義務教育課程において道徳を教科化すべきか・反対派参考資料 0

2013 年 6 月 30 日
東京大学 山本瑛伝
第 34 回勉強会 「道徳の教科化」
義務教育課程において道徳を教科化すべきか・反対派参考資料
0.はじめに
道徳を教科化することの定義が定まらなければ議論の迷走が必至であろう。そこで今回、
道徳を教科化するとは学校の道徳の授業を検定教科書に従って行い何らかの方法で児童、
生徒を評価することであると改めて了解をとりたい。
議論の流れとしてはまず「そもそも道徳の授業が学校で行われることは適切なのか」と
いう疑問から出発し、次に教科化に向かいつつある現状を踏まえた対応策として「現状維
持か、それとも教科化か」そのどちらが適切なのかを検討しようと思う。そして教科化の
影響を理解した後、他の有効策について考えていくつもりである。
1.道徳の授業は学校でやるべきものか
道徳を教科化すべきかという議論をする以前に、道徳の授業自体が学校でやるべきもの
なのかを考える必要があると思う。そもそも道徳とは個人的に身につけていくもので、公
の学校が教えるべきものではないと主張する者もいよう。賛成派は道徳をどのようなもの
とみなし、そのうえでなぜ学校で教えなくてはならないかを明確に述べる必要がある。そ
れが今回の議論の前提である。
2.現状維持か教科化か
教科化には検定教科書の使用、評価を行うという2つの要素がある。よってそれぞれに
ついてリスクあるいは導入する意味の希薄性について指摘していきたいと思う。
2-1.検定教科書について
検定教科書を導入することによって、形式的に道徳の授業で教えるべきことは定まって
くる。すると道徳が他の科目から独立して教えられやすくなってくる。しかし現行の指導
要領には各科目との連関を重視する記述がある。確かに道徳の教材や授業で各教科との関
連を意識していくことはできるかもしれないが、それならば既存の科目において道徳を教
える方が効果的なのではないかという批判が考えられる。ここでは、札幌市立白揚小学校
の事例を紹介したい。
参考文献としても挙げた札幌市立白楊小学校は、各科目における道徳教育に関連する指
導内容及び時期を表に分かりやすくまとめて公開している。
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もう少し具体的に説明しようと思う。この小学校では上に書いたように各教科と道徳が
つながりを持つように意識した教育を行っている。例えば国語(1 年生)に着目すると、4
月ごろに「あかるいこえで」や「どうぞよろしく」といった教材をとりあげて「礼儀」を
意識させるといったことをしている。また音楽(1 年生)では 5 月ごろに「にっぽんのうた」
をとりあげることで「郷土愛」をはぐくむことを目指している。
このように道徳を教科化しなくとも、各科目と道徳の連関を高めつつ効果的に教育を行
っている例がある。賛成派は教科化に賛成する以上、指導要領を信頼せねばならない。よ
って指導要領が主張する各教科との関連が教科化によってぼやけやすいとなれば、それは
重大な矛盾である。
2-2.評価について
道徳が教科化するとなれば、特別な断りがない限り評価をする必要があろう。そもそも
現状の教科は評価を行うのが当たり前であるし、教育が児童、生徒のために行われるとい
う前提に立てば彼らのモチベーションを高める意味でも当然必要であろう。評価の方法と
しては、基本的に数値・段階による評価とコメントによる評価が考えられる。
2-2-1.数値・段階による評価
この評価が不可能なのは、道徳が個人の内面に関わるという点から明らかであろう。加
えて児童、生徒のモチベーションを評価の重要な目的と位置付けた場合こうした評価方法
がそれを大きく低下させてしまう可能性があり問題だ。すなわち低い評価を受けた子供の
立場で考えると、道徳心が低いとみなされていると感じるだろうから非常に危険である。
2-2-2.コメントによる評価
確かに生徒の考え、態度などを否定しない形で評価するのであれば一見うまくいきそう
である。そこでコメントによる評価のタイプを細分化しさらに分析を深めていこうと思う。
2-2-2-1.生徒を肯定的にとらえる評価
生徒の明らかな欠点を指摘できないところに問題がある。例えばルールを守らない生徒
に、
「A君はルールを守らないところが問題だ」とは評価できない。この方法では生徒を正
しく伸ばすことは難しいだろう。
2-2-2-2.生徒を批判的にとらえる評価
この評価方法では、一歩間違えると否定につながりかねない。例えば授業中に私語をし
ている生徒を怒鳴って静止したB君に「B君は、正義感は強いが、その表現の仕方には問
題がある」などと評価するのは確かに批判的だ(否定ではない)が、これがB君のモチベ
ーションをそぎかねないことは容易に想像できる。
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東京大学 山本瑛伝
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2-2-2-3.事実に忠実に評価
ここで疑問なのは、この評価方法で生徒のモチベーションが上がるかという点である。
生徒を積極的にほめる(肯定する)ことも明らかな道徳的誤りを指摘することも出来ない
のがつらいところである。
2-3.小括(評価について)
数字・段階による評価がそぐわないのは言うまでもないが、コメントによる評価も結局
のところ困難であることが分かる。確かにコメントによる評価に関する分析についてはあ
くまでそれが困難になる可能性を指摘したに過ぎない。しかし上記のように生徒のモチベ
ーションを下げる事態になることを否定はできないうえ、現実問題として大多数の生徒の
モチベーションを下げないコメントをし続けられる教師はそうはいないであろう。しかし
評価をすることが教科化に自然と付きまとう以上、賛成派は具体的に実現可能な評価方法
を提案しなくてはならない。
3.他の有効な策
前述のように、教科化には重大なリスクがあった。ここでは教科化でなくてもいいので
はないか、他にも道徳教育をよりよいものにする方法があるのではないかというスタンス
で2つの例を紹介したいと思う。それは家庭教育の改善と地域教育の充実である。もちろ
んこれらの策が教科化賛成者の求めるように道徳教育を変化させていくとは限らないとい
うことは、あらかじめ断りを入れておきたいと思う。
3-1.家庭教育
まずは家庭教育について述べたい。家庭教育ではぐくむことのできる道徳とは何だろう
か。文部科学省の保護者用パンフレットには挨拶、手伝いの習慣などが家庭で身につける
のが期待されることとして紹介されている。これらは道徳に密接に関係している。
もし何らかの策によって家庭教育が改善していくならばそれは紛れもなく良いことであ
る。その何らかの策についてだが同パンフレットにも紹介されているように家庭教育を支
援するNPOと連携していくなどの具体案が考えられる。このように家庭教育の質を上げ
ていくことも道徳の観点から重要であろう。
3-2.地域教育
次に地域教育について述べる。再び同パンフレットを参照しつつ地域教育の重要性を道
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徳という点から考えると、やはりそこで述べられている異世代交流などの社会経験が大き
な意味を持つと思う。児童、生徒は地域の大人から多様な道徳を学んでいくに違いない。
具体案としては、群馬県の『道徳教育実践事例集』の資料を紹介したい。
この資料の 5 ページ目に高崎市立矢中小学校の地域教育の取り組みが紹介されている。
尚、同校は平成 23・24 年の道徳研究指定校に選ばれている。
具体的な取り組み内容であるが、この小学校では地域の人々を取り上げた児童作文や自
作資料を活用し、自分と作者とを重ね合わせながら地域の人々への気持ちを発表し合うこ
とで、地域の人たちに感謝しそれにこたえようとする気持ちをはぐくむことを目指してい
るそうだ。また地域の人々をゲストティーチャーとして招き、子供たちに地域の人たちの
思いを伝えるなどの活動も行っている。
このように、地域と連携した道徳を行うことは十分に可能である。このような他の案が
考えられる中、先に述べたようなリスクを持つ道徳の教科化をしなければならない必然性
があるのだろうか。賛成派にはこの疑問が突きつけられているのである。
4.総括
道徳の教科化の賛成派には主に次の 3 点を問いたい。そもそも道徳は学校で教えるべき
なのか、教科化のリスクマネジメントは可能か、そして他の有効な策は考えらえないのか。
賛成派はこのような疑問に有効な回答が出来ねばならないわけである。それが出来ないな
らば、教科化は到底妥当な選択とは言えないわけである。
5.参考文献・ホームページ一覧
『研究課題「道徳教育」 豊かな道徳性を育む各教科等との関連 札幌市立白楊小学校』
平成 22 年度札幌市研究開発事業
http://www.city.sapporo.jp/kyoiku/sidou/documents/230326hakuyo.pdf(2013/6/28
閲覧)
『道徳教育実践事例集』 群馬県道徳教育推進協議会・群馬県教育委員会 2013 年 3 月
http://www.karisen.gsn.ed.jp/boe/htdocs/?action=common_download_main&upload_
id=1692(2013/6/28 閲覧)
小学校学習指導要領 第 3 章道徳 文部科学省
保護者用パンフレット(平成 22 年作成) 文部科学省
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