二重課題歩行時の計算課題による負担と 歩行パラメータとの関係 - TOPIC

計測自動制御学会東北支部 第 273 回研究集会 (2012.6.29)
資料番号 273-8
二重課題歩行時の計算課題による負担と
歩行パラメータとの関係
Relation between calculation task load and gait parameter
during dual-task
○津嶋優太 ∗ ,柴田真奈美 ∗ ,佐川貢一 ∗
○ Yuta Tsushima∗ , Manami Shibata∗ ,Koichi Sagawa∗
*弘前大学大学院理工学研究科
*Hirosaki Univresity graduate school science and technogy studies graduate course
キーワード : 二重課題 (dual-task),計算課題 (calculation task),歩行パラメータ (gait parameter),
加速度 (Acceleration),角速度 (Acceleration)
連絡先 : 〒 036-8561 弘前市文京町 3 番地 弘前大学大学院 理工学研究科
津嶋優太,Tel./Fax.: (0172)39-3691,E-mail: [email protected]
1.
研究背景
害の診断、評価に有効と考えられる定量的デー
タの収集を行うことである。定量的データには、
現在,日本は高齢社会を迎えており、高齢者
の転倒が問題になってきている。高齢者にとっ
ての転倒は、骨折や日常生活に見守りや支援を
必要とする要支援者、脳血管疾患、体の衰弱に
つながる恐れがある 1) 。そのため、転倒の要因
や予防に関する調査、研究が行われている。高
齢者の転倒を研究する方法には加速度計、反応
時間、動作解析装置などが利用されている 2) 。
Lundin-Olsson らは、歩行中に話しかけられて
立ち止まってしまう対象者では,転倒のリスク
が高くなることを報告した 3) 。それ以後,二重課
題 (dual-task : DT) と転倒の要因や予防に関す
る調査、研究が注目されるようになってきた。高
齢者で計算や語想起などの課題を行いながらの
歩行では,歩行速度が遅くなることや歩行時の
姿勢が不安定になることが報告された 4−8) 。臨
重複歩距離 (踵が地面または床から離れて再び
同脚の踵が接地するまでの距離)、爪先と床との
高さなどの距離因子、歩行周期、歩行速度など
といった時間因子、爪先の角度、角速度といっ
た運動学的所見などが挙げられる 9) 。爪先に装
着可能な慣性センサでは、爪先の加速度、角速
度といった運動に関連するパラメータが測定可
能であり、二重課題歩行時の歩行パラメータの
測定が可能であると考えられる。しかし、二重
課題条件下での歩行において,歩行中の歩行パ
ラメータがどのように変化するのかは不明であ
る 1−9) 。そこで本報告では,スマートフォンを
用いた計算課題を歩行中に実施して,そのとき
の歩行に関係するパラメータを爪先に装着可能
なセンサで測定し,歩行中のスマートフォンの
操作が歩行特性に与える影響を評価するととも
床現場における歩行分析の主な目的は,歩行障
–1–
に,高齢者の転倒要因解決に有用な特性の抽出
を試みる。
2.
実験方法
2.1
実験装置
本研究で使用した爪先装着型センサ (以下 3D
センサ) は,3 軸加速度センサ (FreescaleSemi-
conductor, MMA7260Q, ± 6[G]),2 軸ジャイ
ロセンサ (Invensense IDG-300, ± 500[deg/s]),
Fig. 1 Flow chart of verbal signal.
1 軸ジャイロ (Analog Devices,ADXRS300, ±
300[deg/s]) とレギュレータによって構成されて
いる。各センサから出力される加速度 (Accel-
eration: Acc[m/s2 ]),角速度 (Angular Velocity: AV[deg/s]),回答時の音声情報の電圧をデ
ータ取得するためにデータロガーを用いる。ま
た,データロガー (Logomatic ver.1.0, Sparkfun
Electronics)(Fig.2) を使用し,
3Dセンサの出力電
圧をSDカードへ記録する。スマートフォン (SHA
RP,
IS05) は,計算課題を提供するために使用す
る。サンプリング周波数は 100[Hz] である。実験
装置の概略図をFig.1に示す。右足の爪先に3Dセ
ンサを装着し,計測した加速度と角速度を用い
て歩行パラメータを 1 歩ごとに推定する。今回
Fig. 2 Data logger
の報告では,高齢者の転倒要因解決に有用な特
性の抽出を試みるため音声情報は使わない。ス
をスマートフォンを用いて操作するときはFig.3
マートフォンから提供される計算課題は,
「計算
のように画面上に表示される。
力トレーニング」(採点・符号) というアプリを
使用する。採点 (Rating) は画面に表示される計
2.2
算の正誤を○と×で解答する。符号 (Sign) は画
実験方法
面に表示される式の計算が成り立つように,式
実験は,健常男性 5 名 (平均年齢 22.00 ± 1.22
中の符号を+,−,×,÷で解答する。この計
歳) を対象に実験を行った。実験は,被験者に
算課題には,
easy,
normal,
hardの 3 種類の難易度
実験内容を説明した後に同意を得た上で実施し
がある。easyでは 1 桁同士の計算を行うことが多
た。はじめに,スマートフォン操作と計算課題の
い。normalではeasyで行った 1 桁同士の計算の他
解き方に慣れてもらうため,練習として以下で
に 1 桁と 2 桁の 2 つのタイプの計算を行う。そし
述べる手順 (1) を 1 回ずつ行ってもらった後に,
て,
hardでは 1 桁同士,1 桁と 2 桁,2 桁同士の 3 つ
歩行実験を実施した。また,出題する計算課題
のタイプでの計算を行う。今回の報告では,難易
の順番は,ランダムにした。これは,スマート
度をeasyとhardにして実験を行った。計算課題
フォン操作による慣れや計算課題の慣れによっ
–2–
て歩行パラメータへの影響を最小限にするため
である。以下に実験の手順を示す。
(1) はじめに,歩行せずにどのくらいの計算
問題が解けるのか,また計算のみを行っ
た際に要した時間を評価するため,着席
してスマートフォンで計算課題を与えた
(Calculation Task: CT)。その際,計算結
果 (正解数,解答時間) を記録した。
(2) 100[m] の直線経路を自由歩行する (Single-
Fig. 3 Calculation application
Task: ST)。歩行実験では,右足の爪先に
3D センサを装着する。歩行パラメータの
測定は,右足爪先に装着した 3D センサ
から重複歩距離 (SL: Stride Length[m]),
歩行周期 (WC: Walking Cycle[s]),歩行
速度 (V: Velocity[m/s]),爪先高さ (Peak:
Tiptoe height[m]),爪先が上下に向いたと
きの角度 (Deg.max [deg],Deg.min [deg])
の 6 つである (Fig.4)。
(3) (2) と同様の直線経路を歩行しながら,計
算課題を行う (Dual-Task: DT)。このと
き,(2) で使用した 3D センサの他に,ス
マートフォンを用いる,最初の 20 歩程度
はスマートフォンを操作せずに歩いて (Be-
fore Answer: BA),その後計算課題を行
うためにスマートフォンを操作しながら
Fig. 4 Gait parameters
歩き (During Answer: DA),課題を解き
終わったらスマートフォン操作を終えて
20 歩程度歩き (After Answer: AA),停止
する。
間) を記録する。そして実験後,歩行解析プログ
ラムを用いて,測定された Acc,AV,SL,WC,
V,Peak,Deg.max,Deg.min を Excel ファイ
被験者は,測定者に「スタート」と声をかけら
ルに保存する。V は,測定データ SL,WC を用
れたら歩きだし,
「ストップ」と言われたら停止
いて次のように求めた後に Excel ファイルに保
する。また、二重課題歩行時では歩いている最中
存する。
V = SL/WC[m/s]
に「回答はじめ」と言われたらスマートフォンを
操作して計算課題を行い,計算課題が終わった
ら,被験者が「計算終わり」と言う。そして,被
(1)
そして,1 歩ごとに DT 時の BA,DA,AA の区
間での歩行パラメータの変化について考察する。
験者が計算課題を終えてから 20 歩程度数えたら
「ストップ」と言って被験者は停止する。その後,
被験者が計算課題を行った結果 (正解数, 解答時
–3–
実験結果
BA
被験者 1 名がスマートフォンを操作しながら
1.6
1.4
1.2
1
0
歩いているときの,BA,DA,AA に分けた 1
40
60
1.1
1
0
80
20
40
60
80
20
40
60
80
1
Deg.max[deg]
るため,歩行開始と終了の 3 歩分以外のパラメー
タをグラフに表している。Fig.5 のグラフから,
DA の区間で歩行パラメータは BA や AA と比
20
40
60
80
0.15
1.2
0.8
0
た,歩き始めと歩き終わりには歩調などが乱れ
Peak[m]
1.4
20
40
60
40
30
20
0
20
40
60
0.1
0.05
0
80
Deg.min[deg]
V[m/s]
このときの計算課題は符号の Easy である。ま
80
-30
-40
-50
-60
0
Time[s]
較して増加したり減少したりしていることがわ
Time[s]
BA: Before Answer,DA: During Answer,
AA: After Answer
かる。次に,被験者の BA,DA,AA での歩行パ
Fig.6 より,SL,V,Deg.max は DA のときに低
20
AA
0.2
歩ごとの歩行パラメータの変化を Fig.5 に示す。
ラメータの平均を算出した結果を Fig.6 に示す。
DA
1.2
WC[s]
SL[m]
3.
Fig. 5 Example of gait parameters during
dual-task walking of calculation for 1 subject.
下していることがわかる。また,WC は,BA と
1.4
1.2
は,被験者が計算課題を解くことに集中し,歩
1
Deg.max[deg]
れる。また,計算課題の難易度によって DA の間
での歩行パラメータの変化に違いが生じる可能
性がある。そこで,各計算課題の難易度の違い
DA
BA
DA
AA
BA
DA
AA
BA
DA
AA
0.14
Peak[m]
BA
DA
30
BA
DA
AA
0.12
0.1
0.08
AA
35
25
1.1
1.05
1
AA
1.5
V[m/s]
行に対する集中力が低下したためであると思わ
BA
Deg.min[deg]
SL[m]
り歩行特性が低下していると考えられる。これ
WC[s]
1.6
比較して DA のときに長くなっており,DT によ
-40
-45
-50
-55
と DA での歩行パラメータとの関係を調査する。
BA: Before Answer,DA: During Answer,
AA: After Answer
ここでは,各計算課題の解答時間を計算課題の
難易度とする。各歩行パラメータと難易度につ
いて求めた近似直線と相関係数 R を Fig.7 から
Fig.11 に示す。また,被験者の計算課題の正解
Fig. 6 Example of gait parameters during
dual-task walking of calculation for 1 subject.
数と解答時間を Table1,Table2 に示す。Fig.7
の被験者 1 の例では,解答時間が長くなると,
Deg.max を除く歩行パラメータが低下する傾向
傾きがプラスとなっており,速い計算に対して
難易度があがっていると考えられる。
があることがわかる。特に SL,V,Peak が低下
するのは,計算課題を解くことを歩行中に行っ
4.
ていたため,歩行バランスを保とうとしている
ためであると考えられる。一方,今回の実験で
は,解答時間が長くなると,V が遅くなるとい
う結果となった被験者が 3 名いた。これは,よ
り速い計算を行うことが高い難易度として作用
している可能性があることを示している。被験
者 2,4,5 は,採点の Easy について CT より
も DT の成績が良い。これらの被験者は,V の
結言
本報告では,3D センサを使用してスマート
フォンで回答しているときの歩行パラメータと
難易度を変更したときの歩行パラメータの平均
と近似直線をグラフにして,歩行中のスマート
フォンの操作が歩行特性に与える影響を評価す
るとともに,高齢者の転倒要因解決に有用な特
性の抽出を試みた。その結果,解答時間が長く
–4–
R=0.8932
1.15
1.5
1.1
WC[s]
SL[m]
Table 1 Result of easy calculation
2
1
R=-0.2482
y=-0.0006x+1.08
1.05
y=0.0204x+0.97
0.5
0
20
Peak[m]
2
V[m/s]
1.5
1
y=0.0201x+0.897
20
Deg.max[deg]
35
30
25
0
1
0
0.14
y=-0.0443x+31.83
20
40
20
40
R=0.6988
y=0.0013x+0.086
0.12
0.1
0.08
40
0
R=-0.2335
-64
Deg.min[deg]
0.5
0
Table 2 Result of hard calculation
40
R=0.8672
-66
20
40
R=0.2153
y=0.0426x-69.83
-68
-70
-72
0
Time[s]
20
40
Time[s]
○: Rating・Easy, ●: Rating・Hard,
□: Sign・Easy ■: Sign・Hard
Fig. 8 Gait parameters and answer time of
subject 2.
40
20
R=-0.2970
35
Peak[m]
20
25
0
40
R=0.2385
y=0.0531x+28.78
30
20
Time[s]
R=-0.2435
1
0
0.15
1.2
1
0
Deg.max[deg]
y=-0.0057x+1.35
Deg.min[deg]
V[m/s]
1.4
40
1.2
40
1.4
0.1
0.05
0
V[m/s]
20
1
0
y=-0.007x+0.12
20
40
1
0
R=-0.0223
-45
-55
y=-0.006x+-51.41
0
20
40
Time[s]
y=0.0005x+1.15
25
0
y=0.207x+25.43
20
1.08
1.06
1.02
0
0.12
40
20
40
R=0.0569
y=0.0001x+0.09
0.1
0.08
0.06
40
0
R=0.9968
-54
30
Time[s]
○: Rating・Easy, ●: Rating・Hard,
□: Sign・Easy ■: Sign・Hard
40
R=0.0312
35
-50
-60
20
20
R=0.7113
y=0.0013x+1.03
1.04
y=0.0022x+1.19
1.2
Deg.max[deg]
1
0
1.12
1.1
1.05
WC[s]
1.2
Peak[m]
1.4
R=0.1339
1.4
1.1
SL[m]
WC[s]
SL[m]
1.6
R=-0.5940
y=-0.0007x+1.10
Deg.min[deg]
R=-0.3331
1.15
y=-0.0071x+1.49
20
40
R=0.2227
-56
-58
-60
-62
y=0.0275x-58.07
0
20
Time[s]
○: Rating・Easy, ●: Rating・Hard,
□: Sign・Easy ■: Sign・Hard
Fig. 7 Gait parameters and answer time of
subject 1.
Fig. 9 Gait parameters and answer time of
subject 3.
–5–
40
なると,SL が長くなり,WC が短くなると,V
1.2
1
0
20
Peak[m]
V[m/s]
1.1
1
y=0.0019x+1.10
40
R=0.1496
Deg.max[deg]
Deg.min[deg]
20
26
24
22
20
18
16
0
1.1
y=0.0341x+21.17
20
40
y=-0.0003x+1.04
1
0
いうこれまでの結果とは違う傾向がみられた。
今後は,このような異なる結果となった理由に
20
40
R=-0.0401
0.1
考え事などの負荷に対する歩行パラメータの傾
0.06
0.04
-62
ついてさらに考察するとともに,年齢層を広く
して,被験者を増やして歩行実験を行うことで,
0.08
0.02
0
が遅くなるという結果となった。これは,SL が
短くなり,WC が長くなると,V が速くなると
1.05
40
R=0.2411
1.2
0.9
0
R=-0.1813
R=0.2552
y=0.0016x+1.14
WC[s]
SL[m]
1.4
y=-2.07*10
20
-5
x+0.06
向を明らかにしていきたいと考えている。
40
R=-0.8386
y=-0.1428x-63.15
参考文献
-64
-66
-68
-70
0
Time[s]
20
40
Time[s]
○: Rating・Easy, ●: Rating・Hard,
□: Sign・Easy ■: Sign・Hard
2) 高橋隆宜、山田冨美雄、宮野道雄 : ”高齢者と若
年者の歩行動作の左右動揺−歩行者の動作解析
を用いた検討−”、日本生理人類学会誌.Vol15,
No.1,9-16,2010
Fig. 10 Gait parameters and answer time of
subject 4.
SL[m]
1.5
1.4
1.3
0
1.2
y=-0.001x+1.407
WC[s]
1.6
R=-0.1785
20
40
R=-0.9608
y=-0.0029x+1.16
20
40
R=0.3715
y=0.0024x+1.21
1.1
0
Deg.max[deg]
50
20
R=0.6662
y=0.1192x+40.15
45
40
35
0
40
20
Time[s]
Deg.min[deg]
V[m/s]
1.2
Peak[m]
R=0.4971
1.3
40
3) Lundin-Olsson L, Nyberg L, Gustafson Y:
”Stops walking when talking as a predictor of
falls in elderly people”, 1997, 349,617
1.1
1
0
0.2
y=0.0004x+0.147
0.18
0.16
0.14
0.12
0
20
-58
40
R=-0.1968
4) Beauchet O,Dubost V, Fonthier R : ”Dualtask-related gait changes in transrationally
frail older adults : the type of the walkingassociated cognitive task matters”,Gerontology,2005,51,48-52
5) Hollman JH,Kovash FM, Kubin JJ : ”Agerelated difference in stride-to-stride variability during dual task walking: apilot study”,J
Geriatric Physical Therapy,2004,27,83-87
6) Schrodt LA,Mercer VS,Giuliani CA : ”Characteristics of stepping over an obstacle in community dwelling older adults under dual-task
condition”,Gait Posture,2004,19,279-287
y=-0.0328x-61.24
7) Woolacott M,Shumway-Cook A : ”Attention
and the control of posture and gait: a review
of an emerging area of reserch”,Gait Posture,
2002,16,1-14
-60
-62
-64
-66
1) 山田実、村田伸、大田尾浩、村田潤 : ”高齢者
における二重課題条件下の歩行能力には注意
機能が関与している−地域在住高齢者における
検討”, 理学療法科学、第 23 号 3 巻、435-439,
2008
0
20
40
Time[s]
○: Rating・Easy, ●: Rating・Hard,
□: Sign・Easy ■: Sign・Hard
Fig. 11 Gait parameters and answer time of
subject 5.
–6–
8) 山田実,上原稔章 : ”二重課題条件下での歩行
時間は転倒の予測因子となりうる−地域在住高
齢者を対象とした前向き研究”,理学療法科学,
2007,22,505-509
9) 佐川貢一,三島啓太 : ”爪先装着型センサを用い
た歩行分析システムの開発”,第 48 回日本生体
医工学会大会プログラム・論文集 (CD-ROM),
49/54(2007)