大電流直流分流器(シャント)の開発 - 住友電気工業

電線・機材・エネルギー
大電流直流分流器(シャント)の開発
竹 下 晃 治
Development of Large-current DC Shunt ─ by Kouji Takeshita ─ Recently, to increase caustic soda production,
monopolar electrolysis systems are being replaced by bipolar electrolysis systems that generate larger currents and
are more compact in size. As a result of this shift, the needs have arisen for 30 kA-class DC shunt. A DC shunt is
mounted at the busbar of an electrolytic bath, and the secondary electric energy value is obtained by measuring the
current of the shunt. It is important equipment for efficient caustic soda production, because it monitors the
differences between the actual caustic soda production volumes and the estimated volumes calculated from the
electric energy values.
The accuracy of current measurement is required to be within ±0.5%. Toughness against harsh environmental
conditions is also required. The author has successfully developed a large-current DC shunt with current
measurement accuracy within ±0.5% at 30 kA. To increase measurement accuracy, the materials for resistive
element were carefully selected, and measures were taken against heating by currents. Protection against alkali soil
was also provided and its corrosion resistance was confirmed.
1.
緒 言
近年、設備の大型化により負荷電流が増大し、30kA 級の
抵抗体の発熱による温度上昇から抵抗体の値が変化し測
直流分流器(以降、シャントと言う)が要求されている。
定精度を悪化させたり、異常過熱の恐れがある。このた
しかし、従来の定格電流 5kA 以上のシャントの設計は推測
め、30kA もの大電流を通電させても精度が良く、異常過
や経験に頼るものが殆どであり、大電流通電時には過熱や
熱の無いシャントをその発熱量と温度解析を行う事によ
大きな測定誤差が発生し、客先の要求する測定精度(±
り開発する事とした。
0.5 %)に応える事が出来なかった。
そこで今回定格電流を流した場合に電流の測定精度±
電解槽
(負荷側)
0.5 %を確保するために種々の検討を行い、大電流高精度
二次導体(二次母線)
シャントの開発を行った。以下に今回開発したシャントを
紹介し、その開発過程について報告する。
断路器
整流器
(電源側) P極
2.
開発の目的
断路器
N極
直流大電流測定機器には一般に CT とシャントがあるが、
制御ケーブル
シャント
(電位差測定)
30kA 以上を測定する機器は従来 CT の他は無かった。しか
し、CT はそのコイルに導体を貫通させ、その導体に流れ
制御ケーブル
ている電流からの磁界を測定し通電電流の測定を行うた
め、CT 本体周辺に磁気を帯びる金属体がある場合やその
mV変換器
(電位差/電流変換) (電流値表示板)
図1
直流シャント接続回路図
測定磁界を妨げる磁界が近接する場合には測定精度に大き
な誤差があった。
これに対しシャントは図 1 のように接続され、本体に
直接電流を流し、シャント本体の抵抗体を介してその一
次側と二次側の電位差を検出し、mV 変換器によって電流
3.
開発条件
を測定する原理となっている。そのため、施設の制限が
1)設置場所 :屋内(無風)
少なく、理論的には正確な電流測定が出来る。しかし、
2)定格電流 : 30kA
シャント本体に直接電流を流す事から、大電流になると
3)出力電圧 : 50mV
2 0 0 7 年 1 月 ・ SEI テクニカルレビュー ・ 第 170 号 −( 59 )−
4)測定精度 : 0.5 級(± 0.5 %× 50mV)
を通電するため、本体自身の発熱により測定精度に重大な
5)周囲温度 : 40 ℃(設計温度)
影響与えるが、複雑な形状をしている事から、一般的な裸
6)冷却方式 :自然空冷
導体の温度上昇計算式では計算が困難であった。従って、
7)温度上昇 :シャント本体に 21kA 通電した場合に二
シャント各部の温度解析が可能な新しい温度解析法を開発
次導体接続部温度が 80 ℃を越えない事。
しなければならなかった。
4 − 3 強アルカリ環境に対する腐蝕
4.
開発に至る問題点
4−1
今回開発納入し
た客先設備の使用環境は強アルカリ性であり、この環境に
耐える耐蝕設計を行う必要がある。
抵抗体(マンガニン)の検証
シャントはそ
の電位差を測定するために抵抗体(マンガニン)を使用
する。
5.
問題点の対策(Ⅰ)
5−1
抵抗体(マンガニン)の検証
文献ではマン
ガニンの温度による抵抗変化率の実測データは 50 ℃までし
×10-6
[Ω]
か無く、それより高温でのデ-タを実証試験によって測定す
250
100.025
る事とした。
200
100.020
マンガニンを恒温槽で加熱し、各温度に於ける抵抗値を
150
100.015
測定した結果が図 3 である。この結果、15 ℃∼ 158 ℃の範
100
100.010
50
100.005
0
100.000
囲で抵抗変化率が 0.5 %以下の範囲にある事が解り、今回
のシャントの使用温度を 158 ℃以下で設計する必要がある
ΔR
R20
-50
99.995
-100
99.990
150
99.985
-200
99.980
-250
99.975
事が確認された。
マンガニンの抵抗・温度特性(実測データ)
25
30
35
40
45
50
温 度(℃)
図2
マンガニンの抵抗・温度特性
0.3
±0.5(%)範囲内
20
0.4
抵抗変化率(%)
15
0.5
0.2
0.1
0.05
0.01
0
-0.01
-0.05
-0.1
-0.2
-0.3
-0.4
-0.5
文献データ (今回実測範囲)
-0.6
20
30
抵抗体にマンガニンを使用する理由としてまず、図 2 の
40
50
60
94 104
132 158
185
248
温 度(℃)
ように温度変化による抵抗が安定している事、次に対銅平
図3
均熱起電力が 2.0(μV /℃)以下であり、異種金属接続部
φ 6.5mm マンガニン丸棒の測定結果
との温度差による電位差が非常に小さい事がある。しかし、
マンガニンの抵抗計算式は一般に理論式として
2
}
Rt = R23{1 +α23(t − 23)+β23(t − 23)
β23
シャントの温度解析法の開発
シャントは形
状が複雑である事から、図 4 の様な簡易モデルより温度平
R23 : 23 ℃時の抵抗値(Ω)
α23
5−2
:一次抵抗温度係数(− 10 ∼ +23 × 10-6/K)
衡計算式を仮定し、各部の温度解析を行う事とした。
-6
:二次抵抗温度係数(− 1 ∼ 0 × 10 /K)
であり、各温度に於ける二つの温度係数が不明で、使用温
度の抵抗値は算出不可能である。また、文献にも 50 ℃以上
の実測データが無く、測定精度± 0.5 %を達成するために
は、使用温度に於けるマンガニンの抵抗値が必要であった。
4 − 2 温度解析法の開発
シャントは本体に直接電流
−( 60 )− 大電流直流分流器(シャント)の開発
このモデルより、下の 3 式が理論的に成り立つ。
.
Q1 − U1 = P1 + W1 . . . . . . . . . . . . . . . . . . (1)
.
Q2 + U1 + U2 = P2 + W2 . . . . . . . . . . . . . (2)
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
Q3 − U2 = P3 + W3
(3)
4.88 :ステファン・ボルツマン定数(kcal/m2hk4)
周囲温度:40℃
通電ブロック部
T
発熱量:Q2対流による放熱量:P2
輻射による放熱量:W2
S :表面積(m2)
θ1
θ2
U2
U1
導体接続部
η:輻射係数
発熱量:Q3対流による放熱量:P3
輻射による放熱量:W3
U = k ×(θ− T)× A / L …(物質間熱伝導計算式)
θ3
k :熱伝導率(Kcal/mh ℃)
注)θ1∼θ3は各部の温度
U1、U2は熱伝導率による熱量移動量
L :熱伝導する長さ(m)
A :断面積(m2)
抵抗体部
発熱量:Q1対流による放熱量:P1
輻射による放熱量:W1
この温度θ 1 ∼θ 3 を求めるため、熱収束算出プログラ
T
Q1
Q2
Q3
ムを作成し、従来仕様での 30kA 通電時の各部の温度を算
出した結果、
U1
U2
抵抗体温度(θ 1)= 160.5 ℃(周囲温度 40 ℃)
P1
P2
通電ブロック部温度(θ 2)= 134.1 ℃(周囲温度 40 ℃)
P3
導体接続部温度(θ 3)= 139.9 ℃(周囲温度 40 ℃)
W1
W2
W3
となり、前述の抵抗体の使用温度限度である 158 ℃を越え、
従来の通常仕様では 30kA 通電時に測定精度が 0.5 %以下が
確保されない。このためこの抵抗値の温度を 158 ℃以下に
θ1
θ2
θ3
抵抗体部 通電ブロック部 導体接続部
温度
温度
温度
図4
温度計算簡易モデル(下図は熱等価回路図)
する新たな対策が必要となった。
5−3
強アルカリ環境に対する腐蝕
強アルカリ環
境に対する防蝕対策として、通電ブロック部に耐アルカリ
性、耐熱性に優れているニッケルメッキを施し、抵抗体部
には特殊防蝕塗装を施す事とした。
式(1)∼(3)の Q、P、W、U を求める計算式
6.
2
}…(発熱量計算式)
Q = I × R20 ×{α・(θ− 20)
問題点の対策(Ⅱ)〈温度低減対策〉
6−1
抵抗体配置の改良
従来式の抵抗体は碁盤目
I :電流値(A)
状に配置されており、これが熱放散を妨げる要因の一つと
R20 : 20 ℃時の抵抗値(Ω)
推定し、この配列を千鳥配列にする事により熱放散が良く
α:抵抗温度係数
なり温度低減が可能ではないかと考え、各配列に於ける熱
θ:温度(℃)
伝達率の比較検討を行った。
)は
管群配列の平均熱伝達率式(hm(kcal/m2hdeg)
P ={0.14 ×((g × L 3 ×(θ− T)/(νf 2 × T ∞ )×
Pr))1/3 × K f }/(L)}×(θ− 40)× S …(自然対流
hm =(k / d)× C(Gmaxd /μ)n . . . . . . . . . .(4)
放熱計算式)
k :熱伝導率(kcal/mhdeg)
Kf :熱伝導率(Kcal/mh ℃)
2
d :管直径(m)
νf :動粘性係数(m /sec)
μ:粘性係数(kg/ms)
Pr :プラントル数(−)
Gmax :質量速度(kg/m2s)
T ∞: 40 + 273 = 313 ℃
C、n :配置定数
g :重力加速度(9.8m/S2)
S :表面積(m2)
となり、各配列の熱伝達率(放熱量)を算出すると千鳥配
T :周囲温度(℃)
列の方が碁盤目配列よりも約 1.89 倍と大きくなり、放熱量
L :長さ(m)
の増加が可能である事が解った。
上記の検討結果より抵抗体の配列を図 5 の様な配列方式
W = 4.88{((θ+ 273)/ 100)4 −((T + 273)/ 100)
にて設計すると従来より多くの放熱が期待出来ると考えた。
4}× S ×η…(輻射による放熱計算式)
W :放熱量(kcal/h)
2 0 0 7 年 1 月 ・ SEI テクニカルレビュー ・ 第 170 号 −( 61 )−
算上は設計目標値を満足する結果となった。
14
435本±17本−φ6.5
(マンガニン)
9
熱放射線
そこで、この温度解析法の信頼性確認のため、5kA 用
その結果が表 2 のとおりである。
拡大
14
8
8
表2
抵抗体配列
9
550
P9×58=522
シャントを試作し、実通電試験による比較検証を行った。
(千鳥配列)
P13×18=234
250
図5
6−2
抵抗体配列図
輻射係数の改善
実測結果と算出結果の比較表
温度測定箇所
(周囲温度: 25 ℃時)
通電電流
実測温度
算出結果
抵抗体部
(θ1)
DC5kA
81 ℃
86.8 ℃
通電ブロック部
(θ2)
DC5kA
50 ℃
52.6 ℃
導体接続部
(θ3)
DC5kA
50 ℃
52.2 ℃
抵抗体表面は光沢面である
ために、輻射係数は 0.2 と低い。従って、輻射による放熱
効果を高めるために、前述の特殊防蝕塗装塗装を輻射係数
この結果、解析結果と温度測定結果の間に極端な誤差が
が最も高い黒色塗装(輻射係数= 0.9)とする事で抵抗体
無く、また今回の算出結果より実測値の方が少し低くなる
の温度低減を計れると考えた。
事が確認され、この手法で設計を行えば大電流 30kA 用
6−3
通電ブロックの材質改善による発熱量の低減
シャントは定格電流時に± 0.5 %以下になると考えた。
従来の通電ブロックは加工性と抵抗温度係数が小さい事か
ら黄銅で設計していたが、黄銅の導電率は 26 %と低く熱伝
導率が 52(kcal/mhdeg)と低いため発熱量が大きく、熱移
8.
製作後の確認
動量が小さかった。このため、これらの諸条件を補う金属
各対策を行った設計に於いて実際の 30kA 用のシャント
を再度検討する必要があり導電率が 98 %と良く、熱伝導率
を製作し、この精度を試験設備の最大電流である 5kA にて
が 320(kcal/mhdeg)と高い純銅を採用する事で検討を進
実測を行った結果が表 3 の通りである。
めた。
表3
7.
問題点の対策(Ⅲ)の検証
温度測定箇所 実測温度 解析温度 実測出力電圧 基準出力電圧 測定精度
前述の 3 つの改善点で再度温度解析を行った結果、表 1
の通りとなった。
表1
30kA 用シャントの実通電結果(5kA 通電時)
各部の温度解析結果(改善前ー改善後)
抵抗体部
(θ1)
23.5 ℃
25.1 ℃
通電ブロック部
(θ2)
22.3 ℃
24.2 ℃
導体接続部
(θ3)
21.8 ℃
24.1 ℃
8.334
(mv)
160.5 ℃
通電ブロック部
(θ2)
134.1 ℃
109.2 ℃
80.7 ℃
導体接続部
(θ3)
139.9 ℃
108.5 ℃
79.8 ℃
134.5 ℃
94.6 ℃
+ 0.02
(%)
周囲温度: 20 ℃
従来仕様ブロックに 銅ブロックに 30kA 銅ブロックに 21kA
温度測定箇所
30kA 通電した場合 通電した場合
通電した場合
(周囲温度: 40 ℃)
(改善前)
(改善後)
(改善後)
抵抗体部
(θ1)
8.333
(mv)
この結果、5kA 時では解析結果と同様のデータが得られ、
30kA 通電時に於いても前述の実験データと解析結果より性
能を満足すると考え、客先に試供品を提供し実際の 30kA
負荷で確認をして頂いた。
9.
この結果、図 3 より 134.5 ℃時及び 94.6 ℃時の抵抗体の
結 果
30kA 実通電試験結果は次のとおりであった。抵抗体部温
測定精度はそれぞれ約− 0.4 %、+ 0.4 %となり± 0.5 %以
度(θ1)は 120.3 ℃、導体接続部温度(θ3)は 93.7 ℃、
下を満たしている。
測定精度は-0.3 %となり、今回開発品で客先要求性能を満
また、導体接続部温度も 79.8 ℃となり、客先提示条件で
ある直流シャントに 21kA 通電した場合に二次導体接続部
温度が 80 ℃を越えないという条件も満たす結果となり、計
−( 62 )− 大電流直流分流器(シャント)の開発
足し、温度上昇も設計値以下であった。
この結果、当初の目的である測定精度± 0.5 %以下の 30kA
用シャントの開発を達成し、製品として 7 台を納入した。
写真 1 が今回納入した 30kA 用シャント(50mV、測定精
度 0.5 級)である。
10.
結 言
今回の設計、開発により大電流型高精度直流シャントを
製作する事が可能となった。
また、今回の解析過程を活かし、客先の要求に適合した
シャントの製作がより一層計れる様に更なる開発及び技術
の向上を目指したいと考えている。
参 考 文 献
(1)大学演習 電熱工学(東京大学)
(2)伸銅品データブック(日本伸銅協会)
(3)マンガニン線・棒及び板(日本工業規格)
執 筆 者 -----------------------------------------------------------------------------------------------------------------写真 1
今回納入した 30kA 用シャント(通電試験時)
竹 下 晃 治:住友電設㈱ 電力事業部 変電部
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
2 0 0 7 年 1 月 ・ SEI テクニカルレビュー ・ 第 170 号 −( 63 )−