁ同意の上だし守るつもりだから、見逃してくれ﹂
ご主人さまは冗談めかして笑ってますが、結構イラッときてるみ
たいですね。後でボク達にフラストレーションの矛先が向かないと
いいのですけど。秘密の地下室に連れて行かれることになったらた
まった⋮⋮もの、じゃ、ありま⋮⋮あ、あれ、身体がふふふ震えて。
﹁せ、せんぱい?﹂
﹁な、なんででもないのでです⋮⋮、
ただ、ち、ちかしつって単語を、頭におもいかべべべあばばば﹂
﹁ダメですせんぱい、考えたらダメ!﹂
あばばばばばばば。
◇
はっ!?
あ、あれ、ボクは一体どうしたのでしょう。意識が飛んでいたよ
うです、ダンジョンに潜ってケイン君に会って、お前は何を言って
るんだ状態になって⋮⋮それから?
89
﹁シュウヤ様ー、せんぱいが起きましたよー﹂
﹁あぁ、大丈夫かソラ?﹂
﹁え、はい⋮⋮?﹂
なんだか揺れると思ったらルルに背負われて移動していたみたい
です。うーん⋮⋮思い出せません、最近記憶障害が激しいですね、
変な病気じゃなければいいんですけど。
﹁シュウヤさま、やっぱりやりすぎだったんですよ、
私もドン引きしましたからねアレ⋮⋮﹂
﹁いや、ほんとに申し訳ない﹂
何でご主人さまがルルに責められてボクに頭を下げるのでしょう
か、いやほんとにボクの飛んでる記憶の中で何があったのですか、
凄く知りたいけど、凄く知りたくないのです。この気持はどうすれ
ば。
﹁あれ、そういえばあの少年は⋮⋮﹂
悩んでいても仕方ありません、思考を切り替えましょう。ケイン
君の姿が見えないので別れた後なのでしょうか、幼馴染さんの事が
聞きたかったのですが。
﹁妙に突っかかって来たからな、
お前の具合が悪いからって逃げた⋮⋮はぁ﹂
あからさまにため息を吐くご主人さまは彼があんまり好きではな
90
いようです。まぁボクもアイツに好意は抱けないのですけどね。
﹁取り敢えずもうちょっと我慢してくださいね、せんぱい。
もうすぐ出口直通のポータルですから﹂
どうやら探索は切り上げになって出口へ向かっていたようです。
まぁパーティメンバーが一人倒れてしまったなら仕方ないんでしょ
うね⋮⋮なんとも情けないのです。
5の倍数階にだけ存在する脱出専用魔法陣を使ってダンジョンの
入り口へ戻ると、大抵のダンジョンには併設されているギルド出張
所へ入ります。収集品などを持ったご主人さまが換金している間、
ボク達は休憩用スペースで待つことになります。
オープンカフェというかフードコートというべきか、開けたスペ
ースにテーブルと椅子がずらっと並んでいるそこには談笑している
冒険者達の姿がちらほらと見受けられます。嬉しそうに杯を打ち鳴
らしているパーティも居れば、泣き崩れる仲間を慰めているお通夜
のような雰囲気のパーティ、武器を持った”首輪付き”の女性たち
を侍らせる野卑な男まで多種多様です。
ダンジョンはドラマが起きる場所なのですね。無駄な争いはすべ
きではないので極力目を合わせないようにしながら、ご主人さまが
注文しておいてくれたジュースを片手におつまみをつまみます。お
酒は別に年齢で規制する法律はないのですけど、理由無く前後不覚
になるべきではありません。
芋系の野菜を薄くスティック状にして揚げたチップス、こんがり
焼いたハムとベーコンの盛り合わせ。これ、全部ご主人さまが考案
して広めたものなのだそうです、ほんと定番の異世界満喫してます
91
ねあの人は、少しくらいはチートを分けて欲しいのです。
﹁あれ、あんた達は⋮⋮﹂
なんだか久々に聞いた声に反射的に身体を強張らせながら背後を
見ると、そこには紅い髪の魔法使い、クラリスさんが居ました。心
の準備ができてない状態で会いたくなかったのですがね。
﹁く、クラリスしゃん?﹂
おっと、声が上ずってしまいました。
﹁こんにちわ、負け犬さん﹂
ルルさん、ルルさん、なぜ語尾に音符マークをつけそうな声色で
挑発するのですか? 死にたいのですか、猫の丸焼きになるのは良
いですけどボクを巻き込まないでくださいね、丁度貴女とクラリス
たま
さんの間にボクがいるんですよ? 何ですか、ひょっとして狙って
ますか、ボクの命殺る気ですか?
﹁ふん、相変わらず礼儀のなってないメス猫と半淫魔ね、
シュウヤ君にしっかり躾するように言っておかないと﹂
一触即発かとびびっていると意外と余裕な態度ですね、何か良い
事でもあったのでしょうか機嫌良さそうです。あとボクを含めない
でください、何もしてないのに評価が堕ちて行くのは理不尽なので
すよ、それに淫魔じゃねぇですし。
﹁む、効かない?﹂
92
ルル、効いてたら今頃ボク達丸焼きですからね。
﹁もう新しい愛を見付けたもの、過去の男に興味はないのよ﹂
勝ち誇ったように言った彼女はボクの隣に座ってお皿に乗ってい
たカリカリのベーコンを一つ、口へと運びました。
彼女はもう自分の新しい道を歩き始めてるんですね。当たり前の
ように相席して人様の奴隷の食べ物つまみ食いする根性を持つ貴女
なら、きっと何処でも逞しく生きて行けます。だから幸せになって
くださいね、できるだけ遠い所で。
﹁新しい恋ですか?﹂
ルルも恋話の気配に食いつかないでとっとと追い出しましょうよ、
この人なんか怖いんです。話しててひやっとするんですよ、どこに
スイッチがあるかわからない恐怖と言いますか。
﹁興味ある?﹂
﹁そりゃあもちろん!﹂
どこの世界、どんな立場でも女の子は変わらないのですね⋮⋮。
仕方ないので我慢しましょう。
﹁実はねー、あれからちょっと自棄になっちゃってて、
無茶な依頼ばっかやってたんだけど、ある依頼の時にね、
同行した中に本気で叱ってくれた人が居たのよ、
﹃女の子なんだからもっと自分を大事にしろ﹄って⋮⋮もう、感
動しちゃったわ。
93
あぁ、この人は私を見てくれてる、私なんかを心配してくれる人
がいたんだって﹂
目を輝かせて喋り始めたクラリスさんは恋する乙女のようでした。
思ったよりも真っ当な感じです、一度失恋を経験したことでちょっ
とは落ち着いたのでしょうか、邪険にしたのは悪かったですかね。
﹁それで運命を感じて、その人の事を調べたの。
ギルドに聞きに行ったり、彼の仲間から居場所を聞いたり﹂
﹁おぉ、積極的!﹂
ツンデレさんがまぁ随分と積極的ですね、でもそのくらいアクテ
ィブな方が幸せかもしれません。
﹁そうしてるうちに買い物してる彼を見つけて、後を付けて宿を見
付けたの。
長期滞在してるみたいだから私も隣の部屋を借りて、彼の好みを
調べ続けたわ﹂
うん⋮⋮⋮⋮うん?
﹁彼ね、結構男らしい顔をしてるのに甘いモノが好きなのよ、
ちょっと恥ずかしそうにしながら市場でハチミツ入りのクッキー
を買ってたの、
可愛いわよね⋮⋮でも甘芋のクッキーは苦手みたいで、
枕元にこっそり手作りのクッキーを置いておいたのに、食べてく
れなかったわ﹂
何だか雲行きが怪しいのです。
94
﹁それからも彼を喜ばせてあげたくてね、
色んな甘いお菓子を買っては毎日枕元に届けてあげたわ、
お手紙もつけてね、﹁いつも貴方を見ています﹂ってね。
そしたらね彼ったら喜んでくれて、外でも私を探してあちこち見
るようになったの!
チャンスだったのに恥ずかしいから隠れちゃったんだけどね⋮⋮。
私ったらダメね、どうしても臆病になっちゃって﹂
﹁え、えぇ⋮⋮ハイ﹂
泣きそうになっているルルと目を合わせます。 ﹁︵やばいですせんぱい、予想を遥かに超えるやばさです︶﹂
﹁︵だから嫌だったのですよおばか! どうするんですかこれ!︶﹂
恐れおののくボク達に気づいているのか居ないのか、エンジンが
いい具合に温まったクラリスさんは饒舌に自分の愛する努力を語り
続けます。
﹁ずーっと見守ってあげてたんだけどね、
彼が最近になって急に様子が変になって、ギルドで会った時に話
をしたのよ。
どうしたのかと思ったら変な女に付きまとわれてるっていうの、
相手の気持ちを無視して、姿を現さずに追い詰めるなんて最低よ
ね。
だから私が守ってあげるって、それが切っ掛けで︱︱︱︱﹂
結局、この怪談話はご主人さまが戻ってくるまで続いたのでした。
95
あの時ほどご主人さまが迎えに来てくれて嬉しいと思ったことはな
いのです⋮⋮。
96
tmp.9 新しい気持ちで︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
HIT︸−−−−◇︻2︼−−−−◇︻2︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻1︼−−−−◇︻1︼−−−−◇
[◇TOTAL
−−◇
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻120︼−−◆︻045︼−−◆
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>21
MP720/72
MP24/24[正常]
MP110/110[トラウ
[シュウヤ][Lv32]HP440/440
0[正常]
[ソラ][Lv6]HP20/30
マLv1]
[ルル][Lv27]HP352/352
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>21
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁すとーかーってこわい﹂
﹁こわい﹂
97
tmp.10 ろくなもんじゃねぇ︵前書き︶
※7月29日−14時
※ユリアとの出会い頭の会話で抜けてた部分を追加。
98
tmp.10 ろくなもんじゃねぇ
今日はご主人さまに連れられてギルドに来ているのです。目的は
ただひとつ、あのケイン君について情報通で有名な冒険者のおじさ
んに話を聞くため。なぜでしょうか、どうしてもあの幼馴染ちゃん
が気になってしょうがないのです。彼のそばにいない時点で処遇の
予想はできていますけど、それでも。
﹁また、夜中に手紙があったんだ、どこからはいってきてるのか⋮
⋮﹂
﹁大丈夫、私が守ってあげるから、ね?﹂
憔悴した様子の男性を慰める紅い髪の少女という二人組を意識し
て視界に入れないように注意しつつ、ご主人さまの背中に隠れるよ
うにしながら物知りおじさんのゼイベルさんが座っている席まで行
きます。
頬に傷を持ったほりの深い壮年の男性。只者じゃない雰囲気を醸
し出しながらも、怖いというより頼りになるといった印象を抱ける
人物なのです。
﹁ゼイベル﹂
﹁おぉ、シュウ坊か、どうした?﹂
おや、何だか親しげなのです。登録初期に世話になったとかそん
な感じなのでしょうか。そういえば出会う前のご主人さまについて
あんまり知らないのですよね⋮⋮っとと、今回は置いておきましょ
99
う。
﹁ちょっとな⋮⋮ケインって知ってるだろ、
あいつの売られた幼馴染がどうしてるか、うちのペットが気にし
ててな﹂
ペット
何でも一定以上に親しい間柄の人間同士での会話の際には、可愛
がってる奴隷を指して愛玩動物と呼ぶ風習があるそうなのです。も
う完全に人間扱いされていませんね、解っていても地味にショック
なのですよ。
﹁あぁ⋮⋮あの子も可哀想になぁ、
結局あのガキ、延長交渉すらしなかったんだ、
それどころか期日過ぎても顔すら出さなかったらしい﹂
想像通りの結末でしたが、とことん腐ってますね。あんな奴が女
性を侍らせて良い服を来て、一生懸命に尽くした彼女だけが割を食
う⋮⋮ろくなもんじゃねぇのです。
﹁彼女、中々に貴重な種族だったようでな、週末に行われる競りに
出されるらしい﹂
力が無い自分が悔しいのです。せめてご主人さまの半分くらいは
チートがあれば、何とかしてあげられるかもしれないのに。ご主人
さまには責められる謂れなんて皆無だと解っていても、どうして助
けてあげないのかと詰め寄ってしまいそうになるのを堪えます。保
護者に当たり散らすしか出来ない自分はなんて惨めなんでしょうか。
﹁そうか⋮⋮どうする? 会うとしたら今がチャンスだけど﹂
100
少し考え込んだご主人さまがボクを見てそんな事を言いました。
﹁会えるの⋮⋮ですか?﹂
﹁下見って名目をつければな﹂
会ってどうするのかと言われても、答えはでません。でもいても
たってもいられないのは確かでした。
﹁会って、話してみたいです﹂
ご主人さまは、神妙な顔で頷きました。
◇
ご主人さまと二人で奴隷商の店へと行きました。ルルは凄く嫌が
ったので留守番をお願いしておいたのです。正直ボクもあのガマガ
エルの亜人は八つ裂きにしてやりたいので気持ちはわかるのです。
ガマガエル
脂ぎった顔をカエルみたいに歪ませながら出迎えた奴隷商に案内
されて、競りの商品を入れておく為の牢屋へ向かいます。競りは金
貨30枚以上の値段が付くと判断された奴隷だけが対象となります。
ボクみたいな安価な奴隷は個人用のワゴンセールか、商人用のグ
ラムいくらのまとめ売りで卸されるので、いわゆる高級奴隷さん方
のエリアに入るのは初めてです。廊下や空気から明らかに清潔度を
始めとする扱いが違いすぎて、あのガマガエルを捌いてやりたい衝
動にかられます。
その檻の一角に彼女は居ました。翡翠色の鮮やかな髪は艶を落と
101
し、心なしか少し痩せこけているようですが、粗末な衣服に身を包
んでなお肉体は男受けしそうなラインを維持しているあたり、栄養
管理はちゃんとされているのでしょう。
多少みすぼらしくてもぱっと見の清潔さが全然違うのです。人の
気配に気づいたのか、ユリアという名前らしい彼女は顔を上げまし
た。その表情は意外にも凛としたものでした。
﹁何でしょうか﹂
あくまで平然を装おうとする彼女の姿に胸がチクりと痛みます。
﹁悔しく、ないですか?﹂
気付けば、そんな解りきったことを聴いてしまいました。
﹁え⋮⋮?﹂
何のことか解らないとばかりに、首を傾げる彼女に向かって言葉
を続けます。
﹁一月前に貴女が売られるところをみてました。
それで、どうしても気になって主人にわがままを言って連れてき
てもらったのです﹂
背後のご主人さまを見ると、彼女は僕の視線を辿ってから納得し
たように俯きます。
﹁そう、ですか⋮⋮見てたんですね﹂
102
そこで一度言葉を止めた彼女は、悩むようなそぶりで一拍置いて
顔をあげました。
﹁⋮⋮彼が幸せなら、私はそれでいいんです﹂
穏やかな、優しげな”仮面”を貼り付けたまま彼女は答えます。
でもその裏に潜む怒りと憎しみ、そういった物は隠しきれるもので
はないのです。それでも彼女は自分に言い聞かせるでしょう、自分
は彼の幸せを願っている、彼の幸せの犠牲になったのならそれでい
いんだ、と。
似てる、なぁ。顔も髪の色も何もかもが違うけど、昔⋮⋮まだ小
さな頃にボクが好きだった女の人と似ているのです。だから解って
しまいました、彼女が強がっている事も酷く無理をしている事も。
﹁ケイン君⋮⋮でしたっけ、迷宮で会いました、
あいつ、女の人を侍らせて楽しそうにしていたのですよ﹂
表情が変わりました動揺しているのがわかります、ボクは何をし
ているのでしょうか。こんな事を教えても辛いだけでしょうに。
﹁⋮⋮⋮⋮それ、でも、彼が、幸せ、なら﹂
﹁そう、ですか⋮⋮﹂
仮に彼女に助けを求められても、ボクも今はただの奴隷です。ご
主人さまの庇護なしでは家畜として、人らしく生きることすら許さ
れない存在なのです。何も出来ない癖に、必死に耐えている彼女を
傷つけて何がしたいのでしょうか⋮⋮自分で自分がわかりません。
103
﹁ソラ⋮⋮その辺にしておけ﹂
﹁はい⋮⋮﹂
流石に、止められてしまいました。当然ですね、ご主人様も白く
なるほどに拳を握り締める彼女の姿を見て気を使ったのでしょう。
ボクも先ほどの発言はひどかったのです、別に彼女を傷つけたい訳
じゃなかったのに。
﹁すいません⋮⋮失礼しました﹂
﹁⋮⋮貴女は、いいわね﹂
﹁︱︱え?﹂
立ち上がろうとした時に、強い敵意を込めた視線がボクをうちぬ
きました。
﹁見てればわかるわ、貴女は凄く大切にされてる、
ワガママを許され、人間と同じように可愛がってもらえてる、
本当に、良い飼い主に買われたのね﹂
憤怒、憎悪、敵意。彼に向けることが出来ない感情をきっとボク
にぶつけているのでしょう。少し胸が苦しくなりますが、受け止め
てあげることくらいしか出来ません。
﹁私はもう奴隷なの、どんなに憎くても、苦しくても、
自分を納得させないと生きていけないの⋮⋮私だってまだ死にた
くない、
誰かを愛したい、結婚だってしたいし子供も欲しい、
104
でももう全部ダメなの、もう無理なのよ⋮⋮だから、彼が幸せな
ら、それでいいの﹂
諦めきった表情の彼女の言葉を、本心だと思えるほど馬鹿ではあ
りません。でもボクはその諦観を否定する言葉も、力も、何もかも
を持ちあわせていませんでした。
﹁そうですか⋮⋮貴女が、良い主人に拾われる事を願います﹂
返事はありませんでした、滲む視界を晴らすため、目元をローブ
の袖で拭いながら奴隷商の店を後にします。ご主人さまが優しく頭
をなでて来ても、抵抗する余力はありませんでした。
◇
﹁⋮⋮らしくないな、あの子に何かあるのか?﹂
二階のベランダに椅子を置き、ぼんやり夜空を眺めているとご主
人さまの声が聞こえました。振り向くとグラスに入ったハチミツレ
モンスカッシュを一つ手渡してきます。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
泡を立てる液体が注がれているグラスを覗きこんだまま、話すべ
きか少し悩みました。
﹁⋮⋮似てたのですよ、初恋の人と﹂
﹁︱︱︱︱﹂
105
ご主人さまが奇妙な顔で固まりました。もしかしてボクが元は日
本で男子高校生やってたって信じてませんか? まぁ散々好き放題
嬲っておいて、今更気持ち悪がられても困るのですが。せっかくな
ので今日はこのまま昔話に付き合ってもらいましょう。
﹁初恋と言っても、小学校高学年くらいの頃ですけどね、
親戚の優しくて綺麗なお姉さんに憧れちゃったりしたわけなんで
すよ。
でもその人は幼馴染の、ミュージシャンを目指している男の人が
好きだったのですね。
だから諦めていたんですけど⋮⋮﹂
此処から先は忘れていたかった思い出の一つです。でも彼女のあ
の絶望に染まった顔で思い出してしまいました。
﹁その幼馴染さんは、典型的なヒモ状態でしてね、
それでもお姉さんは一生懸命に面倒を見ていたんです、頑張れば
夢は叶うからって﹂
﹁何というか、まぁ﹂
自立心の強いご主人さまにとっては好ましい相手とは思えないの
でしょう、ボクから見ても⋮⋮まぁひどい男でしたからね。子供だ
からって理由で馬鹿にされたりしてましたし。
﹁お姉さんの支えもあってか、幼馴染さんのプロデビューが決まり
ました。
そこからはトントン拍子で、そこそこ売れ始めるようになったの
です。
思うところはありましたけどね⋮⋮、
106
これで二人は結婚してハッピーエンドになると思っていたのです﹂
﹁⋮⋮ってことは、やっぱり?﹂
﹁はい、見事に同じ業界の中で女を作ってお姉さんを捨てました。
お姉さんも最初の頃はあの牛耳さんと同じ事を言ってましたよ、
それでも彼が幸せならば⋮⋮ってね﹂
話を止めると、しんみりした空気が流れてしまいました。
﹁それで、その人はどうしたんだ?﹂
ずきりと、胸が痛みます。
﹁⋮⋮﹃もう疲れちゃった、ごめんなさい﹄が、最後の言葉だった
そうです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ご主人さまは、何も言いませんでした。ボクもこれ以上話を続け
ることができませんでした。
﹁情けないのです⋮⋮、
何で助けてくれないのだとご主人さまに詰め寄ることしか出来な
い自分が、
同じ日本人なのに、ご主人さまの半分のちからもない自分が⋮⋮、
情けなくて悔しくてしょうがないのです﹂
﹁俺の力は所詮借り物、自分の物じゃない﹂
107
苦々しい表情のご主人さま、少しばかり頭に来ました。
﹁それでも、力は力なのですよ﹂
少なくとも何もないボクからすれば、たとえズルい手段で得た力
でも羨ましいのです。それだけの力があれば彼女を守れた事がわか
っているぶん、なおさらなのです。
﹁⋮⋮悔しいのです、悲しいのです、
どうして彼女みたいな人ばかり、つらい目に遭うんでしょうね﹂
﹁⋮⋮あぁ、本当に、どうしてだろうな﹂
この世界は、本当に理不尽なのですよ⋮⋮。
108
tmp.10 ろくなもんじゃねぇ︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−◇
[◇TOTAL
−−◇
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻120︼−−◆︻045︼−−◆
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>21
MP720/72
MP24/24[正常]
MP110/110[正常]
[シュウヤ][Lv32]HP440/440
0[正常]
[ソラ][Lv6]HP30/30
[ルル][Lv27]HP352/352
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>21
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁せんぱい⋮⋮?﹂
109
tmp.11 高い買い物
奴隷オークション、ここに行きたいと言ったのはボクのワガママ
です。せめて彼女が良い主に拾われるように願い、行く先だけでも
見届けたいと思ったのですよ。
多少揉めはしましたが、微妙な顔で反対しているご主人さまを押
し切って連れて来てもらうことには成功したのです。当日の朝早く
からご主人さまと二人でガマガエル屋敷に併設されている会場へ足
を運びました。
入り口付近の人手はまばらです。
﹁あぁ、そっちの子は奴隷ですね、ちょっとまってください⋮⋮は
い﹂
ご主人さまが受付を済ませているのを横で待っていると、何やら
シールのようなものを渡されていました。
﹁左胸の上に見えるように貼ってくださいね、
それでは、当オークションを楽しまれますよう﹂
登録証のようなものでしょうか。服の上にはっつけるタイプとは
意外と文化レベルも侮れないかもしれません。魔法の存在があるか
ら微妙に歪に感じるのですよねこっちの世界。
受付から入ってすぐの所でご主人さまに呼び止められて、部屋の
隅まで移動します。シールを貼り付けるのでしょうけど、何故部屋
の隅に? 疑問に思っているとご主人さまが徐に口を開きました。
110
﹁取り敢えず、服脱いで裸になって﹂
﹁はい⋮⋮はい?﹂
今、なんて言いましたかねこの変態野郎は。まさかノーマルな戦
闘スタイルに飽きてアクロバティックな戦い方でも研究しようとい
う腹積もりですか? 流石にそれは可能な限り抵抗しますよ、ボク
はノーと言える日本人なのです。
﹁誤解するなよ、会場内だと奴隷と客の区別をつけるために、
あとは出品される奴隷側に無闇に客側の情報、扱いについてとか
を与えないため、
持ち込み奴隷は全裸にして、登録証を見える場所に貼っつけるの
がルールなんだよ﹂
な、なん⋮⋮なん!? こ、言葉が出ません。
﹁ま、またボクをそうやって⋮⋮﹂
﹁ところがどっこい、事実だ。
俺としてはお前の裸をそこらの変態どもに見せたくはないんだが
な﹂
⋮⋮ま、マジ話なんですか。どうしましょう、急に心が折れそう
になりました。だから反対してたんですね、でも詳しい説明くらい
は欲しかった⋮⋮と思ったら相手に話をさせたらダメだ押しきれと
力尽くで攻めたのはボクでした。なんということでしょう。
﹁主人のマントの中に隠れるくらいは大丈夫らしいから、嫌ならひ
111
っついてろ﹂
﹁うぅ⋮⋮ぐすっ、わかりました﹂
しょうがないのです。マントで隠してもらいながらローブとワン
ピース、アンダートップを脱ぎ捨ててパンツ一枚になると脱いだ服
をご主人さまに預けます。それから殆ど起伏のない左胸の上部にぺ
たりと貰ったシールを貼り付けました。これは会場内でのみ有効な
魔法がかけられていて、会場内にいる間はどう頑張っても剥がせま
せんが、会場から外に出ると簡単かつ綺麗に剥がせるんだとか。
取り敢えずこれで準備は万端なのです、意図せずに羞恥プレイで
すがそこら辺ボクは元男、上半身裸を見られるくらいなら平気、へ
っちゃらなのですよ!
﹁さぁ、行きましょう﹂
﹁あぁ、パンツもだからな?﹂
﹁!?﹂
◇
うぅ、すーすーするのです⋮⋮。何とか会場内に潜入出来たので
すが、恥ずかしくて死にそうです。さっきからすれ違う一部の変態
たちがじろじろと見てくるのです、こんな毛も生えてない貧相な身
体見ても楽しいことなんてないでしょうに!!
会場内にはボクだけじゃなく他の首輪付きもそれなりの数がいま
した。ボクと同じように主人に抱きついてマントで身体を隠しても
112
らっている女性奴隷や、顔を真赤にしながら主にリードを引かれて
歩いている、ボクより年下に見える男の子。ちょっと痛々しい格好
の年若い少女。
奴隷の扱いは千差万別ですね、ご主人さまはその中でも最高にマ
シなレベルだというのがよく解りました。暴行の跡も見受けられな
いので余計に目立つのでしょうね、何人かの男性や女性が舐め回す
ようにボクの身体を見て来ます。ここにいるどの首輪付きも少なか
らず鞭の傷跡が残ってますし、気になるのでしょう。
会場はコンサートのホールみたいな形状でした、舞台を中心にし
て扇状に席が広がっていますね。流石にホールのように厳密に席が
並べられているわけではなく、テーブル付きのソファーが置いてあ
る感じです。
ご主人さまが中程の席に座ったので、ボクも膝の上に乗るように
して座ります、背後から抱きしめられますが仕方ありません、有象
無象の変態どもにじろじろ見られるよりはマシです。
ウェイターっぽい格好の仮面を付けた男性がドリンクと簡単なオ
ツマミを持って来てボク達の眼前に置きます。オツマミはチーズに
ベーコンを巻いた物とキャベツの漬物でしょうか。量的には一人分
ですね。
隣を見ると必死に甘えて肉を分けてもらっている、痩せこけた女
性奴隷の姿が見えます。どうやら食べたかったらご主人さまに媚び
を売れって事みたいですね。
﹁食べてみていいですか?﹂
113
﹁あぁ﹂
ご主人さまに一言断ってから楊枝を使って口へ運びます。中々に
よく出来ていますねこれ、コンビニあたりで売ってそうな味です。
近くの席にいた奴隷たちがぎょっとした表情を浮かべてボク達を
見て、すぐに羨ましそうというか憎らしそうというか、複雑な顔を
します。⋮⋮どちらかといえばあの子たちが奴隷として普通なので
す。
﹁そろそろだな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
少しすると、舞台の照明が強くなりスーツに身を包んだ男の人が
出てきます。蝶の仮面をつけているのがなんとも不気味というか間
抜けというか、忌憚無く言うと気持ち悪いです。その男性の宣言に
より、オークションがスタートしました。
◇
予想はしてましたが、見ていてあまり気分のよいものではありま
せん。絶望しきった顔の少年少女が酷く扇情的な格好で舞台の上に
立ち、震える声で自己アピールをしていきます。少しでも良い飼い
主に買ってもらえるように、でも悪い飼い主に目をつけられないよ
うに。
自分の時の事を思い出して胃が痛くなってきます。あの恐怖感と
絶望感は筆舌に尽くし難いものがあるのですよ。もしもボクにお金
があれば、全員買っているかもしれません。
114
今のボクと見た目が同じくらいの黒い兎耳の少女が、下卑た笑顔
を浮かべる男に買われていきました。舐め回すようにボクの身体を
見ていた奴の一人です。震える少女のこれからのことを考えると胸
が痛みます。見ていられなくて視線を逸らしている間にオークショ
ンは進み、今日の目玉の商品が出される番がきました。
﹁それでは、本日最後にして最大の目玉になります。
ご紹介するのはアルファダの高原地帯にのみ生息するという幻の
種族、
エルフ、マーメイドと並び称されるホルスタウロスの少女です﹂
その言葉に一気に会場がざわつきはじめます。
﹁場所が場所だけに亜人狩りの魔の手が伸びにくい場所に住む種族
で、
その種族の女性は凄く男にウケる特異体質を持ってるんだと。
絶滅種のエルフやマーメイドほどじゃないが貴重種扱いだな﹂
業の深い話です⋮⋮あのガマガエルも笑みが止まらなかったこと
でしょう。元凶である少年にもガマガエルにも腹がたちますね。
舞台に立った裸に近い格好の彼女は、多数の視線を受けて震えな
がらも決して俯かないようにしているのでしょう。見ていて辛いも
のがあります。彼女の身体には傷はありません、高級奴隷として傷
を付けるわけにはいかなかったのでしょうね。高価なものですから
よほど酷い主に拾われない限り、無碍には扱われる事はないでしょ
う。
﹁⋮⋮辛くないか﹂
115
﹁辛い、ですけど、知らないままなのも嫌です﹂
これはボクのわがままなのです。本当に誰のためにもならない、
何の意味もない自分勝手なわがまま。それでも自分を抑えられずこ
こに来た以上、目をそらすことは許されません。
﹁開始額は金貨100枚から、
最低入札額は金貨1枚、皆様奮ってご参加ください!﹂
﹁105!﹂
﹁110!﹂
開始の合図を受けるやいなや参加者が次々と手を挙げはじめます。
値段はあっという間に金貨200枚を超えました、王都に小さな家
が買える値段です。血走った眼で金額を積み重ねていく彼等を見て、
背筋に冷たいものがはしります。
得体のしれない罪悪感に痛む胸を抑えていると、突然目の前に袋
がぶら下げられました。何事かと思って背後を振り返ると、ご主人
さまの困ったように笑う顔が目に入ります。
﹁⋮⋮あの?﹂
﹁白宝金貨、1枚で金貨100枚分の価値がある。
これが13枚⋮⋮こっちに来てから少しずつ貯めてた俺の全財産
だ﹂
116
解っていましたが、やはりご主人さまは凄いお金持ちでしたね。
どうやって稼いだのかは気になりますが、なるほど色んな女性に狙
われるはずです。でもボクにそれを見せてどうしようというのでし
ょうか。まさかあの子を助けてくれるのかと、ほんの少しだけ期待
を込めて見つめます。
﹁⋮⋮悪いが、俺はお前にベタ惚れでね、他の奴隷を欲しいとは思
わない。
ルルだってお前の面倒を見させるつもりで買ったんだ、思ったよ
り腹黒だったけどな﹂
あんまり嬉しくない告白なのです。でも、だったらなぜこんな事
をするのでしょう。
﹁奴隷の解放制度は知ってるよな?﹂
﹁はい⋮⋮﹂
奴隷は条件次第でその身分から外れて市民に戻ることができます。
具体的には主人の元で三年間問題を起こさず従属した実績があり、
主人の了解を得た上で自身の買値の三倍を支払って身柄を買い戻す
事ができるのです。
といっても殆ど利用されていないというお話ですけどね。奴隷の
身分でお金を稼いで主人に許可を得る事の難易度を考えれば、自ず
と分かります。現実に使われるのは可愛がっていた奴隷を妻にする
ために、今まで仕えた報酬と言う形式で三倍相当の金貨を渡して解
放して結婚、というのが一番多いケースだそうです。
﹁言ってなかったが、期間が過ぎたらお前を奴隷から解放するつも
117
りだったんだよ、
一人で旅に出るもよし、俺と組んで冒険するのも良し、お前次第
だけどな﹂
ご主人さまの言葉はちょっと意外でした、絶対に手放さないもの
だと思い込んでいたのですが。
﹁もちろん、俺はずっと傍に居て欲しいと思ってる、
だから⋮⋮ちょっと卑怯な手を使わせてもらおうと思ってな﹂
﹁卑怯な手?﹂
何でしょうか?
﹁ソラが望むならあの子を買ってもいい、
だけどその分の金は借金だ、自力で返し終わるまで絶対に手放さ
ない﹂
今の値段は金貨300枚、この時点で既に奴隷の身分じゃ一生か
けても返しきれるような金額じゃありません。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
餌をちらつかせた上で自主的に繋がれにいこうとさせる、とんで
もない邪悪な思考なのですよ。条件を飲めばボクは多分、借金を負
い目に彼に逆らうことは本格的にできなくなるでしょう。
﹁⋮⋮どうする? あまり時間はないぞ﹂
競売はヒートアップしていく一方です、決断が遅れれば彼女は助
118
けることは出来ません。彼女のために自分の身を犠牲にすることが
ボクに出来るのか⋮⋮って、あれ?
冷静に考えたら、借金を受け入れたからといってご主人さまとの
関係性がどう変わるのでしょうか。うん、たぶん何も変わらない気
がしますね。
解放するつもりと言ってますが本当に手放す気があるかどうか、
元々からして怪しいものですしね。だったら何でそんな条件付けま
でして金貨をぶらさげてきたのか⋮⋮もしかして、いわゆるツンデ
レってやつなんでしょうか?
はぁ⋮⋮ご主人さまともあろう者がとてもうざいのです。
﹁どうせ手放す気なんてないくせに、いじわるですね﹂
﹁解放する気があるのは本当だぞ?﹂
ますます怪しいのですよ。
﹁一応言っておきますけど、
たぶんボクがご主人さまのことを⋮⋮、
その、”女の子として”好きになることは、きっと無いのですよ
?﹂
色々諦めてはいても、ボクの人格は男なのです。だからどうして
もご主人さまを異性として、そういう対象に見ることは出来ません。
慣れって言うのは恐ろしい物で身体を預ける事への抵抗は日々薄く
なってますけど、それとこれとは別です。
119
﹁解ってるよ、俺が好きでソラと一緒に居たいんだ。
それに、絶対好きにならないって訳じゃないだろう?
ずっと手元に置いていたら心変わりするかもしれない﹂
﹁⋮⋮”やんでれ”で”ほも”とか、うげーなのですよ﹂
﹁ホモじゃねーよ、
少なくとも今のソラは紛れも無い女の子だろ?﹂
少なくとも見てくれと言うか身体は完全に女である以上、否定で
きる要素がないのが悔しいですね。健康診断を受けた時、ご主人さ
まの知り合いだという医術師に﹁もう少し育てば子供だって産める
ようになる﹂と言われたボクの気持ちを理解してくれる人はどれだ
けいるでしょうか。
﹁正直に言えば、ちょっとでも俺を見てくれるようにな、
縛り付けておく鎖を増やしたかったんだ、卑怯な手を使っても﹂
﹁最初に会った時は勇者様のようだったのに、今ではただの鬼畜外
道なのです。
日本人の、話の合う友達ができるーと喜んでたボクの純情を返し
てほしいです﹂
﹁本当に運が無かったな、
好きになっちまったもんは仕方ないから諦めてくれ﹂
舞台の上では気丈に振舞っていた彼女も、どんどん上がっていく
値段が聞いたこともない額になって心が限界を超えたのでしょう。
表情を殺しながら、ぽろぽろと涙を零しはじめました。その姿が、
捨てられたショックで悲しむことも出来ず、呆然と声も無く泣いて
120
いたお姉さんの姿と被ります。
もう、しょうがないですね。ボクの手は実際のサイズよりもずっ
とずっと小さくて、きっと彼女一人まともに救うことも出来ないの
です。それでも、不本意ながら運がよい事にもっとずっと、ボクな
んかとは比べ物にならないくらい大きな手の持ち主がボクを支えて
くれています。
見捨てたことで苦しみ続けるくらいなら、見捨てなかった事で苦
しみたいのです。
﹁ご主人さま、改めてお願いします、この先何年分かわかりません
けど、
ボクの人生を買ってください、ご主人さまが死ぬその日までをま
るごと全部。
それで、いくらになりますか?﹂
﹁⋮⋮500﹂
ご主人さまが札を上げると、会場がざわめきます。苦しげに追い
かける他の参加者をぶっちぎって、どんどんと値段を釣り上げてい
きました。いよいよやってしまったのですよ、でも不思議とスッキ
リした気分なのです。
彼女が喜ぶかもわからないのに、憎まれるかもしれないのに。一
人しか救おうとしないボクはきっと善人なんかじゃないのでしょう。
でも別に善人になりたいとも思いません、これからのことを考えた
ら余裕なんて殆どありませんからね。
﹁金貨620枚、金貨620枚で落札です!﹂
121
彼女についた値段は、同時にボクの人生の値段でもあります。望
まずともこの身はエルフ、何年生きるか解りませんがご主人さまを
看取るくらいは余裕で生きられるはずです。そのくらいの時間は⋮
⋮まぁちょっとだけ付き合ってあげるとしましょうか。
なーんて、ちょっと上から目線過ぎますかね?
122
tmp.11 高い買い物︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−◇
[◇TOTAL
−−◇
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻120︼−−◆︻045︼−−◆
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>21
MP720/72
MP24/24[正常]
MP110/110[正常]
[シュウヤ][Lv32]HP440/440
0[正常]
[ソラ][Lv6]HP30/30
[ルル][Lv27]HP352/352
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>21
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁高い買い物だったのですよー⋮⋮﹂
123
tmp.12 牛耳さんいらっしゃい
バイヤーに案内されて赤い絨毯の敷かれた廊下を進みます。裸ん
坊のままなのでご主人さまにひっついてないと寒いし怖いし落ち着
かないのが難点ですね。他者の視線がない事だけが唯一の救いなの
です。
隣を歩くご主人さまの顔を見上げて、悔し紛れに毒を吐きます。
﹁”まがい物”のボク一匹に、随分高くつきましたね?﹂
﹁一応言っとくが、エルフを普通に買ったら金貨1000や200
0じゃ効かないぞ?﹂
ちょっとくらいは嫌味を言ってやろうと思ったら予想外の反撃が
帰って来たのです。マジですかそれ?
﹁処女じゃなくても白宝金貨50枚、処女だったら200枚は軽い
だろうな。
20年前に処女のエルフが出品された時の記録が確か白宝金貨2
12枚だったはずだ﹂
なんかもう額が凄まじすぎて想像もつかない領域なのですが⋮⋮、
ほんとに勘違いされていて良かったのです、同じ日本人と会えまし
たしどんな扱いを受けるかわかったものじゃないのです。
というか詳しいですねご主人さま、相当欲しかったんですねエル
フの奴隷。ボクみたいなニセ女のニセエルフを引いてご愁傷さまな
124
のですよ、うぷぷ。と馬鹿にしそうになるのを堪えます、また地下
室で魔改造されたロデオマシンに乗せられるのは嫌なのです。思い
出してから馬と地下室に対する恐怖はなくなったのでよいのですが、
ほんとに手加減を知って欲しいのです。
﹁そんな高価なエルフをたかだか金貨620枚で買えたと考えれば、
まぁ言うまでも無いがとんでもない激安だな﹂
何だか、借金にしたのは凄く早まった気がしてきたのですよ⋮⋮。
◇
﹁こちらが商品でございます﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
身繕いを済ませてソファに腰掛けていた牛耳の少女、ユリアは驚
いたような顔をボクに向けてきました。裸なのは気にしないでくだ
さいお願いします。というか買われたばかりの奴隷が庶民の着るも
のとはいえちゃんとした服を着てるのに、既に飼われている奴隷が
素っ裸というのはどうなんでしょうかね。
ボクの時なんて着の身着のまま、ボロボロで黒くなったシャツと
下着そのままでコンビニ袋に乱雑に放り込まれるがごとく受け渡し
されたのですけど、世の中不公平なのですよ。
﹁それでは、契約の準備をして参りますので暫くお待ち下さい﹂
頭を下げて部屋を出るバイヤーさんを見送ると、彼女と向かい合
うように対面のソファーに座ります。
125
﹁改めまして、自己紹介です。ボクはソラ、
こちらはボクのご主人さまで⋮⋮﹂
﹁シュウヤ・キサラギだ﹂
﹁ユリアです、誠心誠意お仕えさせて頂きます﹂
ユリアは最初会った時とは違い、ボクを見ずに心を殺したような
顔で頭を下げました。裸の幼女を連れてこんな場所に来るような奴、
信用出来ませんよねぇそれは。
﹁といってもお前を買ったのはこいつなんだけどな、
俺は主人としてこいつに金を貸しつけただけだ﹂
﹁⋮⋮え?﹂
もうネタばらしするんですねご主人さま、意味がわからないとい
う顔をするユリアを見ながら言葉を選んで説明しようとします。初
めてこの話を聞いてスムーズに理解出来る人間はまずいないでしょ
う。
﹁ボクがご主人さまに貴女を買ってあげえて欲しいと、
わがままを言ったのです、まったくお高い買い物でした、
残りの人生全部の対価なのですよ﹂
﹁俺からしたら安い買い物だったけどな﹂
首を振りながら、敢えておどけたように振舞います。目を白黒さ
せるユリアは急に俯いたかと思えば、目尻に涙をためてボクを睨み
126
つけてきました。
﹁なんで、そこまでして私を?﹂
ちょっとは調子が戻って来ましたかね?
﹁︱︱気に入らなかったのですよ﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
そう、落ち着いてわかりました、ボクはすっごく気に入らなかっ
たのです。
﹁今まで尽くしてくれた幼馴染を捨てて、
自分だけのうのうと女と乳繰り合ってるアイツが。
何もかも諦めて絶望しきった顔をしてたあんたの顔が。
気に入らなくて、ぶち壊してやりたくなった﹂
うーん、この変な言葉遣いを仕込まれてからずっと使ってきたの
でどうにも男口調は違和感があるのです。うまいこと威圧感という
か迫力みたいなものが出てくれているといいんですが。
﹁な、何よ⋮⋮それ、そんな理由で?
貴女に何の関わりがあるっていうのよ!﹂
﹁⋮⋮ボクの初恋の人がさ、あんたと同じような目にあったんだ、
優しくて、頑張り屋さんで、大好きなお姉さんだった、
でも、その人はあんたと同じように尽くしてきた男に捨てられた﹂
ユリアが息を呑む気配が伝わりました。微妙に混乱しているよう
127
にも見受けられますね。混乱しているのは良く解りませんが、取り
合えず進めましょう。
﹁えっと⋮⋮その人、は、どうしたの?﹂
﹁現実に耐えられなくて、もう疲れちゃったって自分から⋮⋮。
だから気に入らなかったんだよ、諦めてるあんたが、
のうのうと普通の生活をしてるケインって奴が。
あの馬鹿野郎にあんたが幸せそうに笑ってる姿を見せつけてやり
たかった。
⋮⋮とまぁ、こんな理由なのですよ﹂
一息で言い切ると、ふーっと息を吐きながら体の力を抜きます。
真面目モードは疲れますね。
﹁え、えっと⋮⋮?﹂
﹁そういう事だ、一応主人は俺で登録するし、こいつには君に対す
る命令権はない、
でも一応ソラを主人として世話をするようにしてくれ、悪いよう
にはしない﹂
困ったような視線を受けたご主人さまが面倒そうに説明を始めま
す。凄く複雑そうな顔をしていましたが最終的には彼女もうなづい
ボス
てくれました。まぁ選択肢なんて最初から無いんですけどね、最終
的な主人はご主人さまですから、仮に夜伽に呼ばれても断れません
し。
まだ納得していない様子ではありますが、まぁ長い付き合いにな
るんですから慌てずゆっくりでいいのですよ。今までは切り詰めた
128
生活でおしゃれも出来ていなかったようですし、着飾って身だしな
みをちゃんとすれば彼女は凄い美少女さんなのです。
あのケインって本当に駄目な奴ですね、分相応で欲をかかずに彼
女と一緒に頑張れば今頃きっと別の未来もあったはずなのに、たか
だか金貨数十枚のはした金のためにこんな有望な子を手放すなんて
見る目がないとしか思えないのです。
﹁大変お待たせしました﹂
話に区切りがついたところでバイヤーさんが調印用の道具を持っ
て帰って来ました。緊張に震える彼女の首輪にご主人さまの情報を
登録した所で、彼女は無事にキサラギファミリーの仲間入りを果た
したのです。
◇
出口でシールを返却して服を着て、ユリアを連れて家路を目指し
ます。明日はルルも連れて洋服選びにいかないといけませんね、ご
主人さまから経費はでますしルルの年頃らしいセンスを信じましょ
う。ボクは全然わからないのです。
街を抜けて居住区へ、外れにある一際大きい一軒家である我が家
を見て、ユリアは不思議そうな顔をしました。金貨600枚をぽん
っと出す人間ですからね、もっと立派なお屋敷を想像してたのでし
ょうか。
﹁あの、旦那様はお貴族様ではないのですか?﹂
ユリアが恐る恐る訪ねてきました。呼び名は相談の結果ご主人さ
129
まが旦那様、ボクがお嬢様で決定しました。なんとも複雑な関係を
ペット
象徴するような呼び名ですね、でも貴族とかだと特別可愛がってる
奴隷の事を従者たちが”お嬢様”と呼ぶこともあるようですので、
さほど変でもないそうなのです。
かちく
なので良い所に貰われて行った奴隷の間では序列争いが激しいみ
たいですね。上へ行くほど良い暮らしが出来るのでみんな一生懸命
媚びを売るのです。我が家はそんなドロドロとは無縁ですが。 ﹁いや、冒険者だが?﹂
﹁冒険者⋮⋮⋮⋮﹂
なんか目に見えて落ち込みましたね。理由は何となくわかります
けど。方や生活に困って幼馴染に売られ、方や奴隷のわがままを聞
いて金貨600枚をぽんっと出す上に立派な庭付き一軒家持ち。ボ
クの服を見て﹁あんな上等な服、私だって着たことないのに﹂と泣
きそうになってた事から経済状況を推測するに、よっぽどその、甲
斐性が無かったのでしょう幼馴染くんは。
﹁ルルも待ってるし、さっさと入ろう﹂
﹁あ、はい﹂
このまま家の前にいても仕方ないので、ボクが先に行って玄関の
扉を開けます。
﹁おかえりなさーい﹂
﹁ただいまもどりました﹂
130
間延びした声を受けてリビングへ行くと、そこには下着姿でソフ
ァに寝そべってハチミツクッキーを貪る駄猫の姿が⋮⋮! この子
はどんだけフリーダムですか、猫だからって許されると思ったら大
間違いですよ!?
﹁なんですがその格好は! ちゃんと服を着なさい!﹂
ダメなのです、甘やかされて完全に調子に乗っているのです。こ
のままでは我が家の風紀が乱れてしまいます。
﹁なんかせんぱい、お母さんみたいになってきましたね、ついにお
めでたですか?﹂
いきなり何を言い出すのですかねこの馬鹿猫は、顔面に赤飯ぶち
まけてやりましょうか。
﹁え、お嬢様って妊娠してたの!?﹂
﹁してませんよ!?﹂
そしてこの牛耳さんは何でそれを真に受けますか、牢で話した時
とイメージが違うのはアレですか、我が家の腑抜けた空気にあてら
れて気が抜けましたか? それはそれでいい傾向ですがこれ以上ボ
ケが増えるとツッコミ切れないので勘弁してもらいたいのです。
﹁作る気は満々なんだが、残念ながら出来ないんだよな﹂
鬼畜野郎までノってきちゃったじゃないですか、もう⋮⋮。原理
は解りませんがこの世界には避妊魔法という便利なものがありまし
131
て、ご主人さまは常にそれを使用している状態なので安全なのです。
てか自分で説明したくせにその冗談はわざと解除してるみたいで
笑えないのですよ。
﹁シュウヤ様、せんぱい相手の時は避妊魔法解除してますもんね﹂
⋮⋮⋮⋮は? いや、は?
﹁ルル何言ってるんですかもう、怖い冗談言わないでくださいよ、
ねぇ?﹂
一瞬背筋が凍りつきそうになったじゃないですが、全くもう。
﹁⋮⋮さ、歓迎会も兼ねて夕飯にしよう、
ユリアは料理できるか?﹂
﹁あ、はい﹂
あの、ご主人さま? なんで露骨に話をそらそうとするのですか、
ボクの目を見てください、ボクの目を見てしっかりはっきりくっき
りと冗談だと宣言してくださいよ、ねぇ。
﹁材料はあるから、自由にやってくれて構わない﹂
﹁久しぶりですが、頑張ってみます。
お口に合うといいのですが⋮⋮﹂
嘘だと言ってよご主人さまぁぁぁぁぁ!!
132
133
tmp.12 牛耳さんいらっしゃい︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻5︼−−−−◇︻3︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻2︼−−−−◇︻1︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻125︼−−◆︻048︼−−
◆︻000︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
COMBO]>>21
MP720/72
MP32/32[正
MP24/24[正常]
MP110/110[正常]
[シュウヤ][Lv32]HP440/440
0[正常]
[ソラ][Lv6]HP30/30
[ルル][Lv27]HP352/352
[ユリア][Lv13]HP400/400
常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>21
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁⋮⋮うぅ、ひっく、ぐす⋮⋮嘘だと、言ってよぅ⋮⋮﹂
134
﹁︵冗談だったのに悪乗りしすぎたかな、でも可愛いかったなぁ︶﹂
﹁︵私、ここでちゃんとやっていけるのかしら⋮⋮︶﹂
135
tmp.13 穏やかな日々
ユリアがうちに来て早くも一週間が経ちました。当初はボク弄り
で調子に乗る二人を見て戸惑っていた彼女でしたが、五日も経った
頃には慣れてきたのか緊張もなくなっていましたね。ただその翌日
の昼に真っ赤な顔でそっとミルクグラタン︵彼女の故郷では女性が
妊娠した時のお祝いに出すそうです︶を出してきた恨みは忘れませ
んが。
彼女自身もノリについていけるか心配してたみたいですが、そこ
ら辺はあれ、ご主人さま最強の力の一つであるお金というか収入と
いうかマネーというかマニーというか。それでゴリ押ししました。
﹁明日のご飯の心配をしなくていいのがこんなに素晴らしいことだ
ったなんて﹂
と感動した声色で貯蔵庫を覗き、うっとりしている彼女の後ろ姿
に涙を堪え切れなかったですが、効果は抜群でしたね。生活の心配
が全く必要ないってだけで心のゆとりは大分違うのです、お金の力
は偉大ですね。
御蔭で平和に馴染めているみたいなので結果は良好でしょう。ま
だぎこちなくはありますが、笑顔もちょっとだけ増えて来ましたし。
やっぱり可愛い女の子は笑っているべきなのです、あんな馬鹿男の
せいで人生台無しにされるのは間違っているのです。
そうそう、意外なことに彼女はルルと相性が良かったようで、良
136
くファッションや食べ物の話題で盛り上がってます。今までは生活
するために忙しすぎてそっち方面にリソースを割けなかったみたい
で、凄く興味津々で話してるのを見かけました。
ご主人さまから﹃可愛い子は綺麗に着飾るべき﹄という名目で服
飾費を結構な額貰っているので、程よい寵愛を受けつつ裕福な暮ら
しが出来るご主人さまのところは二人にとって凄く居心地が良いみ
たいですね。
あれ、よく考えたら苦労してるのはボクだけのような⋮⋮い、い
かちく
え、いいんです。ボクは男の子ですからね、今はちんちくりんで何
も持っていない奴隷でも、日本男児の意地があるのです。可愛い女
の子たちのためなら、一肌くらい喜んで脱ぎましょう。
﹁で、なんで物理的に脱がしてるんですかねこの人は?﹂
﹁なんとなく?﹂
テーブルを囲んでほのぼのしている二人を眺めているボク、その
隣に座っていたご主人さまがするりとブラウスのボタンを外して脱
がそうとしてきやがりました。借金の負い目で微妙に逃げにくいの
でせめて夜まで我慢して欲しいのですがね。
﹁あ、あの⋮⋮外しましょうか?﹂
﹁おねがいですここにいてください、部屋に人気がなくなるほうが
ヤバイです﹂
気を使おうとするユリアを引き止めます。ご主人さまは微妙に空
気が読めるのでまだ手を付けてないユリアの前では無茶はしません。
137
ルルはだめです、嬉々として巻き込んできますので。だからユリア
が視界にいてくれる限りイタズラ以上にはならないのですよ。
﹁あぁ、気にするな、こっちが移動するから﹂
﹁しませんよ?﹂
ほんとに、だから抱き上げて寝室へ連れて行こうとするのはやめ
てください、ストップ! フリーズ! ハウス! あれなんか違う。
﹁というわけで移動しないのでおろしてください。
しませんからね、絶対しませんからね!?
しないって言ってるのにぃぃぃぃ!﹂﹂
﹁え、えっと⋮⋮頑張ってくださいお嬢様﹂
﹁せんぱいがんばー﹂
最近、ボクの扱いが雑になってませんか、みんな⋮⋮。
◇
﹁ひやぁぁ!?﹂
昼を過ぎた頃、ベッドの中でうとうとしていると我が家に甲高い
悲鳴が響き渡りました。びっくりしてしまい、シーツを跳ねあげて
起き上がります。ご主人さまは庭の手入れをしに出て行ったはずな
のですが、まさかユリアを襲いましたか!?
﹁何事ですか!?﹂
138
幸いキャミソールだけは身につけて行ってくれたので即座に飛び
出せます。リビングに行くとユリアが尻餅をついていて、胸元が何
かの液体でびっしょりと濡れているようでした。なんだかミルクの
ような匂いがするのですが。
﹁あ、お嬢様⋮⋮大丈夫です。
初めてだったのでびっくりしちゃいまして、
最近お乳が張っているとは思ってたのですが⋮⋮﹂
と苦笑して立ち上がったユリアがタオルで胸元を拭いながら気に
なることを言います。その胸を濡らしてる液体ってまさか⋮⋮。
﹁だ、誰の子ですか!? まさかあのクズ男の!?﹂
﹁え、いや⋮⋮違いますよ!?
それにアイツは私には結局一度も手を出して来ませんでしたから
ね、
外の女の子には頻繁にちょっかいかけてた癖に⋮⋮﹂
動揺した結果とはいえなんか地雷を踏み抜いたみたいです、黒い
オーラが立ち上ります。鬱憤溜まってますねぇ、恋する乙女補正が
抜けた影響で、可愛さ余って憎さ百倍にでもなりましたかねこれは。
﹁こほん⋮⋮今にして思えば、
あんな最低男と取り返しの付かないことにならなくてよかったと
思ってます﹂
未練が無いわけではないでしょうけど、前向きになろうと努力し
てる最中なのでしょうね。良い傾向なのです。このまま逞しく強く
139
生きていくのですよユリア⋮⋮で、どういう状況なのですかこれは。
﹁ユリアちゃーん、着替え持ってきたよー。
これで立派な成人だね、おめでとう﹂
ユリアの着替えをとりに行っていたルルが戻ってくると気になる
事を言いました。成人とは一体?
﹁えっと、お嬢様、ホルスタウロスの体質って知ってます?﹂
﹁存じていませんね﹂
そういえば何か特殊体質で大人気みたいな話は聞きましたけど、
それと関係があるのでしょうか、あるのでしょうねこの流れからし
て。
﹁私達の一族の女性はですね、
成人すると妊娠してなくても栄養価の高い母乳が出るようになる
んですよ、
そのせいで人間から狙われるようになって、人の来ない場所へ移
り住んだらしいです。
私の両親は変わり者で、故郷の村では普通の村人に混じって生活
してたんですけどね﹂
妊娠してなくても母乳が出るとか⋮⋮なんというトンデモ種族な
のでしょうか。そりゃ男達も群がるはずですね、恐ろしい力です。
﹁それにしても、いくつで成人なのですか?
てっきりユリアはとっくに成人してるものだと思ってたのです﹂
140
﹁あ、その、成人自体は15歳で、私は17なんですが⋮⋮、
何というか、条件があるというか、えっと⋮⋮﹂
あれ、何で急に顔を真っ赤にしてもじもじしはじめたのでしょう
か。
﹁精神的に女として成熟⋮⋮発情を覚えること、だっけ?
シュウヤ様、防音魔法かけ忘れてたみたいで、
ここまでせんぱいの声聞こえててさ、ユリアちゃんずっともじも
じしてたもんね、
そのせいじゃないかなぁ﹂
﹁﹁︱︱︱︱﹂﹂
一気に顔が熱くなりました、ユリアも顔がゆでダコみたいですね
牛なのに。で、あの野郎わざとじゃないでしょうね、わざとだった
ら噛みちぎってやるのですよ。別に変な声なんてちっとも出してま
せんけどね、全く全然出してなかったはずなんですけどね。きっと
得意の魔法でそんな声を合成して流したのでしょう。卑劣な男です。
﹁何の騒ぎだ?﹂
土の付着した野良着のご主人さまがリビングに入ってきたのはそ
の時でした。顔を真赤にしているボクとユリアを見て首を傾げてま
す、のんきな態度がむかつくのです。
﹁ユリアちゃんが成人したんですよ、
後でみんなでお祝いしましょう、シュウヤ様お願いします﹂
﹁おぉ、めでたいな、じゃあ今夜は何か美味いものでも買って来よ
141
う﹂
赤飯代わりですか、まぁめでたいのは確かです。でもご主人さま
は許しません!
﹁それはいいんですけど、ご主人さま、
防音魔法かけ忘れてたってどういうことですか!?﹂
いや変な声なんてだしてないんで別にかけてなくても問題ないん
ですけどね、でもプライバシー的な問題でそういうのは気にするべ
きだと思うのです。
﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂
あ、じゃねーですこのひとでなし! 純情なユリアが変な影響受
けたらどうするのですか、ご主人さまのせいで母乳まで出るように
なったんですよ、なんてことをしてくれるんです!
﹁⋮⋮天誅です!﹂
タッパが足りないので飛び上がりながら顎を狙って回し蹴りを放
ちます。
﹁とっと!? 落ち着け、俺が悪かったから﹂
割と本気で蹴ったのにあっさり避けられて腑に落ちないのです、
家の中限定で色々運動して鍛えているはずなのに。所詮付け焼刃と
いうことなのでしょうか。
﹁せんぱいー、家の中であんまり暴れちゃ駄目ですよー?﹂
142
最近どんどんマイペース度が上がってますね後輩⋮⋮一度躾しな
きゃダメなんでしょうかこの駄猫さんは⋮⋮。
﹁ユリアからも言ってやってください!
こんご同じ事が続いたらお互い嫌な思いをすることになってしま
いますよ!?﹂
せめて味方を得ようとユリアの方を向いてみると、なぜか顔を真
赤にしてボクの足元を見て固まっていました。このリアクションは
予想外ですね、いったい何があったのでしょうか。ボクも視線を自
分の下半身へと移しました。
﹁あーほら、暴れるから⋮⋮、
カーペットの染みになったらどうするんですか﹂
ルルがぶつくさ言いながらタオルでカーペットを拭いてます。ユ
リアは相変わらず人のふともも付近を不躾に見て顔を真赤にしてま
す。ボクもふともも付近を見て固まってしまいました。
取り敢えず、ボクが取るべき次の行動は一つでしょう。洗い場へ
猛ダッシュです。
﹁うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ご主人さまのばかぁぁぁぁぁぁ!
!﹂
﹁今のは俺が悪いのか⋮⋮?﹂
他に誰が悪いっていうんですか!!
143
tmp.13 穏やかな日々︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻3︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻3︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻146︼−−◆︻063︼−−
◆︻000︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP790/79
MP32/32[正
MP24/24[正常]
MP140/140[正常]
[シュウヤ][Lv36]HP520/520
0[正常]
[ソラ][Lv8]HP32/32
[ルル][Lv32]HP412/412
[ユリア][Lv15]HP440/440
常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>21
COMBO]>>21
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁⋮⋮もうお婿にいけないのです﹂
144
﹁今更過ぎますよせんぱい﹂
﹁︵⋮⋮婿?︶﹂
145
tmp.14 必殺技の代償
地下鐘楼の29階なう、なのです。ユリア︵重戦士︶を加えて前
衛過多となったボクたち一行は再びダンジョン攻略に精を出してい
るのでした。おっとりした見た目で大戦斧を振り回すパワーファイ
ターだったのにはびっくりしたのです、牛の面目躍如ですね。
﹁そっちに行ったぞ!﹂
﹁おーらいなのですよ﹂
ふわっーっと半透明なクラゲのような魔物、ジェリーレイスが高
い位置からこちらに向かってきます。前衛でご主人さまやルルと肩
を並べるにはまだ実力が足りてないユリアにガードしてもらいなが
ら、指先で照準を合わせて呪文を紡ぎましょう。
﹁気高き光よ、惑いを穿つ祈りを受け、我が指先より光条を放て﹂
レイ
光属性の下級に位置する、﹃閃光﹄と名付けられている魔法です。
指先から放たれた閃光の矢がしゅばっとクラゲの中心を打ち抜きま
した。宙を漂っていた魔物は途端に奇妙に震えながら中心に吸い込
まれるように萎んで消えてしまいます。
ボクの手にかかれば30階クラスのモンスターといってもこの程
度なのですよ、ふふん。
全身をツノが生えた黒い甲冑で覆う騎士のような魔物と闘いなが
ら、攻撃の余波でワラワラ湧いて出てくるジェリーレイスを吹き飛
146
ばしているご主人さまやルルを見ながら、ボクは自慢げに胸を張る
のでした。
◇
鬼畜で変態でいやらしいという言葉が服を着て歩いているような、
青春真っ盛りで若さとリビドーが湯水のように溢れ出ている何とか
を覚えたての猿と同レベルのご主人さまですが、チートという言葉
に恥じないくらいは強いのです。
﹁何か内心ですごく侮辱されてる気がするんだが⋮⋮気のせいか?﹂
﹁気のせいです﹂
元冒険者のユリアの見立てだと、ご主人さまは上級の上位もしく
は最上級クラスの実力者。ルルは中級の中位くらいには強いんじゃ
ないかという事でした。因みにボクは一人だと最弱モンスターの代
名詞であるゴブリンすら油断できない相手です、十分に離れた位置
からって条件付きでなら無双できるのですけどね⋮⋮。
﹁ほんと非常識ですよねこのパーティ⋮⋮﹂
30階へ降りれる階段の真横にシートを広げて休憩中、自分もし
っかりとお茶を楽しみながらユリアがぼやきます。普通の冒険者か
らすると色々ありえない生活なのだそうです。
何でも冒険者はその半数が定職に就けない食い詰め者がなる仕事
で、毎日毎日必死で働いていて生活に余裕なんかなくて、やっと一
般市民並みの暮らしが出来るのは中級に入ってから。なので大抵の
人間が壁にぶち当たって挫折してならずものになってしまうのだと
147
か。
以前ペアで活動してた時は、あの幼馴染君が武器を買ってお金が
なくなり、空きっ腹を抑えながら一つのパンを分け合って飢えをし
のいでいたそうです。なんて不憫な話でしょう⋮⋮。
﹁ふふふ、旦那さまと一緒にいるとアイツがどれだけ甲斐性なしだ
ったのか解りますね﹂
笑みが黒いのは吹っ切れてきた証拠だと思いましょう。実際に甲
斐性がないのは事実なので否定はしません、その調子で再開した時
に横っ面の一つでも引っぱたいて罵ってやるといいのですよ。
何かあったらご主人さまが守ってくれるのです。ボクは所詮抱き
枕ならぬ抱きエルフなので戦力外です、兜と刀がトレードマークな
有名な猫のゆるキャラに戦闘力を期待するくらいに大間違いです。
悲しくなんてないのですよ⋮⋮。
﹁休憩終わりだ、ボスを倒して出るぞ﹂
﹁はーい﹂
ご主人さまの声に応じて手早く休憩スペースを片付けると、隣の
階段を降りていくのでした。
ボス部屋は等しく大部屋になっていて、中心にはボク達に気づい
たらしく六本の腕に武器を構えたスケルトンが待ち受けていました。
見るからに強者の雰囲気です、骨なのに金色ですしね。
﹁俺が前に出る、ルルは隙を突いて遊撃、
148
ユリアはソラの護衛、ソラは隅っこで大人しくしてろ﹂
﹁了解﹂
﹁解りました﹂
﹁らじゃー! ⋮⋮じゃねぇのです、
何でボクだけそんな指示なんですか!﹂
不服なのです、これでも光系統の下級魔法を覚えて戦闘にも慣れ
て来ました。いつまでも足手まといではないのですよ。侮ることは
許しません、断固たる決意で戦いますよボクは。
﹁帰ったら地下⋮⋮﹂
﹁大人しくしてます!﹂
部屋の隅っこの方に邪魔にならないように移動します。苦笑した
ユリアを盾にしてボクがご主人さまを睨んだ所で戦闘が始まりまし
た。真正面からご主人さまが剣を使って打ち合い、その隙を突くよ
うルルが側面や背面から長剣で切りつける形ですね。
とはいえ敵も中々達者です、ご主人さまの剣は腕四本を使って何
とか防ぎながら、ルルには残った二本で牽制をして近寄らせません。
ですが地力の差は明確なようです。氷属性の魔法を併用しだしたご
主人さまの前に圧されはじめていきました。
振りぬかれた右三本の腕、手斧と剣とメイスが握られています。
ご主人さまは斧を避けつつ剣を受け、メイスが届く前に地面を蹴っ
て後ろに下がります。引くついでに足元に氷の魔法をばら撒いてま
すね。金ピカ骸骨は見事に簡易トラップに引っかかって足を滑らせ
149
ました。
そこへ飛び込んできたルルの剣が突き出され、ガードしようとし
た左腕を二本破壊しました。音を立てて砕けた骨と共に地面に転が
る短槍と短剣、倒れながらも反射的にルルを攻撃しようとする骸骨
に、いつの間にか接近していたご主人さまの蹴りが、がら空きの胴
に叩きつけられます。
あれたぶん身体強化魔法使ってますね、肋骨が何本か砕けながら
骸骨は部屋の壁に叩きつけられました。更に追撃しようとするルル
でしたが残った左腕に握られた突剣を突き出されて動きを止めてし
まいます。そこへ右腕の剣が振り下ろされそうになりましたが、す
んでの所でご主人さまに襟を掴まれて引き離されました、見てるだ
けでもちょっとヒヤッとしますね。
﹁あ、ありがとうございますシュウヤ様⋮⋮﹂
﹁無理して追撃しなくていい、慎重にな﹂
更に動こうとする骸骨に炎の槍を放ちながら、ご主人さまはルル
を背中にかばうようにしながら距離を取ります。然りげ無い仕草で
女の子を守るとか無駄にポイントが高い行動でむかつきますよね、
イケメンなだけでもイライラするのに。
﹁さて、せっかくだし試してみるか﹂
呟いたご主人さまが剣を右手で逆に持って腰を深く落とし、右腕
を背中側に大きくひねりながら構えます。⋮⋮というかですね、本
当に高校生ですかご主人さま? 実は30過ぎで異世界転移で若返
っただけとじゃないですよね?
150
まぁ知ってるボクが言えた義理ではないかもしれませんが。ボク
の場合は漫研の知人に古い漫画だけど面白いからと全巻貸し付けら
れたので知ってます、おじさんおばさんからは蛇蝎の如く嫌われて
ても漫画は現代人日本人のたしなみだと思うのですよ。
﹁ご主人さま⋮⋮まさか、あの技を!?﹂
取り敢えずここは乗っておきましょう。レヴァンテインが赤熱し
た光を放ち始めたのを確認してから、目を白黒させるルルとユリア
に聞こえるように声を出します。
だって、ねぇ、こういうの楽しいですよね。この気持ち、男の子
なら解ってもらえるはずです。実際にご主人さまだってボクの絶妙
なタイミングで差し込まれたセリフを聞いて微妙にニヤけてます、
良い仕事をしたのです。
﹁え、せんぱい知ってるんですか!?﹂
﹁な、何なんですあれ、何か凄い魔力を感じるんですけど﹂
二人とも中々に良いリアクションなのです。連携が揃ってきた感
じがしますね、素晴らしいです。
﹁かつての勇者が編み出したといわれる必殺技です、
その一撃は天地を切り裂くともいわれているのです﹂
嘘は言っていないのですよ。ボクの説明を聞いて二人が驚いたよ
うな顔でご主人さまを見ています。
﹁はあぁぁぁぁぁぁ!!﹂
151
その瞬間、ご主人さまに飛びかかってきた骸骨に向かって勢い良
く剣が振りぬかれました。輝く閃光が視界を白く染め上げます。光
が収まった頃、そこには剣を振りぬいたままの体勢のご主人さまと、
真っ二つにされて消えていく骸骨の姿だけが残っていました。
流石に技名は叫ばないあたりが賢明なのです。そこまでやるのは
恥ずかしかったのですかね? 打ち終わって冷静になったのかちょ
っと照れが見えるのですよ、これは弄らなければいけません。普段
からボクを虐げているから逆襲されるのです。
﹁す、凄いですシュウヤ様!﹂
﹁ほ、ほんとに凄い⋮⋮﹂
ところで、ダンジョンの壁におもいっきり斬撃の痕が残っている
んですが大丈夫なんでしょうか。勝手に直ったりするんですかねこ
れ。うん、誰が管理してるわけでもないし、気にしないでおきまし
ょう。
﹁おつかれさまですご主人さま。
次は火炎魔法と氷結魔法の合成でもいってみますか?﹂
﹁⋮⋮そっちはどんな威力になるか想像できないからやめておこう﹂
確かに実現したら相当な事になりそうですよねあれ、ボクとして
は是非かっこよく決めて黒歴史を創造してほしいものですが。普段
のお返しにいくらでも弄ってあげますよ、ハリーハリーハリー。
﹁メダルも手に入ったしそろそろ帰るか⋮⋮﹂
152
ちょっと恥ずかしそうにしながらご主人さまが中継点にある直通
ポータルを起動させます。ボクが圧倒的に有利、有利なのです、中
々に新鮮なのですよ。
﹁帰ったらどうします?
もっとかっこいいポーズと口上でも練習します?
またつまらぬものを切ってしまったとか言ってみます? ねぇね
ぇ﹂
﹁脱出するぞー﹂
ねぇどんな気持ち、異世界でチートもらって強くなったからって
調子に乗って、女の子たちの前で必殺技撃っちゃうのってどんな気
持ちですか? それを同じ日本人に見られちゃうってどんな気持ち
ですか? 知りたいなー、ボク知りたいなー。
﹁あれー、ご主人さまどうしたんですか?
中途半端にカッコつけたら余計恥ずかしくなっちゃったんですか?
お顔が真っ赤ですよー?﹂
ご主人さまったら案外可愛い所もあるのです、所詮借り物の力で
しか無いとか高二病全開な事言っちゃってるくせに、中途半端にそ
ういうことやるからそうなるのですよ、今日は特別にぷぎゃーしま
くってあげます。
﹁せんぱい、めちゃくちゃ調子にのってますね﹂
﹁旦那様にあんな態度で大丈夫なんでしょうか⋮⋮﹂
153
﹁ねぇどんなきもち、ねぇどんなきもち?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ふふふ、これで暫くは弄るネタに事欠かないのです。
154
tmp.14 必殺技の代償︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★
︻ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻30︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻30︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻186︼−−◆︻063︼−−
◆︻000︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP830/83
MP32/32[正
MP28/28[正常]
MP0/140[戦闘不能]
[シュウヤ][Lv38]HP542/542
0[憤怒]
[ソラ][Lv8]HP−60/32
[ルル][Lv33]HP422/422
[ユリア][Lv15]HP440/440
常]
record!!
record!!
<<new
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>30
︻レコード︼
[MAX
HIT]>>30
<<new
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁︵がくがく、びくんびくん︶﹂
155
﹁せんぱいみたいな子を”バカワイイ”って言うのかな?﹂
﹁︵うわぁ⋮⋮︶﹂
156
tmp.15 決意の朝に
﹁これでメダルが5枚、そろそろガチャるか?﹂
迷宮から帰った翌日の朝、ベッドに座って何かを数えていたご主
人さまがそんな事を言い出しました。ガチャにはあまりよい思い出
がないんですけど⋮⋮やっぱりやめられません。
﹁せんぱいー朝ごはんもってきましたよー﹂
手にパンとスープ、コップ入りのミルクを乗せたお盆持ったルル
が扉を開けて入ってきました。慣れてきたのか遠慮も何もないです
ね。別に家の中なら裸を見られてもどうってことないですし、いい
んですけど。
﹁⋮⋮せんぱい、昨日どんだけされたんですか?﹂
ベッド脇のテーブルにお盆を置いたルルが、ちょっと顔をしかめ
ながら言って来ます。彼女は鼻が良いですからね、近くに居ると感
じるものがあるのでしょう。
﹁⋮⋮二桁入ったところで数えるのは止めました﹂
というか半分以上は気絶してたようで覚えてません。段々慣れて
きてる自分が怖いのです。
﹁これに懲りたらあんまりシュウヤ様をからかったらだめですよ?﹂
まさか苦言を呈されるとは予想外なのです、ご主人さまも微妙に
157
聞き耳立ててますね、気配でわかるのです。
﹁いやです、いつかご主人さまを徹底的に打ちのめしてやるのです﹂
ここでしっかり宣言してやるのですよ、ボクの心は簡単には折れ
ないのです。ご主人さまなんかに絶対負けません!
﹁せんぱいってひょっとしてすんごいドMだったりします?﹂
﹁にゃんで!?﹂
何でそこでそんな発想になるのか、理解に苦しむのですよ⋮⋮。
◇
というわけでガチャガチャ、リベンジなのです。前回はアレなス
キルを引かされましたが、今回こそは下克上がなる強力なスキルも
しくはアイテム、すなわちチートを手にして華々しいデビュッタン
トを飾るのです。
上級冒険者になって借金を完済し、ご主人さまですらこき使って
みせるのです。期待が高まりますね。
﹁俺が二回、他の三人で一回ずつだな﹂
妥当なところでしょう、ユリアとルルは良く解っていないようで
すね。
﹁今から見せるのは俺の固有能力というか魔法というか、そんなや
つだ。
158
これに関しては﹃一切の他言は無用﹄で頼む﹂
一言断って⋮⋮いえ、これは命令ですね、指定された内容につい
て喋ろうとすると首輪が締まります。設定にもよりますが締まった
状態で無理矢理喋ろうとするとそのままキュってなって、最終的に
はブチっとなります。
それを行なってからご主人さまが例のガチャガチャを出現させま
した。驚きで二人の目がまんまるに見開かれてますね。驚きながら
も興味津々と言った様子です。
﹁これはメダルと引き換えにランダムでスキルとかアイテム⋮⋮、
俺の使ってるレヴァンテインとか、固有能力を手に入れることが
できる道具だ﹂
その言葉を聞き、明らかに二人して目を輝かせました。特に元冒
険者だけあってユリアの反応が尋常じゃないですね、先端がふさっ
と広がっている牛の尻尾が興奮のためか揺れています。
﹁そ、そんな凄いもの⋮⋮ひょっとして神器!?﹂
神器というのは神が地上に与えた特別な力を持つ道具全般を指し
て言うのだそうで、ものによって国宝クラスの扱いを受けていると
か。有名な物では竜人の国の秘宝、世界を見渡すことが出来る﹃天
竜の瞳﹄とかその辺ですね。
神から授かったというなら恐らくレヴァンテインも神器に該当し
そうな気がします。
﹁まぁ、そんなような物だろうな、
159
さっきも言ったとおり順番に一回ずつ引いてみてくれ、
俺とソラは今回は後回しでいい﹂
楽しみは後にとっておくのですね、ふふん、いいですよ、ご主人
さまに敗北感を味あわせてやるのです。
﹁ほ、本当によろしいんですか?﹂
﹁流石シュウヤ様、太っ腹ですぅ∼!﹂
ルルがぞっとするくらいの猫なで声を出しました、この子ったら
こんな声出せたんですね、女性の恐ろしさを垣間見た気分です。序
列順ということでまずはルルから試して見ることになりました。メ
ダルを受け取った彼女は嬉々としてガチャガチャを回します。
いつものように出てきた丸い光の玉が弾けると、ルルの手の中に
光沢のない漆黒の短剣が出現しました。同時に全員に見えるように
説明ウィンドウが表示されます。これにも二人はちょっと驚いたみ
たいですね。
︻アイテム獲得
﹃黒獣の影牙﹄短剣/ランクB
光を反射しない漆黒獣の牙より削りだされた短剣。
使用者の気配を消す隠遁の効果を発揮する。︼
﹁おぉー!﹂
ルルが目をきらきらさせて手に入れたナイフを持って眺めます。
女の子が刃物を手にして喜ぶっていうのはどうなのでしょうね。ユ
リアが凄い羨ましそうにしてるのでこの世界の女性たちはたくまし
160
いっていうのが正解なんでしょう。
﹁つ、次は私ですね﹂
早速適当な木材を持ってきてナイフの試し切りをしているルルを
横目で見ながら、緊張した様子でユリアがガチャガチャを回します。
ご主人さまも何だかんだで甲斐甲斐しく働くユリアを気に入ってる
ようなので、今回のガチャにも呼んだのでしょう。
変態鬼畜ですが奴隷を多頭飼いするだけの甲斐性と、日本人特有
の善性というか責任感はあるので、このままユリアの方もご主人さ
まを好きになって、ボクを間に挟まない主従関係が成立してくれる
と安心なのですが。⋮⋮まぁ、こればかりは焦っても仕方ありませ
んね。
﹁ふわぁー!﹂
新しい力を手に入れたユリアの歓声が上がりました。手元に何も
ない所を見るにスキルだったのでしょう。一拍遅れてウィンドウが
出現します。
︻スキル獲得
﹃天賦の斧才﹄パッシヴ
斧を扱う才能を底上げし、成長力を高める。
普通にやれば一流、努力をすれば超一流を狙える才能。︼
ぐ、またしてもオーソドックスで自分に合致した能力を⋮⋮!
﹁おめでとう、ユリアちゃん!﹂
161
﹁二人共よかったな﹂
﹁⋮⋮おめでとうございます﹂
﹁ありがとうございますっ!!﹂
なんでボク以外の人間だけが当たりを引くのか、邪悪な意図が見
え隠れしています、これは絶対に何かの陰謀なのですよ。ボクの台
頭を恐れる何者かが裏で手を回しているのです、そうに決まってま
す。
﹁ソラ? やらないなら次は俺がやるぞ﹂
﹁どうぞ、真打は最後に登場するのです﹂
ルルとユリアと違って手慣れた様子でガチャガチャを回すご主人
さまを、二人が興味深そうに眺めています。ただでさえ能力の高い
ご主人さまが更にパワーアップすると聞いて複雑な心境だったりす
るのでしょうか。
︻スキル獲得
﹃聖剣技﹄アクティブ
特殊な効力を持つ必殺技を繰り出すスキル。
技名を叫ぶことで発動させることが出来る。
必須装備:長剣、大剣、騎士剣︼
﹁ぶふっ﹂
思わず吹き出してしまったところでご主人さまに睨まれました、
ノリと勢いで勇者の必殺技とか再現するからそんなスキルが出るの
162
ですよ、頑張って中二病を極めてください、ボクはご主人さまの黒
歴史を心のメモ帳に書き連ねながら応援してます。
﹁シュウヤ様、ますます勇者っぽくなりますねぇ﹂
﹁イメージ出来てしまうのが凄いです﹂
勇者の資質に惹かれたのかあからさまに媚びを売るルルと、ちょ
っと憧れてるような表情をするユリア。彼女の方もご主人さまに好
意を抱いているようなので、時間さえあればご主人さまがユリアの
傷を癒してくれる事でしょう。
﹁カッコイイ必殺技をおねがいしますね、ご主人さま﹂
遅れながら、ボクもにやにやと祝辞を述べておくのです。
﹁覚えてろよ⋮⋮﹂
聞こえませんねぇ。ご主人さまは横を向いて口笛を吹くボクを睨
みながら、二回目のガチャガチャを動かします。どうやらまたスキ
ルだったみたいです。
︻スキル獲得
﹃女殺し﹄パッシヴ
女性に対するあらゆる攻撃の効力が1.5倍になる。︼
﹁うわ⋮⋮﹂
﹁︱︱︱︱びゃん!?﹂
163
﹁お嬢様!?﹂
反射的に脱走しようとしたらおもいっきりベッドの上ですっ転び
ました、腰が抜けてて力が入らないのです⋮⋮でかいベッドで助か
りました。危うく床に転がり落ちるところでしたよ。
というか何という危険なスキルを入手してるのですかこの変態は、
そっち方面のスキルはもういらないのです、性豪だけで十分なので
すよいい加減に勘弁して下さい。
﹁はははは、覚悟しとけよ?﹂
﹁のー!﹂
しかもこいつ試し切りする気満々なのです、昨日あんだけ暴れて
おいてまだ暴れたりないとかどん引きです、最低です、だからやめ
てくださいお願いします。
﹁ほら、ソラの番だぞ﹂
にやにやしながらボクを抱き寄せたご主人さまがガチャガチャの
眼前に座ってボクを膝の上にのっけます、下半身に力が入らないの
で逃げられません、終わりました。
うぅ、処刑直前の人間の心境がよく分かるのです。ご主人さまは
もう新スキルの効力を試すべく、実行までのカウントダウンが始ま
っているようです。なんでわかるのかって? 胡座をかいた真ん中
に座らされているボクの状態を考えれば自ずと答えは見つかるはず
なのです。
164
わからない人はずっとわからないままでいてください、そのまま
の君でいて。
心を無にしてガチャガチャにコインを投入して回します。こうな
ったらさっさと終わらせて潔く散りましょう。どうせハズレなんで
しょう、ぺっ。
しかし出てきた光の玉はなぜか虹色に輝いていました。四層の環
状魔法陣が、くるくると回りながらゆっくりと浮かび上がると、七
色の光をリボンのように撒き散らしながらはじけます。アイテムは
でなかったのでスキルのようですね。しかしエフェクトが大きく異
なるのが気になります。
﹁なんか大当たりっぽいな﹂
確かにと同意しながら、期待を押し殺して出現したウィンドウの
説明を読んでいきます、ちょっと長いですね。
︻スペシャルスキル獲得
﹃聖母の雫﹄パッシヴ/女性専用︼
どうやら普通とは違うのは本当のようです。ひょっとして期待が
持てるかもしれませんが、何だかスキル名と女性専用という言葉が
非常に不穏なのです。
︻ホルスタウロス族の血統スキル﹃母なる雫﹄の上位互換のスキル。
魔力と体力を大きく回復させる効果を持つ乳汁が乳腺内で精製さ
れるようになる。
保有魔力が高いほど回復効果と毒や状態異常に対する中和効果が
高まる。︼
165
﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂
四人分の沈黙が部屋を支配します。これはあれですね、要するに
ユリアと同じ体質というか、ユリアの物の回復効果を大幅に強化し
たものって事なんでしょうね。この世界では魔力を一瞬で回復させ
る手段はありません。
これはユリアの成人を迎えた後で調べてもらったことですが、ど
うやらホルスタウロス族の母乳にもこのスキルと似たような効力が
あるようで、健康に良いとか滋養強壮に効くとか、単純に栄養価が
高いだけではなかったのです。そういった薬品製造能力を踏まえて
非常に高値で取引されるそうです。金貨600枚は伊達じゃないの
ですね。
ふぅ、ではそろそろ現実逃避は終わりにしましょうか。腰にため
た拳をえぐりこむようにウィンドウに向かって突き出しま︱︱︱︱
!?
よ、避けた、ですって⋮⋮、当たる寸前、ウィンドウが自然な動
きでするっと横向きになって唸る拳を躱したのです。愕然とするボ
クの眼前でゆっくりとウィンドウに書かれていた文字が変化します。
︻女の子が乱暴はダメですよ^^;︼
﹁やろうぶっころしてやる!!﹂
﹁落ち着け!?﹂
叩き割ってやろうと手を伸ばした先でウィンドウがボクを嘲笑う
166
かのように空気に溶けて消えていったのです。許されません、あの
顔文字だけは許されません、例え天地が許してもあの顔文字だけは、
あれだけはボクが許しません。
﹁何なんですか! 何なんですか!
あのウィンドウの文章は一体誰が書いてるのですか!!﹂
暴れるボクを抱きしめるご主人さまに涙目になりながら言い募り
ます。あれはだめです、決して許されてはいけないものなのです。
﹁あぁ、多分⋮⋮この世界の神だろうなぁ⋮⋮﹂
困ったような遠い目をしながら答えるご主人さま。その正体を聞
いたボクは何かが胸にすとんと落ちてくる感じがしました。ボクの
すべきこと、下克上の最大の目標が今定まったのです。ご主人さま
なんて小物だったのです、ボクの標的はもっと大物であるべきでし
た。
荒れ狂う激情を胸に抑え込み、ボクは決意しました︱︱︱︱︱︱
﹁そうですか、そうだったんですか⋮⋮ふふふ、解りました、全部
解りました﹂
︱︱︱︱必ず、神を斃してみせると。
167
tmp.15 決意の朝に︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻6︼−−−−◇︻4︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻2︼−−−−◇︻1︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻191︼−−◆︻067︼−−
◆︻000︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP830/83
MP32/32[正
MP28/28[正常]
MP10/140[疲労]
[シュウヤ][Lv38]HP542/542
0[正常]
[ソラ][Lv8]HP2/32
[ルル][Lv33]HP422/422
[ユリア][Lv15]HP440/440
常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>30
COMBO]>>30
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁えぐっ、ひっく、吸わ、れた、飲ま、れた、のです⋮⋮ぐす、ひ
168
く、うえぇぇぇん﹂
﹁わかります、恥ずかしいですよね⋮⋮目の前で飲まれるの﹂
﹁段々せんぱいが不憫になってきました﹂
169
登場人物︵二章終了時点︶
きさらぎ
しゅうや
︻メインキャラクター︼
≪如月 秋夜/シュウヤ≫
17歳。元高校生、現中級冒険者。
転生トラックに跳ね飛ばされ、神を名乗る謎の人物によって異世界
ラウドフェルムへ飛ばされた。
高い身体能力と魔力、魔法行使能力に多数のスキル獲得手段など優
遇されたチート系主人公。
お気に入りであるソラを囲うために手段を選ばなくなってきて戦々
恐々とされている。
最近は日曜大工で秘密の地下室の設備を魔改造し遊んでいる。
MP[830]
好きなもの:釣り、巨乳、エルフ、ソラ
HP[532]
将来の夢:ソラをデレさせる
[ステータス]
異邦人[Lv38]
保有魔力[86420] 戦闘力[9315]
[所持スキル]
先天:﹃ステータス閲覧﹄﹃天賦の魔才﹄﹃身体強化﹄
そら
獲得:﹃天賦の剣才﹄﹃性豪﹄﹃聖剣技﹄﹃女殺し﹄
あまなり
≪天成 空/ソラ≫
16歳。元高校生、現ちゅっちゅ用抱きエルフ。お値段30万円相
当。
近くで起きたトラック事故で勢い良く跳ね飛ばされた人間にぶつか
り、巻き添えになる形で死亡。
なぜか森の中でエルフになって目覚め、森をさまよっている時に奴
隷商人に捕まる。
初恋の人に似た雰囲気を持つユリアを助けるために、秋夜に日本円
170
換算で6000万近い借金をする。
地下室とお馬さんにトラウマを抱きながらも日々頑張っている。
ガチャで強力なスペシャルスキルを手にした事により、神を斃す事
を決意した。
MP[140]
好きなもの:下克上、甘いもの、えびせん
HP[32]
将来の夢:神殺し
[ステータス]
従者[Lv8]
保有魔力[25351] 戦闘力[74]
[所持スキル]
先天:﹃愛玩動物﹄
獲得:﹃魅惑﹄﹃天使の口吻﹄﹃聖母の雫﹄
<i80646|6198>
≪ルル≫
15歳。元貧民。現猫耳奴隷。お値段250万円相当。
寒村の出身で不作によって口減らしせざるを得ず、幼い弟妹を守る
ために奴隷になった。
気が抜けてきたのか仕事はちゃんとするものの、生活態度が雑にな
りつつある。
MP[28]
本能的にいじめっこ気質だったのか、最近では主人と組んでソラ弄
りに精を出している。
好きなもの:肉、お金
HP[442]
将来の夢:安定した生活
[ステータス]
獣戦士[Lv33]
保有魔力[500] 戦闘力[1760]
[所持スキル]
先天:﹃俊敏﹄﹃獣神の寵愛﹄
獲得:なし
171
≪ユリア≫
17歳。元下級冒険者。現牛耳奴隷。お値段6200万円相当。
ずっと想っていた幼馴染とともに冒険者となる夢を目指して都会に
出た少女。
尽くすタイプで甲斐甲斐しく幼馴染の少年の面倒を見ていたが、目
先の金に目が眩んだ少年に身売りさせられる。
一時期は絶望して自分にこれでいいと言い聞かせていたが、ソラの
介入によって考えが変わった。
思うところは色々あるようだが、前を向かせてくれたソラに感謝し
ている。
MP[32]
幼馴染は﹁なんであんな奴が素敵に見えたのか、自分でも解らない﹂
と言う程度には過去の男。
好きなもの:プリン、お料理、家事
戦闘力[650]
HP[240+200]
将来の夢:素敵なお嫁さん
[ステータス]
重戦士[Lv15]
保有魔力[4200]
[所持スキル]
先天:﹃母なる雫﹄﹃タフネス?﹄
獲得:﹃天賦の斧才﹄
ストーカー
==================☆===========
=======
︻サブキャラクター︼
≪クラリス≫
16歳。中級冒険者。熱愛者。
魔法国家出身の炎系魔術師、爆炎の二つ名を持つ炎魔法の才女。
失恋を切っ掛けに一皮むけて、さらなる成長を遂げた。
現在は熱烈な求愛の果てに恋人をゲットし、幸せな日々を送ってい
172
る。
[ステータス]
火術師[Lv34]
MP[612]
戦闘力[2832]
HP[200]
保有魔力[13106]
≪コリンズ≫
20歳。中級冒険者。
十字槍を使うガッシリした体格と顔つきの男性。
見た目はいかついが甘いモノが好き。内心は繊細で心優しい所があ
る。
最近急に発生したストーカー被害に悩まされていたが、現在では被
害が収まっている。
その間ずっと親身になってくれていた女性の魔法使いと付き合うよ
うになった。
なんだかんだで幸せな毎日を送っている。
HP[480]
[ステータス]
槍戦士[Lv30]
戦闘力[1614]
MP[20]
保有魔力[200]
≪ゼイベル≫
44歳。元上級冒険者。現初心者の館。
鉄槌の二つ名を持つ元上級冒険者だったが、10年前に膝に矢を受
けて引退。
現在は駆け出しの集まるペテシェの町で初心者の館的な事をやって
いる。
喫茶スペースで行なっていた初心者講習が切っ掛けになり恋人が出
来た。
クリスマス・イブ
ソロリスト
相手は駆け出しの冒険者で白兎族、15歳の少女。
これが後の世で”粛清の日”と呼ばれる、独男党による陰惨な事件
の始まりになるとは誰も予想していなかった。
173
HP[1156]
[ステータス]
重戦士[Lv63]
戦闘力[4702︵−2000︶]
MP[46]
保有魔力[206]
≪ケイン≫
17歳。中級冒険者。
故郷では一番の剣の使い手で才気にあふれている少年。
都に出てからはあっという間に上級冒険者になって豊かな生活を送
るはずだったが、
村からくっついてきた幼馴染のせいで難易度の高い依頼を受けるこ
とが出来ず、装備も更新できなかった為にくすぶっていた。
邪魔な幼馴染を人質に出して得た金貨50枚で装備を整え、出会っ
た女性冒険者達とパーティーを組み中級まで駆け上がった。
HP[320]
[ステータス]
軽剣士[Lv22]
戦闘力[1412]
MP[15]
保有魔力[130]
保有スキル:﹃英雄の卵﹄
≪ロレーナ≫
22歳。中級冒険者。
赤髪で派手なローブを身につけた化粧っ気が強い妖艶な女性。
HP[200]
MP[360]
現在はケインのパーティーメンバーとして活動中。
[ステータス]
風術師[Lv25]
保有魔力[7134] 戦闘力[1320]
≪シェリー・グラッツァ≫
16歳。中級冒険者。
黄金色の髪の気弱で大人しそうな少女。
ケインのパーティーメンバーとして活動中。
174
[ステータス]
癒術師[Lv20]
HP[194]
MP[420]
保有魔力[15016] 戦闘力[820]
==================☆===========
=======
※人間なら保有魔力が5000もあればそれなりの魔術師になれる。
※一般的な成人男性の戦闘力が[200]ほど。
※ゴブリンの戦闘力が単体なら[110]ほど。
175
tmp.16 百合の花咲く時もある
ユリアを我が家に迎えて早くも三ヶ月が経とうとしています。彼
女はすっかりと慣れて、穏やかな笑顔を浮かべるようになっていま
した。ボクの知らないうちにご主人さまが悩みを聞いてあげたりし
ていたようで、迷宮で戦闘を指南していた事も合わせてしっかりと
フラグを立てていたみたいです。
二ヶ月目にはいった頃に、彼女の方からお願いして夜伽に加わる
事になりました。本気で過去を振りきって新しい自分を生きる決心
がついたみたいです。これが寝取りってやつでしょうか、幼馴染く
んはザマァなのです。
妊娠もしてないのに母乳が出るなんて、知った時は何という卑猥
な種族かと思ったんですが、どうやら彼女自身も相当にアレだった
ようで、気を使ったボクとルルが引っ込んでご主人さまと二人きり
の時間を過ごさせてあげた結果すっかりメロメロになってました。
ボクとしてはこのままご主人さまの伽担当を彼女にシフトさせよ
うとしたのですが、そうは問屋が卸しませんでしたね。一週間くら
いは穏やかで平和な夜を謳歌出来たのですが、ついに我慢しきれな
くなったご主人さまの横暴によって今度はボクが二人きりで過ごす
はめになって死ぬかとおもいました。おかげで筋肉痛と疲労でベッ
ドから動けない日々が続きました。
とてもじゃないけど身体が持たないし、ユリアがなんかしょんぼ
ペットサミット
りしてるし、ルルも妙に焦り始めたしで発生した第一回キサラギ家
奴隷会議の結果、暫くは三人で寝室入りして休憩したいときだけ抜
176
けるという方式が取られる事が決定しました。
あぁ、ご主人さまの意向によってボクは強制参加です。基本的人
権ってなんでしょうね。
◇
さて、今日は我が家に完成したばかりの設備を眺めてはニヤニヤ
していたご主人さまが、妙にそわそわしつつ部屋で何かを作ったり
買い物に行ったりしていました。ボクも待ち望んでいた設備なので
嬉しいのですけどね、あれはちょっと気持ち悪いのです。
何が出来たかというと、一言で言ってしまえばお風呂ですね。ご
主人さまのリクエストにより白くなめらかな大理石で作られた浴槽
は二人で入っても寝そべることが出来るほどに大きく、洗い場も少
し大きく作られています。
﹁お風呂なんてはじめてですよ﹂
﹁お風呂のある家に住めるなんて⋮⋮どうしよう、夢が一つかなっ
ちゃった﹂
女性陣もゆったりと入れそうなお風呂場を見てはテンションをあ
げています。ボク達の住むフォーリッツ王国では一応お風呂という
文化はありますが、あくまで高級な宿や貴族の家にしかなく、庶民
に取っては高嶺の花。
美容に興味を持つ女性たちは肌を磨く場所であるお風呂という存
在を知って憧れている子も多いのだとか。ボクも嬉しいのですが、
なんと言いますか。
177
洗い場にドーンと柔らかく耐水性の高いマットが敷かれていたり、
ご主人さまが薬剤を買い集めてこそこそしているのを見ていると喜
びよりも不安が勝ってくるのです。何をする気もしくはさせる気な
のかが手に取るようにわかるのですよ。
﹁そういえばこれって何に使うんだろう?﹂
風呂場にある謎の棚から鮮やかな色彩の、弾力のある棒状の物体
を手に取ってしげしげと見詰める序列三位ことルルちゃん、最近は
ユリアさんに圧されて若干焦ったのか積極的に媚びを売ってます。
﹁うぅん、お嬢様はわかりますか?﹂
見ていたものの結局はわからなかったのか、首を傾げてこちらを
伺う序列二位のユリアさん。何気に先人の猫耳に下克上を果たして
いたりします。やはり先を行っていても怠けた時点で追い抜かれる
のですね。因みにボクはなまけようとしても引きずっていかれたり、
おんぶされたりで無理矢理一番にされます、ある意味チートですね、
ははッ。
﹁それはですね、焼却炉にポイしてきてください﹂
﹁流石に勝手に捨てたらダメですよせんぱい﹂ 別に詳しいわけではないのですが、ボクだって男の子です。日本
に居た頃はちょっとそういうのに興味を惹かれて調べていた時期も
あります。だからその、二つの棒をくっつけあわせたような形状の
謎物体も何というか、大体用途が解ってしまうのです。
178
﹁取り敢えずしまっておいてください、
とにかく、さっさと準備してお湯を入れてしまいましょう﹂
廃棄に失敗したことにため息を吐きながら、備え付けられたお湯
を出す魔道具を起動させて浴槽に湯を張ります。大きさもあるので
まだかかりそうですね。暫くはリビングで待つとしましょうか。ご
主人さまが帰ってくるまでにタオルとか着替えを用意しておかない
といけませんしね⋮⋮。
◇
火照った肌にひんやりとした夜風が気持ち良いのです。久しぶり
のお風呂は気持ちよかったのですね、いえ変な意味ではなくて普通
にさっぱりしました。やはり日本人はお風呂で癒される生き物なの
ですよ。
こうして一人でのんびりと、日本では見たこともない満点の星空
を眺めていると何となく郷愁の想いが湧いてきますね。こっちに来
てからもう半年近く、本当に色々ありました。最初は訳も分からず
自分が男だと主張して痛い目にあって。
この世界の残虐さや怖さをこれ以上ないくらいに思い知らされて、
絶望しきった所でご主人さまに拾われて⋮⋮思い返してみれば、幸
せと言ってもいい毎日でした。ルルとユリアという友達も出来まし
たし、ご主人さまにもやらし⋮優しくしてもらってます。
話の分かる主人に可愛い女の子の友人たち。自分の身体が女の子
という点さえ抜かせばこれ以上ない環境なんですけどね。最近どん
どんご主人さまとそういう事をするのに抵抗感がなくなっているの
が怖いのです。
179
今のボクを見たら昔の友人達や両親は何て言うでしょうか。友人
たちは⋮⋮むしろご主人さまと同じ反応をしそうです。中学入った
ばかりの頃に漫研の方々にモデルとして女子の制服を着せられ、ボ
クを女子と勘違いしやがった上級生にナンパされた思い出が蘇りま
す。
両親は⋮⋮どうか強く生きていてほしいのです。色々あるけれど、
こっちでも元気でやっていますから。せめて言葉を届けるくらいは
したいですけど。
﹁はー、いいお湯でした⋮⋮、
あ、せんぱい、私にもジュースください﹂
下着姿でタオルを頭にかけたルルがお風呂から上がってきたよう
です。目敏くボクが飲んでいたレモンスカッシュに気づいた彼女に
苦笑しながら、ピッチャーからグラスに注いで渡します。
﹁ありがとうございます﹂
良く冷えた炭酸飲料を目を細めながらごくごくと飲み干すルル。
湯上りに飲むと美味しいんですよね。
﹁ユリアとご主人さまは?﹂
﹁っぷはぁ⋮⋮まだいちゃいちゃ中ですよー、私は流石にこれ以上
はキッツイです﹂
お風呂で何があったかはどうか聞かないで欲しいです。いくらマ
ンネリを打破するためと言ってもやり方があると思うのですよご主
180
人さま。取り敢えず今日の利子分と返済分はキッチリ働いた時点で
ボクは抜けてきたのです。
ルルとユリアは残ってご主人さまといちゃついてたのですが、ル
ルも疲れてダウンしたようですね。投げ出された白い脚がちょっと
眩しく思えます。ボクのほそっこいぷにぷにした脚とは違いますね。
﹁⋮⋮そういえば、せんぱいってレズなんですか?﹂
﹁ぶふっ﹂
するりと投げかけられた疑問の言葉に飲んでいたジュースを噴き
だしてしまいました。ちょっと気管に入りました、くるしい。
﹁げほっ、ごほ、いきなり何ですか!?﹂
何なんですかその質問は、予想外にも程が有るのです。確かにボ
クは精神的にはアレですから、どちらかといえば女性のほうが好き
ですけど⋮⋮あれ、これってレズになるんでしょうか。いやでもご
主人さまのことは好きではないけど平気ですし、他の男性はちょっ
と遠慮したいのでやっぱりレズ?
﹁いや、何でかユリアがずっと気にしてたんですよ、
せんぱいが女性好きなんじゃないかと思ってるみたいで、
でも旦那さまと仲良しだし、どっちなんだろう、
もしそうなら私は気持ちにどう答えたらいいのかーって﹂
⋮⋮そういえば、初恋の相手が彼女に似た女性だって発言したよ
うな記憶が。
181
﹁私もですが、シュウヤ様も相談受けてたみたいで、
一時期は旦那さまとお嬢様との間に揺れ動くアテクシ!
って感じでくねくねしてて凄い面白い状態になってたんですよ?﹂
﹁い、意外といい性格してたんですねあの子﹂
それは全く知りませんでした、というか案外恋愛脳だったのです
ね。いやそうじゃないと幼馴染にずっと懸想してたりしないでしょ
うね。相当に甲斐甲斐しかったみたいですし。
﹁﹃お嬢様には申し訳ないですけど、私の心の中にはもう旦那さま
しか居なくて﹄
とかチラチラしてて、色々突っ込みたい気持ちを抑えるのが大変
でしたね、
せんぱいも褒めてください﹂
﹁ごくろうさまです⋮⋮﹂
本当になんて言ったらいいのか。ひょっとして獅子身中の虫だっ
たのでしょうか、失敗でしたか? 一番奴隷の座を譲るのは良いけ
ど何の準備もなく排斥されては困ってしまいますが。
﹁⋮⋮あぁ、追い出し関連とかは大丈夫だと、
私も気になってちょっとつついてみたんですけど、
本人的には第二夫人もしくは第三夫人狙いみたいです。
ついでにせんぱいの事も狙ってますね、アレ﹂
﹁はい?﹂
あれ、ご主人さま一筋という話ではなかったのでしょうか。とい
182
たま
たま
うかボク狙いってどういう意味です? 命ですか、命殺って下克上
的なあれですか?
﹁自覚ないみたいだから言っときますけど、せんぱいって、
いじめられる時にすっっっっっごい可愛らしい声と顔で鳴いてる
んですよね、
こう、聞いてるだけでいじめ倒したくなるような、可愛がりたく
なるような﹂
な、なんか肉食獣のような瞳なのですが。というかボクはそんな
声も顔もしてませんよ、無表情かつ無反応な人形モードなのです。
間違ってもそんな反応はしていません、これは陰謀です、騙されて
はいけないのです。
﹁女同士はぶっちゃけ興味なかったんですけど、
最近ご主人さまがセンパイを可愛がるのがわかってきたというか、
ユリアも似たようなものみたいですよ?
私も、せんぱいとならいいですけど⋮⋮どうです?﹂
どうですって何がですか、目を爛々を輝かせたルルが、艶かしい
動きで顔を寄せてきて耳にふっと息を吹きかけます。ぞわぞわと寒
気が背中を駆け抜けていきました。と、鳥肌がやばいです。
﹁怯えるせんぱいは可愛いですね﹂
﹁ひ、ひやぁぁ!?﹂
だめです、ここにいたら喰われる気がします。自分でもびっくり
するくらい奇妙な悲鳴をあげてルルを押しのけて自室へ逃げ込みま
した。鍵を閉めて、ご主人さまに買ってもらった白いソファーの上
183
で毛布にくるまります。何てことですか、まさかボクを付け狙うケ
ダモノがご主人さまだけじゃなくなるなんて⋮⋮!!
このままではいけません、ボクの大切な何かが危ないのです。何
とか、何とかしないと⋮⋮。
184
tmp.16 百合の花咲く時もある︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻4︼−−−−◇︻3︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻2︼−−−−◇︻1︼−−−−
◇︻5︼
[◇TOTAL
−−◇︻8︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻423︼−−◆︻155︼−−
◆︻129︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP60/60
MP32/32[正常]
MP420/420[正常]
[シュウヤ][Lv55]HP772/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP50/50
[ルル][Lv47]HP602/602
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>30
COMBO]>>30
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁こんな猛獣だらけの場所にはいられません、ボクは部屋に帰らせ
185
てもらいます!﹂
186
tmp.17 ゆるやかに時は過ぎて
自室にあるソファーの上で寝ていたはずなのに、起きたら寝室の
ベッドの上で素っ裸になってご主人さまの腕の中でした。チートだ
とか魔法だとかそんなちゃちなもんじゃない、もっと恐ろしいもの
の片鱗を味わったのです。
まだ薄暗い部屋の中、反対側では裸のユリアがご主人さまの腕を
枕に幸せそうな顔で寝ています。足元にはルルが丸まって寝息を立
てているようです。⋮⋮言いたいことは多々ありますが取り敢えず
置いておきましょう。
﹁んっ﹂
ジュースを飲んだあとお手洗いに行かずに寝たせいでしょうか、
ちょっとお腹が苦しいです。女の子の身体は男と違ってどうにも緩
いというか、我慢しにくいので早めに処理しないと大変なことにな
ってしまいます。
取り敢えず、今のうちにトイ︱︱れ?
﹁⋮⋮あ、あれ?﹂
ご主人さま、寝ぼけて抱きしめないでください身体のサイズが違
いすぎて抜け出せません。
﹁あの、ご主人さま、ボクお手洗いに⋮⋮ご主人さま?﹂
187
いやあの、まさか抱きしめただけでガチ寝ですか? 冗談じゃあ
りませんよ。
﹁ご主人さま、起きてください! やばいです、決壊しそうなんで
す!!﹂
﹁ん⋮⋮ソラ⋮⋮﹂
うっすらと目が開きました、よかったこれでお手洗ひゃああああ
!?
﹁うひゃぅ! 耳はやめてくだひゃっ!?
ってあああああ、だめです、それはだめ、今は洒落になりません
!!﹂
耳を噛みながらのしかかってこないで!?
待ってください、今は本気でまずいんですって、限界近いんです!
﹁やめてくださ、やめっ、ちょ、ま、やめろ変態!!﹂
﹁生意気な⋮⋮子には⋮⋮解らせて⋮⋮やらないとな﹂
なんでスイッチ入ってるんですか寝るんだったらせめてちゃんと
寝ててください、寝ぼけてこれとかどんだけ溜まってるんですか、
どんだけ変態なんですか、いい加減にしろこのチート下半身!!
﹁っていやぁぁ!? ごめんなさい生意気いってごめんなさい!
あやまります、ごめんなさいするからやめてよぉぉぉお!﹂
188
あふれる、もれる!? ああぁぁぁやめてとめてやめてとめてや
めてとめ︱︱︱︱︱︱あっ。
◇
﹁うえぇぇぇん、ひっく、ぐす⋮⋮う、うぇ、びえぇぇぇん﹂
数年ぶりのギャン泣きです。こんなに泣いたのは小学校の時分、
クラスで可愛がっていた子猫が病気で死んでしまった時以来な気が
します。⋮⋮いや、そういえば初めてアレを吸われた時もギャン泣
きした気がしますね。黒歴史なので記憶の中から排除してましたが。
﹁あーその、悪かったから⋮⋮もう泣くなって﹂
﹁う゛ぇ゛ぇぇ゛ぇぇん﹂
子供だと笑いたければ笑えばいいのです。ユリアとルルが気を使
って洗濯を引き受けてくれたから良いものの、自分で洗うことにな
ってたら精神的に死んでもおかしくないのですよ、これは。
﹁お嬢様、お湯が入ったのでお風呂に入りましょう。
旦那様はルルと一緒に食事の用意をお願いします﹂
﹁ひっく⋮⋮う゛ん⋮⋮﹂
﹁あぁ⋮⋮ユリア頼む﹂
苦笑するユリアに手を引かれてお風呂へ向かいます。もう子供扱
189
いだとか幼女扱いだとかどうでもいいのです、温かいお風呂に入っ
て癒されたい⋮⋮。
脱衣所で部屋着である質素なワンピースを脱いで洗濯物籠に放り
込みました。お風呂の準備をしてもらっていたので下着は履いてま
せん、裸云々は今更なのです。もう色々見られたり見たりしてるの
ですよ。
ご主人さまは明るい所で見るのはまた違う趣があるとか言ってま
したけど、見て楽しむだけの側は気楽で良いですね本当に。
﹁そうだ、せっかくですからお風呂に入る前に先に済ませてしまい
ましょうか﹂
突然ユリアが何かを思い出したかのように戸棚を漁り、中から保
存の魔法がかけられた瓶とチューブがついたカップ状になっている
器具を取り出しました。正体をしっているボクが頬をひきつらせて
しまうのもしょうがないようなものです。
﹁や、そ、それは、もっと後でもいいんじゃないかと!?﹂
﹁でも早めに済ませておかないと、昼すぎに辛いですよ?﹂
真顔で困ったように言うユリアは特に気負った様子もありません、
この数ヶ月で知ったことですがこれ、彼女からすると常識なのです
ね。
何の話かというその、やましいものでもいやらしいものでもない
のですが、胸の、あれです。ボク達には赤ん坊という飲ませる相手
190
が居ないので、必然的に溜まる一方。定期的に絞らないといけない
と張って辛くなることがあるのです。
﹁うぐぅ⋮⋮﹂
しかも効能だけでなく製造量まで魔力に依存するようで、ボクの
場合は一日放置するとちょっと痛くなってしまうのです。以前無理
に我慢をしたせいか探索中におもいっきり出ちゃった事があって、
それ以来は一定間隔で絞るようにしてます。
なお味についても魔力に依存するとかでユリアの物は濃厚な牛乳、
ボクのは何故かフルーツミルクみたいな味がしました。ご主人さま
がエルフだから大地属性の影響がどうとか考察してましたけど、目
の前で乳の味を品評される人間の気持ちを考えたことがあるのでし
ょうかね、ないでしょうね。
効能の方はユリアのは栄養価の高い牛乳ってかんじみたいですけ
ど、ボクのは最下級のエリクサーの劣化版程度には効果があるとか。
高いのか低いのか分かり難い例えですが、具体的には道具屋で買え
る最高品質のポーションを二倍程度にしたものに、魔力回復効果と
下級万能薬の効果を足したくらいだそうです。
部位欠損とか致命傷はどうにもなりませんが、ある程度の怪我と
魔力枯渇による昏倒とか、致命的な猛毒以外の毒ならポーション用
の小瓶一本︵100ml︶も飲ませて半時も休ませれば持ち直せる
とか。しかも激苦なポーションや万能薬とかと違って味も一級品。
﹃聖母の雫﹄はそんな素敵性能な回復アイテムを一日に1リット
ルは自動製造出来るというとんでもなく強力なスキルなのです。な
んでユリアとかルルに行かなかったんでしょうね。おかげで非常用
191
の魔力、飲料タンク扱いですよ。
﹁はい、すぐに済ませるのでじっとしててくださいね?﹂
カップ状の器具を手に持ったユリアがゆっくりとボクの背中に回
って、最近微妙に出てきた気がする膨らみに装着させると、ゆっく
りと絞り込むように周りの肉を⋮⋮。
﹁うぅぅぅぅ⋮⋮﹂
チューブを通って透明な瓶を満たしていく白い液体を見ていると、
涙がぽろぽろと溢れてきます。溜まったらまた非常用の回復剤とし
てご主人さまのアイテムボックスに格納されるのでしょう。これで
何本ストックが溜まったのか、考えたくもありません。
心が、折れそう、なのです
◇
拷問タイムが終了して、ご主人さまお手製の入浴剤を使い爽やか
な緑色になった湯船に使って身体を休めていると、浴室の扉がノッ
クされました。
﹁あーけーてー?﹂
﹁どうしたのルル?﹂
スポンジで身体を洗っていたユリアが聞き覚えのある声に反応し
て扉を開けると、案の定素っ裸になった猫耳娘の姿がありました。
192
﹁シュウヤ様がせっかくだからお前も朝風呂楽しんで来いって﹂
なんか嫌な予感するのですけど、また昨日の再来なんてことはな
いですよね?
﹁あら、旦那様は?﹂
﹁流石に今日はせんぱいを休ませてあげたいって﹂
緊張していた身体から力を抜き、ほっと胸をなでおろします。多
少は気が利くようになったではありませんか、ご主人さまも日々成
長しているということなのでしょうか。
﹁そう⋮⋮仕方ないわね﹂
くすりと笑うユリアがスペースを開けると、引き締まった身体を
惜しげも無く曝してルルが入って来ます。こうしてみると二人共ス
タイルが凄いのです、ユリアも臂力の割に筋肉質でなくふっくらし
ていて、最近ますます女性としての魅力も増して街を歩く度に男た
ちの視線を独り占めしてるくらいです。
ルルも猫耳美少女ですし、二人を連れて歩くとご主人さまに嫉妬
の視線が凄い勢いで集まるのですよね。
﹁というわけで今日は女の子だけだねー、ユリア頭洗って!﹂
﹁はいはい﹂
随分打ち解けている二人、尻尾を揺らめかせながらルルがマット
にぺたんと座ると、ユリアがシャワーでもって髪の毛を濡らして、
193
シャンプーを適量手にとって髪の毛になじませています。石鹸類も
お手製なんですよね、現代日本の製品ほどではないですが、かなり
質が良いので助かってます。
昨日の今日でボクも明らかに髪がサラサラになっているのですよ、
櫛が髪の毛に引っかからないというのは素晴らしいことなのです。
﹁せんぱいはもう洗いましたー?﹂
﹁はい、洗ってもらいました﹂
自分でも洗えるのですが、やっぱり人にやってもらえると気持ち
良いですね。ユリアはご主人さまに習ってすぐにコツを覚えてしま
いました。元々家庭的というかお母さん的な性格をしてたのもある
のでしょう。誰かの面倒を見るのが好きなようです。
﹁しっかしお風呂、すっばらしいですね、
こんなにキモチイイものだとは思いませんでしたよー﹂
確かにお風呂は素晴らしいものです、心の洗濯とはよく言ったも
のです。でも何でニュアンスに微妙な含みを感じるのですかね。
﹁身体を温めると、血の巡りがよくなって健康にも良いのですよー、
ついでにしっかり汗を掻いて老廃物も流すと美容にも良いのです﹂
﹁へぇー﹂
﹁そういえば、旦那様もそんな事言ってらっしゃいましたね﹂
ルルの背中を流しながらユリアが微笑ましい顔を向けてきます。
194
別に受け売りなわけじゃないですよ? だからその背伸びしちゃっ
てみたいな顔をやめてほしいのです。
﹁さ、綺麗になりましたよ﹂
﹁ありがとねユリア﹂
お湯で体についた泡を流した二人が、ボクを挟みこむように浴槽
へと入ってきます。三人で入るとちょっと手狭、四人で入るとぎっ
ちぎち。でもなんか、この密着感も誰かと一緒にいるって感じがし
て悪くないのです。
﹁本当、気持ちいいですね﹂
﹁ねー﹂
﹁はい﹂
心地よさそうな顔をして伸びをするユリアの、リラックスした顔
を見て少しだけ胸に沸き起こった小さな言葉を、ぐっと飲み込みま
す。ボクが口にするには、少しばかり難しい言葉だから。何よりも
彼女の表情に答えがあるはずだから。
︱︱ねぇユリア、貴女はここに来て、良かったですか?
195
tmp.17 ゆるやかに時は過ぎて︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻3︼−−−−◇︻4︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻1︼−−−−◇︻2︼−−−−
◇︻3︼
[◇TOTAL
−−◇︻6︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻426︼−−◆︻159︼−−
◆︻135︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP60/60
MP32/32[正常]
MP420/420[正常]
[シュウヤ][Lv55]HP772/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP50/50
[ルル][Lv47]HP602/602
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>30
COMBO]>>30
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁⋮⋮⋮⋮きゅう﹂
196
﹁せんぱい、大丈夫でしょうか﹂
﹁旦那様が言うには”のぼせた”だけで心配はいらないって話です
けど﹂
197
tmp.18 旅は道連れ
﹁魚が食べたいから海へ行こうと思うんだ﹂
夕飯を終えてお風呂に入っている最中、ご主人さまが唐突に宣言
しました。ココらへんは周囲に湖も海もないので、あまり新鮮な魚
介類が入ってこないのですよね。日本人からすると海の物が食べら
れないのはちょっと寂しくあります。
﹁お魚ですか?﹂
泡塗れの身体をご主人さまに押し付けながら、料理担当であるユ
リアが反応を示しました。ルルは湯船に浸かりながらあまり興味が
無さそうな顔をしてます。彼女達は山育ちですから魚にあまり馴染
みがないのでしょう。
﹁たまには思いっきり海のダシが効いた食い物が食べたい⋮⋮﹂
ちょっとうなだれてます、確かにこっちの料理も言うほど不味く
はないのですが、ダシって概念が弱いのでどうにも和食に馴染んだ
舌だと何か一味足りなく感じてしまうのですよね。醤油だとか味噌
汁だとか贅沢は言いませんので、ボクもダシの効いたスープが飲み
たいです。
﹁うぅ、ボクまで食べたくなってきました﹂
ボクが泡だらけの身体をご主人さまのやや筋肉質な胸板に押し付
けると、さっきまでふとももを撫でていた手が背中に回されてきつ
198
く抱きしめられます。相変わらず変態なのです。
﹁ちょっと長旅になるだろうからなぁ、
留守番はさせたくないんだがどうする?﹂
ちょっと悩みますね、ここ半月ほどずっとお風呂のある生活です。
旅に出ると暫くは入れないでしょうし、かといって置き去りにされ
るのは不安です。しかし海の幸の独り占めは許されません。
﹁ボクは行きます、美味しい物独り占めはずるいのですよ﹂
﹁私もご一緒します、旦那様と離れるなんて耐えられません!﹂
﹁私も当然っ!﹂
みんな置いてけぼりは嫌なのですね、諸手を上げて追従する彼女
たち。こうして全員の参加が決まりました。
﹁じゃあ全員参加で決定だな。
観光地でもあるみたいだし、暫くは仕事を休んで海で休暇と洒落
込もうか﹂
﹁おぉ∼!﹂
うぅん、旅行はやっぱりテンションが上りますね。依頼と違って
お仕事ではないみたいですし久しぶりのお外なのです。遊び倒して
やりましょう!
﹁ふふふ、私、観光旅行が出来るなんて夢にも思いませんでした﹂
199
基本的に遊び目的の遠出は上流階級の人間のする楽しみです。こ
っちでは旅をするのも一苦労みたいですから。旅行のまね事ができ
るからと言う理由で冒険者になる人もいるくらいには、憧れが強い
ようです。
﹁シュウヤ様のとこの子になってよかったにゃぁー﹂
ルルも例にもれなかったみたいで、尻尾がぱちゃぱちゃと湯船の
中で暴れています。楽しい旅行になるといいですねぇ。
﹁皆が乗り気で良かったよ﹂
ご主人さまも家族サービスを意識してたのか、喜んでる様子を見
て嬉しそうですね。こうしてみるとほんとに優良物件なのですよ。
⋮⋮えろくて変態な所を除けばですがね。
お尻に移動しようとする大きな手を石鹸で滑る手で必死に止めな
がら、僕は内心でため息を吐くのでした。
◇
目的地は潮風の町”デーナ”、そこはペテシェの南に馬車で一週
キャラバン
間ほどの距離にあります。旅行というのは本来一人でサクサク移動
するのは稀でして、普通は隊商に便乗する形でお金を払ったり護衛
という形で同乗させてもらいます。今回ボクたちは乗車賃と護衛代
の一部を払う形で乗せてもらうことになりました。
奴隷とはいえ女の子三人ですからね、ご主人さまも色々を気を使
ってくれたようです。⋮⋮何でボクは今”女の子”カテゴリーに自
分を含めたんでしょうね。まぁ置いておきましょう。
200
出発当日、町の南にある合流地点でボク達は他の同行者の方々と
顔合わせを行なっていました。
ご主人さまは黒地に蒼のラインが入った服に外が黒、裏地が赤の
マントをまとっています。旅の剣士様って感じでカッコよくみえま
すね、ムカツキます。最近ではランクも上級にアップしまして、最
上級も視野に入ってるという噂も流れているようです。巷では”黒
耀の魔剣士様”とか呼ばれて町娘達に人気みたいです。中身はド変
態なのに。
その変態性もうちのメスに二匹言わせると﹁アッチが強いのも雄
の魅力﹂﹁雄として優秀な証拠です﹂らしいです。動物に意見を求
めたのが間違いだったのでしょう。ケッ。
ボクは夜空色のワンピースに真っ白いマントを羽織り、魔法の媒
体となる腕輪を付けてます。普通の装備に見えて刻夢鳥と呼ばれる
かなり上位の魔物の羽から作られたものらしく、結構なお値段がし
たみたいです。
ルルは上半身と下半身で分かれている露出度の高い、いわゆるビ
キニアーマーに腕甲脚甲を付けたような格好。際どいですし動けば
揺れるのですが、さほど気にしていないようです。ユリアはメイド
服に似たエプロンドレスに手甲と胸当てを付けて、紫水晶を刃にし
た戦斧を背負っています。露出は少ないのですが、整った容姿と否
が応なしに中身のサイズを想像させられる起伏を持つ胸当てのおか
げで、清楚さとエロさを併せ持っています。
おかげで隊商の男衆が鼻の下を伸ばした情けない顔を披露してる
のですよ、ほんと、男は馬鹿な生き物なのです。その点ボクには一
201
切視線が来ないので安心ですね、見た目は良いといわれましたが、
ハーフゴブリンって紹介されると一気に人が近寄らなくなりました。
複雑ですが親しくない相手にはそっちで通した方が良いとご主人
さまは思っているみたいです。
今回の旅路には他の冒険者の方が同乗するようです。人のよさそ
うな青年にお淑やかそうな僧服の女性のペア。ルルをぼんやりと眺
めていたかと思えば、急にご主人さまを強く睨みつけるようになっ
た茶髪の少年、少年と懇意に話していた慣れた様子の男性冒険者チ
ーム。
人数の多さ的に何とも波乱の予感を覚えますが、無事な旅になる
事を祈りましょうか。
◇
予感は所詮予感ということか、思いのほか旅は順調でした。警戒
は男性陣に任せる代わりにユリアを始めとした女性陣で料理を作る
感じで役割分担です。ボクも手伝おうとしたのですが半ゴブリンに
手伝わせるのは云々と思いきり嫌な顔されたので大人しくしており
ます。
こういう時にありがちな野盗とかモンスターの襲撃なんかも特に
無く、旅の途中ってことでご主人さまもおとなしくしているし実に
平和な旅路です。本日も無事に旅の行程は進み、割り当てられたテ
ント内でボクとユリアはその、放っておくと胸部に溜まってしまう
物の処理をしていました。
﹁あ゛ーあいつほんっとうっぜぇニャ⋮⋮﹂
202
テントの中に入って来たルルが珍しく悪態をつきながらどっかり
とクッションに腰を降ろします。ご主人さま謹製のテント内には我
が家ほどではないですが、野営の最中でも身体を拭いたり休めたり
出来るように様々な魔道具とかふかふかのクッションとか布団が備
え付けられてます。
ワンタッチで開閉できる、ゲームのコテージとかテントシステム
をヒントに作ったようです。完全にオーバーテクノロジーなので表
に出すきはないので今のところボク達専用、役得ですね。
﹁何かあったの?﹂
白い液体で一杯になった瓶をクーラーボックスにしまいながら、
服を着直したユリアが尋ねると、ルルは機嫌悪そうに﹁う゛に゛ゃ
ー!﹂と頭を掻き毟りました。
﹁もう、ほんとアイツなんにゃの!
ねちゃっとした目で人の胸をジロジロ見てくるし、
シュウヤ様のこと馬鹿にするし人の話聞かないし!!﹂
﹁そんな格好してるのが悪いんじゃないのですか⋮⋮﹂
彼女の胸はご立派です、今はビキニ状の革鎧だけで歩く度に揺れ
てるのです。男だったら目が向いてしまうのは当然だと思うのです
が。それでニャ口調、彼女いわく田舎訛りが出るほど荒れるのはち
ょっと理不尽な気もします。
﹁んー⋮⋮何ていうんですかネェ、
見られるのはいいんですよ、結構自慢ですから、
203
でもアレの目線はなんというか、”これを俺の物にしてやる”と
言いたげというか、
自分の物にした後のことを考えてるような感じなんスよ﹂
よくわからないのですが、いやらしさのベクトルが違う感じなの
ですかね。単純にえろいとかいいなーとか、うへへーとか言うんじ
ゃなくて、勝手に自分の所有物にした物を見るような?
﹁あぁ⋮⋮茶髪のあの人ですよね?
私にも色目使って来たんですよ、私は旦那様の物なのでって言っ
たんですが、
﹃あんな奴のところにいたらダメだ﹄とか言い出して⋮⋮ほんと
失礼ですよね﹂
茶髪といえば、あの少年でしょうか。人様の奴隷に何言ってるん
でしょうね。この国では免許を持っている商人以外が奴隷を売買す
ることを禁止しています。なのでご主人さまがボク達を奴隷商に売
り戻さない限り、彼の手元に行くことはないのですよ。
因みに奴隷の首輪の情報書き換え自体は、魔術師の実力が高けれ
ば容易です。ですが奴隷は登録された時点で国の認める正式な身分
として扱われます。だから例えボクが首輪を外そうが主人情報を書
き換えようが、国では”自由民であるシュウヤ・キサラギの奴隷ソ
ラ”としての扱いになります。
ボクが首輪を外して一人でうろついてたら脱走奴隷として捕まり、
次は犯罪奴隷として扱われて、他人が申請無しに主人情報が書き換
えていたら奴隷取引法違反という結構重めの罪に問われちゃうので
す。
204
そんな雁字搦めな奴隷なのですが、悪くない部分もあります。身
分としては最底辺ですが扱いは主人に依るし、強い保護機構も働い
ています。主の許可なく奴隷に乱暴を働こうとすると窃盗罪、器物
損壊みたいな罪で処罰されますしね。優しいご主人さまに飼われれ
ばペットとしては幸せになれるのですよ。
なお現代日本とは違って窃盗とかの罪は重いです。軽かったり反
省が見られる場合は犯罪奴隷に堕ちるだけですが、悪質と判断され
た場合は指とか手首から先とかをイかれた上で犯罪奴隷です。恐ろ
しいですね。
しかも奴隷持ちってのはそれなりの権力者だったり実力者だった
りするので、基本的に手を出したらえらいことになってしまいます。
俺たち盗賊悪いやつーと堂々と胸を張れるようなアウトローでも無
い限りは、可愛い奴隷がいても眺めるだけなのが暗黙の了解なので
す。
﹁何ですかそれ⋮⋮﹂
つまりその茶髪くんの行動はあんまりにもあんまりなのですね。
空気読めてなさすぎというか何というか。
﹁もー、怖がらなくていいんだとか言って、
いきなり頭撫でて耳とか尻尾を触ろうとしてくるしさ
寒気で尻尾の毛がぶわーってなったよ! ぶわーって!﹂
耳と尻尾は獣人にとって相当にデリケートな部位ですので、恋人
以外の異性が触ろうとしたらガチギレして武器を振り回されても、
205
大泣きして逃げられても文句言えないのです。というか普通に考え
て見てください、初対面で女性の耳とかお尻を触ろうとする男の姿
を。
﹁うえ、そんな事してたんですか!?﹂
ハッキリ言ってしまえば間違いなく痴漢野郎なのです。出来れば
ご主人さまに頼んでガードしてもらわないといけないのですけど、
何だかアイツの行動のパターンに既視感があるのですよね。
﹁ソラちゃんも気をつけないとダメだよ?﹂
﹁ボクのところには今のところ来てないので、大丈夫だと思いたい
です﹂
取り敢えずご主人さまに報告なのですよ⋮⋮痴漢対策を練らない
といけません。
206
tmp.18 旅は道連れ︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻2︼−−−−◇︻1︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻2︼−−−−◇︻1︼−−−−
◇︻1︼
[◇TOTAL
−−◇︻1︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻451︼−−◆︻173︼−−
◆︻154︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP60/60
MP32/32[正常]
MP420/420[正常]
[シュウヤ][Lv55]HP772/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP50/50
[ルル][Lv47]HP602/602
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>30
COMBO]>>30
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁痴漢!﹂
207
﹁死すべし!﹂
﹁慈悲はないのです﹂
208
tmp.19 海への道は波乱が一杯
﹁彼女たちを解放しろよ!﹂
町を目前にした野営の準備中、茶髪の彼がご主人さまに向かって
何やら物言いをつけていました。魔法で火を起こしていたご主人さ
まがつまらなそうに一瞥すると、ため息を吐きます。
﹁解放って⋮⋮﹂
ご主人さまに飼われてまだ一年も経っていないのです。解放の許
可が降りるまで最低でも二年以上かかるので、どうしようもないの
ですが。何よりご主人さまのところにいることに不満はないのです。
即席パンの生地をこねるボクの傍らで芋の皮を剥いていたルルと
ユリアが明らかに不機嫌そうな顔で茶髪くんを睨んでますね。
﹁人間は平等なんだ、異種族だからって奴隷にしていい訳がねぇ!﹂
平等なんてこっちの世界に来てから初めて聞いたのですよ。ボク
とご主人様以外は全員意味がわからなくてきょとんとしてしまって
ます。というかその発想が出てくるってまさかコイツ、アレですか、
御同輩?
なんかドヤ顔してルルを見てますけど、ルルは尻尾の毛をふくら
ませて後退ってます。気持ちは解ります、本人的には良いこと言っ
てカッコつけてるつもりでも、視線は胸とかお腹にちらちら向いて
ますからね。
209
まぁその辺はご主人さまもボクの太腿とか鎖骨とかにいやらしい
視線を注いだりしてますが、所有物としては主の行動に文句を言う
権利はないのです。二人はご主人さまのえっちな視線大歓迎みたい
ですし。
﹁いや⋮⋮平等じゃないから奴隷なんて制度があるんだが﹂
個人的には奴隷制度なんてぶっ潰れればいいとは思いますけどね。
﹁それは制度の方が間違ってるんだよ、
人が人を家畜のように扱うなんて間違ってる!﹂
ところで彼は自分が何をやっているかわかっているのでしょうか
ね、他の冒険者や隊商の人たちのイライラゲージが溜まってきてる
んですけど。こんな場所でくだらない理由で仲たがいとか勘弁して
ほしいのです。
﹁君たちだって奴隷から解放されたいと思うだろ!﹂
今度はこちらにまで振って来ました。うちのお猫様が機嫌悪そう
に舌打ちする音が聞こえます。
﹁いえ、別に?﹂
﹁私たち旦那さまの奴隷で幸せですから﹂
﹁ボクた︱︱﹂
﹁こいつが怖いからって無理しなくていいんだ!﹂
﹁︱︱⋮⋮﹂
210
ボク
あぁぱっと見が幼女の意見はどうでもいいんですね解ります。し
んでくれないかなぁ。
﹁あのなぁ⋮⋮﹂
ご主人さまの呆れた声が虚しく森の中に響きました。
◇
﹁あいつまじむかつくのです﹂
怒りに任せて少し固めのパンを噛みちぎります。もともとそんな
に美味しくないのにイライラで美味しくなさがひとしおなのです。
﹁失礼な奴よね、ほんと!﹂
あれから今回の護衛のリーダー格である男性にたしなめられた彼
は別の配置に移動させられて半ば強引な解決となりました。因みに
ボク達はお手伝いはしてますけど、お金を払って馬車に同乗してい
る側です。
護衛の報酬も一部払っているので、彼は護衛対象に色目を使った
り喧嘩を売ったりしてるのですね。信用が大事な冒険者稼業、あん
なことをしてたら干されても文句はいえないのですよ。
最初にボクたちはお客側って説明もちゃんとしてあったはずなの
ですが、彼は聞いていなかったのでしょうか。怒り心頭でみんなそ
ろってディスりまくりですよ。
211
﹁あー、すまなかったなお嬢ちゃんたち﹂
オカズの交換に来たらしい護衛役のリーダー、エレキさんが申し
訳なさそうな顔で頭を下げました。別に彼が悪いことなんてこれっ
ぽっちもないんですけど、なぜいつも悪くない人が頭を下げるので
しょうね。
﹁あいつはシェンロ皇国の出だからなぁ、奴隷ってのが受け付けら
れないらしい﹂
﹁シェンロ皇国?﹂
あんまり聞いたことのない国名ですね。
﹁あぁ、北にある島国でな、
何でも数百年前に異世界から現れた勇者が興した国っていう話だ。
そこでは人権っていうのが尊重されていて、
人は皇のもとにみな平等って考え方が浸透してるとか⋮⋮。
そのせいか奴隷っていう考え方がどうしても肌に合わないみたい
なんだよな﹂
これは完全にあれでしょうか、召喚された人間の作った国なので
しょうね。でも彼にはそれとは全く別次元の気持ち悪さがあります、
興味があるのはルルとユリアだけっぽいですし。大方奴隷の立場か
ら助けて惚れられてうへへーとか考えてるのでしょう。
﹁それとこれとは別ですよ﹂
﹁そうそう、ハッキリ言って近づきたくないです﹂
212
牛猫コンビも意見は同じのようで、エレキさんのフォローはまっ
たく実を結んでいないようです。悪い人ではないんですがね、あれ
をフォローしようとされてもちょっと困ってしまいます。
﹁まぁ、そう邪険にしないでやってくれ、
アイツも一人でこっちに出てきてな、慣れないなりに頑張ってる
んだ﹂
どうにも面倒を見てるポジションみたいで必死なので、これ以上
は無理だと二人にアイコンタクトで矛を収めるように言うと渋々な
がら引き下がってくれました。
﹁実害はなかったですから﹂
﹁譲歩はする﹂
不和は放置しておいて良いものではありませんからねぇ。どうせ
後数日の我慢です、何とか穏便に行きたいものですね。もうほんと
にフラストレーションが溜まるのですよこの環境。イライラを抑え
ながら夕食を終えて。あっという間に時間は夜になりました。
寝入って居ると、僅かに身体をゆすられる感覚に意識を覚醒させ
られます。
﹁ん、ぅ⋮⋮?﹂
うっすらと目を開けると、ご主人さまの顔が目に入りました。ど
うしたのでしょうか。
﹁昼間、他の護衛から近くに綺麗な泉があるって聞いたんだ、
213
今からちょっと水浴びに行かないか?﹂
﹁うぅ⋮⋮いま⋮⋮から?﹂
たたき起こしてまで行きたいのでしょうか、というかご主人さま
なら魔法が使えるんだから安全でしょうし一人で行けばいいのに。
また眠るために毛布に包まろうとした所で今度は力尽くで抱き寄せ
られます。
﹁⋮⋮悪い、正直限界が近いんだ﹂
あ、あぁ⋮⋮そういう、事ですね⋮⋮。三日間よく我慢したとい
うべきなのでしょうか。流石のご主人さまでもここでするのは憚ら
れるみたいです。半ば強引にボクを抱き上げて気配を殺しながらテ
ントを後にしていきます。
ペット
哀れな奴隷はただ身を任せることしか出来ないのです⋮⋮眠い。
◇
次の日は茶髪くんも配置をずらされたおかげで昼間は実に平和で
ストレスフリーな旅でした。でもボクは前日の疲れを引きずってい
たので夕飯を終えてすぐに眠ってしまったのです、事件はその日の
晩に起こりました。
﹁敵襲だぁぁぁー!!﹂
﹁!?﹂
叫び声に飛び起きて、寝ぼけ眼のまま耳をすませると風切り音や
214
剣戟の音が聞こえてきました。ボクが声をかけるまでもなくご主人
さまと二人は既に目を覚ましていて、手早く武器を取り外套を羽織
っています。
﹁俺は迎撃に行く、ルルとユリアはソラを守りつつ隊商と合流、以
後は守りに入れ﹂
﹁﹁はい﹂﹂
﹁ご主人さま、おきをつけて﹂
手早く指示を出して剣を携えて出て行くご主人さまを見送り、ル
ル達とテントの外に出ます。武器のぶつかり合う音がするのでモン
スターではなく野盗の類ですね。先導するルルとしんがりのユリア
に守られながら馬車の方へと向かいます。
流石にこの状態で自分の出番がとか騒ぐほど馬鹿ではありません、
大人しく邪魔にならないようにしながら素早く移動します。時折流
れ矢が飛んできますが全てルルとユリアが打ち払ってくれるので安
心です。
二人共ここ数ヶ月で中級クラスの実力は手に入れてますから、並
の盗賊ならば一対一だと相手にもならないでしょう。とはいえ敵の
数によっては油断出来ません、最悪の事態だけは避けたい所なので
すが。
﹁大丈夫ですか!?﹂
﹁な、なんとかな﹂
215
隊商の使っている馬車まで行くと、彼等を守るようにして男性冒
険者チームの方々が武器を持って馬車の盾になっているようでした。
周りには倒れている野盗の死体が転がってます。こっち側は怪我人
はいても死人はいないようです。
流石に隊商を襲うだけあって結構な数がいるようですね、ご主人
さまなら楽勝でしょうけど他の皆さんが心配です。
﹁取り敢えずここは私達も戦いますので﹂
﹁お嬢様は怪我人の治療をお願いします﹂
﹁あいさー﹂
袖を捲りながら馬車内で寝かされている怪我人の治療に入ります。
ざっと見る限り主な傷口は剣と弓矢のものですね。素人目ながら致
命傷になりそうな人は居なさそうですが、出血の多い人や具合の悪
そうな人もいるので油断はできません。
﹁大丈夫ですから、少し我慢してくださいね﹂
護衛組の僧侶さんがいてくれたら楽なんですが、流石に別に居る
前衛から離れられないでしょう。最初はハーフゴブリンが何しに来
たと露骨に嫌な顔をしていた隊商の方たちですが、治療魔法を見て
少しだけ当たりが柔らかくなりました。
無事なひとに手伝ってもらいながら傷口を洗い、下級の治癒魔法
で傷を塞いでいきます。幸いにもボクの持っているスキルは使わず
に済みそうです。
216
たまに金属のぶつかり合う音が馬車の外から聞こえますが、すぐ
に男の断末魔に変わるので無事でしょう。ボクは治療に集中しまし
ょう。
﹁無事か!?﹂
﹁シュウヤ様!﹂
馬車の外からご主人さまの声とルルの喜色に満ちた声が聞こえま
した。あの猫さんも最近寵愛が薄くなってきて必死みたいですね。
そのまま頑張って夜の方もご主人さまの興味を惹いておいて頂きた
いものです。
﹁二人共無事か、ソラは?﹂
﹁馬車の中で治療をしてます﹂
慌ただしく馬車の扉が開かれました。丁度最後の怪我人に処置し
たところなので良かったのですが、なんか表情が焦ってるように見
えます。
﹁ソラ! こっちに!﹂
﹁はいはい?﹂
隊商の人たちも治療が終わって疎ましそうに見ているのでここに
居る余裕はないですね。呼ばれるままにご主人さまの近くへ行くと
突然抱きあげられました。お姫様抱っこというやつです、勘弁して
ください。
217
﹁ご主人さまどうしたのですか﹂
何だか様子が変なのです、ルルとユリアがガードについてるので
心配はいらないと思うのですが。
﹁⋮⋮おかしいんだ﹂
﹁?﹂
険しい顔でそれだけ言うと、ボクを抱えたまま馬車内を出てしま
いました。詳しいことが気になるのですが何か聞ける雰囲気ではな
いですね。
外に出てみると別の場所で戦っていたっぽい他の護衛さんたちも
集合していました。でもなんか雰囲気がおかしいですね。
﹁全員揃ったか?﹂
﹁あぁ﹂
茶髪のうざいやつと青年と僧侶のペアは無事なようですが、エレ
キさん一行は数人ほど姿が見えません。あまり想像しないようにし
たほうがよさそうですね⋮⋮。
しかし勝利を喜ぶ空気は微塵もありません、それどころか全員が
表情を引き締めていて、まるでこれから別の戦いが始まるような雰
囲気でした。
﹁⋮⋮⋮⋮で、裏切り者はどいつだ?﹂
218
奇しくもそれは正解だったようです。真面目な顔のエレキさんが
苦々しい表情で告げた一言に空気が凍りました。誰も言葉を発せず、
視線だけで周囲を探る緊張感あふれる時間が始まります。
ルルとユリアも不安げにご主人さまに寄り添ってます、ボクは地
面にこそ降ろされましたが回された手はきつく肩を掴み、マントに
隠されるように抱き寄せられています。そのせいか微妙に疑いの視
線が向けられているような気が⋮⋮。
﹁で、何があったんですか?﹂
ご主人さまに聞こえる程度の小声でしたがちゃんと聞こえたよう
で、同じくらいの小声が返って来ます。耳が良いので結構ハッキリ
聞こえます。
﹁どうも野盗の動きに手引きされてた疑いがあるんだ、
こっちの配置を理解した上で動いていたフシがある﹂
何でも敵襲に気づいたのは本当に偶然トイレに起きた人で、その
時点で相手は闇に紛れて荷物を漁っていたようです。綿密な索敵範
囲とは言えなくとも、決して簡単に付けるような隙はなかったはず
です。当日の配置や交代時間を理解してないと完全に見張りをスル
ーして紛れ込むなんてのはまず無理だろうということでした。
すなわち、誰かが手引きした可能性があると。エレキさんは少々
先走り気味ですが仲間を失ったそうなので、少し感情的になってい
るのだろうということでした。
﹁どいつだ! 舐めたマネしやがったクソ野郎は!﹂
219
近くにあった盗賊の身体を蹴り飛ばすエレキさんは、確かに冷静
とは到底言えないような精神状態のようです。いえ、仲間を失った
ばかりの彼に冷静な対応を求めるのはあまりにも冷酷すぎるでしょ
う。
﹁俺、見たぜ﹂
手を挙げたのは茶髪の青年。何故かボクとご主人さまを睨みつけ
ています。何か嫌な予感がしますね。
ゴブリン
﹁そいつとその半野人が昨日の夜中、
二人でこそこそと森の方へ行くのを﹂
﹁にゃっ!?﹂
集まっていた人間の視線がボク達に集まります。他の護衛達と様
子をうかがっていた隊商の方達は強い疑念と怒りに似た感情を。同
僚のメス二匹からは驚愕と嫉妬と憐れみをはらんだ微妙な物を。
ゴブリン
﹁野盗連中とこっそり会ってたんじゃないのか?
野人もどきを連れてるなんて、ろくな奴じゃない﹂
ご、誤解と言いたいけど連れだされていたのは事実です。どうし
ましょう、ご主人さま、まさか素直に真実を言う訳にも。
﹁お前が⋮⋮?﹂
戸惑うボクを尻目にエレキさんが怒りを溜め込んでいました、し
かしご主人さまはその感情が爆発するのに先んじて口を開きます。
220
﹁夜中に抜け出したのは事実だ、
うちのチビが近くに泉があるって聞いて水浴びしたいって言い出
してな﹂
お、おおう、確かに嘘は言っていませんね。後悔はしてますけど。
﹁その割には随分時間がかかったようだが?﹂
茶髪さんが忌々しげに言います。ご主人さまはここからどう受け
流すのでしょうか。
﹁そりゃ、男と女が二人きりで水浴びに行ったんだ、察してくれ﹂
﹁ほあ!?﹂
ちょ!? まさか真正面から受け止めにいきましたか、これは予
想外です。
ゴブリン
﹁嘘付け、見た目が良くても野人なんてゲテモノ食う奴なんかいね
ぇよ!﹂
それでも噛み付くのは茶髪さん。この人そんなにご主人さまが気
に入らないのですね、というかボクのことも気に入らないのですね、
むかつくのです。
﹁好みは人ぞれぞれだろ、俺はこいつが気に入って可愛がってるん
だ﹂
﹁それについては私達も保証します、旦那様はお嬢様を大切にされ
てますから﹂
221
絶妙のタイミングでユリアが合いの手を入れました⋮⋮大切にさ
れてる気が全然しないのは何故でしょうね、むしろ酷使されてます
けど。
﹁誰が何を好きかなんてどうでもいい、問題は裏切り者が誰かって
ことだ!!﹂
言い争いの気配に痺れを切らしたエレキさんが地面に武器を叩き
つけます。あっちも限界が近いみたいですね。
﹁答えろ坊主、裏切り者はてめぇか⋮⋮?﹂
﹁違う﹂
キッパリ否定するご主人さまですが、疑いの視線は消えません。
むしろ強まったような⋮⋮うぅん、ほんとにどうすればいいんでし
ょうか。
222
tmp.19 海への道は波乱が一杯︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻5︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻5︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻454︼−−◆︻172︼−−
◆︻153︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP60/60
MP32/32[正常]
MP420/420[正常]
[シュウヤ][Lv55]HP772/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP50/50
[ルル][Lv47]HP602/602
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>30
COMBO]>>30
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁うわぁん、まさかハーフゴブリンの異名がこんな所で響くとは!﹂
223
﹁︵せんぱい、朝から妙にシュウヤ様の匂いが濃いと思ったら⋮⋮︶
﹂
﹁︵道理で旦那様がスッキリした顔をしてたわけです⋮⋮︶﹂
224
tmp.20 残念な結末
﹁そいつはハーフゴブリンだ、ろくな事しないに決まってる!﹂
﹁治療に協力したのだって言い逃れの為かもしれない﹂
﹁やっぱりそいつらが野盗を手引きしたんじゃ⋮⋮﹂
﹁だから違うって言ってるだろう!﹂
﹁あの⋮⋮いいですか?﹂
ボク達が犯人だと主張する茶髪くんと、ボクが実は野盗とつなが
ってるんじゃと疑う隊商の代表格、裏切り者はどいつだと憤怒する
エレキさん、違うと主張するご主人さま、野外だなんてワイルドで
す、ずるいですと小声できゃんきゃん騒ぐうちの色ボケたメスども。
カオスの極まる空間を一刀両断する声が上がりました。
斬り込んできた勇者は優しそうな青年と可愛らしいという言葉が
似合う僧侶の彼女ペアのうち、僧侶さんの方。ちらちらとボクを見
ながら控えめに主張します。
﹁そもそもその子、本当にハーフゴブリンなんですか?
それにしては随分と見た目も小奇麗で可愛らしいし、
お行儀も良いし、何よりゴブリンは魔法を使えませんよ﹂
ナイスフォローというべきか、余計な事をと毒づくべきか悩みま
す。彼女のフォローは決してプラス要素だけではありません、ボク
225
の種族がバレたらやばい連中に目をつけられる可能性もあります。
いくら奴隷を所有する権利は守られていると言っても、より上位者
が欲しがればねじ曲げられるでしょう。
﹁言われて、みれば⋮⋮﹂
﹁でも、他に何の種族だっていうんだ?﹂
裏切り者探しの話題はどこへ飛んでいったのか、マントに隠れる
ボクの⋮⋮特に耳に無遠慮な視線が集まります。尖った耳という特
徴を持つ種族は少ないです、最も有名なエルフ以外ではドワーフ、
ゴブリン⋮⋮ですがどちらも魔法に適性を持ちません。
﹁⋮⋮まさか、エルフ?﹂
﹁いや、そんな馬鹿な、エルフはとっくに絶滅したって﹂
隊商の一人がぽつりとつぶやくと、言葉で生まれた動揺が広まり
ます。うぅ、まさかこんな簡単にバレるとは、情報さえ揃ってしま
えばこんなものなのですね。
因みに奴隷商を騙し通せたのは﹁この人になら安心して身を任せ
ても良い! という相手が見付かるまでは粗野なゴブリンの振りを
しておきなさい﹂とアドバイスしてくれた、隣の商品牢にいた元冒
険者のお姉さんのおかげです。面倒見の良い方で幼い奴隷たちに慕
われている方でした。尤もそのせいで子どもたちへの見せしめの為、
ライブで魔獣の慰みものになった挙句物理的に食われてしまいまし
たが。
今にして思えばあれが完全に奴隷として屈服させられた瞬間でし
226
たね。あの光景が脳裏に焼き付いてるので、あんな目に遭うくらい
なら男の尊厳を切り売りするくらい、ご主人さまに女の子として可
愛がられるくらいはどうってことないのです⋮⋮えぇ。
﹁エルフって、ハーフか?﹂
﹁いや、ハーフでも⋮⋮﹂
隊商や一部の冒険者の目が金貨になってますね、非常に解りやす
いのです。昨日までは安全だったのにあっという間にこの状況です、
ハーフゴブリンフィルターがどれほど優秀か分かる一例でした。
﹁一応言っておくが、敵に回るなら容赦しないぞ?﹂
﹁う、わ、解っている⋮⋮﹂
というのは隊商の筆頭らしき商人さん、とてもわかってない顔で
すね。ルルの言っていた不快さが解るのです。
﹁すでに自分の物にしたつもりで金勘定する目ってあんな感じでし
ょうか?﹂
﹁はい、あんな感じです﹂
どうやらボクの推測は完璧だったようです、ボクの観察力も物に
なって来ましたね。暫くご主人さまにひっついて離れないようにし
ましょう。嫌がることはないはずですきっと。
﹁だから⋮⋮そんなことはどうでもいいって言ってんだろうが!
一体どいつなんだよ、裏切りものは! 出てきやがれ、俺がこの
手でぶち殺してやる!!﹂
227
横道にそれた会話の最中、ついに我慢の限界を超えたエレキさん
が血走った目で剣を構えてしまいました。彼は案外仲間思いだった
のですね。
﹁だからそいつらだろ!
平然と女の子を奴隷にするような奴だぞ、盗賊と繋がっていても
おかしくねぇ!﹂
まだ茶髪くんは諦めていないようです。ゴブリン混じりでないと
わかった瞬間ボクに妙な目を向けてくるようになったあたり
﹁なんだその発想は⋮⋮違うと言ってるだろう。
そもそも繋がっているなら攻撃したりしないし、
そういうお前は襲撃の最中どこに行っていたんだ、
見張りだったんだろう? 姿を見なかったが﹂
そういえば、茶髪くんの姿は見なかったですね。ルルとユリアに
目線を向けても見ていないと首を横に振ります。こちらにもご主人
さま達とも居なかったし、襲撃の中一人きりだったくせに無傷でし
た。
﹁な、お、お前、言うに事欠いて俺を疑うのか!?﹂
﹁別に疑ってる訳じゃない、どこに行っていたか聞いているんだ﹂
何か物凄い動揺してますね、汗が凄いのです。目が正直な人だと
思ってましたが根本的に嘘がつけないだけだったのでしょうか。自
供しているに等しいお粗末な態度にエレキさん以外から疑いの視線
が集まります。
228
﹁お、俺は⋮⋮違う、俺じゃない、信じてくれエレキさん!﹂
最終的に彼はエレキさんに泣きつきました。なんか凄い情けない
のです。
﹁てめぇら、俺の仲間を疑うのか!﹂
﹁その態度はちょっとね、
どこに行っていたのか説明してもらえると疑惑も解けると思うけ
ど﹂
優しそうな顔の青年が困ったように言います、確かに正論です。
満場一致で首が縦に振られました。彼の顔が青ざめていきます、怪
しいとかそんな生やさしいレベルじゃありません。よくみてみると、
仕切りに胸元を気にして手で抑えています⋮⋮これは、何か隠して
ますね?
﹁ご主人さま、あの人胸元に何か隠してます!!﹂
﹁なっあ!? クソガキィ!!﹂
指をさして指摘すると思い切り激昂しました、図星だったみたい
です。分前でも隠しているのでしょうか。
﹁おい⋮⋮カウル、どういうことだ?
事と次第によっちゃ許さねぇぞ!﹂
ここに来てちょっと冷静さを取り戻したのか、エレキさんが信じ
られないという顔で茶髪くんを見ています。彼はどんどん顔が青ざ
229
めて、汗も酷いです。青年を中心にエレキさんの仲間がじりじりと
包囲を狭めて行き、彼の逃げ場がなくなります。
﹁や、やめろ、俺は何もしていない!!﹂
必死に服の胸元を庇いながら叫ぶ彼をついに仲間たちが取り押さ
えます。
﹁だったら何を隠しているか見せろ!﹂
﹁やめろぉぉぉぉぉ!﹂
叫ぶ彼の服の中から、ついに隠し通そうとしていたものが引きず
りだされました。髭面の男の手に握られていたのは、一見すると数
枚の白い布切れ。
﹁⋮⋮なんだ、これ?﹂
困惑した彼が広げた布は三角で、フリルやレースで縁取られて可
愛らしく仕上げられています。それは見覚えのあるものでした、そ
う、その布切れはボクの友人でも有り同僚でもある少女たちが好ん
で使っていた⋮⋮。
﹁﹁あ、あぁぁぁ! 私たちの下着!!﹂﹂
ぱんつだったのです。
◇
事の顛末は酷くお粗末なものでした。見張りだった彼はつい魔が
230
差して、テントの脇に陰干しされていたボク達の衣類の中からルル
とユリアの下着を盗むのに夢中になってました。そのせいで見張り
の居なくなった部分から侵入されたみたいです。そもそも内通者な
んて居なかったのですね。
とはいえ一応ボク達も護衛対象、その所有物を盗んだ挙句に仕事
まで疎かにしてた彼には重大なペナルティが課せられるようです。
因みに下着はルルとユリア達たっての願いで焼却処分されました。
何か湿ってたので。
下着を盗まれてショックを受けていたかと思いきや、あっさり新
しい可愛い下着が欲しいのーとおねだりを始めた彼女たちの逞しさ
に脱帽です。デーナにはシェンロ皇国を始めとした海外からの交易
品も集まるらしいので、ついでにそこでショッピングをしようとい
う話になってます。
女性用下着と言えばシェンロ皇国と呼ばれるくらい、かつての召
喚者は影響を残したようです。何しろコスプレ文化を根付かせたら
しいですからね、エロの力は凄まじいのです。
何故かボクの分まで可愛らしい下着を買ってもらえる事になった
ので良かったような良くなかったような、ご主人さまに見せるため
に可愛く着飾るとかうげーっなのです。
そんなこんなで旅の日程は全て終了、白岩を削られて作られた港
街、デーナに到着したのでした。
﹁本当にすまなかった﹂
﹁お、俺は悪くない! 助けてくれルル、ユリア!﹂
231
縛り上げられた茶髪くん、カウルくんでしたっけ。何でこんなに
馴れ馴れしいんですかね。
﹁ちょっと、何で下着泥棒に呼び捨てにされなきゃいけないのよ﹂
﹁あんまり馴れ馴れしくしないで頂けますか?﹂
ほら、あっという間に不機嫌度マックスですよ、これ彼女たちの
ご機嫌とるのボクの仕事なんですよね。ご主人さまはほぼスルーす
るつもりのようです。
﹁何でそんな冷たいことを言うんだよ!﹂
恋は盲目と言っても完全に何も見えてない、元気に頭沸いてる方
でしたねぇ。遠い所で幸せになってください。
﹁じゃあコイツは連れて行くから、あんた達も元気でな﹂
﹁くそっお前だな、お前が魔法で二人を洗脳したんだろう!!﹂
﹁⋮⋮あぁ、そっちも元気で﹂
ご主人さまも嫌なのかカウル君に目を合わせようともしません。
というか誰も相手にしてませんね。ここまで来ると面白いです珍獣
みたいで。でもそろそろお別れですね。
ゴブリン
﹁では、カウルくんも元︱︱﹂
﹁黙れ半野人、口がくせぇんだよ吐き気がする!!﹂
﹁︱︱気じゃなくなることを祈ります、えぇ﹂
232
ふん、別にこんな馬鹿の暴言なんて甚くも痒くもないのですよ、
ちゃんと毎朝舌まで磨いてますしね!
﹁大丈夫ですよ、せんぱい、匂い全然しません﹂
﹁どっちかというと仄かに花の良い匂いがしますよね、全体的に﹂
フォローすんなし!!
﹁くそおぉぉぉぉ、覚えてろよてめぇら、二人は必ず俺が救い出す
!!﹂
引きずられて処罰のためにギルドへ移送されるカウルくんに手を
振って、ボクたちは予約してある宿の方へと歩き出しました。
﹁どういう環境なら人間があんな面白く育つんでしょうねぇ⋮⋮﹂
﹁きっと誰も人の話を聞かない環境でしょうね﹂
ユリアも相当頭に来てるのですね、明日はお買い物して気を晴ら
しましょう。幸い彼から賠償金を沢山せしめたみたいですし、ご主
人さまからもお小遣いがたくさん出ています。
何はともあれ、めんどくさいのとも離れられたし今日はゆっくり
宿で休むのですよ。
◇
ご主人さまの取ったホテルはセキュリティがしっかりしていて落
ち着いた良いところでした。複数のパーティ用で、リビングにあた
る部分に寝室が二つ繋がってるような形式の部屋。値段は中の上く
233
らいで冒険者が泊まるには結構割高みたいです。
部屋の中は木造でとても綺麗に整えられていました。荷物を金庫
にしまい、もらってきたお湯で軽く身体を清めると、二部屋に分か
れて眠ることになってます。片方はボクとご主人さま、片方はルル
とユリア。
何か羨ましそうな顔をする二人に見送られながら部屋にはいりま
す、後からご主人さまがついてきました。ところが部屋の中には少
し予想と異なる光景が広がっていました。
﹁あの、あの、ご主人さま、ベッドが一つしかないのですけど﹂
おかしいですね、複数のパーティ用と聞いていたので寝室のベッ
ドも複数用意されてると思ったのですが。聞いてみたボクにご主人
さまは笑顔で答えます。
﹁疲れてるから、大きなベッドの方がゆっくり寝られるだろ?﹂
なるほど、気を使ってくれたのですね。確かに大きくてふかふか
そうです。二つセット担っているハートマークの枕が可愛いです。
ベッドを眺めていると背後でガチャリと音がしました。
﹁あの、ご主人さま、何で内鍵を締めるんですか?﹂
﹁そりゃあ、戸締りをきちんとしないと危ないだろう?﹂
確かにその通りなのです。いくら部屋の中に身内しかいないはず
といっても鍵をかけないのは不用心ですからね。納得していると今
度は膝の下に腕を差し入れられて抱き上げられました。ご主人さま
234
はそのままベッドに直行します。
﹁あの、ご主人さま、何でベッドに抱いて運ぶのですか?﹂
﹁疲れてるだろ、遠慮しなくていいよ﹂
気を使ってくれてるみたいです、女の子ならきゅんってしちゃう
のかもしれませんね。ぼくはうんともすんともいいませんけど。柔
らかいベッドに上に優しく寝かされたボクの服にご主人さまが手を
かけます。
﹁あの、ご主人さま、何で服を脱がすのですか?﹂
﹁その服のままじゃ寝苦しいだろう?﹂
確かに着心地がいいと言っても寝間着にできるほどじゃありませ
ん。でも、でもね?
﹁あの、ご主人さま、なんでぱんつを脱がそうとするのですか?﹂
何故か下着にまで手をかけたご主人さまに若干の怯えを混じらせ
た視線を送ると、先程まで優しく微笑んでいたはずのご主人さまの
横顔が照らしだされます。その時ご主人さまの顔はまるで︱︱
﹁それはね⋮⋮ソラが可愛いからだよ﹂
︱︱そう、まるで飢えた狼のようだったのです。
235
tmp.20 残念な結末︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻15︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻15︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻469︼−−◆︻172︼−−
◆︻153︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP60/60
MP32/32[正常]
MP420/420[正常]
[シュウヤ][Lv55]HP772/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP50/50
[ルル][Lv47]HP602/602
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>30
COMBO]>>30
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁赤ずきんの気持ちが分かりました、そしてまた腰が抜けたのです
236
よ変態野郎め⋮⋮﹂
﹁﹁︵⋮⋮いいなぁ︶﹂
237
tmp.21 もう一人の異邦人
今日はお買い物です。ルルとユリアは潮の香りに顔をしかめてま
すがすぐに慣れるでしょう。露店通りを冷やかしながら歩いている
と、本当に色々な物が集まっているのが解ります。食べ物はもちろ
ん、服や小物とかの露店もあります。
そんな中、ボクとご主人さまはシェンロ皇国から流れてきたとい
う商品を専用に扱っている、少し大きめの区画の中で目を輝かせて
いました。
﹁お米、お米ですよご主人さま!!﹂
﹁あぁ、米だ!﹂
今日は数ヶ月ぶりにシェンロから大きな商船がやってきたので丁
度物産展みたいなものが開かれているみたいですね。ご主人さまも
知らなかったようで、袋詰にされた白米を見て思わず抱き合ってし
まいました。
お米のせいでテンションがうなぎ登りです、かつての勇者が苦労
して作り上げた物品なのでしょうね、勇者バンザイです。
﹁何か二人だけで盛り上がってる⋮⋮﹂
﹁よ、良かったですね旦那様、お嬢様﹂
二人には申し訳ないけど、諦めていたものが手に入った喜びはと
238
てもじゃないけど抑えられないのですよ。暫くは勘弁して頂きたい。
﹁醤油と味噌もあるのです、魚と合わせて朝ごはんが、夢にまで見
た和食が!!﹂
﹁よし、買い占めるぞ! ユリアとルルはソラの護衛!﹂
早速手分けして買い付けに走るのですよ!
◇
﹁うぉぉぉぉぉ、米だああああ!!﹂
ルルとユリアの胸部装甲の力で値引き交渉をしていると、背後か
ら絶叫が聞こえて来ました。若い男性の声ですね、何事かと思って
振り返ると黒髪の青年が大騒ぎしていました。ブラウンカラーのマ
ントを羽織った後ろ姿からご主人さまではないみたいです。
黒髪は珍しいですがシェンロの人⋮⋮って訳でも無さそうですね。
彼はキョロキョロと市場の商品を見渡して、先ほどのご主人さまを
思い出したのかきょとんとしながら見ているボク達三人を目敏くと
見つけると、一際目を輝かせました。
﹁おぉぉぉ、猫耳! エルフ! 牛耳!?﹂
エルフという言葉を聞いて周囲が一気にざわつきました。余計な
こと言いすぎなのですよこのお兄さんは⋮⋮顔立ちは完全に日本人
ですけど、この反応といいまさか?
﹁本物だ! 耳触らせてください!﹂
239
上がりきったテンションのまま鼻息荒く詰め寄ってきた彼は、返
事を待たずにルルの頭の上にピンと立った猫の耳に手を伸ばして掴
み。
﹁ひっ!? いやぁぁぁぁ!!﹂
思い切り顔面をぶん殴られて吹き飛びました。こんな女の子らし
い悲鳴は初めて聞きました、確かにテンションだけで突っ切ろうと
する彼はネットリとした茶髪くんと比べてキモいより怖いが勝りま
す。
﹁ふべふっ!?﹂
割りと手加減なしでやったのか彼は一回転して地面に無様に転が
りました。痴漢は撃退されましたがエルフ発言が尾を引いて微妙に
騒ぎが持続しています。視線がボクの耳に突き刺さるのです。
﹁お嬢ちゃん、エルフなのかい?﹂
﹁いいえ、ドワーフなのです﹂
﹁お嬢さま、お可愛らしいのでたまに間違われてしまうんですよ﹂
ハーフゴブリンは男よけに最適ですが余計な波乱も招きかねない
ので、街ではドワーフという方向に切り替えたのですがね。ユリア
と一緒にした誤魔化しが通じてくれる事を祈りましょう。ただその
誤魔化し方はどうかと思いますけどね。
﹁ほーそうなのかい、確かにエルフは美人だっていわれてるしねぇ、
240
お嬢ちゃんくらい可愛かったら間違われることもあるかもね、
ご主人さまも可愛くて仕方ないだろうねぇ﹂
﹁ふふ、いつも旦那様に愛されていて羨ましいくらいですよ﹂
嬉しくはないんですけどね⋮⋮でもそのおかげで自由にできてる
と拒否するのもあれです、理想はほんと、夜のご寵愛だけ二人に向
かってくれることなんですけど、ままなりません。
﹁それじゃあ、失礼しますね⋮⋮ルルも行くよ﹂
にゃん
﹁なんニャの! 旅に出てから何であたしばかり痴漢に遭うの!?﹂
ユリアは商品を受け取ると頭を掻き毟りながらヒステリックに叫
ぶルルを呼び、ボクの手を引いて足早にその場を離れました。日本
人っぽい彼の状態が気になりますけどこれ以上この場に留まるとめ
んどくさいことになりそうです。
一部の人間がボク達を狙って動き出したのが原因ですね、ボクと
ユリアを誘拐しようと考えているのでしょう。奴隷の保護が効くと
いっても国内だけ、海外に連れ出してしまえばボクとユリアだけで
遊んで暮らせるだけの金が手に入るでしょうしね。
全く余計なことをしてくれたものですね、マントの下が学生服な
あたり、こっち来たばかりなのか無自覚なんでしょうし、米を見て
異種族を見てテンションが上がった気持ちは分かるんですけどね。
こっちの地方だと異種族はあんまり表を出歩かないですから、初め
て見たファンタジー種族に興奮したのでしょう。
とりあえず後でご主人さまに報告しておいて対応してもらうとし
241
ましょう。人目を避けるように区画の出口まで行くと、ご主人さま
がこっちに小走りで駆けてきます。
﹁何があった?﹂
どうやら騒ぎを聞きつけていたようです。心配そうな顔をしてい
ます。手ぶらなのは全部アイテムボックスにしまったのでしょうね。
﹁痴漢ですよ、また痴漢がでたんです!﹂
﹁ちょっと興奮した男の人がルルちゃんに痴漢行為を働いて⋮⋮、
その時にちょっと、お嬢様のことをエルフって大声で呼んで﹂
﹁ご主人さま、あとでお話したいことが﹂
三者三様の返答でしたがなんと何となく事情は察知したようです、
やや表情を硬くしながら肩を抱かれて区画を後にしました。どうや
ら後を付いて来ていた不届き者が居たみたいで、途中でご主人さま
が離れて何かした後、かなり複雑なルートを歩いて宿に辿り着きま
した。
うぅ、安息の日々はどこへいってしまったのでしょう⋮⋮。
◇
その日の夜、二人きりで身体を拭いてもらいながら今日会った男
性が日本人の転移者かもしれないという疑惑と推理をご主人さまに
話していました。
﹁︱︱たぶん、彼も日本人だと思います﹂
242
﹁そうか⋮⋮一度話してみたいな﹂
神妙な顔で聞いていたご主人さまが、ボクの耳を撫でながら頷き
ます。やはり同郷の者は気になりますよね。特徴からしてもほぼ間
違いないと思いますし、僕も話してみたいです。
﹁明日落ち着いたら探してみるよ、お前は絶対に一人で出歩かない
ようにな、
このへんだと精々ならず者くらいしか居ないだろうが、用心はし
とくべきだ﹂
膝の上に乗せたボクのお腹を、出会ったばかりの頃と比べ随分と
逞しくなった手が撫で回しています。身体を拭いているはずなのに
タオルは大きな木製盥の中に浮かんだまま、おかしいですね。
﹁解りました、室内でも出来る限りルルかユリアと一緒にいるよう
にします﹂
﹁あぁ、本当に気をつけてくれよ?﹂
手がゆっくりと移動するのを、震えながら見下ろしつつ答えます。
危機を知らせるアラートは全開で鳴り響いております。でも逃げら
れなんですよね悲しいことに。
え、何でかって? ボクの両手は今バンザイのような体勢で、ご
主人さまの首の後で重ねるように縛られています。解けない程度に
緩く縛った後、体格差のある相手に腕の隙間に頭を通されると割と
冗談抜きに動けなくなるんですね、初めて知りました。
243
﹁はい⋮⋮ところでご主人さま﹂
﹁ん?﹂
耳をあむあむされて、上半身にぶわっと鳥肌が立ちそうになりま
すが必死で我慢しながらリアクションを殺します。
﹁今ボクの身に凄い危機的状況が迫っているのですが、どうすれば
いいでしょうか?﹂
﹁心配はいらないさ、お前に何かあった時は必ず俺が助けてやるか
ら﹂
聞いたこともないくらい優しい声が耳に囁かれます。これが普通
の状況ならキュンってなってあげてもいいんですけど、残念ながら
現在進行形で”何かあってる最中”のボクには適用されないのです
ね、だって最大の敵はご主人さまなんですから。
﹁そうですか、じゃあ早速助けて欲しいのです、
変態に襲われてて大ピンチなのですよ、このままでは穢されてし
まいます﹂
このままでは連日連夜何がどうしてこうなってそうなる運命が待
ち受けているでしょう、ボクの身体が持ちません、腰がぶっ壊れま
す。
﹁それは大変だ、しっかり綺麗にしてやるから安心しろ﹂
手遅れだって言いたいんですねわかりたくありません。昨日はす
ごく頑張ったのに、羞恥で死にそうになるのを我慢してお兄ちゃん
244
とか呼んであげたのにあんまりです! 今日はもう解放してくださ
い!
﹁いやぁぁぁ、助けむぐぅぅぅぅ!﹂
﹁そうか、今日は囚われのお姫様扱いがお望みか﹂
口を塞がれながら暴れていると、寝室の扉が開いて救世主が突入
して来ました。そういえば今日は鍵をかけていませんでしたね、ボ
クが速攻で捕虜となったから必要なかったのでしょう。
﹁シュウヤ様!﹂
﹁旦那様!﹂
食卓にあげられた料理のごとき状態のボクを見た二人は、表情を
険しくさせながらご主人さまを見て声を荒げます。
﹁せんぱいばっかりずるいです!﹂
﹁お嬢様ばっかりずるいです!﹂
⋮⋮どうやら、ボクに味方は存在しないようです。もうだめだ。
﹁⋮⋮どうする?﹂
ごしゅじんさま
﹁煮るなり、焼くなり、好きにするがいいのですよ⋮⋮変態野郎様﹂
245
tmp.21 もう一人の異邦人︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻6︼−−−−◇︻4︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻3︼−−−−◇︻2︼−−−−
◇︻2︼
[◇TOTAL
−−◇︻5︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻475︼−−◆︻176︼−−
◆︻158︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP60/60
MP32/32[正常]
MP420/420[正常]
[シュウヤ][Lv55]HP772/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP50/50
[ルル][Lv47]HP602/602
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>30
COMBO]>>30
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁宿の人にシーツを汚しすぎだと怒られてしまいました﹂
246
﹁せんぱい、気をつけないとダメですよ?﹂
﹁ボクは悪くないボクは悪くないボクは悪くない⋮⋮﹂
247
tmp.22 餅を焼くなら磯辺焼き
﹁昨日はすいませんでしたぁぁぁぁ!!﹂
うん、久しぶりに土下座なんてものを見ました。翌日、フードで
顔を隠して日本人らしき彼を探し冒険者ギルドのデーナ支部に顔を
出してみると、偶然にも顔を腫らした彼が居て、ルルの姿を見るな
り土下座をしてきたのです。
﹁う、え⋮⋮?﹂
初動に警戒しまくっていたルルは突然の見慣れぬ謝罪にあからさ
まに動揺してます。こっちには土下座っていう文化ないですものね、
平伏は謝意ではなく服従と恭順を示すものですから、周りの人達も
完全に置いてけぼりです。
﹁いや、あの、昨日はテンション上がりまくってて、
憧れの猫耳を見つけてつい手が伸びて⋮⋮ほんと申し訳ありませ
んでした!﹂
﹁⋮⋮え、えーっと、謝ってる、のよね?
とりあえずもう二度とやらないで、後私には近付かないで﹂
ピシャりと言い放つルル、まぁ悪気がなくても痴漢するような男
はそう簡単に許せませんよね。彼はもっと深く反省をするべきなの
です。
﹁わ、わかり、ました⋮⋮﹂
248
彼はまだ未練タラタラな様子でルルを見ていますが、とりあえず
言われたとおりに近づかないようことにしたみたいです、あからさ
まにしょんぼりしてますね。
﹁あと、私はシュウヤ様の所有物だから、
謝る気があるんならシュウヤ様にも謝ってよ﹂
所有物と聞いて彼はピクりと顔を上げて、難しそうな顔をしてル
ルの首に付けられているチョーカー型の首輪を見つめてます。
﹁所有物⋮⋮って?﹂
﹁私たちは奴隷だから、主の所有物なの、
人様のものに勝手に触れるのは犯罪なのよ?﹂
何故か奴隷なのに胸を張って威張るルルですが、彼は酷くショッ
クを受けた様子で狼狽しはじめました。
﹁奴隷って⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ボクたち三人ともこちらのご主人さまの所有物なのです、
もちろん大事にされて⋮⋮るはずなので同情とかはいらないので
す﹂
あの茶髪くんみたいに変な勘違いされる前に先手を打っておきま
す。彼みたいに暴走した挙句違約金やら補償金、死んだ仲間たちへ
の見舞い金が積み重なって借金地獄に堕ちるのを見るのは忍びない
のです。
戸惑った様子の彼が僕達の先頭にいたご主人さまを見つけて、驚
249
きに目を見開きます。ご主人さまは日本人ですからね、顔の作りも
違いますし同郷の人間が見ればわかります。ご主人さまに動揺がな
いのは僕が事前に伝えていたからでしょう。
﹁あんた、まさか⋮⋮﹂
きさらぎ しゅうや
﹁初めまして、俺は如月秋夜だ﹂
先手を打って先に挨拶を済ませたご主人さまに面食らった様子の
彼が、戸惑いもそのままに返礼しました。
かさい まこと
﹁や、っぱり⋮⋮お、俺は葛西誠、17だ!﹂
やっぱり彼は、日本人でした。
◇
葛西さんが転移したのはこちらの暦で三ヶ月ほど前。学校に行こ
うと玄関を開けて外に出た瞬間、見知らぬ森の中にいたそうな。そ
れからはサバイバル生活で森を抜けて、親切な冒険者のおじさんに
助けられて旅をしながらやっとここにたどり着いたのだとか。
で、数ヶ月間ずっと諦めてたお米を見つけて発狂、更に異世界で
初めて見た亜人トリオを見てタガが外れて犯行に及んだらしいので
す。はた迷惑な話ですね。
以上がギルドに併設された酒場で聞いたお話なのです。彼もそれ
いま
なりに苦労してきたようですね。一頻り泣き言を言ってご主人さま
に励まされた現在は、欲望のほうが勝ったのかちらちらとルルを見
ては奴隷の購入方法とか使い勝手について聞いているようです。
250
少し前まで奴隷だなんてそんな可哀想にと言いたげな顔をしてい
たのに、これが若さって奴なのですね。二人まとめてもげればいい
のですよ。変態どもめ。
﹁俺にも憧れの猫耳奴隷が⋮⋮﹂
﹁また開き直ったなぁ﹂
奴隷が合法でしょうがないもの、扱いを良くすることで一人を助
けてやったと思えばいいという、ご主人さまの巧みなすり替えによ
って罪悪感の矛先を変えた彼は、欲望に忠実に理想の猫耳奴隷を手
に入れる計画を練っているようでした。
えーっと確か15歳前後の女の子の獣人族は犬族が金貨20枚、
猫族が金貨12枚、兎族が8枚が相場でしたっけ。中級冒険者なら
頑張れば2∼3年でたまる額ですね、猫耳奴隷といちゃいちゃでき
る日がいつ来るかは彼の頑張り次第でしょう。
値段についてですが、この三種族は結構数が居るのです。犬族が
高いのは種族の特徴として勤勉かつ上位者に忠実というものがある
ので、躾をしやすいことと奴隷としては非常に扱いやすい事が理由
らしいです。
猫族は主を認めた相手は立てますが奔放な所があるので少々扱い
にくく、兎族はあんまり頭がよろしくないので性奴隷くらいにしか
使えないそうです、容姿は良いので。
そう考えるとルルが猫耳族の中でもかなり高値がつけられていた
のが解りますね、ユリアに至っては他種族ぶっちぎりです。ボクの
251
値段については正当な評価ではないので気にしないのです。えぇ、
気にしないったら気にしないのです。
﹁男の人って⋮⋮﹂
別のテーブルで男同士、理想の乳談義を始めたのを見てユリアが
軽く絶望してます。ルルは平然としてますけど、これが一度男に捨
てられた経験があるかないかの違いでしょうか。悲しい差なのです。
しかしいつだったかアッチが強いのも雄の魅力の一つだと言って
いた気がするんですが、この落差は何なんでしょうね。
﹁最近のシュウヤ様、せんぱいばっかり可愛がってるから拗ねてる
んですよ﹂
ユリアの反応に悩んでいると密偵から答えが返って来ました。こ
れは後でもっと他の奴隷にも気を配るように言っておかなければい
けないかもしれません。不満は早い内に解消しておくに限りますか
らね、ボク抜きで頑張ってもらいたいです。
◇
ご主人さまと葛西さんはエロ談義を通じて意気投合したらしく、
ボク達の泊まっている宿に場所を移して何故か酒盛り状態になって
いました。未成年が飲んでいいのかとも思ったのですが、こちらの
成人は15歳でそもそも飲酒を禁じる法律はありません。小さな子
供に強い酒を飲ませるのはあまり推奨されないようですが、逆に言
えばその程度。
そんな訳で宿の一階にあたるバーラウンジで、ボクたちにも口当
252
たりの柔らかいお酒が振舞われていました。お酒と言ってもジュー
スに近い感じのようで、苦いけど飲もうと思えば飲める味です。
まぁボクはジュースのほうが好きですね。
﹁ふあー、これ美味しいー!﹂
﹁そういえばお酒を飲むのは久しぶりな気がしますね﹂
ルルとユリアも楽しんでいるようです、というかルルが案外ハイ
ペースなんですが大丈夫でしょうか。ご主人さま達も意外と強いよ
うで、異世界故に堂々と酒が飲めると肩を組んで乾杯してたりしま
す。
途中で日本の話題で盛り上がったりしていて何だか楽しそうです
⋮⋮、ボクと話してる時はずっとにこにこしててもあんなに楽しそ
うに笑っているのは見たことないのに。何だか腑に落ちないのです
よ。
﹁せ、せんぱい、ちょっと飲み過ぎじゃ?﹂
﹁ひんぱい、いらないのれす、これ、よわいおしゃけれしゅから﹂
あんまり強くないと聞いているのです、ルルは心配症ですね。今
だって全然平然としてるのに。
﹁これ、強くないって”火酒と比べて”だった気が⋮⋮﹂
大体にして、ご主人さまは勝手なのです。そりゃ最初はボクのほ
うから買ってくれってアピールしましたけど、奴隷だからってこっ
253
ちの意思を無視して押し倒してきたり、あんなことや、あまつさえ
そんな事までしてきたのに。
それでも、故郷の話ができる人間が傍にいるのは嬉しくて、ご主
人さまもそうだと思ってたんですけどね、結局ボクに求めてたのは
身体だけだったって事ですか、そうですか。
グラスを一気に煽ると、流石にちょっとクラッときました。
漫画の話、学校の話、スポーツの話、ドラマの話、映画の話。二
人はまるで今まで貯めていたもの全て吐き出すように話しを続けて
います。ボクだって混ざれるのに、解る話題が一杯あるのに、ボク
はあの場に求められてません。
無性に腹が経ってムカムカします。なんですか、ボクのことさん
ざん好きだって言ってたくせに、毎日のように愛してるっていって
くるくせに、本物の日本人がきたらポイ捨てですか。所詮偽物の女
で偽物の日本人なんてお呼びじゃないって事ですか。
﹁せんぱい、もうその辺に⋮⋮﹂
うるさいのです、ご主人さまに一発ガツンと文句を言ってやりま
す。っとと、立っただけで酷い立ちくらみが、ふらふらします。
目眩を我慢してご主人さま達のところへ行くと、取り敢えずご主
人さまの膝にどっかと座り込んでもう一人のしょうゆ顔を睨みつけ
ます。いきなり現れて何のつもりなんですかね、新参者め。
﹁⋮⋮ソラ?﹂
254
﹁え、えーっと? シュウヤ、これは﹂
何ですかその眼は、なんか文句あるんですか! 今までも散々、
ボクが嫌がっても膝の上に乗っけようとしてきておいて、やっぱり
いらないこですか、役立たずは捨てられるのですか! 認めません、
ぽっとでの同郷人なんかにこの安全安心な場所は渡さないのです。
﹁ごしゅりんひゃま、は、ぼくと、はなしゅの、れす!﹂
はん、言ってやったのですよ! 呆然としてる顔がマヌケなので
す。ボクが必死で守ってきた場所を取ろうとする方が悪いのですよ、
けらけら。
﹁⋮⋮⋮⋮あー⋮⋮なんだこれ﹂
ご主人さまが妙に強く抱きしめてきました、ボクのほうも抱き返
しながらどんな事を話そうか考えます、映画ですかねドラマですか
ね、ご主人さまは刑事物が好きだったみたいです。ボクもひと通り
見てるので結構いける口ですよ。
﹁あー、ソラ、俺の方から抱きしめといて何だが、
そろそろ離れてくれ、色々と我慢できなくなる﹂
いきなり何を言うんですか、やっぱりボクはいらない子なのです
か、邪魔な子なのですか? にせ、偽物はいらない、のですか?
﹁や、です⋮⋮ぼくの、こと、しゅてない、れくらしゃい﹂
ご主人さまに捨てられたら、行く場所がないのです。自分の身を
守ることすら出来ないのです、ご主人さま以上に優しい人に拾われ
255
ると思えるほど楽観的でもありません。エロい事はされるし、恥ず
かしい思いはするけど、それでもこの世界で、ご主人さまのところ
以上に居心地がいい場所なんて、思いつかないのです。
﹁⋮⋮⋮⋮悪いがうちのお姫様が優先だ、ちょっと休憩させてくる﹂
抱きついて胸に顔をうずめていると、髪を撫でられて抱きあげら
れました。ご主人さまはボクを抱えたまま階段に向けて移動しはじ
めたようです。
﹁お、おぉ⋮⋮?﹂
﹁支払いはしとくから、多分今日はもう戻らん﹂
﹁解った⋮⋮羨ましいなぁったく﹂
よくわからないですが、ご主人さまは彼よりぼくをえらんだよう
なのです、ぼくのかちーなのですよ、けらけら。ご主人さまがいっ
ぽ一歩とかいだんを登る度にあたまが揺れてくらっとします。
﹁ソラ、あんまりベタベタしないでくれ、本気で抑えが効かなくな
りそうだ﹂
寝室に入った所で胸に頬ずりしていると、こわばった声がきこえ
ました、めずらしく、ご主人さまが弱気なのです、たまにはいっぽ
うてきにしいたげられるがわのきもちをしるがよいのですよー、い
つもの、しかえしなのです。
ぼくはそのままぐっと背筋を伸ばして、ごしゅじんさまの耳にか
ぷりとかみつきました。
256
tmp.22 餅を焼くなら磯辺焼き︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻33︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻33︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻508︼−−◆︻176︼−−
◆︻158︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP60/60
MP32/32[正常]
MP420/420[戦闘不
[シュウヤ][Lv55]HP372/772
380[疲労]
[ソラ][Lv15]HP0/50
能]
[ルル][Lv47]HP602/602
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
record!!
record!!
<<new
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
HIT]>>33
<<new
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
257
﹁しにたい﹂↑全部キッチリ覚えてるタイプ
﹁うわ、せんぱい⋮⋮﹂
﹁なんか凄い匂いですよお嬢様⋮⋮﹂
258
登場人物︵三章終了時点︶ ★イラスト付き︵前書き︶
※最新話と同時投稿です。
※最新∼から飛んできた方は前の話からどうぞ。
259
登場人物︵三章終了時点︶ ★イラスト付き
きさらぎ
しゅうや
︻メインキャラクター︼
≪如月 秋夜/シュウヤ≫
17歳。元高校生、現中級冒険者。
転生トラックに跳ね飛ばされ、神を名乗る謎の人物によって異世界
ラウドフェルムへ飛ばされた。
高い身体能力と魔力、魔法行使能力に多数のスキル獲得手段など優
遇されたチート系主人公。
未だに本人的にはつんけんしてるみたいだけど、何だかんだでデレ
てきてるソラが可愛くて仕方ない。
可愛い分、ルルとユリアがおざなりになっている。
MP[1380]
好きなもの:ソラ、釣り、巨乳、エルフ、奴隷たち
HP[772]
将来の夢:ソラをデレさせる
[ステータス]
異邦人[Lv55]
保有魔力[101052] 戦闘力[13142]
[所持スキル]
先天:﹃ステータス閲覧﹄﹃天賦の魔才﹄﹃身体強化﹄
そら
獲得:﹃天賦の剣才﹄﹃性豪﹄﹃聖剣技﹄﹃女殺し﹄
あまなり
≪天成 空/ソラ≫
16歳。元高校生、現ちゅっちゅ用抱きエルフ。お値段30万円相
当。
近くで起きたトラック事故で勢い良く跳ね飛ばされた人間にぶつか
り、巻き添えになる形で死亡。
なぜか森の中でエルフになって目覚め、森をさまよっている時に奴
隷商人に捕まる。
260
ご主人さまについては色々複雑な思いがある様子、酒に酔うと甘え
上戸。
HP[50]
MP[420]
好きなもの:下克上、甘いもの、えびせん
将来の夢:神殺し
[ステータス]
従者[Lv15]
保有魔力[33425] 戦闘力[79]
[所持スキル]
先天:﹃愛玩動物﹄
獲得:﹃魅惑﹄﹃天使の口吻﹄﹃聖母の雫﹄
<i81979|6198>
≪ルル≫
15歳。元貧民。現猫耳奴隷。お値段250万円相当。
寒村の出身で不作によって口減らしせざるを得ず、幼い弟妹を守る
ために奴隷になった。
気が抜けてきたのか仕事はちゃんとするものの、生活態度が雑にな
りつつある。
それが祟ったのかユリアの猛進によってナンバー2の地位が脅かさ
れている。
MP[32]
ユリアも二位狙いに容赦しないこともあって焦り気味、だけど仲は
良い不思議な関係。
好きなもの:肉、お金
HP[602]
将来の夢:安定した生活
[ステータス]
獣戦士[Lv47]
保有魔力[510] 戦闘力[2273]
[所持スキル]
先天:﹃俊敏﹄﹃獣神の寵愛﹄
獲得:なし
261
<i81978|6198>
≪ユリア≫
17歳。元下級冒険者。現牛耳奴隷。お値段6200万円相当。
ずっと想っていた幼馴染とともに冒険者となる夢を目指して都会に
出た少女。
尽くすタイプで甲斐甲斐しく幼馴染の少年の面倒を見ていたが、目
先の金に目が眩んだ少年に身売りさせられる。
一時期は絶望して自分にこれでいいと言い聞かせていたが、ソラの
介入によって考えが変わった。
意外と恋多き性格をしていたようで、旦那様にはあっという間に深
い恋慕を抱くようになった。
MP[60]
奴隷同士だし望まれるならちゅっちゅしてもいいくらいにはお嬢様
も好き。
好きなもの:プリン、お料理、家事
戦闘力[1350]
HP[840+200]
将来の夢:素敵なお嫁さん
[ステータス]
重戦士[Lv31]
保有魔力[6313]
[所持スキル]
先天:﹃母なる雫﹄﹃タフネス?﹄
獲得:﹃天賦の斧才﹄
<i81980|6198>
==================☆===========
=======
かさい
まこと
︻サブキャラクター︼
≪葛西 誠/マコト≫
日本人、玄関開けたら異世界でしたタイプの転移者。
三ヶ月の旅の果てにシュウヤ達と出会った。巨乳好きで猫耳好き。
シュウヤとは年齢や趣味が近いこともあってあっという間に意気投
262
合、ソラに嫉妬される。
MP[102]
戦闘力[4530]
HP[450]
可愛い猫耳奴隷ゲットを目指して頑張ることを決意している。
[ステータス]
異邦人[Lv20]
保有魔力[3106]
≪カウル≫
シェンロ皇国人。女好きで自分勝手、独善的な性格。
冒険者としてフォーリッツ王国へやってきて、ルルに一目惚れ。
彼女を解放しようと下着泥棒を行い、
シュウヤに裏切り者の汚名を着せて抹殺しようとするが失敗。
現在は労働奴隷をしながら、自分の助けを待つルルの為に再起を誓
う。
MP[20]
女っ気の少ない職場ゆえに屈強な男たちに色々と狙われている。
[ステータス]
HP[280]
戦闘力[1532]
サムライ[Lv24]
保有魔力[301]
≪エレキ≫
フォーリッツ王国人。元はならずもの達の親分格だったが、
このままではいずれ野垂れ死ぬと一念発起し仲間たちと冒険者パー
ティを作った。
性格は利己的だが部下に対する面倒見は良く、仲間からは慕われる
タイプ。
HP[374]
[ステータス]
重剣士[Lv28]
戦闘力[2112]
MP[10]
保有魔力[428]
==================☆===========
=======
263
※人間なら保有魔力が5000もあればそれなりの魔術師になれる。
※一般的な成人男性の戦闘力が[200]ほど。
※ゴブリンの戦闘力が単体なら[110]ほど。
264
tmp.23 海辺で遊ぼう︵前書き︶
緩めの再スタート
265
tmp.23 海辺で遊ぼう
デーナのある南部地域は常夏の気候、中央では少し肌寒い季節で
したがこちらはまだ海で泳げるくらいには暖かいのです。すなわち、
買い物を終えた今するべきことは一つ、海で遊ぶのです!
備え付けられた脱衣場でご主人さまがシェンロ商品の区画で買っ
ていたという水着から一つ選んで着替えると、海水浴場へやって来
ています。
ルルはかなりきわどい、確かブラジル水着という奴でしょうか、
紐とビキニを組み合わせたような際どい赤の水着を選びました。ユ
リアは普通の三角ビキニですが胸のインパクトが半端ないのでそれ
だけで際どいことになってます。ボクは薄いピンクのワンピースに
フリルスカートがついたような水着、可愛らしい感じです。ご主人
さまが選んでくれました、そのセンスに反吐が出ますね。
﹁うぉぉぉぉ、すげぇ⋮⋮﹂
﹁ふふん﹂
背後からはルルの水着姿に鼻息の荒い葛西さんの歓声と、妙に自
慢気なルルの声が聞こえてます。砂浜の一角にシートを引き、そこ
に座ったご主人さまにルルとユリアがひっついてます。通りがかる
男たちのいやらしい視線が二人の体に絡みついているようですね。
﹁ソラもこっちに⋮⋮﹂
﹁ふんっ﹂
266
ボクは彼等のハーレム光景を背に、砂浜に城を築いていました。
酒のせいで心にも無いことを言わされたりやらされたりしたせいか、
ご主人さまが朝からやたら馴れ馴れしいのです。ここはビシっと態
度で示さなければいけません。
﹁せんぱいは十分可愛がったので、次は私達の番ですよね!﹂
﹁お嬢様にさし上げた残りで構いませんので、私達にもお情けをお
分けください!﹂
欲求不満気味のメス二匹も間に入ってくれるのでちょうどよいの
です。目に見えてしょんぼりしてますが自業自得なのです。ボクの
下半身に力が入らないのもボクが酒に酔って奇っ怪な行動を取って
しまったのも全部ご主人さまが悪いから仕方ないのですよ。
﹁なぁシュウヤ、あれはいいのか?﹂
﹁ほんとはダメなんだが、惚れた弱みって奴だな﹂
ふんっ。
◇
まさかこっちの世界でまでゴム製の浮き輪に乗って波間を漂うこ
とができるとは、ほんとチートは色んな物をぶち壊しますね。まぁ
喜んで使うんですけども⋮⋮それ以前にどこでゴムを手に入れたん
でしょうか、一月くらい前になんか森林調査で面白いものを見付け
たとか言っていたのでそれでしょうか。それ以前によく加工技術が
ありましたねご主人さま、ほんとに高校生なんでしょうか⋮⋮気に
したら負けなんでしょうけれど。
267
そんなオーバーテクノロジーを持ち込んだご主人さまですが、今
はユリアたちにせがまれて二人に泳ぎを教えています。山育ちな二
人は泳ぎ方を知らなかったようですね。ボクは一応泳げるので浮き
輪に捕まって波打ち際で遊ぶ二人を見学中。
このへんは魔法による結界で魔物に該当する危険生物は近寄れな
いようになってるそうなので安心です。あっちに浮かんでいる、日
本で言うところのブイより向こう側に行かなければ大丈夫なんだと
か。一部だけ切り抜くと日本よりも便利なのがなんとも言えないで
すね。
﹁わぷっ⋮⋮う、く、難しいです﹂
ご主人さまは立泳ぎをしながらユリアの手を引いて教えています
が、難航しているようです。ルルの方は意外にサクっと覚えてしま
いクロールで泳ぎまくっています。猫獣人の運動神経は恐ろしいの
です。
ユリアが上手くいかないのは恐らく胸部にあるパーツのせいでし
ょうね、アレのおかげでいまいちバランスが取れないようです。天
然の浮き袋がある分有利かとも思ったのですが逆だったとは、意外
なのです。
﹁わきゃ!?﹂
突然足を掴まれてひっくり返りそうになりました、視線を下にや
ると水中にはボクの足を掴んでいるルルの姿がありました。いつの
間に潜水まで出来るようになってたんでしょうかね。それはいいと
して本気で怖いのでやめてほしいのです。夏なのに鳥肌が凄いこと
268
になってます。
﹁ルル、怖いのでやめてください﹂
﹁えへへ﹂
水面に浮き上がってきたルルに苦言を呈します。イタズラっぽく
笑いますがボクは誤魔化されませんよ? 危うく浮き輪から落ちて
しまいそうになったんですから。
﹁せんぱいも潜りませんか? すっごい綺麗ですよ﹂
﹁いえ、遠慮しておきます﹂
潜水はちょっと⋮⋮そう、少し得意ではないのです。無理をして
溺れてしまったら事ですからね。
﹁うーん、じゃあ一緒に泳ぎましょうよ、気持ちいいですよー﹂
﹁それも遠慮しておきます﹂
昨日の今日で泳げるほど体調が良くないのです。日本人の修正と
して楽しみにしている二人にお預けさせるのは良心が咎めますし、
同時に身の危険も感じます。出てくる時点ですら無理してるのにこ
れ以上はちょっと怖いのです。
﹁せんぱい⋮⋮まさか、泳げないとか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮何を言ってるのですかねこの猫さんは﹂
269
酷い誤解ですねご主人さまのせいで体調が悪いだけなのです。そ
んな状態で泳いで溺れたりしたらどうするのですか、全くもう。手
で水を掻いてご主人さまの方に移動します。何故かルルも浮き輪に
捕まるようにしてついてきました。⋮⋮何でしょうね?
﹁ちょっとだけでいいですから、泳ぎましょう﹂
﹁結構です﹂
何故か獲物を見付けた表情のルルから離れようと手を動かします
が、思うように進んでくれません。
﹁まぁまぁ、遠慮せずに﹂
﹁遠慮じゃないです、自己防衛です﹂
追いかけてくるルルが怖いのです、だから慌てて動いたのですが
それが悪かったのでしょう。勢い余ってくるんと一回転、頭から水
に入ってしまいました。幸いにも浮き輪はすぐに抜けたのですが、
見事に水中に沈んでしまいます。
﹁せんぱい!?﹂
ユリアとご主人さまがいる場所は比較的浅いので普通に足が付く
んですが、ボクのいる場所はルルが泳いでいたことから分かる通り
結構深いのですよね。つまりどういうことかというと。
﹁︱︱︱︱!? ︱︱!!﹂
必死で足を動かしますが身体は浮いてくれません、やばいです、
270
どうやって浮かぶんでしたっけ!?
あぁ、ボクはすっかり忘れていたのです。この体は元々自分の持
っていたものとは似ても似つかないことを。お世辞にも上手いとは
言えない泳ぎの腕を過信しすぎていました、ボクはこんなところで
死んでしまうのでしょうか。
慌てた事は文字通り最悪の選択。苦しさに耐え切れず開いた口か
ら大きな泡が溢れ、太陽の光がきらめく水面へ向かって登っていき
ます。短い、人生でしたね⋮⋮。
瞑った瞼の裏で走馬灯が流れ始めた瞬間、手を掴まれて引っ張り
あげられます。薄っすらと目を開けるといつにもまして険しい顔の
ご主人さまがボクを抱きしめてました。
﹁ぷはっ、げほっ、こほっ﹂
﹁ソラ、大丈夫か!?﹂
何だか切羽詰まったような、少し青ざめたご主人さまに気圧され
ながら、呼吸を整えつつ頷きます。幸いほとんど海水は飲んでいな
いので、少し気持ち悪いですが意識もハッキリしています。
﹁は、い⋮⋮けふ、けふ﹂
背中を撫でながらこちらの顔を覗き込むご主人さまは、ボクが平
気な事を確認するときつく抱きしめながら呟きました。
﹁良かった⋮⋮﹂
271
ご主人さまのこんな姿は初めて見ます⋮⋮意外なのです。どんな
形でもボクをここまで心配してくれる人が居るのはなんだか、ちょ
っとむずがゆいです。取り敢えず助けてくれたお礼も兼ねてボクの
方からも抱きしめ返しておきます。
⋮⋮その語、陸に戻ってから三人がかりでお説教されました。泳
げるのは嘘じゃないのに理不尽なのです。
272
tmp.23 海辺で遊ぼう︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻33︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻33︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻508︼−−◆︻176︼−−
◆︻158︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP60/60
MP32/32[正常]
MP420/420[疲労]
[シュウヤ][Lv55]HP672/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP22/50
[ルル][Lv47]HP602/602
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁泳げるのは嘘じゃないのですよ!﹂
273
﹁お嬢様、もうわかりましたから﹂
﹁せんぱい、一人で海に入っちゃダメですよ?﹂
274
tmp.24 事件の予感
困ったことになりました。ボクが溺れ掛けてからというもの、ご
主人さまが膝の上で抱きしめたまま離してくれないのです。どうや
らよっぽどショックだったみたいで、うざったいけど助けてもらっ
たし、申し訳ない気持ちもあるので無理矢理振りほどく訳にもいき
ません。
まぁ砂浜に敷いたシートの上、木陰でぼんやりしているだけで変
なことはされないし、別にいいといえばいいんですが、微妙に気持
ち悪いのです。
﹁お嬢様、飲み物はいりますか?﹂
ご主人さま謹製のクーラーボックスから瓶詰めにした果実の搾り
汁を取り出しながらユリアが大きな胸をたゆんと揺らします。果汁
に水や蜂蜜を加えて味を調整したものをポーション用の瓶に詰めた
自家製のドリンクですね。普段からストック用に奴隷三人でせっせ
と作っているものを持ってきていたのです。
﹁レモンをください﹂
﹁はい﹂
最近のお気に入りである炭酸を加えたハチミツ入りのレモン水を
ちびちびと傾けながら太陽の光が注ぐ砂浜をぼんやりと眺めました、
人間族の女の子たちが色とりどりの水着を着てきゃーきゃーと歓声
をあげて波打ち際で戯れています。
275
ちょっと町から離れると魔物や野盗と人が殺しあい、都市では小
さな子供や女性がさらわれて奴隷として売り買いされている世界と
は思えない平和さなのです。ここだけ抜き出すと日本の一風景と勘
違いしてしそうなレベル。ちなみにこの砂浜にいる全員がいわゆる
富裕層にあたります、これが格差社会ってやつなのでしょうか。
世の中理不尽なのですよ⋮⋮。
◇
そんな理不尽に目を塞ぎ、穏やかな一時を過ごしているとき、岩
陰の方に奇妙な動きをする人影を見つけました。ご主人さまの腕を
たたいてそちらを指差します。
﹁ねぇ、あれって⋮⋮﹂
﹁ん? ⋮⋮何だあれ﹂
岩陰に視線を向けたご主人さまの顔が一気に険しくなりました、
人影は複数人で何かを押さえつけるような仕草をしていたので、気
になったのです。何か動物を捕まえているようにも見えますが、ど
うにも後姿が典型的なごろつきというか何というか。
首を突っ込むのはよろしくないことなのですが、見て見ぬ不利を
するのも寝覚めが悪そうなのです。偽善ですけど、性分なのです。
﹁ご主人さま﹂
振り返ってご主人さまを見上げます、視線に気づいたご主人さま
276
は何も言わず憮然とした表情を浮かべましたが、しばらくすがるよ
うな視線を向け続けているとやがてあきらめたのか、ぽんぽんとボ
クの頭をなでると、ため息を吐きながら立ち上がりました。
﹁⋮⋮ユリア、ソラを頼む、ルルは一緒に来い﹂
﹁了解しました⋮⋮はぁ、せんぱいはお人よしなんだから﹂
ぼやきながらもしっかりと短剣用のベルトを腰に巻きつけたルル
が立ち上がり、ご主人さまと一緒に岩陰の方に向かいました。なん
だかんだ言いながらちゃんと動いてくれるあたり大好きですよご主
人さま。
後はおとなしくご主人さまが戻ってくるのを待つとしましょう。
ここまできたらボクは足手まといでしかありません。岩陰に二人が
消えていくのを見届けてから、ユリアと一緒に一応いつでも動ける
ようにしながら待機するのみです。
◇
ご主人さまはしばらく戻ってきませんでした、普段ならそんなに
経たず戻ってくるだろうに不思議なのです。時計がないので正確に
は分かりませんが、体感では一時間くらいは経っているように思え
ます。まさかとは思いますが何かあったのでしょうか⋮⋮ちょっと
不安になってきました。
﹁あれ、シュウヤは?﹂
見に行こうかどうしようか、相談しているボクたちの下へ葛西さ
んがやってきたのはちょうどボク達が探しに行くことを決心したタ
277
イミングでした。
﹁実はあっちの岩陰に不審な人影を見つけて、ご主人さまに見に行
ってもらったんですが⋮⋮﹂
﹁半刻近く戻ってないんです、ちょっと心配で探しにいこうと思っ
ていたんですよ﹂
事情を説明するボク達に葛西さんは少し困ったような顔をして、
分かったと頷きました。
﹁そういう事なら俺も一緒に行くよ、心配だ﹂
彼はご主人さまみたいに何でもそつなくこなせるタイプではない
みたいですが、やはり主人公体質というべきかかなりの強者みたい
です。じゃないとこの世界で一人放り出されてここまで生きてこれ
るはずがありませんものね、少しでいいから分けてほしいです。
﹁お願いするのです﹂
﹁お願いします⋮⋮﹂
幸いというべきか、体調も飛んだりはねたりはともかく普通に歩
くくらいなら平気そうです。熱せられた砂浜を踏みつけ、葛西さん
を先頭にユリアに手を引かれ岩陰の方へ向かいます。
手でボク達を制すと、葛西さんは腰の剣に手をかけながら岩陰を
覗き込みました。しかし拍子抜けしたように立ちすくむとこちらに
向かって手招きをしてきます。ユリアと顔を見合わせて首をかしげ
ながら、できるだけ静かに移動して、葛西さんの背中越しに岩陰を
見ます。
278
しかしそこには何もないようにみえました。三人がかりでしばら
く探した結果、誰かが居た痕跡こそ見付かったもののそこでぱたり
と消息が絶たれています。ご主人さまに限ってボク達を置き去りに
して勝手にどこか行くというのは無いと思うので、何かあったと考
えるのが妥当でしょう。
魔法使いならいろいろ調べる魔法もあるのですが、あいにくとこ
の中に魔法系はいないみたいなんですよね。我が家の魔法系はご主
人さまだけ、本来は上級に昇格の際に晴れてギルド本部から魔導聖
剣士というありがた迷惑なクラス名を賜った彼の担当なのです。
現在そのクラス名は我が家では禁句ですけどね。その日に散々か
らかったらマジギレしたご主人さまによってひどい目にあってしま
ったので、実に大人気ありませんでした。
﹁お嬢様⋮⋮旦那様は大丈夫なんでしょうか﹂
﹁大丈夫なのですよ、ご主人さまに何かあったら首輪になんらかの
変化が起きるのです。
ボクの首輪もユリアの首輪も何もありません、ご主人さまは無事
なのですよ﹂
おっと、思い出している間に、ユリアが不安そうな声で弱気を漏
らしました。ボクは彼女の目を見て自分の首に巻きつけられたチョ
ーカーを指先で突きます。これは迷子防止用とか防犯とかいろいろ
機能がつけられていますが、同時に奴隷の身分を示す首輪でもある
ので主人以外にははずせないもの。
そしてご主人さまは前々から首輪に仕込をしていました。ご主人
279
さまに万が一の事があった際にボクたちが路頭に迷うことがないよ
うに、いろいろ仕掛けてあるそうなのです。例えば事態を知らせる
為に色が黒から白に変化するとか。初めて聞かされたときは死を想
定してることに動揺して、思わず泣いてすがってしまったのは思い
出したくない黒歴史ですね。
話を戻して、ユリアの首に巻かれているチョーカーは何の異常も
示していないのでとりあえずご主人さまは無事なはずなのです。そ
れよりも⋮⋮。
﹁ルルもご主人さまと一緒でしょうし、問題はボク達なのです﹂
見事に戦闘力高い二人と分断されてしまったのですよ、しかも二
人そろって高級種族。ボクのドワーフというレッテルもどこまで通
用するかわかったものじゃありませんし、ユリアだけでも狙う価値
がある存在です。葛西さんも頼りになるかまだちょっと分かりませ
んし、どうすればいいのか⋮⋮。
﹁そうですね⋮⋮取りあえず荷物をまとめて動けるようにしておき
ましょう。
カサイさん、手伝ってくださいませんか?﹂
﹁あぁ、任せとけ﹂
ユリアの少し上目遣いのお願いに葛西さんが即答で答えます。さ
すがご主人さまと仲がよいだけあって視線がとても正直でした。ま
ぁ扱いやすくていいんですけどね。
◇
280
﹁あれ、ソラじゃない、こんなところで会うなんて奇遇ね﹂
荷物を片付けて、取りあえず一度宿に戻ろうとした矢先、またし
ても思いがけない出会いがありました。ぎしぎしと首が音を立てそ
うなほどゆっくり振り返ると、紅い髪を潮風になびかせて、貧相な
胸部をワインレッドのビキニに包む姿が眼に入ります。
ストーカー
そこにいたのは紛れも無く、大魔導師のクラリスさんでした。
かれし
最近は被害者といちゃつくのに夢中だったようで、街中とかで見
かけてもお邪魔してはいけないとスルーしてたのですけどね。まさ
かリゾート地で会うとは思いませんでした。その格好からしてあち
らもバカンス中なのでしょう。
﹁そっちのは誰? ⋮⋮キサラギ君はどうしたのよ?﹂
今カレに微妙に気を使ったているのか、ファーストネームじゃな
くてファミリーネームで呼ぶようにしているみたいです。話してい
て時折冷やっとする部分はありますが、彼女は基本として悪人では
ありません。それに破壊型とはいえ魔法の専門家でもありますし、
もしかしたら何かわかるかも。
﹁こちらのはご主人さまのご友人で葛西さんです、実はですね⋮⋮﹂
事情を説明するに連れて次第に真剣な顔になったクラリスさんは
立ち上がると薄い胸を張りました。
﹁そういう事なら私に任せて、コリンズもきっと協力してくれるわ、
優しい人だもの﹂
281
かれし
どうやら被害者も着ているようです、結ばれてから多少落ち着い
ているのですがまだこの手の話になるとひやっとする要素は十分で
すね。気をつけないといけません。
コリンズ
何はともあれ心強い味方が得られたのは嬉しいですね。被害者さ
んは間違いなく善人ですし、彼女も彼氏の前では地雷さえ踏まなけ
れば善人カテゴリに入るでしょうし。
﹁まずはコリンズを拾って、それから現場にいきましょうか﹂
﹁はい!﹂
﹁お願いします﹂
さて、いなくなったご主人さまを見つけにいきましょうか。
282
tmp.24 事件の予感︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻508︼−−◆︻176︼−−
◆︻158︼
MP420/420[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv15]HP38/50
MP60/60
MP732/73
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
[クラリス][Lv40]HP230/230
2[正常]
MP40/40[
MP102/102
[コリンズ][Lv42]HP640/640
正常]
[マコト][Lv20]HP450/450
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
283
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁ご主人さまを絶対に見つけるのですよー﹂
﹁⋮⋮お嬢様、あまり気に病まれてはいけませんよ?﹂
284
tmp.25 動き始める
新たな二人の仲間を引き連れ、再び岩陰の調査に戻りました。と
言っても目に見える痕跡はないので殆どクラリスさんのお仕事なの
ですがね。ぼんやり見守るボクたちの前で難しい顔をしながら見聞
をしていた彼女が、深くため息を吐きながら重く口を開きました。
﹁強力な魔法が使われた痕跡があるわね﹂
﹁強力な魔法?﹂
何の魔法でしょうかね、彼女レベルの魔術師が強力と言うなら相
当な物でしょうけど、正直ご主人さまくらいしか思いあたりません。
﹁断定は出来ないけど、残っている魔素の痕跡からして恐らく転送
系⋮⋮﹂
スキル
転送系、確か一部の特殊能力持ちだけが使える魔法だったはずで
す。希少かつ強力でご主人さまでもガチャでスキルを引かないと使
えないだろうという魔法。当然ながらその大半が国や大きな組織に
召し抱えられていて、そこらへんにぽんっと居るはずがありません。
本当に誰かがそれを使ったのなら、予想以上に大事になっている
可能性がありますね。国関係か裏の組織か、何ともいえないのです。
﹁お、お嬢様⋮⋮旦那様はお強いですから、その﹂
﹁分かってますよ﹂
285
確かにご主人さまも心配ですが、もしもこれが突発的な事故やア
クシデントならまだしも、計画的にボク達と分断するために行われ
ているとしたら、とてもまずい状況です。ここに居るメンバーでは
大規模な襲撃には対応しきれないのですよ。ユリアは戦士として一
人前程度ですが、クラリスさんは間違いなく一流と呼ばれる実力者。
コリンズさんも中級とはいえクラリスさんと組んで仕事をこなせ
る程度には優秀です。葛西さんはこの世界に平和ぼけした日本人が
放り出されて生きていける程度。人殺しは難しくとも自分の身を守
る程度は出来るでしょう。
でもご主人さまみたく人外じみた力の持ち主ではありません。転
送魔法の使い手を抱えているような組織なら同格の実力者が居ても
不思議ではないでしょう。
﹁痕跡を辿るのは不可能じゃないけど⋮⋮時間がかかるわね﹂
時間がかかっても出来てしまうあたり、凄いのですが。あまりこ
れに時間を掛け過ぎても危険な気がしますね。ここにとどまること
は果たして得策なのでしょうか。
﹁そのレベルの魔法使いが実行犯にいて、
しかも意図的だった場合はここに留まるのは危険な気がします﹂
﹁⋮⋮それもそうだけど、他に手がかりがないわ﹂
言われてみれば⋮⋮。
﹁安心してくれ、君は俺達で守るから﹂
286
﹁あぁ﹂
いつの間にか仲良くなっていた葛西さんとコリンズさんの二人が
言います。少し臆病になりすぎていたかもしれませんね⋮⋮主人の
ピンチに我が身可愛さに尻込みするのはただの駄犬なのです。ペッ
トとして少しくらいは役に立つところを見せたいものです。
﹁わかりました、ご主人さまの手がかりを見つけてください、お願
いします﹂
﹁ま、あたしに任せておきなさい﹂
◇
いかほどの時間が経ったのか。危惧していた襲撃は今のところな
くクラリスさんの探査は順調に進んでいました。分かったことは多
くありませんが、それでも一つや二つは重大な事が判明しています。
﹁転移先の候補はいくつか絞り込めたわ、
術者はスキルを持っていてもあまり強力な物ではないみたいね﹂
デーナの地図を広げながら当たり前のように言ってますけど、決
して簡単なことではありません。この年で自分の才能だけで上級一
歩手前まで行っているだけのことはありますね、これで中身さえま
ともなら⋮⋮いえ、協力してくれてるんですからディスるのはやめ
ておきましょう。
﹁この中から怪しい場所を探していくのが妥当なんだけど⋮⋮﹂
287
指差す地図の目印が書き込まれた場所にある建物は貴族の屋敷。
ご主人さまは酷く厄介な事態に巻き込まれた、巻き込ませてしまっ
たみたいです。やっぱり身の丈に合わない情なんて持つものではあ
りませんね、今回は大切な人たちに迷惑がかかってしまいました。
反省したつもりだったのですが⋮⋮ご主人さまが戻ってきたらちゃ
んとごめんなさいしないといけません。
﹁怪しいのはここ⋮⋮ベルマ子爵の別荘ね、
レア種族コレクターで有名で、別荘には専用の隠し牢獄があるっ
て噂もある奴よ﹂
﹁随分詳しいですね﹂
調べた素振りが無かったことから事前にある程度知っていたので
しょう。実は良家の出だったりしちゃうんですかね、確かにお嬢様
チックではありますが。
﹁私にも色々あるのよ⋮⋮ま、それはいいとして、
こいつは合法的な方法だけじゃなく非合法な手段も取っているっ
て噂もあるのよ。
他の貴族の奴隷を奪ったりとかね⋮⋮?﹂
﹁それじゃあまさか、私達を狙って⋮⋮﹂
﹁たぶん違いますよ﹂
ユリアの言葉に否定で返します。それなら二人が岩陰に行った隙
をついてボク達の方を直接攫えばいいのです。ご主人さまレベルの
人間を強制転移で吹っ飛ばせるなら離れてる隙にボク達を狙う何て
朝飯前なはずです。
288
﹁それなら離れてる隙にボク達を狙うでしょう﹂
﹁転移魔法は厄介だからね、そっちのほうが手っ取り早いわ﹂
﹁そう、ですか⋮⋮﹂
痕跡を辿れるレベルの魔術師が居るなんて普通は思いませんから
ね、やはり完全な別件に巻き込まれたと考えるべきでしょう。
﹁それで、どうするのかしら?﹂
﹁助けに行く! ⋮⋮と言いたいところですが、
迂闊に首をつこんでボク達が人質代わりにされたら目も当てられ
ません﹂
﹁そうね﹂
クラリスさんはボクの返答に満足そうにうなずきます。ご主人さ
まは何とかしちゃうタイプの人なので、定番としては勇み足で助け
に行ったヒロイン、この場合はユリアが逆に捕まってしまってピン
チになるパターンでしょう。
下策は何もしないこと、凡策は身の回りの安全を固めてご主人さ
まを待つ。とはいえ万が一、億が一自力での脱出が困難な場合は待
機は悪手となりうるでしょう。
﹁まずはそのベルト子爵でしたっけ、その人の情報を調べましょう。
後は必要に応じてご主人さまの脱出をサポートします﹂
289
﹁⋮⋮ベルマ子爵よ﹂
◇
一度宿に拠点を移しボク達は宿で待機、男性陣で情報収集に行く
という分担で行動を開始しました。何故か妙に詳しいクラリスさん
のくれた情報と合わせてわかったことは、数ヶ月前から連続窃盗で
指名手配されている転移術師をベルマ子爵が雇っている可能性があ
ること。
ここ数日、彼の別荘付近にごろつき達が屯している事。最近海鳥
が妙に騒がしかったこと。⋮⋮最後の情報については置いておくと
して、完全に何かやらかそうとしてた感じですね、解りやすいです。
﹁怪しい﹂
﹁怪しいわね﹂
﹁怪しいですね﹂
もはやそれ以外の感想が出てきません、ご主人さまの言う﹁何も
しないから一緒にお風呂に入ろう﹂と同じレベルの怪しさです。そ
うそう、怪しいといえばもう一つ。
﹁ところで、クラリスさんがここに居るのと、
その指名手配中の転移術師がバルマ子爵に雇われてるのと何か関
係が?﹂
何でこんなに今回の情報に詳しいのか、少し気になっていたので
すよね。何だかいやに協力的ですし。
﹁⋮⋮⋮⋮秘密よ﹂
290
﹁分かりました﹂
どうやら利害は一致しているようですね、妙に詳しい理由も、容
疑者をあっさりと絞り込んだ理由もやっと解りました。事態の収束
まで遠慮無く頼らせて頂きましょう。
﹁まぁキサラギ君をそこらのやつがどうこうできるとは思えないけ
ど、
囚われているなら助けを必要としている可能性はあるわね﹂
ご主人さまも決して万能無敵ってわけではありませんからね、安
全は確保できても脱出が出来ないとかいう可能性も皆無ではないは
ずです。自分で言っといてどういう状況なんだろうとは思いました
が⋮⋮貴族相手だからあまり無茶が出来ないとか?
﹁流石に貴族が相手となると、どうにも手を出しづらいのです﹂
それにしても、手助けと言っても妙案が浮かびません。何かをし
ようにも情報があまりに不足し過ぎているのですよ。まずはご主人
さまの所在を確かめないことには対処法の考案すらできませんし、
探りを入れようにも相手が悪いのです。
﹁別荘の中に潜入してみるとか⋮⋮﹂
休憩していた葛西さんがおずおずと手をあげましたが、論外です
ね。
﹁それが出来ないから悩んでるのです﹂
﹁それが出来ないから悩んでるのよ﹂
291
捕まった時が厄介です、芋づる式にボクたちまで引っぱり出され
る可能性があります。ここは日本じゃないのです、警察組織は平等
まっくろ
ではありません。お貴族様にお金を積まれれば白ですら黒となりう
る世の中ですから、ただでさえ不法侵入な状態でそうなれば暗い未
来しか見えませんよ。
﹁地道に情報を集めるしかないか?﹂
今度はソファに腰を下ろして顎の下で手を組みながらコリンズさ
ん。
﹁時間をかけ過ぎると怪しまれますよ﹂
そんな風にあーだこーだと話し合っていると、突然宿のドアが乱
暴にノックされました。一瞬で警戒を顔に滲ませたコリンズさんが
気軽に返事を返そうとした葛西さんの口を塞ぎクラリスさんに目配
せします。
すっかり良いコンビとなっているようでなによりナノデス。アイ
コンタクトを受けたクラリスさんは音を立てずに立ち上がると、そ
っと窓の外を見下ろします。ボクとユリアは一緒にいつでも動ける
ように待機中。
﹁はい﹂
葛西さんに説明を終えたコリンズさんが、武器を背中にゆっくり
とドアに近づき返事をします。
292
﹁デーナ警備騎士隊の者だ、ここを開けろ﹂
随分と威圧的な男性の声です、何で騎士がこんな時間に?
﹁外に数人、タダ事じゃないわね﹂
まさかこんな早く察知されて動き出したとでもいうのでしょうか?
﹁警備騎士の方がこんな夜更けに何のようですか?﹂
コリンズさんが時間を稼いでくれている間に、脱出の準備をしま
す。ユリアと葛西さんに荷物を持ってもらい、ボクはいざという時
のためにと渡されていた護身用のマジックアイテムをいくつか服の
下に忍ばせます。
﹁ここを借りているというシュウヤ・キサラギがベルマ子爵の屋敷
に侵入し、
家屋を損壊して逃亡したのだ、大人しくしておれば悪くはしない、
扉を開けてもらおう﹂
⋮⋮なんですと?
293
tmp.25 動き始める︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻508︼−−◆︻176︼−−
◆︻158︼
MP420/420[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv15]HP38/50
MP60/60
MP732/73
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
[クラリス][Lv40]HP230/230
2[正常]
MP40/40[
MP102/102
[コリンズ][Lv42]HP640/640
正常]
[マコト][Lv20]HP450/450
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
294
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁ご主人さまは一体何やってるのですか!?﹂
﹁一体何が起こっているのか⋮⋮﹂
295
tmp.26 状況は悪くなる一方︵前書き︶
レビューいただきました、主さんありがとうございます!
296
tmp.26 状況は悪くなる一方
一瞬固まってしまいましたが、取り敢えず所在はハッキリしまし
たね。しかし脱出できたのならすぐにここに戻ってこない理由が少
々気になります。
﹁さぁ、ここを開けろ!﹂
扉を叩く音が強くなリます、もたもたしていると破られてしまい
そうですね。脱出経路は窓から一択でしょうか。
﹁窓から、しかないわね、ちょっと乱暴に行くけどいいかしら?﹂
﹁騎士を敵に回して大丈夫なのですか?﹂
﹁ちゃんと話せば分かって貰えるんじゃないのか?﹂
微妙に言葉が重なりました、葛西さんはどうにもまだ日本気分が
抜けていないみたいですね。日本人であるご主人さまと会っている
せいかもしれないのですが、ちょっと不安です。
﹁無理ね、捕まったら終わりよ。ベルマの狙いは間違いなくこの子
でしょうしね?﹂
といってぽんと頭に手を置かれます。あれ、何でボクですか? 狙われるとしたらユリアなんじゃ⋮⋮。
﹁エルフを連れた黒髪の男が街に居るって噂になってたのよ。
私もあれから色々と落ち着いて、冷静に考えてみたらどうも疑惑
297
を感じててね、
まぁゴブリンやドワーフと見分けなんかつかないから噂止まりだ
ったみたいだけど﹂
﹁⋮⋮なんということでしょう﹂
ペット
まさかここに来て響いてくるとは、新しい奴隷を捕まえるためだ
けに騎士を動かすとかどんだけ横暴なんですかねそのバルス子爵と
かいう男は。
﹁灯台下暗しとでもいうべきかしら、
ダイヤモンドをガラス玉と偽っているのにはなかなか気づけなか
ったわよ﹂
うぐぐ、こうなるのが嫌だから多少の不名誉には目を瞑ってゴブ
リンやドワーフを名乗っていたというのに。それもこれもあの茶髪
野郎と葛西さんのせいなのです、無事に事態が収拾したら損害賠償
を請求します、訴訟も辞さない。
﹁俺とクラリスで時間を稼ぐ、マコトは二人を守ってやってくれ﹂
﹁え!? で、でもよ⋮⋮相手は人間なんだろ、戦うのか?﹂
﹁あなた、大丈夫なの⋮⋮?﹂
葛西さんから弱音が漏れました。気後れしてしまう気持ちは解り
ます、ですがこの状況だと不安に思ってしまいます。嬉々として殺
しに行かれてもそれはそれで嫌ですけど、たった一言でここまで頼
りなく感じるとは⋮⋮。経験が足りない以上どうしようもないし、
巻き込まれただけの彼が悪いわけでも特別ヘタレな訳でもないのは
298
解っていますけど、複雑です。
﹁俺だって別に好き好んで人間同士でやりあいたい訳じゃないさ、
でもな、選べるのは片方だけなんだ﹂
﹁⋮⋮無理に戦えとは言わないわ、
嫌なら姿隠しの魔法を使うからベッドの下に隠れて、
事態が落ち着いた後にでもこの街を出なさい﹂
クラリスさんの言葉は気遣い半分突き放し半分、葛西さんはその
言葉の中の冷たさを感じ取ったのか急に押し黙りしばらくしてから
首をゆっくりと横に振りました。
﹁いや⋮⋮いや、頑張ってみるよ﹂
﹁そう﹂
殴打する音が激しくなり、ドアが歪み始めました。もうそろそろ
壊られそうです。いい加減脱出しないと間に合いませんね。葛西さ
んは⋮⋮申し訳ないですが対人戦ではアテにしないほうが良いでし
ょう。走るのが遅くならない程度に荷物を受け取り、ユリアの手を
フリーにします。
﹁それじゃあクラリスさん、よろしくお願いします﹂
﹁えぇ、夜明けに蛇の塒亭っていう店で落ちあいましょう﹂
差し出された紙片を受け取り、胸ポケットにしっかりしまうと葛
西さんを戦闘にして窓際へ。目配せでタイミングを測り、姿隠しの
魔法を使ってもらった後に一気に窓を開けて飛び出します。
299
﹁吹き荒ぶ風よ、我が身にありて身を護る鎧となれ﹂
飛び降りながら全員に風系統の防御魔法を使います。こういう時
に使うと落下の衝撃を和らげる防御膜にもなってくれるのですね、
ここは4階なので普通に落ちたら大怪我しかねません。そして地面
につくなり即ダッシュ、ボク達は路地裏へとかけ出しました。
◇
姿隠しのおかげで捕捉が遅れたのか、騎士たちは追って来ません
でした。それでも追跡を撒くためにじぐさぐに走り続けて一時間ほ
ど、疲れたボク達は路地裏の一角で身を隠しながら身体を休まえて
いました。
﹁追ってこないな﹂
﹁たぶんクラリスさんたちが﹂
ドォォォンと花火のような音がして、夜空に巨大な炎が吹き上が
りました。いくらなんでもやりすぎじゃないですかね? 後々大丈
夫なんでしょうか。
﹁⋮⋮派手にやってくれてるんじゃないかと﹂
﹁みたいだな﹂
この国に居づらくなってもボクは知らないのですよ⋮⋮。まぁお
かげで敵はこちらにこないのでよしとしておきましょうか。今のう
ちに一度街を離れて夜明けまで森のなかに居るのが妥当でしょうか、
300
幸いにも魔物避けの道具は結構持たされていましたから、一晩くら
いならなんとかなるはずです。
﹁さて、そろそろ街の外に移動しましょうか﹂
﹁あぁ、そうだな﹂
息も整ったところで立ち上がった瞬間、周囲の気配を伺っていた
ユリアがはっとした様子でこちらを見て、鋭い声をあげました。
﹁お嬢様! 後ろに!﹂
﹁!?﹂
反射的に振り向くと、杖を持ち灰褐色のローブに身を包んだやせ
ぎすの男がボクに向かって手を伸ばしていました。一体いつの間に
背後に!?
﹁ちびっこ!?﹂
﹁根源たる火よ、我が手にありて敵を打つ礫となれ!﹂
後ろに向かって飛び下がりながらローブの男に向かって火魔法を
打ちます。顔面狙いの手加減なしです、しかし魔法は彼に届く前に
障壁のようなものに阻まれて消えてしまいました。そういえば実戦
級の魔術師は常に防御魔法を使っているとか聞いたことが有ります
ね⋮⋮迂闊でした。奴は動けないボクに向かって、球体になってい
る杖の先端を突き出してきます。
﹁あぐっ!?﹂
301
﹁お嬢様!﹂
次の魔法を詠唱する前にお腹に衝撃を受け、お腹を押さえ込みな
がら倒れてしまいます。そんなに強く打たれた訳でもないのに、結
構苦しいのです。
﹁くそ、このっ︱︱︱︱!﹂
涙に滲む視界の中で剣を抜いて斬りかかろうとした葛西さん、失
礼ながらあまり強そうには見えなかったのに、実際に振られた剣は
視認できないほどに早いです。ローブの男もその鋭さに驚いたよう
で、反応できていません。振り下ろされた剣は防御結界をたやすく
引き裂いて、動揺する男の身体に迫り︱︱
﹁︱︱ッ!﹂
︱︱当たる直前でその動きを止めました。
﹁こ、降参しろ!﹂
﹁ばかっ、何やってるのですか!﹂
間違っても殺せなんて言いません、でも途中で止めるなんて悪手
にも程があります。
﹁殺す必要はないだろ、勝負はついた!﹂
﹁ついてないから言ってるんです! ユリア!﹂
302
﹁はい!﹂
斧を振りかぶったユリアが突っ込んできましたが、奴はニヤリと
口元を歪めて葛西さんの胸元に杖を向けると、小さく口を動かしま
す。完全に読まれてしまったのです、彼は剣の腕は凄くとも人を殺
したことがない、傷付けることすら躊躇してしまうということを。
戦い慣れてる人間に、殺意の無い剣など脅しにもならないとご主
人さまが言っていたのを思いだします。
﹁ぐあっ!?﹂
﹁きゃッ!﹂
突風が巻き起こり、葛西さんとユリアの二人が弾き飛ばされます。
﹁二人とも!﹂
二人の名前を呼んだ瞬間、腕をローブの男に掴まれます。マズイ
とおもった時にはもう遅く、奴の呟きが聞こえました。
﹁︱︱転移開始﹂
足元に浮き上がった魔法陣が光を放つと共に周囲の景色が歪み、
移り変わっていきます。
﹁お嬢様!﹂
﹁ユリア! 作戦は続行です!﹂
303
ユリアの声が聞こえました、まだ繋がっているようです。胸元か
ら預かっていた紙片を取り出し歪んて見えるユリアに投げ渡します。
しかし転移術師が出てくるとは、ボク狙いなことに間違いはなかっ
たようですね。
厄介なことになってしまったものです⋮⋮。
304
tmp.26 状況は悪くなる一方︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻508︼−−◆︻176︼−−
◆︻158︼
MP420/420[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv15]HP38/50
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁さて、ヘビが出るかオークが出るか﹂
305
tmp.27 鳥籠の歌姫︵前書き︶
※8月23日
気絶した豚野郎から鍵束を奪う描写を追加。
306
tmp.27 鳥籠の歌姫
地下牢というには鳥カゴのような白く塗装された鉄格子に入れら
れたボクは、外から眺めてくるオークに髪を掴まれ、匂いをかがれ
ていました。
﹁くぶふ、この絹のようなきめ細かい肌、金糸の髪、淡い花のよう
な芳香⋮⋮、
間違いなく、かつて思い出の中にあるエルフと同じだ⋮⋮!﹂
脂ぎった顔、ぶよぶよの身体。何をどうすれば人間不摂生になれ
るのかもはや疑問しか浮かばないレベルのそれは、間違いなくオー
クでした。名前は確かポルノ伯爵でしたっけ。ボクを籠につなぐな
りにやにや眺めてちょっと口に出せないような卑猥な言葉で嬲って
きていたのです。
ちょっとだけ抜き出すとこの身体でどれだけあの生意気な男の物
を⋮⋮とか、ワシ色に染めてやったものをとか、そんな感じの内容
をねちねちと未練がましく。ぶっちゃけキモいとかそんなレベルじ
ゃありません、鳥肌が立ちっぱなしです。
ただ髪の毛の匂いを嗅がれてるだけなのに、ご主人さまにお布団
の中でねちねちイジメられる方がマシだと思える程度には酷いので
す。外見もあれですし、金と権力があってもモテないのでしょうね。
モテないから奴隷集めに走ったりするのです人としてダメダメ過ぎ
てもはや同情すら感じるのですよ、ぺっ。
﹁お前、湯浴みをさせて部屋まで連れて来い﹂
307
﹁はい﹂
握っていた髪を離すと、近くに居たメイドに言いつけてさっさと
退室してしまいました。お風呂に入らせて貰えるのですね、やった
ー。なんて喜べるはずもありません、絶対にアレされる展開です。
ご主人さまに色々とされるのは百歩譲って良いとします、でも他
の男となんてごめんなのです、しかもあんな豚野郎の相手なんて死
んでも嫌です、むしろ嫌悪感より先に物理的に圧死しそうです。
首輪に仕掛けられている防護機能が上手く働いてくれるといいん
ですが⋮⋮いや、ほんとにおねがいしますよご主人さま。魔法封じ
の手枷を付けられたまま浴室へと連れて行かれる道すがら、ボクは
ただ早く助けに来てくれることを祈っていました。
◇
浴室で体を磨かれていると、水の音に混じって僅かに歌が聞こえ
てきました。とても澄んだ歌声、聞いているだけで穏やかな気持ち
になれそうな声。
﹁これは⋮⋮?﹂
ボクのつぶやきにもメイド達は無反応、まるで動物を洗うかのよ
うに扱ってきます。気になりますね。何というかボクの事はついで
に見付けただけのようですし、この歌声の主が本命だったのでしょ
うかね。
何てふうに現実逃避をしている間に逃走劇の汚れをしっかりと落
とされ、丁寧に体を拭かれて髪の毛を乾かされた後、ボクはすけす
308
けの下着をつけられて豚野郎の前へ連れて行かれます。
途中で逃げ出すチャンスを伺ったのですが、メイドは二人体制で
前後を挟み込んでいて魔法なしではとてもかいくぐれそうにありま
せん。家事をやるだけの仕事なんだからもっと緩く、そう勤務中に
居眠りしちゃうくらいだらけていていいんですよ?
そんな内心のお願いなんてどこ吹く風、職務を忠実に遂行したメ
イド達に豚野郎の部屋へ押し込められて、扉の閉まる音で退路を立
たれました。
覚悟を決めて前を向くと、そこには上半身裸になってガウンを羽
織っただけの豚野郎が葉巻の煙をくゆらせていました、豊満な肉体
を武器にベッドをギシギシ言わせてます。胃の腑からこみ上げてく
る酸っぱいものを奴隷市場時代で培った精神力と人形の心で押しと
どめて、目を伏せます。
これが視覚の暴力って奴ですね、この場で吐かなかったボクは頑
張ったと思います。ぶじにたすけられたら、がんばったねって、ご
しゅじんさまにいっぱいほめてもらうんだ、えへへ。
﹁さぁ、こっちへ来るんだ﹂
⋮⋮お願いだから現実は引っ込んでいてください、ボクはこのま
ま夢の国の住人になります。ネバーランドで海賊どもをぶちのめし
てボクが海賊王になるのです、山豚はお呼びじゃないのですよ。
その場で佇み、震えて時間を稼いで居ると豚がベッドに悲鳴をあ
げさせながら立ち上がり、ぶよぶよの手を耳に伸ばして来て顎や耳
を撫でます。
309
︱︱キモチワルイ。心理的な嫌悪感が尋常じゃありません、透け
ている下着越しに体をじろじろと見られるのも耐え難いほどに、泣
きそうなほどに気持ち悪いです。おかしいですね、ご主人さまにも
同じような目で見られているのに、コイツの視線はどうしようもな
いほど怖いのです。
ご主人さまに触られるのはくすぐったいとか恥ずかしいと思うだ
けで、こんなに嫌だったり気持ち悪かったりしなかったのに。これ
じゃまるでご主人さまならそういう事をされてもいいって思ってる
みたいじゃないですか、こんなの絶対おかしいです、ありえません。
さてはこの豚野郎の陰謀ですね、そうだったんですね。わざわざ
転移術師を雇ってまでボクを貶めようとはふてぇ野郎です、文字通
りの太さに怒りが湧き出してきます。
もしその汚らしいぽーくびっつを差し出してきたらその場で噛み
ちぎってやるのです、もはや手段は選びません、エルフの恐ろしさ
を身を持って知るべきなのですよコイツは!!
﹁くぶふふ、まさかエルフを手に入れられるとは、
サイレンも手に入れることが出来たし、ワシは天に愛されておる
ようだ﹂
サイレン⋮⋮? 何でしょうか、サイレン、サイレン⋮⋮歌声、
セイレーン? 聞いたことない種族ですね、人魚はあるのですけど。
こいつはそれを探しに来てボクも見付けたのでついでにゲットした
ってところでしょうか。
﹁随分と反抗的な目だが、お前の主人は助けにはこんぞ?
310
何しろアヴァロの奴が山一つ向こうまで飛ばしてやったからな!
近衛が半壊した時は肝を冷やしたものだが、騎士どもを動員すれ
ばあんな小僧一人⋮⋮﹂
なんとなく事件の全容がつかめてきました、恐らくあの時ご主人
さまは転移魔法に巻き込まれてこの屋敷へ入り込んでしまい、コイ
ツ率いる連中と戦闘になった。ですがご主人さまに貴族の私兵ごと
きが敵う筈もなく、危機を感じたアヴァロとかいう転移術師ができ
るだけ遠くに飛ばしてしまったと。
ほんと厄介ですね転移魔法、事前に対策を立てておかないと抵抗
も出来ないのでしょう。危険です。それにしても脱出してすぐ迎え
に来てくれなかった理由が解りましたね、確かにそんな遠くに放り
出されて居たらすぐ戻ってくることはかなわないでしょう。
しかも戻ってきたら騎士達には指名手配中、普通ならその時点で
詰みですからね。で、豚さんが悔しくてそいつをどうにかしようと
身元を調べてみたらエルフらしき生き物を発見。子飼いの転移術師
を寄越して確保した、と。
なんというとばっちり⋮⋮ってボクの自業自得なんですかねこれ
は。
かお
﹁くぶふふふ、良い手触りに、表情だ、
もう男を知っているとは思えんな、元主人で慣れておるだろうに﹂
⋮⋮考える事で必死に思考を逸らしてましたけど、限界です、気
持ち悪くて泣きそうです。手が喉や鎖骨あたりをなぞるにつれて吐
き気と寒気で奥歯がカタカタ言い始めました。
311
﹁それともあの小僧、手を出していなかったのか?
まぁ良い、確かめてみれば解ることだ、さぁこちらに⋮⋮ガッ!
?﹂
ベッドに引きずり込まれそうになった瞬間、割りと本気で阻止し
ようとその場で踏ん張っていると、首輪からバチィンと乾いた音が
して豚野郎がベッドに向かって仰向けで倒れてしまいました。恐る
恐る顔を覗きこんでみると完全に白目を剥いてしまってます。
﹁は、ふぅぅぅ⋮⋮﹂
助かったという安堵で力が抜けてしまいました。怖かった、本気
で怖かった!
ご主人さまに感謝です、かなり強力な防御魔法を仕込んでいてく
れたのですね、本当に、本当に助かりました。今なら何でもいうこ
とを聞いてあげてもいい⋮⋮。
次いでに思い切り股間を踏みつぶしてやろうかと思いましたけど、
そんなことして起きられたら厄介です。復讐は舞い戻ったご主人さ
まにお任せするので今日は見逃してやるのです、感謝しやがれ。
シーツで触られていた顔やら耳やら髪やらをちょっと赤くなるま
でこすって拭うと、何か役立ちそうな物はないかと部屋の中を軽く
物色してみます。すると奴の服の内ポケットに鍵束を見つけました、
残念ながら手枷のものではないようですが、一応貰っておきましょ
う。後は音を立てないように鍵を開けてそっと廊下を伺います。ど
うやらあの豚は邪魔されるのを嫌がったみたいで人払いしてくれて
いたみたいです、よくやってくれました。
312
できれば全力で浴場へ直行したいのですが、流石にそんな余裕は
ないでしょう。このまま脱出するにしても荷物を取られてしまって
一人じゃ厳しいですし、この後どうしましょうね。首輪の位置はご
主人さまに判明してるはずですから、助けに来るのを安全な場所に
隠れて待つしかないですかね。
隠れる場所を探し、気配を殺しながら廊下を歩いていると、浴室
でも響いていた歌声が聞こえました。きれいな歌声です、誘われる
ように歩いて行った先は地下室、見張りはいないようでちょっと不
用心ですが助かりましたね。
魔法を封じる手枷はそのままなので接敵したらその時点でアウト
ですから、暗い階段を足元を確かめながらゆっくりと降りていきま
す、歌声はどんどん鮮明になります、優しくて、どこか切ないよう
な、郷愁を誘う歌詞。
たどり着いた先には扉、鍵束をいくつか試してみると合致する物
がひとつ、扉を開けて地下室の中へ入ると、淡い光に照らされた巨
大な格子付きの水槽のようなもの。その中は半分が水で満たされて
いて、丁度水面にあたる部分に台のような物が備え付けられていま
す。
彼女はそこにいました。上半身は人間の少女、ボクと同い年くら
いでしょうか。ヘソから下は魚のような尾鰭に、薄暗い中でも映え
るチェリーブロンドの髪。腕の肘から先には純白の翼を付けていま
した。
まるでハーピーとマーメイドの中間のような姿⋮⋮これが。
﹁さいれん⋮⋮?﹂
313
呟きが地下室に響くと彼女は歌声をやめて、髪と同じ色の瞳をま
んまるに見開き、ボクを見ました。
314
tmp.27 鳥籠の歌姫︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻508︼−−◆︻176︼−−
◆︻158︼
MP420/420[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv15]HP38/50
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁なんという混合種族ですか﹂
315
tmp.28 渾身の一撃︵前書き︶
※前話に鍵束を入手する行を追加してあります、ご注意ください。
316
tmp.28 渾身の一撃
見つめ合っていた時間はどれくらいだったでしょうか、可愛い子
だと思います。ぱっちりとした眼に小さな桜色の唇。不安げに揺れ
る瞳はどこか保護欲をかきたてる雰囲気を醸し出していました。
﹁⋮⋮あ、の、君はだれ?﹂
小さく首をかしげた彼女の口が紡ぎだしたのは、撫でるような優
しい声。それでやっと我に返ったボクは、愛想笑いを浮かべながら
挨拶をします。
﹁あっ⋮⋮えっと、ボクはソラっていうのです、
ご覧のとおり、御同輩ってやつです﹂
つけられたままの手枷を軽く掲げて見せながらいうと、彼女の眼
は悲しげに歪められました。その両手をこちらに見せると、同じよ
うな手枷がつけられていたのです。
﹁わたしは、フェレルリリテ﹂
変わった名前だけど、どこかきれいな響きの名前。
﹁そうですか、良い名前ですね⋮⋮フェレって呼んでもいいですか
?﹂
でも普通に呼ぶにはちょっと長いので愛称で呼んでいいか確認し
ましょう。
317
﹁⋮⋮う、うん、じゃあわたしも、ソラって呼んでいい?﹂
ちょっとだけ動揺した様子が見えました、嫌がってる風ではない
ので大丈夫でしょうけど、こういうのにあまり慣れていないのです
かね。
﹁そっちにいってもいいですか?
ちょっとお話しましょう﹂
﹁え、うん⋮⋮うん、いいよ﹂
何度も頷く彼女の水槽、梯子を使って登っていきます。蓋には外
鍵がかけられていましたが、やはり奪った鍵を使うことであっさり
と開きました、目を見開く彼女に微笑みかけます。
﹁隣、失礼しますね﹂
﹁⋮⋮うん﹂
腰かけてよく見てみると、腕は普通の人間のようで、肘から先に
羽毛が生えている状態。下半身は魚っぽいですけど、鱗は見当たら
ずすべすべしている質感です、例えるなら⋮⋮イルカとかシャチ?
おへそもあるみたいですし、分類でいうと哺乳類にあたるんでし
ょうかね。
﹁そ、ソラ、は、どうしてここに?﹂
どこかおずおずと、緊張した様子で彼女が声をかけてきました。
不思議なことに何か記憶が刺激される光景です。
318
﹁それはですね⋮⋮﹂
取り敢えず答えることにしましょう、聞くも涙、語るも涙な逃走
劇について話すと、彼女はちょっと落ち込んでしまいました。
﹁そう、なんだ、あのお兄さんがソラの、ご主人さまなの?
ごめんね、わたしのせいで、巻き込んじゃって⋮⋮﹂
泣きそうになってます、一番辛いのは自分でしょうに⋮⋮優しい
子なのですね。
﹁気にしなくていいのです、ボクが無理して頼んだことですし、
結局助けてあげられなかったですしね⋮⋮でも安心してください、
ご主人さまが迎えに来るので、その時に一緒に助けて貰いましょ
う﹂
そうやって励ますと、彼女は顔を上げると、少しだけ表情をゆる
めて微笑みました。
◇
お互いの身の上話をする過程で、彼女についてもちょっとだけ分
かりました。どうやら彼女の種族はサイレンという、人魚族の中で
極稀に産まれる個体だそうで、その歌には高い魔力が宿るとか。で
すが海の中にあってなお翼を持つ彼女は集落の中で浮いてしまい、
ついに追い出されてしまったそうなのです。
途方に暮れ、一人であてもなく海をさまよっていたところ、たま
たまこの近辺で休んでいたら謎の男たちに追い掛け回され、ついに
319
捕まってしまいこの水槽に入れられてしまったと、そういう顛末だ
ったそうです。
ご主人さまは間に合ってはいたんですけど、転移持ちにしてやら
れたのでしょう。ボクの必ずでられる、海へ帰れるという無責任な
慰めと励ましの言葉に彼女はゆっくりと俯くと、弱音を吐き出しま
した。
﹁外に出ても、行く場所がない⋮⋮、私は、一人ぼっちの種族だか
ら﹂
今にも泣きそうな彼女はとても寂しそうで、ボクの悪い癖がまた
でてしまいそうになります。
﹁⋮⋮じゃあ、一緒にきますか?
ご主人さまは自分から望まない限り手を出して来ないですから、
安全ですよ﹂
ボクに対して以外はですけどね、渋い顔はされるかもしれません
けど、無碍に断ったりはしないはずです。ただ、そろそろ借りを返
さないといろいろ大変なことになりそうで怖いですね。
﹁かってにきめて、いいの?﹂
﹁う、うーん、迎えに来てくれたら、頼んでみます⋮⋮﹂
確かに勝手に決めたらまずいので、一旦保留ということで⋮⋮。
自分の力でどんっと出来ない事が情けないのですよほんとに。自信
なさ気な返事に彼女はくすくすと笑いました。
320
﹁ソラは、そのご主人さまのこと、すきなんだね﹂
そして笑顔のまま頓珍漢なことを言い放ったのです。
﹁⋮⋮何でそうなるのですか﹂
﹁だって、その人のこと、しんじてるんでしょ?﹂
そりゃあまぁ、チートですからね。こういう時は真っ先に動いて
くれると思いますし、迎えに来てくれるとは信じてますけど、それ
とこれと一緒にしないでほしいのです。恋愛脳はユリア一人だけで
十分なのですよ。
﹁じゃあ、嫌い?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
思わず目をそらしてしまいました。好き嫌いで言うなら⋮⋮嫌い
じゃない? うん、やめましょうこんな暗い話は、体にも心にも良
いはずがありません。
﹁ねぇ、もっと歌が聞きたいです﹂
﹁あ、話そらした!﹂
気のせいです。
﹁しょうがないなぁ、聞かせてあげる﹂
口でこそしょうがないなどと言ってますが、その表情はとても嬉
321
しそうなものでした。
﹁⋮⋮えへへ、友達に聞いてもらえるのなんて、はじめて﹂
⋮⋮はじめてなのはいいんですけど、なんでラブソングを歌うん
ですかね?
◇
彼女の歌はバラッドやラブソングばかり三曲ほど続いた後、突然
の爆音で終わりを告げました。誰ですかねこんな派手な花火をぶち
かましたのは⋮⋮って心当たりは一人しかいないんですけど。予想
より遥かに早かったですね、一体どんな手品を使ったのか。
﹁どうやら迎えが来たみたいです、一緒に⋮⋮来れますか?﹂
フェレの脚⋮⋮鰭? を見ながらいうと、彼女はそれで水面をば
しゃばしゃと叩き、大丈夫と返してきました。地上で行動できるん
でしょうか。彼女も小さいとはいえボクもよりは少しだけ、気持ち
だけ大きいのです、抱えて走るなんて無理無茶無謀ですよ。
しかしボクの心配をよそに、彼女は器用に尾鰭だけで立ち上がる
と台の上を跳ねて移動し始めました。結構力あるのですねそれ。
﹁手が使えれば、羽で浮けるんだけど⋮⋮﹂
なるほど⋮⋮地上での移動はそっちで補う感じですか。取り敢え
ずは自力で移動できるようで何よりです。
﹁では、一緒に行きましょうか﹂
322
﹁⋮⋮⋮⋮うん﹂
それでもフェレは少しだけ悩んだような素振りで、でも力強く頷
いて返しました。さぁ、脱出開始なのです。
彼女を支えて階段を登っていくと、廊下では警備の兵とか屯して
いるごろつきの声が聞こえます。遠くから剣戟の音も聞こえてます
ね。何はともあれ混乱している今がチャンスというやつでしょう。
﹁ね、ねぇ、やっぱり戻ったほうがいいんじゃ﹂
しかし戦いの気配に不安になってしまったのか、フェレは凄く及
び腰です。確かに無理からぬことだと思います、でもここで頑張ら
ないと、自由はきっと得られません。
﹁大丈夫です、頼りないかもしれないけど、
援軍がくるまではボクがちゃんと守りますから﹂
ボクだって男の子ですからね、いつもみたいにご主人さまに頼り
っきりではあまりにも情けないのです。事の発端として少しくらい
はカッコつけさせてほしいのですよ、ボクだってたまにはその他大
勢のエキストラではなくヒーロー役をやってみたいのです。
﹁うん⋮⋮﹂
二人で一緒になって、気配を殺しながら廊下を進みます。幸いに
も屋敷の警備は外の対応でてんやわんやでまともに機能していませ
ん、慎重に慎重に、裏からでられる場所を探して移動します。
323
途中までは順調だったのですが、庭に通じる扉まであと一歩とい
うところで背後から鋭い声がかけられました。
﹁待て、ガキども﹂
ゆっくりと振り向くと、そこにいたのはボクたちをさらった痩せ
ぎすの男。名前は⋮⋮どうでもいいですねこんな奴。
﹁ふん、こそこそ動いてたようだが俺様の眼は誤魔化せん﹂
妙に態度が尊大なのですよ、ただの逃亡中の泥棒のくせに。しか
し状況はマズイですね、ボクは身体能力はよわよわ、しかも魔法は
封じられている状態⋮⋮フェレも同様でしょう。見つかった時点で
戦闘にすらなりえません。
だからといって、素直に捕まってやるほどボクは甘くないのです
がね。男の意地としてフェレだけでも逃がしてみせるのですよ。
﹁フェレ、ボクが隙を作ります、何とか逃げて、
黒い髪のシュウヤって男性か、赤い髪のクラリスって女性を呼ん
できてください﹂
ご主人さまはまだ解りませんが、少なくともクラリスさんは来て
いるはずです。合流さえ出来れば何とかなるでしょう。
﹁逃げられるわけがないだろう!﹂
気が短いですね、奴は話が終わる前にボクたちに杖を向けてきま
す。フェレを背中で庇いながら、少しずつ後退していきます。
324
﹁そ、ソラ⋮⋮﹂
﹁大丈夫ですよ﹂
奴は雇われの身、ボクたちに対して強気な攻撃は繰り出せないは
ず。ボクに勝機があるとすればそこだけでしょう。幸いにも身体能
力は見た目相応にひょろそうなので、全体重をかけて急所を打てば
何とかなるかもしれません。
﹁ボクはあんな根暗やろうになんかやられないのです﹂
どちらかといえばフェレを励まそうとした言葉でしたが、すぐさ
ま反応を返したのは痩せぎすの男の方でした。
﹁⋮⋮今﹂
血走った眼を見開いて、口角泡を飛ばしながら彼は声を荒げます。
﹁今なんて言いやがったぁ!?﹂
﹁な、うぐぇっ!?﹂
衝撃波で吹き飛ばされます、庇ったフェレごと地面にたたきつけ
られて割りと洒落にならないくらい痛いです。このくらいでキレる
とかちょっとカルシウムが足りてなさすぎじゃないですか、それと
も根暗ってワードに何かトラウマでもあるんでしょうか。
﹁お前も、お前みたいな! 奴隷の分際でぇ!!﹂
325
﹁そ、そら⋮⋮きゃあ!﹂
﹁がっ⋮⋮うぐ、ふぇれ、離れない、ぎうっ!﹂
むちゃくちゃに杖が振るわれる度に衝撃が襲ってきます、その度
に首輪から甲高い音がして周りに薄い膜みたいなものが一瞬だけ映
るので、恐らく防御魔法が発動しているのでしょう。でもそれを突
き抜けて痛みに似た衝撃が貫通してます。ということは一撃一撃に
喰らうと笑えないダメージがあるという訳で、フェレをむき出しに
するのは最悪の手です。
﹁ソラ、大丈夫!?﹂
﹁な、なんとか、うぎゅっ!﹂
﹁俺を馬鹿にするなぁぁぁぁ!!﹂
フェレを庇うように抱きしめながら歯を食いしばります、衝撃は
それだけで疲労を蓄積させてくるので、このままだとちょっとまず
いのです、が逆にチャンスでもありました。
﹁ぜぇ、ぜぇ、奴隷のくせにぃぃぃ!﹂
魔法は集中力が命、無闇矢鱈に連発していたらあっという間にガ
ス欠を起こすのです。奴はすぐに息切れを起こし、肩で息をしはじ
めました。
﹁そら、そら!!﹂
泣きそうな声でボクの名前を呼んでます。全身痛くてびりびりし
326
てますが動けないほどではないので、騙しているようで気が引けま
すが勘弁して貰いたいです。
﹁ぜぇ、ぜぇ、はは、良い様だ!﹂
勝利を確信したのでしょう、奴は無防備に大股でこちらに歩いて
来ます。後少し、もうちょっと⋮⋮十分近づいたところで一気に体
を起こし、下から上へ突き上げるように体重を乗せて持ち上げた膝
を、ヤツの股間に叩き込みました。
﹁︱︱︱︱︱︱︱﹂
完全に無防備な状態で決まりました、魔力を使いすぎて障壁もな
かったのでクリティカルヒットでしょう。膝に弾力のあるものが潰
れるような感触が伝わってきて正直気持ち悪いですが我慢ですね。
悲鳴なのか汽笛なのかよくわからないか細い悲鳴を上げながら白
目を剥いて泡を吹き、仰向けにぶっ倒れました。豚野郎とおそろい
なのですよケケケ。
﹁ソラ!﹂
﹁はぁ、はぁ、見てましたかフェレ、大勝利なのです!﹂
﹁⋮⋮う、うん﹂
何はともあれ連れ去られたリベンジは果たしてやったのですよ、
ざまぁみろなのです。ちょっとぼろぼろですけどね。にしてもなん
だかフェレの目が微妙な物を見るような感じですがどうしたのでし
ょうか。
327
﹁ねぇ、ソラ⋮⋮なんで前かがみなの?﹂
﹁⋮⋮あれは死ぬほど痛くて苦しいのですよ﹂
確実に勝利するためとはいえちょっと可哀想だったかもしれませ
ん、せめて冥福くらいは祈ってあげましょう。倒れた彼にむかって
心の中で手を合わせていると、廊下の向こう側から凄い勢いで走っ
てくる人影が。
﹁ソラ!!﹂
︱︱もう、遅いのですよご主人さまってば。
328
tmp.28 渾身の一撃︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻508︼−−◆︻176︼−−
◆︻158︼
MP420/420[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv15]HP38/50
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁やっと落ち着けるのですね⋮⋮疲れました﹂
329
tmp.29 歌姫さんいらっしゃい
一週間が経ちました。あの後ボクとフェレを回収したご主人さま
は、立ちはだかる豚野郎と警備兵を爆発魔法でもろとも吹き飛ばし
て華麗に街を脱出しました。その後は用意されていた小舟に乗っか
り、沖にある無人島で悠々自適の逃亡生活を営んでいました。
ご主人さまの行動ですが、やはりボクの予想通り岩陰で誘拐しよ
うとしているごろつき共を発見、取り敢えず助けようとしたのです
が発動直前だった転移魔法に巻き込まれて一緒に屋敷へ、そこで豚
野郎に誰何され攻撃を受けそうになったので適当に兵を蹴散らした
のですが、一瞬の隙を突かれて奴の転移魔法で近くの山へ飛ばされ
てしまったのだとか。
慌てて街へ向かっていたのですが、ボクの反応がユリアと一瞬で
遠くまで離れた事で危機を察知、あまり使いたくなかった魔法まで
使ってここまで戻ってきたのだとか。その後はユリアや他のメンバ
ーを回収してボクの救出へ出向き、後一歩で間に合わなかったと。
フェレはちょっと人見知りが発動して、拠点に選んだ洞窟近くの
泉で普段は過ごしています。ご主人さまは魔法の副作用で全身が酷
い筋肉痛らしく、まる二日ほど動けない状態でしたが、あっという
間に回復し今では元気です。
呑気に夜這いしてくるレベルなので全快と言っても過言では無い
と思います。
そんなわけで、海辺のバカンスがあらびっくり、無人島サバイバ
330
ルに変化したまま後始末をしてくれているというクラリスさんから
の連絡を待っているのでした。
◇
今日もまた無人島の朝が来ます、まぁ無人島といっても相変わら
ずご主人さまの力で快適空間なのですけどね、本当にただのバカン
ス気分です。寝ているご主人さまを起こさないようにゆっくりと身
体を持ち上げて離れます。
岩を削りだされたキッチンから良い匂いがしてくるので、ユリア
はもう起きて食事の支度をしているのでしょう。ルルはご主人さま
の腕枕でまだ夢のなか、顔を洗うついでにフェレに挨拶をしてきま
しょうか。
そうそう、フェレですがボクの身体を張った説得の甲斐あって無
事にファミリー入りが認められました。スク水だとかブルマだとか
着させられた挙句に色々と屈辱を味わうはめになりましたが、今と
なっては些細なことです⋮⋮くすん。
そんな苦労を経て仲間に入れることが出来た彼女は、思ったより
ルルと相性が良かったみたいでして、短い間にいろいろ話したり相
談したりして大分打ち解けたみたいです。そのおかげでユリアやご
主人さまにもさほど抵抗なく馴染みつつあるようで、一安心ですね。
薄手のガウンとタオルを二つ、後は手ぬぐいを持って朝もやに霞
む泉の畔へしゃがみこむと、持ってきた手ぬぐいを水で濡らして下
半身を綺麗にします。冷たい水が心地よいです。水音を聞きつけた
のか、澄んだ歌声が泉の周囲に流れ始めます。
331
フェレは歌うのが好きで、しかも聞いてもらえるのはもっと好き
らしく、朝皆が起きだしてから朝食までの時間は大抵こうやって洞
窟の側で一人歌を口ずさんでいるのです。人力目覚ましですね。
﹁フェレ、そろそろごはんですよー﹂
﹁うん!﹂
身体を綺麗にし終えると、一言声をかけます。岩の向こうから返
事と共に何かが水に落ちる音が聞こえます。しばらくすると水面が
盛り上がり、フェレが顔を出しました。片方のガウンとタオルを渡
して、彼女が自ら上がる手伝いをします。
こう見えて彼女、やっぱり哺乳類のようです。ご主人さまが意外
に詳しく、サイレンは非常に希少ですが稀に発見例もあるみたいで
した、女性ばかりで美しい歌声で繁殖相手を水辺に呼び寄せ、水中
に引きずり込んでから無理矢理生存戦略を行うそうです。
何というか凄い妖怪チックな存在ですが、基本的に身を守る意外
で人を殺したりはしないおとなしい種族な上に、歌声は魔除けの力
もあるとかで船乗りにとっては幸運の象徴なのだとか。
その話を聞いた時にご主人さまに水の中に引きずり込まれないよ
うに気をつけないといけませんねーと冗談めかしていっておいたの
ですが、何故か﹁気をつけるのはお前だ﹂と真顔で返されたのは記
憶に新しいです。
﹁何ですか?﹂
﹁⋮⋮ううん、なんでもないの﹂
332
なんだかじーっとボクを見ていたフェレに問いかけると、ちょっ
ヒロイン
と頬を赤く染めてうつむきました。凄いあざとい仕草です、これが
女子力ですかね⋮⋮ボクには欠片もないものなので解りませんが。
﹁ねぇ、ソラ﹂
﹁はい?﹂
いつの間にか手を差し出してきたので、握ってゆっくりと洞窟へ
戻っている途中。フェレがなんだか妙に熱っぽい視線を向けながら
聞いてきました。
﹁あの、ね、わたしたち、親友だよね?﹂
⋮⋮なんだかゾクっとしました。今朝はちょっと肌寒いみたいで
すね、早めに戻らないといけません。というかいつの間に友達から
親友にランクアップしたのか、永遠の謎です。まるで⋮⋮そう、ま
るでコリンズさんの話をしている時のクラリスさんのような瞳の彼
女から目を背けて、洞窟をまっすぐと見つめます。
﹁⋮⋮は、はい﹂
﹁えへへ、うれしい﹂
極力目を合わせないように頷けば、フェレは満足そうに微笑みま
す。そしてその笑顔を見たボクは︱︱考えることをやめました。
◇
333
無人島生活も十日目、まだクラリスさんからの連絡はありません。
どうやら手間取っているようですね、無事に戻れるといいのですけ
ど⋮⋮まぁご主人さまと一緒ならどこへ行こうが安定のチートでな
んとでもなるのでしょうけど。食料も買い込んで保管していあるも
のが大量にあるので、あと半年くらいは余裕で籠城できますし、み
んなも長めの休暇と洒落込むことにしたみたいです。
そんなご主人さまはハウジングに夢中で、洞窟内はどんどん快適
空間へと変貌していっています。ルルは釣りに目覚めたみたいで、
ご主人さまに作ってもらった釣り竿で海岸へ魚を捕りにいくのが日
課になり、ユリアは魚料理の研究に余念がなく、フェレはご主人さ
まやボクから地球産の歌を仕入れては嬉々として歌っています。
ボクは基本的には家事をこなしているのですが、最近ちょっと怖
いことがあります。廊下を四つん這いで床を拭いている時にお尻に
強烈な視線を感じて、ご主人さまかと思って振り向くとフェレがよ
だれを垂らしそうな顔でじっと見ている⋮⋮というのが結構な頻度
で起こっているのです。
妙にベタベタ手を握ろうとしてきたり、スキンシップを図ろうと
してきたりと妙な気配は感じていたのですが、まさかのまさか、狙
われているのはボクだったみたいです。取り敢えず水辺には近寄ら
ないように注意してはいますけど、ボクは無事に陸地に戻ることが
出来るのか、それだけが気がかりです。
というか一体ボクのどこに彼女は惹かれたのか⋮⋮。
﹁ねぇ、フェレ?﹂
﹁なぁに?﹂
334
今日も雑巾がけの最中、背後に気配を感じたので話しかけてみる
とあっさり返答がきました。
﹁何でボクなんですか? あのとき庇ったから?﹂
もしかしてあの時庇ったのが功を奏したのか、意外とちょろいん
さんだったのかと思って聞いてみると、彼女はきょとんとした後、
小さく首を横に振ります。
﹁ん、はじめて出来た友達が嬉しかったのはほんとう、
かばってくれて嬉しかったし、好きになったのもそう﹂
でも、と彼女は区切ります。
﹁わたしがソラのこと、すきになったのね、歌声だよ、
優しくて、あったかい歌声⋮⋮これも一目ぼれ? なのかな﹂
思い返すのは、ボクとご主人さまが異郷の出であることを知った
フェレとルルが故郷の歌を聞かせてほしいとねだった時のこと。あ
れはここに来て四日目くらいでしたか、恥ずかしがるご主人さまに
変わってボクが知っている、一般受けしそうなアニソンやポップス
をいくつか歌ったのです。
一生懸命歌いはしたのですが、彼女と比べるのもおこがましいほ
ど音程もばらばらで下手っぴな歌。それを気に入られたというのは
嬉しいような恥ずかしいような。
﹁あの歌をね、聞いた瞬間思ったの⋮⋮﹂
335
どこかうっとりとした様子で彼女が語り出します。
﹁この子に、わたしの赤ちゃんを産んでほしいって﹂
﹁うん⋮⋮えっ?﹂
い、一体どこから突っ込めばいいのかわからないのですが。
﹁あの、フェレって実は男の子とかじゃないですよね﹂
もしそうだとしたら、ご主人さまに頼んで隔離してもらうしか無
いのですが。
﹁? ううん、ソラとおんなじ女の子だよ﹂
慎重に言葉を選んで続けます。
﹁ボクの赤ちゃんがほしい、じゃなくて、ボクに赤ちゃんを産ませ
たい、なんですか?﹂
﹁うん、なんかね、ソラはね、そっちのほうが似合うとおもったか
ら﹂
﹁おまえはいったいなにをいってるんだ﹂
だ、だめです⋮⋮ボクにはこの子が理解出来ません。取り敢えず
絶対に水辺に近づいてはいけないと、ボクは心のノートに強く刻む
のでした。
336
tmp.29 歌姫さんいらっしゃい︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻4︼−−−−◇︻4︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻3︼−−−−◇︻2︼−−−−
◇︻2︼
[◇TOTAL
−−◇︻5︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻531︼−−◆︻190︼−−
◆︻187︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP32/32[正常]
MP420/420[疲労]
[シュウヤ][Lv55]HP672/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP22/50
[ルル][Lv47]HP602/602
MP60/60
MP330/330[正
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
[フェレ][Lv14]HP35/35
常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
337
︻一言︼
﹁魚釣りおもしろい!﹂
﹁料理楽しい!﹂
﹁そらちゃんちゅっちゅ﹂
﹁たすけてごしゅじんさま﹂
338
tmp.30 裸の王様
無人島生活も一月に差し掛かり、ルルが野生児化してフェレがボ
クを狙う視線が危険領域に入り込んだ頃。やっとクラリスさんとコ
リンズさん、そして妙に落ち込んでいる葛西さんが報告を持って島
を訪れました。
﹁⋮⋮いつの間にか随分とバカップルぶりが上がったわねあんたた
ち﹂
﹁これも全て悪い妖怪から身を守るためなのですよ⋮⋮﹂
白いビキニ姿で、ご主人さまの膝に座っているボクを見たクラリ
スさんが開口一番に失礼なことを言い放ちました。ボクだって好き
でこんな状態で居るわけじゃありません、ご主人さまの傍に居ない
と近くの泉に住み着いた水棲妖怪が、ピラニアのごとくボクの下半
身を狙ってくるのです。
﹁私にはその悪い妖怪に食われる直前に見えるんだけど﹂
﹁気の、せい、です﹂
ごしゅじん
随分とウィットに富んだ受け答えが出来るようになりましたね、
クラリスさん。お尻を撫でようとする変態野郎様の手を両手を使っ
て阻止しながら、愛想笑いを振りまきます。
﹁まぁいいわ⋮⋮それでベルマ子爵の件だけど﹂
339
やっと本題に入ったみたいです。
﹁刑罰が決まったのか?﹂
﹁トンマ男爵には出来るだけ重罰を与えてほしいのです﹂
ボクとご主人さまの期待を込めた視線を受けたクラリスさんはし
かし深い深いため息を吐きました。
﹁喜びなさい、無罪放免よ﹂
﹁だろうなぁ﹂
﹁⋮⋮ほわっつ?﹂
え、おかしいですよね。何で無罪放免なんですかね⋮⋮奴隷の違
法取引は結構重罪です、貴族でも破ればそれなりに厳しく罰せられ
ます。どうせ軽い罰で済むんだろうなとは思ってましたけど、全く
お咎めなしとは⋮⋮可能性としては証拠不十分?
﹁⋮⋮証拠も全部揃えて、
根回しも全てして国王へ持って行ったわ、
その結果がはい、これ﹂
投げ渡されたのは、何なら見覚えのあるマークが入った封筒⋮⋮
これ確かボクたちの住んでいるフォーリッツ王国のマークですよね。
﹁﹃奴隷誘拐犯キサラギ・シュウヤへ告ぐ、
上記の者、誘拐せしめたエルフを正当なる所有者である国王へ
と速やかに返還せよ。﹄
340
⋮⋮つまり、ソラ目当てに国王がでしゃばって来たってことか?﹂
﹁そういうことね、私達にも捕縛命令が出てるわ、
素直に従えばよし、抵抗すれば⋮⋮と言いたいところだけど、
まぁ軽く戦った後で適当に逃げて頂戴、あたしはまだ死にたくな
いのよ﹂
﹁シュウヤ君、こんなことになって本当にすまない⋮⋮﹂
﹁ソラちゃんも、シュウヤも本当に悪かった、俺が不甲斐ないばか
りに⋮⋮﹂
﹁いや、マコトは関係ないよ、悪いのはあの貴族どもだ﹂
﹁ごめん⋮⋮﹂
︱︱︱︱はっ!? おっと現実逃避してました。これはあれです
かね、あのオーク系男子であるブタバラ伯爵からボクの話を聞いた
国王のハゲがボクのふけば飛ぶような貞操を狙ってきてるってこと
ですかね。これがモテ期って奴でしょうか、今ボクは最高に波が来
ているようです、モテモテな逆ハーレムも夢じゃありません。
構成員は変態、死神、貧乏神、邪神、キワモノ系乙女ゲーもびっ
くりのラインナップです。つらい。
﹁そういう訳だから、適当に戦って負けたら帰るから、準備できた
ら声かけて﹂
絶望するボクを他所にRPGのボスキャラみたいな事を言って洞
窟を去ったクラリスさん達を見送った後、大丈夫なのかとご主人さ
341
まを見上げます。
﹁心配いらない、お前は俺が守るからな﹂
﹁わかりました、十分わかりましたから!!﹂
勢いで押し倒そうとしてくるご主人さまを押しのけます、ボクも
そろそろ脱出の準備を始めたほうがいいかもしれません、もたもた
してると色んな意味の危険が襲ってきそうです。
◇
召集を受けて集まったハーレムメンバーに事情を説明し、相談し
た結果。拠点を放棄して大陸の北部にあるという未開拓の空白地帯
へ逃れる事へ決まりました。無人島を快適空間に出来るならあのへ
んを開拓するのもよさそうだと思ったのが理由です。ゆっくりとお
風呂だって入りたいですしね⋮⋮住み慣れた家を放棄するのは残念
ですが、ご主人さまが書状を確認した時点で遠隔で家を自壊させる
魔法を発動させたので戻っても瓦礫の山みたいですが。
因みに肉食魚もついて来ることが決まりました。ご主人さまの奴
隷でもないのに図々しいですねこの子。
﹁わたし、ソラを孕ませるの諦めてないから﹂
そこは諦めましょうよ。何ですかこれ、自分を神棚に祀る勢いで
行った上から目線の罰が当たったんですか? 神様は赤信号を無視
したくらいで落雷で人を殺すのですか? この世界の神ならやりそ
うで怖いですね、ふぁっきんごっど。
342
﹁取り敢えず十人くらいは俺の子を産んでもらう予定だから、その
後でな﹂
まいますたー
所で変態幼女趣味は一体ボクに何人産ませる気なんですかね。取
り敢えずで十人ってボクを一体何だと思ってるんですか、産む機械
ですか? まぁ一人くらいは産んでやっても構わないのですが、そ
この魚の発言は全力で拒否しやがれこんちくしょうなのです。
﹁わかった、それまで待つね﹂
うみぶた
わかったじゃねぇのですのこの海豚モドキが! 活造りにします
よ、オーストラリアなんかこわかねぇのデス!!
﹁あれ、先輩を取り合って修羅場るかと思ってたのに、ちょっと意
外?﹂
ルルがそんな普通の感想を漏らします、そうですよね、おかしい
ですよね、ボクは二人が牽制しあって安全地帯が生まれる事を期待
していたんです、でもね、実際出来上がったのはですね?
﹁おなじソラを愛するもの同士、敵対は愚かだと思うの﹂
﹁そういうことだな、潰し合いよりも協力しあおうと話したんだ﹂
へんたいどうめい
この紳士協定な訳ですよ。神様はそんなにボクの事が嫌いなんで
すかね、嫌いなんですよね、知ってます。安心して下さいボクも大
っ嫌いなので、絶対ぶちころしてやる!!
﹁それで、準備は出来たかしら﹂
神に対する復讐の炎を燃やし、ご主人さまにチェーンソーの再現
343
計画を持ちかけようとした時、いつの間に来ていたのかクラリスさ
んが声をかけてきました。どうやら待ちわびたみたいです、せっか
ちですね。
﹁あぁ、取り敢えずは今日中に脱出して北の方へ向かうよ﹂
﹁そう、協力は出来ないけど気をつけてね﹂
﹁どうか元気で﹂
﹁クラリス達も元気でね﹂
﹁お二人ともお幸せに﹂
﹁ありがとう、あなた達も元気で﹂
これから戦うとは思えないほど和気あいあいと別れを済ませてい
る間、葛西さんは俯いたままでした。彼は一体どうしたんでしょう
か。
﹁なぁ⋮⋮俺も着いていったらダメか?﹂
む⋮⋮?
﹁⋮⋮いや、俺は構わないが﹂
ご主人さまに肩を抱き寄せられます⋮⋮あれ、ボクいつの間にご
主人さまの隣に?
﹁男の人には嫉妬するんだよね、先輩って﹂
344
﹁女相手なら勝つ自信があるんじゃない?
だから逆に男友達だと構ってもらえなくなりそうで不安とか﹂
ひそひそ話のつもりでもハッキリ聞こえてるんですが、そこの牛
猫コンビ⋮⋮後でお仕置きなのですよ。別にヤキモチなんて焼いて
ません、ちょっと気に入らないだけです。
﹁行く宛もないし、それなりに強いつもりだったけど、
いざという時に役に立てなかった⋮⋮。
だから、その侘びに少しでもシュウヤ達の手助けしたいんだ。
頼む、邪魔はしないから﹂
﹁だってさ、いいかソラ?﹂
﹁⋮⋮しょうがないのです﹂
彼も色々考えていたみたいです、正直気に入らないですが、特別
に許してあげましょう。
﹁さて、じゃあそろそろ始めましょうか、派手な船出の演出をね﹂
話がまとまると、クラリスさんが杖を片手に炎を巻き起こします。
結構ガチでやるんですね、慌てて奴隷達の方へと移動し、安全地帯
へと隠れます。こっそりと顔を出したボク達の視線を受けながら魔
法によるちゃんばらを始めたご主人さま達。
その結果、島の三分の一が焦土と化したのは⋮⋮まぁ忘れること
にしましょう。
345
tmp.30 裸の王様︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻674︼−−◆︻243︼−−
◆︻265︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1380/1
MP32/32[正常]
MP420/420[疲労]
[シュウヤ][Lv55]HP672/772
380[正常]
[ソラ][Lv15]HP22/50
[ルル][Lv47]HP602/602
MP60/60
MP330/330[正
[ユリア][Lv31]HP1040/1040
[正常]
[フェレ][Lv14]HP35/35
常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
346
︻一言︼
﹁やることがないと結局アレに行き着くのですよ⋮⋮嘆かわしい﹂
﹁男の人ってそんなもんですよ、先輩。それに先輩は人のこと言え
ないでしょ﹂
﹁︵何だかんだ言って一日の三分の一はご主人さまと行動してます
からね、お嬢様︶﹂
347
tmp.31 楽園を探して
ボク達の新天地を探す長く苦しい旅がはじまりました⋮⋮なんて
ますたー
ことは全然なく、ご主人さま謹製のゴーレム馬車による悠々自適な
旅路でした。葛西さんも同行してたので変態も大人しかったですし
ね。
時折我慢しきれずに野営の最中に何人か連れ出される事はありま
したが、王国の兵士らしき人たちがご主人さまに派手にふっとばさ
れる以外の波乱は無く目的地に辿り着きました。人が花火のように
空中へと打ち上げられる様はファンタジーでしたね。そこまでやっ
て一人も死者を出してないあたりがさすがのチート野郎なのです。
そんなこんなで一ヶ月ほどの旅を経て辿り着いた未開の地、そこ
は盆地の中にある鬱蒼とした森に囲まれた陸の孤島と呼ぶべき場所
でした。
﹁なんか毒蛇の待ち受ける謎の洞窟があったり、
ピカピカの白骨が転がってたりしそうな地形なのですよ、隊長﹂
﹁誰が隊長だ﹂
まさしく秘境、ご主人さまに背負われながら森のなかを進みます。
甘えてる訳じゃないのです、モンスターの多い地域が一週間近く続
いて気を抜けず、到着前夜に色々限界を超えたご主人さまに歩けな
くされただけなので、ご主人さまに責任取って運んでもらっている
形です。
348
戦力は十分なのでたまに出てくる魔物をどうにかしつつ探索は進
みます。というかボクを背負いながら上位の魔物と問題なく戦える
とか、人外っぷりが上がってきてますね。
森を切り開いていくと、大きめの湖が見つかりました。うちには
肉食魚が居座る予定なので、出来れば安全な湖と隣接した場所に設
営したいものです。
魔法で水中の探索をはじめたご主人さまを見守りながら、残りで
野営の準備を進めます。といっても足腰に力の入らないボクは大人
しく座って眺めているだけなのですが。⋮⋮肉食魚に抱きつかれな
がら。
◇
﹁ご主人さま︱、どうですかー?﹂
頬にキスしようとしてくる変態魚類の額を鷲掴みにして遠ざけな
がら、片膝をついて水中に手を入れているご主人さまに声をかける
と、ちらりとこちらを見て何を思ったかすぐに切り上げて戻ってき
ました。
﹁怪しい魚影はないし、別の場所に繋がってるような大きな穴は無
い、
水質も良好、濾過すれば飲むことも出来るだろうな﹂
戻ってきたご主人さまの説明を聞く限りでは、立地条件としては
悪く無いみたいです。ある程度の範囲に魔物除けの結界を張って、
建物の中に水を引き込む形にすれば安全も確保できるでしょう。
349
﹁この辺をキャンプ地にして周囲を本格的に探索してみるか⋮⋮、
まぁそれは置いとくとして、これは俺のだからな?﹂
﹁あぁっ!﹂
肉食魚の顔面を素足で蹴って距離を開けていたボクを、ご主人さ
まが背後から抱き上げます。やっぱりボクはモノ扱いなんですね⋮
⋮まぁいいです、どうせボクの仕事はご主人さま用の抱き枕です。
何だかんだで狩りとか獲物捌くのとか料理とか色々仕事があるユリ
アとルルに代わってご主人さまを慰めるためだけの存在ですから。
﹁⋮⋮ソラは何で黄昏てるんだ?﹂
﹁生きる意味について考えてました﹂
ボクはこのまま一生ご主人さまのロリエルフかっこ夜用かっこと
じなのでしょうか。将来のことを考えると涙も枯れそうです。
﹁哲学的だな﹂
人間は考える葦といいます、エルフは何なんでしょうね。という
かボクは何なんでしょうね、考えるこんにゃく? 超ヘルシーです
ね。
﹁⋮⋮鉄?﹂
おとぼけな肉食魚をスルーしながらご主人さまの顔を見上げます、
目があった瞬間近づいてくる顔、慌てて自分の口元を抑えて拒否の
意を伝えます。
350
﹁景観もいいですし、出来れば湖の畔のお家がいい,ですっ、ねっ
!!﹂
﹁そうだな、ここの安全が確保できたら家を建てようか﹂
拒否の意が伝わってなかったみたいですね、両手首を掴まれてこ
じ開けられそうになってるんですけど。いやほんとに勘弁してほし
いんですけど、ほら葛西さんとか簡易コテージを作りながらちらち
ら見てますよ、彼も若い男なんですから! 馬車の中で夜中にもぞ
もぞしてるのを女性陣で相談して一切気づかない振りをしてあげよ
うと決めた程度には若い男なんですから、気を使ってあげてくださ
いよ!
﹁うぅ、いいなぁ、わたしもソラとちゅーしたい⋮⋮﹂
﹁シュウヤ様ー、ちちくりあってないでちょっとこっち手伝って下
さい!﹂
﹁旦那様、ちょっとお嬢様をお借りしたいのでよろしいですか?﹂
あと少しで食われるといったところで、うちの女性メンバーから
の助けが間に合いました。肉食魚は本気でちょっと黙っててくださ
い、してませんから、しませんから。
﹁チッ⋮⋮仕方ない、後でな﹂
露骨に態度悪くなっても無駄なのですよ、ユリアに抱きかかえら
れて木陰へと連れて行かれます。我が家の牛娘はボクを適当な岩に
座らせると、ポケットから小さな壺を取り出しました。てっきり搾
乳の事かと思ったのですが、どうやら違ったみたいです。
351
開かれた壺の中身は白いクリーム⋮⋮軟膏っぽいですが何でしょ
うか。
﹁前に薬屋の店員さんに教えてもらって作っておいた軟膏です、
敏感な場所の腫れや痛みを抑える効果があります。
旦那様ったら結構無茶されたみたいですからね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます﹂
あぁ、なるほど。確かにちょっとヒリヒリしてるので助かると言
えば助かりますね、有難く頂戴しましょう。ところが壺を受け取ろ
うと伸ばした手にはユリアは特に反応しませんでした。
﹁一人じゃ大変ですよ?
私が塗ってあげますから、あんよ開いて下さいね﹂
何ですか”あんよ”って、いくら何でもそこまで小さくありませ
ん、誰が見ても二桁は行ってるはずです。だから薬を塗るくらい一
人で出来るのです、スカートをまくり上げないで! 脚を開かせよ
うとしないでええええ!!
◇
ユリアにお姫様抱っこされながら戻ると、簡易テント群と魔物除
けの結界が完成してました。
﹁取り敢えず俺とマコトで探索に向かうから、
お前たちはここで食事の準備を頼む⋮⋮何でソラは真っ赤になっ
てるんだ?﹂
352
﹁気にしないでください﹂
慣れきったつもりでしたが、医療行為として見られると逆に恥ず
かしいものですね、意外な発見でした。出来れば知りたくなかった
おいしゃさんごっこ
ですけどね。取り敢えず何があったかは絶対にバレてはいけません。
もしもバレた日にはご主人さまは必ずボクを処刑の憂き目に合わせ
るでしょう。
奴はボクを辱めるためなら手段を選びません。もうご主人さまに
対して”お兄ちゃん”などと破廉恥極まる呼称を付ける悲劇は訪れ
てはいけないのです。
﹁お嬢様は休んでいて下さいね、旦那様も今日はダメですよ?﹂
﹁解ってるよ﹂
ほんとですかね⋮⋮そのまま連れて行かれたテントの中には絨毯
が敷かれ、簡易ながらも柔らかいベッドが置かれてました。旅の途
中で何度も使われたものです、持ち運びできる割に結構寝心地良い
んですよね。ユリアはボクをベッドにそっと寝かせると、シーツを
かけてくれました。
﹁じゃあ俺は行ってくるから。ユリア、ソラを頼む﹂
﹁いってらっしゃいなのです﹂
﹁お任せ下さい﹂
ご主人さまを見送りながら、柔らかいクッションに身体を沈め、
353
枕元に置かれている枕を抱き寄せる。動けない代わりに一日ごろご
ろしていられるのはラッキーですね。どうせ落ち着いたら寝かせて
貰えない日々でしょうし、今くらいはゆっくりさせてもらうのです。
﹁さて、私は外でお洗濯してますので、何かあったら呼んでくださ
いね﹂
﹁解りました、お願いするのです﹂
ユリアも仕事をするために出て行ってしまいました。馬車の旅を
しながらご主人さまの相手をするのはかなり身体に堪えました、明
日から頑張ると言い聞かせて、目を閉じます。平気なつもりでも結
構疲れていたのか、すぐに意識が沈んでいきました。
ゆめうつつ
どのくらい続いたか解らない夢現の時間の中、奇妙な感触に目を
開けます。隣を見ると何故か同じベッドの中で桃色の髪の肉食魚が
ボクに抱きついて寝息を立てていました。歳相応に無邪気な寝顔は
誰が見ても可愛らしいと思えるでしょう。全くいつの間に忍び込ん
だのですかね。
思わず口元を緩めて、小さく息を吸い込みます。
﹁ご主人さまぁぁぁ! 魔物除けが機能してませんー!!﹂
354
tmp.31 楽園を探して︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻738︼−−◆︻265︼−−
◆︻289︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP2530
MP36/36[正常]
MP733/733[疲労]
[シュウヤ][Lv77]HP1432/1432
/2530[正常]
[ソラ][Lv19]HP15/60
[ルル][Lv54]HP735/735
MP88/88
MP530/530
[ユリア][Lv44]HP1540/1540
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>33
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
355
︻一言︼
﹁水棲妖怪怖いのです⋮⋮﹂
356
登場人物︵四章終了時点︶
きさらぎ
しゅうや
︻メインキャラクター︼
≪如月 秋夜/シュウヤ≫
17歳。元高校生、現上級冒険者にして逃亡者。
トラックに跳ね飛ばされ、神を名乗る謎の人物によって異世界ラウ
ドフェルムへ飛ばされた。
魔法特化型だが剣も一流レベルに扱える。国王の野望からソラを守
るため、
フォーリッツ王国を飛び出し、新天地を求めて旅に出た。
現在はハーレムメンバーと同郷の友人と共に開拓作業中。
MP[2530]
好きなもの:ソラ、釣り、巨乳、エルフ、奴隷たち
HP[1432]
将来の夢:ソラをデレさせる。
[ステータス]
異邦人[Lv77]
保有魔力[134180] 戦闘力[17311]
[所持スキル]
先天:﹃ステータス閲覧﹄﹃天賦の魔才﹄﹃身体強化﹄
そら
獲得:﹃天賦の剣才﹄﹃性豪﹄﹃聖剣技﹄﹃女殺し﹄
あまなり
≪天成 空/ソラ≫
16歳。元高校生、現ちゅっちゅ用抱きエルフ。お値段30万円相
当。
近くで起きたトラック事故で勢い良く跳ね飛ばされた人間にぶつか
り、巻き添えになる形で死亡。
なぜか森の中でエルフになって目覚め、森をさまよっている時に奴
隷商人に捕まる。
最近ご主人さまの性癖の幅が広がってきていて、次は何をさせられ
357
るのかと戦々恐々としている。
シュウヤパーティでは夜伽担当。布団を暖めたりご主人さまの身体
を温めるのが仕事。
HP[60]
MP[733]
好きなもの:下克上、甘いもの、えびせん
将来の夢:神殺し
[ステータス]
従者[Lv19]
保有魔力[62913] 戦闘力[85]
[所持スキル]
先天:﹃愛玩動物﹄
獲得:﹃魅惑﹄﹃天使の口吻﹄﹃聖母の雫﹄
<i81979|6198>
≪ルル≫
15歳。元貧民。現猫耳奴隷。お値段250万円相当。
寒村の出身で不作によって口減らしせざるを得ず、幼い弟妹を守る
ために奴隷になった。
気が抜けてきたのか仕事はちゃんとするものの、生活態度が雑にな
りつつある。
無人島生活で一時期野生化しかけていたのが一体どう影響したのか、
順位に拘るのは止めたようだ。
MP[36]
シュウヤパーティでは狩猟担当。高速機動戦闘においてはかなりの
もの。
好きなもの:肉、お金
HP[735]
将来の夢:安定した生活
[ステータス]
獣戦士[Lv54]
保有魔力[533] 戦闘力[3321]
[所持スキル]
先天:﹃俊敏﹄﹃獣神の寵愛﹄
358
獲得:なし
<i81978|6198>
≪ユリア≫
17歳。元下級冒険者。現牛耳奴隷。お値段6200万円相当。
ずっと想っていた幼馴染とともに冒険者となる夢を目指して都会に
出た少女。
尽くすタイプで甲斐甲斐しく幼馴染の少年の面倒を見ていたが、目
先の金に目が眩んだ少年に身売りさせられる。
一時期は絶望して自分にこれでいいと言い聞かせていたが、ソラの
介入によって考えが変わった。
無人島生活中に完全に料理に目覚めて、色々と研究中。
MP[88]
シュウヤパーティでは家事担当。他には民間療法知識を使っての保
健担当。
好きなもの:プリン、お料理、家事
戦闘力[2103]
HP[1340+200]
将来の夢:素敵なお嫁さん
[ステータス]
重戦士[Lv44]
保有魔力[8250]
[所持スキル]
先天:﹃母なる雫﹄﹃タフネス?﹄
獲得:﹃天賦の斧才﹄
<i81980|6198>
≪フェレルリリテ≫
12歳。サイレン。現シュウヤパーティの一員。お値段1億2千万
円相当。
変態貴族に誘拐され奴隷にされそうになって居たところをシュウヤ
とソラに助けられる。
以降はソラの事が気に入り、なし崩し的にパーティメンバー入りし
359
た。
ソラ
シュウヤとは”ソラを愛でる会”の会長と副会長の関係、手遅れ。
シュウヤパーティでは音楽担当。基本アカペラだが楽器はほしい。
好きなもの:ソラ、魚料理、水泳
MP[530]
戦闘力[1020]
HP[182]
将来の夢:ソラを孕ませる
[ステータス]
歌姫[Lv28]
保有魔力[15300]
[所持スキル]
先天:﹃歌唱術﹄﹃水中呼吸﹄﹃飛行術﹄
獲得:なし
==================☆===========
=======
かさい
まこと
︻サブキャラクター︼
≪葛西 誠/マコト≫
日本人、玄関開けたら異世界でしたタイプの転移者。
三ヶ月の旅の果てにシュウヤ達と出会った。巨乳好きで猫耳好き。
シュウヤとは年齢や趣味が近いこともあってあっという間に意気投
合、ソラに嫉妬される。
自分の不甲斐なさを知り、名誉挽回のためにシュウヤの旅に同行す
る。
MP[152]
夜中にもぞもぞしている事は上手く隠せているつもりだが、女性陣
ストーカー
戦闘力[7191]
HP[1090]
に見て見ぬふりをされているだけ。
[ステータス]
異邦人[Lv42]
保有魔力[4355]
≪クラリス≫
16歳。中級冒険者。熱愛者。
360
魔法国家出身の炎系魔術師、爆炎の二つ名を持つ炎魔法の才女。
失恋を切っ掛けに一皮むけて、さらなる成長を遂げた。
コリンズと仕事でデーナへ来ていて、ソラ達と再会する。
MP[931]
戦闘力[4132]
HP[310]
ある程度戦った末に負けた振りをして彼等を見送った後、恋人と共
に魔法国家へ戻る。
[ステータス]
火術師[Lv45]
保有魔力[14806]
≪コリンズ≫
20歳。中級冒険者。
十字槍を使うガッシリした体格と顔つきの男性。
見た目はいかついが甘いモノが好き。内心は繊細で心優しい所があ
る。
最近急に発生したストーカー被害に悩まされていたが、現在では被
害が収まっている。
その間ずっと親身になってくれていた女性の魔法使いと付き合うよ
うになった。
クラリスと共にデーナへ来ていて事件に巻き込まれる。
シュウヤたちを見送った後、クラリスと共に魔法国家へ渡った。
HP[680]
[ステータス]
槍戦士[Lv42]
戦闘力[2620]
MP[22]
保有魔力[210]
≪クレイオス・ルドルパン・ベルマ≫
44歳。よく肥えた貴族。男性。
種族コレクターであり、数多くの異種族を奴隷として飼っている。
幼いころに大貴族の家で少しだけエルフを見たことがあるらしい。
サイレンと同時にソラも確保しようとしたが、見事に失敗して捕縛
361
された。
豚貴族[Lv80]
戦闘力[100]
HP[2000]
[ステータス]
保有魔力[104]
≪アヴァロ・ワコール・アイレット≫
MP[3]
31歳。転移魔術の使い手。男性。DT。
転移魔術を使える事で増長し、傲慢に振る舞っていた男。
しかし転移術以外の才能はからっきしで、魔法国家では便利に使わ
れていた。
重宝されつつも魔法の才は認められないフラストレーションから犯
罪を起こし逃亡。
逃げているところをベルマに雇われていた。
ソラの一撃で男性機能を失う羽目になってしまった。現在魔法国家
へ連行され服役中。
HP[100]
[ステータス]
転移術士[Lv20]
戦闘力[1520]
MP[380]
保有魔力[6400]
==================☆===========
=======
※人間なら保有魔力が5000もあればそれなりの魔術師になれる。
※一般的な成人男性の戦闘力が[200]ほど。
※ゴブリンの戦闘力が単体なら[110]ほど。
362
tmp.32 ここをキャンプ地とする
探索の結果、他に良い立地もなく湖の畔が一番生活に適している
事が判明したため、無事にここに家を建てることが決まりました。
ご主人さまは土魔法を使って家の土台を作ったり、建築資材を作っ
たりして、葛西さんはご主人さまの作った資材でうちの肉食魚用の
生簀を作る作業についています。
魔法だけでなく肉体労働も合わさって体力を使い果たしているた
めか、最近はご主人さまも大人しいもので、ボクも安心して家造り
に関する作業を行えていました。といっても粘土を捏ねて食器を作
ったり、ルル達と一緒に住宅予定地の周辺に畑を作ったりとか、そ
んな感じですが。
食料も資材もご主人さまの備蓄がたんまりあるとはいえ、無尽蔵
ではありません。仕入れのアテもないので可能な限りは自給自足出
来るようにしたいですからね。みんな頑張ってます。
◇
作業の休憩時間、手にこびりついた粘土を洗い落としてお昼ごは
んを食べに大分形になってきている家の前へ向かうと、木剣を持っ
たご主人さまと葛西さんが睨み合っていました。
野外テーブルに乗っている自分の分のサンドイッチを手に取ると、
観戦の構えを取って居る女性陣の方へ行き、ユリアの隣に座ります。
﹁何やってるのですか?﹂
363
﹁手合わせだそうです﹂
うみぶた
ベーコンの挟まったサンドイッチを食べていたユリアが答えます。
反対側にぴとっと寄り添ってくる海豚モドキを意識的に無視しつつ、
視線を真剣な顔で立ち会う男たちに向けます。
戦いの火蓋はボクたちが見守る中、静かに切って落とされました。
葛西さんが突然土煙を上げて掻き消えると、木剣同士がぶつかり
合う音がしました。音の大きさから察するに本気っぽいですね。ぶ
っちゃけボクには全然見えませんでした。
ですがご主人さまは涼しい顔で剣を受けきると、横に流して体ご
とすり抜けます。魔法は使っていないみたいですが、やっぱり強い
ですね。剣閃の軌道を目で追いかけるのがやっとの斬撃をまるで風
にそよぐ柳のように受け流して⋮⋮おや?
葛西さんの呼吸の隙をついてご主人さまが距離を取りました。一
見すると間合いを測ったようにも見えますけど、心なしか表情が硬
いです。一方で葛西さんはまだまだ余裕そうな顔⋮⋮ははん、さて
は余裕そうに見えて反撃をさせて貰えてないだけですねこれは。
ご主人さまは魔法タイプ、魔法に関しては狂ってるレベルの強さ
ですけど、単純な肉弾戦では葛西さんに軍配が上がるようです。暴
風のような連撃を受けて防戦一方になるご主人さまでしたが、やが
て上段から打ち込む体勢を取った葛西さんの行動に気を取られて、
柄を蹴り上げられて剣を飛ばされてしまいました。
﹁そこまで! 勝者、マコトさん!﹂
364
ルルが葛西さんの勝利を宣言します。おぉ、ご主人さまの悔しそ
うな顔とか初めて見ました。チートだからって無双してるから悔し
いんですね、ざまぁみさらせなのです、けらけら。そうだ、折角だ
からからかってあげましょう。
﹁随分腕を上げたな、もう剣じゃ敵わないか﹂
﹁俺だってサボってた訳じゃないからな、
でも魔法使われたら勝ち目なくなるんだよなぁ⋮⋮﹂
和気藹々と喋っているご主人さまの背後から、木剣を持って近づ
きます。
﹁ご主人さまってクールに振る舞ってるくせに案外剣は強くないん
ですねぇ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ご主人さまに睨まれましたが無視無視なのです。連日の建築作業
で体力的にボクに手を出せない事は明白です、しかもここには地下
室もありません、相手に武器がない以上怖いものなんてねぇのです
よ。
﹁これでも一応剣道初段なのですよ、
良かったらひ弱なご主人さまにボクが教えて差し上げましょうか
?﹂
﹁ソ、ソラちゃん?﹂
ずいっと葛西さんの間に割り入って、木剣を手で弄びながら挑発
365
的にご主人さまを見ます。不機嫌そうにボクを睨んでいたご主人さ
までしたが、ボクの背後を見て不意に表情が呆気にとられた感じに
なりました、一体⋮⋮?
釣られて背後を見ても、戸惑っている葛西さんの姿しかありませ
ん。
﹁何ですかその顔は⋮⋮﹂
ボクは今凄く怪訝な顔をしていることでしょう、ご主人さまは緩
んだ口元を片手で隠しながらボクの頭を撫でてきました、何がした
いんですかねこの変態野郎は。ってちょ、何いきなり抱き上げてる
んですか!? あ、木剣落とした!
﹁いきなりなにする⋮⋮うきゃ! やめてください、べとべとしま
す、汗臭いです!﹂
﹁安心しろ、俺が一番好きなのはソラだからな﹂
ほんとに何言ってるんですか! 取り敢えず離して下さい汗がべ
たついてキモチワルイのです! やばいのです、このままだとまた
木陰に連れて行かれて⋮⋮それだけは、それだけは阻止しなければ!
﹁さて、残念だが今日はこれだけだ﹂
あ、あれ? 軽く抱きしめられただけで簡単に解放されてしまい
ました⋮⋮。ご主人さまはきょとんとしているボクの頭をぽんぽん
と撫でてきます。
﹁俺は水浴びしてくるが、マコトはどうする?﹂
366
﹁あ、俺も行くよ⋮⋮でも女の子たちとじゃなくていいのか?﹂
﹁今こいつの裸見て自制していられる自信がねーんだよ﹂
何でこんなあっさりと⋮⋮ってボクは何かんがえてるんですか、
これじゃまるで残念に思ってるみたいじゃないですか。違いますこ
れはホッとしているんです、安堵のあまり気が抜けてしまっただけ
なのです。
﹁じゃあ後でな、ソラ﹂
﹁い、いってらっしゃいなのです﹂
笑顔で送り出して女性陣のところへ戻ろうしたところで、不意に
ご主人さまがボクの耳元に顔を寄せてささやきました。
﹁落ち着いたら、たくさん可愛がってやるからな﹂
﹁ひやああぁ!?﹂
生暖かい息を吹きかけられながらの言葉に、ぞわわっと鳥肌が立
ちました。ほんと自重しないのですねこの変態は。慌ててユリアた
ちの元へ逃げ帰ると、待ち構えていた二人に思いっきり抱きしめら
れました。
﹁お嬢様⋮⋮独り占めはダメですよ?﹂
やめて下さい、誤解ですそんなんじゃありません、というか何の
話をしてるんですかこのエロ牛は!
367
﹁おこぼれでいいので分けてくださいよー﹂
離して下さい、何なんですかこのエロ娘どもは! ボクを間に入
れないで落ち着いた頃に直訴すればいいじゃないですか。
﹁変態には付き合ってられません!﹂
﹁⋮⋮何の話ですかお嬢様、
私達もご主人さまともっとお話したいって言ってるんですけど?﹂
﹁そうそう、先輩ばっかり楽しそうに話しちゃって、
いい加減ジェラシーですよジェラシー。
⋮⋮あれ、ひょっとして先輩ってばえっちな想像しちゃってまし
た、顔真っ赤ですよ?﹂
⋮⋮⋮⋮や、やられた!? ハメられたのです、これは罠なので
す! ボクは彼女たちを侮りすぎていたようですね、まさか思考誘
導なんて狡猾な真似をやってくるとはッ!
﹁う、うわぁぁぁぁぁぁん!!﹂
﹁あ﹂
﹁逃げた!﹂
こうなったら部屋に引きこもってやるのです、絶対出ない! テ
ント群の中の自分の部屋︵仮︶に飛び込むと、ベッドの中に潜り込
みました。周りは敵ばかりです、安全地帯なんて無かったのです。
頼れる物は自分だけ、戦わなければ生き残れない⋮⋮!
368
﹁おかえり、ソラ﹂
決意を固めてベッドの中で震えていると、美しい声の持ち主が話
しかけてきました。恐る恐るシーツの中から顔を出すと、桃色の髪
の可愛らしい少女がまたしても人のテントの中でほんわかとした空
気を醸しだしてます。
少女は見るものを癒してくれるような優しげな顔で、獲物を狙う
肉食獣の眼光をしてこちらに近づいてくると、震えるボクの頭を撫
でながら微笑みました。
﹁たいへんだったね、でも大丈夫、わたしがなぐさめてあげる!﹂
﹁いやぁぁぁぁぁぁ!﹂
369
tmp.32 ここをキャンプ地とする︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻738︼−−◆︻265︼−−
◆︻289︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1230
MP36/36[正常]
MP733/733[正常]
[シュウヤ][Lv77]HP1212/1432
/2530[正常]
[ソラ][Lv19]HP45/60
[ルル][Lv54]HP735/735
MP88/88
MP122/15
MP530/530
[ユリア][Lv44]HP1540/1540
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv42]HP724/1090
2[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>33
︻レコード︼
[MAX
370
[MAX
HIT]>>33
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁うわぁぁぁん! きらい、みんなきらいなのです!!﹂
﹁なんか先輩が幼児みたいな事言い始めましたけど﹂
﹁お嬢様、どんどん子供っぽくなってますね﹂
371
tmp.33 時には忘れたいこともある
﹁⋮⋮やらかしたのです﹂
新しく完成したぷち我が家、その一階にあるフェレ用に充てがわ
れたプールエリア。外の湖から浄化して温水にした水を引き込み、
部屋の半分をプールのようにしたちょっとおしゃれな空間。ご主人
さまが妙なこだわりを見せて海の入り江まで再現してしまったその
部屋の中、ボクは浅瀬の部分で”裸”のままで頭を抱えていました。
隣では肉食魚が捕食を終えて満腹になったような顔で眠っていま
す。妙につやつやしてるのはきっと気のせいじゃありません。
何があったのかというと⋮⋮お酒は怖いとだけ言っておきましょ
う。
◇
建築作業を始めて半月ほどで二階建ての家と、隣に建てられた2
LDKほどの間取りの小さな家が完成しました。因みに小さい方の
離れは葛西さんの家になってます、これは別にハブッてるわけじゃ
なく、これからはまぁ、家の中でそういうこともあるでしょうし、
若い彼にはちょっと毒がすぎるだということで本人同意のもとで、
彼専用のお家を作ることにしたのです。
この話をした時にホッとしていたあたり、彼からしても辛い環境
だったのでしょう。ここ最近は体力に余裕が出来てきたおかげか夜
中にもぞもぞしたり、気配を殺してトイレに行く回数がちょっとだ
372
け増えてましたしね⋮⋮かわいそうなことをしました。
何はともあれ新居が無事完成したということで、その日の夜は家
の落成祝いで秘蔵のお酒を取り出して、飲めや歌えやの大騒ぎにな
りました。そこでボクはジュースと勘違いして口にしてしまったの
です、禁断の飲み物を⋮⋮。
そこからは妙なテンションになってフェレと一緒に歌いながら、
宴は大盛り上がり。その時点で完全にぶっ壊れていたボクはご主人
さまやユリア、ルルにちゅーして周り、最後にフェレにもぶちゅっ
とやらかして、無理矢理お酒を飲ませました。
この時点で立派なアルハラです、現代なら訴えられても文句は言
えません。二人して見事な酔っぱらいと化したボク達は散々歌った
せいで眠くなってきていたので、ご主人さまたちに断り、へろへろ
になっていたフェレを出来たばかりの彼女の部屋へと送りました。
そして大きな温水プールを見たボクは一体何を思ったのか、フェ
レを専用ベッドに寝かせると服を脱ぎ捨ててプールへダイブ、泳ぎ
始めました。自分でも酔っ払った時の自分の行動が理解できません。
途中で多少酔いが醒めたフェレもプールへインして一緒に泳ぎ始
めて、その間に変なテンションが加速してどちらからともなく顔を
近づけて⋮⋮朝方、ボクはフェレの腕枕の中で目を覚ましたのです。
幸いにも最後までというべきか、彼女は変態だけど普通に女の子
で、ボクも中身は男だけど身体は女の子で、ご主人さまとの時のよ
うに何かがインしたりアウトしたりする取り返しの付かない事態に
はならなかったのですが、随分長いこといちゃついてた気がします。
黒歴史追加ですね⋮⋮。
373
以上で回想はおしまい⋮⋮現実逃避はそろそろやめて脱出しまし
ょうか。
﹁ん⋮⋮﹂
寝返りを打ったフェレを起こさないように音を立てず、抜き足差
し足で浅瀬を抜けると、備え付けのタオルで手早く身体を拭いて服
を着ます。水中でしたし変な匂いはついてないはず、さっさと自分
の部屋に戻って二度寝しましょう。
周囲の気配を伺いながらそそくさと部屋を出ます。幸い廊下には
誰も居ないみたいです、今のうちに二階にあるボクの部屋へ。
﹁ソラ﹂
そう思って一歩踏み出した時、廊下の奥の方から声がかかりまし
た。とても聞き慣れた声です、可能ならいま一番聞きたくなかった
声でもあります。これが機械なら錆び付いた擦過音をさせてもおか
しくない緩慢な動作で背後を見ると、いつもより三倍くらいは優し
そうな笑顔を貼り付けたご主人さまが立っていました。
見た瞬間、脳内で警報がけたたましく鳴っているかのような錯覚
を覚えます。確かに凄く優しそうですけど、奥にあるものはもっと
ドス黒いのが解ります、解ってしまいました。
﹁ひっ⋮⋮﹂
返答は言葉にならず、くぐもった悲鳴のように漏れました。ご主
人さまはゆっくりとした足取りで近付いて来ます。それはさながら
374
ホラー映画の怪人が迫ってくるような緊張感を伴って、ボクの恐怖
を激しく煽ります。
だけど逃げることは出来ません、脚がすくんで動きません、涙で
視界がにじみます。背中が壁に触れました。ボクを見下ろすご主人
さまが優しく髪の毛を撫でながら、口を開きます。
﹁朝までフェレの部屋で何してたんだ?﹂
いきなりドストレートでした、心臓をライフル銃で撃ちぬかれた
ような感覚を覚えながらも、必死で意識を繋ぎ止めて頭を回転させ
ます。恐怖で失神してしまえたら楽なんですが、きっとそれじゃあ
何も解決しないでしょう。
﹁いや、その、一人で寝るのは寂しいって、言う、から、ですね﹂
﹁そうか、それで付き合ってやってたんだな?﹂
ご主人さまの表情は変わりませんが、プレッシャーが増しました。
﹁俺も一人寝が寂しいんだ、もちろん一緒に寝てくれるよな?﹂
﹁それ、は﹂
いつもみたいにイヤだと即答することが出来ませんでした。それ
だけは言ってはいけないと、ボクの中の生存本能が悲鳴をあげてい
るのです。生き残るため、明日を拝むために今は自分を殺し、頷き
ます。
﹁も、もちろん、ですよ、ご主人さま、
375
寂しがりなご主人さまの、ために、いつでも、一緒に寝てあげる
のデス﹂
かちかちと、酷く拙くはありましたがなんとか言い終わりました。
返答を聞いたご主人さまは満足そうに笑っていました。
﹁そうか、良かったよ⋮⋮﹂
プレッシャーが消えました、な、なんとか生き残れましたか⋮⋮?
﹁あゃんっ!?﹂
しかし突然、ほとんど不意打ちに近い形でご主人さまがボクの耳
を噛みました。悶えるボクを抱きしめると耳に息を吹きかけてきま
す。
﹁本当に良かったよ、俺って結構独占欲強いからさ、
もし断られてたら⋮⋮﹂
﹁ひっ、んっ⋮⋮こ、断って、たら?﹂
反射的にオウム返ししてしまいましたが、聞きたくありません。
聞いちゃいけない気がします。またプレッシャーが増してるのです、
今までの数倍というかご主人さまあの、殺気に近いものを感じるん
ですけど。
﹁もう二度と俺以外を見れないように、考えられないように、
⋮⋮⋮⋮ソラの事、滅茶苦茶に壊してたかもしれない﹂
﹁ぴっ!?﹂
376
意思とは関係なく身体がガタガタと震え出します。別に寒くない
のに凍えてしまいそうです。ご主人さまとは何だかなんだありなが
らも、それなりに気心がしれている自信はあります。だからこそ解
ってしまいました、ご主人さまの言葉はおそらく本気です。
もしもこれ以上の不興を買ったら一体どんな目に合わされるのか、
怖すぎて想像したくもありません。ご主人さまは基本的にはやさし
いですけど、容赦シない時は本気で冷酷というか、血も涙もないの
です。殺ると言ったら殺る、犯ると言ったら犯る。
大人しく震えているボクの様子に満足したのか、最後に頬にキス
をして身体を離しました。もうプレッシャーは消えていて、体中か
らどっと汗が溢れます。
﹁それじゃあ、夜を楽しみにしてる﹂
﹁は、ぃ⋮⋮﹂
軽快に立ち去るご主人さまの背中が見えなくなるまでその場で見
送り、壁に背を預けてずるずると座り込むと、深く深く息を吐きま
す。うぅ、一晩の過ちの代償は酷く高くついたのです。目尻に浮か
んだ涙を拭い、よろめきながら立ち上がると壁に手をつきながら出
来たばかりのお風呂場へ向かいます。取り敢えず今は、このぐっし
ょり濡れた下着を履き替えたいという思いで一杯でした。 377
tmp.33 時には忘れたいこともある︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻34︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻34︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻772︼−−◆︻265︼−−
◆︻289︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP1230
MP36/36[正常]
MP733/733[過労]
[シュウヤ][Lv77]HP1212/1432
/2530[正常]
[ソラ][Lv19]HP3/60
[ルル][Lv54]HP735/735
MP88/88
MP122/15
MP530/530
[ユリア][Lv44]HP1540/1540
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv42]HP724/1090
2[正常]
new
record!!
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>34 <<
︻レコード︼
[MAX
378
[MAX
HIT]>>34 <<
new
record!!
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁しくしくしくしく⋮⋮﹂
379
tmp.e−1 猫耳さん、かく語りき。
私は滅多に隊商も訪れないような寒村で産まれて、結婚を考える
年頃になった頃に奴隷として売られた。家族のため、兄妹のため、
いくら言い聞かされても売られる事実には変わりがない。だけど私
には両親を恨むつもりは毛頭ない。
何故なら、売られたおかげで私はこんな豊かな生活が出来るよう
になったのだから。
□■>>猫耳さん、かく語りき。︳
私が商品として運ばれた先はフォーリッツ王国の駆け出し冒険者
が多く集まる街の奴隷商館だった。来た当初は地獄を覚悟していた
けど、整ってると言われる容姿のおかげか高く売れる目処がついた
ためか一般奴隷用のそれなりに綺麗な部屋に入れられた。
そこで見せられたのは、安価な奴隷たちを教育する”場面”。鞭
で打たれて泣き叫ぶ彼等は、容姿が整っていなかったり病気を持っ
ていたり、人気のない種族だったり。何らかの問題を抱えていて安
く売りさばかれる予定の奴隷たち。
奴隷商人はそれを見せながら私達にこう言うのだ、売れ残ればお
前たちも同じように扱うと。その言葉を聞けば当然のように全員が
頷くことになる。誰だって少しくらいはまともな暮らしがしたい。
もしも良い主人に飼ってもらえれば一般的な幸せはなくとも、平
380
穏に暮らすことが出来る。誰もが訪れる客を観察し、少しでも見ど
ころのある主に買って貰おうと必死だった。
そんな日々の中、私はシュウヤ様に出会った。彫りは浅いが整っ
ている容姿に、落ち着いていながら人の良さそうな雰囲気を持つ青
年。着ているものも上等なようだった。商人たちが言うにはわずか
数ヶ月で中級冒険者にまで上がった出世頭で、今回は性処理用の奴
隷を探しに来たという話だった。
奴隷たちの目が変わるのがわかった、醜悪な男の性奴隷になれと
言われるなら絶望だろうが、彼は見た目的にも優良なら、出世とい
う点でみても優良物件。もし気に入られて妾にでもなれれば、子供
を産んで育てる事だって許して貰えるかもしれない。
当然ながら起こる女性たちの壮絶なアピール合戦、それを運良く
制したのは私だった。
彼に連れられて行った一軒家、驚いたことにここを買って住んで
いるという。普通の市民ですら苦しい生活を送っている人間が少な
く無いというのに、彼はこの年で既に自分の家を持っている。私は
純粋に驚いていた。
玄関を通るまで、私は道中で彼から先輩の奴隷が居るという話を
聞いていたために警戒していた。どんな美女や美少女が待ち構えて
いるのか、戦々恐々としていたが、問題のその子と出会った時は拍
子抜けしてしまった。
確かにその子は美少女だった、柔らかそうなラインを描く、ほん
のりと赤みがさした頬。よく手入れされているのであろうさらさら
381
の金髪。大きくぱっちりとした蒼穹の瞳。まるで人形のような造形
の中で、尖った耳がその存在を強く主張していた。
何よりも、美少女だけど女として見るにはあまりにも幼すぎる彼
女を見て、思わず威圧的な態度を取ってしまった私は、一体どれほ
ど愚かだったのだろう。今でこそシュウヤ様があの子をとても気に
入っていて、入り込む余地が無いことを解っているけど、当時は必
死過ぎて気付いてすらいなかった。
幸いだったのは彼女、”先輩”が寛容な人物であり、私の粗相も
笑って許してくれたことだろう。それだけじゃなく夜伽で地位を奪
ってやろうと無謀にも挑んだ結果、這々の体で逃げ出すはめになっ
た私を自分の身を犠牲にして助けてまでくれたのだから、お人好し
と言ってもいいかもしれない。
獣のように先輩の身体を貪る主を見ながら、自分一人じゃ絶対に
無理だと思い知り気張るのを止めた。それからは楽なものだった、
先輩とのんびり家事をしながらお茶やお菓子を楽しむ日々。買い物
に行く先で向けられる他の奴隷たちの羨望の視線から、私は自分が
どれほど恵まれているかを実感していた。
ただ、二人がかりでも夜のお相手だけは大変だったけれど。
□
一緒に暮らす時間が長くなるほど、主人でもあるシュウヤ様が凄
い方だというのが解ってきた。聞いたこともない力を持っていて、
いろんな魔法を使いこなし、便利な道具をいくつも創りだす。
382
途中で奴隷仲間に加わったユリアも言っていたが、私達は並の貴
族より遥かに優雅な暮らしをしているようだ。それも大半がシュウ
ヤ様のお力によるもので、だからこそ国を出て新天地を目指すとい
う選択にも何の不安も抱かなかった。
むしろ新しい冒険にわくわくしていたくらいだ。不安を抱いてい
なかったのはユリアも同じようで、私達の予感は見事に的中した。
信じられない速度で街に居た時よりも豪華な家を作ってしまい、奴
隷である私達にはまたしても個室が与えられた。
これで自分の処遇に不満を抱けば、街に居る他の奴隷達から刺殺
されても文句は言えないと思う。感謝の意を込めて今日も出来たば
かりの大事な部屋の掃除を済ませて、少し運動しようとラフな格好
に着替えて外へ出る。
木々の香りに混じって、シュウヤ様とソラ先輩の匂いが漂ってき
た。また二人でいちゃついてるのかと思い家の裏手に行ってみると、
髪の毛を後ろで縛った先輩が木剣片手にシュウヤ様に斬りかかって
いるところだった。
﹁ルルも練習か?﹂
意外に鋭い先輩の一撃を難なく受け止めながら、シュウヤ様はこ
ちらを見ずに声をかけてくる。
﹁はい、ちょっと身体動かそうかと、
先輩が武器持ってるの珍しいですね﹂
﹁この間の俺とマコトの試合を見て、自分でも勝てるんじゃないか
383
と思ったらしい﹂
﹁うがー! なんで当たらないのですか!
ご主人さまのくせに生意気なのです!!﹂
本当に不思議なことに先輩の攻撃はそれなりに様にはなっている、
ただし身長と力が圧倒的に足りてないせいでスピードも威力もない、
軌道が素直なのも相まってとても捌きやすい事が見ただけで解るも
のだった。
だからこそシュウヤ様には当然のようにかすりもしない、それが
解っていないのか先輩の振りが乱暴になってきた。
﹁ほれ﹂
﹁うきゃん!?﹂
踏み込んだ瞬間に足をひっかけられて、転びそうになった先輩を
シュウヤ様が片手で抱きとめた。ちょっと羨ましい。
﹁俺の勝ちぐあっ!?﹂
余裕な表情で勝ち宣言をしたシュウヤ様が突然悲鳴を上げて、股
間を抑えてうずくまった。とても痛そうだけど、それでも先輩を放
り投げず優しく地面を転がすあたり大事に思ってるんだなぁという
のが解る。
﹁ふ、ふふふ⋮⋮相手が勝ったとおもったその瞬間、それこそが最
大の勝機なのです!
ついに、ついにやり遂げたのですよ! ボクはこの変態野郎に天
誅を下したのです!﹂
384
どうやら気を抜いたシュウヤ様に先輩が何かをしたようで、うず
くまって震えているシュウヤ様の背中を、靴を脱いで裸足になった
先輩が蹴りつける。日頃ご主人さまに弄られる事が多くてよほどス
トレスがたまってるのか、調子に乗りまくっているみたいだった。
普通は怖くて主人にあんな真似は出来ない、先輩はご主人さまが
痛みじゃなく怒りで震えてる事に気付いてないんだろうか。
﹁いつもいつも調子に乗ってボクをいたぶった報いなのですよ!
侮ってた相手に倒されて受けてどんな気持ちですか、ねぇどんな
気持ちですかー?﹂
たぶん、図に乗りすぎて気付いていないんだろう。
﹁やーい、負け犬ーざまぁみぁぁ!?
ちょ、何するんですか! いきなり人の脚掴んで持ちあげるとか
危ないのです!
ボクは鶏じゃありませんよ! すぐに離して下さい!﹂
突然立ち上がって先輩の足を掴んだシュウヤ様は、そのまま捕ま
えた獲物をぶら下げるように家の横に備え付けられた倉庫の裏、そ
の足元に隠されていた扉を開いた。
﹁ちょっと、どこ行くんですか、ねぇ! ちょ、何ですか、何です
かその階段は!?
いや、ちょ、待って下さい、ボクが悪かったです、謝ります、調
子に乗りすぎました!
だから、地下だけは、地下だけはやだぁぁぁぁぁぁぁぁ︱︱︱︱﹂
385
表情一つ変えず、先輩を捕らえたシュウヤ様は階段を降りて行き、
先輩の絶叫は扉が閉じると同時に全く聞こえなくなった。
私は即座に何も見なかったことにして、少し汗をかいてから家へ
戻った。結局昼食の時に戻ってきたのはシュウヤ様だけで、その日
はもう先輩の姿を見ることは無かった。
□
翌日、リビングに当たる部屋で何やらごつい首輪を付けられて、
リードを引かれながらシュウヤ様にべっとりとくっついている先輩
がいた。昨日とは打って変わってしおらしく、時折恥ずかしそうに
顔を真っ赤にしては瞳を潤ませ、抱っこをねだっていたからきっと
仲直りは出来たに違いない。
二人の仲が良いのは嬉しいけれど、やっぱり羨ましかった。
386
tmp.e−1 猫耳さん、かく語りき。︵後書き︶
10月13日:誤字とか修正しました。
387
tmp.34 秘境のなかで
全く、股間蹴られたくらいでぎゃーぎゃー言わないでほしいので
す。ちょっと息ができなくなったり内蔵がねじれたような気分にな
るだけじゃないですか、最初の時にボクが味わった激痛に比べれば
大したこと無いのですよ、けっ!
﹁反省が足りないようだな?﹂
﹁ごめんなさいはんせいしてますだからゆるしてください﹂
心のなかで悪態をついていると、にっこり笑ったご主人さまに”
身体を離され”そうになって、慌ててすがりついて謝ります。不本
意ですがこれ以外にボクが生き残る手段はありません⋮⋮。
◇
昨日はちょっとしたお茶目でご主人さまの股間を蹴りあげて膝を
付かせてみたら、ガチギレされました。そのせいでボクは今、ご主
人さまと接触していないとすんごい事になる魔法具を付けられてい
るのです。
付けられたこの黒皮の犬用みたいな首輪が判定を行っているみた
いで、身体の一部でもご主人さまと触れていないとトンでも無いこ
とになってしまうのです。どのくらいトンでもない事になるかとい
うと、昼間に魔法具を付けられて、放置されてから夜中に迎えに来
てくれるまでの間の記憶が飛び飛びって言えばわかって頂けるでし
ょうか。
388
気絶しては叩き起こされての一サイクルを何度繰り返したのか、
数えるのもイヤです。所々で何だかとても綺麗な場所に居たような
記憶が混じってるのがなお怖いのです。
まぁ許してもらう条件がこれを三日間付け続けることなので、し
ょうがないのですが。お陰でこうやってご主人さまにべったりとく
っついていないといけなくなってしまっていたのでした。
﹁それで、煙が見えたって?﹂
﹁あぁ、そうなんだ﹂
大人しくご主人さまの膝の上でパンを啄んでいると、葛西さんが
気になる事を言いました。昨日ボクが罰ゲームでご主人さまにひっ
ついてる間にルルとちょっと広い範囲の探索に出ていたみたいです。
その結果、ここから東にずっと行った所に煙のようなものが出て
いるのを見つけた、と。何かの集落がある可能性があるみたいでし
た。
﹁一応俺とマコト、ルルで見に行ってみるか?﹂
﹁あぁ、シュウヤが来てくれるなら助かる﹂
ぎょっとして顔をあげます、そんな距離まで探索に行くとなれば
不測の事態を考えて一日は見るべきでしょう。となるとボクはあの
状態を一日ずっと⋮⋮いや死にます、こんどこそ記憶に残っている
あの綺麗な場所へ身も心も旅立ってしまいます。
一瞬こちらを見たご主人さまの口元が、ニヤリと歪みました。⋮
389
⋮なるほど、よく解りました、そういうことですか、そういうこと
なんですねこの野郎。
﹁⋮⋮ご主人さま、ボクも行きたいのです﹂
﹁ん? でも何があるか解らないからな⋮⋮﹂
白々しいのです、ボクを連れて行こうとしてる時点でとっくに目
星がついてるんでしょうが! でも我慢、我慢なのです。ボクは大
人だから我慢できるのです。
﹁だ⋮⋮だいすきなごしゅじんさまとはなれたくないのデスー﹂
﹁全く、ソラは甘えん坊だな⋮⋮しょうがない、連れて行こう﹂
マジで天罰が当たって欲しいのですよこの野郎。事情を知らない
葛西さんやユリアにまで生暖かい目を向けられてしまったではない
ですか。ルルだけが唯一何となく察して苦笑しているのが救いです
ね。
﹁わーい、ごしゅじんさま、やっぱりだいすきなのデスゥ﹂
ごしゅじんさま
半分自棄になりながら首元に抱きついて歯を食いしばって至近距
離でご主人さまを睨みます。変態野郎はプレッシャーなんてどこ吹
く風とばかりにボクの頭を撫でながら、実にいい笑顔をしていまし
た。
ちくしょうめ!
◇
390
朝食を済ませた後、ユリアとフェレにお留守番を任せて煙の見え
た場所へ向かいます。ボクはご主人さまに抱えられながらですが、
自分で歩くより遥かに速いので快適ですね。
四人で一列になり、体感で一時間ほどかけて森を進むと確かに離
れた空に幾筋かの煙が立ち上っているのが見えました。煙があがっ
ている場所の感覚は一定であり何やら人工的なものを感じます。
﹁⋮⋮一旦ここで止まろう﹂
ご主人さまの合図で全員が足を止めま⋮⋮ちょ、ま!? 指示を
出したご主人さまがボクを降ろそうとしてきたのでいやいやと首を
振りながら縋り付きます。ルルだけならともかくここには葛西さん
もいるのです、お願いだから勘弁して下さい。
﹁手つないでれば大丈夫だから、な?﹂
﹁うううぅぅ⋮⋮﹂
何故か頭を撫でて説得されました。いや、何で甘えん坊な女の子
を窘めてる図になってるんですか、これに関して言えば悪いの完全
にご主人さまですよ、離れてほしいなら早くこれを外してください。
﹁⋮⋮しょうがない、ちょっとこっちへ﹂
﹁あれ、シュウヤ様?﹂
ボクの視線による訴えが通じたのか、ご主人さまがボクの肩を押
して森の奥へ連れて行こうとします。
391
﹁ちょっと”説得”してくる、すぐに戻るよ﹂
﹁は、はぁ⋮⋮出来るだけ早く戻ってくださいね?﹂
﹁ほんと好きだなぁ⋮⋮﹂
完全に疑ってる顔ですね、不服ですがすぐに戻ったことで汚名を
被るのはご主人さまなので問題ありません。予定より早く解放され
て嬉しくて仕方ないのです。
あまり大きく距離を取らず、ご主人さまが立ち止まります。
﹁そこの樹に手ついて﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
言われたとおりに目の前にあった樹に手をついて、ご主人さまに
お尻を突き出します。流石にそういう事をするつもりはないのか、
ご主人さまは背後からボクのつけていた首輪に指を触れて外してく
れました。ボクが何をやってもビクともしなかったのに、魔法具っ
てのは理不尽ですね。
﹁動くなよ、きつかったらこれ噛んでろ﹂
﹁ふぁい⋮⋮﹂
言われたとおり、渡されたハンカチを口に含み、ぎゅっと目をつ
むります。それからご主人さまの手がゆっくりとボクのスカートを
まくりあげました。出来るだけ早く済んでほしいのです⋮⋮。
392
◇
﹁ひゅー⋮⋮ひゅっ、ひゅー⋮⋮﹂
おしおき
”無事に”着けられていた拷問道具を取り外してもらったボクの
背中をご主人さまが撫でてくれます、かかった時間は二分にも満た
ないはずですが、体力の消耗具合が半端ないです。
﹁大丈夫か?﹂
﹁ら、らいじょぶじゃ、ないのれす⋮⋮﹂
おかげで探索開始前に一人戦闘不能ですよ、いやもともと戦力外
ですけど、お荷物増えるだけなんですから家で外して置いて行って
くれればよかったのに。
﹁どうせ、はずしゅなら、いえで、やってくれれば⋮⋮﹂
そんな想いを口に出してしまうと、ご主人さまが一瞬きょとんと
したあと、あからさまに顔を背けました。なんですかねそのリアク
ションは。
﹁⋮⋮連れてきてから気付いた﹂
﹁ぐるるる⋮⋮﹂
⋮⋮これは噛み付いても許される気がします。唸りながら歯を剥
きだして威嚇します。
﹁噛み付いたらまた着けるぞ?﹂
393
﹁きゃうん﹂
いえ、ボク考えなおしました、やっぱり暴力はダメです。ははは。
﹁さて、戻る⋮⋮前に、そこにいるのは誰だ?﹂
﹁ふぁ!?﹂
突然ご主人さまが茂みの一つを睨んでボクを抱き寄せました。何
事かと同じ場所を見ると確かに茂みが微妙に揺れています。今は風
が吹いてないので生き物がいる証拠ですね。
﹁出てこないなら攻撃する﹂
ご主人さまが手のひらに火の球を浮かべながらいうと、まるで動
揺したように茂みが揺れました。そしてさほど間をおかず影が飛び
出してきました。
﹁ま、まって、待って下さい!﹂
影の正体は、敵意はないと両手を前に出して真っ赤な顔をした金
髪の猫耳少女でした。⋮⋮これってもしかして、見られてました?
394
tmp.34 秘境のなかで︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻3︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻3︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻775︼−−◆︻265︼−−
◆︻289︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP2230
MP36/36[正常]
MP733/733[正常
[シュウヤ][Lv77]HP1262/1432
/2530[正常]
[ソラ][Lv19]HP22/60
?]
[ルル][Lv54]HP735/735
MP88/88
MP133/1
MP530/530
[ユリア][Lv44]HP1540/1540
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv42]HP1020/1090
52[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻レコード︼
395
[MAX
[MAX
HIT]>>34
COMBO]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
﹁もう女の子とか十分じゃないですかねぇ﹂
396
tmp.35 居場所を探して
﹁ご、ごめんなさい! 覗くつもりじゃなかったんです﹂
﹁誤解です! 誤解ですから!!﹂
顔を真赤にしながら何度も頭を下げる金髪の猫耳さんと、顔を真
赤にしながら誤解を解こうとするボク。森のなかでは非常にカオス
な光景が繰り広げられていました。
﹁別に見られて困る事じゃないから、気にしないほうがいい﹂
﹁てめぇはもうちょっと気にしやがれなのです﹂
何で他人事みたいな顔してるんですかぶちのめしますよこの野郎。
こうなったのも大半はご主人さまのせいじゃないですか、噛み付き
ますよ!?
﹁大体誰のせいだと思ってるんですか!?
ご主人さまが最初から変なことしなければこんな事にはなってま
せん!﹂
﹁その格好で凄まれてもなぁ⋮⋮﹂
ご主人さまが膝に座っているボクの背中を撫でます。⋮⋮だ、だ
るくて力が入らないんだから仕方ないじゃないですか。
﹁ひょっとして気にいったか? この体勢﹂
397
﹁ふざけんなデス!﹂
それこそ誤解です、頬をつつかないでください! 何にやにやし
てるんですか、勝手な想像でボクを咎めないでください!
﹁あ、あのー⋮⋮﹂
﹁はっ!?﹂
猫耳さんの言葉で我に返りました、これじゃどこでも二人だけの
世界に入るバカップルみたいじゃないですか! これはいけません、
うっかりいつも通りの⋮⋮じゃないですね、違いますいつもは全然
違います。とにかく彼女の話を聞くのが再優先です。
﹁そ、それで君はどうしてこんな所にいるんですか?﹂
﹁それは⋮⋮あ、いえ、あの⋮⋮﹂
今度は逆にこちらから疑問を投げかけてみると、彼女は一瞬何か
を言いかけてすぐに言葉を濁しました。
﹁この先にある集落に住んでるんだろ?﹂
﹁ッ!?﹂
ご主人さまがそう言うと、彼女は明らかに動揺した顔を浮かべま
した。青ざめていることから知られたらいけない系統なんですかね、
その割には呑気な会話が発生してしまいましたが。
﹁あ、貴方達は何が目的でここに来たんですか?﹂
398
彼女は先ほどとは打って変わって表情を硬くすると、こちらを睨
みながら聞いてきます。⋮⋮でも漂っている凄まじい今更感でなん
か緊張感が保てません。
﹁それはさっき見てたようなことをするため⋮⋮﹂
﹁ちぇすとぉっ!﹂
顎に向けて右アッパーを放ったら片手で防がれました、冗談でも
言っていいことと悪いことがあります。本気にされたらどうするん
ですか、ボクまで変態扱いは我慢なりません。
﹁冗談だ、”俺達も”フォーリッツから逃げてきたんだよ、お尋ね
者だ﹂
⋮⋮”俺達も”? 一体ご主人さまは何を知っているんでしょう
か。
﹁ご主人さま?﹂
﹁前に風の噂で聞いたことあるんだよ、
北の樹海には逃亡した奴隷やら、国を追われた亜人達が住んでい
る隠れ里があるって。
探索に行った冒険者も何も見付けられなかったからただの噂扱い
だったが﹂
そういう情報があるなら先に言って欲しかったんですがねぇ。ま
ぁそれはいいとしても、普通に煙が見えてましたが何で見付けられ
なかったんでしょうか。
399
﹁あの煙のある場所を中心に大分広い範囲に、
外部の者を惑わす隠蔽と迷いの魔法が張り巡らされていたからな、
入る時にハッキングして俺達も内部の人間と認識するように書き
換えておいた﹂
だからそういう大事な情報はボクたちにも教えておいて欲しいの
です、万が一ニアミスしたらどうするんですか。
﹁リアラ様の結界に干渉した!?﹂
聞き耳を立てていた猫さんが目を見開きました。リアラ様という
人が結界を張っているみたいですけど、というか他人の魔法に干渉
するとか普通はできないはずなので驚くのは無理もないですね。
﹁因みにマコトとルル、ユリアには伝えてある、
昨日は推測できる方向に何かないか調べて貰ってたんだよ、
煙が見付かって集落があることを確信した﹂
﹁あ、あれ⋮⋮ボクだけ仲間はずれですか?﹂
何故ボクだけ伝えられていないのか。色々言いたいことが出てき
ましたね、お留守番殿堂入りだからですか? こういった方面じゃ
役に立たないからですか⋮⋮?
﹁ちょ、ちょっと待って下さい!
リアラ様は結界に何かあったなんて一言も!﹂
﹁痕跡を残すようじゃ二流だよ、二流﹂
どこのスーパーハカーですかあんたは。あ、でもこの台詞からか
400
うのに使えそうですね。
﹁ぷっ⋮⋮痕跡を残すようじゃ二流だよ、二流⋮⋮くく﹂
﹁とはいえどんな奴が魔法をかけたかまでは解らなかったからな、
魔法が使える魔物の可能性もあったし古代の遺跡がある可能性も
あった。
何より旅続きでみんな疲れてたからな、拠点兼要塞造りを優先し
たんだ﹂ そうですか、まぁ余裕はありましたが逃亡生活でストレスが溜ま
っていない訳もありません。取り敢えず落ち着ける場所が欲しかっ
たのも確かですね、だから顔を撫で回さないで下さい。解りました
ボクが悪かったですから。
﹁とにかく! 貴方達を見逃すわけにはいきません!﹂
猫さんが尻尾の毛を逆立てます、それはそうですよね。彼女たち
からしたらボクたちは侵入者ですものね。
﹁あぁ、出来ればそちらの代表と話がしたいんだが、取次を頼めな
いか?﹂
﹁それには及ばぬ﹂
ご主人さまが猫さんに取次を頼もうとした時、幼い少女の声が聞
こえます。そちらに顔を向けると、青い巫女服のようなものを着た
金色の髪の少女が木々の合間から姿を表しました。
整った顔立ちに鮮やかな蒼い瞳、風になびく髪は絹糸のようにサ
401
ラサラで、肌の白い美しい少。その綺麗な髪から伸びた耳は⋮⋮長
く尖っていました。
◇
意外と友好的なエルフらしき少女に案内されて、ルル達を加えた
ボクらは彼女たちの集落を案内されていました。あっさりと通して
くれた理由は彼女によると﹁わしに感付かせることもなく魔法を書
き換える相手じゃぞ、感情だけで敵対するほど血の気は多くないわ﹂
ということで、ご主人さまと軽く火花を散らしながらも争う気はな
さそうでした。
集落は木造の簡素な建築物が立ち並び、あまり大きくはないみた
いです。人口はそこまで多くないみたいですが、人種は豊富のよう
です。見るだけでも猫耳、犬耳、牛耳、狸耳、狐耳⋮⋮基本的な亜
人種は網羅してますね。
案内してくれた少女がリアラ様でこの集落の代表なのでしょう。
先導されるまま家々の中心にある少しだけ大きめの家に入ります。
ご主人さまを見上げると小さく頷かれます。まぁいざとなったら守
ってくれるでしょう。
家の中は物が少なくあまり裕福とは言えないような環境です。隠
れ住んでるのだから仕方ないとはいえ、近くで観察してみると猫さ
んの髪の毛もあまり手入れがされてるとは言いがたく、苦しい生活
なのでしょうか。
﹁して、お主らが態々こんな辺境まで来た理由はなんじゃ?﹂
地面に敷かれている草で編んだ座布団らしきものに全員が着席し
402
たのを確認すると、リアラさんが口を開きました。
﹁私達はフォーリッツ王国から逃亡してここまで来ました﹂
ご主人さまがいつもと違って真面目な顔、真面目な口調で答えま
す。色々とツッコミたいですが我慢しないといけませんね。彼女が
エルフかどうかも聞きたいんですけど、まだそのタイミングじゃあ
りません。
﹁ほう、何か罪を犯したのかの?﹂
﹁いえ、国王がこの子⋮⋮ソラに目を付けまして、
軍を動かしてきたのでそれから逃れる為に、人の手の届かないこ
こまで﹂
彼女の鋭い目がこちらに向けられました、まるで心を見透かされ
てるようで居心地が悪いです。
﹁ふむ、その子はエルフか⋮⋮?
いや、違うな⋮⋮まさか、わしと同じハイエルフか?﹂
ボクに視線が集まります、ここでまさかの新事実発覚ですか? というか”わしと同じ”ってことはリアラさんもハイエルフ? 頭
が混乱してきました。
﹁あの、ハイエルフってなんですか?﹂
おずおずと手を上げたのは我が家の方の猫さん、ルル。そうです
ね、まずは一つずつ疑問を潰していかなければ。
403
﹁⋮⋮わしとしても、同族である可能性があるのなら把握しておき
たい、
少しだけわしの話を聞いてもらいたいが、良いかの?﹂
﹁えぇ、問題ありません﹂
代表であるご主人さまの承諾を得て、リアラさんが話を始めます。
﹁ハイエルフという種族はの、
古代人が永遠の命を求め、繋ぐための魂の器として作った人形の
一つじゃ。
しかし、作られた器が使われる前に古代人の間で大きな大戦が起
きた。
その大戦によって古代文明は跡形も残さず滅びたのじゃ。
極一部の古代人が器を使ってハイエルフとなり、
生き残っていた古代人達と子を為して、エルフという種族が産ま
れた﹂
なんかいきなり神話っぽくなったんですけど、何ですかその壮大
な設定、知りませんよ!
﹁じゃからエルフと人の間に子供が作れる、
獣人も作れるが、そちらもハイビーストと呼ばれる戦闘用の器が
元になっているからの﹂
﹁じゃあ、リアラちゃんはその古代人ってこと?﹂
ここで勇気のある葛西さんがまさかのちゃん付けで質問を投げか
けました。確かにそれだと彼女は器を使った古代人ってことになり
404
ますけど、そうするとボクがハイエルフだって言う説明がつかない
ですよね。
﹁いいや⋮⋮わしは今から300年ほど前の魔術師じゃよ、
ある古代遺跡を探索中にハイエルフの器を見付けた、
世紀の発見じゃ、当然守って研究したいと思った、
じゃが同行者の中に居た売って金にしようとする者との間で意見
が割れての、
最終的に決裂し殺し合いが起きてしまったのじゃ﹂
彼女はそっと顔を伏せました。
﹁その中で命を失いかけたわしは、
生き残るために苦肉の策としてハイエルフの器を使うことを決め
た、
それからは世界にたった一人の種族として生きて来たのじゃ。
それで⋮⋮お主はどうやってその体を得た?﹂
鋭い眼光がボクを射抜きました。知っているご主人さまは堂々と
していますが、葛西さんとルルが困惑しているようで、何度もこち
らをチラ見しています。ボクだってどういうことか解りません。
﹁解りません、死んだと思って気付いたら、こうなってました﹂
⋮⋮そろそろルル達にも教えるべきなのかもしれません。正直に
言うとリアラさんはまた瞑目しました。ボクは堰を切ったようにご
主人さまと同じ故郷の産まれであること、そこで死亡し、気付いた
らこの身体になっていたこと、今は奴隷になって主人に飼われて居
ることを話しました。
405
﹁⋮⋮そうか、お主も大変じゃったな﹂
座りながら近付いて来たリアラさんが、ボクの頬に手を触れまし
た。涙を浮かべた彼女が優しく抱きしめてくれます。
﹁300年間、わしは孤独じゃった、
慣れた身体を失い、力も失い、ただ一人の種族として生きて来た、
じゃから同胞と出会えて本当に嬉しいのじゃ⋮⋮﹂
300年、その孤独はボクにはわかりませんが、彼女が本気で寂
しかったんだというのだけはわかりました。
﹁⋮⋮お主は、この集落とどんな関係を望んでおる?﹂
身体を離したリアラさんがご主人さまに向かって問いかけました。
﹁人は一人では生きていけません、
こちらで作れるものや持ち込めるものもあります、
物々交換を主体とした交易を⋮⋮そして可能ならば友好を﹂
﹁ふむ⋮⋮分かった、お主が王国から逃れてきたということを信じ
よう、
ただし、信じる代わりに一つだけ条件がある﹂
﹁条件ですか?﹂
なんだかまた火花が散ってる気がするんですが⋮⋮。
﹁ここの住人は人間に反感を持っている者が多い、
406
奴隷を持つ人間が出入りするには無理がある、
ここで彼女たちを奴隷から解放すること⋮⋮それが条件じゃ﹂
これはまた無理難題ですね、ご主人さまが手放す訳ありません。
といっても新天地でも他の住人ともめるのは厄介ですし、ボクたち
で協力しあって悪く扱われてないよーと主張するしかないですかね。
﹁解りました﹂
そうですよね、解りますよね⋮⋮え?
﹁シュウヤ様!?﹂
﹁ご主人さま?﹂
﹁元々あの国を出た時点で奴隷とかに拘る必要はありませんので、
そろそろ頃合いでしょう。もう一人家に居ますが、そちらも解除
しておきます﹂
ご主人さまは淡々として、全く気にしてないみたいに言います。
﹁え、本当に、いいんですか?
ボクには莫大な借金だってあるんですよ、それなのに﹂
﹁構わない﹂
そっとボクの首に触れた指が離れると、その手にはチョーカーが
握られていました。奴隷契約の証、ご主人さまなら簡単に解除出来
るのは知っていましたけど、実際に外されると本当にあっさりでし
た。
407
ボクが呆然としている間に、不安そうにしているルルの首輪も取
り払っていました。ほ、ほんとうに、こんな簡単に?
﹁これで二人は自由だ、この後はどうするのも自由、制限はしない﹂
﹁しゅ、シュウヤ様、私は離れませんからね!﹂
必死な様子のルルが腕に縋り付いています。ボクは、どうすれば
いいんでしょう、もう自由なんですよね?
﹁あ、あの、本当にいいんですか? 借金、どうすれば?﹂
﹁所詮は口約束だ、今まで付き合ってくれた分でチャラでいい﹂
チャラでいいって、そんな生やさしい額じゃありませんよ、一生
かけて返すって言ったのに。
﹁で、でも⋮⋮﹂
﹁いいんだよ、いつか自由にしてやるって言っただろ?﹂
頭を撫でる手の感覚が、何だか遠いのです。嬉しいはずなのに、
もうご主人さまの命令を聞く必要はないのに、ご主人さまなんて呼
ぶ必要もないのに⋮⋮何でこんなに酷く寂しいんですか。
◇
喪失感に襲われている間に、ご主人さまとリアラさんの話はトン
トン拍子で進んでいました。話がまとまって帰る段になって、立ち
上がったご主人さまに合わせてボクも立ち上がるとリアラさんが声
408
をかけてきました。
﹁のう、ソラと言ったか?
少し話がしたいのじゃが、今日は泊まってゆかぬか?﹂
友人と別れる直前の子供のような寂しそうな顔でした、どうしよ
うか悩んでご主人さまに確認を取ろうと振り向きます。でもご主人
さまはボクの方を見ようともしません
﹁⋮⋮ソラはもう自由だ、どうするかは自分で決めるといい﹂
何で、何でそんな突き放した言い方するんですか⋮⋮あれだけ人
に執着しておいて、いざとなったらポイ捨てですか? それとも新
しいエルフを見つけたからもう中古品には用済みってことですか?
じわりと視界が滲みます。
﹁はぁ⋮⋮何てな﹂
握りこぶしを作って震えていると、突然抱きしめられました。
﹁やっぱりダメだ、離そうと思うほど冷たい言い方になっちまう﹂
背中を撫でる手が、妙に優しいのです。
﹁すいません、リアラさん、
今日はソラを連れて帰ります、また次の機会に﹂
何ですか、連れて帰るって。相談したかっただけなのに、またボ
クの意思は無視ですよ。やっぱり自由なんて嘘っぱちじゃないです
か、嘘つきめ。
409
﹁⋮⋮⋮⋮どうやら、あながち無理矢理って訳でも無いみたいじゃ
な、
ここは年寄りが引くとしよう⋮⋮ソラ、また遊びに来てくれるか
の?﹂
﹁はい、必ず⋮⋮﹂
ご主人さまの服を掴みながら振り返って頷きました。ボクからし
ても彼女はやっと出会えた同胞になるわけですから、話したいこと、
聞きたい事は多いのです。
﹁それでは、また﹂
﹁あぁ、ではな﹂
◇
それからみんなで家に帰り着いたあとユリアも加えた全員で話し
合い、ボクたちは正式に奴隷ではなくなりました。といってもユリ
アとルルはこれからもシュウヤの傍に居ることをすぐに決めてしま
い、それまでと何も変わりませんでした。
ボクにもいくつか選択肢が与えられました。ユリアやルルと同じ
く、これからもシュウヤの傍で同じように暮らすか、リアラさんの
所で静かに暮らすか。シュウヤはどちらを選んでも最大限のサポー
トをしてくれると約束してくれて、凄く悩みました。
その日の夜、結論を伝えにシュウヤのお部屋に行くと、驚いたこ
とに一人でテーブルに向かって何かを作っていました。てっきりル
410
ルやユリアとよろしくやっているとばかり思ったんですが。
﹁どうした?﹂
﹁⋮⋮どうするか、決めました﹂
手を止めてテーブルを片付けると、グラスに果実ジュースを注い
で差し出してくれます。
﹁そうか⋮⋮﹂
言葉に迷って緊張したまま視線を彷徨わせていると⋮⋮ふとシュ
ウヤの表情が硬いことに気付いてしまいました。なーんだ、シュウ
ヤも人の子だったんですね。自分だって緊張してるんじゃないです
か。
ジュースに軽く口をつけると、そのままベッドに倒れてシーツの
中に潜り込みます。流石に予想外だったのか少し呆気に取られたシ
ュウヤを睨みます。
・・・・・
﹁⋮⋮⋮⋮これからは自由意志ですから、今日は拒否します、
絶対に何もしないでくださいね? ご主人さま?﹂
現代日本で育ち、チート能力でぬくぬく暮らしてた身のボクには、
いまさら田舎の質素な暮らしは出来ないのですよ。
411
tmp.35 居場所を探して︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻775︼−−◆︻265︼−−
◆︻289︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP2530
MP36/36[正常]
MP733/733[正常]
[シュウヤ][Lv77]HP1432/1432
/2530[正常]
[ソラ][Lv19]HP49/60
[ルル][Lv54]HP735/735
MP88/88
MP152/1
MP530/530
[ユリア][Lv44]HP1540/1540
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv42]HP1090/1090
52[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
412
[MAX
HIT]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
猫﹁結局二人していちゃついてるだけじゃないですか⋮⋮﹂
牛﹁そろそろ我慢も限界なんですけど、いいんですよね、そろそろ
いいんですよね?﹂
413
tmp.36 ちょっとずつでも
翌日から始まった隠れ里との交易ですが、当然ながらそう上手く
いくはずもありませんでした。解放されたとはいえ元奴隷とそれを
飼っていた人間、簡単に受け入れられるはずもありませんからね。
まずはリアラさんや金髪の猫さん、クリスを中心にお土産や嗜好
品の取引で少しずつ交流を深めていくことになりました。
リアラさん御所望のブランデーや、クリス御所望のまたたび酒を
差し入れた後、集落の少し外側で馬車を利用したちょっとした露店
を行っていました。今回のメンバーはボクとご主人さま、ユリア、
ルル。フェレと葛西さんはお留守番です。
﹁それにしても、ご主人さまはブレブレなのですよ﹂
客寄せも兼ねて匂いの出る料理を作ろうと、ルルの捕まえて来た
クッカという鶏に似た魔物の肉を一口大に切ったものを串に刺しな
がら呟きます。
﹁男心は複雑なんだよ﹂
仕込んでいたタレを壺に移しながら、ちょっと恥ずかしそうにご
主人さまが呟きます。
何のことはなく、国をでた時点でいずれ奴隷契約は解除するつも
りだったものの、ボクが自分を選ぶ自信が無くて言い出せずにいた
みたいです。隠れ里の話を隠していたのも聞けばボクが行きたがる、
414
離れて行こうとするんじゃないかと考えて言えなかったんだそうな。
ボクがフェレとやらかした時に妙に執着していた事も、お仕置き
の時に自分の傍に縛り付けるような魔法具を使ったことも、離した
くないという気持ちの現れだったんでしょう。なんて迷惑な男心な
のでしょうか⋮⋮。
まぁ最終的にボクと同じエルフを見たことと、対価として奴隷解
放を要求された事でやっと決心がついて、心変わりする前にさっさ
と済ませてしまった、というのが顛末のようでした。道理であっさ
りしてるというか、首輪の外し方も性急だった訳です。
﹁わかります、男の子は複雑ですからね⋮⋮﹂
﹁先輩ってば、分かった風な口きいちゃって﹂
肉をさばいているルルがにやにやした目を向けてきやがりました。
そりゃ解りますよ、中身は男の子ですもん。
﹁⋮⋮ソラが俺の所に残ってくれて安心したよ﹂
﹁借金はきっちり払いますから、良い暮らしさせてくださいね﹂
自分で言っといてなんですが酷くアレな言葉ですね、まぁ惚れた
弱みと思って諦めて下さい。その代わりちょっとだけ⋮⋮その、許
してやるのです。
﹁はいはい、ごちそうさまですっと﹂
ユリアがスープの入った鍋を持ってきて勢い良く置きました。最
415
近欲求不満気味なのかイライラしてるみたいですね。やっと落ち着
いたんだからご主人さまには頑張ってもらいたいものです。
﹁ちょっとはユリアとルルも構うのですよ、ボクに矛先が来るので
す﹂
﹁⋮⋮男に嫉妬するのに女に嫉妬しないってのはどうなんだ?﹂
ちょっと待つのです、誰が誰に嫉妬したって? ﹁嫉妬する理由がありません、ていうか男に嫉妬ってなんの話です
か﹂
そう、ボクは嫉妬なんかしてないのです、ご主人さまがどこで誰
といちゃこらしようが関係ありません。ただ葛西さんと仲良くして
ると、なんというか友達を取られた気分になって不愉快になるだけ
です。
⋮⋮あれ、これって嫉妬? そんなバカな。
﹁これはもしかして、私達に負ける気はしないってやつですか?﹂
﹁お嬢様、流石にそれはちょっとイラっときます﹂
﹁ひゃにふぉひゅるのへふは!?﹂
二人がかりで頬を引っ張らないでください、言いがかりです!
﹁ひょふひんひゃは! ひゃふへへふははい!﹂
416
ちょっとご主人さま、ボクが獰猛な猫と牛に襲われてるのに何呑
気にタレの味見してるんですか、助けてください! この二匹は貴
方のハーレム員でしょ!
﹁もうお前は俺の奴隷じゃないんだから、自分の身は自分で守れー﹂
﹁旦那様をたぶらかしたのはこの耳ですかね、それとも胸? お尻
?﹂
﹁調べるためにちょっと剥いてみましょう、ユリアそっち抑えてて﹂
﹁ひゃふふぉうひょひょー! わひゃひゃひゃ!?﹂
ちょ、くすぐらないで! だめ、脇は弱いの!?
◇
じゅうじゅうという肉の焼ける音と共に、醤油の焦げる良い匂い
が森のなかを漂います。日本人的にはこの匂いを嗅ぐと白米が食べ
たくて仕方なくなります。焼き鳥に昆布っぽい物でダシを取ったお
吸い物。
匂いに釣られてやってくるのは猫耳や犬耳の小さな子供たちと、
手を引かれてやってくる年上の子や大人たち。ジュースや冷えたお
酒も用意してあるので夕方前になると一日の作業を終えたお兄さん
達も交えてそこそこ賑わいます。
最初の頃は匂いに釣られてやってきた子供を、親がこちらを睨み
ながら連れ帰るみたいな光景が普通だったんですけど、だんだん子
供に負けたのか匂いに負けたのかちらほら料理を口にする人が出て
417
きて、一度食べれば娯楽は勿論贅沢な料理すら殆ど無い貧しい暮ら
しの村人たちは簡単に虜になってくれました。
美味しいという感情は国境を超えます、人間を堕落させるのは簡
単なのですよ。
流石にタダで配るのはちょっと問題があったし、かといって物々
交換と言っても今の村の産出物でほしい物はあまりありません。で
すのでリアラさんと相談した結果、対価として村近くの岩山で取れ
る屑魔石を通貨代わりにもらうことになりました。
焼き鳥一串、指先ほどの大きさの屑魔石一つ。ちょっと掘ればボ
ロボロ出てくる石だから結構ストックがあるみたいで、試験的にコ
イン状に加工されたものがリアラさんから村人に配布されてます。
このへんのシステムは後々考えていかないといけないですけど、
取り敢えずは交流を深めるのが先決です。
﹁はーい、おまたせー﹂
﹁ありがとよ姉ちゃん﹂
ガタイの良い犬のような頭を持つおじさん達にルルが笑顔を振り
まきながらエールと焼き鳥を提出してます。おしりに伸びてくる手
を華麗に回避しながら戻ってきたルルが次の皿を持って待ってる他
の子供の所へ行きました。
﹁ところで、何で焼き鳥なんですか?﹂
418
確かに手軽だし匂いで人を誘いやすい食べ物ですけど、醤油が受
け入れられるかもわからないのに。
﹁いや、なんか無性に甘辛いタレを絡めた鶏肉をおかずに、
炊きたての白米が食べたいなと思って⋮⋮﹂
聞き捨てならない言葉が聞こえました、騒動の後はずっと旅続き
だったせいで最近あんまりお米食べれてないのです、ルルとユリア
はパン派な上にお米炊くの面倒だって作ってくれないのです、肉欲
ならぬ米欲が満たされず欲求不満なのですよ。
﹁食べたんですか、焼き鳥でごはんを食べたんですか、いつ!?﹂
﹁数日置きの昼にこっそりと﹂
﹁うがー!﹂
ボクを誘ってくださいよ! 何一人だけで楽しんでるんですか!
﹁因みにマコトも一緒だった﹂
﹁あのヘタレもですか!?﹂
よりにもってあのヘタレと⋮⋮ご主人さまの浮気者! いやまつ
のです、何ですか浮気者って、ボクはノーマルです、ノーマルなの
です、男なんて興味なし、女の子が大好き、おっぱい大好き、もっ
と大きくなりたい。ご主人さまとの関係は借金返済のため、おーけ
ー、ボクは大丈夫。
﹁いや、ヘタレって⋮⋮﹂
419
﹁クリスさんに一目ぼれした癖にアタックもせずアピールもせず、
ひたすらもじもじしてるような奴はヘタレで十分なのです﹂
何かプレゼントしたいと相談してきたので女の子チームが色々考
えて見繕った髪飾り、それも未だに渡せていないみたいですし、ヘ
タレ以外に言いようがないじゃないですか。
﹁面白い話をしておるの?﹂
﹁いらっしゃいです、リアラさん﹂
さり気なく葛西さんをディスっていると、毎日酒瓶持参で焼き鳥
を食べに来る残念ハイエルフの姿がそこにはありました。ボクの周
囲には一日二日でイメージぶち壊すメスが多すぎると思います、ど
こぞの肉食魚なんかボクがフリーになったと認識した瞬間夜這いに
来る頻度が倍になってますし、まともな女性はどこにいるのですか。
﹁取り敢えず皮とレバー、つくねを二串ずつお願いしようかの﹂
﹁はいよ﹂
清酒をコップに注ぎながら、カウンターに腰掛ける姿は完全に酒
飲みのおっさんです。ていうかチョイスまで酒飲みなんですが⋮⋮
見た目はボクより少しだけ歳上な幼い感じなのに。話を聞く限り中
身はれっきとした女性らしいですけど、年をとるとみんなああなる
のでしょうか、恐ろしい。
﹁しかし、嬉しく思うぞ﹂
420
﹁?﹂
レバーに齧り付きながら、酒を片手に談笑している村人の姿を見
て目を細めました。ここに居る人たちは集落の人口と比べても格段
に少ないですが、それでも日々ちょっとずつ増えていってます。中
には付き合いできても警戒心をむき出しにしている人もいますけど、
時間が解決してくれる事を祈るしかありません。
﹁こんな場所じゃ、商人も来んから窮屈に隠れながら過ごすしか無
く、贅沢も出来ん、
それが細やかとはいえお主らのおかげで、少しだけ息抜きが出来
る場所が作られつつある﹂
﹁折角だから仲良くしたいですしね、頑張るつもりですよ﹂
﹁お人好しじゃのう⋮⋮﹂
外から来た奴隷持ちの人間を疑いもせず集落に受け入れて、しか
も場所まで提供したり協力してくれてる人の言う台詞じゃないと思
うんですけどね⋮⋮。
﹁⋮⋮お主は逃げ場のない状態で口に火を溜めた巨竜に、
”仲良くしよう”と手を差し伸べられて、果たしてそれを断るこ
とが出来るのかの?
人の命を預かる者として、敵に回せば一瞬で集落を灰に出来る奴
に喧嘩なぞ売れんわ﹂
酒が入ったせいか愚痴っぽいですが、確かに正論です。ご主人さ
まは最近どんどん半端無くなってきてますからね、チート野郎の面
目躍如ってやつですか、多分ボク達っていうお荷物がなければ国だ
421
って滅ぼせるでしょう。
﹁大体みんなわしの苦労を解っとらん、
一部のバカ共はお前たちの事を追い出せと好き勝手に言いおる、
今更出来るわけがなかろうが、第一このままだと村はジリ貧じゃ
ったというのに⋮⋮﹂
﹁あの、リアラさん、もう酔ってます?﹂
﹁酔っとらんわ! 全然酔えんわ!
灰色の青春を過ごし、若返ったと前向きに考えたら身体を狙われ
て逃げまわる数百年、
やっと安住の地が見つかったと思えばまとめ役をやらされて、
必死で働いて気づいた時には最年長⋮⋮もはや旦那どころか彼氏
すら出来ん⋮⋮。
ソラにはわからんじゃろうな、彼氏居ない歴332年の化石女の
気持ちなぞ﹂
﹁お、おう⋮⋮やっべー、めんどくせぇのです⋮⋮﹂
ちょっとどうすんですかこの酔っぱらい、完全に溜めに溜めた愚
痴をぶっぱなしに来てるじゃないですか。おかげで人払いのフィー
ルドが形成されてて誰も近づかないんですけど、何でご主人さまや
ルル達まで逃げてるんですか。
﹁良いか、男なんてものはな!﹂
﹁リアラさん大変です、話がずれてます、凄くずれてます﹂
誰かこの酔っぱらいをどうにかしてください。
422
tmp.36 ちょっとずつでも︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻780︼−−◆︻277︼−−
◆︻302︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP2530
MP36/36[正常]
MP733/733[正常]
[シュウヤ][Lv77]HP1432/1432
/2530[正常]
[ソラ][Lv19]HP49/60
[ルル][Lv54]HP735/735
MP88/88
MP152/1
MP530/530
[ユリア][Lv44]HP1540/1540
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv42]HP1090/1090
52[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
423
[MAX
HIT]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁酔っぱらいとかほんと迷惑な存在なのですよ⋮⋮﹂
猫﹁⋮⋮⋮⋮お、おう﹂
牛﹁⋮⋮⋮⋮そうですね﹂
424
tmp.37 そして始まるがーるずとーく
リアラさん
酔っぱらいの連日の襲撃を乗り切り、同情もあったのか半月も経
つ頃には一部の保守派を除いて多くの人たちがなんとか好意的に接
してくれるようになりました。といってもそれはあくまでボク達亜
人勢に対してだけで、ご主人さまや葛西さんには一歩も二歩も引い
た立場でしたが。
とはいえ、それも嫌っているよりは怖がっているというか、警戒
から来る反応なのできっと時間が解決してくれるはずです。保守派
の説得はリアラさんが頑張ってくれているみたいですしね。
ある程度の懐柔策が完了した後、ボクたちは更に取り扱う商品を
増やすための行動に出ることになりました。ご主人さまによると最
終目標はNAISEIだそうです、要するにフォーリッツの馬鹿ど
もに対抗するために密かにここの文明レベルというか、地力を上げ
たいみたいです。
ここを強化しつつ、戦闘を最大限避けるために大陸中から人を集
め共同体のようなものを作り出し、やがては国として各国に存在を
認めさせて彼等も含めた人々が安全に暮らせる場所を創りだそうと
いう計画を聞かされていました。これはリアラさんにも話していて
納得済みだとか。
相変わらずボクの知らない所で話が進んでますが、楽なので良し
としましょう。
◇
425
﹁⋮⋮ふあ!?﹂
ある朝、目を覚ますとそこにおっぱいがありました。どうやらユ
リアがボクを抱きしめて寝ていたようです、顔の位置が数センチ上
にズレていたら窒息死してました、家の中でも油断できません。
身体を引き剥がして背筋を伸ばしたあと、寝ているご主人さまや
ルル、フェレを踏まないように注意しながら巨大なベッドを降りて、
散らばっている下着の中から自分のものを探して身に付けます。 ⋮⋮キャミソールは見つかったのにパンツがな⋮⋮無いものは仕
方ありませんね、うん、顔を洗うついでに部屋に戻って新しいのに
換えましょう。過去を気にしてはダメです。肉食魚が頭に被ってい
る物も無視します、気にしたらこの過酷な環境では生きていけませ
ん。
ていうか今更ですが何でフェレがナチュラルに混ざってるんです
かね、ボクにはこの状況を理解できそうにないのです。首を傾げな
がら扉を開けて廊下に出ます。
自室に戻って下着をつけるついでに普段着に着替え、顔を洗って
食卓へ行くと、いつの間にやらユリアが起きてきていました。既に
朝食の準備をはじめているようです。
﹁あ、おはようございますお嬢様﹂
﹁おはようです、ご主人さまたちはまだ寝てますか?﹂
コップに水差しから水を注ぎながら、あくびを噛み殺して挨拶を
してから、ボクもエプロンを着け、流しで野菜の皮を剥くのを手伝
426
います。
﹁良くおやすみでしたので、そのままです。
ところでフェレが頭にかぶっていたのってお嬢様の⋮⋮﹂
﹁ボクは何も見ませんでした、ユリアも何も見ていない、それでい
いのです﹂
あの子はかわいそうな事にもう手遅れの病なのです。だから優し
くみてみない振りをしてあげないといけません。
﹁大変ですね、お嬢様も﹂
﹁涙で前がみえません﹂
しょりしょりと音を立ててじゃがいもの白い身が顕になっていき
ます。中々上手になってきましたねボクも。
﹁旦那様に拭ってもらっては?﹂
﹁最終的にベッドのシーツで拭うはめになるので却下ですね﹂
二度手間ですよ、二度手間。
﹁⋮⋮おはよう﹂
ご主人さまも起きてきたようです。既に顔を洗ったのかタオルで
顔を拭いながら台所へやってきました。
﹁おはようございます﹂
427
﹁おはようです﹂
ユリアがコップに水を注いで持って行くと、ご主人さまはそれを
飲み干して﹁ありがとう﹂と言いながらユリアとキスをしました。
数秒ほどでくちづけを終えるとそのままボクの方へ真っ直ぐ向かっ
てきます。
﹁ソラもおはよう﹂
﹁ボクはパスで﹂
刃物持ってる時に近づかないで下さい、ぐさっていきますよぐさ
って。
﹁お、は、よ、う﹂
﹁パ、ス、で!﹂
だから危ないって言ってるでしょうが、痛い思いしないとわから
ないのですかこの変態は! 自由になって多少自重するかと思った
らやっぱ全然変わってないじゃないですか。無理矢理キスしようと
するのはやめてください!
﹁旦那様、危ないですからそのへんで﹂
﹁チッ﹂
﹁ぜぇ、ぜぇ⋮⋮ちょっとは自重しやがれなのです﹂
◇
428
﹁今日は生活用品を作って持っていこうと思う﹂
﹁生活用品ですか?﹂
ボクたちは朝食の焼いたパンとポテトサラダ、ウィンナーとオム
レツを食べながら今後の予定を話していました。 ﹁いきなり便利すぎる物を大量に持ち込んでも毒になるし、
受け入れられないだろう、だからまずは簡単な物からだな﹂
ご主人さまとしてはまず胃袋を掴んでから、徐々に生活必需品を
行き渡らせて依存度を上げていく心づもりのようです、中々に腹黒
いですね。まぁあちらにとっても不利益になる内容じゃないのでボ
ク達も良心がさほど痛まないのですが。
﹁何を持っていくのですか?﹂
﹁まずは灯りになるランタンと、火種⋮⋮まぁライターみたいな奴
からだな﹂
このへんは都会でもちょっと出せば手に入る類のものです。ご主
人さまの技術で作れば結構チート性能になるでしょうし、妥当なと
ころでしょう。
﹁ソラと⋮⋮フェレ、ルルは仮称ライターを、
俺とマコトとユリアは焼き鳥の仕込みだ、皆、今日も頑張って﹂
ご主人さま、フェレの視線に負けましたね、まぁ魔力量的に考え
れば適材適所ではありますが。
429
食事を終えると、各々が自分の担当する作業をするために動き出
しました。ボクはご主人さまから設計図を貰い、アトリエでフェレ
とルルに指示をしながら道具を製造。ご主人さま達はキッチンで下
ごしらえ。
﹁それで、先輩って正直な所シュウヤ様の事どう思ってるんですか
?﹂
魔法陣の掘られた加工済みの屑魔石と、筒状の道具を組み合わせ
る作業をしている途中で突然目を輝かせたルルが身を乗り出してき
ました。
﹁わたしも聞きたい!﹂
何でフェレまで乗ってくるんですか⋮⋮。
﹁別になんとも、敢えて言うなら雇用者で友人⋮⋮ですかね﹂
他にいいようがないのです、実際に友情は感じてますが恋愛感情
とかはいくら考えてもありませんしね。普通に答えたつもりなので
すが、ルルとフェレは物凄い胡散臭そうに思っている顔をしました。
﹁嘘ですよねそれ、あんだけいちゃついておいて恋愛感情がないと
か⋮⋮﹂
﹁それ、ぜったいウソ﹂
あまりにも酷い言いがかりなのです⋮⋮。
430
﹁本当ですよ、異性として意識したことはないのです﹂
﹁それなのにエッチできるんですか?﹂
⋮⋮⋮⋮ん? あれ、確かに? い、いや、いやいや、あれは無
理矢理、そう無理矢理な訳でボクの意思は介在していませんでした。
それに最近だって借金の支払い代わりにやっているだけなので、そ
ういう意味じゃありません。
そう、これは借金支払いのために仕方なくやっていることで、男
女の機微とかは関係ないのです。よし理論武装完了。
﹁わたし知ってる、そういうのビッチっていうんだよね﹂
﹁その呼び方やめてくれません!?﹂
何とんでもない事言ってるのですかこの馬鹿魚類は、風評被害に
も程があるのですよ!
﹁もしくはハイエロフですね、流石先輩﹂
﹁ちょっと、ひどすぎます!!﹂
ていうか何が流石なんですか何が!? そんな不名誉な名詞にハ
イを付けないで下さい。頭おかしいんじゃないですか。
﹁わたしはソラがビッチでも大好きだよ!﹂
﹁だからビッチじゃねぇのですいい加減にしないと刺し身にします
よ!?﹂
431
第一ボクが経験した相手なんてご主人さまのハーレム員で半分以
上ご主人さまの差金じゃないですか、しかも大半が女性ですよ、ビ
ッチ呼ばわりはいくらなんでもあんまりです。
﹁ああもう、同じコイバナならボクなんかより葛西さんの方が面白
いでしょ!
今の彼はいじり甲斐がありますよ!? 片思いはどうなってるん
ですか﹂
﹁露骨に話題をそらしましたね⋮⋮まぁいいか、
昨日になってアプローチしようとしたみたいですよ﹂
﹁本当ですか?﹂
おぉ、意外な展開ですね。あの子、クリスも前にちらりと彼氏募
集中みたいなこと言ってたのでチャンスはあると思うんですけど⋮
⋮夜中に寂しくもぞもぞする辛さを理解できる身の上としては成功
を祈りたいです。
﹁結局直前でヘタレてましたけどね﹂
﹁ダメじゃないですか⋮⋮﹂
ヘタレの汚名は返上ならずでしたか、哀れな。
﹁まこっちゃんみたいなのを、ふにゃちんっていうの?﹂
﹁﹁⋮⋮﹂﹂
432
うみぶた
本当に、どこでそんな言葉を覚えてくるんですかねこの海豚は。
◇
ランプとライターを三人で合計100セットずつ作り上げて、今
日の行商メンバーであるご主人さま達に託した後、お留守番となっ
たのはボクとフェレと葛西さん。いってきますのキスを全力で阻止
しながら送り出し、今日は酔っぱらいの相手から解放されることを
喜んでいる時、その悪夢は訪れたのです。
﹁おーい、ソラ、おるかのー?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
幻聴だと自分に言い聞かせながら部屋の窓から扉の方を見れば、
そこには酒瓶を抱きしめた酷く残念なハイエルフの姿があったので
した。
433
tmp.37 そして始まるがーるずとーく︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻4︼−−−−◇︻4︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻3︼−−−−◇︻2︼−−−−
◇︻2︼
[◇TOTAL
−−◇︻5︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻784︼−−◆︻281︼−−
◆︻307︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP2530
MP36/36[正常]
MP733/733[正常]
[シュウヤ][Lv77]HP1432/1432
/2530[正常]
[ソラ][Lv19]HP49/60
[ルル][Lv54]HP735/735
MP88/88
MP152/1
MP530/530
[ユリア][Lv44]HP1540/1540
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv42]HP1090/1090
52[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
434
[MAX
HIT]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁ついに家にまで押しかけられました﹂
魚﹁宴会ってたのしいよね!﹂
435
tmp.38 まだまだ続くよがーるずとーく
﹁ソラ、ソラ!﹂
﹁⋮⋮ふあ?﹂
目を開けると、そこには不機嫌そうなご主人さまの顔がありまし
た。窓の外はすっかり暗くなっています、ボクは一体⋮⋮うわ、酒
くさっ?!
﹁一体にゃにが⋮⋮﹂
﹁それは俺が聞きたい、どういう状況なんだこれは﹂
部屋の中を見渡すとリビングでは服が散乱していて、フェレがパ
ンツ一枚のボクに抱きついていて、隣では全裸のリアラさんが酒瓶
”やっぱりビッチ”と声になら
を抱きしめていびきをかいていました。⋮⋮これはやばいですかね、
ご主人さまの目が痛いのです。
ルルとユリアの目が”また?”
ない言葉を紡いでいる気がします。
﹁また?﹂
﹁やっぱりビッチ⋮⋮﹂
普通に声に出してきやがりました。必死で記憶をたぐります。昨
日は確か、酒瓶を担いで襲撃してきた残念ロリババアをあしらって
いる最中に無理矢理お酒を飲まされて、テンションが上がってまた
436
フェレとデュエットで歌いまくり、熱くなって服を脱いだら、何故
かフェレやリアラさんまで裸になって⋮⋮。
それからフェレやリアラさんの頬にちゅーをして、眠くなってそ
のままフェレと抱き合って寝たんでした。これは︱︱︱︱
﹁せ、セーフ?﹂
﹁⋮⋮だと思うか?﹂
ですよね。
◇
﹁お前いい加減懲りろよ、酒は飲むな﹂
﹁ボクは悪くねぇ! 無理矢理飲ませたリアラさんが悪いんだ!﹂
﹁いや確かにそうだが⋮⋮何だその芸風﹂
悪くない感じを精一杯アピールしてみました。
﹁無性に殴りたくなるからやめろ﹂
逆効果だったみたいです。取り敢えず居住まいを正して正座をし
ながらご主人さまに向き直ります。因みにリアラさんは早くも二日
酔いで頭を抱えてのたうちまわってます。
﹁独身アラサー女子の家飲みみたいな状況になっててすいませんな
のです﹂
437
﹁お前アラサー女子を何だと思ってるんだ⋮⋮真面目にやれ﹂
この状況でまじめになんてやってられませんよ。間抜けじゃない
ですか逆に。
﹁はぁ、取り敢えずリアラさんは今後禁酒だな﹂
﹁にゃんじゃと!? わ、わしの人生の唯一の生きがいを奪うつも
りか!?﹂
突然水を向けられた残念ハイエルフが頭を抱えながら身体を起こ
しました。
﹁どんだけ寂しい人生なんですか﹂
酒だけが生きがいって愛と勇気だけが友達のヒーローより悲惨で
すよ貴女。
﹁こんな美味しい酒を与えておいて奪うとか、
鬼じゃ、悪魔じゃ、悪鬼羅刹の所業じゃ! わしは命がけで戦う
ぞ!﹂
﹁もうこの人、石でも抱かせて酒の池にしずめませんか?﹂
なんかもうめんどくせぇのですよこのロリババア。どこまで堕ち
るつもりですか、人間堕落するの簡単とは言いましたけどニュート
ンもびっくりの加速で落下してますよ。酒が悪いのか人が悪いのか
という不毛な議論を巻き起こす勢いです。
438
﹁発想がヤクザになってるぞ、落ち着け、
そしてリアラさんもちょっと期待するような目をしない﹂
あ、ほんとだちょっとちらちら見てくる、本当にうぜぇのです。
﹁いや、酒に溺れるのは酒飲みの夢の一つじゃから⋮⋮﹂
恥ずかしそうに目を逸らしました、流石に羞恥心までは失ってい
なかったようです。でも我が家の中でリアラさん株が大暴落のスト
ップ安です。最初に会った時の凛とした印象は一体どこに行ってし
まったのか。大人になるって悲しいことなんですね。
﹁どっちにせよ最近飲み過ぎだから控えるようにと、
クリス嬢もいたく心配してたんですが?﹂
﹁⋮⋮ふ、ふん、わしは悪くない、酒を大量に持ち込んだお主らが
悪いのじゃ!﹂
ついに開き直りやがりましたよこのロリババア。人はどこまで堕
ちていけるのか、心理学のレポートが書けそうです。
﹁ハイエルフって⋮⋮﹂
ユリアは何でボクとリアラさんを交互に見ながらつぶやくんです
かね、その視線を意味を問いただすのが凄く怖いんですが。
﹁まぁ三人の処遇はともかく⋮⋮まずは部屋、片付けて夕飯にしま
しょうよ﹂
ルルの言葉で酒瓶と服が転がっている部屋を見回して、誰もが深
439
いため息を吐きました。
◇
夕飯の後、リアラさんはクリスさんに連行されていき、フェレは
ルルにお説教される事になり、ボクはご主人さまに連行されて地下
室へ行き、数時間にわたるお説教の末に開放されました。ボクはも
う奴隷じゃないはずなのに何でこんな目に合ってるのでしょうね。
﹁すんっ⋮⋮くすん﹂
﹁はいはい、いつまでも泣き真似してないで寝る前にお風呂入っち
ゃいましょう﹂
﹁ガチ泣きです!!﹂
ユリアもお説教に同席していたのに、あまりにも冷たいのですよ。
﹁お説教、お仕置きって言っても半分以上いちゃついてただけじゃ
ないですか﹂
﹁何をどう見たらそうなるんですか、その眼は節穴ですか!?﹂
目が腐ってるとしか思えないのです。節穴じゃないというのなら
その証拠を聞かせて頂きたい。
﹁本気で嫌がってなかったのは見てれば解りますって﹂
やっぱり節穴じゃないですか!
440
﹁あれ? 二人ともまだお風呂入ってなかったの?﹂
言い争っているとタオルを肩にかけた、下着姿のルルが牛乳片手
にボクたちの休んでいるリビングに入ってきました。その牛乳はた
ぶんユリアのですね、ボクのは貴重品の回復アイテム扱いですから
ご主人さまの管理です。
﹁ちょっと現状の認識を改めてもらおうと思いまして⋮⋮﹂
﹁お嬢様が、いちゃついてることを認めようとしないんです﹂
だから違うって言ってるのに⋮⋮。
﹁まぁそれはいいんですけど、先輩かなり臭うからさっさとお風呂
入った方が﹂
そんな馬鹿なと思い自分の身体の匂いを嗅ぐとこれは、酒とか汗
とかアレとかの匂いが混じってこれは確かに⋮⋮。
﹁う、うわぁぁぁぁぁん! おぼえてろですー!﹂
﹁じゃあ私も行ってきます、ベッドメイクお願いしてもいい?﹂
﹁あいよー﹂
呑気な会話の牛猫を尻目に脱衣所に駆け込むと、洗濯物の籠に衣
類を放り込み、つながっている大浴場の扉を勢い良く開けました。
﹁おぉ、なんじゃお主らも入るのか﹂
441
﹁お、お邪魔してます﹂
大きな木製の浴槽に浸かっている残念ハイエルフと、金色猫のク
リスの姿がありました。何でここに?
﹁酒の匂い落とすために風呂に入っていけと言われてのう、中々良
い物じゃ﹂
﹁私も迎えに来た時に、折角だからついでにどうぞって﹂
﹁そうですか﹂
なるほど、まぁ折角こだわって前の家よりも大きくかつ立派なお
風呂を造りましたからね、自慢したかったのでしょう。さり気なく
二人の体を見ながら入り口付近に流しっぱなしにされているかけ湯
を手桶ですくい、身体を流します。
リアラさんには勝利しましたが、クリスが意外な尖兵というか着
やせするタイプみたいで大敗でした。年齢的には一五歳だそうです
けど、この世界の獣人種ってみんな勝ち組なんですかねぇ⋮⋮もい
でもいいでしょうか。
﹁あら、リアラさんとクリスも入ってたんですね﹂
﹁おぉ、ユリアも来たか⋮⋮相変わらず凄まじいの﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
そこに現れたユリアの戦闘力は圧倒的です。最近栄養状態がいい
ためかますます育っていて、牛乳の産出量も結構なことになってま
442
す。クリスも思わず凝視しながら自分と見比べてますね、ちょっと
目が怖いです。⋮⋮自信あったんでしょうか。
﹁お嬢様、頭洗いますからこっちに﹂
﹁わかりました﹂
ボクにとっては見慣れたもので、ここまで圧倒的だと逆に戦意も
湧きません。洗い場で適当な椅子に座ると途中で手を当てて勢いを
殺しながらお湯が髪の毛にかけられていきます。
液体石鹸を両手で泡立てて、頭皮を揉みながら毛先をまとめて洗
ってもらいます。人に頭を洗ってもらうのって氣持ちいいんですよ
ね、男同士だと髪の毛洗いっこなんて絶対にしないですから、こう
いうのが気軽にやりやすいのは女の子になって数少ない良かったポ
イントでしょうか。
﹁ソラちゃん達が奴隷から解放されてもあの人の傍に居る理由、
私、何となくわかった気がする⋮⋮﹂
鼻の下までお湯に沈めて、ぶくぶくと泡を立てながらクリスがぼ
やきました。
﹁まぁ、上手い飯に酒、風呂にふかふかの寝台⋮⋮普通は離れられ
んの﹂
微妙に遠い目をしている二人、確かに我が家はあちらの集落と比
べても圧倒的に良い暮らししてますからね。
﹁旦那様もお優しい方ですからね、離れる気起きませんよ﹂
443
しっかりと毛穴の汚れまで落とされてから、お湯をかけられて泡
を流されます。最後にリンスを馴染ませてから小さめの手ぬぐいで
髪の毛をまとめて貰い、背中をユリアに流してもらいながら前は自
分で洗います。
﹁あれでもうちょっと淡白でエロくなければ言うことなしですけど
ね﹂
﹁何を言っとるんじゃ、別に他所の女の尻を追っかけまわしとるわ
けではなかろうに﹂
﹁最初は警戒してたけど、ソラちゃん達以外には手出す気ないみた
いだしね﹂
ボクに手を出しまくるのが問題なのですよぅ⋮⋮。
﹁⋮⋮なんじゃ、自慢か?
自分は良い男に愛されすぎて困っちゃうとでもいいたいのか小娘
!﹂
﹁何ですかその被害妄想﹂
ばしゃんと水しぶきをあげて、リアラさんが立ち上がります。女
の子が全裸で仁王立ちはどうなんですか。
﹁わしとお主の違いは何なんじゃ! 同じハイエルフ、同じ美貌、
同じ体型!
なのに片やイケメンを捕まえていちゃいちゃと、片や貧乏隠れ里
で管理職⋮⋮!
444
いったい何が違う! わしの古風な言葉遣いがいかんのか!?﹂
﹁強いて言うならめんどくさいところじゃないですかね﹂
少なくともボクはそんなにめんどくさい女じゃないのです。いや
そもそも女ですらないのです、当たり前のように女性たちとお風呂
に入って平気になってしまっているのは肌色に慣れてしまっている
だけなのですよ。
﹁に、憎い⋮⋮その余裕に満ちた態度が憎い!﹂
ついに歯軋りをしながら水面を叩きはじめたリアラさんに生暖か
い視線が降り注ぎます。
﹁⋮⋮私も彼氏ほしいなぁ﹂
顔半分湯に沈んだクリスの言葉の裏に、ああはなりたくないとい
う本心が透けて見えるようです。
﹁だれか気になる人とか居ないんですか?﹂
交代でユリアの頭と背中を洗っていると、この牛さんは瞳をキラ
ンと輝かせて攻めに入りました。女の子は本当にコイバナが好きで
すね⋮⋮。
﹁んー⋮⋮村の男は彼女持ちかおじさんばっかりだから﹂
﹁若くて良い男は競争率が激しいんじゃよ﹂
人口の少ない地域が抱える悲哀ですね⋮⋮。最後にお湯で石鹸を
445
流して完了です。さっぱりした所で湯船に入ります。ご主人さまい
わく一度に六人がまとめて入ることを想定してるため、かなり大き
いので四人だと全然余裕です。
﹁うーん⋮⋮マコトさんなんてどう?﹂
押しますねぇ⋮⋮。
﹁マコトさんって? ⋮⋮あぁ、シュウヤさんとたまに一緒にいる?
うーん⋮⋮悪い人じゃないとは思うけど、人間だし﹂
どうやら嫌っているわけではないみたいですが、種族の壁は大き
いようです。
﹁じゃあ意外とあり?﹂
﹁うーん⋮⋮難しい所?﹂
ちゃぷちゃぷと胸部装甲で水面を波立たせながら、新たなる猫牛
コンビが見事なまでのガールズトークを繰り広げてます。男だった
ら視線を外すことは出来ないでしょうねこの光景。
﹁どいつもこいつも愛だの恋だのに現を抜かしおって⋮⋮﹂
そしていくら身体を動かしても手足以外で水面を叩くことが出来
ないボクたち負け犬組の代表であるリアラさんは、自分から振った
にも関わらず会話の内容に歯軋りをしていました。
﹁リアラさんはご主人さまとかどうなんですか?
ロリエルフ大好きですからイけるかもしれませんよ﹂
446
﹁む? うぅむ、シュウヤか⋮⋮確かに悪くない物件じゃがのう、
些か傍に居る女の子が多すぎるのがのう⋮⋮﹂
そこでちらりとボクを見ないでほしいのですが。
﹁お主は良いのか? わしとシュウヤがそういう関係になっても﹂
⋮⋮良い暮らしが出来なくなるのは寂しいですが、恋愛関係は別
にいらないのですよ。
﹁⋮⋮⋮⋮別に何の問題もないのですよ?﹂
﹁ほう? ではアタックしてみようかの﹂
ほんとに、何でにやにやしてるんですかねこの残念ハイエルフは。
◇
お風呂を上がってユリア印のスペシャルブレンドフルーツ牛乳を
飲みながらリビングへ行くと、ご主人さまが何かの本を読んでいる
ところでした。一瞬ボクを見たかと思えば、リアラさんがにやりと
笑ってご主人さまの所へ行きます。
﹁のう、シュウヤ?﹂
﹁⋮⋮ん?﹂
妙な猫撫で声をあげたリアラさんに気付いたご主人さまが顔をあ
げます。
447
﹁ふと思ったんじゃが、
お主はエルフ好きなんじゃよな⋮⋮そこでわしなんてどうかのう
?﹂
蠱惑的な表情を浮かべて、潤んだ瞳を向けるリアラさん。ご主人
さまはそれを見ながらすっと本を閉じて。
﹁えっ、ごめん無理⋮⋮﹂
困惑したような、本当に迷惑そうな顔でぽつりと言いました。な
んか凄く素っぽいのです。ていうか無理って、無理って。リアラさ
んは顔をうつむかせてぷるぷると震えだしてしまいました。いや、
まさかあんな素の反応っぽい返しをされるとは流石に予想外です。
﹁ち⋮⋮ちくしょおおおおおおおおおお!!﹂
叫びながら走り去るリアラさんの通り過ぎた後には、きらきら光
る雫が飛び散っていました。⋮⋮あの人ほんと何しに来たんでしょ
うか。
448
tmp.38 まだまだ続くよがーるずとーく︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻10︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻10︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻2︼
[◇TOTAL
−−−◇︻2︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻794︼−−◆︻281︼−−
◆︻309︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP2630
MP38/38[正常]
MP733/733[正常]
[シュウヤ][Lv80]HP1582/1582
/2630[正常]
[ソラ][Lv19]HP29/60
[ルル][Lv56]HP785/785
MP89/89
MP157/1
MP530/530
[ユリア][Lv45]HP1560/1560
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv52]HP1391/1391
57[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
449
[MAX
HIT]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁哀れなのですよ⋮⋮﹂
牛﹁可哀想に⋮⋮﹂
450
tmp.39 雨降って地固まる
ご主人さまの懐柔作戦は怖いくらいに上手く行っていました。ラ
ンプや火種からスタートした品物の提供は今や主婦の味方の魔導コ
ンロから水汲みポンプ、上下水道や街道にまで至り、汲み取り式だ
ったトイレも水洗に、ついでにリフォームされた各家にはお風呂ま
で付いて住民からの評価はうなぎ登りです。
汗水たらして集落のために働くご主人さまの姿に男連中もすっか
り洗脳され、一緒に酒を酌み交わしながら建築技術や料理について
学んでいる状態です。最近になると新しい仕事先として屋台に興味
をもつ人も出てきているみたいで、ボク達が屋台から手を引く日も
近いかもしれません。
◇
﹁なぁ、あんた達クリスをみなかったか?﹂
今日も興行を終えて、ボク達は酔った仲間を抱えて家路に付くお
客さんたちを見送りながら屋台を片付けている最中、狼頭のおじさ
んが慌てた様子でボク達に声をかけてきました。
獣人にも毛むくじゃらで二足歩行するタイプと、耳やしっぽを生
やしただけでほかは人間と殆ど変わらないルル達みたいなタイプの
二種類がいるようです。声をかけてきたおじさんは確かクリスの家
の隣に住んでる人でしたか。彼女は両親がおらず一人暮らしで、近
所の人達と助けあって暮らしているそうです。
﹁あれ、そういえば今日は見てないのです⋮⋮?﹂
451
思い返してみると、夕方前に屋台を出してから見かけていません。
いつもなら日が落ちる直前くらいに顔を出してルルと喋りながらお
肉を食べてるんですけど。
﹁私も今日は見てませんね、何かあったの?﹂
ボク達の中では一番友人付き合いしているルルが少し心配そうに
しています。それ以上に心配しているのが葛西さんですね、手を止
めて聞き耳を立てているようです。
﹁昼ごろに野草採りに出掛けたまま戻ってこないんだよ、
てっきりここにいるもんだと思ってたんだが⋮⋮﹂
﹁え⋮⋮﹂
この集落やボク達の家の周辺はご主人さまとリアラさんが協力し
てかなり強力な目眩ましと魔物除けの結界が張られています。でも、
それがすなわち完全に安全と言えるわけではありません。
確かに危険な魔物は寄り付かないのですが弱い魔物なんかはたま
にすり抜けてしまうこともありますし、森のなかの危険は魔物や動
物だけとは限りません。かといって森のなかで育ったクリスがそれ
を解らない訳がないとは思うんですが⋮⋮。
﹁俺、探してきます!!﹂
﹁あ、葛西さん待って!﹂
葛西さんが制止も聞かず駆け出してしまいました。二重遭難にな
452
ったらどうするんですか⋮⋮。
﹁ソラ達はリアラさんに伝えて長の家で待機、
グレイルさんは動けそうな男たちを集めてくれ﹂
﹁わ、わかった﹂
慌てたように村に戻っていったグレイルさんの後を追って、ボク
たちもリアラさんの家へと向かいました。
◇
何でかちゃっかりリーダーに収まったご主人さまを筆頭にした捜
索隊を見送った後、リアラさんの家に集まったバラエティ豊かな女
性陣で炊き出しを行うことになりました。作るのは野菜とお肉をた
っぷりと使った豚汁モドキ。
空調設備の聞いた屋内で過ごすことが多いとあまり実感がわきま
せんが、季節でいうところ秋に近い気候のこの森の夜は少し冷えま
す。温かかい物が有難いでしょう。
﹁まったく、あの馬鹿娘め⋮︰﹂
改築されて大分住みやすくなった村長宅の会議室の中、リアラさ
んが貧乏揺すりをしているあたり大分心配しているみたいです、思
えば二人は何だか仲が良かったように思います。ボク達が知らない
だけで色々と思いがあるのでしょう。
﹁早く戻ってくるといいんですけどね⋮⋮﹂
453
クリスが面倒見ているという犬耳と猫耳の10歳くらいの女の子
達と野菜の皮を剥きながら、窓の外に広がる暗闇を見つめてただ静
かに祈ります。
﹁クリスおねえちゃん⋮⋮﹂
﹁だいじょうぶかな﹂
それでも僅かな大人たちの不安は伝播しているのか、子供たちが
少し不安そうにうつむきました。この小さな村では一人ひとりが家
族のようなもの、手を取りあって暮らしてきたといいます。小さな
弟妹分に慕われているのに行方不明になって心配させるなんて、罪
作りな猫さんですね。
﹁⋮⋮クリスも多分お腹すかせてますから、
頑張って美味しいスープを作っておいてあげましょう、きっと喜
びますよ﹂
背中を撫でてそう励ますと、猫耳の子がうつむかせていた顔を上
げてボクをみます。今は落ち込んでいるより手を動かしている方が
絶対良いでしょうからね、頑張りましょう。
﹁ソラ、新入りのくせになまいき﹂
﹁としうえには、れいぎをちゃんとしないと、
おねえちゃんを呼び捨てにするの、だめだよ?﹂
⋮⋮かわいくねぇガキどもなのですよ。
﹁ボクは16です! クリスより年上なのですよ!﹂
454
﹁﹁えー﹂﹂
﹁﹁えぇ!?﹂﹂
ちょっと待てやそこの猫耳と狸耳のお姉さんズ、何ぎょっとして
るんですか、エルフ系の種族の見た目と実年齢がイコールでない事
は、そこの残念なハイエルフで立証されているでしょうが!
﹁誰が残念なハイエルフじゃ!﹂
あれ、口に出てましたか。まぁいいのです。
﹁ともかくボクはクリスより年上です、
というかもしかしてこの配置は意図的ですか?
このチビジャリどもと同い年だと思って配置しましたか!?﹂
﹁いや、えっと⋮⋮﹂
配置決め担当者の狐耳のお姉さんが明らかに動揺して目を逸らし
ました。どうやら図星だったみたいですね⋮⋮貧乳の癖に味な真似
をしてくれるじゃないですか。
﹁チビじゃないもん! ソラよりおっぱいあるし!﹂
﹁うんうん!﹂
ちびっこはおとなしくしてるのです、大人の話に首を突っ込むん
じゃありません! 咎めようと胸を張るちび二匹に目を向けると、
確かに思ったより胸部が隆起していました。恐る恐る自分と見比べ
てみます。
﹁ば⋮⋮馬鹿な⋮⋮﹂
455
ま、負けた⋮⋮ですって。その小さな身体には、明らかにリアラ
さんは言うまでもなく狐耳さんやボクすら超える装甲が搭載されて
いたのです。なんという格差社会、これが資本主義の抱える闇なの
でしょうか。
﹁先輩ー、どんぐりの背比べしてないでどんどん皮剥いて下さい﹂
﹁うるさいのですこの駄猫!﹂
勝ち組だからって調子に乗るんじゃありません! 言い合うボク
たちの姿を見て室内にどっと笑いが漏れます。悔しいけど⋮⋮少し
は皆の気が散ってよかったとおもいましょう。
◇
それから体感で数時間、月が夜空のてっぺんに登るころにクリス
をお姫様抱っこで運んできた泥だらけの葛西さんを先導して、ご主
人さま達が戻ってきました。どうやら足を滑らせて崖から落ちてし
まい動けなくなっていたみたいです。
犠牲者もなく事件が終わり、一件落着で胸をなでおろした後は皆
で軽く食事を済ませ、今の時間から戻るのもアレだと魔法の手紙を
家にいるユリアとフェレに送り、ボク達はこのまま村長宅に泊まる
ことになりました。
今回は協力して村人を探したことからご主人さま達の株も上がっ
たおかげで村の仲間として扱われるようになり。暫くして怪我から
回復したクリスと葛西さんがリハビリと称して一緒に散歩に行く姿
を見かけるようにもなりました。
456
びっくりする事件も多かったですが、どうやら良い方向に転がっ
てくれたようです。やれやれ。
457
tmp.39 雨降って地固まる︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻810︼−−◆︻300︼−−
◆︻333︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP2630
MP38/38[正常]
MP733/733[正常]
[シュウヤ][Lv80]HP1582/1582
/2630[正常]
[ソラ][Lv19]HP29/60
[ルル][Lv56]HP785/785
MP89/89
MP157/1
MP530/530
[ユリア][Lv45]HP1560/1560
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv52]HP1391/1391
57[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
458
[MAX
HIT]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁一件落着です﹂
猫﹁良かったですねぇ、葛西さん﹂
459
tmp.40 雨降って土砂崩れる
クリスの行方不明以降は事件らしい事件もなく、屋台も後任が見
つかったおかげで正式に引き継ぎがされて、ご主人さまは現在技術
者の育成に励んでいます。そして葛西さん武術の指南をするために
集落に通う傍ら、クリスとの距離も急接近して正式にお付き合いが
はじまったみたいです。
肝心の葛西さんは集落の男の子たちから敵視されたりしつつも、
何だかんだで幸せそうに過ごしているようでボク達としても一安心
です。
◇
﹁そういえばマコトって家どうするんだろう、集落に作るのかな﹂
﹁気が早いのですよ、結婚するわけでもあるまいに⋮⋮﹂
ご主人さまを省いた女の子達でルルの部屋に集まり、ちょっとし
たお菓子をつまみながら話したりゲームしたりを普通に楽しむパジ
ャマパーティーの真っ最中。ルルが窓から離れを眺めながら言いま
した。今日はクリスが葛西さんの住む離れにお泊りする初めての日
でうちの肉食獣どもは興味津々です。
﹁お嬢様、そういう関係を受け入れるって事は結婚まで視野に入れ
てるって事ですよ?﹂
⋮⋮さらりと怖いこと言わないでほしいのです。ボクはそんな恐
460
ろしい未来は視野に入れてません、あくまで奴隷と主人、娼婦と客
の⋮⋮いややっぱなしで。これ以上この問題について思考を深める
と墓穴が際限無く広がって行きそうです。
﹁いまごろふたりは、白い海で泳いでいるころだねー﹂
﹁何ですかその歪曲的表現⋮⋮﹂
中途半端に乙女チックな顔で言ったところでフェレが変態という
純然たる事実は変わらないというのに、何故そんな曲がりくねった
表現をするのか。
﹁わたしもソラと白い海をおよぎたーい!﹂
﹁きゃっちあんどりりーすなのです﹂
抱きついてきた魚雷を巴投げの要領で背後のベッドに投げ飛ばし
ます。我ながら見事にどまんなかに着地なのです。因みに我が家の
ベッドは各員の部屋にお泊りしやすいようにと最低でクイーンサイ
ズです。ご主人さまのはキングの中のキングサイズです。
﹁きゃー!﹂
うみ
嬉々とした悲鳴を上げながら白い海にダイブした肉食魚がぴちぴ
ちとシーツの上を跳ね回りまわっています。そのまま自然に帰るが
いいのです。
﹁ほらお嬢様、まだ髪の毛梳かし終わってないんですから暴れない﹂
﹁ふぁい⋮⋮﹂
461
湖の主の討伐には成功したものの、何故かボクが怒られる事にな
りました、これは何かの陰謀なのです⋮⋮。
︱︱ドンドン!
しょげかえったままユリアに髪の毛を梳かれていると、強く扉が
叩かれました。ご主人さまはこういうパジャマパーティの時は空気
を読んでゆっくりと一人の時間を過ごしていたり、道中でボクを攫
って朝まで監禁したりするので乱入することはないんですが。
﹁はいはーい? どなた?﹂
ルルもそれが解っているためか、不思議そうにドアに近寄って声
をかけます。確認を取らずにいきなり開けると危ないですからね。
﹁私です! クリスです!﹂
⋮⋮何があったんでしょうか。
◇
部屋に飛び込むなり自分もパジャマパーティに混ぜて欲しいと言
う、酷く不機嫌そうなクリスを尻目に、新入りさんの分のお菓子と
飲み物を取ってくるーとこっそり抜けだしたボクは、事実関係の調
査のために人の気配のするリビングへと向かいました。
六人家族でくつろげるように作られている大きなリビングのソフ
ァの一角では、腰掛けたご主人さまと、酒がある訳でもなくテーブ
ルに突っ伏して啜り泣く葛西さんの姿が。戸惑うボクに気付いたご
462
主人さまが手招きをしました。
頷いてから葛西さんを刺激しないように静かに隣に腰掛けると、
虚ろな眼の葛西さんがこちらを見ました。生気の欠片も感じない、
底なしの闇のような瞳です。
﹁ひぃっ﹂
本能的に感じた恐怖から思わずご主人さまにしがみつくと、背中
を撫でながら耳元に顔を寄せられます。
﹁⋮⋮今コイツ凄いデリケートだから、刺激しないうちに戻った方
がいいぞ﹂
﹁何があったんですか⋮⋮﹂
﹁俺の口からは言えん﹂
ここまで絶望しきった顔にはちょっとやそっとじゃならないので
すよ? まるで交際三年を経て結婚式の打ち合わせまで済ませた相
手が結婚詐欺で逮捕されたと知らされた中年男のごとしなのです。
﹁いいよなぁ⋮⋮お前らは仲良しで⋮⋮﹂
葛西さんの口から地獄の穴の底から響くかのような、怨念に満ち
た声が漏れました。流石にちょっと怖いのです。
﹁ほら、目つけられる前に戻れ、
じゃないと俺が部屋に連れ込んで食っちまうぞ﹂
463
﹁戦略的撤退を選択するのです!﹂
ご主人さまの手からすり抜けて、キッチンからミルクポットとク
ッキージャーをお盆に乗せて回収し、危険地帯からダッシュで離れ
て階段を軽い足取りで上がっていきます。
﹁あははははは!﹂
﹁ま、マコトさん、それは流石に⋮⋮ッ!﹂
﹁流石まこっちゃん﹂
﹁ただいまー⋮⋮です?﹂
部屋に戻ってみると、何でかクリスを除く皆が爆笑しておりまし
た。笑われているらしいクリスはというと頬を膨らませてかなり頭
に来ている様子でした。
﹁もう、全然面白くない!﹂
﹁何があったんですかね?﹂
﹁そ、それがねぇ﹂
割と本気で気になるので疑問を投げかけてみると、頬を膨らませ
たクリスに変わってルルが答えてくれました。
﹁ご飯食べてお酒飲んで、いい感じの雰囲気でベッドに入っ、入っ
て、
そこまでは良かったらしいんだけど、そのあといざって所で︰⋮﹂
464
﹁所で⋮⋮?﹂
やじうま
何かとんでもないミスでもやらかしたんでしょうか、晒しあげみ
たいで可哀想だけどボクの心に住む邪悪な馬が耳を傾けろとささや
いてきます。ボクはその声に抗うことは出来ません。なぜならボク
の心に住む聖なる馬はご主人さまの手によって駆逐されていたから。
﹁マコトさんってば、全然反応しなくなっちゃったの!﹂
﹁ぶっ﹂
危うくお盆を落とすところでした。上手く行ってると思ったらま
さかの土壇場でヘタレ発動とは、彼も中々侮れない人材のようです。
しかし道理でこの世の絶望全てを味わったような顔をしているわけ
です。思わず笑ってしまいましたがここで笑い話にされてることを
知ったら本気で自殺しかねないですね。立ち直るまではちょっとだ
け優しくしてあげましょう。
﹁やっぱりまこっちゃんは”ふにゃちん”だったんだね﹂
﹁フェレ、その台詞は絶対に本人の聞こえる所で言っちゃいけませ
んよ?﹂
人生の電源ボタンを押しかねませんからね。⋮⋮EDになってな
いといいんですけど。
◇
結局クリスは葛西さんの所に戻ることはなくルルの部屋に泊まり
ました。しかし、このまま破局を迎えるのかなと静かに哀れんでい
465
るボクたちとは対象的に翌日の朝の葛西さんは自信に満ちていまし
た。
何故か﹁今度は俺、負けないから﹂と精悍な顔で言い残したアホ
の子は、不貞腐れているクリスを宥めすかしてデートに行きました。
その更に翌日には手を繋いで寄り添いながら帰っていく姿を見かけ
たので、仲直りは上手く行ったようです。
﹁それで、何やったんですか?﹂
今さっき集落へ戻っていった肩を寄せ合い歩く二人の背中を思い
出しながら、ボクはご主人さまとホットミルクを飲みながら話して
いました。ルルとユリアは村へ石鹸をはじめとした商品を届けに。
フェレは湖の探検に繰り出しているので静かなものです。
﹁ああいうのって勢いが大事だろ?﹂
﹁⋮⋮ソウデスネ﹂
その勢いの犠牲者となった身ですからよく解ります。恨みは忘れ
ていませんよ?
﹁だからちょっとしたアドバイスと小道具をな﹂
ボクの恨みがましい視線には何の反応も返さず、ご主人さまは薄
く微笑みました。
﹁小道具?﹂
466
小道具っていうと⋮⋮文字通り道具な訳はないでしょう、そんな
事したら冗談抜きでぶち殺されても文句言えませんからね。
﹁そう、パラサイトウッドの樹液を加工した媚薬を渡した﹂
﹁そんなものを⋮⋮﹂
パラサイトウッド⋮⋮確か甘い香りで獲物を誘い、発情を促す樹
液を飲ませて自分の種子を植え付ける貴様はどこのエロゲ出身だと
言いたくなるモンスターだったはずです。冒険者講習で絶対に女の
子が近づいちゃいけないモンスターの一体だと教えられたので覚え
ています。
女性冒険者が嫌うモンスターの三位くらいのモンスターですね、
因みに二位はオーク、一位はクローチという台所に居るアレの巨大
版です。因みにどいつもこいつも多種族の雌を苗床にして繁殖しま
すので、一定以上大きくなった巣は多くの若い冒険者に消えないト
ラウマを刻みこむのだとか。
まぁパラサイトウッドに関しては樹液を加工すると媚薬になるの
でお偉いさん方に人気だという話も聞いていましたけど⋮⋮何で持
ってるんですかねこの人は。
﹁⋮⋮この間結界の範囲内で見付けて、駆除した時に回収して作っ
ておいたものだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そうですか﹂
何でそんなものを作ったのかなんてのは無粋でしょうか。あぁ解
りました、きっと集落のおじさん達に頼まれたんですね、きっとそ
467
うです。男はそういうの気にしますからね、まぁ悪用さえしなけれ
ばいいでしょう、悪用さえしなければ。
知らずのうちに額を流れていた汗を拭います。なんだか妙に身体
がぽかぽかするのですが、嫌な予感がします。逃げたほうがいい気
がして立ち上がった時、ご主人さまが笑顔で言いました。
﹁因みにそのミルクにもハチミツ代わりに入れてみたんだが﹂
⋮⋮⋮⋮なにそれこわい。
468
tmp.40 雨降って土砂崩れる︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻12︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻12︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻833︼−−◆︻320︼−−
◆︻351︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP2630
MP38/38[正常]
MP733/733[疲労]
[シュウヤ][Lv80]HP1582/1582
/2630[正常]
[ソラ][Lv19]HP5/60
[ルル][Lv56]HP785/785
MP89/89
MP157/1
MP530/530
[ユリア][Lv45]HP1560/1560
[正常]
[フェレ][Lv28]HP182/182
[正常]
[マコト][Lv52]HP1391/1391
57[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
469
[MAX
HIT]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁⋮⋮クスリ⋮⋮ダメ⋮⋮ゼッタイ﹂
主﹁︵ただのハニージンジャーだったんだが⋮⋮単純な奴︶﹂
470
★登場人物︵五章終了時点︶ *フェレのイラストを追加
きさらぎ
しゅうや
︻メインキャラクター︼
≪如月 秋夜/シュウヤ≫
17歳。元高校生、現上級冒険者にして逃亡者。
トラックに跳ね飛ばされ、神を名乗る謎の人物によって異世界ラウ
ドフェルムへ飛ばされた。
魔法特化型だが剣も一流レベルに扱える。
新天地にて開拓作業中、共同体の中でそれなりに注目されている。
ちょうきょう
悩んだ末にソラ達を奴隷から解放した。現在は以前と変わらず一緒
に暮らしている。
自分の手元に残ってくれた事で喜び、ソラの教育に躍起になってい
る。
MP[2630]
好きなもの:ソラ、釣り、巨乳、エルフ、ハーレムメンバー達
将来の夢:ソラをデレさせる。
HP[1582]
趣味:ソラいじり、魔道具作り
[ステータス]
異邦人[Lv80]
保有魔力[141520] 戦闘力[18520]
[所持スキル]
先天:﹃ステータス閲覧﹄﹃天賦の魔才﹄﹃身体強化﹄
そら
ペット
獲得:﹃天賦の剣才﹄﹃性豪﹄﹃聖剣技﹄﹃女殺し﹄
あまなり
≪天成 空/ソラ≫
16歳。元ちゅっちゅ用抱きエルフ、現シュウヤの愛玩動物。
奴隷の身分からは解放されたものの、借金を返すという名目で変わ
らずシュウヤ達と同居中。
471
何故か集落の子供たちに見下されているが、仲が悪いわけではない。
現在は家事をしながらシュウヤに色んな意味でいじめられている。
それでも主人の隣が定位置のため、周囲にはいちゃついているとし
か認識されていない。哀れ。
MP[733]
好きなもの:下克上、甘いもの、えびせん
将来の夢:神殺し
HP[60]
趣味:スイーツ巡り
[ステータス]
従者[Lv19]
保有魔力[67230] 戦闘力[74]
[所持スキル]
先天:﹃愛玩動物﹄
獲得:﹃魅惑﹄﹃天使の口吻﹄﹃聖母の雫﹄
<i81979|6198>
≪ルル≫
15歳。元貧民奴隷。現中級冒険者。
シュウヤの手によって奴隷から解放されたが、変わらず傍に居続け
た。
二番めのお妾さんを狙って虎視眈々と策略を張り巡らせており、ユ
リアとは水面下で火花を散らしている。
MP[38]
ソラのことは妹のように思っているため、からかいながらも可愛が
っている。
好きなもの:肉、お金
HP[785]
将来の夢:安定した生活
趣味:釣り
[ステータス]
獣戦士[Lv56]
472
保有魔力[555] 戦闘力[3552]
[所持スキル]
先天:﹃俊敏﹄﹃獣神の寵愛﹄
獲得:なし
<i81978|6198>
≪ユリア≫
17歳。元牛耳奴隷、現中級冒険者。
集落内ではその面倒見の良さからクリスと同じく子供たちに慕われ
ている。
ルルとは二番めの座を奪い合っているが、友人としての関係は良好
という不思議な状態。
ソラのことは手のかかる妹のように思い甲斐甲斐しく世話を焼く。
MP[89]
呑気かつマイペースな子供らしい姿に母性本能がくすぐられている
ようだ。
好きなもの:プリン、お料理、家事
戦闘力[2250]
HP[1360+200]
将来の夢:素敵なお嫁さん
趣味:料理
[ステータス]
重戦士[Lv45]
保有魔力[8310]
[所持スキル]
先天:﹃母なる雫﹄﹃タフネス?﹄
獲得:﹃天賦の斧才﹄
<i81980|6198>
≪フェレルリリテ≫
12歳。サイレン。隠れ里の歌姫、おじさん達のアイドル。
暖めてきた野望がついに実になり、酒に酔ったソラを演奏する事に
473
成功した。
それ以降は密かに主人と交渉し、ソラ弄り要員として夜伽に自分を
ねじ込んだツワモノ。
最終的に情が移ったのかソラとの距離も近づき、本人的には幸せな
日々。
好きなもの:ソラ、魚料理、水泳
MP[530]
戦闘力[1020]
HP[182]
将来の夢:ソラを孕ませる
趣味:ソラ観察
[ステータス]
歌姫[Lv28]
保有魔力[15300]
[所持スキル]
先天:﹃歌唱術﹄﹃水中呼吸﹄﹃飛行術﹄
獲得:なし
<i85392|6198>
==================☆===========
=======
かさい
まこと
︻サブキャラクター︼
≪葛西 誠/マコト≫
日本人、玄関開けたら異世界でしたタイプの転移者。
三ヶ月の旅の果てにシュウヤ達と出会った。巨乳好きで猫耳好き。
シュウヤとは年齢や趣味が近いこともあってあっという間に意気投
合、ソラに嫉妬される。
新天地にて猫耳のクリスと出会い、紆余曲折あって交際を始めた。
HP[1391]
MP[157]
夢の猫耳巨乳な恋人を手に入れて幸せ一杯の日々。
[ステータス]
異邦人[Lv52]
474
保有魔力[4612]
≪リアラ≫
戦闘力[8451]
332歳。大魔術師。ハイエルフ。
流れ人の隠れ里のまとめ役をやっている女性。300年前の魔法国
家の人物。
シュウヤ達が馴染むに連れて豊かになる集落のため、調整に走り回
る。
しかし安心のせいでたがが緩んだのか意外と残念な性格が露見しつ
つある。
それでも慕われているあたり、人格は悪くない。
魔術師としては超がつく人外級で、大陸有数の使い手の一人。
本気で戦えばシュウヤに勝てる可能性がある程度には強いが、
奴隷たちがとてもなついていることから悪人ではなさそうという推
測と、
勝率が高く無い上に本気で戦うと森が確実に消し炭になるという事
実を天秤にかけて和睦を選んだ。
実は残念な態度は最初は様子を見るための演技だったが、今は完全
に素の行動。
HP[850]
[ステータス]
大魔術師[Lv255]
戦闘力[11780]
MP[4800]
保有魔力[97208]
≪クリス≫
15歳。金髪ショートカットの猫耳さん。
村の中で子供たちの面倒を見ていた女性で、慕われている。
幼げな見た目に反して結構着痩せするタイプのようだ。
475
野草採りの途中で足を滑らせ崖に落ちてしまい、マコトに助けられ
る。
それからちょっとずつ距離が縮まり、ついに彼氏をゲットした。
MP[15]
戦闘力[170]
HP[120]
手作りのお弁当を持たせたりなど、割りと青春しているがやっぱり
肉食系。
[ステータス]
村娘[Lv11]
保有魔力[350]
==================☆===========
=======
※人間なら保有魔力が5000もあればそれなりの魔術師になれる。
※一般的な成人男性の戦闘力が[200]ほど。
※ゴブリンの戦闘力が単体なら[110]ほど。
※戦闘力[2000]以上で中級、相当な強者扱いを受ける。
※[5000]以上なら英雄級で無双可能。
※[10000]超えたら人外級、軍を相手取っても勝てるレベル。
476
tmp.41 そして季節は過ぎていく
技術者の教育や知識の伝播、生活用品の普及が終わった頃、つい
に隠れ里に冬がやってきました。この地域は流石に北の大地と呼ば
れるだけあって、冬季は少々長く雪も相当すごいことになるそうで
す。といっても今年はご主人さまの活躍もあって冬を越すのに蓄え
は十分、春にはベイビーラッシュが来るかもしれないとかなんとか。
まぁ雪で外に出られない日々、夫婦が一つ屋根の下ですることな
んて一つだろうとリアラさんが怨嗟をにじませた声で酒瓶を抱きし
めながら語っていたので、きっとそんな空気が漂っていたのでしょ
う。あれはクリスマスの繁華街を手をつないで歩くカップルを眺め
る、実家に帰る度に﹁良い人いないの?﹂﹁アンタも良い年なんだ
から﹂と母親にチクチクされている20代後半の独身女性かっこ彼
氏募集中かっことじのような瞳でした。
ここ暫くは余裕がなかったために子供を作ろうという夫婦はいな
かったようなので、実に数年どころか数十年ぶりに訪れたこの機会、
冬が深いほど彼等が熱く燃え上がるのは必定とも言えるようでした。
◇
﹁いらっしゃい﹂
﹁よろしくお願いします!﹂
やさぐれエルフが今夜あたりから雪が降るだろうと吐き捨てるよ
うに言った天気予報のせいか、クリスさんが離れへとお泊りにきて
ました。ただし大荷物⋮⋮明らかに数ヶ月単位で泊まる気満々な装
477
備をひっさげて。
ボク達の拠点である本邸は一階にリビング、大浴場、ダイニング
キッチン、応接室。工房、二階に主人の寝室、書斎、ボク達の部屋
が四つに客間が二つとかなり大きなお屋敷です。対して葛西さんの
希望で作られた離れは一階建ての3LDKくらいで、一般的なマン
ションってこんな感じ? っていう間取りのお部屋です。
そして離れと言っても徒歩数分どころか目と鼻の先で、何故か道
沿いに設置されている街灯と暖炉石⋮⋮魔力を込めると熱を発生さ
せる石を設置されているため、冬でも行き来できるようになってい
ます。ある意味では隠れ里の内部よりも往来が簡単です。
最もクリスの方は顔に家から出る気ほとんどありません! と書
いてありますけどね。冬が開けた時に葛西さんがミイラになってい
ないことを祈ります。春に産まれるであろう彼の子供のためにも頑
張ってもらいたいものです。
﹁ソラちゃんもよろしく⋮⋮ってどうしたの?﹂
恋人の荷物を持って離れへと置きにいった葛西さんを見送り、ク
リスが目ざとくボクを見ながら話しかけてきました。因みに今は腰
に湿布を貼りつけてソファーでうつ伏せになっています。
﹁気にしないで下さい、反逆の代償です﹂
﹁旦那様のスープに大量のセキトウを入れてさっきまでお仕置きさ
れてたんですよ﹂
﹁あー⋮⋮﹂
﹁ユリアは余計なこと言わないでほしいのです!!﹂
478
セキトウっていうのは、言ってしまえば赤いワサビです。港町で
大量に手に入ったので気軽に使えたんですよね。火を噴く勢いでの
たうちまわるご主人さまを見れたのまでは良かったのですが、逃げ
そびれて捕まって、泣いて謝って卑猥な言葉まで叫ぶはめになった
のは誤算でした。
今回に限っては正当な報復行為なのです、だってあいつら、また
ボクを除け者にして刺身と味噌汁で炊きたて御飯を食べていたので
す! しかもその理由が昨晩のお勤めで力尽きて朝起きてこなかっ
たとかいうふざけたものでした、絶対に許されないのですよ。今日
の分も含めて必ず倍返しにしてやるのです。
ただ貴重な食べ物で遊ぶべきではなかったとボクも思います。な
ので次はもっとうまくやるつもりなのです。
﹁そういえばそのシュウヤさんは?﹂
﹁旦那様なら工房で何か作るとか言ってましたけど﹂
﹁あー、じゃあ後で改めて挨拶に行きますね、邪魔したら悪いです
し﹂
ボクを散々いたぶったご主人さまは素材を抱えて工房へと篭って
ます。冬の間は趣味に時間を費やすそうなので、魔道具でも作って
いるのでしょう。⋮⋮趣味の中にボクを虐めることが入っていない
ことを祈ります。
﹁わかりました、お伝えしておきますね。
今日は海の幸を使ったヨセナベをやる予定ですから、お二人とも
479
よかった﹂
﹁わぁ! 是非是非!﹂
チートなアイテムボックスのおかげで新鮮な魚介類も食べられま
す。島の生活で大量に狩猟しておいた甲斐があるというものですね。
寄せ鍋もパーティ料理の一種として認知されつつあります。
﹁クリス、荷物運び終わったぞー﹂
使われる魚の種類を耳をピコピコさせながら聞いていたクリスで
したが、全て聞き終える前に葛西さんが荷物を置き終わって戻って
きました。
﹁あ、マコトさん⋮⋮それじゃあ一度部屋に行きますね、
ユリアさんもソラちゃんもまた後で!﹂
﹁はい、また後で﹂
﹁新生活楽しんでらーなのですよー﹂
今回に限っては食い気より色気みたいで、にっこり笑ったクリス
が葛西さんと腕を組みながら本邸を後にしました。クリスが幸せそ
うで何よりなのです、葛西さんは世の中の猫耳美少女を嫁にしたい
という叶わぬ夢を抱く青少年達に爆発の呪いでもかけられるがいい
のです。
◇
まだちょっと力の入らない脚を引きずって工房の方に顔を出して
みると、ご主人さまは見事に作業中のようでした。気配を出したま
480
ま近づいて背中から肩に顎を乗せて覗きこんでみると、四足のテー
ブルらしきものの天板に一心不乱に何かを刻んでいるようです。
﹁何作ってるのですかー?﹂
﹁ん、いいものだ﹂
背中に伸し掛かりながら聞いてみると、ご主人さまは作業の手を
止めずに視線だけをこちらに向けて答えました。いいもの⋮⋮とい
っても見た目からまるわかりなのですけどね、ボクも中身は日本人
ですので。
﹁コタツですか?﹂
﹁⋮⋮正解﹂
一瞬の動作で身体をひねったご主人さまに腰を抱き寄せられて、
膝の上に乗せられました。こんなことして作業はいいのですか作業
は。
﹁寒くなるとどうしても人肌恋しくなるからなぁ、
故郷を懐かしんでコタツで肩を寄せ合うのもいいかと思って﹂
﹁そうですね、是非ルルやユリアと肩を並べてあげてください﹂
いい加減ボクの貧相な身体を弄るのはやめて、豊満なあのメスど
もを好きなだけ愛でれば良いと思うのですよ。というかなんで執拗
にお腹を撫でるんですかねこの人は。
﹁なぁ、ソラ﹂
﹁何ですか?﹂
481
両手でお腹を触る腕を引き剥がそうとしていると、何か真剣な感
情を乗せてご主人さまは言いました。
﹁お前ちょっと太った?﹂
﹁︱︱な、ん﹂
い、いきなり何を言い出すのですか、思わず口ごもってしまいま
した。
﹁いや、今朝も気になってたんだが、なんかこの辺がな⋮⋮﹂
﹁ちょ、やめてください、もまないで!?﹂
ぷにゅぷにゅと服の上から人のお腹を遠慮無くもんでくるご主人
さまを殴りたい衝動に駆られますが、ボクが体重を気にしてるよう
に取られるのも癪なのです。
﹁まぁ今くらいなら抱き心地がいいからむしろ嬉しいんだが、
⋮⋮⋮⋮これ以上太ったらダイエットだな﹂
﹁ひっ!?﹂
不穏な響きを感じました、この冬の間中、外に出ることは叶いま
せん。となれば変態野郎の考える運動なんて一つだけ⋮⋮。何とし
てでも回避しなければ!
﹁だ、大丈夫です、自力で痩せます!﹂
482
﹁本当か?﹂
﹁本当です!﹂
だからお腹を揉むのはやめて下さい! あとどさくさにまぎれて
お尻を触らないでください! ともかく体重を減らす手段を考えな
いといけません、といってもルームランナーの類は無いですし、フ
ェレの部屋のプールは運動目的で泳ぐには小さすぎます。
﹁で、どうやって体重減らすつもりなんだ?﹂
﹁と、とりあえずユリアに頼んで減量メニューと⋮⋮、
あ、さ、サウナとかどうです? お風呂の横に作るの!﹂
﹁サウナか、意外と悪くないかもしれん﹂
よし、意識が逸れたのです。素早くご主人さまの腕の中から脱出
して工房を後にします。サウナはボクも入りたいですし、作ってく
れたらめっけものでしょう。とりあえずは暫く体重に気をつけた生
活を送らないといけませんね。
はぁ、気が重いのです。
◇ ユリアにダイエットの事を伝えたところ、夕飯の席で彼女は良い
笑顔を浮かべて、いつもより鍋の具を多目によそってくれました。
ボク、何か彼女に嫌われる事したんでしょうか⋮⋮。
483
tmp.41 そして季節は過ぎていく︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻24︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻24︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻920︼−−◆︻360︼−−
◆︻380︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP3133
MP40/40[正常]
MP1012/1012[
[シュウヤ][Lv95]HP2086/2086
/3133[正常]
[ソラ][Lv22]HP10/63
疲労]
[ルル][Lv65]HP952/952
MP92/92
MP187/1
MP732/732
[ユリア][Lv51]HP1860/1860
[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210
[正常]
[マコト][Lv66]HP1733/1733
87[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻レコード︼
484
[MAX
[MAX
HIT]>>34
COMBO]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁ごはんが、ごはんが美味しくて止まらないのです﹂
牛﹁さぁ、たんと召し上がってくださいねお嬢様﹂
485
tmp.42 冬眠の前に
ダイエット生活が始まりました。初日のメニューは朝はハチミツ
とバターたっぷりのホットケーキ三段重ね、昼はガッツリとしたハ
ンバーグステーキに、夜はクリームコロッケの盛り合わせ。メニュ
ーを聞いてボクは確信しました。
と
︱︱このメス牛、完全に殺りにきてやがると。
◇
ボクはプールの水面を脚で蹴りながら深い溜息を吐きました。今
は朝食を終えてフェレの部屋でちょっとした水泳をしているところ
です。大きいとは言えませんが泳げる程度ではあるので、しないよ
りはマシでしょう。
裸だとこのプールの主である海の悪魔がボクの下半身を凝視して
涎を垂らしながらハァハァしはじめるので、今はいつの間にかご主
人さまが買っていた競泳水着を身に付けています。でもそれはそれ
でフェレの視線が怪しいのはもう気にしないことにしましょう。
考えていても仕方ないユリア対策を一旦放棄して、小休止を終え
水中へ潜るとフェレが並走してきました。水中だと流石にフェレの
ほうが圧倒的に機動力が高いのです、ゆっくり泳ぐボクの周囲を獲
物を見つけたサメのごとくぐるぐるとかなりの速度で周回し始めて
ます。バターにでもなるつもりなんでしょうかねこの肉食魚は。
﹁でも、ソラ急に泳ぎたいなんてどうしたの?﹂
486
因みにこの子にはプールを貸してくれとしか言ってません。とは
いえ隠しても妙な直感を持つこの子のことです、弱みを握られるく
らいならこっちからバラしてしまいましょう。
﹁ちょっと、ダイエットのために⋮⋮﹂
﹁えー、あぶらがのってる方がおいしいと思うのに﹂
それは食欲なのか性欲なのか一体どっちですか。おしりや胸元に
向けられる視線から逃れるように泳ぐスピードをあげますが、イル
カもどきは平然と並んですりよって来やがりました。仕方ありませ
ん正当防衛といきましょう。
﹁”流れる水よ、我が意のままに”!﹂
短縮詠唱を経て、ご主人さまの創作魔法がフェレの顔面を打ちま
した。平たく言うと水鉄砲の魔法です。ボク達に白い水着を着せて
水をかけて透かしたいというエロ親父のような欲望を元に、島生活
の中で作りだされた呪われた魔法でもあります。
﹁わぶっ!?﹂
フェレが顔面に水球を受けて動きを止めた隙に距離を離します。
﹁ぅー! やったなー!﹂
フェレの叫び声とともに、周囲に四つほどこぶし大の水の玉が生
まれました。ていうか詠唱破棄の上に瞬間発動とか固有魔法かなん
かですか、卑怯すぎやしませんか!?
487
﹁”堅牢なる水よ、守りとなれ”!﹂
水の中に手を入れて呪文を唱えると、薄い水の壁が出来て飛んで
きた水球を絡めとります。しかし三つ防いだ後の四つめが壁を突き
抜けてきました。どんだけ威力あげてるんですかこの子は!
﹁げほっ、こほ! は、はなに⋮⋮﹂
予想以上に強い威力の水球が顔面にぶちあたり弾けます。勢いが
良すぎて鼻に水が入って痛いのです⋮⋮。
﹁お返しー!﹂
﹁ってちょ!? 何倍返しですか!﹂
イルカモドキの追撃は止まりません。翼をばさばさと振る度に先
ほどと同じ大きさの水球が無数に生まれては飛んできます。流石に
あれは無理なのです、咄嗟に水中に潜って上を見ると、水面が激し
く飛沫をあげているのが見えます。
フェレの様子はと前を伺うと、ボクに向かって恐ろしい速度で潜
水移動して来ていました。まさか弾幕は水中へ誘うための罠!? 体をひねるものの水中では明らかにこちらが不利です。あっさりと
腰に抱きつかれてしまいました。というか恍惚とした顔でお腹に頬
ずりしないでください、嫌味ですか。
フェレの脇あたりに手を差し込んで、力尽くで引き剥がすと距離
をとって水上へ逃れます。
488
﹁ぷはっ⋮⋮! ”流れる水よ、我が意のままに”!﹂
フェレが顔を出すまでに出来るだけ大きく強力水を作り上げます。
顔を出した時がイルカモドキの最後なのですよ⋮⋮! 数秒ほどし
て獲物が水面に顔を出しました。
﹁むー、ソラが逃げ⋮⋮ひゃあ!?﹂
﹁おいフェレ、ソラがこっち来て⋮⋮﹂
大きな水球に驚いたフェレが素早く水中へ逃れ、対象を失った水
は、丁度弾道上に居た、開けっ放しになっている扉から顔をのぞか
せたご主人さまにぶち当たりました。
﹁⋮⋮⋮⋮来てたみたいだな﹂
⋮⋮こ、これは不可抗力なのですよ? いくらなんでも狙ってや
フェレ
るのは無理です、だからボクは悪くないのです。無言で髪の毛をか
き上げているご主人さまから目をそらすように共犯者を探しますが、
奴は巻き添えを恐れたのか既に水中を通ってプールの隅へと逃れて
いました。
﹁あ、の、これは、その、ふぇ、フェレが避けるのが悪いのです!﹂
水の中のフェレが﹁私悪くないもん!﹂と視線で訴えて来ますが
無視です、置いて逃げたのは許さないのです。しかしご主人さまは
にこにこと、殺気のようなものを放ちながら近づいてきます、慌て
て逃げようと背を向けた瞬間、奇妙な浮遊感を覚えて気づけばご主
人さまの腕の中でお姫様抱っこされていました。
意味がわかりません。
489
﹁へ? なんです!?﹂
一体何が起こったのですか、今さっきまでプールの中にいたのに
一瞬でご主人さまの腕の中とか、催眠術とか超スピードですか!?
﹁対象指定の転移魔法だよ、密かに練習してたんだ﹂
﹁そ、そうなんですか⋮⋮﹂
練習したからって出来るようになるもんなんですかね。
﹁まぁ、本物とは違って他の魔法式で無理矢理再現したものだけど
な﹂
﹁へー﹂
ボクを床に降ろして、片手をしっかりと掴みながら用意しておい
たバスタオルをボクにかぶせて、自分も身体を拭き始めます。すぐ
に怒気が収まったので思ったより怒ってないのかと思ったんですが、
掴まれてる腕がビクともしないのでそうでもなさそうです。
﹁フェレ、ちょっとソラ持ってくけどいいよな﹂
﹁うん、後でまた貸してねー﹂
そろそろと様子を伺うように顔を出していたイルカモドキにご主
人さまが声をかけると、奴も落ち着いたように頷いてました。やっ
ぱりボクは物扱いなんですかねぇ⋮⋮。あらかた水分を取り除いた
後は温かい風を起こしてボクと自分自身、床までまとめて乾燥させ
たご主人さまが、バスローブを着せたボクを抱え上げました。
490
﹁あの、ご主人さま、ほんとにわざとじゃないのです⋮⋮﹂
﹁解ってるよ、急に牛丼食いたくなって作ったから、迎えに来たん
だ﹂
なん、ですって⋮⋮!? いつもはボクをスルーしてあの間男と
白米を楽しんでいたのに、ついにボクを優先してくれたのですね。
﹁ありがとうご主人さま大好きです!﹂
﹁はいはい﹂
釜でのやり方を知らず一人じゃ上手く炊けないので、こういうの
は嬉しいのですよ。ダイニングが近づくに連れて香ばしい醤油と味
噌汁の香りがただよってくるのがわかります。うふふふふ。
﹁楽しみなのですよー、やっぱり日本人は米なのです﹂
﹁そうだな﹂
ご主人さまもなんだか嬉しそうなのです、さっきまでの怒気が嘘
のように消えています。まぁ今はお米、白米なのです、久々の米な
のです!
◇
﹁もう食べられないのですよー⋮⋮﹂
ご主人さま謹製の牛丼は大変良い出来でした。葉野菜の味噌汁も
美味しかったのです。おかげで小さめのどんぶりで二杯も食べてし
まいました。食べ終わってすぐに着替えを終えたボクはご主人さま
の部屋へと連れられてきていました。
491
満腹感に流されるままベッドに横になってお腹を撫でていると。
背中側に座ったご主人さまの手が伸びて来て、抱きしめるようにお
腹を撫でてきます。
﹁さて、案の定このザマなわけだが﹂
? 何を言って⋮⋮!? し、しまったのです、白米の誘惑に負
けてガッツリと食べてしまいました。
﹁こ、これは、そう、明日から、明日から節制すれば持ち直します
!﹂
ご主人さまは何も答えず、ただ黙々と服を脱がしながらお腹を撫
でてきます。
﹁これは運動だなぁ﹂
﹁しません、しなくて大丈夫! 耐えてみせます!!﹂
そもそも、ご主人さまの考えてる運動はダイエット用じゃないの
です、体力は消耗しても痩せる訳じゃないのですよ!! だから考
えなおすのです、下着にかけた手を離すのです、大丈夫ですやり直
せます、今ならまだ間にあいまひあああ!?
492
tmp.42 冬眠の前に︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻12︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻12︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻932︼−−◆︻360︼−−
◆︻380︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP3133
MP40/40[正常]
MP1012/1012[
[シュウヤ][Lv95]HP2086/2086
/3133[正常]
[ソラ][Lv22]HP14/63
疲労]
[ルル][Lv65]HP952/952
MP92/92
MP187/1
MP732/732
[ユリア][Lv51]HP1860/1860
[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210
[正常]
[マコト][Lv66]HP1733/1733
87[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻レコード︼
493
[MAX
[MAX
HIT]>>34
COMBO]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁これもお米が、日本人の本能がいけないのです⋮⋮﹂
494
tmp.43 深雪の来訪者
雪が降り積もり、木々が白くデコレーションされ始めていました。
リビングの端っこに設置されているコタツに潜り込みながら窓の外
を眺めては、ここが北国であることを再認識する毎日です。
﹁はい、温かいスープですよ﹂
﹁ありがとうございます﹂
ユリアが持ってきてくれた、野菜のスープを受け取って口をつけ
ます。程よい塩加減と温かさが身体に染み渡るようです。⋮⋮そう
そう、ダイエットですがご主人さまの野望通り毎晩運動することで、
不思議なことに多少効果が出ているみたいです。
まぁ室内が暖かいせいで汗だくにはなりますし、あんな思いまで
してるわけで効果がないとは思いたくありませんが、効果があるの
もそれはそれで釈然としません。それに何より⋮⋮。
﹁ボク考えたのですよ、寒さに耐えるために皮下脂肪って必要だと
思うんです﹂
﹁お前は冬眠前の熊か何かか﹂
べしりと、隣でコタツに入っていたご主人さまが軽く頭を小突い
てきました。配膳を終えたユリアもコタツの中に入ってきて一息つ
いていました。窓の外では猫さんが見たことのない雪にはしゃいで
雪だるまを作り、お魚さんがマフラーを翻し水を操ってやたらリア
ルな鳳凰の氷像を作っている光景が見えます。くそ寒いのに元気で
495
すねあの二人。
﹁お嬢様は外で遊ばなくていいんですか?﹂
﹁寒いの嫌いなのです﹂
家の周囲まで緩和の結界が届いているので寒さはマシとはいえ、
わざわざ寒い思いをするために外に出る気はありません。ボクはも
うコタツから出ないのです。
﹁そんなんだから腹がこんなになったんだろ、ちょっとは反省しろ﹂
だぁぁ、いきなり抱き寄せてお腹を揉むのはやめてください、春
になったら元通りの体型になるからいいんですよ、冬の間くらいは
いいのです。
﹁プライバシーの侵害です、お腹を揉まないでください﹂
﹁毎日揉んでるのにこっちは全然なのになぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮胸も揉まないで下さい噛み付きますよ﹂
余計なお世話なのですよ⋮⋮!!
◇
それはまったりとした冬の日々を過ごし始めて暫くしてから、珍
しく雪の止んだ風の強い夜のことでした。薄手の毛布をマントのよ
うに羽織ってトイレに行った帰り道。ドンドンドンと玄関から扉が
叩かれる音が聞こえてきました。
496
びくり、身体をこわばらせてそちらに意識を向けると、やはり同
じように扉を叩く音と男性の声が聞こえます。結界があるはずなん
ですが⋮⋮と思ってどうしようか悩んでいると、普段着に着替えた
ご主人さまが寝室から出てきました。
﹁ご主人さま?﹂
﹁大丈夫だから、部屋に居ろ﹂
ぽんとボクの頭に手をおいて、玄関の方へ行ってしまいます。き
っとボク達が寝ている間に気付いて動向を見ていたのでしょう。そ
の背中を見送りながら寝室に戻って扉を閉めると、毛布ごと大きな
ベッドに潜り込みました。
今日はルルとユリアだけじゃなくフェレまで来ているので、我が
家のメンバーは全員集まっています。クリスの方は葛西さんがしっ
かりと守ることでしょう⋮⋮ボクの時みたいなことにならない事を
祈ります。
﹁んー、そらぁー﹂
﹁起こしちゃいました?﹂
横で寝ていたフェレが抱きついてきたので、頭を掴んで引き剥が
しながら声をかけますが、返って来たのはむにゃむにゃと要領の得
ない言葉でした。寝ぼけているだけですね。
﹁⋮⋮何かあったんですか?﹂
たゆんというかぼよんというか、そんな効果音を伴う気配をさせ
ながらユリアが声を掛けてきます。つい先ほどまでご主人さまと一
497
緒になってさんざん人のことをいじめ倒してくれたエロ牛に先ほど
の事を説明すると、少しの間を置いてルルを起こして脱ぎ散らかさ
れていたパジャマを着始めました。
﹁お嬢様とフェレは私達がちゃんと守りますので、安心して下さい
ね﹂
﹁にゃー⋮⋮﹂
⋮⋮ルルがものすごい眠そうなんですが大丈夫ですかね。どっち
にせよボクができることなんて邪魔をしないようにおとなしくして
いる事くらいです。暖かい布団の中でまどろんでいるとしましょう。
そうやって横になってから何分経ったのか、本格的に眠ってしま
ったようで気付いた時には朝日が登っていました。ご主人さまとユ
リア達の姿が見えません、防音のせいで外の様子もわからないのは
困り者ですね。案の定抱きついて寝ていたフェレを起こして着替え
ると、寝室を出ます。
廊下には朝のひんやりとした空気が漂っていて、驚くほどに静か
でした。どうにもこうにも人の気配を感じません。とりあえず洗面
所の温水で顔を洗いダイニングへ行ってみると出来上がっている二
人分の料理と書き置きが残されていました。
﹃事情があって隠れ里の方に行って来る。
昼前には一度戻るつもりだからフェレと二人で留守番していてく
れ。
いざというときは寝室のベッドの下にあるシェルターへ避難する
ように。﹄
日本語で書かれているそれはご主人さまが残したものでしょう。
498
なんともはや、微妙なきな臭さを感じます。かといってこの雪の中
を追いかけていくのは自殺行為ですからね、やはり大人しく帰宅を
待つことにしましょう。
前みたいに戻ってこないなんて事にならなければいいんですが⋮
⋮。
◇
﹁ただいま﹂
フェレと朝食を済ませてお茶を飲みながら地球の歌について話し
ていると、少し疲れた様子のご主人さまたちが戻ってきました。温
かいお茶を入れて迎え入れたところ、ユリアとルルはそれを一杯だ
け飲んですぐに眠ると言って自室に戻っていってしまいました。
少しは余裕のありそうなご主人さまが教えてくれた内容によると、
どうやら結界を越えて獣人達と一人の人間が冬の森に入ってきたら
しいのです。当然ながら無理無茶無謀というか、自殺に等しいので
すが更に事情を聞いたところ、王国が冬を目前にして亜人の集落狩
りを始めたようで、それに追い立てられる形で仕方なく隠れ里の噂
にすがって森へ突入することを決意したのだとか。
うちに訪ねてきてたのは、疲れ果てた他の逃亡者と違って少しは
余裕のある人間の青年だったようで、涙を流しながら恋人を助けて
ほしいと懇願する彼に絆されて急遽隠れ里まで相談に行き、受け入
れをしてきたのだとか。それからは雪が降るまえに建てておいた多
目的ホール⋮⋮公民館のようなものに仮設避難所を設置して休んで
もらっているようです。
499
それにしてもこの時期に亜人狩り、関係がないとは思えないので
すよ⋮⋮。
﹁⋮⋮お前のせいじゃない、気にするな﹂
話を聞きながら俯いているとご主人さまが肩をたたきました。迷
ったものの頷きます。見知らぬ彼等のために自分の身を犠牲にする
ほど聖人君子ではありませんし、あの⋮⋮あれ、何でしたっけ名前。
まぁいいです、とにかく以前ボクを狙った変態貴族の手の感触を、
下卑た顔を思い出すたびに鳥肌が立つのです。自分本位と言われよ
うとも、あれの慰み者になるのは嫌なのです⋮⋮。
﹁少なくとも受け入れた中に怪我人は多いが手の施しようが無い奴
はいなかった、
リアラさんも受け入れる体制で動くようだし、蓄えもなんとか全
員で冬を越せるくらいはある﹂
計算によると今までのように余裕はなくなってしまいましたが、
多少節約すれば一冬くらいはなんとかなるようです。それならよか
ったのです、でも、ここに来るまでに暴虐に晒されて亡くなった人
のことを考えると、ボクのせいじゃないと言い聞かせてもやっぱり
胸が苦しいのですよ。
﹁⋮⋮お前のおかげで助かった赤ん坊だって何人もいるんだ、胸を
張っていいんだぞ﹂
﹁?﹂
頭を撫でられながら首を傾げます。ボクは寝てただけで何もして
ないのですが。それも心苦しさの原因でしょうか。
500
﹁ストックしておいてよかったな?﹂
むにゅむにゅと、頭を撫でていた手が降りて行き、平坦な胸を撫
でるようにまさぐってきます。いきなり何をするのかと抗議しよう
としたところで、ストックという単語の心当たりに気付いてご主人
さまの顔を見ます。悪戯が成功した時のようにニヤニヤとした憎た
らしい笑顔がそこにはありました。
﹁ま、まさか﹂
﹁実際、直に飲むばかりだったが今回初めて他人に飲ませてみて、
正直驚いたぞ、
疲れ果てて今にも死にそうな奴らが一瓶で歩き回れるくらいには
回復したからな﹂
使われたことに否やはありません、むしろ役に立ててこそだと思
います。だけど何でしょうかこの恥ずかしさは、顔から火が出そう
なのです。そして何ナチュラルにボクの胸をはだけさせてるんです
かこの人は。
﹁あー、会長ずるい!﹂
﹁何してるんですか!?﹂
ボクと難しい話が解らなかったらしく黙っていたフェレの抗議の
声を無視して、ご主人さまは作業のようにてきぱきと服をはだけさ
せ、片手で腕を抑えてあっという間にボクの身動きを封じます。
﹁俺も結構疲れてるんだよ、ちょっと貰うわ﹂
501
﹁ちょっと貰うわじゃありません、ストックを使って下さい!!﹂
ユリアほどじゃなくても大量に備蓄してあるでしょう! ちょっ
とやそっとの量を病人使ったくらいじゃ底をつくなんてありません
よね!?
﹁できるだけ節約したいし、直飲みのほうが効果が高い﹂
﹁じゃあ私もー!﹂
﹁フェレはピンピンしてるじゃないですか!?﹂
ちょっと、なんでこの状況で平常運転なんですかこいつらは! シリアスさんに謝って下さい、悪いことしたらごめんなさいしない
とダメなんですよ! だからちょ、ま、やめっ、吸っ
502
tmp.43 深雪の来訪者︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻6︼−−−−◇︻4︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻2︼−−−−◇︻2︼−−−−
◇︻2︼
[◇TOTAL
−−◇︻5︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻954︼−−◆︻372︼−−
◆︻404︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP3133
MP40/40[正常]
MP1012/1012[
[シュウヤ][Lv95]HP2086/2086
/3133[正常]
[ソラ][Lv22]HP24/63
疲労]
[ルル][Lv65]HP952/952
MP92/92
MP187/1
MP732/732
[ユリア][Lv51]HP1860/1860
[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210
[正常]
[マコト][Lv66]HP1733/1733
87[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻レコード︼
503
[MAX
[MAX
HIT]>>34
COMBO]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁きな臭いのですよー﹂
504
tmp.44 事情いろいろ
金色の髪、女性ウケしそうな甘いマスク。優しげなほほ笑み、穏
やかな口調。今ご主人さまが自宅のリビングで相対しているのは、
疲れ果てた表情の中にも隠しきれない気品と優雅さを醸し出す人間
族の青年でした。
いやいや、これ絶対難民じゃないですよね、完全にやんごとなき
身分じゃないですか。王子様オーラが尋常じゃないのですよ、これ
でただの平民とか言われたら全ての非モテ男子が竹槍片手に一揆を
起こします、宇宙船すら投擲で撃ち落とす勢いでしょう。
﹁本当に助かりました⋮⋮ありがとうございます﹂
﹁ありがとうございました﹂
そんな王子様と言われても納得できるような彼の隣に座っている
のは、淡い栗色の毛並みを持つ兎耳の女性。美人寄りですが可愛ら
しさを失っていない、たおやかな印象を与える人です。どうやら彼
の恋人らしく、手足に巻いた包帯が少し痛々しいですが顔色は良い
です。
﹁いや、俺達も追われる辛さはよく解ってる、頭を上げて欲しい﹂
ご主人さまの声に二人が揃って下げていた頭をあげると、女性の
方の胸部装甲がぽよんと跳ねました。そうです、彼女もまた恵まれ
たものを持つ者側のようでした。美男美女のカップル、お似合いで
すね帰り際に扉の角に小指ぶつければいいのに。
505
﹁私も、皆が平穏に暮らすために出来うる限りは協力します、
⋮⋮とはいえできることは多くありませんが、どうぞなんでも仰
って下さい﹂
青年の真摯な言葉に頷いたご主人さまは、冬の超え方と春先から
の行動について話をはじめました。彼はどうやら避難民のリーダー
格だったようで、人間族ながら結構信頼を得ているのだとか。ご主
人さまの見立てではそこそこ強いようですが、果たしてどれほど使
えるものか。
﹁お嬢様、なんで偉そうなんですか⋮⋮﹂
おっと、声に出ていたようです。ユリアに軽くたしなめられてし
まいました。だって悔しいのですよ。
﹁イケメンで人望厚くて巨乳で兎耳の彼女持ちなんですよ、憎らし
くないはずがありません。
ボクなんてゴブリン扱いやらペット扱いやらで非モテ街道一直線
ですよ、不公ふぇいれ!?﹂
いきなり真顔のユリアにほっぺたを摘まれて両側に引っ張られま
したっていうか痛い!
﹁いひゃい、ひひゃひれひゅ、はにふるんれひゅは!?﹂
﹁私はお嬢様に好意を持ってます、好きだと公言してもいいです。
ですが時折、無性に憎らしく思うことがあります⋮⋮﹂
﹁なんれほひゅは⋮⋮いひゃぁ!? ごえんなひゃい! ごえんな
ひゃいぃ!?﹂
506
痛い痛いいたいたたたた!?
◇
ユリアの突然の凶行でほっぺたに甚大なダメージを負ったボクは、
ご主人さまにうるさいと怒られて退場することになりました。ボク
のせいじゃないというのに本当に理不尽なのです。寝室で枕に八つ
当たりしていると、ご主人さまが戻ってきました。
﹁話は終わったのですかー?﹂
﹁⋮⋮あぁ、とりあえずは冬の間は身体を癒すことに専念してもら
って、
冬が開けたら適性に合わせて勉強してもらうつもりだ﹂
ベッドに腰掛けたご主人さまは一瞬だけ思考するように中空を見
上げると、決まったことを話してくれましたが何かおかしいのです、
隠してるとか言葉を選んでるとかじゃなく、腑に落ちないことがあ
ると顔に書いてあるようでした。
ベッドの上をにじり寄って近づきます。
﹁⋮⋮ボクに関わりがあることなら知っておきたいのです﹂
﹁面白い話じゃないぞ?﹂
﹁覚悟のうえです﹂
いつになく真剣な表情で話してくれたご主人さまによると、どう
507
やら王国側は何かを探すような動きをしていたらしいということ。
ただし、たかがエルフ一匹のために大規模に軍を動かすとはそうそ
う考えられないし、青年もその話になると上手く隠していたけど僅
かに挙動がおかしくなっていたと。
ボク狙いかと思っていたのですが、どうやら事はそう単純な話で
はないみたいです。それにしてもあの青年の正体は一体何なんでし
ょうか、寄り添っている姿は仲睦まじい恋人といった様子ではあり
ましたが、見た目からして高貴な生まれっぽいですし。
実はどこかの大貴族の子息で獣人に恋して駆け落ちしちゃったー
とか? いえ、それにしたって国が軍を動かすのはちょっと大げさ
すぎるのです。うーん、気になるのです。
﹁ま、悪人じゃなさそうだし暫くは様子見だよ。
どちらにせよ冬の間はあちらもこちらも自由に動けないしな﹂
いつの間にか隣に腰掛けていたご主人さまが人のお腹をぽにょっ
てきました。
冬の森に突入するのは決死の覚悟が必要です。昨日はたまたま雪
が止んでいて、たまたまご主人さまが結界に気温緩和を足して強化
していたおかげで見た目ほど寒くなかったからギリギリ助かったよ
うなもの。普通なら当たり前のように全滅です。
何か思惑があったとしても隠れ里に侵入するためだけにそんなギ
ャンブルをするとは思えませんし、敵側だって不確定な情報だけで
軍を冬の森に進行させる無茶はしないでしょう。ご主人さまの様子
だと冬の間に戦う準備を進めるのでしょうね⋮⋮なんとも嫌な話で
す。
508
﹁にしても何だこの腹は、流石にこれ以上行くと萎えるぞ﹂
﹁さっきから人のお腹を重点的に揉まないでください!﹂
咄嗟に腕を払ってお腹を押さえながらベッドを転がり離れます。
なんとも失礼なお話なのです。⋮⋮ん、いやまつのです、萎えると
いうことはこのまま行けば夜にお呼ばれしなくなるかもしれません。
ただそうなると今現在残っている金貨544枚分の借金をどう返す
のか、悩みますね。
不本意ながら一晩のお努めで銀貨10枚の返済は美味しいのです。
10日で金貨1枚相当ですからね、しかもオプション増し増しでも
っと上がるのです。ぶっちゃけこれ以外で全額返済できる気がしま
せん。
﹁これは本格的にダイエットだな⋮⋮﹂
悩んでいる間にご主人さまのほうで勝手にボクの処遇を決めたら
しく、溜息混じりに立ち上がりました。それを見ながらさらに後退
ってベッドから降りると、こっそりと顔半分をのぞかせて様子を伺
います。ここ暫くのアレによってダイエットという単語に恐怖しか
感じません。
﹁何想像してるか解るが、残念ながら流石に普通にやるぞ?﹂
﹁残念じゃねぇのですよ﹂
人が期待してるみたく言わないで下さい、というか普通とは一体
どこの国の普通ですかね、エロマンガ王国ですか?
509
﹁ほれ、雪も止んでるし今日は外走るぞ、お前最近家の中ですら殆
ど動いてないだろ﹂
や
﹁ええー⋮⋮寒いの嫌です⋮⋮﹂
思ったより普通なことを言われたので思わず反論してしまいまし
た、寒い日は家でだらだらするに限るのですよ、こう寒くては汗も
かかないから効果ないのですきっと多分。しかし布団に潜り込もう
としたところで首根っこを掴まれて引きずりだされてしまいました。
﹁甘やかし過ぎたか⋮⋮よくわかった、ベッドの中で運動するか外
で運動するか選ばせてやる﹂
冷たい目でご主人さまが見下ろしてきます。できれば運動しない
という選択肢を選びたいのですが、それを選んだら即デッドエンド
なのはボクにだって解ります。かといってベッドの中の運動は勘弁
してほしいのです、本当に理解できないことに多少の効果はあるん
ですがそれがまた納得行かないのですよ。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮外でお願いします﹂
すなわち選べる選択肢はひとつだけです。全面降伏したボクの姿
を見て納得してくれたのか、ご主人さまは﹁ならばよし﹂と頷いて
手を離してくれました。ふぅ、全くご主人さまは⋮⋮甘いのですよ!
前転のようにご主人さまの横をすり抜けてベッドから転がり降り
ると、扉へ向けて走り出します。自分の部屋に篭もれば流石に壊し
てまで引きずり出そうとはしないでしょう。すなわちボクの勝ちで
す︱︱そもそもなんでご主人さまの寝室へ来てるんでしょうかボク
510
は、習慣というのは恐ろしいものです。
﹁甘い﹂
﹁ぎゃー!?﹂
あと一歩で扉に手がとどくところで、横からひょっと腰をすくい
あげられました。小脇に抱えるような持ち方です。屈辱です。
﹁やーめーるーのーでーすー! 外はいやー! 外はいやぁぁ!!﹂
きっと寒いのですよ、めっちゃ寒いのですよ!!
﹁珍しく変なことしないってのに抵抗すんな﹂
あ、自覚はあったんですね⋮⋮って言ってる場合じゃありません、
誰か助けてぇ! 511
tmp.44 事情いろいろ︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻954︼−−◆︻372︼−−
◆︻404︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
MP3133
MP40/40[正常]
MP1012/1012[疲
[シュウヤ][Lv95]HP2086/2086
/3133[正常]
[ソラ][Lv22]HP4/63
労]
[ルル][Lv65]HP952/952
MP92/92
MP187/1
MP732/732
[ユリア][Lv51]HP1860/1860
[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210
[正常]
[マコト][Lv66]HP1733/1733
87[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻レコード︼
512
[MAX
[MAX
HIT]>>34
COMBO]>>34
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
魚﹁あれ、ソラはー?﹂
牛﹁家の周りを5周くらい走った所で力尽きて寝込んだみたいです﹂
猫﹁体力無ッ!?﹂
513
tmp.e−2 牛耳さんの事情。
物心ついた時からずっと一緒だった。大人になるに連れて他の男
の子達とは違う彼に惹かれていって、いつの間にか隣に居るのが普
通になっていた。冒険者として活躍する彼を支えて、彼の子供を産
み家族で過ごす自分の未来を信じて疑っていなかった。
だけどそんな儚い夢は、彼自身の手で無理やり断ち切られた。
□■>>牛耳さんの事情。︳
森に冬が訪れて、新しい避難者の受け入れも済んで落ち着いて暫
くした頃。珍しく雪の止んでいる日が続いていた。今日の分の洗濯
物を干し終えた私は白い息を吐きながら雪を踏みしめて室内へと戻
る。気温緩和の結界のおかげか家の周囲は一面が銀世界であるのに
対して随分と寒さは弱い。
流石に薄着でいられるほどではないけれど、しっかりと服を着て
いれば凍える心配はないほどだ。元々凄い人だとは思っていても、
こういう現象を直に目にすると改めて旦那様は凄いと思う。
そう、旦那様。私が奴隷だった頃の飼い主で、今の雇い主。ドン
底の私を救ってくれた二人の一人。
信じていた幼馴染に売り飛ばされて、絶望のドン底にいた私の元
をお嬢様が訪れた時、正直に言えば殴りたい程に憎らしかった。今
にして思えば。ただの被害妄想だった事はわかるけれど、当時はそ
んな余裕なんて全然なくて。
514
身なりの綺麗な主人に飼われた小さな女の子。肌艶も良くて良い
物を食べさせられて、良い服を着せてもらって、大切にされてる事
が見て解るような奴隷。そうとしか見る事が出来なかった私には、
お嬢様が想い人に捨てられた私を馬鹿にするためにわざわざ来たと
しか思えずにいた。
だけど彼女は私を救ってくれた。主に莫大な借金をしてまで私を
買い上げるように頼んでくれたと知った時は一体何が目的なのかと
内心で勘繰っても居た。その後の告白を聞いて、呆然としてしまっ
たのは今では笑い話だ⋮⋮といっても、あの時の言葉が真実なのか
私の中で判断はついていない。お嬢様の性格的に嘘はついていない
とも思っているけれど。
旦那様とお嬢様との生活は、幸せだった。何よりも二人は笑顔で
お礼を言ってくれる。毎日部屋を綺麗するために頑張っていること
を認めてくれた、私の作る料理が美味しいと笑ってくれた。あまり
豊かとは言えない村で育った私にとって、一方的に奉仕する立場と
いうのは当たり前だった。ケインにしたって一度も私に礼を言って
くれたことはない。
この人達の側にいたことで、私ははじめてケインが私のことなん
て、なんとも思っていなかったことを思い知ったのだ。悲しかった
し悔しかった、だからこそ旦那様に頼み込んで鍛えてもらって、少
しでもあいつを見返してやろうと思っていた。
そんな日々を送っている中で、私はいつの間にか旦那様のことを
好きになっていった。だけど旦那様はお嬢様にベタ惚れで、お嬢様
の方も旦那様と仲が良い。お嬢様には恩があるし、恋愛としてでは
なくてもあの無邪気な笑顔が大好きで、二人の仲を裂くような真似
515
は出来なかった。
といっても諦めることも出来なくて、何度もルルに相談して⋮⋮
旦那様と関係を持つに至った。幸せだったし満たされたけど、お嬢
様とも同衾して、旦那様が絶対に自分のものにならないことを理解
してしまった。
旦那様は優しく慈しんでくれる、求めることをなんとなく察知し
ているのか的確に満たしてくれる。確かな愛情を感じて嬉しくなっ
ていたけれど、お嬢様に対する態度を見てそれは二番目、あるいは
三番目だからこそ取っていた態度だと解った。
旦那様は、お嬢様に対してだけありのままの感情をぶつけている。
時折私達に見せる余裕すらないほどに強く、激しく、狂おしく。あ
れで入り込む余地があるなんて思えるほど、私は愚かでも鈍くもな
かった。
幸い旦那様もお嬢様も私達が妾としてそばにいることは許してく
れているし、お嬢様の次になら子供を作ってもいいと言ってくれて
いる。ルルの気持ちはわからないけど、私としては複雑極まりない。
ただそれでも好きという気持ちだけは変えられない。
これでいいと言い聞かせている内容が、いつか自分の本心になっ
てくれる事を祈りながら、私は今日も手のかかる子供たちの世話を
焼く。それはそれで、私にとっては満たされた時間だった。
□
﹁お嬢様、またコタツにこもって⋮⋮﹂
516
作業を終えて少し休もうとリビングへ行くと、お嬢様が大人数用
の大きなコタツの中に潜り込んで籠城の構えを取っていた。溜息を
吐きながら声をかけても、反応は芳しくない。
﹁⋮⋮働きたくないでござるですー﹂
冬が来てからというもの、お嬢様のだらけ癖がひどくなっていっ
た。今までは何だかんだで私よりも早く起きて朝食の準備をしたり、
洗濯や掃除なんかをしていたのに最近では日がな一日ベッドや、旦
那様が新しく作った、”恐ろしい冬の魔物”を再現したというコタ
ツという魔道具でだらけている。一応最低限の仕事はしているよう
だけど、明らかに量が減っている。
﹁働かなくていいですから、そこで寝てると風邪引きますよ﹂
﹁うー﹂
たしなめられたお嬢様が不服という文字を貼り付けたような表情
で睨んでくる。小さな子がむくれているようにしか見えなくて、迫
力は皆無だった。取りあえずは旦那様も言っていた﹁コタツで寝る
のは身体に良くない﹂という言葉を思い出して注意を続ける。
﹁お嬢⋮⋮様⋮⋮?﹂
﹁出たくないのですよー、寒いの嫌なのですぅー﹂
視界の先で気配を消しながら近づいてきた旦那様が静かにと指先
を口元に当てるジェスチャーをしながら、大きなテーブルの反対側
に潜っていくのが見えた。お嬢様はそれに気づく様子もなく、上半
身だけをコタツの中から出したまま力の抜けるような声で反論を続
517
けている。
﹁冬は冬眠するべきなのです、ボクはここで﹂
﹁そうやってばかりいると、コタツの魔物に食べられてしまいます
よ?﹂
旦那様が冗談めかしていったコタツの話を思い出しながら見下ろ
す。確かコタツという魔物は寒い冬の日に旅人を口の中へ誘って、
温まって油断した所をそのまま引きずり込んで食べてしまうらしい。
﹁ふっ、あんな話を真に受けるとか、案外ユリアもこどもおぉっ!
?﹂
小馬鹿にした表情のお嬢様が、突然妙な声を上げて一気に胸元ま
でコタツの方に引きずりこまれた。お嬢様はといえば明らかに動揺
した様子でカーペットを掴み、もがいている。
﹁何ですか一体!?﹂
﹁あぁ、手遅れだったみたいですね﹂
﹁ちょ、まっ!? やめもぐもがごごご!?﹂
抵抗など意に介さないようにコタツの魔物は容赦なくお嬢様を中
へと引きずり込もうとしていく、お嬢様の方も必死で抵抗している
けど所詮は子供並の力なようで、ついにかけられている毛布から見
えるのは手だけになってしまった。
少ししてくぐもった悲鳴に合わせて咀嚼するようにコタツの天板
518
がガタガタと揺れ始めて、もがくようにシーツを掴んでいた手が白
くなるほど握りしめられて小さく震えだした。
﹁程々にしてくださいね﹂ これは時間がかかるなと昼食用の食材をとりに貯蔵庫の方へと向
かう、部屋を出る直前にちらりと見た時には、力なく投げ出された
腕がコタツの中へと引きずり込まれてしまうところだった。本当に
仲が良くて羨ましいし、妬ましい。
そして、あれほどご主人さまに愛されているのに、そっけない態
度をとっているお嬢様の事が時々ちょっとだけ、憎らしい。
519
tmp.45 白銀の襲撃者
本格的にダイエットが始まりました。ボクとしてもお腹のたぷた
ぷは流石に気になっていたので大人しく従うことにしています。そ
れと流石にご主人さまの依頼は断れないのか、ユリアもボクの分の
食事をダイエットメニューに切り替えてくれました。耳の良いボク
がギリギリ聞き取れる程度の舌打ちをしながら。
﹁ユリア、ひょっとしてボクのこと嫌いですか?﹂
﹁え? そんなことありません、お嬢様も大好きですよ?﹂
本気できょとんとしてる様子から嘘ついてなさそうなのが⋮⋮そ
の、逆に怖いのです。
◇
ある日のこと、結界に何らかの反応があったとご主人さまが切り
出しました。
﹁ホワイトレイダー?﹂
﹁あぁ、隠れ里の周辺で出たらしくてな⋮⋮﹂
ホワイトレイダーとは、寒冷地に生息する植物と爬虫類の中間に
あたる魔物。冬季になると活動範囲が増えて、雪の中を潜って移動
しながら熱センサーで獲物を探して、雪の中に引きずり込んで喰ら
う。以上ご主人さま情報です。ちなみにこれも繁殖期になると捕ま
520
えた女性を苗床にするのだとか。
﹁ほんとにエロゲ生物盛りだくさんですね⋮⋮。
ここが実はエロゲの世界だと言われても納得してしまいそうなの
ですよ﹂
﹁あれ、言ってなかったか?﹂
ため息混じりに皮肉を漏らしたところで、ご主人さまから予想だ
にしないお返事が返って来ました。今なんとのたまいやがって下さ
りましたか? 唖然とした顔でじっと見ていると、困ったようにご
主人さまが頬をかきます。
﹁確証があるわけじゃないんだが、
どうにも出てくる魔物や国の名前が俺の知ってるRPGもののエ
ロゲと同じなんだよな﹂
もっとも全部が一緒って訳じゃないが、類似点は多いと締めくく
ったご主人さまの言葉が頭の中でぐるぐる渦巻いてます。ってこと
はアレですか、ここは所謂エッチなゲームにくりそつな世界で、ボ
クはそこに女の子のエルフの奴隷として放り込まれてしまったと。
何ですかそれ。
﹁あはははは﹂
家族会議をしていたリビングで、倒れるようにソファーから転が
り落ちて、カーペットでクロールをしはじめたボクを、話について
いけてなかったのか黙ってみていたユリアとルル、フェレの三人が
ぎょっとした様子で見つめてきました。
521
﹁もーどうにでもなれー﹂
って事はアレですかね、もしかしてご主人さまに買ってもらって
なかったら今頃は奴隷として散々な目にあってあーるにじゅういち
になっているか、冒険者としてオークやら触手やらにお腹を膨らま
されているか、そんな未来が待っていたのですかね。
ところがご主人さまのおかげで負のスパイラルから抜けだして、
今ならお腹を膨らまされる相手はご主人さまか肉食魚か王様かオー
クか触手か、選り取り見取りです。やはり逆ハーも夢ではないかも
しれません。
﹁せ、せんぱいが壊れた﹂
﹁だいじょうぶ、ソラがおかしくなっても私がちゃんと面倒見るか
らね!﹂
﹁ありがとうフェレ、雪の下で安らかに眠ってください﹂
﹁とにかく俺とマコトと男衆で駆除しに行く事に行ってくる、
遅くなるようだったら里の方に泊まるから、そのつもりでいてく
れ﹂
ボクを哀れんだ目でみていたご主人さまが話を切ってそう告げま
した。ユリアとルルは不服そうですが、万が一捕まってしまえばえ
らいことになるので無理矢理同行するつもりはないみたいでした。
﹁がんばってくださいねぇー﹂
仰向けで大の字になってひらひらと手を振ると、ご主人さまは疑
522
うような瞳をこちらに向けたかと思えば、盛大に溜息を吐いてくれ
ました。
﹁ソラは家の中でいいから少しは運動しておくように﹂
﹁はいはーい﹂
﹁⋮⋮ユリア、ルルとフェレもサボらせないように見張っといてく
れ﹂
むぅぅ、信用がないのです⋮⋮。
◇
﹁ほらセンパイ頑張って、後3周ですよー﹂
﹁ひっ、はひっ﹂
昼下がり、ボクは汗だくになりながら家の周囲を走っていました。
当初は5周で体力が尽きていたのに今は17周くらいは走っていま
す。今日の目標である20周まで後少しです。
ダイエット云々以前に体力がなさ過ぎるという問題が立ちはだか
ったのは予想外でしたね、でも島生活から引きこもってご主人さま
に嬲られる日々だったので体力がなくなるのも道理なのです、つま
りご主人さまが悪い。
しかしどれだけ糾弾しようとも現状は変わってくれません、クリ
スとフェレは雪像を作っているし、ユリアも近くで監視しているの
で逃げられません。仮に彼女たちを撒いたとしても本家狩人、ルル
523
が逃してはくれないでしょう。
全く忌々しいのです。それからも必死で脚を動かし、やっと目標
の20週を達成した瞬間、ボクは雪の中に倒れこんでしまいました。
﹁ぜぇー、はぁー⋮⋮も、もうだめなのですー⋮⋮﹂
﹁はいはい、頑張りましたね﹂
ルルめ、ねぎらいに心が込められていないのです。何はともあれ
今日はもうこれで終了、汗でべとべとになった身体に雪の冷たさが
心地よいです、早くお風呂入って今日はもうおしまいにしましょう。
﹁センパイ、やっぱ体力無さす⋮⋮﹂
﹁しょうがないのです⋮⋮よ?﹂
ふと、微かに雪を踏みしめるような音が聞こえた気がしました。
ルルも伺うような表情で森の一角を見ています。ご主人さまが戻っ
てくるにはずいぶん早い、里からの客人でしょうか。
﹁⋮⋮鎧の、こすれる音が聞こえる﹂
目を閉じて、耳を動かしていたルルが焦ったようにつぶやきまし
た。
﹁っユリア、フェレとクリスを家の中へ!﹂
﹁はい!﹂
524
咄嗟に身体を起こして指示を出します。まさかの侵入者、しかも
鎧つきなんてろくでもありません。だから家の方を振り向いた時、
思わず舌打ちしてしまったのは仕方ないことでしょう。
﹁あら、つれない子たちね、少しお話したいのだけど良いかしら?﹂
玄関の扉を塞ぐように立ちはだかっていたのは、綺羅びやかな白
い鎧に身を包んだ金色の髪を縦に巻いた女性。腰には鎧の豪華さと
は真逆のような、落ち着いたデザインのレイピア。立ち居振る舞い
から自信に満ち溢れていて、実際にかなりの圧力を感じます。
周囲には足あとはありません、どうやったか知りませんがこちら
に察知されずに回りこんでいたようです。背後から雪を踏みしめて
出てきたのは、淡い緑色の髪を無造作に伸ばした糸目の青年と、眠
そうな半眼の、裾の長いローブを着た黒髪の幼女。それから同じ意
匠の鎧に身を包んだ10人近い、多分騎士でしょう。
﹁話とは?﹂
微妙な緊張感の中、率先してユリアが前に出ました。最年長の責
任感があるのでこういう時につい矢面に立ってしまうのでしょう。
それにしてもこいつらの目的は何でしょうか、視線が一瞬ボクを捉
えたものの、執念や執着みたいなものは感じないのです。
﹁僕達はね、人を探しているんですよ、
金色の髪に青い瞳、顔立ちの整った人間の青年なんだけど、知ら
ないかな?﹂
はい、アウトー、あのイケメン野郎完全に厄介事持ち込んでんじ
ゃねーですかふざけんななのです。というかフラグ立ってから回収
525
までが速すぎるんですよ、完全に引き連れてきてるというか着けら
れてるじゃないですか馬鹿じゃないの、馬鹿じゃないの!!
﹁さぁ、心当たりはありませんが﹂
しかしそこはユリア、ポーカーフェイスで切り返しました。
﹁嘘なの、知ってる、少し前にここにきた、隠れ里にいるの﹂
ですが幼女が無表情のままぴしゃりとそれを否定します。目が赤
く光ってるのです、あれが厨二病的な演出でなければ何かの力を持
っているのでしょう、こっちの世界には魔法使いとか結構な使い手
もいるのです、幼女だからと侮っていると、彼氏持ちめと意味不明
な嫉妬に狂い無駄に高度な体術を駆使して酒瓶でぶん殴ってこよう
としたりする化石女もいるのですから。
﹁あら、そうですの、良かったですわ手間が省けて、
取り敢えずそこのエルフを渡しなさい、そうすれば貴方達は見逃
してあげてもいいですわよ﹂
あくまで確認だったのでしょう、事務的に言葉を連ねた女騎士が
レイピアの切っ先をボクに向けて言いました。どうやら主目的はあ
の青年のようですが、ついでにエルフ狙いでもあったようです。
﹁何でボクが?﹂
僅かな可能性にかけて、ボクも会話の場に踊り出ます。
﹁我等が陛下が富の象徴としてエルフを御所望でね、
傷つけると後でうるさいから抵抗しないでくれると嬉しいんだけ
526
ど﹂
答えたのは糸目の騎士、心底めんどくさそうなあたり、慕われて
いるわけではなさそうです。
﹁見たことも話したこともない王様のところなんてお断りです!﹂
﹁陛下は幼く美しい娘に目がなくてね、傷つけたら本当にうるさい
んだよ﹂
だから抵抗せずに捕まれと言いたいのですね、こちらと対話する
気は無いってことですか。
﹁そんなロリコンならそっちの子に仮装でもさせて送り込んだらい
かがですか?﹂
悔し紛れに無表情な幼女を指さしながら言ってやります。無表情
なのが難点でしょうが見た目は相当に整っているのです。どいつも
こいつも美少女美青年揃いでむかつきます。
﹁いやぁ、彼女も同僚だからね、陛下も粉をかけてるけど強制は出
来ないんだよね﹂
あ、粉かけてるんですねっていうかガチのロリコンじゃないです
か、国ごと滅べばいいのに。
﹁あのクソロリコン豚、ブタマ子爵と一緒に死ねばいいの﹂
その一方で幼女は忌々しそうに吐き捨てました。中々過激な毒を
吐きますね、敵ながらあっぱれなのです。
527
﹁だから私よりチビのお前がロリコンの無聊を慰めるの﹂
とか思ってたら何を言いやがるのですかこのチビは!
﹁何でボクがそんな事しなきゃいけないんですか、第一お前のほう
がチビなのです﹂
﹁いやお前のほうがチビなの﹂
﹁可哀想に、身体がミニマムすぎて世界も小さく見えるんですね﹂
﹁私は正常なの、お前こそ胸がぺったんこだから考え方が薄っぺら
いの﹂
﹁誰がぺったんこですかぶち殺しますよ洗濯板﹂
﹁こっちこそぶち殺してやるの平原胸﹂
﹁故郷の森に還るがいいのです平たい胸族﹂
﹁ちんちくりん﹂
﹁幼児体型﹂
⋮⋮理解しました、完全に理解しました。こいつは、このチビは
敵なのです!!
﹁お前なんてどうせ死ぬまでちっこいままでロリコン以外相手にも
されないのです﹂
﹁お前こそ一生ロリコンの慰み者、哀れ﹂
何て事を言うのですか、現時点でも否定できないのに!
﹁⋮⋮どんぐりの背比べですわね﹂
﹁﹁うるさい年増!!﹂﹂
528
いきなり口を挟むんじゃありません、怪我しますよ。
﹁誰が年増ですって!? 私はまだ21ですわ!!﹂
本当でしょうかね、確かに若くは見えますけど女性の自己申告年
齢なんて怪しいものです。
﹁嘘、本当は今年で24﹂
﹁可哀想に、21って言わないと誰も相手にしてくれないんですね﹂
やっぱり嘘だったのですね。
﹁失礼な!?﹂
﹁きっと年下の若い女性たちに嫉妬して威張り散らして嫌われてる
のです﹂
﹁本当、この間も掃除が雑って部下の若い娘をねちねちいじめてた、
まるで姑﹂
うわぁ、なんというお局様。年増をこじらせるとこうなるのです
ね。
﹁貴女達罵り合ってたんじゃありませんの!?﹂
﹁そういえば﹂
﹁そうだったの﹂
すっかり忘れていました。敵の言葉で思い出すとはまだまだです
ね。ともあれ結構時間は稼げたでしょうか、感知したご主人さまが
こちらに戻っているはずですから、なんとかそれまでこの場を持た
529
せる事が出来れば⋮⋮。
﹁⋮⋮ロウ、あなた戻ったら覚えていなさい﹂
﹁記憶力が弱くなったおばさんと違って記憶力はまだしっかりして
るの﹂
﹁やれやれ、捕縛させて貰うけど、抵抗しないでほしいね﹂
言い争う幼女とオバサンを背後に糸目の男がボクに向かって手を
伸ばして来ます。無理に抵抗して怪我人を出すよりは、一度おとな
しく捕まるべきでしょう。抵抗しないように言い含めようと背後を
振り向けば、緊張した面持ちの女性陣の中で独りだけ、ルルの姿が
見当たりませんでした。
⋮⋮一体どこに?
周囲を探りながら騎士の方へと視線を戻すと、彼の背後で軽い音
を立てて雪の中から、漆黒の刃を逆手に持ったルルが飛び出して来
るところでした。誰もが声を発するより先に、短剣の刃が騎士の首
へと吸い込まれていき⋮⋮。
﹁躾のなってない野良猫がいるねぇ﹂
﹁がっ!?﹂
激しい金属の衝突音を響かせて、ルルの身体が吹き飛ばされまし
た。
﹁︱︱ルル!!﹂
﹁ルルちゃん!?﹂
530
糸目の騎士が右手に翡翠色の剣を握っています。どうやらあの一
瞬で剣を抜いてルルを打ち払ったようです。時間差で黒い刃が雪の
上に落ちて、そこから少し離れた雪の上、うつ伏せに倒れたルルの
姿を見つけます。
動かない彼女の下、純白だった雪がゆっくりと赤く染まっていき
ました。
531
tmp.45 白銀の襲撃者︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻966︼−−◆︻377︼−−
◆︻408︼
MP40/40[︱︱]
MP1012/1012[
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv24]HP25/63
疲労]
[ルル][Lv65]HP−−−/952
MP92/92
MP15/15[正
MP732/732
[ユリア][Lv51]HP1860/1860
[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210
[正常]
[クリス][Lv11]HP120/120
常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>34
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
532
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁どうしていつもいつもこういう時に居ないんですかあの人は⋮
⋮ッ!!﹂
533
tmp.46 遅れてくるもの
息を呑んだボクの背後で、ユリアの悲痛な叫び声が聞こえました。
﹁ルル!!﹂
﹁ルルちゃん! よくも!!﹂
﹁フェレ! ユリア! やめるのです、落ち着いて!﹂
咄嗟に振り返り、制止の声をかけます。ユリアは素手のまま構え
て、フェレはクリスをかばうように翼を広げて氷の刃を創りだして
いました。さっきのルルの一撃はほぼ完璧な不意打ち、なのに相手
はそれを一蹴しました。ルルだって実力的にはもう中級の中位、冒
険者としては一流レベルで今ここにいるメンバーの中では一番強い
のです。ユリアやフェレでは手も足も出ないでしょう。
﹁でもっ!﹂
﹁抵抗はしないのです、だから手当をさせてください﹂
僅かに呻いている声が聞こえます。余裕ぶっている糸目の態度か
らするに殺すつもりで切ったわけではないのでしょう。生命を奪え
ば取り返しがつかなくなります、王の目的の一つがボクの身体であ
る以上、出来るだけ五体満足で連れて帰りたいはずです、徹底抗戦
になりかねない殺人は進んではやらないでしょう。
⋮⋮少なくとも、目的を達成するまでは。
534
﹁あぁ、いいよ。君が抵抗しないでくれるなら﹂
﹁ユリア、手当を!﹂
﹁⋮⋮わかり、ました﹂
不服そうに連中を睨みつけながら、ユリアがルルのもとへ走って
いきます。フェレも魔法を解除して、クリスとともに睨みながらも
おとなしくしてくれています。邪魔されずにユリアがルルの元へた
どり着くと、すぐに抱き起こして様子を見ています。
﹁う、く⋮⋮ごめん﹂
﹁⋮⋮ルル、しっかりして! 大丈夫、傷は浅いから﹂
少しの会話のあと、コートの裾を引きちぎって出血している腹部
に巻き付けて、応急手当を始めました。改めて見たところ出血はそ
こまで酷くありませんし、意識もハッキリしているようです。手加
減はされていたのでしょう。
息苦しさを解消するようにゆっくりと息を吐きます。
後はご主人さまがここに戻るまで、あいつらの足止めができれば
いいのですが⋮⋮どこまで出来るか。睨みつけるボクに笑いながら
近づいてきた糸目が、見下ろしながら顎に手をあてます。
﹁あぁそうだ、ついでに、里まで案内してくれるかな?﹂
﹁⋮⋮お断りします﹂
535
きっぱりと言うと、奴はどこか感心したような表情を浮かべまし
た。
﹁抵抗はしないんじゃなかったのかな?﹂
﹁ボクがこの場を離れたら、彼女たちを生かしておく意味がありま
せんからね?﹂
ボクを拘束して連れ出すことが出来れば、彼女たちの人質として
の価値はなくなります。そもそも彼等にとっては怪我をさせないよ
うに捕まえられれば勝ち、ボクの能力が未知数であるが故に警戒の
意味で人質を利用しているのでしょう、万全を期すために。
﹁なるほど、確かにその通りだ、
大丈夫、君が大人しくついてくる限り、彼女たちの安全を保証す
るよ?﹂
﹁信用出来ませんね﹂
ボクがそう告げると何が面白いのか、からから笑いながら糸目が
ボクの顎すっと掴みました。
﹁君を無理矢理捕まえることだって出来るんだ、もう少し利口にな
るべきだよ?﹂
ふん、それはつまりボクを拘束さえ出来れば後は何とでも出来る
ってことでしょうが、ますます信用できません。何より里は今戦闘
員が出払っている状態、軽く数えただけでも数十人、こいつらをそ
のまま入れてしまえば確実に死傷者がでます。それだけは避けない
といけません。
536
﹁∼∼!! ソラから手を離せ!﹂
﹁フェレ、ダメです!!﹂
顔を近づけて嫌な笑いを浮かべていた糸目が舌打ちしながら身体
を離すと、糸目の身体があった場所を氷の矢が通りすぎていきまし
た。騎士たちが殺気立ちます。
戦闘では勝ち目がありません、こいつ一人だけでボクたちを容易
く全滅させられるはずです。勝ち目があるとしたらはぐらかして引
っ掻き回して話を長引かせる、それだけです。
﹁ううぅ、でも!﹂
﹁抵抗しちゃいけません﹂
唸りながらも何とか魔法を撃つのをやめてくれたフェレから視線
を戻すと、糸目が殺気をぶつけてきました。脅そうたってそうはい
きません、嫉妬に狂ったご主人さまのほうが何倍も怖いのですよ。
﹁それで、君はどうするのかな?﹂
﹁連行するのなら全員一緒です、道案内は出来ません﹂
全員が助かる可能性が最も高いのはボクの目の届く範囲に彼女た
ちが居てくれること。でも奴らはそれを飲めません。
﹁それは出来ないな、人を連れ帰る準備はしてきてないんだ﹂
ということは、ボクはついでであり、彼等の探しているという青
年を”捕まえに来たわけではない”という事ですね。ますます奴ら
の目的と彼の正体が気になってきます、無事に終わることが出来た
537
なら問いただしてやりましょう。
﹁だったらボクもここに置いて行ってください、どうせ里へ向かう
のは止められませんから﹂
道は大分整備されていれど、慣れた人の案内なしで簡単にたどり
着けるほど甘くありません。しかもこの人数で雪の中、大分時間を
稼げるでしょう。ご主人さまが戻って来さえすれば勝ちです。
﹁⋮⋮あぁ、面倒くせぇな﹂
﹁︱︱︱︱え?﹂
ぼそり、糸目がそう言うと一瞬視界の中で銀色の光が煌めき、ば
さりと音を立てて長い金色の毛が雪の中に散らばりました。
﹁お嬢様!!﹂
﹁ソラ!!﹂
恐る恐る随分軽くなった頭の首の後ろに触れると、首の少し下あ
たりでばっさりと、髪の毛の一部が切り落とされていました。
﹁ぐだぐだうるせぇんだよクソガキが、黙って付いてこねぇと次は
その首叩き落すぞ﹂
少し、見誤っていたかもしれません。目の前の男は眼をうっすら
と開き、表情を歪めながらボクの首を剣の平で軽く叩きます。さぁ
っと血の気が引いたような感覚が起こりました。まさかここまで短
気だとは予想外です。
538
﹁い、いいんですか? ボクを殺せば⋮⋮﹂
﹁いいんだよ、あのロリコン野郎の事なんか、
適当な女のガキでも宛てがえば機嫌を直すさ﹂
豹変し過ぎなのです、これが本性でしたか。もうちょっと紳士的
だと思ったんですが大失敗です。
﹁選べ、死ぬか従うか﹂
横にされた剣の刃が首に食い込んで、鋭い痛みを発します。首輪
を外したことが裏目に出るなんて思いませんでしたね、代わりの物
を作ってくれると言っていたのに、完成する前にこんな事になるな
んて。
拳を握り、恐怖を堪えるように糸目を見ます。
﹁したが︱︱﹂
﹁わなくていい﹂
聞き慣れた声が聞こえて、浮遊感とともに何やら鈍い音と共に糸
目が視界から消えました。次の瞬間には誰かに抱きとめられたよう
で、すぐにご主人さまの強張った顔が見えます。
﹁⋮⋮いつもいつも、遅いのですよ、馬鹿﹂
﹁悪い﹂
◇
﹁転移系⋮⋮?﹂
539
縦ロールが驚きに染まっていた顔を怪訝そうに顰めてボク達をに
らみます。手には抜き放たれたレイピアが握られていて戦闘体勢の
ようです。
﹁⋮⋮何者だ?﹂
距離の開いた糸目も警戒をにじませながら剣を構えています。騎
士たちもいつでも襲い掛かれるようにじりじりと距離を詰めてきま
す。
﹁旦那さま!﹂
﹁シュウヤ様!﹂
﹁おっと、動かないで下さいまし、この子たちを傷つけたくはない
でしょう?﹂
﹁うぅ、会長ごめん⋮⋮﹂
﹁あうぅ﹂
ルルを抱えたユリアがすぐにボク達の方に駆けて来ようとした所
で、制止の声がかかります。いつのまにか移動していた縦ロールが
フェレとクリスに向かって剣を突きつけている所でした。結構距離
が合った気がするんですが何時の間に。
﹁人質とか卑怯なのですよ年増!﹂
﹁⋮⋮えぇ、けれど私は確実な任務の遂行のために手段は選ばない
ことにしていますの﹂
なんという年増、騎士の風上にもおけないのです。
﹁本当、年増の上に外道なの、引くの﹂
540
﹁貴女は味方でしょう!?﹂
﹁みんな良く耐えてくれた、もう大丈夫だからな、
ルルもすぐ手当してやるからもう少し頑張ってくれ﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
ご主人さまが怒りを押し殺したような顔でボクの髪の毛を見て、
そっと首に手を当てます。どうやら切れていたみたいでちょっと痛
いのですが、淡い光が溢れると痛みが少しずつ引いていきます。
﹁ふぅ、取り敢えずそのエルフをこちらに渡して下さいまし、
私も亜人とはいえ、やたらに女子供を傷つけたくはありません﹂
﹁嘘、そこの猫人の若さと胸の大きさに嫉妬してるの、
偽物の自分と比べて醜い嫉妬の炎が燃え上がってるの﹂
﹁貴女はちょっと黙っててくださいません!?﹂
いいのです黒幼女もっとやるのです、仲間割れを起こすほどボク
たちが有利になるのです。
﹁ついでにそっちのエルフにも嫉妬してるの、イケメンの彼氏もち
とか万死に値するの﹂
前から言われてましたがご主人さまの容姿はこちらの人間から見
ても良い方に入るのですね。なんか東洋人特有の彫りの浅さからど
こか童顔にも見えているようですが。っていうか。
﹁誰が誰の彼氏ですか冗談も大概にするのですよチビペタ!
この変態鬼畜野郎とボクは一切何の関係もないのです!!﹂
﹁嘘、本当は好きな人に助けられて凄く嬉しがってるの、
この状況でイチャイチャするとか空気読めないにも程があるの、
541
死ねばいい﹂
﹁根も葉もない事言わないで下さい無い胸を削ってマイナスにしま
すよ!!﹂
﹁やれるもんならやってみるの、腕っ節なら私の勝利は揺るがない
の﹂
とんでもない嘘を広めやがって、あのまな板今すぐ叩き割ってや
るのです!!
﹁ほら、治療終わったから暴れるな﹂
﹁ご主人さま武器下さい! あのベニヤ板はボクがぶちのめすので
す!﹂
﹁上等なのどんぐり、闇魔法をおしりにぶちこんで奥歯ガタガタ言
わせてやるの!!﹂
何故かご主人さまは溜息混じりに頭を撫でてきました。しかし次
の瞬間には再び怒りをにじませた表情で糸目を睨みつけます。
﹁それで、お前に傷をつけたのはあの男でいいんだな?﹂
﹁え、は、はい﹂
なんか凄まじい殺気に押されて思わず頷いてしまいました。なん
かいつもと雰囲気が違うのです。
﹁そうか⋮⋮﹂
﹁どうやら多少は魔法が使えるみたいだけどね、
世界は広いんだ、あまり調子に乗らないほうが身のためだよ?﹂
ボクを降ろして、何やら薄青い色の障壁のような物を張りめぐら
せてから一歩、糸目に向かって歩き出します。ってこれじゃでられ
542
ないんですけど、幼女ぶちのめせないんですけど。というか人質ど
うするのですかね。
おんな
﹁動くなと言ったはずですわよ、この子たちがどうなっても⋮⋮﹂
﹁俺の猫耳に、何してやがんだぁ!!﹂
﹁なっ!?﹂
突然森の中から凄まじい勢いで飛び出してきた葛西さんが、雪を
かき分けて一瞬で縦ロールに肉薄し抜刀と同時に切りつけました。
一瞬の事で呆気にとられた縦ロールでしたが、剣が当たる瞬間には
姿が掻き消えて、糸目の隣に移動していました。なるほど、彼女も
転移系ですか。
﹁マコトさん!﹂
﹁クリス、無事か!?﹂
葛西さんは縦ロールと糸目を睨みながらも、解放された瞬間に感
バカップル
極まって抱きついていったクリスを抱きしめ返しています。ボクは
二人を指さし何も分かっていない愚かな黒幼女に叫びました。
﹁いいですか黒幼女! 空気よめないバカップルってのはああいう
のを言うんです!﹂
﹁⋮⋮確かにこっちのほうが空気読めてないしウザイの﹂
納得してもらえたようで何よりです。
﹁でもお前たちもイチャイチャしてたのは変わらないの、どっちも
バカップルなの﹂
﹁よし解りましたこの場でひんむいてラッピングしてからロリコン
王に送りつけてやるのです﹂
543
﹁解ったの、ちゃんとデコレートして馬鹿王の食卓に並べてやるか
ら安心するのよ耳長猿﹂
ああ言えばこういう、村の子供達より生意気なのですよこの幼女
は!!
﹁さて、これで形勢は逆転だな?﹂
﹁君は頭が悪いのかな? どうやら僕達の実力すらまともに把握で
きていないらしい﹂
障壁越しに火花を散らすボクと幼女を尻目に、葛西さんに助けら
れたクリスとフェレが、ルルを背負ったユリアと共に障壁の中へ飛
び込んできました。外ではご主人さまと糸目、葛西さんと縦ロール
が睨み合っていました。他の騎士らしき人達も襲い掛かってくる気
満々のようです。
﹁身の程を思い知らせてあげよう﹂
﹁言い残すことはそれだけでいいのか?﹂
﹁かなりの使い手のようですわね、面倒ですわ﹂
﹁俺の可愛い猫耳をいじめた罪は重いぜ縦ロール﹂
﹁お前は王都の変態達の妄想の中でパラサイドウッドに捕まってい
ればいいの!﹂
﹁お前こそオークとのカップリングを妄想されてアレな本とか出版
されればいいのです!﹂
異世界にきて初めての、本格的な集団戦が始まろうとしていまし
た。
544
tmp.46 遅れてくるもの︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻966︼−−◆︻377︼−−
◆︻408︼
MP32/40[負傷]
MP1012/1012[
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv24]HP25/63
激おこ]
[ルル][Lv65]HP20/952
MP82/92
MP15/15[正
MP712/732
[ユリア][Lv51]HP1860/1860
[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210
[正常]
[クリス][Lv11]HP120/120
常]
MP2936
MP160/1
[シュウヤ][Lv95]HP2086/2086
/3133[憤怒]
[マコト][Lv66]HP1733/1733
87[正常]
545
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>34
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁がるるるるるる!!﹂
黒﹁ぐるるるるるる!!﹂
546
tmp.47 戦いの後に
﹁偉そうなこと言って手も足も出ないじゃないですかばーかばーか
!﹂
﹁馬鹿って言うほうが馬鹿なの! ていうかそれ卑怯なの出てきて
私と勝負するの!!﹂
﹁なんで安全地帯から出て行かなきゃいけないんですか頭悪いんで
すか悪いんですね幼女だから!﹂
﹁きぃぃー!!﹂
ボクの安全圏からの攻撃に地団駄を踏む幼女はさておき、葛西さ
んと縦ロールの戦いは早くもクライマックスを迎えていました。縦
ロールは正統派のフェンシングの使い手のようで、ボクだと目で追
うのすら難しい速度の突きを連続してはなっています。しかし葛西
さんは落ち着いた様子で身体をずらし、剣で払い対処しています。
余裕が十分にある葛西さんと焦りが顔に出始めた縦ロール、実力
差はかなりあるようでした。やはりチートは恐ろしいのです。
そしてご主人さまの方はもっとひどいのです、まず炎の魔剣によ
る最初の一撃で糸目の剣を叩き折り、柄で顎を打ち上げ、がら空き
になった胴に魔法で強化した回し蹴り。吹っ飛んだところに剣を上
段に構えて﹁紅蓮飛翔剣!﹂と叫びながら振り下ろせば、炎が鳥の
形になって飛んでいき周囲に居た騎士ごとまとめてふっ飛ばしまし
た。
初めて見たけどあれが聖剣技なのですかね、恥ずかしがって使っ
てなかったのに使うほど頭にきてるんでしょうか。なんというかご
547
主人さまが糸目にぶちかます攻撃の余波で倒されるその他大勢が哀
れでなりません。
数秒して爆発で空中を飛んでいた糸目が黒焦げになりながら雪の
上に落ちてきました。ボロボロになった顔には怯えが浮かんでます。
しかしご主人さまは容赦なく手の平を向けて魔法陣を浮かべます。
﹁がっ、ふ⋮⋮ば、ばか、な、この僕が⋮⋮ひっ、まっ﹂
その先の言葉を言う前に爆発魔法が発動したらしく、糸目がまた
空へと旅立っていきました。ここまで無言無表情です。
﹁お、お前の彼氏怖すぎるの、ストルムがボロ雑巾なの﹂
﹁ボクもちょっと怖いですあと彼氏じゃねーのです﹂
先程から障壁の前で言い争っていた幼女が容赦なくボコボコにさ
れる糸目を見て青ざめながらつぶやきます。今この状況でまともに
勝負になっているのが縦ロールと葛西さんなあたりがひどいのです。
﹁はぁぁぁ!﹂
縦ロールの鋭い踏み込みから放たれた突きは、しかし葛西さんに
届くことはなく。横に飛んだ葛西さんの剣が縦ロールのレイピアを
叩き割り、柄が鳩尾に吸い込まれていきました。
﹁がっ⋮⋮﹂
短い悲鳴を残して、縦ロールが寄りかかるように崩れ落ちました。
何度目かのフライトを終えて着陸したボロ雑巾も悲鳴すら漏らさな
くなり、騎士たちも全滅状態。決着がついたようです。
548
﹁どうしますかちび﹂
﹁降参するの、アレと戦うとか嫌なのよ、
でも勘違いするななの、お前に負けた訳じゃないのよ耳長猿﹂
﹁はーん、負け惜しみですか? 負け惜しみですね?
悔しいんですか悔しいんですか? 涙が溢れそうですよ?
強そうに見えて実は雑魚だったのですね強がりだったんですね、
かーわいいー﹂
﹁やっぱり徹底抗戦なの!! 出てくるのよ、オークの巣穴に放り
込んでやるの!!﹂
ご主人さまの障壁に手も足も出ないくせ生意気なのです、やれる
もんならやってみるがいいのですよー!
◇
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁不覚なの﹂
さてさて、ボク達の目の前には縄でぐるぐる巻きにされた三人の
襲撃者が並べられていました。といっても縦ロールは気を失ったま
ま、糸目は全身焦げ跡だらけの顔面ボコボコ状態で気絶。まともに
喋れるのは無傷でご主人さまに拘束された幼女だけという有り様で
す。騎士たちは全員簀巻きにして大規模の結界で閉じ込められてい
ます。
ルルは無事に治療を終えてユリアに付き添われて本邸の部屋へ。
護衛として葛西さんが同行して、クリスとフェレも一緒に付き添っ
ています。ボクとご主人さまは雪の上に正座させた幼女に尋問する
549
ために外に残っていました。ご主人さまの傍が一番安全とも言いま
す。
﹁それで、お前たちの目的は何だ?﹂
ご主人さまが腕を組み、幼女を見下ろしながら訪ねます。幼女は
拘束されているというのに不敵に口元を歪めて鼻で笑いました。
﹁お前は馬鹿なの? 話すわけがないの﹂
﹁ご主人さまが馬鹿なのは同意しますが話すのですよへちゃむくれ﹂
﹁なんでお前がしゃしゃりでてくるの、引っ込んでるのえぐれ胸!﹂
こいつむかつくのです、一度立場を教えてやらないといけないか
もしれませんね。
﹁いいからとっとと話すのですよ、
いいですか、このご主人さまは見た目小さな女の子にご主人さま
と呼ばせたり、
あまつさえあんなことやこんなことをするのにも戸惑わない、真
性の鬼畜なのです﹂
﹁な⋮⋮ほ、本当なの⋮⋮!?﹂
﹁本当です、綺麗な身体でいられるうちに話したほうが身のためで
すよ!﹂
どうやらボクの言ってることが本当だとわかったようで、青ざめ
て小さく震えだしました。自分の立場を理解するのが遅すぎるので
すよ。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
550
突然後ろから頭をわしづかみにされて振り返ると、無表情のご主
人さまがボクを見下ろしていました。何か用でしょうか、後もうち
ょっとで喋りそうなので邪魔しないで欲しいのですが。
﹁⋮⋮後でお仕置きだな﹂
﹁何でボクが!?﹂
こちらに飛び火したのです、訳が解りません、横暴にもほどがあ
るのですよ!!
﹁しゃ、喋るから私は見逃して欲しいの、代わりにそのエルフは好
きにしていいの﹂
﹁何で敵のお前がボクを身代わりにしようとしてるんですか!!﹂
そんな不条理通してなるものですか!
﹁あぁ、そうするから話してくれるか?﹂
﹁はぁぁぁぁぁぁ!?﹂
頭のイカレタことを言いはじめたご主人さまに文句をつけてやろ
うとしたら口を塞がれてしまいました、何も喋れません。
﹁わ、解ったの⋮⋮﹂
怯えながら話し始めた幼女曰く、あの避難民の中に居た青年は現
王の兄であり、本来は彼が王位を継ぐはずだった人なのだそうです。
しかし今から四年前、先王の病死とともに何故か彼も病に倒れ、そ
れを儚んだ者達によって健康であった弟王子を王位に付けることに。
しかし弟王の即位の直前、病の身でありながら私利私欲のために
551
王位を簒奪するべく謀反を企て、血を分けた肉親である弟王を手に
掛けようとしたのだとか、しかし勇気ある貴族の告発により悪しき
企みは阻まれ、彼等は数人の従者とともに王城から姿を消した。
﹁というのが大筋なの﹂
それからどうしていたのかと思えば、獣人の集落に隠れ住んで元
奴隷の兎耳とイチャイチャしていたと。一息に言い終えた幼女が、
深い溜息をつきます。
﹁なるほどな⋮⋮﹂
そして話が終わったからか、やっとご主人さまが手を離してくれ
ました。
﹁ぷはっ⋮⋮つまりこういう事ですね、
馬鹿弟が王位欲しさに父親と兄の暗殺企てて兄の方はギリギリで
失敗したと﹂
﹁かいつまんで言うとそういう事なの、
今は国庫の金を使いまくって国中の可愛い小さな子を集めて酒池
肉林なの、
あいつは一刻も早く股間が腐って死ぬべきなの﹂ 味方からも嫌われてるんですね、まぁ所業からすれば当然でしょ
う。ご主人さまも渋い顔をしています。でも国内に居た頃はそんな
に政治が荒れている感じはしなかったんですけど。
﹁救いようのない馬鹿で変態だけど能力はそこそこあるから手に負
えないの﹂
552
﹁まるでご主人さまのようです⋮⋮﹂
違いがあるとすれば良心的で持ってる能力が桁違いってところく
らいですかね。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
それとご主人さま、事実をつかれたからって睨まないで下さい。
﹁⋮⋮ともあれ、一度彼等ときちんと話をしないといけないな﹂
原因の半分以上は彼にあるようですし、話せなかった理由は理解
できますが巻き込まれる形になったのは事実です。
﹁そうですね、リアラさんも一緒に⋮⋮ってそういえばリアラさん
は?﹂
そういえば見てません、獣人たちと一緒に里に戻っているのでし
ょうか。
﹁あぁ、彼女なら⋮⋮﹂
﹁ふ、く、くははは⋮⋮﹂
ご主人さまが言いかけたその時、突然笑い出した糸目が歪な菓子
パン製のヒーローみたいになった顔を上げました。整っていた容姿
が見る影もありません。
﹁かっひゃつもひでひるようはけほね⋮⋮、
553
もひのいひくひに、ふたいをのこひてるんひゃよ﹂
えーっと、聞き取りづらいんですけど、森の入口に部隊を残して
るって言いたいんでしょうか。増援はまだいるんだから、これで勝
ったと思うんじゃねーぞ、数の暴力で踏み潰すしてやんよって事で
すかね。ご主人さまの方を見ると、話を遮られた事で機嫌が悪いの
か違うのか、僅かに嗜虐的な笑みを浮かべました。
﹁森の入口に、ネズミ退治へ行ってるよ﹂
瞬間、コォォォォンと甲高い鐘の鳴るような音が響いて、森の一
角に巨大な光の柱が落ちるのが見えました。何事かと思えば、その
方角を見て糸目パンマンが真っ赤に腫れた顔を青ざめさせました。
﹁全滅ですかね?﹂
﹁殺しはしてないと思うけどな﹂
こうやって全員生け捕りにしたのは、無闇に人を殺したくないと
いう気持ちも勿論あるのでしょうけど、なにか考えがあるようです。
わざわざ殺してしまえ何て言うつもりもありませんけどね。
554
tmp.47 戦いの後に︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−−◆︻966︼−−◆︻377︼−−
◆︻408︼
MP32/40[負傷]
MP1012/1012[
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv24]HP20/63
おこ]
[ルル][Lv65]HP150/952
MP70/92
MP15/15[正
MP712/732
[ユリア][Lv51]HP1860/1860
[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210
[正常]
[クリス][Lv11]HP120/120
常]
MP2561
MP120/1
[シュウヤ][Lv95]HP2086/2086
/3133[正常]
[マコト][Lv66]HP1523/1733
87[正常]
555
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>34
COMBO]>>34
︻レコード︼
[MAX
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁集団戦とは何だったのか﹂
556
tmp.48 歴史に残る一歩
まだ何か喚いていた糸目パンマンを爆発魔法で吹き飛ばし、意識
のハッキリしている騎士達を恐怖で震え上がらせながら心を折った
ご主人さまに連れられて、襲撃者を里へ連行する事になりました。
獣人の戦闘部隊はリアラさんに同行していたようで、100人あ
まりの敵を拘束して連行しているというお話でした。人口密度が一
気に増えすぎなのです、取りあえずはリアラさんとご主人さまで雪
と土を固めた氷の牢屋を作ることとなり、代表らしい三人以外はそ
こへ収納されていきました。凍死していないことを祈ります。
それから暫く、長の家ではリアラさんと獣人の男衆の代表、ボク
とご主人さま。問題の青年と兎耳の女性と、それに付き添っていた
避難民の虎耳の女性。意識を取り戻してから糸目が最初誰か解らな
くて正体を知ってドン引きしてからおとなしくしている縦ロールと、
物理的に大人しくさせられている原型を留めてない糸目。そして⋮
⋮。
﹁何でお前が交じるの、出てくの﹂
﹁お前に采配権はないのです、黙っておとなしくしてるのですよ!﹂
あいも変わらず生意気な幼女。いい加減立場をわきまえるべきな
のです!
﹁二人共ちょっと静かにな﹂
ちょっとご主人さま、何でボクまで含めるのですか、これは明ら
557
かにあっちが悪いのです。
﹁黙るのはあいつなのです!﹂
﹁そのエルフを黙らせるの!﹂
言い募るとご主人さまは呆れたため息を吐きながら、すっと耳元
に口を寄せてささやいてきました。
﹁静かにしないとこの場で剥いて食っちまうぞ﹂
﹁っ!!﹂
慌てて口を抑えて一歩下がります。何故か幼女も青ざめさせなが
ら﹁やばいの、あいつマジなの、マジもんなの﹂と震えています。
﹁さて、うるさいのが静かになった所で、話を始めよう﹂
呆れたような顔をしていたリアラさんが軽く手を叩くと、強張っ
た顔をしている青年に視線を向けました。
﹁話してもらえるかの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
眉を顰めた青年を、兎耳と虎耳が心配そうに見つめています。
﹁⋮⋮はい﹂
そして彼は重々しく口を開くと、昔話を始めました。
◇
558
切っ掛けは、彼が国王としての教育を受ける傍らで、同じ姿なの
に奴隷として酷く扱われている亜人達の姿に疑問を抱き始めた事だ
ったそうです。国内の貴族の多くは人間至上主義、奴隷や亜人を物
として扱うことに抵抗を持たない人ばかり。
だけど彼からすれば、姿が少し違うだけで同じ心を持った人間と
しか思えませんでした。ある日それを父に話すと、彼は重々しく同
意しながらこう言ったそうです。﹁間違っていると思うならば、王
として国を変えて見せるが良い﹂と、彼もまた息子と同じ疑問を抱
いていた人物の働きかけにより、人に飼われるという条件を付けて
権利や生命だけでも守ろうとした結果が今の奴隷制度なのだとか。
それでも動物扱いなことには変わりがないと、彼は亜人を国民と
して迎え入れるために密かに仲間を集めて動き始めたのです。でも
それに勘付いた貴族たちが王太子の思想を危険視して、弟を持ち上
げだしました。
もともと刹那的な快楽に流れる傾向のあった弟は、自分の欲望を
満たせる環境になると唆されてあっさりと彼等と迎合、父と兄であ
る彼に弱い毒を少しずつ与えて、病に見せかけて殺そうと画策しま
した。しかしそれに気付いたのは王城で奴隷として働いていた獣人
の侍女たち、つまりそこの兎耳と虎耳の二人。
自分たちにも優しく、いつか君たちや君たちの子供が安心して暮
らせる国を作りたいと語って動く彼に絆されていた彼女たちはそれ
を彼に伝えたのですが、父王はもう手遅れになっていました。
暫くして、毒で殺せないことに業を煮やした弟はついに実力行使。
父の死の直前に手勢を率いて兄を急襲したのですが、兄を慕う騎士
や侍女たちの手によって逃され、それからずっと、彼女たちと共に
559
亜人の集落で息を潜めながら、反乱の機会を伺っていたようです。
長い話を終えた彼は、静かに姿勢を正しました。
﹁私達のせいで皆さんに大変なご迷惑をお掛けしたこと、申し訳な
いと思っています﹂
今まで自分の犠牲になって死んだ人たちのことを考えているのか、
歯を食いしばりながら頭を下げる彼の閉じられた瞳から、ぽろぽろ
と涙がこぼれ落ちます。
﹁ですが、死ぬわけには行かなかったのです、
私が捕まれば、助けてくれた者達の、死んだ者達の生命が無駄に
なってしまう!﹂
ともすれば、とても傲慢な考え方です。リアラさんが能面のよう
な冷たい表情を貼り付けながら青年を見ます。
﹁今回の件、一歩間違えば里の者が皆死んでおった、
今の、敗北者のお主にそれだけの価値があると?﹂
冷たい物言いに彼の従者である二人の女性がリアラさんを非難す
るように見ますが、青年はまっすぐに見つめ返しました。
﹁ありません、だからこそ死ぬわけには行かなかったんです。
ここで死んでしまえば、私は本当に無価値な人間で終わってしま
う﹂
﹁傲慢じゃな、それで今まで何も知らずに家族を、友を失った者達
に許されるとでも?﹂
560
﹁許されるはずもなければ、許しを請うつもりもありません。
たとえ後の歴史に大罪人と記されようとも、成し遂げたいと決め
たのです﹂
﹁ならば、やってみるが良い。成し遂げたのならば少しは慰めにも
なろう﹂
緊迫した空気が終わり、誰かが息を漏らしました。
﹁さて、そこな騎士よ、
今回の目的はこの男の殺害、国は居場所を把握してるということ
でよいのか?﹂
﹁⋮⋮えぇ、そうですわ、
国王の勅命で私達三人が部隊を率いて、少数精鋭で全てを終わら
せるつもりでした﹂
﹁エルフが居る事は可能性として考えてはいたけど、
まさか現実に同じ地点にいるなんて思ってなかったの﹂
偶然というのは恐ろしいものですね⋮⋮。それにしても把握され
ているのは不味いですね、彼等を全員殺してしまえばここに何かあ
ると知らせるようなものです、そうなれば今度は正式に大軍を送り
込んでくるでしょう。
ご主人さまとリアラさんなら軍を相手にしても何とか出来るでし
ょうが、ボクたちは無理ですし、チート級の戦力はこちらは三人し
かいません。身体がひとつしかない以上、分散して責められたら対
応できなくなってしまいます。
561
﹁ふむ、どうするかの、シュウヤ﹂
﹁丁度いい機会だと思います、ここで国を作ることを大々的に宣言
しましょう﹂
﹁ほう?﹂
話を向けられたご主人さまが、気負った様子もなく言いました。
ご主人さまが語った計画はこうです、まずは建国宣言と同時に王太
子の亡命を受け入れ、彼を擁立することで政治的な発言力を獲得し
ます。それから堂々とあちらの王位を奪い取り、フォーリッツの王
としてこの国の後ろ盾になってもらうというもの。
このご時世、大事なのは後ろ盾という名の権力です。勝手に国を
名乗っているなら馬鹿にされるだけですが、それなりに歴史のある
国の王が”国として認める”発言をすれば、諸外国もきちんと対応
せざるを得なくなりますから。
﹁だから、お前たちには証人として生きて帰って貰う﹂
そう考えれば、一度捕虜にした彼等を殺してしまうと、色々面倒
な事態が起こる可能性もあります。兄側につくか迷っている人間の
心象も大事ですからね、今後も国を治めてもらうことを考えれば極
力悪いイメージのつく行動は取らないほうが良いでしょう。
﹁甘いですわね、敵を生かして返すなんて﹂
とはいえ、鼻で笑った縦ロールのような捉え方をされてなめられ
る可能性もあるにはあるのですが。
562
﹁ほぉ、じゃあまた俺と戦うか?﹂
威圧感を出したご主人さま、縦ロールは一瞬答えに詰まると隣で
見る影もなく小刻みに震えている元イケメンを見たあと、少し青ざ
めて小さく首を横に振りました。やっぱり彼はこの中で一番強かっ
たのでしょうね、それがこのザマではそりゃ戦意も喪失するでしょ
うよ。
﹁それは⋮⋮﹂
﹁正直、この程度なら何人来ても問題にはならないんだよ﹂
きっぱり言うご主人さまに、無傷で勝たれた縦ロールもしょんぼ
りした様子でうつむきました。そういえば話を勝手に進めてしまい
ましたが、本人たちにはどうなんでしょうか。
﹁いまさらですが、王子さま的にはご主人さまの提案に乗っていい
のですか?﹂
﹁え、あぁ、驚きはしたけれど、
王国でも最強と言われてるストルムを一方的に倒せる彼の協力は
願ってもない﹂
置いてけぼりにされて少し面食らってましたが、スムーズに答え
たあたり異論はないようです。ご主人さまの黒い表情からして拒否
権を与えるつもりはなかったのでしょうけどね。何だかんだで巻き
込まれた事は怒ってるようです。
﹁そういう訳だ、国に帰って王に伝えろ⋮⋮その玉座をアラキス殿
563
下が貰い受けると﹂
誰かと思えばアラキスって名前だったんですね⋮⋮。縦ロールが
神妙な顔で頷いたことで話は終わりました。後で聞いたところ獣人
達は前々からご主人さまと葛西さんと訓練している際にある程度の
話、彼等が安心して暮らせる国を作ろうとしている事、その為に認
めない者達との戦いが起きる可能性がある事などを知らされ、同時
に一緒に戦ってくれる仲間になってほしいとお願いされていたよう
です。
今回の件もある程度は納得済みだったので特に反対意見は出なか
ったようです。むしろあのクソ王を正々堂々と叩き潰せるチャンス
とばかりに、フォーリッツで酷い目にあった人たちが黒いオーラを
噴出させていました。怖い。
取り敢えず殺気立つ人達が怖いのでさっさと家に戻り、ユリアに
髪の毛を整えてもらうことにします。まぁ鬱陶しくはあったのでば
っさり行ってもらえて楽になりました。なのにちょっと悲しいのは
何ででしょうね。
◇
翌日、凍死寸前で凍えている騎士たちを連れて森の外まで行くと、
順番に馬車に詰め込んでから動けるものに御者をさせて国へと追い
返す事になりました。
﹁はぁ⋮⋮戦争になりますわね、出来ればもう貴方たちと戦いたく
ないですわ﹂
馬車の前、拘束を解かれた縦ロールが苦笑しています。彼女は元
564
からあんまり偏見はなく、そもそも今回の任務は乗り気ではなかっ
たようで、こちらが勝った後の実家の売り込みをアラキスさんにし
ているレベルでした。騎士のくせに姑息なのです。
因みに糸目さんは自分の荷物のコートやら暖房道具を凍える部下
の人たちに奪われて簀巻き状態のまま荷物置場に放り投げられてま
した。ひょっとして仲間からも嫌われてますこの人?
﹁戦場で会った時がお前の命運の尽きる時なの⋮⋮絶対に八つ裂き
にしてやるの⋮⋮﹂
ようじょ
そしてこちらでは口周りに泥棒ヒゲ、眉毛は二倍の太さに、額に
”ロリコン王のばーか”と書かれたおもしろフェイスな負け犬が何
やらキャンキャンと吠えていました。ご主人さま謹製の魔法のペン
なので城に帰り着いて馬鹿王に見られるまでは絶対に消えないので
す。
﹁ふふん、そういうセリフはご主人さまを倒してから言うのですよ
!﹂
ご主人さまに抱き上げられながら、ちっこい身体を見下ろしてド
ヤ顔で言ってやります。全く惨めな姿なのですよー。ご主人さまの
力はすなわちボクの力、ボクを倒したいのならご主人さまを倒して
からにするのです。
﹁虎の威を借りすぎだろう⋮⋮﹂
﹁代金は払ってますから!!﹂
何しろお仕置き分と返済分と虎の威分は夜に支払い済みですから
ね、堂々としますよそれは。悔し涙を目尻に浮かべながら馬車に乗
565
ようじょ
り込んでいった負け犬が、最後にこちらを振り向いて叫びました。
﹁この変態えろふ!! ばーかばーか!!﹂
﹁見て下さいご主人さま、あれが負け犬です!
きゃんきゃん吠えてかわいいですねぇー!﹂
566
tmp.48 歴史に残る一歩︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻55︼−−−−◇︻0︼−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻55︼−−−−◇︻0︼−−−
−◇︻0︼
[◇TOTAL
−−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1021︼−−◆︻377︼−−
◆︻408︼
MP32/40[負傷]
MP1012/1012
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv24]HP−30/63
[瀕死]
[ルル][Lv65]HP180/952
MP70/92
MP2980
MP712/732
[ユリア][Lv51]HP1860/1860
[正常]
[フェレ][Lv33]HP210/210
[正常]
[シュウヤ][Lv95]HP2086/2086
/3133[正常]
record!!
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55 <<new
︻レコード︼
[MAX
HIT]>>55 <<new
record!!
[MAX
567
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
主﹁さて、終わったしお仕置きの続きな﹂
耳﹁﹂
568
tmp.49 動き出す世界
おバカさんたちを追い返してから一月ほど。ダイエットも成功し
て元通りの体型になりましたし、幸いにも天候はそこまで荒れず、
平和な時間でした。そして最近になってまた獣人等が流入してくる
ようになりました。
どうやら彼等達の間で森の国、﹃ムーンフォレスト王国﹄の噂が
広まっているようで、最後の希望としてここに庇護を求めに来てい
るのだとか。人が増えれば食料や住む家は必要。でも冬場で動けま
せん。しょうがないのでご主人さまが緊急で天候対策の魔道具を想
像し、里の人たちと一緒に集落の拡張に励んでいました。
同時に武器の製造も始めて本格的にチートが始まったようです。
因みに今のところフォーリッツからのリアクションはありません、
どこか病んでる気配を感じる風から届いた噂では軍がこそこそ動い
ているそうで、恐らく春頃に本格的な戦争が始まるのでしょう。
殺し合いはさすがに滅入るのです⋮⋮。
﹁少なくともこっちの人員は死なせるつもりはない﹂
とご主人さまが豪語していたので、心配こそしていないのですが。
◇
﹁我らも殿下と共に戦いたく思います﹂
﹁ありがとう、君たちの助力を得られるなら百人力だ﹂
569
里から少し離れたところ。結界を隔てた場所にある屋敷の中。ご
主人さま曰く大使館では最近になって流民に混ざって集まり始めた
兄王の支持者たちとの面通しが行われていました。最初はみんな若
い国王であるご主人さまを訝しむのですが、たまたま襲ってきた大
型の魔物を一瞬で消し飛ばしたところ遠い目をして失礼な態度をし
なくなってます。
ルルが怪我の療養中なので、ボクとユリアはメイドさんルックで
ご主人さまの背後についてお手伝いです。療養と言っても数日前に
リアラさんに完治宣告されていて、訛った身体のリハビリが主な仕
事のようでした。
ロリババア
医者からえっちおーけーと許可が出た途端、獰猛な肉食獣と化し
てご主人さまに襲いかかっていたのには笑いましたが。
そんなわけで、順調にこちら側の戦力も整ってきているのでした。
まぁフォーリッツ側の人間を信用する訳にはいきませんけど、今の
ところ問題のありそうな人は紛れ込んでいません。
﹁シュウヤ陛下、我々への数々の支援、感謝致します、
これからも何卒、ご協力をお願い出来ますれば﹂
﹁ええ、共に王国を取り戻しましょう﹂
最後に今回訪れた団体の代表らしきおじさんとご主人さまとの挨
拶が終わり、一段落。支持者の皆さんを見送った後は里に戻り、武
具製造施設の視察と忙しいのです。
﹁それでは殿下、私共は里へ視察へ行くので﹂
﹁解りました﹂
570
アラキスさんに頭を下げてから大使館︵仮︶を後にして、三人揃
って身体を解しながら雪道を歩きます。
﹁堅苦しいのは疲れるのです⋮⋮﹂
﹁本当ですね⋮⋮﹂
﹁後は気楽でいいから、頑張れ﹂
ぽんっと頭を撫でられて、ユリアは少し元気が出たようですがボ
クの方は全然です。甘いものと休息を要求します、身体がだらける
ことに飢えているのです。怠けさせろー!!
なんて内心で叫びながら里の一角に作られた、冬でも暑い工房へ
たどり着くと、丁度ドワーフのおじさんが試作品らしき鉄の筒を持
って出てきていた所でした。
﹁おぉ、シュウ坊じゃねぇか、待ってたぜ﹂
仮にもコレは国王なのですが、まぁ形式ばった国じゃないので気
安いのは良いことでしょう。それよりも彼が手に持っているものが
気になります、ボクの思い違いでなければあれは⋮⋮。
﹁親父さん、ついに出来たか?﹂
﹁おう、連射速度そのままで耐久性も問題なしだ、苦労したぜ﹂
ご主人さまが手ずから受け取ったそれは完全にライフルです、本
当にありがとうございました。
﹁なんつーものを⋮⋮﹂
﹁お嬢様、何ですかあれ?﹂
571
流石にものほんのライフル機構を持ち込んではいないのでしょう
けど。オーバーテクノロジーにも程があります、こっち側に死者を
出さないの言葉が信憑性を帯びてきました。
﹁たぶん、銃っていう武器だと思いますが﹂
﹁正確には魔法銃だな、魔法を込めた弾丸を装填する事で魔力を使
わずその魔法を連射できる。
銃弾自体は普通の魔法使いでも出来るように調整中だが、基本的
には俺とリアラさんで作る﹂
魔法と科学の融合ですね、流出したら世界の戦力バランスが一変
しそうです。
﹁シュウ坊の言ってた”みにがん”? だったか、それも試作品が
できてるぜ﹂
﹁流石だ親父さん、完璧だ﹂
うふふ、殺る気マックスですねご主人さまったら。一応取る予定
の国の民ですから必要以上に殺さないようにして欲しいのですが。
﹁”みにがん”ってなんか可愛い名前ですね﹂
﹁そうですね、名前は可愛い感じですね、名前は﹂
地球版のは可愛いだけじゃなくて敵に痛みを感じさせないとって
も優しい武器ですよ。
﹁ちょっと試し撃ちしてくれねぇか?﹂
﹁あぁ、任せろ﹂
572
微妙にテンションの上がったご主人さまに連れられて工房の裏手
に行くと、すでにある程度の準備は終わっているようでした。用意
された鎧型の的に向かってライフルを構えると、バーンと空気を振
動させるような炸裂音を立てて魔法が飛んでいきます。
どうやら引き金を引いた時に込められた炸裂式の魔法が発動し、
弾丸の魔法を込めた魔石を発射する仕組みになっているみたいです。
視認出来ない速度で飛んでいった魔石が的に当たると光が弾けて、
その場で爆風が巻き起こりました。鎧がひしゃげて飛んでいき、地
面にクレーターが出来上がります。火が出てないので風の魔法です
よね多分。
﹁精度は問題ないが、少し威力が高すぎるか﹂
﹁みたいだな、調整しておこう﹂
呆気にとられているユリアをよそに、今度は台座に乗せられた、
鉄の筒を円状に配置した巨大な砲台。言ってしまえばガトリング砲
らしきものが出てきました。セットされた砲台が用意された大岩の
方を向きます。
﹁全員音に気を付けろ!﹂
離れて耳をふさいだところで魔法陣が浮かび、カラカラと音を立
てて砲身が回転しはじめました。同時に3枚の魔法陣がターゲット
サイトのように前へ浮かぶと、連続した炸裂音が響き砲身が火を吹
きました。
耳をふさいでいても鼓膜が破れそうな音と共に吐き出された魔法
弾は、岩を粉微塵に砕きながら背後にある木々を吹き飛ばし、地面
を掘り返し土を巻き上げます。射撃が止まり、土埃が晴れた後、ま
573
るで竜巻でも通ったかのような痕が数百メートルに渡って地面にく
っきりと残されていました。
その場に集まったドワーフや獣人達が唖然と口を開いたまま誰も
喋りません。
﹁ご主人さま、これは一体何と戦うことを想定して作ったんですか
?﹂
何だか気まずそうな顔をしているご主人さまに問いかけると、頬
をかきながらバツが悪そうに答えました。
﹁重鎧を来た⋮⋮人間?﹂
﹁間違いなくミンチよりひどいことになるのですよ!!﹂
痛みを感じないとかそんなレベルじゃありません、粉微塵です!
﹁いくら何でも虐殺はドン引きです﹂
﹁俺もそう思う﹂
肩を落として自重すると言ったご主人さまと共に工房を出た頃、
遠い目をしていたユリアがぽつりと﹁⋮⋮全然可愛くありませんで
した﹂とつぶやいていました。
他にも魔法剣やら何やら、ご主人さまと工房の職人たちがノリに
のって作りまくっていたようです。
◇
それからも人が増え着々と準備は進み、やがて雪が溶けて冬が終
574
わりを告げる時がやってきます。フォーリッツ王国が本格的に動き
始めたのは、丁度その頃でした。
575
tmp.49 動き出す世界︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1130︼−−◆︻482︼−−
◆︻530︼
MP40/40[正常]
MP1415/1415[
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv30]HP70/70
正常]
[ルル][Lv65]HP900/952
MP105/1
MP342
MP1030/10
[ユリア][Lv62]HP2360/2360
05[正常]
[フェレ][Lv45]HP330/330
30[正常]
[シュウヤ][Lv110]HP3512/3512
5/3425[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
[MAX
HIT]>>55
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
576
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁敵が可哀想です﹂
猫﹁ほんと味方で良かったよね﹂
牛﹁男を見る目にちょっと自信がもてそうです﹂
577
登場人物紹介︵6章終了時点︶
きさらぎ
しゅうや
︻メインキャラクター︼
≪如月 秋夜/シュウヤ≫
17歳。元高校生、現ムーンフォレスト王国の国王。
森林国家であるムーンフォレスト王国の王となったが、やることは
前と変わっていない。
フォーリッツ攻めにあたり一切の自重を捨てた。
MP[3425]
好きなもの:ソラ、釣り、巨乳、エルフ、ハーレムメンバー達
将来の夢:ソラをデレさせる。
HP[3512]
趣味:ソラいじり、魔道具作り
[ステータス]
英雄王[Lv110]
保有魔力[172700] 戦闘力[20414]
[所持スキル]
先天:﹃ステータス閲覧﹄﹃天賦の魔才﹄﹃身体強化﹄
ペット
獲得:﹃天賦の剣才﹄﹃性豪﹄﹃聖剣技﹄﹃女殺し﹄
そら
︱︱︱︱☆
あまなり
≪天成 空/ソラ≫
16歳。元シュウヤの愛玩動物、現国王の筆頭侍女。
いつまでも懲りないハイエルフ、黒幼女との戦いを経て更にレベル
アップした。
筆頭侍女という役職に付くこととなったがやることは相変わらず変
わっていない。
好きなもの:下克上、甘いもの、えびせん
578
将来の夢:神殺し
HP[70]
趣味:スイーツ巡り
[ステータス]
王妃[Lv30]
MP[1415]
保有魔力[83162] 戦闘力[65]
[所持スキル]
先天:﹃愛玩動物﹄
獲得:﹃魅惑﹄﹃天使の口吻﹄﹃聖母の雫﹄
<i81979|6198>
︱︱︱︱☆
≪ルル≫
15歳。元貧民奴隷。現シュウヤの侍女。
怪我をしたために暫く療養が続いていたが、無事に全快。
前線に復帰するためのリハビリ中に真っ先にご主人さまのベッドに
飛び込んだ肉食獣。
MP[40]
ベッドの中では侍女としての勉強をしていたようだ。
好きなもの:肉、お金
HP[952]
将来の夢:安定した生活
趣味:釣り
[ステータス]
獣戦士[Lv65]
保有魔力[563] 戦闘力[3767]
[所持スキル]
先天:﹃俊敏﹄﹃獣神の寵愛﹄
獲得:なし
<i81978|6198>
579
︱︱︱︱☆
≪ユリア≫
17歳。元牛耳奴隷、現シュウヤの侍女。
本来の筆頭が役に立たないため、筆頭侍女のような扱いを受けてい
る。
ソラには時折イラつかされながらも可愛い妹として扱っている節が
ある。
MP[105]
襲撃の際に何も出来なかったことを悔しく思い、特訓を開始した。
好きなもの:プリン、お料理、家事
戦闘力[2893]
HP[2060+300]
将来の夢:素敵なお嫁さん
趣味:料理
[ステータス]
重戦士[Lv62]
保有魔力[8820]
[所持スキル]
先天:﹃母なる雫﹄﹃タフネス?﹄
獲得:﹃天賦の斧才﹄
<i81980|6198>
︱︱︱︱☆
≪フェレルリリテ≫
12歳。サイレン。隠れ里の歌姫、おじさん達のアイドル。
何故か歌って踊れるアイドルとして新旧の住人に人気となっている。
本人はソラ一筋で、襲撃の時にソラを守れなかった事で悔しい思い
をした。
そのせいかユリアとともに特訓をはじめてめきめきと力をつけてい
る。
580
好きなもの:ソラ、魚料理、水泳
MP[1030]
戦闘力[2145]
HP[330]
将来の夢:ソラを孕ませる
趣味:ソラ観察
[ステータス]
歌姫[Lv45]
保有魔力[23520]
[所持スキル]
先天:﹃歌唱術﹄﹃水中呼吸﹄﹃飛行術﹄
獲得:なし
<i85392|6198>
==================☆===========
=======
かさい
まこと
︻サブキャラクター︼
≪葛西 誠/マコト≫
日本人、玄関開けたら異世界でしたタイプの転移者。
巨乳でえっちな猫耳美少女を嫁にした勝ち組。
MP[230]
戦闘力[11512]
HP[2095]
剣での近接戦なら魔法を使ったシュウヤ相手でも善戦出来る程度に
成長した。
[ステータス]
異邦人[Lv80]
保有魔力[6612]
︱︱︱︱☆
≪リアラ≫
332歳。大魔術師。ハイエルフ。
ムーンフォレスト王国の宰相にして魔術顧問となった残念ロリババ
581
ア。
村のイチャイチャした空気で溜まっていたストレスを襲撃者にぶつ
けて少しスッキリした。
今も昔も考えているのは里の者達の事ばかり。
HP[850]
[ステータス]
大魔術師[Lv255]
戦闘力[11780]
MP[4800]
保有魔力[97208]
︱︱︱︱☆
≪クリス≫
15歳。金髪ショートカットの猫耳さん。
現在は完全にマコトの家に引っ越しを終えて、新婚生活を満喫中。
MP[15]
戦闘力[170]
HP[120]
あまりにもラブラブ過ぎて完全にバカップルと化している。
[ステータス]
村娘[Lv11]
保有魔力[350]
︱︱︱︱☆
≪アラキス・グラン・フォーリッツ≫
22歳。フォーリッツ王の兄。
金色の髪に青い瞳の美青年。
暗殺から逃れる逃亡生活の中、従者である兎耳の少女と恋に落ちた。
各地に散った協力者達からの連絡を逃げ回りながら剣を鍛えて耐え
ていた。
ムーンフォレストの後ろ盾になることを条件にシュウヤの協力を得
て王位奪還を目指す。
582
[ステータス]
王子[Lv50]
MP[200]
戦闘力[2452]
HP[1020]
保有魔力[4400]
︱︱︱︱☆
≪シーナ≫
19歳。アラキスの従者。
淡い栗色の毛並みの兎人の女性。
幼い頃から王族の奴隷として飼われており、優しく扱ってくれたア
ラキスを慕う。
必死で守りながらの逃避行中、恋に落ちてしまい、身分に悩みなが
MP[120]
戦闘力[1520]
HP[340]
らも傍に寄り添う。
[ステータス]
侍女[Lv33]
保有魔力[6000]
︱︱︱︱☆
≪ティルカ≫
20歳。アラキスの従者。
蜂蜜色の毛並みの虎人の女性。武人然とした性格。
獣人の奴隷として王宮に居たが、アラキスの考えを聞き悩みながら
MP[30]
戦闘力[4830]
HP[1457]
も協力を決意する。
[ステータス]
従士[Lv61]
保有魔力[241]
583
==================☆===========
=======
︻敵対者︼
≪ストルム・ヴィルトヴェイン≫
25歳。フォーリッツ王国近衛騎士団、第六部隊隊長。
整った顔立ちと細い目が特徴の、王国でも最強クラスと名高い騎士。
一見物腰が柔らかそうに見えるが、本性は荒々しく傲慢。
少数精鋭部隊の代表に選ばれてアラキスの捜索を任されたが、
自信もプライドも何もかもシュウヤに粉微塵にされた。
HP[2840]
[ステータス]
嵐騎士[Lv108]
戦闘力[8350]
MP[420]
保有魔力[7230]
︱︱︱︱☆
≪ソーン・イクシル≫
24歳。フォーリッツ王国近衛騎士団所属の騎士。
縦ロールが特徴の騎士、男運が致命的に無い。
性質としては悪人ではないが、性格が少々捻くれておりそれで友達
がいない。
MP[950]
戦闘力[6210]
HP[2210]
基本ぼっちであり毒を吐きながらも構ってくれるロウに懐いている。
[ステータス]
術騎士[Lv95]
保有魔力[20200]
︱︱︱︱☆
584
≪ロウ・フルール≫
16歳。フォーリッツ王国近衛騎士団所属の魔術師。
黒い髪に黒い瞳、無表情な小さい娘。王に目をつけられている。
なにげに毒舌家であり誰であっても容赦しない。身長も胸の大きさ
しんがん
もソラとピッタリ同じ。
MP[1720]
戦闘力[5062]
HP[600]
審眼と呼ばれる、相手の言葉の真実を見極めるスキルを持っている。
[ステータス]
術騎士[Lv82]
保有魔力[36300]
==================☆===========
=======
※人間なら保有魔力が5000もあればそれなりの魔術師になれる。
※一般的な成人男性の戦闘力が[200]ほど。
※ゴブリンの戦闘力が単体なら[110]ほど。
※戦闘力[2000]以上で中級、相当な強者扱いを受ける。
※[5000]以上なら英雄級で無双可能。
※[10000]超えたら人外級、軍を相手取っても勝てるレベル。
585
登場人物紹介︵6章終了時点︶︵後書き︶
ついに始まる王位奪還作戦。
敵はあの手この手で里を落とそうと攻めて来る。
果たしてシュウヤ達は里を守り、王を打倒することが出来るのか。
次回﹃君と作る未来の為になのです﹄
11月中更新予定
586
tmp.50 春の訪れ
春が来て、全ての雪が溶けて川の流れを作り始めた頃の事、急ピ
ッチで建設されていたムーンフォレスト城がついに完成しました。
何やらいろんな魔法や道具をフル活用して超特急で作り上げたよう
です。外観は湖の畔に作られた西洋風の白煉瓦作りの城。屋敷に毛
が生えた程度の大きさですがそれなりに華美な見た目となっていま
す。
そして結界の中心は城へと移され、里のあった場所から城までの
間を領地として家が作られて行き、今ではちょっとした街が出来上
がっています。リアラさんはそのまま宰相として国のまとめ役とな
り、葛西さんは国防の要である大将軍の地位に祭り上げられました。
ユリアとルルはといえば、侍女としての仕事の傍らで糸目へのリ
ベンジのために特訓に励んでいます。フェレはささくれだって居た
避難民や流民達の心を癒やすために何度もコンサートを行ったせい
か歌姫としてアイドル化。ご主人さまは態勢を万全にするために森
の中を駆け巡り、あるものを集めていました。
アラキスさん達の解放軍も順調に人が集まり、それなりに形には
なってきたようです。あちらとしても想定される開戦に向けて着々
と準備を進めているのでしょう。
そんな感じでボク達は毎日、来る戦いに向けて準備を進めながら
も楽しい毎日を過ごしていました。クラリスさんから緊急連絡が来
たのは、毎日少しずつ進めていたこちらの準備がひと通り終わった
時でした。
587
◇
﹁フォーリッツが動き出したそうだ﹂
場所は会議室、手紙を机の上に置いたご主人さまを上座に、リア
ラさん、葛西さんと偉い順に席についています。いつの間にか侍女
長と護衛隊長なんて役職がついたユリアとルルも同席中。ボクとフ
ェレは端っこの方で静かに座って話を聞くポジションです。
﹁随分とかかったの﹂
﹁雪解け前に攻め入る度胸は無かったんだろ﹂
呆れたようなリアラさんに言葉を返したのは、い葛西さんがノリ
ノリで作り上げた特殊強襲部隊﹃FOX﹄の隊長、二足歩行する狸
のおじさんのゴランさん。色々突っ込みドコロはあるのですがスル
ーします。
﹁それで、相手はどんな手を?﹂
小さく手を上げてしたボクの質問に、ご主人さまは静かに頷いて
答えます。
﹁冒険者達に大々的な依頼を出したようだ、
内容は大罪人シュウヤ・キサラギの討伐、罪状は国家反逆罪とか
奴隷誘拐罪とか諸々、
何でも俺は力尽くで連れ去った亜人達に暴虐の限りを尽くしてい
るそうだ﹂
﹁確かに、あのヤキトリは暴虐の限りだったな、
588
毎日仕事帰りにあんな美味そうな匂いの食べ物作られちゃぁ我慢
ができねぇ﹂
お陰でこのザマよと豪快にポンッと良い音をさせてお腹を叩いた
ゴランさんの姿に笑いがもれます。王国側はまずは冒険者を使って
牽制と戦力調査を行おうとしているみたいです。
﹁実戦部隊の方は?﹂
﹁想定の八割ってところだ、一応すぐにでも戦えるが完璧とは言え
ない﹂
前線部隊の隊長である狼人の男性が渋い声で答えました。準備は
いい感じに進んでいるようですが、本格的に攻めてこない事はラッ
キーだったかもしれませんね。
﹁私達はどうすればいいでしょうか﹂
話を聞いていたアラキスさんが小さく手を上げました。ご主人さ
まは少し顎に手を当てて考えこむような仕草をしました。
﹁とりあえずは防御を固めて待機していて下さい、
あくまでこれは森を訪れる冒険者と私との諍いになるでしょう。
ただ、ドサクサに紛れて暗殺者が入り込まないとも限りません﹂
本来は王軍として正式に討取りたいところなのでしょうが、そこ
ら辺は王都にも居るアラキス派の貴族が現王の悪い噂を流す形で頑
張ってくれているみたいです。
﹁解りました、ご武運をお祈りします﹂
589
あくまで確認だったのでしょう。答えに満足したのかアラキスさ
んが質問を切り上げる事で、報告会は終了、冒険者を迎え撃つため、
各々が指示された内容を守るために行動することになりました。
◇
とまぁ参加だけはしたものの、正直ボクには戦闘能力がありませ
ん、冬の間に引いた二回のスキルガチャですら戦闘能力とは一切関
係ないものがでましたしね。というか一つは今までで一番酷いスキ
ルでした。皆より一回だけ多く引かせてもらったのにこの体たらく
は泣きたくなります。そういう訳もあり、いつもと変わらないよう
に与えられた職務を全うするしかないのです。
﹁︱︱従って、クリスちゃんは20個のリンゴを買うことが出来ま
す﹂
そんなボクの現在の職場は青空教室。黒板にチョークで計算式を
書きながら、子どもたちに算数を教えています。
﹁クリスおねえちゃん一人じゃ食べきれないよね﹂
﹁あたしたちも食べるー!﹂
しかしながら算数という概念すら無い子どもたちに教えるのは中
々大変です。というかぶっちゃけボクが舐められてるのでしょうか、
そのせいでまともに授業が進んでない気がするのですよ。
﹁てめぇら真面目にやらないとユリア姉の給食は抜きですよ!?﹂
チョークを置いて声を荒げると、子どもたちが一斉に立ち上がっ
590
てブーイングをはじめます。
﹁えー! ソラのおうぼうー! ぺったんこ︱!﹂
﹁﹁ぶーぶー﹂﹂
﹁誰がぺったんこですか!?﹂
別に気にしてませんけどね、なんかムカっとくるのですよその発
言は。ボクをぺったんことか言う悪い子犬はどこぞのマダムにフラ
ンソワちゃんと名付けられる犬のごとく巻き巻きにしてやるのです
⋮⋮。
﹁きゃー! そらが怒ったー!﹂
﹁わー!﹂
﹁待ちなさい! その尻尾の毛をくるくるにしてやるのです!!﹂
その巻かれた毛の数を一本ずつ数えることで算数という概念を恐
怖とともに心に刻み込んでやるのですよ!
﹁おー、今日も元気だねぇ﹂
﹁あ、クリスおねえちゃん!﹂
逃げまわる子犬や子猫たちを追い掛け回していると、”大きなお
腹を抱えた”金色猫さん、クリスがやってきた所でした。何を隠そ
う彼女、冬の間に見事にヒットしていたのです。戦争準備が始まっ
たので言うほど激しいベイビーラッシュは訪れなかったのですが、
中にはしっかり出来てしまった人もそれなりにいて、彼女もその一
人です。
591
妊娠が発覚した時のリアラさんの反応はちょっと思い出したくあ
りません。いえ、最初は孫のように思っている子に赤ちゃんが出来
たととても上機嫌だったのですが、酒が深くなるに連れて孫のよう
な子にまで先を越された事に気付いてしまったみたいで⋮⋮。
葛西さんですが最初はちょっと青ざめてましたが覚悟決めてから
は凄く奥さん思いの旦那さんとなってましたね。まぁどうでもいい
です。
﹁ソラちゃん、手伝いにきたよ﹂
﹁ありがとうございます、こいつら言うこと聞かなすぎです⋮⋮﹂
汗を拭って椅子に座ると、くすくす笑うクリスが子供たちに手を
引かれて隣に座ります。今は安定期に入ったので、青空教室を手伝
ってくれているのです。
﹁皆に毎日ちゃんと授業を受けさせてるだけ、結構すごいと思うけ
どなぁ﹂
﹁これで勉強もちゃんとしてくれれば有難いのですが⋮⋮﹂
基本ボクをからかうだけで授業ができてる気が全然しないのです。
クリスの回りには子供たちが集まり、恐る恐るお腹をなでたりして
ます。
﹁クリスおねえちゃん、赤ちゃん元気?﹂
﹁うん、元気だよ﹂
こうしてみると微笑ましい光景なんですけどね。ふと袖を引かれ
たのでそちらを見ると、さっきまでボクから逃げまわっていた犬娘
がじっとボクのお腹を見つめていました。
592
﹁ソラとシュウヤ兄の赤ちゃんはいつ生まれるの?﹂
﹁生まれませんよ!?﹂
なんて恐ろしいことを言うんですかこの子は!
◇
赤ちゃんまだーとせっついてくる彼等から逃れるように、クリス
と子供たちを別の教師役の獣人に任せてから旧集落と城の中間にあ
る街の広場へ行くと、重厚な黒い皮鎧に身を包み、背中に剣を背負
い、腰のホルスターに二丁の拳銃を装備した獣人の集団が整列して
いました。ご主人さまの作った銃と剣を使って戦う銃士隊だったは
ずです。獣人は体格が良い人が多いので並ぶと結構すごい迫力です
ね。
因みに銃は衝撃波を放つ魔法を封じ込めた弾丸を打ち出す魔法銃
です、結構反動が大きくてボクじゃ扱えなかったのですよね、一発
撃つ度に腕が跳ね上がってしまって狙いをつけるどころじゃありま
せんでした。
隊長らしき狼人が僕に気づくと、すっと手を垂直に開き額に当て
る敬礼を行ってきました。狼といい集団行動をするタイプの獣人は
根が真面目な人が多いらしく、見事にはまってしまったようです。
﹁王妃様に敬礼!﹂
﹁って誰が王妃ですかこのけむくじゃら!﹂
そういえば気付いたらなんか一部の人達がボクを王妃扱いするの
です、全く関知してないうちに外堀が埋まっている気がして怖いん
593
ですよ。
﹁相変わらずですな王妃様は、
侵入者が来たそうなので我々はこれから対応に向かいます、
シュウヤ様は城にいるので、早めにお戻りください﹂
﹁解りました、気をつけるのですよ﹂
暴言をあっさりと受け流して笑った隊長さんが要件だけ手短に告
げると、全員引き連れて森の方へといってしまいました。ボクはた
め息混じりに返答すると、森へと向かう彼等の背中を見送ってから
城へと戻ります。
はてさて、どうなることやら。
594
tmp.50 春の訪れ︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1300︼−−◆︻610︼−−
◆︻649︼
MP50/50[
MP3100/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[正常]
[ルル][Lv88]HP1320/1320
正常]
MP132/1
MP400
MP1570/15
[ユリア][Lv80]HP4560/4560
32[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/4006[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
595
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁なんでみんなボクを王妃と呼ぶのですか!!﹂
猫﹁今更だよね﹂
牛﹁今更ですね﹂
596
tmp.51 急転直下
城に戻ってからざっと2時間後、編み途中だった葛西さんとクリ
スの子に贈る毛糸の帽子を中断して棚に置いて、何か飲み物を取り
に行こうと厨房へ向かう道中、廊下の先を歩くボロボロになった人
間の青年達と、彼等に結びつけた縄を持って先導する獣人達が目に
入りました。
獣人達の方は無傷なあたり、どれだけ一方的だったのかが解りそ
うなものです。気になって後をちょこちょことついて行くと、どう
やらご主人さまの執務室へ連れて行かれるようでした。
完全に部屋の中に入ったのを確認してから、ドアの両脇に立つ猫
人と犬人の青年に静かにと指を唇に当ててジェスチャーをしながら、
そっと耳をドアに押し当てます。二人は呆れたような顔をしながら
も見逃してくれたようです。
ドアの向こうからはご主人さまとルルと、それからゴランさんの
声がしてきます。
﹁お前たちの罪はムーンフォレスト王国への無法入国、及び武力侵
略行為だ﹂
まだ明確に法律は制定されてないのですが、そこらへんは王政の
強みというやつですね。ご主人さまが黒と言ったら林家の紙ですら
黒いのです、おっかないですね。
﹁よってその身を捕虜として預かり、フォーリッツ王国及び冒険者
597
ギルドへ厳重抗議をさせて貰う﹂
ここにはまだ冒険者ギルドもありませんので、勢力圏外なのです。
加盟国ならばどこでもビザ代わりに使える”ギルドカード”は通用
しません。とはいえギルドが彼等のような木っ端の冒険者の為に何
かするとは到底思えないのですけどね。
確か冒険者には自由と責任をっていうのが理念ですから、自分の
おしりは自分で拭く代わりに国をわたって活動する自由を認めてい
るのです。まぁ多分、後々この国が大きく発展して、危険地帯であ
る樹海への前線となった時に入る利益を考えればこの一手が牽制に
もなるのでしょうけど。
﹁お前たちから得られる情報は何もないだろう、連れて行け﹂
﹁はっ!﹂
ドアから身体を離し、連れて行かれる彼等の哀愁に満ちた背中を
見送っていると、突然首根っこをひっつかまれて持ち上げられまし
た。
﹁それで、聞きたいことはあるか?﹂
﹁何人捕まえました?﹂
そのままお姫様抱っこの体勢で抱えられたので、ため息を吐きな
がら質問をすると、ご主人さまは執務室の中へと戻っていきながら
答えてくれます。
﹁あれ含めて20人、今のところ一番強いので中級クラスだったな﹂
どうやら結構な数の冒険者が来ているようです、仮にもそれなり
598
の実力者である中級クラスとは先遣としては豪華ですね。
﹁今のところは訓練と武器製造の結果は出てる、こっちに怪我人は
無しだ﹂
そして”それなりの実力者”を一方的に鎮圧するとは、流石は似
非現代兵器、魔法の産物とはいえ酷いチートアイテムなのです⋮⋮。
◇
それからも、ちょくちょくと冒険者はやってきて簡易牢獄はあっ
という間に埋まっていきました。最大100人の収容が可能な施設
がわずか一ヶ月で8割埋まるとは、1匹見かければ10匹いるとか
そんな感じです。
にゃんこ
べひもす
そのせいで仕事が忙しくて全然構ってくれないとフラストレーシ
ョンを溜める猛獣と猛牛のオーラに怯えたりもしましたが、ボクと
しては概ね平和に過ごしておりました。
随分と時間がかかりながらもやっと完成した毛糸の帽子、靴下の
セットをプレゼント箱に詰めて一段落した所で、城から少し離れた
森のなかで爆発が起こりました。何事かとフェレと一緒に窓から外
を見れば、青白い炎が巻き上がっているのが見えます。
いよいよ上級冒険者が動き出したのでしょうか。どうしようかと
顔を見合わせて居ると、完全武装したユリアが息を切らしながら部
屋へ飛び込んできます。
﹁上級冒険者の救出部隊が来たらしいです、お嬢様はすぐに避難を﹂
﹁解りました、行きますよフェレ﹂
599
﹁はーい﹂
こういう時は慌てず騒がず、素直にユリアに従って廊下を駆けて
行きます。道中で近衛騎士に就職した、元クリスのお隣さんである
狼人のグレイルさんに抱えられたクリスとも合流し、緊急避難場所
でもある倉庫部屋へと向かいます。
﹁ご主人さまとルルは?﹂
﹁マコトさんと正門で迎え撃つそうです、私達は近衛と一緒に非戦
闘員の護衛を﹂
ここでちょっと悩みます、なんというか襲撃時にご主人さまが傍
に居ないと逆に危ない気がするんですよね。あの人いつも大事なと
きに限っていないのです、ボクのことに関しては特に。
﹁⋮⋮ユリア、非戦闘員の誘導が終わったらボクはご主人様のとこ
ろに行きます﹂
﹁お嬢様!﹂
咎めるような顔で叱責されますが、逆にしっかりとユリアの目を
見て返します。ボクだって足手まとい以下なのは解ってるのですよ。
﹁役に立つ立たないとかそういうんじゃありません、
なんでか知らないけどこういう時にご主人さまと離れると敵がボ
クの方へ来るんですよ、
逆にご主人さまの傍に居たほうがボクも非戦闘員も安全だと思い
ます﹂
﹁それはっ⋮⋮でも⋮⋮﹂
反論しようとして、しかし言葉に詰まっている様子。彼女にも心
600
当たりがあるのですね。
﹁とにかく、いい加減ボクだってそういう体質なのは自覚してます
から、
身重のクリスまで巻き込みたくありません、近衛もそのほうが守
りやすいでしょ!﹂
﹁ですがっ﹂
﹁議論してる時間はありません、ほらついちゃいましたよ!﹂
そうこうしている間に倉庫前へと辿り着き、グレイルさんはクリ
スを抱えたままこちらを一瞥すると、困ったように﹁気をつけてな﹂
と言って倉庫の中へ。ユリアは最後まで渋りましたが、ボクが折れ
ないことを悟ったのかため息混じりに同行を許可してくれました。
﹁さ、フェレもバリケードの中へ﹂
﹁私はソラといっしょ!﹂
ですよね。
﹁これで城内の非戦闘員は全員です、バリケードを閉じますがお三
方は?﹂
﹁私達は陛下と合流して敵を迎え撃ちます、皆さんはここの護衛を﹂
﹁はっ!﹂
ユリアもいつの間にか偉くなったものです、堂に入った態度でメ
イド服にハルバードという面白い格好の狐耳の女性に告げると、即
座に踵を返します。背後では敬礼する狐耳の女性が上からゆっくり
と落ちて来る大型のシャッタードアの向こうへ消えていく所でした。
⋮⋮いい加減SFなのかファンタジーなのかハッキリするべきじ
601
ゃないかと思うのですが。
﹁お嬢様、何してるんですか行きますよ﹂
﹁切り替え早いですね﹂
◇
﹁ソラ!?﹂
正門前にたどり着くと、ご主人さまが珍しく驚いた顔でボクを見
ました。
﹁どうせ離れてたってこっちに敵が来て危ない思いするだけですから
それよりも傍にいるのできちんと守って下さい!!﹂
足元まで行くと、息を整えて見上げながら胸を張って宣言すると、
ご主人さまは暫く口をパクパクさせた後に、何か思うところがあっ
たのか肩を落として仕方ないとため息を吐きました。理解が早くて
何よりなのです。
﹁それで敵は?﹂
﹁すぐそこまで来ているな﹂
そういって組まれた陣形の先、森へ続く道を睨むご主人さまに釣
られて視線を向けると、立派な鎧に身を包んだどこか見覚えのある、
栗色の髪の青年を筆頭とした一団がこちらに向かっているのが見え
ました。
他にもなんか見覚えがある顔がちらほら、うーん、誰でしたか⋮
⋮。
602
﹁け、ケイン⋮⋮!?﹂
悩んでいる、隣から呆然としたような声が聞こえました。ユリア
が驚いたような顔で戦闘の青年を見つめています。そうです、思い
出しました、カネ目当てに幼なじみを奴隷に売ったアホ男なのです。
﹁確かユリアの元カレだっけ?﹂
ぽつりと言ったルルを、ユリアがじろりとにらみます。
﹁違います、元幼馴染です﹂
恋愛関係にはなってなかったと皮肉を込めて言ってるんでしょう
けど、その名詞に”元”は付かないと思うのですが。
そして先頭の青年はユリアの姿を見つけるなり表情を明るくする
と、突然隣に立つご主人さまを睨み付けました。
﹁ユリアを返せ!!﹂
﹁﹁﹁は?﹂﹂﹂
思わずユリアとルルとハモってしまいました。
603
tmp.51 急転直下︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1300︼−−◆︻610︼−−
◆︻649︼
MP50/50[
MP3100/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[正常]
[ルル][Lv88]HP1320/1320
正常]
MP132/1
MP400
MP1570/15
[ユリア][Lv80]HP4560/4560
32[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/4006[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
604
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
牛﹁あーーーもーーーー折角忘れかけてたのにいい!!﹂
耳﹁荒れてるのです﹂
猫﹁気持ちはわかる﹂
605
tmp.52 過去との決別
ご主人さま率いる獣人の特殊部隊とケイン率いる冒険者達は城の
門前にて対峙していました。ゴランさん率いる”FOX”の面々は
テラスに潜んで狙撃体勢のようです。因みにガトリングはお蔵入り
が決定しました。というかさせました、流石にミンチ死体量産は味
方の指揮にも関わりますから。
﹁ユリア、助けに来たんだ! 戻って来い!﹂
ある程度の距離まで来た所で足を止めたケインが、剣をご主人さ
まに向けながら声を張り上げます。両サイドに居る彼のお仲間らし
い女性四人が憎々しげにユリアを睨んでます。なんか前より増えて
るような気がするんですがこれ、ダメなパターン?
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
言われているユリアは頭痛を覚えているのか、コメカミを人差し
指で揉んでいます。事情を知ってるボクとルル、ご主人さまは完全
に”何を言ってるんだこいつ”状態です。どの口で助けに来たとい
うのか、一年近く遅いのです。
﹁陛下から聞いたんだ、君はその男に奴隷として買われて、無理矢
理従わされているって!
だから俺が助けに来た! 俺は英雄になったんだ、そんな奴に負
けないから戻ってこい!﹂
それにしても、一番不可解なのは彼が本気で言ってそうな点です
606
ね。騙そうとか利用しよう気配が全く感じられません。素でやって
るとしたらむしろ怖いですよ、今日びダメな勇者役だってもうちょ
っと頭を使います。よもや自分から奴隷に売った女の子を”助けに
来た”とかもはや失笑すらでないレベルです。
﹁何を勘違いしているかしらないけど、私は好きで旦那様と、シュ
ウヤ様と一緒に居るの﹂
﹁何言ってるんだ、そいつは他に女を囲っているんだろ? 見ただ
けでろくでもない奴だって解る!﹂
キッとボクとルルを見た後、ご主人さまを睨んで言うケイン。
﹁いやお前が言うなよ⋮⋮﹂
完全に呆れた様子の葛西さんの呟きに獣人達どころか相手側の一
部冒険者まで一緒になって頷いてます。ブーメランどころか良く磨
かれた鑑に向かって真正面からレーザーをぶちかます所業です。
﹁貴方こそ何言ってるのよ! 第一私を奴隷として売ったのは貴方
じゃない!
二人とは友達だし旦那様にだって良くしてもらってる!
ケインと居た頃よりずっと幸せなんだから! 邪魔しないで!﹂
普段意識して使っているらしい丁寧な言葉をかなぐり捨てて、ユ
リアが怒りをにじませた顔で叫びます。まぁ女子会とかで話を聞く
限り彼はひどかったらしいですからね、甲斐性がないどころかデリ
カシーもない、良いのは見た目と剣の腕だけだったそうです。それ
でも強さを尊ばれるのでモテるのだとか。
﹁⋮⋮やっぱり、お前が洗脳してるんだな!?﹂
607
﹁何でそうなる﹂
どこからその結論に至ったのか。あまりにも色々とすっ飛ばしす
ぎてて桶屋もびっくりですよ。ご主人さまが早くもグロッキー状態
です。
﹁俺の知ってるユリアはいつだって俺の後ろをついてきた、
口うるさく思ったこともあったけど、いつだって俺の為に行動し
てくれた!﹂
あぁ一応認識はしてたんですね、その上で彼女を蔑ろにしてたと。
気づいた時には遅かったんでしょう、今や甲斐甲斐しい牛さんの心
はご主人様のものなのです。
﹁彼女が変わったのは、お前が奴隷として彼女を洗脳したからだろ
!?﹂
それにしても、ほんとむかつく野郎なのです。自分のやった事を
棚に上げて都合の悪いことは他人のせいとは。
﹁だから! ユリアを奴隷として売ったのは貴方でしょう!
頭おかしいんじゃないですか、彼女を買うためにいくら掛かった
と思ってるんですか!!﹂
あの借金のせいで着るはめになったコスプレ衣装が二桁後半に届
く勢いなのですよ。それまでは同じ日本人ということもあって多少
は遠慮してくれたり、こっちを慮ってくれたのに口実が出来たせい
でガンガンいこうぜになりやがったのですこの変態は。
﹁頭がおかしいのはそっちだろう、俺はユリアを売ってない!
608
お前たちがユリアを騙して奴隷として買ったんだろ!?
そもそも金で人の人生を買うなんて事自体が間違ってる!!﹂
⋮⋮お、おう? こ、こいつほんとに頭大丈夫ですか。いえ、ま
さかとは思いますが⋮⋮。
﹁もしかして、あの行動の意味が解ってなかったのですか?﹂
﹁はぁ!? 解ってるに決まってるだろ!
ユリアはあの店で少しの間手伝いをする、その代わりに金を借り
たんだ!
なのにいざ金を作って迎えに行ったら、そこの男が奴隷として買
い取った後だった!!﹂
冒険者たちまで”うわぁ”な顔でケインを見てるのですが、彼は
どうやらダメだったようです。
﹁⋮⋮あれは人売りです、貴方はユリアを奴隷として売ったんです
よ﹂
﹁嘘だ! 君たちはそいつに騙されているんだ!﹂
﹁その自信の根拠はどこにあるのよ⋮⋮﹂
ルルがあきれ果てて言うと、ケインは自信満々に群衆の中から一
人の男を引っ張りだしてきます。はて、この茶髪の男もどこかで見
覚えがあるのですが。何故かボクとご主人さまを睨んでいます。
﹁彼がそいつのやってきた数々の非道を教えてくれたんだ!
彼もその男に濡れ衣を着せられて、奴隷にさせられたんだぞ!﹂
﹁久しぶりだなお前ら⋮⋮﹂
うーん、思い出せません、困り果てて唸っていると、隣でルルが
609
あっと声をあげました。
﹁海に行った時に同行した下着泥棒!﹂
﹁あぁ、あのぱんつ泥棒ですか!!﹂
ルルとユリアに色目を使った挙句、下着を盗むことに夢中になっ
て見張りを疎かにした彼ですか、やっと思い出しました。一生鉱山
だと思ったのに、何故ここに?
﹁ふ、くくく、運良く宝石の鉱脈を掘り当ててな、その功績で労役
を免除されたんだよ!﹂
むぅ、借金による奴隷労役なんてそんなものですか。まぁニンジ
ンが吊るされてないと人というのは懸命に働けませんからね。中途
半端に人道的なのが悪い方に働きましたか。
﹁てめぇらに解るか!? 毎晩毎晩、おっさんが夜這いしようとし
て来やがる恐怖が!
冷たい床で眠り、ろくな食事も与えられず毎日肉体を酷使される
辛さが!!﹂
﹁あーまぁ一応﹂
﹁てめぇは黙ってろクソゴブリンが!!﹂
﹁はいはいわろすわろす﹂
怒鳴られました。悲惨な牢屋暮らしには一家言あるのですが、自
分が世界で一番不幸病にかかってしまった彼には届かないようです。
相手するにも値しませんね、せめて黒幼女くらい語彙を増やしてか
らもう一度挑戦するのです。
610
﹁それで、折角解放されたのに復讐のために戻ってきたのですかパ
ンツ・ドロボー﹂
﹁名前みたいに言うんじゃねぇ!!
このまま、こけにされたままじゃ終われる訳がねぇだろ!﹂
うるさいのです、犯した罪は消えません、お前は一生ドロボーの
名を背負い続けて感動のエンディングを台無しにするがいいのです。
﹁というかそいつのは濡れ衣じゃなくて、本当に私らの下着盗んだ
んだけど?﹂
﹁それも全部その男が仕組んだ事だ!﹂
自信満々にご主人さまを指さしますが、周囲は完全に白けた空気
です。というか何で冒険者サイドまでしらけているのでしょうか、
何のためについてきたの、君たちの存在意義は何なの。
﹁少し落ち着くのです、話について来てるの貴方のハーレムの方だ
けですよ﹂
﹁失礼なことを言うな! 彼女たちは俺の仲間だ!﹂
あぁ、うん。
﹁因みにユリアは?﹂
﹁ユリアも俺の仲間だ!﹂
もう突っ込む気力がないんですけど。
﹁私はもう旦那様の物なの! ケインの仲間になんかならない!﹂
力強い本人の否定も何のその、彼はしつこく戻ってくるんだ、そ
611
んな奴と一緒にいちゃダメだと必死に説得かっこわらいを続けてい
ます。
﹁さっきからストルフの英雄であるケイン様に失礼よ貴女達!﹂
﹁ケイン様、あんな悪者さっさとやっつけちゃって!﹂
そしてどんだけ思考停止なのか、取り巻きの女性たちは忌々しげ
にユリアを睨み付けて口々に叫びます。彼は何故ここまでモテるの
か。もうお家帰りたいです。
﹁全然人の話聞いてないですねアレ﹂
﹁⋮⋮昔からそうだったんです、一度思い込んだら全然人の話聞か
なくて﹂
どうやら言葉で理解させる事は諦めたらしく、ユリアは疲れた様
子で肩を落としました。
﹁どうしてあんなのがかっこよく見えたのか、今では全然解りませ
ん﹂
なんと見事な遠い目でしょうか。まぁ恋は盲目って言いますから
ね、今もご主人さまがド変態っていう欠点は見えてないようですし。
彼の時もそんな感じで流していたのでしょう、流すにしては少々欠
点がきつすぎる気もしますが。
﹁解った、やっぱりそいつを倒さないとダメなんだな!﹂
﹁もういいからとっととはじめません?﹂
相手するだけ体力の無駄な気がしてなりません。そんな事よりさ
612
くっと殲滅しましょうよ。
﹁そうだな⋮⋮﹂
あきれ果てたご主人さまが攻撃の合図をしようと手を上げかけた
時、獅子の意匠が施された戦斧を持ったユリアがそっと前に出まし
た。
﹁⋮⋮旦那様、ケインとの決着は私につけさせて下さい﹂
その表情は真剣そのもの、どうやら自分の手で終わらせたいよう
です。ご主人さまもそれが解ったのかただ頷くだけで周囲に視線だ
けで指示を飛ばし、身構える冒険者達に向かって手を差し向けまし
た。
﹁総員、攻撃開始!﹂
613
tmp.52 過去との決別︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1300︼−−◆︻610︼−−
◆︻649︼
MP50/50[
MP3100/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[正常]
[ルル][Lv88]HP1320/1320
正常]
MP132/1
MP400
MP1570/15
[ユリア][Lv80]HP4560/4560
32[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/4006[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
614
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
魚﹁ソラのこと悪く言うやつきらい!﹂
耳﹁ボクもあいつきらいです﹂
615
tmp.53 決戦の火蓋
小銃を構えた獣人達が一斉に射撃を開始すると同時に、ユリアと
ルル、葛西さん達前線部隊も前へと飛び出しました。その様子を見
守っているとボクの肩を誰かが叩きます。振り向くとフェレが満面
の笑みを浮かべていました。
﹁ソラ、うたおう!﹂
﹁あー、”アレ”ですね⋮⋮﹂
冬の合間に回したガチャでボク達が手に入れたスキルの一つ、何
故かフェレに強請られて一回目を同時に回した時にでてしまったも
の。その名は﹃合唱魔法﹄二人同時に同じ歌を奏でる事で強力な効
果を起こすことが出来るスキルだそうです。攻撃よりも補助が中心
みたいですので、こういった集団戦だと効果を発揮するでしょうね。
﹁いくよー!﹂
﹁はいはい⋮⋮﹂
並んで直立し、大きく息を吸ってから同時に歌い出します。題目
はフェレの好きな、こちらの世界にある祭りで歌われるような明る
いもの。
﹁﹁︱︱︱︱♪﹂﹂
足元に魔法陣が広がっていきます、この歌の効果は確か身体能力
の強化と自然治癒力の強化のはず。効果はそれぞれ大きくはないで
すが、バランスが良いのです。明らかに動きがよくなった獣人達が
616
やる気の見えない冒険者たちを薙ぎ払っていきます。
ていうか君ら殆ど抵抗してないじゃないですか、こっちとしては
無駄な殺生をせずに済んで助かるんですがやる気なさすぎやしませ
ん!?
﹁はぁぁ!﹂
ユリアもまたガチャガチャで手に入れた﹃獅子王の戦斧﹄という
武器で放たれる魔法を打ち砕き、ケインに斬りかかりました。ご主
人さまは斬り掛かってきたパンツ泥棒を一撃で切り捨てて襲い掛か
ってくる冒険者の相手をしているようです。もうちょっと出番くら
い上げても良かったでしょうに⋮⋮まぁ、あれで独占欲強いですか
らね、
ルルは新しく手に入れたスキル、﹃暗殺﹄を駆使して冒険者の意
識を刈って回ってます。方針として極力殺さないという事になって
いるので、実に便利なスキルだと思います。
﹁ユリア! 正気に戻るんだ!﹂
﹁私は正気よ!﹂
振り下ろされた斧を寸での所で避けたケインでしたが、地面を簡
単に打ち砕く斧の威力に僅かに焦りを覚えたようで、まずユリアを
抑えることにしたようです。周囲にした四人の女性たちもそれぞれ
魔法、槍、剣などで援護をはじめました。流石に五対一で勝てるほ
どユリアは突き抜けていないので、慌てて範囲外に逃れています。
しかし敵も中々にやるようで、剣使いの青髪の女と槍使いの緑髪
の少女が逃れたユリアにすぐさま肉薄します。
617
﹁あんた邪魔なのよ!﹂
﹁君が側にいることはケインのためにならない! すまないがここ
で排除させて貰おう﹂
﹁だからケインのところには行かないっていってるでしょうが!!﹂
突き出された槍を柄で弾き、追ってくる剣を刃を盾代わりにして
防いでいます。流石にご主人さまや葛西さんを相手にしているだけ
あって、防御に関してなら多少は余裕があるみたいです。多勢に無
勢で大丈夫なのかと心配していると、少し離れた位置で実力者らし
い冒険者を昏倒させて回っていたご主人さまが剣を振り上げて叫び
ました。
﹁”紅蓮飛翔剣”﹂
次の瞬間、剣から巻き起こった炎が鳥の形を作り、ユリアを攻撃
している女性二人に迫ります。
﹁なっ!?﹂
﹁くっ!﹂
とっさに飛び退く槍使いに対して、剣使いはそこまで機敏には動
けないのか剣を盾にしながら踏ん張りました。
﹁”聖光衝烈波”!﹂
あと一歩まで剣使いに迫った火の鳥はしかし、真横から飛ばされ
てきた青白い閃光の爆発によりかき消されてしまいました。それを
放った張本人であるケインは憎々しげにご主人さまを睨んで、剣を
持って斬りかかろうとします。
618
ご主人さまのはたぶん聖剣技ですが、あのダメ男も同じ技を使え
るようです。なんであんな奴に才能があるのか、世の中理不尽なの
です。
﹁卑怯だぞ!﹂
﹁何がだ﹂
叫ぶケインに頭痛を堪えるような顔をするご主人さま、気持ちは
わかります。そうこうしている間に衝撃を与える魔法を連射する小
銃によってランクの低い冒険者は一人残らず気絶し、腕の良い冒険
者はご主人さまや葛西を始めとした隊長格に狩られて大体が倒れて
います。残っているのはケインと女性四人だけ。投降してくれれば
穏便に済むんですが、あれを捕虜にするのはウザそうで嫌ですね。
﹁いきなり横から女性を狙い打つなんて! お前それでも男か!﹂
﹁戦場に立つ以上覚悟はしてきているんだろ、それに誰かれ構わず
優しくするのは感心出来ないぞ﹂
うんうん、モテオーラの持ち主がそれやると際限なくハーレムが
拡大しますからね、実際ご主人さまは自分のハーレム員以外には意
識してそっけなくしているようです、愛想が悪いというほどではな
いですが、かなり事務的な感じなので取り付く島もないのだとか。
﹁女性に優しくするのは当然だ!﹂
﹁いい加減自覚しないと、お前を慕う彼女たちを不幸にすることに
なるぞ﹂
舌戦と共に剣撃を打ち合わせる二人、実力差を考えればご主人さ
まなら一撃で昏倒させる事も出来るのでしょうが、そこはユリアを
619
立てているのでしょう。そうこうしている間に剣士と槍使いは葛西
さんが、魔法使い二人はルルが相手をすることで晴れてフリーにな
ったユリアが大地を蹴って飛び上がり、大きく斧を振りかぶってケ
インの背中に叩きつけようとします。
﹁それとこれと何の関係があるんだ!
でも、少なくともユリアはお前といたら不幸になる、それだけは
⋮⋮うわっ!?﹂
﹁私のっ!!﹂
地面が爆砕し、二人の姿が土煙の中へ消えていきます。直後に金
属が激しく衝突する音が聞こえてケインが転がるように出てきまし
た。煙を切り裂くようにしてユリアも追従して出てきます。
﹁幸せをっ!﹂
遠心力の付いた高速の一撃を思わず剣で受けてしまったケインは、
腕ごと持っていかれるように剣を弾き飛ばされて尻もちをつきまし
た。ユリアは敢えて斧の勢いを殺さないで、体ごと回転しながら更
に加速を付けて倒れたケインに振り下ろします。
﹁お前が勝手に決めるなぁぁ!!﹂
﹁うわぁぁぁぁぁ!?﹂
ケインの叫び声と同時に、地面が砕けて小さなクレーターが出来
上がります。丁度股の間、股間のしたあたりに打ち下ろされた斧が
その破壊力を遺憾なく発揮したようです。顔をひきつらせるケイン
に向かってユリアが冷たい視線を向けていました。
﹁じゃあねケイン、貴方の事嫌いじゃ無かったけど、
620
今は旦那様しか見えないから、貴方は精々自分勝手に生きて⋮⋮
私の知らない所でね﹂
﹁まっ、ユリあがっ!?﹂
軽い動作で斧の峰を震えながら立ち上がったケインの腹に叩き込
んだユリアは、数メートルほど宙を舞った末に地面に激突した彼に、
一瞥もくれないままご主人さまに微笑みかけ、他の冒険者の捕縛を
手伝い始めました。冬の間の修行は無駄ではなかったようですけど、
怖い。
リーダー格である彼が倒れたことで周りの抵抗も止みます。決着
が付いたことを確認してから歌をやめると、すっかり勝利ムードの
兵士たちから拍手を送られてしまいました。慣れてるフェレと違っ
て拍手なんてされたことがないので照れてしまいますね。
◇
﹁それで、こいつらはどうします?﹂
﹁取りあえずは箱詰めして冒険者ギルドに送りつけるかな﹂
戦いが終わり、冒険者の処遇について話し合っていると、またし
ても森の一角で爆炎が上がりました。別働隊が居たのでしょう、爆
発の合った場所は⋮⋮確か、大使館?
﹁⋮⋮なるほど、やっぱり冒険者は俺たちの足止めか﹂
新しい敵の予感に少し浮足立つ兵士たちと違って、ご主人さまは
冷静に爆発の方角を見つめて納得していました。彼等をボク達に宛
てがうことで倒せればよし、そうでなくても本懐を遂げるまでの時
間稼ぎは出来ると踏んだのでしょう。ご主人さまが何も手を打って
621
いないとは思えませんが。
﹁シュウヤ、どうする?﹂
﹁マコトは”FOX”を率いて恐らく森のなかに居る別働隊を探り、
発見次第殲滅、
俺達はこのまま脚の早い銃士隊を率いて大使館に向かう、残りは
城の守護だ﹂
指示を聞いて其々の役割を果たすために移動を始める獣人達に混
じって、ボクはご主人さまの足元まで行くと顔を見上げます。
﹁置いてけぼりは無しなのですよ?﹂
﹁俺の傍から離れるなよ?﹂
先ほどと違って反対はなく、あっさりと承諾してもらいボク達は
王子様救出作戦へと向かったのでした。
622
tmp.53 決戦の火蓋︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1300︼−−◆︻610︼−−
◆︻649︼
MP50/50[
MP3100/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[正常]
[ルル][Lv88]HP1320/1320
正常]
MP102/1
MP380
MP1370/15
[ユリア][Lv80]HP4360/4560
02[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/3806[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
623
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
猫﹁ナイスボディスマッシュ﹂
耳﹁彼、絶対いつか痴情のもつれで刺されるのです﹂
牛﹁ほんと、なんであんなのが好きだったんだろう⋮⋮﹂
624
tmp.54 飛び散る火花
﹁随分とあっさり許しましたね﹂
鎧をガシャガシャ言わせながら走っているユリアが、ご主人さま
の背中にしがみついてるボクを見て苦笑を浮かべました。
﹁置いといてもトラブルに巻き込まれる姿しか思い浮かばなかった
からな﹂
顔は見えませんがご主人さまがため息を付いたのが解ります、大
体ボクがトラブルに巻き込まれる時ってご主人さまと離れてる時で
すしね、そこが危険地帯でも傍にいる方が安全って酷いのです。ま
るで山道脇に設置された街灯イン夏の夜ってレベルで危険フラグが
はい寄ってくるのです。
﹁ソラはモテ体質だからね!﹂
﹁どこで覚えたんですかそんな言葉⋮⋮﹂
背中に翼状の光を作り出し、空中を泳ぐように飛行しながら随行
するフェレが朗らかに笑います。ほんとどこで覚えたのか小一時間
問い詰めたいのです、おおかたコイバナ好きな侍女連中でしょうけ
れど。
﹁それにしても、まだ冒険者が居たのか?﹂
﹁いや、恐らく国軍の方だろう﹂
葛西さんが首をひねっていますが、冒険者が大使館を襲う理由が
625
ありません。駐屯している兵士は色こそ違えど一応フォーリッツ騎
士準拠の格好をしているはずですからね。恐らく王国軍が冒険者を
陽動か足止めに使ってアラキスさんを討ち取ろうとしているのでし
ょう。
ご主人さまと葛西さんを外せば戦力は王国側の方が上ですから、
判断としては間違いではありません。ほぼ同時に軍でもって仕掛け
てきたのはちょっとだけ予想外でしたけれど。
﹁人間ってのは狡い真似ばかりで嫌になるぜ﹂
ケッと吐き捨てたのは大きなお腹を揺らして走るゴランさん、そ
れに苦笑を返したのは以外にもルルでした。
﹁正々堂々ばかりじゃ勝てるものも勝てないからねぇ、ここは戦術
を褒めるべきじゃないかな﹂
彼女もご主人さまについて勉強しているようで、ちょっとずつ今
までののんびりした飼い猫から鋭い野良猫みたいな雰囲気に変わり
つつあります。まぁ外にいる時限定ですけど。よっぽど何も出来ず
に負けたのが悔しかったみたいです。
﹁︱︱! 前方に敵影あり!﹂
突然ルルが鋭い声を上げると、ご主人さまと葛西さん達はそれぞ
れ左右に分かれて森の中へ潜みました。
﹁じゃ、俺達はこのまま潜伏しながらゲリラ戦で敵を叩いていく﹂
﹁解った、気をつけろよ﹂
626
樹の影から顔を出した葛西さんがそう告げると、身振り手振りで
指示を出しながらゆっくりと森の横道へと消えていきました。それ
を見送った後、ご主人さま達も移動を慎重に行いながら確認された
敵軍へと近づいていきます。
襲撃者はやはり王国側の騎士だったようで、大使館の門が崩れて
ちょっとした乱戦が起こっているようです。敵側にはいつぞやの縦
ロールや黒幼女の姿も見受けられます。指揮を取っているのは金色
の髪をオールバックにした強面の男。
アラキスさんの側近だったはずの虎耳の女性とほか数人の騎士で
縦ロールに挑んでいますが、軽くあしらわれているようです。見る
限りでは数も実力も敵側の方が優勢なようですね。
﹁我々はムーンフォレスト軍のものである、此度の侵略、いかなる
理由があっての事か!﹂
戦闘準備と手の動きで示したご主人さまがボクをユリアに預ける
と、結界を張ってから立ち上がって数人ほど部下を引き連れて彼等
の前へと姿を表します。反射的にそれを見た黒幼女と縦ロールの顔
が引きつりましたが、指揮官らしきオールバックの男は不敵に口元
を歪めただけです。
﹁畜生風情が生意気な口を聞くものだ、
獣の寄せ集めではないか、これで国などとは笑わせる、貴様らに
は洞窟暮らしがお似合いよ﹂
彼の嘲るような言葉に獣人達のボルテージが一気に上がります。
なんだかんだで自分たちの国に愛着を持ってるようですから、バカ
にされた事は許せなかったのでしょう。
627
﹁侵略行為の理由について聞いているのだが?﹂
流石に不快感を露わにしたご主人さまでしたが、相手は全く怯み
ません。
﹁ふん、我等は貴様らを国などと認めておらぬ、
よってこの森で何をしようと貴様らに憚る事など何もない!
しばし待っておれ、反逆者共を処理した後、貴様ら家畜にも身の
程を思い知らせてやる﹂
あぁうん、なんかいいですねこういうの、先ほどの偽善馬鹿より
よっぽどスッキリした悪役なのです。やっぱぶっ飛ばすなら相手は
こうじゃないといけませんよね。
﹁そういう訳には行かないな、アラキス殿下と我々は同盟を結んで
いる、
何よりこの森での暴虐な振る舞い、ムーンフォレスト王として許
しておくことは出来ん!﹂
一方でご主人さまもちょっとは王様も板についてきたようで、抜
剣したご主人さまが剣の切っ先をオールバックに向けて、声を張り
上げました。
﹁森の同胞よ! 今こそ我等の意地を見せる時!
驕り高ぶった愚かな略奪者に、我等の力を思い知らせてやれ!﹂
﹁﹁オォォォォォ!!﹂﹂ まだかまだかと待ち構えていた獣人達が一気呵成に飛び出します。
第二回戦スタートなのですよ。
628
◇
銃士隊は厳しい訓練を勝ち抜いたエリート揃い、接近すれば獣人
の身体能力を駆使して剣を縦横無尽に振るい、少しでも距離が開け
ばハンドガンによる速射性のある魔法の追撃。更に軽装なので身軽
に樹の幹に飛び乗って一方的に銃撃したりと、森のなかではやりた
い放題です。
﹁あぁぁ、だから嫌だったのですわ!!﹂
素早い動きと転移を組み合わせて戦っていた縦ロールが泣き言を
吐いて銃弾の中を逃げまわってます。流石は連射可能で威力もある
飛び道具、対人なら反則的な強さです。といっても一定以上の実力
者には障壁であっさり防がれてしまうみたいですがね、あの指揮官
みたいに。
﹁ふん、小賢しい真似を⋮⋮それを差し引いても情けない奴らだ﹂
﹁私は貴方みたいに体力馬鹿じゃありませんの!﹂
といっても流石に銃で縦ロールはどうにも出来ないようです、暫
く避け続けて慣れた彼女によって一人、また一人とこちら側の戦力
も削られていきます。獣人に関しては防具の性能と常備される回復
薬で即死以外なら何とかなりますが、戦線復帰には暫くかかるでし
ょう。ちょっとまずいかもしれません。
﹁ふぅ、段々慣れて来ました⋮⋮!?﹂
縦ロールが横に体ごと飛び込むようにして地面を転がります。彼
女の首があった位置を音もなく漆黒の刃が通り抜けました。いつの
629
間にか背後に迫っていたルルが舌打ちをしてその場を飛び退き、距
離を開けてから縦ロールをにらみます。
﹁いつぞやの猫じゃありませんの、随分と腕を上げましたわね、冷
や汗をかきましたわ﹂
﹁確実に仕留めたと思ったんだけどなー、
まぁいいや、それよりあの糸目野郎はどこ?﹂
漆黒の短剣を手の中で弄びながら口を開くルル、ていうかやっぱ
根に持ってたんですね。
﹁⋮⋮あいつなら出家しましたわ﹂
﹁﹁はい?﹂﹂
思わず声が漏れてしまいました、出家って、え?
﹁どうやら帰りの馬車の中で兵士たちからゴミのように扱われたの
がよっぽど堪えたみたいで、
戻ってすぐに暫く部屋に引きこもったと思ったら、暫くして頭を
丸めて教会に修行僧として⋮⋮﹂
﹁えー⋮⋮﹂
開いちゃったんですね⋮⋮何かの扉を。
﹁そういうわけで、彼はここには居ません、残念でしたわね﹂
﹁そっか、じゃあアンタを倒して憂さ晴らしさせて貰うから﹂
﹁出来るものならやってご覧なさい、あの二人以外なら怖くありま
630
せんわ、
命までは取らないから安心してかかってきなさい﹂
ぽかーんとするボクを置いてけぼりにして、暫く話していたと思
いきや二人共吹っ切れたような顔で打ち合いを始めてしまいました。
いやルルって結構好戦的だったんですね、新たな発見です。
素早い動きで縦ロールを翻弄しながら、近づいて短剣で切りつけ
たり距離をとって拳銃を撃ったりと中々にスタイリッシュな戦い方
をしていますが、落ち着いた動きで捌いている縦ロールには有効打
は与えられていません。
しかも要所々々で一瞬で姿消えて次の瞬間には懐に飛び込まれて
たり、近づいたと思ったら距離を開けられてたりとうまく転移を使
って避けながらルルのテンポを崩しているようで、有効打を取りに
くいようです。
まぁご主人さまと葛西さんが馬鹿みたいに強いだけで、彼女たち
も普通にしてみれば圧倒的な実力者なんですよね。指揮官らしき男
も強者っぽくはあるのですが、周りを騎士で固めて奥地に引っ込ん
でしまっています。
ご主人さまは一人一撃の勢いで騎士たちを仕留めて回ってますが、
指揮官の顔にはまだまだ余裕が張り付いています。なので、まとめ
て吹き飛ばすには周囲に味方が多すぎるので取り敢えず数を減らす
方向で行っているようです。
それにしても指揮官のあの余裕、何か策でもあるのでしょうかね。
そんな戦いを離れた場所から眺めていると、奇妙な風切り音が聞
631
こえたとおもいきや、漆黒の大鎌が回転しながらボクめがけて飛ん
できました。
﹁危ないっ!?﹂
咄嗟にユリアが叩き落としてくれた為に事なきを得ましたが、ち
ょっとびっくりしました。
﹁やっと、やっと見つけたのよ⋮⋮﹂
地獄の底から響くような声が、鎌の飛んできた方向から聞こえま
した。
﹁あの屈辱、一度たりとて忘れた事はないの、今日こそお前を八つ
裂きにしてやるのぉぉぉ!!﹂
果たしてそこでは、復讐に燃える黒幼女がどす黒いオーラをまき
散らして叫んでいたのでした。
あれ、これボクのせい?
632
tmp.54 飛び散る火花︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1300︼−−◆︻610︼−−
◆︻649︼
MP44/50[
MP3100/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[正常]
[ルル][Lv88]HP1320/1320
正常]
MP73/10
MP370
MP1170/15
[ユリア][Lv80]HP4130/4560
2[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/3806[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
633
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
黒﹁がるるるるるるる!!﹂
耳﹁いけません、怒りに支配されてます!﹂
牛﹁誰のせいだと⋮⋮﹂
634
tmp.55 戦場の悪魔
﹁くっ! お嬢様、私の後ろに!﹂
﹁ひゃあああ、ちょ、たんま、ストップ!?﹂
﹁はわわわ﹂
凄まじい勢いで飛んでくる闇色の剣やら槍やらをユリアに弾いて
もらいながら、足元に張られているご主人さまの結界を確認します、
当然ながら機能はしているのですが、どうやらあの幼女の魔法だけ
はすり抜けてくるようです、なんという欠陥。
﹁あははは、その結界はもう解析したの!
破るのは無理でも傷つけないように条件を絞ればすり抜けるのは
出来るの!﹂
敵は意外と優秀だったようです、幼女のくせに! 幼女のくせに
!! というか単純な嫌がらせのためになんて無駄に高度な技術を!
﹁覚悟するの、この場で剥いてその貧相な身体を白日のもとに晒し
てやるの!
それから全身に卑猥な言葉を書き込んでやるのよ!!﹂
﹁そこは殺してやるとかじゃないんですか?﹂
逆にえぐいですが、あれほど殺気を振りまいておいて随分と平和
的、いえ平和的ではないですが、殺そうとはしてこないのがちょっ
ぴり違和感です。
635
﹁お前を殺したらあの鬼畜が黙ってないの、それは怖いの!!﹂
﹁あ、なんかすいません⋮⋮﹂
彼女なりにご主人さまの逆鱗に触れないギリギリを目指して頑張
っているようでした。
﹁安心するの、それに触れても怪我はしないの、動けない程度に体
力を奪うだけなの、
だから大人しくするの、私の味わった屈辱をお前にも味あわせて
やるのよ!!﹂
﹁やめてください! 身体に卑猥ならくがきしてくるような変態は
ご主人さまだけで十分です!﹂
思わず反論すると、何故か敵味方問わず全ての視線が敵の騎士相
手に無双していたご主人さまに集まります。
﹁ふはははは、蛮族に相応しい趣味だな!﹂
﹁黙れ!﹂
ご主人さまの顔がちょっと赤いです。エロゲばかりやってるから
影響受けてこんな目に合うんですよ。反省して下さい。
﹁⋮⋮お前も苦労してるの﹂
﹁朝起きて太ももに書かれた正の字を確認した時は本気でしにたく
なりました⋮⋮﹂
その後、無表情でぽろぽろ泣いてたら流石にやりすぎたと思った
のか必死で謝ってきて、以降そのプレイは完全封印してくれました
が。精神的なダメージが地味に半端無いのですよあれ。そんなこと
636
いたいけ
を幼気なボクにやろうとは、この黒幼女人間じゃねぇのです。
﹁一応言っとくけど最初にやったのはお前なの、これは正統な復讐
なの﹂
﹁ボクがやるのはいいんですよ、でもお前がやるのはダメなのです、
そんな事も解らないからお前は幼女なのです、やーい、一生幼女
ー! 生涯つるぺたー!﹂
﹁解ったの、お望み通り身体中に卑猥な言葉書きまくってやるの!
!﹂
幼女からの攻撃が激しくなり、盾になってくれているユリアに半
眼で睨まれました。
﹁お願いですから挑発は控えて下さい!﹂
﹁ごめんなさい、あの黒幼女を見ると馬鹿にしたい衝動が抑えきれ
ないのです!﹂
きっと根本的に相性が悪いのです。もしくは前世で何かの因縁が
あったのです。
﹁ぶー﹂
そしてこのお魚さんは何で頬を膨らませてるんですかね。
﹁ソラは会長と私のなんだからね!﹂
何で所有権を黒幼女に向かって主張するのですかね。ていうか何
度も言いますがボクはボクのものですから、いつから君たちの所有
物になったのか、そんなジャイアニズム絶対認めねぇのです。
637
﹁男だけじゃなく女までいけるとか、引くの⋮⋮﹂
﹁誤解です! 素で引かないでください!? フェレも何言い出す
んですか!﹂
うみぶた
﹁ソラはびっちだから心配なんだもん!!﹂
﹁海豚ぁぁぁ!! 何誤解を招く発言してるんですか!?﹂
ボクはビッチじゃないのですよ! というかご主人さまにせよ猫
にせよ牛にせよ魚にせよ、一方的にそっちが襲ってくるんじゃない
ですか! あーもう落ち着くのですボク、あの黒幼女は確か発言の
真実を見極める能力があるはず、その力があるかぎり、あらぬ誤解
を抱くことはないのです。
﹁⋮⋮ごめんなの、同性は無理なの﹂
﹁その能力は飾りですかこのすっとこどっこい!!﹂
もうだめです、視線が集まってきます。これで味方にまでビッチ
扱いされることになってしまいました。もう自室に引きこもって出
てこないようにしましょう、そうしましょう。
﹁所詮は畜生か、お前の連れのエルフは大層な尻軽のようだな!﹂
﹁ふん、そのうち俺だけしか見えないようするから問題ない﹂
問題しかないんですけど。
◇
さて、ご主人さまが一人ずつ制圧していく一方で。ルル対縦ロー
ルの方は状況があまり良くなさそうです。その細剣が振るわれる度
にルルの身体につけられる細かい傷がどんどん増えていきます、こ
のまま戦っていては出血での体力低下は免れないでしょう。
638
因みに虎耳さん達はここを他の騎士たちに任せてアラキスさんの
護衛へと戻ったようです。中にも多少なり侵入されているようでし
たので、妥当な判断でしょう。そしてボクはといえば、ユリアの背
中に隠れて膝を抱えて丸くなっていました。
﹁大丈夫だよ、ソラはびっちだけど可愛いよ!﹂
﹁ありがとうフェレ、帰ったら絶対刺身にしてやります﹂
竜田揚げでもいいですよ、もう何も怖くないのです。海のシェパ
ードだろうと緑のピースだろうとボクを妨げる事はかないません。
立ちはだかる全てを打ち砕いて進みましょう。
﹁え、私ソラにたべられちゃうの?﹂
やーんとシナを作るフェレ、こいつも怖いもの知らずでしたか。
﹁ていうかお嬢様、流石にこれ以上は持ちませんよ、どうするんで
すか!?﹂
さっきから全ての魔法を防いでくれていたユリアも限界のようで
す。かくなる上は覚悟を決めるしか無いのです。まぁ流石に命の危
険がくればご主人さまも自重を捨てて瞬殺して助けてはくれるんで
しょうけど。
﹁仕方ありません、イチかバチかにかけます﹂
﹁お嬢様、一体何を⋮⋮﹂
チャンスは一度きり、ガチャで手に入れた時に散々からかわれた
悪夢を振り切り、覚悟を決めます。本当なら一生封印していたかっ
639
た”スキル”ですが、これ以上仲間に負担を掛けるわけにも行かな
いでしょう。
﹁ソラ⋮⋮﹂
﹁大丈夫です、ボクは勝ちます﹂
というか、あの黒幼女にやられっぱなしは気に喰わないのです。
ボクのほうが戦闘力でも上だと言うことを思いしらせてやるのです。
﹁︱︱黒幼女、わかりました、ボクの負けです、好きにするといい
のです!﹂
声を張り上げると、ご主人さまを含めた獣人達が驚いたようにこ
ちらを見ます。黒幼女までなんで驚いているのか。
﹁ふん、良い心がけなの﹂
警戒はにじませながらも攻撃は止まり、どこからか墨筆のような
ものを取り出しやがりました。あいつ本気でやる気ですか。他の騎
士たちは丁度戦闘が忙しくてこっちには気を向けていません、黒幼
女は無遠慮に結界まで近づいて来ると、創りだした黒いロープでユ
リアとフェレを拘束しはじめました。
これ最初から使われていたらやばかったんじゃないでしょうか。
いえ二人とも驚きで反応が遅れただけで、臨戦態勢だったら対応し
て避けられたでしょうし、一度タネが解れば後は普通に防げるでし
ょう。
﹁さぁ、出てくるのよ、他の連中には手を出させないから安心する
の﹂
640
﹁お嬢様!﹂
﹁ソラ!?﹂
邪魔するものがなくなったとばかりに結界に肉薄した黒幼女がニ
ヤニヤと笑いながら手招きをします。ここを出れば宣言通り、裸に
剥かれてらくがきされるのでしょうね。
﹁ソラ!﹂
﹁手を出さないで下さい!﹂
ボクは”覚悟”を決めて、こっちに来ようとするご主人さまにこ
いつはボクの獲物だと視線で語ります。
目があってしばらく見つめ合うと、アイコンタクトをわかってく
れたのか渋々足を止めて、ご主人さまは他の騎士たちの制圧へと移
りました。こいつにはボクの、ボク自身の力で勝たないとダメだと、
そんな気がするのです。
準備が整った所で、黒幼女を睨みながら一歩踏み出します。その
やりとりに気づいた黒幼女ですが、すぐにボクの動きに気づいて舐
められたとでも思ったのか、不機嫌そうな顔をしました。普通に攻
撃してもボクの動きでは彼女を捉える事は出来ないので、返り討ち
確定でしょう。
そう︱︱︱︱普通に攻撃しても。
勢い良く結界から飛び出して、﹁やっぱり﹂と声をだす黒幼女に
向かって抱きつきます。殴られる蹴られる逃げられるは想定してい
ても、抱きつこうとしてくるのは予想の埒外だったのか一瞬反応が
遅れた黒幼女の唇に、自分の唇を押し付けました。
641
﹁んぅぅぅ!?﹂
﹁あぁぁぁぁ!!﹂
フェレの悲鳴が聞こえて、黒幼女が目を白黒させます。ですがも
う遅いのです、途端に目を見開き、頬を紅潮させた黒幼女が慌てて
ボクを引き剥がそうとしますが離しません。強引に唇を開かせて舌
を侵入させます。抵抗は激しかったですが何か言おうとしたのか、
口を開いた瞬間を狙って無理矢理ねじこみました。
これで”スキル”の発動条件は満たされました。さぁ、思い知る
がいいのです、神のもたらした”絶対的な力”の恐ろしさを⋮⋮!!
﹁んぅいぅぅぅ!?﹂
﹁あーーーーーー!!﹂
スキルが発動すると同時に悲鳴らしきものをあげて暴れはじめた
黒幼女を押さえつけて、舌を動かします。ボクの体を叩いていた手
は次第に衣服をしっかりと握りしめるようになり、丸まっていた身
体は何度も背筋を伸ばすようにピンっと張り詰められては、激しく
痙攣しています。
五分ほどして、完全に抵抗がなくなったのを確認してから唇を離
すと、黒幼女は顔をリンゴのように真っ赤にしながら虚空を見つめ
て身体を痙攣させていました。身体を離して見下ろしてみると、ロ
ーブのお尻のあたりから地面に向かって液体がしみだしているよう
でした。
彼女は身体を震わせながらも立ち上がる気配がありません。つま
り完全な戦意喪失、そう、ボクの︱︱勝ちです!
642
◇
ディープキス
プリティ
種明かしとしては本当に簡単なもので、新しく手に入ったスキル
キッス
﹃悪魔の口吻﹄によるもの。これはただ触れていればいい﹃天使の
口吻﹄と違い、舌による粘膜接触が必要となるものの、先ほどのよ
うに相手に対して深刻なダメージを与えることが出来る能力です。
やろうと思えばご主人さますらもノックアウト出来るのですが、
絶対条件としてその名の通りディープキスを必要とするのが最大の
難点であり、封印することを決めた最大の理由です。でもこれで格
付けは完了なのです。
自分の力で強敵に完勝する、あぁなんて甘美な響きでしょうか。
﹁ふふ、ふ、愚かなり黒幼女、相手を侮るから、こういう目に遭う
のです!!﹂
涙目になって口元をごしごしと拭いながら結界の中へ戻り、黒幼
女を指さします。なんか周りからの視線が痛いですが気にしません。
もう気にしないのです。これでボクも名実ともに撃墜数一なのです、
参ったか。
﹁うぅぅー! 私も、私もー!﹂
﹁ウェイト! シット! ハウス!﹂
飛びついてきたフェレを地面に抑えつけてから、二人に巻きつけ
られた壊れかけた闇色のロープを解いていきます。本人が制御を手
放したせいか、えらくあっさりと解除出来ました。
643
﹁お嬢様⋮⋮そこまでして勝ちたかったんですか﹂
﹁勝利に犠牲は、強い力に代償は付き物です⋮⋮﹂
なんか憐れみの視線を向けてくるユリアから目をそらして、滲む
視界を手の甲で擦りながらご主人さまへと目を向けます。何やら微
妙な顔でボクを睨みながらも、バシバシと敵を叩き伏せてます、ち
ょっと不機嫌ですかね⋮⋮後が怖そうです。
﹁集団での戦い方は要検証だな⋮⋮﹂
何やらぼやきも聞こえます、思った以上に立ち回りが大変だった
みたいです。今までは全力を出す必要がありませんでしたからね、
舐めプの影響は大きかったのです。
そして一度傾いた態勢はもはやひっくり返ることはなく、その場
に居た敵側の騎士たちは次々と制圧されていきました。
﹁これで、勝負ありだな﹂
大体の戦闘が終わったことを確認してから奥にいる指揮官に向か
って剣を突きつけ宣言したご主人さまでしたが、敵の指揮官は何を
思ったのかニヤリと笑い。
﹁︱︱やはり、甘いな﹂
その言葉が聞こえると共に、地面が揺れて一定の周期で振動しは
じめました。感覚の鋭い獣人達が未知の感覚に動揺しています。
﹁何? 何!?﹂
﹁⋮⋮地震、じゃなさそうです﹂
644
なれない地面の揺れで怯えてしがみついてくるフェレをなだめな
がら、何が起こっているのかと周囲を見回します。
﹁何をした⋮⋮?﹂
﹁くくく、俺は何もしておらん﹂
振動はどんどん大きくなっていき、そして木々を越えて見える森
の外の空に、ソレは現れました。目算で全長200mはありそうな
巨大な鉄の巨人。
ランドガーダー
﹁あれこそ我がフォーリッツの誇る護国の兵器!
最強のゴーレム、大地の守護者だ!﹂
こ、ここに来て巨大ゴーレムですか⋮⋮。 645
tmp.55 戦場の悪魔︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1300︼−−◆︻610︼−−
◆︻649︼
MP24/50[正
MP2900/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[正常]
[ルル][Lv88]HP562/1320
常]
MP53/10
MP370
MP1170/15
[ユリア][Lv80]HP3230/4560
2[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/3806[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
646
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁ボクの勝ち! 完封勝利! ボクは雑魚じゃないのです!!﹂
牛﹁お嬢様⋮⋮おいたわしい﹂
魚﹁ソラー、わたしにも! わたしにもしてー!﹂
647
tmp.56 愚者の末路
ぽかんと巨大ゴーレムを眺めるボク達をよそに、足音に反応して
大使館から飛び出してきたアラキスさんとその護衛達が遠くに見え
る紺碧の鎧の巨人を眼にして絶望したように膝をつきました。
﹁ば、馬鹿な⋮⋮クラントはランドガーダーまで持ち出してきたの
か!?﹂
クラントっていうのは今の王様の名前らしいです。
﹁あ、あんなのどうしろっていうんだ!!﹂
騎士さんたちもちょっと恐慌状態に陥ってます。士気が落ちまく
ってるアラキスさん側に対して、敵側は余裕を取り戻したのか自信
満々な様子です。
﹁随分と派手なもの持ち出してくるじゃない﹂
﹁私は反対だったんですけどね、あれは気軽に動かして良いものじ
ゃありませんもの﹂
傷だらけになって肩で息をするルルとをよそに、所どころに小さ
い傷を負いながらも殆ど無傷の縦ロールが剣を鞘に収めながら虚空
を見つめながら痙攣している黒幼女を抱えて指揮官の方へと移動し
ていきます。
﹁操作するには王族が近くに居なければいけませんからね、
こんな戦いで最前線に出るなんて陛下には荷が重すぎますわ﹂
648
さらっと情報を残していったのは手土産みたいなかんじなんです
かね。とはいえ﹁これで貴様らは終わりだぁー!!﹂と叫ぶ指揮官
さんと違って勝てるとは思ってない感じです。
﹁ご主人さま︱、ボクご主人さまのかっこいいところみたいなー﹂
﹁はいはい⋮⋮﹂
棒読みがちに言ってみたのですが、仕方なさげなのに微妙にやる
気を出したらしいご主人さまが剣を大きく振り上げました。同時に
遠目からでも巨人の瞳が輝き始めたのが見えます。これはまさかア
レですか、男の子の浪漫で出来たアレがきますか!?
﹁くははは、何をしても無駄だ! 貴様らにあれの攻撃は防げん!﹂
瞳の輝きが頂点に達した時、巨人は徐ろに腕を振り上げて︱︱爆
音と閃光を迸らせながらその両腕を飛ばしてきました。
﹁そっちかい!!﹂
何ですかその無駄なフェイントは! 瞳が光る意味は!?
﹁”烈火旋風陣”!!﹂
円を描くように振りぬかれた剣の軌道をなぞるように爆炎が噴き
上げて、巨大な炎の竜巻が産み出されました。それはこの場所を中
心に大きく広がり、弾き飛ばされた二本の腕が轟音と共に森に落ち
ていきました。地面が大きく揺れてその場に居た全員が踏ん張れず
に倒れてしまいます。立ってられたのは最低でも縦ロールクラスの
実力者だけだったようです。
649
﹁ちょっと、人いる場所におちてませんよね!?﹂
﹁大丈夫だ、あっちにはオークの集落しか無い﹂
なら何も問題はありませんね、奴らは駆逐されるべきです。
﹁ば、ばかな、あれを人の身で防いだだと⋮⋮!?﹂
呆れたような顔をしている縦ロールと違って指揮官は明らかに慄
いています。甘く見過ぎなのですよこの間抜けめ。しかし腕が失く
なったのは僥倖、たぶん戻る機構が組み込まれてるでしょうし、腕
でガードできないうちにぶっ壊してしまうのです。
﹁ご主人さま、トドメです!!﹂
﹁何でお前が指示を出してるんだ?﹂
鋭く巨人を指さして指示を出しますが、また不服そうな顔で睨ま
れました。
我が祈り、神の意志となし、いかなる悪をも破砕せよ”﹂
﹁”天より来たれ、破滅の閃光
それでもやることはきっちりやってくれたのか、ご主人さまの振
り上げた剣の先、天空に浮かんだ魔法陣から白くまばゆい光を放つ
無数の槍が射出され、巨大ゴーレムへと殺到していきます。着弾す
る度に閃光がはじけて、眼を開けていられません。
眼を閉じている間に数秒ほどかけてやっと射出が終わった光の槍
でしたが、しかしながらゴーレムには傷ひとつついてませんでした。
これは以外な事に強敵ですかね。
650
﹁は、はははは! どうだ、あれが我らが守護神の力だ!!﹂
無傷のゴーレムを見て少し余裕を取り戻したのか指揮官が強気に
なりますが、少なくとも目の前にあのゴーレムと生身でやりあえる
人間がいるってことを彼は認識してるのでしょうか。
﹁⋮⋮⋮⋮”虚空に浮かぶ災厄よ、天に遍く禍の光よ”﹂
光の槍が効かないことを確認したご主人さまが今度は剣を地面に
突き立てて、なんか凄い厨二心をくすぐる詠唱です。何しようとし
てるかは大体予想できますが。
天より堕ちて、世界を砕け”﹂
我は願う、その激情を持て原罪を駆逐せんことを、
﹁”我は請う、その威光を持て世界を正さんことを、
先程よりも遥か上空に浮かんだ巨大な魔法陣がゆっくりと起動す
ると、炎を吹き上げた巨大な岩石がそこから七つ、地上へ向かって
ゆっくりと落ちていきます。大きさ的には一つにつき直径50mく
らいはありそうです。
﹁ご主人さまご主人さま﹂
﹁何だ?﹂
天空から降り注ぐ隕石を眺めるご主人さまの裾を引っ張ります。
突然話しかけられたので驚いたのか、不思議そうな顔をしたご主人
さまが振り向きました。
﹁やりすぎじゃね?﹂
651
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
目を逸らすな、なのです。
そうこうしている間に地上におちた隕石が轟音とともにゴーレム
を叩き潰し、その勢いのまま地面を揺らして土を巻き上げては地形
を変えていきます。緑豊かな平原は荒野となり、清涼な水を湛える
小川には熱で溶けた岩が流れ、その地に住まう動物たちは住処をな
くすのです。まさにアルマゲドン、ここに終末は来たのです。
唖然と口を開けて粉砕されるゴーレムを、変わりゆく地形を、具
現化した終末の光景を眺めているアラキスさんと敵の指揮官をよそ
に、うちの王様のハーレム員達は無邪気に流石ご主人さまと盛り上
がっております。哀れなりゴーレム、君は出てくるべき戦場を間違
えたのです⋮⋮。
ご主人さまはその光景を眺めながらふむと顎に手を当てると。ゆ
っくりと目をつむりました。
﹁やりすぎじゃね?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
目を開けてこっちを見るのです。
◇
さてさて、それから呆然とした指揮官たちを拘束して、怯えるア
ラキスさんたちを正気に戻してボク達が行ったことは、どうやらの
このこと戦地に出てきたらしい王様の捕獲でした。何しろあれはか
なり条件が厳しく、王族が一定の距離に居ないと動かすことができ
652
ないようで、確実に近くに陣地を作っているのだろうと思われるか
らです。
捕物の際に素直に投降した縦ロールは”負けたし降伏はするけど
これでも騎士だから自軍が不利になることは話せない”といって情
報を出すのは渋ったので全てアラキスさんの推測ですが。
そこで最も早く動けるご主人さまの背中にボクがひっついて、怪
我人たちをユリア達に任せてアラキスさんと腕に自信のある虎耳の
女性だけを引き連れて草原を駆け抜けることになりました。
完全に地形が変わり、地獄の様相を為した草原を駆け抜けてゴー
レムの跡地であるクレーターを迂回して更に進むと、完全に崩壊し
た敵陣地が見えました。
魔法による超加速を駆使して数時間ほどでたどり着くと、そこで
は土まみれの怪我人が道端で倒れて呻いており、動けるものも天に
向かって泣きながら祈っていたりとカオスな事になっていました。
幸いにも侵入者に気づけ無いほどに混乱しているようなので、こ
っそりと駆け抜けて奥にある天幕群へ向かいます。いくつかある無
事な物の中で、外見からして一番豪華なものがあるので恐らくボス
はあそこにいるんでしょう。
しかしながら、気配を殺してそこへ忍び込もうとしたボクたち四
人の前に敵が立ちふさがりました。
﹁何者だ貴様ら!﹂
この混乱でもまともに仕事してる人がいたのですね、敵ながら天
653
晴です。白銀の鎧を着込んだ長身の騎士が六人ほど、武器を手にボ
ク達を囲んできました。
﹁くっ、ここは私が! キサラギ王、殿下を頼みます!﹂
奇襲はスピードが命とばかりに虎耳の女性が双剣を持って騎士達
に斬りかかりました。彼女もかなりの使い手なようで、あっという
間に二人を倒して、四人相手に大立ち回りです。ここでタイムロス
をして気付かれて逃げるわけにもいきません、信じていくしかない
でしょう。
﹁ティルカ、頼んだ!﹂
﹁一気に抜けるぞ! ”紅蓮飛翔剣”!﹂
馬に乗ったご主人さまが剣を振りかぶりながら炎の鳥を飛ばし、
抜けようとしてる事に気付き、立ちはだかろうとした騎士一人をふ
っ飛ばしました。やっぱり聖剣技いいなぁ。
するりと抜けるとそれからは妨害もなく、一番豪華なテントへと
たどり着きました、何故か見張りが居ないそこへと一直線に飛び込
みます。
薄暗いテントの中、アラキスさんが抜剣しながら叫びます。
﹁クラント! 貴様の謀略もここまでだ!﹂
果たしてテントの中ではアンモニア臭が充満していました。部屋
に置かれた床敷きのベッドにはどこかの貴族を思い出す肥満体の男
が一人うつ伏せに倒れていて、片隅には裸の⋮⋮12歳前後の少女
たちが三人、真っ青になりながらも肩を寄せあって震えていました。
654
﹁クラン、ト?﹂
アラキスさんが戸惑ったようにもう一度王の名前を呼ぶますが、
打ち上げられたトドはぴくりとも動きません。
ご主人さまが視線で少女たちの方へ行くように促したので、アイ
テムボックスから毛布を出してもらい近づいていきます。ご主人さ
まは王の横に膝をついて、首に手を当てました。あれで解るのでし
ょうか。
まぁ取りあえずはこの子たちの方ですね。
﹁大丈夫ですか?﹂
﹁わ、私達、何も⋮⋮﹂
怯えているせいか要領が得ない答えが返って来て、どうしようか
とご主人さまの方を見るとアラキスさんに向かって首を左右に振っ
ていました。どうやらダメだったようです。
﹁落ち着いて、何があったのです?﹂
﹁うっ、ひっく⋮⋮﹂
毛布をかけて背中を擦ってあげていると、少し落ち着いたのか一
番年長らしい青髪の少女が口を開きました。
﹁へ、陛下、私としてる時に、突然大きな音がして地面が揺れて、
びっくりしてたら、突然陛下が苦しみだして、そのまま、うごか、
うごかなく⋮⋮﹂
655
うーん⋮⋮要約すると、致してる最中に隕石の余波を受けて、び
っくりしてそのまま腹上死しちゃったって事です? 呆然としなが
らご主人さまを見るとなんとも言えない表情で頭を掻いていました。
アラキスさんも抜いた剣のやり場に困ってテントの中を見回して、
少女たちに視線を送りそうになって気まずそうに顔を伏せました。
女の子たちも怯えて泣いてるし、誰も何も言葉を発しません。
ど、どうすんですか、この空気⋮⋮。
◇
﹁先王クラントはこの私が討ち取った!!﹂
現在、首を手にしたアラキスさんが陣地の生き残りに向けて勝利
宣言と演説を行っています。内容は先王の陰謀と、これからは正統
な継承者である自分が王位を継ぐみたいな内容です。死因について
はふせられる事になりました。女の子たちにも剣を突きつけてぷし
ゃあさせる徹底ぶりです。
因みに口が軽いとか難癖をつけられた挙句、ボクにも後でご主人
さまから徹底した口止めが行われるらしいです。部屋の片隅で怯え
ていたら捕まっていた10歳くらいの、鞭の痕が痛々しい女の子に
慰められました。しにたい。
﹁これより私は、私利私欲に囚われない施政によって王国を正常に
戻す!﹂
演説中のアラキスさんに、多数の騎士が剣を取り落として呆然と
話を聞いていました。今後のためにも血の粛清が行われないことを
656
祈りましょうか。
でもまぁ、なにはともあれ。
﹁一段落、ですかね?﹂
隣で休んでいるご主人さまに声をかけると、苦笑いが返って来ま
した。
﹁いいや、多分これからだ﹂
乱暴に頭を撫でる手は、疲れが影響しているのがいつもと比べて
随分と大雑把な動きでした。
657
tmp.56 愚者の末路︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1300︼−−◆︻610︼−−
◆︻649︼
MP21/50[負
MP2900/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[正常]
[ルル][Lv88]HP362/1320
傷]
MP51/10
MP370
MP1170/15
[ユリア][Lv80]HP2850/4560
2[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/3806[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
658
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁なんでしょうね、このやるせない気持ちは﹂
主﹁戦いってのは虚しいな⋮⋮﹂
659
tmp.57 それから
何ともしまらない最後を迎えた継承戦争の結果、フォーリッツ先
王クラントの跡を継いだ兄、アラキスさんでしたが、王位の継承に
は少々手こずったようでした。クラント派の生き残りを黙らせて、
自分の派閥の貴族の力を高めてと昼も夜もなく忙しい日々を送って
いるようです。
そうそう、王に捕まっていた少女たちも全て解放され、それなり
の口止め料を貰ってからうちの国へ移住してきました。あちら側に
いると変な目で見てくる人がいるので、その回避策のようです。ま
ぁ幸いにも子どもということもあり獣人達の偏見も少なく、むしろ
被害者ということで同情的になったのか優しく接してくれているみ
たいです。彼女たちが少しでも幸せな人生を送れるといいのですけ
ど。
そして大使館から王都へと居を移した彼等からはちょくちょくと
手紙が送られてきています。戦争終結後、一月が経つ頃には何とか
王位を手中に収めたアラキスさんの主導によってムーンフォレスト
王国との国交が樹立、同時に友好条約も結ばれ、晴れてご主人さま
も王族デビューを飾ることになりました。
捕まえてあった冒険者たちはそのタイミングに合わせてフォーリ
ッツの冒険者ギルドへと直で送り返したところ、ギルドマスター辞
職のお知らせと共に次のマスターから是非うちの国にも支部を置か
せてほしいと打診が送られてきました。ここまで露骨だと逆に笑え
てきますが、交渉担当のリアラさんによると、税金その他に関して
かなり有利な条件を引き出せそうな感じだそうです。
660
まだまだ落ち着くまではちょっと掛かりそうですが、皆一生懸命
でどこか楽しそうなのできっと良い事なのでしょう。クラリスさん
の伝手により魔法国家とも国交が出来、国際的にも少しずつこの国
が認められてきているので、自分たちが頑張って作った”故郷”が
世界に認められることが皆嬉しいのかもしれません。
一段落した所で⋮⋮不幸なことに別働隊から出てしまったこちら
側の犠牲者の慰霊も終えた所で、やっと人心地つくことが出来るよ
うになったのでした。色んな事がありましたが、未だ忙しくはあれ
ど書いて字のごとく、これでまた森に平和が訪れたのです。
◇
﹁なのに何でお前がここにいるんですか黒幼女!!﹂
﹁うるさいの、親善大使に選ばれたんだからしょうがないの﹂
アルバスト
王城の一室、ボクとご主人さまは応接間にて今日から駐留する事
になるフォーリッツ王国と魔法国家の親善大使の相手をすることに
なっていたのですが、よりにもよってフォーリッツの大使がこの幼
女だったのです。
﹁親善大使!? 宣戦布告の間違いなのです! 受けて立ちますよ
ご主人さまが!!﹂
﹁折角平和になったのに戦争をふっかけるなアホ﹂
べちんと頭を叩かれました、酷いのです。
﹁ふん、やっぱり馬鹿なの、尻だけじゃなく頭も軽いの﹂
﹁にゃにおう!?﹂
661
この駄幼女、あれほど叩きのめされたのにまだ懲りてないのです
か!
﹁いい度胸です⋮⋮そんなに戦いがお望みならまたぶちのめしてや
るのですよ!﹂
﹁なん︱︱︱︱っ!!!﹂
不敵に言い放つと、すぐにボクの顔を睨みつけた幼女が何やら言
おうとしましたが、急に固まって一気に顔を真赤にさせると手で隠
しながら俯いてしまいました。
﹁ふ、ふざ、ふざけるななの、だ、誰がお前の相手なんかするかな
の﹂
あ、あれ、なんか反応がおかしいんですけど。変なフラグが立っ
てませんか?
﹁自業自得だ、きちんとケリつけろよ⋮⋮﹂
﹁何でボクが浮気した間男みたいな感じになってるんですか!?﹂
納得いかないのです!
﹁貴方やっぱりエルフじゃなくてサキュバスだったんじゃないの?﹂
﹁どういうことですか!?﹂
呆れたように笑いながらお茶を飲んでいたもう一人。魔法王国の
親善大使というのはクラリスさんでした。どうやら夫になったコリ
ンズさんと一緒にうちの国に大使として赴任することになったよう
です。近々行われる結婚式にも招待されてたりします。
662
﹁噂になってるわよ、王妃はキスだけで氷の心を持つ魔術師、黒の
フルールを腰砕けにしたって﹂
﹁∼∼∼∼!!﹂
そこの幼女は頬を赤らめながらいやいやとかぶりを振らないでほ
しいのですが。仕方ありません、ここはあの人に犠牲になってもら
いましょう。
﹁どれだけ熟練してるのかって、一部の間で下世話な話が流行って
るみたいよ?﹂
﹁あれはボクのちからではありません、ご主人さまに無理矢理仕込
まれたものです﹂
﹁おい⋮⋮﹂
しれっと言うと、幼女が真っ赤な顔を一気に青くしながら慄いた
様子で隣に座っていたご主人さまを見ました。
﹁︱︱が、がちなの⋮⋮!? お、恐るべしムーンフォレスト王な
の⋮⋮﹂
ちょろいのです。 ◇
親善大使どもをそれぞれの邸宅へ追い払うと、執務室に戻ったご
主人さまについて書類仕事の手伝いをします。色々やることは多い
のです、こちら側にも死者が出てしまいましたから、その保障金を
用意したり、残された家族や壊された物の補填を考えたり。
663
リアラさんが大体の事を済ませて後は決済だけにまでしてくれて
るのですが、やはり書面で改めて親しい人が死んだことを知らされ
るのは地味にショックがありますね。唯一の救いは獣人達が武を尊
ぶ気質があるためか、慰霊もしっかり行ったので”自分たちの国”
の為に戦って死んだのだからと悲しみこそすれ恨みには思われて居
ないことでしょう。
ただし、それは獣人達だけのようで⋮⋮最近は執務が終わると、
ご主人さまはさっさと夕食を済ませて寝室に戻って寝てしまうよう
になりました。戦争が終わってからずっとこんなかんじで、からか
い半分に言っていたらしいボクへの口止めや、ルル達のお相手も気
が乗らないようで全くしていません。
二人共、最初は欲求不満でイライラしていたようですが、ご主人
さまの仕事して寝るの生活サイクルを見ている内に自分の感情より
も心配が勝ってきたようで、ただただ心配していました。
そんな彼等を見てられなくなるとか、ボクも大概甘いというか、
何だかんだで情があるんでしょうね。まぁ当たり前ですか、ここま
でずっと一緒にやってきたのですから。
湯浴みを済ませてパジャマに着替えると、枕とワインを抱えてご
主人さまの部屋へと直行します。どうやらまだ戻っていないようで、
整えられたベッドの上に枕を放り投げると、適当に棚からグラスを
出して、ワインを二人分そそぎます。これからやることは、素面じ
ゃ到底出来そうもないのでちょっとだけお酒の力を借りるのです。
﹁⋮⋮ソラ?﹂
怪訝そうな顔で扉を開けたご主人さまが簡易テーブルに腰掛けて
664
ワインに口をつけるボクを見て眉間の皺を深めます。
﹁お邪魔してるのです﹂
﹁⋮⋮ふぅ、こんな所で酒なんて飲んでると、襲って食っちまうぞ﹂
冗談めかして言うご主人さまの言葉の裏には、拒絶が潜んでいま
した。いつもならボクはすぐに逃げ出すでしょうからね。でも本気
じゃないのは態度で解ります。
﹁どうぞ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
なので余裕ぶってそう返すと、眉間の皺が更に深くなりました。
ちょっと不機嫌ですね。
﹁⋮⋮悪い、正直そんな気分じゃないんだ﹂
﹁⋮⋮でしょうね﹂
どこか諦めたように呟いたご主人さまでしたが、予想の範囲内の
反応でした。不審そうにボクを見ます。
﹁頼む、暫く一人にしてくれないか﹂
暫くして、ボクが動かないことを察したのか、ご主人さまがボク
の腕を掴みました。しかしながらそう言われて素直に従う事は出来
ません。逆に腕を引いて、ベッドに倒れ込みます。ボクの行動に驚
いたのか、少し踏ん張ったものの一緒に倒れこんだご主人さまの頭
を、そっと胸に抱え込んで頭を撫でます。
﹁ソラ、何を⋮⋮﹂
665
﹁ボクには、ご主人さまの気持ちは解りません﹂
制すように言葉をかぶせて、抱きしめる力を強めます。
﹁自分の命令で仲間を死なせた罪悪感とか、苦しさとか、
上に立つものの責任の重さとか、辛さなんて解りません﹂
ボクは所詮、何の力も才能もないお子様です。ただ守られてきた
ばかりのボクが、気持ちは解るなんて軽々しい言葉は使えません。
﹁ご主人さまの背負ってる重荷なんて、ちょっとでも持ったらすぐ
に潰れてしまいます、
ご主人さまの感じている辛さなんて、少しでも分けられたら心が
砕けてしまいます﹂
どうしようもなく弱っちい、そんなことは誰に言われるまでもな
く自覚しているのですよ。
﹁だけど、泣きたいときに胸を貸してあげる事くらいなら出来ます、
自分じゃどうしようもない気持ちを受け止めてあげるくらいなら
出来ます﹂
確かにご主人さまはチート野郎です、とんでもない力の持ち主で
す。でも生まれも育ちも平穏な日本だったのです。この世界で、助
けられた後のボクほどのんびりと何も考えずにいられた訳じゃない
でしょう。
﹁惚れただの好きだの愛してるだの、
歯の浮くような言葉を囁やけるほどボクを思ってるなら、
こういう時くらいは頼って甘えるのですよ、このお馬鹿﹂
666
ご主人さまからの返事はありませんでした。でも、静かにボクの
背中に回された手が痛いくらいに身体を抱き寄せてきたので、ボク
は苦笑しながらご主人さまの背中を撫で続けるはめになったのでし
た。
667
tmp.57 それから︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1300︼−−◆︻610︼−−
◆︻649︼
MP50/50[
MP3100/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[正常]
[ルル][Lv88]HP1320/1320
正常]
MP132/1
MP400
MP1570/15
[ユリア][Lv80]HP4560/4560
32[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/4006[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
668
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁世話のやけるご主人さまなのです﹂
669
tmp.e−3 心の行方
はじめ見た時は、エルフという以外に興味はなかった。ただ欲し
かったエルフの奴隷を見つけて、掘り出しものだと内心で喜んでい
た。それが変わった最初のきっかけは、俺を見つけたその子が日本
語を使って必死に自分を買ってほしいとアピールしてきた事だった。
■□>>心の行方。︳
”天成 空”という16歳の元日本人だと名乗る、変わった喋り
方をするエルフの少女は、女の子とは思えないほどに無防備で、ま
るで同性を相手にしているかのように気安かった。スカートを履い
て激しい動きをするのも気にしないせいで小さなお尻を包む白い布
切れが幾度も見え隠れしていたし、寝る時も俺が傍にいるのに平然
と隣のベッドで寝て、夜中に起きる度に気温が暑いせいか掛け布団
を蹴り飛ばし、白いお腹を惜しげも無く晒していた。
最初は年齢を偽ってるだけで実は見た目通りの子供なのかとも思
ったが、どうにも話をしている限り間違いなく一つ下のようだった。
もし年齢通りなのだとしたら、もしかすると俺のことを誘っている
のかとも思った。
この世界にきてすでに三ヶ月以上、誰かに過去の事を話すことも
出来ず、一人で過ごしていた時間が長かったからだろうか、自分で
処理するのすら虚しくなり、娼館に行く気も起きず、ならばと性奴
隷を求めに行ったはずの奴隷商の店で彼女を見つけて、懐かしい言
葉を聞いてとにかく嬉しくて、何をしに奴隷を買いに行ったかなん
てすっかり忘れていた。
670
それは彼女も同じだったみたいで、嬉しそうに笑いながら過去の
話や、こっちにきてからの苦労話なども沢山話した。だけど禁欲生
活が長い健康な男子にとって、彼女の甘い香りやひたすらに無防備
な態度は毒にしかならなかった。
気づけば膨れ上がる欲望に任せて、自分は男だったなんて言いな
がら必死で抵抗する彼女をベッドへ引きずりこんでいた。蹲って震
える彼女の鳴き声で冷静になった時にはもう全て済んでしまい、一
度壊れた欲望の栓を締め直すことはとてもむずかしいことだった。
最悪なことに、それからの彼女はそれまでと比べて一層魅力的に
なってしまった。怯えて悪態をつくようになったくせに俺の傍を絶
対に離れようとしない。怖がって罵ってくる癖に、いざ事に及んだ
時に丁寧にいじめてやると泣きそうな顔ですがりついてくる。いじ
められたと拗ねていても、土産に美味しいものを渡せばコロっと忘
れて笑顔を見せる。
そんな無邪気な子犬のような彼女の態度に、こちらに来る前も、
来てからもずっと孤独感を感じていた俺はあっという間に捕まえら
れていた。
親の意向によって小中高と進学校へ通ってきた、幸い勉強で苦労
することはなかったが、知り合いは多くいても、空想の物語が好き
だった為に話の合う友人は結局出来なかった。中学からはあまりに
も面倒になって友人を作る努力はやめたことで、学校はいつの間に
か勉強して成績を残すだけの空虚な場になり、余った時間を一層趣
味に費やすようになっていった。
だからこそ、最初にこの世界に送り込まれた時は喜びのほうが嬉
671
しかった。ここでなら本気でやりたいことが見つかるかもしれない、
心を許しあえる仲間が出来るかもしれない。いつかどこかの本で見
たような物語を夢想して世界へ飛び出した俺は、結局この世界でも
異物のままだった。
どこまで行っても異邦人、日本のことなんて誰も知らず、ところ
どころに自分以外の日本人の痕跡は残っていても、故郷を同じにす
る相手なんて誰も居なかった。せめて望んでいたエルフの奴隷をと
半ば自棄になって調べた時も、とっくに絶滅して居ないと答えを得
た時は生きていく気力を失いかけた。
その点で言えば彼女は初めて出来た話の合う同郷の友人であり、
同時に何より望んでいたエルフでもあった。どんどん夢中になって
いったのはそれが一番大きい理由だったのかもしれない。勿論一緒
に生活していく上でイラっとさせられる事はあったし、喧嘩だって
何度もした。だけど仲直りする度に前よりも仲良くなれた気がして、
嬉しかったのも事実だ。
嫌なことも楽しいことも、全部分かち合ってそれでもいっしょに
いたいと思える相手が本当の親友だなんて、誰かが言っていたのを
思い出す。もしもその基準で見るのなら、間違いなく彼女は俺にと
っての親友だろう。
でも、彼女には親友じゃなくてもっと近い位置で俺の傍に居てほ
しいと思っていた。
◇
柔らかい、花の香のような良い匂いがして目を覚ます。ぼんやり
する意識で自分の部屋を見回し、自分が抱きまくら代わりにしてい
672
たソラのお腹⋮⋮いや、胸? に視線を戻す。起床に伴って思考が
明確になるに連れ、段々記憶がハッキリしてきた。
どうやら俺はソラに慰められ、泣き疲れて眠ってしまったらしい。
我ながら子供みたいだと苦笑した。それにしても、と直前に聞いた
口上を思い出しながら、目の前でお腹を出して寝転んでいる少女の
臍をくすぐり口元をほころばせる。
﹁相変わらず、男前なんだか男前じゃないんだか良くわからない奴
だ﹂
背負ってやることは出来ないが、泣きたいなら胸くらいは貸して
やる。そこは一緒に頑張ろうと言うべきじゃないのかとも思うが、
小さな手や肩を見ていると、そのくらいでちょうどいい気もしてく
るから不思議だ。何よりどこまでも自分に正直なところがソラらし
い。
むずがって寝返りをうった彼女を抱き上げてベッドの中に寝かせ
ると、俺も一緒に横になった。子供のような無邪気な寝顔を眺めて
いると、嫌なことを忘れられそうな気がする。
髪の毛を撫でていると、寝ぼけてしがみついてくる。こんな状態
で元男だと言われても信じられるはずもない、でも嘘を付いている
とも思えない、何とも複雑な気持ちだが、それだけではこの愛おし
いと思う気持ちを覆すには到底たりなかった。
何しろ俺が知っているのは女の子としてのソラだけなのだから、
想像できなくても仕方ない事だろう。
どうすればもっと俺を見てくれるだろう、もっと俺を好いてくれ
673
るだろう。どれだけ外堀を埋めても、欲しい物は心なのだから意味
がない。それが、とても簡単なようで居て難しくて、今では振り回
されることすら楽しいと思ってしまうのだから愛というのは始末に
負えない。
国が落ち着いたら結婚式をあげるつもりだと伝えれば、彼女は怒
るだろうか、泣いて嫌がるだろうか。こちらの感情を押し付けて悪
いとは思うが、その時の反応を予想して知れずと嗜虐心が湧き起こ
る。
﹁愛してる﹂
﹁う、ぅぅ⋮⋮﹂
出来るだけ優しく髪の毛を掻き分けて、小さく呟き額にキスを落
とす。すると、途端に苦しそうな顔で魘され始めるのだから失礼な
話だ。だけどもう、逃してやる気は少しもないから。
うな
出来るだけ早く諦めて俺のものになってくれと、魘される少女を
抱きしめながら、強く思った。
674
tmp.58 穏やかな日常を
あれから調子を取り戻したご主人さまのおかげでうちの牛猫の不
満も解消されたし、国の方も政治的なゴタゴタはまだあるようです
が、表面上はだいぶ落ち着いてきました。周辺各国も隕石事件を知
ってか知らずかそれなりに友好的な態度を示してきているため、取
り敢えず争いが起きる気配もありません。
正しく平和そのもの、だいぶ発展してきた街の中を見て回ると、
いつの間にかまた増えていた亜人達も日常を送る中で少しずつ平穏
であることを感じてきたのか、明るい笑顔が増えてきたようです。
今は国中が近々行われる予定の建国記念祭に向けて、その準備に盛
り上がっている所です。
城の中も心なしか賑やかで、見ているだけでも明るい気持ちにな
れそうでした。
﹁クリスー、入りますよー﹂
﹁どうぞー﹂
城の一角に与えられたクリスと葛西さんのお部屋、扉をノックし
て返事を待ってから中に入ると、クリスがベッドの上でお包みの中
で眠る猫耳の赤ん坊を大切そうにあやしていました。先日無事に産
まれたクリスと親馬鹿になることが確定した葛西さんの娘さんです。
ちょっと難産でしたが、母体と子供に影響はなく元気に産まれて
来てくれました。その時の葛西さんの狼狽っぷりと喜びようは今で
は侍女たちの間でちょっとした語り種です。
675
﹁ソラちゃんごめんね、仕事出来なくて﹂
﹁いいのです、母親は子供の面倒を見るのが仕事です﹂
乳母なんてものはないので子供のためにも育児休暇は必要です、
クリスには未来の為にも子供に時間を割いて上げて欲しいのです。
幸い青空教室の方も子供たちが素直に話を聞いてくれるようになっ
てきたので、一人でも何とか回せてます。
﹁今日はリアラさんから果物の差し入れです﹂
﹁わ、ピルチだ、ありがとう﹂
籠いっぱいの桃に似た果物を棚の上に置くと、クリスが目を輝か
せました。小さい頃からの好物だそうで、リアラさんから採れたて
のものを預かってきたのです。ボク達の分は既に分けられているの
でこれは全部葛西さん一家のものです。
﹁お祭りの準備はどう?﹂
﹁ドワーフさんたちが魔法花火の発射順で揉めてます﹂
強い希望により部族や氏族毎に催し物をする事になっているので
すが、一部では順番争いとかで仲良く喧嘩してる感じです。顕著な
のは職人気質のドワーフとかですかね、祭りに必要とご主人さまが
けしかけた事でどっちが優れた花火を作れるかで競い合っています。
ああいう職人芸が光るアイテムはドワーフ達の琴線を酷く擽るよう
です。
﹁あはは、楽しみだね﹂
﹁全くです﹂
誰もが国の行く末に希望を見出して祭りを楽しみにしているので、
676
本当に成功してほしいと思います。
◇
時間は流れて祭りの当日。城の周囲は屋台で溢れて、広場では音
楽に合わせて人々が笑顔で踊っています。この賑やかな空気はとて
も穏やかで良いものです。
﹁ドッガ鳥の串焼きあるよ! 焼きたてだよ!﹂
﹁冷たいエールはいかがですかー!﹂
護衛役であるルルに付き添われて屋台通りを歩いていると聞こえ
てくるのは威勢のよい客引きの声。こういう空気は嫌いじゃありま
せん、ただ一つだけ不満があるとすれば⋮⋮。
﹁あぁ、王妃様! リンゴの串焼きいるかい?﹂
﹁わーいってボクは王妃じゃありません!﹂
何故かこんな風に声をかけられるところでしょうか。なんかボク
が王妃という認識が手遅れなレベルで広がってる気がするのですが、
気のせいですかね。
﹁そうだったねぇ、結婚式楽しみにしてるよ!﹂
﹁永遠に来ない日を楽しみにしても仕方ないと思います⋮⋮﹂
縁起でもないことを言わないで下さい。はぁ⋮⋮。
﹁センパイ、なんか元気ないですね﹂
﹁うーん⋮⋮最近ちょっと体調が悪いのです﹂
677
ため息をついて肩を落としながらも、ルルからりんごの串焼きを
受け取ってかじりつきます。火が通ったことで凝縮された甘みが舌
に鮮烈です。
﹁戻ります?﹂
﹁ちょっと悪いくらいなので大丈夫ですよ、
適当に回ったら戻って休みます、花火はテラスからでも見えます
し﹂
折角なのでこの活気をもっと傍で感じたいのです。それにボクが
戻ったらルルも戻らないといけないので、流石にそれは気が引けま
すしね。
﹁無理しちゃダメですよ?﹂
﹁わかってますよー﹂
返事を返して屋台通りを抜けて広場へ行くと、片隅の方でご主人
様が部族長達と催し物の打ち合わせをしているみたいでした。ボク
を見つけるなり抱きしめてキスしようとしてきたご主人様を華麗に
回避して、狼人族や虎人族、猫人族やドワーフ族など立ち並ぶバラ
エティ豊かな面々に挨拶をします。
﹁花火、ここで見ていくか?﹂
﹁んー、ちょっと体調がすぐれないので、テラスに戻ってから見よ
うと思います﹂
挨拶が途切れた所でご主人様が声をかけてきましたが、実は既に
ちょっとふらふらしてます。ここまで体力ないのは我ながら情けな
いですね。
678
﹁そうか、気を付けろよ﹂
﹁勿論ですよー、ご主人様も頑張ってくださいね﹂
どうやら一枚かんでいるみたいですし、ついでに激励もしておき
ましょう。名残惜しげに肩を抱き寄せてくるご主人様を振り払い、
ルルと一緒に変える道すがら、それぞれの部族の伝統料理や工芸品
を眺めながら歩きます。
その中の一つが、このへんでは珍しい揚げ物料理を出しているよ
うです。珍しさからか人が結構集まっています。ボクとルルも興味
を引かれて近づいたのですが、動物性の油を使っているせいか結構
匂いがきつくてふらふらします。
﹁お肉の良い匂いがしますよセンパイ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
おかしいですね、ちょっと前ならボクも美味しそうと感じていた
んですが、近くで匂いを嗅いでるだけで気持ち悪くなってきました。
﹁センパイもひとつ⋮⋮センパイ?﹂
ぼんやりしている間にルルが葉っぱに包まれたお肉の揚げ物を貰
ってきたらしく差し出してきました。反射的に口元を抑えてしまい
ます。
﹁大丈夫ですか? 気分悪いならもう戻りましょう、背負いますよ﹂
吐き気がこみ上げてきました、流石に食べ物やの近くでこれはま
ずいです、気合で抑え込んで何とか阻止したのですが、その代わり
に意識が遠のいていきます。
679
﹁センパイ? しっかりしてください、センパイ!﹂
ほんとにどうしてしまったんでしょうか、ルルに嘘でも大丈夫だ
と伝えたいのに、口が動きません。結局ボクは意識を覆っていく暗
闇に、抵抗すら出来ませんでした。
◇
それからどのくらい経ったのか、柔らかいものに寝転んでいる感
覚を感じながら、少しずつ意識が戻ってきました。
﹁おぉ、起きたか﹂
目を覚ました時、視界の中に広がっていたのは魔力ランプに照ら
された医務室の天井でした。どうしてここに、と考えている間にボ
クの手を持ち脈を取っていたらしいリアラさんがほっとしたような
顔で笑いました。
﹁ルルがお主を運び込んできた時はびっくりしたぞ、覚えておるか
?﹂
﹁⋮⋮はい、ご心配をおかけしたのです﹂
記憶をたどってみると、変に途切れている部分はなくて一安心で
す。それにしてもどうしたんでしょうか、貧血ですかねぇ、ちゃん
と毎朝ごはんは食べてるんですが。
﹁センパイ起きました!?﹂
﹁そらー、だいじょぶー?﹂
680
原因を聞こうとした沖、慌ただしく扉を開けて飛び込んできたの
はルルとフェレ。本気で心配してくれていたようです。
﹁二人とも騒がしくしない、病人がいるんですよ﹂
ため息混じりのユリアの声も聞こえます。⋮⋮お祭りには行かな
くていいんでしょうか。
﹁みんな、お祭りは?﹂
﹁私のステージはもう終わったもん、ソラのが心配!﹂
﹁午前中でひと通り楽しんじゃいましたから﹂
ボクの方を優先してくれたようで、何だか申し訳ないことをした
のです。
﹁ありがとうございます⋮⋮﹂
﹁気にしないの、それより大丈夫?﹂
﹁リアラ様、どうなんですか? まさか悪い病気とかじゃ⋮⋮﹂
フェレが心配そうに顔を覗きこんでくる傍らで、ルルはリアラさ
んに詰め寄っていました。その頭を軽く小突いた後、リアラさんが
ボクを見て意味ありげな笑みを浮かべました。⋮⋮何でしょうかね。
﹁大丈夫じゃ、病気ではない﹂
﹁やっぱり、ただの貧血ですか?﹂
病気じゃないとしたらそのくらいしか思いつきません。
﹁そうじゃな、恐らく貧血じゃ﹂
681
﹁貧血?﹂
﹁血が足りないって事よ、
でも毎日ちゃんと食事は取ってますよね、栄養もちゃんと考えて
るのに﹂
ユリアが不服そうな顔をしていますが、リアラさんは堪えるよう
に含んだ笑い声をあげています。
﹁まぁ、栄養が少し足りておらんかったのじゃろうな﹂
その物言いに、ユリアは表情を険しくします。食事に関しては本
当に頑張ってくれているので悪く言うのはボクとしてもちょっと許
容出来ないのですが。
﹁栄養についてもご主人さまに習って、ちゃんと献立を考えている
つもりですが?﹂
﹁解っておるが、いくら何でも急激な変化には何も知らずに対応で
きんじゃろう?﹂
何を言ってるのですかね。ユリアが不審そうな顔で首を傾げます。
ボクの方はといえば何やら背中から冷たい汗が噴き出してきました。
なんかこの先の話を聞きたくないんですけど、あの、調子悪いんで
眠っていいですかね。
﹁どういうことですか?﹂
﹁その必要な栄養も、”そこにいる”もう一人の分まで考えていた
わけではないじゃろう?﹂
リアラさんはいたずらっぽく笑いながら、ボクを指さしていいま
した。咄嗟に背後を振り向くものの、そこには壁があるだけです。
682
全くホラーとかやめてください、反応しちゃったじゃないですか。
夜に眠れなくなったらどうしてくれるんですか。
﹁何言ってるのですか、誰もいないのですよ?﹂
そういって居るのに、相変わらずリアラさんはボクを指さしたま
まで、ユリアもルルもフェレすらも、指し示す先を追いかけてボク
を見つめています。まさか肩とかですか? 本当にやめてください
よおっかない!
﹁み、みんなしてどうしたんですか、怖い事言わないで下さい!﹂
﹁ま、まさか⋮⋮﹂
ユリアがボクの、何故かお腹をじっと見つめて恐る恐る手を伸ば
しながら震えた声を出しました。やめてください、聞きたくありま
せん!!
﹁ごほん⋮⋮んっんっ⋮⋮王妃陛下、御懐妊おめでとうございます
! で良いのかの?﹂
﹁おめでとうございますお嬢様!﹂
﹁嘘、ほんとに!? センパイ、おめでとう!﹂
﹁ほんと? 赤ちゃんいるの!?﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
﹁すぐにでも旦那様にお知らせしないと、間違いないんですよね?﹂
﹁診断は正確じゃよ﹂
﹁きっとシュウヤ様も大喜びですね、マコトさんより親馬鹿になる
かも﹂
683
﹁私も赤ちゃんの面倒みるからね! 安心してまかせて!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
﹁とにかく旦那様に呼んできます! お嬢様、安静にしててくださ
いね!﹂
﹁センパイ良かったですねぇ! 私も子守手伝いますから!﹂
﹁ねー、子守唄はどんなのがいい?﹂
﹁嬉しいのは解るがちと落ち着け、病気でなくとも貧血で倒れたの
は事実なんじゃからな﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
684
tmp.58 穏やかな日常を︵後書き︶
︻RESULT︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
◆−−−−−−−−−−−−−★︻ソラ︼−−★︻ルル︼−−★︻
ユリア︼
HIT︸−−−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−
[◇MAX COMBO︸−−◇︻0︼−−−−◇︻0︼−−−−
◇︻0︼
[◇TOTAL
−−◇︻0︼
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[◇TOTAL−EXP︸−◆︻1314︼−−◆︻613︼−−
◆︻654︼
MP50/50[
MP3100/310
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻パーティー︼
[ソラ][Lv55]HP110/110
0[妊娠]
[ルル][Lv88]HP1320/1320
正常]
MP132/1
MP400
MP1570/15
[ユリア][Lv80]HP4560/4560
32[正常]
[フェレ][Lv60]HP720/720
70[正常]
[シュウヤ][Lv130]HP4210/4210
6/4006[正常]
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
COMBO]>>55
︻レコード︼
[MAX
685
[MAX
HIT]>>55
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︻一言︼
耳﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
猫﹁せんぱーい、せんぱーい?﹂
魚﹁そらー、動かないとちゅーしちゃうよー?﹂
牛﹁ダメですね、完全にフリーズしてます﹂
686
tmp.59 例えばそんな在り方
どうやらショックで心を閉ざしていたみたいで、気づいたら二日
ほど経っていました。最初はどうしたものかと悩んだのですが、心
配して政務を抜け出してきたご主人さまの姿を見たら怒りが爆発し
て、妊娠のことを伝えながら﹁避妊魔法はどうしたんですか!? 一体どうしてくれるんですか!?﹂と詰め寄ったら、ご主人さまは
一瞬驚いたような顔をしたあと、満面の笑みでありがとうと泣きな
がら抱きしめられました。
葛西さんのように青ざめるかと思ったのですが、全く予想外の反
応でこっちがびっくりしました。
というかありがとうって何ですか、やっぱ意図的だったのかとこ
のまま首を噛みちぎってやろうかと思って噛み付きましたが、魔法
で強化されてほとんどダメージを与えられず断念。ならばとご主人
さまを拒絶して部屋に閉じこもったのですが、それでもお腹はすく
もので、仕方なくこっそりユリアに頼んで食事を運んでもらってい
たのでした。
◇
﹁それで、いつまでお部屋にこもっているつもりですか?﹂
食べ終わった食器を片付けるルルの傍らで、ユリアが何度も聞い
た質問を投げかけてきます。ボクだってこのまま部屋に居て何かが
解決するわけじゃないことも解ってますが、だからって納得出来な
いのです。
687
ハイエルフ
勝手にこんな姿にされて、奴隷扱いで牢屋行き、同じ日本人に会
えたと思ったらなし崩し的に性奴隷にされて挙句の果てに妊娠です。
ベッドの中に引きずり込まれるのは百歩譲っていいとしても、無理
矢理孕ませるとか悪鬼羅刹の所業だと思います!
﹁納得行かないからです⋮⋮!﹂
﹁気持ちは解りますけど、旦那様だけじゃなく城の皆も心配してる
んですよ?﹂
ボク一人が引きこもったせいで色々と迷惑をかけてることも承知
の上ですが、それでも簡単に折れたくないのです。
﹁単刀直入に聞きますけど、センパイはシュウヤ様の赤ちゃん産む
の嫌なんですか?﹂
配膳台に食器を乗せ終えたらしいルルが、ベッドに上に手をつい
て顔をずいっと寄せて眼を覗きこんできました。そりゃあ勿論⋮⋮
⋮⋮。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
勿論、どうなんでしょうか。確かに不服ですしご主人さまには怒
ってます。一応借金があるから奴隷じゃなくなったんですから、事
前に作るつもりだという事を教えてくれても良かったんじゃ⋮⋮っ
てあれ、これじゃまるで事前に言われてたら別に妊娠しても良かっ
たみたいじゃないですか、ははは、そんなバカな。
﹁もう一つ、お嬢様って旦那様のことどう思ってらっしゃるんです
か?﹂
688
今度は反対側からユリアが顔を覗きこんできます。反射的に俯こ
うとしたら二人がかりで顔の向きを固定されてしまいました、酷い
のです。
﹁センパイ、ちゃんと答えて下さい、シュウヤ様の事、嫌いですか
?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮い、です﹂
”嫌いだ”と即答しようとしたけれど⋮⋮結局出来ませんでした。
﹁⋮⋮そんな訳、ないです﹂
だって、ご主人さまはボクを助けてくれた人なのです。訳もわか
らないまま一人で森のなかをさまよって、やっと人に会えたと思え
ば奴隷商人。冷たい牢屋の中は本当に地獄でした。体中を這いまわ
る虫のおぞましさに目を覚ましては、泣きじゃくる子供同士で身を
寄せ合って暖を取る日々。
寒い日には昨日まで話していた相手が朝起きた時には冷たくなっ
ていた事もあります、まるで壊れた人形のように棒で引き上げられ
て、袋に詰められて持っていかれる光景は、今でも一人で寝ると夢
に見るくらいです。
希望も何もない、冷たくて暗い牢屋の中で誰も頼りにできる人も
なく、無力な自分を呪いながら近づく足音に怯える日々。絶望して
生命を断つ自由すら与えられず、ただいつか来る終わりに怯えて過
ごす毎日から助けだしてくれたのは紛れも無くあの人なのです。
ボロボロで酷い匂いがするボクに苦笑しながら、お湯を作り身体
と髪を洗ってくれて、体中に残っていた鞭の痕を綺麗に治してくれ
689
たのも、毎日温かいご飯を用意してくれたのも、こうやって、わが
ままを言える環境を守ってくれているのも、全部全部ご主人さまで、
そんな人を⋮⋮。
﹁嫌いになれる訳、無いじゃないですか﹂
でも、やっぱり自分を女性として、相手を異性として好きになる
気持ちじゃないのです。あえて分類するとしたならば、これは家族
に対する好きなんでしょう。
﹁⋮⋮故郷の母がよく言っていた言葉なんですけど﹂
ふっと表情が緩んだユリアが、手を離してくれると、つられてル
ルの手も離れてやっと身体が自由になりました。でも顔をそむける
ことは何故か出来ません、今はちゃんと聞かなきゃいけないような
気がしたからです。
﹁”愛だの恋だのよりも、一緒に居たいと思う相手を旦那に選びな
”って、
当時は何言ってるんだーと思ってたんですけどね、今は少しだけ
解る気がするんです﹂
﹁どういう意味です⋮⋮?﹂
不審げに聞き返したボクに対して、ユリアは静かに微笑みました。
﹁男女の関係として好きだの嫌いだのは置いといて、
一緒に居たいという気持ちがあるなら、それでいいんじゃないで
すか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
690
やっぱり、否定することは出来ませんでした。解ってるのですよ、
他に選択肢が無いことも、妊娠にショックは受けましたが嫌悪感や
産みたくないという気持ちが湧いてこないことも。⋮⋮あー、もう
! うじうじ悩むのはボクのキャラじゃないのです。
﹁ユリア、ルル、お願いがあります﹂
﹁はい﹂
﹁何ですかセンパイ﹂
暫く悩むように頭を抱えたあと、勢い良く顔をあげて二人を見つ
めると、何故か少し姿勢を正されてしまいました。そこまで改まっ
た話じゃないんですが、まぁいいでしょう。
﹁ご主人さまを呼んで下さい﹂
◇
﹁ソラ、その⋮⋮何も相談せずに悪かった﹂
扉を開けて、睨みつけるボクに申し訳無さそうな顔をしながらご
主人さまが頭を下げました。若さ故の勢いってやつなのでしょうが、
もう少しこちらの気持ちを考えて欲しかったです。
﹁ご主人さま⋮⋮﹂
ゆっくりとベッドから降りて、ご主人さまの方へ歩いていきます。
視線を合わそうとしているのかわずかに屈んだご主人さまの頬を両
手でそっと挟み込みます。ご主人さまの、不安に揺れる瞳がボクを
じっと見つめてきます。ボクが少し前に失ってしまった色、夜のよ
うに真っ暗な色の瞳に映る今の姿は、ご主人さまにどんな風に映っ
691
ているのでしょう。
﹁ソラ、たの﹂
﹁ちぇすとぉぉぉ!!﹂
﹁ぐぉ!?﹂
言葉を遮り、気合一発全力で頭突きを叩き込みました。ご主人さ
まはクリーンヒットした額を抑えて悶えております。というかこっ
ちも凄まじく痛いのです、この石頭め。
﹁そ、ソラ⋮⋮お前⋮⋮﹂
﹁次からはちゃんと相談してからにするのです!!﹂
力強く指をさして言ったことで、文句を言おうとしていたご主人
さまが驚いたような顔で固まり、痛みのせいか涙目でまじまじとボ
クの顔を見つめてきます。
﹁⋮⋮次からって⋮⋮いいのか?﹂
そこはサクッと流すべきなのです、鈍感さの無い奴は嫌いです。
﹁⋮⋮はぁ、一応約束はしましたからね、
特別に産んでやるのです、精々感謝して崇め奉るがいいのですよ﹂
腰に手を当ててふんぞりかえると、感極まった様子のご主人さま
がボクを抱き寄せてきました。やめてください、子供は産んでやる
けどラブシーンはごめんです、吐き気がします!!
﹁ありがとう、ソラ、ありがとう⋮⋮﹂
﹁ちょ、力入れすぎなのです、離して! くるしいから! だれか
692
ー!﹂
や、やばいです、締め付けられて物理的に吐き気が!?
﹁旦那様! お嬢様は妊娠されているのですから!﹂
﹁はいはい、シュウヤ様、力強いハグは今は私達にお願いしますよ
ー﹂
扉の外で聞き耳を立てていたのでしょう、牛猫コンビが素早く入
ってきて引き剥がしてくれましたが、危うく絞め落とされる所でし
た。ちょっとは加減を知るのです。それにしても、不思議と後悔は
ないのですが、ちょっと早まってしまった気がするのは何ででしょ
うね⋮⋮?
693
tmp.60 めでたしめでたし
﹁ねぇ、ルル、ユリア﹂
﹁何ですかセンパイ、もう少しで結い終わるので動かないで下さい
ね﹂
鏡に向かって座るボクの背後に立ったまま、髪を結ってくれてい
る”純白のドレスを着た”ルルを見ながら声をかけます。隣では同
じく”純白のドレスを着た”ユリアが大量の白い花をあしらった髪
飾りを結った髪の毛に結びつけてセットを進めています。
﹁ずっと思ってたんですけどね﹂
﹁何ですか? 衣装でしたらとてもお似合いです、お綺麗ですよ﹂
そんな風に褒めてくれるユリアに曖昧な笑いを返して、ボクはも
う一度鏡をじっと見て︱︱ため息を吐きました。
﹁これ、いくらなんでもマニアックすぎやしませんかね⋮⋮?﹂
ボクがそう言うと、鏡に映る”純白の花嫁衣装に身を包んだ、大
きなお腹を抱えるエルフの少女”は同意を示すようにげんなりとし
た表情を浮かべました。というかボクのことですねはい。
﹁まぁ、確かに凄い犯罪臭はしますけど﹂
﹁出産前に式だけでも挙げてしまわないといけませんでしたからね
⋮⋮﹂
同意を示すルルと、事情を考えて苦笑するユリア。一国の王が子
694
供生まれてから結婚するってわけにもいかないということで、産ま
れる前に結婚式しちゃえと出来る限り早めに動いて準備をした結果、
見事にマタニティウェディングと相成ったのでした。晒し者いえー
い状態、マタニティブルーとマリッジブルーが手を取り合って家に
遊びに来たような感じです。
きさらぎ
そら
まだ役所なんてありませんから、式イコール入籍みたいな認識ら
しく、今日から晴れて﹃如月 空﹄と名乗らなければなりません。
切ないような悲しいような、まぁ産まれてくる子の名前に天成の苗
字は残してくれるそうなので、それだけは安心ですかね。
因みにルルとユリア、ついでにフェレも第四夫人になることが決
まったので同時に式を行い、トリプルどころかクワドロプルウェデ
ィングになる事が決まってます、メインはあくまでボクらしいです
けどね。まぁそんな事をしてどんな風に噂されるのか、フォーリッ
ツ王より酷い人物像が描かれてなければいいんですが。
一応国民からは事情を解られているのか祝福の声しかあがってな
いそうなので大丈夫なのでしょう。多分。
﹁ソラー、そろそろだってー﹂
溜息一つ、髪の毛のセットが終わる頃に出てきたのはルル、ユリ
アとお揃いの”純白のドレス”に身を包んだフェレ。何でも﹁ソラ
とずっと一緒に居たいし、私もソラの赤ちゃんのお母さんになりた
い!﹂と強硬に主張したようで、見事ご主人さまの四人目の妻にな
る道を開拓したようです。
うみぶた
またアクロバティックな帰結ですが、この海豚に限っては今更で
しょう。別に男女の中になる気は互い無いそうなので、関係は今ま
695
でと何も変わっていませんしね。 ﹁解りました﹂
補助を受けながらゆっくりと椅子から立ち上がると、長い裾を持
ってもらいながらゆっくりと控室を後にします。さぁ、望まざる一
世一代の晴れ舞台なのです。
◇
結婚式はこちらの風習に日本式を取り入れたオリジナルのもの。
流れとしては見届け人に夫婦の誓いを聞いてもらい、後は披露宴で
飲めや歌えやのお祭り騒ぎ。お祭り好きなこの国にちょうどいい感
じでしょう。
式場の入り口では晴れの日用のドレスを着たクリスと、新規採用
された騎士制服を着た葛西さんが待っていて、地面に敷かれた長い
赤絨毯をご主人さまのところまでエスコートしてくれることになり
ました。先導するボクの後ろをユリア、ルル、フェレの三人が静か
についてきます。
来客もそうそうたる顔ぶれでした。アラキスさんと腕を組む兎耳
さん。相変わらず無表情で何を考えてるかわからない黒幼女、最近
は降格したせいで暇なのか合同演習だの休暇だの理由をつけて遊び
に来ている縦ロール。最初に住んでいた街で何度か話したこともあ
る冒険者の人たち。クラリスさんとコリンズさんの夫妻。
そして満面の笑みで見守ってくれている愛すべき国民たち、子供
たちなんておめかしして、キラキラした瞳を向けてきています。嬉
しくなんてなかったはずなのに、どうしても胸の奥から沸き上がる
696
思いが止められません。
バージンロードの先で待っていたのは、白いタキシードに身を包
んだご主人さまと、特注の祭服に身を包んだ見届け人のリアラさん。
ご主人さまにバトンタッチするように左右へ捌けて最前列の席へ座
ったクリスと葛西さんを横目で見送り、ご主人さまのところへ一歩
足を進めます。
﹁⋮⋮ソラ、その、凄く綺麗だ﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます﹂
ここでぽっと頬を染めて照れる事ができたらかわいいお嫁さんな
んでしょうけど、あいにくとボクはそんなタマではありませんので
ご愁傷さまです。
﹁ルルとユリアも、綺麗だぞ﹂
﹁はい⋮⋮﹂
﹁えへへ﹂
本来はあれが正しい反応なんでしょうけどね、後ろを見なくても
何となく二人の反応が解ります。
﹁わたしはー?﹂
﹁あぁ、フェレも綺麗だよ﹂
因みにこの子は単に褒められたかっただけで何も考えていません、
ボクには解ります。ご主人さまも子供相手にしてるような表情です。
﹁さぁ、手を﹂
697
差し出された手をとって、ご主人さまの右隣りにそっと寄り添い
ます。ユリアとルル、フェレはそのすぐ後ろに。
﹁ムーンフォレスト王国宰相、リアラの名のもとに宣言する!
これよりムーンフォレスト王国国王シュウヤ・キサラギ陛下、並
びに筆頭侍女ソラ・アマナリ、
侍女長ユリア、近衛騎士ルル、宮廷歌手フェレ以上五名の婚姻式
を行う!
此度の式に異議があるものは今申し出でよ、無いならば沈黙を持
って答えよ﹂
リアラさんの宣言に、しかし誰も異議を唱える人はいませんでし
た。シンと不思議なほどに鎮まり帰った空間の中で、リアラさんの
穏やかな視線がご主人さまを見つめます。
﹁シュウヤ・キサラギ陛下。
貴方はいかなる時もこれより妻となる娘達を愛し、慈しみ、支え
あっていくことを誓うか?﹂
﹁ムーンフォレスト王国、初代国王の名のもとに、
生涯に渡って妻たちを愛し、慈しみつづけることを誓う﹂
静かな、でも力強い宣言が響き渡ります。
﹁ソラ・アマナリ筆頭侍女、貴女はいかなる時も、
これより夫となるシュウヤ・キサラギ陛下を愛し、慈しみ、支え
あっていくことを誓うか?﹂
ここで嫌だといったらどうなるのかと悪戯心が芽生えますが、ぐ
っと堪えて頷きます。
698
﹁生涯に渡って夫を愛し、慈しみ、支えることを誓うのです﹂
”愛し”の部分で背筋がぞわっとしました、心にもないことを言
うものじゃありませんね。
﹁侍女長ユリア、近衛騎士ルル、宮廷歌手フェレよ、
そなた達も夫となるシュウヤ・キサラギ陛下を愛し、慈しみ、
正妃であらせられるソラ陛下と共に支えていく事を誓うか?﹂
﹁生涯に渡り、お二人にお仕えしていく事を誓います﹂
﹁はい、二人を支えていく事を誓います!﹂
﹁誓いまーす!﹂
元気の良い三人の返答を聞いて、リアラさんが満足そうな笑みを
浮かべました。
﹁では、ここにて制約の口吻を﹂
あ、やっぱりそこも踏襲するのですね。ご主人さまを見上げると、
頭にかかっていたヴェールが上へと除けられます。
﹁悪いな、やっぱりお前を離してやれそうにない﹂
顔を近づけたご主人さまが、ボクにだけ聞こえる小声で呟きまし
た。今更すぎるのです、最初から逃げれるなんて思ってませんでし
たよボクは。
﹁ま、約束しちゃいましたからね﹂
﹁約束?﹂
699
一度言ったことを反故にするほど、ボクは恩知らずじゃありませ
ん。今のボクがあるのは、間違いなくこの人のおかげですからね。
たとえご主人さまが忘れていても、きちんと守りますよ。
﹁せめてご主人さまが生きている間くらいは、ずっと傍にいてやる
のですよ﹂
﹁⋮⋮あぁ、そうだったな⋮⋮ソラ、これからもよろしく頼むな﹂
それでやっと合点が行ったのか、ふっと口もとを弛めたご主人さ
まの顔が近づいてきたので目を瞑ると、唇が重なる感触がしました。
どうせ強制的に長い一生なのです、良い思い出くらいは作らせてく
ださいね、ご”主人”さま?
700
エピローグ
﹁こうして、ソラお母さんとシュウヤお父さんは結ばれて、末永く
幸せに暮らしたのでした﹂
﹁きゃー!﹂
城内に作られた中庭の片隅、最初の娘である”サクラ”が産まれ
た時に植えて、今やすっかり大きくなった樹の木陰でフェレが子供
たちに本を読み聞かせていました。最近城下で流行っている、奴隷
だった少女と魔法使いの恋物語らしいです。おもいっきり固有名詞
だしやがってますけどね。
﹁あ、おかあさま!!﹂
苦笑しながら近づいていくと、集まっていた子供たちのうちの一
人がこちらに気づいて駆けてきました、二番目の娘であるモミジで
す。蜂蜜色の髪にくりんとした青い瞳、長い耳の女の子、今年で7
歳、まだまだ甘えん坊です。駆け寄ってきた娘の、ボクより拳三つ
分低い位置にある頭を撫でると、くすぐったそうに目を細めます。
﹁今ね、フェレ母様からソラ母様達の話を聞いてたの﹂
﹁また人の黒歴史を⋮⋮﹂
溜息を吐くボクに、くすくす笑いながら近づいてきたのは最初の
娘であるサクラ、今年で11歳の黒髪に青い目、長い耳の女の子。
ご主人さまに似ているせいか発育が良くて、10歳時点で既にボク
の身長と胸囲を追い越していた生意気な娘です。
﹁とっても素敵なおはなしだったのです! ぼくも素敵なご主人さ
701
まがほしいのです!﹂
﹁モミジ、ボクの口調は真似しなくていいのですよ﹂
きらきらした笑顔のモミジの頭を撫でながら注意します。なぜだ
かこのこ、ボクの口調の真似をするのです。ボクの方も直さなけれ
ばならないとは思ってるのですが、どうにも染み付いてしまったよ
うで全然抜けないのですよね、公の場できちんと出来るのですが、
プライベートでは気が抜けてしまってどうにもいけません。
このままだと娘に示しがつかないですからね。
﹁フェレ母さん、おれはもっと冒険の話がききたい﹂
﹁私も!﹂
その横でフェレに冒険譚をねだっているのはルルの最初の子供で
ある”リディ”、黒い毛並に赤い瞳のやんちゃな男の子、それに寄
り添うそうに同意している牛の耳と角を生やした淡い緑の髪の男の
子は”フレア”で、ユリアの二人目の子供です。
﹁えー、冒険より騎士様とお姫様の話がききたい!﹂
﹁うんうん﹂
それに抵抗する勢力がルルの二人目の娘、リディの妹である同じ
黒い毛並の”プリム”と、ユリアの一人目の娘である”ミルティア
”、黒い髪の毛に紫紺の瞳のしっかりものです。
﹁冒険譚がいいんだって!﹂
﹁だんぜん恋愛もの!﹂
兄妹でのにらみ合いが激化してきたところで、両手を叩いて注目
702
を集めます。
﹁はいはい、喧嘩したらユリアお母さんのおやつ食べられなくなり
ますよー﹂
十分に視線が集まったところでそう告げると、今にも取っ組み合
いがはじまりそうだった子供たちがびしりと背筋を伸ばしました。
﹁さ、みんな、お母様達が怒らないうちに仲直りしておやつを食べ
に行きましょう?﹂
いつの間にかまとめ役になっているサクラの声に渋々仲直りした
子供たちが、連れ立って食堂へ向かいます。その背中を見つめなが
ら、まだひっついているモミジの手を引いて、ボクとフェレも食堂
へと歩き始めました。
﹁子供たちはいつでも元気だね、可愛いねぇ﹂
﹁そのせいか、みんな甘やかしまくりで困りますよ、特にご主人さ
まが酷いです﹂
かくいうボクも甘やかしてる一人なんですけどね。最初は仕方な
いと思って産んだ子供だったのに、必死の思いで産んでみたら可愛
いの何の。厳しくしているつもりでもつい甘くなってしまうのです。
因みにご主人さまは事前の予想通り完璧な親馬鹿になりました、た
まに葛西さんとどっちの子供が可愛いかで議論になってます。きの
こたけのこ戦争並に不毛な争いにみんな苦笑しっぱなしです。
﹁おとうさま?﹂
﹁お父様は子供たちに甘いねーっていうお話です﹂
﹁うん、おとうさま優しいからだいすきなのです!﹂
703
父親の話題に反応したのは、ボクの隣を歩くモミジ。甘えん坊な
この子はボクそっくりなせいかご主人さまに特に可愛がられていて、
今では重度のファザコンとなってます。因みに誤解が無いようにい
っておきますが他の子達にも親馬鹿は発揮してます。
一人だけ贔屓されて他の子達が嫌な思いをするかもという可能性
は考えましたが、時々さっきみたいな喧嘩は起きますが子供同士は
基本的に仲良しというか、上の子たちも末っ子であるモミジの事は
可愛がっているのであまり心配はいらなさそうです。
なおサクラは初めての娘で戸惑い、ボクの方が色々頑張りすぎた
せいか割と重度のマザコンになってしまってます。ご主人さま似の
娘がマザコンでボク似の娘がファザコンとかどういう運命の悪戯な
のですかね、やはり落ち着いたら神を討伐しにいかねばならないの
でしょうか⋮⋮。
﹁ねぇ、ソラ﹂
ここ数年ですっかり大人びたフェレが、微笑みを湛えてボクの顔
を見ていました。そういえばこの子にもすっかり身長も追い越され
てしまいましたね。
﹁なんですか?﹂
﹁ソラは今、幸せ?﹂
その問いかけに答える前に、モミジが何かに気づいたように走り
だしてしまいました。慌てると転ぶといつも言っているのにと視線
をたどれば、そこには食堂で子供たちと一緒におやつのスイートポ
テトを食べているご主人さまの姿がありました。
704
ご主人さまに飛びついて膝の上に座らせて貰っているモミジを見
ながら、からかうように笑う子供たち。それを見て頬を緩ませなが
ら追加のスイートポテトをテーブルに置くユリアと、両手に持とう
として自分の娘に行儀が悪いと叱られて凹んでいるルル。いつもど
おりの、人は増えても今までと何も変わらない穏やかな日常の風景
が、そこにありました。
﹁︱︱フェレ﹂
﹁ん?﹂
声をかけると、答えが返ってくると思っていたのか、小さく小首
をかしげるフェレの翼を手に取ります。
﹁早くしないと、全部食べられちゃいそうです、急ぎましょう﹂
﹁へ!? あ! 私の分残しておいてー!﹂
早足で食堂に辿り着くと、慌てて自分の分を確保しようとするフ
ェレに子供たちからまた笑いが起きました。その声を聞きながら開
けられていたご主人さまの隣の席にそっと腰掛けます。ボクが手を
伸ばす前に昔と比べて随分と大人びてきたご主人さまが、取り分け
ていたらしいスイートポテトを差し出してくれます。
﹁ありがとうございます﹂
﹁いや﹂
それだけの短いやりとりですが、変に気取ったり甘い言葉が飛び
交わないだけ楽なのです。きっと外から見たら距離感があるようで
無い不思議な関係なんでしょうけど、これが一番心地よいのだから
仕方ありません。
705
﹁はい、フェレお母さんのぶん﹂
﹁プリムありがとー!﹂
フェレがした問いかけへの答えは、まだ見つかりません。ボクが
今ここで出せる答えはたぶん、”この日常が出来るだけ長く続いて
欲しい”⋮⋮それだけでしょう。でもきっと︱︱それで十分なんで
すよね、ご主人さま?
いつの間にか横に居るのが当たり前になっていた人へと向けた無
言の微笑みには、やっぱり同じような言葉のない微笑みが返って来
たのでした。
706
エピローグ︵後書き︶
はい、というわけで﹃チートな彼の異世界ハーレム﹄完結いたし
ました。
連載期間4ヶ月半、殆ど一発ネタの勢いで始めたこの作品が総文
字数20万字を超えるなど誰が予想したでしょうか。本当は9月中
には10万字くらいでエンディングにたどりつくはずだったのに、
気づけば伸びて伸びてこんな事に。
結果的にお気に入りも3000を越え、ポイントも過分なものを
貰って驚きながらも嬉しく思っております。ただ反省点もとても多
い作品でした、勢いに任せたためにワンパターンになってしまった
り、安定して更新するために1話を短くしたのに結局安定しなかっ
たりと、申し訳ない思いも多かったです。
とはいえ、こうして完結まで漕ぎ着けたのはやはり皆さんの応援
あってのもの、拙作ではありましたが少しでも無聊を慰めるお手伝
いが出来たのならば幸いです。色々と取りこぼしてしまったものも
ある気がしますが、ソラ達の物語はこれにて閉幕。長らくのお付き
合い本当にありがとうございました!
それでは、またいつか別のお話で。
707
登場人物紹介︵最終章︶︵前書き︶
連続更新︵59.60.ep.紹介︶の最終話となります。
ユーザーページの最新話から飛んだ方はご注意ください。
708
登場人物紹介︵最終章︶
︻クラリス︼
親善大使として夫であるコリンズと共にムーンフォレストに駐留す
る。
燃え上がるような恋の末に掴んだ幸せを、決して離すことがなかっ
たという。
︻コリンズ︼
親善大使の夫としてクラリスとムーンフォレストで公務に励む。
結婚してからクラリスのヤンデレぶりに薄々気付き始めたが、追求
する勇気はなかったようだ。
︻ゼイベル︼
嫉妬の権化と化した男たちとの戦いの果てにムーンフォレスト王国
へ辿り着く。
それからは妻である兎耳の少女と共に、彼の地で初心者の館を開き
数々の名冒険者を生み出した。
︻ソーン・イクシル︼
継承戦争で失脚した先代騎士団長の跡をつぎ、二代目の騎士団長と
なる。
後に同僚の男性と結婚はしたものの、最後まで王国内で友人はでき
なかったようだ。
定期的に行われる合同演習でムーンフォレストに来るのだけが楽し
みだと語っている。
︻ロウ・フルール︼
フォーリッツからの親善大使としてムーンフォレストに滞在中、
709
ある獣人の男性と恋に落ちてそのまま電撃的に結婚した。
その後はムーンフォレストに籍を移し、魔法使いとして活躍する。
王妃とはケンカ友達として仲良くもなく嫌い合ってもいない不思議
な関係だった。
︻ストルム・ヴィルトヴェイン︼
シュウヤによって心をへし折られ教会に出家。
辺境の地にて静かに教本を読み解く日々を過ごした。
︻ケイン︼
その後も冒険者を続け、女性を助けては順調にハーレムを拡大して
いった。
しかし女性たちの些細な揉め事が発端となった修羅場が原因となり、
ある街で大規模な刃傷沙汰を引き起こす、その時に負った刺し傷が
原因で若くして死亡。
最後まで己の行動を省みることがなかったようだ。
︻アラキス︼
フォーリッツ王国の王位を継承後、国内の亜人達の待遇改善に奔走
する。
多くの陰謀と粛清の果てについに目的を達成し、晴れてシーナを王
妃に迎えた。
それが正しい選択だったのかどうか、それは後世になるまではわか
らない。
︻シーナ︼
アラキスが王位を継いでから数年後、フォーリッツ王国の王妃とな
った。
なれない仕事と周囲からの妬みや誹謗中傷に体を壊して若くして伏
せりがちになる。
710
しかし、愛するアラキスとの間に子供を設けることが出来て、本人
は幸せだったようだ。
︻ティルカ︼
新たに創設された獣人達の部隊を率いる事になった。
アラキスに抱いていた小さな恋心をその胸に秘めたまま。
︻リアラ︼
ムーンフォレスト王国の辣腕宰相として長きに渡り活躍する。
王族の教育係として多くの子供たちの面倒を見たが、
まこと
結局自身の伴侶を見つけることは出来なかったようだ。
かさい
︻葛西 誠︼
就任後、無敗の騎士団長として活躍する。
妻であるクリスと、その子供たちを目に入れても痛くない程に可愛
がっていた。
後に娘に恋人が出来たりしたことでやきもきしたり、それとなく避
けられるようになったり、
父親の悲哀を存分に味わうことになる事は、この時はまだ誰も知ら
ない。
︻クリス・カサイ︼
マコトの妻として、公私に渡って支え続けた。
彼との間には娘が二人と息子が一人、子宝にも恵まれて幸せな生活
だったようだ。
︻フェレ・キサラギ︼
ソラと一緒になるために、敢えてシュウヤの夫人となった。
終ぞ王とは男女の関係にならなかったようだが、王妃の娘たちを可
愛がり幸せに過ごした。
711
後の世で伝説の歌姫と長く語られるようになる事は、当時の人間は
想像もしていなかったとか。
︻ルル・キサラギ︼
初代ムーンフォレスト王の第三夫人。
近衛騎士としての公務をする傍ら、時折王の寵愛を得る悠々自適な
生活を送る。
時折やってくるソーンとはいつの間にかライバルのような関係とな
っており、
競い合える良き友人になっていたようだ。
シュウヤとの間に息子一人、娘一人を設ける。
︻ユリア・キサラギ︼
初代ムーンフォレスト王の第二夫人
ソラの後を継ぎ筆頭侍女として秘書のような役目をこなしながら、
公私に渡って国王夫妻を支えた。
子供たち全員の母親のような立場になっており、本人もそれはまん
ざらではなかったようだ。
後に故郷の両親家族を国へと招き、家族思いの娘として語られる。
しゅうや
シュウヤとの間に息子一人、娘二人を設ける。
きさらぎ
︻如月 秋夜︼
異世界に召喚された後、紆余曲折あって初代ムーンフォレスト王国
の国王となる。
歴史に名を残すほどの魔術師でもあり、剣士でもあったという。
彼の統治の元、ムーンフォレストは豊かな国となっていった。
大変な愛妻家であり、王妃との恋物語は何冊も出版され、国中の乙
女を燃え上がらせたとか。
しかしながら不思議なことに、若い時から王妃との関係は熱愛では
なく穏やかなものだったという。
712
きさらぎ
そら
︻如月 空︼
異世界にハイエルフとして召還され、紆余曲折あってムーンフォレ
スト王国の王妃となる。
愛玩用などと揶揄されながらも、夫であるシュウヤをここぞという
ところでしっかりと支えた。
朗らかで快活な、いつまでも少女のように可愛らしい王妃を王と民
は大層愛したという。
シュウヤとの間に王女を三人設け、愛する娘達と賑やかな毎日を送
っていた。
結局最後までシュウヤに対し男女としての愛情を抱くことはなかっ
たものの、
常に静かに傍に寄り添う姿は、夫婦のあるべき形として長く語られ
ることになった。
713
登場人物紹介︵最終章︶︵後書き︶
ちょこちょこ修正。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n3772bs/
ご主人さまとエルフさん
2014年7月5日01時20分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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