高等教育の質保証と高専教育 - 平成26年度全国高専教育フォーラム

高等教育の質保証と高専教育
釧路工業高等専門学校 ○山田 昌尚
1. まえがき
現在,高等教育機関における質保証は,国際的に
大きな関心事になっている。本稿では,その背景を
ふまえながら,現在進行中の高専モデルコアカリキ
ュラム 1) をベースにして,現場での教員が質保証に
どのように関わっていくかを考えたい。
2. 質保証が求められる背景
日本の高等教育機関の質保証は従来,設置基準に
もとづいた事前審査によって行われていたが,平成
16 年に導入された認証評価制度により,各機関の自
己点検を踏まえた定期的な機関別認証評価を受ける
こととなっている。また工学系では, JABEE 認証
を受けている高等教育機関も少なくない。これに加
えて最近では,アウトカムズにもとづく質保証に対
する議論が進んでいる。
こうした動きの背景には,グローバル化による教
育サービスの国際的流動性の確保があり,これは
WTO におけるサービス貿易自由化協定に教育分野
が含まれたことに端を発するものである。これを受
けて,ヨーロッパではボローニャ・プロセスを軸と
して各国の高等教育機関の「チューニング」が進ん
でいるほか,他地域でも高等教育制度の互換性を高
める取り組みが行われている。また,高等教育機関
の運営には国費が投入されていることへの説明責任
や,アメリカなどでは学生が学校を選ぶ判断材料と
しての機能も併せ持っていることが,アウトカムズ
にもとつく質保証が必要な理由としてあげられるこ
とが多い。これらは,高等教育機関全体としての背
景であるが,高専としてはどうだろうか。技術者養
成の一部として国際化は必要であろうが,単位互換
等を含めた学生の流動性を確保することの必要性は,
高専ではそれほど高くないように思われる。また,
国費投入への説明責任は,認証評価が担っている。
入学者への情報提供という点では,高専と競合する
のは高等学校であり,大学と同じく考えることはで
きない。
それにもかかわらず,高専でモデルコアカリキュ
ラムが策定され,アウトカムズにもとづく質保証が
進められようとしているのには,次の 3 つの高専独
自の背景を押さえておく必要がある。1 つめは,現
在,政府の教育再生実行会議において検討が進めら
れている,学校段階の区切りの見直しである。これ
は,現行の小中高校の 6・3・3 制をたとえば 4・4・
4 制にするというものである。このような制度変更
がなされた場合,高専制度が影響をうけることは免
れない。そういった状況において,教育機関として,
また教育制度としての高専がどのような教育を実践
していて,その成果がどうなっているかを説明でき
るようにしておかなければならない。
2 つめは,同じく教育再生実行会議において,
「高
等教育段階における実践的な職業教育の充実」が議
論されていることである。これはまだ議論が深まっ
ているとはいえないが,イギリスのポリテクニック
が大学に転換されたことも考え合わせると,職業教
育を実施する機関として高専をアピールするチャン
スとなりうる。
3 つめは,高専専攻科学生への学位授与方法が,
学生個人の審査から,学校審査に変わることである。
従来の学生個人が大学評価・学位授与機構の審査を
受けて学位を取得する方式から,高専として学位を
認定することは長年の要望であった。平成 26 年 4
月 1 日に制定された「学位規則第 6 条第 1 項の規定
に基づく学士の学位の授与に係る特例に関する規則」
により,各高専が大学評価・学位授与機構の特例適
用専攻科として認定を受けて,学修総まとめ科目の
履修に関する審査に合格した者に学士の学位を授与
することが可能となった。この特例適用専攻科の認
定は 5 年ごとに審査が行われるため,継続的な質保
証が必要である。以上 3 点において,大学とは異な
る,高専として実質的な教育の質の保証をしていく
意義がある。その意味で,高専機構においてモデル
コアカリキュラム(試案)が平成 24 年 3 月に策定さ
れ,平成 27 年度から実施予定となっていることは,
大きな意味をもっている。
3. モデルコアカリキュラム実施上の課題
これまでモデルコアカリキュラム導入の意義につ
いて述べたが,これを実際に運用していくうえで,
いくつかの課題がある。モデルコアカリキュラムは,
ミニマムスタンダードとして実施すべきカリキュラ
ムを示したコア部分と,先導的な取り組み事例とし
てのモデル部分から構成されており,コアカリキュ
ラムとして実施すべき内容については,各校で教育
課程の変更が必要な場合はあるにせよ,概ね対応可
能であろうと思われる。一方,これをアウトカムズ
の保証としてみたときに,到達度の水準をどのよう
に評価し,対外的に説明可能なものとしていくかに
ついては課題がある。モデルコアカリキュラムでは,
大きく分けて「技術者が共通で備えるべき基礎的能
【連絡先】〒084-0916 釧路市大楽毛西 2-32-1 釧路高等専門学校 電子工学科
山田昌尚 TEL: 0154-57-7340 FAX: 0154-57-6253 e-mail:[email protected]
【キーワード】教育評価,技術者教育,モデルコアカリキュラム
表 1「汎用的な技能」
「態度・志向性」
「総合的な学習経験と創造的思考力」の到達目標の達成度レベル評
価表
水準
特徴
概要
-1
問題行動(誤った行動をする) やってはいけない行動をする。
0
行動なし(行動しない)
だれかに指示されても行動しない。正しい行動ができない。
1
指示待ち行動
誰かに指示されて行動できる。典型的な「指示待ち族」に属する。
通常行動(やるべきことをや 何を言われなくても行動は起こすが,単なるマニュアル的行動で
2
るべき時にやった行動)
ある。
自主的行動(明確な意図や判 マニュアルに自分なりの考えを加え,独立して行動できる。
3
断に基づいた行動)
独創的行動(独自の効果的工 行動を起こすに当たって,事前に問題を把握している。問題解決
4
夫を加えた行動,状況を変化 に当たり,他者より秀でた独自の「工夫」が見られる。批判的考
させようという行動)
察,変革ができる。
力(数学,自然科学など)」,
「分野別の到達目標(機
械系,電気・電子系など)」,
「技術者が備えるべき分
野横断的能力(コミュニケーション能力などの汎用
的技能,リーダーシップなどの態度・指向性,創造
的思考力)
」の 3 領域の下に,さらに細かい分類が設
定されている。そして,それぞれの項目の到達度は
「高専本科および高専専攻科における項目ごとの到
達レベル」として,改訂版ブルーム・タキソノミー
(認知領域)に準拠した次の 6 レベルを用いて設定
されている。
1. 知識・記憶レベル
2. 理解レベル
3. 適用レベル
4. 分析レベル
5. 評価レベル
6. 創造レベル
この 6 レベルのうち,高専本科では「3.適用レベ
ル」ないし「4.分析レベル」,高専専攻科では「4.分
析レベル」ないし「5.評価レベル」が,各項目の到
達レベルとして設定されている。このうち,最初の
2 領域については,従来から実施されているペーパ
ーテストの水準をどのレベルとして設定できるか,
またそれをどのようにシラバスに落としこんでいく
かが各授業担当教員としての課題となる。また,
「技
術者が備えるべき分野横断的能力」についても,モ
デルコアカリキュラムでは認知領域の 6 レベルを想
定しているが,分野横断的能力は,コミュニケーシ
ョンスキルや情報収集・活用・発信力などの汎用的
技能,主体性,チームワーク,倫理観などの態度・
指向性(人間力),創生能力やエンジニアデザイン能
力としての創造的な学習経験と創造的思考力から構
成されているため,認知領域での評価には馴染まな
い。ブルーム・タキソノミーには情意領域があり,
次のような到達レベルを設定している 2)。
1. 受け入れ(Receiving)レベル
2. 反応(Responding)レベル
3. 価値づけ(Valuing)レベル
4. 組織化(Organization)レベル
5. 個性化(Characterization)レベル
このような水準での評価が,分野横断的能力に適す
るであろう。大学での動向としては,文部科学省平
成 22,23 年度先導的大学改革推進委託事業として実
施され千葉大学が取りまとめた「技術者教育に関す
る分野別の到達目標の設定に関する調査研究」が,
同様の領域においての評価を表 1 のように設定して
いる。これはブルーム・タキソノミーの情意領域を
改定したものであり,高専モデルコアカリキュラム
においても同様の方向での達成度評価が必要であろ
う。
4. あとがき
高等教育において質保証が求められている背景と,
高専モデルコアカリキュラムにもとづいた到達度評
価における問題点について述べた。現在のモデルコ
アカリキュラムは試案という位置づけであり,必要
に応じた改訂がなされることと思われるが,その際
には,現場の教員が実施する実現性を十分考慮した
ものでなければならない。現状においても,各種の
評価書類を初めとした作業に費やされる時間と手間
は多く,本来の「学生の教育に資する」ことに十分
なエネルギーを割けないと感じている教員は少なく
ない。質保証のための作業で教育の質が低下すると
いうことになっては本末転倒であるから,質保証を
教育活動の中にいかに組み込んでいくかが現場の教
員の課題となる。モデルコアカリキュラムの「モデ
ル」部分である KOSEN エンジニアリングデザイン教
育事例集がその先導事例となっているが,一定の設
備を必要とするものも見受けられる。どの高専でも
実施可能な事例の蓄積と共有が求められる。
参考文献
1) 国立高専機構,「モデルコアカリキュラム(試
案)
」
,(2012)
http://www.kosen-k.go.jp/news/news20120419.
html(2014 年 6 月 5 日取得)
2) 梶田叡一,
「教育評価 第2版補訂2版」
,有斐
閣(2010)
3) 千葉大学,
「技術者教育に関する分野別の到達目
標の設定に関する調査研究」(2013)
http://hneng.ta.chiba-u.jp:8080/(2014 年 6
月 5 日取得)