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奈良教育大学紀要 第40巻第2号(自然)平成3年
sull. Nara Univ. Educ, Vol. 40, No. 2 (Nat.), 199]
コーティング加工織物の力学的性質
柳 川 良 樹・脇 田 登美司
(奈良教育大学家政学教室) (京都工芸繊維大学工芸学部)
(平成3年4月23日受理)
The Effects of Coating on the Mechanical Properties
of Woven Fabrics
Yoshiki YANAGAWA
(Department of Home Economics, Nara University of Education, Nara 630, Japan )
and
Tomiji WAKITA
(Faculty of Engineering and Design, Kyoto Institute of Technology, Kyoto 606,, Japan)
(Received April 23, I99i;
Abstract
In the coated fabrics, the textile component provides such the mechnical properties as tensile
strength and elongation, and the resin component plays a roll for protection against the environment to which the fabric is subjected.
The changes in the mechanical property of woven fabric caused by coating finish are discussed in this study. Plain weave fabrics are calendered and then coated with polyurethane or
acrylic resin on one side of it. The tensile, shearing and bending properties of the fabrics are
measured. Each property is compared with that of original fabric. The summary of results is
shown as follows.
(1) The anisotropy of tensile property in plain weave fabric is reduced significantly after
coating with a thin layer of resin.
(2) The coating finish increases remarkably shear and bending rigidities of the base fabric.
(3) The changes in mechanical property of the base fabric, such as above mentioned, become small by fluoro resin pretreatment.
(4) The effect of resin coating on the structural deformation of the base fabric takes place
sensitively in an early stage of tensile process.
緒 言
コーティング加工は織物の糊付け,防水をはじめ,写真,印刷,包装,電気,建築など多くの
産業分野において広く利用されている技術である.繊維の分野に限ってみても,各種の加工剤の
開発と共に,レインコート,アノラック,スキーウエア,婦人用外衣などの衣料をはじめ,かさ,
カバー・シート類,テント類,鞄,日除け,カーペット類など,多種多様なコーティング品が多
数出回っている.
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柳 川 良 樹・脇 田 登美司
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コーティング加工布とは,織物,ニット,不織布などの表面に樹脂の連続皮膜を形成させたも
ので,一般には布は基材として引張り強さ,伸び,引裂き強さなどの機械的性能を受け持ち,コー
ティング剤は主として環境に対する保護・防御,新しい外観の形成などの役割を果すものが多い.
最近のコーティング剤の発展はめざましく,ゴアテックスに見られるような微多孔質の膜構造で
透湿性と防水性を合せ持ち,さらにはストレッチ性もあるコーティング加工布も多種開発されて
いる.
上記のように,基材としての織物はコーティング加工布の機械的性質を支配するが,コーティ
ング処理によりその性質は影響され,変化するものである.しかし,これらを総合的にとらえて
明らかにした研究はない.本研究では,織物の片面に樹脂をコーティングする最も一般的な衣料
用素材を研究対象としてとり上げ,コーティング加工によりその機械的性質がどのように変化す
るか,織物の性質がコーティング加工布の性質にどのように関与するかを実験的に明らかにしよ
うとするものである.
実 験
mHF:
実験用のコーティング加工布の基布として,天然繊維と合成繊維,それぞれの代表的な織物で
ある綿ブロードとナイロンタフタを採用した.綿ブロードはたて糸,よこ糸共に40/1番手綿糸
を用い,たて糸密度は50本/cm,よこ糸密度は27本/cmである.またナイロンタフタはたて糸,
よこ糸共に75デニールのナイロンフィラメント糸で,たて糸密度42本/cm,よこ糸密度31本
/cmである.
コーティング剤にはウレタン樹脂(大日本インキ製, 2016EL)とアクリル樹脂(大EI本イン
キ製, P1020)を用いた.これらの樹脂をメチルエチルケトンで希釈して約8000cpsに調整し,
織物上にコーティングした.その後, 100℃で乾燥し,さらに150℃で2min間キュアリングを
した.コーティング樹脂量は4-15%としたが,この調整はコーティング装置の直径4cmの2
本のロールスリットの間隔をゲージで変えることにより行った。
なお,コーティング剤の皮膜と織物との接合状態の相違による影響も検討するため,各織物に
は2通りの前処理を行った. 1つはフッ素樹脂による擬水処理を行った後カレンダーを通した場
合,他はカレンダー処理のみの場合である.ここでのカレンダーの処理の条件は荷重50kg/cm,
温度150℃である。
2.力学的性質の測定方法
筆者らはすでに別報1),2)において,カレンダー処理によって生じる織物の力学的性質の特徴と
変化について明らかにした.本実験では上記のように,カレンダー処理後の織物にコーティング
加工を行うので,カレンダー加工布との関係も検討するため,別報D.2)と同じ方法,同じ条件で,
伸張,せん断,曲げ変形特性を測定した.すなわち,風合い計量のための計測システムKES-FBI,
-FB2 加藤鉄=所製)を用いて,布風合い計量のために設定された測定条件に準じて測定した3).
さらに,コーティング加工布と原布の織物とでは伸張変形特性における異方性に著しい相違が
予測される.このため上記の測定に加え, -軸伸張特性における異方性を測定した.ここでは,
たて糸方向をOoとし,それより織物平面内で150間隔で角度を回転し,それぞれの方向の伸張
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特性を測定した.このときの試料幅は2cm,チャック間距離は5cm,引張り速度は1cm/minで
ある.
実験結果及び考察
コーティング布を含め一般の複合材料の研究では,物怪債yが各素材の体積含有率Vi, V2> V3,
--との間にどのような関係があるか,またどのような効果が得られるかを究明することが目的
とされる.線形加成性4)がある場合には,次式で表現される.
V=V¥x¥+V&2十Vm+ここで, xl, X2, X3,蝣蝣-・は各素材の物性値である.
しかし,実際には各素材間の相互作用により,この線形加成性は成立しない場合が多い.そこ
で,研究の主眼はこのはずれの究明に向けられるのが普通である.本研究においても,まずこの
線形加成性の成否とその理由の検討を中心に考察する.
1.伸張変形特性
風合い計量のための計測法にしたがって測定した伸張変形特性,すなわち-軸拘束引張りに近
∈
ED/6'﹂
U
\
5
.
A
t
」, %
1
」 0/
(a)アクリル樹脂6%
(b)ウレタン樹脂8%
図1.荷重F一伸度∈曲線(棉ブロード)
1 2
当 ma
(a)アクリル樹脂5%
1 2
サ蝣サ
(b)ウレタン樹脂14%
図2.荷重F一伸度∈曲線(ナイロンタフタ)
柳 川 良 樹・脇 田 登美司
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い変形様式で最大荷量500g/cmまで引張り,そして伸度∈ -0%まで戻したときの荷重F-伸
度∈曲線を図1, 2に示す.
織物に樹脂皮膜が加えられただけの線形加成性が成立するならば,図1及び2では単位長さ当
りの荷重を縦軸にとっているので,塗布されたコーティング剤の皮膜分だけ同一伸度に対する荷
重は大きくなり,荷重一伸度曲線は図の左方に移動するはずである.しかし樹脂皮膜と織物間の
接合力を弱くするフッ素処理を行うと,コーティング前(図1, 2の細線)に比べコーティング
後の曲線(図1, 2の破線)は逆に右方に移動し,伸びやすくなっている場合が多い.本測定の
最大荷重500g/cmは被服の着用において受ける最高荷重に近いものであるが,織物の破断強度
と比較すると,綿ブロードで十分の-以下,ナイロンタフタで三十分の-前後の値である.即ち,
図1, 2に示したような本実験の測定範囲は,伸張過程の初期領域であり,ここではわずかな織
物の構造変化も鋭敏に影響する領域である.フッ素樹脂擬水処理をすると,そのコーティング加
=布がコーティング前より伸びやすくなるのは,コーティング剤と織物との接合力が小さくなる
ため,加工処理中に伸びやすくなるような織物の収縮,構造変化等の生じたことを示すものであ
る.
最大荷重500g/c までの引張りに要した伸張エネルギーW,それから回復させたときの回復
エネルギーW'より引張りレジリエンスRT-(WソW) ×ioo(%:を求めた.結果を図3に示す.
O Acrylic 5Z
inn
O Acrylic 6%
e Urethane MS
100
・ urethone &%
0 0
●
● ○
◎ ○
Orig.
Fl] Fluo. 】lender
Orig.
C(】lender Ca】lender Coc】t ing
Co(コt i ng
Fluo. Lalender
Calender C□lender Coating
Coat ng
(b)ナイロンタフタ
(a)綿ブロード
図3.引張りレジリエンスRT
この引張りレジリエンスRTは伸張変形における弾性回復を示す1つの指標であるが,いずれの
場合もフッ素樹脂の擬水処理により原布のRTは僅かであるが低下している.これは,繊維相互
間および糸相互間の滑り移動が容易になり,拘束が弱まったためであろう.コーティング剤を塗
布すると,引張りレジリエンスRTはいくらか増加し,弾性回復が少し良くなっている.これは,
コーティング剤の弾性回復の良さが寄与しているためで,弾性の良いウレタン樹脂の方がRTの
増加が大きいことからも分かる.
2.伸張変形特性における異方性
図4, 5は,たて糸方向をOoとし,それより150間隔で伸張方向を回転させて測定した-戟
コーティング加工織物の力学的性質
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伸張特性の異方性である.なお,これらの図は同一伸張比A -1+ど/100)に対する引張り荷
重F (kg/cm)の変化を示している.
一般に織物の伸張変形特性は極端な異方性を示し,同じ伸張比Aに対する引張り荷重Fは直
交するたて糸およびよこ糸方向では高く,それより450回転した方向,すなわちバイアス方向で
は大きく低下する傾向を示すのが普通である5).本実験に用いた試料においても,図4及び5
F
kgノcm
(a)伸張比A-1.04
(b)伸張比A-1.12
図4. -軸伸張異方性(綿ブロード,ウレタン樹脂8%)
(a)伸張比/l-l.1
(b)伸張比A-1.2
図5. -軸伸張異方性(ナイロンタフタ,アクリル樹脂5%)
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の太い実線で示したように,処理前の織物,原布では45。方向の引張り荷重は非常に小さく,大
きな異方性が認められる.原布をフッ素樹脂処理-カレンダーをすると,糸相互間の摩擦抵抗が
弱くなるが,この影響が綿ブロードの場合,図4に細い実線で示すように,上記の傾向がさらに
強く出ている.
このような織物の特徴は数%のコーティング剤を表面に塗布することにより著しく変化する.
図4, 5の一点鎖線にみられるように,たて糸方向(0。)およびよこ糸方向(90-)ではコーティ
ングの樹脂量が少量であるので,同一伸張比人における引張り荷重Fは原布のそれとあまり変
らないが, 45-方向の引張りでは原布の場合のような引張り荷重Fの極端な低下が見られない.
少量の樹脂皮膜が塗布されるだけで,伸張変形特性の異方性が大幅に小さくなることがわかる.
また,フッ素樹脂処理の後コーティング加工をすると,図4, 5の点線のように,その特性は
原布の太実線とフッ素樹脂処理のないコーティング加工布の一点鎖線のほぼ中間に位置する.す
なわち,フッ素樹脂処理後コーティング加工をすると,コーティング剤皮膜による異方性の減少
を幾らか緩和できることがわかる.
3.せん断変形特性
織物のたて方向に一定の-軸張力T - 10g/cmをかけ,それと垂直方向にせん断変形をさせた
ときのせん断角≠-せん断力Fs曲線を測定した.その曲線の≠-±0.5-における平均傾斜から
せん断剛さG (g/cm"degree)を求めた.結果を図6に示す.
織物のせん断変形は交錯点でのたて糸とよこ糸相互間の滑りやすさに主として依存する6),7)
が,この変形はまた上記のバイアス方向の引張りにおいても生じる変形である.したがって,
45。方向(バイアス方向)の伸張の場合と同じようなコーティング加工の影響が認められる.す
なわち,コーティング加工によりせん断剛さGは大幅に増加し,樹脂皮膜が織物のたて糸とよ
こ糸の交差角の変化を強く妨げていることがわかる.なお,アクリル樹脂とウレタン樹脂では,
ウレタン樹脂コーティングの方がせん断剛さGが大きいようであるが,樹脂量を同じに設定で
きなかったので,樹脂の違いによる影響の差を比較することは困難であった.
O Acrylic 5%
20
・ urethc】ne wx
a
j
6
a
p
i
i
1
i
0
a a L s a p . E U \ 6 、 9
a
3
\
5
'
9
Onq.
Flu Fluo. 】lender
Calentfe「 Calender Cog】ting
Coating
(b)ナイロンタフタ
(a)綿ブロード
図6.せん断剛さG
コーティング加工織物の力学的性質
a¥
原布にフッ素樹脂の擦水処理-カレンダーを行うと,綿ブロードでは450方向の伸張で述べた
ようにせん断剛さGは低下するが,ナイロンタフタの場合には増加している.これはせん断剛
さGの大変小さいナイロンタフタの原布を用いたため,カレンダー処理で受けた糸の偏平化,
セット効果等の影響の方が強く現れたためと考えられる.
4.曲げ変形特性
曲率k-士2.5cm 1の範囲内で,たて糸方向に沿って曲げ変形を与えたときの曲率k-曲げ
モーメントMのヒステリシス曲線を測定した_ 代表例を図7に示す.
(b)ナイロンタフタ
(a)綿ブロード
図7.曲げ変形特性
織物とコーティング剤皮膜とが互に力学的に独立であれば,曲げ変形特性においても線形加成
性が成立ち,両者の間の互いの拘束が強くなるほど線形加成性からのはずれが大きくなり,また
コーティング加工布の曲げ剛性Bが大きくなる.そして,両者が一体となれば,その曲げ剛性
Bは最大となる.
本研究のコーティング加工布の場合,皮膜樹脂量は織物の10%前後のごく薄いものであるが,
これが織物上に塗布されると,図7に見られるように,曲げ剛性B(ヒステリシス曲線の勾配)は
それ以上に大きく増加し,またその加工の途中にフッ素樹脂擬水処理を加えると,その中間に位
置することがわかる.これらのヒステリシス曲線の勾配から布の曲げ剛性B (g-cm2/cm)と曲
率k- ±0.5cm 1におけるヒステリシスの幅2HB (g-cm/cm)を求ゆ,整理すると図8のよう
になる.なお,ここで樹脂膜が外側になるように曲げるときと,内側になるように曲げるときと
では変形特性が異なるので,樹脂膜が内側になるように曲げたときの曲率を正とした.曲げ変形
においても,せん断変形の場合と同様な傾向が認められる.すなわち,織物より柔軟な,しかも
ごく少量の樹脂の塗布により,いずれの場合も曲げ剛性Bおよびヒステリシスの幅2HBは共に
大きく増加する.コーティング剤が曲げ変形時に生じる織物表面の繊維の移動を妨げ,拘束する
柳 川 良 樹・脇 田 登美司
Fl] FI UO. Calende「
Calender Calende「 Co(】t ing
Coat ing
FIuo. Fluo. Calender
C(】l ender Calender Coat ing
KilffiH此
(a)棉ブロード
(b)ナイロンタフタ
図8.曲げ剛性Bとヒステリシスの幅2HB
ためである.これはフッ素樹脂の処理により,その増加が少なくなることからも分る.また,曲
げ剛性Bとヒステリシスの幅2HBの増加率はほぼ比例関係にあり, Bが大ききくなれば, 2HB
も大きくなり,繊維の拘束が強くなるとともに繊維間の摩察抵抗も大きくなることを示している.
ま と め
織物は,たて糸及びよこ糸方向の引張りに対して伸びにくく,これが衣服になったときの形態
安定性の良さ,型くずれのしにくさとなる.一方,バイアス方向への引張りに対しては伸びやす
く,せん断変形が容易であり,さらに曲げやすいこと,これらは衣服の複雑な立体的曲面の形成
を容易にし,ドレープ性の良さ,着用時の着心地の良さ,さらには体の動きに対する適応性の良
さなどになっている.このような力学的特性における特徴が織物を衣服材料として適したものに
しており,織物が古来より多用されている理由の1つである.
本研究では,このような力学的特徴が10%前後の樹脂をコーティングすることによりどのよ
うな影響を受けるかを実験的に検討してきた.その結果,
(1)糸軸方向の引張りにおいて,その伸張の初期領域の特性は加工処理工程における織物構造
の変化に依存する部分が大きい.
(2)伸張特性における異方性は大きく変化し, 45-方向(バイアス方向)の伸びやすさが大幅
に減少する.
(3)せん断剛さが大きく増加し,せん断変形のしにくい布となる.
(4)曲げ剛性は原布の織物の曲げ剛性とコーティング樹脂皮膜のそれとを加えた値以上に大き
く増加し,線形加成性は成立しない.また,曲げ変形におけるヒステリシスも同様に増加する.
コーティング加工により,織物は伸張の異方性が少なくなり,曲げにくくなり,全体として硬
い素材になることが分る.したがって,コーティング加工は防水,保温,新しい表面形態の形成
など,織物にさらに別の機能を付与することを目的として行われるものであるが,その一方で力
コーティング加工織物の力学的性質
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学的特性における被服素材としての適性が大幅に低下する.
しかし,コーティング加工の前に織物にフッ素樹脂処理を行い,コーティング剤と織物との接
合力を弱くすると,その力学的性質は原布の織物とコーティング加工布との中間を示し,力学的
性質の変化を少なくすることが可能であると言える.
引 用 文 献
1)柳川良樹,脇田登美司,金 景喚:繊消誌, 28, 36(1987)
2)柳川良樹,脇田登美司,全 景換:繊消誌, 28, 371 (1987)
3)川端季雄:繊機誌, 26, P721 (1972)
4)例えば,藤井太一,座古 勝: "複合材料の破壊と力学" (実教出版) p.2-16, 1979
5)丹羽雅子,川端季雄,河合弘麹:織機誌, 22, T256 (1969)
6 ) S. Kawabata, M. Niwa, H. Kawai:J. Text. InsL 64, 62 (1973)
7)丹羽雅子,川端季雄,河合弘姐:織機誌, 26, 461 (1970)