情報経済・産業ビジョン 平成17年4月 産業構造審議会 - 経済産業省

情報経済・産業ビジョン
∼
「IT化の第2ステージ」
「プラットフォーム・ビジネス」の形成と5つの戦略 ∼
平成17年4月
産業構造審議会 情報経済分科会
(目次)
狙 い
Ⅰ.現状認識
:「IT化の第2ステージ」の入り口に立つ日本
1.ITを巡る現状...........................................................................................................................................1-1
(1) 生活...............................................................................................................................................1-1
(2) ビジネス......................................................................................................................................1-16
(3) 行政.............................................................................................................................................1-26
(4) 社会的課題...............................................................................................................................1-39
2.「IT化の第1ステージ」の総括.............................................................................................................1-47
(1) 「IT化の第2ステージ」の入り口.............................................................................................1-47
(2) IT主導の「利便性」から、利用者主導の「強さ」へ.............................................................1-49
Ⅱ.「IT化の第2ステージ」の課題:「プラットフォーム・ビジネス」
1.ITを巡る環境と新たな萌芽...................................................................................................................2-1
(1) イノベーション・サイクルの変化とITの役割の変化................................................2-1
(2) 「ビジネス分野」における「全体最適化」を目指した先進的な動き...........................2-5
2.「プラットフォーム・ビジネス」の形成...........................................................................2-12
(1) 情報の「共有」・「活用」による新たなイノベーションの創出..................................2-12
(2) 「IT化の第2ステージ」における「プラットフォーム・ビジネス」の意義......................2-18
3.「プラットフォーム・ビジネス」形成に必要な連携・協調..................................................2-20
(1) サービスとITの連携 :タテの連携・協調......................................................... 2-20
(2) サービスの相互運用性の確保と横の広がり :ヨコの連携・協調..........................2-25
(3) ITにおける「優しさ」と「楽しさ」の追求.............................................................. 2-27
4.「プラットフォーム・ビジネス」形成と政策的コーディネーション........................................2-29
Ⅲ.4分野の課題解決と「5つの戦略」
1.【新たな担い手の確立】 「プラットフォーム・ビジネス」の活躍..........................................3-3
i
2.【利便性の追求】 ユビキタスなIT利用環境の整備......................................................3-12
3.【広がりの追求】 アジアへの広がりの追求.................................................................3-22
4.【安全・安心の追求】 信頼という資産への集中投資...................................................3-33
5.【強さの追求】 4つの分野におけるITユーザの競争力・課題解決力..............................3-64
Ⅳ.IT産業の競争力の再構築
1.情報通信機器・素材産業.........................................................................................4-1
(1) 現状と課題.......................................................................................................4-1
(2) ベンダの国際競争力強化に向けた今後の取組....................................................4-12
2.情報サービス産業..................................................................................................4-25
(1) 現状認識........................................................................................................4-25
(2) 課題の本質と対応の方向.................................................................................4-29
おわりに
ii
狙 い
「IT革命」の実現に向けて官民を挙げた集中的な取り組みを始めてから、早や5年を迎
えた。私たちは今、2001年1月に政府が「e−Japan戦略」で定めた「世界最先端のIT国
家となる」との目標の年とされた2005年にある。
これまで、政府としては、「e−Japan戦略」に基づき、ITインフラの整備、電子商取引
の普及など様々な課題に対して各府省庁が一丸となって取り組んできた。
また、経済産業省では、2004年5月に「新産業創造戦略」 1をとりまとめ、強い製造業
の復活と雇用を生み出す様々なサービス業の創出によるダイナミックな産業構造転換を
目指して、「情報家電」、「コンテンツ」など7つの分野の産業群育成の道筋を提示し、その
実現に取り組んでいるところである。
このような取り組みの下、パーソナルコンピュータ(以下「PC」という。)やインターネット
の普及は急速に進展した。インフラ整備という側面からは、「世界最先端のIT国家」実現
に大きく近づいたとも言えるであろう。
しかし、私たちの生活やビジネスは、ITの普及によって果たして根本的に変わったのだろ
うか。実は本質的なところでは変わってはいないのではないだろうか。
グローバル化とIT化が進む今、市場の規模や複雑さは一企業や一個人では扱い見通
すことのできる範囲を超えつつある。かつて高度成長時代は、供給側による技術革新を
マスの市場が受け入れることによってイノベーション・サイクル2が成り立ってきたが、今後
は、ネットワーク化などを通じてユーザの智恵と知見を「基点」とした、「ものづくり」とサー
ビスの融合、「作り手」と「使い手」の融合などによる新たなイノベーション・サイクルを確立
することができるかに、競争力・課題解決力の「鍵」が移りつつある。
しかし、我が国では、伝統的な「縦割り」構造、立場の違いなどから、情報の流れが分断さ
れており、これらの間に潜む有意な智恵や経験をイノベーションに活かしていく流れがで
きていない。
他方、韓国、シンガポール、中国などのアジア各国では、世界でも高水準の情報インフ
ラと技術力が集積を始めつつある。また、韓国やシンガポールなどでは、「縦割り」や立場
の違いを超えた国家レベルでの「実験」に矢継ぎ早やに取り組んでおり、ITの活用による
生活や行政の変革、産業の競争力の強化では、我が国より進んだ事例も多く見られるよ
うになった。
1
2
http://www.meti.go.jp/policy/economic_industrial/press/0005221/ を参照
ここでは、「イノベーション」を「新しい知識を発展・利用することで、新たな付加価値を市場にもたら
すことと」と整理するが、「イノベーション」自体の様々な定義については、Joe Tidd, John Bessant,
Keith Pavitt 著、後藤晃/鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004年のP49に、
いくつかの著名な定義が紹介されている。また、「イノベーション・サイクル」とは、ここでは、「イノベ
ーション」が連鎖的に発生し更に新たな「イノベーション」を誘発していくようなプロセスという意味で
用いる。
我が国が、個別技術での比較優位や、世界的にみても品質に「うるさく」「尖った」消費
者の存在を持っていようと、今後、ユーザとの「対話の徹底」に失敗し、「縦割り」や立場の
違いを超えたネットワーク化などに遅れれば、総合的な経済・産業の競争力や生活・社会
環境の革新において、これらの国々の後塵を拝することとなろう。
こうした問題意識の下、本分科会は、「IT革命」への取り組みから今日に至るまでの間、
コンピュータを中心にIT化の発展した段階(「IT化の第1ステージ」)において ITが急速に
普及し、生活やビジネスの随所で利便性が提供されてきたことを振り返りつつ、PCに加
え「情報家電」3 (ここでは、デジタルTV、携帯電話、カーナビ、電子タグ等のデジタル機
器・端末を広く包含する。)が登場した今日、私たちがIT化の新しい段階にある(「IT化の
第2ステージ」)という認識に立って、今後のビジョンと戦略をここに「情報経済・産業ビジョ
ン」としてとりまとめた。
「情報経済・産業ビジョン」においては、IT産業自体はもとより、生活、ビジネス、行政及
び社会的課題の各側面で、今後、「縦割り」や立場の違いを超えて「情報」をつなぐことに
より、
「サービスを提供するための共通統合事業基盤」、すなわち、「プラットフォーム」
が競争力・課題解決力をもたらしていく上で不可欠であると位置づけ、「プラットフォーム・
ビジネス」として形成されていく上での諸課題についての整理を行い、「IT化の第2ステー
ジ」における5つの戦略と産業の競争力などについて、一つのビジョンとして包括的に提
示している。
これは、「新産業創造戦略」で示した道筋を、現時点の状況を踏まえて、ITの側面から
さらに具体化を図ったものである。
本分科会は、2002年3月に、「ネットワークの創造的再構築」と題した「第三次提言」を
とりまとめ、IT革命の本質を組織改革と見極めた上で、社会的なネットワークの解体と創
造的再構築、すなわち、従来我が国の強みでもあった「縦割り」型、垂直統合型の企業組
織や企業連携、行政組織を、機能的・水平的に「再編」(アンバンドル)し、また、それを可
能にするための制度改革を実現することを提言した。この提言は、その後、各種の規制
緩和、行政における府省横断的な電子政府構築計画の実現といった形で、徐々に達成さ
れつつあり、また、社会的にも、従来の「縦割り」を排した新たな連携を模索する動きが随
所で活発化しつつある。
今は、いわば、アンバンドルのプロセスから、新たな「連携」(「リ・バンドル」)へのプロセ
スに入りつつあるとも言える。
3
2002 年 9 月に「情報家電の市場化戦略に関する研究会」(委員長:相磯秀夫東京工科大学学長)
がとりまとめた「e-Life イニシアティブ」
(http://www.meti.go.jp/kohosys/press/0003917/0/030411e-life.pdf)において、情報家電は、「携
帯電話、携帯情報端末(PDA)、テレビ、自動車等生活の様々なシーンにおいて活用される情報通
信機器及び家庭電化製品等であって、それらがネットワークや相互に接続されたものを広く指す。」
と定義されている。本報告書の定義は、この定義にも準じる。
重要なことは、アンバンドルからリ・バンドルへの流れが、硬直的な垂直の「再統合」に
ならないように、柔軟性と信頼性の双方を兼ね備えた社会基盤を整えていくことである。
仮にも垂直統合と硬直的な産業構造・社会構造の再生産、ひいては、社会としての「しな
やかさ」の喪失につながるようなことがあれば、国際競争力の回復・向上はますます厳しく
なろう。「第三次提言」が提案したように、ネットワークの解体と再構築は「創造的」でなくて
はならない。「しなやかな強さ」を実現するため、「部分最適」の再構築ではなく「全体最
適」を目指し、情報公開と評価を基礎として、より大きな「PDCA」のサイクル(Plan・Do・
Check・Action)を実現する改革を進めていかねばならない。
そのためにも、「情報経済・産業ビジョン」では、国家、社会、企業、地域、個人それぞ
れが、自らの競争力・課題解決力を向上させるため、経済・社会の様々な局面で見られる
「タテ」と「ヨコ」の連携の不足を補い、競争と協調の両立を可能とする「プラットフォーム」
の必要性を強調している。なお、「プラットフォーム」の形成は、市場における「圧倒的リー
ダ」なしには実現しない。しかし、「圧倒的リーダ」が存在しない場合はどうか。政府主導の
「設計主義」でもなく、「自由放任」でもない、新しい産業政策が求められている。
2005年は、「e−Japan戦略」とそれに続く「e−Japan戦略Ⅱ」の「総仕上げ」の年で
あるとともに、今後の「IT国家戦略」が検討され、議論されるべき年でもある。
本分科会は、「情報経済・産業ビジョン」で提示した課題と戦略が、「IT化の第2ステー
ジ」における産業の競争力と個人や社会における課題解決力の強化・向上に資する戦略
的な取り組みに結実していくとともに、政府における今後の「IT国家戦略」の企画・立案に
活かされることを期待している。
Ⅰ.現状認識 :
「IT化の第2ステージ」の入口に立つ日本
Ⅰ.現状認識
:「IT化の第2ステージ」の入り口に立つ日本
1.ITを巡る現状
「Ⅰ.現状認識」では、ITを巡る現状を利用側と提供側から概観する。また、利用
側については、生活、ビジネス、行政、社会的課題の4つの側面から、ITの普及が
それぞれの何を変え、何を変えていないかという視点から整理したい。
(1) 生活
生活分野では、PCや携帯、平面パネルTV、デジタルカメラ、DVDといった情報
家電など、IT関連機器の普及が急速に進んでいる。しかし、これらが十分に生活
そのものを変えるに至っているかと言われれば、必ずしもそうではない。また、医療
や教育など、そもそもITが活用されていない領域も多数残されている状態にある。
加えて、ITやITを使って提供されるサービスに対して十分な信頼が寄せられるかど
うかも、ITの活用普及の大きな障害となっている。
① デジタル機器の普及と生活の変化
ⅰ) 「情報家電」
この数年、DVD、薄型テレビ、デジタルカメラなどの新たなデジタル機器が、
「新・三種の神器」などと呼ばれ各家庭に急速に普及した。
図 液晶カラーテレビ、PDP及びDVDレコーダの出荷台数の推移
千台
1 ,6 00
1 ,4 00
1 ,2 00
1 ,0 00
8 00
6 00
4 00
2 00
0
20 00 年 1月
20 01 年 1 月
液 晶 カラー テ レビ
20 02 年 1 月
2 00 3年 1 月
プ ラ ズ マ・ デ ィスプ レイ・ パ ネル (PDP)
2 00 4年 1 月
DVDレコ ー ダー
出所)(社)電子情報技術産業協会(JEITA)
1-1
しかし、こうした今売れている機器は、平面パネル TV にせよ、デジタルカメラに
せよ、DVD レコーダにせよ、いずれもネット接続ではなく、各製品固有の機能をデ
ジタル化により深めた商品が主流を占める。情報家電に、デジタル家電という要素
とネット家電という二つの要素があるとすれば、そもそも通信端末である携帯電話
を除き、今は専らデジタル化の恩恵を付加した製品が市場で主役であると言えよう。
これは、情報家電の第一段階に過ぎない。平成 15 年 4 月に経済産業省がとりまと
めた「e−Life イニシアティブ」(e−Life 戦略、委員長:相磯 秀夫 東京工科大学教
授)1では、情報家電を「携帯電話、携帯情報端末、テレビ、自動車等生活の様々な
シーンにおいて活用される情報通信機器及び家庭電化製品等であって、それらが
ネットワークや相互に接続されたものを広く指す」ものと定義している。この定義も
示唆するとおり、情報家電は、デジタル化の次にネットワークで接続され、それが
新たなサービスを生み出すプラットフォームとなってはじめてライフスタイルそのも
のを変える力を持つ。
例えば、平面パネル TV は、それがテレビとして使われている限り、画面が大き
くなる、画像が綺麗になるといったメリットはあっても、テレビを見る生活空間に何
の変化ももたらさない。また、それが特定サービス向けの専用セットトップボックス
(STB)や、特定の機種のデジタルカメラとテレビを繋ぐというレベルでネットワーク
化されても、それは従来のテレビやカメラの使い勝手の向上、品質の向上にはつ
ながりこそすれ、テレビや、カメラといった基本的な機能そのものに変化や革新をも
たらすわけではない。今の情報家電は、それぞれテレビ、カメラ、ビデオとしての性
能を高めたものであっても、それ自身全く新たな生活機能や、ライフスタイルの変
革をもたらしているとは言いにくい。
情報家電が生活の分野において目指すべきは、デジタル化のみならずネットワ
ーク化も果たし、様々なサービスのプラットフォームに進化した家電の姿である。放
送、通信といった従来のサービスやカメラ撮影など、従来からあるプライベートユー
ス以外にどれだけ、ITを活用した新たな課題解決や生活機能を提供できる専門的
なサービス(以下、「ライフ・ソリューション・サービス」という)を切り開けるかに課題
が集まる。
このままでは、家電は単にデジタル化したにとどまり、今までの家電を超えた新
たな生活機能を提供することもなければ、生活を変革していくことも出来ないだろ
う。
ⅱ) PCと携帯
こうした家電の動きに対し、PCと携帯電話の普及に関しては、一部、その生活ス
タイルそのものに変化がもたらされつつある。
第一に、その圧倒的な普及と、コミュニケーションスタイルの変化である。
PCの各世帯への普及率は65.7%、インターネットの世帯普及率でも88.1%
1
http://www.meti.go.jp/kohosys/press/0003917/0/030411e-life.pdf を参照
1-2
と、ITの普及に関しては、既に世界で最先端の水準をゆくまでになっている。
図 PCの世帯普及率、インターネットの世帯普及率
PC と イン タ ー ネ ッ トの 世 帯 普 及 率
%
100
88.1
90
81.4
80
70
60.5
60
63.3
65.7
57.2
50.1
50
38.6
34.0
40
29.5
30
20
22.1
11.7
9.7
11.6
10.6
11.5
12.2
1989
1990
1991
1992 1993
11.9
13.9
15.6
1994
1995
25.2
19.1
17.3
11.0
10
0
1987
1988
1996
P Cの 世 帯 普 及 率
1997
1998 1999
2000
2001
2002
2003
2004
イ ン ター ネ ットの 世 帯 普 及 率
出所)PC の普及率: 内閣府 消費動向調査 「主要耐久消費財の普及率(全世帯)
平成 16 年 3 月末現在」、インターネットの普及率: 平成 16 年度版 情報通信白書
また、離れた場所にいる場合のコミュニケーションの主役は、従来は固定電話で
あったが、今や固定電話と携帯電話のシェアは逆転し、また、携帯電話の中でも、
電子メールがその重要なもう一つの主役として定着しつつある。
図 固定通信と移動通信の契約数の推移
万回線
1 0,0 00
8,66 5
9,0 00
7,4 82
8,0 00
6 ,67 8
7,0 00
6,0 00
5,0 00
6,0 22
6 ,2 23
6 ,26 4
6,2 85
6 ,2 63
5 ,68 5
6 ,1 9 6
6 ,1 3 3
6 ,0 7 7
13
14
4 ,7 3 1
4,0 00
3,8 26
3,0 00
2,0 00
8 ,1 12
2 ,69 1
1,0 00
0
平成8
9
10
11
固 定 通信
12
15
移動通信
出所)総務省「情報通信白書」(平成 16 年版)
このように、PCや携帯電話は、電子メールや携帯電話での通話といった形で日
常のコミュニケーションの主流として広く国民各層に普及し、従来の手紙文化や固
定電話文化などの生活スタイルそのものを変えつつある。
第二に、情報収集のスタイルの変化である。
1-3
従来、生活における情報収集の主役は、テレビ、雑誌、新聞などであったが、P
Cとインターネットの急速な普及は、その情報収集のスタイルに変化をもたらした。
例えば、2005年3月に行った消費者に対するアンケート調査結果では、日常生
活上良く利用する情報源として、テレビ、新聞記事、チラシなどを押さえてPCとイン
ターネットが首位となったほか、生活で最も良く調べる情報源としても、「PCでイン
ターネットから」が43.9%を占め、2位のテレビを大きく引き離した。一部には、P
Cの今への進出が進み、「TVをみながらPCをする」のではなく、「PCしながらTVを
みる」といったように、「ながらメディア」での逆転現象が一部に始まりつつあるとの
指摘もある。ただし、内訳を生活者別に見ると、学生(52%)、独身社会人(53.
8%)がその牽引役であり、こうした動きは、まだ若年層が中心であることもみてと
れる。
Base for %:3,000s
図 話題の情報源
情報源
最頻情報源
(身のまわりの人と話す際の情報源)
(最も利用している情報源)
91.7
PCでインターネットから
新聞記事から
81.3
テレビ(地上放送)から
80.9
【PCでインターネットから】
【PCでインターネットから】
43.9
43.9
全体
19.3
27.5
学生
52.0
独身社会人
53.8
47.5
既婚子無し
44.3
既婚子育て
チラシから
51.4
1.4
他の人から
47.6
3.5
既婚子手離
既婚子独立
32.7
28.7
第三に、電子商取引の普及・進歩である。対消費者(BtoC)の電子商取引市場
は、1998年から2003年にかけて市場規模が0.6兆円から4.4兆円へと急成
長し、また、その一部には携帯電話を活用した市場も増えつつある。
(兆円)図 BtoC(対消費者)の電子商取引市場規模
444.2
.4
550
40
4
26.9
30
2.7
3
1.5
14.8
20
2
10
1
0
0.6
0.1
3.40.3
8.20.8
0
1998
1999
2000
1-4
2001
2002
2003
具体的に、その仕組みを最も大きく変えた例を取り上げると、インターネットを通
じた株取引は、2000年から2004年に向けて急速に普及。新たに多くの個人投
資家の参加を実現し、手数料を基本とした従来の証券市場のビジネスモデルを大
きく変えた。ITがまさに、その生活における株取引という新たな生活空間を生み出
したといえよう。また、同様に、インターネットによる銀行口座の取引も徐々に増え
つつあり、支店の窓口に通うという銀行との付き合い方に、徐々に変化がもたらさ
れつつある。
図 インターネット取引の口座数及び売買代金の推移
売買代金
(10億円)
口座数
1,000,000
7,000,000
5,815,291
6,000,000
900,000
800,000
4,955,151
5,000,000
700,000
4,248,812
3,921,114
3,552,991
4,000,000
656,880
500,000
3,092,227
3,000,000
500,207
2,481,724
300,000
319,793
1,325,795
200,000
746,456
296,941
口座数(左軸)
末
9月
末
平
成
16
年
3月
末
平
成
16
年
9月
末
平
成
15
年
3月
末
平
成
15
年
9月
末
成
14
年
3月
成
14
年
9月
末
0
平
成
13
年
3月
末
平
成
13
年
9月
末
平
成
12
年
3月
末
成
12
年
平
11
年
10
月
末
69,372
45,337
平
0
100,000
145,981 142,803
111,727 125,079
80,699
平
1,000,000
平
成
400,000
1,933,762
2,000,000
600,000
売買代金(右軸)
出所)「インターネット取引に関する調査結果について」日本証券業協会
このように、PCと携帯電話の普及は、個人の生活の道具として、今まで行ってき
たコミュニケーションや、情報収集、ショッピングなどを便利にする手段として、生活
に定着しつつあるように見える。
ただし、これらも、リアルに固定電話や店頭で行われていたものが置き換えられ
ただけに過ぎないとの指摘もある。今後は、コミュニケーションの内容や、情報収
集の質の向上、電子商取引の活用によるサービスの質の向上など、内容面での
変化が問われていくこととなろう。
ⅲ) ICカード
IC化されたカードとITの連携も、構想としては90年代から盛んに問われてきた
取り組み分野である。実際には、ICカードを導入しても用途が乏しい、カードばかり
が財布の中に増えていって、本当に何の役に立つのかわからないといった指摘も
多い。そういう意味で、ICカードの普及は、全体としては苦戦をしている状況にあ
1-5
る。
しかし最近では、Suica、EdyといったICカードや携帯電話に組み込まれた認
証・課金機能を活用した、ライフ・ソリューション・サービスが徐々に普及をはじめ、
生活に少しずつ変化をもたらしつつある。
図 ICカード普及枚数
カード
Suica
Edy
住基カード
普及枚数
1097 万枚(2005 年2月末時点)
内、電子マネー機能付 約 500 万枚
約 710 万枚(2005 年 1 月現在)
36 万枚(=人口比 0.28%、2004 年 8
月末時点)
出所
交通新聞(2005 年 3 月 15 日)、
日本経済新聞(2005 年1月27日)
日本経済新聞(2005 年1月27日)
総務省ホームページ
ICカードについて、重要なポイントは、それが単に従来のカードをIT化したものに
はとどまらないことである。
例えば、比較的成功を収めているSuicaを例にとると、一括前払いした金額の範
囲内で改札が瞬時にできるというだけでなく、複雑な料金経路に関する料金計算、
乗降記録のチェックを通じた不正乗車の管理などを鉄道会社側のネットワークを通
じて瞬時にこなしているという意味で、Suica自身が、一つの巨大な情報共有・処
理システムとなっている。また、最近では、その用途が、改札を超えて、提携した店
舗等での課金など、電子財布としての役割にも広がりつつあるが、そこでも、利用
者の個人の特定、預かっている資金のチェックなど、様々な情報を瞬時にチェック
し、財布の必要ない買い物を実現する巨大なシステムとして機能しようとしている。
さらには、こうしたICカードの用途は、単に定価でのやりとりにとどまらない、利
用者の利用頻度や企業側が設定した特典に応じた割引やサービスを個々の利用
者毎にきめ細かく売価に反映させるなど、さらに生活者のニーズに密着したサービ
スを生み出していく基盤にもなり得るだろう。
<ベネッセカードの事例>
ベネッセの発行する「ベネッセカード」は、FeliCa を搭載したクレジットカード。パ
ソコン接続の専用機器にかざすとインターネット上で自分専用の教育サイトに
接続することができるサービスや、JCBの提供する小口決済サービス「クイック
ペイ」と連動する。
顧客の購買履歴を元に消費動向を把握、カード利用者だけでなく家族も含め
たニーズを分析、新商品やサービスの企画開発につなげる。
ベネッセの商品購入に利用できるポイントサービスがあり、「進研ゼミ」の毎
月の支払いはもちろん、提携先の赤ちゃん本舗や、文具のアスクル、書籍のブ
ックサービス、語学のアルク、金融(学資口座)の住友信託銀行、ファミリーレス
トランのロイヤルなどと提携し、各社のサービス支払いでもポイントがたまる。
(以上、プレスリリース及び日経流通新聞MJ2005 年 2 月 25 日より)
ICカードやそれに変わるデジタル携帯端末は、個人の利用履歴などを管理し、
膨大な情報をサービス提供者側で瞬時に処理することで、利用者個人のニーズに
1-6
応じたきめ細かなサービスの展開を可能にし、また、現金、健康保険証、印鑑など
を常時持ち歩く負担を軽減してくれる便利なツールとして、今後の普及が期待され
る。
現在、SuicaやEdyを中心として、ICカードは2億枚程度普及しているが、今後
は、クレジットカード、運転免許証などのICカード化の進展により、2009年には4
億6千枚程度にまで広がることが見込まれている。
図 国内で利用されるICカード枚数の予測
出所)野村総合研究所(2005 年)「これから情報・通信市場で何が起こるのか」(東洋経済
新報社)
ICカードに関する課題の第一は、ICカードそのものが今後着実に普及することで
あるが、更に重要な課題は、これらがただ単に従来のカードをIT化し、従来のサー
ビスをITに置き換えただけにとどまらないように、今後如何に、ライフ・ソリューショ
ン・サービスを提供する側が自らを変えていけるかである。
ICカードの現在の用途を見ると、それぞれ自動改札用切符、従来どおりの身分
証明など、実際の用途がIT化によってあまり広がりを見せていないのも実態である。
それにはどうしても、鉄道、銀行、クレジットカードなどの業種や、ライバル企業同
士の競争といった要素が絡んでくるため、結果として、ややもすると、むやみにただ
数多くのICカードが発行されるだけに終わりかねない。それぞれのサービス事業
者が縦割りの旧弊に捕らわれることなく、生活者の視点から、生活を変えるような
信頼とサービスの提供に繋げられていくことが期待される。
こうした、一枚のICカードに対して様々なサービスの共用を図るため、経済産業
省では、IT装備都市研究事業を推進。これらは、便利な道具としてそれぞれの自
治体で普及した。今後、こうした実証事業の成果も踏まえながら、その活用の進展
や、さらには、他のICカード等との統合的なサービスの展開が待たれるところであ
る。
1-7
<IT装備都市研究事業の事例−長野県駒ヶ根市>
駒ヶ根地域では、商店街の活性化を目的に駒ヶ根スタンプ協同組合(現・つ
れてってカード協同組合)、駒ヶ根市、商工会議所、アルプス中央信用金庫が
連携し、従来の紙のスタンプカードを電子データによるポイントカードに変える
だけでなく、プリペイド機能、キャッシュカード機能を搭載したICカード(名称:つ
れてってカード)を導入した。すでに約27,000枚発行(2004年末現在)、近
隣町村とも連携し、加盟店は小売店・飲食店・ガソリンスタンド等184店舗、市
役所等の公共施設、高速バス等でも利用が可能である。電子マネーとして支払
が可能となるだけでなく、ポイントも取得できる。ICカード稼働開始後、大型店
進出による商店街の地盤沈下に歯止めがかかり、1998年からは消費不況に
関わらず、組合の売り上げが上向きに転じた。地域の暮らしに深く結びついた、
利用率の高いシステムとして定着、発展している。
こうした観点から、さらに今後の活用が期待されるものの一つが、住民基本台帳
カードである。住民基本台帳カードは、現在、36万枚程度(2004年8月末時点)
が発行されているが、そのカードの技術的な能力は極めて高く、非接触インターフ
ェースで、1枚に複数のアプリケーションを搭載可能であり、さらにPKI技術を活用
して本人を認証できるように設計されている。
手続き的には、発行元となる各自治体が条例改正を行うことにより、公共施設の
予約・利用サービス、健康情報・アレルギー情報等を記録することによる健康サー
ビス、商店街等のプリペイドサービス・ポイントサービスといった様々な活用が可能
となることとなっており、今後の活用の進展が期待される。
中には、非常に先進的なサービスを実現している例も出始めており、その今後
の活用の広がりを是非とも期待したい。
<住民基本台帳カード先進活用事例①−神奈川県大和市>
神奈川県大和市では、2005年1月26日から住民基本台帳カードに、以前
は別のIC市民カードにより行われていた自治体サービスのアプリケーションを搭
載し、運用を開始した。このカードを利用することにより、住民票の写し等を全国
どこからでも取得できる上に、学習センター・スポーツ施設の予約、国保資格証
明書の発行、また、2005年4月からは市立図書館で本を借りることも可能とな
る。また、地域通貨『ラブ』を交換するシステムも導入されており、行政サービス
の向上だけでなく、地域コミュニティの活性化を図っている。
(発行枚数:約9万枚、普及率:約40%)
<住民基本台帳カード先進活用事例②−東京都荒川区>
荒川区では、住民基本台帳カードに、図書館サービス、証明書自動交付サー
ビスといった行政サービスのほか、電子マネーサービスのアプリケーションを搭
載している。これにより、区立荒川遊園における入場料、乗り物利用料金、飲食
代金等をキャッシュレスで支払うことが可能である。今後、より多くの区民がサー
ビスの恩恵を享受できるよう、区のスポーツ施設や文化施設の利用料、コミュニ
ティバスの運賃、商店街における買い物代金の支払い等、民間や他自治体との
連携を含め、サービス対象の拡大を検討しているところである。
(発行枚数:約2千枚、普及率:約1%)
1-8
<住民基本台帳カード先進活用事例③−北海道の3市町>
住基カードを利用して、深川市、秩父別町、北竜町の1市2町の公共温泉施
設を利用するとポイントが加算され、ポイント数に応じて特典が受けられるサー
ビス。住基カード普及と温泉の利用促進のため、1市2町が足並みをそろえ、全
国でも珍しい広域的なサービスを開始することにした。
住基カードの空き領域を使っており、施設利用時に職員がリーダーに通すと、
深川市役所にあるサーバーに自動的にポイントがたまる仕組みとなっている。1
回の利用で10ポイント加算され、100ポイントたまると無料で1回入浴できる。
(以上、深川市ホームページ及び北海道新聞2005年2月19日より)
② IT活用の未開拓領域
確かに、IT関連機器は徐々に生活の中に溶け込み始めている。中でも、PCと携
帯電話の普及による電子メールの普及、インターネットを通じた情報収集は、生活
におけるコミュニケーションのスタイルを一部大きく変えたことも評価できる。しかし、
コミュニケーション以外の分野において、ITが根本的にライフスタイルを変えたかと
いうと、必ずしもそうでもない。
ビジネス向けのIT活用では、ITは、通信、情報収集といったコミュニケーションの
分野はもとより、人事・財務会計といった内部処理業務、各社内での膨大な文書
管理、顧客・取引先や在庫状況、取引先との契約や決済の管理など、ビジネス上
のあらゆるイベント(出来事)に対して活躍をしている。しかし、生活分野を見ると、
娯楽系コンテンツや生活関連情報の提供など、まだその一部に限られ、ITによるソ
リューションは、まだ十分に展開されていない。例えば、ITによるライフ・ソリューシ
ョンが可能な分野としては、次のような分野があげられる。
「ライフ・ソリューション・サービス」が可能な分野の例
(1)セキュリティ
(6)仕事・就労
(11)エンタテインメント
(2)地域・自治体
(7)教育・学習
(3)住まい・家事
(8)マネー・保険
(12)レジャー・ホビー
(13)生活情報サービス
(4)結婚・出産・育児
(9)健康・美容
(5)医療・介護
(10)ショッピング
生活分野でも、こうした局面を打破すべく、様々なライフ・ソリューション・サービ
スの萌芽が見え始めている。しかし、それらの動きは、既に何らかの形で顧客とし
ての生活者の囲い込みに成功している者が、その付加価値サービスの一つとして
提供しているものや、新たな付加価値を発見しているにもかかわらず、そこで得ら
れた情報自体から十分な対価を得られていないなど、まだ多くの課題を抱えてい
る。
1-9
図 先導的なサービス事例と主要なボトルネックの例 (経済産業省調査)
サービス分野
サービス例(概要)
サービス開始にあたってのボトルネック
セキュリティ
子供や老人、自動車、二輪車、ペット、荷 精度の高い位置確定技術がなかったので
物・貨物などの人・物の位置情報提供サ 事業化ができなかったが、該当技術開発会
ービス。小型専用端末を持参・装着し、必 社との提携により事業化が実現。
要なときに市を検索して、スタッフが駆け
つけ、防犯などに役立てる。
地域・自治体
デジタルカメラ付き携帯電話を利用して、 同様なサービスの参考例がなく、運用方法
住民から道路や標識の破損などについて の検討に苦労。
通報を受けるシステムを稼動。下見に行く 携帯電話の GPS 機能を利用する際に必要
手間を省き、住民の声を迅速に行政に反 なキャリアへの申請手続きが煩雑。
映。
医療・介護
高齢者等が家庭で使う電気ポットの使用 試作品は通信機とポットが別品で使い勝手
記録を、離れて住む家族に知らせるサー が悪かった。サービス内容に適した通信技
ビス。
術やサービス運営体制を見つけるまで苦
労した。
教育・学習
小学生の中学受験向け e ラーニングサー PC の機能を高度利用するので、PC に不
ビス。ユーザーは市販のヘッドセットマイ 具合が発生しやすいこと。その際に、PC メ
ク、Web カメラ、ペンタブレットを購入し、イ ーカーのサポート体制が不十分なこと。
ンターネットを利用したテレビ会議を使っ 利用環境を準備するのは主に母親だが、
て、授業等のサービスを受ける。
中には IT リテラシーの低い人もあり、利用
方法の説明に苦慮。
エンタテインメント携帯電話向けアプリ(テレビ連動リモコン) オープン、グローバル、スピーディで基本を
を開発し、それによって、携帯電話でテレ B to C に置いてビジネス展開する携帯電
ビ番組表と番組詳細情報、番組進行状況 話の業界と、共通プラットフォーム上でコン
を提供するサービス。
テンツを提供し B to B の世界で動く放送業
界との文化の違いを吸収し、同じテーブル
につくことが困難。
レジャー・ホビー パソコンや携帯電話からインターネット経 自社では販売チャネルを持たないので、効
由で、ペットの姿を確認しながらエサをや 果的な機器販売ルート開拓に苦労。
ることができるペット用自動えさやり機。 IT 初心者には困難なルータ設定。各社ル
ータにより異なる設定方法。
情 報 プ ラ ッ ト フ ォ 定期券保有者が事前登録すると、利用者 メーカーとして情報コンテンツや広告事業
ーム
が自動改札機を通過した直後に、趣味や のノウハウや領域への進出は、異文化、異
グルメ、イベント等の沿線情報を携帯電話 業種企業との連携が必須であり、企業間の
にメール配信するサービス。
文化の差異の吸収が大きな課題であった。
加えて、ビジネス・ソリューションの分野が、ビジネスの各シーンにわたって展
開を始めていることを考えると、ライフ・ソリューションの分野は、まだ手つかずの領
域が多く残されている。生活とITというと、「コンテンツ」といった形でコミュニケーシ
ョンや娯楽用サービス分野の用途が強調されることが多いが、ITが本来、生活の
機能を代替し、またライフスタイルを変える可能性を持つのは、教育や医療、ホー
ムセキュリティといった生活に不可欠な機能の部分であるはずである。しかし、これ
らはサービスとして未開拓である上に、これに必要となるデジタル機器やサービス
1-10
の間の相互運用性も保証されていない状況にある。
図 ライフ・ソリューション・サービスの現状
教育
(eラーニング)
おしゃべり
就労
(テレワーク)
∼ 認 証 ・課 金 等の
役 務提 供∼
プラットフォー ム
ネットワー ク
インフラ
固 定電話
固通
定信
電事
話業
通者
信事業 者
携帯電話
携通
帯信
電事
話業
通者
信事業 者
衛 星/ 通
衛信
星/ 通信
事 業者
通 信事業者
地上
C・
A
T
V
事
地波
上放
波送
放事
送業
事者
業・
者
C
A
T
V業
事者
業者
役 務利 用 放 送事 業 者
BS/ CS事 業 者
ライフソリューションサービスが未開拓
IT活用分野に偏りがある
ISP
サービス事 業 者 とユーザ ︵ター ミナル︶の乖 離
様々な財 音楽・映像
( 電子商取引)
医療
(テレメディシン)
コンテンツ・財 ・サー ビス
種々のサービス
機器、サービスに相互運用性がない
端
末
パソ
コン
情報家電等
情報家電等
認証・課金・提供システムの占用化
TV・
ラジオ
ST
電話機
BX
携帯電話 電話機
囲い込み(垂直統合)によるビジネスの成立
そういう意味で、生活面におけるIT活用シーンの開拓は、まだ緒に就いたばかり
であり、今後のライフ・ソリューション・サービスの活性化が期待されるところであ
る。
③ 安全・安心の徹底
では、こうした生活に必要な機能へのITの導入を阻んでいるものは何だろうか。
IT化に関する期待と不安を調べてみると、常に大きく取り上げられる課題が、
「安全・安心」に関するものである。「犯罪が増えそう」、「プライバシーが心配」とい
った声が、「生活が便利になりそう」といった期待を大きく上回っている点が注目さ
れる。
1-11
図2−1 情報化に対する期待と不安
図 情報化に対する期待と不安
そう思う
どちらかといえばそう思う
どちらかといえばそう思わない
0%
20%
そう思わない
40%
無回答
60%
80%
情報を うまく使いこなせる 人と 、使いこな せない人との 差が広がる
53.5
36.3
自分のプ ライバシーが 侵されそ うで不安だ
52.8
35.1
過半数が支持
21.7
次 々と現れ る新し い情報機 器を使えないと 、 世の中に取り残されそ うで不安だ
20.9
中小企業に情報化が浸 透するこ とにより日本経済 に活力が 生まれる
35.2
41.4
10.7
東 京等大都市 からの情 報が氾濫し 、 地域の個性 が失われる
14.3
35.6
毎日 の生活にインタ ーネットは欠 かせない
15.6
32.3
自分に必要な情 報や知識を 手に入れ るのに、 お金を払っ て当然 である
9.6
人 とのつ き合いやコミュニケー ションが、 ます ます活発 になる
9.4
上記、□枠で囲った項目は、期待。そ
れ以外は、不安
1.8
13.3
1.0
34.1
12.2
1.5
34.2
11.7
2.1
12.9
1.8
27.3
37.5
35.5
29.0
36.4
35.3
25.7
1.4
9.2
24.6
42.6
17.0
皆 が同様の情 報を入手す るので、一人 一人の個性 が失われる
7.0
20.4
43.2
28.1
人々の 意見が操られるよ うになる
6.2
47.5
33.2
必 要な情報 が簡単に手 に入り、 生活が便利 になる
多 種多様な大 量の情報が 氾濫し、 物事 の判断が難し くなる
5.5 1.2
2.2
0.7
3.3
7.8
1.0
3.3
12.7 5.5 1.1
33.2
58.0
新し い犯 罪が増えそうで不安だ
100%
42.1
21.3
17.4
21.5
1.8
1.2
1.3
(資料)「情報機器やサービスの利用に関するアンケート」
2002年9月 野村総合研究所
PCや携帯の生活への普及に応じて、こうした懸念は、徐々に現実のものとなり
つつある。例えば、クレジットカード会社やネットシッピングサイト業者になりすまし
た巧妙な電子メールやホームページにより、個人のクレジットカード番号や電子決
済用のパスワードなどを盗もうとする「フィッシング」 2は、もし正しい対処方法等へ
の普及啓発を怠れば、電子商取引全体への信頼を著しく損ねるであろう。特に昨
年11月にVISAカードになりすましたフィッシング・メールは、その巧妙さで専門家
をも驚かせるものであった。
2
フィッシング(Phishing)とは、「ユーザを釣るという意味の fishing と、その手法が洗練されている
という意味での sophisticated を併せた造語。実在するカード会社や銀行、オンライン・ショッピ
ング事業者等からの電子メールを装い、メールの受信者に「偽」のホームページにアクセスす
るように仕向けて、その「偽」のホームページで、銀行口座番号、クレジットカード番号、ID/パ
スワードなどの個人情報を入力させ、その情報を元に金銭をだまし取る行為」をいう。その現
状と現在の政府の取り組みについては、「フィッシング対策連絡会議」報告(平成17年2月4
日)を参照。http://www.meti.go.jp/press/20050204013/050204phising.pdf
1-12
<VISAカードになりすましたフィッシング・メール事例>
VISA カードからの電子メールを装い、デザインも正規のものとほぼ同様
のフィッシング・メールを送付し、受信者が電子メール中に実際に記載され
たVISAカードの正規アドレスをクリックすると、記載されたアドレスとは異な
る「偽」のフィッシング・サイトにたどり着くように工夫されている。
【VISAを装った電子メールの内容】
•
送信元が [email protected]
の送信元詐称メール
•
文中のリンク
https://www.visa.co.jp/verifie
d/ は、VISAの正規のURLに見
えますが、HTTPのソースでは
http://xx.yy.zz.aa/verified/ を指し
ており、クリックするとフィッシン
グ サイトへジャンプする。
•
アドレスバーの場所に、VISA
のURLが見えるように小細工
をしている。
実際のアドレス
【VISAの名をかたった詐欺サイトの画面】
•
http://xx.yy.zz.aa/verified/
は、ルーマニアにあるサイトの
可能性。
1-13
また、「MSブラスター」などのウイルスの猛威も収まってはおらず、加えて、ネッ
トを通じた個人情報の漏洩事件なども重なりつつある。
図 コンピュータウイルスの届出状況(IPA)
50,000
40,000
30,000
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
1998 1999 2000 2001 2002
【出典: 情報処理推進機構(IPA)】
2003
0
2004
図表 IT事故による情報流出事例
企業名
事案の概要
大手
通信事業者A
加入者、無料体験キャンペーン申込者、解約者などの数百万の個人情報(氏名、住所、電話番
号、メールアドレス)が大量流出、代理店の経営者などが顧客情報を入手し、恐喝。
二次流出、悪用は確認されていない。
全会員を対象にお詫び料として1人当たり500円を支給。総額数十億円を特別損失として計上。
事件直後、サービス新規加入者数が通常の半分に落ち込み。
大手
流通業者B
会員カードの数十万の顧客情報(氏名、住所、性別、生年月日、自宅電話番号、携帯電話番号)
の流出発覚。
一部会員に不審なダイレクトメールが送られた。
全会員を対象に、おわび料として1人当たり500円の商品券を支給。数億円の特別損失。
大手
メーカーC
自衛隊の情報データ通信システムのIPアドレスやシステムの経路図などの重要資料が、システ
ム開発を請け負ったメーカーCの孫請け会社を通じて外部に流出。
この資料を入手した複数の男からメーカーCへ買い取り要求があったことから事件が判明。
一部の下請け企業名の報告を怠った契約不履行を理由に、一定期間の指名停止処分。
同システムの全面刷新をC側の費用負担で実施することで合意。
さらに、携帯電話でも、加入してすぐ襲ってくる迷惑メールの数々は、ITへの不安
をかき立てるのに十分なインパクトを持つ。さらに、それが児童等の所持する携帯
電話にも無差別に届くことから、子供が、親の管理できないところで有害情報に晒
されるリスクもある。
1-14
図 迷惑メール相談センターに寄せられた迷惑メールに関する申告件数の推移
出所)総務省HP(http://www.soumu.go.jp/s-news/2004/pdf/041224_2_2.pdf)
このように、生活者はまだ、ITとITが提供するサービスを完全に信頼しているわ
けではない。
ITが生活を変えていくためには、第1に、娯楽やコミュニケーションにとどまらず、
様々な分野で生活を支えるライフ・ソリューション・サービスが提供されるようになる
こと、そして第2に、ICカードやインターネットの向こう側にある事業者を生活者が
完全に信頼することができ、また、生活に必要な膨大な情報を的確かつ安全にサ
ービス提供者が管理できることが必要である。
日本が世界に先駆けてライフ・ソリューション・サービス先進国となるためにも、
新たなサービスの提供基盤、及び、高信頼性社会の構築が急がれる。
1-15
(2) ビジネス
生活分野に較べると、ビジネスにおけるITの活用は歴史も深く、その適用領域も
広範にわたる。加えて、各事業部や各工場などそれぞれの業務現場では、便利な
作業道具としてビジネスの仕組みと連動して定着している。しかし、長らくIT投資は
生産性の向上に貢献したかという議論があるとおり、現場にとっては便利でも、そ
れが企業自身の生産性や競争力につながっていたかどうかといわれると、評価は
分かれる。今後、企業がITによって競争力を得たと言うためには、更にIT活用能力
を高め、IT投資を更に成熟したステージに押し上げていく必要があると思われるが、
そうした取り組みは、まだ始まったばかりの段階である。
① ITの適用領域の拡がり
ⅰ) 産業の情報化
生活の分野と比べれば、ビジネスの分野は、ITの食い込みの歴史は、深く、長い。
1967年には、通商産業省(当時)が、米国に経営情報システム(Management
Information System:MIS)に関する調査団を送り、当時、軍事や科学技術計
算のための道具と思われていたコンピュータを米国は既に様々な形で経営に活用
していることを確認、「MISの開発及び利用に関する提言」をまとめた。また、196
9年には、「情報処理、情報産業の発展施策−情報化社会へ向かって」と題したレ
ポートを産業構造審議会情報産業部会でとりまとめ、経営情報システムの導入と、
「情報化社会」への移行を強く打ち出した。
<産業構造審議会情報産業部会答申(昭和44年6月)抜粋>
はじめに−情報化社会に向かって
(2) 蒸気機関の開発によるかつての産業革命は、近代的工業を生み、産業
構造の変革をもたらしたが、情報化の進展による情報革命は、既存の産業
内の活動の態様の変革−知的創造に基づく経営革新―をもたらし、またこ
れと共存的一体をなすものとして、新しい産業である情報産業を生み出す
であろう。情報産業は、既存の諸産業に替わって産業構造の主役につくも
のではなく、これらの諸産業の経営革新による高度化と発展を支える不可
欠の機能を果たすものとなるであろう。
知的創造力にここであらためて知識という用語を与えれば、情報革命に
よってもたらされる社会は、知識社会である。情報化社会とは、このような
社会を、これを支える情報化の側面から捉えた表現と考えることができよ
う。
1-16
ⅱ) バックオフィスからフロントオフィスへの流れ
その後、ITは、オフィスオートメーション、生産管理の自動化、在庫管理、企業間
情報システム、電子商取引など、様々な形で名前を変えながら、経営の内部管理
(いわゆるバックオフィス業務)から、顧客や取引先との接点の管理(いわゆるフロ
ントオフィス)にまで徐々にコンピュータは進出し、今では、ビジネスのあらゆる側面
で、ITが活用されるようになっている。
図 バックオフィスからフロントオフィスへの流れ
バックオフィス←
→フロントオフィス
(経理・財務管理 人事・労務管理 生産・流通管理
軍需
学術
計算処理
通信
金融
バックヤード
大型計算機 制御
計算機室の中
電力・ガス
交通機関
7
19
汎用機、オフコン
非互換
一定の事務処理
サービス業
物流
小売
運輸
・
・
電子政府
医療福祉
教 育
決済
商取引
広告)
PC,携帯、家電…
インターネット
ユビキタス
(Anytime , Anywhere)
0年
代
定型
事務処理
の合理化
代
年
9 0 半∼
9
1 後
途
用
の
フト
ソ 術が 化
ド/ 技 様
ー / に多
ハ
速
急
インター ネットを 通 じた
電 子商取 引
・
・
CRM,KM
CALS/EDI
製造業
鉄鋼
自動車
SCM,SFA
個人
テレビ
携帯、ネット
・
・
ⅲ) 拡大する電子商取引
従来、バックオフィスの業務効率化、定型事務処理の効率化など各企業内部で
使われることが多かったITは、EDIから電子商取引に至る一連の流れの中で、顧
客との取引や企業の枠組みを超えた流通・在庫管理に大きく広げていった。また、
電子商取引の市場規模などを見ても、近年、645 億円(1998 年)から 4.4 兆円(2003
年)へと急速に成長しており、我が国の経済取引の 1.6%を電子商取引が占めるに
まで至るなど、ITは企業内部の道具から、企業同士や企業が市場とやりとりをする
ときの新たな仕組みとして徐々に拡がりつつある。
1-17
図 BtoC 電子商取引の市場規模・電子商取引化率
%
2
億円
50000
45000
1.8
1.6
40000
1.6
35000
1.4
30000
1.2
1.0
25000
1
44,240
20000
0.8
0.6
15000
0.6
26,850
10000
0.3
0.4
14,840
5000
0
0.03
0.1
645
3,360
1998
1999
0.2
8,240
0
2000
市場規模(億円)
2001
2002
2003
電子商取引化率(%)
出所)「平成 15 年度電子商取引に関する実態・市場規模調査」経済産業省、
電子商取引推進協議会、㈱NTT データ経営研究所
② IT活用能力の不足
ⅰ) IT投資と生産性を巡る論議
しかし、このように活用局面を広げているITだが、企業のIT投資は、本当に企業
の競争力を上げているのか。米国では、そういう議論が最近激しく闘わされてい
る。
この議論の源流は、R.ソローが 1987 年 7 月 12 日付け New York Times Book
Review 誌上で、「生産性統計を除けば、至るところでコンピュータ時代を目撃でき
る」と発言したことに端を発する。これがその後、「ソローの生産性パラドックス」とし
て広く知られることになる問題である。すなわち、「IT 投資の増大にもかかわらず、
経済統計上は生産性の上昇がみられない」ということである3。
その後米国では、ITが企業の生産性に貢献したかどうかの議論が続けられたが、
2000年に商務省が発表した「デジタル・エコノミー2000」は、複数の研究成果を引
用し、そのいずれも「90 年代後半の米国労働生産性は、同前半に比べ約 1%ポイ
ントほど上昇したが,そのうちの5∼7割以上がIT投資及びIT関連技術進歩による
ものだと」という主旨の報告をとりまとめ、ITは生産性の向上に貢献することを確認
した4。
しかし一方で、ブラインジョルフソン教授らによるレポート、「生産性パラドックス
を超えて」は、「IT投資と業務の分権化を組み合わせた企業は、IT投資も分権化も
しない企業に比べて5%以上生産性が高いが、新しい業務の仕組みを導入しない
Solow, R. (1987). “We’d better watch out”., New York Times Book Review 36 (July 12). (原文
は You can see the computer age everywhere but in the productivity statistics.)
4
U.S. Department of Commerce (2000), “Digital Economy 2000,” pp.38
3
1-18
ままコンピュータ投資をした場合は、生産性はむしろ悪化する」として、IT投資には、
それに付随する組織改革をはじめとするマネジメント改革が伴って始めて、生産性
の向上に意味を持つことを明らかにした5。
さらに、2003年5月にハーバードビジネスレビューに掲載されたN.カーの“IT
Doesn’t Matter”は、持続的な競争優位の基盤になるのは、既に広く普及したITの
ような、どこにでもあり、誰でも使える資源ではなく、他社が持たないような希少な
資源であると主張した。ITはもはや単なる手段に過ぎず、ITへの過剰投資は企業
業績に寄与するとは限らないと警鐘を鳴らした。
これに対しては、その後、米国においてIT業界及びそのユーザの間で大論争が
巻き起こった。様々な議論が展開されたが、D.ファーレルによる2003年10月のハ
ーバードビジネスレビューに掲載された実証論文では、「米国で90年代に大きな生
産性向上が見られたのは小売業、卸売業、証券業、半導体、コンピュータ及び通
信業の6業種。それ以外は多大なIT投資に対して生産性向上はほとんど見られな
かった」ことを示した。その上で、これらの業種は競争が激しく、IT投資を競争力の
強化につなげるべくマネジメント改革、事業モデルの改革が行なわれた結果、IT投
資が生産性向上に寄与したと主張した。6
マネジメント改革とIT投資は一体的に行うことが重要であるということでこの議論
は概ね決着がつけられた。
図表 IT 投資と生産性をめぐる主な議論の要旨
研究者・発表
タイトル
議論の要旨
者
R.ソロー
(New York Times コンピュータ時代の到来にもかかわらず、労
Book Review 記 働生産性の上昇は見られないという矛盾を指
事)
摘した(「ソローの生産性パラドクス」)
米国商務省 デジタル・エコノミ 1999 年に改訂された GNP の数値を用い、90
ー2000
年代後半の IT 投資が労働生産性の向上に寄
与したことを分析した。
ブリ ンジェル Beyond the
組織・業務の革新を伴って始めて IT 投資は生
フソン
Productivity
産性向上に貢献する。
Paradox
N.カー
IT
Doesn’t コモディティ化した IT に必要以上に投資をして
Matter
も、競合に対して競争優位に立てない。投資
効果を見極めた IT マネジメントが重要。
D. フ ァ ー レ The Real New
米国で 90 年代に大きな生産性向上が見られ
ル
Economy
たのは小売業、卸売業、証券業、半導体、コ
ンピュータ及び通信業の 6 業種。それ以外は
多大な IT 投資に対して生産性向上はほとんど
見られなかった。
5
Brynjolfsson, Erik and Hitt, Lorin (1998). “Beyond the Productivity Paradox: Computers are the
Catalyst for Bigger Changes,” Communications of the ACM (August 1998)
6
Diana Farrell (2003). The Real New Economy, Harvard Business Review October 2003
1-19
分権化
図表 IT と組織分権化の生産性向上効果
IT 投資
低
高
高
低
.0161
( .0191 )
N = 47
0
( n/a )
N = 69
.0455
( .0177 )
N = 69
-.0366
( .0197 )
N = 47
注)各象限には、平均生産性、生産性の標準誤差(カッコ内)及び調査対象サンプルのうち各グルー
プに該当する企業数を示している。生産性は複数要素生産性として定義される。すなわち、産出
(output)を投入コストで除した(1990 年基準価格)。生産性の数値は、“低-低”の象限(比較のために
0に設定した)に対する相対値となっている。より多くの企業が“高-高”、“低-低”の対角線上に位置
付けられており、IT 投資と分権化の推進には相関があることを示唆している。
出所)Brynjolfsson, Erik and Hitt, Lorin (1998). Beyond the Productivity Paradox:
Computers are the Catalyst for Bigger Changes
日本における研究では、ジョルゲンソン&元橋が2003年に「Economic Growth
of Japan and the United States in the Information Age」と題して、我が国において
も、1990年代、米国と同様にIT投資が我が国企業の生産性を伸ばしたとの報告
をとりまとめた7。
その後、西村・峰滝による「情報技術革新と日本経済」では、その分析方法を厳
密に調べた上で、「IT 革新は IT 資本による労働代替、すなわち資本深化を通して
労働生産性の大きな向上をもたらしている」が、「技術進歩(全要素生産性上昇)に
対する IT 革新の効果は、日本では一見存在するように見えるが、頑強ではない」と
している8。
図表 日本における IT 投資と生産性をめぐる最近の主な議論の概要
研究者・発表
概 要
者
ジョルゲンソン 日本と米国の統計データ間の整合を取った上で、両国を比較分析
=元橋
すれば、IT 投資の生産性向上(全要素生産性)への寄与度は日米
で大きな差は無かった。日本で総生産の伸びが低かったのは労働
投入が減少したことが大きい。
西村・峰滝
IT 投資は IT 資本によって労働代替を進め、労働生産性を向上させ
たと言える。しかし、技術進歩(全要素生産性の向上)に対しては、
必ずしも効果があったとは言い切れない。
7
8
Jorgenson, Dale W., and Motohashi, Kazuyuki, (2003), Economic Growth of Japan and the
Unites Sates in the Information Age, RIETI Discussion Paper Series 03-E-015
西村清彦・峰滝和典(2004)『情報技術革新と日本経済』(有斐閣)pp.79-80
1-20
ⅱ) IT投資の4段階論
ではなぜ、このように、IT投資が企業の競争力向上に貢献するかどうかについ
て、若しくは、企業の生産性向上に貢献するかどうかについて、議論が分かれるの
であろうか。こうした議論のプロセスで分かったことは何であろうか。
経済産業省が1993年にまとめた「情報技術と経営戦略会議」において、IT投
資に成功していると考えられる経営者18人から徹底したヒアリング調査を行い、そ
の全貌を捉えようとしたところ、以下の3つの局面でITを徹底して活用することが重
要であることが確認された9。
i) トップと社員の徹底した知識の共有
ii) 経営者自らによる経営戦略としてのIT戦略の判断
− ITによる徹底した無駄の排除
− 自社の核となる能力のITによる強化
− 顧客主義に基づくITと新たなビジネスモデルの創出
iii) 経営理念・企業文化の浸透
また、その時の共通のキーワードが、「徹底した顧客主義」と「全体最適」であっ
た。全社の動きを常に可視化(コックピットにたとえて、「経営ダッシュボード」と呼ぶ
人もいる)することによって、複数の事業戦略の中から、顧客志向に基づき全体最
適化のために必要な戦略を選択するのが経営者の仕事であると強調する経営者
がほとんどを占めた。また、その選択の結果を社内に明確に伝えるために、全社
的に情報開示や情報共有を徹底。その結果、業績に貢献した人物を経営者自ら
処遇することの重要性を説くものが多かった。
こうした、経営者自らによる「全体最適化」へのリーダシップが強調されたこと受
けて、経済産業省では、ビジネスにおけるIT投資を次の4つの段階に整理を行っ
た。
ステージ①:「IT不良資産化企業群」
単に情報技術を導入しただけで、その活用がなされていない企業群
ステージ②:部門内最適化企業群
情報技術の活用により、部門ごとの効率化を実現している企業群
ステージ③:組織全体最適化企業群
企業組織全体におけるプロセスの最適化を行い、高効率と顧客価値の増大を
実現している企業群
ステージ④:共同体最適化企業群
単一企業組織を超えて、バリューチェーンを構成する共同体全体の最適化を実
現している企業群
9
詳細については、http://www.meti.go.jp/kohosys/press/0004578/0/031007johokeizai.pdf を参
照。
1-21
また、実際にこの仮説に基づいて、業種、企業規模を問わず上場企業3683社
に対して調査を行い、有効回答を得た約500社について分析を行ったところ、それ
ぞれの段階は、次のように整理をされた。
図 IT利活用段階の分布
経営サイドが自らの問題として、情報の利活用の問題に取り組まない限り、個別
部門ごとの効率化(「ステージ②」)が限界である。情報技術を経営を助けるツール
として使うことにより、はじめて企業組織全体のプロセスの効率化を実現(「ステー
ジ③」)することができる。
次の「ステージ④」から導き出されるのは、「単一の企業組織の最適化、利潤の
最大化」を追求するよりも、「複数の企業によって、バリューチェーンを構成する共
同体の最適化、利潤最大化」を追求する方が、その企業の最適化、利潤最大化に
も貢献する可能性である。企業の核となる能力への「選択と集中」を徹底していくと、
顧客と他の企業にも参加してもらった形のオープン型の企業になる可能性がある。
この場合、経営の目指すものが、「企業」それ自体を超えて、バリューチェーンを構
成する共同体全体の最適化を図ることにつながっていくこととなる。
つまり、ブラインジョルフソンらの報告がまとめたとおり、ITが全体最適を目指し
たマネジメント改革を伴うものでない限り、その効果は、各工場や事業部門の現場
の利便性の向上にとどまってしまい、企業全体としての生産性や、他社との差別
化に繋がるような競争力向上にはなかなか結びつきにくいということである。これを、
不良資産化→部分最適化→全体最適化→企業の枠組みを超えた全体最適化とし
て図示すると、以下のように整理することが出来よう。
1-22
図 企業のIT化ステージング
企業のI T 化ス テ ージ ン グ
社外との連携
統合・標準化
顧客視点
の徹底
ト リ ガー
ステージ②
部門内最適化企業群
情報技術の活用により
部門内最適化を実現
情報技術導入するも
活用せず
﹁企業﹂の壁
ト リ ガー
組織改革
ステージ①
IT不良資産化企業群
情報技術による企業
プロセスの最適化
﹁経営﹂の壁
バックオフィ
スのIT化
電子計算機
の導入
EDI導入
EC導入
製品 としての
SCM
CRM
SF A
・
・
業務のIT化
製品 としての
ERP
人事
財務
・
・
企業役割の変革
「 シ ス テ ム」 の時代
コミニュケーショ
ンの最適化
「 経営」 の時代
ステージ④
共同体最適化企業群
情報技術活用によりバリュー
チェーンを構成する共同体全体
の最適化を実現
ステージ③
組織全体最適化企業群
経営と直結した情報技術活用
により企業組織全体の最適化
を実現
人材力/ブランド力
の総合強化
「深化する組織」への脱皮
ビジネス/経営管理
の高付加価値化
特定業務の改善
実際、各段階にある企業の景況感を調べてみると、全体最適化にある企業の景
況感が明らかに高く、業績面でも好調であることが確認されている。
図 企業のステージングと業況
上向き
0%
10%
20%
ステージ4
40%
50%
29.2%
ステージ2
18.1%
6.3%
横ばい
60%
50.0%
ステージ3
ステージ1
上向き/将来不透明
30%
70%
30.0%
22.2%
16.0%
悪化
90%
46.9%
100%
20.0%
36.1%
44.3%
21.9%
80%
12.5%
21.6%
25.0%
ⅲ) 業務のコンポーネント化・標準化
こうした全体最適化への流れの弱さは、①部門横断的な取り組みを必要とする
SCMやCRMでの社内共通基盤の導入の遅れ、②サービス業やホワイトカラー部
1-23
門における業務のコンポーネント化・標準化の遅れに伴うERPの導入の遅れなど
にも現れてくる。
これまでも我が国が、在庫管理や顧客管理のための情報システムを導入してこ
なかったわけでも、財務・総務などのホワイトカラー部門やサービス業がITを活用
してこなかったわけでもないが、部門横断的に共用するのに適したパッケージ化さ
れたソリューションの導入というレベルで見ると、製造業の現場における CAD の導
入率を除き、在庫に必要なSCM、間接部門に必要なERPなど、いずれの側面を
見ても他国に較べて低水準になっていることがわかる。
%
100
企業のIT関連アプリケーション導入済比率の国際比較
図 企業のIT関連アプリケーション導入済比率の国際比較
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
CAD
ERP
日本
SCM
米国
ヨーロッパ
CRM
KM
アジアNIEs
このように、我が国IT投資は、各部門がその内容にイニシアティブをもち、十分
に作り込まれカスタマイズされた情報システムに偏重していると考えられる。結果
としてパッケージソフトを導入することが正しいかどうかはともかく、全体最適化を
目指した戦略的な情報活用基盤の構築と、生産性を上げるためのコンポーネント
化・標準化された業務プロセスの適用という、部門毎に縦割り・バラバラの業務内
容に対するマネジメント改革のメスを入れていくことが、更に効果の見えるIT投資
を実現するに当たって必要となろう。
1-24
③ IT投資のトレンドと、質・量両面からのアプローチの必要性
IT投資の金額をみても、日米では差がある。特に、ITバブル以降首をもたげたIT
不信論は、早期に払拭する必要がある。「情報技術と経営戦略会議」でも全ての
経営者が戦略的なIT投資は、顧客志向と全体最適に立脚して競争力強化を目指
す企業にとっては当然必要なものであることを強調している。
図 日本及び米国 IT 投資額推移
7.0
6.0
5.0
4.0
米国
3.0
日本
2.0
1.0
0.0
1991 1992
1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999
2000 2001
注1:1991 年を1とした指数
注2:米国 IT 投資は米国商務省資料に基づき、日本と比較できるように一部を分類から抽出して
いる
このため、世界的な水準で産業のIT装備を進めるという観点からは、引き続き積
極的なIT投資を誘引すると同時に、その質の面においても、一つでも多くの企業を
部分最適の段階から、全体最適の段階に移し、IT投資を企業の生産性向上、差
別化などによる競争力強化に繋げていかねばならない。
また、このようにIT投資を質・量の両面から引き出すためには、ビジネスの競争
力を高めるようなIT投資の企画・管理能力を各企業に持たせるため、日本企業の
組織成熟度を上げていくこと、各企業が個別に悩んでいるセキュリティ対策、個人
情報管理対策など個別の課題の解決が急がれるだろう。
1-25
(3) 行 政
行政分野では、ビジネス分野ではないものの、この10年間くらい、行政全般のI
T化に向けて様々な取り組みが展開されてきた。特に、インフラ面での整備は進ん
でおり、国際的な評価も低くない10。以下では、その流れをやや詳細に紹介をした。
しかし、その利用面をみると、必ずしも進んでいるとは言えない。特許など、IT化に
長い歴史を持つ特定業務部局では、ITと行政サービスの一体化が着実に進展し
ているが、全体的に見れば、府省間共通業務のITによる共通化・合理化などの取
り組みは始まったばかりであるし、オンライン申請などの実利用の促進もこれから
といった状況にある。
今後、整備したITの実利用を顧客の視点に立ってどう進めていくか、そのための
ITマネジメントをどう政府の内部に確立していくか、個別の取り組みが問われてい
る状況にある。
① 電子政府を巡るこれまでの動向
ⅰ) 電子政府に向けた議論の流れ
政府・公共部門においてITの活用を行政全般に促進しようとする動きは、1994
年12月に策定された「行政情報化推進基本計画」11に遡る。
同計画は、その目的として、
「行政の情報化は、行政のあらゆる分野において情報通信技術の成果を普遍的
に活用し、行政の質の高度化、国民サービスの質的向上を図ることを目的とする
ものである。 この意味で、行政の情報化を、効率的で総合的・対応力に富んだ行
政の実現、国民ニーズに即した行政事務・行政サービス体系の確立及び情報の
共有を基盤とした円滑な国民と行政との関係の形成に向けて行政の事務・事業及
び組織を通じるシステムを改革するための重要な手段として位置付け、その積極
的推進を図ることにより、国民の立場に立った効率的・効果的な行政の実現を目
指す。」
としている。また、その整備方針も、今の電子政府構築計画に通じる内容をほぼ網
羅したものであるといえる。
また、その後、この流れを受けて、1999年には、官民が参加し首相直轄で行わ
れた産業競争力会議の議論の結果として決定された「ミレニアム・プロジェクト」の
中の重点プロジェクトの一つとして、電子政府が取り上げられた。また、2001年1
月に策定されたe−Japan戦略においても、電子政府の構築は重要なテーマとし
て取り上げられた。
10
11
http://www.accenture.com/xd/xd.asp?it=enweb&xd=industries¥government¥insights
¥leadership_customerservice.xml&c=gov_cusrvilc_0405&n=ghome/ を参照
http://www.soumu.go.jp/gyoukan/kanri/a_01_f.htm を参照
1-26
以降、政府のIT戦略の重要施策として、常に電子政府が取り上げられている。
ⅱ) 電子政府に関するインフラ整備
「行政情報化推進基本計画」にはじまり、計画的に定められてきた我が国電子
政府の推進は、特に、インフラ整備の面では、着実な成果を上げてきた。
具体的には、各府省における省内でのネットワーク整備に加え、霞が関WANの
整備、さらには、地方公共団体間を相互に結び行政の合理化、住民サービスの向
上などに役立てるための「総合行政ネットワーク」、「住民基本台帳ネットワークシ
ステム」、「地方公共団体組織認証基盤」、「公的個人認証基盤」の4つをあげるこ
とが出来る。
各府省では、それぞれ早い段階から内部のIT化に取り組んでいたことに加え、
1997年1月には、霞が関WANとして府省間を結ぶ安全なネットワークインフラが
整備された。また、総合行政ネットワーク(LGWAN)12は、地方公共団体相互間の
コミュニケーションの円滑化、情報の共有による情報の高度利用を図るため、全国
の地方公共団体の組織内ネットワークを相互に接続している。
図.ネットワークオペレーションセンター(NOC)とLGWANの全体構成
また、府省間ネットワークである霞が関WANとの相互接続により、国の機関と
の情報交換も実現している。LGWANでは、電子メール、文書交換システム、電子
12
http://www.lasdec.nippon-net.ne.jp/lgwan/ を参照
1-27
掲示板などの基本的サービスのほか、地方公共団体が発信する電子文書等につ
いて、秘密を保持し、認証を行い、改ざんや否認を防止するための地方公共団体
組織認証基盤(LGPKI)のシステムが運営されている。これらは、2001年から20
02年にかけて、相次いで実運用段階に移された。
さらに、電子政府の推進に当たっては、インターネットを利用した申請・届出や結
果通知などを確実に住民本人とやりとりすることが必要となることから、本人性や
授受する内容の真正性を確認するため、公開鍵認証基盤が導入された。また、こ
れに伴い、「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律」(「公的個人
認証法」)も整備され、2003年8月に配布が開始された住民基本台帳カードに、
同法に基づく電子証明書が搭載されることとなった。
住民基本台帳とは、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民
に関する事務の処理の基礎となる制度で、各市町村において、住民票を世帯ごと
に編成して作成されている。 選挙人名簿の作成、国民健康保険や国民年金の被
保険者としての資格の管理、学齢簿の作成など、市町村が行う各種行政サービス
に活用することが出来る。これらを、市町村の区域を超えてより高い利便性を提供
するため、地方公共団体共同のシステムとして、各市町村の住民基本台帳のネッ
トワーク化が図られた。
図 住民基本台帳ネットワークの構成と概要
1-28
この住民基本台帳カードを活用すると、住民基本台帳ネットワークシステムによ
って、各種行政の基礎である住民基本台帳の4情報(氏名/住所/性別/生年
月日)と住民票コード、これらの変更情報についてネットワーク化を図られているこ
とから、全国共通に電子的な本人確認ができる仕組みとなっている13。現在、同カ
ードには、
・ 住民基本台帳ネットワークシステムと接続された端末全てで本人確認を
可能とし、住民票の写しの広域交付、転出入手続きの簡素化に活用
・ 公的個人認証サービスを受けるための保存用カードとして活用
・ 市町村条例で定める独自サービスに活用
・ 公的な身分証明書
の4つの役割を持って、活用が開始。現在、約36万枚が交付されており、今後の
更なる活用拡大が期待されている。
このように、電子政府に関連するインフラは、相当程度整備が進んでいると言え
よう。
ⅲ) 行政サービスのオンライン化
こうしたインフラを実際の行政サービスに着実に反映させるため、各種行政サー
ビスのオンライン化に取り組んできた。
2003年2月には、「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法
律」、「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関
係法律の整備等に関する法律」、及び、公的個人認証法からなる、通称、「行政手
続オンライン化関係三法」が整備され、これまで書面を原則としてきた行政手続き
の多くを、オンラインで行うために必要な法令改正を一括して行った。さらに、200
4年には、「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に
関する法律」及び「同法施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下「e−
文書法」という)が整備され、行政手続きの申請・処理だけでなく、法令上民間事業
者等に保存が義務づけられる書類についても、ほぼ完全に電子化が認められるこ
ととなった。
これによって、電子申請、電子調達、電子納税、電子投票など行政サービスの
オンライン化を行うために必要な制度とインフラが整うこととなった。
このうち、電子申請については、既に97%の行政手続きがオンラインで申請可
能と、ほぼ全ての手続きを電子的に行えることとなっている。また、その利便性を
高めるために、「電子政府の総合窓口」(通称「e−Govポータル」) 14を整備し、一
か所から全ての府省の手続きにアクセスできるように体制を整えている。現在、そ
の内容整理も、府省毎の内容を寄せ集める形から、府省横断的に利用者の視点
に立って検索しやすい内容となるよう、改訂を重ねているところである。
13
14
http://www.soumu.go.jp/c-gyousei/daityo/ を参照
http://www.e-gov.go.jp/ を参照
1-29
また、電子調達に関しても、中央省庁では国土交通省が2001年に建設CALS
/ECを用いて直轄工事に関する電子的な入札を導入。徐々に、電子調達の利用
が拡大している。また、地方自治体では、横須賀市が1999年に全国のトップを切
って入札の全面電子化を実現。その横須賀市のシステムを他の自治体が導入す
るケースも見られるほか、多くの都道府県、市町村で電子調達の活用が広がって
いる。また、当初は、建設工事が中心だった電子調達も、現在は、徐々に、物品調
達にも広がりつつある。
電子納税については、2002年に実証実験が開始され、国税関係では2003年
から一部実験的に運用が始められた。現在では、国税電子納税・申告システム(e
−Tax)が整備され、2004年度から2005年度にかけて、法人・個人ともに国税
に関する電子納税が可能な体制が整備された。また、地方税についても、地方公
共団体が組織化する「地方税電子化協議会」が地方税ポータルシステム(eLTA
X)を整備しており、2006年1月から、一部自治体で活用が開始された。このよう
に2004年は、いわば電子納税元年となったが、利用普及はこれからの段階であ
る。
電子投票については、2002年に関係法令が整備され、2002年7月に岡山県
新見市の市長選で我が国初の電子投票が実施された。その後も、いくつかの自治
体で電子投票が実行に移されている。
② 電子政府構築計画の策定と実行
ⅰ) 電子政府構築計画の策定
2002年度に、「行政情報化推進基本計画」の期間が終了したことに伴い、200
3年7月に、2005年度末までを期間とする「電子政府構築計画」が新たに策定を
され、電子政府構築の第二幕が始まった。
2002年度までに、行政情報化に必要なインフラの整備や、行政サービスのオ
ンライン化に必要な環境の整備については概ね実行、若しくは、必要な道筋の合
意が得られていたことから、本計画では、
○ 「量」ではなく、「質」の視点から、国民の利便性・サービスの向上
○ IT化に対応した業務改革の実現
○ 共通的な環境整備
の3つを大きな取り組みの柱とすることとなった。
電子政府の取り組みについて国際的に比較したものは多いが、我が国の電子
政府の取り組みに対する評価は、決して甘いものではない。確かに、電子政府関
連のインフラ整備を取り上げれば、世界でも最先端の水準を行く。しかし、実利用
がなかなか上がっておらず、内部の業務プロセスの合理化をしながら、如何に顧
客の視点に立って便利なサービスが提供できるか、という点でこれからの課題だと
1-30
いうものである。2003年7月に策定された「電子政府構築計画」も、こうした批判
に応える内容となっている。
ⅱ) ワンストップ・ポータルの充実
2004年1月現在、全本府省庁、地方支分部局、独立行政法人など合計1533
機関がホームページによる情報提供を行っており、その提供ページ総数は約300
万ページに達している。その中には、各組織の内容、統計、施策、白書、予算、行
政評価といった行政機関としての諸活動に関する情報や、各行政機関が保有して
おり提供が妥当な情報、法令により公表義務となる情報などが含まれている。また、
電子調達、電子納税、電子申請などの手続き窓口も設けられている。
このため、こうした膨大な情報を、「行政組織単位による一方向の情報提供」か
ら、「利用者の視点に立った行政情報・サービスの提供」へ移行するため、「電子
政府の総合窓口」、e−Govポータル15の再構築が行われた。
ⅲ) 業務・システム最適化計画の策定
IT化に対応した業務改革を推進するため、「電子政府構築計画」に基づき、72
項目にわたって「業務・システム最適化計画」を策定することが決定された。人事・
給与、共済、物品調達官といった「内部管理業務」などの各府省共通システム21
分野と、貿易管理、特許など各府省独自の56分野のそれぞれについて、「業務・
システム最適化計画」を2005年度末までに策定することとなっている。
「業務・システム最適化計画」の構築に当たっては、エンタープライズ・アーキテク
チャ(「EA」)の手法 16が採用され、システムばかりではなく、業務の再構築から含
めて、利用者の視点に立った業務・システムの最適化が行われるよう、現在、各府
省がその策定作業を進めているところである。
15
16
http://www.e-gov.go.jp/
経済産業省では、EAの導入を積極的に促進するため、政府における「業務・システム最適化
計画」の導入決定に先立ち、その方法論について検討、「EA策定ガイドライン」を公表した。E
Aの内容の紹介については、その報告概要
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/itasociate/gaiyou.doc に詳しい。
また、政府全体として定めた策定指針については、
http://www.e-gov.go.jp/doc/guideline.html を参照。
1-31
<最適化の対象となる府省共通業務・システム及び一部関係府省業務・システム>
業務・システム
担当府省
人事・給与等業務
研修・啓発業務
人事院・総務省・財務省
人事院・総務省
災害管理業務
内閣府
統計調査等業務
総務省
電子申請等受付業務
行政情報の電子的提供業務
総務省
総務省
共通システム
総務省
苦情・相談対応業務
総務省
地方公共団体に対する報告徴集業務
共済業務
総務省
財務省
予算・決算業務
財務省
国有財産関係業務(官庁営繕業務を除く。)
財務省
輸出入及び港湾・空港手続関係業務
研究開発管理業務
財務省
文部科学省
物品調達業務
経済産業省
f物品管理業務
謝金・諸手当業務
経済産業省
経済産業省
補助金業務
経済産業省
旅費業務
経済産業省
国家試験業務
公共事業支援システム(官庁営繕業務を含む。)
経済産業省
国土交通省
平成17年度中には計画が出そろう予定となっているが、実際の開発・運用は、
計画を踏まえて平成17年度以降、順次着手される予定であり、これらの府省共通
システムの実稼働には、今しばらく時間を要する状況である。
③ 実行体制の整備
ⅰ) 政府調達制度改革とモデル事業の導入
こうした電子政府の整備の進展に併せて、もう一つ重要な課題は調達側の体制
強化である。電子政府に関する具体的な発注案件は、2002年前後から急増を始
めたが、我が国の情報システム調達市場では、特定の大手ベンダグループが強く、
そのベンダは当該府省の業務や要請にも通じている関係にある傾向がある。各府
省の側では、IT の企画・設計段階から特定のベンダグループの力を借りることが
多く、市場が固定的となっており、以下のような批判を招いてきた17。
○ 競争入札案件の公示がなされた後、応札日の一週間前程度になってはじめ
17
政府調達制度改革の全体的な課題の分析については、ソフトウェア開発・調達プロセス改善
協議会報告をまとめた「電子政府時代の政府調達改革」経済産業省情報処理振興課編(200
1)、コンピュータエージ社に詳しい。
1-32
○
○
て発注仕様が明らかにされる場合があり、その期間では、それまで当該府
省の事情に通じていないベンダにとっては提案書を作成できない。
発注仕様が不明確であるため、それまで当該府省の事情に通じていないベ
ンダにとっては、文書を読んだだけでは IT 化すべき業務の全体像をつかむ
ことが出来ない、
システム全体の入れ替えを伴うような大規模な案件では、初年度の競争入
札においてハードウエアの調達に強い大手ベンダが競争困難な安値応札を
頻繁に行うため、その後の随意契約も含めて中堅・中小ベンダでは直接受
注できない。
こうした特定ベンダが特定府省のシステムの受注に強いという構造に特徴づけ
られよう。こうした市場構造が直ちに競争制限的であるかというと、確かに、競争入
札が行われる場合の安値落札を見れば価格競争は生じており、必ずしもそうとも
いえないとの指摘もある。しかし、それらは特定府省に対する権益を守るために営
業力主導でなされている価格決定であることが多く、提案される情報システムの質
の面で競争がなされているとは言い難いという面で、度を超えた安値落札は決して
望ましいとは言えない。お互いを熟知していることにより調達側はますます内容の
乏しい提案依頼で済ませ、受注側もそれでとりあえずシステムを開発してしまうと
いう相互依存の状況を生んでいるとも言える。この悪循環は、政府における IT 投
資の熟度を結果として一層下げていくおそれがある。
こうした視点から、政府全体として政府調達制度改革への取り組みが始まり、2
002年には、「情報システムに係る政府調達府省連絡会議」が設置され、「極端な
安値落札などの問題の再発を防止し、質の高い低廉な情報システムの調達を図り、
質の高い電子政府の構築を実現するとともに、健全な情報サービス市場の育成に
資するため、ソフトウェアの特質を踏まえつつ、以下のとおり見直しを行い、可能な
案件から逐次適用していく」ための改革メニューが策定された。具体的には、
○ 総合評価落札方式をはじめとする評価方式等の見直し
○ 競争入札参加し各制度をはじめとする入札参加制度等の見直し
○ 調達管理の適正化
の柱からなり、ライフサイクルコストベースでの入札評価、総合評価落札方式の見
直し、競争入札参加資格制度の運用の柔軟化、サービスレベル契約の導入をはじ
め、実務的な改革メニューが広範に実践されてきた18。
また、自由民主党e−Japan重点計画特命委員会が2003年3月に申し入れた
「旧式(レガシー)システム改革指針」を踏まえ、旧式システムを見直すためのアク
ションプランを各府省で策定。その中で、①ハードウエアとソフトウェアのアンバンド
ル、②随意契約から競争入札への移行、③データ通信サービス契約の見直し、④
国庫債務負担行為の活用など、さらに質の高い政府調達が行われるための改革
メニューが策定された。
18
その実施状況については、http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/tyoutatu/minaosi.pdf を参
照。
1-33
さらに、2004年度の事業から、経済財政諮問会議が提唱し創設された「モデル
事業」の電子政府関連事業への適用が、経済産業省の「電子経済産業省の構築」
及び「特許事務の機械化」事業、並びに、総務省の「総合的なワンストップの整備」
事業において始まった。「モデル事業」とは、予算編成を改革するための試行事例
であり、そのポイントは次の3点である。
○ 予算を使って何を達成するのか、政策目標を定量的に示す
○ 事業の性格に応じ弾力的な予算執行(現在の単年度執行や細かい予算科
目の括り等の見直し)を行う
○ 目標が達成されたかどうか事後評価を厳しく行い、次の予算編成に反映さ
せる
この結果、年度をまたぐが故に生じる無理な発注や単年度契約の負の側面を積
極的に排除し、現場の状況により柔軟に予算の執行を行う一方、その成果を定量
的な指標に基づいて積極的に行うための体制が整備されることとなった。
このように、調達改革は様々な側面から検討され合意されてきたが、その実行・
普及に関してはまだまだこれからという側面もあり、業務・システム最適化計画の
策定と実行、CIO補佐官の導入定着等ITマネジメント体制などの整備と一体的に、
更なる実行促進が求められる。
ⅱ) CIO連絡会議の設置、CIO補佐官の導入
こうした取り組みの推進体制を強化するため、2002年9月に、IT戦略本部の下
に、各府省局長クラスなどを構成員とする「各府省情報化統括責任者(CIO)連絡
会議」が設置され、行政部内における推進事項の決定・調整機関となった。
また、電子政府構築推進のための体制強化策として、民間の専門家をCIO補佐
官として各府省が採用されることとなり、2003年度に各府省で任用され、「業務・
システム最適化計画」の策定・構築を始め、各種取り組みに専門的な見地から取
り組んでいる。
しかしながら、各部局の縦割りに基づく従来型の業務方法が定着してしまってお
り、CIO補佐官が部局横断的な業務・システムの最適化に取り組むための作業環
境は、まだまだ整備が遅れているのが実状であろう。そのためには、各府省が更
に、IT投資をより効率的に進めるための成熟度の向上に努め、民間企業等の先進
事例も参考にしながら、顧客視点での業務・システムの改革に更に積極的に取り
組むことが求められている。
以上見てきたように、我が国の電子政府に向けた取り組みは、着々と進展して
いる。しかし、 電子政府関連のインフラ整備の進捗に対して、その実利用がなか
なか上がっておらず、内部の業務プロセスの合理化をしながら、如何に顧客の視
点に立って便利なサービスが提供できるか、という点でこれからの課題だという状
況に、まだ大きな変化は生じていない。
今後は、整備されたインフラを、それぞれの利用者の視点から徹底して改革し、
1-34
習熟し、世界最先端の電子政府を実現していかなければならない。
④ 電子自治体の進捗状況
情報技術の活用効果は、「中央から地方へ、行政から民間へ」と波及すると見ら
れていた時期もあったが、現実には、首長のリーダシップいかんによって大胆な改
革が進めやすく、もとより住民に密着した行政サービスを担当する自治体において、
先進的な取り組みが現れ始めている。
電子自治体には、①行政機関内部の業務改革、②住民本位のサービス提供、
③住民参加の地域コミュニティ作りの3側面がある。行政機関内部の業務改革に
ついては、地方財政の悪化がむしろ切実なニーズをもたらしていることから、既存
業務の見直しと大幅に連動した電子自治体プロジェクトも見られるようになってい
る。
<千葉県市川市における電子市役所>
千葉県市川市は、2000年4月から首都圏1,400店のコンビニエンスストア
(以下、コンビニ)の情報端末およびインターネットで利用できる行政サービスを
スタートさせた。「市政の窓」「施設予約」「こども」「福祉」「生活環境」「ボランティ
ア」の6つのメニューがあり、市政情報を提供、施設予約などが可能となってい
る。
2002年5月には電子市役所を開設し、電子行政サービスの提供も開始し
た。行政情報を中心に「地域データベース」を構築し、それをPC端末利用型の
テレビ電話会議システムと連動させることで、本格的な“電子窓口”を実現した。
住民票や印鑑証明など各種証明書の「オンライン交付申請」、市役所や病院な
どにいる専門担当員への「オンライン相談」(市政・教育・民事・IT・病院案内の
5分野)、公民館やテニスコートの「施設予約」、地域ポータルの機能を持つ「市
川市電子窓口サービス」などが提供されている。
参考:CIO マガジン 2002 年 7 月号など
また、IT化の推進は、情報の共有を高度な次元で可能にし、透明度を上げること
から、それによって住民本位のサービスの実現と業務プロセスの効率化の両立を
目指す動きも盛んである。典型的には、横須賀市が先駆的に取り組んだ電子調達
の例が挙げられるであろう。
1-35
<神奈川県横須賀市におけるシステム調達の改善>
横須賀市の電子調達は、単に情報化を進めただけでなく、徹底した業務プロ
セスの改善、調達制度改革をすすめた上で導入されたため、官民・民民間の接
触を排除するという透明性の確保、入札参加者の拡大と入札差金の増加などの
成果を挙げた。
情報公開の推進自体も、行政の腐敗防止、住民サービスの向上などの観点か
ら重要な課題となっている。これらを統合的に提供している例としては、例えば、韓
国の江南区の電子自治体サービス 19が、一部の例外を除き、課長以上の決済文
書を全て公表するなど、世界的な水準で見ても先進的な事例となっている。
<先進自治体の例:韓国・江南区>
ソウル市江南区役所は韓国の電子自治体の中でも特に先進的な自治体であ
り、その特徴の1つとして「eデモクラシー」がある。
江南区役所ではインターネットを用いた「電子民主主義」を実現し、予算編
成等の重要施策については、会員登録した20万人強の市民からメールで意
見収集し、施策へ反映するとともに、ホームページで住民提案を受け付け、討
論・投票により評価の高かった案については実際に推進する。なお、幹部会議
のインターネット中継の実施、課長以上の決裁資料の自動公開、主要幹部ポ
ストの「公約」開示とネットによる信任投票など、ネットを用いた情報公開による
透明性の高い行政の実現にも力を入れている。
また、住民サービスを地域コミュニティの再生に繋げていくのも重要な取り組み
の一つである。札幌市では、1997年に策定した「札幌市情報化構想」の下、ICカ
ードを活用した先進的な住民参加型サービスを提供している。
19
http://japan.gangnam.go.kr/index.htm
1-36
<札幌市におけるICカードの活用>
情報化を推進する指針として1997年12月に策定した「札幌市情報化構
想」は、情報という縁で結ばれた街を目指した「情報結縁都市さっぽろ」を
基本コンセプトとし、市民・企業と行政とが連携・協力を図りながら情報化を
推進していくこととしている。そのコンセプトの下、札幌市では1999年度か
ら2003年度の間に総務省、経済産業省及び国土交通省が実施したICカ
ード活用の実証実験において2つのカード(「S.M.A.Pカード(交通
系)」、「札幌Cityカード」)を配布している。
「札幌Cityカード」は1枚で多種多様な行政・民間サービスを提供すること
のできる官民連携マルチアプリケーションカードとしての機能を想定してい
たが、現在では、地域商店街の共通ポイントサービスを中心に展開してい
る。一方、「S.M.A.Pカード」については、札幌圏公共交通機関の運賃・
乗継料金支払を中心に、自動販売機や店舗等での物販利用の展開も視
野に入れた少額決裁のインフラへの利活用の実証実験を進めている。
また、三鷹市では、小学校のイベント映像を父母がみられるようにインターネット
上で配信したり、地域の農業従事者による畑作業の解説映像を小学校の授業で
見たりといった活動を開始している。また、岡山市では、電子町内会のシステム 20
が稼働しており、最終的には、電子町内会を通じての責任ある市民の市政参画を
目指すプロジェクトが始動している。
<岡山市における電子町内会>
岡山市ではリビングからつながる地域の情報ステーションとして電子町内会シ
ステムを導入している。電子町内会には大きく分けて2つの機能がある。
・ 「岡山市・町内会長連携システム」:岡山市と町内会長との情報伝達や町内
会長相互の意見交換、町内会からの情報発信等に利用するもの。
・ 「電子町内会システム」:インターネットを活用して町内会活動や地域からの
情報発信を行ったり、e交流(電子会議室)、e御意見(アンケート機能)等を活
用して会員相互の情報交換や情報発信を行うことでコミュニティの活性化を行
うもの。
ICカードを活用した官民連係したサービスの展開では、例えば駒ヶ根地域にお
けるICカードを活用した官民連係したサービス展開が、利用率の高いシステムとし
て地元に定着をしている。
20
http://townweb.litcity.ne.jp/
1-37
<IT装備都市研究事業の事例−長野県駒ヶ根市>
駒ヶ根地域では、商店街の活性化を目的に駒ヶ根スタンプ協同組合(現・つ
れてってカード協同組合)、駒ヶ根市、商工会議所、アルプス中央信用金庫が
連携し、従来の紙のスタンプカードを電子データによるポイントカードに変える
だけでなく、プリペイド機能、キャッシュカード機能を搭載したICカード(名称:つ
れてってカード)を導入した。すでに約27,000枚発行(2004年末現在)、近
隣町村とも連携し、加盟店は小売店・飲食店・ガソリンスタンド等184店舗、市
役所等の公共施設、高速バス等でも利用が可能である。電子マネーとして支
払が可能となるだけでなく、ポイントも取得できる。ICカード稼働開始後、大型
店進出による商店街の地盤沈下に歯止めがかかり、1998年からは消費不況
に関わらず、組合の売り上げが上向きに転じた。地域の暮らしに深く結びつい
た、利用率の高いシステムとして定着、発展している。
このように、電子自治体を巡る動きでは、様々な形で先進的な事例が稼働して
いる。しかし個々で紹介した事例は、全国の自治体のごく一部に過ぎない。現実に
は、市民生活に行政サービスの面でITが入り込んできたとの実感は、あまり得ら
れていないのが、多くの生活者における実感である。
IT化推進における自治体間格差の拡大、住民基本台帳ネットワークシステムの
活用の停滞、市町村合併に伴うシステム統合の実現や、ASPなどを用いた更に
合理化・効率化されたシステムの導入など、電子自治体にも、今後多くの取り組み
課題が残されているのが実情である。
1-38
(4) 社会的課題
日本の社会は、少子化、高齢化、労働力人口の減少、環境問題の深刻化、学力
の低下、労働市場の未整備とニート問題、医療・健康サービスのニーズ増加、防
犯・防災対策等の安全・安心ニーズの増加など大きな社会環境変化を迎えつつあ
る。
これらの諸課題の中には、ITによって有効なソリューションを提供しうるものも多
いが、我が国におけるITの利活用は諸外国と比較してもまだ遅れている。一部に
は先進的にサービスを提供しているものもあるが、事業性、収益性の観点から見
ると課題も多く、普及・定着しているものは必ずしも多いとは言えない。
今後は、これらの課題に直面している主体を特定し、特に重要なニーズに対して
きめ細かいITサービスを提供することによって、サービス提供者の事業性を確保
するとともに、社会問題の解決を目指す必要がある。
① 労働力人口の減少とニートの増加
労働力人口は厚生労働省の推計によれば、今後、2005年をピークに減り始め、
また、その高齢化が示されている。この要因としては、人口自体の少子高齢化に
加え、職業意欲のない若者の増加が考えられる。大学学部卒業者の就職率は20
03年3月卒業の学生で過去最低(55.1%)となるなど、大卒・短大卒者の就職率
が漸減する一方、フリーター、ニートは年々増加の一途にある。
低就職率及びフリーター、ニート問題への対応としては、IT活用による職業訓
練・能力開発支援として、e ラーニングによる職業訓練等、また、減少する労働力
人口への対応として、子供をもつ働く女性支援、高齢者・身体障害者への雇用機
会創出等に効果のあるテレワークなどがある。e ラーニングを活用した職業訓練事
例としては、ヨーロッパ地域では1994年12月EU閣僚会議にて採択された職業
教育プログラム「Leonardo da Vinch」がある。これは基本スキルの習得から専門的
な職業訓練、企業経営までをオンラインで受講できるものであり、例えば地方地域
の若者や失業者を対象にしたプログラム等も用意されている。
また、テレワークについては、日本においても家庭と仕事を両立して働きたい意
欲的な女性エンジニアを組織化し、通信ネットワークを通じて在宅で仕事ができる
ようにした会社やコンピュータネットワークを活用して障害者の自立と社会参画を
行っている法人が出てきている。
しかし、全体的にみると、日本のテレワーク人口については、今後増加すると予
測されてはいるが、テレワーク人口比率にすると2005年度でも約8.3%と推計さ
れ、まだまだ日本のテレワークは欧米諸国に比べて遅れている。
1-39
図 国別テレワーク人口
30.0
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
ルー マ ニア
ポ ルトガ ル
ハンガ リー
ス ロバキ ア
チ ェコ
ス ペイ ン
ブ ルガ リア
ルク セ ンブ ルグ
フラ ンス
ラトビ ア
日本
ポー ラ ンド
ス ロベニア
リトア ニア
イタ リア
ベルギー
アイ ルラ ンド
ギ リシ ャ
エスト ニア
オー ストリア
ドイ ツ
スイ ス
英国
スウ ェーデ ン
デ ンマーク
フ ィンラ ンド
米国
オラ ンダ
0.0
(注1)1995年時点でのEU加盟国15カ国については2002年、EU加盟申請国9カ国については2003年のデー
タである。
(注2)日本のテレワーク人口は、2005年に445万人に増加すると予測されている(日本テレワーク協会)ため、
2005年度の雇用者総数(見通し)5,365万人より、テレワーク人口比率を8.3%と推計した。
(出所)SIBIS Pocket Book 2002/2003、「平成17 年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度」及び
(社)日本テレワーク協会ホームページより
② 環境問題の深刻化
2005年2月に京都議定書が発効された。日本では、2008年から2012年の
第一約束期間にかけて、温暖化ガスの排出量を1990年比で6%削減する目標を
掲げているが、2003年時点の排出量は1990年比で8%増と増加傾向にあり、
目標達成に向けて困難な状況にある。また、水質汚濁や土壌汚染等の環境悪化
に加え、環境回復に費やす経済的付加の大きい産業廃棄物の不法投棄は年間4
0万トン前後で推移しており、不法投棄の未然防止、漏れのない循環型社会の形
成が課題となっている。
一方、地球温暖化対策としては、ホームネットワークやセンサー等を活用してム
ダな電力消費の自動抑制や遠隔操作を行うことで家全体のエネルギー使用量を
最小化する HEMS(Home Energy Management System)や、それをビルに拡張した
BEMS(Building Energy Management System)があるが、家電製品のデジタル化の
遅れ、電気メータそのものがアナログであること、電波法によるコンセント利用の制
限等の課題により、普及が進んでいない。また、産業廃棄物不法投棄対策として
は、確実な廃棄物処理を行うため電子化した廃棄物処理情報を排出事業者、収
集運搬事業者、処分業者がネットワークにより管理する電子マニュフェストシステ
ムやGPS、Webカメラ等を用いて廃棄状況を追跡する産廃情報追跡システムなど、
IT先進技術を使った解決策があるが、本格的な普及段階には達しておらず、依然
として不法投棄量は減少していない。
1-40
図 CO2の部門別排出量の推移
出所)環境省地球環境局資料
③ 学力の低下
IEA(国際教育到達度評価学会)の「国際数学・理科教育調査」によれば、中学
校の算数、理科の成績はいずれも低下しており、実生活への応用力を測る、経済
協力開発機構(OECD)の「学習到達度調査(PISA)」においても、日本の15歳の
文章やグラフの読解力の低下は顕著となっている。国際的に見て、日本の児童・
生徒の学力は低下傾向にある。海外の例をみると、韓国や米国では、小中学校の
教室の多くにプロジェクタが設置され、プレゼンテーションソフトを用いた授業が実
施されており、特に米国では、電子情報ボード(Interactive Whiteboards)を活用す
ることで、生徒の集中力の向上や授業への積極的な参加等の効果が確認されて
いる。一方、日本の現状をみると、後期中等教育におけるコンピュータ1台当たり
の生徒数は、日本で8.4人となっており、デンマーク、スウェーデン等の北欧諸国、
フランス、韓国等に後塵を拝し、学校現場におけるコンピュータ整備自体が遅れて
いる。また、教員についても、コンピュータを操作できる教員の割合は各学校種とも
に80%以上となっているが、コンピュータで指導できる教員の割合は最も高い小
学校でも66.3%となっており、教員自身のITリテラシーも高いとはいえない。
1-41
図 諸外国のコンピュータ一台当たりの生徒数
出所)文部科学省「データからみる日本の教育(2004)」
④ 価値観の多様化を支える人材育成の基盤・キャリアパスの整備
労働者の転職意向は3年前と比較して確実に高まっており、また、その傾向は
男性の20∼30代、女性の30∼40代で強くなっている。一方、企業側は依然とし
て終身雇用制を維持する体質が残っており、転職しやすい環境が十分整っていな
い現状にある。
図 労働者の転職意向
(%
100
男 性
2000年
2003年
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
69.5
57.3
40.5
(%
100
90
80
70
60
50
女 性
2000年
2003年
69.2
60.9
47.0
40
30
25.1
14.4
20.0
20
10
11.4
0
20代
30代
40代
50代
60代
20代
30代
40代
50代
注)「あなたは現在のお勤め先からの転職をお考えになっていますか」という質問に対して、「今すぐ転職したい」
∼「将来的には転職もありうると考えている」と答えた割合。
出所)NRI 生活者1万人アンケート調査(2000 年、2003 年)
アメリカでは、日本に比べ柔軟な人材活用が実現されているが、その1つの方策
として、250以上の職業ごとに必要とされるスキル要件、労働需給の状況、給与
水準等をまとめた職業ハンドブック(Occupational Outlook Handbook)が労働省に
1-42
60代
よって編集され、ネット上でも公開されている。
これに加えて、IT関連職種についてはITスキル評価スキームがある。このスキ
ームのもとでは、IT技術者に必要とされる知識、技術、能力が実際のIT業務の内
容にあわせて明確化されている。その核となるITスキル標準は技術者団体や業界
団体の要請に応じて、内務省や労働省の他、民間団体においてそれぞれ作成さ
れており、特徴としては、複数機関が作成していることによるスキル指標としての
精度の維持・向上、市場の要請への適合、提携機関を通じた海外への普及等が
あげられ、人材評価や個人のキャリアアップに活用されている。
日本においても、IT分野については、2002年12月に経済産業省が企業の戦
略的な人材育成や個人のキャリアパスイメージに応じたスキル開発等の目安とし
て、ITスキル標準を作成、発表した。2003年7月に独立行政法人情報処理推進
機構内に「ITスキル標準センター」が設立され、ITスキル標準の改訂・普及啓蒙活
動を進めているほか、民間側においても、2003年12月に特定非営利法人ITSS
ユーザ協会が設立されるなど、ITスキル標準の活用についての研究等が進展して
いる。その結果、現在ITサービス事業者の約7割が何らかの形でITスキル標準を
導入済み若しくは導入に向け検討中としており、ITスキル標準の普及は着実に進
展している。
図 アメリカ商務省によるスキル指標の概要
職種
専門分野に関する
基礎知識
技術的スキル
実務能力
プログラム・アナリスト
(経営戦略に基づく情報戦略の立
案、システム化全体計画及び個別
システム化計画の策定を行うととも
に、計画立案者の立場から情報シ
ステム開発プロジェクトを支援し、
その結果を評価する者)
大卒レベルのコン
ピュータ・サイエンスに
関する知識
UNIX (OS)、SQL
(データベース管理言
語)、C/C++(プログラ
ム開発言語)によるシ
ステム開発技術、オラ
クルのデータベースを
利用した開発技術
ソフトウェアのプロダ
クトサイクルに関す
る知識、コミュニケー
ション、チームワーク
6年の開発経験
ソフトウェア・エンジニア
(情報システム開発プロジェクトに
おいて、プロジェクト計画に基づい
て、業務要件分析からシステム設
計、プログラム開発、テストまでの
一連のプロセスを担当する者)
大卒レベルのコン
ピュータ・サイエンスに
関する知識
API(ソフトウェア開発
資源)に関する知識・
技術
開発計画の策定、プ
ロジェクト管理、業務
分析
5年以上の開発経験
シニア・デベロッパー
(情報システム開発プロジェクトに
おいて、内部設計書・プログラム設
計書を作成し、効果的なプログラ
ムの開発を行い、単体テスト・結合
テストまでの一連のプロセスを担
当する者)
大卒レベルのコン
ピュータ・サイエンス及
び情報管理に関する
知識
Windows2000環境下
でのHTML(マークアッ
プ言語)やJavaScript
(スクリプト言語)を用
いたシステム開発
問題解決力、リスク
管理、プロジェクト管
理
2∼5年の開発経験
システム・アドミニストレータ
(業務の中でどのように情報技術
を活用すべきかについて判断する
ために必要な知識・技能をもち、情
報部門内あるいはグループ内の情
報化を推進する者)
専門分野に関する大
卒レベルの知識
VPNs(仮想施設網)、
WindowsNT/2000/M
Eに関する知識・技術、
マイクロソフト認定技
術者やマイクロソフト
システムエンジニア認
定などの資格
問題解決力、分析力、
計画性
2∼4年の職務経験
職務経験
⑤ 医療・健康サービスの充実
医療関連事務の効率化に向け、社会保険診療報酬支払基金では、「電子レセプ
ト電算処理システム」を1998年度から順次推進しているが、2004年11月末現
在では同システムを導入している医科は8.0%(619病院・2,590診療所)、保
1-43
険薬局は43.4%(12,775薬局)となっている。また、厚生労働省でも同システ
ムの普及には力を入れており、2001年12月に策定した「保健医療分野の情報
化にむけてのグランドデザイン」において2006年度までに7割の病院で導入する
目標を掲げている。一方、レセプトの電子化を進めている韓国は、2003年には普
及率がほぼ9割に達しており、電子カルテについても、現在約半数の病院に導入
され、2006年には、電子カルテは6割超、医用画像蓄積通信システムは5割以上
の導入率になると予想されるなど、普及は着実にすすんでおり、日本は依然として
海外に比べると低い状況にある。
医療・健康サービスについては、海外の状況をみると、フィンランドでは窓や照明
をリモートコントロールで操作できる「車いす」の開発や、高齢者が介護者の元を離
れ、自立した生活を送れるような「体調モニター兼自動通報器」が開発されるなど、
ITを活用した医療・健康サービスの高度化が行われている。さらに、アメリカの
Mayo Clinic では、チーム医療を重視し、Electronic Medical Record による患者デー
タの共有、Pager やビデオ会議システムによるチーム会議など、ITを活用した画期
的な経営革新を進めている。また、アメリカでは、e-Mail、複数が参加するML、電
子会議室等を使って、医師と患者との間でのコミュニケーションを深めることに活
用されたり、その発展形として、オンライン上での医療カウンセリングサービスも開
始されるなど、ITが医師間及び医師と患者の間のコミュニケーションの有効なツー
ルとして機能している。
図 レセプト電算処理システムの
参加状況・動向(医科)
図 Mayo Clinicのホームページ
出所)「週刊社会保障」 No.2316
出所)http://www.medem.com/index.cfm
1-44
⑥ 社会的な安全・安心の確保
刑法犯の認知件数は1994年以降急増しているにも関わらず、検挙人数はそ
れほど増加しておらず、検挙率は低下している。また、警察庁統計によると自動車
盗難の認知件数は、1999年以降急増し、2003年は史上最悪の64,223件に
達している。このように著しく悪化している最近の治安情勢に比較して、日本の警
察官数の体制強化は十分とは言えない。
日本でも一部検討が行われているが、アメリカでは、ITを活用した犯罪の発生を
未然に防ぐ仕組みとして、以前より性犯罪者データベースを構築し、されに、仮釈
放中の性犯罪者の足首にGPSを付け、常に所在地を確認できるシステムやコンピ
ュータを活用した犯罪統計の管理システムが導入され、効果を上げている。また、
自動車盗難を防止・追跡する仕組みとして、イモビライザー(RFID技術を利用した
自動車盗難防止システム)があり、日本においても一部高級車に装着されている
が、ヨーロッパでは1997年1月以降に出荷された全新車に装着が義務付けられ
ている。
このように、ITを社会的に活用した防犯体制の強化は、我が国でも部分的に始
まりつつあるが、その本格的な展開は、これからの課題と言えよう。
また、災害時の対応についてもITの活用は重要な位置を占めている。阪神・淡
路大震災と新潟県中越地震を比較すると、IP電話の普及と携帯電話でのデータ通
信利用が効果的であったといえる。固定電話も携帯電話もつながりにくい状況の
中、IP電話は、トラフィックが過剰とならず、輻輳も起こらず、問題なく通話が可能
であった。また、NTTドコモでは、2004年4月より、災害時を想定して音声通話と
メールやWebアクセスでの発信規制を別々にかける方式を導入していたため、音
声通話は規制しても、データ系サービスは規制する必要がなく、iモードのメールや
Webアクセスはレスポンスが悪くなったものの十分に使えていた。また、京都大学
防災研究所では、阪神・淡路大震災の際のデータベースを参考に、建築の専門家
でなくても被害程度がある程度判別出来るように判断チャートを作成、これを元に
研修を進め、罹災証明書の発行業務をスムーズに行うことが出来た。
このようにITの「社会基盤化」が進展する一方で、ITを悪用した脅威が問題とな
ってきている。コンピュータ技術及び電気通信技術を悪用したサイバー犯罪につい
ては、その検挙件数、都道府県警察への相談受理件数、共に年々増加の傾向に
あり、さらに被害や脅威は、利用者が対処可能なスピードを遙かに超え、また、そ
れらの性格も、ますます高度化・悪質化してきている。さらに、PCのみならず携帯
電話に感染するウイルスや、フィッシング、スパイウェア等のように、新たな脅威も
出現してきている。
1-45
図 サイバー犯罪の検挙状況
図 サイバー犯罪等に関する
相談処理件数
出所)警察庁HPhttp://www.npa.go.jp/cyber/statics/h16/image/pdf22.pdf
図 ニューヨーク市及び暴行事件に関する犯罪統計を
定期的に集計・活用していない年における犯罪件数の推移
データ:FBI’S UNIFORM CRIME REPORTS
出所:McCormick, John et al, “The Disconnected Cop”
http://www.baselinemag.com/article2/0,1397,1630679,00.asp
1-46
2. 「IT化の第1ステージ」の総括
(1) 「IT化の第2ステージ」の入り口
前節でもみたとおり、近年、職場や家庭にインターネットに接続されたPCを置き、
仕事やプライベートで電子メールを使い、インターネットで情報を調べるといった行
為は、至極日常的な風景となった。PCの各世帯への普及率では65.7%、インタ
ーネットの世帯普及率でも88.1%と、ITの普及に関しては、我が国は既に「世界
最先端」の水準にあると言える。
家庭への情報家電の浸透、職場での情報システムの活用、行政における電子
申請等の開始、医療や教育等公共サービスにおける現場へのIT関連機器の導入
なども着々と進んだ。生活、ビジネス、行政、社会的課題の4分野いずれにおいて
も、ITによって便利になったことは間違いない。しかし、生活の質感の向上や、ビジ
ネスの競争力の向上をもたらしたのかどうか。生活もビジネスも行政も、実は本質
的な部分では何も変わっていないのではないだろうか。
そうした視点から、「IT革命」と呼ばれてきたものの現状を反省し、今後のあり方
について展望すべき時期に来ていると言えるのではないだろうか。
実際、生活、ビジネス、行政、社会的課題の4分野に分けてITの活用状況を見る
と、次のとおり概観することができる。
「生活分野」と「社会的課題分野」をみると、ITの活用が娯楽やコミュニケーション
など個人のライフスタイルを変えてきたことを指摘することができる(「IT導入」段
階)。しかし、各個人や家庭を超えて、病院や学校での活用、勤務のスタイルや防
犯対策、環境問題、少子高齢化・ニート対策などの社会的課題の解決に役立つよ
うにシステム化され、ITが何らかの形で直接貢献している段階(「部分最適」段階)
に至っている例は稀である。また、普通教室でのPCの導入・活用はじめ、遠隔教
育や遠隔医療の分野といった非娯楽系の「生活分野」では、そもそも多くの「IT未
開拓領域」が残されている。
「ビジネス分野」と「行政分野」をみると、電子メールやインターネットが個人レベ
ルで仕事スタイルを変えつつある(「IT導入段階」)ことに加え、流通・在庫管理、生
産管理など様々な業務プロセス自体にITの活用が浸透しつつあり、各業務・作業
の現場の利便性の向上に貢献している例を挙げることができる。しかし、その実態
は、多くが各工場の改善活動や各事業部門の業務効率性向上など「部分最適」の
段階にとどまっており21、ITの導入によって、各工場や事業部門等の「縦割り」を排
し、ビジネスや行政のスタイルそのものの変革している段階(「全体最適段階」)の
企業や政府機関は上場企業の2割にも満たない22。
このように、ITは、生活やビジネスにとって「便利な道具」として活躍を始めては
いるが、生活、ビジネス、行政、社会的課題のそれぞれについて、スタイルや業務
21
22
詳細は P.1-55∼P.1-59 を参照
脚注 20 を参照
1-47
方法自体を変えたり、競争力・課題解決力の向上をもたらしている、とは言い難い。
以上を、一つの見方としてわかりやく「○×表記」を試みると、以下のようにも整理
することができる。
生 活
ビジネス
行 政
社会的課題
「IT化の第1ステージ」
ITの導入 利便性の向上
(IT導入) (部分最適)
○
×
○
○
○
○
○
×
「IT化の第2ステージ」
競争力・課題解決力強化
(全体最適)
×
×
×
×
(備考)
ITの導入
利便性の向上
: PC等が導入されてはいるものの、個々人の作業の利便性の向上に止まる段階
: ITが各事業部、工場等、従来の作業現場の改善を支える、いわば「部分最適」
の段階。ビジネス・行政の各現場業務を便利にする道具としては役立つが、変
革を伴う競争力強化にまではつながらない。
競争力・課題解決力の強化 : 全社的な業務改革とともにIT基盤が整備され、各事業部、行政等の
「縦割り」を超え、顧客や現場の声に基づいた全体的な改善活動をITが支える、
いわば「全体最適」の段階。生活、ビジネス等における本質的な競争・革新・課
題解決のための能力の向上・強化にも貢献。
すなわち、ITを巡る現状を評価すると、ITインフラは「世界最高水準」の段階にま
で整備され、ITの普及が様々な場面で進展し、また、それを可能にするだけ高性能
なPCや携帯電話とネットワークを低価格で提供したという意味では、大きな成功を
収めたと言うことができる。今までの生活、ビジネス等の中で、ITが便利な道具とし
て根付き、利便性の向上とコミュニケーションの活性化をもたらしたことは確かであ
る。「IT化の第1ステージ」として、IT化の進展は相応の水準に達し、いわば「IT革
命」の第1段階は、ある程度達成されたと言えるであろう。
しかし、コンピュータ中心に発展してきた「IT化の第1ステージ」では、各分野の競
争力・課題解決力を生み出す「強さ」の貢献にまでは至っていない。ITに、産業革命
と比肩しうるような変革や改革への「力」を期待するのであれば、今後、生活、ビジ
ネス、行政、社会的課題の4分野での競争力・課題解決力を生み出すとともに、IT
産業自らもダイナミックに姿を変えていくような新たなイノベーション・サイクルを確
立していくことが課題となる。
私たちは今、PCと情報家電が混在する「IT革命」の第2段階において、すなわち
「IT化の第2ステージ」において、いかにITを変革や改革の「道具」として使いこなし
ていくかが問われている。
かつて産業革命では、蒸気機関の発明と普及が、それを利用する産業における
技術革新につながり、さらには社会変革をもたらした。「IT化の第2ステージ」にお
いても、「IT革命」の主役は、IT自体ではなく、ITを使う個人、生活者、事業者、地
域、社会であり、さらには、公共サービスの担い手、国家ということにもなる。従来
型のIT産業のための、IT産業による、IT産業に対する「解決策」だけが問われてい
1-48
るのではない。今後の「IT国家戦略」では、ユーザに潜む智恵とITを融合し、IT化
を「第2ステージ」へと進化させていくのかが語られなくてはならない。
その局面で重要となるのは、ユーザとの「徹底した対話」を通じて、新たな知恵を
互いに探すことであり、また、IT自身が、「ITをいろいろな局面で活用してみたい」と
思うような「人への優しさ」を備えることであろう。そうした「対話」と「優しさ」なくして
は、ユーザに潜む知恵とITの融合も進まないであろう。
(2) IT主導の「利便性」から、利用者主導の「強さ」へ
ITを産業革命になぞらえてうるものとして議論するのであれば、今や、IT自体の
イノベーションはもとより、利用者自身の改革・変革を同時に語る必要がある。
「IT化の第1ステージ」では、IT利用環境が整うこと自体が目標となっていた。た
だしこの目標の維持が、IT自体がイノベーションリーダだという思いこみを増幅しな
いよう気をつける必要がある。「IT化の第2ステージ」で差別化の対象になるのは、
ビジネスにおける経営戦略であり、生活におけるライフスタイルであり、社会的課
題を解決するための制度である。ITはそれを実現するための不可欠の手段となる。
その前後関係が極めて重要となろう。
「IT化の第2ステージ」のフロンティアは、ITの中にではなく、ITを使う利用者に潜
む知恵の中にある。充実した「IT利用環境」の活用という観点からのみ議論をすれ
ば、ITを巡る国家戦略も、「利便性」の次元で自縄自縛となり、「強さ」に繋げること
は難しくなるであろう。重要なのは、利用側に改革や変革が伴うことである。
かつて産業革命が世の中を変えたとき、確かに蒸気機関という機械的な動力源
はそのために不可欠な手段を提供した。しかし、世界に先駆け、18世紀のイギリ
スにおいて産業革命を起こしていったのは、蒸気機関を基に繊維工業と金属工業
を中心に重要な機械が発明され、その技術革新の連鎖が主要な産業部門に次々
と波及していったことである。これに伴い工場制度が全面的に展開し、資本主義が
確立して、急速かつ持続的な成長が開始された。これにより、ギルドなどの独立生
産者層が解体し、近代的プロレタリアートとしての膨大な賃金労働者群が形成され、
都市化が進展するなど、技術的、経営的かつ社会的な変革が進んでいった。
そこで議論されたのは、蒸気機関における技術革新ではなく、繊維工業や金属
工業自体の変革であり、その変革に伴う社会変革であった。
IT自体も、新たな技術シーズを制度的・社会的な障害を乗り越えながら積極的
に市場に提供するイノベーションリーダであることは間違いない。しかし、IT産業は
利用側に不可欠の道具を提供することは出来ても、新たな経営戦略や産業戦略、
IT産業自体が提案する新たなライフスタイルを提案することは難しい。それは、蒸
気機関のエンジニアやセールスマンには、繊維工業や金属工業の在り方も、また
その向こう側に連なる社会変革自体も想定できないのと同じことである。IT戦略に
とって重要なことは、利用者側に如何に使いやすく、わかりやすく、その手段として
の重要性をアピールし続けることであり、IT産業自体の競争のために難しい3文字
熟語を頻発させることではない。
1-49
IT活用形態で先端にあると思われる企業の経営者にも同じような問題意識があ
る。「情報技術と経営戦略会議」においても、「情報技術の活用が先にあるのでは
なく、全体価値最大化の仕組み(業務の流れ)をどうしていくかが先にある」(ワー
ルド㈱寺井社長)といった指摘が共通して聞かれている。
<「情報技術と経営戦略会議」報告書より抜粋>
ITが「強さ」に結びつくためには、不可欠なことは、脇役として、経営者や生活者
や行政の傍に常にたたずんでいることである。また、電子タグ、グリッドコンピュー
ティング、ソフトウェア無線、ウルトラワイドバンド通信など、出し惜しみなく新たな技
術シーズを提供する努力を続け、利用する側から新たな技術を活用する知恵を引
き出す立ち位置を得ることにある。ITの側にもまだまだ、ハード、ソフト、通信それ
1-50
ぞれの立場から、新たなITシーズを市場開放するための規制緩和やビジネス上の
旧弊の排除に徹すること、将来のITシーズを支える研究開発や、先端的なITシー
ズを支えるIT人材の早期育成を支えるといった、課題は多く残されている。
しかし、今のITに一番大切なことは、そうした利用側からの革新・改善活動に、
自らを上手く位置づけること。利用側に理解されやすい、使われやすい形でITが提
供できるようなIT市場を組成することである。言い換えれば、高いユーザビリティを
備えることに徹底すること。ユーザにITが持つポテンシャルを理解させる努力をす
ることであり、自らが新たな社会像や産業像を提案することではない。
近年でも、SOA(Service Oriented Architecture),Webサービス、MDA
(Model Driven Architecture)などといったユーザに難解なIT用語を発し、IT
サービスの差別化をしようとする動きもあるが、それをやりすぎれば、IT全体への
信頼を失いかねないと言う認識を深く共有すべきであろう。SOAにせよ、Webサー
ビスにせよ、MDAにせよ、それぞれ、ビジネスや生活の機能からアプローチをはじ
めること、その実現に当たっては相互運用性の高いオープンなテクノロジーを使う
こと、そのための開発方法論について一定の専門的な手法を提案しているに過ぎ
ず、むしろ、その使い方によっては、ユーザとの溝を更に深めかねない状況にあ
る。
<SOA,MDA,Webサービスに関する簡単な紹介>
・SOA(Service Oriented Architecture)
SOAとはサービス指向アーキテクチャとも呼ばれ、大規模なシステムを「サービ
ス」の集まりとして構築する設計手法である。個々のサービスは、単体でユーザー
にとって意味のある機能を持ち、標準化された手順によって外部から呼び出すこと
ができる。SOAでは、それぞれのサービスを実行するアプリケーションの開発言語
や動作環境などに関わらず、それぞれのサービスが共通のインターフェイスを備え
ていればよい。
・Webサービス
Webサービスとは、ソフトウェアの機能を、ネットワークを通じて利用できるように
したものである。自らの機能を標準化されたインターフェイス経由で公開するソフト
ウェア・コンポーネントを指し、個々のサービスとメッセージをネットワーク上で交換
する役割を果たす。ネットワーク上で動作し、共通のインターフェイスを備えているた
め、個々の動作環境などに依存せず、ソフトウェアの統合や開発などを迅速に進め
ることができる。
・MDA(Model Driven Architecture)
MDAとはモデル駆動型アーキテクチャとも呼ばれ、プラットフォーム技術に依存
しないアプリケーションのモデル情報(機能、振舞いの仕様など)を定義し、ベンダに
依存しないシステムの相互運用を実現するためのアーキテクチャである。新しいプ
ラットフォームが登場しても、MDAを用いることで開発を迅速に進めることができ、
システムの統合も効率よく進めることができる。
ITの3文字用語に代表されるような、自らの方法論に対する過信と思いこみを捨
てて、ユーザのニーズに対して謙虚にならない限り、IT産業自身にも次の成長はな
1-51
い。現に、地方自治体や製造業の現場に深く浸透している業務パッケージであれ
ばあるほど、そのような3文字熟語は愚か、製品名称すら与えられてはいない。そ
れでもニーズのあるものは、現場に浸透しているのである。
IT革命の主役は、ITではなく、それを使う、事業者、生活者であり、公共サービス
の提供者である。「情報経済・産業ビジョン」は、IT産業のための、IT産業による、I
T産業に対する戦略であってはならない。ITを巡る国家戦略は、ユーザに潜む智恵
とITを如何に融合してIT化を「第2ステージ」へと進化させていくかについて語った
ものではなくてはならないだろう。
1-52
Ⅱ.「IT化の第2ステージ」の課題:
「プラットフォーム・ビジネス」
Ⅱ.「IT化の第2ステージ」の課題:「プラットフォーム・ビジネス」
1.ITを巡る環境と新たな萌芽
(1) イノベーション・サイクルの変化とITの役割の変化
ITを活用する側が、ITを自らの「強み」に繋げていくためには、ITがユーザに潜む
智恵を引き出し、経済や生活を直接変えていくような「知識」となり、広範囲に活用
されることが必要である。
ビジネス分野や行政分野において、「IT化の第1ステージ」が、その効果を部分
最適に止めていた最大の理由は、入手した情報を囲い込み、入手した部局や企業
の内部でしか活用されなかったからである。こうした情報の共有・活用形態は、ITが
あってもなくても、紙の時代から行われている。ITは単に、そのための事務処理効
率を、各縦割り業務の内部で効率化しようとしているに過ぎない。
かつての「三種の神器」の時代のように、テレビ、電気冷蔵庫といった供給側が
提供する圧倒的な技術革新の成果で市場が動いている場合には、供給側内部で
の開発努力や改善活動が社会全体のイノベーションの加速化の原動力そのもので
あった。しかし、ものが溢れ、テレビにせよ電気冷蔵庫にせよ、生活に必要な基本
的機能が充足されつつある今、供給側が独りよがりで画面の大きさや省エネ性能
を追求し工夫をしても、それを必要とする消費者のニーズが市場に生み出されなけ
れば、市場に新たな付加価値をもたらすイノベーション・サイクルは動き始めない。
テレビや電気冷蔵庫が各家庭にあるかないかが問われた時代は、主導権は「製造
者」側にあったが、画面が大きい方がよいか、どういうデザインが理想かなどと問わ
れるようになると、主導権の重心は、自ずと「消費者」側に移行する。
21世紀におけるイノベーションが過去のものと最も異なる点は、従来、「作り手」
と「使い手」として峻別されていた関係が、再び結びつけ直され、その中から新たな
イノベーションが誘発され、創造されているケースが増えつつあることである。
また、こうした新たな協力関係は、作り手と使い手ばかりでなく、製造とサービス、
産官学、地域における自治体と地元産業、サポーティングインダストリとなる中小企
業と異業種の大企業の連携、オープンソースソフトウエアなどを通じた競争同業者
同士の連携といった様々なバリエーションを持ち始めている。
このような議論は、例えば、「イノベーション」という視点からの「アメリカ競争力評
議会」による「イノベート・アメリカ」(通称「パルミザーノ・レポート」)をはじめとしてみ
られるところである1。
1
http://www.compete.org/nii/ を参照
2-1
「イノベート・アメリカ」(アメリカ競争力評議会)
が提案するイノベーションの新しい形
「現在のイノベーションが過去のものと異なる点は、その速度や偏在度、重
要度ではない。21世紀の幕開けに位置する現在のイノベーションは、実際に
新しい方法で起こっている。
かつては敵対的に見えた関係が、今までは層補的、そして共生的なものにさ
え発展しつつある。顧客と製造者は共同で創造プロセスに携わっている。知的
財産権所有とオープン性の両方がイノベーションの駆動力となっている。製造
業とサービスの境界は不明確となっている。イノベーション経済に対する中小
企業の貢献度は、大企業に匹敵する。かつては民間部門の専門領域と考えら
れていたイノベーションにおいて、公共部門も重要な役割を担うようになった。
「専門知識」は特定の学術分野における深い知識を意味していたが、今では学
際的知識でなくてはならない。何故ならイノベーションは、研究と、その最終用
途における応用との間の学術分野の交差した部分に起こるからである。」
ITが社会全体を変えるイノベーションをサポートしていくためには、ビジネス分野
や行政分野の局面で、縦割りを超えた情報の共有と活用が進むと同時に、それら
が消費者のニーズや社会的課題と迅速に結びついていくことが必要となる。特に、
経済社会全体の成長が、次から次へと生み出される技術革新や、急増する人口と
恒常的に拡大する消費財市場だけでは支えきれなくなりつつある今、多くの人の間
に潜む知恵や嗜好を如何に的確に引き出し、ビジネスや生活、社会的課題の解決
に繋げていくか、そういう意味での情報の戦略的な共有と活用が、社会全体のイノ
ベーションを進めるに当たって不可欠の要素となる。
そのための新たなパートナーシップという意味では、
○ 作り手と使い手、提供者と利用者の融合
はもとより、
○ 産官学の連携
○ 地域における自治体と地元産業の連携
○ サポーティングインダストリとなる中小企業と異業種の大企業の連携
○ オープンソースソフトウエアなどを通じた競争同業者同士の連携
など、様々な形態が考えられるだろう。
こうした動きは、IT関連市場自身の「競争」構造の違いにも見て取れる2。
このようなイノベーション・サイクルの変化は、既に我が国のIT産業自身の中でも
起こり始めている。
かつて「三種の神器」といわれた時代の我が国の家電産業や、東アジア地域に
見られる家電産業等では、
2
例えば、奥野、竹村、新宅編著、『電子社会と市場経済』、新世社、2002の終章に所収された、
岩井克人、「資本主義社会の変容:IT化と株式会社企業の未来」、を参照。
2-2
Ⅰ.地方からの安い労働力流入を前提に規格化商品の大量生産・大量消費を実現
する形で、一定の性能に対する価格優位を得ることで、差別化を行ってきた。
次に、必ずしも安い労働力の流入を前提にすることができなくなると、新たな技術
革新とその成果を支える知的財産やノウハウを囲い込みながら技術革新の成果で
差別化を行うことが課題となる。このため、1980年代以降、レコードがCDへ、CD
がDVDへと進化していった時期の我が国の家電産業は、
Ⅱ.技術革新とその成果の規格化、顧客の囲い込みによる差別化を展開
していくことで利潤を獲得していったということができる。
こうした時代までは、イノベーションの主役は技術であり、供給側が技術シーズの
開発・応用成果を如何に効率的に消費者に届けるかが課題となっていた。
他方、1990年代に、PCとインターネットを舞台として展開された競争は、若干様
相が異なる。1990年代当初は、その当時の技術革新の「核」がITであったが、そ
のスピードと広がりが加速化していく中で、徐々に、IT自体の革新性よりも、ITが伝
達する情報やITが提供するサービス自体が差別化の主役となっていった。PCの基
本ソフト(以下「OS」という)や中央演算装置(以下「CPU」という)の市場なども、そ
れら自体の性能より、その上でどのようなアプリケーション・ソフトが動くのか、どの
ようなデータが扱えるのか、どのようなサービスが展開されているのか、そして、新
しいユーザのニーズにいち早く応えることができるかどうか、といったことが差別化
の大きな要素となっている。
このように、ITそれ自身の性能はもとより、
Ⅲ.サービスや情報をいち早く取り込む革新性によるスピード競争を展開
することにより、大きな「レント(利潤)」を獲得してきたと評価できよう。
Ⅱの競争
次世代
− 規格化
− 知財、ノウハウによる差別化
− イノベーションは世代毎
Ⅰの競争
− 安い労働力
の流入
− 大量生産
− 大量消費
PC等オープンな
プロダクト
DVD等
DVD等
DVD等
DVD等
規格化商品
規格化商品
規格化商品
規格化商品
新しい
市場
ニーズ
OS等特定レイヤを提供
新しい
市場
ニーズ
Ⅲの競争
CD,VHS等 − オープン化
− サービス、情報の取り
前世代
込み競争
− イノベーションは随時
もちろん、全てのIT市場競争が「Ⅱ」の競争戦略から「Ⅲ」の戦略へと流れるわけ
2-3
ではない。特に、「ものづくり」にとっては、技術革新の成果を規格によって固定化し、
国際的に量を売り抜くことが、投下した資本の回収のために必要不可避の面があ
る。
しかし、「Ⅲ」の競争への戦略、すなわち、サービスレイヤーで利用側の智恵の囲
い込みを進め、イノベーションの早さで差をつける、という戦略が競争上の決定的
な要因となるという「流れ」を止めることはできない。今後は、「Ⅱ」の局面と「Ⅲ」の
局面を上手く両立させるようなイノベーション・サイクルを我が国IT産業の中に作り
上げていくことが求められるであろう。
さらに最近の動きでは、OSやCPUの市場ではなく、こうしたPCの市場に対して、
ユーザのニーズを集中的に集めてくる部分をリードしようとする動きが活性化して
いる。例えば、世界有数の検索エンジンを提供するGoogle社は、検索サービスを
通じて、インターネットユーザが一体ITを通じて何を知ろうとしているのかを世界で
最も熟知する企業である3。創業後6年、従業員も2000名程度のその企業の株式
時価総額は、日本の大手IT企業の時価総額を大きく上回っているという事実からも、
市場競争は、ITの技術としての革新性よりも、ITを如何に使うか、そこにおける情
報の差別化に移行していることが見て取れる。
こうした新たなイノベーション・サイクルが展開する時代の中で、ITがイノベーショ
ンに貢献していくためには、
○ IT自身が、ユーザやユーザに直接付加価値を提供するサービス業との融
合を進め、独りよがりな成長を止めること
○ 生活、ビジネス、行政、社会的課題それぞれの分野で、これまでの供給側
の事情に立った縦割りではなく、製造業とサービス業、製造業とユーザなど、
企業・産業、行政機関などの壁を越えた事業連携を積極的にサポートしてい
くこと
○ 産官学の連携、業種間融合、市民活動と事業活動の融合など、様々な局
面で、情報を「つなぐ」役割を積極的に果たすこと
が必要となるだろう。
なお、こうしたイノベーション・サイクルの変化を、情報を持たす差異化が競争力
の源泉となりつつある「知識経済」への移行という視点から捉え、IT化の意義として
捉える議論も、国際的な検討の場で行われるようになっている4。
知的資産の議論のきっかけとしては、2001年5月にまとめられたOECDの「ニ
ューエコノミー:熱狂を超えて(The New Economy: Beyond the Hype)」がよく引
用される。ただし、本報告は、「IT産業自体を保有することがその国にとっての長期
の政調持続用件では必ずしも無く、その効果的な利用に必要なスキルと能力を高
めること、そのための人的資本の充実が重要であること」を提起したものであり、知
的資産そのものを直接に論じたものではない。
国際機関の場で知識資産について言及したものとしては、2003年には、欧州
3
4
これを称して、インターネットの「あちら側」と呼び、ネット空間にある「情報発電所」と模している
有識者もいる。http://www.mochioumeda.com/archive/sankei/050110.html を参照。
これらを集中的に考察した論考としては、2004年版の通商白書の第1節第2章が優れる。
2-4
委員会において有識者による検討プロジェクトが策定した、“PRISM Report 20
03”と題する報告が著名である。
“PRISM Report 2003”では、経済的な価値や富の主要な源泉が、もはや
財を生産することではなく、知的資産を創造し、獲得し及び利用することにあるとい
う “Knowledge Based Economy”(知識基盤経済)に移行してきていること。
その背景として、
ⅰ) グローバル化とIT化が進展したことにより、イノベーションがその規模や複
雑さの点で一企業のレベルを超えたため、資源を以前のように独占的に所有
することが出来なくなり、何らかの形で他社とネットワークを形成して資源を活
用していくことが主要な企業戦略と考えられるようになったこと。
ⅱ) 消費者の基本的なニーズが根本的に満たされているという状況の中で、「コ
モディティ化」してしまった有形資産から、知的資産へと企業の価値創造(バリ
ューチェーン)の基軸が変化してきたこと。さらには、
ⅲ) 技術的な進歩により、コカコーラ社やIBM社に代表されるように、規模の経
済性と消費者の多様なニーズとの両方を満たすことが可能になったこと
をあげている。
この三つの論点は、現在市場で起きているイノベーション・サイクルの変化を端
的に言い表したものとして注目されよう。
(2) ビジネス分野における「全体最適化」を目指した先導的な動き
ビジネス分野では、作り手となる川上から、ユーザに接する川下までを直接に巻
き込み、事業や企業の壁を超えて経営全体のイノベーション・サイクルを作る動き
が一部始まっている。特に、組織の肥大化が進む大企業の内部では、ITを活用し
て自社内の「縦割り」を排し、場合によっては、企業・産業の枠組みを超えて顧客情
報も含めて積極的に情報を共有し、必要な情報を「可視化」させ、常時、飛行機の
計器板のように「見える」状態にしておきながら、顧客の動向に応じて迅速に舵を切
ることができる経営を実践するように「マネジメント改革」に踏み出す、といった「全
体最適化」を目指す動きが本格化しつつある。
また、このような動きは、これまでのように部局毎に顧客を囲い込み、市場を棲み
分けるよりも、より収益性の高いビジネスモデルであるということを示している5。
5
経済産業省が平成15年10月にとりまとめた「情報技術と経営戦略会議」報告では、次のように
記述されている。
「「情報化社会」での企業活動を考える時、いかなる情報が企業に求められているだろか。また、
いかにして価値ある情報を、企業は発見・獲得できるのであろうか。あらゆる人が知っている情
報は、それ自体、付加価値を企業に生む情報ではない。企業に付加価値を生む情報は、市場
であれば新たなマーケットの動きや新しい製品・サービスを供給するための新たな知識であり、
それらを如何に早く発見・発掘し、利用していくかということが鍵となるはずである。こうした知識
や情報は、当初は記号化されておらず、明示されていないことが多い。従って、こうした知識や
情報の発掘や創造のためのプロセスが、企業の中で必要とされているのであり、このような新
たな知識や情報の多くは、多様な背景や知識をもつ人と人とのダイナミクスといった、企業内外
のネットワーク内での相互作用の中から産まれてくる。
上に述べたような知識や情報の獲得や伝達の本質は、情報技術とは無関係であろう。しかし、
「情報化社会」では、情報を生み出すために大量の企業資源が投入され、それが組織的に行
2-5
このことを企業におけるIT投資を、「不良資産化」→「部分最適化」→「全体最適
化」→「企業の枠組みを超えた全体最適化」の4段階として整理すると、次のように
図示できる。6
図 企業のIT化ステージング
企業のI T 化ス テ ージ ン グ
「 経営」 の時代
企業役割の変革
社外との連携
統合・標準化
情報技術導入するも
活用せず
﹁企業﹂の壁
ト リ ガー
ト リ ガー
組織改革
ステージ②
部門内最適化企業群
ステージ①
IT不良資産化企業群
情報技術による企業
プロセスの最適化
﹁経営﹂の壁
バックオフィ
スのIT化
電子計算機
の導入
EDI導入
EC導入
製品 としての
SCM
CRM
SF A
・
・
業務のIT化
製品 としての
ERP
人事
財務
・
・
コミニュケーショ
ンの最適化
「 シ ス テ ム」 の時代
情報技術の活用により
部門内最適化を実現
顧客視点
の徹底
ステージ③
組織全体最適化企業群
経営と直結した情報技術活用
により企業組織全体の最適化
を実現
ステージ④
共同体最適化企業群
情報技術活用によりバリュー
チェーンを構成する共同体全体
の最適化を実現
人材力/ブランド力
の総合強化
「深化する組織」への脱皮
ビジネス/経営管理
の高付加価値化
特定業務の改善
(備考)東証一部上場企業約400社から有効回答。各「ステージ」の割合は、次の
とおり。
ステージ①:14.9% ステージ②:65.8%
ステージ③:17.0% ステージ④:2.3%
この整理にあるように、確かに、全体的には約7割の企業が「部分最適」までの
段階(ステージ①及びステージ②)にとどまっている。しかし、「全体最適化」の局面
に入った企業では、入手した情報を社内や部局内で管理し囲い込んでしまうよりも、
「安全かつ透明な情報共有基盤を構築し、情報を社内外や取引先等外部に積極的
に提供し、また自らも外部から情報を得る」という方に熱心な傾向が見られる。市場
の変化が速くかつダイナミックになりつつある中、自らの差別化シーズを最大限生
われるようになっている。また、情報技術の革新により、情報共有コストが低減され、その共有
範囲も拡大されており、情報技術は、こうした新たな知識や情報を、人間が発見することを補助
し容易にすることにも活用されている。つまり、情報技術という、きわめて有用な補助手段・情報
媒介手段が新たに現れてきているのであり、人と人とのネットワークによる情報の発見・発掘が
変わらないとしても、情報技術という媒体の出現により、知識や情報の効率的な発見と利用に
向けたネットワークの張り方というものに大きな影響を与える。すなわち、企業経営であれば、
企業組織や企業文化、外部の企業との関係といった経営戦略が情報技術により大きく変わると
いうことである。」
6
会議と報告概要はhttp://www.meti.go.jp/policy/it_policy/pdf/jyouhougijyutsu.1.pdfを、
報告書本文は、http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/pdf/jyouhougijyutsu2.pdfを参照
本調査については、「情報技術と経営戦略会議」(平成15年10月、経済産業省)を参照。同報
告書は、www.meti.go.jp/policy/ it_policy/pdf/jyouhougijyutsu.1.pdf を参照。
2-6
かす価値創造(バリューチェーン)の連鎖を見つけるには、情報を囲い込むより、情
報共有の輪を拡大させる方が優位ということであろう。また現に、全体最適志向の
企業の方が明らかに景況感は良い。
企 業 の ステ図
ー企業のステージングと業況
ジ ング と業 況
上向き
0%
10%
20%
ス テージ4
40%
50%
60%
5 0 .0%
ス テージ3
6 .3%
1 8 .1%
横ばい
70%
3 0 .0%
2 9 .2%
ス テージ2 ス テージ1
上 向 き /将 来 不 透 明
30%
2 2 .2%
1 6 .0%
90%
4 6 .9%
100%
2 0 .0%
3 6 .1%
4 4 .3%
2 1 .9%
悪化
80%
1 2 .5%
2 1 .6%
2 5 .0%
例えば、既に全体最適化の段階に達していると考えられるセブンイレブン・ジャ
パンでは、従来のPOSシステムに、さらにマルチメディア情報共有基盤を導入し、
人間型ばかりでなく、システムを通じた動画、音声など複合的な情報提供を店頭ま
で徹底して行うことにより、業務革新と新たな企業価値の確立に取り組んでいる。
また、同じく、全体最適化の段階に達していると考えられるアスクル㈱では、自社
内はもとより、アスクルのIT基盤を活用する取引先まで含めて、共同体全体の利益
の最大化を目指して、投資行動等を決定する段階に入っている。
<セブンイレブンの事例>
セブンイレブン・ジャパンは、マルチメディアを活用した情報共有基盤を導入
し、業務革新とシステム革新、ITの開発を一体で推進。
(「日経情報ストラテジー」2004年7月号、日経BP社)
2-7
<アスクルの事例>
アスクルは、メーカから顧客までの流通段階のロスを省き、商品だけではなく、
情報もネットワークで結ぶことで、社会全体の合理性を追求。アスクルと取引
のある事業者全体としての利益の最大化を目指すITインフラを構築した。
(https://www.askul.co.jp/kaisya/press/business/b_society.html)
このように、ビジネス分野では、これまでの工場や事業の枠組みを超えて情報を
「つなげ」 7、それによって各工場や各事業部の「部分最適」志向の改善活動から、
「全体最適」を目指した全社的な改善サイクルを確立しようとする動きが徐々に活
性化しつつある。情報を「つなげ」、全体最適化を推し進めていく意義は、各企業や
企業グループに止まらない。こうした「全体最適」志向を目指した動きは、企業や国
境を越えて動き始めている。
例えば、製造業者、流通業者、消費者の枠を超えたリサイクルの仕組みを共有
することで、ゴミが補修部品として蘇る。牛の出生から消費者に供給されるまでの
追跡・訴求を可能にすることによって、食品の安全性が確保される。また、我が国
電気電子業界では、企業の枠組みを超え、顧客が自らの要求にあう部品を迅速に
探すための電子部品調達用のデータベースが構築されており、世界でも先進的な
取り組みとなっている。
7
情報が「つなぐ」ことの意義、分析に関しては、例えば、国領二郎、『リアルとバーチャルの結合』、
「一橋ビジネスレビュー 2004年夏号」(2004)、東洋経済新報社に詳しい。
2-8
<牛肉のトレーサビリティ確保を巡る動向>
BSE(牛海綿状脳症)の危機などを背景に、「牛の個体識別のための情報の管理
及び伝達に関する特別措置法」が施行された。これにより、国内で飼育され食肉
処理された牛の精肉などには、耳標によって牛の個体識別番号を管理し、流通各
段階で番号ラベルを添付する形で、牛の個体識別番号(又はロット番号)の表示が
開始された。これにより、牛肉については、出生から消費者に供給されるまでの間
の追跡・遡及すなわち生産流通履歴情報の把握(牛肉のトレーサビリティ)が可能
となり、消費者は、購入した牛肉に表示されている個体識別番号により、インター
ネットを通じて牛の生産履歴を調べることができるようになった。また、将来的に
は、電子タグを利用し、管理番号の目視確認やバーコードによる入力などの省力
化などコストの大幅削減、商品の流通過程での情報の追加を含む、きめ細かな情
報の管理と追跡を可能とすることも検討されている。
こうした動きの中でも、近年最も注目されるのが、電子タグを巡る動きであろう。
電子タグは、生産者や企業から消費者に至るまでのモノの動きをインターネット
等を介してリアルタイムで追跡・管理する新しい技術として注目を集めている。電子
タグの活用は、企業活動の効率化・合理化を企業や産業の枠組みを超えて推進す
るだけでなく、食品の安全性、医療用具等の安全なリサイクル、環境管理、テロ対
策などの社会的課題の解決のためにも、活躍をはじめている。例えば、電子タグに
よる生産情報管理によって、食の質や安全に関する情報を「可視化」させ、農家と
消費者の間が直接信頼の絆で結ばれ、農作物自体に新たな付加価値が生む取り
組みが国内でも始まっている。
2-9
<信頼のビジネスモデル−石井食品の事例>
1997 年以来、添加物ゼロ食品の供給を標榜して安全性を追求してきた石井食
品は、近年ではそのために得た情報を消費者に対して直接的に開示する取組み
を進めている。食材の産地と直結した品質管理の徹底により、商品の全パッケー
ジに品質保証番号がつけられ、消費者は同社のホームページや携帯電話により
直接売り場からその商品に含まれる食材についての産地、生産日時、潜在的ア
レルギー等の情報を取得できる。このような取組みを通じて、石井食品ではブラ
ンドイメージの確立に加え、トレーサビリティのシステムを生産ラインの中まで運
用することで廃棄量を極小にすることで、生産・流通コストの削減をねらっている。
(国領二郎、「リアルとバーチャルの結合」, 一橋ビジネスレビュー2004年夏号、
東洋経済新報社を参照)
また、米国では、物流コンテナにタグを付け、その流通情報を国境を越えて管理
することにより迅速なテロ防止対策につなげる、といった国際的な提案を進めてい
る。
<コンテナセキュリティイニシアティブ(CSI)>
米国税関を中心としたテロ対策プログラムは、ACE(Automated Commercial
Environment)、C-TPAT(Customs-Trade Partnership Against Terrorism)、CSI、マ
ニフェスト情報事前申告からなり、その中で電子タグ、電子シールを利用するスマ
ートコンテナの利用が志向されている。米国の主導のもとにこれらの導入が進めら
れており、各国との協調体制のもと、グローバルスタンダード化する方向にある。
米国においても実証実験が進められている。
日本では、経済産業省の平成 16年度「電子タグ実証実験」の一つとして、製造
業者から陸上コンテナ輸送、海上コンテナ輸送を経て仕向け地に至るまでを一貫
して、物流全体の業務プロセスの改善による物流効率化、セキュリティ対策を電子
タグの活用により実証する実験が進められている。国際海上物流のサプライチェ
ーン上(国内側および海外側両方のメーカ等の倉庫、コンテナヤード)において、
電子タグおよび電子シールをコンテナ、パレット、カートン等に貼付し、実証実験シ
ステムを用いて一定期間運用する。
ACE
(税関関連等、港湾情報のシングルウィンドウ化)
CSI
C-TPAT
(2国間政府協定による
セキュリティプログラム)
(税関と米国輸入者との
個別契約)
24時間ルール
(マニフェスト事前申告制度)
2-10
まさに、電子タグの導入を巡る各業界の葛藤は、「IT化の第2ステージ」への転
換を象徴するものであると言えるであろう。
無論、活用すべき技術は、電子タグには限られない。
企業、産業や、作り手と使い手などの壁を越えて情報を「つなげ」、自らの変革を
伴いつつ全体最適を目指していく動きが、今後、ビジネス分野ばかりでなく、生活分
野、社会的課題分野、行政分野などでも更に活性化することが期待される。
2-11
2. 「プラットフォーム・ビジネス」の形成
(1) 情報の「共有」・「活用」による新たなイノベーションの創出
PC、携帯電話、インターネットなどIT利用環境の整備が進展したことによって、
様々な形でのコミュニケーションが活性化されてきた。これを新たなイノベーション
や価値創造に活かすためには、それらの情報を「つなぐ」こと、すなわち、その情報
を「共有」し、関連した情報同士を結合しながら「活用」することが不可欠となる。
実際、PC、携帯電話、インターネットの普及によってユーザ間のコミュニケーショ
ンが増えても、それだけでは通信料金収入の増加以上の動きにはつながらない。
例えば、インターネット・オークション・サイトという「仕組み」が得られ、商品を提示・
交換する際の共通の「ルール」と提供される情報への的確な信頼があって初めて
オークションという具体的な経済取引が生まれる。また、単に電子タグを導入しても、
それだけでは企業・産業に変化は起こらない。企業・産業の「縦割り」を超えて電子
タグがもたらす情報の意味や書式などを業界全体として標準化し、必要なセキュリ
ティを確保しながら電子タグの持つ情報を「つなぐ」ことで、業界全体としての抜本
的な商物流革命が進むことなる。その段階で、新たな「全体最適」の実現とイノベー
ション・サイクルの再構築が始まることとなろう。
すなわち、単に大量の情報が目の前にあるだけでは、ITで機械的に情報を検索
したり、伝達したりすることはできても、それらの意味を解釈することはできない。取
り扱っている情報の内容を信用することができなければ、それらは使われないし、
課金・認証、権利処理などの用途にも耐えない。
したがって、情報が「共有」され、「活用」されるようになるためには、情報に
商品コードの標準化、帳票の書式といった狭義のものから、文化の共有といった
広義のものまで含めた「共通の意味づけ」と顧客としての正しい認証情報であるの
かどうか、コンテンツの仕様履歴としての正しい情報であるのかどうか、などの情報
の質に対する「信頼」提供されるコンテンツの「知的財産の適切かつ合理的な保護」
などを付与する仕組みが必要となる。
「情報経済・産業ビジョン」では、情報に「共通の意味づけ」をもたらし、当該情報
に「信頼」を付与できるための「共有」・「活用」のための仕組み、あるいは、情報を
「つなぐ」状態にする仕組みを、「サービスを提供するための共通統合事業基盤」、
すなわち、「プラットフォーム」と呼ぶこととする。
では、こうした「プラットフォーム」は誰がどのような形で具体化していくのであろう
か。個人、企業、行政等がITを活用しつつ「全体最適」に向けた改革やイノベーショ
ン・サイクルの再構築に取り組もうとしても、これを独力で実現することには制約が
ある。ITを活用して新たな情報の「共有」・「活用」を実現し、問題を解決したり、新た
な機能を提供する、いわゆる「ソリューション」をもたらす専門的なサービス(以下「ソ
リューション・サービス」という。)を活用していくことが必要になる。
例えば、個人のコミュニケーションのスタイルを変えるだけなら、携帯電話やPC
を購入し、マニュアルを読んで使うことによりライフスタイルを変えることができる(「I
2-12
T導入」段階8)。しかし、友人同士の「物々交換」をオークションの仕組みに変える、
学校との間で宿題の提出や添削を随時オンラインで行う、病院の診察受付や診断
結果の参照などをオンラインで可能にする、といった生活の仕組みの変革に取り組
むとなると(「部分最適」段階)、一個人はもとより学校や病院などにとっても、独力
の対応は難しい。実際には、学校との間をシステム化して教材や先生との連絡など
をオンラインで提供するe−Learningシステムの提供、新たな診察受付システムの
開発・提供など、「ソリューション・サービス」の助けを借りる必要が生じるだろう。な
お、「ソリューション・サービス」を提供する各事業者としては、商品情報、教育用素
材、健康保険関連情報や電子カルテなどの情報の「共有」・「活用」を支える「プラッ
トフォーム」の機能を必要とすることとなろう。
これらの活動がさらに「全体最適」段階にまで進んでいくためには、各学校がバラ
バラにe−Learningのためのシステムをつくるのではなく、また、各病院が個別に
診療システムを構築するのではなく、地域や関係機関間で共通のシステム化と必
要な教育関連情報を「共有」・「活用」できる仕組みを実現することが必要となる。ま
た、事業部や企業の「壁」を超え、自治体や府省庁の「壁」を超え、新たなオンライ
ン・サービスや情報の「共有」・「活用」を図ろうとすれば、各事業部や企業、各自治
体や府省庁が個別に活用してきた「ソリューション・サービス」の事業者の手にも余
ることとなるだろう。
この段階では、学校や病院、企業や自治体などの個別の取り組みやそれらを支
える個別の「ソリューション・サービス」だけでは、十分な「プラットフォーム」の機能を
実現することは難しい。個々の学校や病院の「壁」を超え、また各事業部や企業の
「壁」を超え、さらには、各自治体や府省庁の「壁」を超えて、情報の「共有」・「活用」
による「全体最適」化と、ITによる競争力・課題解決力の向上を目指そうとすれば、
個別の「ソリューション・サービス」とはまた別に、新たに「プラットフォーム」を提供す
るビジネスの連携(以下「プラットフォーム・ビジネス」という。)を具体化していくこと
が不可欠になる。
以下、このための要点について、3つのポイントに絞って説明したい。
第一に、「プラットフォーム・ビジネス」には共通基盤性が必要である。
すなわち、例えば、楽曲のダウンロード・サービスにしても、電子カルテを活用し
た地域医療ネットワークの実現を図るにしても、「プラットフォーム・ビジネス」には、
ある程度横の広がりが必要である。
もちろん、個々の「ソリューション・サービス」の事業者が独自の課金・認証機能を
持ち、独自の楽曲データの書式に拠り、独自の支払いからダウンロードのルールな
どに拠ること自体に問題があると言っているのではない。しかし、それぞれのレコー
ド会社やそれぞれの病院が独自の方法で楽曲を提供し、カルテを管理しようとすれ
ば、消費者や患者は、それぞれの会社や病院毎に独自の方法に習熟することが必
要となる。また、ダウンロードされた楽曲データの扱いや、カルテの参照の仕方も会
8
以下で用いる、「IT導入」段階、「部分最適」段階、「全体最適」段階の各定義については、本ビ
ジョン2章を参照。
2-13
社や病院毎に全て異なることとなれば、そのようなIT化は、逆に生活や業務に不便
をもたらしかねない。実際には、ユーザはそのような事態に至るよりも先に、IT化前
のCD販売や紙のカルテに帰っていくこととなろう。
IT化を進めていくためには、このようなIT化の不便性を排除し、共通の仕組みと
信頼の上に、消費者や患者が必要とする楽曲やカルテなどの必要な選択肢が揃っ
て初めて、自分のライフスタイルの変革や新たな仕組みを採り入れることとなるに
違いない。
図 「プラットフォーム・ビジネス」に必要な共通基盤性
決 済機能
音楽関連 ネット ショッ プ
音楽関連 ネット ショッ プ
決 済機能
それぞれの仕組
みにバラバラに
習熟が必要
音楽ダウ ン ロー ド
B社
音楽ダウ ン ロー ド
B社
決 済機能
「共通基 盤性」
音楽ダウ ン ロー ド
A社
音楽ダウ ン ロー ド
A社
ユーザ
共通の仕組みと
信頼の上に
様々な選択肢
音楽関連 課金 ・決済
プラット フォー ム
ユーザ
ただし、「プラットフォーム・ビジネス」に広がりを持たせることは、容易なことでは
ない。 というのも、「プラットフォーム・ビジネス」は、普及を重視すれば収益力が落
ち、収益力を重視すれば普及が遅れるという矛盾に陥ると考えられるからである。
例えば、「プラットフォーム・ビジネス」を提供しようとする事業者が、サービスを提供
する事業者に自らの課金・認証機能をより広汎に活用してもらおうとすれば、自社
の差別化が難しくなり、収益力が高まらないこととなる。逆に、収益力を高めるため
に自社のサービスに優位となるように課金・認証機能を作ろうとすれば、他のサー
ビス事業者の活用は広がらないであろう。
「圧倒的リーダ」や「圧倒的なガリバー企業」が独占的価格などによって「プラット
フォーム・ビジネス」を提供するなどの例外的なケースもあるだろう。しかし、より広
範囲なユーザをカバーする「プラットフォーム」が望ましいことは一般論としては理解
されていても、自ら共通基盤性を持った「プラットフォーム・ビジネス」を提供しようと
する事業者がなかなか現われないのが実情である。すなわち、共通基盤性の欠如
が、ITの本格的活用を遅らせ、「部分最適」にとどまるプロセス改革や「中途半端
2-14
な」IT化を招いている大きな要因になっていると言うことができる9。
第二に、「プラットフォーム・ビジネス」には機能統合性が必要である。
「プラットフォーム」として典型的に想定される機能は、権利処理、課金・認証、検
索などであり、音楽ダウンロード、遠隔医療、遠隔教育、生活安全サービスなどの
「ソリューション・サービス」を市場化していく際に共通に必要となる機能である。た
だし、単に課金や認証といった技術的な機能があるだけでは、実際の「ソリューショ
ン・サービス」は生まれない。そのためには、楽曲データの標準化、支払いからダウ
ンロードに至るプロセスの確定、権利・義務関係の明確化、電子カルテに含まれる
個人情報の保護に関するルールや、映像等をやりとりするときのデータ処理方法な
どとセットになっている必要がある。
図 「プラットフォーム・ビジネス」に必要な機能統合性
音楽関連 ネットショップ
ランキング情報サービス
音楽ダウンロード A/B
「機能統合性」
課金・決済に加え、楽曲
データの標準化、楽曲カ
テゴリーの設定など、各種
ソリューションサービスに
共通に必要となる機能を
一体的に提供
音楽関連 課金・決済
プラットフォーム
例えば、楽曲やアーチストの検索エン
ジン、課金・決済機能などを共有!?
すなわち、繰り返しとなるが、「プラットフォーム・ビジネス」においては、楽曲デー
タや電子カルテなど、「情報が安心して使えるものであること」(情報の信頼性)、そ
れをサービスに活用する場合の「共通の意味づけやルール」を実際に担保するた
めの様々な機能とセットとなっていることが不可欠である。すなわち、課金・認証、
権利処理などのコアとなる機能があるだけでなく、「ソリューション・サービス」を提
供する事業者から、これらの機能が併せてビジネスとして提供されていることが必
要である。
第三に、「プラットフォーム・ビジネス」には、オープン性を前提として、ユーザを巻き
込んだ進化の可能性を持つことが必要である。
イノベーションにおいてユーザの果たす役割が大きくなっていることで、「プラット
9
「プラットフォーム」の共通基盤性については、ガリバー企業が取り組む場合のように、共通基
盤性は確保されているが市場支配力も非常に強い場合と、逆に分散競合して共通基盤性が確
保されない場合の両極端に分かれやすい。特に、前者と後者それぞれに対する競争政策面で
の対応については、それぞれに全く逆の方向の対応が必要となるという意味でも、別途、詳細
な検討が必要であると考えられる。
2-15
フォーム」の必要性が一層高まっている。テレビや電気冷蔵庫がなかった時代のよ
うに、供給側が圧倒的な「強み」を持っている時代には、良い品質で安く量を提供で
きる流通網があれば、製造者も消費者も共に満足することができた。しかし、市場
において、消費者の要請が多様化し、かつ、それをいかに動的に追いかけることが
できるかが重要となってくるに従い、通信インフラや端末事業者がいかに個別にサ
ービス市場を探し、「プラットフォーム」の機能まで含めて機器・インフラからサービ
スまでを垂直統合し、囲い込みをしようとしても、結局、サービス自体は個々の消費
者や顧客に応じた特性を持って提供されることとなり(「ローカライズ化」)、機器・イ
ンフラの量を追求することができずに採算割れを起こしかねないこととなる。こうし
た事態を回避するためには、「ものづくり」と「サービス」が無理矢理に垂直統合する
のではなく、その間で、様々なユーザのニーズを水平的に「縒り合わせ」ていくよう
な「場」が必要となろう。
図 「プラットフォーム・ビジネス」に必要な進化の可能性
プラットフォームの拡大
プラットフォームの拡大
参
入
端末、インフラ
携帯音楽プレーヤ B
携帯音楽プレーヤ A
入
参
携帯電話着うたサービス
家庭内AV機器
必要な共通機能
を積極的に提供。
「乗っておいた
方が得な場」。
ソリュ
ーションビジネス
入
参
音楽関連ネットショップ
縒り
合わせ
音楽ダウンロード A社
実演家のプロモーションサイト
音楽関連 ネットショップ
音楽ダウンロード B社
摺り
合わせ
参
入
言い方を変えれば、「プラットフォーム」としての基本的な機能については、各サ
ービス事業者にとって「自分でつくり込まなくとも、乗って使う方が得だ」と思わせる
ようなものであり、しかも、それらの機能を積極的に使い、外部に提供するような「ソ
リューション・サービス」の参入を自ずと誘引するような「プラットフォーム」であること
が必要となる。
ここで特徴的なことは、「プラットフォーム・ビジネス」では、課金・認証といった汎
用的な機能だけでなく、多少趣向の変わった音楽ダウンロードや、電子カルテを活
用する医療関連サービスなども新たに参入できるよう、ダウンロードの方法やカル
テを各サービスに組み込むに当たって必要なプロセス設計が外部に公開されてい
ること、異なるサービス・ビジネスでも互いに同じ機能を活用できるような柔軟性と
2-16
オープンさを兼ね備えていることが必要な点である。
「プラットフォーム・ビジネス」が課金・認証や電子カルテ管理などを通じてどの範
囲の異なるサービスにまで結果として広がりを持つのかは当事者にも予測不可能
な面がある。そこでは、互いが互いに利用しあうことでむしろメリットが増えていくよ
うな、互酬的な関係の成立が期待される。「鍵」となることは、楽曲データ、電子カル
テなど各「ソリューション・サービス」の提供に際して「情報が安心して使えるもので
あること」(情報の信頼性)」と「共通の意味づけやルール」が柔軟性に富んだ形で
担保されていることであり、すなわち、常に拡張し発展し続ける「プラットフォーム」
が、類似する他のサービスへの広がりを許容するような形で提供されていることで
あろう。
例えば、インターネットを通じた電子商取引で決済機能を提供するサービスを例
にとって、もう一度「プラットフォーム・ビジネス」を考えてみよう。
複数のインターネット・オークション事業者や、複数のネット販売店舗などが簡単
に接続し使えるような環境があって初めて、課金・決済を行う当事者の認証情報や
課金・決済の結果として移動した金融資産の内容が関係者間で的確に共有され、
その信頼性をお互いに確認した上で決済の処理を行うことになっていく。オークショ
ン事業者や販売店舗などは最初から全て確定しているわけではない。「プラットフォ
ーム」機能を提供しているうちに新たな事業者による利用が広がり、利用が広がる
ことで、また新たな利用者が広がるという好循環を目指すことが重要となる。さらに、
このプロセスの中で、新しいタイプの取引を展開するサービス事業者に対応するた
めに、「プラットフォーム・ビジネス」が、複数の課金・決済方法に対応し、新たなデ
ータ・フォーマットや通信技術に対応していくなど、参入・利用してくる「ソリューショ
ン・サービス」の広がりに応じて、自らも進歩を遂げていくこととなる。
このように、「プラットフォーム」は、常に多くの人にとって共通の魅力を持つ一方、
それ故に、常に少しずつその姿を変える、ユーザを巻き込んだ進化の可能性を持
つことが必要となる。
以上の3つのポイントとして述べたように、「プラットフォーム・ビジネス」は、生活、
ビジネス、行政、社会的課題の各分野において、ITを活用した競争力や課題解決
力を提供する様々な「ソリューション・サービス」にとって、
① 商品コードの標準化、帳票の書式といった狭義のものから、文化の共有といっ
た広義のものまで含めて「共通の意味づけ」と
② 顧客の正しい認証情報であるかどうか、コンテンツの仕様履歴として正しい情
報かどうかなど、情報の質に対する「信頼」
③ 提供されるコンテンツの「知的財産の適切かつ合理的な保護」
を提供するものであり、かつ、
④ 共通基盤性 (一定の横の広がり)
⑤ 機能統合性 (「プラットフォーム」をビジネスとして活用するための関連プロセス
の一体的提供)
⑥ 進化可能性 (新たなサービスの参入を常に促し、ユーザとともに進化する可能
性を持つ)
2-17
といった性格を持つことが求められる。
「プラットフォーム・ビジネス」は、携帯電話の事業者が提供する携帯コンテンツ・
ビジネスの「プラットフォーム」の機能のように、特定企業のビジネスとして形成され
ることもあれば、電気・電子業界が共同で構築を進める電子部品情報データベース
のように特定産業内の事業者間の協力により構築される場合もあれば、牛肉のト
レーサビリティのように、政府が民間関係者と連携して構築する場合もある。また、
「プラットフォーム・ビジネス」には、通信サービスなどを提供するインフラ事業者が
参入することもあれば、情報家電などの製造業者が参入する場合もあれば、商品
の販売・流通などのサービス事業者が参入する場合もあるだろう。
図 「プラットフォーム・ビジネス」の例
例:特定企業によるプラッ
トフォーム
携帯電話のネット接続と
課金・認証のプラットフォー
ム:携帯電話企業が自社
のビジネスとして整備
例:業界プラットフォーム
電気・電子業界が共同で
構築を進める電子部品情
報データベース
例:政府と民間関係者との連携
によるプラットフォーム
牛肉のトレーサビリティ:国、独立行
政法人と民間事業者とで牛の個体識
別管理の仕組みを構築・運営
企業
業界向け
データベース
国
<検査>
企業
インターネット
企業
民間企業・業者
<実施協力>
独立行政法人
<データベース>
(2) 「IT化の第2ステージ」における「プラットフォーム・ビジネス」の意義
IT産業を巡って近年の「成功事例」と言われる「プラットフォーム」は、OS市場とP
C用のCPU市場である。
これらは特に、OSとCPUそれぞれの市場で圧倒的に市場支配力のある特定企
業を生み出したため、単に活用されるだけでなく、「プラットフォーム」として自ら革新
と進歩を遂げる「利潤動機」を強くもたらすことができた。このため、相互依存した諸
部品から構成される土台でそれぞれの部品が革新されるような進化する「プラットフ
ォーム」として、PCの用途を大きく広げていくことに貢献し、ITの利便性の向上と普
及を進める重要な動力源となった。
しかし、OSやCPUは、PCを構成する部品やソフトウェアのための「プラットフォ
ーム」であり、PCを活用したサービスが用いる情報の「共有」・「活用」を進めるもの
ではない。PCという製品ではなく、ITの利用方法の革新自体を促す「プラットフォー
ム」となっていくためには、ITを活用したサービスや生活機能に関する情報を、利用
者が直接に「共有」・「活用」することが必要となる。
また、例えば、携帯電話は、「着メロ」や「着うた」など携帯電話を端末として活用
したサービスの「プラットフォーム・ビジネス」として、大きな信任を得つつある。携帯
電話の市場には、携帯電話の事業者によるサービス市場開拓やベンチャー企業に
よる新サービスへの参入可能性など、携帯電話の使い方を基底し、また、コンテン
ツや情報の信頼性を担保する役割を積極的に果たそうとする動機付けが見い出せ
る。だからこそ、携帯電話そのものではなく、携帯電話を活用したサービス市場の
「プラットフォーム」の機能を果たし、多くのサービスのための「プラットフォーム・ビジ
ネス」を提供することとなった。さらに、メールの絵文字・顔文字のバリエーション、
2-18
ストラップなど、利用者・顧客にとって新たな「楽しさ」を提供する要素があることも
注目される。
このように、単に、課金・決済の基盤を持つだけでなく、様々なサービスを提供す
るための環境も整備され、かつ、それ自身が様々なユーザを取り込みながら成長し
ていく進化可能性を持ち合わせていたことで、「プラットフォーム・ビジネス」として急
速に広がりを持っていった。
他方、同じくデジタル化が進みつつあるテレビ、カーナビなどをみると、こうした
「プラットフォーム・ビジネス」が意識された端末としての進化を遂げるには至ってい
ない。
今後、平面テレビなどの様々な情報家電が、PCの進化型とともに、相互にネット
ワークで接続され、通信もIP化されていく、いわゆる「デジタル・コンバージェンス」
(デジタル融合)に向けた動きが進むとみられる。にもかかわらず、積極的に「プラッ
トフォーム・ビジネス」が意識された端末としてのPCや携帯電話と、依然として専用
機器であろうとするテレビ、カーナビなどとの間には大きな差が見られる。
図 情報家電の進化のステップ
様々な
デジタル機器
デジタルコンバージェンスと情報家電
(デジタル融合)
携帯電話
STB
DVD-HDレコーダ
薄型TV
第三段階 プラットフォーム化
「ソリューション・サービス」提供事業者が参入し、
様々な情報サービスが提供される。
デジタルカメラ
デジタルビデオカメラ
第二段階 ネットワーク化
インターネットや他の情報家電につながる
情報家電の進化のステップ
第一段階 デジタル化
機能処理がデジタル化される
情報家電が「IT化の第2ステージ」にふさわしい端末機器となっていくためには、I
Tの利用者の智恵や利用経験を効果的に「共有」・「活用」できるような「プラットフォ
ーム・ビジネス」とともに進化していくことが必要である。「IT化の第2ステージ」では、
生活者・ユーザへの一方的な商品・サービスの提供ではなく、供給者であるIT産業
と、利用者である個人、事業者、行政などとの「協働」を通じて新たなイノベーショ
ン・サイクルを生み出すことが重要な課題であり、これらをつなぐ「プラットフォーム・
ビジネス」の形成が求められる。
2-19
3.「プラットフォーム・ビジネス」形成に必要な連携・協調
「ウォークマン」を生み出した我が国が、i−Tuneサービスをはじめとして楽曲の
オンライン配信の開始と普及の面で米国や韓国に「後れ」をとっているように、実際
には、企業や産業といった「縦割り」の論理を超えた「プラットフォーム・ビジネス」は、
簡単に形成されることはない。「プラットフォーム」の機能の萌芽を個別に見ることは
できても、これらがなかなか広がりを持った活動へと拡がっていかない。これは何
故であろうか。
(1) サービスとITの連携 :タテの連携・協調
情報家電が「IT化の第2ステージ」の主役となっていくためには、デジタル機器を
提供する事業者や「ソリューション・サービス」を提供する事業者の知見・経験に加
え、これを活用する利用者の智恵と経験や、それを活用して個人や事業者に「ソリ
ューション・サービス」を提供する者の智恵と経験が必要である。
最近の例では、米国におけるi−Podがその成功例として評価されている。
<i−Pod>
Apple社は、ハードディスク内蔵携帯MP3プレイヤーであるi−Podを販売す
るに当たり、ネット上の音楽配信における円滑な権利処理をApple社自身が担
った(会費無料・1曲99セントでダウンロード可能・ダウンロードしたデータは、C
D等の媒体とi−Podには無制限に、パソコンは3台までに私的複製可能)。ま
た、コンテンツとデバイスがApple社一社の手により一気通貫で「つながれた」
ため、ハードの後ろに控える音楽文化を軸としたデジタル・ライフスタイルを訴求
することができ、既存のMP3プレイヤー市場に革新をもたらすことに成功した。
i−Podの場合、端末機器としての性能やデザインに商品訴求力が高かったこと
もあるが、米国では、i−Tuneという音楽ダウンロード・サービスのための「プラット
フォーム・ビジネス」が提供され、各レコード会社がこれらを共通に利用したことに普
及・成功の要因がある。我が国では、現在、こうした権利処理の機能まで一貫して
幅広い楽曲に提供するサービスがなかなか生まれてこない。「ウォークマン」の経
験を有する我が国が、音楽の視聴に関する新たな「プラットフォーム・ビジネス」の
形成にいわば「出遅れた」原因については、関係者にも様々な議論がある。
もっとも、我が国にも、インターネットなどを活用した生活向けの情報「共通」・「活
用」に向けたサービスも始まっている。例えば、「価格コム」、「@コスメ」といったネッ
トコミュニティ・ビジネスなどが展開されつつある。これらは、消費者から見れば、メ
ーカの別、製品カテゴリーの別にかかわらず、価格情報、化粧品関連情報などを交
換・共有できる個別の「プラットフォーム」の機能を果たしている。実際、「価格コム」
が扱う製品の製造・流通業者や各化粧品会社にとっても、これらのサイトの動向は、
新たな製品の開発・販売の上で、無視できない存在となりつつあると言えよう。
2-20
<@コスメ> http://www.cosme.net/cosme/asp/top/main.asp
口コミを中心にした化粧品のサイト。化粧品に特化したコミュニティ・サイトとし
て、
化粧品の商品情報の伝達を中心にサイト利用者と化粧品関連企業との関係を構
築しながら運営。化粧品開発にも既に大きな影響力を持つ。
中には、製造業者自らが、こうしたコミュニティ・サービスに積極的に取り組んで
いる例も見られる。「トラベルドック」の場合には、サイトを運営する製造業者が極力
自らの色彩を薄めて直接の宣伝・販売機能を出さず、ユーザの声を自由に引き出
すことに徹したサイトを構築している。
<バモスホビオ・トラベル・ドッグバージョン>
http://www.travel-dog.com/
愛犬家のユーザに向け、様々な情報提供・交換が行えるようトラベルドッグ
というサイトを構築。サイトに参加しているユーザの意見を生かしたトラベルド
ッグ・バージョンという車種をホンダが商品化。 量とローカル・サービスの両立
を実践。
《トラベルドッグ
サイト》
ユーザーの
意見を踏まえて
製品化
このような個別の「ソリューション・サービス」は、それぞれ、PCや化粧品の流通
市場にインパクトを与え、量産と台数の追求が主流だった自動車市場にハイ・エン
2-21
ドな消費者の意向にきめ細かく応えることでブランド価値の向上を図るなど、IT関連
製品や化粧品、自動車メーカなどの商品戦略や市場展開に良い影響を与えている。
しかし、こうした「ライフ・ソリューション・サービス」を巡る先行的な取り組みも、限定
的な顧客の範囲からサービスを拡げられておらず、次の「プラットフォーム・ビジネ
ス」の段階へと進化を遂げるなり、広範なカバーを持つ他の「プラットフォーム・ビジ
ネス」と連携をすることによって、より広がりのあるビジネスへと展開するには至って
いない。
いくつかの先進的な「ライフ・ソリューション・サービス」と、そのボトルネックを調べて
みると、以下のような例が挙げられる。
【先導的なサービス事例と主要なボトルネックの例 (経済産業省調査) 】
サービス分野 サービス例(概要)
サービス開始にあたってのボトルネック
セキュリティ 子供や老人、自動車、二輪車、ペット、荷物・貨物な 精度の高い位置確定技術がなかったの
どの人・物の位置情報提供サービス。小型専用端 で事業化ができなかったが、該当技術開
末を持参・装着し、必要なときに位置を検索して、ス 発会社との提携により事業化が実現。
タッフが駆けつけ、防犯などに役立てる。
地域・自治体 デジタルカメラ付き携帯電話を利用して、住民から 同様なサービスの参考例がなく、運用方
道路や標識の破損などについて通報を受けるシス法の検討に苦労。
テムを稼動。下見に行く手間を省き、住民の声を迅 携帯電話のGPS機能を利用する際に必
速に行政に反映。
要なキャリアへの申請手続きが煩雑。
医療・介護 高齢者等が家庭で使う電気ポットの使用記録を、離 試作品は通信機とポットが別品で使い勝
れて住む家族に知らせるサービス
手が悪かった。サービス内容に適した通
信技術やサービス運営体制を見つける
まで苦労した。
教育・学習 小学生の中学受験向けe-Learningサービス。ユー PCの機能を高度利用するので、PCに不
ザは市販のヘッドセットマイク、Web カメラ、ペンタブ 具合が発生しやすいこと。その際に、PC
レットを購入し、インターネットを利用したテレビ会議 メーカのサポート体制が不十分なこと。
を使って、授業等のサービスを受ける。
利 用 環 境を 準 備 す る のは 主 に 母親 だ
が、中にはITリテラシーの低い人もおり、
利用方法の説明に苦慮。
エ ン タ テ イ ン 携帯電話向けアプリ(テレビ連動リモコン)を開発し、 オープン、グローバル、スピーディで基本
メント
それによって、携帯電話でテレビ番組表と番組詳細 をBtoCにおいてビジネス展開する携帯
情報、番組進行状況を提供するサービス
電話の業界と、共通プラットフォーム上で
コンテンツを提供しBtoBの世界で動く放
送業界との文化の違いを吸収し、同じテ
ーブルにつくことが困難。
レ ジ ャ ー ・ ホ パソコンや携帯電話からインターネット経由で、ペッ自社では販売チャネルを持たないので、
ビー
トの姿を確認しながらエサをやることができるペット 効果的な機器販売ルート開拓に苦労。
用自動えさやり機。
IT初心者には困難なルータ設定。各社ル
ータにより異なる設定方法。
生 活 情 報 サ 定期券保有者が事前登録すると、利用者が自動改 メーカとして情報コンテンツや広告事業
ービス
札機を通過した直後に、趣味やグルメ、イベント等のノウハウや領域への進出は、異文化、
の沿線情報を携帯電話にメール配信するサービス。 異業種企業との連携が必須であり、企業
間の文化の差異の吸収が大きな課題。
2-22
これらのボトルネックに共通する課題を挙げると、例えば、インフラとして必要と
なる技術シーズやインフラ整備については通信事業者や情報通信機器・素材事業
者などとの連携・協調の難しさ、その結果、提供している情報の価値に見合う「レン
ト」(利潤)が引き出せないといった不満、などがある。安全・安心、医療・介護、教育、
音楽などでは、特にベンチャー・ビジネスが活躍を始めているが、これらが情報通
信機器・素材分野の大企業と「対等」かつ「密接」に「討議」できる「場」は比較的限
られており、このことも、「ライフ・ソリューション・サービス」として必要な広がりを得
る大きな制約となっていることが伺われる。すなわち、その成長や活性化を支える
信頼の高い「プラットフォーム・ビジネス」が形成されておらず、それらを支えるべき
機器・素材などを提供する情報通信機器・素材分野との間に、次図にみるような
「上下」の市場の「分断」構造を見て取ることができると言えよう。
図 「プラットフォーム・ビジネス」形成に必要な「タテ」の連携・協調
サ ー ビ ス分 野
日本
上質な消費者
日本
NOVA、MORA、
松井証券、アスクル、Nifty,Biglobe・・・
BtoCサービス提供
システム企画・構築
サービスプラットフォーム
提供サービス
コアソフト、
認証・課金等
コアサービス
韓国
E-Corporation等
韓国
サムソン
日本
楽天、サイバード、NTTDocomo、
JustSystem,等
日本
欧州
ソニー、松下、Aplix,
Nokia,
米国
AOL
米国
MS,サン、オラクル
ベリサイン、Apple
Access等
やや分断傾向・・・
欧州
サムソン電子、
LGフィリップス
フィリップス、
トムソン
システムOEM
(組み立てメーカ)
韓国
液晶パネル&
液晶モジュールメーカ
サムソン電子、
LGフィリップス
主要液晶部品メーカ
独
製造装置&原材料
メルク
(液晶材料)
米
日本
シャープ、ソニー、
松下電器、日立、
東芝 等
WalMart、K-Mart、
BestBuy(量販店)
Dell、HP、Gateway、
(PCメーカ)
台湾
BenQ、Teco、
サンポ
日本
シャープ、日立、
TMD、三洋 等
台湾
AUオプト、ChiMei、
HanStar 等
日本
米
凸版印刷、大日本印刷(カラーフィルタ)
日東電工、住友化学(光学フィルム)
スタンレー電気(バックライト) 等
コーニング(ガラス)
TI(ドライバIC)
日本
富士写真フィルム、JSR(光学フィルム材料)
キャノン、ニコン(TFT露光装置) 等
情 報 通 信 機 器 ・素 材 分 野
韓国
ブランドメーカ
ネット・
コミュ
ニティ
日本
高度な技術を持った
中堅・中小企業群
情報通信機器・素材分野からみれば、「ライフ・ソリューション・サービス」に結び
つけるよりは、家電量販店等の流通網に商品として流通させ、厳しい価格競争に勝
ち続けることの方が、現在は喫緊の課題となっているように思われる。情報通信機
器・素材分野からみれば、スケール・メリットに直接貢献することの少ない「ライフ・ソ
リューション・サービス」との連携には、困難も少なくない。短期的にも、サービス分
野との連携を考えるより、家電量販店を通じた製品拡販競争に勝ち抜くことの方が
2-23
重要であることは否定できない。しかし、消費者のニーズがますます多様化しつつ
あること、製品の高付加価値化に応えることが最終的には必要となることを考える
と、今後、情報通信機器・素材分野にとっても規模の経済性と消費者の多様なニー
ズの追求とを両立していくことが不可避となろう。
量を売り抜き、規模の経済性を得る戦略と、多様なニーズに迅速に応える戦略と
を、同じ製品で同時に達成することは容易なことではない。
後者を追求し、高付加価値型製品の市場を探していくためには、家電量販店網
を通じて規格化された製品を販売するだけでなく、先端的な消費者の動向を個別に
「追いかける」サービスと連携する必要があるだろう。しかし、結局、サービス自体
は「ローカライズ化」せざるを得ず、機器・インフラの量が追求できずに採算割れを
起こしかねない。「プラットフォーム」の機能までを含めて機器・インフラからサービ
スまでを垂直統合し、囲い込みをすることを理想としても、機器・インフラを量で捌く
ことができるほどの規模を持ったキラー・コンテンツや、キラー・アプリケーションの
あるサービスが突如として市場に現われることは、まずない。
単純に、量の販売と個別サービスの追求の両立を図ろうとしても、実現は難しい。
様々なユーザニーズを水平的に「縒り合わせ」るような、様々な「ソリューション・サ
ービス」が集まってくるような「プラットフォーム・ビジネス」と、「ものづくり」とを上手く
連動させる市場作りが必要となろう。
また、「ものづくり」の現場においても、家電量販店等を通じて量を売り抜く商品と、
遠隔医療、遠隔教育など個別ニーズに応える「少量だが高付加価値の商品」を開
発・提供する商品とを両立させるよう、徹底した生産・流通体制の合理化・効率化と
新たな「ものづくり」にチャレンジし、我が国のIT産業自体のイノベーション・サイクル
再構築を進めていくことが求められていると考えられる10。
このように、「ソリューション・サービス」から見れば、情報通信機器・素材分野と
円滑にコミュニケーションを行い、合理的な利益分配が可能となるようなビジネスモ
デルを組むことができるかどうかが課題となっており、情報通信機器・素材分野の
側から見れば、量とサービスの戦略の両立と、そのための「ローカライズ化」された
サービスとの連携・協調が必要となっている。
生活、ビジネス、行政、社会的課題の各分野でITによるソリューションを活性化さ
せるためにも、またそれを支えるIT産業自身の成長サイクルの輪を大きく広げてい
くためにも、「上下」の分断構造を解消して「タテ」の連携・協調を図り、継ぎ目のな
いダイナミックな市場を構築していくことが必要となろう。
その実現の「鍵」は、量を売りたい情報通信機器・素材分野と、個別ニーズに応
えたいサービスの「ずれ」を解消する「プラットフォーム・ビジネス」が握ることとなる
に違いない。
10
これらの点については、経済産業省及び独立行政法人経済産業研究所が共同で行った「e−
Lifeブログ」( http://www.rieti.go.jp/it/elife/index.html )に提示をした、「情報家電産業の
収益力強化への道筋(総論)」を参照。
2-24
(2) サービスの相互運用性の確保と横の広がり :ヨコの連携・協調
「ソリューション・サービス」と情報通信機器・素材分野との分断構造を改めてつ
なぎ直し、新たなイノベーション・サイクルを再構築していくためには、「ソリューショ
ン・サービス」が持つ利用側の智恵と経験を、信頼を持って共有し活用するような
「プラットフォーム・ビジネス」が必要となる。
その際に、次の2つの課題があると考えられる。
第一に、情報家電を活用したサービスというと、話題が娯楽系コンテンツに偏る
傾向があるが、実は、医療、教育など多くの「IT未活用領域」が残されている。すな
わち、情報家電やデジタル端末機器といえば、「キラー・コンテンツは何か」といった
命題をはじめとして、「コンテンツ」論議が盛んに行われることが多い。しかし、消費
者の生活の中で、娯楽系コンテンツに使われる時間は、平均して生活時間の中の
一部に過ぎない。むしろ、教育、医療、安全をはじめ、娯楽系コンテンツの視聴以外
に過ごす時間の方が長いと言えよう。生活者は、娯楽以外の生活の様々な局面に
自らの時間と労力を消費しており、その効率化や課題解決に貢献できるサービス
があるのであれば、それらはまさに生活の課題を解決する「ライフ・ソリューション・
サービス」として、大いに開拓される余地がある。
「ライフ・ソリューション・サービス」が可能な分野の例
(1)セキュリティ
(2)地域・自治体
(3)住まい・家事
(4)結婚・出産・育児
(5)医療・介護
(6)仕事・就労
(7)教育・学習
(8)マネー・保険
(9)健康・美容
(10)ショッピング
(11)エンタテインメント
(12)レジャー・ホビー
(13)生活情報サービス
しかし、特に教育、医療、安全などの社会的課題やそのための制度と関連が
深い分野では、必ずしも民間事業者のアイディアだけではビジネスが実現されない。
規制・制度の改革や各業界に見られる慣行等の「旧弊」の排除、関連する公共サ
ービス自体の改革などが必要条件となる場合も少なくない。したがって、娯楽系コ
ンテンツ以外にも広がりを得ていくためには、教育、医療、安全や公共サービス自
体を、産業へと変えていくよう併せて取り組み、共通基盤性を要するサービスの市
場が一層広がる「きっかけ」を作っていくことが必要であろう。
第二に、「プラットフォーム」同士の相互運用性の確保である。
例えば、「ライフ・ソリューション」を支える「プラットフォーム」の例としては、課金・
認証や著作権処理の機能を組み込んだ娯楽用コンテンツのオンライン配信の「プラ
ットフォーム」などが例として挙げられよう。課題は、同じ機能を持った複数の「プラ
ットフォーム」が存在した場合の相互運用性の確保である。
コンテンツの制作者や種類、配信の対象となるデジタル機器などが異なる毎に、
2-25
バラバラに独自の仕組みが作られれば、ユーザの「利用しやすさ」は大幅に減じる。
共通の「プラットフォーム」で扱えるコンテンツが多ければ多いほど、そのポータル・
サイトに顧客が集まるだろう。しかしそれでは、差別化が行われにくく、競争力にも
つながりにくい。しかし、前述のとおり、「プラットフォーム」をビジネスとして提供して
いくには、収益性を向上させようとすれば相互運用性が失われやすく、ユーザの観
点から相互運用性を確保しようとすれば「プラットフォーム・ビジネス」自体の収益力
の低下に苦しむという、矛盾を孕む。
結果としてOSやCPUがそうであったように、特定の市場で相当の市場支配力を
発揮できるという見通しがあれば、自ら「プラットフォーム」を構築し、「プラットフォー
ム・ビジネス」として提供し、革新を続けるインセンティブも湧く。しかし、様々なコン
テンツが色々なデジタル端末機器にむけてバラバラに提供されている状況の中で、
それらの相互運用性を確保する調整コストまで含めて一社で負担を行うことは難し
い場合も多いだろう。
このように、ユーザの立場からみると、コンテンツ配信事業者や使用するデジタ
ル端末機器の違いにかかわらず、相互運用性のある「プラットフォーム」として整備
されることが不可欠の課題となる。しかし実際には、市場競争の中からそうした「プ
ラットフォーム」を得ることは容易ではない。
以上のような課題を整理すると、次のような図式に整理することができる。
図 「プラットフォーム・ビジネス」形成に必要な「ヨコ」の連携・協調
教育
(eラーニング)
おしゃべり
就労
(テレワーク)
∼認証・課金等の
役務提供∼
プラットフォーム
ネットワーク
インフラ
固定電話
固通
定信
電事
話業
通者
信事業者
携帯電話
携通
帯信
電事
話業
通者
信事業者
衛星/通
衛信
星/通信
事業者
通信事業者
地上
C・
A
T
V
事
地波
上放
波送
放事
送業
事者
業・
者
C
A
T
V業
事者
業者
役務利用放送事業者
BS/CS事業者
「プラットフォーム・ビジネス」の形成
ライフソリューションサービスが未開拓
ライフ・ソリューション・サービスが未開拓
IT活用分野に偏りがある
IT活用分野に偏りがある
ISP
サービス事業者とユーザ︵
ターミナル︶
の乖離
様々な財 音楽・映像
(電子商取引)
医療
(テレメディシン)
コンテンツ・財・
サービス
種々のサービス
機器、サービスに相互運用性がない
端
末
パソ
コン
情報家電等
情報家電等
認証・課金・提供システムの占用化
TV・
ラジオ
ST
電話機
BX
携帯電話 電話機
囲い込み(垂直統合)によるビジネスの成立
このように考えると、まさしく今、産業政策として、「上下」の市場の分断構造を継
ぎ直し、「左右」の縒り合わせを可能とするような共通基盤性を回復するため、多階
層化され、複雑に展開された市場構造を可視化し、様々なプレイヤーが参入しやす
2-26
い継ぎ目のない市場としていくことが、求められているように思われる。また、その
「鍵」を握る存在として、「プラットフォーム・ビジネス」の形成を円滑に促していく必
要がある。
ただし、その際に重要なことは、ある特定の市場の要因を固定的にかつ制約的
に政府が特定することは避けなければならないということである。別の表現を用い
るとすれば、政府が「設計主義」に陥ることは避けるべきであるということである。そ
して、その上で、各企業が、共通化するところは共通化し、差別化するところは差別
化することで、市場全体の構造を透明にし、様々な異業種がITを活用したビジネス
に参入しやすい構図を意図的に作り直すことが有効ではないかと考えられる。
課題は、時間軸である。確かに、多くの情報通信機器・素材分野のメーカにとっ
て、基幹部品から完成品まで縦の一貫体制をとり、世界市場でのシェア確保に努
力している中、「ライフ・ソリューション・サービス」との連携や、それを支える「プラッ
トフォーム・ビジネス」作りへの対応が後手に回ることもやむを得ない面がある。ま
た、我が国のような成熟した産業構造を持つ市場で、「ソリューション・サービス」を
提供する事業者が簡単には共通基盤性や機能統合性と出会えないのも、無理か
らぬことではある。
しかし、韓国、シンガポール、中国などのアジア各国では、世界でも高水準の情
報インフラと技術力が集積を始めつつある。また、韓国やシンガポールなどでは、
「縦割り」や立場の違いを超え国家レベルでの「実験」にトップダウンで矢継ぎ早や
に取り組んでおり、様々な「ソリューション・サービス」が国家的規模で積極的に展
開されている。仮に市場の流れに身を任せ、自由放任を続けていくとすれば、先進
的なニーズを押さえたイノベーション・サイクルの再構築がこれらのアジア各国で先
に動き始める可能性も高い。
様々な機器の「デジタル・コンバージェンス」が進む中、市場は我が国が「得意」と
している情報家電の将来型にもう一度、ネットワーク化、プラットフォーム化のチャン
スを与えようとしている。情報家電が様々な「ソリューション・ビジネス」の「プラットフ
ォーム・ビジネス」によって活躍し、さらに ITの活用によるイノベーションを活性化さ
せていくためにも、また、生活、ビジネス、行政、社会的課題の各分野において、IT
が真に競争力・課題解決力を提供し、「全体最適」志向の改革活動を起こしていくた
めにも、我が国特有の「尖った」消費者のニーズを活かしたイノベーション・サイクル
を築き上げるべく、政府自らが環境整備に努めることが急務である。
(3) ITにおける「優しさ」と「楽しさ」の追求
加えて、もう一つ重要な点が、IT自身における「優しさ」、「楽しさ」の追求である。
「プラットフォーム」同士の相互運用性が拡がっていくためには、「プラットフォーム・
ビジネス」の形成を促進することが重要ではあるが、最終的には、利用者が、その
サービスを「次も使ってみたい」と思うような「優しさ」「楽しさ」「便利さ」を実感できる
ことも欠かせない。
2-27
携帯電話の場合、その利用法に対する共通の理解と、そこで提供される情報や
サービスへの信頼が「プラットフォーム」として提供されていたことが重要な要素で
ある。加えて、広がりが得られたのは、操作の容易性とともに、携帯メールの絵文
字やストラップといった、使い手に「優しく」「楽しい」要素があったことも見逃せな
い。
課金・認証の仕組みにしても、権利処理の仕組みにしても、供給側だけで技術的
な標準化を進めたところで、その上で提供される「ソリューション・ビジネス」の「使い
勝手」が悪く、次の局面で使ってみようと思わせるような中身がなければ、標準化
やサービスの相互乗り入れ自体が仮にできたとしても、生きた情報が行き交う「プラ
ットフォーム・ビジネス」にはならない。「プラットフォーム・ビジネス」の形成に向けて
「タテ」・「ヨコ」の連携を強めていくために、供給側の利潤動機、法制度をはじめとす
る規制改革などいくつかの取り組みが考えられるが、最終的には、利用者がそれを
使って「楽しく」、「便利」と思えることが重要である。広がりは、多くの場合、サービ
スを提供する事業者ではなく、利用者自身によって見出されるものであるということ
を忘れてはならない。
このため、「プラットフォーム・ビジネス」自身、また、それを活用した「ソリューショ
ン・サービス」や製品に関して、ユーザに対する「優しさ」と「楽しさ」が忘れ去られる
ことがないように、市場環境の構築に当たっては配慮することが必要である。
2-28
4.「プラットフォーム・ビジネス」形成と政策的コーディネーション
イノベーション・サイクルの再構築にIT自ら貢献するためには、「タテ」の連携と「ヨ
コ」の広がりという2つの要素を備えた、ITを活用した様々な「ソリューション・サービ
ス」を支える「プラットフォーム・ビジネス」が必要となることを概観してきた。
繰り返しとなるが、課題は、時間軸である。
PCや携帯から情報家電へと「デジタル・コンバージェンス」が進む中、ITの活用
によるイノベーションを活性化させていくためには、我が国における消費者のニー
ズ等を活かしたイノベーション・サイクルを官民が連携することにより加速度的に築
き上げていくことが重要である。その「鍵」は、「タテ」の摺り合わせと「ヨコ」の縒り合
わせを実現する「プラットフォーム・ビジネス」の形成が握っている。
図 「タテ」の摺り合わせと「ヨコ」の縒り合わせ
ソリューションビジネス
摺り合わせ
縒り合わせ
端末、インフラ
ITを媒介として
作り手と使い手、
ものづくりとサービ
スの融合を進める
新たなイノベーショ
ン・サイクルの確立
では、政府にはどのようなアプローチが求められるのであろうか。
ここでは、我が国において、米国における「投資家ネットワーク」のような事業の
コーディネーション能力を持った第三者勢力が比較的脆弱であることを前提として、
その働きを大きく次の3つの観点からに整理したい。
第一に、全体の構図の「可視化」・「見える化」である。
「タテ」の連携における自らの事業の「立ち位置」、「ヨコ」の広がりを追求していく
上での制度的課題の有無など、基本的な構図や課題の整理は、多くの事業者にと
って共通に必要となるものの、その調査やマーケティング自体は収益を生み出さな
2-29
い作業である。こうした基本的な部分での調査やマーケティングに、異なる事業者
が重複投資を行い、しかも異なる「用語」で言語化するが故に相互理解を得られな
い、という事態は、かえって市場全体のイノベーションを遅らせる恐れもあろう。
第二に、「タテ」・「ヨコ」の連携や協調を円滑化させるための環境整備である。
具体的には、民間事業者同士によるコーディネーションを促すための資本の流
動性確保と、そのための新たな「メートル原器」(尺度)の設定である。
政府自身は、全体の構図の「可視化」には取り組むとしても、「プラットフォーム・
ビジネス」は、民間事業者が個々に競争の中で構築していくべきであるという指摘
がなされ得るであろう。
しかし、現実に情報家電の市場動向を見ると、上下・左右両面で、事業者間の戦
略的な連携や統合に向けた動きが、PCの周りで生じている動きと較べても、「遅
い」印象がある。我が国のIT産業も、家電のネットワーク化に向けて様々なサービ
ス・ビジネスにトライしてきたことは事実であるが、その多くは、全て自社ブランドと
自社の手によって行うか、全く行わないかの「二者択一」である場合が少なくない。
ある時は事業提携を行い、ある時は事業統合を行い、ある時は顧客として取引を
行う、ある時は、ヒトもカネもモノも供与し、ある時はヒトだけ、ある時はカネだけとい
ったように、事業者間の戦略的な連携や統合に向けては、本来様々なオプションが
あり得るのではないか。
効果的な資産の配分管理が実現しているのかどうか、アウトソースや事業提携・
統合も含めて、自社リソースの使い方をどのように工夫すれば最も効果的な事業
展開を行うことができるのかについて、判断材料となるような「尺度」を経営者に提
供していくことは政府にとっての必要な取り組みであると考えられる。
例えば、経済産業省では、IT人材の分野でITスキル標準11の策定・公表を行うな
ど、これまでも、戦略的な人材の調達やビジネス上の提携・取引の目安ともなるよう
な、新たな「メートル原器」の開発・整備に取り組んできた。同様に、開発されたシス
テム資産のビジネスに与えている「IT投資効果」や、提供している技術・サービスの
市場における位置づけを確認できる「参照モデル」の提供など、自らの経営資源の
効率性を測定しやすくするような「尺度」の開発は、政府の領域として積極的に取り
組むことを位置づけることが可能である。
第三に、「プラットフォーム」形成に向けた政策的コーディネーションである。
政府が「タテ」の連携に向けて「力学」や「構図」を示すことはできるとしても、具体
的な担い手やあるべきビジネスモデルの全貌を提示できるわけではない。
無目的にコーディネーションに乗り出せば、「設計主義」的な思想に陥る危険があり
「プラットフォーム・ビジネス」の形成は、原則として市場における競争に基づくべき
ものである。
他方、米国で活躍している、ビジネスモデルの構築や組み合わせに興味を持つ
11
IT スキル標準については、http://www.ipa.go.jp/jinzai/itss/index.html を参照
2-30
投資家などの第三者の存在が我が国においては乏しく、ともすれば、事業者同士
の直接の「ぶつかり合い」になってしまいやすく、そのコーディネーションを円滑にす
るような新たな動機付けを市場の内外に見い出す必要がある。
特に、「生活分野」や「社会的課題分野」では、教育、医療、安全など、新たな「ソ
リューション・サービス」を提供するに当たって、その実現を阻む規制・制度を改革
することが必要となる場合がある。また、著作権の権利処理の方法の違いやルー
ルの未整備などが新たなサービス実現の制約となる場合もあろう。さらには、行政
機関の「縦割り」がユーザ視点に立ったサービスの立ち上げの弊害となっている場
合もあろう。
このため、「プラットフォーム・ビジネス」の形成に当たっては、あくまでも民間事業
者による市場競争を通じたビジネスモデルの構築とサービスの提供が基本となる
が、その形成に当たって政府自身による制度改革・設計や、政府自身のサービス
の改革が必要となるなど、「市場の外部性」が存在する領域では、政府自身も、市
場の試行錯誤に一定の方向性を与えつつコーディネーションしていくという形で「プ
ラットフォーム・ビジネス」の形成に積極的に関与することが求められるであろう。
図 「プラットフォーム・ビジネス」形成のイメージ
質の高い尖った消費者
ライフ・ソリューション・ビジネス
アジア・世界へ
アジア・世界へ
情報家電産業
競争力の高い
サポーティングインダストリー
2-31
Ⅲ.4分野の課題解決と「5つの戦略」
Ⅲ.4分野の課題解決と「5つの戦略」
これまで概観してきたとおり、「IT化の第2ステージ」は、ユーザとベンダ、「作り手」と
「使い手」といった従来の「二分法」を排し、作り手に閉じていた「部分最適」志向のITを、
ユーザ、消費者、顧客まで巻き込んだ大きなイノベーション・サイクルに再構築すること
により実現されると考えられる。
かつては「利便性」にその目的があり、作業現場の「合理化」「効率化」に主眼のあった
ITは、「全体最適」志向に基づくマネジメント改革を伴い、情報を知識として広く活用する
「プラットフォーム」を得ることによって、イノベーション・サイクルの再構築による「強さ」
(競争・課題解決の「力」)にそのターゲットを変えることとなる。
その中で、「個電」とも言うべき性格が強かった情報家電が、PCと混在しつつ、モノ、
「プラットフォーム」、サービスを統合し、利用者「起点」の価値提供を「全体最適」志向の
下で実現する「ライフ・ソリューション・サービス」と連携し、協調していくことで、社会的な
ソリューションをも提供する情報家電へと変質・進化を遂げ、市場のフロンティアを形づく
るであろう。
また、そのプロセスでは、単に個々人の生活や企業の業務が便利になるだけでなく、
「全体最適」志向の改革を伴うことで競争力・課題解決力、すなわち「強さ」を得るため、
お互いがお互いを必要とするような互酬的な関係を持った「プラットフォーム・ビジネス」
が成立し、それ自身が新たな「ソリューション・サービス」を巻き込みながら大きく成長の
輪を描いていくような、産業全体としての「PDCAサイクル」が進むこととなる。
また、そうした産業、地域、国家といった大きな枠組みでの「PDCAサイクル」を確立し
て行くに当たっては、既に多くの「情報先進国」を有するアジアに広がりを持ちながら一
つの「クラスター」ともなって、イノベーションの同期化をITによって実現し、ともに発展し
ていく「絵姿」を追求していくことが適切であると考えられる。
こうした「IT化の第2ステージ」の特徴を整理すると、次のようにまとめることができる。
図 「IT化の第1ステージ」と「IT化の第2ステージ」
I T化第1ステ ージ
I T化第2ステ ージ
機器
コンピュ ータ中心
コンピュ ータと情報家電の
混在( デジ タルTV、 携帯等)
発信地
米国シ リ コンバレーの
クラスター
東ア ジ アのクラスター
目標
I Tの整備・ 普及
( 「 利便性」 がキーワード)
I Tによる革新・ 解決
( 「 強さ」 がキーワード)
効果
部分最適
全体最適
3-1
以下、その実現のための「鍵」を握る具体的な取り組みについて、「5つの戦略」に即し
て、整理を行った。
図 「5つの戦略」
【強さの追求】 4つの分野におけるITユーザの競争力・問題解決力
生活分野 (ライフ・ソリューション)
ビジネス分野 (ビジネス・ソリューション)
IT投資の質・量両面での支援
ITを活用した社会的課題の解決 など
行政分野 (ガバメント・ソリューション)
社会的課題分野(ソーシャルシステム・ソリューション)
【新たな担い手の確立】
「プラットフォーム・ビジネス」
の活躍
【広がりの追求】
アジアへの広がりの追求
【利便性の確保】
ユビキタスなIT利用環境
の整備
【安全・安心の追求】
信頼という資産への
集中投資
○ 「プラットフォーム・ビジ
ネス」形成支援
○ アジア情報先進国を中
心としたPC及び情報家電
のネットワーク化
○ アジアワイドな標準化、
人材育成、プラットフォー
ム形成
○ ユビキタスなITインフ
ラを世界最高水準に維
持・向上
○ 民間のセキュリティ対
策の確立の加速化
3-2
1.【新たな担い手の確立】 「プラットフォーム・ビジネス」の活躍
(1) 現 状
前述のとおり、IT化の第2ステージにおいては、情報を「つなぐ」ことにより、価値を生み
出すことが期待される。しかしながら、現状においては、「つなぐ」はずの情報が、ある組
織に閉じこめられていたり、情報が流れる経路が物理的に断絶していたり、さらに、物理
的にはつながり得るものの、ユーザのニーズを無視したサービスであったり、組織や企
業を越えた連携ができないために、「つなぐ」ことができない事例がいたるところで見られ
る。
<「つなぐ」ことができない事例>
① 医療データ
「医療」分野は、e-Japan 戦略Ⅱ(平成15年7月22日 IT戦略本部)において、国民
にとって身近で重要な分野の1つとして挙げられており、患者本位で、より質が高く効
率的な医療を提供するため、ITの活用により患者や医療機関等に関する情報を共有
化して、患者基点の医療体制を整備することが求められている。
しかしながら、医療情報の電子化は必ずしも順調に進んでいない。例えば、電子カ
ルテの導入に当たっては、医療機関が導入コストを上回るメリットを感じていないこと
もあり、2002年10月現在の電子カルテシステムの医療施設での導入率は、病院に
おいては1.2%、一般診療所においては2.6%という低水準にとどまっている。
また、電子化された医療情報を関係者間で共有する場合にも障害が多い。例え
ば、医療機関間でカルテ情報を共有しようとした場合、医療機関が保有するシステム
はベンダ毎に仕様が異なっており、必ずしも相互運用性が確保されていないため、医
療機関のニーズに対応できないことも多い。さらに、現在、我が国では、電子カルテ
のデータは、部局単位、あるいは病院単位で管理されており、必ずしも有効利用され
ているとはいえない。本来であれば、例えば、「50歳、男性、血糖値○○、コレステロ
ール××、病名は□□、治療法は△△△△△。3日間で治癒。」という条件で検索を
すれば、同じような患者を持つ医者の負担を減らし、短期間で、高度かつ適切な治療
が可能であるはず。こうしたデータは社会的に共有されるべきであろう。個人から見
た場合でも、こうしたデータが共有化されていれば、重複検査の回避や検査履歴の
把握が可能となる。
② PLCやUWBなどの先進的な無線技術
情報家電同士をつなげようとする場合、PLCやUWBなどの最先端の無線技術が、
その鍵を握るにもかかわらず、諸外国で既に認められている利用が、規制によって
実用化できなかったり、実験についても免許がなかなか取れないという事態が生じて
おり、それによって、これらの開発拠点は規制のない国へ移行する事態にまで至って
いる。
3-3
③ IP放送とセットトップボックス(STB)
STBは、当初はデジタル衛星放送やCATV放送を受信する際に、本人性の確認や
伝送の際に圧縮される映像データの受信とデータの伸張、家庭用TVで視聴するため
のデジタル信号のアナログ信号への変換などの機能を提供していたが、現在では、
通信キャリアによるビデオオンデマンドサービスや通信役務事業放送法事業者によ
るIP放送の受信装置として一般家庭に普及しつつある。
だが、以前までアナログ信号であったTVやVTRが、デジタル信号を処理できるデ
ジタル家電に置き換わりつつある中で、STBの機能は本人性の確認とデジタル信号
を敢えてアナログに落として、地上波デジタル放送より品質を落とす等、消費者の所
有する機器のデジタル化を無視しがちである。
原因としては、STBのほとんどがCATV放送や衛星放送の受信装置として、放送局
や通信キャリアが消費者にインフラ契約の一部として提供するものであり、これらの
事業者に取っては家庭内での情報家電機器は信号を受け取り、モニターに映像を出
す機器としてしか認知されてないことにある。
一方、現在販売されている薄型TVに代表されるデジタル家電は、地上波TV放送の
受信装置としてだけ目的として、製造・販売されており、放送電波受信のみの機能で
あるため、本人性の確認は放送波受信のための B-CAS カードのみであり、ブロード
バンド通信を活かしたIP放送については考慮のないままTV受信機は作られている。
これらの現実は、アナログ時代から続く規制に沿った放送形態とそれのみを意識し
た家電産業によるTVやVTR機器機能の固定化であり、映像伝送の技術革新や放送
インフラの多様化に対して、対応ができていないといえる。
④ 住基カード
住基法に基づき、住民の申請により市区町村が交付するICカードで、この住基カー
ドにより住民票の写しの広域交付、転入転出時の手続の簡略化を実現すると共に、
住基法別表に記載された利用事務の本人確認(パスポート申請時等)等に利用でき
るものとして2003年8月に発行開始されたが、住基カードで利用可能なサービスの
不足(高い個人認証を必要とするサービスそのものの不足。住民基本台帳法により
住基カードの用途を条例で定める必要あるため、民間事業者によるサービスとの連
携が困難である。
また、市町村毎にカードの規格が異なるため広域利用が困難。)や、発行手続の
煩雑さ(500円程度の費用を支払い、役場や指定場所まで行って身分証明書を提出
して ID とパスワードを登録し、再度受取に行かなければならない)、アフターサービ
スの不足(紛失時の連絡受付体制の不備等)等が普及のネックとなり、2004年8月
末時点で36万枚(人口比0.28%)しか普及しておらず、当初目指していた様々な
サービスをつなぐ触媒的機能を担えていない。
本来であれば、こうした状況を打破するための組織や企業を越えた連携により、情報
の連鎖が実現するはずであるが、我が国においては、リーダーシップを発揮する企業も
なく、「待ち」の姿勢のまま、他力本願で、情報がつながることを期待している場合がしば
3-4
しば見受けられる。すなわち、情報をつなげる触媒的な機能を戦略的に担っていこうとす
る企業がおらず、情報のつながりのチャンスを逸し、そのメリットを社会全体として享受で
きないままで終わっていることも少なくない。
これに対し、海外では、自らが積極的に情報をつなげ、新しいビジネスを展開しようと
する企業によって、前述した「プラットフォーム」が構築され、触媒的な機能が働き、新しい
付加価値が生まれている事例が見られ始めており、そうした流れは確実に我が国に向か
っている。
<触媒的な機能が働いている事例>
① iTunes music store
Apple社は、ハードディスク内蔵携帯MP3プレーヤーである i-Pod を販売するに当たり、
全米の主要なレコード会社との間で著作権の権利処理を行い、「会費無料・1曲99セントで
ダウンロード可能・ダウンロードしたデータの CD への私的複製可能・無限台の i-Pod と3台
までのパソコンに私的複製可能」というサービスを2003年4月にアメリカ国内で開始。この
ようなネット上の音楽配信における円滑な権利処理という触媒的な機能を Apple 社自身が
担うことにより、2005年3月現在で、iTunes music storeの累計ダウンロード曲数が3
億曲を突破するとともに、i-Pod の累計販売台数が1000万台を突破するなど、既存のMP
3プレーヤー市場に革新をもたらした。
② PAYPAL
口座を開設することにより、口座番号や名義人を指定しなくても、PAYPAL のホームペー
ジで受取人のメールアドレスと送金したい金額を入力するだけで、手数料なしの決裁が可
能になるサービス。旧 PAYPAL 社がこうしたネット上における認証や決裁や個人機微情報
管理等の触媒的な機能を担う開かれた機能を提供することによって、大手オークションサイ
ト e-Bay を始めとした様々な決裁に広く利用されるとともに、現在、PAYPAL 口座の開設数
は45カ国で6300万人を突破するなど、簡易決裁を伴う電子商取引の活性化を支えてい
る。
(2) 具体的な取り組み
① 6つの官民連携プロジェクトの実践
「新たな担い手」、すなわち新たな「プラットフォーム・ビジネス」の確立・活躍が必要で
ある。
「IT化の第2ステージ」を支える「強さ」の主役は、イノベーション・サイクルを利用者の
智恵と経験の共有・活用によって支える「プラットフォーム」であり、その構築と革新を担う、
ITとサービスが融合した新たな「プラットフォーム・ビジネス」である。
この新たな時代の主役には、従来のハード、ソフト、通信といったIT産業が進化を遂げ
る場合と、ITを活用したサービス産業が進化を遂げる場合の両方が考えられる。
3-5
こうしたオープンな「プラットフォーム・ビジネス」の構築を積極的に促していくため、第
一に、「情報経済・産業ビジョン」を通じて全体の構図の「可視化」に取り組むとともに、政
府の関与する意義があると思われる、例えば以下の分野について、関連事業者の参加を
求めつつ、「試行錯誤」も含めた努力を支援し、具体的な「プラットフォーム・ビジネス」の
構築の加速化に取り組むことを提案する。
その際、以下に挙げた様々なプロジェクトは、業種・業態を超えた事業者間の「試行錯
誤」も含めた努力による「共同」の取り組みとなるが、政府の支援としては「合理的無差別
方式」(RAND:開発された知的所有権は合理的な使用料の支払を前提として一般に開放
される方式)に基づいて行われることが望ましい。
なお、こうした取組みを通じて構築された「プラットフォーム」は、決して我が国に閉じる
べき性格のものではないであろう。グローバルに使われるようなものであることが求めら
れる。「ITの第2ステージ」を支える「プラットフォーム・ビジネス」については、情報家電の
発展が著しいアジアの各国をはじめとして海外に広く提供されていくことが期待される。
○ デジタル・ホーム構想
ネットワーク化された情報家電によって、チップによる個別の機器認証の下で、イン
ターネットを通じた映像配信をはじめとする各種サービスを享受できる環境を実現する
とともに、広告を含めた独自の資金調達、有料課金モデルの場合の課金認証処理、他
メディアと連携したコンテンツ制作などを内包する新たなコンテンツ・ビジネスモデルと
結びつける。さらに、それを拡張し、劇場向けデジタルシネマ配信・上映事業へ応用す
る。
○ モバイル・マルチユース構想
日常のあらゆる生活シーン(交通機関、ショッピングモール等商業施設、職場、家庭
など)において、携帯端末を自動認識技術(電子タグ、ICカード、二次元バーコードな
ど)等と組み合わせることにより、日常生活に役立つ多様な用途(少額決裁、認証、広
告、個別マーケティング、コンテンツ視聴、家庭内セキュリティ、位置情報など)の利用
を実現する。
○ デジタル・モービル構想
様々な種類の自動車をデジタルネット端末として機能させ、その位置・時間情報や周
辺環境情報等を、様々な媒体を通じて収集・共有することによって、精度の高い渋滞情
報や天候情報等の周辺環境情報が迅速に提供される環境を実現する。こうした環境の
整備を通じて、位置情報等を活用したよりきめ細かな移動の支援、安全・安心の提供等
といった新たなサービスを実現する基盤を構築する。
○ 医療情報共有構想
現在、多くの場合、個別の病院や診療所に閉ざされている電子カルテやレセプト情
報などの医療関連情報や医療関連情報システムを「つなぐ」ことで、社会的インフラを
3-6
構築する。
これにより、例えば、医療機関間での多数の症例を基にしたより患者の特性に応じ
た医療サービスの実現や医療関連事業者(福祉・介護機器メーカ、製薬メーカ、保険事
業者、健康保険組合など)の事業の高度化、患者自身による健康管理への応用等社会
から見た場合の全体最適としての医療サービスを実現する。
○ デジタル・コミュニティ構想
地域マネーやポイントシステムなど地域経済に密接な関係のあるビジネスのインフ
ラや地域の防犯・防災などの情報ネットワークシステムなど安全・安心な生活を営むた
めの生活インフラを、ITを最大限活用する形で整備する。さらに、国民が生活していく中
で遭遇する出産、結婚、引越等のライフイベント関連手続についても、国や地方公共団
体等における行政手続を民間事業者が提供しているインターネット上のサービスと結
びつけること等により、「ワンストップ・サービス」を実現する。
○ e−Learning構想
日本国中の全小中高等学校でインターネットにアクセスできる環境 PLC(Power
Line Communication)をはじめとするIT技術を活用することにより、実現する。また、サー
ビスとしては、語学などの教育番組をはじめとする良質な映像コンテンツを安価にイン
ターネット上で、誰もが好きな時間に過去の番組も含めて視聴可能な配信環境を整備
する。その中で、所要のDRM(Digital Rights Management)や課金認証プラットフ
ォーム整備のための技術開発及び検証を行う。こうした取組を通じて、地域的・経済的
な教育デバイドを緩和する。
② 規制・制度改革
第二に、こうした官民連携した取り組みと併せて、事業者による「プラットフォーム」の形
成を促進するため、以下のような課題にも積極的に取り組むべきである。
○ 「情報経済・産業ビジョン」等を通じた課題の全体像の明確化と、情報家電市場等
に関する「コンシューマレポート」の作成1、「参照モデル」2の策定を進める。
○ 事業者間での柔軟な連携・協調を実現する助けとなる資本の流動性の確保、IT
1
情報家電に関するユーザニーズを的確に把握するとともに、情報家電に係る情報提供を消費者に対し
てわかりやすく行うため、市場化されている情報家電やそれを用いたサービスの相互接続性・運用性、
安全性、信頼性等の状況について、関係機関や民間企業と協力し定期的に調査を行い、結果を公表す
るもの。例えば、「e−Lifeイニシアティブ」
(http://www.meti.go.jp/kohosys/press/0003917/0/030411e-life.pdf)P29を参照。
2
完成品メーカと消費者の間はもとより、部品業者を含む様々なメーカ、ソフトウェア開発業者、サービス事業者、
などのバックグランドが全く異なる関係者の間で、互いに、情報家電で用いられる IT インフラやハードウエア、
ソフトウェアの内容、そこで行われているデータ処理、実現を目指すサービスの内容について共通言語で整
理した辞書。立場や専門性が異なっても、特定の技術やビジネスの意味づけを共通言語により理解すること
ができる。例えば、「e−Lifeブログ」から http://www.rieti.go.jp/it-pdf/pdf_souron.html?page=page6 を参
照。
3-7
スキル標準などの新たな「メートル原器」の策定・普及を進める。
○ 医療、教育などの公共分野における規制・制度改革を進める。
③ ITインフラの有効活用
ⅰ) 無線需要の増加
ITインフラについては、「e−Japan戦略」の中でも、最重要課題として設定され、特に
ブロードバンド環境の整備は、この数年で一挙に進んだといえるであろう。その牽引力は、
ADSLであり、自由な競争環境の中で、世界でもトップクラスの「安くて、速いブロードバン
ド環境」が実現している。但し、本当の意味で、ユビキタスな環境を実現することを考えた
場合には、場所の制約を受けにくい無線のネットワークインフラが大きな役割を果たすこ
とが期待される。さらに、有線の世界でも、誰もが、自由に、動画も含めて、快適に利用で
きるためには、光ファイバーの活用に期待されるところである。しかしながら、いずれに
ついても、現時点では、各種の限界が存在しており、それらを乗り越えることが、ユビキタ
スなネットワークインフラ環境を実現することになるものと考えられる。特に、無線につい
ては、この10年間に携帯電話等のモバイル端末の急激に普及するなど、我が国の周波
数需要は急増している。
無線局数(百万台)
図 無線局数の推移
90
80
70
60
50
40
30
20
10
H06
H07
H08
H09
H10
H11
H12
H13
年度H15
H14
陸上移動局(携帯電話等)
その他
総務省 情報通信統計データベースに基づき作成
しかしながら、周波数は有限な資源であり、複数の無線局を、同じ周波数帯域を、同時
に同じ場所で使おうとすると、混信するおそれがあり、新しい需要に対する割当てが困難
となり、新規参入者を制限せざるを得なくなるなどの問題が出てきている。
3-8
我が国の周波数配分の概要
最近の電波利用に対する新規需要とその対応状況(例)
○ 携帯電話事業への新規参入
総務省は800MHz 帯周波数をソフトバンク BB に割当てることは非現実的との見解を公表した(平
成17年2月)。
○ 900MHz 帯電子タグ
900MHz 帯の電子タグ用周波数は、携帯電話等に干渉を与える恐れがあることから、国内での利
用は認められていなかったが、総務省は今春にもこれを開放する方向で検討中。
○ ウルトラワイドバンド(UWB)無線
家庭内の超高速無線伝送用に期待される UWB 無線技術は、携帯電話や放送システムなどに干
渉を与える可能性があるため国内での商業利用は認められていない。
○ PLC
2∼30MHz の帯域を活用する PLC は、正確には電波利用するものではないが、漏洩電界がアマ
チュア無線等の他の無線局に干渉を与える可能性があるため国内での商業利用は認められていな
い。
こうした状況に対し、米国では、平成14年にUWB無線が解禁され、また地上テレビ等
が利用しているUHF帯周波数の中で櫛形に空いた帯域を自律的に見つけ出して利用す
るようなコグニティブ無線技術について、IEEE802.22として標準化作業が進められ、F
CCにおいても制度整備に向けた検討が開始されるなど、無線の新規需要に応じて適時
に制度整備が行われている。
また、英国でも、従来の周波数オークションや周波数帯域課金など行政機関が無線利
用者から料金を徴収するやり方から、民間企業同士で市場原理に基づき周波数の帯域2
次取引を行うやり方への移行を進めており、昨年12月には周波数2次取引を可能とする
制度を整備したところである。
これらに共通しているのは、「電波の逼迫に対する危機感から、従来の政府によるコマ
ンド&コントロール型から、より市場原理を重視する方式として、コモンズ型或いは市場取
引型への転換を図る」という基本方針である。例えば、技術的に相互干渉を防ぎながら、
同一周波数帯を複数のシステムで共用したり、周波数帯の用途に制限を設けず、民間同
士による自由な取引を可能にしたりする方向を模索している。
これに対し、日本でも、電波制度の見直しが進められている。具体的な内容は、概ね以
下のとおりである。
① 電波の有効利用のため、無線局データベースの情報公開及びの電波の利用状
況の調査(平成14年)
② 既存無線局の立退きに伴う負担金制度の導入(平成15年)
③ 電波の経済的価値に応じた電波利用料制度の導入(平成16年電波法改正案)
しかしながら、これらの見直しは、米英と比べた場合には、依然として、「コマンド&コン
トロール型」の世界から脱しきれていないといわざるを得ない。
3-9
このままでは、グローバルなマーケットで通用するユビキタスな無線技術の研究や開
発の分野で他国の後塵を拝することになり、我が国は世界最先端にはなりえない。
すなわち、他国では利用できる技術やサービスが利用できないという状況になるととも
に、我が国企業が、無線の研究開発や製品の競争力を失うという側面もある。
ⅱ) 電波環境の整備
ユビキタスな環境を整備するためには、新規参入需要が発生する都度既存利用者との
干渉調整を経て、行政主導で制度整備を行う現状の方式から、より自由な参入と退出が
可能な電波利用制度を指向することが重要となる。商用周波数の共用化範囲をさらに拡
大し、さらに市場による周波数の2次取引も可能とするなど、民間の技術力、活力を十二
分に発揮できるような環境の整備が急務となる。
①
ソフトウェア無線、ウルトラ・ワイド・バンド(UWB)などの新技術や新サービス
の研究や実証がより迅速に可能となるよう、電波暗室内では単なる届出のみで
実験を可能とし、また、短期間の実験局免許は届出又は登録でも可能とするな
ど免許制度の柔軟化を進める。
② 商用周波数の共用化範囲(いわゆる「コモンズ」の導入・拡大)を拡大するとと
もに、周波数の転送等を可能とする二次取引市場など、民間の技術力、活力を
十二分に発揮できるような環境の整備も進める。
ⅲ) P2Pを巡る動き
また、それらのネットワークインフラの利用形態については、P2Pという大きな変化が
起きている。つまり、ネットワークにつながっている末端同士が、どこかのセンターコンピ
ュータを介することなく、ダイレクトに情報のやり取りを行うというものであり、ネットワーク
の利用環境を大きく変えつつある。そのP2Pの技術・システムをうまく活用することにより、
ネットワークインフラの利用環境を改善できるものと考えられる。
P2P技術とその応用について、現在まで登場しているP2Pアプリケーションは不正コ
ピーの配布を助長させるようなファイル交換アプリケーションが多く、この不正コピーのフ
ァイル交換によって逮捕者が出るなど、ある意味インターネットの影の部分の技術のよう
な捉え方をされつつある。
しかしながら、不正ファイル交換以外の技術として考えると、個人が所有するPCのCP
U処理能力の高度化、通信部分のブロードバンド化や、Skypeに見られるような IP 電話
を実現するアプリケーションの登場によって、「オープンなIP通信インフラで、オープンア
ーキテクチャーであるPCベースにおいて、自由に利用促進が図れるソフトウエア・プラッ
トホーム」の可能性が生まれてきている。
グリッドコンピューティングに見られる通信を利用した分散処理技術とソフトウエア・プラ
ットホームとが結びつきつつあるなかで、従来のクライアント・サーバ型を中心とした Web
アプリケーションとは違う、新たな情報流通の形としてP2P技術は、利用方法次第では安
3-10
価にサービスプラットホームの構築も可能となり、ネットビジネスの参入障壁を下げること
ができる可能性がある。
こうした中で、無料IP電話と固定電話への接続を有料としたサービスを実現したSkype
(ルクセンブルグ企業)の登場により、グローバルな視野で、ユーザの計算機資産を共有
しながら、ビジネスを展開する企業が表れたことは、今後のブロードバンドの利活用の可
能性を示唆するものである。
ⅳ) P2Pの実用性検証
現在、P2P技術の開発とアプリケーション利用の試行錯誤が行われているプラットフォ
ームはWindows OSを中心とした、PCアーキテクチャである。なぜなら、ソフトの配布
や利用方法のサポートがWebを通じたものであること、や、PCの持つ汎用的なソフトウ
ェア実行環境とOSがインストールされた数がほかのインターネットに接続されたプラット
フォームに比べて数が多いことが理由と考えられる。
現状では、開発者と利用者との試行錯誤を繰り返し、明確なアプリケーション利用シー
ンを探している発展途上の段階であるP2P技術は、日本の強みである情報家電や組込
みソフトの分野で推進することは難しい。しかし、この試行錯誤の中でキラーアプリケー
ションが生まれる可能性がある。
3-11
2. 【利便性の追求】 ユビキタスな IT 利用環境の整備
「プラットフォーム・ビジネス」が円滑に形成され、相互運用性を確保して広がりを持つ
ためには、そもそもユビキタスなIT利用環境が十分に整備されていることが必要である。
この分野では、高速ネットワークの一層の普及・拡大といった、「IT化の第1ステージ」
における主要課題を、引き続き徹底して追求し、ITインフラを着実に改善・拡充していくこ
とが、「世界最高水準のIT国家」であり続けるための基礎となる。また、「プラットフォーム・
ビジネス」及びそれと連携・協調関係にあるソリューション・ビジネスを活性化させるため
に、生活、ビジネス、行政及び社会的課題の核側面で、IPを通じたデータやアプリケーシ
ョンの相互運用性を極力確保しながら、徹底したIT武装を進めることになる。
しかしながら、その実現に向けては、情報家電の相互運用性の確保、さらに、第1ステ
ージでは有線中心であった世界から、ウルトラ・ワイド・バンド、ソフトウェア無線などの新
たな無線技術の実用化や電波の周波数帯域の共用の実現といった無線ネットワークに関
わる新たな環境整備、これらを支えるネットワークに関する基本的な技術開発の促進を
はじめ、電子タグによる各種産業の徹底したIT装備の推進、ややもすれば出遅れがちな
中小企業のIT装備の強化・促進、電子タグなど共用するITの低価格化・生産効率化のた
めの生産技術の開発など、様々な取り組みが想定される。
(1) デジタルデバイスの相互接続
① 現 状
家庭におけるユビキタスなIT利用環境を整えるためには、ホームネットワークの規格
化によるデジタル機器の相互接続性・相互運用性の確保が不可欠の課題である。ホーム
ネットワークの規格については、現在、それぞれのアプリケーションに応じて以下のよう
な提案がなされており、一部にはその機能を搭載した機器も市販されている。
・DLNA
ホームネットワークでデジタルAV機器同士やパソコンを相互に接続し,動画,音楽,静
止画像のデータを相互利用する仕様を策定する業界団体。2004年6月に、業界標準技
術に基づく技術的な製品設計ガイドライン「ホーム・ネットワーク・デバイス・インターオペ
ラビリティー・ガイドライン ver.1.0」を公表。本ガイドラインは、IPやUPnP、Wi−Fiなど認
知された標準技術を活用するとともに、音楽、写真、ビデオそれぞれの必須フォーマット
を規定している。
・UPnP
家庭内のパソコンや周辺機器、AV機器、電話、家電製品などの機器をネットワークを
通じて接続し、相互に機能を提供し合うための技術仕様。インターネットで標準となってい
る技術を基盤とし、ネットワークにつなぐだけで複雑な操作や設定作業を伴うことなく機能
することを目指している。ネットワークインフラとしてはパソコンLANに最も広く用いられ
ているEthernetのほか、HomePNAやHomeRFなど、家庭内LAN用の規格もサポート
3-12
される。
・i−Ready
ECHONETTMに準拠した通信をネット家電で行うための技術仕様。i−Readyは、家
電のネットワーク接続に必要な通信機能を本体から分離したのが特長であり、通信機能
は別売のアダプタに実装し、本体には通信アダプタを接続するための端子を設ける。こ
れによりユーザは必要に応じて後からネットワーク接続機能を追加することが可能とな
る。
② 具体的な取り組み
2002年9月に「情報家電の市場化戦略に関する研究会(e−Life戦略研究会)」(商務
情報政策局長の私的研究会。委員長:相磯秀夫東京工科大学学長)を設置し、2003年4
月に情報家電の普及促進に向けて、ユーザ認証方式、セキュリティや著作権管理等の2
8項目に及ぶ技術の共通化・標準化の推進を始めとした7つの行動計画を「e−Lifeイニ
シアティブ」として取りまとめた。
今後は、機器への実装を推進し、家庭への普及を図る段階へと進むべきである。
特に、家庭内のネットワークとインターネット等の外部のネットワークとの結節点となるホ
ームサーバーは、コンテンツ配信、機器コントロール、機器間通信等の中核となるべきデ
バイスであり、セキュリティの確保をはじめ様々な機能・サービスを具現化するプラットフ
ォームとなる。しかしながら、如何に高機能なプラットフォームであっても、家電としての機
能を果たさないデバイスに対する消費者の購買意欲は低調であろう。このため、DRM等
セキュリティ面では十分な機能を確保しつつ、大容量HDDや次世代DVD等を装備するこ
とで放送番組の録画やパッケージメディアへのコンテンツ転送といったアプリケーションと
しての機能も併せ持つホームサーバーの登場が待望される。
ホームサーバーは、家庭内のあらゆる機器を相互接続するとともに、外部のネットワー
クを介して提供されるサービスのプラットフォームとなることから、特定のOS等に依存し
ないオープンなアーキテクチャが求められる。同時に、不正なアクセスや違法なコンテン
ツ利用等を防止するためのセキュリティを確保することも重要である。
このようなホームネットワーク及びホームサーバーの実現・普及のためには、様々な
機器メーカ及びサービスプロバイダーに対する共通のプラットフォームとして標準化を進
める必要があり、業界・業種横断的な取り組み及び公的な支援が求められる。特に、ホー
ムネットワークに関するオープンなプラットフォームを開発・実証し、国際的に提案していく
ことは、機器メーカ及びサービスプロバイダーを含む我が国IT産業の競争力の向上のた
めにも極めて重要なテーマである。
(2) 全産業のIT装備戦略
① 現 状
現在、我が国産業分野におけるIT投資には、以下のような「偏り」「格差」がみられる。
−業種による偏り
3-13
−企業内の部分最適化対応への偏り
−大企業と中小企業の間の格差
−経営側と各業務領域における認識の格差
ⅰ) 業種による偏り
平成15年情報処理実態調査結果より、各業界における年間事業収入と1企業あたりの
IT投資額をみると、全27業種のうち、「輸送用機械器具製造業」「小売業」「卸売業」「運輸
業」等11業種で、年間事業収入額に見合ったIT投資が行われていない。
一企業当たりの業種別年間事業収入とIT投資(平成14年度)
図 一企業当たりの業種別年間事業収入とIT投資(平成14年度)
5,000
I
T 4,000
投
資
額
情報サービス業
電気・ガス・熱供給・水道業
[
]
百
万 3,000
円
金融・保険業 電気機械器具製造業
窯業・土石製品製造業
2,000
情報通信機械器具製造業
輸送用機械器具製造業
映像・音声情報制作
・放送・通信業
精密機械器具製造業
1,000
鉄鋼業
化学工業
一般機械器具製造業
パルプ・紙・紙加工品製造業
新聞・出版業
運輸業
その他の非製造業 繊維工業
卸売業
教育(国・公立除く)、
学習支援業
小売業
0
0
医療業(国・公立除く)
建設業
その他の製造業
50,000
非鉄金属製品・
金属製品製造業
食料品、飲料・たばこ・飼料製造業
石油・石炭・プラスチック製品製造業
100,000
150,000
年間事業収入額[百万円]
200,000
250,000
300,000
農林漁業・同協同組合、鉱業
注:情報処理実態調査の公表結果における業種別年間事業収入と業種別1業種あたりの情報
処理関係諸経費計から回帰分析を実施(情報サービス業除く)。なお、年間事業収入と情報
処理関係諸経費の回答企業数は一致していない。
(出所:経済産業省「平成15年情報処理実態調査」)
ⅱ) IT投資の企業内の部分最適化対応への偏り
情報システムの適用範囲をみると、社内のみを適用範囲とするシステムとして構築す
る企業が75%(担当部門内システム20%超、部署横断的な全社的システム50%超)を
占めている。関連会社、取引先といった社外を適用範囲に含めたシステム構築は、情報
通信機械機器、卸売業、小売業などでは、生産・流通管理システムを中心に増加している
ものの、全体でみると依然として低位で推移している。
3-14
また、企業組織全体におけるプロセスの最適化や、最適なバリューチェーンを構成する
共同体全体の最適化を行っている企業は、全体の2割に過ぎず、7割近くの企業は部門
ごとの最適化に留まっている。
出所:経済産業省「情報処理実態調査」
企業における情報システムの構築状況
図 企業における情報システムの構築状況
22.3%
平成14年調査
52.8%
21.0%
平成15年調査
17.4%
55.2%
0%
20%
16.8%
40%
担当部門内
60%
部署横断的
関連会社横断的
7.5%
6.9%
80%
100%
企業横断的
IT投資のステージ
図 IT投資のステージ
15
0%
66
20%
40%
17
60%
単なる導入企業
←ステージ1:IT不良資産化企業群
全体最適化企業
←ステージ3:組織全体最適化企業群
80%
2
100%
部門内最適化企業
←ステージ2:部門内最適化企業群
企業間最適化企業
←ステージ4:共同体最適化企業群
出所:経済産業省「情報技術と経営戦略会議」報告書(平成15年10月)
3-15
ⅲ) 大企業と中小企業の間の格差
IT 投資の状況を資本金規模別にみると、IT 投資の見込み額を上回っているのは、資
本金「10億∼100億円」規模の企業のみであり、資本規模による IT 投資の偏りはみら
れない。
資本規模別にみたIT投資額
図 資本規模別にみたIT投資額
[百万円]
7000
IT投資額(実績)
回帰分析に基づくIT投資額
6615.6
対年間事業収入比平均に基づくIT投資額
6000
5490.05513.5
5000
I
T
投
資
額
4000
3000
2000
1044.9
1000
771.3 718.6
123.5
262.6
86.0
297.1 386.1 239.6
449.7 471.7 346.1
1億円∼ 5億円
5億円∼ 10億円
0
∼ 1億円
10億円∼100億円
100億円∼
資本金規模
出所:経済産業省「情報処理実態調査」
両者の取り組みの差は、IT 活用に対する認識とその活用にある。
大企業では約9割が IT 活用の必要性を認識しているが、中小企業では約2割が IT 活
用の必要性を認識していない。
企業規模別にみたIT活用の認識
図 企業規模別にみたIT活用状況
4.5%
大企業
(n=256)
52.1%
35.8%
7.6%
十分活用する必要がある
ある程度活用する必要がある
あまり活用する必要がない
ほとんど活用する必要ない
わからない・無回答
中小企業
(n=252)
31.3%
38.2%
13.1%
11.1%
6.3%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
出所:経済産業省、電子商取引推進協議会、(株)NTT データ経営研究所「平成15年度 IT
業務連携に関する実態調査」
3-16
IT 活用の状況をみると、大企業では56%の企業で IT 活用されているが、中小企業で
は6割近くの企業で IT 活用が行われていない。
企業規模別にみたIT活用状況
図 企業規模別にみたIT活用状況
0.1%
大企業
(n=256)
39.5%
17.3%
38.6%
3.7%
ITを活用できていない
←ステージ1:IT不良資産化企業群
部門内の最適化を実現
←ステージ2:部門内最適化企業群
企業全体の最適化を実現
←ステージ3:組織全体最適企業群
バリューチェーン全体の最適化を実現
←ステージ4:共同体最適化企業群
無回答
58.3%
中小企業
(n=252)
31.3%
6.9% 2.7%
0.8%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
出所:経済産業省、電子商取引推進協議会、(株)NTT データ経営研究所「平成15年度
IT 業務連携に関する実態調査」
企業内の業務領域間における IT 活用を実現する上での阻害要因としては、大企業、中
小企業とも、「IT 取組意識が浸透していない」「導入部門の人員・能力不足」「IT リテラシー
不足」といった人的側面での土壌が整っていないことが最も大きな阻害要因となってい
る。
企業間の業務における IT 活用では、大企業は、「自社内/取引先との業務プロセスの
調整」「業界での業務プロセスの調整」等、IT 導入に際するプロセスデザイン力の不足が
障害となっている。
一方、中小企業では、そもそも「業務において IT を活用するメリットが少ない」ことが最
も多く。その他阻害要因としては、企業内と同様に「導入部門の人員・能力不足や」「IT イン
フラが未整備」が指摘されているほか、「業界での業務プロセスの調整」も大きな阻害要
因となっている。
3-17
企業内(社内)業務領域間へのIT活用に対する阻害要因(大企業)
図 企業内(社内)業務領域間へのIT活用に対する阻害要因(大企業)
40.0%
30.0%
(n=256)
40.0%
I T活 用 す る メ
リ ット 少 な い
セ キ ュリ テ ィ対 策
が未 熟
適 切 な ソ リ ュー
シ ョ ン が不 在
I T導 入 に 係 る コ
ス ト が高 い
I T イ ン フ ラ が未
整備
20.3%
16.9%
I T活 用 す る メ
リ ット少 な い
セ キ ュリ テ ィ対 策
が未 熟
適 切 な ソ リ ュー
シ ョ ン が不 在
I T導 入 に 係 る コ
ス ト が高 い
I T イ ン フ ラ が未
整備
14.7%
16.4%
I T活 用 す る メ
リ ット 少 な い
セ キ ュリ テ ィ対 策
が未 熟
適 切 な ソ リ ュー
シ ョ ン が不 在
I T導 入 に 係 る コ
ス ト が高 い
I Tイ ン フ ラ が未
整備
現 場 の I Tリ テ ラ
シー不 足
導 入 の部 門 の人 員
能力不足
導 入 の投 資 対 効 果
把 握 でき な い
業 界 で の業 務 プ ロ
セ ス の調 整
自社 内 /取 引 先 と
の業 務 プ ロ セ ス の
調整
9.6%
12.2%
12.4%
10.4%
10.3%
現 場 の I Tリ テ ラ
シー不 足
30.0%
現 場 の I Tリ テ ラ
シー不 足
導 入 の部 門 の人 員
能力不足
導 入 の投 資 対 効 果
把 握 でき な い
業 界 で の業 務 プ ロ
セ ス の調 整
自 社 内 /取 引 先 と
の業 務 プ ロセ ス の
調整
業 界 に お け る コー
ド等 の統 一
自社 内 /取 引 先 と
の コー ド 等 の 統 一
I T取 組 意 識 浸 透
し てな い
I T活 用 す る メ
リ ット 少 な い
セ キ ュリ テ ィ対 策
が未 熟
適 切 な ソ リ ュー
シ ョ ン が不 在
I T導 入 に 係 る コ
ス ト が高 い
I T イ ン フ ラ が未
整備
現 場 の I Tリ テ ラ
シー不 足
導 入 の部 門 の人 員
能力不足
導 入 の投 資 対 効 果
把 握 でき な い
業 界 で の業 務 プ ロ
セ ス の調 整
自 社 内 /取 引 先 と
の業 務 プ ロ セ ス の
調整
自 社 内 /取 引 先 と
の コー ド 等 の 統 一
業 界 に お け る コー
ド等 の統 一
I T取 組 意 識 浸 透
し てな い
3-18
導 入 の部 門 の人 員
能力不足
導 入 の投 資 対 効 果
把 握 でき な い
業 界 で の業 務 プ ロ
セ ス の調 整
自 社 内 /取 引 先 と
の業 務 プ ロ セ ス の
調整
業 界 に お け る コー
ド等 の統 一
自 社 内 /取 引 先 と
の コー ド 等 の 統 一
28.2%
30.7%
(n=252)
37.1%
40.0%
17.6%
18.1%
20.0%
17.1%
18.2%
20.0%
業 界 に お け る コー
ド等 の統 一
自 社 内 /取 引 先 と
の コー ド 等 の 統 一
I T取 組 意 識 浸 透
し てな い
経 営 層 が I T取 組
に消 極 的
0.0%
2.5%
10.3%
12.2%
10.8%
14.1%
7.9%
4.1%
I T取 組 意 識 浸 透
し てな い
1.6%
5.7%
7.8%
8.7%
10.0%
13.1%
9.7%
10.0%
経 営 層 が I T取 組
に消 極 的
0.0%
経 営 層 が I T取 組
に消 極 的
0.0%
5.7%
11.4%
9.4%
20.2%
18.5%
14.2%
15.2%
17.7%
16.1%
20.0%
22.5%
22.5%
30.0%
11.0%
9.5%
10.0%
経 営 層 が I T取 組
に消 極 的
0.0%
2.3%
3.9%
1.4%
9.7%
6.8%
10.2%
10.2%
9.0%
10.0%
17.2%
20.0%
30.5%
30.2%
30.1%
28.9%
29.7%
(n=256)
企業間(他社)との業務へのIT活用に対する阻害要因(大企業)
図 企業内(他社)との業務へのIT活用に対する阻害要因(大企業)
企業内(社内)の業務領域間へのIT活用に対する阻害要因 (中小企業)
図 企業内(社内)の業務領域間へのIT活用に対する阻害要因(中小企業)
企業間(社外)の業務へのIT活用に対する阻害要因 (中小企業)
図 企業内(社外)の業務へのIT活用に対する阻害要因(中小企業)
40.0%
(n=252)
30.0%
出所:経済産業省、電子商取引推進協議会、(株)NTT データ経営研究所「平成15年度 IT
業務連携に関する実態調査」
ⅳ) 経営側と各業務領域における認識の格差
企業における経営企画部門と各業務の現場部門間では、IT を活用した業務連携の現
状について、現状の業務の評価に差がみられる。
企業内(社内)の業務領域間での IT 活用及び企業間(社外)の業務における IT 活用と
も、経営企画部門に比して、現場部門での満足度が高い傾向にある。特に企業間(社外)
の業務における IT 活用では、20.4ポイントの差がある。
これは、全体的に各現場部門では部分最適に陥りやすく、現状の業務プロセスに肯定
的な評価を行う傾向にある。
経営企画と現場との満足度の違い
図 経営企画と現場との満足度の違い
80.0%
[%]
60.0%
40.0%
十分満足している
54.3%
50.5%
ある程度満足している
44.0%
20.0%
27.9%
0.0%
4.9%
0.4%
社内
社外
経営企画
(n=256)
5.1%
4.7%
社内
社外
現場の平均
開発(n=195)・調達(n=207)
生産(n=197)・販売(n=202)
出所:経済産業省、電子商取引推進協議会、(株)NTT データ経営研究所「平成15年度 IT
業務連携に関する実態調査」
② 具体的な取り組み
ⅰ) 電子タグによる企業間情報共有・企業間協業を通じた全体最適化
このように我が国産業におけるIT投資には、様々な偏りや格差が存在しており、結果
的に、製造段階から運送、販売、消費者を経てリサイクルに至るまでの一 気通貫したサ
プライチェーン全体の合理化・高度化を実現することが困難になっている。
電子タグは、モノと情報を連携させるツールであり、現在普及しているバーコードと比較
して、情報量が大きいこと、書き込みが可能なこと、箱の中の情報も読めること、遠方から
一度に多数の商品を読めること等の長所がある。
さらに、電子タグは、リテラシー・フリー(電子タグの自動認識機能の活用によるデータ
入力作業の簡素化や、シームレスなシステム連携による操作性の向上が可能)、フォー
マット・フリー(メッセージ情報やコードの標準化によるシステムに依存しない情報共有の
実現が可能)、テクノロジー・ニュートラル(シンプルなテクノロジーのため、あらゆる業務、
あらゆるシステムへの適用が可能)といった本質的な特徴を有しているため、様々な産業
3-19
での活用が可能である。
したがって、このような電子タグを我が国産業が積極的に活用することにより、製販一
体となった物流効率化の実現や、モノと情報のリアルタイムな連携による商流と物流の一
体化や、モノの流れと契約・管理情報の流れの一体化(『基幹システムとの一体化』)や、
トレーサビリティシステム等安全・環境対策への拡張性や、ビジネス・チェーンの一体化に
よるベンダ収益力の確保等を実現する。
電子タグは、企業の一部門内や一企業内といった限定的な領域ではある程度活用が
進んできたが、企業や業種の壁を越えた一気通貫したサプライチェーン全体の合理化や
高度化をもたらすためには、電子タグをあらゆる産業に普及させることが必要である。
このため、以下のような電子タグ普及のため、以下のような政策を講じる。
○ 実証実験
電子タグの活用による業界全体の業務プロセスの改革等を進めるため、平成16年度
は、公募により7分野(建設機械・産業車両・農業機械業界、書籍関連業界、医薬品業界、
百貨店業界・アパレル業界、物流業界、レコード業界・DVD、CD 業界、家電製品業界・
電子電器機器業界)を選定し、業界毎の実証実験を展開した。
平成17年度については、アジアを中心とした国際プロジェクトを通じた電子タグの国
際標準化の推進や、波及効果の大きい業界への導入円滑化等を勘案しつつ、実証実
験を展開する。
○ 技術規格及び商品コードの国際標準化
商品コードについては、「商品トレーサビリティの向上に関する研究会(商務情報政策
局長の諮問研究会)」で策定した国際標準案をISOに提案済み。現在、ISO内部で日本
案を元にした ISO 国際標準を策定する方向で引き続き働きかけを行う。
また、技術規格である UHzF 帯電子タグの通信プロトコルは、国際的影響力の高い
EPC グローバルと ISO の双方が独自に検討してきており、経済産業省としては企業間
取引用電子タグとして(ISO/IEC18000−6TypeC)を国際標準に提案している。
○ 電子タグの「低価格化」
現在数十円∼数百円/個する電子タグの価格低減を図るために、経済産業省と公募
によって選定された日立製作所を中心とする産業界との間で官民合同の国家プロジェ
クト「響プロジェクト」を発足させ、国際標準による電子タグを世界でもっとも安く 5 円/
個以下で販売するためのチップやアンテナの製造技術開発を実施している。平成18年
11月には、5 円/個以下の電子タグが市場に投入される見込みとなっている。
○ 政策金融の活用
電子タグについては、導入に係るシステム投資負担の高さや比較的新しい技術で
あることなどから事業リスクが高いと判断されるが、政策金融の活用により誘引付
与やリスク補完を行い、企業の電子タグ導入に係る投資を政策的に強く誘導するほ
か、企業間連携に繋がる電子商取引の基盤整備に係る投資についても、政策金融に
3-20
よる誘引付与やリスク補完により、引き続き強く促進していく。
(3) 「ヒトに優しいIT」の追求
「人に優しいIT」の追求である。というのも、ユーザ自身が「いつでも」、「どこでも」使い
たいと思える操作性や楽しさをITが持ってなければ、整備・武装を進めたITインフラも、た
だ使われずにユビキタスなIT利用環境を実現できずにとどまってしまう。そのためには、
物理的な環境の整備や規制・制度改革によるITインフラ供給者側からの努力はもとより、
そこで提供されるIT機器やサービスが老若男女を問わず操作性が容易で人に「優しい」こ
とが必要である。
また、フィッシングや迷惑メールなど、「ITに近づくと面倒なことが多い」といったような
印象が先に拡がるようでは、ユビキタスなIT利用環境の実現は覚束ない。情報セキュリテ
ィの面からも、人に「優しい」ITであることを徹底する必要がある。
3-21
3. 【広がりの追求】 アジアへの広がりの追求
(1) アジア諸国との相互依存関係の深まり
経済発展は、インフラストラクチャや技術、文化など様々な蓄積をその社会にもたらす
と同時に、物価を押し上げ投資効率を引き下げる。それゆえ「先進国」として採るべき戦略
は、こうした蓄積を最大限に活かしてイノベーションを誘発し、新しいビジネスモデルや製
品、サービスを生み出しつづけ、これをより広い市場に投入することであり、これによって
こそ我が国経済全体としての事業投資、技術開発投資の効率を最大化することができる。
規制緩和やIT化、そしてIT化の第二段階として本報告書で論じられているプラットフォー
ムの整備も、そのための戦略と捉えることもできよう。
顧みれば、我が国はアジア最大の経済として、これまで一世紀以上にわたってアジア
の市場融合で変化の中心としての役割を果たしてきたが、90年代後半以降、Samsung
やLGなど韓国のIT有力企業の活躍、海爾のような有力企業の日本進出など、アジアの
市場プレーヤーの構造変化のあり方は目に見えて双方向性が強くなっている。一方で同
様の双方向化、融合現象は、映画やドラマなどの韓流ブームに代表されるように、文化、
すなわち需要動向においても指摘されるが、いわゆる「Japan cool」論に見られるよう
に、この領域では我が国は引き続き強い国際競争力を有していると言われており、日本
商品の市場競争力や日本企業の経済活動に対してプラスの外部効果を果たしていると考
えられている。
図 日本からアジアへの進出企業数
800
図 アジアから日本への進出企業数
120
700
100
600
500
80
400
60
300
200
40
100
20
89
年
度
90
年
度
91
年
度
92
年
度
93
年
度
94
年
度
95
年
度
96
年
度
97
年
度
98
年
度
99
年
度
00
年
度
01
年
度
02
年
度
03
年
度
0
0
1997年度 1998年度 1999年度 2000年度 2001年度 2002年度
香港
インド
インドネシア
韓国
マレーシア
中国
フィリピン
シンガポー
台湾
タイ
ベトナム
台 湾
韓 国
中 国
うち香港
こうしたアジア諸国の経済発展とアジア経済の一体化を我が国の経済発展に最大限に
活かすためには、技術蓄積や消費者センスなどの我が国が有する先行利益を活かし、積
極的にアジア市場の一体化を促進しながらアジアのヒト、モノ、カネ・サービス、情報のハ
ブとなって発展する戦略が望まれる。これを遂行するために、政府は、事業者が我が国
で生みだしたイノベーションを速やかにアジア市場に対して投入できるような環境整備と、
3-22
我が国でアジア市場に受け入れられやすいイノベーションが起きるような環境整備とに、
取り組むべきである。
(2) アジア規模の「プラットフォーム・ビジネス」形成促進
「プラットフォーム・ビジネス」の形成にしても、IT利用環境の整備にしても、その取り組
みが国内に閉じてしまえば、国内のIT産業の「縦割り」の秩序の組み替えによって社会全
体としての商品開発コストが単に高まるだけの結果に終わる、言い換えれば、イノベーシ
ョン・サイクルの再構築のマイナス面が突出する可能性が高くなる。
一方で、世界でも高水準の情報インフラと技術力は、韓国、シンガポール、中国などの
アジア各国に既に集積を始めており、我が国が仮に立ち止まるようなことがあれば、同様
の改革がこうした諸国で行われ、近い将来我が国が先行利益を失う恐れが高まりつつあ
る。
このため、既に「情報先進国」となりつつあるアジア各国とむしろ一つのクラスターを形
成し、ユビキタスなIT利用環境と「プラットフォーム・ビジネス」を「両輪」として、イノベーシ
ョン・サイクルの輪を我が国が率先して広げていくことが必要である。
① 電子タグによる「アジア版新電子カンバンシステム」の構築
電子タグは、モノの流れと情報の流れをリアルタイムに一致させることが可能であるこ
とから、ITによる物流・流通サービスの効率化の切り札として期待が集まっており、我が
国でも、流通業界や出版業界、家電業界などを中心とし、実用化に向けた実証試験が行
われている。
電子タグは国境を越えた広がりを持つことから、そのグローバルな普及のためには、
我が国が主導となり、電子タグの商品コード及び通信プロトコル等に関する国際標準化を
推進していくことが重要である。このため、東アジアのIT先進国家である、日本、中国、韓
国、シンガポールやマレーシア等のASEAN諸国を中心に、各国企業の物流・流通の大
幅な高度化・効率化を目指し、電子タグによる流通・物流の情報共通基盤を構築するため
の大規模な実証実験を推進すべきである。
具体的には、東アジアのIT先進国において、機械等の部品や完成品の仕様、流通履歴、
在庫状況等のリアルタイムな把握によりさらなる生産効率化を可能とする「アジア版新電
子カンバンシステム」の構築を目指して実証事業を推進し、これを実現するため、アジア
地域にISO国際標準に準拠した電子タグによる国際流通共通プラットフォームを構築す
る。
また、将来的に、コンテナ等の貨物の中身を瞬時に把握することにより、アジア各国の
貿易関連手続の統一化・効率化を目指すこととする。
3-23
図 アジア版新電子カンバンシステム概要
日 本
韓国・中国・シンガポール等のASEAN諸国
トラック
運送業者
UHF
RFID
海貨業者
通関業者
海貨業者
通関業者
船会社
航空会社
コンテナ
ターミナル
工場又は倉庫
トラック
運送業者
コンテナ
ターミナル
個品の登録(読取)
日本
個品の読取(登録)
パレットの登録(読取)
コンテナの施錠
個品/パレットと
コンテナ番号の紐付
バンニング (コンテナ番号の読取)
(デバンニング)
韓国
工場又は倉庫
パレットの読取(登録)
コンテナ番号の読取
中国
コンテナ番号の読取
(コンテナの施錠個品
/パレットとコンテナ
デバンニング 番号の紐付)
コンテナ番号の読取
(バンニング)
照合
ASEAN
マレーシア
インターネット
積荷目録
IPv6
積荷目録
シンガポール
通関・関税等 2007年度
以降
システム
民間情報共有
システム
連携へ
② アジア共通 IC カード基盤の推進
ネットワークに接続していない環境でサービス、プログラム、コンテンツを利用する物理
的環境は、現状ではインターネットにくらべ国際的な統一が遅れている。ICカードは複数
のシステムへ対応できる柔軟性や、セキュリティの高さから、今後国際的に社会的利用が
進むと期待されるソリューションとして注目される。我が国では、ICカード技術について、
セキュリティ、プライバシー、相互運用性技術に優れており、国際標準の構築についても
積極的に貢献してきた。
ICカードの中でも、少額決済分野ではJRグループのSuica、ICOCAや、ソニーグルー
プのEdyなど商業レベルでの普及がめざましい。両者は共にFelicaシステム技術基盤上
の製品であり、最近普及が始まったICカード機能付き携帯電話も同様な他、その実用化
例は香港(オクトパスカード)、シンガポール(ezlinkカード)にも広がるなど、アジアの民
間利用ではもっとも普及したICカードとなっている。
一方、公的機関による身分証明等の分野では、よりセキュリティレベルが高いPKIベー
スの技術を使った住民基本台帳カードが統一的に使われるようになっており、これはISO
3の場で検討されている国際標準にも合致している。我が国としては、非接触ICカード方
式の国際標準への貢献を推進しつつ、様々な分野でのセキュリティとプライバシーの保
護を推進する。こうした国際標準ICカード、少額決済のFelica、プリペイド・カード法式など
の非ICカードソリューションとの合理的な役割分担に配慮しつつ、非接触ICカード技術を
3
ISO/IEC JTC1/SC17 委員会
3-24
アジアにおける公共利用の標準とするべく、アジアICカードフォーラム(AICF)などの民
間での協力活動、AMEICCなどの政府間の協力活動の場を通して、アジア各国での使
用を積極的に推進していくべきである。
こうした考えにたった取り組み方の一つとしてe−Passportがあげられよう。e−Pass
portについては、これまで2005年1月の国際民間航空機機関(ICAO)の定めるPKI仕
様に準拠したe−Passportの電子証明書を配付するプロトタイプシステム(ICAO−PK
D)に関する各国が発行する電子証明書を、別の国の空港にて入手する国際実証実験、
本年2月から3月にかけての成田空港における関係府省連携によるICAO−PKDの機能
評価の実証試験などを行っている。また、e−Passportの国際的な相互運用性の確保を
推進するため、互換性試験ツールと検証用データ(Tsukuba data)を国際協力体制の
下で開発し、これらを活用して3月には22カ国からの100種類近くのパスポートの互換
性試験を行い、その結果をICAO、ISOへ提案した。
政府は、これにとどまらず、今後ともICカードの相互運用性の確保、プライバシー、セ
キュリティ等の技術的成果をアジア、世界に普及するため、具体的には、ICAO−PKDシ
ステムの実装仕様等について、ICAO、ISOなどに国際的に報告、提案していくと共に、試
験ツール、検証用データの機能拡充をおこなうことを通して、e−Passportに搭載する機
能のマルチアプリケーション化等も視野に入れた技術展開と標準化活動を推進し、国際
的な共通資産構築に貢献するべきである。
③ テレビ電話など情報通信スタイルの先導
携帯電話は、我が国の高度なセンスの需要者集団の積極的な関与の元に発展した先
進的商品の一つである。i−modeなど我が国で培われた技術が世界に展開しており、す
でに我が国の技術的得意分野ともなっている。第三世代携帯電話は、我が国ではすでに
永い稼働実績があり、高速かつ安定した通信能力を背景に、テレビ電話やゲームなど高
度な利用法が実現しており、技術的蓄積、コンテンツの蓄積も大きい。今後世界的に第3
世代携帯電話の普及が見込まれているが、我が国で開発、検証された現行技術を速や
かにアジア各国の市場にも投入し、サービス/コンテンツ系産業の国際展開の誘発を行
うべきである。
(3) アジア規模でのIT関連社会基盤の整備
「プラットフォーム」が形成され、機能するためには、それを運用する人のスキル、取り
巻く法制度、社会機能などが整っていなくてはならない。単にシステム・ソリューションを
広めるだけでは期待される「プロットフォーム」形成促進には十分でなく、アジア規模でこ
うした社会基盤の国際的調和を形成すべく、日本は積極的なリーダーシップを発揮すべき
である。
3-25
① ソフトウェア人材の海外展開(MOU)
IT産業、システム構築、プログラム制作などソフトウェア産業及びその関連産業は、内
部的な役割分担などが国によって様々に異なっている。したがって、日本の同種事業が
海外進出を果たすに当たって、日本側の現状を知っている人が現地に十分存在し現地産
業の橋渡しをしてもらえること、そして我が国に現地産業を熟知した人材がいて適切な役
割を果たすことは、進出のコストを大きく引き下げるものである。
こうした問題意識に基づいて、平成12年10月のASEAN+日中韓経済閣僚会合で我
が国が提案した「アジアITスキル標準化構想」等に基づいて、情報処理技術者試験の相
互承認、アジア各国及びにおける高度IT人材育成事業などが行われてきており、当該事
業に基づく研修終了者が各国のIT政策、産業界のリーダーや企業の幹部として活躍する
例が輩出されるなどの成果を挙げている。
② 国際的電子商取引準則の明確化に向けた取り組み
アジアのIT先進国における電子商取引が普及する中で、電子商取引を行う事業者の立
場からも、また外国の事業者と取引する消費者の立場からも、関連するルールの国際的
調和が望ましい。こうした問題意識に基づいて、世界的な電子商取引ルールの摺り合わ
せの状況もにらみつつ、可能な限りアジアIT先進国間で先行的に電子商取引準則を明確
化することを促進するべきである。例えば、2002年より開始されている日韓専門家レベ
ルの対話を促進するなど、この方面での取り組みを強化するべきである。
(4) コンテンツを戦略的に活用したアジア規模での需要一体化の促進
コンテンツは間接的なコミュニケーションであり、日本の情報が世界に拡がることにより、
日本の文化、ライフスタイルなどに対する好意、憧れなどのイメージが形成されることが、
日本の商品・サービスを購買することへの欲求につながる。すなわち、コンテンツの輸出
は、コンテンツ産業にとっての国際市場が拡大することはもちろん、それによってライフス
タイルの融合を誘導することにより、かつて米国が「Trade Follows the Films」と表
現したように、国際的な商品のあり方を共通化し、その他の産業にとっても優れた商品の
市場を拡大する効果をもたらす(ソフトパワー4)。これは、マクロに見れば我が国の投資
効率を押し上げる効果がある。これこそ、我が国が優れた製品、サービスを生み出す努
力に加え、コンテンツ産業の海外展開を進めるべき所以である。
顧みれば、これまでもアニメ5、ゲームなど魅力ある日本製コンテンツは世界各地、とり
わけアジアの人々の生活に染みこんできたが、近年我が国のコンテンツに対する再認識
4
5
米国の国際政治学者ジョゼフ・ナイは、ソフトパワーを、「強制力ではなく魅力によって、国際関係上、自
分にとって好ましい結果を得るように相手をコントロールする能力」とする。国家のソフトパワーとは、
「文化、イデオロギー、制度の魅力など他国が従いたくなる価値観を力の源泉と捉え、他者を惹き付け
る魅力が国家の相対的優位性に寄与する」現象を指す。
世界で放映、上映されるアニメ番組の実に6割が日本製であるといわれる。
3-26
が行われており、「Japan Cool」という言葉で語られるようになってきている。特に東ア
ジア地域では、我が国との深い経済的・文化的結びつき、コンテンツを巡る活発な文化・
人の交流を背景に、日本コンテンツへの人気も特に根強く、中国におけるアンケート調査
ではキャラクター人気ランキングで上位10のほとんどをアニメを中心とした日本のキャラ
クターが占め、台湾の日本番組専門放送局は、現地の地上波放送、CATV 放送の各局と
遜色ない視聴率を獲得している。
GNC:
Gross National Coolの略。米国人のジャーナリスト「ダグラス・マッグレイ」は、フォーリ
ンポリシー誌(2002 年 5/6 月号)において、「Japan’s Gross National Cool」を発表し、日
本のポップミュージック、アニメなど新しい文化の影響力を指摘。この文化的パワーをGN
P にならって「GNC」と表現しているもの。
図表 中国におけるキャラクター人気ランキング
1
クレヨンしんちゃん
74人
2
孫悟空
73人
3
ドラえもん
68人
4
名探偵コナン
57人
5
ちびまる子ちゃん
53人
6
スヌーピー
49人
7
ドナルドダック
43人
8
ミッキーマウス
39人
ガーフィールド
39人
桜木花道
37人
10
調査対象:中国3都市(北京・上海・広州)の 20 代以上1000 人
2001 年 12 月
出所)サイバーブレインズ社調査
図 台湾におけるTV視聴状況(よく見る TV チャンネルはどこの放送局?)
(%)
40.0
35.5
35.0
30.0
25.2
25.0
23.3
18.9
20.0
17.7
17.5
16.6
15.9
14.8
15.0
14.1
12.7
10.0
5.0
日
本
視
来
緯
理
頻
国
家
地
華
道
視
台
視
中
系
列
東
森
ry
ov
e
Di
sc
系
列
三
立
HB
O
視
民
TV
BS
系
列
0.0
※1)緯来日本はケーブルテレビ日本語専門チャンネル
※2)数値は訪日経験者、未経験者各々800 人に聞いた回答結果を単純平均した値
出所)国土交通省資料より作成
3-27
こうしたコンテンツの有するソフトパワーへの認識から、韓国、中国、台湾など、アジア
諸国は積極的なコンテンツ国際展開策を打ち出し、積極的な輸出攻勢により映画、TVドラ
マ等で我が国を含む全アジアで「韓流」現象を生み出した韓国など、実績を挙げつつある
競争相手も出現している。このアジア各国の成長に従い、「韓流」現象に代表されるような
アジアコンテンツの日本への流通も拡大し、コンテンツ貿易が双方向に拡大している。例
えば、韓国では、自国市場が日本市場に比べて比較的小さいことから、日本市場を視野
に入れたコンテンツ・ビジネスモデルをすでに採用している。これを裏付けるように、200
4年に開催された東京ゲームショウや東京国際フィルム&コンテンツマーケットといった
国際的なコンテンツ見本市の外国人来場者のほとんどがアジアからの人々で占められて
いる。
180
160
140
120
100
80
60
40
20
0
図 韓国コンテンツの輸出の推移
映画輸出(本数)
2000
2001
2002
TV番組輸出(本数)
4500
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
2000
2003
2001
2002
2003
出所)韓国映画振興院、放送振興委員会資料より作成
韓国政府によるコンテンツ振興の取り組み
韓国:1998 年、金大中大統領による「文化大統領宣言」を機にコンテンツ産業振興が進
展。1999 年以降韓国政府による文化産業関連の予算配分は大幅に増大し、2004 年現在
15340 億ウォンとなっている。(数値は韓国文化産業政策研究院「2003 年文化産業白
書」)具体的には、海外見本市への参加支援、字幕翻訳支援、国際映画祭出品支援等多
面的なコンテンツ産業支援を実施。
3-28
図 コンテンツ輸出入額の推移
コンテンツ輸出入額の推移
(百万円)
350,000
16%
300,000
14%
12%
250,000
10%
200,000
8%
150,000
6%
100,000
輸出(全世界)
輸入(全世界)
輸出(アジア)
輸入(アジア)
輸出(アジア/全世界)
輸入(アジア/全世界)
4%
50,000
2%
0
0%
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年
出所)コンテンツ産業国際戦略研究会資料より推計
図 東京ゲームショウ、東京国際フィルム&コンテンツマーケットの海外来場者地域別内訳
東京ゲームショウ2004ビジネスデイ海外来場者割合
地域
国名
割合(%)
アジア
韓国
45.1
台湾
22.2
香港
5
中国
4.7
シンガポール
1.5
タイ
0.4
マレーシア
0.4
インド
0.1
イスラエル
0.1
北米
13.2
欧州
6
その他
1.3
TIFCOM2004海外来場者割合
地域
国名
中国
香港
韓国
ネパール
アジア
シンガポール
台湾
タイ
その他
北米
欧州
その他
出所)CESA 資料より作成
割合(%)
28%
13%
24%
1%
2%
8%
12%
2%
4%
5%
2%
出所)日本映像振興㈱資料より作成
こうしたアジア各国のコンテンツ産業の成長と交流の深化を背景に、ビジネス関係も単
なる輸出・輸入から、共同制作や企画段階での利用権の先行販売へと多様化してきてい
る。これまで永くアジアのコンテンツ発信源であった伝統に加え、アジアで圧倒的な市場
規模を誇る日本市場の懐の広さは、日本のソフトパワー発信の大きな強みであり、これを
活かして日本市場を中心としてアジア大のコンテンツマーケットを確立すべく、所要の促
進策を講じるべきである。
3-29
アジア間の交流深化の事例:
○ 輸出型(自国発コンテンツが海外に輸出され現地に浸透するケース)
・ 中国アーティスト「女子十二楽坊」が日本でヒット。アルバムは日本で200万枚以
上の売上げ。
・ 映画「Love Letter」(日本→中・韓・台)がアジアでヒット。ロケ地小樽にはアジア
から観光客が倍増。
○ 共同制作型(製作段階から共同でプロジェクトを実施するケース)
・ 映画「力道山」:韓国映画だが、日本人スタッフ、俳優が起用されている。韓国で1
40万人を超える大ヒット。
・ 映画「ソウル」(日韓):TOKIO長瀬智也が主演した日韓合作映画。
・ 映画「最後の恋、初めての恋」(日中):渡部篤郎主演の日中合作映画。
○ 現地進出型(当初から現地市場への展開を目指したビジネス展開)
・ BoA:韓国SMエンタテインメント社とエイベックスがライセンス契約。日韓両市場での展開を
前提とした市場展開。
① アジアにつながる流通システムの整備
日本のコンテンツをアジアに発信し、かつ現地市場において浸透するためには、国際
展開に向けた流通網の整備が重要となる。国際展開の流通網とは、いわばコンテンツ商
社のネットワークであり、それは事業者がパッケージ販売、リメイク権・フォーマット権販売
などの様々な国際取引を活発に行う中で生まれてくるものである。
国際的取引を活性化するため、経産省はこれまで、東京国際映画祭におけるコンテン
ツ国際取引市場の創設やカンヌ国際映画祭をはじめとした海外見本市への我が国コンテ
ンツの出展支援などによるコンテンツの国際的取引「場」の設定、またアジアの海賊版の
氾濫や制度的・商慣行的障壁等の海外でのビジネス障壁除去のための官民協調した体
制作りに取り組んできた。
しかし、国内市場が大きい我が国では、輸出による経済的メリットが国内でのビジネス
に比べ相対的に小さいことから、コンテンツ資産が死蔵される傾向が強いと指摘されてい
る。今後は、こうした取り組みの有効性を見極めつつ、必要に応じてコンテンツ資産の国
際流動性を向上させるための措置を講ずる等の方法により、国際取引を政策的に促進す
る必要がある。
また、アジア市場への発信チャンネルを確保するため、必要に応じて海外メディアに対
する投資、通信事業者への投資等を通じて現地流通への積極的参入促進を図るよう、民
間事業者のアジア規模でのメディア、IT両者を相乗的に活用した戦略を促していくべきで
ある。
3-30
我が国事業者による海外流通への出資事例:
大元デジタル放送
:韓国アニメ事業者大元C&A Holdings(株)に、(株)小学館プロ、東映アニメ(株)、(株)ト
ムス・エンタメ、(株)GINA World、(株)バンダイ、(株)サンライズ、BANDAI KOREA
(株)が出資。資本金は50億ウォン(約5億円)。韓国デジタル衛星放送(スカイライフ)に
おけるアニメーション専門チャンネル「AniOne TV」を運営。
インデックスの中国展開
:携帯電話向けコンテンツ提供事業者「インデックス」は、欧米のコンテンツ会社買収に加え、
中国携帯サイト運営会社を買収。(2005年3月)
集英社、小学館、小学館プロダクションの共同出資によるマンガ・アニメの世界展開
:集英社、小学館、小学館プロダクションは、3社共同して海外事業を推進するため、在米子
会社を合併し、本年4月に新会社をサンフランシスコに設立することを発表。(2005年1月)
② アジアとの協業の促進
80年代以降の海賊版などを通じた日本製コンテンツのアジアへの浸透の効果として、
今や、アジア地域においては優秀なコンテンツ制作者、事業者が数多く育ってきている。
また、日本のコミケ6、同人誌などの草の根的な取り組みについて、アジアからの参加者
は増大してきており、アジアコンテンツ人材の融合が進展しつつある。こうした認識から、
我が国のコンテンツ産業は日本のコンテンツ産業の努力によってのみ支えられるのでは
なく、アジア各地におけるコンテンツ産業の振興と発展とによって推進されるという考えに
立ち、すでにアジアのみならず世界的に広がった日本型コンテンツの市場に対する供給
基地としての世界的なコンテンツ産業の中心をアジアに生み出すとの発想を採るべきで
ある。
日本と海外事業者との間の共同プロジェクトの事例:
・韓国のアニメ製作会社「DR−MOVIE」は、その優れた3D技術から「ジブリ」「マッドハ
ウス」など日本の製作会社からの継続的な受注を受けている。
・日韓両国で連載されていたコミック「新暗行御史」は、日韓両国企業による共同製作によ
りアニメ映画化されるなど、共同製作も進みつつある。
6
世界最大の同人誌大会。参加サークルは 3 万を超え、世界中から 40 万人を超える入場者を誇り、様々
な著名な作家を輩出。
3-31
コンテンツ制作については、共同製作に向けた環境整備を進め、自国マーケットのみ
ならず、当初から世界マーケットを念頭に置いたコンテンツ制作への取り組みを強化する
ことが重要である。このためには、プロダクトプレイスメント7等の手法によってコンテンツ
と企業を直接結びつける等の新しい資金調達手法の開拓が必須となる。
また、人材育成については、ⅰ)クリエイターなどの現場レベルでの人材育成に対して
は人材育成効果が見込める共同制作への支援を、ⅱ)さらに高度なビジネス能力を駆使
して海外との共同制作の核となるような国際的なプロデューサーの養成支援などをそれ
ぞれ行うべきである。さらには、ⅲ)海外における流通を円滑に行う観点から、現地事業者
の日本での研修などを支援してアジアにおいて信頼できるライセンシー作りを行うことも
考えられる。
③ ブロードバンド時代の新たなビジネスモデルの確立支援
日本のコンテンツ産業は、世界最大のブロードバンドインフラ環境の中で新しい展開を
みせつつある。音楽配信などのモバイルコンテンツ市場は2003年2232億円(モバイル
コンテンツフォーラム資料)にも及び、映像配信についても各種IP放送やVCDによるサー
ビスが本格化しつつある。また、映画については、デジタルシネマの登場で、全く新たな
低コスト流通網が生まれる可能性が出てきている。こうした動きは、日本に数多く存在す
る潜在的なクリエイターの活動と結びついて我が国のクリエイション能力を最大限に引き
出すものとして積極的に推進することが必要である。
ただし、こうしたコンテンツ制作が進むためには今後、メディアから独立したコンテンツフ
ァンドやプロダクトプレイスメント型広告事業等の多様なコンテンツ制作直接投下型の資
金調達の活性化、マルチユースを可能にする権利処理の推進、コンテンツの自由な取引
を可能とするシンジケーション市場の創設等により、新しい流通を支えるビジネスモデル
の創出・拡大を最大限発揮できる環境整備を図っていくことが必要となる。これらは一義
的には民間事業者の問題であるが、新たなビジネスモデルへの展開はリスクが大きい。
このため、ビジネスモデル調整の初期においては、ホームネットワークプラットフォーム
など関連実証試験に併せてモデル事業を実施する等によって所要の支援を行い、業界の
変化を促すべきである。
また、ブロードバンドを基礎インフラとしたコンテンツ流通の進展は、エンタテインメント
のみならず、e−Learningなど非エンタメコンテンツ市場をも創造する可能性があり、こ
のような市場についても注目していくことが重要である。
7
コンテンツの中に特定商品や特定企業の広告効果を組み込む手法。映画「マイノリティレポート」に関す
るトヨタなどが好例といわれる。プロダクトプレイスメントは、そのコンテンツのイメージ形成力を商品訴
求効果として最大限発揮するものであり、コンテンツ製作者のみならず関係する事業者に大きな相乗効
果をもたらす。実は我が国では現在でも「タイアップ」という名前で同様の行為は行われているが、ただ
し、主として現物支給を受けることなどで制作費、事業費を節約する手法と捉えられており、広告ビジネ
スの一領域として認識されているとは言い難い。
3-32
4.【安全・安心の追求】 信頼という資産への集中投資
(1) 高信頼性社会へのニーズ
ITはその圧倒的な利便性によって、今や社会に欠かすことのできない基盤として浸透
しており、我々の経済活動や社会生活は、今やITの円滑な稼働を前提として成立してい
ると言って良い。加えて、今後、我々のビジネス、生活はますますITへの依存度を強めて
であろうし、有形資産を価値創造の基軸としてきた社会から、ITがつなげるネットワークの
中で従来活用されてこなかった知恵や経験がイノベーション・サイクルの原動力となるよ
うな社会へと姿を変えていくだろう。
こうした情報経済化の進展の中で、我が国が確固たる競争力をもち続けていくために
は、ITを活用したサービスを支える課金・認証、権利処理、配信管理その他の「プラットフ
ォーム」はもとより、それらを活用する事業者や生活者相互の間の信頼関係を高次元で
確立することが不可欠となるだろう。また、それが現実のものとなれば、そのこと自体が、
我が国全体の競争力・課題解決力の基盤となるに違いない。
このため、「安全・安心」面における日本本来の強みを活かしながら、「高信頼性」を我
が国の比較優位にまで高めていくために、官民が連係して、「信頼」を資産として確立し、
「信頼」という資産への集中的な投資を進める必要がある。
(2) 現 状
①
「IT事故」8と影響の増大
しかし、現実をみると、個々のサービスや「プラットフォーム」に高い信頼性が付与され
る以前の段階の問題として、利便性を高める道具としてビジネスや生活、行政などの現場
に導入されたIT自体の信頼性が十分確立していない状況にある。特に企業活動において
は、EC/EDI9、SCM10、ERP11、CRM12に代表されるように、事業活動におけるIT への依存度
が急速に高まっているにもかかわらず、「IT事故」や情報漏洩などの問題がますます深刻
ここでは、情報資産に係るリスク(コンピュータウイルス、不正アクセス、災害などの外部要因、従業員及
び委託先の過失・犯行、システム障害などの内部要因)に起因する事件や事故を「IT 事故」と位置付ける。
情報資産とは、企業にとって価値を有する情報(企画、製品開発や営業などの情報、顧客情報、知的財
産などのデータベース、資料など)と、その情報を可用化する環境(ソフトウェア(アプリケーション、シス
テムソフトウェア、ユーティリティ)、ハードウエア(コンピュータ装置、通信装置、メディアなど)等)を指
す。
9
EC(Electronic Commerce):ネットワークを介して契約や決済等を行う電子化された商取引の形態。EDI
(Electronic Data Interchange):商取引情報を標準化し、企業間で電子的に交換する仕組み。
10
SCM(Supply Chain Management):資材の調達から在庫管理、製品の配送・販売までの事業プロセス全
体を総合的に管理し、在庫の削減や市場ニーズへの迅速な対応を実現する手法。
11
ERP(Enterprise Resource Planning):企業の基幹業務(会計、人事、給与、販売、生産等)の情報を一元管
理し、業務プロセスを効率化する手法。
12
CRM(Customer Relationship Management):顧客情報をデータベース化して、顧客満足度の改善や営業
の効率化、市場分析、品質改善等に活用する手法。
8
3-33
化しつつある。
第一に、平成15年8月に発生した「MSブラスター」のように、コンピュータウイルス等
の性質は、単純なウイルスファイルを電子メールに添付して広めるものから、ソフトウェア
等がもつ安全性上の問題箇所(以下「脆弱性」13という)を直接攻撃するものへと高度化し、
その感染速度も急速に早まりつつある。また、明らかに専門家によると思われる、以下の
ような手口の高度化・複雑化も激しい。
○ 「ボットネット」14と呼ばれる、パソコンの利用者に気づかれないように悪意をもっ
て感染させ、これらのパソコンをネットワーク化して、あるとき一斉に第三者のシス
テム等を攻撃できる仮想ネットワークを構築する。
○ 利用者のパソコンにおける操作や行動を監視・記録し、指定された場所に送信す
るといった機能を持つ、いわゆる「スパイウェア」を活用し、利用者の承諾なしにある
データを送信するなどの悪用を行う。
50,000
図 コンピュータウイル
スの届出状況
(IPA)
40,000
30,000
図 コンピュータ不正アクセス
の届出状況(JPCERT/CC)
5,000
25,000
4,000
20,000
3,000
15,000
2,000
10,000
1,000
5,000
0
1998
1999 2000
2001
【出典: 情報処理推進機構(IPA)】
2002
2003
1998
0
2004
1999
2000
2001
2002
2003
2004
【出典: JPCERTコーディネーションセンター】
一方、最近では、フィッシングの事例にも見られるように、これまでの技術誇示の愉快
犯的傾向から、実益重視、主に金銭目的としたものと変化してきており、インターネットが
人を騙すツールとしても利用されるようになってきている。この背景には、単に愉快犯的
な拡散を繰り返すコンピュータウイルス主体の「IT事故」から、プロ化した攻撃者によって
組織的に引き起こされる「IT事故」への変質といった側面も指摘することができる。特に、
従来コンピュータへの感染自体がはっきりと認識できるようなもの(例:ブラスターワーム
のようなコンピュータウイルス)とは異なり、先に挙げたボットネットのように巧妙化、組織
化した手口によれば、その結果、生じている被害に利用者が気づいていない場合もあ
る。このように悪質化を進める攻撃への官民連携した対応が必要となりつつある。
13
14
ソフトウェア等において、コンピュータ不正アクセス、コンピュータウイルス等の攻撃により機能や性能
を損なう原因となり得る、安全性上の問題箇所。
第三者のパソコンを悪用することを主目的としたプログラムのことを「ボット」と呼んでおり、ボットが稼働
している(多くは脆弱性等をついて第三者のパソコンに密かに感染している)パソコンで構成されたネッ
トワークが「ボットネット(botnet)」等と呼ばれている。
3-34
② 企業における情報管理問題の深刻化15
以上にみたような社会的な「IT事故」に加え、最近では、個別企業における情報漏洩問
題が急速に深刻化しつつある。企業における情報流出のケースでは金銭的被害も生じて
おり、企業経営への影響が顕在化しつつある。
また、社会全体が高度にネットワーク化されてきた結果、「IT事故」の影響が個別企業
内の問題に留まらず、社会全体に波及する事例も発生しつつあるなど、各企業における
情報セキュリティ対策も喫緊の課題となりつつある。
図表 「IT事故」による情報流出事例
事 案 の 概 要
企 業名
大手
通信事業者A
加入者、無料体験キャンペーン申込者、解約者などの数百万の個人情報(氏名、住所、電話番
号、メールアドレス)が大量流出、代理店の経営者などが顧客情報を入手し、恐喝。
二次流出、悪用は確認されていない。
全会員を対象にお詫び料として1人当たり500円を支給。総額数十億円を特別損失として計上。
事件直後、サービス新規加入者数が通常の半分に落ち込み。
大手
流通業者B
会員カードの数十万の顧客情報(氏名、住所、性別、生年月日、自宅電話番号、携帯電話番号)
の流出発覚。
一部会員に不審なダイレクトメールが送られた。
全会員を対象に、おわび料として 1人当たり500円の商品券を支給。数億円の特別損失。
大手
メーカーC
自衛隊の情報データ通信システムの IPアドレスやシステムの経路図などの重要資料が、システ
ム開発を請け負ったメーカーCの孫請け会社を通じて外部に流出。
この資料を入手した複数の男からメーカーCへ買い取り要求があったことから事件が判明。
一部の下請け企業名の報告を怠った契約不履行を理由に、一定期間の指名停止処分。
同システムの全面刷新をC側の費用負担で実施することで合意。
出所:各種報道資料を基に作成
図表 「IT事故」が及ぼす社会的影響の事例
○航空管制システム障害による影響
2003年 3月 、 航 空 機 の 飛 行 計 画 な ど を 管 理 す る 「飛 行 計 画 情 報 処 理 シ
ス テ ム 」に 障 害 発 生 。 原 因 は プ ロ グ ラ ム の 不 具 合 。
欠 航 215便 、大 幅 な 遅 延 1500便 以 上 、約 30万 人 の 利 用 者 に 影 響 。
2004年 4月 に も 航 空 路 レ ー ダ ー 処 理 シ ス テ ム の ト ラ ブ ル で メ イ ン シ ス テ
ム を 停 止 。国 内 便 約 130便 が 遅 延 な ど の 影 響 を 受 け た 。
○ 金 融 ネ ットワ ー クの 障 害 に よ る 影 響
2004年 1月 、 金 融 機 関 同 士 の ATM を ネ ッ トワ ー ク で 結 ぶ 「統 合 ATM ス イ
ッ チ ン グ サ ー ビ ス 」に 障 害 発 生 。原 因 は 通 信 制 御 プ ロ グ ラ ム の 不 具 合 。
全 国 約 30の 金 融 機 関 の ATM で 他 行 カ ー ド を 利 用 し た 取 引 が 不 可 に 。
○ 医 療 現 場 の ネ ットワ ー ク障 害 に よ る 影 響
2 0 0 4 年 3 月 、 大 学 病 院 内 の 学 内 ネ ッ ト ワ ー ク が 「 S Q L S la m m e r 」 と い う ワ
ー ム に 感 染 、こ れ に 接 続 す る 電 子 カ ル テ シ ス テ ム な ど が 利 用 で き な くな
り、完 全 復 旧 ま で 1日 半 外 来 患 者 が 受 け 付 け られ な い 状 態 が 続 い た 。
シ ス テ ム を 利 用 す る 外 来 患 者 数 は 1 日 平 均 4 ,0 0 0 人 、 ピ ー ク 時 に は
1 時 間 で 1 ,4 0 0 人 。
出所:各種報道資料を基に作成
15
「企業における情報セキュリティガバナンスのあり方に関する研究会」の報告書(3月末公表予定)を基
に作成。
3-35
ⅰ)
国内の状況
このように相次ぐ「IT事故」から、各企業においても、法令遵守と企業の社会的責任(Co
rporate Social Responsibility:CSR16)の両面から、企業における情報セキュリティ対
策が問われるようになってきた。
第一に、「個人情報の保護に関する法律」(以下「個人情報保護法」という)である。個人
情報保護法は、IT化の進展に伴う個人情報の利用の増加と個人情報の取扱いに対する
社会的な不安感の広がりを背景として2003年5月に成立したものであり、2005年4月
から全面施行された。本法によって、個人情報取扱事業者17に該当する企業は情報セキ
ュリティ対策を中心とした「安全管理措置」が義務付けられるため、該当する企業には早
急な対応が求められている。
個人情報保護法における安全管理措置関連箇所
(安全管理措置)
第二十条 個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又はき損の
防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければなら
ない。
(従業者の監督)
第二十一条 個人情報取扱事業者は、その従業者に個人データを取り扱わせるに当たっ
ては、当該個人データの安全管理が図られるよう、当該従業者に対する必要かつ適切な
監督を行わなければならない。
(委託先の監督)
第二十二条 個人情報取扱事業者は、個人データの取扱いの全部又は一部を委託する
場合は、その取扱いを委託された個人データの安全管理が図られるよう、委託を受けた
者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。
出所:「個人情報の保護に関する法律」(平成十五年法律第五十七号)より抜粋
その他、法令に基づく開示として、企業内容等の開示に関する内閣府令第15条におい
て、投資家の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項についてはリスク情報として
有価証券報告書での開示が必要であり、情報セキュリティについてもリスクの程度を判断
し、必要に応じて開示を行う必要がある。なお、銀行業、保険業については、各事業法に
基づいて「業務及び財産の状況に関する説明書類」を縦覧に供することが定められており、
リスク管理体制についての記載の中で、情報セキュリティについても言及している事例が
見受けられる。
また、企業内容等の開示に関する内閣府令第17条に基づいて、企業の代表者が有価
証券報告書等の添付書類として「確認書」を提出する場合には、財務諸表等が適正に作
16
17
企業の責任を,従来からの経済的・法的責任に加えて,企業のステークホルダー(社内外の利害関係者。
従業員や株主、消費者、取引先に加え、地域社会まで含める場合が多い)にまで広げる考え方。
5 千件を超える個人情報を、コンピュータなどを用いて検索することができるよう体系的に構成した「個
人情報データベース等」を事業活動に利用している事業者。
3-36
成されるシステム、すなわち企業の内部統制が有効に機能していたかについての記載が
必要である。この場合、情報セキュリティについての直接的な言及は必要ではないが、内
部統制が有効に機能する大前提として、情報セキュリティの重要性は今後益々増加して
いくと思われる。
第二に、CSRの観点から情報セキュリティを捉える動きも顕在化しつつある。社団法人
日本経済団体連合会「企業行動憲章 ―社会の信頼と共感を得るために―」(最新版:20
04年5月18日改訂)では、企業の遵守すべき行動10原則の中で「社会的に有用な製品・
サービスを安全性や個人情報・顧客情報の保護に十分配慮して開発、提供し、消費者・顧
客の満足と信頼を獲得する。」との方針を示している。また、企業のCSRに係る取組みを
開示するCSR報告書において、情報セキュリティ対策の方針や実施状況を採り上げる事
例も出てきている。現在のCSRを巡る議論18では情報セキュリティを正面から採り上げる
動きは見られないが、「IT事故」による社会的影響の増大を踏まえれば、将来的に情報セ
キュリティがCSRの重要な一要素となる可能性もある。
18
近年、環境・エネルギー問題、製品・サービスの安全性、雇用のあり方などに対する意識の高まり、企業
不祥事によるブランド価値の崩壊、社会的責任投資(SRI)の拡大、ISO(国際標準化機構)での議論など
を背景に、各国において CSR の定義や基本的考え方、規格化等に関する議論が行われてきた。ISO
(国際標準化機構)では、2004 年 6 月、CSR のガイドラインを策定することを決定。
3-37
情報開示手法
有価証券報告
書におけるリス
ク情報の開示
銀行業及び保
険業に お け る
ディスクロージ
ャー誌
企業内容等の
開示に 関す る
内閣府令
CSR 報告書
対策実施報告
図表 情報セキュリティの状況に関する企業の情報開示
概 要
投資家への説明責任として、有価証券報告書の継続開示企業には有価
証券報告書におけるリスク情報の開示が義務づけられている(対策の取
組状況等は対象外)。投資家の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある
事項を記載することで正確な投資判断を促すことを目的とする。一部の企
業は情報システムのリスクを明示している。
銀行及び保険業は、事業法において「業務及び財産の状況に関する説明
書類」の作成・公表が義務づけられており、その開示項目に「リスク管理
の体制」がある。記載するリスク情報のうち、オペレーショナルリスクに
は、コンピュータシステムの停止や誤作動、不正利用等により金融機関
が損失を被るリスクを想定したシステムリスクが含まれている。
平成15年4月1日以降開始事業年度より、有価証券報告書等提出会社に
ついては、当該有価証券報告書等の記載内容が適切であることを提出会
社の代表者が確認し、その旨を記載した書面(確認書)を任意の添付書類
として提出することが認められている。なお、金融庁が公表した「金融再
生プログラム」の施策の一環として、平成15年3月期に係わる有価証券
報告書から主要銀行については確認書の添付が要請されている。現在、
金融庁によって当該「確認書」の提出と財務報告に係わる内部統制の有
効性評価と監査について制度化する方向に向かっている。
これまで環境報告書を公表する企業が多かったが、近年、雇用、人権、コ
ンプライアンス、社会貢献なども含めた CSR(企業の社会的責任)報告
書、サステナビリティ(持続的可能性)報告書を公表する企業が徐々に増
加している。これら報告書の中で「情報セキュリティ」「個人情報保護」を個
別テーマとして採り上げるケースも存在している。
個人情報流出等の「IT事故」を経験した企業が、信頼性を回復するため、
事故の経緯や情報セキュリティ対策の実施状況、改善項目などについて
公表を行うもの。具体的な対策内容が記載されているが、公表事例は少
ない。
このように、我が国企業における情報セキュリティ対策への問題意識は、徐々に高ま
りつつあると言える。逆に、それだけに、「何をどこまですればよいのか」、適切な指針が
得られず悩んでいる企業が少なくないのも事実である。
ⅱ) 米国の状況
米国では、企業の不正会計対策やテロ対策の波及効果として、情報セキュリティへの
取組みが日本よりも早いスピードで進展しつつある。
2001年以降、大手企業の不正会計事件が相次ぎ発覚し、失墜した株式市場の信頼性
3-38
を回復するため、米国ではコーポレート・ガバナンス19の徹底を企業に求めるSarbenes
−Oxley法(企業改革法)20が2002年7月に制定された。同法では、財務諸表の正確性
の保証を米株式市場に株式を公開している企業のCEO(最高経営責任者)及びCFO(最
高財務責任者)に義務付けていること、また、財務報告プロセスに関わる内部統制につい
ては情報システムの有効性の評価も求められていることから、対象企業は結果的に情報
セキュリティ対策を強化する必要に迫られている。
また、1993年のワールドトレードセンター爆破事件を契機に、テロ対策の必要性が叫
ばれ、企業においても事業継続計画(Business Contmuity Plan:BCP21)への関心
が高まった。さらに、2001年の同時多発テロ事件以来、米国のリスク管理に対する意識
が大きく変わり、BCPをより実践的に策定・運用する傾向が見られる。特に、事業のIT依
存度が高まっていることから、BCPの策定・運用においてはITの継続性も考慮した検討
がなされているものと推測される。
③ 電子商取引の安全性
ⅰ)
電子商取引の取引の拡大と進化
一般の家庭にも、ブロードバンド環境が広がり、低コストで情報のやり取りが可能となっ
たことから、特にITの専門家ではない消費者が、電子商取引にいろいろな形で参画を始
めており、BtoC、CtoCの電子商取引が拡大しつつある。そうした中で、それらの消費者
が、普通の店舗での買い物やフリーマーケットと同じ程度に、安全、安心なオンラインショ
ッピングやオンラインオークションができることは、消費者保護の観点のみならず、電子
商取引の発展という観点からも重要である。
特に、オンラインショッピングやオンラインオークションにおいては、以下のような特徴
が見られる。
○メールのやりとり等インターネット上で契約が完結するため、取引当事者の身元や
所在が確認できない状況で取引をすることが可能である。
○低コストで多数の消費者への「リーチ」が可能なため、売り手としての参入が容易で
あり、また、消費者もそのホームページやブログ等を通じて多数の者に情報発信が
可能である。
○これらの特徴故に、ネット上の多数の売り手と消費者のマッチングの場を提供する
事業者(モール運営事業者、オークション運営事業者等)のプレゼンスが大きくなっ
ており、また、店舗と消費者を結びつける媒体として商品検索サイト、比較サイト、ア
19
企業の健全な経営のための意思決定の仕組み。ステークホルダーの利害調整、経営への反映、健全
な経営に向けて経営者の規律付け、監視・監督等を表す。
20 同法の対象は、米国の株式市場に株式を公開している企業であり、時価総額が7500万ドル以上の米
国企業には2004年度11月15日以降終了する事業年度から、それ以外(米国で上場している日本企
業のような外国企業を含む)の企業には2006年7月15日以降終了する事業年度から適用される。
21
災害や事故等の発生に伴って通常の事業活動が中断した場合に、可能な限り短い期間(時間)で事業活
動上最も重要な機能を再開できるように、事前に計画・準備し、継続的メンテナンスを行うプロセス。
3-39
フィリエイト等の媒介者の役割も増大してきている。
このような状況の中、消費者保護の観点からは、電子商取引においては、身元が分か
らないことに乗じて適切な情報提供を行わない売り手の存在や消費者の目に触れる広告
を発信するプレーヤーの増加に伴って、消費者が不十分・不適切な情報に基づき取引の
意思決定を行うリスクや、悪意のある売り手が参入しやすいため詐欺等の被害に遭うリス
クが増大している。こうしたリスクを低減することが電子商取引の更なる発展につながる
と考えられる。
ⅱ) 迷惑メールとフィッシング対策
迷惑メール対策やフィッシング対策など、電子商取引の活用を脅かすような行為が我
が国でも確実に拡大しつつある。これらは、成長しつつある電子商取引の広がりに対して、
重大な制約要件となりうる。
このうち、迷惑メールとは、相手方の承諾を得ることなく一方的に送りつける商業広告
目的の電子メールのことであり、受信者側でメールの開封・廃棄に時間が浪費されること、
「出会い系サイト」等の不快な内容の広告が多いこと及び迷惑メールで紹介するWebサ
イトで不当請求を行うための手段として用いられることなどが問題とされている。
近年、世界的に迷惑メール問題は深刻化しており、平成16年に全世界で送信された電
子メールの7割超が迷惑メール22とする調査結果も存在する。
一方、我が国においてはPC向けの迷惑メールの数は諸外国ほど多くはないが、徐々に
増加を続けており今後も注意が必要である。
また、携帯電話向けの迷惑メールが多いことが我が国の特徴であるが、平成13年以降
の様々な取組により、携帯電話向けの迷惑メール受信数はこの3年間で1/3程度に減
少(14.1通/週→5.1通/週)した。
図 迷惑メール受信分布
<迷惑メール受信数分布>
(%)
(%)
60.0
60.0
平成13年11月
40.0
35.5
40.0
平均 = 14.1通/週
16.6 15.7
16.2
(通/週)
∼5
∼10
∼20
∼30
∼40
6.0
10.0
2.7 2.5 3.5 1.0
0.0
0
平均 = 5.1通/週
20.0
6.3
10.0
34.4
30.0
30.0
20.0
平成16年11月
51.0
50.0
50.0
0.0
∼50 ∼100 101∼
0
∼5
∼10
3.0 0.9 0.5 0.5 1.1 0.8
∼20
∼30
∼40
∼50 ∼100 101∼
(通/週)
出典) 平成13年調査、平成16年第1回、第2回調査
22
世界における迷惑メールの割合、平成16年通年 73%
出所)MessageLab 社資料
3-40
ところが、最近では迷惑メールがその本文で紹介するWebサイトで不当請求を行うた
めの手段として用いられることが多く、これによる消費者トラブルが2年前の20倍程度に
激増している。
図 迷惑メールに係る苦情相談の推移
<迷惑メールに係る苦情相談の推移>
平 成 14年 4-10月
平 成 16年 4-10月
60%
5%
大量受信等
不当請求等
その他
15%25%
90%
(増加率)
・総数
3倍
・不当請求等 19倍
5%
大量受信等:迷惑メールを受信すること自体による迷惑
不当請求等:迷惑メールで紹介されたサイトにアクセスしたことがきっかけとなったトラブル
出典) 経済産業省消費者相談室
他方、フィッシング(Phishing)とは、実在するカード会社や銀行、オンラインショッピング
事業者等からの電子メールを装い、メールの受信者に「偽」のホームページにアクセスす
るよう仕向けて、その「偽」のホームページで、銀行口座番号、クレジッドカード番号、ID/
パスワードなどの個人情報を入力させ、その情報を基に金銭を騙し取る行為をいう。
フィッシングは、2∼3年前から米国では社会問題化している。2003年には、全米で約
5700万人がフィッシング・メールを受け取っており、このうち約178万人がカード番号な
どを入力してしまい、その被害総額は12億ドル程度に達したと推定されている。また、そ
の後も、フィッシングによる被害は急速に拡大する傾向にある。
我が国では、2003年まではこのような被害がみられることはなかった。しかしながら、
昨年に入り、英語によるフィッシング・メールが発見されたのに続き、クレジットカード会社
やネットショッピング業者の名をかたった日本語によるフィッシング・メール確認されるよう
になった。また、昨年末には、国内で初めてフィッシングによる金銭的被害が確認されて
いる。
フィッシングの手口は、ますます高度化してきており、今後、我が国においてもフィッシ
ング詐欺の被害が拡大していくおそれが高まっている。
また、このような悪用事例は、プロとしての活動としても位置づけられてきており、現実
の世界で起こっている古典的な詐欺手法がインターネット上で活用される事例、すなわち
ソーシャルエンジニアリングと IT 化の融合が起こっているとも言える。
3-41
図表 主なフィッシング被害等の事例
●平成16年11月 巧妙な手口を用いたネットショッピング業者の名をかたるフ
ィッシングが確認される。
●平成16年11月 クレジットカードブランドの名をかたった日本語のフィッシン
グ・メールの大量発信が確認される。
●カードブランドへの問い合わせは150件以上、個人情報入力を確認出来た
ものは1件。
●平成16年11月 国内初のフィッシングによる金銭的被害発生。
●平成17年2月 クレジットカード会社から、会員がフィッシングにより詐取さ
れたと思われる個人情報をもとに金銭的被害にあったと発表。
●被害者8人、被害額約150万円。
●平成17年3月 フィッシングの偽サイトが国内のサーバに仕掛けられる被害
が、2004年10月から2005年2月までの間に40件あったとJPCERTが発
表。
④ 個人情報の保護
「信頼」という資産への集中投資を考えるに当たり、避けて通れないのが個人情報の適
切な保護に関する課題である。本年4月1日に施行された個人情報保護法は、個人情報
を取り扱う事業者に対し、一定の義務を課しているが、必要最小限の義務にとどめ、事業
の性質や実態に応じた自主的な取組を促している。事業者は事業の性質や実態に応じた
より適切な取組を求められており、事業実態に通じた業界団体等による自発的な事業者
支援が期待されているところである。
「IT化の第2ステージ」では、情報は、従来の縦割りや立場を超えて広く共有され、活用
されるからこそ意味がある。そのため、保護に確実性を期すあまり、ネットワーク化されて
も情報が個々の端末機器から全く動かせない状態になってしまうのでは、IT導入の意味
に乏しい。IT導入を強さや革新に繋げていくためには、情報を積極的に開示し、共有する
ことが必要である。
ただし、個人情報保護法の基本的考え方もそうであるように、情報は、何に活用され、そ
れがその目的に合致しない場合の管理可能性がどの程度保証されているかが重要な課
題となる。情報はもともと専有可能性に乏しいが故に、取り扱いの難しい無形資産であ
る。
個人情報保護を進めていくに当たっては、こうした難しい事情を総合的に勘案しながら、
的確な保護を導入・定着させなければならない。
このため、個人情報保護法を目前に控え、個人情報保護に係る取組の動向として、セ
キュリティ・ソリューション製品の開発や、プライバシーマーク等の第三者認証・登録制度
の利用が活発化している。
しかしながら、事業者が適切な取組を行っていく上での判断のよりどころである相談機
3-42
関は依然として少なく、また、大手各社のプライバシー・ポリシーを比較すると、個人情報
保護法に対する対応のバラツキが見られ、業界ごとの本法に対する意識の温度差も激し
く、事業者に対する業界団体等の指導方針も様々で、必ずしも、事業者が法対応を適切に
行うことができる環境とはなっていないのが現状である。
経済産業省では、民間部門における個人情報保護の自主的取組を促進するため、平
成10年4月からプライバシーマーク制度(実施機関:(財)日本情報処理開発協会)を推進
してきた。
個人情報保護法の全面施行を控え、個人情報保護に対する関心が高まっていることか
ら、近時、プライバシーマーク取得申請が急増しており、次のような課題が浮かび上がっ
てきているため、これらの課題の解決にも取り組むことが必要となっている。
ア)審査時間の長期化
審査業務の大半をJIPDECのみが行っているため、申請を受け付けてから、マ
ークが付与されるまで6月以上かかるのが現状であり、申請が増加すればこの期
間はさらに長期化する恐れがある。
イ)付与基準・不利益処分基準が不明確
マーク付与の可否・不利益処分の有無の基準が明文化されておらず、このこと
が、企業を背負っている担当者やコンサルタントにとって大きな不満となっている。
また、処分に対して不服があっても不満を申し立てる組織がない。
※近時、大手企業において委託先選定基準にプライバシーマークの有無を考
慮する動きがあるため、マーク付与までに要する期間や不利益処分の基準が非
常に重要となってきている。
(3) 「しなやかな事故前提社会」の構築と「情報セキュリティ総合戦略」の実践
現状で俯瞰してきたとおり、愉快犯のプロ化、企業のセキュリティ対策の深刻化、電子
商取引の信頼性を脅かす新たな手口の出現、個人情報保護法の施行と、「信頼」という資
産への集中投資を図るべき対象は、少なくない。
経済産業省では、こうした現状を踏まえ、2003年に「情報セキュリティ総合戦略」を策
定し、戦略に掲げられた対策を実行に移しているところである。同戦略は、ITが社会基盤
化し、新次元のリスクに直面する中、単にリスクを低減するとの「守り」の視点のみならず、
「安全・安心」面での我が国の強みを活かしながら経済全体の競争力強化と総合的な安全
保障向上に役立てるとの視点も加味しつつ、経済・文化国家日本の強みを活かした「世界
最高水準の『高信頼性社会』の構築」を「基本目標」としたものである(平成15年10月10
日 経済産業省産業構造審議会情報セキュリティ部会)。その要となる「情報セキュリティ
対策」について、従来の個別対症療法的対応からの脱却を図るとともに、国全体としての
資源の重点的・戦略的投入強化に向けた3つの戦略を提示している。
3-43
さらに、その際、共通して重要と考えられるのが、しなやかな「事故前提社会システム」
の構築である。
現実の世界でも、交通事故があり、トラブルがあり、犯罪が避けられないことと同じよう
に、ITの世界だけ無事故の世界を保証することは不可能である。このため、事故の事前
予防や、発生した事故に対する対処療法的な対応ばかりでなく、「事故は起こりうるもの」
との前提で、被害を最小化、局限化し、回復力の高い仕組み、すなわち、「しなやかな『事
故前提社会システム』の構築を考え、事前予防策及び事故対応策の両面にわたる総合的
な対策を実施していく必要がある。
このため、第一に、本ビジョンでは、内閣官房に新たに設置された「国家情報セキュリ
ティセンター」を核に、政府・重要インフラ部門を中心とした対策をとり、社会的な「IT事故」
の削減と被害の極小化を進める。
第二に、民間企業等における情報セキュリティ対策を促し、相乗効果を得ていくため、
企業における「情報セキュリティ対策ベンチマーク」を用意し、初歩段階にある企業の情報
セキュリティ対策について「可視化」を通じて促していくとともに、システム監査、情報セキ
ュリティ監査、情報セキュリティマネジメント(ISMS)適合性評価制度の活用を促し、一定
レベル以上の対策水準に達した企業については情報セキュリティ報告書の策定・公表の
促進を図る。また、「事業継続計画策定ガイドライン」を策定し、「IT事故」の発生等に備え
た企業の対応を促進する。また、こうした施策に加え、情報セキュリティ統計の整備、リス
ク定量化など、情報セキュリティの「可視化」に役立つ取組みを進める。
第三に、電子商取引の安全性確保への取組みの充実を図る。インターネットでは、身
元や所在が確認できない状態のまま取引が可能であり、また、低コストで多数の消費者
に「リーチ」が可能という特徴がある。このため、インターネット・モールやインターネット・
オークション、さらには、商品検索サイト・比較サイト、アフィリエイト・プログラムなど、売り
手と消費者の間をつなぐ新たな事業者や消費者による媒介など新たな取引形態が増加し
ている。このような状況の中、消費者が不十分・不適切な情報に基づいて取引の意思決
定をしたり、詐欺等の被害に遭遇するリスクが増大している。
こうしたリスクを低減することが電子商取引の更なる発展につながると考えられる。
また、個人情報保護対策の充実、迷惑メール・フィッシング等への対応、ADRの活用や
人材育成など、幅広い観点から、迅速かつ的確に取り組むことによって、拡がりつつある
電子商取引とITを活用した様々なサービスに対して、確固たる信頼の基礎を与える。
3-44
<情報セキュリティ総合戦略の概要>
戦略1:しなやかな「事故前提社会システム」の構築(高回復力・被害局限化の確保)
事前に事故を予防することや、起きた事故に対症療法的に対応することばか
りでなく、「情報セキュリティに絶対はなく、事故は起こりうるもの」との前提で、
被害を最小化、局限化し、回復力の高い仕組み、すなわち、「しなやかな『事故
前提社会システム』」を構築。
こうした観点を踏まえ、事前予防策及び事故対応策の両面に亘る施策を確立・
強化。
戦略2:「高信頼性」を強みとするための公的対応の強化
「安全・安心」面における日本本来の「強み」を活かしながら、「高信頼性」を我
が国の比較優位にまで高めていくために、国家的視点に立脚した公的対応を強
化。
このため、「戦略1」の各般の施策を着実に実行。加えて、市場における情報セ
キュリティ対策全体の基盤を支え、我が国の強みを活かすことのできる「高信頼
性」確保につながるような技術的・制度的基盤、例えば、一極集中・依存リスクを
回避した情報通信基盤の形成、サイバー犯罪のための法的基盤作りなどに、政
府自らが積極的に取り組む。
戦略3:内閣機能強化による統一的推進
「戦略1」及び「戦略2」を実現するためには、全体的なポートフォリオ管理を的
確に行うことができる一元的な体制が必要。
このため、内閣官房の体制を大幅に拡大し、内閣官房による積極的な対策推
進や重複業務調整等一元的な推進体制を構築。
基本目標
戦略3
内閣機能強化
による
統一的推進
世界最高水準の「高信頼性社会」の構築
戦略1
しなやかな
「事故前提社会システム」
の構築
(高回復力・被害局限化の確保)
戦略2
「高信頼性」を
強みとするための
公的対応の強化
(4) 政府部門・重要インフラを中心とした情報セキュリティ対応体制の整備
第一に、政府部門や重要インフラのセキュリティ対策など、内閣官房に設立される「国
家情報セキュリティセンター」を中心として官民連携によって取り組む情報セキュリティ対
応体制の整備である。
このため、生じうる「IT事故」に対して、被害を未然に防止し、局限化するため、「情報セ
3-45
キュリティ早期警戒パートナーシップ」の構築・充実等を図る。具体的には、ウイルス被害
の届出・監視、ネットワークの定点観測の強化とともに、「IT事故」の原因や標的にもなる
ようなシステム等の脆弱性関連情報の共有・活用体制の本格的な整備、電力等の重要イ
ンフラに対する「IT事故演習」の実施など、官民や業種の枠を超えた対策の推進を図るべ
きである。
また、技術的な対応を強化するため、セキュリティ関連の基礎的な技術開発の推進に
加え、暗号技術の評価や情報システムやソフトウェア製品に関する「ITセキュリティ評価・
認証制度」の活用・普及を促進するべきである。さらに、信頼性の高いネット環境の構築
のための基礎となる認証基盤の活用・定着のあり方について、さらに検討を行うべきであ
る。
さらに、こうした施策に的確に対応していくため、「国家情報セキュリティセンター」の設
立準備作業も含め、対応体制の強化・充実を図る。
① 情報セキュリティ早期警戒体制の構築
平成2年度から、届出のあったコンピュータウイルスに関して、ウイルスの性質・特徴に
ついて解析を行い、定期的なウイルス情報の提供や、特定ウイルスについてその感染力
や影響範囲の大きさに応じて迅速な公表などを行うことで、ユーザへ注意喚起し、感染被
害の拡大を防止してきた。また、不正アクセスに関する相談窓口を設置し、被害者がそれ
らの不正アクセス行為等に適切に対処するため、ユーザやシステム管理者に対して、各
情報システムに応じた不正アクセス防御に関する技術的アドバイスを実施してきた。
また、平成15年度から、届出に基づく対応から、現状を分析したリアルタイムの対応を
促進することを目的として、インターネット事業者等の協力のもと、「定点観測システム」を
用いてネットワーク・トラフィック状況をリアルタイムで観測を行い、傾向を分析してきた。
これらの分析結果は将来のインシデントの予測等に活用されることが期待されている。
これらの施策に加え、さらに事前段階における未然の対応を促進するため、平成16年
度から脆弱性関連情報流通のための枠組みを新たに追加し、情報セキュリティのインシ
デントに関する総合的な早期警戒体制を構築した。具体的には、一般のコンピュータ利用
者やソフトウェアメーカなどが発見した脆弱性関連情報を、悪意の者の手に渡る前に機密
性を保持しつつ迅速に流通させ、ソフトウェアメーカ等による対策の策定・公表等につな
がるような対応体制を充実することとした。平成17年度からは、これらのスキームにおけ
る改善点等を抽出し、また体制を強化した形で本格運用を開始する予定としている。
今後は、スパイウェアやボットネットといった新しい問題についても対応できる体制の
検討及び解決策を検討していく。
3-46
図 情報セキュリティ早期警戒パートナーシップ
被害届出
脆弱性関連情報
IPA
(受付機関)
脆弱性の発見者
被害届出
情報
(件数)
5500
4500
2004年
(2 6 , 78 9 件 )
定点観測
製品利用者
4 8 32
40 2 8
一般ユーザ(システム管理者、個人ユーザ等)
2 4 10
1 96 5
2 01 4
17 8 1
1 7 33
17 9 4 17 8 6
1 40 1
1 60 2
17 5 6 1 5 10
10 5 2
13 2 3
14 5 8 1 41 1
1 4 60
1 4 08
14 5 2
1 1 87
1 19 3
1 1 35 1 1 58
1 11 0
3000
22 8 3
20 1 2
1 43 9
1500
1000
311
500
脆弱性情報
等、対策の公
表
製品開発ベンダ
40 1 2
20 0 3 年
( 1 7 ,4 2 5 件)
2002年
( 2 0 ,3 5 2 件 )
3500
2000
JPCERT/CC
(調整機関)
54 3 9 5 42 2
・ 月別 の届出 総件 数は、 グラ フ上部 に記 載。
・ 白抜 き部 分は、 上記の うちパソコン感染前 に発 見したケー
ス (メール 受信・ FDを受 け取 ったの み等)。
・ 網掛 け部分 は、パ ソコンに感染 があったケース。
件 数を中段 に記 載。
4000
2500
調整
ウイルス 届出件数の月別推移
6000
5000
海外各国のCSIRT
(米国CERT/CCなど)
連携
ウイルス等の被害者
1 26 15 3
1 35 1 8912 5
1 72
79
17 6
57
95
98
53
62 86
50
66 59 5 7
431
79
1 40 77
66
75
43
82 69 7 2 56 7 6
0
1 2
3
4 5
6 7 8
2002年
9 10 11 12
1 2
3
4 5
6 7 8
2003年
9 10 11 12
1 2
3 4 5 6 7
2004年
独立 行政法人 情報処 理推進機構 セ キュリ ティセ ンター(I PA/I S EC )
② 重要インフラの情報セキュリティ対策の推進
電力は IT 社会を支える「ライフライン」であり、電力の停止は IT 社会に極めて大きな影
響を及ぼす。このため、平成16年度から、電力分野において、いわゆるサイバーテロ等
過去に経験したことのないような攻撃にも万全の対策を講じるため、情報セキュリティに
関する最新技術に基づくサイバーテロ演習を実施した。
具体的には、①電力事業者のコンピュータシステムにおけるセキュリティ対策の検討、
及び②電気事業者のコンピュータシステムのセキュリティ対策に関するノウハウを蓄積す
る母体の育成を行っている。
③ 技術的基盤の整備
IT社会が様々な技術に立脚したものであることは先にも述べたとおりであるが、情報セ
キュリティの根本である技術的な対策についても、従来から様々な施策を実施してきた。
また、民間市場においても、コンピュータウイルス対策ソフト、ファイアウォールといった製
品をはじめとして、様々な情報セキュリティ技術のソリューションが提供されてきた。
端末を対象とする技術でいえば、例えば、ウイルス対策では、ウイルスのコードの特徴
を類型化し、パターンマッチングでウイルスを検出する従来の手法に加え、コードを解析
して検証する手法や、隔離環境でコードを実行し動作を検証する手法が開発されている。
また、スパイウェアのようにPC内に潜伏し、感染を気づかせないタイプの不正プログラム
に対抗するため、パーソナルファイアウォールやスパイウェア対策等の機能も強化され
ている。
一方、ネットワークを対象とする方向では、ファイアウォールや侵入検知(IDS)、侵入防
止(IPS)に加え、最近では、ネットワーク上のクライアントPCのパッチ管理や設定管理等、
管理者の負担を軽減するセキュリティ管理ツールや、イントラネットに携帯PC等を接続す
3-47
る際に適切な設定がなされているかを検証し、問題があれば接続を拒否する検疫ネット
ワーク、ネットワーク上の脆弱性を自動検査するツールなど、ネットワークの安全性を集
中管理するツール群も充実しつつある。さらに、情報保護の観点から、ハードディスクの
暗号化ツールや、ハードディスクのないシンクライアントモデルも注目を集めている。この
ように、情報セキュリティ技術については固有の問題に対して一定のソリューションを提
供していると言えるが、これらを使いこなし、組織あるいはコミュニティ全体としてセキュリ
ティを確保するには、これらの技術を組み合わせ、最適な方法を模索することが必要であ
る。
また、情報セキュリティ技術は攻撃する技術が日進月歩であり、常に最新の技術を模
索することが重要である。
ⅰ) 技術開発の推進
平成9年度から独立行政法人情報処理推進機構(旧:情報処理振興事業協会)等を通じ、
電子政府のセキュリティ確保、サイバーテロ対策等の観点から、不正アクセス検知技術
やセキュリティ評価技術、安全に情報を共有するための技術等、情報セキュリティに係る
技術開発を実施している。情報セキュリティに係る攻撃には、常に最新技術をもって対抗
することが重要であり、今後とも最新の技術を開発していくことが重要である。
ⅱ) 暗号技術の評価
暗号技術は情報セキュリティの基盤技術であり、その安全性を技術的、専門的な見地
から客観的に評価することが極めて重要である。また、電子政府のセキュリティ確保のた
めには、安全性に優れた暗号技術を利用することが不可欠である。
このため、総務省及び経済産業省は、客観的な評価により安全性及び実装性に優れる
と判断される暗号技術をリスト化し、各府省に対してその利用を推奨することにより、高度
な安全性と信頼性に支えられ、国民が安心して利用できる電子政府の構築に貢献するこ
とを目指し、平成13年度から暗号技術検討会(CRYPTREC23)を開催し、暗号技術の評価
に係る検討を開始した。両省は、本検討会での検討及び評価の結果を踏まえ平成15年2
月20日に「電子政府」における調達のための推奨すべき暗号のリスト(電子政府推奨暗
号リスト)を公表し、平成15年2月28日には、行政情報システム関係課長連絡会議にお
いて、各府省が情報システムの構築にあたり暗号を利用する場合には、可能な限り、電
子政府推奨暗号リストに掲載された暗号の利用を推進する旨の「各府省の情報システム
調達における暗号の利用方針」が了承された。
総務省及び経済産業省は、国民が安心して電子政府を利用できるように、電子政府の
安全性及び信頼性を確保するための活動を引き続き実施する。
23
CRYPTREC とはCryptography Research and Evaluation Committee の略であり、平成12 年度より経済産業者からIPA
への委託事業として開始した暗号技術評価プロジェクトである。現在の体制は、総務省及び経済産業省が共同で開催する
暗号技術検討会と独立行政法人通信研究機構(NICT)及び独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が共同で開催する暗号技術
監視委員会及び暗号モジュール委員会から構成されている。
3-48
ⅲ) ITセキュリティ評価・認証制度
セキュリティに関する信頼性の高い情報システムを構築する観点から、セキュリティに
関する評価・認証を受けた製品等の利用が国際的にも進められつつあり、この評価等に
活用するための基準として、平成11年12月にISO/IEC15408が制定され、平成12
年7月には、JISX5070として国内標準化がなされた。これら標準に基づき、平成13年4
月に我が国においても安全性及び信頼性を確保した電子政府の基盤構築に資するため
の制度として、ITセキュリティ評価及び認証制度が創設された。また、平行して、平成13
年3月には、政府部内における情報セキュリティ対策の一つとして「各省庁の調達におけ
るセキュリティ水準の高い製品等の利用方針」(行政情報化推進各省庁連絡会議了承)が
作成され、政府調達における認証済み製品等の利活用が進められている。平成15年10
月には本制度の国際相互認証制度であるCCRA24に我が国も加盟して、我が国で評価・
認証された製品が加盟国においても再度評価・認証を要することなくそのレベルが認めら
れることとなった。また、本制度を政策的に推進するため、評価を予定しているIT製品を
生産するベンダや、認証製品を活用するユーザに対し、政策金融による支援を行ってい
る。
経済産業省では、今後はこれらの制度が円滑に活用されるように制度の見直しを実施
するとともに、評価手法の改善による評価機関の短縮等、市場の情報セキュリティ製品等
のライフサイクルに即した制度運用を推進することとしている。
ⅳ) 認証基盤の整備
信頼性の高いネット環境を構築していくためには、相手の真正性を確認する「電子認
証」が不可欠である。その際、電子認証が備えるべき要件としては、次のものが挙げられ
る。
○PKI 等を中心とした、強力な認証技術の採用。
○サービスレベルに応じた、認証強度の自由な選択肢の提供。
○世界一体的な認証フレームワークの構築
現在の電子商取引環境は、PKI による強力な認証環境か、ID及びパスワードによる簡
素な認証のどちらかであり、レベルに応じた認証環境が提供されているとは言い難い。電
子認証基盤のあり方自体が発展段階と言えるため、現状見られるような様々な技術が混
在した状況となっているが、今後はこれまで行ってきた海外との連携を視野に入れつつ、
次世代における理想的な認証フレームワークを、実際のアプリケーションを念頭におきつ
つ実施する実証実験や調査を推進することにより、我が国にとって最適な認証環境の整
備を構築していくことが必要である。これにより、IT社会において「顔の見える」取引が可
能となる。
24
CCRA(CC承認アレンジメント)とは Common Criteria Recognition Arrangement の略である。
3-49
認証技術に関しては、基盤的な要素が大きいため政府主導による施策が海外におい
ても展開されているが、例えば、米国政府においては、電子政府の横断的電子認証フレ
ームワークとして e-Authentication イニシアティブが発表され、政府機関を横断したシング
ルサインオンの実現を目指しているところである。連邦政府における認証手続は行政ポ
ータルサイト「FirstGov」経由で一元的に行われ、e-Authentication ゲートウェイを通して
PIN や PKI などによる認証が行われることとしている。当該手続に係る認証は、リスクと保
証レベルが4段階で定義され、認証プロセスの実装についても示されており、政府が提供
するサービスの種類に応じて認証技術を使い分けているところが特徴的である。また、
e-Authentication に関連して、2003年12月、官民協業の EAP(Electronic Authentication
Partnership)が設立された。EAP は、公的部門と民間部門での電子認証相互利用を可能と
することをタスクとして活発に活動し、相互運用を実現するためのフレームワークや運用
規則等各種ルールを検討しており、今後 e-Authentication イニシアティブとの相互運用性
が期待されている。
レベル1(最低限の保証)
レベル2(低い保証)
レベル3(高い保証)
レベル4(最高の保障)
図表 e-Authentication
Little or no confidence in asserted identity (e.g.自
己申請による user/password)
Some confidence in asserted identity (e.g.
PIN/password)
High confidence in asserted identity (e.g.
デジタル証明書)
Very high confidence in the asserted identity
(e.g.スマートカード)
一方、経済産業省では、平成13年度から平成16年度の4年間、アジア地域の電子商
取引市場の基盤整備等のため、アジア域内における電子認証局の相互接続に必要な技
術仕様、利用基準の明確化を目的とした実証事業を支援した。これにより、PKI に係る各
種標準仕様、各種検証用ツールが作成された。また、アジアにおける PKI 推進のための
取組として、アジア PKI フォーラムへの参加を支援している。
今後は中小企業の利用を想定した電子認証連携の実証と運用に必要な各種ガイドライ
ンの作成を支援する予定としており、「顔の見えるIT社会」を構築していくための認証基盤
のあり方を検討していく。
ⅴ) 脆弱なソフトウェア開発環境
ユーザニーズの多様化・高度化、利用技術の複雑化・オープン化の進展等により、汎
用機やマイコンシステムの時代に比べると、未経験の技術での開発が求められる頻度が
増加している。また、情報システムに対するステークホルダーが増えた結果、利用者の要
求は多様化し、システム開発における要件定義を複雑化・不安定化する要因となっている。
3-50
さらに、我が国が強いとされる情報家電や自動車車載機器、携帯端末等を駆動する組込
みソフトウェアについては、熾烈な製品市場競争の下で開発規模が爆発的に増大する一
方で、その開発期間は短縮化され、仕様変更も頻繁に行われる中で、その開発の大部分
を人海戦術に頼っている状況である。そもそもソフトウェアは目に見えない複雑なもので
あることもあり、定量データに基づく工学的な開発への取組が遅れており、従来から指摘
されているエンジニアリング不在の開発スタイル、それに伴う開発力の弱さは、我が国の
ソフトウェア開発環境において今なお該当する問題である。
このような現状の下、高品質・高信頼なソフトウェアを効率的に開発する技術・手法を開
発・普及を図る産学連携拠点として、ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)を創
設した(平成16年10月1日)。SECでは、企業の情報システムを駆動する受注ソフトウェ
アに関して、品質・信頼性に最も影響をおよぼす要件定義段階におけるソフトウェアベン
ダとユーザの連携・役割分担のガイドライン策定やソフトウェアの定量的管理を促進する
基盤データの整備等を進めている。また、組込みソフトウェアに関しては、リアルタイム
性・ハードウェア特性等といった組込み特有の拘束条件を踏まえつつ、高品質・高信頼を
実現する開発手法の策定や、組込みスキル標準の策定などを進めているところである。
信頼性の高い技術基盤の要は、ソフトウェアの開発環境や開発手法であり、信頼性の高
いソフトウェア開発を行うことが、最終的には脆弱性の少ない製品等を生産するために不
可欠となる。そこで、ソフトウェア・エンジニアリング・センターにおいて、産学連携による
実践的な開発手法の策定・普及を通じ、ソフトウェアの信頼性に係る技術基盤を構築す
る。
ⅵ) 情報セキュリティに関する政府一丸となった対応体制の強化
情報セキュリティ総合戦略に基づき、経済産業省では、これまで述べてきた各施策の
ほか、特に、次のような内容の内閣機能強化による統一的推進を支援してきた。
− 情報セキュリティ補佐官の設置
内閣官房情報セキュリティ対策推進室の設置に関する規則の一部が改正され、同室
に情報セキュリティ対策の推進について専門的立場から助言する「情報セキュリティ補
佐官」が設置された。
− 内閣の第一次体制強化
「情報セキュリティ補佐官」の設置を受け、これをサポートするための人員を追加増強
し、平成16年7月には11名から17名(平成17年3月時点では18名)の体制が形成さ
れた。
− 情報セキュリティ基本問題委員会及び第一次提言25
高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(以下IT戦略本部とする)下に「情報セキ
ュリティ基本問題委員会」(以下基本問題委員会とする)を新設し(平成16年7月22日
IT戦略本部情報セキュリティ専門調査会決定)、情報セキュリティ分野の政策に関する
25
「第一次提言」を基に作成。
3-51
基本的な問題について一元的かつ集中的に議論を行うこととなった。
図 政府の情報セキュリティに関する体制26
さらに、基本問題委員会の下に、政府・自治体の情報セキュリティを対象とする第1分
科会(平成16年8月)、重要インフラの情報セキュリティを対象とする第2分科会(平成1
6年12月)が設置された。第1分科会は、「(1)政府の情報セキュリティ政策・施策実施
体制のあり方、(2)有効性の高い政府自身の情報セキュリティ対策のあり方、(3)情報
セキュリティ施策推進の国家的拠点の強化の必要性とその方策のあり方」をテーマとし
て、活発な議論を経て平成16年11月、第1次提言をとりまとめた。これを受けて、IT戦
略本部では「情報セキュリティ問題に取り組む政府の役割・機能の見直しに向けて」(平
成16年12月7日IT戦略本部決定)をとりまとめた。
図 情報セキュリティ基本問題委員会における主要な検討テーマ(分科会の構成)
情報セキュリティのグランドデザインの確立
実効性のある対策と施策の実施
重要インフラにおける
情報セキュリティ対策のあり方
政府組織
‹ 民間のカウンタパートとしての信頼
足り得る存在
‹ 国際的な信頼醸成
‹ バランスある技術投資の実施
‹ 透明性の確保
第1分科会
(第1次提言)
26
重要インフラ
‹ 依存可能な基盤としての機能提供
‹ 検証可能な機能設計と事業継続性確保
‹ 重要インフラ相互間の連携と協力
第2分科会
(第2次提言)
http://www.bits.go.jp/kaigi/kihon/dai1/pdfs/1siryou4.pdf より
3-52
企業
個人
‹ 「セキュリティ文化」の参加者と
しての積極的な取り組み
‹ 個人情報保護問題やプライバ
シー問題に対するコンセンサス
の形成
第3分科会
− 情報セキュリティ政策会議(仮称)と国家情報セキュリティセンター(仮称)の設置
第1次提言では、「我が国における行政機関、民間企業、個人などにおける情報基盤の
構成要素の安定的・継続的な稼動の維持を図るため実施される各府省庁の政策を総合
調整し、政府全体としてのこれらの基本戦略を策定するための機能を強化すること」を目
的として、「情報セキュリティ政策会議(仮称)」と「国家情報セキュリティセンター(仮称)」
の設置を示している。
「情報セキュリティ政策会議(仮称)」は、内閣に置かれたIT戦略本部に設置し、基本戦
略の決定、基本戦略に基づいた各府省庁の政策の事前評価、政府統一的な安全基準の
策定、これに基づく評価の結果による各府省庁の情報セキュリティ対策に対する勧告、各
府省庁の施策の事後評価を内閣の立場から行う。
また、「国家情報セキュリティセンター(仮称)」は、内閣官房情報セキュリティ対策推進
室の機能を強化・発展させる形で内閣官房に設置し、「情報セキュリティ政策会議(仮称)」
の事務局としての基本戦略立案機能、政府統一的な安全基準の策定やそれに基づく各府
省庁の対策評価と対策レベルの向上についての支援を行う政府機関総合対策促進機能、
ソフトウェア等の脆弱性情報や攻撃の予兆の情報を早期に各府省庁に提供するとともに、
平素からの情報収集・分析を踏まえ、実際に事案が発生した場合の被害拡大防止のため
の情報提供を行う政府機関事案対処支援機能を持つ。
この第1次提言を受けて、IT戦略本部では、(ア)「情報セキュリティ政策に関する基本
戦略」を策定等するための母体として、可能な限り早期に「情報セキュリティ政策会議(仮
称)」を設置することを検討し、(イ)政府全体としての「情報セキュリティ政策に関する基本
戦略」の策定・推進を円滑に行うとともに、政府全体としての情報セキュリティ対策の統一
的・横断的な総合調整機能を強化する体制として、「内閣情報セキュリティセンター」を内
閣官房に設置することが確定している。
(5) 企業における情報セキュリティ対策の強化
ITが社会基盤している社会においては、様々なビジネストランザクションにおいて IT が
活用されることになるが、直接対面して取引を行う場合と比べて、企業の信頼性がより高
くかつ確実に要求される。特に、昨今の個人情報流出や虚偽申請、天災による生産ライン
の停止等を背景として、企業の信頼性向上に係る要請が高まりつつある状況から見て、
企業の「信頼性」がステークホルダーから評価され、企業の競争力に直結することになる
のではないかと考えられる。
すなわち、情報セキュリティの「可視化」を行うことが、企業の取組を正当に評価し、競
争力に反映するために必要であると考えられる。経済産業省では、このような企業の信
頼性を確保する取組と、企業経営の効率化のために、次のような施策を展開している。
3-53
① システム監査
昭和60年1月にシステム監査基準を策定し、公表した。システム監査とは、情報システ
ムを総合的に点検及び評価し、組織体の長に対して助言、勧告、フォローアップを行う一
連の活動のことであるが、平成8年及び平成16年の2回の改訂を経て、現在では IT ガバ
ナンスの観点をシステム監査に導入している。昭和61年より情報処理技術者試験に「シ
ステム監査技術者試験」を設立し、専門家についても育成している。今後とも企業におけ
るITガバナンスの構築のための施策として、重要な位置を占めていくと考えられる。
② 情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)適合性評価制度
国際的に通用する組織的体制を確立するためには、国際基準「ISO/IEC17799(Co
de of practice for information security management)」等の情報セキュリティ
管理に関する普遍的、包括的なガイドに基づいた情報セキュリティ管理体制を確立するこ
とが重要である。このため、これらの標準を踏まえ、我が国はもとより国際的にも信頼を
得られる情報システムのセキュリティ管理に対する第三者適合性評価制度(ISMS適合性
評価制度)を平成14年度から確立した。今後は国際標準化の状況も踏まえつつ、世界的
にも通用する仕組みの構築を検討していく。
③ 情報セキュリティ監査制度
個々の企業に即した弾力的な組織的対策を推進するために、平成15年度から、企業
における情報セキュリティ対策に対し、客観的に定められた国の基準(経済産業省告示)
に基づいて、独立した専門家が監査(保証または助言)する情報セキュリティ監査制度を
構築した。平成16年度においては、NPO情報セキュリティ監査協会において、監査の品
質を向上するために監査人が備えるべき要件を満たすための公認情報セキュリティ監査
人資格制度27を構築しているが、客観的な立場としての監査品質を保つための施策を推
進するとともに、「保証型」の監査の確立に向けた方策を検討していく。
④ 情報セキュリティガバナンスの確立
企業が自身の被害の局限化や法令遵守の観点に加え、社会的責任の観点も踏まえた
形で情報セキュリティ対策に積極的に取り組むようになるためには、「情報セキュリティに
絶対はなく、事故は起こりうるもの」との前提に立ち、対策をその場しのぎの対症療法的
対応で済ませるのではなく、自律的・継続的に改善・向上する仕組みを導入することが必
要となる。つまり、社会的責任にも配慮したコーポレート・ガバナンスと、それを支えるメカ
ニズムである内部統制の仕組みを、情報セキュリティの観点から企業内に構築・運用する
27
資格認定には、監査人としての能力(知識・経験・実証された能力)、監査人としての適切な行動(倫理基
準への遵守)が求められており、協会は、これら資格認定の前提となる知識・経験を修得するための研
修・トレーニングコースを開催する。
3-54
こと、すなわち「情報セキュリティガバナンス」 の確立が求められる。この「情報セキュリ
ティガバナンス」を企業において確立するため、平成16年9月から「企業における情報セ
キュリティガバナンスのあり方に関する研究会」を発足し、「情報セキュリティ対策ベンチ
マーク」、「情報セキュリティ報告書モデル」、「(ITの側面からの)事業継続計画策定ガイド
ライン」の3つについて検討を行い、報告書を取りまとめた。今後の施策展開としては、以
下のような方策を検討している。
− 企業における「情報セキュリティガバナンス」の確立
企業における「情報セキュリティガバナンス」の確立を促進するためには、経営層
が自社の情報セキュリティ対策の成熟度について把握すること、さらにステークホ
ルダーに自社の取組みを開示し、評価を受けることについて、積極的に取り組む
よう先導する必要がある。そのために、商取引において情報セキュリティ成熟度を
取引先に提示し信頼を得る手法を慣習化すること、また、情報セキュリティへの取
組みを開示し、そこに注力することでステークホルダーから評価されるしくみを整
備することが必要である。このため、具体的には、「企業における情報セキュリティ
ガバナンスのあり方に関する研究会」報告書に沿った各種施策の普及が有効であ
る。
− コーポレート・ガバナンスの強化に伴う情報セキュリティ対策の検討
我が国において、今後コーポレート・ガバナンスの強化が求められていく可能性
がある中、コーポレート・ガバナンスや内部統制の動向と整合する形での情報セ
キュリティ対策のあり方を検討していく必要がある。
⑤ 情報セキュリティの「可視化」
情報セキュリティ対策を効果的に推進するためには、上記の施策に加え、見えにくい情
報セキュリティそのものの「可視化」が必要である。このため、情報セキュリティの「わかり
やすさ」を追求し、公平な事業環境を整備することが重要である。具体的には、上記の施
策に加え、情報セキュリティ統計の整備、情報セキュリティリスク定量化等、保険サービス
等につながる情報セキュリティの「可視化」に役立つ取組みを進めるべきである。
⑥ 「信頼性」という付加価値による国際競争力強化
企業の信頼性向上に係る要請の高まりを踏まえ、企業の情報セキュリティへの取組み
姿勢が企業評価の尺度となるよう、経済界や有識者への働きかけを検討していくとともに、
日本企業が情報セキュリティへの取組みに基づく信頼性を「強み」として国際競争に臨め
るよう、その方策について検討していく。
また、国境のないサイバー空間のセキュリティ向上に資するため、情報セキュリティ産
業そのものの育成、強化を図る。
3-55
(6) 電子商取引の安全性の確保
① 電子商取引に関わる消費者保護
電子商取引の安全性を確保していくためには、消費者が十分かつ適切な情報に基づい
て、信頼性の高い売り手から購入することのできる環境の整備を進め、未然にトラブルを
防ぐとともに、事後的にトラブルにあった者を支援する消費者保護対策が必要となってく
る。その際、電子商取引がリアルの取引と比べ、過剰な規制がかけられ、その発展を妨
げることのないよう適切なバランスを考える必要がある。
誰もが安心して利用できる電子商取引環境を整備していくためには、オークションを含
めた事業者による特定商取引法の表示義務遵守の確保や、適切な広告表示のあり方等
が課題となる。また、売り手の実在確認・本人確認の強化を図るとともに、オンライン・トラ
ストマークのあり方を検討し、売り手の信頼性向上のための方策とその消費者への訴求
に努めることも必要と考えられる。さらには、代金決済・商品配送に係る信頼性確保のた
めの仕組みとして、代金不払いや商品未着の問題に対処するため、同時履行に近い状態
を実現するような一定の支払方法を安心安全な決済方法として推奨すること等について、
検討を行うことが必要と考えられる。
また、電子商取引の場においては、新たなビジネスモデルが次々と展開し、技術革新
もとどまるところを知らない。そのような中にあって、既存法がどのように適用されるべき
かについては、専門家の間でも見解が分かれることは珍しくない。まして、一般消費者や
ベンチャーの中小企業にとっては、慎重な注意を怠らなかったとしても、思わぬ損失を被
ったり、得るべき利益を失ったりするリスクがある。他方、判例の蓄積による解釈の明確
化を待つのも現実的ではない。そこで、既存法が新たな事態に対してどのように適用され
るのか、機動的かつ分かりやすい解釈指針を示していくことが重要である。
これまでも、「電子商取引等に関する準則」を策定し、解釈指針を示してきたところであ
るが、例えば、ワンクリックをもって予期せぬ契約成立の主張と料金請求を受ける場合
(法的には契約成立に疑義のある場合が多いと考えられる)や、価格表示を誤って表示し
た場合の契約の成否など、今後も引き続き、新たな事態に即応した法解釈の指針を策定・
公表していくことが必要である。
さらに、トラブルにあった者を支援するためには、ADR(裁判外紛争処理)の推進も重
要である(後述)。
② 迷惑メール対策
携帯電話における電子メールの普及を受けて、平成13年頃から迷惑メール問題が社
会問題化したため、経済産業省は平成14年に特定商取引に関する法律を改正し、電子メ
ールの表題部の冒頭に「未承諾広告※」の表示を義務付けるなどの迷惑メール規制を導
入し、その後は法執行に努めるとともに、特に迷惑メールに係るトラブルに巻き込まれや
3-56
すい若年層に対する普及啓発などに注力してきたところである。
経済産業省においては、上述した迷惑メール問題の現状を踏まえ、今後も引き続き法
執行の強化、技術的対策の促進、普及啓発の強化、国際連携の推進等の切り口から総合
的な取組を講ずることが必要である28。
a) 法執行の強化
経済産業省が自ら収集した迷惑メールについて、特定商取引法の表示義務違反である
こと等を認定し、インターネット接続サービス事業者(ISP)等に当該情報を提供することに
よりISP等が利用停止等を措置することを促す(迷惑メール追放支援プロジェクト(総務省
と連携して実施))。
b) 技術的対策の促進
送信ドメイン認証技術の導入によって経路情報を詐称した電子メールを効率的に排除
することが可能になることを踏まえ、ISP等における当該技術の検討を促進する。
c) 普及啓発の強化
不当請求等のトラブルに巻き込まれやすい高校生等の若年層を対象に、ビデオや街頭
ビジョンなどの訴求力の強いツールを用いた取組に力を入れる。
d) 国際連携の推進
国際会議への参加や多国間協力の枠組みへの参加を通じて、迷惑メールの送信等が
行われている国に対し、迷惑メール対策の促進を働きかける。
③ フィッシング対策
我が国においても拡大の兆しがみられるフィッシングは、ようやく本格的な成長を見せ
始めている電子商取引の市場に対して、重大な悪影響を及ぼす可能性がある。また、情
報セキュリティの確保といった観点からも、フィッシングにより個人情報が流出すれば、そ
の対策上悪影響を与えることになる。このようなフィッシングの脅威に対して、その対策を
協議するため、平成16年度に「フィッシング・メール対策連絡会議」を開催し、有効な対応
策について検討を行った。
フィッシング等の悪用事例に関しては、普及啓発に基づく未然防止が最も有効であり、
騙されないための素早い対応が求められる。このため、一般消費者などに的確な理解と
行動を促すとともに、フィッシングの動向を的確に把握しつつ、技術・制度的対応などを検
討していく体制を「民官連携」のもとで作ることが必要となっている。
そのため、フィッシングの攻撃対象となり得る事業者及び防御手段を提供し得る事業者
並びにこれらの事業者の活動に貢献することのできる事業者、団体等の間で、「フィッシ
ング対策協議会」を設立し、フィッシングに対する集中的な情報収集・提供、注意喚起等の
防止活動を中心とした対策の枠組みを構築する。
28
総務省においては、架空電子メールにあてて電子メールを送信することや送信に用いた電子メールア
ドレス等の送信者情報を偽って送信することなどの悪質な違反行為への取締りの強化に向けて通信規
制の観点から検討を行い、平成17年通常国会に特定電子メール法改正法案を提出したところである。
3-57
④ ADRの推進
ⅰ) 現状
我が国におけるADR(裁判外紛争処理)は、裁判所主催のもの(民事調停・家事調停)
や、行政主催のもの(消費者センター等)は充実しているが、民間ADRについては、未だ
にごく少数に限られているのが現状である。民間ADRの多くは、弁護士会運営のADRや
日本商事仲裁協会等のように、信頼性が高いもののコストも高い状況にあり、低額の紛
争には適さない。一方、消費者が、無料で相談できる消費生活センター等は、苦情相談業
務にとどまり、調停や仲裁といった具体的紛争解決を扱うには至っていない。また、交通
事故、商事仲裁等の特定分野については充実しているものの、必ずしも、様々なニーズ
に即した多様なADRを選択できる状況とはいえない。
電子商取引においては、相手と対面して説明を受けられないこと、商品を手に取ること
ができないこと、技術に関する知識レベルが一様でないことなどに起因する些細な紛争
も多い。また、比較的低額の取引が多く、紛争解決のために高いコストを支払うことは見
合わないことが多い。このようなIT社会に対応したADR、例えば、ODR(Online Dispute
Resolution)も普及していない。IT社会においては、国境を越えた取引が容易になるため、
国際紛争も特殊な問題ではなく、一般化することになる。国際紛争においては、各国にお
ける適用法の相違、判決の効力が国外に及ばないことなどにより、司法による解決シス
テムが機能しにくい。そこで、それを補完する国際ADRの育成が重要となる。
図
我が国のADR制度について
我が国のADR
ADR制度について
制度について
我が国の
司法型(裁判所内で行われるもの)
民間型(民間組織・業界団体)
・民事調停
・(社)日本商事仲裁協会
−昭和26年設立
−裁判官と2名以上の調停委員による
−年間約30万件
−昭和28年設立
−弁護士、大学教授などの仲裁人による
−年間10件程度
・家事調停
・弁護士会仲裁センター
−昭和23年設立
−裁判官と2名以上の調停委員による
−年間約11万件
−平成2年以降
−年間約千件弱
・各種PLセンター
−平成7年設立
−年間約1万件弱(合計)
行政型(行政委員会等によるもの)
・公害等調整委員会・公害審査会
−昭和47年設立
−委員長と委員計6名による
−全国で年間数十件(累計千件近く)
・建設工事紛争審査会
−昭和31年設立
−あっせんは1名、調停は3名(大臣が任命)
−年間約数十件
・国民生活センター・消費生活センター
−昭和45年設立(消費生活センターは40年以降)
−年間約50万件
9,550
各種PLセンター
弁護士会仲裁センター
874
(社)日本商事仲裁協会
10
542,906
消費者センター
206
建設工事紛争審査会
35
公害審査会
114,822
家事調停
317,976
民事調停
0
100,000
200,000
300,000
400,000
500,000
600,000
件数は平成14年3月の司法制度改革本部調査による
3-58
他方、諸外国においては、ODR等、民間型の多様なADRが活躍している。
例えば、アメリカでは、AAA(アメリカ仲裁協会)、BBB(ベタービジネスビューロー)など、従来
から民間主体のADR機関が存在し、通信販売や電子商取引分野において重要な役割を
果たしている。また、シンガポールでは、CDRI(裁判所紛争解決インターナショナル)など、
ODRが充実しており、司法との連携、諸外国との連携も積極的に行われている。
ⅱ) 今後の課題と取組
a) ADRの充実強化
裁判と異なり、非強制的な制度であるため、紛争解決に結びつくかどうかは、相手側が
ADR機関からの問い合わせに応じるか、ADR機関の出した結論を双方当事者が受け入
れるかどうかが最大のポイントとなる。
そこで、事業者・消費者双方に、ADRの有効性が認知されるよう、ODR等の多様な民
間ADRが展開していくよう、適切な普及・啓発、紛争事例の共有、マーク制度との連携な
どを図っていく必要がある。
これまで、平成15年度からECOMへの委託事業として、2年間に渡り、オンラインAD
R実証実験事業を実施し、実際に相談を受け付け、電子商取引に関するODRの有効性
について、コスト削減の観点、データ蓄積の容易さ等の観点から、検証を行うとともに、相
談事例を蓄積し、データベース化を図ってきたところであるが、今後は、その成果を積極
的に活用し、ODRの一層の普及を図っていくこととする。
b) 法解釈指針の明確化
ADRにおいては、個別の紛争について結論を示していくことになるが、事例の蓄積に
よって得られた法解釈の指針を集約し、具体的な分かりやすい内容に整理して公表する
ことにより、技術革新に即応した新たな法解釈を速やかに示すことが可能となる。このよ
うに、法解釈の指針を機動的に周知することにより、立法や司法制度を補完し、円滑な電
子商取引を推進し、安全・安心なIT社会の実現を図る必要がある。
c) 国際紛争解決の実効性の確保
電子商取引においては国境といった垣根を意識せずに利用するといった特徴を有する
ことから、意図すると否とに関わらず、越境トラブルも発生してしまう。司法に頼る場合に
は、言語や裁判制度の違いから手続きが煩雑となるばかりでなく、国際私法上の問題(準
拠法や裁判管轄)があるため、執行力も疑わしく、解決が困難である。
一方、ADRは、当事者合意に基づき柔軟に解決が可能であるため、越境トラブルの
解決機関として機能することが期待される。
このため、各国ADR機関との連携により、双方の国の裁判制度・準拠法決定ルール・
強行規定の相違を超越した、的確迅速な解決を可能とするスキームの構築が必要であ
3-59
る。
現在、ECOMは、米国(BBBオンライン)、韓国(KIEC)と協力関係を構築している。今
後は、このような、国境を越えるADR機関の提携を拡大していくことが必要である。
また、そのような取組を通じて、各国紛争解決機関と紛争解決事例につき情報共有す
ることで、外国の紛争解決事例・法適用の実際についての情報収集を行い、単に比較法
的な検討を行うのみならず、各国の実ビジネスにおける運用実態を把握し、我が国の実
務と同じ点、異なる点を明らかにすることが可能となる。
そのような各国の取引を巡る情報を我が国において集約することにより、国際紛争の
解決を円滑化するとともに、国際取引のリスクに関する予見可能性を高めて国際取引の
普及を図る。
(7) 個人情報の保護
事業者における個人情報の保護の取組を支援するため、経済産業省所管業種に対す
る個人情報保護法の適用についてまとめた、経済産業分野における個人情報保護ガイド
ラインを策定した。事業者に対する個人情報保護法及びガイドラインの普及啓蒙を図るた
め、セミナー等を開催した。
以下の施策を実施し、民間部門における個人情報の適正な取扱いを確保する。
① 個人情報保護法の執行関連
ⅰ) 認定個人情報保護団体の活用
・認定を促進し、事業者を適切に指導できる団体を増やす。(4月以降)
・認定個人情報保護団体の連絡会を開催し、取組状況等について意見交換等を実施する。
(4月以降随時)
ⅱ) 経済産業分野ガイドライン等の普及広報
・業界自主ガイドラインの策定を支援する。(随時)
・ガイドライン等についてのQ&Aを充実させる。(当省ホームページ等に掲載)(随時)
ⅲ) セミナー等の開催
・当省主催セミナー等を開催する。(5月以降の約2ヶ月間で)
・業界団体等からの依頼に応じて講師を派遣する。(随時)
ⅳ) 取組実態調査
・業界団体等に対して個人情報保護法対応状況のアンケートを実施する。(4月以降適宜)
・各企業プライバシー・ポリシー制定状況等を調査する。(随時)
3-60
② プライバシーマーク制度関連
ⅰ) 審査方法の改善
・書類審査と現地審査の担当を分離・専従化する。(後者に経験者を充て、前者には新た
に人員を増強)
・審査マニュアルを整備する。(JIS Q 15001 改訂に合わせ)
ⅱ) 付与基準・不利益処分の手続の整備
・基準を明文化して公表する。
・現状の制度委員会の独立性・透明性を高め、不服申し立て先とするとともに、聴聞の機
会などを確保した不服申し立て手続を明確化する。
ⅲ) 審査員の増強
・人件費増分への支援措置など
ⅳ) 認定審査指定機関の拡大29
ⅴ) 制度全体の組織体制の見直し
審査登録業務への新規参入が容易となる環境を整え、ISO規格に準拠した組織体制に
移行させることが必要である30。
その際、スキームを再構築することに加え、制度全体のレベルを維持するために、審
査業務のノウハウを蓄積し、各審査登録機関と共有することや、審査員養成用の研修教
材等を充実させ、審査員のレベルを維持すること、またISOやISMSなどの類似の規格と
の整合性を図り、重複を避ける工夫をすることなど、当分の間は相当なメンテナンスが必
要である。
したがって、当面は、審査事務処理を行う現状の事務局に加え、別途、制度全体の企
画実行を進めるための事務局を設けるべき。
③ 今後の検討課題
ⅰ) 社会情勢の変化に応じた経済産業分野ガイドラインの見直し
29
現在、(社)情報サービス産業協会等4団体。セキュリティ関連の同様の認定制度である ISMS では14機関を
活用している。
30 審査登録機関の数は、プライバシーマークでは現状5団体だが、ISO9000では53団体。
3-61
個人情報の保護についての考え方は、社会情勢の変化、国民の認識の変化、技術の
進歩等に応じて変わり得るものであり、本ガイドラインは、個人情報保護法の施行状況を
踏まえて、毎年見直しを行うよう努めるものとする。
ⅱ) プライバシーマーク審査員の継続的拡大
審査を効率良く行うため、マーク取得申請数等に応じて、継続的に審査員の増員を図る
こととする。
(8) 情報セキュリティリテラシーの向上(情報セキュリティ文化)
現在誰もがITを利活用できる環境が整ってきているが、現実の社会と異なり、顔が見え
ないIT社会においては、モラルやリテラシーがこれまで以上に求められる。しかしながら、
IT社会が社会システムの重要な一部になってきているにもかかわらず、家庭及び教育現
場においてはIT社会への適用方法(情報モラル・情報リテラシー)についての教育手法が
確立していない。また、これまで情報セキュリティに関する制度、仕組みが整いつつある
ものの、これらの施策が使いやすい形でエンドユーザに対して提供されているかどうか
についても、利用者の情報リテラシーに頼るところが大きいものの、未だ十分とはいえな
いと考えられる。
情報セキュリティリテラシーを向上させていくには、初等教育をはじめとして、幅広く横
断的なモラル及びリテラシー向上のための施策を推進するとともに、わかりやすい形で
の施策の提供を推進していくべきである。
① 企業の経営層や従業員に対する啓発
企業の経営層に対しては、経営戦略としての信頼性向上の必要性を理解し、情報セキ
ュリティがIT部門ではなく経営の課題であることを認識できるよう、情報セキュリティガバ
ナンスのアプローチを軸に啓発していく必要がある。このため、経営者層はもちろんのこ
と、従業員に対しては、企業としての取組みの姿勢をベースに、社内ルールとその理由
(法令遵守)を社員一人一人が把握するとともに、情報モラルの維持・向上を促すよう、研
修を強化する必要があると考えられる。
② 個人に対する啓発
個々のIT利用者においては、個人ユーザ自身がネット社会の参加者であることを自覚
し、セキュリティリテラシーを向上する必要がある。このため、例えば、セミナーやマスコミ
等の情報発信を通じて、ツールを中心とするウイルス・ワーム対策だけでなく、ユーザ自
身の判断が求められるフィッシングや SPAM、スパイウェアの対策、プライバシー情報保
護の対策などをわかりやすく啓発していく必要があると考えられる。さらに、子供たちは
大人同様にネット社会に参加しうることを踏まえ、義務教育段階から情報セキュリティのリ
3-62
テラシー教育を実施すべきである。このため、例えばインターネット安全教室を全国的に
展開すること等を推進していく。
③ セキュリティ人材の育成
いわゆる情報セキュリティ技術者のみならず、企業の情報セキュリティ最高責任者(CI
SO)やマネジメント面からもリードできる人材など多面的な実務家・専門家も不足してい
ることから、そうした人材育成にも焦点を当てる必要がある。このため、社会人の再教育
のあり方や大学の活用方策を検討し、良質な情報セキュリティ技術者が育成される環境
を検討していく。
3-63
5.【強さの追求】4つの分野におけるITユーザの競争力・課題解決力
(1) 生活分野(ライフ・ソリューション)
① IT活用領域の拡大
第Ⅰ部においても見てきたとおり、PCと携帯電話の普及による電子メールの普及、イ
ンターネットを通じた情報収集など、ITは徐々に生活の中に溶け込み始めている。しかし、
コミュニケーション以外の分野をみると、ITが根本的にライフスタイルを変えたかというと、
必ずしもそうでもない。
ITの活用分野はコミュニケーションや情報収集などの一部に限られ、ITによる日常生活
の課題を解決する取り組み(「ライフ・ソリューション・サービス」)としては、まだ十分に展
開されていない。こうした、生活の変革や生活の質の向上を担う「ライフ・ソリューション・
サービス」の立ち上がりの遅れも、ITが生活を本質的に変える大きな力となり得ていない
重要な原因となっている。例えば、ITによる「ライフ・ソリューション・サービス」が可能な分
野としては、次のような分野があげられる。
図表「ライフ・ソリューション・サービス」が可能な分野の例
(1)セキュリティ
(2)地域・自治体
(3)住まい・家事
(4)結婚・出産・育児
(5)医療・介護
(6)仕事・就労
(7)教育・学習
(8)マネー・保険
(9)健康・美容
(10)ショッピング
(11)エンタテインメント
(12)レジャー・ホビー
(13)情報プラットフォーム
それぞれの分野で、全体の先駆けとなるようなビジネスの萌芽は既に始動し始めてい
る。しかし、それらの動きは、既に何らかの形で顧客としての生活者の囲い込みに成功し
ている者が、付加価値サービスとして部分的に提供しているものや、新たな付加価値を
発見しているにもかかわらずそこで得られた情報自体からは十分な対価を得られていな
いなど、まだ多くの課題を抱えている。
3-64
図表 先導的なサービス事例と主要なボトル・ネックの例 (経済産業省調査)
サービス分野
サービス例(概要)
サービス開始にあたってのボトル・ネック
セキュリティ
子供や老人、自動車、二輪車、ペット、荷物・貨精度の高い位置確定技術がなかったので事業
物などの人・物の位置情報提供サービス。小型化ができなかったが、該当技術開発会社との提
専用端末を持参・装着し、必要なときに市を検索携により事業化が実現。
して、スタッフが駆けつけ、防犯などに役立て
る。
地域・自治体
デジタルカメラ付き携帯電話を利用して、住民同様なサービスの参考例がなく、運用方法の検
から道路や標識の破損などについて通報を受討に苦労。
けるシステムを稼動。下見に行く手間を省き、住携帯電話の GPS 機能を利用する際に必要なキ
民の声を迅速に行政に反映。
ャリアへの申請手続きが煩雑。
医療・介護
高齢者等が家庭で使う電気ポットの使用記録試作品は通信機とポットが別品で使い勝手が悪
を、離れて住む家族に知らせるサービス。
かった。サービス内容に適した通信技術やサー
ビス運営体制を見つけるまで苦労した。
教育・学習
小学生の中学受験向け e ラーニングサービス。PC の機能を高度利用するので、PC に不具合
ユーザは市販のヘッドセットマイク、Web カメが発生しやすいこと。その際に、PC メーカのサ
ラ、ペンタブレットを購入し、インターネットを利ポート体制が不十分なこと。
用したテレビ会議を使って、授業等のサービス利用環境を準備するのは主に母親だが、中に
は IT リテラシーの低い人もあり、利用方法の説
を受ける。
明に苦慮。
エンタテインメント携帯電話向けアプリ(テレビ連動リモコン)を開オープン、グローバル、スピーディで基本を B
発し、それによって、携帯電話でテレビ番組表とto C に置いてビジネス展開する携帯電話の業
番組詳細情報、番組進行状況を提供するサービ界と、共通プラットフォーム上でコンテンツを提
ス。
供し BtoB の世界で動く放送業界との文化の違
いを吸収し、同じテーブルにつくことに困難
レジャー・ホビー パソコンや携帯電話からインターネット経由で、自社では販売チャネルを持たないので、効果的
ペットの姿を確認しながらエサをやることができな機器販売ルート開拓に苦労。
るペット用自動えさやり機。
IT 初心者には困難なルータ設定。各社ルータ
により異なる設定方法
情報プラットフォ定期券保有者が事前登録すると、利用者が自動メーカとして情報コンテンツや広告事業のノウ
ーム
改札機を通過した直後に、趣味やグルメ、イベハウや領域への進出は、異文化、異業種企業
ント等の沿線情報を携帯電話にメール配信するとの連携が必須であり、企業間の文化の差異
サービス。
の吸収が大きな課題であった。
今後、ITが生活の質と中身を変えていくためには、「ライフ・ソリューション・サービス」の
活性化を鍵として、以下の4点に取り組んでいくことが不可欠となると思われる。
ⅰ) 「ライフ・ソリューション・サービス」の活性化を支える「プラットフォーム・ビジネス」
の構築
ⅱ) 効果的な「プラットフォーム・ビジネス」の構築などを進めながら、生活者の視点を
「ライフ・ソリューション・サービス」において徹底させていくこと
ⅲ) 安全・安心を徹底して追及すること
ⅳ) ITリテラシーの向上に取り組むこと
3-65
② 「ライフ・ソリューション・サービス」を支える「プラットフォーム・ビジネス」の構築
生活とITといえば、「コンテンツ」といった形でコミュニケーションや娯楽用サービスの分
野が強調されることが多いが、ITが本来、生活の機能を代替し、またライフスタイルを変
える可能性を持つのは、教育や医療、ホームセキュリティといった生活に不可欠な機能の
部分であるはずである。そういう意味で、生活面におけるIT活用シーンの開拓は、まだ緒
に就いたばかりであり、今後の「ライフ・ソリューション・サービス」の活性化が期待される
ところである。
ITが生活を変えていくためには、娯楽やコミュニケーションにとどまらず、様々な分野で
生活を支える「ライフ・ソリューション・サービス」が提供されるようになること、そして、ICカ
ードがそうであるように、生活に必要な膨大な情報を的確かつ安全にサービス提供者が
管理でき、ネットの向こう側にいる事業者やサービスを生活者が完全に信頼できることが
必要である。
これらの実現に当たっては、生活分野においても、娯楽系サービス、医療、教育、生活
安全など非娯楽系サービス分野ともに、「プラットフォーム・ビジネス」の形成促進がその
活性化に直接効果的である。このため、
○ ネットワーク化、プラットフォーム化を通じた情報家電の高度化・多様化
○ 様々な「ライフ・ソリューション・サービス」の活性化
を図り、生活者の視点から機器・サービスの選択肢を増やしていくことが必要となろう。
また、そうした中で、例えば娯楽用コンテンツを例にとれば、従来のコンテンツ制作管
理者が流通管理に支配力を持つ市場から、コンテンツ制作管理者とユーザとがWinWin
の関係を築けるようなコンテンツ市場を支えるようにコンテンツ配信管理の「プラットフォ
ーム・ビジネス」を形成できれば、「ライフ・ソリューション・サービス」の一層の活性化を図
ることが出来るだろう。
このため、「5つの戦略」の第一としてとりまとめた、オープンな「プラットフォーム」の形
成を積極的に支援し、また、政府自身の関与が考えられるものについては、制度・規制改
革も含めて官民連係しつつ、その企画・構築に取り組んでいくことが必要と考えられる。
③ 「ライフ・ソリューション・サービス」における生活者視点の徹底
ITの活用により生活の質の向上を図っていくためには、ITを活用して提供される「ライ
フ・ソリューション・サービス」が徹底して生活者の視点に立って構築される必要がある。
そのために課題となるのは、「ライフ・ソリューション・サービス」における競争と協調の両
立に資する制度・規制の調和と、様々な主体による情報公開の推進である。
ⅰ) 制度・規制における相互運用性の確保・改革の推進
ICカードの発行が、サービス事業者毎に個別に行われるのも、その一つの典型的な障
3-66
害の一例であろう。例えば、自動改札機能を巡って、鉄道会社や地域ごとに異なる仕様の
ICカードが発行され続けるようであれば、生活者の利便性は著しく損なわれかねない。こ
うした課題の解決に当たっては、事業者間の競争を超えた、競争関係と協調関係の両立
を生活者の視点から進める努力と工夫が求められる。また、そのこと自体が、様々な生
活領域におけるITの普及に弾みをつけることとなろう。
各サービスの背景にある制度や規制が、ICカードはもとより、PCや情報家電を用いた
サービスの普及の障害となることもある。
例えば、1990年代にインターネットの楽曲を活用したダウンロードビジネスが開始さ
れる以前には、インターネットで楽曲配信を行うための著作権の集中処理制度がその料
金設定の問題と絡んで確立されておらず、その開始・普及の障害となった。その背景には、
インターネットによる楽曲配信とCD等の媒体による楽曲流通ビジネスとの競争・競合関
係の問題も影響している。楽曲、映像、放送、映画など、いわゆる娯楽用コンテンツの世
界では、それぞれの流通媒体がそれぞれ積み重ねてきたビジネスモデルと歴史があり、
またそれぞれが最低限の収益をあげている状況にあると、生活者の視点から新たな媒体
との連携・協調にはなかなか汲みしづらいところもある。このため、各分野で培われてき
た権利処理の仕組みが相互に乗り入れできるよう、その制度運用の相互運用性を確保し、
また必要に応じて制度・規制改革の実行に取り組むことが必要である。
また、こうした娯楽系コンテンツ配信ばかりでなく、生活安全情報、放送番組情報、道路
交通情報、といった各種生活関連情報の提供配信、引越・移転時に必要となる政府関係
及び電気・ガス・水道等の公共サービス関係系の手続きなど、それぞれの生活者向けサ
ービスが培ってきたサービス提要手段と、ICカードをはじめとしたITによる新たなシステ
ムとが、最初の段階ではなかなか整合しないことも多い。こうした部分に共通の横串をさ
せるような新たなサービス基盤を整えていかなければ、結局は、ITも、従来の生活スタイ
ルを変えることのないまま、ただ単にそれぞれのサービスがIT化しただけにとどまり、新
たなサービスや新たな生活機能の登場に伴う生活の質の向上には結びついていかない
だろう。
このように、「ライフ・ソリューション・サービス事業者」が生活者の視点から必要な協調
を引き出しやすくするため、これに重要な影響を及ぼす制度・手続き等の相互運用性の
確保、改革などを積極的に手がけていくことが必要となろう。
ⅱ) 情報公開の社会的推進
制度、規制の他にも、もう一つ重要な点が、行政や公共的サービス事業者などによる
情報公開の社会的推進である。生活者が主体的に情報を選択し、それによって自らサー
ビスや製品を選択するようになるためには、官民を問わず、様々な情報が積極的に公開
されることが必要である。
行政に関する情報公開はもとより、例えば、医療機関における医療関連データの情報
公開、教育機関における教育関連データの情報公開、メーカからの製品に関する環境関
連・安全関連の情報公開など、消費生活において本来活用されるべき情報は少なくない。
生活者が主体的に選択し、多様な生活を自ら責任を持って構築していけるような方向に
3-67
社会制度を設計していくためにも、また、そうした主体的な判断が可能な状況を作ること
によって政府機能の効率化・合理化を後押ししていくためにも、必要な情報の公開と、生
活者が主体的に判断し行動できるような環境を構築していくことが必要である。
ⅲ) ユーザフレンドリーな商品・サービスのデザイン振興
なお、生活の分野では、ビジネスや行政などの分野と異なり、また、よほどの専門家で
ない限り、ITの活用は、専門業者が提供する製品やサービスの選択という形で導入する
ことになる。そうした観点からは、より高機能な情報家電製品の提供や、よりユーザフレン
ドリーな「ライフ・ソリューション・サービス」の活性化が、生活分野におけるIT化を促進す
ることにもなろう。「プラットフォーム・ビジネス」や、各ソリューション・サービス、機器開発
者が、こうした側面からもデザインを強く意識するよう、操作性の容易な技術開発の振興
策を考えることも有効である。
④ 安全・安心対策の徹底
第Ⅰ部でも確認したとおり、IT化に関する期待と不安を調べてみると、真っ先に指摘さ
れる課題が、「安全・安心」に関するものである。「犯罪が増えそう」、「プライバシーが心
配」といった声が、「生活が便利なりそう」といった期待を大きく上回っている点が注目され
る。
図 2−
1 情 報 化 に対 す る期 待 と不 安
図
情報化に対する期待と不安
そ う思 う
ど ち ら か とい え ば そ う思 う
ど ちら か とい え ば そ う 思わ な い
0%
20%
新 し い犯 罪 が 増 え そ う で 不 安 だ
53.5
自 分 の プ ライ バ シ ー が 侵 さ れ そ う で 不 安 だ
52.8
過半数が支持
人 々 の 意 見 が 操 ら れ る よ う にな る
21.7
20.9
3 5.1
47.5
35.2
東 京 等 大 都 市 か らの 情 報 が 氾 濫 し 、 地 域 の 個 性 が 失 わ れ る
14.3
35.6
毎 日 の 生 活 に イン タ ー ネ ットは 欠 か せ な い
15.6
32.3
自 分 に 必 要 な 情 報 や 知 識 を 手 に入 れ る の に、 お 金 を 払 っ て 当 然 で ある
9.6
人 と の つ き合 い や コミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が 、 ま す ま す 活 発 にな る
9.4
1.1
1.4
1.8
1.0
34.1
12.2
1.5
34.2
11.7
2.1
12.9
1.8
35.5
29.0
36.4
35.3
25.7
0.7
1.0
9.2
2 7.3
41.4
1.2
13.3
24.6
42.6
37.5
17.0
7.0
20.4
43.2
10.7
100%
5.5
2.2
6.2
3.3
7.8
3.3
5.5
12.7
3 6.3
28.1
次 々 と 現 れ る 新 し い情 報 機 器 を 使 え な いと 、 世 の 中 に 取 り 残 さ れ そ う で 不 安 だ
上 記 、 □ 枠 で 囲 っ た 項 目 は 、期 待 。 そ
れ 以 外 は 、不 安
80%
33.2
33.2
必 要 な 情 報 が 簡 単 に手 に入 り 、 生 活 が 便 利 にな る
多 種 多 様 な大 量 の 情 報 が 氾 濫 し、 物 事 の 判 断 が 難 し くなる
皆 が 同 様 の 情 報 を 入 手 す る の で 、一 人 一 人 の 個 性 が 失 わ れ る
無回答
60%
5 8.0
情 報 を う ま く 使 いこ な せ る 人 と 、使 い こな せ な い 人 と の 差 が 広 が る
中 小 企 業 に 情 報 化 が 浸 透 す る こ と に よ り 日 本 経 済 に活 力 が 生 ま れ る
そ う 思わ な い
40%
42.1
21.3
17.4
21.5
1.8
1.2
1.3
(資 料 )「情 報 機 器 や サ ー ビ ス の 利 用 に 関 す る ア ン ケ ー ト」
2002年 9月 野 村 総 合 研 究 所
フィッシング、迷惑メールなど、ITの活用を進めることによって被害にあうことの方が増
えるようでは、製品・サービスが広がっても、生活者がIT利用に積極的になることはない。
3-68
そのためには、電子商取引の安全性確保を始め、「4.【安全・安心の追求】信頼という資
産への集中投資」でまとめたような安全・安心への追求を徹底して行うことが、生活分野
におけるIT活用の活性化には不可欠である。
⑤ ITリテラシーの向上
ITを生活の質の向上に使っていこうとすれば、ユーザ自身も自らITリテラシーを向上させ
ることが求められる。このため、教育の情報化の促進による早い段階からのITリテラシー
の強化が求められるとともに、PCサポートサービスなどの活性化も期待されるであろう。
また、ITに関しては、「習うより慣れろ」という言葉もあるとおり、使いながら覚えることが
最も有効な側面がある。その際、重要なことは、従来白物家電がそうであったように、情
報家電も、ライフソリューションビジネスも、PC等とは異なる操作性の良さとクイックレス
ポンスを保持することである。生活分野におけるIT活用の活性化には、ユーザ自身によ
るITリテラシーの向上も必要だが、操作しやすく、かつ、操作自体に楽しみがあるような
製品・サービスをデザインすることが、ユーザのリテラシー向上を図る最大のモチベーシ
ョンにもなる。
このため、国全体として、教育の情報化などITリテラシーの強化に努めるとともに、操作
性の高い製品・サービスの活性化に努めることが必要である。
3-69
(2) ビジネス分野(ビジネス・ソリューション)
① 部分最適から全体最適への移行期
第Ⅰ部で確認したように、ビジネス分野におけるITは、各企業が「全体最適」を目指した
マネジメント改革を自らあわせて行うものでない限り、その効果は、各工場や事業部門の
現場の利便性の向上にとどまってしまい、企業全体としての生産性や、他社との差別化
に繋がるような競争力向上にはなかなか結びつきにくい。これを、不良資産化→部分最
適化→全体最適化→企業の枠組みを超えた全体最適化として図示すると、以下のように
整理することが出来よう。
図 企業のIT化ステージング
企業のI T 化ス テ ージ ン グ
「 経営」 の時代
企業役割の変革
社外との連携
統合・標準化
情報技術導入するも
活用せず
﹁企業﹂の壁
ト リ ガー
ト リ ガー
組織改革
ステージ②
部門内最適化企業群
ステージ①
IT不良資産化企業群
情報技術による企業
プロセスの最適化
﹁経営﹂の壁
バックオフィ
スのIT化
電子計算機
の導入
EDI導入
EC導入
製品 としての
SCM
CRM
SF A
・
・
業務のIT化
製品 としての
E RP
人事
財務
・
・
コミニュケーショ
ンの最適化
「 シ ス テ ム」 の時代
情報技術の活用により
部門内最適化を実現
顧客視点
の徹底
ステージ③
組織全体最適化企業群
経営と直結した情報技術活用
により企業組織全体の最適化
を実現
ステージ④
共同体最適化企業群
情報技術活用によりバリュー
チェーンを構成する共同体全体
の最適化を実現
人材力/ブランド力
の総合強化
「深化する組織」への脱皮
ビジネス/経営管理
の高付加価値化
特定業務の改善
東証一部上場企業約400社から有効回答を得て調査を行った結果、
ステージ①: 14.9%
ステージ②: 65.8%
ステージ③: 17.0%
ステージ④: 2.3%
と、約7割の企業が部分最適までの段階に止まっており、マネジメント改革を伴う、すなわ
ち経営戦略とIT戦略の融合を伴うIT投資に踏み込めていないと考えられる。
入手した情報を囲い込み、入手した部局や企業の内部でしか活用しているままでは、
紙の時代から行っていた事務処理効率を、各縦割り業務の内部で効率化しようとしている
に過ぎない。 ビジネス分野においても、情報が「つながり」、知識資産として活かされよう、
組織の「壁」、経営の「壁」を越えて、顧客や業務の現場と経営が直接的に知識を共有する
ことが出来るような、全体最適志向の改善サイクルの確立を目指すことが必要である。
このため、第一に必要な取り組みは、IT投資を質・量の両面から支援していくことであ
る。
3-70
IT投資が組織の「壁」を超え、経営の全般に効果をもたらすよう、各組織におけるIT戦
略と経営戦略の融合を支援すべきである。企業におけるノンコアのビジネスプロセスにつ
いてアウトソーシングを促すとともに、IT投資の質の向上を図ることである。政府は、その
融合のあり方自体を規定するものではないが、その実現に役立つ方法論の開発支援、ベ
ストプラクティスの収集・提示やベンチマークの実施、人材育成の支援などを加速化する
環境整備を行うべきである。
また、「21世紀日本ビジョン」も指摘するように、少子高齢化が進み、厳しい国際競争に
晒される我が国にとっては、限られた生産要素を最大限活かすため、生産性を向上させ
ることが不可欠の課題である。
その道具の一つがIT活用であることは間違いない。
経営とITの融合が遅れ、ITの効果が「可視化」されにくいことによりITに対する投資が後
退すれば、ITによる積極的な「資本装備」を進める東アジア諸国との関係でも我が国は大
きく出遅れる恐れがあることから、ITを量的な面から支援することも必要である。このため、
IT投資減税などの税制、政策金融等などを通じIT投資の支援を拡充すべきである。
第二に、情報に関する適切・的確な統制の実現、情報公開と内部統制の健全な強化で
ある。
質・量ともにITの活用が進めば進むほど、深刻になるのは、情報に対するコントロール
の適正化による情報及びシステムへの信頼性の維持・向上である。この面での出遅れは、
ITによる企業及び社会システムとしての生産性向上が国際的な競争に入りつつある中、
我が国の国際競争力のボトル・ネックとなる恐れもある。このため、各企業はもとより、社
会全体としても、適切な情報公開の推進とともに、その統制の強化とリスクの低減に取り
組む必要がある。
第三に、「ビジネス分野」における「プラットフォーム・ビジネス」の形成に対する支援であ
る。
「生活分野」の場合と異なり、「ソリューション・ビジネス」の市場がある程度形成されて
きている「ビジネス分野」では、「プラットフォーム」の機能を持ったビジネス、例えば、eマ
ーケットプレースなども整いつつある。しかし、港湾の輸出入手続きをワンストップ化の整
備、電子債権市場の整備など、官民連携して、規制・制度改革も含めてその形成に取り組
んでいくべき領域は、まだ多く残されている。このため、制度・規制改革や必要な「プラット
フォーム」の構築に取り組むべきである。
② IT戦略と経営戦略の融合
経済産業省では、IT戦略と経営戦略の融合を阻む要素が見いだされるかどうか、マネ
ジメント改革とIT導入の戦略的な企画・管理について実態を調査するため、「CIO懇談会」
を開催。成功事例と思われる企業のCIO(Chief Information Officer:情報統括責任
者)を集めて、その戦略的な実行のあり方について検討を行った。
その詳細は、公表予定の報告に譲るが、全体最適化の段階に踏み込むためのITマネ
3-71
ジメント実現に向けて話題になったのは、大きく次の4点であった。
○ 「ブラックボックス」の追放、業務・システムの「可視化」
事業部門毎ではなく、企業全体にわたって、業務とシステム双方に横たわる
課題と現状を「可視化」すること。その作業を通じて、課題や非効率性を経営陣
が正しく理解させ、一緒に解決策を考えられるような体制を整えること。
○ IT投資に関する事業部門間、企業間での協働体制の確立
事業部門を超えた共通のIT基盤を整備し、各事業部門間、場合によっては他社
との間の競争と協調の局面をきちんと使い分けさせ、無駄な競争を排除するた
めの共通基盤整備と、差別化のためのITの活用とを整理させること。
○ 的確なIT投資管理の実践とIT投資の促進
そのために、その進展を内外に客観的に示せるような評価指標を整備し、そ
の達成を各事業部とともに確認しながら戦略的にIT投資を促進していくこと。
○ 人材育成・配置とITベンダ管理
ユーザ企業側の人材育成、特に、全社の「可視化」・全体企画を進めるアーキ
テクトやCIOの育成を的確に進めること。また、関連システム会社も含めて、社
内、関連会社、ITベンダとの関係を明確化し、人員の再配置、的確なベンダコン
トロールを実践していくこと。
③ CIOを中心とした新たなITマネジメントの確立
ⅰ) 業務・システムの「可視化」
経営戦略とIT戦略を融合させていくに当たって、社内の随所に潜むITの「ブラックボック
ス」を如何に追放するかが、最初の大きな課題となる。業務及びそれと一体化したシステ
ムの「可視化」の方法については、様々な方法が考えられるが、政府では、現在、現状の
「可視化」と全体最適を目指した理想像を明らかにするため、「業務・システム最適化計
画」の構築を、電子政府構築のために進めている。
その中では、エンタープライズ・アーキテクチャ(以下「EA」という。)と呼ばれる手法が
採用されているが、経済産業省では、政府の正式採用に先立ち、その統一的な方法論を
まとめた「EA策定ガイドライン」を策定し、その全てを公表した。また、本ガイドラインがE
A策定のための文法書に該当するとすれば、それに対して実際のEA策定に当たっての
辞書代わりとなる「EA参照モデル」の策定を進めており、2005年春には全体を公表する
予定としている。
こうしたEAの手法や、EA参照モデルは、本来、経済産業省自身、政府機関自身が自ら
の「可視化」のために導入したものであるが、その方法論は、地方自治体はもとより、広く
民間企業にも活用の可能なものとなっている。このため、政府自身の導入経験も踏まえ
ながら、EA策定による方法論のブラッシュアップを引き続き行い、ビジネス分野における
「ブラックボックス」追放を方法論の面から支援すべきである。
3-72
ⅱ) IT投資ベンチマーキング、ベストプラクティスの収集・開示の実践
全体最適を目指したIT投資の実践に当たっては、全社共通に情報を整理し管理するた
めの取り組みと、各業務現場自らの創意工夫を活かしてビジネスモデルの開拓に努める
取り組みを如何に両立させるかが、そういう意味で、全体最適化に向け、社内外で協調と
競争を如何に調和させるかが大きな課題である。
無論、業務・システムを「可視化」しても、それを最適な状態に向け直す取り組みのモチ
ベーションを導入しなければ、実際の改革活動は始まらない。結果として協調と競争の両
立を果たし全体最適を実現すべきことは提言できても、実際にそこにたどり着くためのモ
チベーションや管理の方法については、現場の状況や組織の正確などに応じて様々な取
り組み方が考えられ、それぞれがまさに個々の企業にとっての企業戦略になると考えら
れる。
政府では、こうした各企業の取り組みに対し、全体最適化に向けたIT投資の質の向上
に関するベンチマーキングを行うとともに、了解の得られる範囲内で先進的なベストプラ
クティス(「IT活用優秀事例」)を紹介・収集していくことで、より多くの大企業はもとより、な
かなかそれだけのリソースが得られない中堅・中小企業に対しても、IT投資の成果向上
に向けた取り組みを推進することが必要である。
また、企業内の動きばかりでなく、企業間でのECの促進や電子タグの活用についても、
実証実験の促進、先進事例の紹介、市場規模調査などを通じたベンチマーク評価の実践
を行うことが必要である。
ⅲ) IT投資評価指標の整備
全体最適に向けて、事業部門横断的に投資を進めていくに当たっては、IT投資への支
出を判断する経営陣に対してはもとより、各事業部門に対してもその成果を納得させるよ
う、極力客観的な指標によりその達成度評価が行えるようにすることが望ましい。しかし、
実際の客観的な評価指標の設定には、客観が難しい、成果が特定の評価指標だけでは
図れないなど、現場のコンセンサスを得ることが難しく、成果の「可視化」を行うことに苦し
む現場多いのも実態である。
経済産業省では、政府自身のIT投資について、その成果の「可視化」を進めるため、EA
参照モデルの一環として、現在、業績評価参照モデルの策定作業を進めている。この業
績評価参照モデルは、全政府の業務及び地方自治体の主要業務のうち、IT投資が適用さ
れる可能性の高い業務について、そのIT投資の効果を計測するために考えられる指標
集となっている。
また、業績評価指標を、どう組織全体のIT投資のポートフォリオ管理に活用していくか、I
Tベンダと契約を行う際のサービスレベル契約に活用していくかなど、その効果的な活用
方法についても整理を行っている。
この業績評価参照モデル自体は、政府向けのモデルではあるが、人事・会計をはじめと
するバックオフィス業務を始め、その指標は民間企業にも適用できるものも多く、また、そ
3-73
のポートフォリオ管理やサービスレベル契約への適用の手法は、そのまま世界の先進事
例としても紹介できる水準のものをとりまとめている。今後は、業績評価の政府への適用
の実践と、民間における普及・ベストプラクティスの収集・公開に努めることが必要であ
る。
なお、IT投資を進めていくに当たっては、その投資の効果を財務上どのように位置づけ
るかも、今後は大きな課題である。
従来、IT投資総額は、企業毎に売上等の一定割合を当てることが多く、社内でその金額
が査定される局面も少なかったため、財務上の取り扱いも企業によってバラツキが大き
かった。またその処理も、多くの場合、中間サービスの一環として費用処理されている例
が多いことから、必ずしも管理会計的な観点からその資産としての効率性を的確に計測
できる状況になっていないことが多い。しかし、今後、IT投資が企業にとっての戦略的な
資産となるためには、財務上もその効果を的確に評価し、戦略的な資産管理の一貫に取
り入れていくことが必要である。
CIO懇談会の成果によれば、そもそも、IT投資には、その段階に応じた性格の違いが
ある。
最初の段階では、各事業部門内や企業内に潜む無駄や非効率を排除するための徹底
した合理化の道具としてITが活用される。この段階では、ITはあくまでも今ある業務の遂
行を支援する手段に過ぎず、財務上も費用処理されるべき性格が強い。
これに対し、全体としての「可視化」及び経営陣の理解が進み全体最適化に取り組める
体制が整うようになると、全社的に効率的な競争力基盤となる共通のIT基盤を組織横断
的に整備する作業が始まる。さらに、それらも十分に整備されてくれば、最後に、それぞ
れの事業部門や各社の壁に捕らわれることなく、顧客のニーズを見ながらITが無くては
実現できない他社との差別化に繋がる商品やサービスの開発につなげるプロセスが開
始される。この段階では、資産として位置づけられるべき性格が強い。
このように、IT投資にはその内容や目的によって支出の内容に違いがあり、それに応
じた効果及び資産配分管理を行うことが、今後の企業経営にも必要となると考えられるが、
現状では、コストなのか資産なのかも見極めが付かない状態でIT投資が続けられている
という意味で、ITを活用する組織の成熟度に大きな問題を残している。このため、IT資産
管理のあり方や、IT投資を行っていく組織のIT活用成熟度についても、更に検討を行って
いくことが必要である。
ⅳ) ITユーザ向けの人材育成の推進
中長期的には、更なるIT投資の質の向上のため、利用者側での人材育成を積極的に
進めていくことが必要である。しかしながら、これまでは、各組織の情報システム部門が
OJTを中心にそれぞれの方法で人材を育成してきたのが実態であり、このため、全体最
適化時代のニーズに応えられるようなCIOや全体のアーキテクチャの設計・管理を出来
るような専門家の育成に大きく遅れている現状がある。
3-74
また、ITベンダとの役割分担も含め、どこまでをユーザ企業自身の仕事とし、どの部分
を関連会社の仕事とし、どの部分をベンダに委ねるのか、アウトソーシングを導入するの
であれば、それはどのような場合にどのような形で導入するのか、現在は、明確に整理
できないまま経緯に基づいて判断されていることも少なくない。このため、IT投資推進体
制を明確にするとともに、それに応じた人材の育成を進めていくことが必要である。
経済産業省においても、主としてITベンダを念頭に置いたITスキル標準を策定してきた
が、今後は、ITスキル標準を利用者側の活用も念頭に置いて拡充・改訂していくとともに、
ITアーキテクト等のプロフェッショナルコミュニティの充実、ユーザ側におけるベンダ管理
のための成熟度の向上のためのモデル提供などを通じて、ITユーザの人材育成・体制強
化を支援していくことが必要である。
④ IT投資の促進
IT投資の効果が部分最適段階に止まっている企業では、
○ 経営陣からみてブラックボックスが多くその効果が見えにくいこと
○ リースの更新など定期的なIT投資があるため、それ以上に関心を示さないケース
があること
○ ITバブル崩壊以降のITブーム離れの心理的影響
などから、必ずしもIT投資に前向きでない企業もある。しかし、ITは今や企業の生産性向
上に欠かせぬツールとなっており31、自らのマネジメント改革とともにその導入を進めるこ
とは不可欠の課題となっている。
このため、米国等と比べても質・量ともに遅れがみられる我が国企業のIT投資を促進
するため、IT投資促進税制による支援、政策金融による誘因付与やリスク補完など、IT投
資を政策的に強く誘導する必要がある。特に、IT投資に関しては、導入直後に成果が現
れるというよりも、継続的にある水準を維持することで効果を上げることも少なくないこと
から、中長期的に腰を据えて取り組みを行っていくことが重要である。
なお、中小企業についても、IT投資の負担感は少なくない。特に、大企業と異なり中小
企業の方が売上高等に占めるIT投資の割合が高くなる傾向があり、現在でも、政策金融
の融資制度の利用件数が極めて多い状況にある。このため、ITコーディネータなどITと経
営について正しく橋渡しを出来る人材の育成・活用普及と並行して、中小企業のIT投資に
対する政策金融の継続を行っていくことが望ましい。
⑤ 情報公開と内部統制の健全な強化、情報に対する統制の充実
情報システムを巡っては、「信頼という資産への集中投資」の部分でも整理したように、
31
IT投資と生産性向上の正の相関関係については、様々な論文が公表されているが、最新のものとして
は、例えば、元橋一之、「ITイノベーションの実証分析」(2005)、東洋経済新報社の第4章及び第5章に
詳しい。
3-75
情報漏洩やシステムダウンなど、各組織内の情報管理やシステムの信頼性の維持、事業
継続性管理など、情報に関わる全体的なリスク管理の充実が求められている。特にIT投
資の場合、「ある程度の事故が生じるのはやむを得ない」との視点から負のリスク評価を
行い、情報統制の向上によるリスク管理の効果を的確に行わなければ、必要な情報統制
への投資を誤る可能性もある。
このため、内部統制の一環として、情報システムや情報管理に対する的確なコントロー
ル体制を確立し、ITを効果的に活用出るよう、引き続き、情報システム監査基準の維持・
管理や情報システム監査に必要となる人材育成への支援等を行う。
また、各企業が積極的にインターネット等を通じて情報公開を行うようになれば、各企
業にとっても、それに対する評価を通じてより的確に内部改革を進めることが出来るよう
になる。また、インターネット上様々な情報が積極的に開示されることで、これらを顧客の
視点から活用促進するための新たなビジネスやプラットフォームの形成も促進し、企業に
対する市場評価の質を上げていくことにも貢献することが期待される。
このため、内外に対する情報のコントロールを効かせつつも、各企業が積極的に情報
公開を進めるよう、その環境整備のあり方について検討を進めていくことが有効であろ
う。
⑥ ビジネス分野における「プラットフォーム・ビジネス」の整備
生活分野の場合と異なり、ソリューション・ビジネスの市場がある程度形成されてきて
いるビジネス分野では、「プラットフォーム」としての機能を持ったビジネス、例えば、eマ
ーケットプレースなども整いつつある。
しかし、港湾の輸出入手続きをワンストップ化させるための仕組みの整備、電子債権法
制の整備など、官民連係して、規制・制度改革も含めてその形成に取り組んでいくべき領
域は、まだ多く残されている。
3-76
< 港湾輸出入手続きに関するe−Japan戦略関連記述の
抜粋
○e-Japan 重点計画2004(平成16年6月15日
IT 戦略本部決定)
●輸出入・港湾手続きのワンストップ化
輸出入・港湾手続について、既存システムの相互接続にとどまらず、手続の簡
素化、国際標準への準拠などその徹底した見直しをもとに、より信頼度が高くか
つ運用コストの低廉な新たなシステムを構築するため、業務・システムに係る最
適化計画を 2005 年度末までのできる限り早期に策定する。
また、手続の簡素化、国際標準への準拠の一環として、外航船舶の入出港に
関する手続や必要書類の簡素化を図ることを内容とする「国際海運の簡易化に関
する条約(仮称)(FAL条約)」の締結を行うための措置を 2004 年度中に講ずる。
その際、FAL条約で求められる締約国の順守すべき規準については、現在、我
が国が採用できないとされる標準規定の項目が諸外国と比較し多数存在する
が、これらの項目数を先進国並みにまで引き下げるよう、関係省庁は連携して、
着実な対応を図る。
○IT 政策パッケージ-2005(平成17年2月24日 IT 戦略本部決定)
●FAL 条約の締結など輸出入・港湾関連手続の最適化に向けた取組
ア)FAL条約(1965 年の国際海上交通の簡易化に関する条約(仮称))の締結
輸出入・港湾関連団体等から強い要望のあったFAL条約(1965 年の国際海
上交通の簡易化に関する条約(仮称))の締結については、関係各省の手続の
簡素化や申請書類の統一化を図ることにより、条約で規定された標準規定項
目との相違数を先進国並に引き下げ、第 162 回通常国会に条約を提出し、
2005 年末までに締結を行う。
イ)各省統一申請書のオンライン化
輸出入・港湾関連手続の最適化に向けた取組として、各官庁統一申請様式
を作成し、港湾関連手続については、2005 年 11 月にオンライン受付を開始す
る。また、輸出入関連手続については、企業の自社システムから直接データと
して送ること等を可能とする新たなインターフェースシステムを 2004 年度中に
導入する。
ウ)輸出入・港湾関連手続の最適化に向けた取組
輸出入・港湾関係手続の最適化に向けた取組については、FAL条約の対象
から外れる手続を含め、昨年 11 月 16 日の政務官会議にて了承された工程表
(FAL 条約など港湾関連手続の簡素化等に関する今後の進め方)に基づき、
着実に推進するとともに、最適化計画を 2005 年度末までのできる限り早期に
策定する。
3-77
<電子債権法制の整備>
経済・金融のIT化が進展する中で、揺籃期の新たな金融サービスと将来の
IT社会を見据えて、手形債権や指名債権の課題を解決するような新たな金銭
債権(電子債権)を創設することが喫緊の課題となっていることから、産業構
造審議会産業金融部会金融システム化に関する検討小委員会における電子債権
法(仮称)創設の提言を受けて、現在、ファイナンス事業懇談会(経済産業政
策局長私的懇談会)電子債権を活用したビジネスモデル検討WGにおいて、望
ましい電子債権のあり方や電子債権を活用したビジネスモデルについて、電子
債権法制の具体のための検討を実施中。
電子債権法制については、今後、金融庁や法務省の検討を経る予定であり、
IT政策パッケージにおいても2005年中に制度の骨格を明らかにすることが公表
されているところ。
なお、電子債権法制で定められる電子債権のイメージは、民間企業が設立する
電子債権管理機関(仮称)が管理している電子債権原簿(仮称)への登録によ
って発生し、電子債権原簿の書換えにより権利移転や消滅を実現するものであ
り、金銭債権に関する電子データに権利性を付与することを通じて、電子商取
引の推進、経済・金融のIT化の促進等に資することが期待されている。
電子債権管理機関
電子債権原簿
①発生登録
②移転登録
電子債権発生
A
債務者
B
電子債権譲渡 C
債権者
譲受人
③返済
このため、「5つの戦略」の第一としてとりまとめた、オープンな「プラットフォーム」の形
成を積極的に支援し、また、政府自身の関与が考えられるものについては、制度・規制改
革も含めて官民連携しつつ、その企画・構築に取り組んでいくことが必要と考えられる。
⑥ 中小企業のIT装備支援
ともすれば「全体最適化」を目指した動きから遅れがちとなる中小企業に対してIT装備
支援を行うことも必要である。
具体的には、IT経営応援隊事業を全国規模で展開し、IT導入の障害となっている3つの
3-78
「壁」(IT不信等による導入の「壁」、IT経営への理解不足からくる経営の「壁」、従来の取引
関係等からくる企業間連携の「壁」)を中小企業が越えやすくするための環境を整えるべ
きである。
その際、中小企業経営者自らが自社の経営課題とそれに対応したIT利活用の課題に
「気付き」、その解決のための継続的な改善活動(「IT経営成熟度向上」)を行うことができ
るような支援策を整備するとの視点が重要である。
このため、ITコーディネータをはじめとした多様な支援者の組み合わせからなるネット
ワークを構築し、官民連携・地域連携等を推進し、ITを通じて行う中小企業の経営改革や
「新連携」に対する支援を行うべきである。
さらに、多忙な中小企業の経営者にとっては、ITの双方向の遠隔教育方式を発展させ
た遠隔経営相談、IT活用相談、法務・税務・財務相談が行われるような「プラットフォーム」
の形成も重要である。
3-79
(3) 政府分野(ガバメント・ソリューション)
① インフラ整備から実利用の追求へ
第Ⅰ部でも見たとおり、我が国「電子政府」は、「e−Japan戦略」の推進の結果、インフ
ラ整備及び関連法制度の整備という点では「世界最先端」の現状にある。
しかし、その実際の利用や効果を見ると、他国との比較という意味で一定の進展をみて
はいるものの、決められた「インフラ及び制度整備を整えた」との印象を未だ免れない。
ミレニアム・プロジェクトという視点から外部の専門家を構成員として設置された、電子
政府評価・助言会議が行った評価を見ていると、すなわち、インフラの整備、制度の整備
などはほぼ計画通り進展しており、そうした面での進捗は評価されている。他方、それが
行政機関内部の独りよがりなものとならないよう、実利用及び内部合理化の側面できちん
とした評価・検証を行うこと、府省共通の課題及びその成果の転用が可能なものについて
は、府省横断的に取り組むべきことなどが指摘されている。
< 電子政府・評価助言会議による「平成15年度評価報告書」 抜粋
平成15年度における本プロジェクトの推進について、ほぼ計画どおりに進捗し
ていることは評価できる。今後の取組みに当たって留意すべき点は次のとおりで
ある。
○ 電子政府の実現は、政府内部の電子化・効率化だけが目標ではなく、そ
れを通じた社会全体の電子化が最終目標である。
○ 電子政府を進めるに当たっては、既存業務の流れを単に電子化するの
ではなく、システム構築前に思い切った業務改革や行政手続そのもの
の見直し・削減を実施するとともに、システム構築後の維持管理コスト等
を抑制する等、複数年度にわたる計画が必要である。電子化によるコス
ト削減等効果を出来るだけ数量的に把握することに努め、費用対効果を
検証することが必要である
○ 各府省に共通するシステムについては、政府全体で一元的なシステム
構築を着実に進め、地方自治体等でも同様の取り組みを実施することが
望まれる。先行府省のプロジェクトを通じて得られた成果及び知見は、
他府省や地方自治体等に移転・供与するとともに、再利用することが重
要であり、成果の再利用に関する評価も併せて行う必要がある。
○ インターネットの安全性・信頼性を揺るがす事例が深刻化していることを
踏まえ、セキュリティ技術開発、法制度の整備、システムの運用等あら
ゆる面において、国が中心となり、安全性・信頼性の確保に万全を期す
ことが必要である。
○ 国民のオンライン利用を促進させるため、周知・啓発活動の強化ととも
に、国民からの問い合わせに一元的に対応する「電子政府利用促進セ
ンター」等の取り組みが重要である。
○ 評価・助言会議の活動終了後も、学識経験者等の外部の専門家の知見
をより有効に活用しつつ、電子政府の取り組みを加速化することが重要
である。
3-80
すなわち、電子政府としてのインフラ整備は概ね整いつつあるが、それが利用者の視
点に立った本当に便利な道具となり、政府の課題解決能力の強化に役立つよう、従来の
「縦割り」を廃し、内部の業務改革に踏み込んだ「第2ステージ」の取り組みに移行すべき
である。実際、経済産業省においても、100%可能となったオンライン申請も、まだ開始さ
れたばかりのものが多いとはいえ、実利用率を見ると数%に過ぎないのが実情である。
この段階において生じる課題は、民間企業における「部分最適」から「全体最適」への
移行期に生じる課題と大枠は同じとなると思われる。
ただし、行政の場合、民間企業と異なり、売上や利益率といった市場からの評価が直接
的に得られないことから、ともすれば、改革のための「動機付け」が不足し、旧来の体制
が温存されてしまうことも結果として少なくない。
このため、的確な業績評価を意図的に導入し、その成果を内外に示し、改革への「動機
付け」を得ていくことが欠かせない。これらを勘案しながら、今後取り組むべき課題を整理
すると、次の4点に重訳されよう。
○ 業績評価指標を開発し、電子政府の効果を外部に徹底して開示、評価を仰ぐこ
と
○ その評価を基に、さらに内部の業務改革と一体となった電子政府システムの高
度化に取り組むこと。そのための手段として、的確な業務・システム最適化計画
の策定と実行に取り組むこと
○ それを可能にするための行政業務の企画立案と情報システムの企画立案の融
合を更に有機的に可能とするよう、IT投資実行体制の強化を図ること
○ 国と地方自治体が連携して電子自治体を推進していくこと
② 業績評価の積極的導入
インフラの整備を終え、積極的に業務改革に取り組んでいくためには、縦割りの論理を
超えて行政業務を効率化するためのビジョン・ミッションを明確に共有することが必要であ
る。しかし、そのビジョン・ミッションは極力客観的に数値等で表現されない限り、全体の活
動を理念的なものにとどめてしまう恐れもある。このため、従来政府が苦手としてきた行
政業績評価の客観化・定量化に更に進め、組織全体の改善サイクルの向上に自ら取り組
む必要がある。
ここで課題となるのは、業績の業績評価を本当に定量的に行えるのか、という問題であ
る。特に情報システムに関しては、導入直後から効果が得られるという性格のものでない
ことに加え、利用側の人材育成やITリテラシーの問題、利用を円滑化するための制度整
備など、様々な要素が複合的に関与している場合が多く、単一の指標で導入した電子政
府システムの是非を判断することは望ましくないケースも多い。
このため、その定量化に当たっては、以下のような点に留意しつつ、実証的にその導入
を進めていく必要があろう。
○ システム自体の整備、それによる直接的な効果、結果として得られる住民満足
3-81
度など、インプットの達成可否、アウトプットの状況、それにより得られたアウト
カムの3つの側面を総合的に評価すること。
○ 一つのシステムを導入年度のみで評価するのではなく、その経年的な変化を
重視しながら評価を行うこと。
○ 評価計測のためにたてた目標値の達成自体よりも、目標値からの乖離の原因
分析を重視し、その改善策を併せて提示するよう心がけること。
経済産業省では、こうしたITを活用した行政サービスの業績評価に取り組むために、業
績評価に活用できる指標の候補をデータベース化した「業績評価参照モデル」の試作版
を策定するとともに、「電子経済産業省構築事業」におけるモデル事業予算の評価の一環
として、その実践に取り組んでいるところである。
今後、「業績評価参照モデル」の試作版の公開とその改訂を行うと同時に、その改訂を
実のあるものとするためにも、経済産業省はもとより、民間企業や自治体への適用の支
援を進め、情報システムの導入効果測定手法の高度化に取り組むことが必要である。
③ 業務・システム最適化計画の策定・実行
平成17年度中の完成を目指し作業の進む、業務・システム最適化計画をより実のある
ものにするため、その策定作業に更に注力することが必要である。これらは、各府省や
各部局内部の縦割りを廃し、業務とシステムを積極的に効率化・高度化していこうとする
ものであるが、その実現に当たっては、計画といえども様々な課題が噴出しているのが
現状である。
最初に策定する計画が、利用者の満足度を100%保証するものとならないことも、10
0%実現可能な内容となるかどうかも、それが最初の計画となるだけに困難な側面があ
る。重要なことは、策定した計画と業績評価を結びつけ、継続的にその実行をモニタリン
グし、計画自体の改善を続けることである。インフラ整備や制度整備と異なり、現実の業
務改革では、作業現場のモチベーションを絵ながら、徐々にその改革を実行に移していく
ことが必要である。また、その実行段階で見いだされた新たな課題にも柔軟に対応してい
く柔軟性が求められる。このため、計画が計画通りに達成されることよりも、全体の課題
が「可視化」され、それを改善するための手段とタイムスケジュールが明示され、その枠
組みの中で各業務現場と全体最適化を進めるCIO側とかが一致協力して計画の実践に
当たることが重要である。
そのためにも、最初に策定される「業務・システム最適化計画」は、実現可能性の視点
に拘泥せず、利用者の視点から不要な「縦割り」は、仮に多少業務現場の効率性が阻害
されるとしても積極的に排除すべきとの視点から、その構築に取り組む必要がある。ま
た、計画を実態に合わせながら継続的に維持管理する体制を各府省で整えていくことが
重要である。
また、「業務・システム最適化計画」の策定を支援するため、計画の策定時に各府省・部
3-82
局がバラバラに類似した情報を収集し、不要に類似した標準を乱立させることのないよ
う、業績評価参照モデルに加えて、データ参照モデル、サービスコンポーネント参照モデ
ル、技術参照モデルなど、共通の辞書として参照できる「EA参照モデル」を整備し、その
普及を図るべきである。
④ 実行体制の強化
優れた改革プランの実行には、強力な実行体制が必要となる。我が国電子政府の構築
がインフラ構築有線で進んできたのも、それがややもすれば情報システムの問題と捉え
られ、ITの有無に関係なく業務改革を進め、行政サービスの質の向上自体を進めるという
意識に各府省が乏しかったからではないか、とも言えよう。
2003年に各府省に「各府省情報化統括責任者(CIO)」が任命され、同連絡会議が設
置されたことにより、最低限の体制は整えられたが、現実的には、CIOを業務改革の側面
から支える体制が各府省とも十分には整備されていないのが実情である。民間企業の場
合でも、これまでの業務体制を前提としていた部分最適の時代から、縦割り業務横断的な
「可視化」、IT基盤の導入を進め、全社的な改善サイクルを実現して行くに当たっては、CI
Oの設置はもとより、それを支える業務改革のための体制整備に取り組んでいる。
米国では、日本のCIO連絡会議に相当するCIO協議会32が、先進事例、インフラとアー
キテクチャ、IT投資管理体制の3つを取り組みの柱として、行政によるIT投資の質の向上
を推進している。また、全府省の業務・システム最適化を推進するため、EAPMO
(Enterprise Architecture Program Management Office: 業務・システム最適化計画
策定実行のためのプログラム管理オフィス)33がCIO協議会の「インフラとアーキテクチ
ャ」の取り組みの一部になう実行機関として行政予算管理局に設置されており、全体の活
動に必要となる方法論の開発と各府省の作業の進捗評価・支援を行っている。また、各府
省においても、CIOの下に「プログラム・マネジメント・オフィス」(PMO)が設置され、より
戦略的なIT投資の企画・実行管理を担当している。
このように、部分最適の時代と異なり、各業務部門横断的な課題を解決しながらシステ
ムの導入を進める全体最適では、それを担う体制の整備が必要となる。このため、経済
産業省自ら、業務改革と情報システム導入の一体的推進のための体制作りに取り組むほ
か、その成果を生かしつつ、IT投資の企画・管理をCIO補佐官の助言を十分に取り入れ
て進める「プログラム・マネジメント・オフィス」の設置のガイドラインを策定するなど、適切
なIT投資実行体制作りに取り組むべきである。
また、従来進めてきた政府調達制度改革についても、評価方式の見直し、入札参加資
格制度の柔軟運用、サービスレベル契約やEVMを導入し、さらに効率的な政府調達と電
子政府の実現を図っていくことが必要である。
32
33
http://www.cio.gov/ を参照。
http://www.whitehouse.gov/omb/egov/a-1-fea.html を参照
3-83
⑤ 電子自治体の活動支援
2004年10月に、関係府省及び自治体が参加する「電子行政推進国・地方自治体連絡
協議会」が設置され、国と地方自治体が連携して電子自治体を推進していくための枠組み
が整備された。また、その下で、統計業務など、国と地方がシステムの共通化や標準化を
進めやすい業務を中心に、データの共有・連携に取り組んだり、LGWANを活用した共同
アウトソーシングのための仕組みを構築するなど、国と地方が連係して行政の電子化を
進める動きが始まりつつある。
ただし、実際には、多くの側面で、似たような行政業務でも自治体によって業務実施方
法が異なったり、帳票やデータ管理の方法などについてもバラバラな側面があるのが実
態である。このため、各自治体が業務・システムの最適化を推進して行くに当たり、先ず
は必要な情報の「可視化」と最適な実行計画が策定されるよう、それを支援する人材をIT
コーディネータ等の活用支援などを通じて提供するとともに、その作業を支援する「EA策
定参照モデル」や調達ガイドラインを策定・公表し、先進的な自治体への導入支援を行う
ことが必要である。
< EA策定参照モデルとは>
• EA 策定に使う業務タイプ、データタイプ、アプリケーション構成、技術などを
広範に収集・整理し、EA の開発者が参照できるように整えたもの。
• 言語修得において、当初は文法が大事でも、最後は語彙量と辞書の活用が
重要となるように、EA 導入に当たっても、当初は技法(策定ガイドライン)の
優劣が大事でも、最後は、参照モデルにためられた知見と、それを使いこな
す人材の育成が鍵を握る。
政 策 ・業 務 参 照 モ デ ル
( B u s in e s s R e fe re n c e M o d e l )
政 策 ・業 務 体 系
( B u sin e ss A r ch ite ctu re )
業績測定参照モデル
( P e rfo r m a n ce R e fe r e n ce M o d e l )
<EA参照モデルの概要>
データ体系
( D a ta A r c h ite c tu r e)
データ参 照 モデル
(D a ta R e fe r e n c e M o d e l)
サ ー ビ ス コ ン ポ ー ネ ン ト参 照 モ デ ル
(S e rv ice C o m p o n e n t R e fe re n c e M o d e l )
適用処理体系
( A p p lic a tio n A rc h ite c tu r e )
技術参照モデル
(T e c h n ic a l R e fe r e n c e M o d e l )
技術体系
( T e c h n o lo g y A r c h ite c tu r e)
また、可能なものについては、データ標準の策定と共有、都道府県・市町村の枠組みを超
えた共同アウトソーシングやASPサービスの活用を積極的に推進することも必要である。
3-84
< 高知県におけるCDCの構築について>
高知県においては、県民がいつでもどこでも申請届出手続きが可能な環境を実現す
るために、共同利用型のセンターとして、県・市町村等が連携してCDC(データコミュニ
ティセンター)を設立、さらに、効率的な事業推進のための地域プラットフォームとしてC
DCを活用することで、地域の活性化を目指している。CDCは住民に対する電子申請
サービスだけでなく、データセンターやASPサービスの手法を用いて、これまで様々な
機関が個別に構築していた情報システムについて、情報をセンターに集約し、システ
ムの構築・運営を「共同利用」「アウトソーシング」することにより、サービスの高度化・
効率化、セキュリティの向上を実現するとともに、各種の事業や運営に係るノウハウを
蓄積・活用することを検討している。
http://www.pref.kochi.jp/~jyouhou/newplan/web/2005honpen.pdf
また、そうした先進的な取り組みをわかりやすく全国の自治体に先進事例として紹介して
いくことによって、今は一部の先進自治体にとどまる電子自治体の優秀な事例を、広く全国
に広めていくことも必要であろう。
さらに、公的個人認証サービスについても、その一層の有効活用策を検討し、普及するこ
とが求められている。
なお、上記の課題に取り組むに当たっては、行政の「縦割り」を拝していく取組みが併せ
て必要である。行政機関毎の「縦割り」を排除し、利用者本位で、透明性が高く、効率的で、
安全な行政サービスを提供するため、各府省の官房長クラスから構成される「情報化統括
責任者(CIO)連絡会議」が2003年7月に「電子政府構築計画」を策定し(2004年6月一部
改定)、「ワンストップ・サービス」の実現、業務・システムの効率化・合理化等の各課題に対
して各府省庁が連携して取り組んでいるところである。各行政機関は、今後も、このフレー
ムワークに沿って行動していくべきである。
3-85
(4) 社会的課題分野(ソーシャルシステム・ソリューション)
我が国は、少子高齢化、労働力人口の減少、環境問題の深刻化、学力の低下、労働市
場の未整備と「ニート」などの増加、医療・健康サービスのニーズの拡大、防犯・防災対策
などの安全・安心ニーズの高まりなど、大きな社会環境の変化を迎えつつある。
これらの諸課題の中には、ITによって有効なソリューションを提供し得るものも多いが、
我が国におけるITの利用は諸外国と比較してもまだ遅れている。一部には先進的にサー
ビスを提供しているものもあるが、事業性、収益性の観点から見ると課題も多く、普及・定
着しているものは必ずしも多いとは言えない。
今後、これらの課題に直面している主体を特定し、特に重要なニーズに対してきめ細か
いITサービスを提供することによって、サービス提供者の事業性を確保し、強化するとと
もに、社会問題の解決を目指す必要がある。
① 労働力人口の減少とニートの増加
第一に、今後ますます深刻化が予想される少子高齢化に対し、我が国においても、テ
レワークの促進を通じて、家庭と仕事を両立して働きたい意欲的な女性エンジニアを組織
化、通信ネットワークを通じた在宅勤務の実現や障害者の自立と社会参画などを積極的
に進めていく必要がある。
このため、平成17年度において、総務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省が共
同で産学官一体の「テレワーク推進フォーラム」を設立し、テレワークに関するノウハウの
共有や、テレワーク導入に関する課題の整理・解決を図っていくことを目指す。
第二に、年々増加しつつあるフリーター、「ニート」への対応を図るため、IT活用による
職業訓練・能力開発支援として、遠隔教育による職業訓練等を積極的に行うとともに、就
業機会の拡大を図るため、ITを活用した「ジョブ・カフェ」などを積極的に展開することが必
要である。
このため、IT技術の利点を積極的に生かして、全国各地の若者・フリーター等がいつで
もどこでも手軽に就業や仕事に役立つ知識・スキルを学べるよう、eラーニングを活用した
学習支援の仕組みを構築する「草の根 e ラーニング事業」を展開する。
② 環境問題の深刻化
第一に、地球温暖化対策、省エネルギー対策などの視点から、特に効率化の遅れがみ
られる民生部門における省エネルギー対策を、ITを積極的に活用して進めることが有効
である。
このため、ホームネットワークやセンサーなどを活用することによって、ムダな電力消
費の自動抑制や遠隔操作を行い、家全体のエネルギー使用量を最小化する HEMS(Home
Energy Management System) や 、 そ れ を ビ ル に 拡 張 し た BEMS(Building Energy
Management System)について積極的な普及を図るため、実証実験や導入支援を行う。
3-86
第二に、水質汚濁や土壌汚染等の環境悪化に加え、環境回復に費やす経済的付加の
大きい産業廃棄物の不法投棄は年間40万トン前後で推移しており、不法投棄の未然防
止、漏れのない循環型社会の形成が課題となっている。
確実な廃棄物処理を行うため電子化した廃棄物処理情報を排出事業者、収集運搬事業
者、処分業者がネットワークにより管理する電子マニュフェストシステムなど、IT先進技術
を使った取り組みについては、信頼性などの実現に向けた課題を整理し、それら課題の
克服状況を踏まえて、速やかに導入の促進を図る。
③ 学力の低下
第一に、現在我が国の学校へのITインフラ導入は「e−Japan戦略」のもとで進展しつ
つあるものの、国際的に見ても遅れている。我が国で8.8人となっているコンピュータ一
台当たりの児童・生徒数を5.4人にまで引き上げるとともに(「e−Japan重点計画−20
04」での「目標」)、校内LANの整備等により全ての教室をインターネットに接続すること
や概ね全ての教員がコンピュータを使って指導できることをめざし、教員自身のITリテラ
シーの向上を図る必要がある。また、情報セキュリティ向上にむけた取組も実施していく
必要がある。
このため、ITを活用した授業等の成功事例を広く情報提供し、ITを使うことのメリットを
教員に理解してもらい普及・定着させることが必要である。これにより、授業におけるIT活
用を単なるイベント的なもので終わらせることなく、真の定着をめざす。さらに、学校現場
の限られた予算の効果を最大化させるべく、多様かつ安価なITインフラの提供や遠隔教
育を活用した研修、さらには授業ですぐに活かせるような実践的な研修の実施を行う必要
がある。加えて、情報モラル教育も実施していく必要がある。
なお、図のとおり後期中等教育におけるコンピュータ1台当たりの生徒数は、日本で8.
4人となっており、北欧諸国、フランス、韓国等に比べ遅れている。
図 後期中等教育におけるコンピュータ1台当たりの生徒数
出所)文部科学省「データからみる日本の教育(2004)」
第二に、ITを活用した授業の高度化を積極的に模索すべきである。例えば、各普通教
室へプロジェクターや電子情報ボード等を常備することにより、より様々な画像情報や遠
隔教育コンテンツを活用した効果的な授業を行ったり、児童・生徒がコンピュータを通じて
3-87
様々な情報を得たり学習したりすることのできるよう、教材の開発などを進めていくことが
必要である。
このため、学校現場と教育関連企業等が協力し、学校現場のニーズや環境に即した教
材の開発・普及を行うことが必要である。さらに、初等中等教育から高度なIT技術に接す
ることのできる実践的教育を通じて、独創性の高いIT技術者の早期発掘・育成を推進して
いくことも必要である。
第三に、遠隔教育の活用の更なる活性化である。遠隔教育は、優れたカリキュラムや
教員等の授業及び企業での必要な知識・ノウハウ等を時間・空間の制約を受けずに効率
的かつ効果的に広く習得・共有するための不可欠の手段であり、その積極的な活用を一
層推し進めるべきである。
このため、遠隔教育による大学の単位取得を認めるなど、遠隔教育による指導に対す
る積極的な認知を与え、社会的にこれを支援していくことが必要である。同時に、高い相
互運用性の確保に向けた、技術的に必要な基盤整備も推進する必要がある。
④ 価値観の多様化を支える人材育成の基盤・キャリアパスの整備
労働のモビリティの向上のため、スキル要件、労働需給の状況、給与水準等労働市場
に関する情報を積極的に「可視化」し、公開していくことが必要である。例えば、米国では、
労働省がこれらを「職業ハンドブック」(Occupational Outlook Handbook)として編集し、ネッ
ト上で公開してされている。しかし、我が国では、こうしたスキル要件は、排他的な国家資
格等のある特殊な分野を除き、企業等がそれぞれ独自の基準で判断していることが多く、
また、各スキル要件を満たす人材の過不足や「単価」水準についても、業界内部で暗黙知
的に流通していることが多い。
我が国でも、IT人材の分野については、「ITスキル標準」が整備され、スキル要件を定
義し市場全体を調べることのできる新たな尺度が整備されたところである。
このため、第一に、先行的に開発・定着した「ITスキル標準」の一層の普及・定着を図る
べく、その改訂と普及・啓発や、「ITスキル標準」との整合性が活かされた形での情報処理
技術者試験の制度改革を続けるとともに、「ITスキル標準」のユーザ側への拡張・改訂な
どにも取り組んでいく必要がある。また、これを活用した市場調査などを積極的に支援し、
市場の透明化・可視化を進めていくべきである。
第二に、「ITスキル標準」で先駆的に得られた知見も活かしつつ、スキル標準の他分野
への適用も積極的に検討すべきである。ただし、スキル標準を製造業やその他のサービ
ス分野に展開していくに当たっては、人材育成という視点に引きずられすぎないことが肝
要である。ITスキル標準は、情報サービス産業において人材投資を促進するという施策
の狙いから人材育成・管理指針とすることを主要な目的として策定している。人材育成・管
理指針とする場合には、スキルのニーズに応じてどのような人材をどのようなスキルの
組み合わせにより育成・調達するかは、個々の事業者の企業戦略の問題となる。一方、
スキル標準を労働市場の「可視化」に適用する場合には、人材育成・管理指針としてでは
3-88
なく、労働市場で取引されるスキルの単位を因数分解的に説明した業務指針として策定
することが求められる。このため、先ずは、それぞれの分野の業務プロセスについて、し
っかりとした製造工学、金融工学などの工学的な基礎を得るべく、これらの活動を支援す
るとともに、これらをスキル標準の体型に落とす試みを積極的に支援することが必要であ
る。
第三に、「ジョブ・カフェ」などの活動の場を通じて、スキル標準に準拠した職業紹介を
推奨するとともに、これらに基づいた市場調査等を積極的に支援し、労働市場の可視化
に努めることが必要である。
⑤ 健康管理サービスの充実
患者本位の質の高い健康管理サービスを実現させるため、「e−Japan戦略」をさらに
発展させる形でITを活用した業務の効率化と高度化を目指すことが必要である。
業務の効率化の観点からは、特に診療報酬請求業務(レセプト)の電算化及びオンライ
ン化が喫緊の課題である。現在、我が国のレセプトは年間約16億件に上っており、その
大多数が紙媒体で存在している34。医療機関、審査支払機関及び保険者は、大量の紙媒
体の取扱いや再入力・再出力の手間等が生じており、ITの活用により効率的な業務運営
を実現することが可能な分野である。レセプト電算化及びオンライン化の最大の受益者は、
審査手数料の低下等により支払負担の軽減が予想される患者ではあるものの、医療機
関にとっては電算化及びオンライン化に積極的に対応するメリットが少ないため、普及が
なかなか進まない現状にある。
こうした課題を解決するには、医療機関にとって導入の「メリット」を感じるようなインセ
ンティブを付与することも必要であり、例えば、期限を区切って診療報酬制度においてレ
セプト加算を創設することも1つの可能性として考えられる。
また、ITを活用した医療の高度化については、特に遠隔医療の推進が必要である。現
在の診療報酬制度においては、主に次の3点が制約要因となっている。
具体的には、①TV電話等の画像を用いた診断を行った場合でも電話と同じ扱いである
こと、②「再診」のみが対象であること(初診の遠隔診断は診療報酬の対象外となってい
ること)、及び③医療機関の間で遠隔診断をした場合、「依頼された側」の医療機関には診
療報酬がないこと、が挙げられる。
こうした制約要因を取り除くためには、診療行為における「対面原則」など既存の制度
の見直しを行うとともに、ITを活用して医療の質の向上を図る観点から、既存制度や慣習
の抜本的な見直しを行うことも必要である。
34
医療機関が提出するレセプトの約85%が電子データで入力されているにもかかわらず、審査支払機
関に対する請求段階になると、電子データでの提出は約10%に止まっている。
3-89
⑥ 社会的な安全・安心の確保
第一に、ITを活用した治安対策の充実である。最近の治安情勢の悪化に対して不足す
る警察官数への対策として、ITを積極的に活用した対策の強化が期待される。
このため、例えば、仮釈放中の犯罪者のデータベース作成とGPSを活用したモニタリ
ングシステムの導入や、自動車盗難を防止・追跡する仕組みとして、イモビライザー(RFI
D技術を利用した自動車盗難防止システム)の導入促進などがあげられる。
第二に、ITを活用した災害対策の充実である。災害対策については、ITを活用すること
により発生後の迅速、的確な対応が期待される。例えば、携帯電話を利用した災害用伝
言サービスや被害の軽減を目的とした地上波デジタル放送を利用した携帯電話への緊急
地震速報の配信サービスの導入、ICカードやGIS等を活用した災害情報収集システム・
支援人員派遣システムや支援物資をRFIDで管理する救援物資管理・分配システムによ
る復旧支援サービス、被災者等を対象にした遠隔治療等を行う被災者健康管理システム
による医療・福祉サービスの導入等があげられる。
第三に、ITの社会基盤化に伴う、ITに関する信頼への投資の強化である。これについ
ては、第Ⅲ部「4.【安全・安心の追求】信頼という資産への集中的な投資」にまとめたよう
な対策の充実を着実に進めていくべきである。
3-90
【補論】
地域・中小企業を支える新連携 IT 経営応援隊と IT コーディネータ
∼「実験」から「実践」 「IT 経営」実現に向けた国の支援のあり方について∼
ここ数年の間、市場のグローバル化等に伴う競争環境の激変、従来の系列関係に基づく
下請構造の変化に伴う取引関係の変化等、我が国企業を巡る経営環境や市場構造は大きく
変わりつつある。例えば製造業に目を向けると、安い人件費等を背景としたアジア諸国のキ
ャッチアップ等により、良いものを安く大量に生産する従来のビジネスが通用しなくなりつつ
あり、また、個人の嗜好・価値観の多様化が進む等「売り手」から「買い手」が力を持つ傾向
も強まっている。
また、今後、これまで企業を支えてきた「団塊の世代」の経営幹部や熟練工等が2007年
前後に大量に一線を退く、いわゆる「2007年問題」も懸念されつつある。今後の人口減少
時代を目前に控える我が国において、経営者の交代、経営管理・品質管理手法の継承、と
いった問題に中堅・中小企業も直面することが予想される。
他方で、経営環境・市場構造の変革を前向きにとらえ、商品・サービスの高付加価値化、
経営資源の情報共有、新たな製品開発ノウハウの確立、販路開拓の刷新、新たなプレーヤ
ーの連携等の積極的な挑戦により成功を収めている中堅・中小企業は各地域で着実に増加
している。
「強い」中堅・中小企業像について
今後の我が国経済の発展のためには経営環境等の変化に負けない「強い」中堅・
中小企業が数多く輩出されることが重要である。これらの企業は、下請取引を脱却し
市場の直接開拓や提案型ビジネスを展開する等、経営の自立化や生き残りのため
の新しいビジネスモデルの構築を行っている。その際、中堅・中小企業は大企業と比
較して迅速でスピードある経営が容易であることから、市場セグメント等の絞りこみ
を行い、そこに経営資源を集中する等の思い切った取組を行い、製品・サービスの
高付加価値化や顧客満足度の向上を図る企業も存在する。
また、企業として「利益」を生み出し、それを株主や従業員に還元する仕組みを構
築することも重要である。例えば、従業員満足度の向上のために「ガラス張りの経
営」を実現し、社員の「やる気」を喚起している企業も存在する。
さらに、中長期的な視点から、顧客・従業員満足度の向上、社内人材育成、顧客・
取引先との継続的で良好な関係の構築等を通じて利益が継続して生み出される経
営組織を整備することも魅力ある企業創りを行う上で今後重要となろう。また、こうし
た取組により、優秀な人材を確保することも必要である。
このような経営の自立化・オープン化、顧客・従業員満足度の向上等の経営課題を解決す
るためにはITを活用した経営が必須となってくる。
3-91
このような中堅・中小企業の取組を支えるポイントの一つがITの利活用にある。企業経
営におけるITの利用局面はここ数年で飛躍的に拡大しており、経理・会計等のバックオフ
ィス業務から、商品開発、生産、流通の各局面に至るまで幅広い業務領域にITが利用さ
れ始めている。また、個人情報保護法等のコンプライアンス(法令尊守)への対応や、企
業を守るための情報セキュリティ等の対策が不可欠になってきており、ITは経営を行う上
で所与の前提となりつつある。
このように、ITの利活用の成否が中堅・中小企業にとっても生き残りのための必須の要
素となっていることは論を待たない。そして、中堅・中小企業の「IT 経営」への挑戦をサポ
ートする地域の支援インフラも、新たなネットワークを創成しつつ、この動きに的確に対応
し始めている。しかしながら、このような中堅・中小企業のITの利活用高度化の先進事例
はいまだ「点」にとどまり、全国的な「量」としての拡大に至っていない。今まさに、政府の
中堅・中小企業のIT利活用促進政策は、この現状を踏まえた新たな段階へ進化すること
が求められている。
① 中堅・中小企業のIT利活用の課題と現状
これまで6年間にわたって展開してきたITSSP事業や経営者の立場に立って経営とIT
を橋渡しし、真に経営に役立つIT投資を支援するITコーディネータ制度の推進等の過程
の中で、多くの中堅・中小企業の高度なIT利活用の事例が生まれつつある。
ITSSP事業:ITソリューション・スクエア・プロジェクト:戦略的情報化投資活性化
中堅・中小企業における戦略的情報化投資の活性化を促進するために、中堅・中小企業経営
者に対するメールマガジンの発行、情報化投資事例を紹介するセミナー等の情報提供を行うと
ともに、IT コーディネータ等の専門家を活用した経営者向け研修会等を実施。平成11年度の事
業開始から平成16年度までの参加者は27,000名を超える。
具体的な支援としては、①セミナー(IT化事例発表会)、②専門家のコーディネーションの下、
経営者同士が日頃悩んでいる経営や情報化に関する課題の解決方法を話し合う「経営者交流
会」、③経営革新や情報化の進め方について事例を通して学ぶ「経営者研修会」、④具体的なIT
投資を行う際に必要なIT化実施計画書や発注仕様書の作成を支援する「IT計画書策定コンサル
ティング事業」、⑤情報化の実施やその効果の定期的な確認を支援する「IT投資コンサルティン
グ事業」等を展開。
ITコーディネータ
1999年の通商産業省(現:経済産業省)における産業構造審議会情報産業部会情報化人材
対策小委員会の中間報告(∼戦略的情報化投資による経済再生を支える人材育成∼)において
提案された、経営者側に立って経営とITの橋渡しを行い、戦略的な情報化投資の成功を支援す
る専門家のこと。制度の運営は特定非営利活動法人ITコーディネータ協会が行っており、現在ま
でに5,701人(2004年12月現在:ITコーディネータ及びITコーディネータ補)を輩出している。
3-92
梅田和紙株式会社
福井県今立町にある梅田和紙株式会社は、伝統工芸品として国から認定を受けている「越前和
紙」の製造を行っている。「越前和紙」の売上増加のために、2001年にITSSP事業に参加し、IT
コーディネータと相談を行った。当初はホームページを制作して受注を増やしたいとの相談であっ
たが、ITコーディネータは、手漉き和紙の顧客の大半が書道家などのリピーターであることから判
断して、まず既存顧客を確実につなぎとめるためのIT活用を提案した。
手漉き和紙は、書道家からの大きさや材料などの指定が微妙に異なる、一品一様の究極の多
品種少量生産品であるため、在庫を抱えることは事実上不可能である。また、受注から製造完了
まで2週間以上の日数がかかる。しかし、顧客の多くは手持ちの和紙が切れてから注文してくるた
め、商品を届けるまでどうしても顧客を待たせてしまうことになる。そこで、納品した和紙が客先で
使い切られる前に連絡して注文を打診する「御用聞きシステム」の開発に着手。顧客満足度を上
げて他社への乗り換えを防ぐと同時に、生産スケジュールも立てやすい仕組み作りに乗り出し
た。2002年11月に完成したシステムでは、まず顧客がいつ、どのような和紙を、どれくらい購入
したかというデータが記録され、このデータを基に購入サイクルを自動的に計算し、納品和紙が無
くなりそうな顧客のリストアップを行う。その後、顧客に電話やファクスにより連絡を行い、早期の
受注確保を目指した。
システム導入後の顧客の反応は良好で、こうしたサービス向上を受けて新たな顧客を紹介して
くれる書道家も出てきた。現在は最終顧客の書道家だけでなく流通問屋の営業もこの情報を求め
ており、機械和紙にもこのシステムを適用するなど、IT化による売上増加に一層注力していく。
また梅田社長から影響を受けた福井県和紙工業協同組合は「和紙トレーサビリティ」を始めた。
フジ矢株式会社
大阪府東大阪市あるフジ矢株式会社は1923年創業の国内トップのペンチメーカー。200
1年秋にITSSP事業に参加し、経営分析などの指導を受けたのがきっかけで企業改革に着
手した。在庫の肥大化や在庫切れのリスクを回避しながらペンチの多品種少量生産を実現さ
せるという経営課題に対して、ITコーディネータがコンサルティングを実施した。営業と製造が
一体となり“売れる分だけ作る”効率的で無駄のない生産管理システムの構築に取り組む。そ
の結果、営業担当者の販売予測データと在庫数を基に各アイテムの生産時期が自動的に決
定されるシステムが完成した。全社員が一丸となって注力した甲斐もあり、システム稼働後、
わずか半年で売上10%アップ、コスト5%削減に成功した。更にその後も改善努力を継続し
た結果、導入2年後には、売上25%アップ、在庫は30%削減、コストは20%削減することに
成功し、2003年度の中小企業総合事業団理事長賞受賞、2005年度の関西IT百選優秀企業
にも選ばれている。
3-93
昭和電機株式会社
1950年創業の風力機械のトップメーカーであり、工業機械に組み込む電動送風機や集じ
ん機などが主力製品。専門知識が必要な製品を扱い、商品点数も多いため、従来から営業社
員が顧客からの技術的な質問に即座に答えられないケースがあり、それに対応するために
技術部門の作業が滞るなどの問題が生じていた。そこで、2002年7月に対応策として、頻度
の高い質問と回答内容をまとめたデータベースを構築し、営業部門がいつでもそれを参照で
きるようにした。これにより顧客へのスピーディな回答を実現。また、このシステムによって技
術部門が同じような質問に何度も答えるといった無駄をなくした。さらに、設計図を検索できる
システムの構築により顧客への設計図面等の提出も大幅に迅速化した。(従来1日かかって
いた資料が10分で提供可能となり、設計部門への負荷が1日当たり5時間減る等の効果が
しかしながら、中堅・中小企業全体のIT利活用は、いまだ爆発的な量的拡大には至ってい
ない。この要因を分析する中で、中堅・中小企業のIT利活用の推進にあたっての課題は、大
企業における課題と多くが一致する一方で、独自の特徴を有することが明らかとなってき
た。
中小企業におけるIT利活用の実態について
電子商取引推進協議会(ECOM)において、比較的IT又は電子商取引(EC)を指向していると
想定できる中小企業に対して実施した「中小企業における電子商取引(EC)実態調査」(2004年
1月)において、電子商取引(EC)の実施率(取引先数)が約4%にとどまるといった結果が出され
ているなど、電子商取引の進展とはいいつつも、その活用実態は極めて低い状況にある。
3-94
(資料)
図 電子商取引(EC)の実施率(取引先数)
電子商取引(EC)の実施率(取引先数)
購入EC
4.3%
販売EC
電子商取引先社
数(平均):12.6社
4.6%
電子商取引先社
数(平均):24.4社
取引先社数
全体平均:536社
取引先社数
全体平均:294社
母数:584社
母数:291社
備考:・EC実施率(取引先数):ECを実施している商取引先数の全商取引社数に対する割合。
・母数は,EC導入企業数。
出所:電子商取引推進協議会 「中小企業における電子商取引(EC)実態調査」
また、経済産業省、電子商取引推進協議会(ECOM)、NTTデータ経営研究所によ
る調査、「平成15年度IT業務連携に関する実態調査」(情報経済アウトルック2004)
(2005年1月11日)においては、大企業を含む我が国の企業においては、ITを活用
できていない又はIT活用が部門内にとどまっており企業をまたぐバリューチェーン全体
の最適化を行うまでには至っていないことが明らかにされた。また、大企業と比較して
中小企業のITに対する取組が進んでいないことも明らかにされている。
図 IT活用成熟度
0.1%
大企業
39.5%
38.6%
17.3%
(n=256)
3.7%
ITを活用できていない
部門内の最適化を実現
0.8%
中小企業
58.3%
31.3%
(n=252)
6.9% 2.7%
企業全体の最適化を実現
バリューチェーン全体の最適化を実現
無回答 0%
20%
40%
60%
80%
100%
出所:経済産業省、電子商取引推進協議会、(株)NTT データ経営研究所「平成15年度IT 業務連携に関する実態調査」
3-95
図 IT活用の狙い
77.2%
80.0%
62.7%
58.3%
51.7%
57.9%
60.0%
57.3%
43.5%
41.4%
中小企業 (n=252)
(n=256)
大企業
37.8%
40.0%
17.1%
20.0%
※2
※3
※4
知識情報
の管 理
※1
製品情報
の管 理
顧客情報
の管 理
生 産 ・物 流
情 報 等 の管 理
財 務 ・人 事
情 報 等 の管 理
0.0%
※5
※1 財務会計、人事等の経営情報を総合的に管理するため
※2 需要予測、資材調達、在庫管理、生産、搬送等の生産・物流情報を総合的に管理するため
※3 顧客との関係構築の推進に向けて顧客情報を総合的に管理するため
※4 開発、生産、出荷後のサポート等の過程を通じて製品情報を総合的に管理するため
※5 個人や組織の持っている知識・情報を組織全体で総合的に管理するため
図 IT 活用の狙いとソリューション導入
80.0%
60.0%
44.6%
40.0%
中小企業 (n=252)
(n=256)
大企業
30.6%
18.7%
20.0%
4.0%
0.0%
※6
ERP/EAI
3.9%
1.3%
1.6%
※7
SCM
19.8%
18.9%
※8
CRM
8.5%
※9
PLM
※10
KM
※6
Enterprise Resource Planning/ Enterprise Application Integration
※7
Supply Chain Management
※8
Customer Relationship Management
※9
Products Lifecycle Management
※10 knowledge management
出所:経済産業省、電子商取引推進協議会、(株)NTT データ経営研究所「平成15年度IT 業務連携に関する実態調査」
3-96
ⅰ) IT経営の成熟度向上の重要性
中堅・中小企業におけるIT利活用の意義については、ITの投資内容・導入の是非に焦
点が当たる傾向がいまだに強い。ここで、企業の大小を問わず、「経営課題の実現にITを
活用する」意義を再確認する必要がある。すなわち、「経営」が「IT」を利用するのであって、
ITインフラの導入自体を目的化することは本末転倒であることを理解することが重要であ
る。例えば、ITを積極的に活用している中堅・中小企業の中には、限られた社内リソース
を勘案し、限定的な業務に戦略的にIT投資を集中投下することで大きな成果を上げてい
る企業も存在する。経営とITが一体不可分となって機能することで企業の競争力そのもの
を規定する「IT経営」(「経営なきITなし」「ITなき経営なし」)という考え方を関係者が共有す
ることが必要である。
久米繊維工業株式会社
1935年創業、1960年設立。Tシャツの製造・販売などを手がけている。Tシャツ市場におい
て、自分でオリジナルTシャツを作りたい生活者・デザイナー・ショップ等のニーズに敏感に反
応。自社で保有している技術とインターネットを活用し、顧客が希望するデザインのTシャツを製
造するビジネスに着手。顧客のタイプに応じ、初めての顧客やオリジナルTシャツを作りたいが
細かいデザインはあまり気にしない顧客に対しては、あらかじめ決められたパターンのデザイ
ンにより平易に製造を行う一方、より高度なデザインを希望する顧客に対しては、e-ラーニング
プログラムを提供することにより顧客側でデザインを可能となる仕組みを構築した。これにより
商品戦略と製販システム自体をシンプルにし、コスト削減を実現するとともに、顧客の満足度の
向上に成功した。顧客が入力したオーダーメイド情報を製造や物流に連動するシステムと、既存
の代理店やネット代理店と共生するアフィリエイトシステムを今後導入していく予定である。
次に、IT利活用を考える上で考慮すべき点としては、IT投資を「成功」「失敗」の単純な
軸でとらえることは困難であることが挙げられる。IT投資の目的が企業戦略の実現にある
以上、その時々の企業の成熟度や経営戦略に対応して投資内容は変化し続ける。また、I
T投資は経営改革に向けた努力が継続しなければ効果を発揮しない。すなわち、経営の
成熟度がその企業にとってのIT利活用の成熟度を規定するとともに、IT利活用の成熟度
が経営の成熟度を規定するという、いわば、「IT経営成熟度」ともいうべき両者の相互依
存関係に留意する必要がある。単発のIT投資の成果のみでIT経営の成否を判断すること
はできず、IT経営の「成熟度向上」に向けた不断の努力こそが重要となる。
大企業と異なり経営者のガバナンスが素早く社全体に行き渡りやすい中堅・中小企業に
おいては、IT経営成熟度の向上のスピードは大企業よりもはるかに速くなる可能性が大
きいといえる。中堅・中小企業は、経営環境の変化を逆境ととらえるのではなく競争力強
化への後押しになるきっかけとして前向きにとらえることが必要である。
ⅱ) IT経営の推進を妨げる「3つの壁」と「気付き」の重要性
3-97
中堅・中小企業のIT経営の推進に当たっては、それを妨げる以下の異なる「壁」が存在
する。特に、IT導入そのものを行わない「IT導入の壁」、既存の取引関係の変革を行うこと
が困難な「企業間連携の壁」に特徴がある。また、IT経営成熟度の向上のためには企業
の状況によって異なる壁を乗り越える必要があるが、それぞれの壁の原因を中堅・中小
企業の経営者自らが「気付く」プロセスが重要である。
参考
中堅・中小企業のIT化成熟度チャート
IT成熟度向上のステップ
第1段階:IT導入
IT経営フェーズ2
IT経営フェーズ2
(企業間でのネットワーク化)
(企業間でのネットワーク化)
情報
報シ
の領
領域
域や
や規
規模
模
シス
ステ
テム
ムの
情
領
域
規
模
大
企業間連携の壁
IT経営フェーズ1
IT経営フェーズ1
第2段階:IT活用
(組織内でのネットワーク化)
(組織内でのネットワーク化)
③企業間連携
の壁
①IT導入の壁
そもそもITを導入しようとしない
IT導入の壁
経営の壁
企業間を結びつけない
②経営の壁
IT活用
IT活用
経営にITを結びつけない
・
領
域
規
模
小
( 効 果 )
業務効率化
(経営的観点) 担当者個人
業務改善
管理者配置
○一部のパソコンがネットワークで繋がっている
が、全社的な電子データ共有の仕組みは無い。
○例えば、技術部門と生産部門のネットワークは
繋がっておらず、図形情報交換は紙ベースで
行っている。
第3段階:IT経営フェーズ1
経営者の思いを具現化する情報システ
ムの構築その結果、IT活用の成熟度と
経営状況が向上
○事務所内のパソコンはネットワークで繋がって
おり、経営や業務に必要なデータは共有され、
リアルタイムで見ることができる。
○電子化図面情報の部門間共有化が行われて
いる。
IT導入
IT導入
(活用の熟度) 業務の一部
1部門/特定分野
○電子情報の利用が個人所有のパソコンベース
で行われているが、電子情報の共有化は行わ
れていない。
○データの交換はフロッピーディスクや紙の印刷
物で行っている。
社内全体
業務プロセスの改善
ビジネスモデルの改革
経営者自らのコミット
関連する企業間
第4段階:IT経営フェーズ2
企業という組織を超えて情報システム
を構築。その結果、更にIT活用の成熟
度と経営状況が向上
経営改革の熟度や広がり
経営改革の熟度や広がり
(IT導入の壁)
IT導入自体に関心を有しないなど、IT導入そのものを妨げる壁。この壁をより分解すると、中
堅企業を中心にIT導入済の企業のIT投資の効果に対する疑念等に基づく「IT不信の壁」や、中
小零細企業を中心とするIT未導入企業のITに対する「無関心の壁」等が存在する。
(経営の壁)
IT導入自体を目的としたIT投資に終始するなど、ITの本格的な利活用に至らないことによりIT
経営への道を妨げる壁。IT経営の実現のためには、企業戦略に基づいたIT利活用戦略を明確
に設定し、さらに、組織改革、企業戦略の見直し等の経営者のコミットに基づく経営努力がIT投
資と一体になって継続される必要がある。大企業よりも中堅・中小企業の方がIT経営に向けた
取り組みが早く行うことができる場合も多い。
3-98
(企業間連携の壁)
IT導入の壁を打破した企業がIT経営成熟度を向上する過程で、企業や業務の枠を越えた経営
変革に挑戦するとぶつかる壁。既存の取引関係等に縛られ、新たな企業間連携を的確に進める
ことができずIT利活用が実質化しない。先進的なIT利活用を進めている中堅・中小企業の多くが
この壁にぶつかり成長が鈍化するケースが多い。
東海バネ工業の「気付き」
東海バネ工業株式会社は1944年創立の金属バネ製造メーカで、従業員数70人、売上13億
円。創業以来培ってきた技術力をベースに、他社には製造できない特殊用途のバネの単品受注
生産に特化するニッチ路線で成功した企業。1979年以来、中小企業としては早くから情報化に
取り組み、一度受注した注文であれば、10年前の1つの注文でも全く同じものが生産可能で、
納期の回答も即座にできる「究極のシステム」を作り上げていた。ここ数年、売上は横ばいが続
いたものの、経営上の問題は生じていないとの認識であった。
しかし、これまでの情報化において関係のあったITベンダ企業からの勧めもあり、2002年に
大阪産業創造館主催のIT化支援プロジェクト「西岡IT塾」に参加した。ここでITコーディネータか
ら大量の材料在庫を抱えているためにキャッシュフロー上の課題があること、また、既存顧客に
頼りすぎて、新規顧客の開拓が進んでいない、と予想外の指摘を受ける。東海バネ工業はバネ
を1個からでも受注する多品種少量生産を基本としているため、様々な種類の製品作りに常に
対応できるよう、大量の材料在庫が必要であり、在庫削減はタブーとされていた。一方で、新規
顧客開拓は過去に何度か営業マンを使って試みていたが、競争も激しくコスト倒れで頓挫してい
た。いずれも、同社にとって聖域とされてきた問題であったが、IT利活用で解決できるとのアド
バイスを受け、半信半疑ながら更なる成長のためにITコーディネータ等の協力の下でIT投資に
取り組む決心を固めた。
2003年3月までにホームページを全面的に刷新。同社の核であるバネ造り技術と製品関連
情報の公開に踏み切る。それと同時に、バネの設計や技術関連の問い合わせができるボタン
をトップページに配置するなどの工夫も施した。また、検索エンジンの検索結果で上位に表示さ
れるようにキーワード選定にも注力。結果的にホームページへの新規訪問者は毎月5000人以
上を記録し、新規開拓案件は1年間で100件(受注額約3000万円)を超え、従来では考えられ
なかった国立大学の研究室や大企業の研究所等からも仕事が舞い込んだ。
さらに創業以来、社外秘としてきた材料在庫情報をWeb上で公開すること等により、在庫金額
の17%削減を達成。経営者はITコーディネータ等による助言によりタブーを破る勇気ある決断
を下し、IT化と言う武器を有効に機能させるプロジェクトを成功させた。現在、台湾の台北市に建
設された世界一の高層ビル「タイペイ101」(508m)に設置されている世界最速のエレベータ
の安全装置や、今後打ち上げられる天文観測衛星の望遠鏡部分に同社製のバネが採用される
など、国内外に販路を拡大中。
3-99
湯沢温泉旅館商業協同組合の「気付き」
全国有数の温泉地である新潟県湯沢町の旅館経営者は、町をトータルに楽しむようになって
きている宿泊客の志向性の変化に対応するためのIT化を模索。しかし、IT投資に躊躇する経営
者が多いため、ITコーディネータが費用をかけず、ITを活用することで、まずは成功体験を実感
することを提案。初期投資が不要な商用ネット予約サービスに空室を登録し、複数の旅行代理店
サイトからでも自社Webサイトからでも予約が入れば旅館側にメールやFAXで連絡が入る仕組
みに加入。この仕組みは初期投資が不要な点に加え、各宿にとってはこれまでの仕事の仕方
(業務手順)に全く手を加えないため、採用に抵抗がなかった。新予約システムの稼働から2ヶ月
でネット経由の組合旅館の予約数は従来の月300件から月900件以上に大幅増加した。また、
手数料は1件の成約につき100円であるため、わずか9万円の投資で月1000万円の売上増を
実現した。経営者はその効果を実感し、今は宿泊客の特性をつかむためのデータベース作りの
ステップに取り掛かっている。
ⅲ) 効果的な支援体制 点から面へ 異なる支援者のネットワーク化
また、ITSSP事業を展開する中で、効果的な施策実施体制についても多くのことが明ら
かとなってきた。成功している取組のポイントは、地域の特性に応じた独自の支援体制の
構築、複数の支援機関の連携・官民の連携による総合的な支援体制の構築にある。
すなわち、企業の「IT経営成熟度」に応じて柔軟な支援が提供される切れ目ない支援イ
ンフラが整っており、それを地域の特性に応じて複数の支援者(地方自治体、地域ソフト
ウェアセンタ−、公益法人、商工会議所・商工会等中小企業関係団体、NPO法人、民間事
業者、金融機関、ITベンダ、会計士、税理士、ITコーディネータ等)がサポートする体制が
整っていることが事業の円滑な展開に当たって重要な要素となる。このために、成功した
事例では、複数の支援者をコーディネートする「コーディネート機関のコーディネータ」が
金融機関を初めとする民間企業も巻き込んだ厚みのある支援体制を構築するケースが
多い。
今後の政策展開にあたっては、地域ごとの実態に合わせて異なる支援主体の最適な組
み合わせを模索し、また、官民連携による「中堅・中小企業支援の市場化」に向けた試み
を行うことが必要である。例えば、中堅・中小企業のIT経営支援に対応するために地域の
ITベンダには中堅・中小企業のニーズにこたえ得る体制を整備することが期待される。地
域のITベンダがユーザ本位の姿勢を強くすることは、社内人材の育成や開発力の強化に
つながり、これまで同業者取引が多かった地域ベンダの競争力強化につながることも期
待される。
3-100
セミナーの集客に成功したケース
経済産業省がITSSP事業の一環として展開してきた、「経営力を高めるための中小企業IT化
推進フェア(以下、ITフェア、と言う。)」(2004年6月)の中部地域の実施において、地元の社団
法人中部経営情報化協会が開催する「ビジネスウェーブ21」と連携するとともに、政府系金融機
関と地元の第3セクター事業者との連携による情報化投資成功事例紹介を核としたセミナーを
実施。フェアの来場者が3日間で3万人に達するとともに、セミナーの参加者が6月9日だけで4
20人(3日間で約700人)となる等、集客面において効果が現れた。このケースでは、①名古
屋地域で歴史のあるビジネスウェーブ21という、社団法人中部経営情報化協会のイベントとの
コラボレーションが中部経済産業局の音頭の下で比較的スムーズに行われた、②中小企業向
け情報化支援サービスを積極的に展開している第3セクター事業者が事業の実施機関となり、I
Tコーディネータ組織や金融機関との連携による効果的な宣伝及び事業の実施が行われた、③
金融機関は、「リレーションシップバンキング」を背景とした中小企業顧客に対する新サービス提
供や優良貸出先の掘り起こしに関心があり、宣伝・集客面で協力を行った、④セミナーの開催後
に、ITコーディネータによる相談会の時間を設けるなどのきめ細かなサービスが行われた、等
の特徴が挙げられる。
ITSSP事業事例:集客を図るための連携
ビジネスウェーブ21
来場者3万人(H16.6.9∼11)
主催:中部経営情報化協会
効果的な導線の
設定など
中小企業向けITソリュー
ションの展示
出展
連携
中小企業IT
化推進フェア
中小企業IT化推進フェア
主催:独立行政法人情報処理推進機構
/ITSSP事務局
ITを活用した経営革新事例
セミナー
後援の実施
集客面の協力
IT経営応援隊参加メンバー
ITコーディネータ協会
政府系金融機関
第3セクター事業者
経済産業省・中部経済産業局
3-101
大セミナー H(
. . に)て420名集客
︵3日間で約700人︶
OA・情報化の総合展示会
16
6
9
セミナー参加企業がIT投資を実行するに至るまでのプロセスの支援に成功したケース
中小企業を支援する場面においては、あらかじめ目標を立てて切れ目ない支援を行うことが
有効である。(財)関西情報・産業活性化支援センターは、最終目標をIT活用型経営革新モデル
事業補助金(※1)申請におきつつ、第1ステップとして、IT化事例発表会を地元の金融機関等と
の連携により実施。金融機関等からIT化に意欲の高い企業の推薦があり、それらの企業に参
加を呼びかけることで集客に成功につなげた。この事例発表会終了後、ITコーディネータを配
置した個別相談ブースを設置し、中小企業経営者と金融機関担当者とITコーディネータ3名によ
る相談を実施する等、IT化に戸惑う中小企業経営者を的確にサポート。第2ステップとして、IT
化事例発表会等に参加しIT導入に積極的になりつつある中小企業経営者に対して、経営者研
修会への参加を呼びかけた。第3ステップとして、その呼びかけに応じた中小企業経営者に対
して当該研修会やITコーディネータなどの専門家の派遣を行うIT推進アドバイザー派遣事業
(※2)及び計画書策定コンサルティング事業を活用して、「情報化企画書策定」の支援を実施。
このような取組の中からIT活用型経営革新モデル補助金の申請を実施した企業が輩出され4
件が採択。中小企業、金融機関両者にとってメリットのある事業スキームを作ったことがポイン
ト。
ITSSP事業事例:切れ目ない施策の提供
1.ITSSP事業の事例発表会
金融機関と連携し、参加者の半数強を集客。
・地域の金融機関(信用金庫)からIT化に対して意欲の高い企業を推薦してもらい、実施機関より参
加の呼びかけ。
・事例発表会終了後、ITコーディネータを配置した個別相談ブースを設置し、中小企業経営者と地域
の金融機関(信用金庫)担当者とITコーディネータ3名による相談。→事例発表会参加者にITSSP事
業経営者研修会の参加呼びかけ。
2.ITSSP事業の経営者研修会
経営者研修会の合間に、IT推進アドバイザー派遣事業(※2)を活用し、担当ITコーディネータが個
別訪問を行い、マンツーマンによる情報化企画書策定支援。
※金融機関の紹介企業の場合、企業側も真剣に取り組み、金融機関側も企業の現状、進捗状況
を把握することが可能となり、両者にメリットがある。
→研修会終了後、希望者には継続して計画書策定コンサルティング事業へ。
3.計画書策定コンサルティング事業
4.IT活用型モデル補助金の申請
ITSSP事業参加者中
採択件数4件
IT活用型
モデル補助金
申請
金融機関は、企業の
経営改革の進捗状況を
把握することが可能
計画書策定
コンサルティング
経営者研修会
個別相談会設置
事例発表会
やる気のある
経営者獲得
ITSSP事業
※1 IT活用型経営革新モデル事業(平成17年度予算案:7.3億円)
中小企業のITを活用した経営革新を促進するため、地域でモデルとなり得る企業間連携ネットワ
ーク・システム等の開発・導入を行う中小企業者等に対して経費の1/2を補助するとともに、その
成果の普及活動を実施する。事業には、①事前調査研究事業(経営革新を行うために有効なビジネ
スモデル構築に向けての事前調査研究を行う事業)と②経営革新支援事業(地域でのビジネスモデ
ルとなり得るシステムの開発・導入を行う事業)の2種類がある。
※2 IT推進アドバイザー派遣事業
中小企業からのITに関する相談につき、独立行政法人中小企業基盤整備機構が中小企業に対
しITコーディネータ等の専門家の派遣を行う事業。その経費の3分の2の補助金を中小企業基
盤整備機構から受けられる制度。
3-102
官民の連携による支援スキームが有効に機能したケース
中小企業支援に向けて支援主体がそれぞれの強み弱みを補いながら事業実施を行うことが
効果的。名古屋ソフトウェアセンターは、中小企業IT化を支援するためのコンサルティング事業
実施に当たって、ITコーディネータを活用。あわせて、中小企業顧客を多く抱える金融機関やIT
ベンダとの連携によりコンサルティング先企業を確保。これにより、①中小企業は第3セクター
であり公的機関の色彩が強い名古屋ソフトウェアセンターの目利きを通じた信頼できるITコーデ
ィネータのあっせんが受けられる、名古屋ソフトウェアセンターがITSSP事業の実施機関でもあ
ることから公的施策が活用しやすい、②ITコーディネータは名古屋ソフトウェアセンターを通じて
コンサルティング業務を行うことができる、金融機関やITベンダから顧客を獲得できるチャンス
を得られる、③金融機関はこうした事業の中から優秀な貸出し案件が得られ顧客との関係も強
化できる、④ベンダ企業は、顧客に対する付加的サービスを提供できるとともに、新たな投資案
件を発掘できる、⑤名古屋ソフトウェアセンターは商業ベースでコンサルティング事業を行うこと
ができる、これまでのITベンダ人材育成支援事業からユーザ企業支援事業へ事業の幅が広が
る、など、関係者の各々にメリットのある事業スキームの構築に成功。このような既存の中小企
業の支援手法にとらわれない様々な関係者の強みをいかしたスキーム創造は、第三セクターと
しての新たなあり方を示しているといえる。
名古屋ソフトセンターにおけるIT活用支援の連携事業モデル
名古屋センターは、地元ITコーディネータとの戦略的な連携による取り組みを実施中。
これまでの業務のIT化だけでなく、中小企業の経営戦略実現に必要な情報化投資への落し込みを一貫
サービス。今後は、ISO導入やプライバシーマークの取得コンサルティングも行う予定。
ITCコンサル事業
使い勝手等
サービスレベルを保障
名古屋ソフトウェアセンター
名古屋センターに登録しているITC40名
を活用して、企業の経営、情報化推進の
コンサルティングを行う。
業務委託
腕っこきITC
契
約
金融機関・ベンダー
等が仲介
コンサル
地域企業
大企業
顧客ターゲットと提供サービス
中規模企業
顧問業務サービス
ITC
中堅企業
IT
フルコンサルティン
グ
小規模企業
経営
コンサル
ティング
ISO
ISM
S
PM
認証
サービ
ス
IT診断サービス
(ITクリニッ
ク)
② 今後の政策対応 ∼IT経営応援隊事業の推進
今後、中堅・中小企業のIT経営の先進事例を数多く輩出するとともに、IT経営の裾野を拡
大していくためには、中堅・中小企業経営者自らが「気付き」のプロセスに入ることができる
ような環境をそれぞれの企業の「IT経営成熟度」に応じてシームレスに整備することが必要
3-103
である。また、国は、経営者自らの「気付きのプロセス」をサポートすることを通じ「挑戦の意
志を持つに至った」企業を的確にサポートするインフラ整備を行うことにより重点を置くべき
である。
このため、平成16年6月より開始されたのが「IT経営応援隊事業」である。「IT経営応援
隊」はITSSP事業を核とした中堅・中小企業のIT化支援策を発展拡大させるため、これまで
の公的支援機関に加え、中堅・中小企業経営者自身、金融機関等の民間事業者をも巻き込
んだシームレスな支援体制の構築を各地域で組成する試みである。そして、平成17年度よ
りITSSP事業を発展的にIT経営応援隊に統合し、新たな支援体制の構築を実践展開するこ
とが必要である。すなわち、これまで点で存在していた支援体制を面的な広がりのある体制
に実質化し、「実験から実践へ」と中堅・中小企業のIT経営推進運動を全国展開することが
必要である。IT経営応援隊事業には4つのポイントがある。
ⅰ) 「IT経営成熟度」の徹底
IT投資に当たっては、IT以前に「経営」の質が問題となることを徹底するため、「IT経営」
の考え方を浸透させる必要がある。また、IT経営の実現は直線的ではなく、企業自らが試
行錯誤を繰り返すことで「成熟度」が徐々に向上するという考え方も浸透させる必要があ
る。このためには企業が自らの成熟度を把握し、企業戦略上、的確で「身の丈」にあったI
T利活用のあり方を研究することが必要である。例えば、IT投資成功事例の利用に当たっ
ても、成功事例の表面的な情報ではなく、当該企業の「IT経営成熟度」を踏まえた上で、当
該企業に合った利用法が取られなければならない。そのためには、「等身大の中堅・中小
企業」の成功事例の蓄積が広く企業に共有化される必要がある。
ⅱ) 3つの壁の除去と気付きの喚起
これまで曖昧であった個々の支援メニューの目的を整理し、前述の3つの壁を乗り越え
るために、中堅・中小企業経営者自らが壁に「気付く」ことが容易になるような支援インフ
ラをシームレスに構築することが必要である。
①IT導入の壁
前述のように、IT導入が企業経営上必要不可欠となっている大企業と異なり、中堅・
中小企業にとっては「IT導入の壁」が非常に大きな壁となる。このために、IT導入を決
断するに至る経営者の「気付き」をうながすメカニズムを明確にした上で、それを支援
する施策メニューを整備する必要がある。その際、企業の「IT不信」等の原因に応じて、
IT導入を決断するに至るまでの「気付き」をサポートするための施策をきめ細かく整備
する必要がある。
このため、本年度、IT導入に向けた気付きのプロセスと必要とされる支援策を整理し
3-104
た「IT経営教科書」をIT経営応援隊において作成した。今後はこれを中堅・中小企業の
経営者のニーズに応じた形に編集し全国に幅広く普及させる。また、本年度、中堅・中
小企業者にとって目指すべきIT経営の目標となるような事例を全国版の「IT経営百選」
として選出した。今後は、これらの普及を図るとともに、地域版の「IT利活用事例集」を
策定し、等身大の地域中堅・中小企業の事例を幅広く地域に普及させる。その際、単な
る事例紹介にとどまることなく、IT経営を実践している中堅・中小企業経営者本人による
講演や分かりやすい映像による事例紹介の手法を導入する。
(施策例)
○「IT経営教科書」に基づく気付きプロセスの「可視化」
○経営成熟度自己診断ツールの開発・普及
○成功事例収集及び普及
○表彰制度の導入
○民間企業と連携した啓蒙活動の拡大
②経営の壁
IT導入を決意した経営者が具体的な情報化戦略策定や調達管理を実行する際に、内
部リソースの問題等から自らコミットすることなく IT 投資が行われ、結果としてIT投資自
体が自己目的化してしまうケースも多く見られる。これを避けるために、IT導入に当た
っては、経営者自身が経営戦略から解きほぐしたIT投資計画の考え方を理解する必要
がある。このためには経営者のIT経営に対する理解が必要不可欠であり、また、それ
をサポートする経営幹部の理解が重要である。さらにはITコーディネータを初めとする
外部リソースの有効活用やITベンダのマネジメントも課題となる。したがって、この壁を
乗り越えるための「気付き」をうながす支援メニューを整備する必要がある。
経営者自らがIT経営の意義を理解し、また、経営幹部がその実行をサポートできる
環境を整備するため、経営者自らが経営戦略立案から情報化企画を作成する過程を支
援する経営者研修会を全国展開するとともに、IT経営を確立するための企業内部のCI
O機能を強化するため、中堅・中小企業向けCIO機能強化ツールを開発し、CIO育成研
修事業を全国展開する。また、地域IT経営応援隊において、経営課題抽出のためのIT
経営成熟度診断事業や地域の特性に応じた個別業種経営者研修会事業を行う等の支
援事業を展開する。さらに、経営外部のリソースとして実績を上げているITコーディネ
ータ制度を引き続き強力に推進する。
加えて、「医療、建設業などの業種特性に対応した安価で質の良いソフトウェアがIT
ベンダから提供されていない」、「セキュリティ対策等が手薄である」といった問題に対
応するため、ASPを含む中小企業向けパッケージソフト提供のあり方や中小企業のセ
キュリティ対策の強化のための方策等について検討を深める必要がある。
(施策例)
○経営者研修事業の展開
3-105
○経営幹部向け研修事業の展開
○中小企業向けソフトウェア流通のあり方の検討
○中小企業セキュリティ対策のあり方の検討
○個別業種対策のあり方の検討
③企業間連携の壁
現在、これまでの企業間取引の枠組みを越え、特定の分野で強みを有する中堅・中
小企業が、他の優れたノウハウを有する事業者等と相互補完の関係を築き、付加価値
の高い製品やサービスを創出する、いわゆる新連携への取組が行われつつある。ここ
では、水平的な関係を維持しながら、連携企業間の役割分担を明確にするとともに、他
の企業を引っ張るコアとなる企業が存在することが市場からの信頼を得るためのポイ
ントとなる。
株式会社並木金型
並木金型は、大手大企業から製品・商品を受注し、その開発につき詳細なワークフローを作
成。このワークフローに基づき、3次元CADによる設計、モデリング、加工、ワイヤーカット、成形
加工等の機能を有する連携メンバーが適切な連携を行うことで、多品種受注の対応と納期短縮、
高品質商品を可能とした。このプロセスにおいて、連携メンバー同士の情報のやりとりを従来の
紙媒体から電子化を行うことで時間・コストの削減を実現している。
また、並木金型は商品管理の仕方、品質検査等独自の手法を構築するとともに、連携メンバ
ーがこれらのノウハウを遵守できるように定期的な勉強会の開催等を行っている。
ただ、中堅・中小企業においては、長期的な取引関係や各地域・業種における取引
慣行等による縛りが強いため、IT投資が既存のビジネスの手法を抜本的に変えること
が困難である場合が多い。
企業間連携の取組を加速させるためには、IT経営応援隊を「IT経営の全国的推進運
動」に昇華させて、企業間の壁を越えたIT経営の思想を啓発・普及することが必要であ
る。その際、中小企業政策と連携した新連携事業を展開することも有効である。なお、
そのきっかけ作りとして中堅・中小企業における企業間取引でいまだに課題となってい
るEDI取引の拡大に向けた政策のあり方の検討を深めることも必要である。
(施策例)
○新連携事業との連携
○中堅・中小企業EDI取引拡大のあり方の検討
3-106
対策の俯瞰図(中小企業情報化施策全体との関係)
IT経営フェーズ2
IT経営フェーズ2
(企業間でのネットワーク化)
(企業間でのネットワーク化)
IT経営フェーズ1
IT経営フェーズ1
IT経営応援隊
IT経営応援隊
事業の対策
事業の対策
企業間連携の壁
(組織内でのネットワーク化)
(組織内でのネットワーク化)
経営の壁
○IT活用型経営革新モデル事業(補助金)
○新連携対策事業(補助金)
打破
IT活用
IT活用
IT導入の壁
IT導入
IT導入
○e-中小企業庁&ネットワーク事業
(メルマガ・Web
による相談)
(メルマガ・Webによる相談)
○J-Net21(HP:情報発信)
Net21(HP:情報発信)
○セミナー、フォーラム開催(都道府県等中小企業支援
センターなど)
○IT経営応援隊事業における情報提供
○IT活用型経営革新モデル事業:事例紹介セミナー
○専門家派遣事業(中小企業基盤整備機構、他)
○経営者研修会(実施主体:
IPA)
経営者研修会(実施主体:IPA)
○IT研修事業(中小企業大学校、他)
○IT活用型経営革新モデル事業(補助金)
○中小商業ビジネスモデル連携支援事業(補助金)
○中小企業経営革新等支援事業(補助金、他)
○政府系金融機関の情報化投資融資制度
(IT活用促進資金:特別貸付制度)
○戦略的情報化機器等整備事業(低額リース事業 )
○IT投資促進税制(10%税額控除等)
○IT導入
からIT
IT経営
経営までを適切にサポートする
までを適切にサポートするIT
ITコーディネー
コーディネー
IT導入から
タ等の育成・活用施策の推進等
ⅲ) 支援体制の組替え、組合せの多様化
IT経営応援隊においては、これまでのITSSP事業の枠組みを越えて、従来の国の施策
展開においてパートナーとなることが困難であった機関のネットワーク化を積極的に推進
する必要がある。すなわち、地方自治体、各種支援機関、金融機関、ITベンダ、民間事業
者等、「点」で存在する人・機関・資源を連携することが重要な課題である。このためには、
既存の支援主体の組合せを組み替える、または、多様な組合せの拡大を図るための努
力が必要である。
○官民連携・支援機関連携
多様な企業が存在する中堅・中小企業市場に対しては、ITベンダ、会計士・税理士、
ITコーディネータ等の民間事業者等が様々な形でサービスを提供している。IT経営
応援隊の事業展開においては、これらの民間事業者等を連携させながら、市場で消
化できる事業は市場にゆだねつつ、支援施策をコーディネートすることが重要である。
例えば「IT導入の壁」の打破のために、中堅企業向けには金融機関やベンダとの協
力、中小零細企業向けには経営指導を行っている各種支援機関、中小企業診断士、
税理士等との協力によって、経営者に「気付き」を与えることが期待される。
○政府機関の連携
情報政策、中小企業政策(IT化支援施策、経営革新事業、新連携事業等)、地域経
済政策(産業クラスター事業等)等に関連する政府機関の連携も重要な課題となる。
現在は各々が施策の実施現場で有機的に連携していないという問題点も指摘されて
3-107
いるが、政府レベルでの連携と現場レベルの施策コーディネートの両面から改善を
図ることが必要である。
ⅳ) 地域主体の取組
シームレスな支援体制を構築するに当たっては、地域の各現場における施策コーディ
ネートが最も重要である。現在、IT経営応援隊事業は、各地域の応援隊が立ち上がって
おり、それぞれの地域の実情に応じた支援体制の構築を模索しつつある。ここで重要とな
るのが、地域経済の活性化の観点から、官民の様々な支援主体を総合的にコーディネー
トすることができる人・機関を発掘・支援することである。
地域IT経営応援隊
地域によって中堅・中小企業の取り巻く経済環境や支援体制の環境が異なることから、地域
の特性に応じて地域IT経営応援隊事業を立ち上げた。大都市部においては、ITコーディネータ
等の専門家と顧問契約を結ぶなどして情報化投資を行う中堅・中小企業が存在する一方で、情
報化の取組そのものが遅れている地域も多く存在する。したがって、施策目的を「中堅・中小企
業のIT経営成熟度の向上」に設定するか、「IT経営思想の啓発・普及の徹底」に設定するかを各
地域の実情に応じて検討することが必要である。
また、支援体制を整備する際に、北海道や四国など、産業クラスター事業等の既存施策との
連携が容易な地域が存在する一方で、新しい組織を組成しなければならない地域も存在する。
したがって、地域の実情に応じた地域の経済産業局及び沖縄総合事務局のイニシアティブの発
揮が重要である。
地域 IT 経営応援隊事業の立ち上げ状況。
○北海道IT経営応援隊 2004年6月28日
○東北IT経営応援隊
2004年12月1日
○関東IT経営応援隊
2004年11月9日
○中部IT経営応援隊
2004年11月19日
○近畿IT経営応援隊
2004年9月30日
○中国IT経営応援隊
2005年1月27日
○四国IT経営応援隊
2004年11月16日
○IT経営応援隊九州地域ブロック連絡会 2004年9月17日
○沖縄IT経営応援隊
2005年1月20日
③ 中堅・中小企業支援におけるITコーディネータへの期待
2001年2月より推進しているITコーディネータ制度は、現在、約5700名のITコーディネ
ータを輩出するに至っており、経営とITに精通した人材を地方圏においても安定的に供給す
3-108
る一大人材プラットフォームとなりつつある。そして中堅・中小企業分野においてもITコーデ
ィネータによる様々なIT経営実現支援の成功事例が見られるようになっている。
IT経営を確立するに当たって、大企業においては、社内人材の育成・活用や社外のコン
サルタントの活用等が進んでいるが、中堅・中小企業においては、経営とITとをつなぐITコ
ーディネータ等の外部人材の活用に頼ることが現実的である。そして全国に広く存在してい
るITコーディネータは、中堅・中小分野におけるIT経営の実現に当たって、中堅・中小企業経
営者の「気付き」のプロセスをサポートし得る数少ない人材として今後ますます期待されると
ころは大きい。
また、IT経営応援隊を通じて、地域における各種機関の連携に必要なコーディネート機能
を果たすことも地域のITコーディネータに期待されている。例えば、「支援機関を支援し、地
域経済産業局のアドバイザリーボードとなり」、事業実施に中心的な役割を果たすことが期
待されているITコーディネータも多く存在する。
今後、我が国の大企業・中堅企業の情報システム構築にかかわってきた人材の多くが定
年を迎えることが想定されているが、このような人材がITコーディネータとして中堅・中小企
業のIT経営支援の役割を担うことで新たな人材市場が活性化することも期待される。
3-109
Ⅳ.IT産業の競争力の再構築
Ⅳ.IT産業の競争力の再構築
以上のような改革に向けた5つの方向性に向けた取り組みを進める一方、こうした動き全体
を支える情報通信機器・素材分野及び全体のシステム構築を支える情報サービス産業分野な
ど、IT産業では、また別の業界固有の課題を抱えている。
IT産業自体が新たな「プラットフォーム・ビジネス」の中心的な担い手となることも、またIT産
業自体がITユーザである側面も両方持ち合わせる。本報告書では、それらの重複関係による
混乱を避けるため、鍵となる新たな「プラットフォーム・ビジネス」を巡る議論を「強い担い手の
確立」として、また、ITユーザとしての課題を「強さの追求」でそれぞれ整理するとともに、IT産
業が固有に抱える課題を以下のとおり整理する。
1.情報通信機器・素材産業
(1) 現状と課題
① デジタル景気の変調
ⅰ) デジタル景気:新三種の神器
ITバブル崩壊後、電気電子各社は、思い切った事業構造改革を実施することにより、200
3年においては、液晶やプラズマといった薄型平面TV、DVD録再器、デジタルカメラといっ
た、いわゆる「新三種の神器」を中心に、デジタル家電が市場を牽引した。アテネオリンピッ
クという国際的なビッグイベントも背景に、2004年も市場が急速に拡大している。
図 デジタル家電の成長率
■ 薄型テレビ、DVD録再機等の情報家電は、対前年比50∼100%超の伸び。
一方、コンピュータは安定成長。
半導体は、双方に使用。最近は、情報家電用の伸びが大きい。
IT産業の分野別生産/売上額前年同月比推移
300
250
DVD録再機
増減率(%)
200
150
薄型テレビ
100
50
半導体
0
コンピュータ
-50
8月
9月 10月 11月 12月 1月
2003年
2004年
2月
3月
4月
4-1
5月
6月
7月
8月
9月 10月 11月 12月
ⅱ) 「第一ステージ」としてのデジタル家電
これらの「新三種の神器」は、従来アナログで処理されていた家電機器がデジタル化され
ることにより、従来機器と比較して、飛躍的に性能を向上させたものである。他方で、情報通
信ネットワークには基本的に接続されておらず、機器単体としてデジタル化されたものに留
まり、機器間の相互接続・運用性や外部操作性等は確保されていない。03年は、いわば
「第一段階」としてのデジタル家電として、市場拡大の黎明期を迎えたと言える。
ⅲ) デジタル景気の変調
一方、昨年後半以降、マーケットは、早くも在庫調整局面に入り、ほぼ4年周期で訪れる
シリコンサイクルも影響し、半導体や電子部品等の在庫が増加しつつある。なお、ITバブル
時と比較すれば、現在の市場の牽引役がPCに限定されたものではなく、TV、DVD、携帯
電話、これらに使用される原材料、電子部品等まで裾野が広く、世界経済の着実な回復に
伴って、景気回復は底堅く推移すると見込まれる。
図 総合家電各社の04年度通期決算見通し
(単位:億円)
修正額は中間発表時との比較
ソニー
松下
NEC 富士通
三菱電
機
シャー
プ
三洋電
機
沖電気
計
売上高
71,500
88,00
0
48,700 48,000 88,400 58,600 34,000
25,300
25,290
7,100
494,89
0
(前年比)
▲4.6%
▲4.6%
▲0.7%
0.7%
2.4%
5.0%
2.7%
12.1%
0.8%
8.5%
4.0%
-
▲300
▲1,000
▲600
▲100
-
-
▲510
-
▲4,510
1,100
3,000
1,250
1,700
2,600
1,600
1,200
1,500
600
290
14,840
(修正額)
▲500
200
▲150
▲300
-
▲300
-
-
▲370
-
▲1320
(03年度)
989
1,955
1,826
1,503
1,849
1,746
927
1217
955
216
13,183
(営業利益率)
1.5%
3.4%
2.6%
3.5%
2.9%
2.7%
3.5%
5.9%
2.4%
4.1%
3.0%
1,500
500
600
550
500
450
700
750
▲710
100
4,940
(修正額)
400
▲130
-
▲150
▲500
▲50
-
-
▲850
-
▲1,180
(03年度)
885
421
410
497
159
288
448
607
134
13
3,862
(修正額) ▲2,000
営業利益
当期純利益
日立
東芝
4-2
図 電子部品・デバイス工業の在庫循環
70
在 庫 積 み 上 が り局 面
50
12年
10∼12月期
1 7年1速
30
在
庫
積
み
増
し
局
面
在
庫
調
整
局
面
10
▲ 10
▲ 30
▲ 50
意図せざる 在庫減局面
▲ 70
▲ 70
▲ 20
30
によ
み あが
った が、
4−6月
は アテネ
オ リン ピ
ックに よる 需 要
4− 6月 期 まで
ま では
ア テネオ
ピックによる
要に
よ り在 庫積
庫 積み
あ が り局 面であ
面 であった
が、
とた つにつれ
積 み 上 が り → 調 整局
7−9月
面 へ 移 行して
7− 9月 期、10−
期 、10− 12月 期
期とた
つに つれ積
整 局面
行 して い る。
ⅳ) 急激な価格下落:投資回収の困難性
薄型TVを始め、DVD録再器等については、昨年後半以降、急激な価格下落が進行して
いる。各企業は、巨額の先行R&D投資の回収や、先端かつ大型の設備投資償却が終了
する前に、極めて厳しい国際競争に直面している。
図 液晶TV用パネルの設備投資額と価格推移
先端設備投資が未回収のまま、急激な価格下落に直面
2 0 ,0 0 0
3 ,2 0 0
3,000
40"ワイド
液晶 設備 投資(単位 :億円 )
1 6 ,0 0 0
2 ,7 0 0
2650
2500
30"ワイド
2454
2 ,2 0 0
1 4 ,0 0 0
1 2 ,0 0 0
1 ,7 0 0
1,512
1 0 ,0 0 0
7 ,6 8 1
8 ,7 4 2
1224
1,014
1 2 ,6 8 8
1 2 ,3 3 7
6 ,0 0 0
4 ,0 0 0
1 7 ,6 1 9
1,141
8 ,0 0 0
631
9 ,4 1 7
1 6 ,4 7 0
1 ,2 0 0
1 4 ,2 9 0
887
743
522
464
700
パネル 平均 単 価(単 位:US $)
1 8 ,0 0 0
437
200
2 ,0 0 0
3 ,0 4 4
2 ,4 9 8
2 ,1 0 5
2 ,4 4 0
2 ,3 4 4
2 ,4 5 5
2 ,4 5 0
2 ,6 9 0
-300
0
2000
2001
2002
2003
2004
(日 本)液晶 設 備投 資
液 晶TV用パネル (30"ワイド)
2005
2006
2007
(世 界)液 晶設 備投 資
液 晶 用TVパネル (40"ワイド)
(出典:DisplaySearch、電子ジャーナル社のデータを元に(社)電子情報技術産業協会推計)
4-3
図 DVDレコーダ向け部品苦戦
■ DVDレコーダー向けのMPEG2エンコーダ、その周辺のLSI等で世界トップシェア製品を有する
→ 営業利益は低迷
■ DVDレコーダー等セット製品の価格低迷→ 基幹半導体への値下げ圧力
■ セットメーカーの技術囲い込みも進む
設備投資がネック → セット製品の動向に影響を受けるもろさを露呈
出所:会社、ドイツ証券
ⅴ) 競争環境の質的変化
製品のデジタル化が急速に進む中、電気電子産業における国際的な競争環境が、質的
に大きく変化しつつある。具体的には、以下のとおりである。
<巨額投資競争への突入>
製品のデジタル化とともに、製品を構成する様々な材料、部品のモジュール化が進み、製
造プロセスにおける摺り合わせ的要素が加速的に低減している。システムLSI、液晶パネル
といった高機能部品についても、高額の製造装置を多数購入し、巨額の償却負担に耐えう
る財務構造を有する企業であれば、短期間で先行企業群にキャッチアップし、国際競争力を
具備することが可能である。
したがって、最先端の電気電子分野では、投資時期、採用技術等についてのギャンブル
的な要素をも孕みつつ、巨額の投資競争に突入したと言える。
4-4
図 アジアの追い上げ(液晶企業の設備投資計画)
メーカー別大型液晶パネルガラス基板投入能力(面積)
80,000
(000m2)
シャープ(日本)
70,000
日立ディスプレイズ(日本)
Samsung(韓国)
60,000
LG.Philips(韓国)
50,000
AU Optronics(台湾)
Chi Mei(台湾)
40,000
HannStar(台湾)
30,000
CPT(台湾)
20,000
Quanta(台湾)
10,000
BOE Hydis(中国)
Other
0
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 (年)
(出典:米ディスプレイサーチ社データを元に(社)電子情報技術産業協会が推計)
■(株)IPSアルファテクノロジ(日立、東芝、松下の液晶パネル合弁会社)は32型換算で年間250万台(2008年度下期に最大生産能力)の生産を計画。
■S-LCD(株)(ソニーとサムスン電子の液晶パネル合弁会社)は2005年第2四半期に第7世代(1.9m×2.2m)液晶パネル月産6万枚の生産を計画。
<グローバルな寡占の進展>
国際的な巨額投資競争が激化する中で、継続的に利益を計上し次代のR&D及び設備投
資を行うことが可能な「勝ち組」と、かかる投資競争を継続しえない「負け組」の峻別が進行
している。生き残り可能な企業は、国際市場における上位企業に集約化される傾向がある。
<コモディティ化の加速とレントの寡占化>
加えて、製品のデジタル化・モジュール化に伴い、技術による製品差別化が、アナログ時
代と比較して相対的に困難になりつつある。たとえ最新製品であっても、(国際金融マーケッ
トから一定規模の資金調達が可能な企業等の参入により)コモディティ化が加速度的に進展
してしまう一方で、収益の源泉となる付加価値が特定のコンポーネント(パソコンにおけるO
S、デジタルカメラにおける撮像半導体素子、DVDにおける光ピックアップ等)に集約化され
る傾向にあり、かかる付加価値の高いキーコンポーネントを自らのバリューチェーンに組み
込むことが、経営戦略上極めて重要となっている。
4-5
図 コモディティ化の加速とレントの寡占化1
あっという間のコモディティ化
DRAM
91年
その他
37.9%
03年
97年
その他
13.0%
東芝(日)
13.7%
サムスン(韓)
12.7%
サムスン(韓)
29.0%
エルピーダ(日)
4.4%
ナンヤ(台)
4.5%
三菱(日)
日立(日)
TI(米)
7.4%
9.5%
8.2%
インフィニオン
(韓)
サムスン(韓)
21%
シャープ(日)
6%
NEC(日)
14%
日立(日)
9%
ハイニクス(韓)
14.7%
NEC(日)
10.6%
その他
16%
シャープ(日)
18%
その他
23%
04年
液晶パネル
サムスン(韓)
マイクロン
11%
18.9%
IBM(米)
12%
Quonta(台)
6%
CPT(台)
8%
東芝(日)
13%
CMO(台)
9%
LGフィリップス
(韓)
20%
AUO(台)
14%
*大型TFT出荷数量シェア(野村総研、DisplaySearch資料より)
○製造装置の海外販売に伴う、製造技術などのノウハウの流出
○企業提携に伴う、技術情報、人材の移転
⇒技術の差別化が困難になり、資金力により誰でも製造が可能に!
あっという間にコモディティ(安く誰もが一般的に提供できる商品)となってしまう。
図 コモディティ化の加速とレントの寡占化2
特定のコンポーネントにレントが集約化
【OSシェア】
MacOS
3%
PCのコスト構造
(店頭実売価格18万円のパソコンの価格の内訳と試算)
100%
ノート
デスクトップ
Windows
販売店利益
94%
販売店利益
80%
メーカー利益
メーカー利益
7万円前後
(38.9%)
【CPUシェア】
販売促進費用・サポート費用な
販売促進費用・サポート費用な
どの間接費
60%
プリインストールソフト
添付ソフトウェア
その他ハードウェア
40%
…1万1000円前後 (6.1%)
(5.0%)
…9000円前後
(5.0%)
…9000円前後
筐体とマザーボード
(12.8%)
液晶ディスプレイ
光学式ドライブ
ハードディスク
0%
OSとCPUは独占に
より利益が得られる
が、他の部材はコモ
ディティとして安価に
供給され、利益を生
まない。
どの間接費
NECエレ
IBM ルネサス 1% 東芝
1%
1% その他
1%
サン
最終セットメーカー
プリインストールソフト
1% …8000円前後
モトローラ 2% 添付ソフトウェア
…9000円前後
でもPC事業は一部
3%
その他ハードウェア
…7000円前後
AMD
を除き、芳しくない
7%
筐体とマザーボード
…2万3000前後
20%
Linux
3%
インテル
83%
利益率。
…3万円前後
液晶ディスプレイ
…2万4000円前後
…8000円前後
(4.4%)
メモリー
…9000前後
…7000円前後
CPU
…1万円前後
(5.0%)
(3.9%)
(5.6%)
出典:NIKKEI BYTE/2003年4月
4-6
…2万円前後
光学式ドライブ
…9000円前後
世界シェア上位のPC部門営業利益率
ハードディスク
…1万円前後
デル 8%
メモリー
…7000円前後
HP 1%CPU
…1万円前後
IBM 0% (中国Renovoに売却予定)
ⅵ) 我が国企業のプレゼンスの低下
近年、東南アジアでは、韓国企業のシェアが躍進しており、日系企業のプレゼンスが相対
的に低下している。また、日系企業が注力する中国市場でも、現地企業のシェアが上位を占
めているのが現状である。
図 アジアにおける日本企業の競争力
・東南アジアでは韓国企業のシェアが躍進。日系企業の地位が低下。
・日系企業が注力する中国市場でも現地企業のシェアが高く、日系企業の存在感は薄い。
【 国別・製品別・ブランド別市場占有状況】
シンガポール
1995年
カラー
テレビ
2002年
冷蔵庫
エアコン
※
備考
2002年
タイ
1995年
インドネシア
2002年
1995年
2002年
中国
1995年
2003年
1位
Ma社
To社
Ma社
So社
Ma社
So社
LG
Sh社
長虹
長虹
2位
So社
Ma社
So社
Ma社
So社
サムスン
Sh社
LG
康佳
TCL
3位
フィリップス
So社
Sh社
To社
Sh社
LG
Ma社
To社
TCL
康佳
中国ブランド全体で市場
の過半を占有
備考
洗濯機
マレーシア
1995年
サムソン、LGのシェアが
急拡大
8割は中国
ブランド
サムスンは5位
1位
Sa社
LG
Ma社
Ma社
シンガー
LG
Ma社
LG
海爾
小天鵝
2位
Ma社
サムソン
Sa社
LG
Ma社
サムスン
Sa社
サムスン
小天鵝
海爾
3位
Sh社
Ma社
Sh社
サムスン
Sh社
Ma社
LG
Ma社
栄事達
栄事達
1位
LG
サムスン
Ma社
Ma社
To社
サムスン
Sa社
Sh社
海爾
海爾
2位
Sh社
LG
Sh社
LG
Sa社
LG
To社
Sa社
溶声
科龍
3位
Sa社
Mi 社
エルバ
サムスン
Hi 社
日立
Mi 社
Ma社
To社
新飛電器
新飛電器
1位
Ma社
Da社
Ma社
Ma社
Mi 社
Mi 社
To社
Ma社
海爾
海爾
2位
Da社
Ma社
ヨーク
ヨーク
キャリアー
サイジョー
Ma社
LG
美的
格力
3位
キャリアー
Mi 社
アクソン
アクソン
Ma社
Da社
Da社
Fu社
格力
美的
白物分野での韓国勢の
躍進顕著
※エアコンは中国を除き1995年と2001年のシェア
韓国勢は景品に電子レンジ
を付与しシェア拡大
韓国企業
4-7
ローカル企業
シェア1位の占有率が
高い
8割は中国
ブランド
出所:各種資料より経済産業省作成
② デジタル融合(Digital Convergence)の加速化と新たなビジネスチャンス
ⅰ) デジタル融合(Digital Convergence)
様々な製品がデジタル化し、通信機能を具備するに至り、パソコン、サーバ、ルータ、テレ
ビ、電話等々既存の製品概念が希薄化しており、機能とそれを具現化するコンポーネントに
分解すれば、その組合せ次第で、様々なデジタル製品を創出することが可能となりつつある。
具体的には、例えばデジタルテレビとAVパソコンについて、その機能及び製品構成に着目
して比較した場合、極めて相似性が高く、従来の「テレビ」又は「パソコン」といった概念区分
が、もはや意味をなさなくなってきている。いわゆるデジタル融合(Digital Convergence)
の進展である。
図 高機能化デジタルTVとAVパソコンの機能比較
デジタルTV
AVパソコン
地上波デジタル放送受信機能
外付、内蔵チューナーにより視聴可
能。
内蔵チューナーによる視聴。
画像処理機能
映像鑑賞向けに特化した画像処理
エンジンにより、高品位映像が提
供可能。
ソフトウェア処理から、ハードウェア回
路を導入し、高画質化を実現。
ディスプレイ機能
テレビの
従来の機能
・アナログテレビ放
送の受信
・放送番組の視聴
薄型ディスプレイによる30インチ以
上の大画面化に推移。
15インチ程度の大きさから、大画面
化、横方向へワイド化に推移。
従来どおり、スイッチ一つで視聴可
能。
パソコンを経由せずともテレビ視聴が
可能(立上げ時間が不要)となりつつ
ある。
録画機能
外付け、もしくは内蔵の大容量ハードディスクによる長時間、多チャンネル
録画が可能。
パソコンの
従来の機能
・メールのやり取り
・インターネットの閲覧
・各種データの入力、
処理、出力
家電のネットワーク化への対応
組込みソフトウェアの開発コスト・
信頼性が課題。
Linux等のオープンソースを活用を
志向。
WindowsをはじめとするOSによる
管理。
ⅱ) 事業セグメントの希薄化
また、デジタル融合が加速する中で、従来の事業セグメントの垣根も希薄化してきている。
例えば、従来パソコンメーカであった企業も、新たにテレビや音楽再生機器の領域に進出を
試みるとともに、家電メーカであった企業も、家電そのものにインターネット機能等を取り込
む戦略に挑んだりといった事例が散見される。これまでの事業セグメントの垣根がなくなるこ
とにより、従来、棲み分けていた企業同士が新たな競合関係となり、国際的な競争が一層激
化する一方で、これを新たなマーケットの創出として、事業拡大の大きな機会と捉えることも
可能である。
4-8
図 iPod の登場
iTunesサイト
販売曲数2億5000万曲
15カ国展開 米国一日100万曲販売
一日あたりのアップルへの収入33万ドル
iTunes 無料音楽管理ソフト
Windows と MACで動作
JBLスピーカ
CPU
Apple以外が
開発提供
ボード
録音マイク
HD
さらに小さい
Mac.mini
OS以外はほとんど日本製
燕三条市の
スプーンメーカ
東芝Fメモリ
日立・東芝
TVに付けてDVD-HDレコーダに!
ⅲ) 新しいビジネス・アーキテクチャの構築
デジタル融合等事業環境が大きく変化する中で、ビジネスモデルも新たな変革を求められ
ている。従来の「パソコン」「テレビ」「ビデオ」といった既存の製品概念に囚われ、特定の「モ
ノ」(or 「ハコ」)の提供を前提としたビジネスモデルでは、新たな成長を取り込むことは困難
である。
そのためにはユーザニーズを機能単位で分析・把握し、ニーズの高い機能を自らのバリュ
ーチェーンに組み込むことが必要である。
特に、我が国IT産業の国際競争力強化の観点から、十分なセキュリティ、ストレージ等を
実現するホームサーバ機能を確立することが非常に重要である。
ⅳ) システムの複雑化・強大化
デジタル化の進展、商品サイクルの短期間化が飛躍的に進む中、あらゆるデジタル機器
のソフト開発負担が急増しており、ソフト人材育成を始め、効率的なソフト開発体制の構築が
極めて重要な課題となっている。他方で、完成品事業から見れば、ソフトウェアも、他のコン
ポーネントと同様に、差別化の一要素であると同時に、コストセンターであることも事実であ
る。したがって、何を自社内で開発し、何を社外から調達するか、「make or buy」の峻別を
4-9
図り、差別化要素及び投資回収性の見極めを厳格に行うことが求められている。
図 システムの複雑化・強大化
デジタル機器
プログラ
ム行数
PC用OS
約60万行 汎用基本ソフトウェア
(1992)
推定300万行
HDD内蔵DVDレコーダ
約100万行 汎用基本ソフトウェア
(2000)
推定3500∼6000万
行
通信機能搭載カーナビ
約300万行 Linux
薄型テレビ
約3000万行
(2000)
(出典)日本学術振興協会: 基盤ソフトウェア技術開拓のための研究開発専門委員会(2004)
経済産業省: 組込みソフトウェア産業実態統計調査(2004)等
ⅴ) コンテンツのデジタル化と新たなビジネスモデル
コンテンツのデジタル化により、その内容を劣化させることなくほぼ無限にコピーすること
が技術的には可能になった。しかし、知財立国を目指し、コンテンツ産業を強化する観点か
らは適正に著作権を保護し、新しいコンテンツを生み出す知的創造活動に対して然るべき対
価が支払われることが重要である。
他方、技術的には、デジタルコンテンツの配信等を管理するとともに、利用者から適正な
利用対価を直接徴収することも十分可能となっており、コンテンツ流通の管理を前提に、コン
テンツを利活用するユーザの視点も、十分に考慮されることが必要である。不適正なコピー
の蓋然性を過度に恐れるあまり、新たなビジネスチャンスを阻害されてはならない。
そのためには、ユーザの視点、技術の進歩を踏まえつつ、コンテンツ産業の次なる飛躍に
向けて、デジタル時代に相応しい新たなビジネス概念・制度を構築していくことが重要であ
る。
特に、後述するとおり、「私的録音録画補償金制度」については、予算措置等の活用など
により、縮小・廃止等に向けた抜本的な見直しを行うことも必要となってきている。
4-10
③ 新たな環境対応の動き
ⅰ) 環境制約に対する社会的要請の高まり
地球温暖化問題、廃棄物・リサイクル問題、化学物質の管理等環境問題は多様化し、ま
たその適切な対応に対する社会的要請が高まりつつある。わが国は、世界に先駆けて家電
リサイクル法という社会的システムを構築し、省エネルギー機器の開発等にも積極的に取り
組んできており、電気電子業界にとっては、このような環境対応を新たな市場創出、製品の
競争力につなげていくことが大きな課題である。
ⅱ) 欧州のWEEE、RoHS指令等海外の動き
欧州(EU)では、殆どの電気電子製品を対象としたリサイクル法であるWEEE指令が20
05年8月から実施される予定である。また、RoHS指令に基づき、2006年7月以降市場に
投入される殆どの電気電子製品について、鉛、水銀、カドミウム、六価クロム、臭素系難燃
剤(PBB、PBDE)の含有が原則禁止される。更に、EuP指令案として、電気電子製品等の
エコデザイン規制を導入することを目指しており、現在枠組み指令について審議・検討中で
ある。
他方、欧州の動きを受けて、中国でも、「廃棄家電回収処理管理条例案」(中国版WEE
E)及び「電子情報製品汚染防止管理弁法案」(中国版RoHS)等が検討されている。また、
米国カリフォルニア州では、ディスプレイを対象として、電子廃棄物リサイクル法が 2003 年9
月に成立しており、RoHS指令同様の規定がある。
図 欧州の動向(WEEE指令及びRoHS指令の概要)
【廃家電指令(WEEE)】
【特定有害物質使用制限指令(RoHS)】
(対象製品)
ほとんど全ての電気電子機器が対象
(回収)
1 引取場所を配置し、最終所有者及び販売業者者
から無料で引き取る仕組みを構築
2 販売業者が新製品販売時に同種のWEEEを1対
1ベースで無料で引き取る
3 06年12月31日までに、住民一人当たり最低4
㎏を分別回収する
(費用負担)
1 製造業者は、引き取り場所に引き取られたWEEE
の回収、処理、リカバリー及び適正処分の費用
を負担する
2 費用は自らの製品価格に含める。既販売品につ
いては、新製品販売時に徴収する
(対象製品)
ほとんど全ての電気電子機器が対象
ただし、医療器具及び制御用器具は除く
(使用禁止)
06年7月1日から市場に投入される新しい電気
電子機器が、鉛、水銀、カドミウム、六価クロム、特
定臭素系難燃剤(PBB、PBDE)を含むことを禁止
(適用除外項目)
蛍光管中の一定量の水銀、ガラス中の鉛等
(その他)
閾値等の詳細が未定
加盟各国は、両指令を実施するための各国法制を策定中。
4-11
ⅲ) 企業での取組事例と課題
近年、RoHS指令等法規制の遵守、環境に配慮した設計(Design for Environment)及び
顧客(ユーザー、リサイクラー)からの要求への対応(メーカーとしての情報提供責任)など、
製品に含有される化学物質管理に対する要請が増大している。そういった現状を踏まえ、国
内各メーカは、グリーン調達調査共通化協議会(JGPSSI)を発足させ、欧米の工業会とも
連携し、含有化学物質情報の収集・把握・伝達のため、管理物質、伝達様式等の検討、適
切なサプライチェーン管理体制の構築・共通化を目指して、活動を行っている。
図 サプライチェーンにおける化学物質管理
自社製 品を構 成する部 材(=調 達品)の化 学物質 含有量 (インプット)を把 握し、
それらをもとに した自社 製品の 化学物 質含 有 量(アウ トプット)を開示 ・伝達する仕組 み
サプライチェーン全体 で実施
supplier B1
supplier B2
supplier A1
supplier B3
supplier A2
製品含有化学物質に関する
顧客の要求事項・基準に
適合した製品を上市
⋮
セット
メーカー
supplier A3
+
⋮
製品含有
化学物質
情報
各社が自社製品に含有される化学物質を
適正に管理する体制を構築・運用すること
によって、サプライチェーン全体での製品含
有化学物質の安全・安心な管理の実現を
目指す(その結果として、製品含有化学物
質に関する法規制に対するコンプライアン
スを保証)
各社は、構築した製品含有化学物質
管理体制のもとで、1次サプライヤー
から入手した含有化学物質情報を用
いて自社製品の含有化学物質情報
を作成し、次(調達側企業)へ伝達し
ていく
製 品含有化 学物質 管理体 制の構 築に必 要な要件(監 査項 目)を標準化 ・共通化 することに よって、
調達 側企 業 が別 々に 監査を実施 することに よって発生 する供 給側及 び調達側 企業 の 負担を軽 減
(2) ベンダの国際競争力強化に向けた今後の取組
① 「選択と集中」の徹底
ITバブル崩壊後、電気電子各社は、自社の強みを見極め、経営資源の大胆な「選択と集
中」を実行している。結果として、半導体(メモリ分野)事業、薄型パネル事業においては、企
業の枠組みを超えて、思い切った戦略的合従連衡が進展した。今後も引き続き、企業にお
ける「選択と集中」を支援していく。
4-12
図 半導体産業の業界図
■ 半導体の場合、DRAMはエルピーダ1社に集約。システムLSIは、NECエレクトロニクス、東芝・富
士通、日立・三菱の3グループに集約。
メモリ事業(DRAM)
DRAM
国内トップ2社を世界で戦える1社に集約。
システムLSI
99年 共同
現物出資
DRAM
03年4月
営業譲渡
システムLSI
DRAM
2002年親会社と無関係のCEO
が就任。今後、第三者からの出
資も募り、最新鋭の設備を拡充。
エルピーダメモリ
エルピーダメモリ
システムLSI事業
撤退
国内を3グループに集約。
システムLSI
02年11月
分割
DRAM
NECエレクトロニクス
NECエレクトロニクス
撤退
03年4月 共
同新設分割
システムLSI
撤退
DRAM
ルネサステクノロジ
ルネサステクノロジ
富士通半導体部門
グループ
包括提携
システムLSI
東芝半導体カンパニー
図 液晶ディスプレイ産業の業界図
<<日 本>>
シャープ
日立
製作所
富士通
02.6.1
分社化
富 士 通 が
AUO 出 資 分
を買い取っ
た 後 に
シャープに
売却
富士通ディ
スプレイ テ
クノロジーズ
03.1.28
(20%)
出資
台湾AUO
03.10.28 合
意
日立ディスプ
レイズ
(67%)
(50%)
合弁生産
06.7量
産
(23%)
東芝松下
ディスプレイ テ
クノロジー
(TMD)
(23%)
(33%)
02.4.1 設
立
(55%)
三洋エプソンイ
メージングデ
バイス(SEID)
03.4.1
分社化
合弁生産
NEC
05.1.7合意
ソニー
(25%)
IDTech
合弁生産
97.10.1
設立
(50%)
中 国に
設立
ST-LCD
松下電器
産業
(50%)
三洋電機
(45%)
<<台 湾>>
<<韓 国>>
サムソン電子
AU Optronics
LGフィリップス
Quanta
4-13
<<台 湾>>
CMO (Ci Mei Optoelectronics)
CPT
(75%)
中国上海広
電
豊田自動織
機製作所
04.10.01
セイコーエプソン
NEC液晶テ
クノロジ
韓国
サムソン
東芝
HannStar
図 プラズマディスプレイ産業の業界図
<<日 本>>
日立製作所
松下電器産業
(日立の子会社化
の予定)
(50%⇒80.1%)
包括的協業
合意
富士通日立プ
ラズマディスプ
レイ(FHP)
00.4.1
設立
(75%)
松下プラズマ
ディスプレイ
パイオニア
NEC
02.10.1
分社化
NECプラズマ
ディスプレイ
04.10.1
営業譲渡
(25%)
東レ
富士通
<<韓 国>>
サムソンSDI
LGフィリップス
図 最先端技術及び設備が示唆するもの
<半導体売上高上位20社>
(単位:$bn)
40.0
35.0
33.6
30.0
25.0
20.0
19.0
15.7
15.0
10.8
10.0
9.7 9.2 9.1 9.0
5.0
7.4 7.1 6.4
6.2 5.8
5.2 5.0 4.8 4.3
3.6 3.2 3.1
300mm設備を有し、かつ300mm利用製品を主力とする
300mm設備を有するが、かつ300mm利用製品が限られている
IB
alc M
om
m
Qu
Re TI
ne
s
To as
sh
I n i ba
fin
e
NE
S o
C TM n
El
ec icro
tro
ni
c
Ph s
ilip
s
M So
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su
s
Fr hit
ee a
sc
al e
AM
D
Hy
n
M ix
icr
o
Fu n
jit
su
Ro
hm
In
te
TS l
Sa MC
m
su
ng
0.0
300mm設備なし
【出典:Wall Street Research/2004CY(一部推計)】
4-14
図 携帯電話産業の業界図
■ 携帯電話事業の場合、国内市場を中心に、多くのメーカが参入。i-mode、カラー化、カメラ付き等
サービス、機能面の競争激化。
■ 3G市場の拡大とともに、国際シェアの獲得を目指す。
■ 中国市場を始めとする国際市場でのシェア拡大を目指し、規模のメリットの追求が必須。
NTTドコモファミリー
松 下
(パナソニック)
NEC
富士通
NTTドコモ
東芝
三洋
ボーダフォン
a u
ツーカー
技術提携
ソニー
エリクソン
シャープ
三菱
KDDI
FOMA
PDC
(仏)アルカテル
ノキア
モトローラ
京セラ
日系
外資系
ソニー・エリクソンの
ブランドで世界5位
日立
カシオ
【富士キメラ資料他を基に加工】
図 白物家電産業の現状
白物家電シェア
白物家電シェア
冷蔵庫の世界シェア(2002年) 生産台数ベース
エアコンの世界シェア(2002年) 生産台数ベース
LG 12%
HAIER(海爾) 10%
HAIER(海爾)
10%
松下電器
8%
GUANGDONG
MIDEA(美的) 5%
その他
55%
SAMSUNG
5%
日立:3%
日立:3%
その他
52%
東芝:2%
東芝:2%
ZHUHAI GREE(格
力) 5%
日立:2%
日立:2%
WHIRLPOOL 5%
SAMSUNG 4%
東芝:1%
東芝:1%
KELON(科龍) 4%
三洋電機4%
松下電器3%
出典: ㈱富士キメラ総研
LG 8%
GE 7%
ELECTROLUX 3%
出典: ㈱富士キメラ総研
合計:4,758万台
世界需要 140億ドル(2001年:JEMA需給統計)
合計:5,715万台
世界需要 157億ドル(2001年:JEMA需給統計)
国内エアコンシェア(2002年度:台数ベース)
コロナ その他
4%
三菱電機
三菱重工業 5%
15%
5%
富士通ゼネラル
6%
松下電器産業
シャープ
14%
7%
三洋電機
8%
日立H&L
11%
台数:539万台
金額:5,294億円
日立:11%
日立:11%
国内冷蔵庫シェア(2002年度台数ベース)
三菱電機
10%
その他
9%
松下電器
21%
日立:15%
日立:15%
シャープ
11%
東芝:13%
東芝:13%
東芝
18%
東芝キヤリア
13%
日立H&L
15%
ダイキン工業
12%
三洋電機
16%
出典:リック推定
出典:リック推定
4-15
台数:332万台
金額:3,249億円
東芝:18%
東芝:18%
② 量の戦略(デザイン・ブランド戦略、知財戦略等)
ⅰ) 新たな差別化戦略:デザイン・ブランド戦略
製品のコモディティ化が加速する中で、過度な価格競争による泥沼化を回避するためには、
技術力以外の差別化が重要である。デザインによる感性への訴え、操作性の良さによるデ
ジタルデバイドの超克、省エネ・環境配慮等の社会要請等に応えるデザイン・ブランドの構
築が、極めて重要である。
特に、「情報家電」について、21世紀の新たな生活創造に不可欠な価値観、例えば、環境
配慮・省エネ、健康、安全・安心・ユーザ・フレンドリー、ファッション性といったブランド価値を
確立するとともに、そのブランド価値を具現化するデザイン等を創出することが重要である。
そのため、こういったデザイン、ブランド価値を創出するために、企業トップレベルでのコミッ
トメントの下、企業内部門を横断するデザイン・ブランドセクションが機能することが必要とな
ってくる。
そのための企業の取組を支援するため、既存施策との整合性を踏まえつつ、新たな表彰
制度「e−ブランド賞」(仮称)を創設。同省は、5つの部門賞と、デザイナー表彰、総合グラン
プリ賞から構成され、審査の過程では、一般ユーザもインターネット投票等で参画する。
『部門賞』
環境ブランド賞:省エネルギーを始め、地球環境にやさしい情報家電ブランド
健康ブランド賞:健康を増進する元気な情報家電ブランド
安全・安心ブランド賞:誰もが安全に安心して使える情報家電ブランド
ファッションブランド賞:感性、デザインに優れた情報家電ブランド
グラフィックデザインブランド賞:webデザイン等に優れた情報家電ブランド
『ブランドデザイナー表彰』
優れたデザイン、ブランドを創出したデザイナーやデザイン・チームを表彰。
『総合グランプリブランド賞』
部門賞の中から、最も優れたブランドを表彰。
図 「e−ブランド賞:情報家電ルネッサンス」の創設
■
■
ブランドは グ ロー バ ル 競 争 に お け る製 品 差 別 化 の 重 要 な決 め 手 。
ブランド価 値 を創 出 す るため の 取 り組 み に 対 す る支 援 として、
新 た な 表 彰 制 度 「e− ブ ラ ン ド 賞 :情 報 家 電 ル ネ ッ サ ン ス 」(仮 称 )を 創 設 。
対 象 作 品 は 世 界 中 か ら募 集 され 、各 部 門 賞 の 中 か ら、最 も優 れ た ブ ランドを
総 合 グ ランプリとして表 彰 。
環
環境
境ブブラランンドド賞
賞
最優秀
デザインを選出
健
賞
健康
康ブブラランンドド賞
安
安全
全・・安
安心
心ブブラランンドド賞
賞
グ
賞
グララフフィィッッククデ
デザ
ザイインンブブラランンドド賞
投票
審 査 過 程 で は 、一 般 ユ ー ザ ー に よる
インター ネ ット投 票 等 も実 施
各部
部門
門賞
賞
各
「e-ブ ラ ン ド
:情 報 家 電 ル ネ ッ サ ン ス
総 合 グ ランプリ」
フファァッッシショョンンブブラランンドド賞
賞
投票
ブブラランンドドデ
デザ
ザイイナ
ナー
ー表
表彰
彰
4-16
特別賞
ⅱ) 知財戦略、模倣品対策
技術流出防止については、第162回通常国会において不正競争防止法を改正すること
により、営業秘密の侵害行為や模倣品・海賊版によるブランド価値等の侵害行為に対する
措置を拡充し、適正な競争環境を維持する。具体的には、営業秘密の国外使用・開示処罰、
法人処罰等を導入するとともに、退職者については、在職中に請託等がある事例を処罰の
対象としているが、今後とも退職者と企業間の契約の実態を踏まえつつ、秘密保持契約違
反の刑事罰について、引き続き検討していく。
模倣品・海賊版対策についても、事業者からの申立制度の導入、在外公館等の機能強化、
取締当局間の連携強化、多国間協議による市場対策等を着実に推進する。
また、昨年11月、中国において、我が国及び中国の官民が連携し、両国の業界団体が模
倣品対策として共同で、①模倣品生産・流通、被害状況に関する実態調査、②知的財産保
護に関する専門家の育成(セミナーの開催等)、③知的財産保護に関する情報交換・連携の
強化(「交流窓口」の設置等)、などを行うことが合意されたが、こうした民間同士の連携・協
力の具体的な仕組みについても、その積極的な構築を図っていくべきである。
ⅲ) 新たな流通戦略
近年、国内家電市場において、各メーカ間のシェア競争の激化、量販店の集約化の進展
及び店頭での価格競争の激化等により、国内家電流通環境について、公正性や公平性の
観点から一部問題が見受けられる。
消費者に信頼される家電の流通を確立するとともに、公正かつ公平な競争環境を実現
するため、早期に、家電製品の流通に関する公正取引ガイドラインの策定されることが望ま
れる。
そのための環境整備と併せて、産業界においても、国際競争力を強化する観点から、流
通戦略についても積極的に推進する。具体的には、電子タグ等の活用を含め、グローバル
規模での徹底したサプライチェーン管理(SCM)による在庫削減を図る必要がある。
加えて、流通そのものを差別化して新しいビジネスモデルの構築を図ることや、流通網と
連携したサービスモデルの検討も行う。例えば、流通事業者との連携により、製品の設置・
接続・設定サービスや電気製品で何か困ったときの御用聞きサービス等が考えられる。
図 家電小売業の現状
NEBA会員外の大手量販店売上げ推移
NEBAと大手4社合計の売上げ推移
(百万円)
(百万円)
1,000,000
3,000,000
900,000
ヤマダ電機
800,000
ヨドバシカメラ
2,500,000
700,000
2,000,000
コジマ
600,000
ビックカメラ
1,500,000
1,000,000
500,000
NEBA
大手4社合計
500,000
400,000
300,000
200,000
100,000
0
1997年 1998年1999年 2000年 2001年 2002年 2003年
0
1997年
4-17
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
会員数の推移
33,000
32,000
31,000
ZDS30,000
29,000
28,000
27,000
26,000
25,000
24,000
80
70
60 NEBA
50
40
30
20
10
0
ZDS
NEBA
1997年1998年1999年2000年2001年2002年2003年
ⅳ) ビジネス環境のイコール・フッティング
電気電子産業の競争環境は、主として欧米企業との競争であった90年代とは大きく変化
し、中国、韓国、台湾等アジア企業の激しい追い上げと鎬を削っているのが現状である。
そういった現状をふまえ、中国や韓国等の我が国電気電子産業に対しては、思い切った
税制措置を講ずることにより、企業の国際競争を支援していく。また、企業がグローバルな
競争を展開する上で、残存簿価の償却等税制についても、可能な限り競争相手方企業とイ
コール・フッティングとなるような事業環境を整備することが重要である。
○ 我 が 国 の 減 価 償 却 制 度 は 、主 要 国 と 比 較 し て 、 償 却 期 間 、残 存 価 額 の 面 で
不 利な 点 あ り。
国の減価償却制度比較
図主 要
主要国の減価償却制度比較
項 目
減価償却の方法
日 本
定額法
又は
定率法
米 国
韓国
台湾
中国
修正加速原価回収法
定額法
又は
定率法
定額法
又は
定率法
定額法
0
5%
100%
95%
又は
定額法
0
残 存 価 額
10%
0
償却可能限度額
95%
100%
製造装置の償却
期 間 (半 導 体 )
5年
製 造 装 置 の 償 却 10年 (電 子 応 用
期 間 (液 晶 、P D P ) 機 器 製 造 設 備 )
(但 し、定 率 法 選 択
時 は 5%)
5 年 (IT関 連 機 器 )
100%
(但 し、定 率 法 選 択
時 は 95%)
5年
(申 告 に よ り 、25%
の増減が可能)
5年 (最 短 3 年 )
3年
5年
電 子 情 報 技 術 産 業 協 会 (JEITA )資 料 等 を 元 に 経 済 産 業 省 作 成
③ 新たな環境戦略の構築
ⅰ) 環境配慮設計とサプライチェーンでの環境対応のための基盤整備
家電リサイクル制度が先行する我が国においては、資源有効利用の質を高め、当該製品
における環境配慮性を適正に評価するために、製品の分離・解体が容易となる表示や設計
製造段階における再生資源の利用率等の環境配慮設計指標について定義化・可視化し、
製品の新たな評価軸として活用することが必要である。
4-18
図 環境配慮設計(DfE)の促進
DfE に は 、省 エ ネ 、有 害 物 質 管 理 、
3 R配 慮 設 計 等 の 概 念 が 含 ま れ 、
戦 略 的 に 進 め る 必 要 あ り。
各 社 が 環 境 配 慮 設 計 を 行 うた め 、
そ の 基 礎 と な る 指 標 ・基 盤 を 整 備
1 定 義 ・指 標 の 整 備 、共 通 化
「リサ イ ク ル 材 料 」の 定 義 す ら 不 十 分 。再 生 資 源 利 用 率 、再 生 可 能 資 源 等 の
用 語 の 使 用 が 各 社 ま ち ま ち 。家 電 リサ イ ク ル で 経 験 を 積 ん で い る 日 本 企 業
の 主 導 で 、定 義 ・基 準 等 の 整 備 を 行 うべ き 。
2 表示の共通化
鉛 フ リ ー や 分 離 ・分 解 部 位 等 を 表 す 表 示 方 法 が 各 社 バ ラ バ ラ 。
消 費 者 訴 求 、リ サ イ ク ル プ ラ ン トで の コス ト削 減 に つ な が っ て い な い 。
3 プ ラ ス チ ッ ク リサ イ ク ル の 推 進
再生プラスチック利用率等をグリーン購 入基準 への 盛り込み等 推進。
日 本 発 の 規 格 の 国 際 標 準 化 等 に よる製 品 競 争 力 の 向 上
また、製品に含有される特定物質情報を適切に開示・モニタリングする仕組みを整備する
ことにより、環境対応を強化した効率的なサプライチェーンシステムの構築を促進する。
さらには、循環型社会形成に向けて、リサイクル制度の一層の拡充を推進することが重要
である。
図 サプライチェーンにおける化学物質管理
電 気 電 子 製 品 の 場 合 、 部 品 点 数 も 多 く、製 品
出荷段階で含有物質の把握は困難。
サ プライチェーン全般にわたって化学物質 管
理 を 、各 段 階 ご と に 適 切 に 行 い 、 情 報 を 伝 達
す ることが 必要。
サ プライチェーンにおける化学物 質情報の 管理
を 各 社 バ ラ バ ラ に 行 う こ と は 、 管 理 コ ス トが 膨 大
に な る上 、調 達先 にとっても負 担 大 。
1 含 有 化 学 物 質 情 報 の 収 集 ・把 握 ・伝 達
(グ リ ー ン 調 達 調 査 共 通 化 協 議 会 (JG P SS I)で 管 理 物 質 、 伝 達 様 式 等 を
検討)
→ 日 米 欧 3極 の 民 間 ベ ー ス で、合 意 予 定 。
2 適 切 な サ プ ラ イ チ ェー ン 管 理 体 制 の 構 築 ・共 通 化
→ 平 成 15 年 度 、 産 業 界 、 経 済 省 連 携 で 検 討 会 を 実 施 。
各 社 の 管 理 体 制 構 築 指 針 をガ イドラインとして策 定 。
3 さ ら に は 、 デ ー タ ベ ー ス 、 情 報 シ ス テ ム の 構 築 、監 査 等 の 共 有 化
が課題。
→ 含 有 化 学 物 質 情 報 対 応 部 品 SCM
環 境 対 応 に 関 す る コ ス ト削 減 、 海 外 調 達 先 の 管 理 、 製 品 競 争 力 の 向 上
4-19
ⅱ) 国際的な整合性の確保とわが国のイニシャチブ
欧州や中国で新たな環境規制の動きが見られる中で、グローバル商品である電気電子製
品の場合、環境制約への対応を国際整合性をとりながら進めていくことが重要である。
特に、電気電子製品の国際標準を取り扱うIEC(国際電気標準会議)において、昨年10
月に環境問題を横断的に取り扱う専門委員会(TC)が設置されることが合意された。今後、
環境配慮設計などが検討される予定であることから、政府と産業界が連携しつつ、我が国
が環境関連の国際規格作成についても主導的役割を果たしていくことが重要である。
③ 質の戦略(戦略的 R&D、サービスとの連携促進等)
ⅰ) 戦略的R&Dの構築
次世代技術の研究開発は、国際競争力の一つの源泉である。引き続き、省エネルギー
対策等の環境負荷低減、経済社会の要請や普及促進に不可欠な技術の共通化・標準化等
も考慮しつつ、基盤となる情報通信機器・デバイス等の情報通信技術に関する研究開発を
推進する。
図 高付加価値デバイスと R&D 戦略
○次世代半導体デバイスプロセス等基盤技術に関する研究開発
情報通信分野の共通基盤である半導体に関し、次世代の半導体製造技術、半導体デバイスの 高機能化技術及び省エ
ネルギー等環境対応技術等を開発
○情報通信基盤の高度化技術に関する研究開発
高度情報通信ネットワーク社会を支える情報通信システムの高速化、高信頼化、大容量化及び 省エネルギー化等を図
るために必要となるデバイス技術等を開発
○IT利活用を促す情報家電等の高度化技術に関する研究開発
IT利活用を促進するため、ユーザが利用する情報家電等の利便性向上、省エネルギー化及び 高機能化等を図るため
に必要となる技術等を開発
求められる製品、
サービスの例
現在のPCが持つ演算処理能
力と動画処理能力をワンチップ
内に集約し、現在のPCの数分
の一の電力で動作するシステ
ムLSI
現在の数十倍の記憶容量を
持つストレージを搭載したサー
バー・PC
モバイル機器による家庭内の情
報家電の遠隔操作など様々な新
しいサービス
ⅱ) サービスとの連携
電気電子産業において、継続的な高収益体制を再構築するためには、自社が市場や社
会全体のイノベーションサイクルにコミットすることが必須であり、既存企業の枠を超えた社
会・消費者ニーズ等情報の戦略的な共有と活用が極めて重要となる。
量の戦略と、ライフソリューションサービスにきめ細かく応えても、なお利益率が上げられ
る徹底して合理化し効率化された生産・流通体制という、「ものづくり」の新たな局面にチャレ
ンジすることが求められており、今後の取組として、ライフソリューションサービスを行う事業
者との連携・協調をも組み合わせたビジネスモデルとイノベーションサイクルを確立し、海外
4-20
市場を含めて攻勢に出ることが必要である。
ⅲ) デジタル時代における新たな概念・制度の構築―私的録音録画補償金制度の見直し―
デジタルコンテンツの私的複製による著作権者の被る経済的損失を考慮し、録音機器・媒
体に対し一定の課金が行われる「私的録音録画補償金制度」(93年に導入)については、
①同制度の周知が徹底されておらず、消費者が補償金を支払っているという認識が乏しい
こと、②私的コピーを行わない者も負担することとなっており、活用されていないこと、③補償
金の権利者団体等への配分率が制度創設以来、固定化されていること④徴収された額の
一定割合が権利者への還元以前に「共通目的事業」に配分されていることなど、補償金の
徴収・配分の両面において様々な問題点が指摘されている。
同制度のように、適切なデジタルコンテンツ管理技術が未成熟な時期に導入された制度
については、どのように現在の技術や市場と調和させるかが課題となっている。また、その
背景には、コンテンツの所有・利用形態が多様化し、いわゆるクリエイティブ・コモンズやオー
プンソースといった新たな概念が登場していることも挙げられる。
このため、予算措置等の活用を含め、私的録音録画補償金制度の縮小・廃止等に向けた
検討を開始するなど、著作権制度等について、デジタル融合の時代に相応しい新たな概念・
制度を積極的に検討するべきである。また、その際、デジタル社会の最大の被益者である
「消費者・利用者本位」のルール整備を図るべきである。
図 デジタル時代における新たな概念の構築1
○私的録音録画補償金制度の見直し
■ 文化審議会著作権分科会法制問題小委員会にて、今年夏までに本格的な検討を予定。
■ 平成11年改正により、コピープロテクション回避による複製は違法行為になり、
技術的保護手段により、私的複製であっても違法とすることが可能に。
■ 技術進歩で、私的使用とコピープロテクション(技術的保護手段)の両方が拡大。
補償金制度により、長年両者が分断
対立
消費者 ・ ハードメーカ
コンテンツ産業に欠かせない
本来融和すべき両者
流通業者・クリエイター
権利処理・課金システム等に対し
予算措置等を活用することにより
補償金制度の縮小・廃止を検討
ハード・ソフトの融合
消費者 ・ ハードメーカ
流通業者・クリエイター
近年、携帯電話等への音楽コンテンツ等の配信が増加している一方で、デジタルコンテン
4-21
ツには、コピー防止機能が具備されており、配信で購入したコンテンツを、自ら有する他の機
器に移動させることが困難となっている。例えば、携帯電話、PC等の新機種が登場しても、
購入済みのコンテンツを新しい機器に移動させることができない場合は、利用者は、新機種
への移行を断念せざるを得ないなど、このことがビジネス創出にとって障害となる可能性が
ある。
したがって、購入したデジタルコンテンツについて、他のコンテンツと同様に「所有」し、私
的活用したい、というユーザニーズに応えるビジネスモデルの構築、概念・制度の整備を図
るべきである。
図 デジタル時代における新たな概念の構築2
○コンテンツ「所有」のニーズに応える
■
■
■
■
携帯電話などへの音楽コンテンツ等の配信が増加
一方、デジタルコンテンツには「コピープロテクション」がかけられている
新機種が登場しても、購入済みのコンテンツを「所有」するために、買い替え躊躇
新機能・新ビジネス環境への移行が遅れる恐れ
購入済コンテンツを「所有」し続けたいという顧客ニーズに
応える概念構築、ビジネスモデルが必要
故障・修理等のバックアップに関する法的問題等は、
今年の文化審議会著作権分科会法制問題小委員会で検討予定。
ⅳ) 人材育成
<07年問題への対応>
2007年以降、企業の中核を担う団塊世代が現役を引退することにより、ものづくり基盤
の脆弱化等が強く懸念される。団塊世代の多くは、気力、体力ともに、十分社会貢献が可能
であり、そういった意欲ある人材を、後進の指導等に積極的に活用することが、産業競争力
の維持・強化には不可欠である。
今後、官民の適切な役割分担に基づき、業種横断的なものづくりリーダー育成事業を早
急に検討する必要がある。
<高度技術者の育成>
我が国のイノベーションを中長期的に創発し続けるためには、引き続き、博士号レベルの
4-22
高度な技術者を育成していくことが極めて重要である。高度技術者の育成に必要な奨学制
度等について、質・量両面から、レビューを行うことが望まれる。
図 海外留学率の低い日本
日本
その他 1%
海外
4%
国内
95%
韓国
台湾
(Ph.D., MS, BS)
ヨーロッパ 4%
ヨーロッパ 6%
その他 3%
日本
6%
日本 3%
その他 2%
国内
14%
米国
21%
米国
75%
国内
66%
(Ph.D. only; data for a national univ.)
(Ph.D. only)
[Source: discussion paper for Subcommittee for Fundamental Issues, METI, Japan (Nov.2004)]
図 米国への留学生数(科学技術専攻)
30 00
300
China
Germ any
20 00
200
Japan
UK
Korea
10 00
100
France
India
Source: Science and Engineering Doctorate Awards: 2002 (NSF 04-303)
4-23
2001
1999
1997
1993
2001
1999
1997
1995
1993
0
1995
Taiwan
Japan
0
■ 情報通信機器・素材産業分野のまとめ
①選択と集中
・グローバルな競争に勝ち残るための、企業の戦略的合従連衡を、産業再生法などを通
じ引き続き協力に支援すべきである。
<現状と課題>
②量の戦略(国際的な市場展開など、量的な競争で比較優位を得るための
取り組み)
具体的な取り組み
情報機器・素材産業におい
ては、グローバルな競争が
巨額投資、寡占、コモディ
ティ化の加速といった形で
進行している。
・デザイン・ブランド戦略による製品の差別化⇒e-Brand大賞の創設
・知的財産戦略、模倣品対策の徹底・強化
・各国独自規格の標準化や流通・税制環境についての国際的な調和の推進
③質の戦略
・次世代の研究開発の積極的な推進
・「プラットフォーム」の構築への企業の参画・貢献の促進
・ソフトウェア開発の生産性・信頼性の向上、人材育成
IT産業自体のイノベーショ
ン・サイクルの再構築を進
めていくことが必要。
・ものづくりリーダー育成事業の早急な検討、高度な技術者の育成のための奨学制度の
創設・充実
④その他の課題
i) デジタル時代における新たな概念・制度の構築
– 著作権制度等について、デジタル融合の時代に相応しい概念・制度の検討
ii) 新たな環境戦略の構築
– 先端的な環境戦略に取り組み、それ自身を国際的な比較優位につなげること
4-24
2.情報サービス産業
(1) 現状認識
① 産業の概況
我が国情報サービス・ソフトウェア産業は、売上高14.1兆円、従業員数56.7万人の産
業であり、この10年間で市場規模においてほぼ2倍の拡大を見せている1。
図 情報サービス産業の市場規模
600,000
500,000
16,000,000
14,000,000
従業員数
売上高
12,000,000
400,000
10,000,000
300,000
8,000,000
6,000,000
200,000
4,000,000
100,000
2,000,000
0
0
昭和48年 52年 56年 60年 平成元年 5年
9年
13年
(出典:特定サービス産業実態調査)
1990年代を通じての10年間で、IT産業の売上に占めるソフトウェア・サービスの割合が
2倍になっている2など、IT産業の内部でもハードウェアからソフトウェア・サービスへというシ
フトが継続している。また、ハードウェアに固定され、ハードウェアと一体で製品とみなされる
「組込みソフトウェア」については、昨年経済産業省が実施した「組込みソフトウェア産業実
態調査」によれば、組込みソフトウェア技術者は推定15万人、組込みソフトウェアの開発規
模は、推定2兆円となっている3。
1
特定サービス産業実態調査(経済産業省)。なお、我が国情報処理サービス業の売上高経常利益率は3.
9%、ソフトウェア業の売上高経常利益率は5.8%(全産業の平均値は2.7%)。第26回情報処理産業
経営実態調査(2005年1月)(独立行政法人情報処理推進機構)
2
特定サービス産業実態調査、工業統計(経済産業省)
3
経済産業省2004年版組込ソフトウェア産業実態調査(経済産業省)
4-25
同産業は全世界で約7500億ドルの規模の市場となっているが 4、地域別の内訳を見る
と、米国とカナダで約半分、欧州が約31%、アジアが約15%を占める。日本の割合は約1
1%であり、世界では米国に次いで第2位を占める。
図 世界の情報サービス市場
<<>
アジア(日本以外)
4.5%
アメリカ
日本
イギリス
ドイツ
フランス
ヨーロッパ(その他)
アジア(日本以外)
その他
その他
5.3%
ヨーロッパ(その他)
11.6%
アメリカ
48.2%
フランス
5.9%
ドイツ
6.5%
イギリス
7.0%
出典:Digital Planet2004(WITSA)
日本
10.9%
IT 化の進展により、ソフトウェアは、情報システムはもとより、自動車、家電などの各種機
器、そして銀行の ATM や航空管制をはじめとする各種社会システムなど、我が国経済の社
会基盤といえるほど生活の隅々にまで浸透した。こうした流れに則し、当初はコンピュータ産
業を支える産業であった情報サービス産業も、それ自身が、社会的付加価値の源泉を担う
戦略的産業への大きく変貌を遂げた。
<自動車におけるソフトウェア開発工数の増加>
自動車の原価に占める電装品の割合は、確実に増大。ガソリン車では15%、
ハイブリッド車においては、ほぼ半分が電装品のコストとなっている
高機能化
融合化
高度化
電子制御
システム
エンジン
制御ECU
制御ECU
プレーキ
制御ECU
制御ECU
ボデー
制御ECU
制御ECU
ステア
リング
制御ECU
制御ECU
ソフト開発工数予測
周辺監視
ECU
5∼10倍
に増大
車載LAN
複雑化
‘94 ‘96 ‘98 ‘00 ‘02 ‘04 ‘06 ‘08 ‘10
JasPar 講演資料 より作成
4
DIGITAL PLANET 2004(WITSA)
4-26
② ソフトウェアを含む情報システム開発の特徴
こうした産業規模の拡大の一方で、ソフトウェアを含む情報システムが有する以下のよう
な特徴は大きく変わっていない。
ⅰ)ソフトウェアは目に見えず、プロジェクトの状況も目に見えない。
ⅱ)情報システムを構築する作業は、世の中の社会システム、ビジネスモデル等を人の思
考を介して論理的に計算機の中に造り、シュミレーションすることであるので、世の中の
複雑さと同じだけ、情報システムは複雑となる。
ⅲ)人の知的創作物であるので、作成関係者の能力の影響が大きい(10∼20倍とも言
われる)。
ⅳ)事後的な変更が容易であると誤解されやすい。
ⅴ)人と人との関わりが大きく、コミュニケーション上の問題が多い。
ⅵ)特に組込みソフトウェアに関しては、後で発見されたシステム・ハードウェアの問題を
ソフトウェアで解決することが求められることが多い。
③ 近年の変化
Ⅳ.2.(1)①で述べたような産業の量的拡大の背後では、ITを巡る技術進歩とこれに伴
うITの利活用方法の深化と拡大が継続的に生じてきた。
ⅰ) 変化の内容5
1980年代から1990年代前半までは、汎用機、UNIX、PCともに技術変化が緩やかな
時代であったが、1990年代後半以降、PCの普及・機能向上、オープン化と特にインターネ
ットの普及に加速化される形で技術変化が激しくなった。
これにより、ITはビジネスの仕組みを根底から変革し、ITでできること、したいことが変わっ
た。特定業務の効率化が情報化投資の中心だった時代から、ITが経営戦略と不可分の時
代となり、対象となる情報システムの質・量は、深化・拡大してきている。情報システムのユ
ーザも、特定業務を行う者から、ビジネスプロセスに関わる者全員の必需品となってきた。
また、携帯電話、情報家電、自動車を含む製造業の基礎を支える組込みソフトウェアに係
る開発の量及び複雑性が指数的に増加している。例えば携帯電話では2004年のソフトウ
ェア規模は2001年の約5倍、第3世代の携帯電話のソフトウェアの規模はかつて都市銀行
が数千億円をかけて構築した第3次オンラインのソフトに匹敵するとされる 6。また、自動車
の原価に占める電装品の割合はガソリン車では15%、ハイブリッド車においては、ほぼ半
5
詳細は「電子政府時代の政府調達改革」経済産業省情報処理振興課編(2002年4月)も参照。
6
経済産業省2004年版組込ソフトウェア産業実態調査(経済産業省)等
4-27
数が電装品のコストになるなど、従来は「力学」で動いていた自動車が、現在はソフトウェア
に支えられたエレクトロニクスで動く状況となっている。
さらに、ICタグ/2次元バーコードによる物流トレーサビリティの確保、ITSによる車ならび
に交通のインテリジェント化、携帯・IP電話を利用したソルーションなど、新たなIT活用領域
が拡がりを見せているところである。今後とも、ソフトウェアが、技術としてもビジネスとして
も、その重要性を高めていくことは間違いない。
ⅱ) より顕在化した既存の課題
上記のようなユーザニーズの多様化・高度化と、利用技術の複雑化により、汎用機やマイ
コンシステムの時代に比べると、未経験の技術での開発が求められる頻度が増加してい
る。一方、情報システムに対するステークホルダーが増えた結果、利用者の要求は多様化
し、システム開発における要求定義、要件定義を複雑化・不安定化する要因となっている。
さらにユーザ企業のビジネス上の課題の変化に対応するための情報システムの構築・変更
や、熾烈な競争が展開される情報家電、携帯電話等の組込みシステムに必要なソフトウェア
開発についても、これまで以上に短い期間でこれを行うことが求められるようになった 7。これ
によりⅣ.2.(1)②で述べた情報システム開発の特徴に起因する課題はさらに深刻な形で
顕在化するようになり、例えば、企業の情報システムの構築において、「品質、コスト、納期
の全てにおいて当初の目標を達成したプロジェクトは全体の30%にも達しない」8、「中規模
のシステムでは納期遅れが8割以上、大規模システムでも5割以上が納期遅れ」9という報告
に見られるよう、信頼性の高いIT基盤の効率的な提供が十全に行われているとは言えない
状況となっている。これにより、プロジェクトの失敗に起因する特別損失の計上、ソフト開発
の遅れによる製品出荷スケジュール、システム利用開始の遅延などの形で、ベンダのみな
らず、ユーザの情報基盤の構築に影響が生じるケースが数多く見られるようになっている。
企業レベルでも、国全体としても、これらの課題への対応なくしては、競争力あるIT産業の創
出も、ユーザが安心して利用できるIT基盤の構築もおぼつかない状況だと言える。
7
2004年の社団法人情報システムユーザー協会(JUAS)のアンケート調査によれば、開発期間6ヶ月未
満の案件が全体の70%程度、また組込ソフトウェアの分野でも、上記「実態調査」によれば、ほとんどが
開発期間1年以内であり、携帯電話では3∼4ヶ月程度の例も珍しくない状況。
8
日経コンピュータ2003年11月17号50頁以下
9
2003年10月にJUASがユーザ企業約900社に対して実施した調査
4-28
(2) 課題の本質と対応の方向
Ⅳ.2.(1)②で述べたように、ソフトウェア開発を含む情報システムの構築は、目に見え
ない複雑なものを、多くの関係者の共同作業によって作り上げていくプロセスであるため、当
事者が満足できる品質のシステムを、納期内に、予定されたコストで完成させるには、この
プロセスの全てを可能な限り可視化し、当事者10間で共有を図り、適切に管理していく努力
が不可欠となる。Ⅳ.2.(1)③で述べた近年の情報システムの高度化、複雑化の進展は、
この可視化の必要性をより重大なものとする一方で、技術的にはより困難なものとする。
これに対応する方法としては、大きく分けて①情報システム構築プロセスそのものの可視
化とマネジメントの促進、及び②情報システム構築に係るリスク分担を始めとする当事者間
の権利関係の可視化及び透明化の促進というアプローチがあるが、これらは車の両輪であ
り、どちらが欠けても十分な解決は得られない。さらに、情報システム/ソフトウェアを開発
するのも、利用するのも生身の人間であり、ソフトウェア工学もプロジェクトマネジメントも、現
実にこれを執行できる人がいなければ絵に描いた餅に終わる。したがって、③これらを実現
できるIT人材に関する質的な需給ギャップが解決されないという構造的な問題についても、
対応を図る必要がある。
これらのいずれにおいても、ベンダのみならず、情報システムのユーザ側の積極的な取組
が求められる。情報サービス産業の競争力強化のためには、ユーザ企業のIT活用能力、調
達能力の強化がキーファクターであり、後述する政府調達改革の必要性も、この観点を含め
た取組として推進していくことが必要である。
① 世界最先端のソフトウェア工学の確立とソフトウェア取引の高度化の推進
ⅰ) 世界最先端のソフトウェア工学の確立
ソフトウェア工学の確立とは、要すれば、目に見えない高度な情報システムの構築に際し
て、何を作るのか、どこまでできているのかを、当事者が正確に把握した上で適切な管理を
行うということである。そのためには、ユーザ側には、「ITで何をしたいか」、すなわち最上流
工程の経営課題の明確化とそれに対応した情報戦略の策定を経営トップも含めた意思決定
プロセスで決定すること、及びこれに基づいて高い網羅性を有する精度の高い要求仕様を
早期に確定する11ことが求められ、開発側には、ユーザの要求内容の正確な理解と精度の
高い見積もり及び定量的な進捗管理(プロジェクト・マネジメント)が求められることとなる。
これを促進するために、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)に設置されたソフトウェア
10
ここでいう「当事者」には、ユーザ(経営者、情報システム担当者、エンドユーザ等)、ベンダ、サブコントラ
クターが含まれる。
11
2004年のJUASによるアンケート調査によれば、要求仕様書(RFP)の作成をベンダに依存する割合が
高いほど完成した情報システムに対するユーザの満足度も低い、という結果が出ており、RFPの作成も
含めたユーザ企業の自律的な取組が求められる。
4-29
エンジニアリングセンター(SEC)では、現在、以下のようなプロジェクトを実施している。
○ ソフトウェア開発の定量化の促進
ソフトウェアの定量的管理・把握を促進するため、産業界における様々なソフトウェア開
発プロジェクトにおける、規模、工期、工数、品質、生産性等といった数値データを収集・分
析、公表(平成16年度末目途)。今後、継続的にデータを公表し、我が国ソフトウェアの標
準的開発データを提供していくこととしている。
○ ソフトウェア見積もり手法の開発
見積もりミスによる開発失敗リスクの低下を目指し、産業界で実践されている各種見積
もり手法の効果・精度を評価。平成16年度末までにベストプラクティスの収集・普及を実
施し、平成17年度以降、実用可能な先進的な見積もりモデル手法の評価、展開を実施す
る予定である。
○ 開発プロセスモデルの整理及び共有化
品質・生産性の低下が、主に上流工程におけるユーザ・ベンダ間での様々な認識ギャッ
プに起因するという実態を踏まえ、まず、ユーザ・ベンダを、対峙する関係と捉えるのでは
なく、より良いソフトウェア・情報システムを作り上げていく協調すべきパートナーと位置づ
け、特に要求定義段階において、誰が、いつ、何を、どの程度決定すべきか、に関する標
準ガイドラインを開発し、ベンダ及びユーザに対する普及を図っていく。平成17年度以降
は、ソフトウェア開発プロセス全体にわたってユーザ・ベンダ間での標準的役割分担のモ
デルを整理・提示することとしている。
○ 組込みソフトウェア向けエンジニアリング手法の開発
組込みソフトウェアの開発には、特に厳しい信頼性やリアルタイム性が求められ、また、
ハードウェアからのメモリや電力消費量等に関する制約を受ける等、組込みシステム特有
の制約が課せられる。こうした条件をクリアしつつ、組込みシステム全体のパフォーマンス
を極大化させる品質の高い組込みソフトウェアの効率的な開発を実現するため、まず、組
込みソフトウェア開発のプロセスモデルを整理する。また、ハードウェアとの擦り合わせも
考慮したソフトウェア開発プロジェクトのマネジメント手法を構築する。さらに、設計段階、
製造段階、テスト段階の各場面において品質を向上させる手法の開発を進める(平成16
年度末においては、まず、製造段階における対応として、コーディング作法を取りまとめ予
定)。
○ 組込みスキル標準の策定
組込みソフトウェア開発の現場では人材不足が常態化しつつあり、また、開発に従事し
ている人材についても、ソフトウェアを専門としない技術者が対応している場合も少なくな
い状況である。こうした現状を踏まえ、組込みソフトウェアの開発に求められる知識・スキ
4-30
ルを体系的に整理し、組込みスキル標準を策定する(平成16年度末第1版予定)。さら
に、このスキル標準を活用した組込みソフトウェア技術者の人材育成のリファレンスモデ
ル等を開発する。
以上を通じて、今後SECにおいては、個々の技術者、企業の経験の知識化・共有化を図
ることにより、情報基盤構築力の強化を可能とするプラットフォームとして、「世界最先端のソ
フトウェア工学の確立」を実現することが期待されている。
ⅱ) ソフトウェア取引の高度化の推進
情報システム/ソフトウェア開発は構想段階で抽象的な概念設計が徐々に明確になるこ
とが多く、ユーザ・ベンダ間で「どのような責任分担」に基づく、「どのような内容の」契約を、
「どのタイミング」で締結するかが非常に重要な課題となる。現実には、要求定義と基本設計
が不明確な段階で開発以下の下流工程までを含む、内容が曖昧な一括請負契約が締結さ
れ、大規模かつ複雑なシステム開発においては、ユーザ・ベンダ双方が大きなリスク12を負っ
たままプロジェクトが開始されることも多い。このような慣行は、契約締結後の変更管理等に
よる追加コストの発生や開発途中の作業変更等を生み、ソフトウェアの品質低下や納期遅
延といったプロジェクトの失敗を生みだしかねない。また、代金確定等に当たっての様々な
取引上のトラブルを生み出すことにもつながる。近年のオープン化の進展等の技術の高度
化・多様化・複雑化、ユーザのIT予算の引き締め・納期短期化の要望等、アウトソーシング
の進展・情報システム子会社の増加によるユーザのプロジェクト管理の複雑化等がこの問
題を一層深刻化させている。また、ユーザ・ベンダ間の責任分担・リスク分担の不明確さは
最終的にソフトウェア下請取引に波及し、代金支払遅延等の問題も発生することとなる。こう
した問題を解決するためには、以下のような取組が必要であり、さらに、本問題は、最終的
にはユーザ側の IT 活用能力・調達の力の向上に帰結するため、エンタープライズアーキテ
クチャーの活用・普及、CIO 導入・活用をはじめとする新たな IT マネジメントの確立を積極的
に進める必要がある。
○ 契約におけるユーザ・ベンダ間の役割分担・リスク分担の明確化
契約条件、リスクの見積もり及び分担の決定が十分でないままプロジェクトを開始し、後
にリスクが顕在化した場合には、当事者のどちらか、あるいは双方に予想外の追加コスト
が生じることになる。現実にも、①納期の遅れや仕様の変更の取扱、②システムの品質に
対する不満、③契約の不備等を原因とするシステム・トラブルが近年増加傾向にある13。
12
ユーザにとっては最終成果物が期待どおりのものとならないリスク及びプロジェクトが失敗等した場合の
追加コスト発生リスクが生まれ、ベンダにとっては、度重なる手戻り等を通じたプロジェクト失敗に伴う諸
リスクが生まれる。
13
日経コンピュータ2004年10月18日号52頁以下参照
4-31
ユーザとベンダ間の契約については、これまでにも、例えば、平成5年に通商産業省(当
時)から「カスタム・ソフトウェア開発のための契約書に記載すべき主要事項」が発表され
14
、これに基づくソフトウェア開発取引のモデル契約も発表されている15。社団法人情報サ
ービス産業協会(JISA)も「ソフトウェア開発の委託におけるモデル契約書」を発表してい
る16。情報サービスの質を定量的に評価する契約手法としてのサービス・レベル・アグリー
メント(SLA)に関しては、昨年 4 月に「情報システムに係る政府調達への SLA 導入ガイド
ライン」が公表されている17。
このように、数種類のモデル契約が既に活用できる状況になっているにも関わらず、必ず
しもこれらが実際の紛争を予防する効果につながっていないとすれば、それは、Ⅳ.2.(2)
で触れた、ソフトウェア開発のターゲットの明確化、プロセスの可視化・共有化が当事者間で
十分行われてないということが、一因にあると考えられる。したがって、SECのプロジェクトに
おいて、当事者間の役割分担の標準的なモデルが策定された時点で、再度、当事者間のリ
スクの分担の規定の仕方についても見直していくことが必要となる。その際、現在のユー
ザ・ベンダ間の取引慣行の実例を精査することを通じて、どのような種類のシステム開発に
おいて、どのような責任分担に基づく契約を、どのタイミングで締結し、事後の仕様変更の扱
いをどのように事前に設定することが、両者のメリットを生み出すことにつながるかにつき、
両者共同で検討を深める必要がある。例えば、基本設計段階までに締結される一括契約の
リスクを軽減するために、実務で行われつつある「上流」「下流」の分割契約の有効性や米
国政府調達で採用されている請負契約のリスク分散のための契約手法・事後評価型の契
約手法を検討することも必要である18。
○ 同業者取引の問題
同業者間取引における代金支払の遅延等の問題については、平成15年6月1日に下
請事業者の利益保護のための「下請法」(下請代金支払遅延等防止法)が改正され、情報
成果物の作成に係る下請取引も規制対象となった(平成16年4月より施行)。これにより、
業界内の取引の透明化が進展することが期待されているが、書面の交付や検収ルール
の健全化等の慣行徹底は情報システム/ソフトウェア開発におけるプロジェクトマネジメ
ントの徹底や会計処理の迅速化にも資するものであり、下請法の対象外の同業者取引や
ユーザ・ベンダ取引においても徹底されることが適切である。その際、法の運用にあたっ
14
平成5年7月14日官報 通商産業省告示第359号
15
社団法人 日本電子工業振興協会編 「ソフトウェア開発モデル契約解説書」
16
http://www.jisa.or.jp/activity/guideline/dev_contract2002.html
このガイドラインには、SLA の解説、システム保守・運用サービスに SLA を導入する手順、SLA を使って
サービス品質を管理する「サービス・レベル管理(SLM)」の体制などがまとめてある。
http://www.ipa.go.jp/software/spi/pdf/sla_report.pdf
米国の政府調達においては、情報システムの品質確保等を図るため、請負契約のリスクを分散するとと
もに、ベンダに対する適切なインセンティブを付与すべく、調達案件に応じた複数の契約(実費償還型、報
償付定額型等)が準備されている。(「政府IT調達におけるインセンティブ付契約の適用に関する調査」
(情報処理推進機構 平成16年1月) http://www.ipa.go.jp/software/spi/pdf/incentive_report.pdf)
17
18
4-32
て問題となる解釈ルールの実務への徹底等をあわせて行うことが必要である19。
○ 会計処理の問題
情報システム/ソフトウェア開発においては、目に見えないソフトウェアという財の特
質、ターゲットが不明確なまま開発に着手することも多い慣行、検収に当たっての諸慣行
等が会計処理に混乱をもたらしているとの指摘もなされている。例えば、ユーザ・ベンダ間
取引及び同業者間取引における収益の認識基準、売上高の算定方法、原価計算に当た
っての人件費の取扱等についてビジネスプロセスの可視化・透明化の観点から検討を深
めることが必要である20。
② OSS等を活用した新たなイノベーションモデルの確立
ⅰ) 問題の所在
イノベーションを実現するには、典型的には、特許権を始めとする知的財産権を利用しつ
つ自社で技術を囲い込み、それに基づいて技術革新を達成するというモデルと、標準化そ
の他の方法により、一定の技術を広く共有し、その成果に基づいてさらにイノベーションを達
成するというモデルある21。特に後者については、リナックスを始めとするオープンソース・ソ
フトウェア(OSS)が、インターネットを介して世界中の優秀な技術者が同時並行的に質の高
いソフトウェアを開発する手法として有効であることが実証されてきており、知的財産権に基
づくインセンティブに拠らない新たなイノベーションの方法論として注目を集めている。
一方、オープンな形態のイノベーションのうち、OSSは、①利用者側にとっては独占の弊
害の排除と選択肢の拡大及びこれによるセキュリティの向上、②開示されたコードに基づい
てソフトウェアを開発・改変できる力を有することによる技術基盤の確保、③オープンなソー
スコードを活用した人材育成等の観点から、その開発及び利用の支援が行われている 22
が、不特定多数の人がその開発に参加するという特質から、知的財産権に基づく保護ある
いは他者からの侵害の訴えに対する効果的な対応をとりにくいという課題が指摘されてい
る。また、相互運用性の確保が非常に重要な意義を有するIT産業において、業界標準となる技
術標準が知的財産権で保護されている場合には、権利関係処理の方法如何によっては、独占の
問題を生じ、イノベーションの生まれる余地を著しく減ずることとなる危険性がある。特に相互運
用性を確保するために必要な基盤的技術についてソフトウェア特許が認められている場合には、
19
20
21
22
この観点から、現在、学識経験者、産業界、経済産業省等からなる「情報サービス産業の委託取引等に
係る研究会」において、下請法の解釈ガイドラインや法の対象外となっている取引の健全化のための論
点整理を行っている。ここではユーザの発注仕様の曖昧さや政府調達における契約事務の遅れの問題
等が下請取引における契約書面の曖昧さを生み出す原因の一つとなっている等の問題が指摘されてい
る。
「情報サービス産業における監査上の諸問題について」(平成17年3月11日・日本公認会計士協会)に
おいて、会計監査上の留意事項及び会計基準の明確化への提言がまとめられている。
実態としては、両者が混在するケースが多いと考えられる。
平成17年度予算案では、OSS活用基盤整備事業、アジアOSS基盤整備事業、教育情報化促進基盤整
備、電子政府OSS実用化調査などで、総計約14億円程度の事業を予定しているところ。
4-33
事実上、不可欠技術に係る独占が生じ、ソフトウェア特許の権利存在及び権利範囲の不明確性
の問題とも相まって、本来イノベーションを促進するための制度である知的財産制度が、イノベー
ションの桎梏となるおそれもあるところである。したがって、イノベーションの促進の観点から望ま
しい標準形成、知的財産権処理のあり方について、競争政策の観点も踏まえた検討を行う必要
がある。
ⅱ) 対応策の考え方
a) 制度的な対応
ア) 欧州ソフトウェア特許に係る議論の日本での適用可能性
特許法における裁定実施権の運用のあり方、侵害の例外規定の可能性 etc
イ) 制度運用による対応
* ソフトウェア特許の「質」の確保
* 特にソフトウェア特許の権利の存在の不明確性の問題、権利の範囲の不明確性の問題へ
の対応策の検討
b) 産業界としての対応
パテントプール
パテントコモンズ
c) 企業による対応
ア) 他社との差別化を図り、競争優位を実現するために必要な技術
イ) 他社との連携・協業により、市場への展開を図っていく技術
ウ) 業界全体で標準化を図り、相互運用性を確保していく上で必要な技術
エ) OSS、特にリナックスに必要な領域の技術(GPL が支配)
以上のア)∼エ)のベストミックスを実現。
上記の課題については、今後さらに詳細な検討を行うことが求められる。
iii) 日中韓OSS協力の推進
また、日中韓OSSフォーラムの推進などOSSの活用促進に向け国際的な連携・協調を引
き続き行う。
③ IT人材を巡る課題への対応
情報サービス産業では人材が最大の資産であるが、ソフトウェア工学に基づく合理的なソ
フトウェア開発・調達プロセスを担う、プロフェッショナルとして十分な能力を有する技術者が
不足している。最大の問題は、製品や生産プロセス、品質を確保する仕組みを設計し、問題
解決を図るといったエンジニアリングの取り組みを担うIT人材が、プロフェッショナルなエンジ
4-34
ニアとして位置づけを確立していないことにある。その背景としては、各企業等が独自の方
法論を発展させ、個々の現場毎に必要な人材の育成を行ってきた結果、近代的なソフトウェ
ア工学を踏まえた多様化する専門的知見に応える人材育成にまで手が回らなかったこと、
及び、エンジニアとして活動するために必要となる高度で体系的な専門知識を習得する機会
が、大学教育と実務の要請との極端な乖離等により十分に得られないという育成インフラの
不足が挙げられる。
ⅰ) IT エンジニアのプロフェッション(専門職業)の確立に向けて
我が国の IT 人材の問題の底流にある本質的な課題は、ITエンジニアというプロフェッショ
ンの確立の遅れである。我が国では、IT人材のキャリアを、長年の間、プログラマ→SE(シ
ステムエンジニア)→マネージャ(管理者)というような、いわば「出世魚」的モデルとして捉え
てきたケースが多かったと考えられる。ここで問題になるのは、キャリアパスが単線的である
こともさることながら、SEやマネージャはプログラマから年を経れば成長していくものとして、
OJTと称して経験年数を重ねれば自然にSEになりマネージャになるという人事の運用を重
ねてきたことにある。その結果として、エンジニアとして必要な体系的な専門知識を十分に備
えていない人材が仕事の中核を担わざるを得ない状況に陥っていることが、現在における、
ソフトウェア工学の取り組みの遅れや提案力の不足、プロジェクトマネジメントの失敗等の原
因ともなっている。
プログラマが個人として高いモチベーションを持って研鑽を重ね、エンジニアとしての十分
なスキルを身につけることは適正に評価されるべきである。しかし、計画的にエンジニアを育
成するためには体系的な専門知識を身につける育成インフラが不可欠である。
平成14年12月に公表された IT スキル標準は、ITサービスに係るエンジニアのプロフェッ
ションをITアーキテクトやプロジェクトマネジメント等といった専門職種として示し、必要となる
スキルとキャリアパスの明確化を企図したものである。現在、企業の人材投資戦略の策定、
人材育成ツールとしての普及が進展しつつあるが、今後、各専門職種のハイレベル・エンジ
ニアからなるプロフェッショナルコミュニティの整備を通じて、業界横断的に後進エンジニアの
育成に取り組む母体として活動を本格化し、ITエンジニアのプロフェッションの確立につなげ
ていくことが望まれる。
また、経済産業省では、これまで IT 人材を対象とした国家試験として情報処理技術者試
験(以下「試験」という。)を実施してきている。試験は、IT 人材またはそれを目指す者の知
識・スキルの水準がある程度以上であることを認定する能力認定試験として実施されてお
り、情報サービス関連企業の多くで受験が奨励されるなど高い評価を得ている。その合格者
は昭和 44 年度の制度創設以来これまでに 132 万人あまりに上り、我が国情報サービス産業
の中核を担う人材として各分野で活躍している。ともに IT 人材の評価・育成を目指す試験と
スキル標準について、①両者の関係を抜本的に整理し、それぞれ育成インフラとしての機能
を明確にするともに、②スキル標準に照らして、現在対応する試験区分がない高度セキュリ
4-35
ティ技術者、中級プロジェクトマネジメントに関する試験の新設を検討する。さらに、③IT 分
野の技術進歩のスピードに照らして、情報処理技術者試験制度について、有効期限制度の
導入の必要性、社会インフラを形成するような重要な情報システムに係るソフトウェアについ
ての資格化の検討など、情報処理技術者試験のあり方に関する抜本的見直しの検討を行
い、今年度中に結論を出すこととする。なお、抜本的改革を円滑に実施させるためには、試
験問題作成体制等試験事務の一層の効率化を通じた財政基盤の強化にも努める必要があ
る。
ⅱ) 大学と産業界の深い溝
よくトレーニングされた人材が大学から提供されることは、その産業が健全に発達するた
めの大前提である。産業界が大学に期待しているのは、質の高いエンジニアの輩出だが、
現実には、①産業界のニーズと大学で提供する教育内容が乖離、②そもそも大学で学習・
研究した内容を採用の際の判断材料としない 23ので、大学・学生側もそれに対応しない、と
いう負の循環が存在し、大学が育成インフラの核として十分に機能していない24。
大学・教授・学生のそれぞれで競争構造が確立している欧米、新しい教育機関を作ったイ
ンド・中国・韓国に対し、どちらの船にも乗っていない日本は、このままでは確実に世界のソ
フトウェア人材競争で負け組に回る。
この状況を改善するには、人材確保が急務の産業界が、積極的に大学側と連携し、政府
もこの連携を支援していくことが必要であるが、具体的な対応策としては、①新たな形態で
専門教育を行う仕組みの創設、②大学での既存の教育内容を産業界が評価し、採用行動
を含めた正のフィードバックを行う仕組みの確立が考えられる。前者については、産業界・大
学関係者を含めたさらなる検討が必要であるが、後者については、既に一部企業で、大学・
大学院時代の専門教育を評価して、採用条件に差を設ける例が出始めている。我が国全体
としてこのような動きを加速化させていくことが重要である。経済産業省も、産業界が大学と
連携して実践的教育を行うモデルの支援とそこでの教育内容・成果の普及を継続して実施
してきているところである。
ⅲ) 人材育成投資のディスインセンティブをもたらす産業構造
23
経済産業省が平成16年に実施した「ITサービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」によれ
ば、新卒採用における重視項目として「学生時代の専攻」を重視している企業は55%、情報工学卒の新
卒採用に注力している企業は約5割に過ぎない。また、採用後の待遇についても、新卒研修・初期配置と
もに特に区別をしていない企業が8割を超えており、大学での情報教育そのものに対して、企業が極めて
限定的な価値しか認めていないことが明らかになっている。
24
大学で教育すべき情報工学、コンピュータサイエンスの内容等については、既に情報処理学会のJ97、I
SJ2001、Jpn1といったモデルカリキュラムで定められており、大学教育の内容の認定については、JA
BEEによる認定制度が動き始めているが、これらが実質的に機能していない背景には、①そもそも実務
で情報システムの構築を経験したことのある教員が少ないこと(情報工学系の半数が2割未満)、②大学
における教員の評価がもっぱら論文であり、実務に役立つ教育が教員の評価につながらないこと、③新
たな講座を新設する際には必要性の薄れた講座の統廃合等が必要となるが、これが困難な場合が多い
ことなどが問題点として挙げられている。
4-36
リスクを取らない派遣型・受託型ビジネスの方が安定した収益を確保でき、スキル育成に
投資するインセンティブを削いているとの指摘がある。こうした観点からもソフトウェア取引慣
行の改革が望まれているところである。
ⅳ) ユーザの IT 活用能力、調達能力の強化
情報システムの構築に際しては、ユーザの調達力の向上も欠かせない。CIOの機能及び
ベストプラクティスの整理とユーザースキル標準の策定・普及が、ここでの指針となる。ま
た、ユーザのIT活用能力、調達能力強化のためには、人事政策、コスト等の観点から、また、早
急な人材育成も困難であることから、外部人材の活用やアウトソーシングすることも必要となって
いる。こうした観点からは、制度創設後5年を経過したITコーディネータの役割が益々高まってい
るところである(ITコーディネータ制度の現状と課題については、別紙参照)。
④ その他の課題
<横断的課題としての政府調達>
我が国は、2005年に世界最先端の IT 国家となり、2006年以降も世界最先端であり続
けることを目指しており25、電子政府においても、「利用者本位で、透明性が高く、効率的で、
安全な行政サービスの提供」と「行政内部の業務・システムの最適化(効率化・合理化)」を
図る 26ことを目標としている。政府は、上記の目標を達成し、よりよい電子政府の構築を
するとともに、日本最大の IT 調達者という立場を活かし、ソフトウェア・IT サービ
ス産業の競争力強化に資する健全かつ公正で高度な市場を形成するために、主導的な
役割を果たしていく必要がある。かかる観点から、これまでの政府調達改革への取組
と課題を整理すると以下のとおりである。
ⅰ) 安値落札防止の観点
情報システムの政府調達に関しては、従前から安値落札や一部大手企業の独占市場化
に関する問題が指摘されていた。そして、e-Japan 戦略が開始されつつあった平成13年前後
の電子政府プロジェクト推進期に安値落札の問題が表面化したこともあり、その防止策等を
検討する観点から、平成13年12月に、政府部内の府省横断的な組織として「情報システム
に係る政府調達関係府省連絡会議」(以下、「府省連絡会議」という。)が設置された。
25
e-Japan 戦略Ⅱ(平成15年7月2日 IT戦略本部)
26
電子政府構築計画(平成15年7月17日、平成16年6月14日一部改定 各府省情報化統括責任者(CI
O)連絡会議決定)
4-37
ⅱ) 政府の調達能力向上の観点
しかしながら、情報システムの政府調達における安値落札等の問題は、我が国のITサー
ビス市場の構造的問題に背景がある。民間における情報システム調達と同様に、発注者で
ある政府自身が、ITを適用すべき政策・業務の戦略を的確に企画し、それを受けたIT企画
戦略を組み立て、さらにそれを具現化したIT資源調達のプロセスを的確に遂行することなく
しては、効果的なシステム開発・運用を徹底することはできない。具体的には、政府の提示
する Request For Proposal (提案依頼書、入札説明書(技術資料、設計資料、解説資料)とも
いう。以下「RFP」という。)はその前段階の検討熟度の低さを反映して非常に曖昧であり、ま
た、ITの新しい用途や技術を的確に評価する体制を政府が整備していないこともあり、価格
や営業力がITベンダの競争優位となるITサービス市場の構造を助長している。また、曖昧な
契約内容等がITサービス市場における下請契約の不備等の取引慣行を生み出す原因の一
つとなっている。さらに、開発開始後のプロジェクト管理やモニタリング体制が不備であるた
め、情報システムの品質管理やプロジェクトの事後評価を通じたIT戦略の見直しサイクルが
的確に行われないといった問題も生み出している。
ⅲ) 具体的な対応策と今後の課題
このような構造的な問題の改善策等を検討するため、平成13年1月に経済産業省に「ソ
フトウェア開発・調達プロセス改善協議会」が設置され、同年12月に情報システムの政府調
達における問題点と改善策を提示した「情報システムに係る政府調達の見直しについて」と
題する報告書がまとめられ、府省連絡会議に提出された。そして平成14年3月以降累次の
改定を経て、①「総合評価落札方式をはじめとする評価方式の見直し」、②「競争入札参加
資格制度をはじめとする入札参加資格制度の見直し」、③「調達管理の適正化」の3項目か
らなる対策を全府省で申し合わることとなった。
具体的な対策内容としては、総合評価落札方式における加算方式の導入、EVM(Earned
Value Management)導入ガイドライン策定等を背景にしたプロジェクトマネジメントの強化、
サービス・レベル・アグリーメント(Service Level Agreement;SLA)導入ガイドライン策定等を
背景にしたサービスレベルマネジメントの活用等があげられる。
今後は実務レベルでこれらの改善策の具体的実施例を増やすとともに、先行事例の情報
共有を進めつつ、更なる調達実務の高度化を推進することが必要である。
<オフショア調達の現状と課題>
国境を超えたビジネスはソフトウェア、情報サービス分野にも波及している。
海外人材の国内での雇用、海外での雇用、海外企業とのパートナーシップなど、国外のリ
ソースを活用することによって、開発コストの低減、リソースの確保を行う動きが近年定着し
4-38
ている27。こうした動きは効率的なプロダクト、サービスの提供や、グローバル市場への進出
を促すドライビングフォースにもなりうる一方で、仕様作成、管理手法等の開発管理技術の
標準化が実効的に行われない場合には、文化的、地理的な距離ともあいまって、プロジェク
トの失敗による収益の悪化原因ともなりうる。
また、ハードウェアに係る技術と同様、技術流出に係る配慮も不可欠であり、特に、個人
情報保護、セキュリティの観点等からは、各企業には慎重な判断が求められる。
<海外への展開力>
ソフトウェア・情報サービスの輸出入比率が1:3028であるというデータに示されるように、
日本企業は、ビジネスとしてのソフトウェア開発、すなわちグローバルで標準化された製品と
効率的なサービスを提供して売り上げや利益を生み出すという分野では、米国を中心とする
諸外国に立ち後れているのが現状である。
Ⅳ.2.(1)でも述べたように、ソフトウェア産業は企業戦略、ビジネスモデルといった経
済・社会的活動そのものを、最終的にはコンピュータが読める形でデジタル化していくビジネ
スであり、アプリケーションに近い分野ほど、ドメスティックな法規制、商慣行、言語等による
影響を強く受ける。したがって、この分野で、言葉の壁を超えて、世界で通用するソフトウェ
アを開発、流通させていくことは容易なことではない。しかし、我が国においても、ユーザ側
のコスト意識の高まりなどを背景に、パッケージソフトの活用が進展しつつあり、こうした中
で、アジアを含む海外に展開するソフトウェアが生まれる萌芽が見えつつある。
他方、OSや基盤的なミドルウェア、あるいは製品と結びついて提供される組込みソフト
ウェアの分野については、より技術力が反映されやすい分野となる。ただし、この分野にお
いても、携帯電話向けのミドルウェアの開発で注目を集めている例などがあるほかは、国際
的な競争力を有するソフトウェアは、非常に少ない。
以上のような状況で、日本の情報サービス産業・ソフトウェア産業の海外展開を促進す
るには、「ITそのものではなく、ITを必要とするサービスを輸出する」という戦略が必要とな
る。
例えば、我が国のコンビニエンスストアのビジネスモデルや、セキュリティ・サービスのビ
ジネスモデルなどは、世界的にも高い競争力を有するものであるが、これを支えるのは強力
な情報システムであり、両者は不可分一体である。したがって、ITを必要とするビジネスモデ
27
2004年コンピュータソフトウェア分野における海外取引および外国人就労等に関する実態調査((社)電
子情報技術産業協会、(社)日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会、(社)情報サービス産業協会)
によれば、回答企業251社による2003年のカスタム・ソフトウェアの輸入額は、258億37百万円となっ
ており、うち中国が102億円でトップ、続いて米国が47億円、インドが39億円となっている。
28
2004年コンピュータソフトウェア分野における海外取引および外国人就労等に関する実態調査((社)電
子情報技術産業協会、(社)日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会、(社)情報サービス産業協会)
4-39
ルを海外に展開することは、これに付随する情報サービスの海外展開を促進する効果を持
つことになる。
加えて、情報サービスは、ユーザのビジネス慣習、言語等に依存するローカルな要素を
強く有する産業であることから、海外展開を進めていく際には、日本と現地のビジネスをよく
理解した、一定の技術水準を有する現地人材の育成が効果的である。こうした問題意識に
基づいて、平成12年10月のASEAN+日中韓経済閣僚会合で我が国が提案した「アジアI
Tスキル標準化構想」等に基づいて、情報処理技術者試験の相互認証、アジア各国及びに
おける高度IT人材育成事業などが行われてきており、当該事業に基づく研修終了者が各国
のIT政策、産業界のリーダーや企業の幹部として活躍する例が輩出されるなどの成果を挙
げている。
<売上高至上主義からの脱却>
利益よりも売上げの計上、という考え方が、様々な形で我が国の情報サービス産業の構
造を歪めてきたのではないか。具体的には、
① 同一ソフト・機器についての売上げの多重計上
② 発注仕様が固まる前の駆け込み受注
③ 受注の際のリスクアセスメントの不足
④ プロジェクトマネジメントの不徹底
などの形で、その弊害が発生してきた可能性があり、この点についての議論の深まりが求
められる。
■参考:ITコーディネータ制度の現状と課題
【IT コーディネータ制度の現状】
ITコーディネータ制度が創設されて5年が経過し、平成16年12月において、5,701人(ITコー
ディネータ補を含む)の資格取得者を擁しており、IT コーディネータの活躍の場は着実に広がりつ
つある。
① ユーザ側での活用
ユーザがIT活用能力、調達能力を強化するためには、CIO(又はその機能)の育成・活用等が必
要であるが、人事政策、コスト等の観点から、また、早急な人材育成も困難でることから、外部人材
の活用やアウトソーシングすることも必要となっている。
企業や自治体などのユーザが、経営戦略からITの活用を図ろうとする場合やITの調達を図る場
合、外部人材の活用やアウトソーシングを図っている例も多く、その際にITコーディネータを活用す
るケースが多数輩出されてきている。
4-40
ユーザ側、ユーザ内でのITコーディネータ活用事例
<ユーザーサイドに対するコンサルティング活用事例>
・ 中央省庁のCIO補佐官25名中、7名がITC資格者。
・ 農林水産省、総務省における民間からの情報政策担当に、ITC資格者が採用。
・ 農林水産省の旧式(レガシー)システム刷新可能性調査業務における入札要件にITC資格者が
加えられる。
・ 東海バネ工業株式会社など中小企業分野における経営系ITコーディネータとIT系ITコーディネ
ータのペアによるコンサルティング。
<ユーザ企業内での活用事例>
・ アサヒビールのシステム部門の社員がITコーディネータの資格取得。
・ 神戸製鋼システム部門に数名ITコーディネータ資格取得者がおり、地域の下請け協力会社の
情報化支援を実施。
・ 株式会社武田では、社内CIO候補としてITコーディネータ資格者を社員として採用。
・ 防衛庁、岐阜県経営管理部、東京都総務局、福井県敦賀市役所企画部情報管理課等、行政機
関の職員がITコーディネータ資格を取得。
<自治体の調達・運用における活用事例>
・ 広島県福山市において、適正な情報システムの調達管理を行うために、ITコーディネータと委
託契約を締結。
・ 広島県三原市において、見積の妥当性評価をするために、広島ITコーディネータ協同組合と委
託契約を締結。
・ 長野県庁内IT調達適正化事業において、一定額以上の調達に関する評価・監理又はプロジェク
ト支援に関するITC長野が委託契約を締結。
・ 秋田県内の3つの市町村合併におけるシステム統合の支援を、地元ITコーディネータが東京の
コンサルタント企業とチームを組んで実施。
・ 愛媛県において、県内の中小企業のIT化を支援。初歩的なIT指導や導入支援はOB人材活用
による企業訪問を実施し、経営革新のためのIT化支援についてはITコーディネータが企業訪問
を実施。
② ベンダ側での活用
一方、近時、多くのベンダは顧客志向を強めてきており、顧客のニーズの的確な把握、提案力
の強化等の観点から、ITコーディネータをベンダ内の人材育成にとどまらず、営業・開発部門で
戦略的に活用する動きが顕在化してきている。
<ベンダ企業内での活動事例>
・ 大手ベンダ企業における社内人材育成のためにITコーディネータの資格を社員に取得させる
4-41
・
動きが顕在化。あるマスコミの調査では、ITサービス産業において、営業職にとらせたい資格
第1位、エンジニア部門でも第6位となる。
一部ベンダでは、営業部門にITコーディネータ有資格者を置き、顧客ニーズの的確な把握、提
案力の強化に努めている。
③ 新しい動き
また、ITコーディネータの持つ機能を活用する方策として、自治体での活用や自治体・金融機関
等との新しい連携が進んできている。
<自治体政策での活用事例>
・ 滋賀県県民文化生活部IT推進課内に、情報化支援担当として、ITコーディネータ資格取得者を
採用。情報政策の企画立案支援や県内市町村のIT活用支援を行っている。
<新たな連携による活動事例>
・ NECソフトなど江東区に本社を置く大手IT関連企業が連携して区内の中小企業のIT化を支援
するため、江東区役所の全面的後援を受け、ITコーディネータ江東コンソーシアムを設立。
・ 千葉興業銀行が中小企業・個人事業者等を対象として、「企業のIT化」に関する相談を無料で実
施。相談業務をNPO法人千葉県ITコーディネータが受託。
・ 広島IT コーディネータ協同組合が、広島銀行のIT化支援を希望する顧客の紹介を受けるという
業務の提携。
【ITコーディネータ制度の課題】
制度創設から5年が経過し、IT コーディネータが活躍する事例も徐々に輩出されており、一層の
IT コーディネータ市場の拡大が期待されるが、今後は高度化するユーザニーズに的確に対応でき
るようITコーディネータの量的拡大のみならず、日々経済・社会情勢が変化し、ユーザのニーズや
情報技術が高度化する中にあって、適切にその機能を発揮していくためには、質的な向上を図る必
要がある。
ITコーディネータ資格取得者においては、ITコーディネータの資格取得をゴールと捉えず、資格
取得がITコーディネータとしてのスタートラインとして捉え、IT コーディネータとしての使命感を持ち
ながら、ITコーディネータの活躍の場が広がっているなか、自らが目指す分野における専門知識の
習得、経験等を積む等の自己研鑽を継続することが望まれる。
しかしながら、現状の制度においては、継続研修制度等を設けているものの、まだ十分に機能す
る段階には至っていない。今後ITコーディネータが自己研鑽を行うことが容易になるよう、以下の環
境を充実させる必要がある。
1. ITコーディネータとしての役割を担うために必要とされる継続研修制度の充実。
2. 活躍しているITコーディネータの指導によるOJTが可能となるような制度の充実。
4-42
<ITコーディネータへの期待>
★ 独立系ITコーディネータへの期待
独立系ITコーディネータは、中立的な立場でITコーディネータとしてのプロフェッショナル・サービ
スを提供する人材である。ITコーディネータとして自らの得意分野又は自らが希望する分野での活
動が行えるよう、当該分野で活躍しているITコーディネータの指導によるOJT等による研鑽、ITコー
ディネータ届出組織等のネットワークを活用した活動等により、自らの活動領域を広げて行くことが
望まれる。
また、いわゆる2007年問題にあるように、我が国の大企業・中堅企業の情報システムを構築し、
CIOを経験してきた人材が定年を迎えている。これらの方々に新しいベストプラクティスとしての管
理技法を再教育し、情報インフラを構築してきたノウハウと相俟って、ITコーディネータとしての役割
を担うことが期待される。
★ 税理士・公認会計士・中小企業診断士等の専門職への期待
中堅・中小企業分野においては、密着して経営指導等を行っている税理士・公認会計士や中小
企業診断士等経営サポートの専門家が、ITコーディネータとして活躍している事例も輩出されてき
ており、日頃から経営指導等を行っている中堅・中小企業経営者に対して、特にIT経営の必要性の
「気づき」の部分に貢献していくことが期待される。
★ 企業内ITコーディネータへの期待
企業との雇用契約によって担当業務の責任を負い、企業経営に貢献するITコーディネータ。
① ベンダ企業内 IT コーディネータ
ITコーディネータ制度は、IT知識を持つ人材が経営知識を深め、ユーザ企業の立場からIT活用を
考えることができる能力を高めることも一つの目的としている。IT ベンダ企業においては、ユーザ企
業の立場に立った提案ができる人材を多数育成することを通じて、提案能力の強化等を実現するこ
とが可能となる。ベンダ企業においては、企業内ITコーディネータが、ITコーディネータとしての活
動が行えるような環境の整備、また企業内ITコーディネータとしての実績を適正に評価する評価制
度を構築することが望まれる。
一方、個人という観点からは、自らのキャリアアップを検討していく上で、自らの能力を向上させる
ためには早い段階から経営の視点を養うことが重要であることから、ITコーディネータを早い段階
で取得し、自らのキャリアアップの一助として活用することが望まれる。
② ユーザ企業内 IT コーディネータ
企業競争力を維持・強化するためには、もはや経営戦略にITを活用することは不可欠である。そ
のために、ITコーディネータの資格取得による人材育成や、その理念を踏まえたユーザ内の人材
育成が有効である。
4-43
【対応策】
① ITコーディネータ制度の普及等
情報化投資の調達・管理が適正かつ効率的に行われるためには、ユーザ側としても情報技術の
導入に何を求めているのかを契約時点で明確にする必要がある。このように、ユーザ側において
適正な情報化投資の調達・管理が行えるようなユーザ企業社員の人材育成に、ITコーディネータ協
会の持つ人材育成のコンテンツ、ノウハウの活用が望まれる。
② 国としての対応策
国としても、我が国も情報化投資の企画・調達プロセスにおける管理・運営が適正かつ効率的に
行われるよう、今後ともITコーディネータ制度とその考え方の普及に努めるとともに、上記のような
活動事例の収集・紹介を通じてITコーディネータの活用策を周知していく必要がある。
また、中堅・中小企業分野においては、地域で活動するIT経営応援隊事業を展開していくに際し
ては、自治体、支援機関、金融機関、ベンダ企業との連携とともに、中小企業者の「気づき」から実
践に至るまで、ITコーディネータを効果的に活用していくことが重要である。
■ 情報サービス産業分野のまとめ
①世界最先端のソフトウェア工学の確立と取引の適正化
・ソフトウェア開発の可視化
・的確な要求仕様とそれを実現するプロジェクト管理の高度な両立
<現状と課題>
・ソフトウェア取引におけるユーザ・ベンダ間の役割分担・リスク分担の明確化
・情報システムの開発・調達
プロセスそのものの改善
・強化への自らの取り組み、
ユーザ側におけるIT調達
能力、IT活用能力の向上
具体的な取り組み
・ソフトウェア開発手法、ソフ
トウェア取引、人材育成な
どの面で、従来から議論さ
れてきた課題は深刻化しつ
つある。
②OSS等を活用した新たなイノベーションモデルの確立
・OSSの開発にかかる知的財産の管理・運用について、制度、企業間、各企業の3つの
対応局面からの検討
・日中韓OSSフォーラムの推進等、国際的な連携・強調の継続的な実施
・政府調達におけるOSSベースの開発・調達の取り組み
③IT人材育成への対応
・ITスキル標準の改訂・普及、情報処理技術者試験の見直し・改革
・産学連携した人材育成への取り組みの積極的な支援
・CIO機能のベストプラクティス、ユーザスキル標準の策定・普及、ITコーディネータの活
用を通じたユーザ側の人材育成の強化
④その他の課題
・政府調達改革問題、海外の人材リソースの有効活用も含めたオフショア調達問題、海
外への市場展開力不足の解決など
4-44
おわりに :
「IT化の第2ステージ」の担い手
「情報経済・産業ビジョン」では、次の3つを「鍵」として、4つの分野における課題解決と
「5つの戦略」をまとめてきた。
○ 顧客主導の「イノベーション・サイクル」の構築
○ 「イノベーション・サイクル」の基盤としてPC及び情報家電を「つなぐ」ための「プラット
フォーム」と「プラットフォーム・ビジネス」の確立
○ 「プラットフォーム・ビジネス」を支える新たな「IT・サービス融合産業」の展開
課題は、これらを早期かつ着実に実行に移すことである。
取り組みの「鍵」は、供給側、利用者側の区別なく、様々な立場の者が「対話の徹底」と、
従来の「縦割り」や立場の違いを超えた情報とサービスの共有・活用を実行することであ
る。
IT企業とITユーザ、ITユーザとその顧客など、どの関係においても、顧客の「声」にどこま
でビジネス・プロセスごと密着することができるか、顧客の「知りたいこと」、「実現したいこ
と」にどこまでこだわり抜くことができるか、そのために、極端な場合には、供給側の効率性
をどこまで犠牲にできるかが、今市場では問われている。
市場価値はもはや、供給される「モノ」の「品質」よりも、それによって実現されるソリュー
ションへの「信頼」が鍵を握っていると言っても過言ではない1。
これまでも、ITによるソリューションの提供は見られるものの、結果として、それぞれの現
場の事情に閉じた「部分最適」志向な垂直的なソリューションとなりがちである。
今後は、幅広く共有される水平的なソリューションとそれを支える「プラットフォーム・ビジ
ネス」が時代の主役となる。情報やサービスの「つなぎ」の核を担う「プラットフォーム」を中
心に、「ものづくり」、「サービス」、いわゆる「IT産業」の協働作業が始まれば、これらの動き
全体を支える新たな「IT・サービス融合産業」が生みだされていく。さらに、生活、ビジネス、
行政及び社会的課題の各分野で利用者「基点」の価値提供を目指して統合する「ソリュー
ション・サービス」が活性化され、互いに連携・協調することで、それら全体が更に大きな社
1
米国でも最も注目されているIT企業の一つが、検索エンジン企業であり、その企業の株式時価総額が
我が国コンピュータメーカ大手三社の株式時価総額合計を上回るという事実、その企業が検索キー
ワードの蓄積を通じて消費者が何を知りたがっているかを世界中で最も良く知っている企業であると
いう事実は、今後、更に議論されるべきである。結果として提供されるサービスに十分な「信頼」が得
られなければ、使われる技術の革新性や品質だけでは国際競争は勝ち抜けないと言うことを、改め
て肝に銘じるべきである。
会的な課題の解決をも支える新たな「プラットフォーム・ビジネス」へと進化していくであろう。
また、その市場のフロンティアは、PCとともに「デジタル・コンバージェンス」を続け、個人の
「道具」から「ソーシャルシステム・ソリューション」端末へと進化を遂げる情報家電が担うで
あろう。
情報通信機器・素材分野では、こうした変化を先取りし、国際的な規模の経済性の追求
と多様なソリューション・ニーズへの対応という二つの戦略の両立が求められる。
また、そのために、「選択と集中」を進めつつ、量と質の双方の戦略を満たす次世代の
「ものづくり」を実現することが必要となろう。また、情報サービス分野では、ソフトウェア工
学の基礎に立ち返り、開発・調達プロセス全体を見直すとともに、OSSの開発・利用、人材
の育成等により社会システムや「ものづくり」の現場の隅々にまで浸透したソフトウェアに、
さらに高度な生産性と信頼性を保証することが求められよう。
加えて重要なことは、そこで提供されるITが「人に優しいIT」であることである。
供給側でいかに標準化を進め、コーディネーションを図り、様々なサービスが協働できる
ような「プラットフォーム」を確立しようと、それが、使って「楽しく」、「便利」だと思われるよう
な、人に「優しい」ITでない限り、本当に必要なITを活かせる局面は見つけられない。ITが
「強さ」や「革新」につながる局面は、ITやサービスを提供する事業者ではなく、それを使う
利用者にしか最後は見出すことができないものである。
こうした取り組みが実現すれば、使うことが楽しいITと、従来の「縦割り」や立場の違いを
超えた新たな事業構造の再構築に向けた取り組みが進展し、我が国IT産業を中心として、
世界に類のない高い競争力を持つ新たなイノベーション・サイクルが作り上げられていくで
あろう。
重要なことは、今、この瞬間、供給側が機能と品質で他に負けない製品を作ることに躍
起になることではない。信頼関係の連鎖の中に、それぞれが自らを置くことであり、信頼が
ビジネスを、ビジネスが信頼を引き寄せるような循環を生み出すような、信頼性の高さを競
争力の源泉とするような新たな高信頼社会を、「プラットフォーム・ビジネス」の形成と個々
の主体によるITの戦略的活用、更にそれらの間の連携と協調を通じて実現することである。
高度成長期の日本が供給側の努力による「品質」と「価格」で勝負したとすれば、21世紀の
日本は、社会的課題を視野に収めながら、あらゆるユーザから勝ち得る「信頼」で勝ち抜く
産業社会を、「作り手」と「使い手」の協働作業により目指すべきである。
次世代の「IT国家戦略」では、ITによる競争力・課題解決力の向上、ITを媒介として信頼
関係の連鎖を構築するような「高信頼社会」の実現に向け、「誰が」、「いつ」、「どこで」、「何
をするのか」が問われることとなろう。
「顧客との対話の徹底」と、立場を超えた「国づくり」への強い意志の下、官民が連携し、
明確な目標とその進捗の評価を得ながら、「IT化の第2ステージ」へと取り組みを進めてい
かなければならない。
「情報経済・産業ビジョン」は、そのための道筋を明らかにし、次世代の「IT国家戦略」の
基礎を提供することを狙いとしたものである。
「情報経済・産業ビジョン」が、2006年以降のIT革命の第二幕の幕開けとなることを期
待したい。
産業構造審議会情報経済分科会委員名簿
分科会長 村上 輝康
特別顧問 今井 賢一
委員
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浅野正一郎
池上 徹彦
泉谷
裕
大歳 卓麻
大山 永昭
小川 善美
畔柳 信雄
古賀 伸明
國領 二郎
桜井 正光
佐々木幹夫
佐藤雄二朗
庄山 悦彦
田中 英彦
寺島 実郎
中山 信弘
野原佐和子
藤
洋作
藤元健太郎
牧野 二郎
松本 恒雄
宮本 一子
〃
森嶋 正治
(株)野村総合研究所理事長
スタンフォード日本センター理事
国立情報学研究所情報基盤研究系研究主幹教授
会津大学学長
(株)村田製作所常任顧問
日本アイ・ビー・エム(株)代表取締役社長執行役員
東京工業大学教授
(株)インデックス代表取締役社長兼COO
東京三菱銀行頭取
日本労働組合総連合会副会長(電機連合中央執行委員長)
慶應義塾大学環境情報学部教授
(株)リコー取締役社長
三菱商事(株)取締役会長
(株)アルゴ21代表取締役会長兼社長
(株)日立製作所代表執行役執行役社長
情報セキュリティ大学院大学研究科長・教授
(財)日本総合研究所理事長・三井物産(株)戦略研究所所長
東京大学大学院法学政治学研究科教授
(株)イプシ・マーケティング研究所代表取締役社長
関西電力(株)取締役社長
ディーフォーディーアール(株)代表取締役社長
弁護士
一橋大学大学院法学研究科教授
(社)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会
消費生活研究所長
日本労働組合総連合会副会長(情報労連中央執行委員長)
計 25名
※五十音順。敬称略。
「情報経済・産業ビジョン」に関する検討経緯
《第1回》
・日時:平成16年12月17日(金)
・議題:
「情報経済時代」におけるIT政策のあり方について
《第2回》
・日時:平成17年1月31日(月)
・議題:情報経済・産業ビジョンの骨子について
情報流通基盤について
《第3回》
・日時:平成17年3月24日(木)
・議題:情報経済・産業ビジョン(案)について