Co3O4 エピタキシャル薄膜の正孔輸送特性 - 中部大学 総合情報センター

総合工学
第 25 巻(2013)
27 頁-32 頁
Co3O4 エピタキシャル薄膜の正孔輸送特性
山田直臣,出原聡一*,多賀康訓
Hole Transport Properties of Co3O4 Epitaxial Films
Naoomi Yamada,Toshikazu Izuhara* and Yasunori Taga
Abstract: We have fabricated an electrical measurement system which allows us to
simultaneously determine temperature dependent electrical conductivites and
thermoelectric powers of semiconducting thin films. We have applied this system to
investigate the hole transport properties of Co3O4 epitaxial layers. The measurement
system enabled us to get insight into the hole transport mechanism in Co3O4. In this
paper, we present the results of the transport measurements and discuss the hole transport
mechanism and carrier generation.
Keywords : Transport properties, Carrier generation, Seebeck effect, Epitaxy, Co3O4
1. はじめに
我々は,昨年度までに電気伝導性薄膜の輸送特性を一括測定できる測定系の構築に取組んできた
1)
.
また,これによって電気伝導率と Seebeck 係数を正確に測定できることも実証してきた.本年度は,こ
の測定系にヒーターを組み込んで,輸送特性の温度依存性(室温~600 K 程度の範囲)も調べることが
できるようにした(Fig. 1).輸送特性の温度依存性の調査は,電気伝導性薄膜の物性,たとえば電荷担
体(キャリア)の輸送機構やキャリアの生成機構を明らかにする上で必須の項目だからである.
本稿では,この測定系によって Co 3 O 4 エピタキシャル薄膜の輸送特性を調べた結果を報告する.本
測定系を用いることで,Co 3O 4 の輸送特性について詳細を明らかにすることができた.
Co 3 O 4 は,スピネル型構造(Fig. 2)を有する混合原子価酸化物である 2) .つまり,Co イオンの価数
を明示して化学式を書けば,Co 2+ (Co 3+ ) 2 O 4 となる.Co 2+ はスピネル型構造中の四面体サイトを,Co 3+ は
八面体サイトを占有している.Co 3 O 4 は p 型の酸化物半導体であることが知られているが,半導体とし
ての応用に関する研究はほとんどなく,触媒としての研究が主になされてきた.我々は,Co 3 O 4 は可視
光領域の光吸収係数が大きいので,可視光を用いたオプトエレクトロニクス材料(光センサーなど)と
して様々な応用が期待できるのではないかと考えている.そのためには,Co 3 O 4 の正孔輸送特性の詳細
を明らかにする必要がある.
半導体の輸送特性を正確に把握するためには,大型の単結晶を作製し,その電気特性を評価するの
が常道である.しかしながら,Co 3 O 4 は単結晶の成長が困難であり,大型単結晶を作製したとの報告は
皆無である.そこで我々は,結晶品質が良好な単結晶に近い Co 3 O 4 のエピタキシャル薄膜を成長させ,
* 大学院学生
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Co3O4 エピタキシャル薄膜の正孔輸送特性
その輸送特性を計測することにした.
Co2+
Co3+
O2-
Fig. 1 本研究で構築した輸送特性評価系
Fig. 2 スピネル型 Co 3 O 4 の結晶構造
2. 実験
Co 3 O 4 薄膜は,RF マグネトロンスパッタ法により,基板温度(T s)300℃の MgO(100)単結晶基板上へ
成膜した.ターゲットには Co 3 O 4 焼結体を用い,80 W の RF 電力を印加した.スパッタガスには Ar と
O 2 の混合ガスを用い,Ar/(Ar+O 2 ) = f(O 2 ) = 0 ~ 80%の範囲とした.成膜時の圧力は 0.5 Pa とした.
薄膜の構造は,X 線回折(XRD)法の 2θ / ω スキャン,φスキャン,ω スキャン(ロッキングカーブ
測定)を用いて評価した.電気的特性については,これまで我々が構築してきた輸送特性測定系を用い
て,電気伝導率(σ)測定と熱起電力測定により評価した.この測定系の詳細については,原著を参照い
ただきたい 1) .
3. 結果および考察
3.1.
エピタキシャル成長
Fig. 3(a)は,典型的な Co 3 O 4 / MgO(100)の XRD パターンである.基板由来のピーク以外には Co 3 O 4 由
来のピークしか観察されない.すなわち,phase-pure な Co 3 O 4 が得られており,CoO や MgCo 2 O 4 等の不
純物の生成は確認されなかった.Co 3 O 4 由来のピークを見ると,200 ピークと 400 ピークのみが観察され
る.すなわち,成長させた Co 3 O 4 は強く(100)面が配向しており,Co 3 O 4 (100)//MgO(100)の関係にある.
Fig.3(a)中の挿図は,Co 3 O 4 の 200 ピークのロッキングカーブである.このロッキングカーブ半値幅は 0.7°
であり,300℃というエピタキシャル成長としては低い成長温度でも,良好な配向度が得られている.
Fig. 3(b)には Co 3 O 4 {110}と MgO{110}のφスキャン XRD パターンを示す.薄膜からも基板からも明瞭
な回折ピークが得られている.Co 3 O 4 (100)面と MgO(100)面の 4 回対称性を反映して,90°ずつ離れた 4
本のピークが観察される.さらに,Co 3 O 4 {110}と MgO{110}のピークが表れる位置が一致している.す
なわち,Co 3 O 4 は面内配向もしていることがわかる.立方晶の(100)面と(110)面の晶帯軸は[010]軸である
ので,Co 3 O 4 薄膜と MgO 基板の配列の方位関係は Co 3 O 4 [010]//MgO[010]であることがわかる.
以上から,Co 3 O 4 は MgO(100)基板上に,T s = 300℃という低温でエピタキシャル成長し,そのエピタキ
シャル関係は Co 3 O 4 (100)[010]// MgO(100)[010]であることが明らかにできた.
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山田直臣,出原聡一,多賀康訓
(a)
102
100 40
Co3O4 (800)
赤 : MgO
青 : Co3O4
90˚
(χ = 45º)
90˚
90˚
Intensity[-]
MgO (400)
Intensity [cps]
104
MgO (200)
Co3O4 (400)
Intensity
(b)
106
-2 -1 0 1 2
Δω[deg]
60
80
2θ [deg]
100
-100
0
ϕ [deg]
100
Fig. 3 Co 3 O 4 /MgO(100)の XRD パターン : (a) 2θ/ω スキャン(挿図は ω スキャン)と(b)φスキャン
3.2.
正孔輸送特性
高品質な Co 3 O 4 エピタキシャル薄膜(以下,エピ膜)が得られたので,その電荷輸送特性を測定した.
Fig. 4(a)は各種 f(O 2 )で成長させたエピ膜の σ の温度(T)依存性である.これをみるとわかるとおり,σ
は T の上昇とともに増大する熱活性型の電気伝導を示す.この σ - T 図を σT vs 1000/T にプロットし直す
と,直線的な関係があることがわかった[Fig. 4(b)].これは,Co 3 O 4 中におけるキャリアの輸送はホッ
ピング伝導であることを示している.なぜなら,ホッピング伝導における σ と T の関係は,以下の式で
あらわされるからである 3) :
σ
 E 
σ0
exp  H  ,
T
 k BT 
(1)
ここで,E H はホッピングの活性化エネルギー,k B はボルツマン定数,σ 0 は定数である.Fig. 4(b)で得ら
れた直線の傾きから求めた E H は,f(O 2 )に依らず約 0.25 eV であった.
再度 Fig. 4(a)をみると,成長条件 f(O 2 )が大きくなるにつれて σ が増大していることもわかる.この原
因は,キャリア濃度 n あるいはキャリアの移動度 μ のいずれか(あるいは両方)が大きくなっているた
めであると推察できる.そこで,n の f(O 2 )依存性変化を調べるために,熱起電力(Seebeck 効果)測定
(b)
104
f(O2)
80%
60%
0%
100
σ T [K S cm-1]
σ [S cm-1]
(a) 101
10-1
103
102
f(O2)
EH
10-2
101
10-3
300
100
80%
60%
0%
400
T [K]
500
2
2.5
1000/T
3
[K-1]
Fig. 4 各種 f(O 2 )で作製した Co 3 O 4 エピ膜の電気伝導率の温度依存性:(a) σ vs T,(b) σT vs 1000/T
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Co3O4 エピタキシャル薄膜の正孔輸送特性
を行った.n がわかれば,σ = e・n・μ(e は電気素量)の関係から μ も求めることができる.ホッピング伝
導における Seebeck 係数 Q は Heikes の式で記述される
Q
3,4)
:
kB 1 x
,
ln
e
x
(2)
ここで,x はホッピングサイト数と全カチオンサイト数(N c )に対する比(x ≤ 1)である.すなわち,
キャリア濃度は n = x・N c から求めることができる.
Fig. 5(a)は試料につけた温度差 ΔT 対して熱起電力 V をプロットしたものである.これをみると,V – ΔT
は直線的な関係であることがわかる.この傾きが Seebeck 係数 Q である.Co 3 O 4 の電気伝導が p 型であ
ることを反映して,正の Q が得られている.さらに,f(O 2 )が大きくなると Q の値が小さくなることもわ
かる.ここで得られた Q から(2)式を使ってキャリア(正孔)濃度 n を求めた.
キャリア濃度 n を f(O 2 )に対してプロットすると Fig. 5(b)のようになる.これから,f(O 2 )の増加にともな
って n が増えることがわかる.すなわち,Fig. 4(a)に示された σ の f(O 2 )依存性は,キャリア濃度 n の変
化によるものと説明できる.なお,移動度 μ に関しては f(O 2 )が変化して もほとんど変化 がなかった
f(O2) = 40%
5)
.
f(O2) = 60%
1.5
f(O2) = 80%
200
Q
100
0
0
2
4
6
8
ΔT [K]
1.4
n [×1022 cm-3]
V [μV]
300
1.3
1.2
1.1
1
0.9
10
40
60
80
f(O2) [%]
100
Fig. 5 (a) 各種 f(O 2 )で成膜した Co 3 O 4 エピ膜の熱起電力測定の結果と,(b)それから求めたキャリア濃
度 n の f(O 2 )依存性
3.3.
キャリア生成と輸送のメカニズム
ここでは,n の f(O 2 )依存性について考察する.そのために,Co 3 O 4 の結晶化学的知見を整理する.Co 3 O 4
はスピネル型構造(Fig. 2)を有する混合原子価酸化物であり,その化学式は構造の情報も含めた形で
(Co 2+ ) Td [Co 3+ 2] OhO 4 と書かれることもある.ここで,Co 2+ の電子配置は高スピン配置(HS:e g 4 t 2g 3 )で,
スピネル構造中において四面体(Td )サイトを占める.また,Co 3+は低スピン配置(LS:t 2g 6)で,八面
体(O h)サイトを占めている.これらの知見は中性子線回折によって明らかにされている
2+
6)
.この結晶
3+
化学的な知見からみれば,正孔は Co と Co との間でホッピングしていると考えるのが一見妥当である
ように思える.
Co 2+ Td
+
Co 3+ Oh
⇔
Co 3+ Td
+
Co 2+ Oh (3)
この場合には,正孔は対称性の異なるカチオンサイトへホッピングする必要があること,また,正孔の
ホッピングによって電子配置の大きな変化がともなうこと,の 2 点からホッピングの活性化エネルギー
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山田直臣,出原聡一,多賀康訓
E H は大きな値(> 0.5 eV)になるはずである 3) .しかしながら,実験的に得られた E H は 0.25 eV とそれ
ほど大きくはない.さらに,この機構では,我々が着目している n の f(O 2 )依存性は説明しがたい.した
がって,(3)式であらわされる機構が,正孔のホッピングを支配しているのではないと判断できる.
そこで我々は,f(O 2 )の増大に伴いキャリア濃度 n が増えることから,八面体サイトを占める Co 3+の一
部が Co 4+ に酸化される,(Co 2+ ) Td [ Co 3+ 2-x Co 4+ x ] OhO 4 というモデルを考えている.すなわち,八面体サイ
トの Co 3+ と Co 4+の間を正孔がホッピングすると考える.
Co 3+ Oh
+
Co 4+ Oh
⇔
Co 4+ Oh
+
Co 3+ Oh (4)
こうすれば,f(O 2 )の増大にともなうキャリア濃度の増加は,酸化された Co 4+ が増えたことに起因すると
解釈できる.Co 4+ と Co 3+ の間のホッピングであれば,対称性の同じサイトへのホッピングであり,また,
電子配置の大きな変化も伴わないので,E H ~ 0.25 eV も妥当な値になってくるものと思われる.
さて,本研究で得られた E H ~0.25 eV が,我々が考えている Co 3+ Oh - Co 4+ Oh 間の正孔ホッピングの活性
化エネルギーとして本当に妥当であるのかという疑問が残る.そこで,Co 3+と類似の電子構造を有する
Rh 3+(Co 3+ は 3d 軌道が t 2g 6 の LS 配置,Rh 3+は 4d 軌道が t 2g 6 の LS 配置)が八面体サイトに位置するスピ
ネル型 ZnRh 2 O 4 について考えてみる.この系においても正孔はホッピング機構によって輸送され,ホッ
ピ ン グ は 八 面 体 サ イ ト の Rh 3+ と そ れ ら が 部 分 的 に 酸 化 さ れ た Rh 4+ の 間 で 起 る こ と が 知 ら れ て い る
[(Zn 2+ ) Td[Rh 3+ 2-x Rh 4+ x ] OhO 4 ].そして,そのホッピングの活性化エネルギーは E H = 0.25 eV と報告されて
おり 7) ,本研究の Co 3 O 4 において得られた E H ~0.25 eV と一致し,妥当な値であることがわかる.したが
って,活性化エネルギーの観点から,Co 3 O 4 中の正孔輸送は,Co 3+ Oh - Co 4+ Oh 間のホッピングで起こって
いるとみなしても良いと考えられる.
Co はいくつかの価数を取りうるが,最も安定な価数は+2 価と+3 価であり,+4 価は取りにくい.我々
のモデル中における Co 4+ はどのように生成しているのであろうか.これについては,いまのところ,薄
膜の成長にスパッタ法を用いていることが主な要因であると考えている.スパッタ法では,薄膜成長過
程においてプラズマが介在する.プラズマ中では,スパッタガスに含まれる O 2 から原子状酸素やラジカ
ルが生成されるので,酸化の反応性が極めて高くなる.そのために,Co 3+が部分的に酸化して Co 4+にな
っているものと考えている.
4. まとめ
我々がこれまで構築してきた電気特性測定系を用いて,Co 3 O 4 エピタキシャル薄膜の正孔輸送特性に
ついて調査した.その結果,Co 3 O 4 中における正孔輸送のメカニズムを詳細に把握することが可能にな
った.我々の測定系の有用性を確認することができたと考えている.本測定系は,ここに報告した Co 3 O 4
だけではなく,他の材料系にも適用することが可能である.現在,透明導電体や酸化物半導体にも適用
しており,輸送特性の詳細について議論できるようになってきた.今後はさらに測定系をリファインし,
より多くの情報が得られるように開発を進めたい.
謝辞
本研究は中部大 学総合工学研究所 平成24年度の第4部門の援助を 受け遂行されたものであり ,こ
こに謝意を表します.
参考文献
1) 山田直臣,多賀康訓:総合工学 24, 10 (2012).
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Co3O4 エピタキシャル薄膜の正孔輸送特性
2) X. Liu and C. T. Prewitt: Phys. Chem. Minerals 17, 168 (1990).
3) P. A. Cox: “Transition Metal Oxides” (Oxford University Press, Oxford, 2010), Chap. 4
4) R. H. Heikes and R. W. Ure: “Thermoelectricity” (Interscience, New York, 1961).
5) 出原聡一 他:第 73 回応用物理学会学術講演会(松山, 2012)14p-C9-3.
6) W. Roth: J. Phys. Chem. Solids 25, 1 (1964).
7) N. Mansourian-Hadavi et al.: Phys. Rev. B 81, 075112 (2010).
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