芥川龍之介著作集を読む

芥 川 龍 之 介 の 作 品 を 知ろ う
あ くた が わ り ゆ う の す け
~
2007.07.12
更新
2008.06.26
芥 川 龍 之 介 〔 Akutagawa, Ryunosuke
〕 1892-03-~ 1927-07-24
東大在学中に同人雑誌「新思潮」に発表した「鼻」を漱石が激賞し、文壇で活躍するようになる。
王朝もの、近世初期のキリシタン文学、江戸時代の人物・事件、明治の文明開化期など、さまざまな
時 代 の 歴 史 的文 献 に 題 材 を と り 、 ス タ イ ル や 文 体 を 使 い 分 け た た く さ ん の 短 編 小 説 を 書 い た 。 体 力 の
衰えと「ぼんやりした不安」から自殺。その死は大正時代文学の終焉と重なっている。
-------------------------------------------------------------------------------作品 集
[あおぞら文庫公開中の作品]
愛 読 書 の 印 象 秋 芥 川 竜 之介 歌 集 ア グニ の 神 悪 魔 浅 草 公 園 或 シ ナ リ オ 兄 貴 の よ う な 心 持
― ― 菊 池 寛 氏 の 印 象 ― ― あ の 頃 の 自 分 の 事 あ ば ば ば ば 鴉 片 或 阿 呆 の一 生 或 敵 打 の 話 或 旧
友 へ 送 る 手 記 或 社会 主 義 者 或 日 の 大 石 内 蔵 助 或 恋 愛 小 説 闇 中 問 答 案 頭 の 書 飯 田 蛇 笏 イ
ズムと云ふ語の意味次第 一番気乗のする時 一夕話 伊東から 糸女覚え書 犬養君に就いて 犬
と笛 芋粥 岩野泡鳴氏 魚河岸 馬の脚 海のほとり 運 永久に不愉快な二重生活 英雄の器
江 口 渙 氏 の 事 槐 老 い た る 素 戔 嗚 尊 往 生 絵 巻 鸚 鵡 ― ― 大 震 覚 え 書 の一 つ ― ―
大 川 の水
O 君 の 新 秋 尾 形 了 斎 覚 え 書 お ぎ ん お 時 儀 お し の お 富 の 貞 操 鬼ご つこ お 律 と 子 等 と 温
泉 だ よ り 女 開 化 の 良 人 開 化 の 殺 人 貝 殻 解 嘲 蛙 格 さ ん と 食 慾 ― ― 最近 の 宇 野 浩 二 氏 ―
―
影 片 恋 か ち か ち 山 学 校 友 だ ち 河 童 南 瓜 神 神 の 微 笑 鴨 猟 軽 井 沢 で カ ルメ ン
彼 第 二 枯 野 抄 彼 の 長 所 十 八 ― ― 南 部 修 太 郎 氏 の印 象 ― ―
寒山 拾得 奇 怪 な 再 会 機 関 車
を 見 な が ら 奇 遇 「 菊 池 寛 全 集 」 の 序 煙 管 木 曽 義 仲 論 着 物 凶 「 鏡 花 全集 」 目 録 開 口 き
りしとほろ上人伝 疑惑 金将軍 鵠沼雑記 首が落ちた話 久保田万太郎氏 久米正雄 ――傚久
米 正雄 文 体 ― ―
久米正雄氏の事 蜘蛛の糸 芸術その他 戯作三昧 袈裟と盛遠 結婚難並びに
恋愛難 「ケルトの薄明」より →イエイツ ウィリアム・バトラー 著者
玄鶴山房 剛才人と柔
才 人と 好 色 後 世 校 正 後 に 合 理 的 、 同 時 に 多 量 の 人 間 味 ― ― 相 互 印 象 ・ 菊 池 寛氏 ― ―
黄
粱夢 黒 衣 聖 母 小 杉 未醒 氏 古 千屋 孤独 地 獄 子 供 の 病 気 一 游亭 に
湖南 の 扇 近 藤浩 一 路
氏 金 春 会 の 「隅 田 川 」 西 郷 隆 盛 西 方 の 人 佐 藤 春 夫 氏 佐 藤 春 夫 氏 の 事 さ ま よ え る 猶 太 人
寒 さ 猿 猿 蟹 合 戦 三 右 衛 門 の 罪 死 後 地 獄 変 十本 の 針 島 木 赤 彦 氏 耳 目 記 霜 夜 邪 宗 門
十 円 札 秋 山 図 侏 儒 の 言 葉 「 侏儒 の言 葉 」 の 序 酒 虫 出 帆 じ ゅ り あ の ・ 吉 助 俊 寛 将 軍
小 説 の 戯 曲 化 少 年 虱 し る こ 白 蜃 気 楼 新 緑 の 庭 塵 労 素 戔 嗚 尊 捨 児 青年 と 死 仙
人 仙 人 葬 儀 記 早 春 漱 石 山 房 の 秋 漱 石 山 房 の 冬 装 幀 に 就 いて の 私 の 意 見 続 西 方 の 人 続
芭 蕉 雑 記 続 文 芸 的 な 、 余 り に文 芸 的 な 素 描 三 題 大 導 寺 信 輔 の 半 生 第 四 の 夫 か ら 滝 田 哲 太 郎
君 滝田哲太郎氏 竜村平蔵氏の芸術 谷崎潤一郎氏 たね子の憂鬱 煙草と悪魔 父 忠義 偸盗
樗 牛 の 事 追 憶 恒 藤 恭 氏 手紙 出 来 上 っ た 人 ― ― 室 生 犀 星 氏 ― ―
伝吉の敵打ち 点鬼簿
東 京 に生 れ て 道 祖 問 答 東 洋 の 秋 都 会 で 杜 子 春 豊 島 与 志 雄 氏 の 事 虎 の 話 ト ロ ッ コ 長
崎 長 崎 小 品 夏 目 先生 と 滝 田さ ん 南 京 の 基 督 廿 年 後 之 戦 争 尼 提 日 光 小 品 女 仙 女 体 庭
沼 地 葱 鼠 小 僧 次 郎 吉 年 末 の 一 日 野 呂 松 人 形 梅 花 に 対 す る 感 情 こ の ジ ャ アナ リ ズ ム の 一
篇 を 謹 厳 な る 西 川 英 次 郎 君 に 献 ず 歯 車 芭 蕉 雑 記 鼻 母 春 バ ル タ ザ ア ル → フ ラ ン ス アナ ト
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01
(
)
(
)
(
)
ー ル 著者
春の心臓
→ イエ イ ツ ウ ィ リ ア ム ・ バ ト ラ ー 著 者
春 の 日 のさ し た 往来 を ぶ ら
ぶ ら 一 人 歩 い て ゐ る 春 の 夜 は 春 の 夜 手 巾 ピ ア ノ 尾 生 の 信 人 及 び 芸 術 家と し て の 薄 田 泣 菫
氏 薄 田泣 菫 氏 及 び 同令 夫 人 に献 ず 一 塊 の 土 雛 ひ ょっと こ 平 田先 生 の 翻 訳 不 思 議 な 島 二
つ の 手 紙 二 人小 町 舞 踏 会 文 放 古 冬 プ ロ レ タ リ ア 文 学 論 文 学 好 き の 家 庭 か ら 文 芸 鑑 賞 講
座 文芸的な、余りに文芸的な 文章 報恩記 奉教人の死 ポーの片影 僕は 発句私見 本所両
国 魔 術 松 江 印 象 記 蜜 柑 水 の三 日 三 つ の宝 三 つ の な ぜ 三 つ の窓 妙 な 話 貉
Mensura
Zoili毛利先生 桃太郎 森先生 文部省の仮名遣改定案について 保吉の手帳から 藪の中 山鴫
槍ヶ 岳紀 行 槍が 岳に 登 っ た 記 悠 々 荘 誘 惑 夢 百 合 妖 婆 横 須 賀 小 景 世 之 助 の 話 羅 生
門 羅生門 羅生門の後に 竜 るしへる 恋愛と夫婦愛とを混同しては不可ぬ 老年 六の宮の姫
君 路上
LOS CAPRICHOS露訳短篇集の序 わが俳諧修業 私の好きなロマンス中の女性
[ 青 空文 庫作 業中 の 作品 ]
遺 書 内 田 百 間 氏 囈 語 「 仮 面 」 の 人 々 鑑 定 教 訓 談 京都 日 記 孔 雀 ク ラ リ モ ン ド 講 演 軍
記 江 南游 記 骨董羹 ― 寿 陵 余 子 の 仮 名 の も と に 筆 を 執 れ る 戯 文 ―
才 一 巧 亦不 二 鷺と 鴛鴦
雑信 一 束 雑 筆 沙 羅 の 花 詩 集 支 那 の 画 「 支 那 游 記 」 自 序 上 海 游 記 蒐 書 侏儒 の言 葉 商
賈聖母 饒舌 小説作法十則 小説の読者 娼婦美と冒険 食物として 西洋画のやうな日本画 創
作 続澄江堂雑記 続野人生計事 その頃の赤門生活 大正十二年九月一日の大震に際して 大導寺
信 輔 の 半 生 ―或 精神 的風 景画 ― 田 端 人 田 端 日 記 近 頃 の 幽 霊 澄 江 堂 雑記 長 江 游 記 点 心
東 京 小 品 東 西 問 答 動 物 園 偽 者 二 題 日 本 の 女 日 本 小 説 の 支 那 訳 入 社 の 辞 沼 念仁 波念 遠
入礼帖 八宝飯 俳画展覧会を観て 売文問答 歯車 パステルの竜 はつきりした形をとる為めに
微笑 一つの作が出来上るまで ――「枯野抄」――「奉教人の死」――
一人の無名作家 病
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牀雑記 病中雑記 比呂志との問答 風変りな作品に就いて 拊掌談 二人の友 文章と言葉と 僻
見 北 京日記 抄 変 遷 そ の 他 僕 の友だち 二 三 人 本 の 事 翻訳 小品 正岡子規 又一 説? 亦一
説 ? 窓 蜜 柑 三 つ の 指 環 身 の ま は り 無 題 野 人生 計 事 薮 の中 雪 世 の中 と 女 リ チ ャ ー
ド ・ バ ー ト ン 訳 「 一 千 一 夜物 語 」 に 就 い て 臘 梅 わ が 散 文 詩 わ が 家 の 古 玩 忘 れ ら れ ぬ 印 象
-------------------------------------------------------------------------------1.
『ひよとつとこ』 http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/literature/akutagawa/hyottoko.txt
( 大 正 三 年 十二 月 )
「ひよとつとこ」の仮面とその虚実を探る。
芥 川 文 学 の 構造 分 析 芥 川 文 学 の 空 間 的 構 造
ア ヅ マ バ シ
ランカン
東 京 帝 国 大 学 在 学 中 に発 表 し た 作 品 「 ひ よ と つ と こ 」 は 、 冒 頭 「 吾 妻 橋 の 欄 干 に よ つて 、 人 が 大 ぜ
コ ゴ ト
ヒトヤマ
い立つてゐる。時々巡査が來て小言を云ふが、すぐ又元のやうに人山が出來てしまふ。皆、この橋の
下を通る花見の船を見に、立つてゐるのである」と吾妻橋の欄干にたかる大勢の人々を描写するとこ
ヒ ト メ
ア イ キ ヤウ
ろから始まる。末尾はやや長くして「一眼見たのでは、誰でも之が、あの愛 嬌のある、ヘうきんな、
話のうまい、平吉だと思ふものはない。たゞ變らないのは、つんと口をとがらしながら、とぼけた顏
アカ ゲ ツ ト
を胴の間の赤毛布の上に仰向けて、靜に平吉の顏を見上げてゐる、さつきのひよつとこの面ばかりで
ある」と結 ぶ。
《気になることば》ばか【馬鹿】・【莫迦】の二表記を示す。
【馬鹿】「―囃子」。「―踊」と熟語化した固有語の表記に用いる。
ニチヤウジヤミセン
○橋をくゞる前迄は、二挺三味線で 、「梅にも春」か何かを彈いてゐたが、それがすむと、急に、ち
バ カ バ ヤ シ
や ん ぎ りを 入 れ た 馬 鹿 囃 子 が 始 ま つ た 。
カンバシ
○。「あらごらんよ、踊つてゐるからさ」と云ふ甲走つた女の聲も聞える――船の上では、ひよつと
A
この面をかぶつた背の低い男が、吹流しの下で、馬鹿踊を踊つてゐるのである。
○馬鹿踊はまだ好い。花を引く。女を買ふ。どうかすると、こゝに書けもされないやうな事をする。
バ カ バ ヤ シ
○今まではやしてゐた馬鹿囃子も、息のつまつたやうに、ぴつたり止んでしまつた。
カナ ラ ズ
バ カ ヲ ド リ
コレ
ハ マ チ ヤウ
ト ヨ ダ
オ カ ミ
○ 唯 、 醉 ふ と 、 必 、 馬 鹿 踊 を す る 癖 が あ る が 、 之 は 當 人 に 云 は せ る と 、 昔 、 濱 町 の 豐 田 の 女將 が 、
シンバシ
ヨ シチ ヤ ウ
カ グ ラ
を 習 つ た 時 分 に 稽 古 を し た の で 、 そ の 頃 は 、 新 橋で も 芳 町 で も 、 お 神 樂 が 大 流 行 だ つ た と 云 ふ 事で
ある。
ユ ウ ベ
ゴサカン
○勿論、馬鹿踊を踊つたあとで、しらふになつてから、「昨夜は御盛でしたな」と云はれると、すつ
ケ サ
かりてれてしまつて、「どうも醉ぱらふとだらしはありませんでね。何をどうしたんだか、今朝にな
ツキナミ
ネ
つてみると、まるで夢のやうな始末で」と月竝な嘘を云つてゐるが、實は踊つたのも、眠てしまつた
イマダ
のも、 未 にちやんと覺えてゐる。
【莫迦】人を貶すときに発する語、くだらない意を示す語表記に用いる。
バ カ
○ 中 に は 「 莫 迦」と 云ふ 聲も聞える。
カ グ ラ ダ ウ
バ カ
○唯、いゝ加滅に、お神樂堂の上の莫迦のやうな身ぶりだとか、手つきだとかを、繰返してゐるのに
すぎない。
バ カ バ カ
タイテイ
○何故かと云ふと、平吉が後で考へて、莫迦々々しいと思ふ事は、大抵醉つた時にした事ばかりであ
る。
バ カ
○書かせられた平吉程莫迦をみたものはない。……
2.『鼻』 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/42_15228.html
( 大 正 五年 一 月 )
ぜ ん ち な い ぐ
いけ
お
う わ く ちび る
あご
冒頭 「 禅 智 内供 の鼻と 云 え ば 、 池の尾 で 知 ら な い 者 は な い 。 長 さ は五 六 寸 あ って 上 唇 の上 か ら 顋
ちようづ
の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔
のまん中からぶら下っているのである」と書き出す。主人公禅智内供は、なぜ、周囲の人たちから嘲
笑されたのだろうか?その鼻を常人の鼻に変容させようと試み「鼻は依然として短い。内供はそこで、
ほ け き よ う
幾年にもなく、法華経書写の功を積んだ時のような、のびのびした気分になった」とし、再び鼻は変
わら
容す る。作品 の結末 は如何?……。末 尾 「――こうな れば 、もう誰 も哂うも のはない にちがいない。
さ さや
内 供 は 心 の 中 で こ う 自 分 に 囁 い た 。 長 い 鼻 を あけ 方 の 秋 風 に ぶ ら つ か せ な が ら 」 で 終 え る 。
古 典 仏 教 説 話 集 『 今 昔 物 語 集 』を 題 材 に 『 羅 生 門 』を 執 筆 。 続 い て 発 表 し た 『 鼻 』 が 、 文 豪 ・ 夏 目
漱 石 か ら 絶 賛 さ れ 、 芥 川 龍 之 介 は 鮮 や か な 文 壇 デビ ュ ー を 飾 っ た 。
( 大 正 五年 八 月 )
3.『芋粥』 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html
ぐ わ ん ぎや う
に ん な
冒 頭 「 元 慶 の 末 か 、 仁 和 の 始 に あ つ た 話で あ ら う 。 ど ち ら にし て も 時 代 は さ して 、 こ の 話 に 大 事
な役を、勤めてゐない。読者は唯、平安朝と云ふ、遠い昔が背景になつてゐると云ふ事を、知つてさ
せ つ しや う
もとつね
さむ らひ
な にが し
へゐて くれ れ ば 、 よい ので あ る 。 ―― そ の頃 、 摂 政 藤 原 基経 に仕 へて ゐ る 侍 の中 に、 某 と 云ふ 五
位があつた」と書き出す。この作品の原典とも云う古典仏教説話集『今昔物語集』との比較から、芥
川 自 身 が 歴 史 文 学 を 通 じて 真 実 書 き た か っ た こ と を み る 。 登 場 主 人公 の 真 の 自 己 と は … 。
はな はだ あ が
「 風 采 の 甚 揚 ら な い 」 赤 鼻 の 五 位 。 彼 の 人 生 最 大 の 夢 は 、 芋 粥 を 飽 き る まで 食 べ る こ と だ っ た 。
「お望みなら、利仁がお飽かせ申さう」と、同僚の藤原利仁に誘われ、遙々越前の敦賀まで旅をする
を と と ひ
のだが…。夢の実現は幸福にあらず!?。「見るとそれは一昨日、利仁が枯野の路で手捕りにした、
あの阪本の野狐であつた。「狐も、芋粥が欲しさに、見参したさうな。男ど も、しやつにも、物を食
ご ん か
はせてつかはせ。」利仁の命令は、言下に行はれた。軒からとび下りた狐は、直に広庭で芋粥の馳走
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B
あ づか
に 、 与 つ た の で あ る 」と 、 一 疋 の 獣 の 言 動 を 眺 めや るこ と で そ の 欲 望 を 満 たして し ま っ た 者 が 感じ
る心 境を ユー モラ ス に 描き 出す 。 著 者 の 代 表 作で あ る 。
4.『手巾』 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43_15268.html
( 大 正五 年 九 月 )
冒頭「東京帝国法科大学教授、長谷川謹造先生は、ヴエランダの籐椅子(とういす)に腰をかけて、
ド ラマ トウ ル ギ イ
マ ニイル
ス ト リ ン ト ベ ル ク の 作 劇 術 を 読 ん で ゐ た 」 と 書 き 出 し 、 末 尾 「 武 士 道 と 、 さう し て そ の 型 と ― ―
先生は、不快さうに二三度頭を振つて、それから又上眼を使ひながら、ぢつと、秋草を描いた岐阜提
灯の明い灯を眺め始めた。……」と結ぶ。旧五千円札の顔画像だった「新渡戸稲造」を諷刺する手法
を学ぼう。主人公に読ませる書物を以て諷刺する芥川の理知的な諷刺学。
《 気 に な る こと ば 》
ふ う ば ぎ う
○ふうばぎゅう【風馬牛】「先生は、由来、芸術――殊に演劇とは、風馬牛の間柄で ある。日本の芝
居 で さ へ 、 こ の 年 ま で 何 度と 数 へ る 程 し か 、 見 た 事 が な い 。 ― ― 嘗 ( か つ ) て 或 学 生 の 書 い た 小 説 の
ばいかう
さ す が
中に、梅幸と云ふ名が、出て来た事がある。流石、博覧強記を以て自負してゐる先生にも、この名ば
かりは何の事だかわからない」。
らくしゆ
5.『煙草と悪魔』 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/163_15142.html
( 大 正 五 年 十 月)
芥 川 の 作 家 手 腕を 読 み 取 る。
た ば こ
い つ
冒頭「煙草は、本来、日本になかつた植物である。では、何時頃、舶載されたかと云ふと、記録に
よつて、年代が一致しない。或は、慶長年間と書いてあつたり、或は天文年間と書いてあつたりする。
が、慶長十年頃には、既に栽培が、諸方に行はれてゐたらしい。それが文禄年間になると 、「きかぬ
は つ と ぜ に は つ と
ものたばこの法度銭法度、玉のみこゑにげんたくの医者」と云ふ落首が出来た程、一般に喫煙が流行
す る や う に な つ た。 ― ― 」 と 、 日 本 に 煙 草 を 伝 え た のが フ ラ ン シ ス ・ ザヴ ィ エ ル に 同 伴 し て い た伊 留
満(宣教師)に化けた悪魔であった」、という設定で物語は始まる。暇つぶしに畑を耕し、煙草の草
を育てた悪魔は、フランシスの教化を受けた牛飼いを騙し、賭けをする。「名前を当てることができ
たら、この紫色の花(煙草)を全てあげましょう。その代わり当てることができなかったときは、あ
なたの体と魂を貰いますよ」。しかし、悪魔は牛飼いにうまく騙し返されてしまい、煙草は遍く牛飼
いのものとなる。「牛飼いの救抜が、一面堕落を伴っているように、悪魔の失敗も、一面成功を伴っ
ていはしないだろうか。悪魔は、ころんでも、ただは起きない。誘惑に勝ったと思うときにも、人間
は存外、負けている事がありはしないだろうか」。芥川は、語り手を通じてこのような懐疑を提示す
ふたたび
る。「――記録は、大体ここまで しか、悪魔の消 息を 語つてゐない。唯、明 治以後、 再 、渡来した
ゐ か ん
彼の動静を知る事が出来ないのは、返へす返へすも、遺憾である。……」という一文で終わるが、悪
魔は煙草の紫煙に身を変え、現代社会にまで生き延びている。
6.『煙管』 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/80_15183.html
( 大 正 五年 十 月 )
自 意 識 の 悲 喜 劇と は 如 何 。
かしゆう
ご おり
なりひろ
さんき んち ゆう
ほんまる
とじよう
冒 頭 「 加 州 石 川 郡 金 沢 城 の城 主 、 前 田 斉 広 は 、 参 覲 中 、 江 戸城 の 本 丸 へ 登 城 す る毎 に 、 必 ず 愛 用
き せ る
す み よ し や し ち べ え
き ん む く じ
けんうめばち
もん
の 煙 管を 持 つ て 行 つ た 。 当 時 有 名 な 煙 管 商 、 住 吉 屋 七 兵 衛 の 手 に 成 っ た 、 金 無 垢 地 に 、 剣 梅 鉢 の 紋 ぢ
す き
こ
き せ る
らしと云う、数寄を凝らした煙管である」。……「別儀でもございませんが、その御手許にございま
こ ろ う
す る 御 煙 管 を 、 手 前 、 拝 領 致 し と う ご ざ い ます る」〔 三 〕。 末 尾 「 古 老 の 伝 え る 所 に よ ると 、 前 田 家
なりやす
よしやす
で は 斉 広 以 後 、 斉 泰 も 、 慶 寧 も 、 煙 管 は皆 真 鍮 のも のを 用 い た そ う で あ る 、 事 に よ る と 、 こ れ は 、 金
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こ
い か い
無 垢 の 煙 管 に 懲 り た 斉 広が 、 子 孫 に遺 誡で も 垂れ た 結 果かも 知れな い 」〔八 〕。金無垢 の煙管を 愛 用
することによって、ある意味の虚栄心を満足させている加賀百万石の城主・前田斉広は、江戸城の坊
主(同朋)・宗俊に惜しげもなく煙管をあげてしまう。これを機に次々と煙管を欲しがるようになっ
た坊主たちに手を焼く斉広の家臣たちが考えた方策とは?。優越感や虚栄心なんてものは所詮、煙草
の煙 の如くなり。
かいわい
7.『 MENSURA ZOILI
』 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/97_15251.html
( 大 正 五年 十 一 月 二 十
三日)
冒頭「僕は、船のサルーンのまん中に、テーブルをへだてて、妙な男と向いあっている。――待っ
すい
て くれ 給 え 」。「勿 論で す 。 殊 に 首 府 に あ る ゾ イリ ア大学 は 、一国 の学者 の粋を 抜いて い る点で 、世
界 の ど の 大 学 に も 負 け な い で し ょ う 。 現 に 、 最 近 、 教 授 連が 考 案 し た 、 価 値 測 定 器 の 如 き は 、 近 代 の
驚異 だと 云 う 評 判で す 。 もっと も 、こ れ は、ゾ イリ アで 出 るゾ イリ ア日 報 のうけ 売りで すが 」。「外
国から輸入される書物や絵を、一々これにかけて見て、無価値な物は、絶対に輸入を禁止するためで
イ ギ リ ス
ド イ ツ
オオストリイ
フ ラ ン ス
ロ シ ア
イ タ リ イ
ス ペ イ ン
ア メ リ カ
スウ エ エ デン
ノオ ルウ エエ
す。この頃では、日本、英吉利、独逸、墺太利、仏蘭西、露西亜、伊太利、西班牙、亜米利加、瑞 典、諾 威
な ど か ら 来 る 作 品 が 、 皆 、 一 度 は か け ら れ る そ う で す が 、 ど う も 日 本 の 物 は 、 あ ま り 成 績 が よ くな い
ようですよ。我々のひいき眼では、日本には相当な作家や画家がいそうに見えますがな。」架空の物
語における文壇批判とは?
8.『玄鶴山房』 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/36_14975.html
龍門文庫 藏・ 芥川 龍之介 自筆原 稿
http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y05/y057/
もつと
冒 頭 「 … … … そ れ は 小 ぢ ん ま り と 出 来 上 っ た 、 奥 床 しい 門 構え の 家 だ っ た。 尤 もこ の 界 隈 に は こ
げんかくさんばう
す き
う云う家も珍しくはなかった。が、「玄鶴山房」の額や塀越しに見える庭木などはどの家よりも数奇
を凝らしていた」と始まる。「お芳が泊ってから一週間ほどの後、武夫は又文太郎と喧嘩をした。喧
ただ
し
ぽ
へた
嘩は唯豚の尻っ尾は柿の蔕に似ているとか似ていないとか云うことから始まっていた。武夫は彼の勉
け
強 部 屋 の隅 に 、 ― ― 玄 関 の 隣 の 四 畳 半 の 隅 に か 細 い 文 太 郎 を 押 し つ け た 上 、 さ ん ざ ん 打 っ た り 蹴 っ た
はげ
りした」「彼女はパリに住んでいるうちにだんだん烈しい懐郷病に落ちこみ、夫の友だちが帰朝する
のを幸い、一しょに船へ乗りこむことにした。長い航海も彼女には存外苦痛ではないらしかった。し
かし彼女は紀州沖へかかると、急になぜか興奮しはじめ、とうとう海へ身を投げてしまった。日本へ
たか
ふ
近づけば近づくほど、懐郷病も逆に昂ぶって来る、――甲野は静かに油っ手を拭き、腰ぬけのお鳥の
嫉妬は勿論、彼女自身の嫉妬にもやはりこう云う神秘な力が働いていることを考えたりしていた」
「彼
みやうおんかんぜおん
は時々唸り声の間に観音経を唱えて見たり、昔のはやり歌をうたって見たりした。しかも「妙音観世音、
ぼんおんかいてうおん
しようひせけんおん
こつけい
もつたい
梵音海潮音、勝彼世間音」を唱えた後、「かっぽれ、かっぽれ」をうたうことは滑稽にも彼には勿体
な い 気 が し た 。「 寝 る が 極 楽 。 寝 る が 極楽 … … … 」」な ど の 表 現 が 見 え 、 末 尾 は 「 彼 の 従 弟は 黙 って
か ず さ
い た 。 が 、 彼 の 想 像 は 上 総 の 或 海 岸 の 漁 師 町 を 描 い て い た 。 それ か ら そ の 漁 師 町 に 住 ま な け れ ば な ら
ぬ お 芳 親 子 も 。 ― ― 彼 は 急 に 険 し い 顔 を し 、 い つか さ し は じ め た 日 の 光 の 中 に も う 一 度 リ イ プ ク ネ ヒ
トを 読みはじ めた」とす る。
◆電子本書店の「芥川龍之介」 http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/4608/akutagawa.html
み ん な の 知 識 【 ち ょ っと 便 利 帳 】
◆ 作 品 に出 て く る 、 国 名 ・ 地 名 の 漢 字 表 記
http://www.benricho.org/kanji/novel/a.html
◆本 郷 美術 骨董 館
http://www.hongou.jp/
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