2005年7月 日興年金セミナー 世界銀行年金報告 −5本柱の年金制度体系− 日興フィナンシャル・インテリジェンス株式会社 年金研究所 有森 美木 目 次 1. 2. 3. 4. 5. 世界銀行の2つの報告書 1994年報告書の概要と報告を巡る論争 2005年報告書の概要 3.1 年金制度の課題と解決策 3.2 5本柱の年金制度体系 3.3 年金制度の目標 3.4 年金制度改革の評価基準 3.5 年金制度改革の具体的な選択肢 3.6 各国の状況 まとめ 主要参考文献 Nikko Financial Intelligence, Inc. 1 1.世界銀行の2つの報告書(1) 1994年「高齢者危機の回避」 “Averting the old age crisis” – – – 3本柱の年金制度体系 世界銀行(以下、「世銀」)対ILO・ISSA論争 著者:世界銀行(執筆責任者:James, Estelle) 2005年「21世紀における高齢者の所得補助」 “Old age income support in the 21st century” – 5本柱の年金制度体系(3本柱に2つの柱を追加) – 著者:Holzmann, Robert and Hinz, Richard Nikko Financial Intelligence, Inc. 2 1.世界銀行の2つの報告書(2) 世界銀行とは – 発展途上国等の経済発展のために融資を行う国際機 関。 世銀の年金関連融資と報告書作成の目的 – 世銀は、インフラ整備の一つとして年金に関する融資 も行っている。 1984年-2004年の年金関連貸付実績 は、64カ国・204件にのぼる。 – 積立方式の年金の場合、年金積立金を投資に充当す ることを通じて、その国の経済成長に寄与する側面が ある。1994年報告書はこの点に注目し、世銀の年金 政策を示したと考えられる。 Nikko Financial Intelligence, Inc. 3 1.世界銀行の2つの報告書(3) 世銀以外の国際機関等による年金政策 – ILO:労働者の権利として年金制度の創設を提唱。プ ロビデント・ファンド(一時金払いの強制貯蓄制度)の 年金化を推進。 – OECD:加盟国に対する年金制度の構想について独自 の案を持つ(例:2004年7月 企業年金規制に関する6 つのコア原則)。 – EU:加盟国に対して、社会保障年金(以下、「公的年 金」)については2006年から単一の社会保護戦略を開 始する。企業年金については2003年5月にEU指令が だされる。 Nikko Financial Intelligence, Inc. 4 2.1994年報告書の概要と報告を巡る 論争(1) 1994年世銀報告書の概要 <貧困者への所得再分配> 経済成長の進展はインフォーマルな社会扶助の弱体化を招く一方、 世界の高齢者の半分以上はこうした扶助に依存している。 → 政府の介入による貧困者への所得再分配が必要。 → 逆進的な給付方式を採用しても、富裕者は貧困者よりも長生きであ るため、貧困者への実質的な所得再分配が減殺される。 • <DB・賦課方式の問題点と積立方式の利点> • DB(給付建て)・賦課方式の公的年金は、制度が成熟化すると、拠 出料の上昇・拠出逃れが生じ、資本市場の発展の機会を逃すが、 積立方式は資本不足の国には経済発展の重要な鍵となる。 <3本柱の年金制度体系の提案> • 貯蓄・再分配・保険の3機能を、複数の財政手段と管理の仕組みに よって提供する、3本柱の年金制度体系を提案。 Nikko Financial Intelligence, Inc. 5 2.1994年報告書の概要と報告を巡る 論争(2) 3本柱の年金制度体系 – 貯蓄機能と再分配機能を分離し、それらの機能を税方式の 公的年金と、完全積立方式の私的年金に分離する。 – チリ・シンガポール等の年金制度が参考とされた。 目的 形態 第1の柱 強制・公的管理の柱 再分配 +共同保険 ミーンズテスト付 税方式 年金or最低保証 年金or定額年金 第2の柱 強制・民間管理の柱 貯蓄 +共同保険 個人貯蓄or 企業年金 規制された 完全積立方式 第3の柱 任意の柱 貯蓄 +共同保険 個人貯蓄or 企業年金 完全積立方式 Nikko Financial Intelligence, Inc. 財源・財政方式 6 2.1994年報告書の概要と報告を巡る 論争(3) 世銀対ILO・ISSA論争(1995-96年) – 長年、発展途上国の年金等の社会保障分野のコンサル ティングを行ってきたILO(国際労働機構)・ISSA(国際社会 保障協会)が「危険な戦略」と批判(Beattie-McGillivray (1995))。 – この他、IMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構) 等も反論。 論争のポイント – 拠出建て制度は、相互扶助を基本原理とする賦課方式の 給付建て制度に置き換わる年金制度として信頼できるか。 – 年金制度に社会保障制度の役割だけではなく、経済発展 の役割をも期待することに対する是非。 Nikko Financial Intelligence, Inc. 7 2.1994年報告書の概要と報告を巡る 論争(4) 世銀案とILO案 – 世銀案とILO案の違いは、第2の柱に見られる。 柱 1 2 3 ILO案 世銀案 強制・国営のミーンズテスト付 世銀案に同じ 年金or最低保証年金or定額 年金(賦課方式、DB) 強制・民営の積立方式のDC 強制・国営の賦課方式のDB 任意のDC 任意の私的年金・個人貯蓄 Nikko Financial Intelligence, Inc. 8 2.1994年報告書の概要と報告を巡る 論争(5) 論争の終焉と新たな報告書 – Orszag氏 & Stiglits教授(世銀副総裁)による批判。 – ISSAのプロジェクト:世銀対ILO・ISSA論争で提起され た論点を第3者の立場で再検討。 ↓ – – 世銀における1994年報告書に対する考え方の柔軟化。 国際機関においては、Multi-pillarの年金制度体系と いう点で共通認識。 ↓ – James氏の後任の年金担当責任者Holzmann氏等に よって、約10年ぶりに世銀年金政策が示される(2005 年報告書)。 Nikko Financial Intelligence, Inc. 9 3.2005年報告書の概要 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 年金制度の課題と解決策 5本柱の年金制度体系 年金制度の目標 年金制度改革の評価基準 年金制度改革の具体的な選択肢 各国の状況 Nikko Financial Intelligence, Inc. 10 3.1 年金制度の課題と解決策 課題 – – 賦課方式の年金制度(現役世代の保険料を受給者の給 付に充当)は、制度創設時よりも高齢者の寿命が延びて いるという現実に対応できるような調整が必要。 経済成長を維持するために十分な労働力を確保し続ける ために、高齢者の引退時期を遅らせるインセンティブを用 意する等といった、年金制度を柔軟なものにする必要が ある。 解決策:過去10年の経験から分かったこと – – 全てのケースに有効な解決策はないが、各国の状況に応 じて、有効な年金制度の組合せから選択するのがよいこ と。 年金制度の2大目標(1)貧困削減、(2)退職後の生活水準 の急激な低下防止と、広義の目標である弱い立場にある 高齢者を経済・社会的危機から守ることが、依然として有 効であること。 Nikko Financial Intelligence, Inc. 11 3.2 5本柱の年金制度体系 5本柱の年金制度体系とは – 1994年報告書で提案した3本柱に、新たに2つの柱(0階と 4階)が加わり、3本柱の体系を拡張したもの。 階 適用 0:最低保障(ユニバーサルorミーンズテ スト付) 全国民or全住民 税(無拠出性) 1:社会保障年金、国営(DB or NDC) 強制 保険料(一部積立) 2:企業・個人年金(DB or DC) 強制 積立 3:企業・個人年金(DB or DC) 任意 積立 4:非公式な支援(家庭)、他の社会プロ 任意 グラム(医療)、他の個人の金融・非金融 資産(住宅) Nikko Financial Intelligence, Inc. 財源・財政方式 積立、非積立 12 3.3 年金制度の目標 1. 2. 3. 4. 年金制度の目標 十分な給付水準を持つ制度(adequate) 負担可能な制度(affordable) 持続可能な制度(sustainable) 頑健な制度(robust) Nikko Financial Intelligence, Inc. 13 3.4 年金制度改革の評価基準 目標を達成するための年金制度改革評価基準 1. 改革が年金制度の目標を達成しようとするものになっているか。 マクロ経済や金融環境の観点から改革が支持されるか。 社会構造(国・民間)が新しい年金制度体系を効率的に運営で きるか。 積立方式の柱が許容可能なリスクの範囲内で運営しうるため の、規制・監督や機関が整備されているか。 2. 3. 4. 制度改革過程の評価基準 1. 政府による長期的で信用できる関与があるか。 その地域(国)における受け入れやリーダーシップがあるか。 制度を構築・実行するための十分な能力があるか。 2. 3. Nikko Financial Intelligence, Inc. 14 3.5 年金制度改革の具体的な選択肢 実行可能な制度改革の選択肢 1. 給付算定方式、公的機関による運営、賦課方式の性格 を維持しつつ、保険料や支給開始年齢等の変更を行う パラメトリックな改革。 給付算定方式を変更するが、公的機関による運営や賦 課方式の性格を維持する、非積立またはNDC(みなし拠 出建て方式)(又は類似)への改革。 民間によって運営される、完全積立方式による市場ベー スのアプローチ。 公的機関が運営する事前積立方式の公的年金制度。 多様な給付構造、運営主体、積立方式からなるMultipillarの年金制度改革。 2. 3. 4. 5. Nikko Financial Intelligence, Inc. 15 3.6 各国の状況 1990年代初め以降の年金改革 – – – ラテンアメリカ・カリビアン ヨーロッパ 中央アジア その他の地域 – – – – 南アジア サブ・サハラン アフリカ 中東・北アフリカ 東アジア・太平洋 Nikko Financial Intelligence, Inc. 16 4.まとめ 2つの世銀報告書は、世銀の年金政策の考え方を示して いる点では共通しているが、2005年報告書は、年金関連 の貸付の経験(1984年-2004年:64カ国、204件)を踏ま えたものとなっており、1994年報告書よりも柔軟的なもの であると言える。 2005年報告書の特徴は、次の通り。 – 全てのケースに有効な解決策はないと述べた上で、公的・ 私的セクター、及び、年金と年金以外の社会プログラムを 組み合わせた、5本柱の年金制度体系を提言している点。 – 年金制度の目標を示し、目標を達成させるための制度改革 の評価基準を打ち出した点。また、制度改革の過程も重要 であると指摘している点。 – 改革の具体的な選択肢を示している点。 Nikko Financial Intelligence, Inc. 17 5.主要参考文献 Beattie, Roger and McGillivary, Warren; “A Risky Strategy: Reflections on the World Bank Report Averting the Old Age Crisis”, International Social Security Review, Vol.48, No.3, 1996. Holzmann, Robert and Hinz, Richard; “Old age income support in the 21st century”, The World Bank, 2005. Orszag, Peter R. and Stiglitz, Joseph E. ; “Rethinking Pension Reform: Ten Myths About Social Security Systems”, Presented at the conference on "New Ideas About Old Age Security" The World Bank Washington, D.C. September 14-15, 1999. The World Bank “Averting the old age crisis”, Oxford University Press, 1994. 厚生年金基金連合会編(1999)「海外の年金制度」東洋経済新報社 高山憲之(2002)「最近の年金論争と世界の年金動向」 (http://www.ier.hit-u.ac.jp/) 高山憲之(2005)「年金に関する世界銀行の新レポート」 (http://www.ier.hit-u.ac.jp/) Nikko Financial Intelligence, Inc. 18
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