重症薬疹

2010年3月
皮 膚 科 専 門 医の日常 診 療 情 報 誌
総監修:東京逓信病院 皮膚科部長
江藤隆史 先生
第 10 号
重症薬疹
DIHS
∼見逃しやすい重症薬疹∼
杏林大学医学部皮膚科学 助教 平原和久 先生
SJS/TEN
∼SJS/TEN 新しい知見を含めて∼
昭和大学医学部皮膚科 講師 渡辺秀晃 先生
DIHS
様の臨床を呈することもある(図 3 )。その他の臨
床像としては、DIHSを麻疹等のウイルス感染と診
∼見逃しやすい重症薬疹∼
薬剤性過敏症症候群
HHV-6
断してしまい、原因薬剤を中止せずに症状が遷延
化すると、紅皮症となってしまうことがある。
平原和久
drug-induced hypersensitivity syndrome
杏林大学医学部 皮膚科学 助教
薬剤リンパ球刺激試験
薬剤性過敏症症候群は重症かつ致死率が高いにも関わらず、軽症と判断されたり、初期の皮膚症状が
類似した他の疾患と誤診されることが多い。適切な治療を行うためには、病態や診断基準をよく把握して、
早期診断を可能にすることが重要である。
1 DIHS は見逃されやすい
いる。それは DIHS の皮疹が一様でなく、様々な所
見を呈するためである。初期の典型的な臨床像と
薬 剤 性 過 敏 症 症 候 群( d r u g - i n d u c e d
しては顔面全体の腫脹とびまん性の潮紅が見られる。
hypersensitivity syndrome:DIHS)は他の重症
眼囲を避ける傾向があり、鼻翼周囲と口囲では鱗
薬疹と同様に皮膚科のみならず、多くの科で認知
屑を付すことが多い(図 1)。
されてきている。実際、DIHSは致死率が約 10%と
躯幹では紅斑∼紅色丘疹が多発し、時間ととも
高く、重症な薬疹のひとつであることが分かる。し
に融合傾向を示す(図 2 )。特徴的な点は初期の
かし、DIHSでは初期にStevens-Johnson症候群(SJS)
皮疹から下肢では紫斑を混じており、麻疹や伝染
や中毒性表皮壊死症(TEN)のように急激な発症
性単核球症などと皮疹が類似している。また小膿
と増悪が見られることは少なく、初診時に軽症例と
疱が紅斑に混在することがあり、多発するとacute
判断してしまうことが多い。さらに、臨床的にもリンパ
generalized exanthematous pustulosis(AGEP)
節腫脹や肝障害などを起こし、皮疹は麻疹や伝染性
単核球症に類似しているため、薬疹とも診断されな
図1 カルバマゼピンによるDIHS
いことがある。たとえ薬疹が疑えても、DIHSの原因
a
b
a 48歳女性/皮疹出現5日目
b 48歳男性/皮疹出現4日目
薬剤の内服期間は2∼6 週間と他の薬剤に比べて長
く、原因薬を被疑薬と考えにくい。この結果、原因薬
を投与し続け、治療開始の遅延につながってしまうこ
とが少なくない。そのため、特徴的な臨床を知るこ
とと、診断基準を理解することが重要である。
2 臨床的特徴
DIHS の診断基準は他の薬疹と異なり、皮膚所
見よりも経過や血液検査による診断が中心となって
1
様の臨床を呈することもある(図 3 )。その他の臨
液中でのHHV-6 DNAの増加は一過性であるため、
床像としては、DIHSを麻疹等のウイルス感染と診
適切な時期に採血を行わないとDNAは検出できず、
断してしまい、原因薬剤を中止せずに症状が遷延
証明が難しい。しかし抗体価による検索では採血時
化すると、紅皮症となってしまうことがある。
期に幅があり、HHV-6の再活性化を証明しやすくな
っている。採血時期としては、発症後 14 日以内と
28 日以降の 2 回行うことが良いとしている。
3 診断基準
DIHS の診断基準を経過表(図 4 )に示した。
4 DIHS を見逃さないために
典型 DIHSと診断するには経過表にある主要所見
の全てを満たす必要がある(血液学的異常に関し
多くの典型 DIHSの初期皮膚症状は麻疹や伝染
ては「白血球増多」、
「異型リンパ球の出現」、
「好
性単核球症と類似する。図 5にそれぞれの典型的
酸 球 増 多 」のうち1つ 以 上でよい )。そのため、
な皮疹を並べたが、一見して鑑別することは難しい。
DIHSではhuman herpes virus-6(HHV-6)の再
そこで、麻疹や伝染性単核球症を疑った際には、
活性化を証明することが必要となっており、診断基
診断基準の参考所見に記載のある原因薬剤(表)
準の参考所見にもその方法が記載されている。血
の内服歴を必ず聴取し、皮疹の観察を入念に行い、
図2 ジアフェニルスルフォン
によるDIHS
図3 フェニトインによる
図4 DIHSの診断基準
DIHS
2週間∼6週間
特定薬剤(抗てんかん薬等)
2週間以上遷延
・リンパ節腫大
・肝障害
・血液学的異常
白血球増加
異型リンパ球出現
好酸球増加
1つ以上
発熱・皮疹
HHV-6再活性化
26歳男性/皮疹出現3日目
24歳男性/皮疹出現7日目
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業
橋本公二研究班:
「薬剤性過敏症症候群診断基準2005」より一部改変
図5 疾患別 典型的な臨床像の比較
表
DIHSの主な原因薬剤
●カルバマゼピン
●フェニトイン
●フェノバルビタール
●ゾニサミド
●ジアフェニルスルホン
●サラゾスルファピリジン
●メキシレチン塩酸塩
●アロプリノール
●ラモトリジン
●バルプロ酸ナトリウム
●ミノサイクリン塩酸塩
●ジルチアゼパム
●ピロキシカム
麻疹
伝染性単核球症(IM)
DIHS
2
診断基準の検討を行う。その上で、DIHS が疑える
りCMV 抗原が検出された際は、たとえ無症候性
症例では薬剤の中止を考慮する必要がある。内服
であっても抗ウイルス薬の投与を検討し、ステロイド
歴の聴取はどのようなウイルス感染症においてもポイ
の減量はさらに慎重に行う必要があると考えている。
ントである。
これらのウイルスの再 活 性 化は、軽 快したと思わ
れた症例でもその後も長期に渡って見られることが
5 治療とその後の経過
あり、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)では数ヵ月
後に出現することもある 1)。そのため、DIHS の患
DIHS は薬剤中止後も症状が遷延することが特
者は軽快後も長期に渡って経過を診ていく必要が
徴となっている。さらには薬剤の中止後に病勢が増
ある。
悪し、紅斑の増強や発熱の上昇などを経験すること
が多い。その後はゆっくりと症状が軽快し、2∼3 週
6 原因薬剤の検索 2)
間後に再び、皮疹の増悪とともにHHV-6 が血液中
に出現する。このウイルス血症は数日で終息し、皮
重症薬疹での原因検索として内服チャレンジテ
疹の再燃も速やかに消退することが多い。このような
ストは行いにくい。そのため、実 際の臨 床におい
経過は典型的な症例で見られ、発症から1∼2ヵ月
ては患者に侵襲の少ない薬剤リンパ球刺激試験
にて病勢は軽快する。しかし実際の臨床においては、
(drug lymphocyte stimulation test:DLST)が汎
ステロイドを使用せずに、補液等の補助療法のみ
用されている。
で軽快する例はほとんど無い。多くの症例では基
しかし、一般的に DLST の施行時期については
礎疾患があり、薬剤中止後も発熱が遷延すること
規定が無く、患者によって異なるのが現状である。
が 多く、ステロイドの 投 与 が 必 要となっている。
原因薬の DLST 施行時期については SJS や TEN
DIHS では未だに確立された治療方法はないが、
では発症から3ヵ月以内の測定で陽性になることが
ステロイドの初期投与量としては 40 ∼ 70mg/日が
多く、1ヵ月を超すと陰転化する症例もある。それに
一般的となっている。少量のステロイド投与が行わ
対し、DIHS では発症初期の測定では原因薬でも
れることがあるが、不十分な量のステロイド投与は
陰性を示すことが多く、その後 1ヵ月後より陽転化し、
症状を遷延化させ、結果としてステロイドの減量に
陽性が続く。DLST は保険適応になり、簡易な方
苦慮することとなってしまう。そのため、初期に軽症
法であるが、測定時期により違った結果となるため、
と考えても十分な量のステロイドを投与することが重
その解釈には注意が必要である。
要である。また、DIHSは経過中にHHV-6のみなら
ず様々なヘルペスウイルスが再活性化し、無症候
7 まとめ
性のことも多い。その際に、ステロイドの急激な減
量は免疫を活性化させ、ウイルスに対する過剰な
DIHS が重症薬疹であることは認知されてきて
反応を起こさせる。そのため、減量については SJS
いるが、臨床や経過が特異的であるため、自信を
や TEN に比べても慎重に行っていく必要がある。
持って初期に診断できる医師は未だに少ない。病
特にサイトメガロウイルス(CMV)の再活性化によ
態や診断基準を理解し、鑑別疾患を列挙できるよ
る症状の発現は致死的となることが多い。血液中よ
うにすることで、初期の診断が可能になると思われる。
文献
1) 狩野葉子:薬疹とGVHDの接点,医学のあゆみ,220:889-893,2007.
2) 塩原哲夫:DLST実施のタイミングは?,Q&Aでわかるアレルギー疾患,4:11-13,2008.
3
SJS/TEN
∼SJS/TEN 新しい知見を含めて∼
重症型薬疹
target lesion
迅速病理組織診断
Stevens-Johnson syndrome
Toxic epidermal necrolysis
渡辺秀晃
昭和大学医学部 皮膚科 講師
我々は医学の進歩・新薬の開発に伴い大きな恩恵を受けている反面、皮肉にもそれらの副作用の危険に
曝されているのも事実である。Stevens-Johnson syndromeやToxic epidermal necrolysisは成人発症
例の多くが薬剤性であること、死の転帰をとる場合があること、一命を取りとめた場合でもしばしば失明等の
重篤な後遺症が残ることから、この疾患について正しい認識を持つことは極めて重要であると思われる。
1 SJS/TEN を熟知しておいた方が良い理由
重症型薬疹とは「生命予後を脅かす薬疹」、
「重
篤な後遺症を残す薬疹」、
「粘膜や内臓にも病変
がおよぶ薬疹」、
「入院治療が必要な程度の薬疹」
等と定義されるが、Stevens-Johnson 症候群(以
下 SJS)と中毒性表皮壊死症(以下 TEN)は失明・
視力障害等の後遺症や死亡率が高いことからこの
重症型薬疹に含まれる。1998∼2002 年の5 年間に、
医薬品副作用被害救済制度で認定された薬剤の
副作用による健康障害の器官別大分類で、皮膚
および皮下組織障害が全ての臓器中で第 1 位であ
り、その内訳はSJS が第 1 位、TEN が第 2 位である
ことから 1)もこの 2 疾患について熟知しておくことが
必 要である。また最 新のデータ( 2 0 0 5 年 1 0 月∼
2009 年 7月)で、SJS/TEN の死亡率は10.1%と未
だ高率である 2)。これらのことから皮膚科医がこの
2 疾患について精通しておくことは重要と思われる。
2 疫学
本邦ではこれまで医学的に検討された SJS/TEN
の発症率に関する疫学的データはなかった。厚生
労働科学研究費補助金「難治性疾患克服研究事
業:重症多形滲出性紅斑に関する調査研究」
(主
任研究者 橋本公二)において、SJSとTENの診
断基準をもとに両者の本邦における発症頻度を全
国の皮膚科専門医研修施設に対し調査を開始した。
その結果 2005 年は人口 100 万人あたりそれぞれ
SJS 0.86 人、TEN 0.28 人、合計 1.14 人、2006 年
は人口 100 万人あたりそれぞれ SJS 1.22 人、TEN
0.36 人、合計 1.58 人、2007 年は人口 100 万人あた
りそれぞれ SJS 1.53 人、TEN 0.52 人、合計 2.05 人
であった 3)。現在、詳細な調査登録表を作成し第二
次調査を行っている。これにより更に、有病率・死
亡率・後遺症などが明らかになっていくと思われる。
3 SJS と TEN は一連の病態である
1922 年 New Yorkの小児科医 StevensとJohnson4)
が「口内炎と結膜炎を伴う発熱性発疹症」の小児
2 例を報告し、以降、粘膜・眼病変を有する多形紅
斑はSJSとして主に小児疾患として報告されてきた。
TENは1956 年にLyell5)が、発熱を伴って急激に発
症し、重症熱傷様の水疱とびらんを呈し、組織学的
に表皮の融解壊死(necrolysis)を特徴とする病態
をToxic epidermal necrolysis(TEN)と命名し報告
したことに始まる。その後、SJSとEM major*の異同
と鑑別、またSJSとTEN が別症なのかそれとも一連
の病態であるのか多くの議論を呼んだ。前者について、
Roujeauらのグループが、SJSとEM majorは臨床症
状や病因が異なると報告し 6)、後者に関してもようや
*多形紅斑(erythema multiforme:EM)のうち、全身症状が強く、粘膜病変を有するもの
4
く1990 年代になってSJSとTENは一連の病態であり、
皮膚のびらん(detachment)面積が全体表面積の
10%未満をSJS、10%以上30%未満をoverlap SJS/TEN、
30%以上をTENとする疾患概念が提唱され 7)、現
在この 2 疾患を同一スペクトラムとして理解する考え
方が世界的に受け入れられてきている。本邦では、
表 1に示す様に皮膚のびらん(detachment)面積が
全体表面積の 10%未満をSJS、10%以上をTENと
している。TENの大多数(90%以上)を占めるのは、
SJS進展型TEN(TEN with spots or TEN with macules)
であり、び漫性紅斑進展型は全体の 4∼7%程度と
比較的少ないが重症の経過をとりやすい 8)。
く1990 年代になってSJSとTENは一連の病態であり、
皮膚のびらん(detachment)面積が全体表面積の
10%未満をSJS、10%以上30%未満をoverlap SJS/TEN、
30%以上をTENとする疾患概念が提唱され 7)、現
在この 2 疾患を同一スペクトラムとして理解する考え
方が世界的に受け入れられてきている。本邦では、
表 1に示す様に皮膚のびらん面積が全体表面積の
10%未満をSJS、10%以上をTENとしている。TEN
の大多数(90%以上)を占めるのは、SJS 進展型
TEN(TEN with spots or TEN with macules)であ
り、び漫性紅斑進展型は全体の4∼7%程度と比較
的少ないが重症の経過をとりやすい 8)。
表1 スティーブンス・ジョンソン症候群の診断基準
概 念
発熱を伴う口唇、眼結膜、外陰部などの皮膚粘膜移行部に
おける重症の粘膜疹および皮膚の紅斑で、
しばしば水疱、
表皮剥離などの表皮の壊死性障害を認める。原因の多く
は薬剤である。
主要所見
(必須)
1. 皮膚粘膜移行部の重篤な粘膜病変(出血性あるいは充
血性)がみられること
2.しばしば認められるびらんもしくは水疱は、体表面積の
10%未満であること
3. 発熱
副所見
4. 皮疹は非典型的ターゲット状多形紅斑
5. 角膜上皮障害と偽膜形成のどちらかあるいは両方を伴
う両眼性の非特異的結膜炎
6. 病理組織学的に、表皮の壊死性変化を認める
ただし、ライエル症候群(TEN)への移行があり得るため、初期に評価を
行った場合には、極期に再評価を行う。
主要項目の3項目をすべてみたす場合SJSと診断する。
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業
橋本公二研究班:Stevens-Johnson症候群診断基準,
2005
4 SJS/TEN の概念
SJS は、発熱を伴う口唇、眼結膜、外陰部など
の皮膚粘膜移行部における重症の粘膜疹および
皮膚の紅斑で、しばしば水疱、表皮剥離などの表
皮の壊死性障害を認め、その多くは、薬剤性と考
えられている(表 1)。小児ではマイコプラズマ感染
が主たる原因であり、SJS の約 2/3 の症例がマイコ
プラズマ感染に関連し発症していたという報告があ
る 9)。TEN は、広範囲な紅斑と、全身の 10%以上
の水疱、表皮剥離・びらんなどの顕著な表皮の壊
死性障害を認め、高熱と粘膜疹を伴い、その大部
分は薬剤性と考えられている(表 2)。
5 知っておくべき皮疹の形状
表2 中毒性表皮壊死症の診断基準
概 念
広範囲な紅斑と、全身の10%以上の水疱、表皮剥離・びら
んなどの顕著な表皮の壊死性障害を認め、高熱と粘膜疹
を伴う。原因の大部分は薬剤である。
主要所見
(必須)
1.体表面積の10%を超える水疱、表皮剥離、びらん
2.ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)を除外できる
3.発熱
副所見
4. 皮疹は広範囲のび漫性紅斑および斑状紅斑である
5. 粘膜疹を伴う。眼表面上皮(角膜と結膜)ではびらんと
偽膜のどちらかあるいは両方を伴う。
6. 病理組織学的に、顕著な表皮の壊死を認める
主要3項目のすべてを満たすものをTENとする。
●サブタイプの分類
1型:SJS進展型(TEN with spots)
2型:び漫性紅斑進展型(TEN without spots)
3型:特殊型
●参考所見
治療等の修飾により、主要項目1の体表面積10%に達しなかったも
のを不全型とする。
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業
SJS/TENでは発熱・全身倦怠感・咽頭痛・関節痛・
橋本公二研究班:Toxic epidermal necrolysis(TEN)診断基準,
2005
胃腸障害などの全身症状とともに口唇のびらん・眼球
結膜の充血を伴う非典
型 的ターゲット多 形 紅
図1 皮疹の形状 a、b:SJS/TENでみられる皮疹 c:多形紅斑でみられるtypical target
斑(flat atypical targets:
a
c
図 1 - a )、もし くは
(purpuric macules
and/or blisters:図 1-b)
が主に体幹を中心に生
じる 7)。これらの紅斑と
flat atypical targets
多形紅斑にみられる浮
b
腫性で三相性の target
lesion(typical targets:
図 1 - c )との鑑別が診
断のポイント7)となる(が
purpuric macules
容易ではない)
。
typical targets
and/or blisters
5
6 知っておくべき症状
詳細に問診すると皮疹発現直前に咽頭痛を認
めている症例がほとんどである 8)。また、眼症状も、
皮疹出現前日もしくは同日からみられることが多い。
重症化すると、皮疹は顔面・体幹を中心に全身に
拡大し呼吸器障害、肝・腎機能障害を生じ全身
管理が必要となる。また眼に結膜炎や眼瞼の癒着、
角膜混濁、潰瘍をきたし治癒後も失明など重篤な
後遺症を残すことがあるため眼科専門医との連携
も不可欠である。しばしば爪甲の脱落もみられる8)。
7 病理組織所見−迅速病理組織診断の重要性
病理組織検査が確定診断への有力な手がかり
となる。特徴的な所見は表皮の広範な壊死性変化
であり、表皮細胞の全層にわたる壊死と表皮 - 真皮
間の裂隙(表皮下水疱)形成がみられる。水疱辺
縁部では表皮細胞の個細胞壊死と、好酸性壊死
に陥った表皮細胞にリンパ球が接着して認められる
satellite cell necrosis が認められる(図 2)。また、
EMでは密な血管周囲性炎症細胞浸潤がみられる
がSJS/TENにおける細胞浸潤は比較的疎である10)。
本症は急速に増悪する疾患であることから、我々の
施設では、迅速病理組織診断を施行している。そ
の理由は、皮膚生検即日に確定診断できることだけ
でなく、治療の方向付けもその日に決定できるためで
図2 病理組織所見
a
a 表皮の広範な壊死と、
表皮ー真皮間の裂隙
形成(表皮下水疱)が
みられる。
b 水 疱に隣 接 する表 皮
内では表 皮 細 胞 の 個
細胞壊死や、satellite
cell necrosis(矢印)
が認められる。
b
ある。前述したようにSJS/TENの死亡率は未だ10%
を超えるが、当科では 1995∼2009 年の 15 年間で
重症型薬疹(本号で特集されるSJS/TENと薬剤性
過敏症症候群)30 例以上の症例で死亡率は0%で
あり、重症な後遺症を残した患者もいない。迅速
病理組織診断による早期確定診断・早期治療開始
が最大の理由であると考えている。
8 SJS/TEN の治療
前記、橋本公二研究班でSJS/TENの治療指針
2009 が完成した(表 3)11)。我々は、この治療指
針に基づき、最近では特に患者の眼症状を目安に
治療薬の量を決定し良好な成果を修めている。
表3 SJSおよびTENの治療指針2009
Stevens-Johnson症候群(SJS)および中毒性表皮壊死症(TEN)
の治療には、まず被疑薬の中止を行う。厳重な眼科的管理、皮疹部およ
び口唇・外陰部粘膜の局所処置、補液・栄養管理、感染防止が重要である。
薬物療法としては、確立されたものではないが効果を期待できる治
療法として、早期の副腎皮質ステロイド薬の全身療法が第一選択となっ
ている。症例に応じて他の治療法や併用療法を実施する。
1.
副腎皮質ステロイド薬の全身投与
症例により状態が異なるため一律には決めがたいが、推奨される投
*
与法は下記の通りである。発症早期 に開始することが望ましい。治療
効果の判定には、紅斑・表皮剥離・粘膜疹の進展の停止、びらん面から
の浸出液の減少、解熱傾向、末梢血白血球異常の改善、肝機能障害など
の臓器障害の改善などを指標とする。重篤な感染症を合併している場
合にはステロイド薬投与とともに抗菌薬や免疫グロブリン製剤などを併
用し感染対策を十分に行う。
●ステロイド療法
プレドニゾロンまたはベタメタゾン、デキサメタゾンをプレドニゾロン
換算で、中等症は0.5∼1mg/kg/日、重症は1∼2mg/kg/日で開
始する。
●ステロイドパルス療法
重症例や急激に進展する症例ではパルス療法も考慮する。パルス療
法は、メチルプレドニゾロン500∼1,
000mg/日を3日間投与する
(小児の場合、小児の標準的治療法に準ずる)。中等症の場合は、よ
り少量(250mg/日)の投与で効果がみられることがある。
初回のパルス療法で効果が十分にみられない場合、または症状の進
展が治まったのちに再燃した場合は、数日後にもう1クール施行する
か後述するその他の療法を併用する。
パルス療法直後のステロイド投与量は十分量(プレドニゾロン換算で
1∼2mg/kg/日)を投与し、漸減する。減量速度は個々の症例の回
復の程度により調整する。
ステロイド投与で十分に効果がみられない場合、漫然と同量のステ
ロイド薬投与を継続することは避ける。その際には、ステロイド薬の
増量や他の治療法(免疫グロブリン製剤、血漿交換療法など)も考慮
する。
*早期とは、発症後7日前後までを目安とする。
2.
その他の治療法
●ヒト免疫グロブリン製剤静注(IVIG)療法
一般に5∼20g/日、3∼5日間を1クールとして投与する
●血漿交換療法
ステロイド療法で症状の進行がくい止められない重症例に併用療法
として、もしくは重症感染症などステロイド薬の使用が困難な場合に
施行する。単純血漿交換法(PE)と二重膜濾過血症交換法(DFPP)
がある。
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業
重症多形滲出性紅斑に関する調査研究班 より一部抜粋
6
9 おわりに
「重症型薬疹の患者はなぜか週末に来院する」
と私自身実感し(今まで何回休日や正月が無くなっ
たことか…)、他の施設の先生からもよく同じことを
耳にする。欧米でも同じらしく、TENに対するIVIG
の有効性を発表したオーストリアのとある有名な先
生も週末にTENの患者が来た際、土・日の間 IVIG
を投与しておいたら意外にも(?)著効し、研究の
きっかけになったとお聞きした。SJS、TEN、DIHSの
診断基準・治療指針がそんな土 ・日に役に立てば、
橋本公二研究班の先生方の多大な努力が報われ
るのではないかと思う。向こう10 年でこれら重症型
薬疹の発症機序が解明されることを期待したい。
文献
1) 南光弘子:本邦における有害薬物反応(ADR)と重症薬疹 ―過去 5 年間に認
定された皮膚障害の概要―,日皮会誌,115:1155-1162,2005.
2) 厚生労働省医薬食品局:医薬品による重篤な皮膚障害について,医薬品・医
療機器等安全性情報,No.261:3-7,2009.
3) 北見 周,他:重症薬疹データベース化の試み.速報第一次アンケート,J Environ Cutan Allergol,3:18-22,2009.
4) Stevens AM,Johnson FC:A new eruptive fever associated with stomatitis and ophthalmia:Report two cases in children,Am J Dis Child,24:
526-533,1922.
5) Lyell A:Toxic epidermal necrolysis. An eruption resembling scalding of
the skin,Br J Dermatol,68:355-361,1956.
6) Assier H,et al:Erythema multiforme with mucous membrane involvement and Stevens-Johnson syndrome are clinically different disorders
with distinct causes,Arch Dermatol,131:539-543,1995.
7) Bastuji-Garin S,et al:Clinical classification of cases of toxic epidermal
necrolysis,Stevens-Johnson Syndrome,and erythema multiforme,Arch
Dermatol,129:92-96,1993.
8) 渡辺秀晃,他:Stevens-Johnson 症候群,皮膚科診療プラクティス.薬疹を極
める(塩原哲夫他編),文光堂:43-48,2006.
9) Leaute-Labreze C,et al:Diagnosis,classification,and management of
erythema multiforme and Stevens Johnson syndrome.Arch Dis Child,
83:347-352,2000.
10)Rzany B,et al:Histopathological and epidemiological characteristics of
patients with erythema exudativum multiforme major,Stevens-Johnson
syndrome and toxic epidermal necrosis,Br J Dermatol,131:1268-1272,
1995.
11)相原道子,他:Stevens-Johnson 症候群および中毒性表皮壊死症(TEN)の
治療指針.―平成 20 年度厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究
事業)重症多形滲出性紅斑に関する調査研究班による治療指針2009の解説―,
日皮会誌,119:2157-2163,2009.
重症薬疹を特集して
第 10 号は、皮膚科医なら必ず知っていなければならない薬疹をテーマに、その中でも、対応を迅速にしなければならな
い、皮膚科専門医の腕の見せ所となる、重症薬疹の代表 2 つを取り上げてみました。
重症薬疹の権威である昭和大学 飯島教授、杏林大学 塩原教授のもと臨床の最前線で活躍される渡辺先生、平原
先生にそれぞれ分かりやすい解説をお願いしました。
二重丸 IRIS、三重丸の target lesion(図)を
みたらSJSを、問診で「あさめし…」
(表)の薬歴
を聴取したらDIHSを疑って、慎重かつ迅速な対
応をなしてゆくのが皮膚科専門医の任務といえます。
この号がその一助になることを切望します。
東京逓信病院 皮膚科部長
江藤隆史
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企画・発行:
制
作:
図
表 DIHSの主な原因薬剤
あ
さ
め
し
は
、
カ
フ
ェ
フ
ェ
の
み
ぞ
アザチオプリン
サラゾスルファピリジン
メキシレチン塩酸塩(抗不整脈薬)
カルバマゼピン
フェノバルビタール
フェニトイン
ミノサイクリン塩酸塩
ゾニサミド(抗痙攣薬)
2010年3月発行
NS-O061-1003