カヌースプリントナショナルチームの現状と今後の課題 - 日本スポーツ

 シンポジウム1 オリンピック・ロンドン大会に向けた JISS の取り組み
カヌースプリントナショナルチームの現状と今後の課題
○池田 達昭、烏賀陽 信央
国立スポーツ科学センタースポーツ科学研究部
カヌースプリント競技は、艇を用いて水上の直線コース(₅₀₀、₁₀₀₀m)において行われるオリンピック競技の1
つである。近年、日本の競技力が高まり、₂₀₀₉年ワールド・カップ第1戦では、女子カヤック₅₀₀mのレースにお
いて北本忍選手が優勝を果たすなど、日本人選手の実力が国内外で認められるようになってきた。 しかし、全体
的に評価すると未だ世界との差が大きく、₂₀₁₂年のロンドン五輪に向けて更なる強化が必要になると考えられる。
国立スポーツ科学センターでは、これまでカヌースプリント競技を対象に、国際競技力向上をねらいとしたサ
ポート活動を実施してきた。競技力に関わる要因を多面的に分析・評価し、世界の強豪選手と比較検討していく
中で、日本人選手の競技力の現状と今後の課題が次第に明らかになってきた。本シンポジウムでは、
「レース分
析」および「映像による技術分析」からみた世界との差を紹介し、今後の競技力向上に役立つ基礎的知見を提供
することを目的とする。
▪レース分析からみた世界との差
カヌースプリント競技は、パドルを用いて上肢の循環型の運動(ストローク)によって主に艇力を得ることか
ら、その艇スピードは「ストローク頻度(SR:stroke rate)」と「ストローク長(DPS:distance per stroke)」との積に
よっておおよそ決定付けられる。このことから、レースの勝敗に直接的に関わる艇スピードの変化を検討してい
く際には、SR および DPS の変化にも着目しておくことが重要となる。ここでは、日本選手権、北京五輪アジア
大陸最終予選、および北京五輪の3つのレースを対象にし、上位入賞者のレース中の艇スピード、SR および
DPS の変化について検討した。その結果、日本人選手のレース中の各指標の変化は、世界の強豪選手と比較す
ると大きく低値を示し、特に SR は、₅₀₀mおよび₁₀₀₀mレースともにその傾向が顕著であった。今後、国際的
な競技力を高めていくためには、各レースにおいて特異的に見られる DPS(男子₅₀₀m:₂.₅~₂.₇m、女子₅₀₀m:
₂.₃~₂.₆m、男子₁₀₀₀m:₂.₆~₂.₉m)を維持しながら、いかに SR を高めていくかが重要となる可能性が示唆され
た。これを達成するためには、技術面をはじめ、体力面(無気的パワー、無気的および有気的持久力)の改善も必
要になると考えられる。
▪映像による技術分析からみた世界との差
カヌースプリント競技においてパドリング技術も競技力を向上させるうえで重要とされている。現在、カヌー
スプリントナショナルチームでは、オクタビアン・イスパスコーチのもとロンドン五輪に向けて長期的な指導を
行っている。この中で、技術指導を行う際の基礎資料としてコーチからビデオ映像による技術分析の依頼があっ
た。そこでコーチから提案のあったパドリング動作局面を参考に、キャッチ局面とフィニッシュ局面におけるパ
ドル角度やスピードを映像より分析した。対象は₂₀₀₉年世界選手権の女子カヤック₅₀₀mおよび₁₀₀₀mレースと
した。その結果、日本人選手は海外選手に比べ、キャッチ角度(水面とパドルの成す角)が大きい傾向が見られ
た。また艇に対する体幹の傾きが小さい傾向が見られた。特にキャッチ角度の違いは、パドリング動作において
日本人選手のストローク角度が小さい可能性を示唆しており、これらの違いはストローク長にも影響を及ぼすも
のと考えられた。今後はこれらの結果を踏まえ、世界との技術の違いがどのように競技力に影響しているのかを
さらに検討していく必要があると考えられる。
▪まとめ
上述した分析結果は、あくまでもパフォーマンスを決定付ける要因のわずかな一面にしかすぎない。しかし、
これらの客観的データは、世界との差を縮めるための目標値の1つとして十分に価値あるものと考えられる。一
方、パドリング技術に関しては、オクタビアンコーチの指導のもと、日本人選手が独自の技術を採用している可
能性が推察された。今後、ロンドン五輪でのメダル獲得を目指すためには、世界の強豪選手を目標にすることに
加え、日本人選手に適した強化戦略も十分に検討していく必要があると考えられる。
シンポジウム1
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