複雑構造材料の特性解析グループ 複雑構造材料の特性解析グループ研究成果報告 グループリーダー 北村 隆行 Abstract: This summarizes activity of the research group on mechanical behaviors of materials with complex structures conducted in 2006fiscal year. Materials used for machines and devices including MEMS and electronic chip possess various and rich behavior, which stems from its complex microstructure. The “material” should be understood as a system, which consists of hierarchal multi-scale elements. Thus, the biomaterial is a target of our work as well. Here, I describe the activity mainly focusing on the cooperative research works and workshop for the students in the doctoral course. Key words: 21st century COE program, Material, Cooperation, Workshop, Complex structure 1. はじめに 21 世紀 COE プログラム「動的機能機械システムの数理モデルと設計論」―複雑系の科学による機械 工学の新たな展開― は 4 年目となり、実質的な活動の進展が見られている。当初より、本プログラム では領域の垣根を越えた若手研究者および博士課程学生の活動を奨励する取り組みを重視してきた。海 外からの著名な研究者の招聘・講演等や博士課程学生のセミナー、海外研究機関への武者修行のほか、 シンポジウム等への参加についても工夫してきた。共同研究や対話の重要性はことあるごとに強調され るが、共同の論文等の具体的な成果が実質的に現れるまでには時間と辛抱を要する。上記の活動の継続 が、本プログラムに参加している若手研究者や博士課程学生を刺激し、研究分野や研究室を越えた実質 的な共同研究が実を結び始めているのが本年度の特徴である。そこで、今年度の報告書では、これらの 共同研究等の特徴的な活動に焦点を当てて記述する。 2. フロンティア研究 昨年度に引き続き各研究グループへの支援を行ったが、主な研究助成は若手研究者へフロンティア研 究とした。また、土屋拠点リーダーとの検討により、材料グループは「バイオメカニクス」と「ナノ材 料力学」に重点をおく方向が示されており、若手からの研究提案を基に審査するフロンティア研究にお いては、本年度もこの方針を堅持することとした。本年度のフロンティア研究による助成を行った研究 者と研究テーマを表1に示す。いずれも助手・講師・助教授(若手)の新進の研究者に限定しているこ とも昨年までと同様である。また、昨年度からの継続したテーマが多く、研究が深化している傾向が見 て取れる。また、後述の共同研究に発展しているもの以外にも研究者間で議論が行われているものがあ り、直接には目には触れないが地下水脈が形成されつつある。なお、神野助教授は長期海外出張である ため、共同研究とした。 さらに、土井祐介大阪大学助手(元COE研究員) 、梅野東京大学助教授(元京都大学講師) 、田中金沢工 業大学講師(元京都大学助手) 、平方大阪大学講師(元京都大学助手)と昨年度より今年度にかけて多く のフロンティア研究の助成を受けた若手研究者が、その成果を高く評価されて他大学へ昇任することに なったのも特徴である。これは、本プログラムの成功を示している。なお、ここには現れていないが、 以前に武者修行によって海外に派遣した久島COE研究員(当時は博士課程学生)は2007年度中にアメリカ 合衆国マサチューセッツ工科大学へ博士研究員として赴任する予定であるなど、博士課程学生の就職等 でも大きな成果をあげている。これらは、本プログラムが若手研究者の養成にきわめて有効に機能した ことを如実に示すものである。 有効性が明らかになってきたことを受け、本年度の武者修行は、若手教員として菅野公二助手を、博 士課程学生としてHsiao Shih-Hsiu君(D2)と嶋田隆広君(D1)を選定し、それぞれ1週間から数週間程度の海 外派遣を行った。 表1 材料グループにおける 2006 年度のフロンティア研究 研究者 安達泰治 梅野宜崇 神野伊策 鈴木孝明 鈴木基史 田中基嗣 田中義和 土屋智由 津守不二夫 土井謙太郎 土井祐介 蓮尾昌裕 松本龍介 研究課題 細胞・組織内複雑構造システムのバイオメカニクス ペロブスカイト表面および界面の第一原理マルチフィジックス解析 構造制御機能性薄膜の創出およびマイクロデバイスへの応用 高温斜め蒸着による Al ナノワイアの成長に関する研究 生体組織マトリクスの変形・損傷場と細胞ネットワークの相互作用 PDP 保護膜及び保護膜材料の研究 静電型 MEMS デバイスを用いたナノ材料の電気機械特性評価 磁場中の粒子挙動の解析と応用 秩序構造の乱れと局所的な電子構造の関係についての理論研究 2 次元格子系における非線形局在モードのダイナミクス ナノ構造を有する金属薄膜による新規光計測法の研究 ナノ結晶分散金属ガラスの力学特性評価とそのモデリング 3. 共同研究 ほか ここでは、本プログラムの研究を基に研究室の垣根を越えて共同研究が発展しつつある例を、2,3 紹介する。 3.1 富田直秀教授(制御グループ)と鈴木基史助教授の共同研究 制御グループにおける「生 体環境設計」を実践する上において,生体周囲の環境を設定しながら生体組織の機能を測定する技術が 望まれる.しかし,水の存在する環境下で生体組織を制御する環境を設定し,組織近傍のタンパク質や 遺伝子などの局在と量を同時に測定する技術は未だ開発されていない.マイクロエンジニアリング専攻 の鈴木基史助教授らは,表面から数十 nm までの範囲でラマン散乱断面積を増強する SERS(Surface Enhanced Raman Scattering)効果を持つ基板を作製した.本基盤上では,細胞の形態に異方性が生じや すいことが見いだされている.今回は本基盤のラマン散乱増強効果に注目して,溶液中でラマン散乱光 測定をおこない,表面吸着分子の測定可能性を検討した. (2006 年度の活動) まず, SERS 基板を用いて基板に対する細胞の接着部位近傍のラマン散乱光測定を おこなった.SERS 基板にウサギの脂肪由来間質細胞を播種し,接着したのを確認してラマングラフェン シート及びカーボンナノチューブにおける非線形局在振動解析散乱光測定をおこなった.その結果,細 胞からと考えられるスペクトルピークは得られなかった.一方で SERS 基板に予め 4,4’-Bipyridine を 吸着させておき,その上に細胞を播種して同様にラマン散乱光測定をおこなったところ,細胞部分から はバックグラウンドよりも強い 4,4’-Bipyridine によるピークが出現した.これは細胞の接着によって 基板上にある 4,4’-Bipyridine の溶液中への拡散が妨げられ,細胞の存在しないバックグラウンドより も相対的に 4,4’-Bipyridine の密度が高くなったからだと考えられる. 次に SERS 基板表面に吸着させたアミノ酸・タンパク質の間接的な測定をおこなった.この実験は SERS 基板表面にアミノ酸・タンパク質などが吸着することによって SERS 基板の性能が変化すると予想される ため, その SERS 基板の性能を指標物質で測定することで間接的に表面吸着状態を測定しようと試みたも のである.指標物質としてラマンスペクトルが既知である 4,4’-Bipyridine を用いた.細胞培養液の一 つである DMEM を SERS 基板に吸着させて 4,4’-Bipyridine を測定した.その結果,SERS 基板表面への 吸着量によってスペクトルピーク値およびスペクトルピークの時間変移に差が生じた. 100%FBS (牛血清) 吸着 SERS 基板,10%FBS 吸着 SERS 基板においても同様に吸着量による差がみられた.このスペクトルピ ーク値の差はSERS 基板表面にあるナノロッドアレイの凝集およびアミノ酸・タンパク質吸着による4,4’ -Bipyridine 近接の阻害が原因だと推測される.また,スペクトルピークの時間変移の差は表面吸着ア ミノ酸・タンパク質の Z 軸方向の高さ,密度などに指標物質が影響を受けていたと考えられる.ただし この現象は Au-SERS 基板のみでおこり,同様に作製した Ag-SERS 基板ではおこらなかった. 以上より,SERS 基板を用いることで細胞の接着部位近傍の測定,および SERS 基板表面に吸着したア ミノ酸・タンパク質の吸着状態の測定ができる可能性が示唆された.本基盤上では,細胞の形態に異方 性が生じやすいことを見いだしており,接着基質の相互作用を制御しながら,バイオマテリアルとタン パク質の吸着現象などといった表面・界面の情報を得ることができる可能性が示唆された. (参考文献) 浅田映美,金属ナノロッドアレイ型 SERS 基板を用いた細胞培養環境下における分子の吸 着測定,京都大学大学院工学研究科機械理工学専攻 2006 年度修士学位論文 3.2 鈴木基史助教授と平方寛之助手の共同研究 鈴木助教授は、動的斜め蒸着法によってナ ノサイズのスプリングやロッド等の形状制御を行ったナノ要素を密生させた薄膜を作成することに成功 しており、そのナノ構造から薄膜は特徴的な力学特性を有しているものと想像される。一方、平方助手 は、原子間力顕微鏡やナノインデンターを利用した特殊な実験装置を用いた微笑材料の力学特性の実験 的評価に多彩な経験があり、木村・鈴木グループとの議論を経て、ナノ要素集合薄膜に関する力学試験 を実施するための装置等の基本的な準備を進めてきた。両グループの能力を合わせる形で共同研究に発 展してきた。 (2005 度と 2006 年度の活動) 図 1 に示す酸化タンタルのナノスプリングよりなる集合薄膜を基板 上に作成し、フォーズスドイオンビームによって数ミクロン角の試験片を切り出した。原子間力顕微鏡 に付加装置を取り付け、垂直方向の荷重のほかに水平方向の荷重を負荷できるようにした試験装置を用 いて、ナノ集合薄膜の厚み方向剛性と横方向(膜の面内方向)剛性の測定を行った(図 2) 。なお、同装 置では垂直方向変位と水平方向変位をモニターすることができる。また、このようなナノ要素の異方的 力学性質の実験例はなく、特徴的な性質が本研究によって初めて明らかになった。 本研究の主な結果は、以下のようにまとめることができる。 ・ ナノスプリングの縦剛性と横剛性を測定することに成功し、ナノスプリング要素集合薄膜のヤング 率 E とせん断弾性率 G を求めた。それらは、酸化タンタルの E および G より 2 オーダーから 3 オー ダー小さく、スプリング形状や長さを制御することによって、それらを調整することができること を明らかにした。 ・ ここで評価したナノスプリング集合薄膜の E/G 値は 3.4 から 6.2 である。通常の材料では E/G 値は 2.5 を越えることはなく、ナノ要素を集合することによって特異な力学的異方性を実現することが できる。 ・ スプリング定数はナノ要素形状に依存しており、集合薄膜の力学的特性評価には各要素の正確な形 状を認識する必要がある。 この研究成果を受けて、澄川 COE 研究員を中心として多層膜中にナノ要素集合薄膜を導入した場合の 力学的機能についての共同研究に発展しつつある。一方、平方助手(大阪大学講師に昇任)はナノ要素 の形状効果についての実験的検討を始めており、多方面への展開が期待される。 (参考文献)Hiroyuki Hirakata, Shohei Matsumoto, Masaki Takemura, Motofumi Suzuki and Takayuki Kitamura:Anisotropic Deformation of Thin Films Comprised of Helical Nanosprings,International Journal of Solids and Structures, Vol.44, pp.4030-4038(2007) 3.3 土井祐介助手(大阪大学)と北村隆行教授の共同研究 土井助手は京都大学博士課程在学 中より非線形局在モード(ILM)の研究に取組んでおり、 昨年度までの COE 報告書にも成果を発表している。 一方、北村のグループは各種の原子シミュレーションの実績があり、両者が協力することによって原子 系における非線形局在モードについての解析が可能になると考えられ、 本格的な共同研究が開始された。 その後、土井助手の大阪大学への移籍もあったが活動は継続されており、グラフェーンにおける非線形 局在モードの存在が確認されるに至っている。実材料の原子間ポテンシャルを用いた原子系における非 線形局在モードの存在が確認された例としては、 ほぼ初めてのケースと考えられる。 その成果の詳細は、 本報告書の北村グループの項に示されている。 図 1 ナノスプリング集合薄膜の断面写真 (a)縦剛性の試験 (b)横剛性の試験 図 2 原子間力顕微鏡を用いたナノスプリング集合薄膜の剛性評価法 現在は、土井助手と博士課程学生である木下祐介君(D2)の共同研究に引き継がれており、グラフェー ンを丸めたカーボンナノチューブにおける非線形局在モードの存在について解析が進められており、丸 める方向に非線形局在モードの発生が大きく影響を受けるという興味深い事実が明らかにされつつある。 今後の発展が期待できる分野であると考えられる。 (参考文献)山寄優,グラフェンシート及びカーボンナノチューブにおける非線形局在振動解析,京都大学 大学院工学研究科機械理工学専攻 2006 年度修士学位論文、 土井祐介,山寄優,中谷彰宏,北村隆行:非線形相互作用によるエネルギー局在構造(非線形局在モー ド)と材料の原子・分子スケールでのダイナミックスへの応用,材料,第55巻,第7号,pp.700-705(2006) 3.4 博士課程学生のための国際アライアンスなど 本プログラムの開始と同時にはじまった 田畑教授を中心とする日米欧 3 極のマイクロアライアンスを継続している。日本、アメリカ、ドイツの 順で世界をひと回りし、ふたたび日本開催の順番となっている。プログラムの深化とともに連携が緊密 になり、参加する博士課程の学生にも大きな刺激となっている。 また、本年度から博士課程の学生が企画・準備・実行する国際 Workshop を開始した。本年度は韓国の KAIST で開催したが、先方にも大きな刺激となり強い反響があった。日本側の幹事をつとめた嶋田君の 詳細な報告が本書に掲載されている。来年度は中国の西安交通大学において夏に実施する予定で、具体 的交渉を行っている。さらに、詳細は未定であるが、KAIST との第 2 回 Workshop についても制御グルー プ等と合同での開催希望が寄せられており、検討を行う予定にしている。 おわりに プログラムの最終年度を前に、大きな前進が得られた 1 年であったと総括できる。来年度に向けてこの流れを 持続しつつ、拠点としての最終的な成果に結び付けたいと考えている。
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