シリーズ 10 年後の産業像 1 先端技術を 活かした産業 エレクトロ ニクス・ナノ材 料・医 療 0 1 概論 エレクトロニクス 先端技術を活かした産業 P.04 02 2 200701 10年後の産業像 ナノ材料 ウェアラブル、 サービスロボットの普及へ P.06 しみを消せる化粧品や、 酸化ストレス予防食品の誕生 P.08 1990年代は、長い低迷の時代であった。 バブル景気崩壊後の急速な景気後退に始まり不況が長期化したことで、 わが国の経済は大打撃を受け、多くの倒産劇を生んだ。 ご存知の通り、 この期間は「失われた10年」とも呼ばれた。 近年、 ようやくその低迷の時代から脱却し、好循環を背景に中長期の景気見通しは2%成長を見るまでに到った。 しかしながら、 この成長は将来にわたって約束されたものではない。 90年代に逆戻りしないために、今、必要なのは明確な成長戦略である。 そこで、特集シリーズとして、10年後の産業を見据える「10年後の産業像」をお届けする。 第1回目となる今号は、今後の成長戦略に大きなインパクトを与えていくであろう先端技術を取り上げ、 その先端技術がかかわる産業像をお送りする。 先端科学研究センター 3 4 先端科学研究センター長 亀井信一 主席研究員 北村豊 主任研究員 中村裕彦 主任研究員 医療 近藤隆 実現 の た め の 課題点 遠隔医療、個人の特性に 応じた医療が実現する P.10 今こそオープンな 環境の実現と攻めの姿勢を 研究員 池田佳代子 P.12 10年後の産業像 200701 03 先端技術は新しい産業を創製する原動力になっている 0 point 独自の政策を早々と打ち出す米国、中国、韓国には急速な追い上げにあう 先端技術は国の競争力の根源である 概論 でいうと、よりミクロなレベルでの現象 先端技術は 新しい産業を創出する 先 端 技 術 を 活 か し た 産 業 今 後 の 産 業 成 長 に イ ン パ ク ト を 与 え て い く 先端科学研究センター長 亀井信一 の理解とネットワーク化が進展する。 個別の技術を見ていく。生命科学、お 「鉄腕アトムのような、人の総合的な よびナノテク分野の進展は著しく進展し 能力を超えるコンピュータが実現できた ている。10 年後は、生命現象の原子・分 か ?」 「コンピュータごとの壁が完全に取 子レベルでの理解が進むとともに、一人 り払われたか ?」 「地球温暖化ガスを削減 ひとりのゲノム情報と臨床情報をもとに し温暖化を防ぐことができたか ?」 「ミク 個人の特性に応じた医療が進むと予測さ ロの決死圏のような人体に入るナノマシ れる。 ンはできたか ?」と問われれば、答えの また、 エレクトロニクスに関しては、 多くは「否」であろう。しかしながら、 高度ネットワーク家電が普及し、いわゆ これらの夢に向けた着実な進歩があった る情報家電だけではなく、あらゆる家庭 ことも事実であり、先端技術と呼ばれる 電化製品がネットワーク接続され、家庭 分野の技術進歩は目覚しいものがあった。 内外から簡便に制御可能になる。あるいは、 これまでの 10 年を振り返ってみる。 超高速ネットワークの整備、家電製品の インターネットをはじめとするネットワー ネットワーク化などとともなって、新た ク技術の進展は、私たちの仕事の進め方 なサービスロボット産業が創出される。 や、メディアやコミュニケーションの様 このような先端技術がいかなる産業を 相を一変させた。また、ネットショッピ 生み出し得るのであろうか。ここでは、 ングや電子決済など、当時は考えられな 大きなインパクトをもたらし得る、 「エレ かったサービスを実現させた。マイクロ クトロニクス」、 「健康」、 「医療」の分野に テクノロジーがもたらした携帯電話を見 関して、技術的な進歩が、どんな社会像 るまでもなく、先端技術は新しい産業を を見せてくれるのかを示した。 創製する原動力になっている。 たとえば、エレクトロニクス分野にお 一方、中東情勢などの環境悪化の中で いては、記録密度や通信速度の飛躍的な も米国の生産性が上昇し続けた大きな要 向上が、モバイルからウェアラブルへの 因は、市場自体の拡大とともに、各種の 変化をもたらし、種々のサービスが生ま 技術進歩が大きいと言われている。先端 れる。また、ナノ材料による高機能化に 技術は、その技術発展の尖兵である。 より、機能性食品の性能が飛躍向上し、 高機能性化粧品や副作用のない薬ももた 04 新しい技術は 新しい社会を拓く らし得る。さらには、電子カルテのネッ そもそも、先端科学は、今後 10 年でど の実用化により、在宅による診断システ れほど進歩しているのであろうか?一言 ムや患者の特性に応じた個別医療サービ 200701 10年後の産業像 トワーク化やバイオチップ診断システム スが実現することを示す。 の反映である。 このように、先端技術分野では米国が 先端技術は 国の競争力の根源である 独自の政策を早々と打ち出しており、さ 国の産業競争力を高めるために、各国 という状況にある。このときこそ、先端 は矢継ぎ早に政策を打ち出している。米 技術をよりいっそう研ぎ澄まし、着実に 国は、米国競争力イニシアティブを発表 産業化につなげるしかないであろう。先 した。このイニシアティブでは、米国の 端技術は国の競争力の根源である。この 競争力の基盤は科学技術であるとの前提 分野でわが国は決して遅れを取っている に立ち、科学技術によるイノベーション わけではない。 を誘発するために、基礎研究の増強、人 本特集の最後に、ここで示した夢を実 材の育成・獲得、イノベーション環境の 現するための課題点についても述べるこ 整備などを行うこととしている。 とにする。 らに中国、韓国の急速な追い上げにあう 一方、エレクトロニクスは、わが国の 牙城として長く君臨してきたが、その筆 頭格である薄型テレビ(プラズマテレビ および液晶テレビ) 、半導体DRAM、SRAM、 フラッシュメモリ、液晶パネルなどでは、 現在韓国のサムスン電子が世界のトップ シェアを握っている。国家的な取り組み 先端技術と未来像、 その課題 エレクトロニクス ナノ材料 医療 技術的な進展 ・高度ネットワーク家電の普及 ・眼鏡ディスプレイの普及 ・ロボットとネットワーク家電との 連携 ・ナノ材料による高機能化 ・電子カルテがネットワーク化 ・バイオチップ診断システム実現化 これにより 拓かれる未来像 ・家庭電化製品が家庭内外から 簡便に制御可能 ・モバイルからウェアラブルヘ ・サービスロボットが普及 ・機能性食品の能力が飛躍向上 ・高機能性化粧品 ・副作用のない薬 ・在宅による診断システム ・患者の特性に応じた個別医療 ・高性能なエネルギーデバイス開発 ・産学の結集 ・安全性の評価 ・総合的な評価体制 ・トランスレーショナルなR&D体制 ・産学、医工の連携 課題点 資料:三菱総合研究所 10年後の産業像 200701 05 家庭電化製品がネットワーク接続され、家庭内外から簡便に制御可能に 1 point モバイルからウェアラブルへの流れが一般化する 家庭内監視、清掃・メンテナンスなど、生活にロボットが入り込む エレクトロニクス るセンサーは存在するので、眼鏡ディス ウ ェ ア ラ ブ ル 、 サ ー ビ ス ロ ボ ッ ト の 普 及 へ モ バ イ ル 向 け 電 源 が ボ ト ル ネ ッ ク モバイルからウェアラブルへ、 サービスロボットの普及へ プレイとあわせ、わずかな動きで高速な 20 世紀後半のコンピュータやインター 能ではない。これら入出力デバイスに加え、 ネット、情報家電に代表されるエレクト 既に実用化されつつあるウェアラブルセ ロニクス技術の急速な発展は、我々の生 ンサーを用いたウェアラブルヘルスケア 活を大きく変えてきた。この動きは、今 モニターデバイスなど、いわゆるウェア 後とも変わらず、10 年後には、現在萌 ラブルデバイス産業が大きく発展すると 芽段階にあるさまざまな製品・サービス 予想される。 が生活シーンに入り込んでいるだろう。 一方、サービスロボット産業も成立す 高度ネットワーク家電が普及し、いわ ると予測される。わが国の産業用ロボッ ゆる情報家電だけではなく、あらゆる家 トは、世界に冠たる水準にあり、生産量、 庭電化製品がネットワーク接続され、家 市場ともに世界トップである。このよう 庭内外から簡便に制御可能になる。これ な経験の蓄積に加え、超高速ネットワー ら、ネットワーク家電はホームサーバー クの整備、家電製品のネットワーク化な で集中管理され、個人の嗜好に合わせた どにより実現する。10 年後の家庭には、 ネットワークエージェントの支援により、 ホームサーバーにロボットの CPU が置か 簡単な操作で必要な動作を設定できるよ れ、ネットワーク家電と連携させて、家 うになる。 屋内監視、清掃・メンテナンスなど、大 また、モバイルからウェアラブルへの きく生活にロボットが入り込んでいるだ 流れが一般化する。モバイル環境で動画 ろう。 を大画面で見ることに対するニーズは高 きさには上限があるので、軽量 ・ウェ 求められる エネルギーデバイスの開発 アラブルな眼鏡ディスプレイがある程度 このような将来像は、エレクトロニク 普及するだろう。 スデバイスの進展だけでは決して実現さ さらには、メールなどの情報入力につ れず、高度なセンサー技術やマイクロ加 いてもキー入力に変わる新たなデバイス 工技術、アクチュエーション技術※など、 が普及すると予想される。たとえば視線 広範な技術の同時並行的な発展が不可欠 により、眼鏡ディスプレイに投影された である。その中でも、最大のボトルネッ 文字・センテンス群から適切な語句を選 クは、モバイル用途向けの高性能エネル び、指などに装着したスイッチなどで決 ギーデバイスの開発である。現状の電池 定・変換を行う入力デバイス。現在でも の性能向上が順調に進んだとしても、 人体のわずかな筋電位変化などを検知す 10 年後に予想されるモバイルデバイス いものの、携帯電話のディスプレイの大 先端科学研究センター 主任研究員 中村裕彦 06 文字入力ができるデバイスの開発は不可 200701 10年後の産業像 ※アクチュエーション技術 やサービスロボット向けエネルギー源と が見出された。今後の研究開発の進み具 しては必ずしも十分ではないからだ。 合によっては、モバイル用サブ電源(充 代替エネルギー源候補の最右翼はモバ 電不要な電源)としての実用化が期待さ イル向け燃料電池である。国が積極的な れる。 である。電気により長さが変 研究開発支援を行なっている他、多くの 歩行時の振動で発電するデバイスとし 位するデバイス、人工筋肉な 企業による試作品が誕生している。方式 ては圧電素子が知られている。メイン電 についてもダイレクトメタノール型(燃 源になるほどの出力は期待できないが、 料にメタノールを使い、直接反応させる 例えばスニーカーのかかとに装着するこ もの)、改質型(メタノールから一度水 とにより、歩いている限り発電できるデ 素を製造して反応させるもの)、純水素 バイスが実現できる。 型(水素吸蔵合金に吸収させた水素を利 これらは、さまざまなな原料メーカー、 用するもの)など、さまざまな方式が提 加工メーカーなどの総合力なしには、実 案されており、10 年後にはかなり身近な 用化は不可能である。わが国の中間材企 ものとなっているだろう。 業の力は総じて高いことから、充分に世 それ以外には、体温で発電するデバイス、 界に冠たる製品を開発する力量を有して 歩行時の振動で発電するデバイスなども いる。産学を結集し、モバイル向けエネ 期待される。体温で発電するデバイスは、 ルギー源として世界最先端のデバイス群 熱電素子が知られている。従来は、熱を を開発することで、高性能ウェアラブル 電力に変換する効率が低く、ごく限られ デバイスのみならず、サービスロボット た分野でのみ用いられてきたが、最近、 などの次世代の製品群においてもイニシ 効率を飛躍的に高めることのできる材料 アティブを取れると期待される。 電力などを力学的エネルギー に変換するためのデバイスに 関連した技術を指し、ロボッ トなどの動作に不可欠な技術 ど。モーターなどの回転機構 は含まれない場合が多い。 エレクトロニクス技術で実現する未来像 めがね型 ディスプレイ イヤホン 骨伝導マイク 掃除ロボット 体温で 発電するシャツ 視線入力用 スイッチ 歩行時に 発電する靴 資料:三菱総合研究所 10年後の産業像 200701 07 機能性食品への期待が増加 2 point 食品だけで健康管理ができる ナノテクノロジーを利用した機能性食品や化粧品の誕生 ナノ材料 接したりという工夫が進められている。 酸し 化み スを ト消 レせ スる 予化 防粧 食品 品や の、 誕 生 適 正 な 評 価 の た め の 法 制 度 改 正 を 視 野 に 身近に来ている 新技術 体内における酸化ストレスの増加は免 10 億分の 1 メートルという精度で物を どの機能低下に関連する。抗酸化作用が 制御するナノテクノロジー。普段意識し あるとされるビタミン・カロテノイド類、 ているか否かは別として、この技術を利 ポリフェノールの微細化技術により、こ 用した製品は我々のすぐそばに来ている。 れらの吸収を高めた商品が登場し、10 年 例えば化粧品の場合、市場には多種多 後には、食品だけで健康管理ができるよ 様な化粧品が流通しているが、それらに うになる可能性がある。 は、肌への浸透性に限界があるため有効 また、血圧上昇抑制作用、血中コレス 成分が肌の奥まで届かないという共通の テロール調節作用、血糖値調節作用、老 課題があった。そこで取り入れられたの 化抑制作用、抗突然変異作用、抗ガン作 がナノテクノロジーの化粧品への応用で 用、抗菌作用、抗アレルギー作用など多 ある。有効成分をナノレベルまで微細化 岐に渡る作用を持つものの、風味に特徴 (または可溶化)することで有効成分の がありそのままでは食用に適さない有用 浸透を高めたり、使用感を良くしたりと 成分を環状オリゴ糖などのナノ粒子でコー いう工夫が行われている。 ティングした製品が増加し、健康に直接 また、繊維表面にナノサイズの粒子を 作用する食品を日常的に摂取できるよう 付着させることにより除菌効果を高めた になることも考えられる。 疫機能の低下に結びつき、血管や腸管な 衣料品もナノテクノロジーが利用された 製品である。今後、さらに積極的に健康 に働く製品が出てくる。 新技術の 新たな展開 消費者は、機能性食品や高機能化粧品 先端科学研究センター 研究員 池田佳代子 08 機能性食品にも 先端技術が入り込む を「気軽に買え、かつ副作用のないクス ナノテクノロジーなどの先端技術は食 ナノカプセル技術の更なる進展により、 品分野にも応用されつつある。 レーザーを当てなくてもしみを消せる化 近年の健康への関心の高まりや食生活 粧品や、ガンを始め、動脈硬化、糖尿病 の変化に伴い、食品機能を効率よく利用 合併症等に対するより有効な酸化ストレ できるように設計され、加工変換された ス予防食品といった製品が誕生する日も 食品である「機能性食品」への期待が増 近いかもしれない。 加している。企業側もこのニーズをビジ ナノテクノロジーを利用した機能性食 ネスチャンスと捉え、ナノ加工技術によ 品や化粧品にはこのような高い効果が期 り有効成分を微細化したり、ナノ粒子に 待される一方で、安全性を懸念する指摘 200701 10年後の産業像 リ」と捉える傾向にある。ナノ粒子化や も存在する。粒子が非常に小さいため、 また、医薬品と化粧品・食品の間には 組織を通り抜け、従来の物質が達しなかっ 関係法令(薬事法等)による規制が横た たところにも到達する可能性があるとい わる。これにより両者間で製品の研究開 うものである。化粧品の場合、現在のと 発及び製造過程における手続きが異なる ころ実害は出ていないものの、ナノテク と同時に、販売の場面においても、広告 化粧品の皮膚への塗布を長期間継続した にうたってよい文言が異なることとなっ 場合の影響には不明点も多い。この点を ている。 踏まえ、日本化粧品工業連合会は独自試 しかし、今後、高機能化粧品や機能性 験などを実施してナノテク化粧品の安全 食品がその機能をより高めた場合、人体 性を検証していくことを決定した。 に対して医薬品に分類される製品とほぼ 新たな技術が確立された場合、リスク 同等の働きを持つ可能性があり、機能面 評価を踏まないまま、その技術の利益や で化粧品・食品と薬品との境界が曖昧に 利点のみが強調される場合がある。機能 なることが考えられる。 性食品や高機能化粧品の開発においては、 過度な規制の実施により技術的な進展 安全性評価の指標を早期に確立するとと が阻害されることがあってはならないが、 もに、バイオテクノロジーとの融合を図っ 高機能化粧品・機能性食品の安全性と効 たうえで、時間的・空間的に作用を制御 能をより適正に評価するために、法制度 する技術の開発が望まれる。 の改正をも視野に入れる必要がある。 10年後の機能性食品及び 高機能化粧品に期待される機能のイメージ 高機能 化粧品で 肌の悩みを 解消 神経系調節 内分泌調節 循環系調節 免疫・ 生体防御 外分泌調節 細胞分化 調節 機能性食品(●)や高機能化粧品(●) は、 ヒトの健康に直接働きかける存在になる。 資料:三菱総合研究所 10年後の産業像 200701 09 各自がチップに格納した自分のゲノム情報を携帯可能になる 3 point 一部の疾患については個人の特性に応じた医療を自宅で享受できる 基礎研究や臨床研究のみならず学際的な技術の連携による医療の高度化 医療 ゲノム創薬、ゲノム医療の本格実現に向 遠 隔 医 療 、 個 人 の 特 性 に 応 じ た 医 療 が 実 現 す る 知 識 の イ ン フ ラ ス ト ラ ク チ ャ ー の 構 築 と 、 さ ま ざ ま な 分 野 と の 連 携 が 必 須 先端科学研究センター 主席研究員 北村 豊 10 遠隔医療、 がんや難病を 早期に診断するチップが実現 けた研究開発が進むことが期待される。 10 年後、病気にかかったら病院に通 うという医療のイメージは一変し、自宅 がん・高血圧・糖尿病等の疾患を 対象とした個別化医療が進む にいたままで、一部のがんや難病を早期 21 世紀に入って、ヒト・ゲノム情報が に診断することが可能となる。 完全に解読され、ゲノムによって個人の 科学技術政策研究所の予測によれば、 特性が制御されているということが明ら 2015 年までには在宅での個人医療デー かになった。 タに基づいてインターネットを利用した 技術開発が進むことにより、日本人に 遠隔医療が実現し、2016 年には、カルテ おける主要疾患である、がん・高血圧・ の電子化と患者個人の管理、全医療機関 糖尿病などを対象として、個人の特性に での情報共有、それに基づく患者と医療 応じた医療(個別化医療、あるいはオー 機関との間に健康管理エージェントが成 ダーメイド医療)が可能となる環境が整う。 立するという。 すなわち、個人の遺伝情報を利用して、 2020 年には、がんや難病の発病リス 予防・早期診断・治療を効果的に行うこ クを的確に診断し、治療指針をごく短時 とが可能になる。 間に示すバイオチップ診断システムが実 現在、454 Life Sciences 社が、ナノテ 用化される。 クノロジーを応用して、既存技術の約 研究レベルでは、2015 年頃に動脈硬 100 倍のスピードでゲノム DNA の塩基 化の発症機構が解明され、2018 年には 配列を解析する超高速システムを開発し、 がんの転移機構が、2020 年から 2022 年 1 台の装置で 4 時間半で 2,000 万塩基以 にはそううつ病や統合失調症などの原因 上の読み取りが可能となっている。10 年 が、それぞれ分子レベルで解明されると 後には、30 億塩基対で構成される個人の のことである。 ゲノム情報の読み取りが高速化するであ 国としても、2015 年頃までには、疾患 ろう。そうなれば、個人が自分のゲノム や薬剤の投与に関連する遺伝子やタンパ 情報を読み取り、チップに格納し、その ク質等の解析結果を活用した創薬等の実 チップを持ち歩けるようになる。 用化を目指しており、2020 年代までには、 したがって、個人は自分のゲノム情報 病気から発症に至る分子機構の解明に基 を格納したチップを持って病院に行くか、 づいた新しい治療法や抗体医薬・診断薬、 インターネットを利用してチップのデー 個人の特性に応じた創薬開発、環境要因 タを病院に送る。病院では医師が患者の による精神疾患治療の実現を可能とする ゲノム情報をチップから読み取り、患者 ことを成果目標に掲げており、いわゆる が将来、がん・高血圧・糖尿病などの疾 200701 10年後の産業像 患に罹患する可能性を早期に判定・診断し、 予測される副作用を患者に提示する。医 基礎研究と臨床研究の橋渡しには、 知の体系化が必要 師と患者が治療法を合意した上で、患者 個人の特性に応じた医療が世の中に受 が自分で最も納得できる治療法を選択で け入れられるためには、ゲノム研究等の きるようになる(図表)。 基礎研究情報と臨床研究情報を効率的に そのような時代には、個人のゲノム情 構造化し、両者の関係を誰もが追跡でき 報と臨床情報といった大量のデータの中 る仕組み作りが必要となる。今後は、こ から、真に意味のある情報を選択するた れらの情報(知識)のインフラストラク めの解析アルゴリズムが重要となる。そ チャーの構築の重要性が一段と増してく こで、大量のデータの取り扱い、解析ア るだろう。 ルゴリズムの開発に関する研究が進むと また、そのような知識のインフラスト 同時に、計算機環境が現在の環境から劇 ラクチャーが構築されると、疾患の種類 的に変わる必要がある。究極の個人情報 によっては、計算機が医師の意思決定を であるゲノム情報を格納するチップ等の 代替し、医師は患者に対する心のケアを セキュリティに関しても、更なる研究が 中心に行うような時代が来るかもしれな 必要だろう。 い。 一方、主要な疾患の一部(あるいは一 個人の特性に応じた医療の実現には、 部の病態)については、超早期診断技術、 医学の分野だけに限らず、わが国が得意 あるいは将来的に罹患する可能性の評価 とするさまざまな分野との、学際的で密 法が実現していると予想される。このた 接な連携が必須であろう。 効果的な治療法や、その治療法に伴って め、個人としては、 「未病」の段階(まだ 病気になっていない状態)から、将来を 見据えた健康管理を行うことが可能にな るだろう。 10年後の医療の姿 検査機関 ゲノム情報の 解析を依頼 ゲノム情報を送付 個人 病院 診断システム 結果の返信 治療法の合意 ゲノム情報をチップに格納 ゲノム情報を格納した チップを持ち帰る 医 師 ゲノム情報を格納した チップを持って病院へ行く 資料:三菱総合研究所 10年後の産業像 200701 11 売れる特許をいかに創造するか 4 point 適切な制度改革がイノベーションの成否を分ける要素の一つである 将来の活力を維持・増大するためには、国内の資源を十分に活用する 実現 の た め の 課題点 今 こ そ オ ー プ ン な 環 境 の 実 現 と 攻 め の 姿 勢 を 技 術 革 新 を 牽 引 す る わ が 国 の 課 題 先端科学研究センター 主任研究員 近藤 隆 12 これまでに示した未来像は、わが国が た特許の世界シェアは 24.4%、米国に次 先端的な技術開発を牽引し、スムーズに ぐ規模を誇っている。それに対して技術 イノベーションにつながることを前提と 貿易が低調であり、特許が技術輸出とし している。たしかに、わが国の研究開発 ては十分に活かされていないことがわか 投資の GDP 比は 3%を超え、GDP 比で る。 「知財立国日本」を実現するうえで、 みれば世界最大の研究開発国となった。 守るための特許だけでなく売れる特許を 公的資金もこの 10 年間で約 40 兆円が投 いかに創造するかが日本の課題である。 入された。研究者数も順調に増加し、労 スである。さて、果たしてわが国は、今 すぐれた制度が 競争力を生む 後とも主導的地位を築けるのであろうか。 企業の活動がグローバル化した現在、 最後に、この点を検証したい。 競争力を考える際には、いかにして国が 働者数に占める割合では世界トップクラ 企業に対して高い生産性の場を提供でき 日本のハイテク製品の製品力は 低下傾向 るか、という視点が重要である。スイス 製品の国際優位性をみる指数の一つに 視点に立ち、それぞれ国の総合力を表す 「貿易の偏り指数」がある。図表はハイ テク製品について、主要国の偏り指数の 推移である。 IMD 研究所、世界経済フォーラムはこの 独自の指標を発表している。 最新の報告では、首位米国・21 位日本 (IMD 2005)、首位スイス・日本 7 位(世 指標には為替の影響や生産拠点の海外 界経済フォーラム 2006)であった。国 移転の影響が含まれており、必ずしも技 にはそれぞれキャラクターがあるため、 術的優位性が損なわれたとは限らないが、 単一の尺度上に並べた結果自体の解釈は 結果として日本のハイテク製品の製品力 慎重にすべきであるが、その根拠となっ は低下傾向にある。一方、この 20 年あま た考え方は示唆に富むものである。日本 りで急激にハイテク国の仲間入りを果し は両結果に共通して、技術準備力、研究 た国がある。アイルランドとフィンラン 開発力、技術インフラ等では非常に高い ドである。両国とも日本から見ると小国 評価を受けている。それにもかかわらず であるが、アイルランドは米国のソフト 順位を落とした要因は、財政債務、海外 ウェア産業の直接投資を受け入れ発展し、 投資、輸出入に対する規制、税負担、公 フィンランドはノキアの発展によるイノ 的部門の無駄・非効率、外国人や女性に ベーションを成し遂げた。 対する差別などの項目である。これらの 一方、技術そのものの優位性を見る指 課題には短期の改善が期待できないもの 標として、特許シェアおよび技術貿易収 も含まれているが、制度的な障壁が科学 支をあげることができる。日本が登録し 技術の潜在力を減じている可能性がある。 200701 10年後の産業像 国の盛衰は、もちろん技術競争力のみ 以上の学内に産学連携推進本部、地域共 が決するものではない。イノベーション 同研究開発センターといった組織、そし を果した上述の 2 国の例も背景には技術 て専任の職員が配置されてきた。このよ 力と同時にそれを開花させる優れた制度 うに体制は整備されたものの、地域性や があった。適切な制度改革がイノベーショ 周辺の産業構造はさまざまであり、大学 ンの成否を分ける要素の一つであること の取り組みの成果も一様でない。今後 10 は強調したい。 年程度の間に研究力のある大学とそうで ない大学に否応無く峻別されていく。 イノベーションへ向けた 今後10年の進むべき道 現状では、わが国の企業は海外に 2 倍 このように、製品力や総合的な競争力 研究を指向する大学の中には生き残りを に陰りが見られる中で、将来の活力を維 かけて産業界との連携に本気で取り組む 持・増大するためには、国内に現存する ものも現れることは歓迎すべきことであ 資源を十分に活用することも求められる。 る。企業の目から見れば、ようやく大学 技術開発に関して言えば、それは従来よ が産業や社会のほうを向き出したと映る。 り課題とされている「産学連携」である。 その期待は大きい。その時、産学連携発 産学連携に対する国の施策には約 20 年 のイノベーションがようやくスタート地 の歴史がある。大学には産学連携体制の 点に立ち、これまでに示した夢の実現に 強化を目的として国から資金的な支援が 歩むことになる。 の研究を委託している。産業界から見ると、 行われ、現在では国公立大学を中心に 40 日本のハイテク製品力 ハイテク製品の貿易の偏り指数の主要国比較 輸 出 超 0.8 輸 出 超 0.6 日本 0.4 日本のハイテク製品の貿易の偏り指数内訳 アイルランド 1.0 テレビ・通信機器 0.8 0.6 0.4 スイス 医療・光学・ 精密機器 0.2 0.2 スウェーデン ドイツ 0.0 0.0 - 0.2 オランダ - 0.2 英国 米国 フランス - 0.4 貿易の偏り指数= - 0.6 1982 1986 1990 1994 - 0.4 医療品 - 0.6 フィンランド 輸 入 超 コンピュータ・ 事務機器 輸出額−輸入額 輸出額+輸入額 1998 2002 輸 - 0.8 入 超 -1.0 航空・宇宙用機器 1982 1986 1990 1994 1998 2002 資料:OECD STAN Vol 2005 release 05 10年後の産業像 200701 13
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