エレメンタル・バスターズ - タテ書き小説ネット

エレメンタル・バスターズ
春奈
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︻小説タイトル︼
エレメンタル・バスターズ
︻Nコード︼
N9734T
︻作者名︼
春奈
︻あらすじ︼
この物語は別世界からコノ世界へと来て、間違いを正す物語。
この世界に住んでいる者達は"彼女"のせいで忘れている⋮﹃己﹄
を。
何度も同じ行動を⋮、日々を繰り返し、それに気づかないと言う矛
盾。
王でさえ、王女でさえ、何も気づいていないと言うのだろうか?
そして、どこからか舞い降りた無力なる者が織り成す間違い探し物
1
語。
2
第∞日目 世界の在り方
この物語は別世界からコノ世界へと来て、間違いを正す物語。
この世界に住んでいる者達は忘れている⋮﹃己﹄を。
何度も同じ行動を⋮、日々を繰り返し、それに気づかないと言う矛
盾。
王でさえ、王女でさえ、何も気づいていないと言うのだろうか︱︱
︱?
︱︱︱そして、どこからか舞い降りた無力なる者が織り成す間違
い探し物語。
それではこれから貴方に幾つか質問致します。
?あなたなら修正ペンで何を修正しますか? YES/NO?
?消しゴムで消せば何もかも消せると思いますか? YES/NO?
?嘘は本当にバレないと思いますか?
︱︱貴方はこの質問の意味を理解出来るでしょうか?
答えは物語の中に、きっとあるでしょう。
さぁ、あなたに簡単に少しだけ教えてあげましょうか。
これから始まろうとしている物語の世界を。
†ディスティニィ・エルシオン⋮それは天界︵天国︶を指す。
ごじんしょう
地上に暮らす者達は、エルシオンを天国や楽園と言い表している。
あまざ
おさ
そこには、五神将と言う神が五人おり。個々に城を構えている。
神より地位が低い所に、天座と言う天子の長であり、女王の。天子
がいる。
3
ほぼ
その天子の女王が略エルシオンを支配していると言っても過言では
ない。
†アウター・アビス⋮それは下界︵地獄︶を指す。
地上に暮らす者達は、アビスを地獄や魔界と言い表し、忌み嫌っ
ている。
呪、毒、悪、殺やら険悪な噂が絶えない。
ほが
アビスには、王様が存在し。アビスの世界を取り仕切っている存
在。
ごくまれ
アビスの中心部に城を構えており王様は、とても朗らかで子供っぽ
くてサディスティックだと
悪魔達から噂されている。
†セカンド・サン⋮それは地上を指す。
普通の人間が生活をしている場所。けれど極稀に、魔力を持つ者が
存在する。
魔力持つ者は、普通の人間達から﹃法術師﹄や﹃神父﹄と呼ばれて
いる。
ドラゴン
エルフ
オオカミ
だが、普通の人間は知らない種族がある。
それは、﹃竜族﹄と﹃長耳族﹄と﹃大神族﹄だ。
この三種族は昔﹃神ノ使﹄と言われ、崇められていたが、ある事が
原因で次第に人々の頭から
忘れ去られて行くのであった。
︱︱︱そしてセカンド・サンでは昔、アビスとエルシオンの戦争
で1度滅び、名を変えた。
本当の名を知っている者は、もう存在していないだろうか?
†エレメンタル・ワールド⋮それはこの三つの大地を維持する為の
土台︵星︶を指す。
エレメンタルは基礎を示し。ワールドは世界を現す。
4
アウトワールド
†そして⋮人間界。簡単に言ってしまえば地球。もっと細かくして
言うと日本。
エレメンタル・ワールドには存在しない別次元。
日本では、魔力も剣術も法術も無い平和な場所?
戦争は昔に何度か合ったものの、今は平和になっている。
この日本では、アビスの王のような綺麗で可憐な黒髪と黒目の人
間がメジャーである。
︱︱︱そして彼が現れる前のエレメンタル・ワールドの時は、動
いてはいなかった。
簡単に言えば、日数や時間は経過しているが、同じ行動を何度もル
ープしていることになる。
コトジュツ
何も知らずに﹃︱︱ずっと平和が続く、だからこのままで良いんだ﹄
と言う強い言術に
かけられている者達は、”今”から変わることなどしようとは思わ
ないのだろう⋮。
例え目の前で人が殺されようとも⋮。
少しはこの世界を、わかりましたでしょうか?
ですがこの情報は、ごく最近の物に過ぎないのです。
もっと過去を知りたいのなら、この物語に飲み込まれる覚悟をお決
め下さい。
⋮?私は誰か⋮ですか?あなたに助けを求めている悲劇のヒロイ
ンとでも
言っておきましょうかね?
5
まぬが
さだめ
⋮、解からなくて良いのです。あなたにとって損は無いことだと思
いますし。
それに私と話している時点で、あなたの未来の変化は免れない運命
なのです。
それでは過去を知りたければ、そのページをおめくり下さい。
6
第∞日目 世界の在り方︵後書き︶
これは、とある人間の夢の中のお話。
夢は続く⋮、夢は現実へと導き、やがては幻想を作る。
彼が望もうとも、望まざろうとも⋮。
7
第∞日目 二度と来ない朝︵前書き︶
これは⋮エレメンタル・ワールドの過去のお話。
当時、エルシオンとアビスが戦争をする頃の”少女”のお話。
8
アビス
第∞日目 二度と来ない朝
エルシオン
遠い昔⋮天国と地獄では、小さな意見の食い違いで
エルシオン
アビス
険悪な雰囲気を漂わせていた時代。
その頃、天国と地獄の間にある地上では
険悪な雰囲気など知らず、日々を楽しく過ごしていた。
ようがん
︱︱︱時に天国の怒りのせいで、天から皮膚を焦がすような雨が降
り注ぐ時も合った。
どく
︱︱︱時に地獄の憎しみのせいで、地から気をも惑わす空気が噴き
出て来る時も
あった。
けれどもその地上で暮らす人々は負けなかった。
﹃大丈夫⋮きっとまた平和になるさ﹄と自分に言い聞かせながら。
けど、平和なんて来る事は無かった⋮。
永遠と言う命を持つ天国と地獄に住む住人達にとって、1年なんて
数秒のことだったのだ。
地上で住む者達が、ほんの数秒苦しむくらい気になどしなかったの
だ。
そんな憎しみと怒りが飛び交う地上に、望まれて生まれ、愛され
て生きている少女がいた。
その少女は、物心ついた時から
﹃ずっと平和な世界で、ずっとパパとママと一緒にいられますよう
に!﹄と天に祈りを捧げていた。
けれど、そんな想いとは裏腹に︱︱︱・・・
9
太陽が沈み、月が昇り、少女はいつものように外へ出て、地に足
をついて祈りを捧げていた。
そんな時︱︱︱!
天から無数の赤く煌く︵きらめ︶塊が、降って来たのだ。
家の窓から少女を優しい瞳で見つめていた、男性がその塊に気づ
き、少女の元へと急いで向かった。
そして少女の腕を強く掴み、﹃早く家に入りなさい!!﹄と怖い顔
をして焦りながらそう言った。
少女はそれに驚いて、急いで家に戻った。
家に入った途端に、怯えて顔を歪ませている少女の母親が強く少女
を抱きしめた。
そして何度も﹃大丈夫よ⋮大丈夫よ⋮﹄と呪文でも唱えているよう
に言っていた。
その腕は小刻みに震えていて、少女は人間の本能的に恐怖を憶え
た。
遂に、赤い塊が地へと降り立ち、家々は燃え盛っていった⋮。
は
ある者は﹃熱い!熱い!!﹄と叫びながら走り回っていたが、直に
塊に押し潰されて逝った。
は
ある者は﹃怖いよぅ⋮怖いよぅ⋮﹄と言いながら傍らに横たわる死
体に問いかけていた。
気づけば少女の家も、真赤な炎に包まれていた。
怖い顔をした男性、父親が少女と母親の腕を強く掴み立たせ﹃逃げ
るぞ!早く!﹄と言いながら、
携えた剣を強く握りしめていた。
少女と母親と父親は逃げた。必死に逃げた。母親は少女の小さな
手を強く握り締めて。
10
父親は1番後ろを走り、少女と母親の背中を守った。
少女は息を切らしながら必死に走った。目頭が熱くなり少女は自分
が泣いていることに気がついた。
友が死んでいく、隣人が朽ちていく、動けない犬や羊や牛や豚が
燃えていく⋮。
少女が一瞬後ろを振り返ると、後ろからドロドロとした赤い液体が
迫って来ていた。
逃げた⋮必死に⋮必死に。
けれど少女は気がついた、母親に腕を引っ張られていて気づかな
パパ
かった事。それは・・・
﹃︱︱︱父親がいない。﹄
︱︱︱そして赤い塊が降って来た時から1年後。
無事に少女と母親は逃げ切れたけれど、失ったモノは大きすぎた。
母親はショックで、あの事件から一ヶ月ずっと泣き続けていたと
言う。
けれど少女は、不思議と涙が出なかった。その母親を見ていると不
思議と客観的になった。
そして少女は考えた﹃何故あんなことが起こったのか?﹄と。
それは1年と言う月日がたっても、解かることは無かった。
1年の間、他の村や街でも塊が降ったと言う。
遂に、研究者や有能な法術師が集って話し合ったけれど、解決策は
出ず。
人達は嘆き悲しんだ。
けれど少女は不思議と前向きに生きて行けた。一緒に逃げた母親
がいたから。
新しい場所でも、すぐに友は出来て大人にも可愛がられた。
時に大人達の口から﹃可哀想に⋮﹄と言う言葉が聞こえたが、少
11
女は意味が解からなかった。
そして今夜も少女は強く祈りを捧げた︱︱︱。
﹃ずっと平和な世界で、ママとずっと一緒にいられますように!﹄
と。
しりょく
次の日の朝。1番仲が良かった友達が原因不明の病で倒れた。
その友達は、倒れたその瞬間から声を失い、光を失った。
次の日⋮、また1人⋮また1人と倒れていった。
遂に医者までもが病の淵に落ちていってしまった。
そして病では無い者は、見えないモノに恐怖し、段々と気が狂っ
ていった。
少女と共に逃げた母親も、見えないモノに怯えて、少女に暴力を振
るってしまったのだ。
けれども少女は耐えた。だって大好きな人だったから。少女を守っ
てくれた大切な
︱︱︱最後の人だったから⋮。
朝を⋮夜を⋮繰り返す内に、人々は狂って行き、死んで行った。
そして遂に少女と共にいた母親が、手首から血を噴出しながら死ん
で逝った。
女性の右手には鋭い刃が握られていた。少女はそれを見てグラリ
ママ
と視界が歪んだ。
﹃母親・・・?﹄
少女は全てを失った。父親も母親も⋮。
友でさえも生き残っている者は、いなかったのだ。
︱︱そして、少女は願った。神を呪うような憎しみを秘めた瞳で。
﹃わたしは”神”が嫌いです。わたしは”全て”が嫌いです。だか
ら死んで下さい﹄と。
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全てを失った少女に迷うことは何も無かった。ただ終焉を待つだけ
の少女。
その祈りは果たして”神”に届いているのだろうか?
全てを失った少女は、”神”にも同じ気持ちを思い知ってもらい
たいと強く願った。
そんな少女を見つけたのは、教会の神父だった。
その神父は、優しい瞳と声色で﹃おいで﹄と言って、暖かく手を
差し伸べた。
少女は冷たい目と声色で、﹃ありがとう﹄と言って、1度も顔を合
わさずに手をとった。
何故、少女が神父の手をとったかは、不明のまま。
もしかしたら、少女はまだ﹃光﹄を信じていたのかもしれません。
そして少女は、教会で同じ境遇の子達と一緒に暮らすこととなっ
た。
教会は、一軒家をちょっと大きくしたくらいの屋根裏付きの教会だ。
天井の隅には、蜘蛛の巣が幾つか合った。
教会を入るとすぐに、左右に横に長い椅子が4個づつ置いてあって。
目の前には、大きな十字架を手で握り締めている女神像が合った。
その女神像の裏に行くと、そこにはリビングやら、台所、お風呂と
トイレがあった。
そして少女の母も父もいなかったが、その生活には温もりが合っ
た。
同じトラウマを持つ子達と優しい神父。少女は次第に笑顔を取り戻
して行ったのだった。
2年後⋮少女は齢10歳を迎えようとしていた時︱︱︱。
その日は、楽しい日になるはずだった。最高の1日になるはずだっ
た︱︱︱。
教会には、少女の帰りを今か今かと待つ神父と仲間達。
13
帰れば、熱々でちょっと黒胡椒の掛かったローストチキンに、白く
て甘い生クリーム仕立ての
誕生日ケーキ。そして綺麗な赤いリボンでラッピングされた誕生日
プレゼント。
けれど、天から⋮地から⋮現れた悪魔と天使達。
その手には鋭いモノ。怒りに満ちた天使の瞳。憎しみに満ちた悪魔
の瞳。
﹃︱︱︱あぁ、彼らは昔の私にそっくりだ。そうか、彼らが私の大
切な人を⋮。﹄
少女は燃える教会を見た。少女は教会から出て来る者達が無残に
殺されて逝くのを見た。
よみがえ
少女は友を殺している者達を睨んだ。
再び少女は、あの頃の想いが蘇った。燃える赤いリボンの付いた
箱。
燃える一緒に過ごした教会。
憎すぎて、どうしようも無くて、少女はただ呆然と立ったまま思っ
た。
﹃くだらない﹄
少女はそう思った。すると不思議と少女は笑えて来たのだ。
あぁ、くだらない⋮くだらない。と少女は狂ったかのように笑い続
けた。
天国と地獄の小さな喧嘩だと言うのに。
ひと
何故私たちが巻き込まれなきゃいけない?と少女は思った。
全てを理解し、結論を出した少女は、もう少女では無くなっていた。
こっけい
﹃嗚呼、目の前で人が死んでゆく。嗚呼、目の前で誰かがモガキ苦
しんでいる。︱︱滑稽だ﹄
そして少女の後ろには、真っ白い翼を持った狩人が︱︱︱⋮。
⋮少女は最後に願った。自分で叶える願いを。
14
﹃時が動くから人は動く。感情があるから人は喧嘩をする。だった
ら無くしてしまえば良い。
私に従え。私の言う通りにしろ。もう何も感じるな、想うな、動く
な。そうすれば
”ずっと平和”⋮だ。﹄
︱︱︱そして時は止まったのであった。
15
第∞日目 二度と来ない朝︵後書き︶
︱︱︱全ては少女の想うがままに︱︱︱
16
第1日目 平凡で平和で︵前書き︶
別世界⋮、地球⋮、日本に住む1人の﹃クダラナイ﹄お話。
17
第1日目 平凡で平和で
︱︱︱・・・。
﹁⋮ふーん。何か結構残酷な物語だね∼?﹂
ふーんと興味無さそうに答える1人の女性。
薄茶のショートヘアで、大きい黒目が印象的な女性。
﹁なんだよ⋮、せっかくお前の好きそうなジャンルの小説探してや
ったのに﹂
不機嫌そうに俺は言った。右手に持っていた携帯をパチンッと閉
じて
真横にいる女性を睨んだ。
つつみ
さくま
俺は黒髪ショートで、男にも関わらず大きくて綺麗な黒目とよく
言われる。名前は筒巳 佐熊と言う。
すると女性が、眉を潜めて言った。
﹁まぁー興味あるっちゃぁ、あるけど。そろそろ試験近いんだよ?
小説所じゃないでしょ﹂
すずざき
りん
頭をグシャグシャと掻き毟りながら女性は言った。
この女の名前は、鈴崎 凛と言う、俺の幼馴染だ。
俺は目を逸らしながら言った。
﹁あー⋮はいはいそうですね、試験ですね∼。︵棒読み︶﹂
若干棒読み気味で言った俺に対し、凛が﹁はぁー﹂と深い溜め息を
ついて
哀れみを持った目で俺を睨んだ後、教室へと入って行った。
︵ったく、何だよ凛のやつ⋮。あーあ、女ってめんどくさいなぁ⋮︶
俺は、ため息交じりに頭をグシャグシャーと掻き毟って、不機嫌そ
うな顔をした。
刹那
﹁キーンコーンカーンコーン・・・﹂
18
︵あっ、ヤバイ!もう授業なのか。次英語だ⋮最悪だ。居眠りでも
してやり過ごそう⋮と︶
そんな事を思いつつ、俺は2年A組と言う教室へと渋々入って行っ
た。
︱︱︱この世界は、エレメンタル・ワールドとは別次元にある日本
という場所だ。
この日本は至って平和で、住んでいる者達は剣を扱ったり、まして
や魔力がある者はいなかった。
たまに﹃占い師﹄や﹃超能力者﹄という者達がいるようだが、それ
でも魔力を持つ者は皆無に等しい。
つつみ
さ
遠い昔に何度か他国と戦争を起こしたと言うが、今は終戦して平和
になっている。
くま
そんな平和で安全?な場所に暮らす日本男児。それが﹃筒巳 佐
熊﹄だ。
佐熊は平凡な高校2年生で、母と父を原因不明の”事故”で既に亡
くしており、11歳の妹と二人暮らし。
けんびだいいちこうこう
たまに携帯小説を書く、自評﹃隠れ小説家﹄でもある。
そして今、佐熊がいる場所は犬美第一高校と言う所だ。
今年2年生になり、それなりに興味のある女子もいて、それなりに
﹃しあわせ﹄な日々だった。
﹁z⋮z⋮z⋮﹂
コツン・・・コツン・・・
段々と誰かの足音が佐熊に近づいて来る。
午前の暖かな陽気に照らされ、夏の匂いを漂わす風が、﹃ふわん﹄
とカーテンを揺らしている。
︱︱︱バシンッ!
19
﹁ッ!うおあぁ!!﹂﹁うわっ・・・﹂
頭に強烈な痛みが走った
﹁え?え?あ・・・先生。﹂
よだれ
﹁あ・・・先生。じゃないだろう?授業中に涎垂らしながら寝る奴
がいるか?﹂
先程の﹃バシンッ﹄と言う音は、英語の先生が俺の頭を教科書で叩
いた音だった。
それにびっくりして俺は驚いたが、同時に先生も俺の声に驚いて間
よだれ
抜けな声を出していた。
俺は、涎?と思い、腕で口元を拭うと、ズルッ!と腕が滑った。
ゆる
顔を少し赤らめて、捲くっていたワイシャツの袖を下ろして、口元
を拭いた。
﹁ハハハハハ!佐熊!口が緩んでるんじゃないのかぁ∼?﹂
と親しげに笑って来た、憎たらしい男友達。
すると英語の先生が、大きくて深い溜め息を﹁はぁー⋮﹂と吐い
た。
俺は心の中で
︵いささか教師が生徒の前で、こんな大きな溜め息をついて良い物
なのだろうか⋮?︶なんて
どうでも良いことを、ぼんやりと考えてみたのだった。
人間は、恥ずかしいとか驚いた時に、どうでも良いこと細かく考
える習性がある⋮と思うが、
それは俺だけだろうか?
そんなこんなで、再びチャイムが鳴った。
﹁キーンコーンカーンコーン・・・﹂
﹁ぅぅーん!あぁー終わったぁ。﹂
チャイムと共に、今までガッチリと集中していた生徒達が、ごま
あざらしのお腹のように、ペタンと
上半身を机の上に倒した。
20
It
piano
sleepy.
my
﹂
is
ret
俺は、﹁ぅぅーん!﹂と背筋を伸ばし大きくあくびをした。
その顔は、凄く眠たげな顔をしていることだろう。
be
today.
because
to
alone
seems
すると1人の女子が俺の机の前に堂々と立っていた。
﹁It
urns
practiced
驚いた俺はふと顔を上げてみると、そこには鈴崎 凛がいた。
俺は眉をひそめて顔を横に傾けた。
﹁え・・・えーっと、い・・・YES?﹂
凛はその答えに、思わず﹁ブッ⋮!あはははは﹂と吹いていた。
俺はその反応に不機嫌そうな顔をして
﹁な、何なんだよ!そんなに笑わなくたって良いだろ!﹂
凛は笑い泣きしていた瞳を拭って言った。
﹁ははは・・・。えっとね。眠そうな顔してるね。今日私ピアノの
練習があるから1人で帰ってね﹂
と言って、ニッコリと微笑んだ。
俺は恥ずかしそうな顔をしつつ﹁最初からそう言えっ!﹂と強気に
答えた。
凛は再び優しく微笑んで
﹁しぃーけぇーん!忘れないようにねっ。﹂
と言って、﹁じゃあね﹂と付け足して教室を後にした。
凛は言葉使いがちょっと荒くて、ショートヘアだから少しボーイ
ッシュに見えるけれど、
本当は優しい性格で、おしとやかな女の子なのだ。
凛は高校生である傍ら、ピアニストでもあり、それなりに有名だ
った。
時刻は午後4時過ぎ。
︵今日はサタンスーパーで買い物して帰ろっと︶
21
俺は、窓越しに曇りかけた夕焼け空を見つめ、静かに微笑んだ。
一度携帯をパチンと開き、時刻を確認すると再びパチンと携帯を閉
じた。
せきもり
︱︱そして俺は学校を後にしたのだった。
こういん
光陰に関守なし。
月日がとどまることなく、進み続ける時間。
それが果たして幸せなのか⋮?時間が流れることにより、小さくと
も大きくとも
︱︱争いは生まれる。
22
こういん
第1日目 平凡で平和で︵後書き︶
せきもり
︱︱︱光は日、陰は月の意から﹃光陰﹄は月日。
﹃関守﹄は関所の番人のこと。
23
第1日目 寸陰を惜しむことなり︵前書き︶
どんなに些細な時間でも、お大事に。
︱︱進んだ時間は”2度と”戻りはしないから。
24
第1日目 寸陰を惜しむことなり
ぞろぞろと下校時間か、列を成して歩く学生たち。
春が終わりを告げようとしている梅雨の季節。
むしむしとした暑さと、湿ったかのようなジメついた匂い。
簡単に言えば日の元に出せずに、濡れている状態の洗濯物のような
匂いだ。
さくま
俺、佐熊は両耳にイヤホンをつけて、音楽プレイヤーを右手で操
作した。
音量は5。風が吹くと、テレビの砂嵐のような雑音が混じった。
駅のホームに着き、少し距離のある階段を。
コツン⋮コツン⋮と登っていく。
1回だけ小さく溜め息をつくと、丁度電車が来ると言うナレーシ
ョンが流れた。
︷∼まもなく電車が参ります。黄色い線の内側でお待ち下さい∼︸
眠そうな顔をしながら俺は電車に乗り、20分くらい電車に揺ら
れた。
電車の中では立っている人は前を向いて、景色を眺めていることが
多い。
逆に座っている人は携帯を見たり、自分の足元を見たりして、視線
を下に向けている所をよく見る。
﹃何故だろう?﹄
ささい
そんな些細なことを、俺はボンヤリしながら考えてみた。
結局人は、人を自然と嫌っているんでは無いだろうか?
余計な所を見なければ、面倒事に巻き込まれない。
けれど、そんな人達の中にも良い人はいるはず。
実際この電車に乗っている人達は、大体は良い人ではないだろうか?
25
︱︱ただ面倒事に巻き込まれたく無いだけ。無責任なだけ。
そんな事を考えていたら、電車が目的地に到着した。
こす
俺は﹃何考えてるんだ、俺・・・﹄と思って、眠りそうになった目
を擦って
電車を降りた。
駅の改札を出て、駐輪場にある自分の自転車に乗って、第二目的
地の﹃サタンスーパー﹄へと向かった。
︱︱ウィーン
と音を立てて自動ドアが開くと、涼しげな冷気が体を包んだ。
夏に友達の家に遊びに行ったり、スーパーまたはデパートに入る時
に良くある事だ。
冷房の効いた室内。室内を出ると蒸し暑い外⋮。まるで天国と地獄
ではないか・・・。
サタンスーパーで俺は卵や、お弁当のおかずになるような冷凍食
品を買い物籠へと入れた。
サタンスーパーは、1階建ての中規模なスーパーだ。
お弁当売り場、魚売り場、肉売り場に端っこのスペースに小規模な
本屋さん。
そして俺は、一通り買い物を終えると。なるべく空いているレジ
へと並んだ。
レジの傍には、ガムやグミ。飴の入った小袋。
俺は、何となく反射的に1番好きなレモン味のグミを1つポイッと
籠に入れて、精算を済ませた。
そして、買い物袋を右手で持ちながら外へ出ると⋮。
ぶわっと、生温い風が髪をなびかせた。
︵まだ6月だって言うのに、何でこんなに暑いんだろうなぁ?︶
26
そんなことを俺は思いつつ買い物袋を自転車の前カゴに、ゆっく
り置いた。
自転車に乗り、帰ろうと思った時。
﹁ピヨピヨ⋮ピヨピヨ⋮﹂
と、ヒヨコの着信音と共に携帯が鳴った。
背中に背負っていた黒いリュックサックを背中から下ろして、膝の
上に乗せたまま
りん
リュックサックの横に付いているジッパーから携帯を取り出した。
︵ん⋮?凛からのメールだ︶
|From:凛
|Subject:お疲れ!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|もう家に着いたかな?
| 私は今ピアノの練習終わったよ♪
| | えっと、それでね。7月21日にある
|夏祭り何だけど⋮。一緒にどう?行かない?
ゆえ
|ダメならダメで大丈夫だからね︵;・Δ・︶
| | それじゃあ、妹の癒恵ちゃんにヨロシクね♪
きまじめ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
︵お祭りかぁ。あの生真面目な凛が⋮、珍しいなぁ。︶
俺はそんなことを思いつつ、頭の上でピンポーンッ!と電球が点
いた見たいに
﹁あっ!﹂と言って手を1回叩いた。
︵これって、もしかしてチャンスじゃないか!?うんうん、きっと
凛が俺に興味を持って!︶
俺は次第に顔をニヤつかせていった。
そして携帯メールの返信ボタンをピッ!と押した。
27
|To:凛
|Subject:Re:お疲れ!
|Text:
|凛もお疲れ!
| 家にはまだ帰ってないよ。
|ちょっと近くのスーパーで買い物して来た。
| | それと夏祭りの件。
|丁度暇だし、行けるよ。
| それじゃ凛も早く帰りなよ。
| 癒恵にもちゃんと伝えておく。
|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
︵送信っと!よし!帰るか。癒恵も帰ってる頃だろうし︶
パチンと携帯を閉じて、黒色のリュックサックに携帯を入れて、
再び背負った。
未だに顔をニヤつかせながら、俺は家路についたのだった。
28
第1日目 寸陰を惜しむことなり︵後書き︶
梅雨の夕焼け
︱︱真っ赤に染まる景色。
少女の孤独。彼女はまだ一人ぼっち。
29
第1日目 記念日︵アニヴァーサリ︶︵前書き︶
計算をしてみよう。
2+2−2−1=?
なんの数字?もしくは誰の数字だろうか?
30
第1日目 記念日︵アニヴァーサリ︶
真っ赤な夕焼け・・・だと思う。
さくま
何故曖昧な答えかと言うと、それは厚い雲が夕焼けを隠しているか
ら。
俺こと佐熊は、強くペダルをこいで自転車を走らせた。
段差や少し大きめな石を踏み進む度に、ゴソゴソッとビニールの買
い物袋が揺れた。
長い下り坂。自転車のスピードが上がる。両足を前方へ伸ばして、
下り坂を下ってゆく。
頬に感じる生温い風。小さな虫が顔にペチペチと当たるのを感じた。
何とも言えない爽快感が体をスルスルとすり抜けて行く。
佐熊は腕で顔を拭うと、相変わらず少しニヤケ気味の顔をした。
長い下り坂を下ると、再び自転車のペダルに両足を掛けた。
ゆえ
この長い下り坂を下ると家はもう少しだ。
脳内に想い浮ぶ、たった独りの妹の顔。
まだ11歳で可愛くて、元気のある小学6年生。
そして佐熊は家の前に到着した。
一軒家の、それなりに新しい家。二人暮しには少し大きすぎる家だ。
自転車を庭に停めて、一息ついた時の事だった。
︱︱︱バチンッ!!
だおん
心臓がピタリと止まってしまうような打音が響いた。
驚いて腕を止めた。
﹁っ!﹂
﹁はぁ・・・はぁ・・・﹂
﹁この悪魔がッ!お前の母親も父親も、あの女っぽい兄貴も皆悪魔
31
なんだよッ!﹂
﹁︱︱ッ!・・・うるさい。﹂
家のすぐ傍から聞こえた、子供の声。
1人の少女は息を切らしていた。もう1人の少年は声を荒げながら
暴言を吐き散らした。
少女の声は、とても聞き覚えのある可愛らしい声だった。
﹁可哀想なヤツだな!親に恵まれてないなんて!授業参観にも、ま
た背の小せぇ兄貴がくんだろ?﹂
﹃”可哀想”に!﹄
﹁・・・うるさい。うるさいッ!また殴られたいのっ!?﹂
とっさ
﹁う、うわああぁ!あ、悪魔めっ!﹂
咄嗟に逃げていく足音。
少女は息を﹁ぜぇ・・・ぜぇ・・・﹂と切らしながら、こちらへ歩
いて来る足音が聞こえる。
俺は、驚きのあまり身動きが取れなかった。
確かに俺は、男としては背が小さかった。身長162cmで、体重
49kg。
それに女っぽい所も沢山合った。小さい頃に母親を亡くしたせいで、
家事全般は全て俺の仕事だった。
ゆえ
時にはエプロンを着けたまま、癒恵の友達の前に出た時も合った。
思い当たる節は、・・・沢山ある。
それと癒恵が何故﹃悪魔﹄と言われているかというと、人並み超え
た身体能力のせいだ。
足は馬のように速く、腕はコンクリートの壁を殴るとヒビが入る。
何故そんな身体能力が、癒恵に備わっているのかは未だに不明だ。
癒恵はそんな自分の人並み外れた”力”を憎んでいた。
力のせいで、癒恵にはあまり友達が出来ないからだ。
ジャリっと地面を擦る音が聞こえた。
32
目の前には可愛い妹。黒髪サイドテールで、まだ幼さを帯びた黒い
瞳が印象的な少女。
癒恵が泣きそうな顔をしながら立っていた。
﹁・・・お兄ちゃん。﹂
﹁・・・おかえり。⋮大丈夫か?﹂
困った顔をしつつ優しい声で問いかけた。
それに対して癒恵は、先程までの泣顔が嘘のように怖い顔をして俺
を睨んできた。
﹁大丈夫?⋮大丈夫なわけないじゃん!?何なの?そんな哀れんだ
目でみて!﹂
﹁癒恵・・・。﹂
﹁何で私には、こんなお兄ちゃんしかいないのッ!?何で?どうし
てママとパパがいないの!?
何で私はこんなにしんたいのうりょくが高いの!?﹂
﹁落ち着いて⋮癒恵。さっきの子達にはちゃんとお兄ちゃんが先生
に言ってあげるから。﹂
癒恵は小さな体を震わせながら、兄に向かって怒鳴り散らした。
俺は癒恵の小さな肩に右手を優しく添えた⋮けれど。
︱︱パチンッ!!
﹁お兄ちゃん何て大ッ嫌いッ!いつもヘラヘラ笑ってさ⋮。女っぽ
いし、背も小さいし、弱そうだし。
無駄に料理が上手いし⋮。私ママの顔も⋮パパの顔もッ!何一つ覚
えてないんだよ⋮?
どうして?ねぇ、どうして?ズルいよ⋮お兄ちゃんだけ。覚えてる
んでしょ?何もかもッ!﹂
﹁︱︱︱ぃっつ⋮。癒恵⋮。男らしくないお兄ちゃんで、ごめんな。
﹂
33
﹁︱︱︱ッ!大ッ嫌いッ!﹂
︱︱︱バタンッ!
癒恵は兄の弱々しい手を弾き飛ばし、再び奇声にも似た罵声を浴
びせた。
あざ
少し強めに弾き飛ばされただけのその手は、真っ赤に腫れて次期に
青く痣になっていった。
孤独さ故の不満。引かれた”数字”に満足のいかない癒恵は嘆き
悲しんだ。
そんな癒恵に俺は無理やり笑顔を作って、いつも謝り続けていた。
俺は確かに覚えている。母の顔も父の顔も。手の温もりだって覚
えている。
けれども、癒恵は父と母が死んだショックで、父と母の記憶だけを
自ら失くしてしまったのだ。
癒恵は家の扉を思い切り開いて、思い切りバタンッと閉じた。
俺は無言で立ち上がり、自転車の前カゴに乗せていた買い物袋を
ゴソッ!と両手で持ち上げた。
そして俺も家へ帰ったのだった。
その表情は何とも言えない悲しさと切なさを帯びていた。
蒸し暑い部屋⋮。二人暮しには広くて大きい二階建ての家。
静かな家に響き渡る心臓の鼓動音と時計の秒針。
無言で、せっせと冷蔵庫に食料品を入れて行った。
二人で食べようと思ったケーキ。
二人で飲もうと思ったオレンジジュース。
今となっては見る度に悲しくなっていった。
﹃こんな時、父さんと母さんがいたら⋮﹄
34
なんて思いながら、手を動かした。
冷蔵庫に食料品を入れ終わったら、俺は2階にある自分の部屋へ
と戻った。
静かな部屋にゆっくりと登る階段の音は、とても不気味に響いた。
まるで、もう1人の自分が後ろからついて来ているようだ。
トン⋮トン⋮トン⋮
バタン・・・
自分の部屋に入ると倒れるようにして俺はベッドに勢い良く、ボ
スンッ!と横たわった。
天井を見詰めながら、佐熊は思った。
︵俺じゃ・・・駄目だよな。父さん・・・母さん・・・。俺、どう
したら良い?︶
癒恵に寂しい想いをさせている事は重々わかっていた。
けれども俺がどれだけ頑張ろうとも、支えようとも。父さんと母さ
んにはなれない。
癒恵を満足させてやることは出来ないのだ。こんな俺じゃ駄目なん
だ⋮。
俺は泣く事もなく、ただ悲しい顔をしながら部屋の天井を見詰め
て言った。
﹁ごめんな⋮、癒恵﹂
俺は思った。
癒恵を”可哀想”だと罵った子供たちのことを。
きっとあの子達は幸せなんだろうな。親に恵まれて、親の温もり
があって。
︱︱︱”憎たらしい”
35
何であんな良い子な癒恵が悲しまなくちゃいけないんだ?
おや
何であんな愛しい癒恵が罵られなくちゃいけないんだ?
あいつらの幸福を奪いたい。いっそのこと、なくなってしまえば
良い。
しあわせ
そして俺達と同じ気持ちを思い知ってほしい⋮。
﹁︱︱︱きっと喜嬉楽好なんだろうな。﹂
そんなことを考えていたら、不意に睡魔が俺を襲った。
俺は身を委ねるように、眠りについた︱︱︱。
﹃ごめんね⋮。ごめんね⋮。﹄
夢の中で何度も謝る影が合った。
何故か悲しそうに、何度も謝り続けたのだ。
女性なのか?男性なのか?それすらも解らず、影が何度も涙を流し
ながら謝り続けた。
﹃ごめんね⋮。ごめんね⋮。独りにしてごめんね⋮。﹄
﹁独り・・・?違うよ、俺は・・・︱︱︱。﹂
先程、癒恵に弾き飛ばされた手が、ズキンと痛んだのを感じた。
トントン
静かな音が部屋に響いた。
﹁お兄ちゃん⋮、さっきは取り乱してゴメン⋮。あ、あのさ。今日
お兄ちゃんの誕生日だよね?
私ね、さっきあんな事言っちゃったけど、本当は凄く感謝してるん
だ。
だってお兄ちゃん毎日朝早く起きて、朝ご飯作ってくれてるし⋮。
しかも美味しいし!
男らしいお兄ちゃんじゃ無いけどさ、私は好きだよ、お兄ちゃんの
36
こと。
しっぷ
⋮さっきは、ごめんなさい。そして誕生日おめでとう、お兄ちゃん
♪﹂
﹁ ﹂
﹁お兄ちゃん⋮?さっきの手に貼る湿布持って来たんだけど、入っ
て⋮良いよね?﹂
返事の無い兄。
妹が恐る恐るドアを開けると。
﹁お兄ちゃん・・・?何して・・・・・・・﹂
︱︱︱そこには響き渡る静寂しかなかった。
﹁お兄ちゃん⋮?どこにいるの⋮?や⋮めてよ。隠れてるんでしょ
?どこ?ねぇ、どこ?﹂
妹は嫌な汗が滲み出てくるのを感じた。途端にクローゼットを開
けたり、ベッドの下を
覗き込んだりした。
1階にいるのかな?と思い、勢い良く1階に降りた。
食器棚の裏、机の下、カーテンの裏、椅子の下。
思い当たる所を1つ1つ兄の名を何度も呼びながら探す妹。
気づけば息を切らしていた、心臓がトクトクと速くなって行くの
を感じた。
静かな静かな部屋に響き渡る時計の秒針。
﹁佐熊お兄ちゃん⋮。ウソでしょ?ウ・・・ソ何でしょ?やだ⋮ヤ
ダヤダ!ヤダヤダヤダ!!
まだ⋮まだ⋮、謝れて無いよ?⋮。﹂
﹁オ ニ イ チャ − ンッッッ!!!!!!﹂
響き渡る悲鳴のような叫び声。小刻みに震える幼く弱々しい身体。
妹の瞳からはボロボロと大粒の涙が堕ちた。
37
嗚呼、神は人から奪うことしか出来ないのだろうか?
妹の視界が歪むのを感じた。
ピィー︱︱︱︱︱
煩い耳鳴りが妹を襲った。
すす
その場に崩れるように倒れ伏した妹は床に頬をすり付けて啜り泣く
しかなかった⋮。
さくま
︱︱︱全てを失った少女のココロには何が残っているのだろうか?
つつみ
筒巳 佐熊 今日で17歳。
身長162cm 体重49kg 黒曜石のように美しい黒髪ショー
トヘアと黒い瞳。
しあわせ
ごく普通の高校2年生。夢は特に無し。自称﹃隠れ小説家﹄。
わたし
﹃︱︱︱パパ、ママ。今日も世界は平和だよ。﹄
38
第1日目 記念日︵アニヴァーサリ︶︵後書き︶
﹃全ては”少女”の思うが儘に︱︱︱﹄
39
第2日目 黄泉の客︵前書き︶
宗教、七つの大罪。
神、悪魔、天使。
全ては人間の空想から生まれた架空人物。
︱︱︱この世界に不可能なんて在りはしない。
40
第2日目 黄泉の客
とある人物がピクリと身体を動かす。
にんげん
不機嫌そうな顔。不満そうな目。
﹁侵入者⋮﹂
ボソリと可愛らしい鈴の音のような小声で喋ると、重い腰を上げ
た。
とある人物の身体が動くと同時に、ふんわりとした黒い物体も一緒
にゴソリと動いた。
髪は伸びて寝癖だらけのボサボサの真白い髪を、真っ白な両手で
ふさりと払い除けた。
そして無音で何も無い空間の、どこか遠い場所を見詰めるかのよう
に上を
見上げていた⋮。
ひたすら
ここには時計も食べ物も、何も無い。
ただ只管に真白い空間が広がっていた。
おと
あなた
時計が無ければ秒針も聞こえやしない。聞こえるのは、己の生ノ
証のみ。
かれ
りそう
ここは人らが作った世界。ここは神が壊した世界。
ここは少女の願で修正された世界。
侵入者など許しはしない。許すはずがない。
かれ
ひ
この世界は壊れている。狂っている。けれども、その世界を創り上
げた人らも狂っている。
バランス
﹁嗚呼、はやく引かなきゃいけない。はやく消去かなければ、この
世界の秩序が崩れちゃうから・・・﹂
無の空間に響く透き通った声。
41
この者にとって、秩序は絶対。
きらめ
秩序を乱すことは決して許されない。秩序は”彼女”そのモノだか
ら⋮。
︱︱︱カチ・・・カチ・・・カチ・・・
時計の秒針。ヒューと生暖かい風が頬を撫でる。
草木が風と共になびいた。鳥は鳴いて、川は陽を浴びて煌いている。
そんな森の奥に1人の少年が気持ち良さそうに眠っていた。
木々の隙間から差し込む光。風と共に揺れる草木が触れ合う音。と
ても気持ちの良い天気だ。
︱︱すると
ブー!・・ブー!・・ブー!!
俺の頭の傍にある携帯が鳴り響いた。
俺はそれに気づき、不機嫌そうに目を閉じたまま、手探りで携帯を
掴んだ。
顔の真上に携帯を持って来ると、眩しそうに薄目を開けて携帯を開
いた。
︱︱メールが一通届いております︱︱
俺はメールBOXを開き、メールを確認。
りん
From:凛
|Subject:ハッピーバースデー!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|17歳の誕生日オメデトウ!︵。゜∀゜︶/
| 学校で言おうと思ったんだけど、色々と
|忙しくて言えなかったんだ⋮︵;・ω・︶ごめん。
| 改めて誕生日おめでとう佐熊!
42
|
| それじゃあまた明日、学校でね。
さくま
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
メールを読み終えると佐熊こと俺は携帯をパチンと閉じて、ぼん
やりと思った。
︵そういえば⋮俺、誕生日だったんだなぁ。⋮なのに︶
ゆえ
﹁癒恵まだ怒ってるかな?﹂
﹁はぁ﹂と俺は大きな溜息をついた。
少々沈黙が続く。
すると、いつの間にか俺の顔の隣に子リスが近づいて来ていた。
俺は寝ぼけながら子リスの存在に気づき、寝ぼけ顔を横へ向けた。
﹁ん、リス?わぁ∼・・・かわいいなぁ。﹂
優しい笑顔で俺は微笑んで言った。
けれど5秒後、ようやく異変に気がついた佐熊が、目を真ん丸く
して
驚いた顔で勢いよく起き上がった。
そして再び子リスへと顔を向ける。
﹁な!なっ!なんで!家にリスがいるんだぁああああ!?ゆ、ゆ・・
・癒恵!こ・・
さ
ここにリスがっ!﹂
リスに指を指しながら、声を張り上げて俺は言った。
けれど返事は当然のごとく、返って来ることは無かった。
その俺の声に驚いた、近くの木に留まっていた鳥達が空へと飛ん
でゆき。
近くにいた子リスも、耳をピンッ!と立てて勢いよく逃げていった。
﹃おかしい﹄と思った俺は﹁癒恵?﹂と言って必死に周りを見回
したが⋮。
43
どこ
﹁こ、此処・・・、世界だよ?﹂
沈黙が続く。俺は口をポカンと開いたまま、呆然と立っていた。
風と共に揺らめく草木。先程まで生暖かった風が、今では不気味
にじ
に思えた。
身体から滲み出てくる冷汗。行った事も無い場所にいると言う脱帽
感。
それはまるで、無人島に1人残された気分だ。
次第に息が荒くなってゆく。心臓の鼓動が速くなっていく。
﹁はぁ⋮はぁ⋮。と、とりあえず携帯っ!﹂
そう言って、勢いよく地面に置いてある携帯を見つけると、
汗ばんだ手で勢いよく携帯を掴み、家へと電話したが⋮。
﹁ツー・・・ツー・・・ツー・・・﹂
鼓膜に響く音。俺は絶望した。
﹁電波が・・・ない。﹂
スルリと手から携帯が滑り落ちた。
俺は本能的に恐怖を感じた。
生唾をゴクリと飲み込んで、冷静に大きく深呼吸をした。
一瞬、身体の気力が大きく抜けたが、すぐに気力が戻った。
そして俺は冷静に周りを見回してみた。
⋮が、背が小さいせいで大木くらいしか見渡せなかった。
仕方なく俺は川の流れる音の方へと、恐る恐る行くことにしたのだ
った。
︱︱サク⋮サク⋮サク⋮
歩いている内に気づいたこと⋮。動くと意外と暑い。
歩いていて気づいたこと⋮。川が遠いい⋮。
歩くこと10分⋮。川の流れる音が、もうすぐそこだとは思うの
44
だが、一向に川が見当たらない。
﹁う∼・・・、暑い。﹂
運動不足な俺は、ワイシャツが汗まみれでビショビショになって
いた。
歩いても、歩いても景色が一向に変わらず、雑草が隙間無く生えて
いて、木々が生い茂っていた。
ひたい
木々の間から光が差し込み、風がとても心地良い。
右腕で額の汗を拭う。川が見つかり次第、飛び込みそうな勢いだ。
すると何処からか嬉しい音が聞こえた。
︱︱︱ジャッポン!ジャッポン!
子供が川の中で遊んでいる時のような音が聞こえた。
その音はとても近く、俺の顔に笑みが戻り音のする方へと走ってい
く。
さんぜん
︱︱︱すると!!
燦然と輝く川が目の前に現れたのだ。
その川はとても綺麗で清んでいる透明色だった。
﹁はぁ・・・はぁ・・・!やっと見つけたぁああああ!!﹂
俺は嬉しさのあまり裏返った声で言った。
そして俺は、制服を着ていることを忘れて、川に勢いよく子供のよ
うに飛び込んだのだ。
︱︱ジャボンッ!!
水が勢いよく跳ね上がった。
とても気持ちが良い冷たさ。全身が水に包み込まれる爽快感に俺は
包まれた。
すると近くから誰かの悲鳴が聞こえた。
﹁きゃあっ!だ、誰?﹂
女性の悲鳴がして、ビクッ!と体を硬直させて俺が声のした方を
見てみると⋮。
45
そこには1人の女性が、洗濯籠を持って立っていた。
姿を見る限り女性の年齢は21歳くらいで、茶色のショートヘア
で、前髪をバレッタで
止めているのが印象的だ。
そして物凄い驚いた顔をしてこちらを見ていた。
俺も驚いた顔をして、勢いよく水面に落とした腰を持ち上げて、姿
勢を正して女性を見た。
そして訳もわからず慌てて口を開いた。
﹁ご、ごめんなさいっ!!﹂
と俺は謝った。
まるで新人社員が、仕事でミスをしてしまった時に上司に頭を下げ
ているようだ。
それに女性が﹁え?﹂と困惑したが、すぐに﹁ふふ﹂と笑ったみ
せた。
﹁面白い人ね。けど、悪い人じゃ無さそうで良かった。﹂
﹁ご、ごめんなさい⋮。とても暑かったもので⋮。﹂
﹁暑い?面白いこと言うのね。ここの温度は変わったりしないのよ
?﹂
﹁え・・・?﹂
﹁え?って、だってここ天国よ?ここは太陽に近い場所だから暑い
のかもしれないけれど、
慣れれば苦にはならないよ。﹂
﹁て・・・天国!?﹂
かし
その言葉に驚いて俺が一歩後ずさりをした。驚いて開いた口が塞が
らない状態。
すると、女性は俺の姿を、下から上へと眺めた。そして首を傾げ
ながら言った。
﹁うーん、あなたまだ天国に来たばかりの人かな?なら驚いたり、
46
暑がったりするのは当然ね。﹂
女性は﹁ふふふ﹂と可愛らしい笑顔で笑ってみせた。
俺はまだ混乱しながらも、その女性の言葉を理解しようと必死だっ
た。
すると女性が俺に向けて、真っ白い手を差し伸べて言った。
﹁良かったら私の家に来ない?色々と案内するよ♪﹂
心臓がドキッ!と打ち鳴った。頭の中は未だに混乱状態だったが、
このまま森を迷っていても
仕方がないと思った俺は、女性の手を取ったのだった。
︵黒髪に黒い瞳。⋮珍しい人!今更だけれど、天国には黒髪に黒い
瞳って人あまりいないなぁ。
ふふふ。お父さんビックリしちゃうかな?︶
﹃ウイルスが侵入しました。バグが発生しました。エラーが発生し
ました。初期化しますか?﹄
﹁初期化します﹂
47
第2日目 黄泉の客︵後書き︶
鳴らない携帯。
持って逝かれた数字
小さな数にでも、賭ける価値があるのなら⋮。
48
第2日目 エルシオン︵前書き︶
罪とは何だろう?
悪とは何だろう?
何が悪くて、何が良いのか。
それを決めるのは誰だろう。
49
第2日目 エルシオン
木々の葉の隙間から、じりじりと照っている太陽が暑い⋮。
制服は水だか汗だか解らない液で、びしょびしょだ。
さくま
川へ飛び込んだのは良かったものの、その後のことを全く考えてい
なかった佐熊こと俺は、
先ほどの飛び込みを後悔しつつ、びしょびしょになった携帯を見詰
めながら思った。
︵防水携帯でよかったぁ∼⋮。︶
そんなことを考えながら、道と言って良いのかどうか解らないよう
な、雑草の生い茂った道を
先ほど川で劇的な出会いを果たした女性と俺は、3分くらい歩いて
いた。
そよかぜ
なび
俺は携帯を制服のブレザーの、前ポケットに入れてふと顔を上げ
て女性の後ろ姿を見た。
サラサラな茶色のショートヘアが、時々吹く微風で優しく靡いてい
た。
白いワンピースに、白いエプロンを腰で結んでいた。
髪が短くて少しボーイッシュに見えるが、とても女の子らしい服装
だった。
この暑い、気温38℃くらいはありそうな森の道を
清々しい後ろ姿で、汗も全くかかずに凛とした姿は、とても人間だ
とは思えない。
すると俺は、女性が先程言っていた”ここは天国よ?”と言う言
葉を思い出してみた。
︵”ここ”が彼女が言ったように、天国だとしたら彼女は死んでい
るって⋮こと⋮だよね?
ま、まぁ俺もだけど⋮︶
50
そんなことを、歩きながら点々と2分くらい考えていたら女性が
ふわりと後ろに振り返って
可愛らしい笑顔で言った。
﹁今更なんだけどさ、君、名前何て言うの?あ、私はね、ディルネ・
リリスって言うの。﹂
︵あ、やっぱり外国の人だったんだなぁ。髪とか茶色だし、目とか
何かスカイブルーだし。︶
つつみ
かし
﹁えと⋮、すみません。まだ名乗って無かったですね。俺いや⋮僕
は、筒巳 佐熊と言います。﹂
すると何故だか女性は、小難しそうな顔をして首を傾げてみせた。
﹁ん∼、何だか変わった名前ね?⋮まぁそれは置いといて。ようこ
そ少年よ!
エルシオン城下街に到着でーす♪﹂
え?と思った俺はリリスの後ろを、そぉーっと覗き込むように恐
る恐る見てみると。
れんが
光が眩しく差し込んでいて、もう少し前に出てみると45cmくら
いの煉瓦の壁に囲まれた街が見えていた。
真っ白な煉瓦仕立ての街で、壁はもちろん家やお店も全て煉瓦で出
来ていた。
街の住人達が着ている服も、白い服ばかりで、お城の騎士のような
者達も
真っ白い鎧に包まれていた。
お城は、二段ベッドの二段目みたいな所にあり、そこは街よりもさ
らに厳重に守られていた。
真っ白い大きな壁に、頑丈そうな真っ白い門があり、街を監視する
ような塔が、正面に
2本建っていた。
51
お城は、その大きな壁と門によって全く見えなかった。
真っ白い物だらけの、この街を見ると何だか神々しさが感じられ
た。
無人島やら外国やらを通り越して、天使の住む街のようだった。
そんな中、俺だけが黒い制服に身を包んでおり、黒髪に黒い瞳。
こんなにも真っ白な街に行けば、何もせずとも目立つことは間違い
ないだろう。
そんなことも気づかずに、俺は目をキラキラと輝かせていた。
﹁うわぁ∼!すごい真っ白∼!信じられないけどすっごーい!!﹂
子供のように、はしゃいでいた。
リリスは、そんな俺の前に立って、腰に両手を当てて﹁えっへん﹂
と自信満々に
﹁すごいでしょ∼!私も最初ここへ来た時は驚いたわ。何だかあな
たを見ていると少し前の
私みたい。何だか新鮮な気分。﹂
と言って、﹁ふふふ﹂と笑ってみせた。
うなず
そしてリリスは俺の手を掴んで、﹁さぁ行こう!﹂と言った。
それに俺は胸を高鳴らせて、﹁はい!﹂と勢いよく頷いた。
森から抜けた爽快感と、何だか新鮮な街の雰囲気。
手を掴んでくれている真っ白いリリスの手が温かくて、何だか安心
した。
森から出たことで、暑さが増したはずだけれど、何だか不思議と暑
さを感じなかった。
一時だけ、悩み事を忘れて俺はリリスに身を任せたのだった。
街に一歩足を入れたら、俺は何だか身体が一瞬硬直した。
動きが止まった勢いで、リリスは手を離した。そして後ろを振り返
って首を傾げた。
52
﹁・・・?どうしたの?﹂
俺は驚いた顔をしながら、自分の手を見詰めながら言った。
﹁あっ・・・いや、今何だか身体が・・・?﹂
俺は喋りながらゆっくりと顔を上げると、気がつけば街の人達が俺
を鋭く睨んでいた。
それに何だか怖くなった俺は、一歩後ずさりした。
未だにリリスは不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。
リリスの後ろでは、お城の騎士と思われるような二人が険悪そう
な顔を見合わせながら話していた。
騎士は話終えたかと思うと、俺を怖い顔で睨みつけながら、ゆっく
り歩いて近づいてきた。
本能的に逃げたくなる場面に直面している事は理解出来ているが、
騎士たちの気迫に押しつぶされ
身体が動かなかった。
そして、ざわざわと聞こえて来た街の住人達の話し声。
︵黒髪に黒い瞳・・・怖いねぇ。︶
︵まさか本当に悪魔とか?︶
︵まさかぁ。悪魔でも黒髪に黒い瞳は特別ランクなのよ?︶
︵ははっ、それじゃあアイツは”悪魔の王様”か?︶
︵それより⋮リリスよ。何であのリリスが悪魔みたいなのと一緒に
いんだい?︶
︵騙されたのよ。アイツに。黒髪に黒い瞳なんて悪魔以外の何者で
も無いわ。可哀想にリリス。︶
︵まぁ!じゃあ、あの男は本当に悪魔なのねっ!?︶
︵まさかこんな所まで来るなんて⋮怖いわねぇ。着ている服も真黒
だわ︶
︵速く滅びないかなぁ、アビス。︶
︵こら!そんなこと聞こえていたらどうするの!?あぁ、恐ろしい
っ!!︶
53
胸の鼓動がバクバクと高鳴っている、それは先程の高鳴りとは全
く別物の恐怖だった。
ぎしんあんき
怖い、怖い。悪魔やらアビスやら意味の解らない言葉が脳を行き交
う。
そしてリリスまでもが、住人達の疑心暗鬼で疑われたり、哀れに
想われたり⋮。
街の住人達が次第に殺気溢れる眼差しや、恐れを抱く眼差しを俺に
向けた。
突然のことで腕や足が、ガクガクと震える。人が怖い。ここは怖
い。自分が一体何をしたと言うのだろうか?
リリスが住人達の話声を聞いて、顔を真っ青にして住人達の傍へ駆
け寄って行った。
﹁うそでしょう?﹂とリリスは住人達へ問いかけたが、住人達は無
ただ
言で目も合わせなかった。
俺は唯嫌悪と言う名の憎しみに近い空気に押し殺されていた。
騎士はとうとう俺の目の前まで来ていた。
そして騎士は、重い声色で言った。
﹁城まで来てもらおうか?﹂
身体の体温が、ガクンと一気に下がり再び元に戻る感覚。とても気
持ちが悪い。
つ
吐きそうな気分だ。鳥肌が立ち、震えが止まらない。
騎士に腕を掴まれて、手錠らしきモノを着けられそうになった次
とっさ
の瞬間。
俺は咄嗟に騎士の腕を弱々しい手で弾いた。
すると、騎士は物凄い怖い顔をした。
﹁貴様ぁああ︱︱︱︱︱!!!﹂
体がビクリと跳ね上がる。
大きな強い声で叫び、再び俺の弱々しい腕を思い切り強く掴んだ。
﹁ぃった⋮いっ。っ︱︱!俺が一体何をしたって言うんですかっ!
54
?﹂
思わず俺も震えた声で叫んだ。
だが、そんな叫びにも動じずに、ガシャリと手錠を俺の手首につ
けた。
﹁白々しいな。黒髪に黒曜石のように不気味な黒目!疑いもしない、
あいえつ
お前はアビスの王だろうッ!﹂
一瞬、俺は哀咽のあまり口を噤んだ⋮が、訳も解らないことを言わ
れて黙っていられるわけが無い。
今度は強気な目つきで騎士を睨みつけ、俺は言った。
﹁何を言っているんだ!?俺はアビスの王とやらじゃないッ!!人
違いだ!それに黒髪に黒目
なら日本に行けば、いくらでもいるだろう!?﹂
﹁黙れ!悪魔がっ!にほん?そっちこそ寝言は寝て言うんだなッ!﹂
なわ
俺は息を荒立てながら口論したが、騎士は一方的に罵声を浴びせ
た。
騎士は話を聞こうともせずに、俺の手錠に縄をつけて、それを勢い
よく引っ張った。
﹁ぅ、うわっ!﹂
す
ゴツン!と前に綺麗に転んだ。
頭を強打し、足と顔を擦りむいていた。
けれど、そんなことはお構いなしに騎士は、縄を引っ張って城へ
と向かっていったのだった。
ズリズリと俺は引きずられて、顔がレンガの地面に引きずられてい
たので立とうと思ったが、
騎士の歩くスピードがそれなりに速いせいで立ち上がれず、しょう
がなく仰向けになった。
背中がゴリゴリと痛んだ。痛みに耐えながらも、横目で住人達や
リリスのことを見たが、目を合わせてくれなかった。
︵うぅ⋮背中が痛い。地面熱いし⋮。これは夢なのかな。いいや、
55
絶対夢であってほしい⋮。
⋮何だか眠い。すごく眠気が⋮。︶
俺はゆっくりと薄れ行く意識の中、夢であることを祈りながら気絶
したのだった。
天国から地獄へと突き落とされたかのような絶望感。
人から見放されたと言う悲しみ。今更気づく孤独。
誰も優しい眼差しでは決して見てくれはしなかった。
む
﹃天国﹄﹃悪魔﹄﹃アビス﹄﹃アビスの王﹄俺は知らないことが多
すぎた。
滲み出る汗、背中の皮が少し剥けて血が滲み出ている。
恐怖と絶望と孤独が、俺を襲う。
身体は未だに震え続け、何故だか目頭が熱く感じた⋮。
一方、どこか真暗い部屋の片隅。
大きな椅子に座りながら、四角い液晶のようなモノを見詰めて微笑
む者がいた。
表情をピクリとも変えずに、不気味に微笑み続けながら液晶の中の
映像を観ていた。
︵やっと⋮やっと、変化が訪れたか。嗚呼、だけど可哀想になぁ。
悪魔と間違われちゃって⋮。
痛そう⋮♪クスクス。まぁ変化が訪れたことを観れてよかった。日
頃エルシオン観察を
やさおとこ
していたのが正解だったな。それにしても黒髪に黒目かぁ、興味深
い。是非、時が動いたのなら
招待したいものだな。だがどう観てもこの優男が”時”を動かせる
勇者になるなんて全く思えないな。やっぱ天使長サマサマに殺され
56
て、そして時に飲み込まれて、
バッドエンド⋮か。クスクス。ん⋮いやちょっと待てよ?コイツら
の行動⋮いつもと違う?
否、難しいことは捨てておくとしよう。クスクス。︶
とな
そして彼は満面の笑みで、言い慣れた言葉を感情が籠もっていな
い声で称えた。
﹁⋮今日も変化ナシかぁ。何か面白いコトないかなぁ∼!例えば天
使長サマが死ぬとか♪クスクス。﹂
57
第2日目 エルシオン︵後書き︶
時計は歯車と歯車とが噛み合って動くもの。
なら、時は何と何とがあって動くものなのだろうか?
58
第2日目 手足を措く所なし︵前書き︶
しゅそくをおくところなし。
ふあんで、ふあんでたまらない意。
﹁ひとりぼっちは 。﹂
59
第2日目 手足を措く所なし
てつごうし
触るとひんやりとする頑丈な鉄で出来た鉄格子。
灯りが鉄格子の外に、ポツンポツンと灯っている薄暗い場所。
床がとても心地よい冷たさだった。この薄暗い部屋がとても心地よ
いと感じられるのは何故だろうか?
部屋には薄汚れた布と錆びた鉄で出来た2段ベットが2つある。
掛け布団は、あまりにも薄すぎて温もりなど感じられなかった。
トイレは無く、そこには外を見る窓も無い。薄暗く閉ざされた部屋
だ。
てじょう
は
そこに人がいた。1人は長い金髪に紅色の瞳。1人は黒髪に黒目。
双方共、とても固い手錠を填められており。
とても厳しい警備で監視されていた。監視カメラのような球体がフ
ヨフヨと浮かんでいる。
鉄格子の外には、警備員が心ここにあらずのような目で二人を見て
いた。
1人は黒曜石のような黒目と黒蝶真珠のように潤いを帯びた黒髪。
それに真っ白でボロボロになった、ただの布切れのような囚人服を
着ていた。
もう1人は、昔は生気で満ちていたであろうと思われる、濁った
血のような色をした赤い瞳に
あおあざ
手入れがされていないボソボソの金色の長い髪。
ようし
ぶしょう
顔には、殴られたかのような青痣が痛々しく残っていた。
容姿は、28歳くらいの無精ひげが生えていて、少し老けて見える
60
男性だ。
服装はもう1人と同じく囚人服。
も
そして無精ひげを生やした男は冷静な顔で、床に横たわっている
黒髪の男に近づいて、そこに
しゃがみこんだ。
しゃがみこむと同時に、痛んだ金色の髪がフサリと床についた。
警備員の視線が、双方へ厳しく向けられた。
くし
それを気にせず無精ひげの男は、暗くて顔の見えない黒髪の男を目
視していた。
すると1人の警備員が、固く閉ざした口を開いた。
﹁気になるのか?﹂
人を見下すような声と口調で言う警備員。
その声に無精ひげの男は、顔を動かさず、目線も変えずに即答した。
﹁まぁね。この一番警戒が厳しいS級処刑対象牢獄に、まさか新入
りが来るとは思わないものでね?﹂
その男の声は、力強くて低音な声が優しく密封された部屋に響いた。
すると警備員は、自慢げな顔で答えた。
﹁そいつはなぁ、悪魔⋮、ぃいんや!魔王だ!ハッハッハ驚いたか
?﹂
なんとも憎たらしい口調で喋る警備員に、無精ひげの男は軽くあし
らうように低音ボイスで
答えた。
﹁へぇ∼、そうかい。それは凄いな。捕まえた奴はトップまで昇進
か?﹂
﹁そいつがなぁ、残念ながら俺じゃねぇんだよなぁ⋮。くそっ。﹂
さっきまで意気揚々︵いきようよう︶としていたかと思えば、今度
は不満げな顔をしている警備員。
無精ひげの男が︵ずっと”ここ″を見張ってるだけのただの警備員
61
なんだから当たり前だろう︶などと
思いつつ、1回瞬きをすると、少しだけ眉をひそめて言った。
﹁⋮こいつが魔王っていうのは、本当なのかい?どうもそうは見え
ないけど⋮?﹂
すると、警備員が持っていた槍を、無精ひげの男に向かって矛先
を向けて振り下ろした。
そして、再び憎たらしい口調で言った。
﹁おい、ディスディアル。また痛めつけられたいのか?お前は黙っ
ていれば良いんだよ。﹂
そう警備員が言うと、槍をスッと上げて警備を続けた。
無精ひげの男ことディスディアルは何も言わずに、しゃがんでいた
体制を崩し、そこに座った。
そしてディスディアルは瞳を閉じて、彼が目覚めるのを待つこと
にした。
彼は解っていたのか、それとも知らずに待ったのだろうか⋮?
そして、あれから風すらも入ってこない場所で1時間くらいたっ
た頃。
朝だか昼だか夜だかも解らない牢獄に閉じ込められていた、黒髪黒
目の男が寝返りをうった。
それに気がついたディスディアルは、閉じていた目を開けて、再び
男を目視していた。
視線に気がついたのか、男はゆっくりと目を開けた。
﹁ん⋮こ⋮ここは⋮⋮?﹂
男が喋った途端に、警備員は緊張をしているのか、生唾をゴクリと
62
飲んで槍を強く握りしめた。
ディスディアルが無表情だった顔を、少し微笑まして男に言った。
﹁おはようさん、やっと起きたね。待ちくたびれて足が痺れちゃっ
たよ。﹂
﹁えっ・・・!﹂
男は、その聞き覚えのない声を聞いて、驚いて体を起こそうとした
ら⋮
﹁︱︱︱︱ぃッ。﹂
﹁い?﹂
﹁い⋮、︱︱︱いってええええ!!﹂
うず
﹁おいおい、大丈夫か?どうしたんだ?﹂
体を起こすことは出来たが、男は体を疼くませて痛みに耐えようと
していた。
そんな男の異変に気づいたディスディアルは、男の背後に回って言
った。
﹁ん?ちょっと背中みしてもらっても良いかい?﹂
﹁ぐぐぐ⋮、⋮⋮。﹂
何も言わず、男は自分の身体に何が起こっているのか確認したい為、
コクリと一回頷いた。
すりきず
あと
頷いたのを確認したら、ディスディアルは真剣な顔をしながら囚人
あざ
服をそっとたくし上げた。
すると、男の背中には痣やら擦傷やら皮膚が焼けた痕があった。
小声でディスディアルは﹁うわぁ∼、こりゃ痛いわぁ﹂と言った。
どうにかしてやりたいと思ったが、この牢獄には薬箱なんていう
家庭的な物は無い。
ただ
かといって警備員に助けを求めても、笑われるか侮辱されるかのど
ちらかだけだった。
どうすることも出来ないディスディアルは、唯生々しい傷痕を見て
いた。
63
すると、再び憎たらしい声が響いた。
﹁あぁ!そういやぁ、コイツを捕まえた奴が城に入るまで、ずーっ
とコイツの事引きずって
来たらしいなぁ。痣はどっかにぶつけて、皮膚が剥けたりしてんの
は地面で剥けたんだろうなぁ!
アッハッハッハッハ!﹂
そう言って警備員は笑い続けたが、そんな警備員をディスディアル
が殺気をこめて鋭く睨んだ。
すると警備員は身体をビクッ!と硬直させて目を逸らした。
ディスディアルは1回大きな溜息をつくと、男の傷を見ながら﹁う
∼ん﹂と考え始めた。
けれど考えていたら、男が顔を後ろへ向けて少し震えた声で言っ
た。
﹁もう⋮、大丈夫で⋮す。ありが⋮とうございます。﹂
﹁そうかい?なら良いんだけどさ。﹂
そう言うと、ディスディアルは上げていた囚人服をそっと下ろした。
そして男の正面にしゃがんで、優しい口調で言った。
﹁立てるかい?﹂
すると、うずくまっていた身体を元に戻して、顔を上げて男はデ
ィスディアルの顔を見た。
赤黒い瞳に伸びきった金髪に無精ひげが生えた男。どうみても怪し
かった。
怪しいと言うより、胡散臭い感じがした。
ディスディアルも、男の顔を見て一瞬だけ驚く素振りをしたが、再
び真剣な顔になった。
そして、男がディスディアルにコクリと頷いた。
男は立とうと、ゆっくり足を動かした。その足はふらふらしていて、
今にも倒れそうだった。
64
﹁⋮よし、立てたか。それじゃ俺が腕かしてやるからベットの方ま
で行くぞ﹂
ディスディアルは、男の腕を掴んで自分の背中に回そうとしたが。
︱︱︱バシンッ!
﹁あぁっ!おいっ!﹂
﹁さ、触るなっ!って⋮うわああああ!!﹂
ゴツン!
男がディスディアルの手を弾いて、怯えながらも怖い顔で睨みつけ
た⋮が、その後体勢を崩して
コケたかと思ったら、牢獄の石壁に頭を思い切り強打したと同時に
背中もぶつけて、
涙目になりながら再び身をうずくませて痛みに耐えていた。
﹁︱︱︱︱ぃったぁ・・・﹂
ディルディアルは、呆れた顔で﹁やれやれ﹂と言った。
﹁飼い犬に手を噛まれる、ではなく飼い犬に手を弾かれる⋮と言っ
たところか?﹂
﹁だっ!誰が犬だっ!﹂
男は、うずくませていた身体をいきなり起こして、反発した。
ディスディアルは﹁ハハハハハ﹂と軽やかな声で笑っていた。
すると、ふと男は思った。
︵あれ⋮俺なんでいきなり大声だしてるんだ?あれ⋮だって俺さっ
きまで⋮。
もしかして俺はこの人に気を許してる⋮のかな?いやいやいや、う
ん、まぁいいや︶
急に大声を出したせいか、男は背中にギスギスと痛みを感じつつ目
をきょとんとして呆然としていた。
そんな男を見てディスディアルは胡散臭い顔ながらも、優しく微笑
65
んで魅せて男に問うた。
﹁俺はツヴァイツ・ガ・ディスディアルだ。ディスで良いぞ。そっ
ちは?﹂
つつみ
さくま
︵長い名前だなぁ。︶とかと男は思いつつ答えた。
﹁あっ⋮、俺は筒巳 佐熊って言います。﹂
佐熊こと俺は︵こんな胡散臭い男に!︶と本能的に敬語で話してし
まったことを、少し後悔した。
﹁へぇ∼。変わった名前だな﹂
そのディスディアルの言葉に、佐熊は身体がビクリと動いた。
何故なら、少し前に同じフレーズ聞いたことがあるからだ。
そして、佐熊は冷静に答えた。
﹁そう⋮ですかね?﹂
そう顔を引きつらせながら言うと、ディスディアルがそれに気がつ
いて首を傾げたが、再び
微笑んで言った。
﹁なんて呼んだら良いかい?ツツ?ミサク?﹂
︵何故”ま”だけ抜けてるんだ!︶と心の中でツッコミをしつつ、
作り笑顔で答えた。
﹁えーっと、佐熊で良いです。﹂
﹁よし、それじゃあ佐熊。安心しろ、俺は佐熊の敵じゃないぞ。む
しろ仲間だ。﹂
﹁え?﹂
後ろで警備員が笑っていたが、その声に耳をかさずにディスの言葉
を疑問に思った。
そして早く続きを聞きたいと、何故だか思った。
不安で不安でたまらなかった。早く安心出来るならそれでいい、裏
切るのならそれも早い方が良い。
けど、ディスは何だかとても優しくて、牢獄のこの薄暗さが安心出
来て何故だか、外にいた時よりとても安心出来た。
66
﹁え?じゃないだろう。ほら、あれだ。牢獄仲間ってやつだよ。﹂
あまり良い響きじゃ無かったが、”仲間”と言う言葉に俺は少し安
心感をもった。
そして、ディスは俺に手を伸ばした。
﹁ほら、いつまで尻餅ついてる気かい?﹂
﹁好きで尻餅ついているわけじゃ⋮。﹂
﹁そうかい。よいしょっと!﹂
俺はディスの手を掴んで、引っ張ってもらった。
背中にピリピリッと痛みが走ったが、今は我慢しつつディスに腕を
持ってもらってベットまで
連れて行ってもらった。
ベットに座ると、ディスがゆっくりと横に座ってきた。
︱︱︱そして、俺は1度瞳を閉じて、大きく深呼吸をした。
目を開けるとそこは、やっぱり現実で。
夢とかアニメの見すぎとかゲームのやりすぎとかでは無く。
ここが例え二次元であっても、そこがどこかの次元である限り、良
くも悪くもそれが今の現実。
少し安心出来たからと言って、不安が消えた訳じゃない。
魔王扱いされて、色んなことを三次元に置いてきてしまって。
これからどうすれば良いかも解らず、最も牢獄の中だ。
出られる可能性はゼロに近い。
俺は色々なことを考えていたら、どうしたら良いか解らなくなっ
て何だか怖くなって来たのだ。
例えるなら、ゲームを始めた途端に村にいたのは長老では無くラス
ボスだったとか、
洞窟を冒険していたら行き止まりになって、戻ろうとしたら来た道
67
がオブジェクトによって
塞がれてたり⋮。
︱︱唯ゲームと違うのは﹃”死んだらコンティニューは出来ない”﹄
と言うことだけ。
そんな俺の不安そうな顔を見て、ディスは気になっていた事が合
ったので
たぐ
半分真面目、半分冗談な気持ちで聞いた。
﹁なぁ、佐熊って本当に悪魔や魔王の類いなのかい?﹂
﹁︱︱︱っ!違うッ!!﹂
い
先程まで床と睨めっこしていた顔が急にディスに向いて、悲しい顔
で拳をガクガク震わせながら
怒鳴った。
かく
﹁わわっ!ごめん、わかったから、そんなに何とも言えない顔で威
嚇するなって!﹂
﹁威嚇!?いつまで犬扱いしてるんですか!﹂
﹁わぁわぁ!わかったから!しっ!しぃー!静かに!﹂
急にディスに口を塞がれた佐熊。
まるで大きな声を出すと、敵に気づかれてしまうみたいだった。
俺は仕方なく、少し気を落ち着かせた。
すると、ディスがそーっと口を塞いでいた手を離して、辺りをキ
ョロキョロと見回していた。
俺も何かあるのかな?と一緒になってキョロキョロ見回したが、警
備員と何回か目が合った
だけだった。
そして、ディスは大きく溜息を吐いた。
俺はよく解らず。首を傾げてディスに質問した。
68
﹁どうしたんですか?何で大声を出した後、周りを見回したんです
か?﹂
ディスは、少し困ったかのような顔をしながら答えた。
﹁えっとな、落ち着いて聞いてくれ佐熊。ここはS級処刑対象牢獄
って所で、俺たちは処刑対象
なんだ。﹂
﹁なっ!・・・えーっと⋮⋮、え?﹂
俺は﹃処刑対象﹄と言う言葉に、驚きのあまり言葉が出てこなか
った。
﹁⋮今はゆっくり理解すれば良い。大丈夫かい?﹂
﹁⋮⋮はい。﹂
ディスは一回咳払いをすると真剣な眼差しで語り始めた。
﹁処刑対象の俺達は結局殺される確率が高いわけだから、何をした
って構わない。
そうゆう思考を持った兵士が多くて、大声を出したり何か兵士の気
に食わないことをすると
体罰を与えられる﹂
﹁たい⋮ばつ⋮?﹂
﹁あぁ。俺の顔に痣があるだろう?これはこの前俺が兵士のことを
見てしまったのが原因で
殴られた﹂
﹁見ただけで!?そんな理不尽な⋮。﹂
﹁あ、だけどあそこに立ってる警備員は大抵のことは、しても大丈
夫だ。警備員だから・・・な。﹂
そう言って笑顔でディスは笑った。
俺は、ディスの顔の痛々しい痣を今更ながら気づき、彼はもうど
のくらいこの牢獄の中、1人で
過ごして来たのだろうか?と疑問に思った。
︵ディスはどうして⋮捕まってしまったのだろう?何か悪いことを
69
したのかな?
そんな悪い人には見えないけど⋮。︶
悲しげな顔をしながら俺はディスの顔を見ていた。
すると、今まで﹁ハハハハ﹂と笑っていたディスが俺の顔を見て、
優しく微笑んで言った。
﹁そういえば、佐熊は悪魔や魔王の類いじゃ無いって言ってたけど、
そしたら
何故髪や瞳が黒いのかい?﹂
笑いながら問い掛けるディスは、優しく見えた。
けれど、急な質問で俺は戸惑った。
どうやらこの世界では、黒髪に黒い瞳はとても珍しいらしい。
俺は、どう答えたら良いか解らなかった。
この世界が今までいた俺たちの世界で無ければ、その世界の常識は
この世界には
すなわ
︱︱︱通用しない。
即ち信用してもらえないと言うこと。
そして、俺はディスに聞いてみた。
﹁⋮、これから言うこと多分信じられないことばかりだと思います
⋮。それでも信用して
くれますか?﹂
俺のその真剣な眼差しに、ディスは覚悟を決めるかのように1度深
呼吸をして
大きく頷いて魅せた。
はぶ
俺は今までのことを、自分達の家庭の事情を省いて、ディスに説明
した。
警備員も聞いている、カメラに監視もされているとわかっていたが、
構わずに話した。
70
会って間もない胡散臭い男に、何故こんなにも話せるのか俺自身も
解らず。
唯、誰か⋮友達に愚痴を聞いてもらうような感覚で二人は話してい
たのだった。
愚痴にしては、あまりにも現実味がなくて、愚痴にしてはあまりに
も深刻な内容だ。
けれども、ディスはちゃんと最後まで聞いていた。
どこか胸にずっしりと詰まった、重荷を吐き出すように俺は口を動
かした。
つじつま
ディスは時々﹁え?﹂と驚いたりはしたものの、ちゃんと最後まで
聞いてくれていた。
︱︱︱そして⋮
﹁なるほどね。もしそれが本当のことなら辻褄が合うね﹂
﹁本当ですよ。けど、これを今すぐに信用して理解しろって言う方
が無理なのはわかっています。﹂
俺はそう言って、悲しい顔をして視線を落とした。
すると、ディスが俺の頭をポンポンと軽く叩いたかと思ったら、グ
シャグシャと頭を撫でた。
そして、優しい顔をしながら言った。
﹁あのねぇ?そんなに悲劇の主人公みたいな顔してないで、少し笑
ったらどうかい?﹂
﹁⋮それを言うなら悲劇の主人公ではなく、悲劇のヒロインでしょ
う⋮?﹂
﹁佐熊は男だろう?だから悲劇の主人公。﹂
﹁はぁ⋮。﹂
そう言うとディスは、俺の背中をポンポンと軽く叩いた。
すると、俺の背中にビリビリッと電流が走るかのような痛みを感
じて、ディスを睨んだ。
ディスは﹁あぁっ!悪い悪い﹂と笑顔で言うと、とても優しい口調
71
と声で言った。
﹁それにな、俺は理解はしてないし出来ないから。︱︱︱けど信用
はしてる。﹂
﹁え・・・?﹂
﹁事は悪とか善じゃない。事は内容で佐熊がどう生きたか、それは
信用に足るか?それが
全てだ。嘘とか本当とかは佐熊を見ればわかる。けど別世界とかそ
うゆう難しいのは俺は
理解出来ないからな。けど、俺はお前を”信用”している。﹂
俺は真剣で時々笑いながら語るディスの顔を見ていたら、何だか目
頭が熱くなって来た。
そう思った途端、瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。
それを﹁ハハハハハ﹂と笑いながらディスは見ていた。
そして、ディスは悪そうな顔をして言った。
﹁あぁ、それに犬は嘘つかないからな!ハハハハ﹂
﹁んなっ!いつまで犬扱いしてるんですか!!﹂
そんなことを話しながら、二人は笑いあっていた。
まだこの時間が続くと佐熊は信じながら笑っていた。
︱︱︱最初は胡散臭い男だと思っていたが、話してみると意外と優
しくて暖かくて、とても居心地
が良かった。
俺は思った。もし自分の父親が生きていたのなら、こんな人だった
んじゃ無いかな?と⋮⋮。
72
ここは処刑対象人物がいる場所。
大罪を犯した罪深き者がいる場所。
捕まったら”最後”、二度とは出られない。
”彼”もまたしかり、”彼方”もまたしかり。
・・・けれど、時は止まっている。
︱︱︱︱︱唯そこを永遠にループするだけ。
それは不幸?それとも幸福?その中間の
﹃不幸中の幸い﹄
とでも言っておくべきなのだろうか?
73
第2日目 手足を措く所なし︵後書き︶
最後まで読んで頂き幸いです。
何だかそれなりに、いつもより文字数が多くなって
しまったような気がします。
一応牢獄編?は二話で完結する予定です。
74
第2日目 鴉は何故泣くの?︵前書き︶
自分が無力だった場合、どうしたら良いのでしょう?
例えば、目の前に崖から落ちそうな女性がいます。
助けますか?助けれられますか?
貴方に1人の人間を持ち上げる腕力が無いとしたら、どうしますか?
結末は⋮、絶望でしかない。
75
第2日目 鴉は何故泣くの?
たいまつ
静かな牢獄。静かに揺れている松明の炎。
一見、なんの変哲もないただの牢獄に見えるだろうけれど、色んな
モノによって監視されている場所。
そこが、﹁S級処刑対象牢獄﹂一度捕まったら、二度と空を拝むこ
とは出来ないと言われている場所。
ただ
きょこう
その牢獄で過ごす時間は、過ごした者にしか理解出来ない。
人々は唯、虚構を語る。
﹃︱︱︱その牢獄に閉じ込められた者は、絶望しながら息絶えて行
くことでしょう⋮﹄と。
﹁なぁ。佐熊?﹂
静かな牢獄に響いた一声。その声は重く低音でとても落ち着く声で、
さくま
密封された部屋に響きわたった。
その男に呼ばれた佐熊こと俺は、どう見ても衛生的では無いボロ
ボロなベッドの上に座りながら答えた。
﹁何?ディス﹂
俺の声は、落ち着いた声をしていた。だけど、どこか寂しげな声を
していた。
︱︱ディスと呼ばれた男は、長いボサボサの金髪をサラリと後ろに
退かして、どこか遠い所を見上げるように目を逸らしながら言った。
﹁今更⋮な感じもするんだけど、実は俺ね、今日処刑日なんだわ﹂
俺はその言葉に身体が硬直した。また冗談かな?と疑心暗鬼しつつ、
俺は口を恐る恐る開いた。
﹁それって⋮⋮、本当なのですか?嘘ですよね?だって⋮!俺達ま
だ会ったばっかりじゃないですか!﹂
﹁俺達⋮はね。俺はこの牢獄と出会って16年。そんな長い年月じ
76
ほこり
ゃないけど、重罪人をそんな長らく生かしとくつもり無いとは思わ
ないかい?三日前ぐらいに告げられたのだよ。﹂
﹁16年!?えっ⋮でも⋮どうしてなのですか!?﹂
理解出来ずに、俺はボスンッ!とベッドを思い切り叩いた。
その反動で、背中の傷がズキズキと痛み、ベッドに付着していた埃
が舞っていた。けれど、そんなことも気にせずにディスのことを睨
んだ。
別にこの最低最悪な牢獄の中でディスと共にワンダフルライフを
するつもりはさらさら無いけれど、あまりにも急なことで俺は混乱
していた。
ディスはその視線に気づき、俺を見て悲しそうな声にも聞こえたが、
どこか嬉しそうに言った。
﹁どうしてって言われてもねぇ。でもね、俺はね、今日佐熊に出会
えて良かったって思っている。佐熊もそう思わないかい?この16
年間俺はずっとずーっと1人だった。牢の外に大事なモン残したま
まで、不安で仕方が無かった。けど、佐熊は来た。罪でもない罪を
うつむ
背負ってね。嬉しいよ。⋮⋮なんでそんなに今にも泣きそうな顔を
しているのかい?﹂
俺は一度、目をギュッと閉じた。自分の無力さを嘆くように顔を俯
けた。
どうしても信じられない真実。虚構であってほしいと願うが、現実
は変わらない。
﹃︱︱︱祈っただけで、世界が変わるならきっと争いごとなんて起
きない。
祈っただけで、人の命が救えたり、永久になったりするならきっと
誰も悲しまない。
じゃあ、祈りとは何の為にあるのだろう?神様は何を叶えてくれる
のだろう?
77
過ぎていくのは無口な時間だけ︱︱︱﹄
時間は過ぎていった。だが、牢獄の中では正確な時間はわからな
い。
閉ざされた部屋の中じゃ、外の景色も見えなかった。
唯、二人の男はあれから一言も言葉を交わさずに、残された時間を
過ごした。
すると、左の方から重々しい足音が聞こえてきたのだ。
ガッシャン!ガッシャン!と大きな音が、一歩一歩聞こえて来る。
迫り来るその音に、恐怖や絶望を隠さずにはいられなかった。
けれど、ディスはとても冷静だった。1回大きく深呼吸をしてそ
の時を待っていた。
恐れは無いのか?それとも恐れすぎて開き直ってしまったのだろう
か?
﹁行かないでほしい﹂と言えたらどんなに楽だろう。
﹁行かないでほしい﹂と言ったらディスはどんな顔をしてどんな反
応をするだろう?
けれど、俺は言えなかった。言った所で結局何も変わらないと思っ
ていたから。
﹃臆病な私を許してください⋮⋮。﹄
︱︱︱誰かの震えた声が聞こえたような気がした。
いか
︱︱︱そして、その時は来た。
鎧を着けていて顔の見えない厳つい国の兵士が、鉄格子を挟んで立
っていた。
真白な鎧で、人間ではなく天使だと思われるこの世の人型の生物。
けれど、今の俺には傲慢で野蛮な悪魔にしか見えなかった。
78
フェイク
傲慢な悪魔では無いと言うのなら、偽善者天使とでも言えようか。
ゆっくり開こうとしている冷たい鉄格子の扉。
そうこう考えている内にも時間は過ぎ去っていく。
別れの時間も待ってはくれない。
俺は願った。最後には神に頼るほか無いと思った俺は泣きそうな顔
をしながら願った。
︵神様、時間を止めて下さい!お願いします!ディスが⋮ディスが
っ!!!︶
﹁さぁ、ツヴァイツ・ガ・ディスディアル⋮立て。﹂
ドスのきいた野太い声が響いた。俺はその声に驚き体をビクリと
震わせた。
落ち着いている真白い騎士たち。
まるで人形のようだった。
ディスは、一度俺のことを見て﹁じゃあな﹂と穏やかな笑顔で言っ
て、鉄格子の外へ軽い足取りで向かって行った。
それを見ていた俺は、まるで傍観者のような気持ちになった。
唯1人の男が処刑されようとしている。ただそれだけだった。
頭の中がブルー画面のパソコンのようだ。エラー、エラーと表示が
消えない。
絶望感と、どうしたら良いかわからない無力感。
自分1人では結局なにかをすることは不可能だと思い知らされるよ
うだった。
︱︱それでも、時間は止まりわしない。
カチッ⋮!
重々しい音をたてながら鉄格子の扉が閉まっていった。
その音と共に、俺は途方も無い脱力感の中、考えた。
﹃何故ディスが処刑されなければならなくなったのか。ディスが何
をしたというのか?﹄
79
頭の中が、疑問だけを残して他のモノは除外された。
頭に漂う1つの疑問が交差して、そのすぐ後に怒りみたいなものが
立ち込めてきた。
すると鉄格子の扉が閉まったと共に、俺は何かがプツンと切れた
かのように歯をグッ!と噛み締めて、怖い顔をして鉄格子の間から
ディスのボロボロな囚人服に手を掛けた。
そして、息を思い切り吸って怒鳴ろうとした瞬間⋮!!
﹃︱︱じか を⋮⋮はや ⋮、うご し くれ⋮助けてくれ⋮⋮!﹄
﹁⋮え?﹂
﹁何だ!貴様!今すぐ殺されたいのか?﹂
ドスンッ!
﹁う、うわっ!!﹂
一瞬の出来事だった。俺はディスの服に手を掛けた時に、聞き取
りにくい声が聞こえた。
はっきりと聞こえたのは﹃助けてくれ﹄と言う一言だけだった。
その声は、震えて怯えたような声で、聞こえた後すぐに騎士に突き
飛ばされた。
俺は再び頭が混乱して呆然としていた。
そんな俺のことをディスは驚いた顔で見ていた。
︵︱︱︱あの声は⋮、確かにディスだった。で、でも何か様子がお
かしかったような⋮?動揺みたいな⋮?
あーもう!動揺してるのは俺だろう!!︶
すると、ディスが落ち着いた顔と穏やかで優しい声で言った。
エレメンタ
﹁⋮佐熊、これも何かの縁だと思わないかい?最後に1つ教えてや
るよ。﹂
﹁・・・?﹂
﹁俺は、16年前の第3次火水雷土闇光大戦から逃げたんだ。それ
80
で捕まったってこと。
わかるかい?俺は戦争から逃げたんだ。家族を守りたい一心に。﹂
﹁え⋮。﹂
﹁この国の騎士や女王は非常で無常だ。ガイザ⋮、10才にも満た
ない息子を戦場に出せ、と強要されたんだ。息子を出さなければ、
当時妊娠していた妻に戦場に出せ、と言ってきやがったんだ。
それが許せなくてな⋮。まぁそうゆうことだ。わかったかい?佐熊。
﹂
俺は何も言わずに、涙ぐんだ顔でコクリと頷いた。
それでも、何故逃げただけでこんなに厳しい処罰が下されるのだろ
うかと、俺はどこか許すことの
出来ない感情が込み上げて来た。それは憎しみのような感情のよう
だった。
ダンッ!
何ともいえない空気を壊したのは、騎士がディスの背中を思い切り
蹴飛ばした音だった。
﹁っ⋮!ゲホッ⋮⋮。﹂
重い純銀のような鎧の靴で蹴飛ばされたディスは、膝を床に着いて
顔を歪ませて吐血した。
その血は、鮮血とまでは言わない、どす黒い色をした血だった。
俺は口を半開きにしたまま、唖然とした顔でソレを見ていた。
そして⋮、ディスは引きずられるように引っ張られて行ったのだ
った。
残ったのは、何も出来なかった俺と、居るだけで虫唾が走るような
警備員1人。
俺は尻餅をつきながら、今まで溜め込んでいたものを、思い切り吐
き出すかのように
叫び喚いて泣いた。
81
﹁あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!
!!﹂
何も出来なかった自分が許せなくて、騎士やこの王国の女王さえも
許せないと思えた。
いくら自己嫌悪しても、状況は何にも変わりはしなかった。
血が滲むくらい佐熊は、自分の唇を噛み締めた⋮。
︱︱その晩、俺は感覚が無くなるまで騎士たちに殴られ続けられた。
そして、またリセットされる。平和がえいえんに続くように・・・
82
第2日目 鴉は何故泣くの?︵後書き︶
長らく更新を疎かにしてしまい
大変申し訳ございませんでした。
そして、この牢獄編はこの話で終わりにしようと
告知していたのですが、思っていたより長くなってしまって⋮。
後2話くらい延長する予定です⋮。
申し訳ございません。
それと、牢獄編が終わり次第、キャラクター紹介みたいな物を挟み
たいと思います。では、最後までご覧頂きありがとうございました
!
83
第2日目 時間の流れ︵前書き︶
人は1人では生きられないのは何故だろう。
人は時々、自分1人でも生きていけるという錯覚に落ちることがあ
る。
だが、この世界に自分が1人だったとすれば食料も水もコミュニケ
ーションも
無く、生きるためには自分で自分の場所を作らなければならない・・
・。
84
第2日目 時間の流れ
さくま
目が覚めるとそこは何にも無い真っ白な空間だった。
佐熊こと俺は、右腕でゆっくりと体を起こした。
自分が何故この場所にいるのか思い出せない。
そこは、何もない世界で時計の秒針さえ聞こえなかった。
俺は右手で目を擦った。
﹁・・・俺は?﹂
風もなく音もなく風景もなく誰もいない。
唯一聞こえるのは己の心臓の音のみ。
記憶が曖昧に揺れる。俺は不安を抱えつつ、ゆっくりと立ち上がっ
せつな
た。
刹那
俺の目の前にはいつの間にか1人の女性が立っていた。
﹁ぁ・・・えと・・・﹂
俺は思わず小声で呟いた。
目の前にいる女性は30代前半くらいの女性で、桃色に艶めく髪を
顔のわきでくくっている。
瞳の色は綺麗なアイスブルー。
どこにでもいそうな若そうなお母さんという印象が強い女性だ。
服装は白のワンピースに淡い肌色のエプロンを着けている。
その女性は、泣いているのか笑っているのか、わからない表情で俺
に語りかけた。
﹁彼の時を動かしてあげれば、きっと彼は救えますよ﹂
﹁・・・え?﹂
いきなり何のことを言っているのかわからず、間抜けな声と顔で俺
は言った。
85
みな
そんな俺を放置して女性は続けた。ただ目的を果たすためだけに。
とき
﹁皆の時はループしています。だから、そのループを断ち切って下
さい。あなたにはその力があります﹂
﹁あの・・・何のことを?﹂
とき
︱︱︱カチッ!
﹁あなたの命は、進んでいます。そして、あの子の命も同じく﹂
︱︱︱カチッ・・・カチッ
俺が口を挟もうと、口を開いた瞬間、どこか遠くで誰かの時計の音
が聞こえた。
﹁時をループしている者がいたら、その者に手を当て願うのです。
時間よ動け・・・と﹂
休むことなく語り続ける女性は、﹁お願いします﹂と最後に言い残
し姿を消した。
ただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった俺は、口を半開きにさせ息
を呑んだ。
この真白く何もない不気味な空間に1人で残されるのは気持ちが悪
かった。
この空間は寂し過ぎる。俺はそんなことを思いながら、自分が眠り
に落ちて行っていることに気付かなかった。
ぶしょうひげ
︱︱︱目を覚ますとそこには・・・
無精髭を生やした金髪赤目の胡散臭いおっさんが見えた。
その男は、いたずらな笑みを見せて言った。
﹁おはようさん、やっと起きたね。待ちくたびれて足が痺れちゃっ
たよ﹂
ボロボロの囚人服、いつかどこかで聞いたことのある声。デジャブ
を感じた。
86
俺は唇を震わせながら、いなくなったはずの男の名を呟いた。
﹁ディス・・・ディアル・・・?﹂
男はピクリと驚いた顔をした。
そして、俺を凝視しながら重みのある声で言った。
﹁どうして俺の名を知っているのかい?﹂
﹁︱︱︱っ!!ディス!!!﹂
俺は感動の勢いで体を勢いよく起こした・・・が、次の瞬間激痛が
体中に走った。デジャブだ。
俺は痛みに言葉を失い、体を縮めた。
﹁おいおい、大丈夫かい?﹂
心配そうにディスが眉を潜めて言った。
俺は精一杯力を振り絞って言葉を紡いだ。
﹁だ、大丈夫・・です。そ・・れより、ディス・・ディアルさん。
俺のこと・・覚えてないんですか?﹂
つぶ
俺は息を切らせながら言った。冷たい床に手を支えにしながら必死
に。
ディスの顔は痛みで目を瞑っているせいで見えない。だが、想像出
来るような気がした。
﹁?俺とお前は初対面のはずだが?さすがに俺に黒髪黒目の知り合
いはいないよ﹂
ディスは少しふざけたような口調でそう言った。
俺は顔を上げてディスの顔を見ようとした。だが、瞬間頭に激痛が
走った。
﹃︱︱じか を⋮⋮はや ⋮、うご し くれ⋮助けてくれ⋮⋮!﹄
一瞬の息継ぎ、そして
﹃時をループしている者がいたら、その者に手を当て願うのです。
時間よ動け・・・と﹄
答え合わせをしたかのように記憶が徐々に鮮明になっていく。
87
ディスは昨日処刑されたはずだった。だが今この場所にいる。
ディスが処刑に連れて行かれる時に聞こえたディスの声。
そして″あの女性″の夢。
ひたい
俺は視線を落として右腕のさほど衛生的ではない囚人服の袖で額の
汗を拭った。
そして、俯いたまま小声で穴埋め問題の答えを呟いた。
﹁︱︱時間を早く動かしてくれ、助けてくれ﹂
﹁ん?何か言ったかい?﹂
言い終わった瞬間、目頭が熱くなるのを感じた。喉に餅でも詰まっ
たかのような感覚に襲われた。
息が荒くなり、俺は両腕を冷たい床について震えながら泣いた。
近くにいるはずのディスの声が、何故か遠くに感じられた。
﹁どうした?大丈夫かい?﹂と何度も何度も語りかけて来るディス
の声が遠い。
嗚呼、俺は何を勘違いしていたのだろうか。ディスは最初から助け
てって言っていたんじゃないか。
処刑なんかじゃない。時間の渦の中から助けてもらいたかったのだ。
俺はしゃくり上げながら、鼻水を啜りながら言った。
﹁でぃす・・・ごめん・・気づいて・・やれなくて・・・ごめん・・
・﹂
﹁?何のことだよ?本当に大丈夫かい?﹂
ディスは困ったような顔をしてそう言った。
俺は涙を両腕で拭って、右腕でディスの肩を掴んだ。
﹁?﹂
俺は一度大きく深呼吸をして、ディスの顔を真剣な顔で見詰めた。
本当に本当に馬鹿げたことを俺は今からやろうとしている。
今さっきみた夢のお話を信じて、ただ祈る。
﹃誰に?﹄
ふと、そんな疑問が頭を過った。その声は俺の声ではなかった。
88
心臓がバクバクと鳴り響く。ディスの肩を掴んだ腕が震える。だが、
やらなきゃいけない。
俺はゆっくりと瞳を閉じて・・・呟いた。
﹁︱︱︱時よ動け﹂
︱︱︱︱︱カチンッ!!!
頭を思い切り鉄パイプで殴られたような衝撃が走った。
グラリと視界が揺れ、俺は横に倒れそうになった瞬間。
﹁はは、大丈夫かい?﹂
視界がぼやけていてよく見えないが、ディスが俺の体を支えたよう
だ。
俺は自力で体制を戻すと、徐々に視界が戻って行った。
そして、ディスの方を見ると。
﹁ディ・・・ス?﹂
俺は口をパクパクして何を言えば良いのか考えていた。
ディスの体が徐々に薄くなって行っていたのだ。
俺が焦っているのを裏目に、ディスは満面の笑みで、優しい活気の
ある声で言った。
﹁佐熊!ありがとうな。お前のおかげでやっと・・・やっと!!時
間が、俺の意志が自由になった!﹂
﹁は・・・あ・・・!﹂
俺は成功したことを理解するなり、感動のあまり息が詰まった。
ディスが再び俺のことを思い出してくれたことへの感動と。時間が
本当に動いたことへの感動。
だが、それはつまり時間がループしていることを決定づける物と
なった。
ディスが俺の頭をグシャグシャっと掻き毟ると、焦ったように言葉
を紡いだ。
89
﹁佐熊!俺はどうしてこうなったのかよく俺自身もわかってないん
だが、きっと他の奴らも同じ状況だ。天使長や地獄の王様とやらも
な。だが、佐熊が時を動かせる者だと知れば、きっと悪いようには
しないだろうから。上手くやれ!﹂
とても投げやりなその言葉に、俺は思わず﹁え?え?﹂と言った。
徐々にディスの姿が消えていく。
﹁あ、あとな!俺が消えるのは死ぬわけじゃないからな!ただ、今
まで何度も何度も繰り返してきた、地獄送りの処刑が、今本当に成
たい
し遂げられようとしているんだ。だから、地獄に行くだけであって、
体が消えて魂が消滅する訳じゃないから安心しろ!﹂
﹁え?地獄送り?っていうか今まで繰り返したことって帳消しにな
るんじゃないの!?﹂
あしかせ
﹁どうやらならないみたいだ。だがまぁ安心しろ、処刑の時は重い
手錠と足枷を付けてやられるんだが、今はこの手錠のみだ。地獄へ
行っても何とかやるさ﹂
手錠?と思い俺は今更ながら、自分の腕に手錠が付いていないこと
に気付いた。
ディスもそれに気づいたらしく、﹁何でだ?﹂と首を傾げていたが、
﹁手錠が無ければ時を戻しやすいから良かったじゃないか﹂ともう
本当に他人事のように語った。
俺は半ば呆れ顔でディスを見た。
ディスは、いたずらな笑みを浮かべで最後にこう言った。
﹁もし俺の家族に会ったら、俺は元気にしてると言ってくれ。最後
に佐熊、本当にありがとう。もし、お前が困っている時は駆けつけ
られる程度に駆けつけるからな!﹂
ディスはそう言って、笑いながら静かに消えて行った。
俺はゆっくりと立ち上がり、激痛の走る背中を優しく擦りつつ、
90
驚きで今の今まで口出ししてこなかった警備員の方を向いた。
﹁いっちょ時間を動かしに行きますかー!俺、もう死んでるわけだ
しな!﹂
と俺は腰に手を当てつつ言った。
これからお世話になる天国の皆さんの時間を戻そうと俺は意気込ん
でいた。
その考えが、あまりよく無いことに繋がるとしても。
91
第2日目 時間の流れ︵後書き︶
久々の更新です!
今まで載せてきた小説は、ちまちまと修正を入れておきました。
本当に久々で申し訳ありませんでした。
92
幕間 固有時間︵前書き︶
1人1人の時間を大切に。
93
幕間 固有時間
つつみ
さくま
眠りから覚めたら天国でした。
という流れで、流された筒巳 佐熊。
突然出会った短髪美少女に連れられ真白い国へ行き、捕まり、と
んとん拍子で牢獄行き。
夢を見てディスディアルの時間を取り戻した。
佐熊とは一体何者なのだろうか?
ストーリー
これは間違い探し物語。
筒巳 佐熊自身と、彼を取り巻く人物について見ていきましょう。
筒巳 佐熊
性別:男
種族:人間
年齢:16歳
身長:162cm
ちょうしんそうく
体重:49kg
容姿:長身痩躯、短髪黒髪の黒目で制服
どうでも良いこと:隠れ小説家
ゆえ
筒巳 癒恵
性別:女
種族:人間
年齢:11歳
身長:145cm
体重:37kg
容姿:黒髪サイドテールで黒目、薄ピンク色のワンピース
94
情報:佐熊の妹
りん
どうでも良いこと:ペンギン好き・夢の国の王子様を信じている
すずざき
鈴崎 凛
性別:女
種族:人間
年齢:16歳
身長:155cm
体重:45kg
容姿:茶髪のショートヘアに黒のヘアピン、黒目、制服
情報:佐熊の幼馴染
どうでも良いこと:小説好き・ピアニスト
ツヴァイツ・ガ・ディスディアル
性別:男
種族:人間?
年齢:容姿的に28歳
身長:?
体重:?
容姿:長身痩躯、ボサボサな金髪ロングヘア、赤い目に囚人服
情報:S級処刑対象牢獄に閉じ込められていた
どうでも良いこと:胡散臭い
未だ謎が多い、この天国で出会った﹃ツヴァイツ・ガ・ディスデ
ィアル﹄
彼は無事に生きているだろうか?
そして、家に1人残された佐熊の妹﹃癒恵﹄。
95
彼女は今、どうしているのだろうか? 96
幕間 固有時間︵後書き︶
どうも。
今回は、俗にいう自己紹介を載せました!
次回からは、また展開が少し変わってくるのでお楽しみに。
97
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n9734t/
エレメンタル・バスターズ
2013年6月26日23時22分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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