南部マリアナトラフにおける熱水性堆積物中の微生物相 加藤 - jamstec

南部マリアナトラフにおける熱水性堆積物中の微生物相
○加藤真悟・小林智織(東京薬科大学生命科学部)、掛川武・佐藤誠悟(東北大学理学部)、益田晴恵
(大阪市立大学理学部)、浦辺徹郎(東京大学理学系研究科)、横堀伸一・山岸明彦(東京薬科大学生
命科学部)、YK05-09 航海乗船者一同
これまで、いくつかの海底熱水噴出地帯で、微生物マットのような熱水性堆積物が発見されて
いる。ハワイの Loihi 海山でも、微生物マットが発見されており、微生物学的解析が行われてきた。
Loihi 海山の堆積物から新規プロテオバクテリア綱、ζ-プロテオバクテリアに属する微好気性鉄酸化
細菌 Mariprofundus ferrooxydans が単離培養された。海底熱水系の低温環境における一次生産者として、
硫黄酸化菌が主であると考えられているが、同様に鉄酸化菌も重要な役割を担っていることが示唆さ
れた。
2005 年の 7 月から 8 月にかけて行われた、南部マリアナトラフにおける YK05-09 調査航海にお
いて、背弧海盆拡大軸上で二つの熱水噴出地帯 Mrk#16 と Mrk#18 が確認された。この二つの熱水地
帯で、微生物マットと思われる熱水性堆積物が発見され、採取に成功した。本研究の目的は、これら
の熱水性堆積物中の微生物相を解析することである。
EDS による鉱物分析により、堆積物の大部分は鉄とシリカで構成されていることがわかった。堆
積物近傍の熱水は、温度が 33-116ºC、pH6-7 であった。硫化水素は、116ºC の熱水からは 300µM 程検
出されたが、30ºC 付近の熱水では検出限界以下であった。DNA 染色による蛍光顕微鏡観察では、球
菌、桿菌、鞘状菌等が多数観察された。蛍光顕微鏡による直接菌体数計数と定量 PCR により、Mrk#16
と Mrk#18 の熱水性堆積物中の菌体数は約 108 cells/g と推定された。
リボソーム RNA 遺伝子を対象にした DNA 解析の結果、どちらの堆積物からもζ-プロテオバク
テリア(鉄酸化菌)に属するクローンが検出された。Loihi 海山以外の海底熱水地帯からも、少数で
はあるがζ-プロテオバクテリアに属するクローンが検出されていることから、このグループは世界
中の熱水性堆積物中に広く存在することが示唆された。δ-プロテオバクテリア綱(硫酸還元菌等)、
γ-プロテオバクテリア綱(メタン酸化菌等)、Nitrospira 綱(亜硝酸酸化菌等)に属するクローンも同
様に検出された。多様な従属栄養細菌も検出された。また、古細菌の Marine group I(アンモニア酸
化菌)も検出された。さらに dsrAB 遺伝子、pmoA 遺伝子、amoA 遺伝子解析の結果、熱水性堆積物
中で硫酸還元、メタン酸化、アンモニア酸化が微生物によって行われていることが示唆され、16S
rRNA 遺伝子解析結果を支持する結果となった。好気性細菌、微好気性細菌、硫酸還元菌が検出され
たことは、堆積物中で酸素濃度の勾配があることを意味する。熱水性堆積物中には、複雑な生態系が
存在することが推定された。真核生物は、繊毛虫門、環形動物門などに属するクローンが検出され、
そのいくつかは Rainbow サイトの熱水性堆積物から検出されたクローンと高い相同性を示した。これ
らの真核生物が異なる熱水地帯で発見されたのは初めてである。
今回、定量 PCR を用いて環境中のζ-プロテオバクテリアを定量する方法を確立した。M.
ferrooxydans とこれまで報告されているクローンに加え、今回検出した多数のζ-プロテオバクテリア
に属する 16S rRNA 遺伝子配列をもとに、ζ-プロテオバクテリアに特異的なプライマーを設計した。
設計したプライマーを用いた定量 PCR により、環境中にζ-プロテオバクテリアがどのくらい存在す
るかを推定した。その結果、堆積物の全菌数に対して、Mrk#16 では 7%、Mrk#18 では 25%を占めて
いた。世界中の海底熱水系に広く分布し、一次生産者として重要な役割を担っていると予想されてい
るζ-プロテオバクテリアの定量法を確立したことは、海底熱水系の生態系を議論する上で重要な意
味を持つ。
興味深いことに、海底熱水系の生態系で最も優先していると推定されているεまたはγ-プロテ
オバクテリアに属する硫黄酸化菌は検出されなかった。おそらく、今回の調査地域に特徴的な地球化
学的要因を反映していると考えられる。