神経筋シナプスの構造・機能と免疫

神経筋シナプスの構造 ・ 機能と免疫
■重症筋無力症と Lambert-Eaton 筋無力症候群
重症筋無力症と Lambert-Eaton 筋無力症候群は神経筋のシナプス伝達異常によって発症する疾患である。 両疾患とも自己抗体が産生され、 それに
よって神経筋伝達が障害される自己免疫性疾患だが、 その発症機序は異なる。 重症筋無力症は後シナプス膜のアセチルコリン受容体に対する自己
抗体、 Lambert-Eaton 筋無力症候群は前シナプス膜 (神経終末) のカルシウムチャネルに対する自己抗体を主な原因として発症する。 また、 重症
筋無力症の約 70% は胸腺腫や胸腺過形成などの胸腺異常を伴い、 Lambert-Eaton 筋無力症候群は肺癌、 特に小細胞肺癌合併率が高いため、 両
疾患とも傍腫瘍性神経症候群 (Paraneoplastic neurological syndrome) と位置づけられている。 近年、 重症筋無力症や Lambert-Eaton 筋無力症候群
のシナプス伝達機構を障害する新たな自己抗体も発見され、 そのメカニズムの詳細が明らかにされつつあり、 今後の展開に大きな期待が集まってい
る。
■重症筋無力症の発症メカニズム
重症筋無力症 (MG) は、 神経筋シナプスの筋肉側の後シナプス膜にあるアセチルコリン受容体 (AChR) に対する自己抗体により、 神経から筋へ
のシグナル伝達が低下することによって発症する。 AChR は 2α、β、γ(成熟筋ではε)、δの 4 つのサブユニットから構成されるが、 特に MG の発
症に関わる B 細胞エピトープを含むのは 437 残基から成るαサブユニットである。 抗 AChR 抗体は、αサブユニットの後シナプス膜外露呈領域を認識
し、 神経からのシグナル (アセチルコリン、 ACh) の受容効果を阻害する。
抗 AChR 抗体には、 ACh と AChR の結合を阻害する阻害型抗体と、 AChR の分解促進および補体介在性膜破壊をもたらす結合型抗体がある
(図 1)。
AChR 分子構造上のエピトープとして、 われわれは阻害型抗体標的α183 ~ 200 領域を明らかにし、 結合型抗体の標的は、 Tzartos らにより
α67-76 領域、 Lennon らによりα125-147 領域であることが明らかにされた (図 2 左)。 われわれは、 それぞれの領域の人工抗原を用いて、
動物モデルの作出にも成功している (ただし、α67-76 領域についてはその中に T 細胞エピトープを含まないため、 実験動物に特異的な T 細胞
エピトープα107-116 を連結した人工抗原を用いる必要があった) (図 2 右)。
病原抗体産生の背景となる T 細胞、 MHC、 サイトカイン、 胸腺の研究とともに MG の発症メカニズムの解明が進み、 本病の約 70%は抗 AChR 抗
体によって病因、 病態が説明できるようになった。
残りの約 30%は抗 AChR 抗体陰性例であるが、 近年その病原抗体の解明も進みつつある。 AChR は、 ACh を効率よく受容するために、 神経終末
active zone と相対する後シナプス膜 (シナプス襞) 上に群落 (クラスター) を形成している。 このクラスターは神経終末から分泌されたアグリンが
筋特異的チロシンキナーゼ (Muscle-specific tyrosine kinase : MuSK) を Dok-7 というアダプター蛋白と共役して活性化することで誘導されるが、 この
MuSK に対する抗体が、 抗 AChR 抗体陰性例の病原因子として注目されて来た。 さらに、 神経終末から分泌されたアグリンは直接 MuSK を活性化
するのではなく、 低分子リポ蛋白受容体関連蛋白 (Lrp4) への結合を介して MuSK を活性化するが、 この抗 Lrp4 抗体も検出されている。 アグリンが
無くても、 この Lrp4 と MuSK の結合だけでも AChR クラスター形成が促されるという。 MuSK には、 アグリンの他に、 AChR クラスター形成に関わる
もう一つのシグナル (Wingless/Ints) の受容機能を担うドメインがあり、 抗 MuSK 抗体の一部はこのシグナル系を阻害する。 さらに、 アセチルコリン
エステラーゼと膜上で連結 (N 端) するコラーゲン Q の C 端側は、 MuSK と結合して MuSK の膜上固定に一役演じているが、 抗 MuSK 抗体は、
このコラーゲン Q との結合を阻害する作用があることも明らかにされた。 同様に MuSK 膜上固定に寄与する Biglycan も MuSK 分子構造上の二箇所と
結合することが報告されており、 MuSK 抗体はこれを阻害する可能性がある。
胸腺腫合併 MG では、 これまで述べて来た神経筋伝達疲労に加え、 筋小胞体 Ca2+遊離 (興奮収縮連関) 障害による筋収縮疲労を認める。 その
原因となるのは、 T 管膜脱分極および非電位依存性 Ca2+チャネル (Transient receptor potential canonical、 TRPC) の 2 つのルートで活性化され、
筋小胞体 Ca2+遊離を誘起するリアノジン受容体に対する抗体の存在である。 上記 TRPC に対する抗体とともに、 その検出は胸腺腫潜在の高い
指標となる。 また、 胸腺腫合併例に多くみられる K チャネルや Titin に対する抗体は、 筋そのものの障害をもたらす。
■Lambert-Eaton 筋無力症候群の発症メカニズム
骨格筋支配の神経終末では、 膜脱分極により P/Q 型電位依存性 Ca2+チャネル (VGCC) を介して細胞外 Ca2+が流入、 ACh を包含したシナプス
小胞が、 docking、 priming のプロセスを経て、 シナプス前膜の active zone で開口、 シナプス伝達の役割を担った ACh が遊離される。 Lambert-Eaton
筋無力症候群 (LEMS) は、 その過程を構成する分子群に対する抗体により、 ACh 遊離が障害されることによって発症する。
われわれの検討では、 LEMS の 90%に抗 P/Q 型 VGCC 抗体が検出され、 その 54%に小細胞肺癌の合併が認められた (図 3 左上)。 抗体の P/Q
型 VGCC 分子構造上の認識領域 (4 つのドメインの膜外露呈領域 S5-S6 リンカー) を検討したところ、 抗ドメイン III 抗体 50%、 抗ドメイン IV 抗体 3
0%、 抗ドメイン II 抗体が 20%であった (図 3 右上)。 このドメイン III を抗原とした動物モデルの作出にも成功している (図 3 右中央)。 加えて、
LEMS の病態には、 抗 P/Q 型 VGCC 抗体とは別に、 Ca2+センサーの役割を演ずるシナプトタグミンに対する抗体が関与することも明らかにしてい
る。 すなわち、 抗 P/Q 型 VGCC 抗体陽性例、 および陰性例のそれぞれ 20%にこの Ca2+センサーに対する抗体が陽性であった (小細胞肺癌の
合併は本抗体陽性例の 20%に認めた) (図 3 左下)。 シナプトタグミンの N 端側 53 残基は、 シナプス小胞開口時、 膜外に露呈し液性免疫のター
ゲットとなりうるので、 その人工抗原で動物を免疫、 疾患モデルを作出することができた (図 3 右下)。
LEMS と小細胞肺癌との合併については、 癌組織に P/Q 型 VGCC、 シナプトタグミンとも発現していることが証明されており、 これらを認識した抗体
が、 神経終末に正常に存在するこれらの蛋白を攻撃し、 ACh 遊離阻害によって LEMS の病態が成立すると思われる。 かつて、 厚生省難病研究班
による検討では、 小細胞肺癌が発見される 2 年前に LEMS が発症する症例もあり、 LEMS の研究は最近注目されている SOX-1 抗体の検定
(癌合併 LEMS の 64%で陽性、 非合併 LEMS ではすべて陰性) とともに、 癌の早期発見に資するものと考えられる。