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いわゆるおとり広告と不正競争防止法の虚偽事実の陳述
について
黄, 銘傑
一橋論叢, 113(1): 168-176
1995-01-01
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/12255
Right
Hitotsubashi University Repository
第1号 平成7年(1995年)1月号 (168)
一橋論叢 第113巻
︽判例評釈︾
いわゆるおとり広告と不正競争
防止法の虚偽事実の陳述について
傑
一部棄却︵控
︵ワ︶二三〇
銘
ビアノは、.周知性があり、銘柄イメージ、品質イメージにおい
て格段に優れているので、これを誘客の手段として最大限に利
用しようとして、Yは、主として朝日新聞および中日新聞に頻
て、各回とも、広告スベースの大半を費やしてヤマハピアノの
繁に広告を掲載し、あるいは、チラシを配布し、右広告におい
写真で商品を多数例示し、標準小売り価樒の二〇パーセント前
後値引きした販売価格を標準小売り価格とともに記載して、Y
た。
がヤマハピアノを大幅に安い価格で販売する旨の表示をしてい
ノを定価よりも安く購入することができると信じて来店した顧
そして、Yの各店舗においては、前記広告によりヤマハピア
客に対し、ピアノは﹃木の芸術品﹄であるとの前提のもとに、
ーと特約店契約を結んでいる小売業者である。Y被告は、同じ
阜県に居住する消費者を対象として販売するために当該メー力
を製造するメー力1と、その製造したピアノを愛知県およぴ岐
ハビアノの展示品を指示しながら、その損傷、汚損等がヤマハ
ピアノの材質︵外装がプラスチソクであり、被告銘柄等のピア
どと説明したうえ、損傷、汚損、整備不良等の欠陥をもつヤマ
ることを強調し、﹃手工芸品﹄であるとか﹃手作り﹄であるな
自社銘柄ないし自社推奨銘柄のピアノにつき、木で作られてい
く愛知県および岐阜県に居住する消費者を対象としてピアノを
音の悪さがヤマハビアノの材質等に由来するものであるとの趣
であるとの趣旨の指摘をし、あるいは、実際に弾いてみせて、
約店契約を締結していないため直接Xからヤマハピアノを仕入
自社銘柄ないし自社推奨銘柄のピアノを購入するようにさせた。
旨の指摘をして、できるだけヤマハピアノの購入を断念させ、
ノに比して金属が多く使用されていること︶等に由来するもの
ーから仕入れる商品および自社銘柄商品である。なお、Yは他
に成立し、平成六年五月一日より施行されている。以下、とく
そこで、Xらは不正競争防止法︵旧法︶︵現行法は平成五年
に言及しないかぎり引用する条文は旧法上の条文である。︶一
のヤマハ特約店からヤマハピアノを購入することはできた。
アノのような有名銘柄に比して周知性がないのに対し、ヤマハ
そして、Yが主として販売するピアノの銘柄品は、ヤマハピ
れることができず、その販売するピアノは主として中小メーカ
小売販売している業者である。YはX︵ヤマハ株式会社︶と契
Xら原告は、一般消費者の間で周知性を有するヤマハビアノ
[事実]
訴︶、判例時報一四八二号一四八頁。
〇号、平五・一・二九民九部判決、一部認容、
不正競争行為差止等請求事件、名古屋地裁昭五九
黄
168
(169)判例評釈
陳述流布行為の差し止めを求めて訴えを提起した。
条一項二号、五号、六号に基づき上述の広告および虚偽事実の
させた上、自社銘柄または自社推奨銘柄のピアノを購入させる
販売するとの趣旨の広告をしているのであるから、右の広告は、
疵のないヤマハピアノを一般取引条件よりも大幅に値引きして
意図のもとに、そのための集客手段として、あたかも新晶で暇
[判旨] 請求認容。
おける虚偽の事実の陳述・流布と一体不可分の関係にあるとい
前記の意味におけるおとり広告に当たり、かつ、被告の店舗に
うことができるので、不正競争防止法一条一項六号の行為に当
﹁広告主が、顧客を集めるために、実際には販売する意思が
売したいかのように広告すること︵いわゆるおとり広告︶は、
たるというべきである。﹂
ないかまたは販売したくない商品について、あたかもこれを販
きない。しかしながら、右のような広告をした上、広告された
直ちに不正競争防止法一条一項六号に該当するということはで
じた。
この論旨に基、つき、裁判所は判決主文において次のように命
商品を購入しようとして来店した顧客に対し、右商品の購入を
中古のヤマハピアノを新品のヤマハビアノであるかのように表
を販売する意思がないのに販売するかのように表示し、また、
示し、あるいは、損傷のあるヤマハピアノを瑠疵のない完全な
ピアノであるかのように表示し、それぞれ被告の商晶として広
二、被告は、被告が出稿する広告において、ヤマハピアノ
かつ、広告された商品を扱う業者の営業上の信用を害する虚偽
常的に行う場合には、おとり広告は、広告主と競争関係にあり、
告してはならない。
諦めさせ、これと同種の他の商品を購入させるために、広告さ
の箏実を陳述・流布するための要素というぺき集客手段であo
れた商晶の品質等の欠点につき虚偽の事実を陳述することを恒
て、虚偽の事実を陳述・流布する行為と不可分一体のものとい
別紙陳述目録H記載の︵原告らの営業上の信用を害する虚偽の
二、被告は、被告の店舗その他営業施設に来訪した客に対し、
事実、筆者︶のいずれの陳述もしてはならない。﹂
うことができるのであるから、前記条項に該当するものと解す
これを本件についてみるに、前認定の事実によれぱ、被告は、
なお、Xらはさらに昭和五九年当時の不正競争防止法一条の
るのが相当である。
店舗には、一旦一般消費者の手に渡ったものを新品として展示
し、あるいは、原告ヤマハの付した製造番号を抹消してあるほ
いずれも、請求認容。
二第三項に基づく損害賠償および謝罪広告をも請求しているが、
[評釈] 判決理由に疑問がある。
1 本件判決の主要な争点の一
つは、おとり広告が不正競争
か、損傷・汚損等のあるものを新品と称して展示した上、広告
をみてヤマハピアノを安く買うために来店した客に対し、展示
してあるヤマハピアノを示し、あるいは、これを実際に弾いて
みせて、⋮・:虚偽の事実を陳述し、ヤマハビアノの購入を諦め
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し、おとり広告に不正競争防止法を適用した全国で初めての判
る。本判決は、条件付ながらも結局この問題に肯定的見解を示
防止法にいう不正競争行為に該当するか否かに関する評価であ
三号違反として同法六条に基づき排除命令を発することができ
当該行為を﹁不正景品類及び不当表示防止法﹂︵景表法︶四条
このようなおとり広告を行う者に対して、公正取引委員会は
て規制権限を発動するか否かはもっぱら公正取引委員会の裁量
る。ただし、景表法にふる規制の場合、当該おとり広告につい
^ 1 ︺
為に該当するか否かに焦点を絞って検討を加えることにする。
決であるといわれている。本評釈も、おとり広告が不正競争行
有していない。このような行政的規制を中心とする景表法の規
員会に適当な措置をとることを要求する具体的請求権をまでは
の規制権限の発動を促すことができるにとどまり、公正取引委
考となる。これによれば、おとり広告とは、﹁一般消費者に商
制方式とは対照的に、不正競争防止法が主眼としているのは民
に委ねられており、私人は情報提供等によって公正取引委員会
品を販売し、又は役務を提供することを業とする者が、自己の
まず、おとり広告の定義については、公正取引委員会平成五
供給する商品又は役務の取引に顧客を誘引する手段として行う
営業上の利益を侵書され、又は侵害されるおそれがある者は、
事的規制である。同法に定められている不正競争行為によって
年四月二十八日告示第十七号﹁おとり広告に関する表示﹂が参
次の各号の一に掲げる表示
は過失により行われた場合、営業上の利益を害された者は行為
︵一条一項、現行法三条一項︶。さらに、不正競争行為が故意又
同法の規定に基.つき当該侵害行為を差し止めることができる
・ ︵2︺
一 取引の申出に係る商晶又は役務について、取引を行うた
めの準傭がなされていない場合その他実際には取引に応じるこ
二 取引の申出に係る商品又は役務の供給量が著しく限定さ
者に対し損害賠償又は信用回復措置を請求し、あるいは両者を
とができない場合のその商品又は役務についての表示
れているにもかかわらず、その限定の内容が明瞭に記載されて
該当するかどうかである。
問題は、おとり広告行為が不正競争防止法上の不正競争行為に
同時に請求することができる︵一条の二、現行法四条、七条︶。
方又は顧客一人当りの供給量が限定されているにもかかわらず、
いない場合のその商品又は役務についての表示
三 取引の申出に係る商品又は役務の供給期間、供給の相手
2 おとり広告に関して、適用が問題となると恩われる不正
その限定の内容が明瞭に記載されていない場合のその商品又は
役務についての表示
の請求の法的根拠の一つとして不正競争防止法一条一項五号を
競争防止法の規定は、一条一項五号である。本件原告側も、そ
おとり広告にようて引き起こされる主な誤認表示の内容はおと
挙げている。前記公正取引委員会の告示からも窺えるように、
ないのに取引の成立を妨げる行為が行われる場合その他実際に
は取引する意恩がない場合のその商品又は役務についての表
四 取引の申出に係る商品又は役務について、合理的理由が
示﹂であるとされている。
170
(171)判例評釈
り商品の供給量又は在庫量に関するものである。もりとも、こ
のような在庫量に関する誤認表示が不正競争防止法一条一項五
号にいう﹁数量﹂の誤認表示に該当するか否かについては、議
論が分かれている。本号においては数量が品質、内容、製造方
法および用途と共に列挙されていることに鑑み、﹁同号にいう
数量とは商晶が本来有すぺき容積、重量を意味し、商晶の在庫
量は含まれないものであると解することが自然である﹂との主
張も見られるが、﹁商品に関する数値である限り、それは引渡
^ヨ︺
の対象たる当該商品自体の数量のみならず、在庫量などのよう
にそれと同種の商晶の数量を含むと解する﹂との見解がこれに
︵4︶ 1
件しかない。これは、本件とほぼ同様の事実関係に基づく同じ
対立している。実務上、この問題に関する判決は、これまで一
^5︶
く名古屋地裁によるものである。同判決では、おとり広告の不
正競争行為該当性につき、次のように述ぺる。
二般に﹃おとり広告﹄とは、商人が専ら顧客を誘店する手
段として、ω実際には販売することのできない商品︵在庫が全
くなく、仕入れも不可能であるような商品︶の広告、㈲実際に
が、顧客からの購入申込に対しては、これを拒否することをあ
は、販売する意思のない商品︵在庫はあり、仕入も可能である
らかじめきめてある商品︶の広告、り実際には、販売量、品質、
される商品の広告︵例えぱ、在庫は少量の中古品、展示現品し
内容等が限定されているのに、その限定を明瞭に記載せずにな
かないのに、その旨を明瞭に表示せずにする広告︶以上の㈹㈲
㈲の広告を指称すると解される。
そして、右㈹㈲りの﹃おとり広告﹄中いの﹃おとり広告﹄は、
ツキ誤認ヲ生ゼシムル表示﹄に該当することは明かで払銚。﹂
不防法一条一項五号にいう﹃商品ノ品質、内容着シクハ数量ニ
ところが、本件判決では、﹁広告主が、顧客を集めるために、
この判旨によれぱ、同判決は在庫量も不正競争防止法一条一
項五号にいう﹁数量﹂に含まれていると考えているようで虹机。
実際には販売する意思がないかまたは販売したくない商晶につ
いて、あたかもこれを販売したい・かのように広告すること︵い
わゆるおとり広告︶は、直ちに不正競争防止法一条一項六号に
該当するということはできない。﹂とされ、おとり広告の不正
で論じ、同項五号の解釈をめぐる議論を回避した。このような
競争行為該当性について不正競争防止法一条一項六号との関連
判断の背後には、裁判所のおとり広告行為が不正競争防止法一
おとり広告が、同地裁の前記判決でいう㈲の類型に該当するた
条一項五号に該当しないとの認識があるのか、それとも本件の
め同号の適用を断念したのかは不明である。
いずれにせよ、不正競争防止法一条一項五号に関する判断を
示すことなく、おとり広告行為の不正競争行為該当性を同項六
な矛盾をもたらした。おとり広告それ自体が不正競争行為では
号の営業信用段損行為と一体的にとらえたことは、判決に大き
なく、他の競争業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述
することと結合してはじめて違法となりうるとすれば、はたし
のであろうか。本件判決は、判決主文一ーにおいて﹁被告は、
て、おとり広告のみが独立して差し止め判決の対象となりうる
被告が出稿する広告において、ヤマハビアノを販売する意思が
ないのに販売するかのように表示し、:・⋮広告してはならな
171
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い﹂と判示し、この問題について肯定的見解を示しているかの
ように見える。しかし、おとり広告を行っているが、不正競争
況を考えてみよう。たとえば、おとり広告を読んで来店した顧
防止法一条一項六号にいう営業信用段損行為を行っていない状
選ぷなら小さな楽器メーカーのものがよい﹂と勧誘するような
客に対し﹁ブランドで買うならヤマハでよいが、晶質、性能で
場合である。前記名古屋地裁昭和五七年の判決においては、こ
のような陳述は顧客に対するセールスのための勧誘の言葉にす
^ 日 ︺
ぎず、虚偽の事実の陳述と評価できないとする。この場合、当
いえなくなるであろう。とすれぱ、このような勧誘行為ととも
該おとり広告行為は不正競争防止法一条一項六号に該当すると
におとり広告が行なわれている場合には、当該おとり広告は他
の法律規定に違反しないかぎり差し止められないはずである。
ると、ヤマハピアノを販売する意思がないかぎり、その広告の
しかし、本件判決の主文一1に従って強制執行が行われるとす
動機や他の条文違反の有無を問わず被告のすぺてのおとり広告
が、不正競争防止法一条一項六号に基づいて禁止されることに
なってしまう。裁判所は、本件おとり広告が直ちに不正競争防
止法一条一項六号に該当しないと言いつつも、結果的におとり
広告を無差別に禁止することにつながるような主文の書き方を
している。この点は、大きな問題があるといえよう。
3 さらに、本件判決は不正競争防止法一条一項五号に関す
る判断を回避したために、同号にいう晶質、内容に関する誤認
表示も一括して同項六号に基づき差し止め請求を認めた。すな
いて中古のヤマハピアノや損傷のあるヤマハピアノをあたかも
わち、本件判決主文一ーに見られるように、Yはその広告にお
六号に基づいて認められたのである。この結論は妥当であると
新品で瑠疵のない商品と表示し、広告してはならない旨が同項
が他人の営業上の信用を害するための手段として使われても、
恩うが、判決理由の論理および法条の適用に疑問がある。広告
い。たとえぱ、もしYが、他のヤマハ特約店から広告の記載し
そのすべてが本件のような事実に反する広告であるとは限らな
たとおり新品で瑠疵のないヤマハピアノを仕入れたとすれば、
Yの広告は虚偽広告とは言えなくなる。Yがあくまでも自社銘
柄又は自社推奨銘柄のピアノを販売しようとして、来店した顧
けている場合、Yの不正競争行為は営業信用段損行為のみであ
客に対してムらの営業信用を害するような虚偽事実を陳述し続
される。事実に裏付けられている広告をまで禁止することは、
り、それを差し止めることによって兄らを救済する目的は達成
差し止めの実効性を確保し、このような真実の広告をも禁止し
行き過ぎであると恩われる。もし、営業信用段損行為に対する
ようとすれぱ、判決十工文は営業信用段損行為と関連づけて﹁Y
は、ムらの営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述するため、
ムらの商品を表示し、広告してはならない﹂とされるぺきで
祉苧しかし・本件判決は、判決理由では広告と営業信用段損
行為を一体的にとらえその不正競争行為該当性を論じていたの
に、判決主文一ーで広告について営業信用殴損行為から独立し
てその差し止めを認めるような結果を招いてしまった。これで
は、真の広告も営業信用段損行為と無関係に単独で差し止めら
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れ得ることになウてしまう。このような結果は妥当なものであ
るとはいえないであろう。確かに、本件のような虚偽広告は不
当性があり、差し止められるぺきである。しかし、それを単独
に差し止め判決の対象にしようとするのであれぱ、本件判決理
由のように営業信用駿損行為と一体的に論ずるのではなく、広
告それ自体の不当性を明かにすべきであったと思われる。
本件裁判所は、本件のおとり広告と虚偽事実の陳述を一体不
可分の関係としてとらえ、不正競争防止法一条一項六号にいう
不正競争行為該当挫を肯定したものの、判決主文において両者
の一体不可分性を崩してしまった。その結果、上述のような真
ことになってしまっている。しかし、裁判所自身が判決理由第
実の広告さえも単独に差し止めの対象とされることがありうる
四、一1Hによれぱ、おとり広告それ自体は直ちに不正競争行
為に該当せず、虚偽事実の陳述と結合してはじめて不正競争行
為となる。それにもかかわらず、判決主文一ーによると、おと
り広告は、虚偽事実の陳述から独立して執行対象となりえるこ
ととなってしまっている。この点は、明らかに本判決が抱える
正競争行為であると認めたのと同様の結果をもたらすこととな
論理矛盾であり、執行段階において、おとり広告そのものを不
っている。
の陳述や流布と一体的に論ずるのではなく、おとり広告それ自
4 2と3で述べた判決の問題点を解決するために、裁判所
は、おとり広告の不正競争行為該当性についてそれを虚偽事実
体の不正競争行為該当牲を検討したうえで、その行為に対する
いえぱ、裁判所は営業信用段損行為とは別に判決主文一ーのよ
差し止め請求の認否を判断すべきである。本件の事例に即して
うな差し止め請求を認容する場合には、それを裏付ける独立の
の後段、すなわち﹁中古のヤマハピアノを新品のヤマハピアノ
理由を説示しなけれぱならない。このさい、裁判所は当該主文
であるかのように表示し、あるいは、損傷のあるヤマハビァノ
ついては、素直にそれが不正競争防止法一条一項五号にいう品
を瑠疵のない完全なビアノであるかのように表示﹂する広告に
質、内容に関する誤認表示であると認定し、同号に基づき差し
止め請求を認容すぺきである。同号のこのような適用は、さほ
ど難しいことではないであろう。問題は、むしろ当該主文の前
るかのように表示﹂する行為に対する差し止め請求にある。
半、すなわち﹁ヤマハビアノを販売する意思がないのに販売す
該当しないと判示されたが、この判断が成り立つためには一つ
前記名古屋地裁昭和五七年の判決においては、このような販
売する意思のないおとり広告が不正競争防止法一条一項五号に
の前提が満たされなけれぱならない。すなわち、販売する意思
がないにもかかわらずおとり広告を行うものが数量限定を明示
て引き起こされる需要量に相応する十分な在庫最を保ウていな
的に記する場合を除き、当該おとり商品につきその広告によう
けれぱならないことである。さもないと、このおとり広告は同
^m︺
判決のいう㈲の類型に該当するほか、りの類型にも該当するこ
ととなり、同判決の見解によればこれも不正競争防止法一条一
このことを本件についてみると、﹁Yは、⋮・:広告スペース
項五号に該当する可能性が生じることに㌧刎。
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判例評釈
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橋論叢 第113巻 第1号 平成7年(1995年)1月号 (174〕
の大半を費やしてヤマハピアノ写真で商品を例示し、標準小売
価格の一〇ないし二〇パーセント前後値引きした販売価格を標
準小売価格と併記し、台数を一〇ないし二〇台と表示すること
により、Yがヤマハピアノを大量にしかも大幅に安い価格で販
売する旨の表示をしている。最も、最近では、台数表示が全く
されていない場合が多いが、いずれにしても、Yの右広告によ
り一読者である一般消費者をして、Yがヤマハピアノを中心に
仕入れ、かつ、兄らよりも消費者にとうてきわめて有利な価格
で大量に販売するピアノ業者である旨、及びYが主として販売
する商晶はヤマハピアノである旨の誤認を生じさせている。
︵事実第二、一3⑫︶﹂とのムらの主張に対して、裁判所も、
﹁Yが⋮−広告スペースの大半を費やしてヤマハビアノの写真
で商品を多数例示←、標準小売価格の二〇パーセント前後値引
きした販売価格を標準小売価格とともに記載して、Yがヤマハ
ピアノを大幅に安い価格で販売する旨の表示をしている。﹂と
認定したが、それ以上は認定していない。もし、Yの広告によ
って引き起こされる一般消費者の需要愚に比して、Yの有する
おとり商品の在庫量が僅少でかなり不十分な数量であったなら
ぱ、前記名古屋地裁昭和五七年判決の見解に従い、一一のおとり
広告を数量に関する誤認を惹起するものとして、不正競争防止
る意思がなく行われるおとり広告行為は、確かに他人ρ著名プ
法一条一項五号を適用する余地も生じたであろう。
他方、おとり商品の在庫量が十分にあるがその商晶を販売す
ランドの名声を利用することにつき不当性があるかもしれない。
しかし、不正競争行為の類型について列挙主義を採用する日本
の不正競争防止法はこのようなおとり広告行為を不正競争行為
として規定しておらず、かつ、旧法時代においては一条一項五
号にいう誤認表示が商品に関する表示だけに限定され役務の表
おとり広告を差し止め請求の対象とすることは困難である。以
示が含まれていないこと等に鑑み、単純に販売する意田“ゆない
上、要するに、旧法下では販売数量の誤認表示の有無に関する
判断を媒介せずに、単純に販売する意思のないおとり広告その
と思われる。
ものに対し不正競争防止法の規定を適用する、一とは無理である
5 本件判決は、おとり広告行為と営業信用段損行為を一体
の内容も両者一体で命ずるぺきであろう。もしおとり広告行為
不可分の関係としてとらえる以上、それに関する差し。止め判決
と営業信用毅損行為を別々独立の差し止め判決の対象にしよう
ついて判断しなけれぱならない。すなわち、まず、おとり広告
とすれぱ、両者の行為を区別してそれぞれの不正競争該当性に
行為について不正競争防止法一条一項五号を適用し、そして、
虚偽事実を陳述する行為について本件判決のように不正競争防
当該広告を読んで来店した顧客に他人の営業上の信用を害する
止法一条一項六号を適用する。このように、おとり広告行為と
が一論理的に適切であろう。なお、前述したとおり、在庫量が
営業信用段損行為とを区別し両者に異なる条文を適用すること
の条文の適用による解決は困難である。
十分であるが販売する意思のないおとり広告について旧法時代
︵1︶ NBL五一五号六八頁 ︵一九九三︶
174
(175)判例評釈
の区別にこだわらず、おとり広告の意味について裁判所の
見解に従う。
︵2︶ 参照、最判昭四七・二・ニハ民集二六巻九号一五七
三頁一曾和俊文﹁措置要求を不問に付する旨の決定に対す
.る抗告訴訟の可否﹂独禁法審決・判例百選二二二頁︵有斐
に述ぺている。すなわち、﹁位言するにω㈲の﹃おとり広
﹁小林正﹂︵商事法務研究所、 一九八九︶一田村善之﹃不正
法趣旨や、同号の法文の解釈上無理があると考える。むし
条一項五号に該当すると解することは、同法一条一項の立
告﹄︵販売する意思も能力もない商晶の広告︶が不防法一
︵7︶ なお、ω㈲のおとり広告について同裁判所は次のよう
閣、第四版、一九九一︶。
競争法概説﹄二八五頁︵有斐閣、一九九四︶。この見解に
︵3︶ 田倉・元木伸編﹃実務相談不正競争防止法﹄二一一頁
従うと、旧法下ではおとり広告はすぺて景気法のみの問題
防止法四条三項所定の﹃一般消費者に誤認されるおそれが
ろ、右ω㈲の﹃おとり広告﹄は、不当景品類及ぴ不当表示
おそれのある﹄広告に該当すると解される。﹂とする。た
ある表示で、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害する
になると思われる。
︵4︶豊崎光衛・松尾和子・渋谷達紀﹃不正競争防止法﹄二
だし、本号と類似する規定内容を持つドイツ不正競争防止
四七頁﹁渋谷達紀﹂︵第一法規、一九八二︶。
例タイムズ四九〇号一五五頁。
︵5︶ ヤマハ特約店事件、名古屋地裁昭五ゼ・一〇・一五判
誤認表示の一形態であると定めているが、同法の実際上の
法︵UWG︶三条は、明示的に在庫量に関する誤認表示が
例のなかにωいの行為類型はUWG三条違反とされ、㈲の
運用によれば、前記裁判所があげたおとり広告の三つの類
︵6︶ この判決において裁判所は、数量に関する誤認表示だ
告になりうると判示している。本件判決も、判決理由第四、
けでなく品質、内容に関する誤認表示もり類型のおとり広
2︸oω訂言凹=雪■昌昌σ塞す\=①申胃昌〇三一考g;①ξ宰σω一
行為類型はUWG1条の一般条項運反とされている。
り広告とは商品の数量︵在庫量︶に関する誤認を惹起する
︵8︶ 判例タイムズ四七〇号ニハ○頁。
﹃8;一5>巨−.一竃は暮ぎ目−竃9ω.oo↓;.
立場をとっているようである。ただし、一般的には、おと
一1Hで述ぺられている分限から推測すれぱ、このような
ものを指すと理解されている。このことは、前記公正取引
︵9︶ この書き方は、ちょうど判決主文二と同じような趣旨
である。判決主文二の趣旨は、Yはいかなる状況において
委員会の﹁おとり広告に関する表示﹂の告示からも窺える。
なお、数量に関する誤認表示も品質、内容に関する誤認表
ノを販売する意恩がない場合のみその広告等でヤマハの標
もXヤマハの標章を使用できないのではなく、ヤマハピア
章を使用してはならないというものである。ここでは、Y
示も不正競争防止法一条一項五号︵現行法、二条一項一〇
する実益がないと恩われる。本評釈も、以下の叙述ではこ
号︶によって規制されているので、実務上それぞれを区別
175
橋論叢第113巻第1号平成7年(1995年)1月号(176)
おらず、Yが兄の商標を不当に使用する場合のみが禁止さ
がxの商標を使用することは、通常の場合には禁止されて
被告が争っていたが、このことは、㈲類型のおとり広告を
要索について執行段階でそれを判断できないではないかと、
差し止める際、常に直面しなければならない困難な問題で
ある。これに対して、い類型のおとり広告を差し止める場
比較的に客観性を持っているように恩われる。執行段階で
合には、その在庫量が十分であるか否かに関する判断は、
︵10︶ 在庫量が十分であるか否かについては、おとり広告を
れることになる。
行う企薬の規模、商晶の種類およぴ当該広告の強度等を考
︵12︶ ただし、現行法二条一項一〇号は、役務の品質等の誤
の困難性が幾分か軽減される。
慮して判断される。困彗昌σ害ミ雪9彗目ω三も国〇一ω.oo芦
また、公正取引委員会の﹁おとり広告に関する表示﹂等の
内容に関する誤認表示であると認定し、そのおとり広告行
売する意思がないのに広告を行うことが同号にいう役務の
認惹起行為をも規制の対象に含めている。こうすると、販
・2−ωにおいては、﹁予想購買数量﹂という言葉が使われ
ている。そして、この﹁予想購買数量は、当該店舗におい
為に同号を適用することも考えられる。同旨、囲村、前掲
運用基準︵平成五年四月二八日事務局長通達第六号︶第二
又は役務について行われた取引の申出に係わる購買数量、
て、従来、同様の広告、ピラ等により同一又は類似の商品
書二八五頁一小野昌延﹃不正競争防止法概説﹄二三四頁
︵一九九四・七・二〇脱稿︶︵一橋大学大学院博士課程︶
︵有斐閣、一九九四︶。
当該広告商晶等の内容、取引条件等を勘案して算定する。﹂
︵11︶ りのおとり広告類型に即して差し止め請求を認容する
ことは、実務上もう一つの利点がある。すなわち、判決主
文一1における﹁販売する意思がないのに﹂という主観的
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