ニューケインジアン・フィリップス曲線

金融政策Ⅰ
Fall 2011
Katsuji TANAKA
Lecture 8:
ニューケインジアン・フィリップス曲線
-粘着価格モデルにおけるインフレ率の決定メカニズムー
September 6, 2011
Kagawa University
Lec 8 ニューケインジアン・フィリップス曲線
1
伝統的なPC
• フィリップス曲線PCは、名目賃金上昇率と失業率の
間に経験的に観察される負の関係を示すものであ
る。
• 今日では、インフレ率とGDPギャップの間に正の関
係がある「総供給曲線」を総称してフィリップス曲線
と呼ぶ傾向にある。
 今期のインフレ率   前期のインフレ率     今期のGDPギャップ 
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2
伝統的なPC(続き)
 今期のインフレ率   前期のインフレ率     今期のGDPギャップ 
• 今期のインフレ率は、今期のGDPギャップと前期の
インフレ率によって決定される。
• 前期のインフレ率に関しても同様の関係式が成立
することから、結局、今期のインフレ率は過去から
現在にかけてのGDPギャップの関数となる。
• 伝統的なフィリップス曲線は、インフレ率とGDP
ギャップとの間に観察される「経験則」である。
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3
伝統的PC曲線に対する批判
• 伝統的フィリップス曲線は、関係式の背後に存在す
るミクロ的基礎がない。
• インフレ率とGDPギャップの関係においては、民間
主体の形成する期待が重要な役割を果たす。
• 金融政策は民間主体の期待形成に影響を及ぼす。
• 期待を導入すると、「ルーカスの批判」の問題が生じ
る。
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4
批判に耐え得るモデル
• 1990年代に入って、「粘着価格モデル」とそれ
に基づく「ニューケインジアン・フィリップス曲
線」が、ミクロ的基礎付けを持ち、「ルーカス
の批判」に答えるモデルとして利用されてい
る。
• 「ニューケインジアンフィリップス曲線」は、金
融政策分析に利用可能な総供給モデルの標
準型として広く利用されている。
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5
粘着モデルの2つの仮定
• 粘着モデルは、粘着価格と独占的競争という2つの
共通する仮定を前提としている。
• 粘着価格とは、価格改定がそれほど頻繁ではない。
• 独占的競争とは、数多くの企業が差別化された財を
生産していると同時に、それぞれの財が相互にある
程度は代替的である、ということである。
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6
カルボ型粘着価格モデル
• カルボ型モデルは、価格改定のチャンスが一定の
確率でランダムに訪れる。企業は、そのチャンスを
逃すと価格改定が行えない。
• ある時点をとれば、どの企業でも価格改定できる確
率は同じであり、前回の価格改定からどの程度時
間が経過したかは価格改定の確立に一切影響を与
えない。
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7
カルボ型粘着価格モデルの3つの関係式
1. 各企業が粘着価格制約に服することなく、自由に
価格設定できる場合の価格(「望ましい価格」と呼
ぶ)に関する関係式である。
望ましい価格=マークアップ  限界費用
各企業の望ましい価格は、限界費用に一定のマーク
アップを乗じたものに等しくなる。
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8
独占企業の価格設定
  p  x  x  C  x
dC  x 
d  dp  x 

x  p  x 
0
dx
dx
dx
dx
   dp x より
p
 1
p 1    MC
 
p

 1
 MC
マークアップ(1+利潤率)
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9
カルボ型粘着価格モデルの3つの関係式(続き)
2. 企業が、「次の価格改定のチャンスが訪れるまで
同じ価格を設定し続けなければならない」という制
約の下で動学的利潤を最大化する価格(「最適リ
セット価格」と呼ぶ)に関する関係式である。
1
  今期の望ましい価格 
4
最適リセット価格=
価格改定の確率を
1
4
3 1
  1期先の望ましい価格の期待値 
4 4
2
3 1
     2期先の望ましい価格の期待値 
 4 3 4
3 1
     3期先の望ましい価格の期待値 
4 4

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10
カルボ型粘着価格モデルの3つの関係式(続き)
3. マクロ経済の物価水準に関する関係式である。
今期の物価水準=
1
3
  最適リセット価格    前期の物価水準 
4
4
• 今期の物価水準の一部は今期設定された新しい価格を反映するが、その
大部分は前期の物価水準によって決められる。
• 物価水準の調整がゆっくりと進むという意味で、粘着価格モデルと呼ばれ
ている。
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11
NKPC曲線の関係式
カルボ型粘着価格モデルの3つの関係式をまとめると、
次式を得る。
今期のインフレ率= 来期の期待インフレ率  +   今期の実質限界費用
価格改定確立に比例
して大きくなる
生産を1単位増加させる
ときに追加的に必要とな
る名目費用を物価水準
で割ったもの
今期のインフレ率が来期の期待インフレ率と実質限界費用の変動によって
決定される。
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12
NKPC曲線
• 金融緩和政策による名目総需要の増加を想定する。
• 需要増に対応して企業は生産を増加させる。生産
の増加は、労働需要の増加をもたらし、実質賃金を
上昇させ、実質限界費用を上昇させる。
• GDPギャップの上昇と実質限界費用の上昇は表裏
の関係である。
今期のインフレ率= 来期の期待インフレ率  +   今期のGDPギャップ 
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13
NKPC曲線の特徴
• NKPCは、来期の期待インフレ率を一定とすれば、今期のイ
ンフレ率がGDPギャップと正の相関を持つという点で、伝統
的PCとの類似性がある。
• NKPCは、現在のインフレ率が過去のインフレ率ではなく、
将来の期待インフレ率に依存する点で、決定的に異なる。
今期のインフレ率=    今期のGDPギャップ
 1期先の期待GDPギャップ
  2期先の期待GDPギャップ 
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
14
金融政策への含意
• NKPCは、将来の経済状態に対する人々の期待が
現在のインフレ率に影響する。
• 経済主体の合理的期待形成を明示的に考慮したも
のであるから、ルーカス批判を免れる。
• 中央銀行が将来にわたり物価安定を維持するとい
うコミットメントを、人々に信頼される形で確立するこ
とが、物価安定のコストの引き下げに役立つ。
• インフレ率安定化とGDPギャップ安定化の間にト
レード・オフはない。すなわち、二兎を追うことができ
る。
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15
流動性の罠に対する含意
• 名目金利のゼロ制約によって現在の名目金利を下
げることができなくても、将来の期待インフレ率を高
めることで、流動性の罠からの脱出を早めることが
できる。
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16
NKPCの問題点
• 現実のデータを用いてNKPCを推計した結果は、G
DPギャップに係る係数が統計的に有意とならな
かったり、理論に反してマイナスになったりするケー
スが多い。
• 理論モデルでは、インフレ率はGDPギャップの変動
に先行するはずであるが、現実のデータではその逆
になるケースがある。
• 過去のインフレ率を説明変数に追加すると統計的
に有意となる。
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17
ハイブリッド型NKPC
• NKPCにインフレ率のラグ項を加えたPCを
ハイブリッド型NKPCと呼んでいる。
今期のインフレ率=   来期の期待インフレ率 
 1      前期のインフレ率 
    今期のGDPギャップ 
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18