地震時の地盤変形の影響を考慮した鋼管杭基礎の設計マニュアル

地震時の地盤変形の影響を考慮した鋼管杭基礎の設計マニュアル
(案)
平成 13 年 3 月
鋼管杭協会
1.総則
杭基礎の設計等において、地盤変形の影響が無視できない場合には、その影響を適切に考慮する。
【解説】
一般に地震に対する杭基礎の設計では、建物等上部構造の地震時の慣性力を支えるよう、上部構
造から入力される慣性力を外力として採用する。しかしながら、最近の地震時における杭基礎の被
害調査などによれば1)、地盤中のかなり深い部分においても杭が損傷を受けていることが数多く報告
されており、地震時における地盤の変形によって杭体が損傷を受けるものと考えられている。この
ような地盤の変形による影響はかなり以前から指摘されており、応答変位法と呼ばれる検討方法が
提案されている2)。鉄道の設計標準3)等では、杭体の設計に地震時の地盤変形の影響を検討すること
が盛り込まれている。建築基礎の設計においても、従来より数多くの研究者や設計者により応答変
位法による杭体の検討手法が提案されている4)5)6)。
本マニュアルにおいては、このような地盤変形が杭に及ぼす影響を応答変位法に基づき検討する
方法を示す。本マニュアルは①「大地震動に対する建築物の基礎の設計ガイドライン(案)」総プ
ロ「新建築構造体系の開発」性能評価分科会・基礎WG・耐震設計SWG4)
計を考える」(社)日本建築構造技術者協会
、②「杭基礎の耐震設
技術委員会・地盤系部会・杭頭接合部WG5)
礎の耐震性に関する諸問題」日本建築学会構造委員会基礎構造運営委員会6)
③「杭基
などを参照し取りまと
めたものである。
応答変位法は、想定される地震に対して、想定される自由地盤の地震時の最大変形を動的解析な
どにより算定し、その地盤の変位を杭体に地盤と杭との相互作用ばねを介して静的に与えることに
よって、杭体の応力を算定する手法である。このとき上部構造の慣性力を同時に杭体に加えること
で、杭体の応力状況や損傷状況を総合的に検討する。図1に応答変位法の概念を示す。
図1
応答変位法の概念説明6)
付録②-1
地震時において液状化が懸念されるような地盤では、地震応答による地盤変位がかなり大きなも
のになることや、液状化層と非液状化層の境界で大きな杭応力が発生することが懸念されるため、
特に慎重な検討が必要である。また、液状化が懸念される地盤では、地震動の作用から液状化の発
生までには若干のタイムラグがあるため、液状化地盤であっても、設計上は液状化しないと仮定し
た場合の検討も行うことが望ましい。
以上のような観点から、地盤の応答変位を考慮した鋼管杭基礎の検討手順として、およそ図2に
示すような手順により検討することを推奨する。応答変位法による検討は、設計の対象とする地震
レベル毎に検討することが望ましい。本マニュアルでは、1次設計レベル(建物の供用期間中に数
回は遭遇するであろう地震レベル)と、いわゆるレベル2地震動(建物の供用期間中に遭遇するか
もしれない最大級の地震レベル)の2段階で検討することを推奨する。例えば、1次設計において
は地盤変位の影響を考慮した上で杭体が弾性範囲内であるように設計するとともに、レベル2地震
時においても杭体の損傷が許容範囲内であるように設計するという方針をとることが考えられる。
付録②-2
地盤条件・設計対象地震の選定・地盤変位考慮の可否・解析法などの検討
液状化判定
上部構造
[液状化しないと仮定]
A
地盤応答周期の計算
地盤応答加速度の算定
杭頭慣性力の検討
地盤モデルの作成
地盤変位の計算
[地盤変位による杭の応力]
・地盤変位を強制変位として入力
、
杭頭慣性力の考慮
・ 増分解析
[杭の応力・損傷状況の検討]
B
Yes
[液状化の検討]
液状化限界加速度≧地表面加速度
[液状化しない場合]
[液状化時の地盤の応答変位]
杭頭慣性力の検討
No
[液状化する場合]
[地盤変位による杭の応力]
・地盤変位を強制変位として入力
杭頭慣性力の考慮
・ 増分解析
[杭の応力・損傷状況の検討]
[完了または見直し]
図2 地盤変位を考慮した鋼管杭基礎の設計フロー
注)液状化の危険性のある地盤での鋼管杭基礎の設計においては、液状化しないと仮定した場合(A)と液
状化した場合(B)の2段階で照査を行う。液状化した場合の設計には、液状化の影響による地盤ばね係数
の低減を反映した算定モデルを用いる。
付録②-3
2.地盤変形の影響を考慮すべき場合
以下のような地盤条件の場合には、特に地盤変位の影響を検討するのが望ましい。
1)軟弱地盤
2)液状化の可能性が高い地盤
3)地層の剛性が急変する地盤
【解説】
地震時には、地盤は地震の大小や地盤条件にかかわらず振動による変形を生じているため、杭基
礎は必ず地盤変形の影響を受けている。したがって、すべての地盤において地盤変位の影響を検討
することが望ましいことは言うまでもない。しかしながら、上記の1)軟弱地盤
能性が高い地盤
3)地層の剛性が急変する地盤
2)液状化の可
では、とくに地震時の地盤変形が大きい、もし
くは地盤変位が杭体に及ぼす影響が大きいことが指摘されている。
「杭基礎の耐震性に関する諸問題(建築学会)」6)においては、従来の建物慣性力に対する検討の
みでは不十分となる地盤として、下記のような目安が提案されているので、参考にするのが良い。
もちろん、これ以外の地盤でも、地盤変位の杭応力への影響が大きくなる場合もあることに注意す
べきである。
1)軟弱地盤
・ 地盤の固有周期Tg>0.75秒
・ 基礎底からN値<2の粘性土層、あるいはN値<5の砂質土層が合わせて5
m以上存在する場合
2)液状化地盤
・第4節の液状化の検討により、液状化の可能性が大きいと判定される地盤
3)地層の剛性が急変する地盤…上下層のせん断波速度Vsの比が2を超える場合や杭の支持層への
根入れ部
付録②-4
3.地盤変位の算定方法(液状化を考慮しない場合)
地盤変位は、地盤の動的応答解析などによる方法を用いて適切に算定する。
【解説】
自由地盤の応答変位を求める代表的なものには、動的な応答解析により直接求める方法(方法A)
が最も一般的であり、その信頼性も高い。一方では、モーダルアナリシスと工学的な基盤位置での
応答変位スペクトルに基づき地盤変形を推定する方法(方法B)も提案されている。
●方法A
地盤のせん断波速度Vsを測定またはその他の地盤条件(N値など)から推定する。解析は、SHAKE
など一次元波動論に基づく等価線形解析により行うのが一般的に普及している方法である。また、
地盤の非線形特性をR-O(ランバーグ-オスグッド)モデルなどでモデル化して逐次非線形解析を行う方法も
ある7)。R-Oモデルのパラメーターは、設定したG/G0∼γ関係、h∼γ関係を模擬できるように設定
することができる。
<Vsの推定法>
せん断波速度Vsは、PS検層により現位置の値を測定して求めるのが望ましいが、Vs値が測定されて
いない場合、N値等を用いて次式で推定する方法が太田・後藤8)により提案されている。
Vsi = 68.9 N i
0.173
⋅ Hi
0.195
⋅ Ei ⋅ Fi
(1)
Vsi :各深さ(i層)のせん断波速度(m/s)
N i :i層のN値
H i :i層の深さ
Ei :i層の年代による係数(沖積層; Ei =1.000、洪積層; Ei =1.306)
Fi :土質による係数(粘土; Fi =1.000、砂; Fi =1.085、 礫; Fi =1.189)
しかしながら、関口ら9)の検討によれば、Vsの測定値を用いて地震応答解析をした場合と太田・
後藤式による推定値を用いて地震応答解析をした場合との地表面最大相対変位を比較した結果、
(Dmax,太田;推定値を用いた場合)/(Dmax,PS;測定値を用いた場合)の比率は、約0.80以上と
なっていることが報告されている。このことから、「大地震動に対する建築物の基礎の設計ガイド
ライン(案)」総プロ「新建築構造体系の開発」性能評価分科会・基礎WG・耐震設計SWG4)では、
太田・後藤式を用いる場合、得られた地表面応答変位を1.25倍(=1/0.8)して用いることが提案され
ているので、留意されたい。
付録②-5
<G/G0∼γ関係、h∼γ関係の推定法>
地盤のひずみに応じたせん断弾性係数の低減係数および減衰定数についても、現位置での地盤の
サンプルによる土質試験などにより測定されているものがあれば、それを用いるのが望ましいが、
一般には、そのような場合は稀であると考えられる。そこで、ひずみに応じたせん断弾性係数の低
減係数および減衰定数が、改正建築基準法 10)における告示1457号の別表第二に示されているの
で、それを用いてもよい。以下にその関係をグラフ化したものを掲載する。
a)
G/G0∼γ曲線
粘性土
砂質土
1.0
せん断弾性係数比 G/G0
せん断弾性係数比 G/G0
1.0
0.8
0.6
0.4
0.8
0.6
0.4
0.2
0.2
0.0
1E-5
0.0
1E-4
1E-3
0.01
0.1
1E-4
砂質土
b)
1E-3
0.01
0.1
ひずみ γ
ひずみ γ
粘性土
h∼γ曲線
粘性土
0.4
0.4
0.3
0.3
減衰定数 h
減衰定数 h
砂質土
0.2
0.1
0.0
1E-5
0.2
0.1
1E-4
1E-3
0.01
0.1
ひずみ γ
0.0
1E-5
1E-4
1E-3
0.01
0.1
ひずみ γ
砂質土
粘性土
<入力地震動>
入力地震動は工学的基盤で設定するものとする。工学的基盤とは、N値が50以上あるいはVs値
が350∼400m/sec以上の地盤である。
基本的には設計者が工学的基盤での入力地震動として地域の特性や設計の要求水準に応じて適切
な地震波を設定するが、改正建築基準法における告示1461号では、基盤入力用の地震動応答ス
付録②-6
ペクトルが示されており10)、これに適合した地震波を基盤入力として用いるのが良いと考えられる。
告示では、稀に発生する地震動(中地震)と極めて稀に発生する地震動(大地震)に対応する応答
スペクトルを与えている。各々損傷限界の設計(1次設計)及び安全限界の設計(2次設計)に用い
る。ここでは、建築センター波L1及びL2を参照波形として、上記スペクトルに適合するよう調整し
た地震波を下図に例示しておく。
1-1)
中地震動(損傷限界設計用(1 次設計用)
)
適合地震波(L1)
6001
KENCHIKU
LEVEL=1
6001
KENCHIKU CENTER
CENTERMOGIHA
MOGIHATEKIGOU
TEKIGOUHAHAGROUND=1
GROUND=1
LEVEL=1
振幅
変位応答スペクトル
100
15
最大値:
h=0.05
MAX=66.2765
13.331( 最小値:
5.0000 -56.4968
sec)
50
10
0
5
-50
-1000
0
0.05
0.08 0.110
0.2 20 0.3
30
50 3
0.4 0.5
0.8 1 40
2
4
5
時間(sec)
周期(sec)
6001
KENCHIKU CENTER MOGIHA TEKIGOU HA GROUND=1 LEVEL=1
適合地震波(L1)
h=0.05 MAX= 166.83( 0.6295 sec)
0.08 0.1
0.2
加速度応答スペクトル
200
150
100
50
0
0.05
0.3
0.4 0.5
周期(sec)
0.8
1
2
3
4
5
1-2)大地震動(安全限界設計用(2次設計用)
)
適合地震波(L2)
適合地震波(L2)
308.6865.0000
最小値:
-328.959
h=0.05 最大値:
MAX= 63.951(
sec)
変位応答スペクトル
振幅
400
80
200
60
0
40
-200
20
-4000
0.05
0
0.08 0.120
0.2
40 0.3
0.4 0.5 60
0.8
時間(sec)
周期(sec)
1
80
2
3
100
4
5
適合地震波(L2)
h=0.05 MAX= 839.27( 0.6295 sec)
加速度応答スペクトル
1000
800
600
400
200
0
0.05
0.08 0.1
0.2
0.3
0.4 0.5
周期(sec)
付録②-7
0.8
1
2
3
4
5
応答変位法に用いる地盤変位yGとしては、地表面の相対変位が最大となるときの地盤変位の分布
形を抽出し、その杭先端位置に対する各深さの最大相対変位を求め、この相対変位分布を用いる。
●方法B 6)
地盤の固有周期と地震波の応答スペクトルにより地震時の地盤変位を算定する方法が許斐らによ
り提案されているが、動的解析によらず、簡単な表計算ソフトを用いて地盤変位を算定することが
出来るため、設計上の利便性が高いと思われるので、以下に紹介しておく。
この方法では、まず動的応答解析の場合と同様に地盤を等価せん断型質点モデルに置換する。次
にこのモデルに対する固有値解析を行って、固有周期・刺激係数・固有モードを求める。一方で、
基盤への入力地震波の変位応答スペクトルから地表面での最大変位を算定し、これらから地盤変位
を推定する。その際、地盤の非線形性を考慮し、剛性を低減させたモデルを作成する必要がある。
<Vs及びせん断剛性の低減率>
地震動レベルに応じてVs及びせん断剛性を低減する必要がある。その低減率として下表が提案
されているが、各層一律の低減係数であるので、後述する層毎の低減率の補正を行うことを推奨す
る。また、表に当てはまらない地震レベルの検討を行う場合は別途検討する必要がある。
表1 地盤剛性の低減率4)
1次設計及びレベル1
2次設計及びレベル2
G/Go
0.70
0.35
Vs/Vso
0.85
0.60
この低減されたばね定数を用いてせん断ばねモデルの等価せん断ばね定数を下式で算定する。
G = ρ Vs
2
(2)
Ks = G / h
(3)
ただし、hは層厚
なお、表1は地盤各層の剛性が一様に低減する場合を想定した係数を示しているが、これによっ
て求められた地盤変位から各層毎にせん断ひずみを計算し、地盤のG/G0∼γ関係に基づいて、それ
に応じた低減値を求めて再計算すれば精度は向上する。
<固有値解析>
固有値解析の手法は種々提案されているが、一般の骨組み解析ソフト等は固有値解析機能を有す
付録②-8
るものも多く、それらを活用することもできる。また、Holzer法など表計算ソフト等を用いて簡単
に算定できる方法もある11)。
また、互層地盤の固有周期は重力式を拡張した近似式として次式を用いて求める方法も提案され
ている4)。
n
­ § H + Hi ·
½
Tg = 32¦ ®hi ¨ i −1
¸ Vsi ¾
2
¹
i =1 ¯ ©
¿
Tg :互層地盤の固有周期(sec)
(4)
H i :基礎底面からi層下面までの深さ(m)
hi :i層の層厚(m)
Vsi :i層のせん断波速度(m/sec)
<地盤の応答変位の設定>
地盤の変位分布は刺激係数と標準変位応答スペクトル及び固有モードから次式により算定する。
u ( z ) = β i ⋅ Ds ⋅ X i
(5)
ここに、
β i :1次刺激係数
Ds :地盤の固有周期に対応する変位応答スペクトル
X i :1次固有モード
地盤の応答スペクトルは、設計者が工学的基盤での入力地震動として加速度を求めた上で、この
加速度波形の変位応答スペクトルを求めることになる。ここでは上述した告示1461号に示され
る応答スペクトルに適合した地震波の変位応答スペクトルを、許斐らの提案する方法12)に従い算定
したものを図3に示す。これによれば、式(5)に用いるDsは、地盤の固有周期Tgに応じて下式を
用いて算定してよい。
1次設計
Ds = 1.7 Tg
2次設計
Ds = 6 Tg
付録②-9
30
2次設計用(h=20%)
1次設計用(h=7%)
応答変位Ds(cm)
25
20
Ds=6Tg
15
Ds=1.7Tg
10
5
0
0
1
2
3
4
周期Tg (sec)
図3
設計用応答変位スペクトル
付録②-10
5
4.液状化の検討
液状化の発生する可能性のある地盤においては、液状化の影響を適切に評価する。
【解説】
(1)対象となる地盤
液状化の検討の対象となる地盤は「鋼管杭基礎の安全限界水平抵抗力算定マニュアル(案)」
7節を参照のこと。
(2)設計地表面加速度Amax
液状化の検討で用いる設計地表面加速度Amaxは、建物の重要度、当該地盤の条件、設計の対象
とする地震波等を考慮の上定めるものとする。以下に設計地表面加速度Amaxの設定方法の例を示
す。
①Shake等の動的応答解析により当該地盤が液状化しないとして算定された地表面加速度を設
計地表面加速度Amaxとする。
②過去の地震観測結果に基づいた地表面加速度を設計地表面加速度Amaxとする。
③対象地盤の大地震時の一次固有周期Tgから図4で算定される地表面加速度を設計地表面加
速度Amaxとする。
図4 大地震時の地盤応答
(3)液状化の可能性の検討方法
液状化の可能性を液状化限界加速度AL,maxと設計地表面加速度Amaxと比較することにより検討す
る。すなわちAmaxがAL,maxより大きい場合には液状化し、AmaxがAL,maxより小さい場合には液状化に
は至らないと判断する。液状化限界加速度AL,maxは、水平加速度が順次大きくなり、地盤のどこかが
付録②-11
ちょうど液状化する地表面加速度の限界値と定義する。
ここでは設計の便を考え「鋼管杭基礎の安全限界水平抵抗力算定マニュアル(案)」7節で示し
た時松・吉見による液状化の可能性の検討方法Aに基づいた簡便な液状化限界加速度AL,max の算定方
法を紹介する。
時松・吉見による液状化の可能性の検討方法Aでは地表面水平加速度をαmax として液状化発生に
対する安全率 Fλ 値を求め、Fλ 値の最小値が1以下の場合液状化の可能性があると判断する検討方法
である。この検討で用いたαmax、 Fλ 値より液状化限界加速度AL,max は以下の式で算定することがで
きる。
AL,max=αmax×min( F )
λ
(6)
以上の他、有効応力に基づく応答解析方法により液状化限界加速度AL,maxを算定することも可能であ
る。この方法では液状化に伴う地震応答の変化や入力地震動の違いを適切に表現でき、2次元、3
次元的な地盤および構造物の形状の違いを考慮できるなど有力な方法である。しかし、現時点では、
有効応力モデルの違いやパラメータ設定の方法が確立していないなどの理由から評価者による評価
のばらつきがあるなど、設計法としての成熟度は十分でないと考えられる。汎用的な設計法となる
ための今後の研究を待ちたい。
付録②-12
5.液状化時の地盤の応答変位
液状化時の地盤の変位は、地盤の強さと地震の強さに基づき算定する。
【解説】
液状化の可能性がある地盤において応答変位法を用いて杭基礎の耐震性を評価するためには、液
状化過程で生じる地盤変形を評価することが必要である。
このような液状化地盤の地盤変形を評価する方法として、有効応力に基づく地震応答解析により
求めることが考えられる。本マニュアルでは、設計上の利便の観点から、社本ら 13)の提案する簡易
な方法を紹介しておく。
図5は、神戸ポートアイランド,東神戸大橋,釧路
盤中で観測された地中の加速度記録を積分すること
によって地盤の時刻歴変形を求め、この深さ方向の分
布から地盤に生じた最大せん断ひずみγcy を求め、等
価せん断応力比と補正N値とγcyをプロットしたものであ
る。また、図中の実線は、液状化判定に用いる図(鋼
等価 せ ん断 応力 比
港湾,インペリアルバレー等において,液状化した地
管杭基礎の安全限界水平抵抗力算定マニュアル(案)
の図7.1)の液状化強度曲線,等ひずみ曲線を参考に
して,上記のデータに適合する様に等ひずみ線を引い
たものである13)。
図5を用いて液状化過程で生じる地盤変形を次の
図5 液状化に伴うひずみ量と
せん断応力比の関係 13)
方法で算定することができる。
1) 各深さの等価せん断応力比と補正N値 Naを算定する。
2) 図5から各深さでのせん断ひずみを求める。
3) このせん断ひずみを深さ方向に積分することで、液状化層の地盤変位を求めることができる。
BTL委員会によるとこのようにして求めた地盤変位と,有効応力に基づく地震応答解析から得られ
た地盤最大応答変位がほぼ等しい結果を与えたと報告されている14)。
液状化判定に用いる図(鋼管杭基礎の安全限界水平抵抗力算定マニュアル(案)の図7.1)と図5
の等ひずみ線が一致しない理由は、図7.1が室内の非排水繰返しせん断試験によるもののため、過剰
間隙水圧比が100%に達した後も強制的にせん断応力を与えているのに対し、図5は地震応答に基づ
くものであるため、過剰間隙水圧が上昇するにつれて、地盤が軟化するために応答せん断応力が低
下することである。
なお、液状化層以深の非液状化部分の地盤変位は、本検討に先立ち実施される液状化しないとし
付録②-13
て検討された地盤変位を用いる。
付録②-14
6.応答変位法に用いる建物慣性力(地盤が液状化しない場合)
応答変位法に用いる建物の慣性力の設定は、下式によることができる。
Qr = η Qb max + k f W B
(7)
ただし、 Qr :応答変位法に用いる上部構造の慣性力
η :地盤と建物の振動の位相差を考慮した低減係数(解説
Qb max :上部構造のベースシアの最大応答値
k f :設計用地下震度
式(8))
WB :地下部分の重量
【解説】
地盤の振動の固有周期と、建物の固有周期の相対関係によっては、地盤の変形が最大となる時刻
と、上部構造のベースシアが最大となる時刻は必ずしも一致するとは限らない。したがって、地盤
の変形の影響を検討するとき、同時に考慮すべき上部構造の慣性力は、このような地盤と上部構造
の位相差を考慮して低減することができる。
鉄道の設計標準3)においては、このような上部構造と地盤変位の位相差を考慮した補正係数が提案
されており、上部構造と地盤の固有周期が近いときには、同時に考慮すべき上部構造の慣性力は最
大値の0.3倍まで低減することができるとされている。しかしながら、これは上部構造が弾性応答す
る場合についての検討に基づくものであり、上部構造の形態も建築物とは異なることから、建築物
にそのまま適応できるかどうかについては確認されていない。とくに、上部構造の塑性化を考慮す
る場合においては、上部構造の慣性力が最大値近傍となる時間が弾性応答よりも長く保持されるこ
とが予測されることから、弾性応答の場合と同等の低減率を見込むことは出来ないと考えられる。
小林らは、地盤および建築物を想定した上部構造の非線形性を仮定した連成応答解析をパラメト
リックに実施し、地表面相対変位が最大となる時刻の建物慣性力の比率について検討を加えており、
その検討結果を図6に示す15)。同図においてηの値は、上部構造のベースシアの最大応答値Qbmax
に対する地表面相対変位が最大となる時刻の上部構造のベースシアQbdの比率である。また、Tgは
非線形性を考慮した場合の地盤の一次卓越周期であり、Tbは上部構造の基礎固定時弾性一次固有周
期である。
この結果より、小林らは、同図の解析結果のプロットの上限値を包絡するような値として、式(8)
のような低減率ηを提案している。
付録②-15
η =1
η = 1.6 − 0.8(Tb / Tg )
η = 0.6
η = −1 + 0.8(Tb / Tg )
η =1
(Tb / Tg ≤ 0.75)
(0.75 < Tb / Tg < 1.25)
(1.25 ≤ Tb / Tg ≤ 2.00)
(8)
(2.00 < Tb / Tg < 2.50)
(2.50 ≤ Tb / Tg )
この検討結果に基づけば、通常の建築物に関しては、レベル2規模の大地震において、応答変位
法に用いる慣性力の設定は、本式の低減係数を考慮してもよいものと考えられる。
もちろん、1次設計などレベル1の地震では、上部構造は弾性範囲内に留まるように設計するの
が一般的であるため、応答変位法に用いる建物の慣性力は、これよりも小さな低減率ηを取ることが
できると考えられる。しかしながら、建築構造物について包括的な検討がなされていないため、安
全側であるとの判断からレベル1の地震でも式(8)の低減係数を一律に考慮することを推奨する。ま
た、レベル2以上の地震の場合についての知見はほとんどないことを考えると、低減係数を考慮し
ないか、もしくは別途検討することが望ましい。さらに、上部構造の耐力が小さく応答塑性率が大
きい場合、例えば免震建物のような場合には、上部構造の慣性力が最大である状態を長時間保持す
るため、その間に地盤変形が同方向に最大となる可能性が大きくなることも考えられる16)。そのよ
うな場合には、応答の最大値同士を同時に考慮して解析することが望ましい。
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site2
BCJL2
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Rinkai92h
1.0
η
低減係数 η
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
Tb / Tg (sec.)
図6 地表面の地盤変形が最大になる時刻の上部構造のベースシアの低減率η15)
付録②-16
7.液状化地盤の応答変位法に用いる杭頭慣性力
液状化地盤の応答変位法に用いる杭頭慣性力の設定は、下式によることができる。
(9)
Q r = AG / g ⋅ (Wb + W B )
ただし、 Q r :応答変位法に用いる杭頭慣性力
g:重力加速度
AG :液状化時の地表面加速度
Wb :対象とする杭が支える上部構造の重量
WB :対象とする杭が支える地下部分の重量
【解説】
液状化地盤で応答変位法を用いる場合に考慮する杭頭慣性力は、対象とする杭が支える上部構造
と地下部分の重量に液状化時の地表面加速度と重力加速度の比を乗じたものとする。
なおここでは簡単のため、液状化後の地表面加速度は増大しないと考えられることから、杭頭慣
性力の算定に用いる液状化時の地表面加速度AGは液状化限界加速度AL,maxと等しいとした。
また、液状化が発生すると地盤剛性が低下して建物への入力地震動が長周期化し建物応答加速度
は小さくなるばかりでなく、地盤と建物との動的相互作用の観点から減衰の増大や入力動の低減効
果等も考えられ、液状化地盤上の建物への入力は液状化しないと仮定した場合に比べ小さくなると
推測される。また、設計で考慮する地盤変位の時点と液状化時の地表面最大加速度の発生時点では
時間差が考えられ、地盤変位と杭頭慣性力の影響を同時に考慮することは安全性を見込みすぎると
いう考え方も存在する。一方阪神大震災では、液状化地盤上で 350gal を観測した例もある。以上の
ように、応答変位法を用いて液状化地盤の杭を設計する場合の杭頭慣性力の評価に関しては研究す
べき課題が多く残っており、ここでの提案はあくまでもひとつの試案であることを付記しておく。
付録②-17
8.杭応力の算定
杭応力の算定においては、「鋼管杭基礎の安全限界水平抵抗力算定マニュアル(案)」に定める
解析モデルと同一のモデルを用い,地盤相互作用ばねの端部に3節の「地盤変位の算定方法」ある
いは5節「液状化時の地盤の応答変位」により求めた地盤変位を強制入力して杭の応力を算定する。
このとき、6節または7節による「応答変位法に用いる建物慣性力」を同時に考慮する。
【解説】
(1)解析モデル
本マニュアルでは、基本的に鋼管杭基礎の安全限界水平抵抗力の算定時と同じ解析モデルを用い
て算定することとした。安全限界水平抵抗力の算定に用いられる解析モデルは図7に示す個別解析
モデルや分離解析モデルなどが提案されているが、終局限界状態の水平抵抗力の算定に用いたモデ
ルをそのまま用いることとすることにより、計算の手間が省けるとともに慣性力との連成を考慮す
る場合の整合性も保つことができる。
N
基礎梁・柱接合部
(剛域)
M
H
NL
GL
NL
N
N
杭頭接合部
(M−θ)
u
u
杭基礎
(M−φ)
a)基礎固定
b)杭頭回転バネ
c)部分基礎梁考慮
水平方向地盤バネ
(Pmax を上限値とする Winkler)
個別モデル
分離モデル
図7 解析モデルの例
(2)応答変位法に用いる水平地盤反力係数
杭体や相互作用ばねなどの個々のモデル化においても「鋼管杭基礎の安全限界水平抵抗力算定マ
ニュアル(案)」と同様のものを用いるのが望ましい。液状化を考慮した検討を行う場合は、液状化
土層については同マニュアル(案)に従い、その液状化程度に応じて水平地盤反力係数を低減したも
のを用いる。
地盤変形に対する影響を考慮した設計に用いる水平地盤反力係数については、建物慣性力の検討
付録②-18
とは異なるものを用いる方がよいのではとの指摘もあるが4)17)18)、地盤変位の影響の検討に用いる地
盤反力係数について、具体的に実証的な検討を加えた既往の研究はほとんどない。したがって、こ
こでは、「鋼管杭基礎の安全限界水平抵抗力算定マニュアル(案)」に示される非線形性を考慮に入
れた水平地盤反力係数をそのまま用いることができるものとした。
(3)杭応力及び杭の損傷状況の検討
地盤変形による杭体への影響を検討するには、(1)で設定した解析モデルに対して、杭と地盤
とを結合する地盤相互作用ばねの端部に、動的解析などにより求めた自由地盤の地盤変位を強制入
力することにより算定できる。このとき、各深さ位置での地盤変位は、杭先端位置に対する相対変
位分布を用いる。さらに、建物の慣性力を同時に杭頭または地中梁位置に作用させることで、地盤
変位と建物慣性力を同時に考慮した検討を行うことができる。建物慣性力は6節および7節で示さ
れるものとすることができる。
杭体及び地盤ばねが線形と仮定しても差し支えないとみなせる場合(損傷限界時の検討)、また
は非線形性を考慮した等価な剛性及びばね定数を設定する場合においては、地盤変形による杭応力
と、建物慣性力による杭応力を別途算定したのち、応力を足し合わせることで杭体の応力を検討す
ることもできる。
地盤ばねや杭体の塑性変形を考慮した解析方法としては、地震時の地盤変形による杭の状態をま
ず算出した後、その状態を初期応力として6節および7節で得られた建物慣性力を荷重増分解析に
よって作用させることで非線形性を考慮した杭応力の検討を行うことができる。安全限界時の検討
では、一般には地盤ばねや杭体及び杭頭接合部の塑性化が発生することが予測されるので、このよ
うな検討方法を用いるのが望ましい。
なお、地盤変位の影響と建物慣性力との連成においては、慣性力と地盤変位の方向を考慮した上
記の算定手法でよいが、この場合、加算した応力が単独の応力よりも小さくなる部位が生じること
もあるので、杭の断面算定においては、低減しない慣性力単独による応力、地盤変位単独による応
力のうち最も厳しい値で設計するなどの配慮が必要である。
付録②-19
9.液状化後の地盤の残留変位の検討
液状化地盤においては、液状化後の地盤の残留変位の影響を検討することが望ましい。
【解説】
液状化地盤において、著しい液状化が発生する場合
には比較的大きな残留変位が懸念される。このような
場合には、液状化発生後の残留変位を評価するととも
に、その基礎構造への影響(基礎の残留変位および応
力状態など)を、応答変位法により検討することが望
ましい。
(1)
地盤の残留変位の算定
水平地盤の水平残留変位を、社本らは彼らの残留塑性
ひずみポテンシャルの概念を用いて算定する方法を提案し
ている19),20)。図8∼図10は残留せん断歪ポテンシャル (γ
)
r maxを算定するグラフで、縦軸は、等価な一定繰返しせん
断応力比τd /σ'z 、横軸は補正N値 Na であり、細粒分
含有率FC 0%, 10%, 20%の場合の(γr)max が算定される。
図11は、兵庫県南部地震において、護岸の崩壊
図9 最大残留せん断ひずみを推定する
ためのチャート(FC=10%)20)
付録②-20
図8 最大残留せん断ひずみを推定する
ためのチャート(FC=0%)20)
図10 最大残留せん断ひずみを推定す
るためのチャート(FC=20%)20)
や傾斜などの影響のない水平な地盤における地表面水平変位の実測値と各深さで求めた(γr)max を
深さ方向に積分して求めた地表面変位をプロットしたものである。算定値と実測値は1対1の関係があ
り、実測値は算定値の約16%である。このことから液状化が生じた水平地盤の残留水平変位量を、残
留せん断歪から算定した地盤変位を0.16倍することにより求めることができる。
以上より、液状化後残留水平変位を次の方法で算定する。
1)各深さの等価せん断応力比と補正N値を算定し、
図8∼図10から各深さでの残留せん断ひずみの最
大値(γr)maxを求める。これを用いて次式から各深さ
で生じる残留せん断ひずみ γ r を算定する。
γ r = Cr × (γ r )max
(10)
ここで、 Cr は、安全側の値として0.2とする。
2)次式により深さ方向に残留せん断ひずみを積分し、
深さzの関数として液状化後の地盤の水平残留変位
D h (z ) を算定する。この変位を応答変位法の地盤変
形yG(z) に用いる。
Dh ( z) =
³
Z
Zp
γ r. dz
(11)
図11 液状化した地盤の水平残留変位
の測定値と理論値の比較20)
ここで、積分範囲のZpは杭先端深さ,Zは残留水平変位を算定する各深さである。液状化の検
討対象とならない粘土層等においては残留せん断ひずみを考慮する必要はないが,液状化の検
討対象となる層では,完全に液状化に至らないと判断される場合にも,残留せん断ひずみを考
慮してDh(z)を算定する。
(2)杭の残留変位及び応力状態の検討
地盤の残留変位による、杭基礎への影響の算定においては、「鋼管杭基礎の安全限界水平抵
抗力算定マニュアル(案)」に定める解析モデルと同一のモデルを用い,地盤相互作用ばねの
端部に(1)により求めた地盤変位を強制入力して杭の残留変位及び応力状態を検討する。
付録②-21
【参考文献】
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による建築基礎の被害調査事例報告書、400p、1996.7
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3) (財)鉄道総合技術研究所編:鉄道構造物等設計標準・同解説
基礎構造物・抗土圧構造物、丸善株式会社、
1997.4
4) 総プロ「新建築構造体系の開発」性能評価分科会・基礎WG・耐震設計SWG:大地震動に対する建築物
の基礎の設計ガイドライン(案)、2000.3
5) (社)日本建築構造技術者協会
技術委員会・地盤系部会・杭頭接合部WG:杭基礎の耐震設計を考える、
1997.11
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簡易推定法に関する研究(その1∼2)」,日本建築学会大会,pp.533-536、1998.9
10)建設住宅局建築指導課、建設省住宅局市街地建築課、財団法人日本建築センター、改正建築基準法令集、
平成12年7月
11) 共立出版:建築構造ポケットブックなど
12) 許斐信三、松尾雅夫、三町直志:応答変位法による杭の耐震設計の研究、日本建築学会第5回動的相互作
用シンポジウム論文集、pp.225-230、1998.5
13) 社本康広、張建民、時松孝次(1998):液状化後の地盤沈下と側方変位に対する簡易予測法、地盤工学会、
地震時の地盤・土構造物の流動性と永久変形に関するシンポジウム発表論文集、pp393-398.
14)
BTL委員会(1998):兵庫県南部自身における液状化・側方流動に関する研究報告書(平成7年度∼平成
9年度)、pp.II-59.
15) 小林勝已,前島克朗:「杭の応答変位法に用いる建物慣性力の設定に関するケーススタディ」,日本建築
学会大会,pp.531-532、1998.9
16)
室野剛隆,西村昭彦:杭基礎構造物の地震時応力に与える地盤・構造物の非線形性の影響とその評価手法、
第10回日本地震工学シンポジウム、pp.1717-1722、1998.11
17)
許斐信三、三町直志、倉持博之:応答変位法による杭の耐震設計(その3∼4)、日本建築学会大会、767-770、
1997.9
18) 三浦賢治、古山田耕司、萩原庸嘉:杭の地震時応力の実用的な解析法(その1∼2)、日本建築学会大会、
pp.537-540、1997.9
19) 時松孝次、多田公平、庭野淳子(1998):地震時の液状化および側方流動に伴う地盤変形 の評価、第33回
付録②-22
地盤工学研究発表会講演集、pp971-972.
20)
Shamoto Y. , Zhang, J.-M. and Tokimatsu, K. (1998): Methods for Evaluating Residual
Post-Liquefaction Ground Settlement and Horizontal Displacement, Soils and Foundations, Special
Issue on Geotechnical Aspects of the January 17 1995 Hyogoken-Nambu Earthquake, Vol.2.
付録②-23