特 集 - NSCAジャパン

C NSCA JAPAN
Volume18, Number 10, pages 2-9
特
測定評価シリーズ 最終回
測定評価シリーズが掲載されている号:2010 年 11 月号、
12 月号、
10 月号
2011 年 1-2 月号、 3 月号、 4 月号、 7 月号、 8 - 9 月号、
集
feature
【座談会】
測定評価シリーズのまとめとして
~将来展望をふまえて~
福永
沢井
船渡
竹島
星川
哲夫 NSCAジャパン編集委員長, 鹿屋体育大学学長
史穂 NSCAジャパン編集委員, 女子美術大学教授
和男 NSCAジャパン編集委員, 日本体育大学教授
伸生 NSCAジャパン編集委員, 鹿屋体育大学教授
佳広 NSCAジャパン編集委員, 浜松ホトニクス株式会社
■測定評価に関する、現場における
課題や問題点
れるようになってきたことが影響して
当たるわけですね。身体がどのように
いると思います。また、測定評価はク
変化・改善したかということを検証す
福永 本シリーズを連載するにあたっ
ライアントのモチベーションを高める
るわけです。これまではプログラムデ
て、イントロダクションとしてお書き
要素の一つとしても位置づけられてい
ザインに対する意識が強かったです
いただいた星川先生の記事
『測定・評
ると思います。これら測定評価への意
が、では、最も効率的なプログラムは
価 新時代』
(2010年10月号)
にあるよう
識の高まりから、指導者はどういう測
何なのかということを突き詰めていく
に、会員の皆さんからは、測定評価に
定評価を行なったらよいか、というと
ために測定評価へ意識が向いてきた。
関する記事のリクエストが多く寄せら
ころに関心が向いているのではないで
沢井 まだまだストレングス&コン
れています。これに応える形で連載を
しょうか。一方で、NSCAジャパンと
ディショニング(以下S&C)の分野にお
進めてきましたが、今回はその最終回、
して推奨する方法論や基準があるとい
いてはゴールドスタンダード(最適な
まとめとして4名の編集委員の先生に
うわけではありませんから、ではどう
形態や手順、結果を表す語)があるわ
お集まりいただき、測定評価に関して、
すべきか、という疑問が出てきた結果
けではないということですね。
いろいろディスカッションできればと
がアンケートに表れているのではない
福永 NSCA資格認定試験の受験教材
思います。
でしょうか。
である『ストレングストレーニング&
まず、測定評価に対する関心の高ま
福永 前述のアンケートの話ですが、
コンディショニング』や
『パーソナルト
りの背景に関してお話しいただきたい
プログラムデザインに関する記事は最
レーナーのための基礎知識』にはある
と思いますがいかがでしょう?
も関心が高い項目で、次に測定評価と
程度の指針として数値が記載されてい
星川 記事に書かせていただきました
いう結果となっています。プログラム
ますが、それはあくまでアメリカのも
が、トレーニング指導によって身体が
デザインが「どのようにトレーニング
のですから、日本で100%通用すると
どう変化・改善されたかということを、
をすれば良いか」という方法論とする
はいえないのではないでしょうか。
具体的に数字で確かめたいという気持
と、この前後に行なう測定評価は
「ト
沢井 ということは、測定項目はある
ちがクライアント側で高まってきてい
レーニングによってどのような効果が
程度固まっているけれどもそのデータ
る、つまり指導者側の説明責任が問わ
あったか」を明らかにする効果測定に
が積み上げられていないということで
2
December 2011 Volume 18 Number 10
しょうか?
星川 データは全く足りないと思いま
す。その結果、当然ながら評価するた
めの基準も定まりません。テキスト
に載っている項目やデータは、スポー
ツ選手か一般人かといった対象者の違
い、スポーツ選手であるならば競技種
目と競技レベル、あるいは性別や年齢
の違いなど、様々な対象者をカバーし
ているわけではありません。まだまだ
座談会は鹿屋体育大学
東京サテライトキャン
パス(東京都文京区)に
て行なわれました。
指導現場のニーズを満たす十分な内容
であるとは言えません。
沢井 一般の方であれば、単純に筋力
し た。 そ の 後、 私 は アメリカスポー
ます。
が上がった、体重が増減したなど、数
ツ医学会(ACSM)のガイドラインに
沢井 確かに、例えば研究論文におい
値で十分評価を行なえることはあると
基 本 的 な 1 RM測 定 の 方 法 が 書 い て
て、VO2maxを測定した場合は、その
思いますが、ある競技アスリートにお
あるのを見つけ、それをもとに実践
測定手順
(クライテリア)を必ず書くの
いて動作のパフォーマンスを測るため
したことがあるという経緯がありま
が一般的ですが、1RM測定に関しては
に測定評価を行なっている場合、実践
す。以上の話からも考えられること
厳密に書くことを求められていない気
したトレーニング種目の数値
(1RMな
ですが、読者の方の中にも、1 RMの
がしますね。
ど)がきちんとパフォーマンスを測る
測定方法自体をまだよくわかってい
竹島 しかし、1RMそのものは容認さ
ものであるかということも非常に大切
らっしゃらない方も多いのではない
れているということになりますね。
ですよね。
かと思います。換言すれば、1 RM測
沢井 それにしては1RM測定って再現
福 永 NSCAが 特 に 推 進 し て い る ト
定はクライアントのモチベーション
性があまり高くないように思われます
レーニング種目としてはバックスク
を高めることを目的として、トレー
が。
ワット、ベンチプレス、クリーンが挙
ニングの効果測定としてプログラム
船渡 そうですね。その日の体調でも
げられますが、これらの重量
(1RM)が
がどれだけ価値のあるものかを示す
全然異なると思います。また、どの種
上がったということは、パフォーマン
ために行なっていると推測されます
目をどの順番で測定するかによっても
スが向上したと言えるでしょうか。
が、具体的な測定方法(プロトコル)
左右されますね。バックスクワット、
星川 トレーニングに利用した種目の
をご存じでないという方も多いので
ベンチプレス、クリーンは多関節運動
数値が上がるのはある意味当然ですよ
はないでしょうか? どう測定したら
なので、関与する筋がどれくらい筋力
ね。それが競技のパフォーマンス向上
いいかわからない、もしくは何とな
を発揮しているかというところまでは
や身体の変化を反映したものかどうか
く行なっているという方も読者の中
わかりません。例えばバックスクワッ
は、別途考える必要があります。ただ
におありなのではないかと思いまし
トは脚の筋力が大きく関与していると
し、重要な種目ではあると思います。
た。しかし、ACSMのガイドライン
いうのはわかると思いますが、それと
竹 島 1 RMの 測 定 方 法 に 関 し て 思
どおりに測定を行なった場合、相当
同じくらい体幹の筋力も関係してい
うことがあるのですが、昔、アメリ
の時間がかかりますよね。
る。数字だけでは読み取れないものも
カでの加齢や高齢者の運動に関する
船渡 おそらく現場では、何らかのガ
確かにあるわけです。
国 際 会 議 で 著 名 なRoy J. Shephard
イドラインを参考にして行なってはい
また、1RMにチャレンジをすると
博 士( 運 動 科 学、 ス ポ ー ツ 医 学 の 権
ないでしょうね。経験上、ある程度ど
いうこと自体が指導の一部になってい
威 )に お 会 い す る 機 会 が あ り ま し た
れくらいの重量が持ち上がるかは感覚
る側面もありますね。特に競技者の場
ので、アメリカでは筋力トレーニン
的にわかりますから、1セット目に適
合は記録や結果を求められますから、
グ の 1 RM測 定 の 基 準 は ど の よ う に
当な軽い重量でウォーミングアップを
1RMという数字にこだわることでモチ
定義づけされているのかと聞きまし
し、2~3セット目には最大重量に近
ベーションを高めるという効果もあり
た。彼は「よくわからない」と答えま
い重さを挙げる形になっていると思い
ます。
4
C National Strength and Conditioning Association Japan
3
本動作が身についていなければ、測定
を行なうこと自体が難しい。
船渡 動作に慣れていないために重量
を追求することが難しい現状は明らか
ですが、そうなると必然的に指導者
は「姿勢・アライメント」
「 動き」の評
右:福永哲夫 氏
(編集委
員長、鹿屋体育大学学長)
左:沢井史穂 氏
(編集委
員、女子美術大学教授)
価に興味を持つのではないでしょう
か。フィットネスクラブでは最近、ア
スリートの分野でよく用いられるよ
うになったことをきっかけに、FMS:
Functional Movement Screening が導
入され、姿勢やアライメント、動作を
同じ方法・基準で測定する動きが活発
福永 現状ではトレーニング種目にお
とアメリカのトレーニングに関する
になっています。
ける 1 RM測定に関して、具体的なク
土壌の違いですかね。シリーズ第 1 回
竹島 それは動作や姿勢の安全性の面
ライテリアがあるわけではないという
(2010 年 11 月号)で紹介している米国
から行なわれているということです
こと、また、多関節を動員する種目に
NSCAのイベント『Fly Solo:フライソ
ね。
おいては筋がどれくらいの割合で力を
ロ』競技会ではハングクリーンの種目
沢井 今までの 1 RMの話が定量的な
発揮しているかということがまだ詳し
が入っていて、高校生が重量を競うわ
観点とすると、定性的な観点からの測
くわかっていないこと、さらに、それ
けですね。かなりの重量です。記事を
定・評価ということですね。数値化す
ぞれのトレーニング種目の 1 RMを測
読んで私は、米国では高校生がハング
るというよりも形がどうあるべきか、
定することが、各競技パフォーマンス
クリーンやその他のフリーウエイトの
という部分にフォーカスしている。
の能力をどれくらい測れているのかと
テクニックを普通に教えられているの
福永 適切な姿勢やアライメント、動
いう部分ではまだあいまいなところが
かな、と思いました。
作で運動を行なわないと傷害発生のリ
多いということが課題だと言えそうで
船渡 米国のメジャーなスポーツとし
スクが高まるので、それはまず防がな
すね。
てアメリカンフットボールがあります
くてはならないということが強く意識
星川 一般の方の話で考えると、シ
ね。激しいコンタクトスポーツなので、
されてきたということでしょうか。
リーズ 5 回目の『簡便な測定評価デー
筋力トレーニングは必須になってきま
沢井 ボディコントロールをうまくで
タベースの作成と今後の展望
(2011
す。一方でアメリカンフットボールは
きない人が多いということでしょう。
年 4 月号、著者:谷ノ口昭太郎)
』にあ
日本では国民的スポーツとまでは言え
動作中にどこの筋肉が働いていて、逆
るように、そもそも 1 RMを測ること
ない現状、こういうことも影響してい
にどこの筋肉の力が抜けているかとい
のできない方も多くいますよね。
るのではないかと思います。
う感覚的な理解が乏しいのでは。
竹島 私も大学で一般の方に 1 RMの
竹島 確かに米国の学校ではフリー
福永 動きや姿勢の部分はどうしても
筋力測定をしようとしたことがありま
ウェイトのコーナーに一番人気がある
教わらなければできるようにならない
すが、かなり難しいですね。一般の人
という話をよく聞きます。
でしょう。スポーツ現場にしろ、学校
は動きに慣れていませんし、運動習慣
星川 1 RMを測定するためのベース
の教育現場にしろ、最も基本的な身体
等のない高齢者の方ではすぐに疲労し
(文化)が違うということですね。日
の使い方を教えることのできる専門家
てしまう。そういうことも現場ではわ
本でギャップを感じるのは当然のこ
が求められるわけですが、残念ながら
かってきているので、これに代わる測
とかもしれません。
現状ではどの現場でも十分な数の専門
定評価が求められているということも
沢井 日本ではトレーニングを行なう
家がいるとは言えない現状です。
あるのではないかと思います。
環境が少ないために、動きに不慣れな
今年 6 月 24 日、スポーツ基本法が
星川 NSCAのテキストでは一般の方
ケースが多いのではないでしょうか。
改正されました。この中の 3 つの大き
対象であっても 1 RMテストについて
先ほどの星川先生や竹島先生のお話と
な柱として『子どもの体力づくり』
『生
普通に書かれていますが、これは日本
同様、動きに慣れていなかったり、基
涯スポーツの振興』
『競技スポーツにお
4
December 2011 Volume 18 Number 10
ける競技力向上』が掲げられています。
動作自体が特別で、そのためのスキル
大切なのは、いずれの現場においても
が必要になってしまうと測りたいもの
専門の指導者が必要であるというこ
が測れない、測定のための測定という
とです。この点を国単位で取り組むべ
状況になってしまう。今お話しされて
きだと私は考えますが、これに対して
いた
「測定自体もトレーニングや指導
NSCAジャパンが大いに関与していく
になる」というところを踏まえると、
べきだと思います。
目的となる動作
(改善、獲得をしてほ
沢井 専門家としては、それだけ重要
しいもの)をしっかりと設定した上で
な役割を担っているわけですから、適
測定項目を決める必要性があると感じ
切な指導を求められますね。現状、指
ます。
導者の方でさえ、きちんとした動きを
福永 本当に測定している項目が測り
理解していない方もいることは否定で
たいパフォーマンスを反映しているか
きないと思います。指導者自身が動き
検証することも大切ですね。これは研
沢井 逆に、測定項目とトレーニング
をあらかじめしっかりと理解していわ
究分野の専門家も特に注意しなくては
の内容がマッチしていないのにもかか
ゆる
「身体知」を蓄えておかなければな
ならないことです。例えば以前は脚伸
わらず、結果が出なかった=トレーニ
らないと思いますね。
展筋力がスプリント能力を反映してい
ングの効果がなかった、としてしまう
福永 NSCAジャパンとしてはその部
ると考えられていましたが、後にほと
ケースもよく見られますね。目的が一
分のフォローも重要になってきます
んど関係ないことがわかりました。
致していないのだから、トレーニング
ね。
船渡 測定している項目が直接競技パ
を行なったことによる変化が測定項目
星川 クライアントにとっても、ある
フォーマンスや健康の指標に関連して
に反映されないのは当然です。この部
いは指導者自身にとっても、測定評価
いない、というのは確かによく見られ
分を、測定する方が意識しないといけ
を体験すること自体が
「身体知」を深め
ますね。
ません。
ることになると思います。身体の使い
沢井 私が目にしたケースでは、高齢
方で出てくる数値が違うこと、トレー
者の転倒予防教室の前後で握力を測っ
ニングと身体の変化が数値として対応
ていました。これはあまり意味がない
■何を測定すべきか? どのように
測定すべき項目を選ぶか?
関係が理解できるわけですから、たく
ですね。
福永 では、ちょうど
「測定項目をど
さんの気づきが得られると思います。
竹島 研究分野でもよくありますね。
う選定すべきか?」という話題に入っ
福永 身体の気づきを与えることがで
取ったデータをどのように解析する
てきましたので、そちらを中心に話し
きるというわけですね。確かにそうい
か、というところが研究の主眼になっ
合っていきましょう。基本的な測定項
う側面もありますね。運動に慣れてい
てしまっているケースを目にしたこと
目の分類の考え方としては、単関節の
ないクライアントの場合は、特にその
があります。何を測定するか、なぜそ
動作から始まって多関節、そして実際
部分は大きいですね。スポーツ基本法
れなのかというところが置いていかれ
のパフォーマンスに直結する複合的な
の前文にあるように
「スポーツを通じ
ている。指導現場においては、極端な
もの、というように分類できます。複
て幸福で豊かな生活を営むことは、全
解釈をしてしまうことにも注意してい
合的なものについては当然スポーツで
ての人々の権利である」のだから、よ
ただきたいと思います。たとえばある
あれば種目ごとに異なるはずです。種
り良い形で享受してもらえるよう、機
運動指導の前後で測定を行ない、数値
目ごとの測定項目を決めるためには、
会を提供すべきですね。
が改善されたときに、プログラムすべ
競技全体を分析しなくてはなりませ
沢井 一般に行なわれている体力測定
てがプラスに働いた、と結論付けてし
ん。図 1 にあるように、その競技の特
や筋力測定は、結構日常生活からかけ
まうような場合です。当然、身体は特
性を分析し、これを測るための測定項
離れた動作も多いですよね。これも一
異的に適応していきますから、どの内
目を設定します。測定項目は基本的
(普
つ問題があると感じます。敏捷性を測
容が改善させた、これは特に影響がな
遍的)なものと特異的なもの
(競技に特
るための種目として反復横跳びがあり
かった、というところまで意識するこ
化したもの)に分かれます。ここで注
ますが、そもそもこの動作ができない
とが必要です。拡大解釈をしないよう
意したいのは、アスリートに関して言
場合、敏捷性を測ることができません。
注意したほうがいいでしょう。
えば、一見関係ないような項目でも
「人
船渡和男 氏:編集委員、日本体育大学教授
C National Strength and Conditioning Association Japan
5
せんでしたし、仮に他の競技団体に聞
けば参考になるデータがあったとして
も、そもそもその存在を知ることがで
きなかったわけですから。私の記事に
も書きましたが、測定評価の今後を考
右:竹島伸生 氏
(編集委員、
鹿屋体育大学教授)
左:星川佳広 氏
(CSCS、編
集委員、浜松ホトニクス株
式会社)
える上で非常に重要なポイントだと思
います。
沢井 これはあくまで希望ですが、体
力テストは文科省の管轄ですが、厚労
省が担っている一般の方への健康診断
などで、こうした基本的な種目を測る
ようにするといいと考えています。握
間としての能力」を長年にわたって積
船渡 福永先生が大事とおっしゃった
み上げていくことの重要性を加味する
中で垂直跳びや背筋力は、学校の体力
と外せないというものも出てくるとい
テストでも測定されていませんから
うことです。例えば垂直跳びや握力、
ね。私がかかわっているウェイトリフ
背筋力などです。必ずしも競技に関係
ティング競技について、以前の選手は
ない項目であったとしても、競技別、
体重の 3 倍くらいの背筋力があったの
年代別、性別など、もっと大きな視点
が、今では優れている選手で 2.5 倍程
で長期的な変化や差がないかという研
度です。これが競技成績と見事に相関
究も必要です。
しています。背筋力のみが競技に直接
沢井 図 1 の基本種目はどういう項目
影響しているわけではないと思います
を測るべきか、種目別の特異的な項目
が、一概に無視できる要素ではないの
はどうすべきか、という判断をしやす
です。垂直跳びも同様、昔は 100 cm
いよう、何らかのガイドラインができ
くらい跳ぶ選手がいました。現在デー
るといいですね。
タが途切れている状況ですので、気に
福永 そうですね。種目には特異的で
なるところですね。他にも、異なる競
はない
(関係ない)からといって基本的
技間でどのようなデータになっている
な項目を省いてしまうと、これまで長
かなどは日本体育協会の各競技団体で
年積み上げてきたデータに空白が生じ
データを抱えていると思いますがこれ
てしまうことになります。文部科学省
も貴重な財産です。今後、データベー
は昭和 39 年から体力テストを実施し
ス化されて誰でも見られるようになる
てきましたが、平成 11 年に内容を改
ことを望みます。
めました。これにより省かれてしまっ
星川 IT(情報技術)が進んだ今はそ
た項目については、空白が生じてし
れができる時代なのですから、ぜひと
まっている。これはもったいないと思
も整備してもらいたい。かつてはそう
います。
いうデータを見たいと思ってもできま
・ゲーム分析(全体の流れ)
}
・体力要素(有酸素的要素、無酸素的要素)
・動作要素(バイオメカニクス的要素)
からない項目であれば導入は簡単です
から。そうすればかなりの量のデータ
が得られるはずです。それをまとめれ
ば基準として公開できますし、保健指
導の基準にも使えると思います。
福永 非常に良いアイデアだと思いま
すね。
船渡 データを集めるという観点で言
えば、競技特異的な測定項目は各チー
ムや団体でオリジナルに行なわれてい
るケースが多いと思うのですが、これ
らのデータを集積するような仕組みを
作っても良いかもしれませんね。全体
でこういうことをやっていこうという
のも大切ですが、各チームや団体で
持っているデータは大変な量があると
思いますので。
竹島 スケールの大きい話になります
が、こうしたデータを全人類的に集約
していけば、『人間の限界』はどれくら
いなのかというところまで研究できる
ようになるかもしれませんね。現状、
まだこの点は遅れていると思います。
人間はどこまで速く走れるのか、高く
跳べるのかなど。逆に言えば、あるア
スリートがどこまで能力を伸ばすこと
ができるか、という指標にもなりえる
○基本種目(VO2max、腕力、脚力など)
と思います。
○特異種目(競技に特化したもの)
星川 非常に興味深い話です。測定評
4
図1 ある競技において測定項目を決めるために必要な要素
6
力と脚力など、安全であまり手間のか
December 2011 Volume 18 Number 10
価を行なう場合、まずは目の前の選手
やクライアントが大事なわけですが、
測定評価には竹島先生のおっしゃった
おっしゃるように歩数計を持っていた
星川 もちろんパッケージとする場合
ような視点もあることを頭の片隅に置
だくかということで代用してもいいの
には、そういう注意点や目的について
いてほしいと思います。船渡先生が
ではないかということですね。
のエビデンスを反映したものが理想
おっしゃったように、すでに測定評価
船渡 ACSMでは『Health Related Fit-
ですが、課題も多い。福永先生のご指
はいろいろなところで行なわれている
ness
( 健康関連体力)』の測定項目に関
摘は測定
「誤差」というよりは生理的な
わけですから、そのデータを出してい
して、心肺系フィットネスとして最大
「変動」ですが、私は普段トップレベル
ただき、集約していきたいところで
酸素摂取量を、筋力として握力やスク
の選手を測定していて、いわゆる「誤
す。S&C分野については、その役目を
ワット、ベンチプレス
(自身の体重に
差」にはとても気を遣っています。測
NSCAジャパンが担っていると思いま
対してどれくらいの割合を挙上できた
定誤差を減らすために様々な工夫をし
す。ですので、会員の方にはぜひ論文
か)
、筋持久力として腹筋運動、身体
ますが、誤差を 0 にすることはなかな
や事例報告を投稿していただきたい。
組成、柔軟性を測定することを定めて
か難しい。一方、測定を受けた本人に
沢井 一般の方の測定に関して、今後
います。これを見てもやはり最大努力
とっては数字として現れるとちょっ
たくさんのデータが集まることを期待
またはそれに近いレベルを要するもの
とした差も大きく捉えてしまいがち
したいと思いますが、今の測定項目は
が多いですね。競技者とは項目を分け
です。本誌シリーズパート 3、4
(2011
『最大努力』を要求するものが多いです
ていて、
『Athletic Related Fitness(競
年 1-2 月合併号、3 月号)で大東氏と
よね。ですが、一般の方については生
技関連体力)』を別に定めています。
木須氏に私が勤める専門機関での測
活体力など、最大下のものが多いので、
星川 私は課題がまだまだたくさんあ
定評価を体験後、体験記を書いてい
測定項目を最大努力を要するものにし
るとしても、船渡先生のおっしゃる
ただきました。実を言うとこの企画
なくてもいいのではないかと感じてい
ACSMの 定 め た 測 定 項 目 やFMSの よ
は、私にとっては緊張度の高いもので
るのですがいかがでしょうか? 最大
うに、測定評価が利用しやすいように
した。なぜならこの記事は何らやらせ
努力を要するものはキツイですし、測
パッケージになっていることに価値が
はなくて、両氏が測定前後にどのよう
定も大変ですから、当然、毛嫌いされ
あると感じます。やはり会員が求め
なトレーニングや食事をしたかについ
てしまう可能性が高いですね。
「これ
ているものは利用できるものなので、
ては記事になるまで私は知りませんで
くらいまでできればOKですよ」という
NSCAジャパンでも、何らかパッケー
した。大東氏や木須氏は当方の測定の
ような測定があったほうが負担なく測
ジにした測定項目を推奨してもいいの
実施方法やその結果出てくる数字をか
定できますし、測定者のモチベーショ
ではないでしょうか。
なり丹念に見られていました。測定評
ンも変わってくると思います。
船渡 さらに、各対象者に合わせた
価とは
「誤差」や
「変動」をも含んでいる
竹島 私が最近高齢者を対象として測
パッケージがあるとなおいいのではな
のですが、場合によっては指導者や選
定 し た 項 目 で、10 m歩 行 テ ス ト と い
いでしょうか。
手の
「努力」を否定する行為でもありま
うものがあります。対象は虚弱者の方
竹島 パッケージを作成しつつも、そ
す。初期値が高い、ハイレベルなスポー
だったのですが、10 m間を最大努力で
のパッケージをどのように使うか、ど
ツ選手ほど、トレーニングすればそれ
歩行していただき、そのスピードを測
んな目的で利用するかということを
だけで必ず測定結果が良くなるという
るというものです。ところが、この測
しっかり理解していただかないと、何
ことはありません。
定の結果は、一日の歩数と非常に強い
のために測定をしているか…という先
測定をできるだけ正確に行ないた
相関がありまして、虚弱者の方には最
ほどの問題に戻ってしまうので注意が
い、客観的に行ないたいという場合に
大努力を強いなくても、歩数計を持っ
必要ですね。また、測定されるデータ
は、専門機関による測定をお金を出し
て生活していただくだけで十分移動能
は、季節変動や日内変動も影響すると
て行なう、というのも一つの選択肢に
力を評価できる可能性があり、正しけ
いうことも注意しなくてはなりません
なってきていると思います。私は、
「測
れば日頃の動きでも評価の目的は達成
ね。
定評価の部分は任せてしまいたい」と
できるかもしれません。
福永 私は 1 年の間に定期的に自分自
あるコーチから言われたことがあるの
沢井 そのお話に関して言えば、10 m
身の測定を行なっていますが、やはり
ですが、トップレベルに近づけば近づ
歩行テストを最大努力ではなく
「これ
測定値に大きな変動がありますね。春
くほどそういうニーズは高まってい
くらいの秒数で歩ければいいですよ」
から夏にかけては良い結果が出やす
るように感じます。ただし、その場
というものに変えるか、竹島先生の
い。
合も測定方法の課題はもちろんあっ
C National Strength and Conditioning Association Japan
7
て、 そ れ は シ リ ー ズ パ ー ト 7 (2011
てくるのですが、ある個人の測定数値
は、きちんとやり方を教えてから行な
年 8 - 9 月号)の国立スポーツ科学セン
を扱う際、どの数値をとるべきか、皆
うべきかもしれませんね。
ター(JISS)
の平野委員の記事にもあり
さんはどうお考えですか?
竹島 評価の目的、対象者の特性など
ますが、スポーツ科学の努力によって
星川 それは例えば垂直跳びを 5 回跳
を総合的に考慮して測定を行ない、可
継続して改善していかなければなりま
んだとき、5 回の平均値をとらずに最
能な限り客観的な手法も取り入れて評
せん。日本を代表するスポーツ選手を
大の記録をとるのはなぜか? という
価していく姿勢が常に求められるかと
測るのですから当然、普通の人や普通
ことでしょうか?
思われます。
のスポーツ選手を測るのとはわけが違
竹島 そういうことです。もちろん、
います。
パフォーマンスなのであるから最大値
■測定評価に関する将来展望
福永 様々な新しい装置が開発され、
でいいのではないかという意見もご
福永 では最後に、今後どのような測
導入されてくればもっと精度は上がっ
もっともだと思うのですが皆さんはど
定評価が行なわれるべきか、現状の課
てくると思いますので興味は尽きませ
うお考えかと思いまして。結構、読者
題と照らし合わせてお話しください。
んね。先ほど述べたとおり、長年にわ
の皆さんも疑問に思われる点ではない
星川 定量的な測定で長期的に行なわ
たって測定するべき項目とうまくバラ
かと考えました。
れているものは、データがいろいろな
ンスを取っていくことが大切です。
福永 生命科学系の研究者は誤差を出
ところにたくさんあるはずですから、
沢井 指導者の方には、測定の実施方
さないようになるべく平均値を出した
それらを集積し、どこからでもアクセ
法だけを理解するのではなくて、ぜひ
い、ということがあるからではないで
スでき、誰でも参考にできるような仕
測定の原理まで理解していただきたい
しょうか。
組みを作るべきではないかと思いま
ですね。でないと、先ほどの誤差の話
沢井 確かに細かく見ていくとしっか
す。日本人全体の体脂肪率はいくつな
ではないですが数字を信じすぎてしま
り定義されていない部分も多いかもし
のか、過去からどう変わっているのか、
う可能性があります。例えば市販の体
れませんね。誤差を減らすために平均
大きな視点で議論できるはずです。た
脂肪計はメーカーによって全然出てく
値をとるという考え方もしっかり意識
だし、そのためには共通した測定プロ
る数値は異なりますし、測る人のコン
していかなくてはならないところもあ
トコル
(手順)が固まっていなくてはな
ディションにもよります。これらの体
りそうです。
りませんので、どういう測定を行なう
脂肪計がどのように数字を出している
福永 平均値を意識していくと、では
かのガイドラインと合わせて情報を提
のか、インピーダンスとは何かという
何回測るべきかということも課題に挙
供しなくてはなりませんね。将来的に
ところまで理解しておくべきだと思い
がってきそうですね。垂直跳びは何回
数値がしっかりと把握できるようにな
ます。もちろん理解している方もたく
測って平均すればいいのか、握力は何
ることで、運動した人がどのように改
さんいらっしゃると思いますが。
回測ればいいのか。
善し、これが社会保障費にどう影響す
船渡 パーソナルトレーナーであれ
沢井 結局、今は時間の問題で回数を
るかなど、社会全体にどのような影響
ば、数字をクライアントにフィード
区切っているという現状ですよね。握
を及ぼすかというところまで進められ
バックする際に、測定の原理を踏まえ
力を何回も測っている時間がないの
るはずです。そのことが運動指導の社
て解釈し、お伝えするように意識しな
で、
2 回 測 っ て 良 い ほ う を 採 用 す る。
会貢献度を証明することにつながりま
いと、適切に説明できないのではない
誤差が大きければもう 1 回、というよ
す。最終的には指導現場に情報がある
でしょうか。
うに。
わけですから、NSCAジャパンとして
竹島 先ほど 1 RMの話が出ましたが、
竹島 握力については、高齢者の方で
は事例や論文をどんどん集約し、デー
体育・健康の分野では、今でもパフォー
すと最初も 5 回目もあまり変わらない
タ構築を主導する役割もあるのだと思
マンスとして最大値をとるのが解析の
傾向にあります。
います。
基本的スタイルです。ですが、私の研
船渡 運動経験の有無でもかなり数値
福永 私は今後測定のデータを構築す
究室の学生が学会などで発表する際、
の出方が変わってきますよね。運動経
る上で、測定の精度と目的はリンクし
いつも生命科学系の方から同じご指摘
験があれば、1 ~ 2 回も測定すれば大
ているということを一つ申しあげたい
を受けます。それは
「なぜ、最大値を
きな数値が出ます。運動経験のない方
と思います。年間の変動を調査する、
とるのか?」ということです。彼らは
は数値の出方がバラバラになりやす
もしくは大きな集団での数値を評価す
必ず平均値をとるためにいつも指摘し
い。運動経験のない方を測定する場合
るという場合は、マクロな視点になり
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December 2011 Volume 18 Number 10
ますので多少測定における有効数字
タの量も増えてくると、
「未来を予測
ベントの際に測定の意義がより高めら
(精度)は大きくてもいいでしょう。一
する」ということが可能になると期待
れると思いますが、こうした取り組み
方で、日内変動を調査するような研究
しています。例えば図 2 のように、あ
も行なわれると素晴らしいと思います
の場合は、ミクロな視点でかなり精度
るパフォーマンスの年間変動が分かっ
ね。
高く測定をする必要があります。よっ
てきた場合、それをどうピークと試合
福永 まとめになりますが、今後さら
て有効数字は小さくする必要があり
に合わせていくかということがより精
に高精度な測定機器が開発され、活用
ます。1 RMを測るにしても、その数
度高くできるようになってきます。ま
されるようになることも大切ですが、
値幅は 5 kg単位なのか 1 kg単位なのか
た、そのピークをずらしてどのように
これまで長期間にわたって継続して行
0.5 kg単位なのか、我々研究者として
コンディションを整えるかということ
なわれてきた項目も大変価値のある
ははっきりとこの点を注意した上で測
も考えられるようになるでしょう。
データですから、今後も積み上げてい
定評価を行ないたいところです。
船渡 私は障害者スポーツの指導現場
く必要があるでしょう。
船渡 私が心配していることとして、
を拝見させていただくことがあります
各指導現場において、専門職の方は
議論にも出てきました『測定の意義』に
が、現在は選手個人が自分なりに測定
様々な測定評価を行なっていると考え
関して、私は大学のときにかなり厳し
評価を行ない、自身の経験をもとにコ
られますが、S&Cの分野についてはま
く教育されてきたと思っていますが、
ンディショニングメニューを組み立て
だまだそのデータが一元的にまとめら
現在やや希薄になっているように感じ
ています。もちろんそれだけでも素晴
れているとは言えません。今後は、読
ます。何をどのように測定するか、と
らしいことなのですが、障害者のよう
者の皆さんに論文や事例をたくさんご
いうことに対する探究心や興味を持た
にまだまだデータの少ない分野につい
報告いただくなどして、NSCAジャパ
ないと、単なるプロセスの一部になっ
ても、より精度の高いデータが構築さ
ンとしての共有データを構築していく
てしまい、それこそ
「測定のための測
れることによって、より適切なトレー
ことが必要になってくるでしょう。ま
定」ということがどんどん出てしまう
ニングプログラムが組めるようになる
た、星川先生がおっしゃったように、
のではないかと思いますがいかがで
と良いと思います。
それらのデータが社会的にどのような
しょう。
竹島 私は高齢者の指導現場に多く携
意義があるのかというところまで検討
星川 私の会社でも事業部長が同じこ
わっていますが、例えばある高齢者の
し、示すことができれば、専門職の価
とを言っていましたね。以前は大学
方が登山をしたいという目標を立てた
値はより高まっていくことでしょう。
の先生が
「こういう研究を行なうから
とき、現在の体力の測定数値をもとに
我々研究者も、こうした点を踏まえて
あなたの会社も手伝ってくれないか、
今後登山までにどれくらい改善・向上
活動していかなければなりませんね。
測定法をいっしょに作らないか」とい
すればそれが達成できるのか、といっ
皆さん、お忙しいところご参加いただ
う依頼が多かったのに対し、今は
「こ
た具体的な指針が示されると運動やイ
きありがとうございました。◆
んな測定できませんか? そちらの会
社でできますか?」という依頼が多く
測定データ
なったと。
予測
予測値に基づいてピークを
シフトさせることが可能?
になっているから、機械に頼りっぱな
しでお任せ状態なのでしょうか。
星川 どんなに測定機器が高度になろ
うと、測定評価を行なう人が主体的に
そのメカニズムや何を測っているかを
把握しないと。そうでなければ、得ら
パフォーマンス
沢井 測定機器がどんどん精密で複雑
れた数値の意味や出てくる数値がもつ
誤差、数値のクライアントへの落とし
込みができません。
福永 先生方のおっしゃることを踏ま
えて、より測定の精度が高まり、デー
時間
現在
試合などの
目標イベント
図 2 測定データに基づくピークパフォーマンスの推定イメージ
C National Strength and Conditioning Association Japan
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