小規模な道路の平面線形の限界に関する実験的検討 - 国土技術政策

土木技術資料 52-9(2010)
報文
小規模な道路の平面線形の限界に関する実験的検討
濱本敬治 * 大脇鉄也 ** 上坂克巳 ***
設計速度に基づき 1) 、安定した快適な走行ができ
1.はじめに 1
るように、最小曲線半径等が規定されている。設
道路構造令は、安全かつ円滑な道路交通を確保
計速度の最低ランクは時速 20km/h であり、この
するための一般的技術基準として定められている
ときの最小曲線半径(車道中心の軌跡が描く円周
政令である。一般的技術基準であるため、地域の
の半径)は、車種にかかわらず 15m である。
しかし、同じ道路構造令において、自動車の最
状況を鑑みて運用されるべきであり、道路構造令
自体にも柔軟に解釈ができる規定がある。しかし、
小回転半径(前輪外側のタイヤ中心の軌跡が描く
近年、政令で道路構造基準を定めていることが、
半径)は、設計の基礎とする普通自動車(トラッ
画一的な道路整備やコストの増大を招いていると
クに相当)が 12m、小型自動車等(乗用車に相
の批判がある。一方、どこまで基準を緩和してい
当)が 7m である。従って、徐行を前提にすれば、
いのか独自の判断が難しいとの指摘もある。
最小曲線半径はもっと小さくなり、また車種によ
る差が出てくると考えられる。
特に基準緩和のニーズが高い道路としては、
そこで、今回は徐行を前提条件とし、普通自動
ローカルな小規模道路が挙げられる。これらの道
路は、道路構造令では第 3 種第 5 級(地方部)
車又は小型自動車等が最小回転半径で旋回すると
又は第 4 種第 4 級(都市部)に該当(写真-1)す
した場合、すなわち前輪外側のタイヤ中心の描く
るものである。
軌跡の半径が各設計車両の最小回転半径となる場
本稿では、このような小規模道路を対象に、最
合の車体の旋回軌跡を求めた。そして、これを最
小限確保すべき平面線形について検討を行った結
小曲線半径に対する幾何学的な走行軌跡と考えて、
果を紹介する。
検討を進めることとした。
平面線形の限界の検討にあたっては、交通量が
なお、旋回軌跡を求めるにあたっては、「旋回
非常に少ない場合を想定し、自動車は徐行するこ
軌跡による偶角部の設計について」(土木研究所
とを前提とする。そこで、まず、軌跡ソフトを用
資料昭和 54 年 1 月)(図-1)に基づく作図理論を
いて最小曲線半径を求めるとともに、車両の旋回
用いて車体が通過する軌跡を作図できるソフトを
軌跡図を作成する。次に、旋回軌跡図をもとに設
使用した。
営したテストコースにおいて走行実験を行い、実
際の走行に必要な余裕幅を明らかにする。
写真-1
小規模な道路のイメージ写真
2. 最 小 曲線 半 径 に おけ る 走 行 軌跡 の 幾 何 学
的検討
現在の道路構造令において曲線部の幾何構造は、
図-1
3.曲線部の余裕幅の走行実験による検討
3.1 検討の目的
曲線部の最小必要幅等を、幾何学的には軌跡図
────────────────────────
Experimental examination about the limit of the
alignment of a small road
トラックの旋回軌跡図
を描いて設定することができる。しかし、実際に
- 30 -
土木技術資料 52-9(2010)
通行するためには、理想的な軌跡図に対し、人間
当 す る も の と し て 「 乗 用 車 ( 長 さ 4.93m 、 幅
(ドライバー)が対応可能な範囲の余裕幅を持た
1.805m、軸距2.9m)」を用いた。
せる必要がある。このため、国土技術政策総合研
3)小型自動車等の実験は、乗用車新車販売台数の
究所の構内で走行実験を行い、軌跡ソフトで描い
オートマチック車(AT車)比率は95.1%(2003年
た幅に加えて必要な余裕幅を求めることとした。
自販連調べ。)であることからAT車で行った。
車両軌跡の両側に、この余裕幅を加えた平面線形
4)走 行 コ ース の 最 小曲線 半 径 (車道 中 心 )は、 2.
が「通行することが可能な最小限の平面線形」と
の検討結果より、普通自動車は 11.0m、小型
いうことになる。
自動車等は 6.4m とする。
5)走 行 コ ー ス は 、 右 カ ー ブ 、 左 カ ー ブ の 2パ タ ー
3.2 走行実験の方法
国土技術政策総合研究所構内の試験走路におい
ンで両側に壁を設置した場合と設置しない場合
て、直線ならびに最小曲線半径を与えた曲線部で
での 各 2ケース、 加えて、小 型自動車等 につい
構成された試験コースを設営した。沿道条件とし
て は 、 外 側 の み 壁 を 設 置 す る ケ ー ス と し た (写
て、細街路などで道路の両側に建物や塀が車道
真-2、3、図-3)。
いっぱいに建っている場合とそうでない場合とを
6) 壁 に 接 触 し た 場 合 は 、 25cm ず つ 両 側 に 壁 を
セットバックさせた状態で再度走行した。
想定して、段ボールを使用し壁を設置した場合と
設置しない場合の 2ケースの設営を行った。その
7)被験者は12名で、年齢、職業、運転歴がばらつ
上で、トラック、乗用車を用いた走行実験を実施
し、ビデオカメラ等により徐行走行時(10km/h程
度 )の コ ー ス の は み 出 し 量 を 観 測 し て 、 最 小 限 必
要となる余裕幅の整理を行った(図-2)。
車両の4隅にCCDカメラを設置
写真-2
実験コース(壁なし:普通自動車)
CCDカメラ
はみ出し量の目盛
は
51
52
53
41
42
43
31
32
33
11
21 12
22
13
23
図-2
走行位置の目盛
走行
計測概要
写真-3
実験コース(両側壁あり:小型自動車等)
3.3 走行実験の条件
A
1)徐行で走行することを想定していることから、
A
直線部
直線部
14m
12m
実験時における速度も徐行での走行とした
(10km/h程度)。
2)実 験 で 走 行 す る 車 両 の 種 類 は 、 道 路 構 造 令第 4
条「設計車両」における「普通自動車」と「小
D
B
型自動車等」の諸元に近い寸法の車両を使用し
C
た。前者に相当するものとして「トラック(長
コース①-1(右カーブ)
さ 11.98m、 幅 2.49m、 軸 距 6.0m)」、 後 者 に 相
- 31 -
図-3
B
D
C
コース①-2(左カーブ)
「小型自動車等」用(W=2.0m曲線半径6.4m)
土木技術資料 52-9(2010)
くように、普通自動車ではプロドライバー 2名、
考えて差し支えないと思われる。
走行コースにおけるもっとも幅員の大きな箇所
小型自動車等では一般者10名(初心者1名、高
は5.2mであったことから、両側50cmずつ拡幅す
齢者4名、その他5名)とした。
ると最大となる幅員は6.2mとなる。
3.4 走行実験の結果
表 -1、 2に 各 ケ ー ス 毎 の 内 側 、 外 側 の 合 計 の 最
な お 、「 道 路 構 造 令 の 解 説 と 運 用 」 に よ る と 3
大値を記録した被験者の値を示す。なお、内側、
種 5級 、4種 4級 の 普 通 道 路 (車 道 4m+ 路 肩 0.5m×
外側の値は同じ被験者である。
2)における曲線部の拡幅は、曲線半径が15mの場
合 2.25mであり 、車道幅員 は6.25mと 今回の実験
(1)最小曲線半径の妥当性
いずれのケースも、軌跡の作図ソフトにより求
結果とほぼ同様である。今回の走行実験の曲線半
めた最小曲線半径での走行は可能であった。これ
径 は 道 路 構 造 令 に 定 め る 設 計 速 度 20km/hの 最 小
により、設定した最小曲線半径の値は妥当である
曲線半径15mより小さく、内輪差は大きくなるも
と考える。
のの、最小曲線半径15mと同様の拡幅幅でよいと
表-1
壁の有無とセットバック量
内側
外側
カーブ ケース
右
左
考えられる。
普通自動車(トラック)の必要拡幅量
2)小型自動車等のみが通行する場合
移動量・はみ出し量
最大はみ出し量
セットバック量
(cm)
あり
0
25
50
あり
0
25
50
30
10
20
30
40
20
60
50
40
100
4
なし
-
なし
-
10
40
50
50
5
6
7
あり
0
25
50
あり
0
25
50
50
80
20
20
20
20
70
100
40
100
8
なし
-
なし
-
10
40
50
50
セットバック量
(cm)
1
2
3
内側
外側
(目視) (レーザー)
必要拡幅量
(内外計)
壁
壁
計
なった場合があった。
したがって、両側に建物等の視線誘導に役立つ
ものがある場合は、走行軌跡図で描かれた幅員か
ら 両 側 50cm拡 幅 す れ ば よ い こ と が 分 か っ た 。 一
方 、 道 路 沿 道 に 建 物 等 が な い 場 合 に 、 両 側 50cm
小型自動車等(乗用車)の必要拡幅量
移動量・はみ出し量
最大はみ出し量
壁の有無とセットバック量
内側
外側
カーブ ケース
右
左
40cmで あ っ た 。 一 方 、 両 側 壁 な し 、 片 側 壁 あ り
の 場 合 の は み 出 し 量 は 、 片 側 で 60cm や 90cm に
※最大値を記録した被験者の値(内壁・外壁の値は同じ被験者)
壁に接触している場合
表-2
壁ありケースでのはみ出し量の最大が内側で
の拡幅で抑えるためには、両側にガードレールや
必要拡幅量
(内外計)
壁
セットバック量
(cm)
壁
セットバック量
(cm)
1
2
3
あり
0
25
50
あり
0
25
50
10
10
0
30
20
30
40
30
30
50
4
なし
-
なし
-
70
20
90
100
5
内側
外側
(目視) (レーザー)
計
ラバーポール等、視線誘導の役割を果たすものの
設置が必要と考える。
走行コースにおけるもっとも幅員の大きな箇所
は3.0mであったことから、両側50cmずつ拡幅す
なし
-
あり
0
80
0
80
100
6
7
8
あり
0
25
50
あり
0
25
50
40
10
30
20
20
0
60
30
30
100
9
なし
-
なし
-
10
60
70
100
10
なし
-
あり
0
90
0
90
100
ると最大となる幅員は4.0mとなる。また、「道路
構 造 令 の 解 説 と 運 用 」 に よ る と 3種 5級 、 4種 4級
の小型道路(車道4m+路肩0.5m×2)における曲線
部の拡幅は曲線半径が15mの場合0.75mであり、
車道幅員は4.75mとなることから、小型自動車等
が通行するために最小限必要な曲線部の総幅員は、
※最大値を記録した被験者の値(内壁・外壁の値は同じ被験者)
壁に接触している場合
0.75m(4.75m-4.0m)縮小することができると
(2) 最小限必要な余裕幅
考えられる。
以上の走行実験の結果から、車両の通行に最小
(3) 歩行者等の通行安全性の考慮
限必要な余裕幅を以下の通り整理する。
これまでは、小規模道路の平面線形の最小限保
1)普通自動車が通行する場合
持すべき水準を、自動車の徐行時に必要な最小限
走行軌跡図で描かれる幅員から最大のはみ出し
の空間と考えて検討を進めてきた。そのため、歩
量は両側壁ありセットバック25cmの内側80cmで
行者等自動車以外の交通モードの混在は考慮され
あ っ た 。 し か し 、 両 側 壁 あ り セ ッ ト バ ッ ク 50cm
ていない。
の時には壁に接触することなく走行が可能であっ
したがって、歩行者等の通行が想定される道路
た 。 従 っ て 、 両 側 50cmを 最 小 限 必 要 な 拡 幅 量 と
においては、場合により、これらとの離合が可能
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土木技術資料 52-9(2010)
表-3
(4) その他の留意事項
道路利用者の基本的な寸法(幅)
通行時の幅
人(成人男子、荷物等なし)
今回の検討は「徐行において最小限必要な水
静止状態の幅
70~75cm
45cm
自転車
100cm
60cm
車いす
100cm
70cm
杖使用者(2 本)
120cm
90cm
自操用ハンドル型電動車いす(シニアカー)
100cm
70cm
盲導犬
150cm
80cm
歩行器
80cm
70cm
準」を把握することを目的としていることから、
今回把握した値をもとに最低水準で曲線部を整備
するならば、徐行の規制標識や急カーブを示す警
戒標識の設置、カーブミラーの設置等の安全対策
が必要と考える。また、実験では、両側に壁が
となるような幅員を確保する必要がある(表-3)
あった方が、壁がない場合よりもはみ出し量が少
2) 。そのような場合は、曲線部において互いが視
ない傾向が見られたことから、道路沿道に建物等
認できる場所等に適宜待避空間を設置し、少なく
がない区間に最小限必要な幅員で道路を整備する
とも自動車・歩行者・自転車が離合できず立ち往
際には、両側にガードレールやラバーポール等、
生してしまう事態を避けることが必要である。
視線誘導の役割を果たすものの設置が有効である
なお、この待避空間の幅は盲導犬の制止状態の
幅80cm以上(両杖使用者の幅は80cmを超えるが、
身体の向きを変えれば80cmでも離合が可能)、長
と考える。
i
4.まとめ
さ は 自 転 車 ( 普 通 自 転 車 の 規 格 で 1.9m) が 待 避
自動車の徐行を前提として、小規模な道路の平
で き る よ う 2m以 上 、 ま た 、 待 避 空 間 へ の 進 入 や
面線形の最小限保持すべき水準の検討を行った。
退出が平易に行えるようテーパとなる空間を確保
走行試験の結果、設計車両をもとにした軌跡ソフ
することが望ましい(図-4)。
トを用いた曲線半径(普通自動車は11.0m、小型
自 動 車 等 は 6.4m) で の 走 行 は 可 能 で あ り 、 そ の
場合は、軌跡ソフトで求められた曲線部での幅員
の最大値から、普通自動車、小型自動車等共に両
側 0.5mの 余 裕 幅 が あ れ ば 、 実 際 に 通 行 で き る こ
とがわかった。
道路構造令の都道府県道、市町村道に関する規
定の多くは、地方自治体等が条例で定めるなどの
制度改正案が検討されている。今後の小規模な道
路の平面線形等の設計において、本稿の知見が参
考になることを期待している。
参考文献
1)
図-4
道路構造令 の解説と運 用:(社)日本 道路協会、
pp.7、2004.
2) 改 訂 版 道 路 の 移 動 等 円 滑 化 整 備 ガ イ ド ラ イ ン :
(財)国土技術研究センター、2008.
待避空間の構造
濱本敬治*
国土交通省国土技術政策総合
研究所道路研究部道路研究室
研究官
Keiji HAMAMOTO
大脇鉄也**
国土交通省国土技術政策総合
研究所道路研究部道路研究室
主任研究官
Tetsuya OWAKI
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上坂克巳***
国土交通省国土技術政策総合
研究所道路研究部道路研究室長
博士(工学)
Dr. Katsumi UESAKA