6. 終末期医療における栄養療法 藤田保健衛生大学医学部 外科・緩和医療学講座 森 直治/東口 髙志 Naoharu Mori / Takashi Higashiguchi はじめに 近年の栄養・代謝学の進展に伴 癌終末期の代謝動態と 栄養サポート な栄養管理の影響で経口摂取量が 減少し,栄養状態を悪化させてい る症例も少なくなく 1),栄養不良, い,栄養状態が癌患者の生活の質 癌終末期には,癌の進展によっ 経口摂取低下の原因を是正し,適 (QOL)や予後に影響を与えること てもたらされる代謝障害は高度と 切な栄養管理を受けることで栄養 が知られるようになった。また, なり,しだいに不可逆的な悪液質 状態が改善し,再度十分な経口摂 わが国では栄養サポートチーム の状態(refractory cachexia)に陥 取が可能となることも多い。医療 (nutrition support team;NST)の る(図 1) 。悪液質では糖質代謝, 者は終末期ということで,栄養サ 普及,緩和ケアの啓発により,癌 蛋白代謝,脂質代謝の異常や,血 ポートを無効あるいは無用と安易 終末期における栄養管理の重要性 管透過性の変化により種々の症候 に判断し,疎かにすることがない が認識され,癌終末期における栄 を呈するが,癌種により代謝障害 よう心がける。教室ではこれらの 養・輸液のギヤチェンジや,不可 を生じにくいものもあり,障害の サポートを行っても,血清トラン 逆的悪液質の概念が浸透しつつあ 程度や,その内容,進行スピード スサイレチン(TTR:旧称プレア る。一方で,これらに対する理解 は症例個々において異なる 。し ルブミン)の値が改善しない場合 が不十分であったり,いまだに終 たがって,生命予後が 1〜2 カ月以 や,コントロール不能な腹水,浮 末期の栄養管理が疎かにされるこ 下と考えられる終末期における栄 腫などの体液貯留症状から不可逆 とにより,QOL を悪化させている 養不良の可逆性は判断に困ること 的な悪液質を判定し,栄養サポー ことも少なくない。 も多く,経口摂取が不十分な場合 トの目標を,栄養状態の改善によ 本稿では QOLを重視した癌終末 は,補助的に輸液を行うなど,積 る QOL の向上から,安らかに最後 期の栄養療法について,最近の話 極的に栄養サポートを試みること の時間を過ごすための,コンディ 題を織り込み概説する。 (緩和医療 が肝要である。抗癌治療や不十分 ショニングを重視したサポートへ 2) 2) における栄養サポートの基本や, 教室で行っているギヤチェンジを 含めた栄養管理の実際については コンセンサス癌治療 VOL.7 NO.3 1) http://www.cancertherapy.jp/ palliative/2008_summer/ Precachexia (前悪液質) Cachexia (悪液質) Refractory cachexia (不可逆的悪液質) 死 pdf/2008summer_10.pdf に 書 か れ ているので,紙面の関係上こちら を参照されたい。 ) 〔文献 2)より引用・改変〕 図 1 悪液質のステージ 43 特集 ■ 癌患者に対する栄養療法 豚肉のステーキ 筑前煮 〔文献 5)より引用〕 図 2 保形軟化食品「あいーと ®」をスプーンで潰した様子 細めのスプーンを用いて片手で「あいーと ®」を軽く押し潰した様子を撮影した ギヤチェンジを行っている。 与のメリット,デメリットを慎重 などの最新の調理技術を駆使して に検討し,投与する際も安易に継 開発された新しい栄養食品で,食 続されることがないように留意す 材が有する本来の形状と色調を保 る。教室では,蛋白崩壊を抑制し, 持しつつ口腔内では容易に崩壊 癌終末期においても栄養管理の 同時に蛋白合成能を促進する作用 し,咀嚼困難者や嚥下障害患者, 原則は, “できる限り経口的な栄 と,偽神経物質の生体内代謝を制 消化管機能の低下した患者の食事 養摂取を目指し,やむを得ない場 御して,悪液質における食欲不振 に適する物性と消化性を有する次 合のみ経腸あるいは経静脈栄養を を改善させる分岐鎖アミノ酸 世代的食品である 5) (図 2) 。 「あ 実施する”ことである 1)。終末期 (BCAA) ,コエンザイム Q10 との いーと ®」のもつ,これらの優れ の経口摂取は,食欲不振と嚥下障 併用によって細胞レベルでの脂肪 た特性は,終末期の癌患者に対し 害や消化管狭窄の進展によって継 酸の代謝を促進し,癌悪液質にお ても有用で,教室では消化管狭窄 続が難しくなるため,これらへの ける代謝を改善する有望な栄養素 や嚥下障害,口腔問題などで経口 対応が経口摂取維持の成否を左右 として注目されている L- カルニ 摂取が困難となりつつある癌終末 する。 チン,経口摂取量の低下,代謝障 期症例の食事に「あいーと ®」を 食欲不振の原因は多くあり,正 害に伴い不足することが多いビタ 導入し,QOL の改善に役立てて 確なアセスメント後,是正が可能 ミン,亜鉛などの微量元素を含有 いる 6)。 なものはまずこれを行うが,悪液 する栄養補助食品「インナーパ 質が高度に進展した終末期では, ワー ®」を投与し,終末期の食欲 炎症性サイトカインや代謝産物の 不振,倦怠感の改善に効果を得て 影響で,改善困難なことが多い。 いる 4)。 経口摂取の維持と QOL 44 癌終末期の輸液 癌終末期に輸液を行う場合,輸 緩和医療では,食欲不振や倦怠感 食べることは人間本来の本質的 液の意義や悪影響を医療者は十分 を改善する目的で,副腎皮質ステ かつ生理的な行為で,口から食べ に理解し,患者,家族へ,これら ロイドが多用されてきた。副腎皮 ることが損なわれることによって を十分に説明したうえで,方針を 質ステロイドは炎症性サイトカイ QOL や満足度は大きく低下する。 決める必要がある 7)。 ンをはじめとする種々のメディ したがって,悪液質における筋肉 癌終末期には血管透過性の変化 エータを抑制し,食欲不振の改善 量の喪失,嚥下障害の進行を最小 や低栄養による膠質浸透圧の低下 効果があるが,短期的であり,2 限に抑え,可及的な経口摂取の維 により,体液の貯留傾向が多くの 週間を超える投与では骨格筋合成 持を心がけるが,終末期では消化 癌患者で認められるようになる 7)。 阻害が顕著となり,筋力低下など 管狭窄や嚥下障害などにより経口 日本緩和医療学会から発刊された の副作用により QOL を悪化させ 摂取が障害されることも少なくな 『終末期がん患者に対する輸液治 る 3)。したがって,ステロイド投 い。 「あいーと ®」は酵素分解法 療のガイドライン』7)などにより, コンセンサス癌治療 VOL.12 NO.1 終末期に過剰な輸液が行われるこ で,脂肪欠乏による皮膚障害など cachexia in advanced cancer とが減りつつあるが,一方で,早 が是正され,QOL の改善がみられ patients with a focus on refrac- 期に輸液が減量され,脱水や飢餓 ることも少なくない。教室では, に陥ることが危惧されるように 分岐鎖アミノ酸を比較的多く含む なっている。予備力が極度に低下 糖加低濃度アミノ酸液と脂肪乳剤 した癌終末期の QOL を良好に保 を,ギヤチェンジで 500ml 以上の つため,脱水および溢水の両者を 輸液が困難となる最終末期まで基 常に念頭においた輸液管理が終末 本的な輸液処方で用いている。 500ml 以下とするが,死亡前 1 週 tive Care Research Collaborative, Available from:www. epcrc.org; 2011. 4) 東口髙志,他:終末期がん患 者に対する症状・機能改善補 助食品の開発とその効果.外 科 と 代 謝・ 栄 養 44:157〜 期では求められる。体液貯留傾向 がみられる場合,輸液量は 1,000〜 tory cachexia. European Pallia- おわりに 69,2010. 5) 東口髙志:保形軟化食品“あ いーと”の開発とその物性評 間程度の最終末期では,1 日の至 癌終末期では高度の代謝障害の 適輸液量が 500ml 以下となること ため,栄養状態の可逆性はしだい も多い 7)。 に少なくなり,低栄養を改善する 討.静脈経腸栄養 26:965〜 近 年, 悪 性 の 消 化 管 閉 塞 に 対 ことは困難となる。しかし,ここ 76,2011. し,オクトレオチドの投与が保険 まで述べてきたように,代謝障害 適応となり,イレウス状態から経 の程度,内容は患者個々で異な 口摂取が再び可能となる症例もあ り,栄養状態の可逆性の判断は難 る。オクトレオチドは消化液の分 しく,栄養サポートにより栄養状 泌量を減少させ,消化管狭窄部に 態が劇的に改善する症例もある。 おける消化管内容物の通過を確保 一方,最終末期で,恒常性が破綻 上のための各種患者支援プロ することにより効果を発揮する した状態ではわずかな輸液量の加 グラムの開発研究」班:終末 が,1 日 の 輸 液 量 が 1,000ml を 超 減で,状態が大きく左右されるた え消化液の分泌量が多い場合,効 め,医療者は栄養管理を疎かにす 果が得られにくい。オクトレオチ ることがないように,悪液質や終 ドを投与する際は,必要最低限の 末期の代謝を理解し,日々変わる 輸液量を心がける 8)。 患者の状態をチェックすること 癌終末期の輸液では,一般に糖 が,QOL を重視した質の高い栄 濃度の高い高カロリー輸液が適応 養サポート,終末期ケアに不可欠 となることはまれである。糖代謝 である。 は癌の早期から障害され,インス リン抵抗性が癌の進展によって高 ●文献 度となり,高血糖や高インスリン 1) 東口髙志,他:癌緩和医療に 血症による体液貯留などの有害事 象をもたらす 。一方,脂質代謝 9) は比較的障害されにくく,血管内 へ投与された脂質は腫瘍細胞に直 おける輸液・栄養管理.コン センサス癌治療 7:162〜5, 2008. 2) Fearon K, et al : Definition and classification of cancer 接利用されないなどのメリットが cachexia : An international あり,癌患者の輸液では脂質の割 consensus. Lancet Oncol 12 : 合が高い処方が推奨される 9)。終末 489〜95, 2011. 期においても,血清中性脂肪値を チェックして緩徐に投与すること 3) Radbruch L, et al : Clinical practice guidelines on cancer 価ならびに人工消化液浸漬試 験による崩壊性と消化性の検 6) 阿波宏子,他:摂食回復支援 食「あいーと ®」が有効であっ た終末期がん患者の一例.臨 牀看護 38:1996〜9,2012. 7) 厚生労働科学研究「第 3 次が ん総合戦略研究事業 QOL 向 期がん患者に対する輸液治療 のガイドライン,第 1 版,日 本緩和医療学会,2007. 8) 森直治,他:がん終末期;手 術時に腹膜播種がみられた非 治癒切除進行胃がんの症例. Nutrition Care 5:118〜24, 2012. 9) Bozzetti, et al : ESPEN Guidelines on Parenteral Nutrition : Non-surgical oncology. Clin Nutr 28 : 445〜54, 2009. ●レビュー文献 1) Radbruch L, et al : Clinical practice guidelines on cancer cachexia in advanced cancer patients with a focus on refractory cachexia. European Palliative Care Research Collaborative, Available from:www. epcrc.org; 2011. 45
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