金単結晶電極へのZn2+ イオンのアンダーポテンシャル析出 により誘引

金単結晶電極への Z n 2+ イオンのアンダーポテンシャル析出
により誘引されるアニオンの共吸着
教科教育専攻理科教育専修(化学) 9630 今渡 政成
【緒言】 アンダーポテンシャル析出(Underpotential deposition;UPD)とは、Mn+/M 間の熱力学的平衡電
位よりも正電位側で、金属イオン Mn+が電子を受け取り異種下地金属 M’上に電析する現象である。UPD は、
単原子層以下での電析が可能であるため、メッキ・結晶成長・表面化学・電極触媒といった広い分野に関係
している。
報告者が研究対象とした Zn の UPD では、溶液中に含まれるアニオンと UPD した Zn が、Au 及び Pt 単結晶電
極表面上に共吸着する場合がある事が明らかにされている 1-3)。ここで、Zn UPD を伴わないアニオンの単独の
電極表面への吸着の強さの序列は、過塩素酸イオン<硫酸イオン リン酸イオン<ハロゲン化物イオンの順
であることが知られているが、Zn UPD に伴うアニオンの共吸着力の序列は明らかにはなっていない。この序
列は、電極表面と吸着種の間の相互作用だけでなく、吸着種間(すなわち UPD 金属−アニオン間)の相互作
用に強く影響される事が予想される。
本報告では、Au(111)上の Zn UPD に伴うアニオンの共吸着力の序列を明らかにする事を目的として、各種
アニオンを含む溶液中で Zn UPD の電流電位曲線を測定し、それらを比較・検討した結果について報告する。
【方法】 Au(111)単結晶電極は、Clavilier 法により自作し、アニール・クエンチング処理を測定直前に行っ
てから、清浄な Pyrex ガラス製の三室型セルに導入した。参照電極には飽和カロメル電極(SCE)を、対極に
は白金電極を用いた。支持電解質溶液は、超高純度試薬の KH2PO4,K2SO4,KClO4,KBr,NaI,H2SO4,HClO4 を超
純水に溶かして調製した。Zn2+を含む溶液は、支持電解質溶液に特級試薬の Zn(ClO4)2 ・6H2 O を溶解して調製し
た。溶液は、測定前及び測定中に超高純度 Ar ガスにより脱気した。電流電位曲線の測定は、室温下でポテン
シオスタット、ファンクションジェネレーター、X-Y レコーダーを用いて行った。
【結果】 Fig.1(A)は、それぞれリン酸塩(実線)
、硫酸塩(波線)
、過塩素酸塩(点線)溶液中での Au(111)
の Zn UPD 電流電位曲線である。三本の電流電位曲線を比較すると、明らかに、リン酸塩溶液中での Zn UPD
に伴う-0.40V 付近のピークが他の溶液中に比べ鋭く、かつ正電位側に現れている事がわかる。又、Zn UPD 領
域で流れた電気量は、リン酸塩溶液中において他の溶液中に比べて約三倍多い 80μCcm-2 であった。この結
果は、リン酸イオンの存在下で Zn UPD が促進されている事を示している。
Fig.1 Au(111)の Zn UPD電流電位曲線,5mVs-1
この原因を検討するために、0.1M K2 SO4+10-4M H2SO4+10-3M Zn2+中に 10-5∼10-1M の KH2PO4 を加えた場合のAu(111)
の電流電位曲線を測定した(Fig.1(B))
。一般的に、硫酸イオンおよびリン酸イオンは、Au(111)上に同程度
の強さで吸着することが知られている。しかし、この図からわかるように、KH2PO4 を極めて少量(10-5M)加え
ただけでも Zn UPD ピークは影響を受け、KH2PO4 の濃度を上げるに従い、ピークが正電位側に移動しながら徐々
に鋭い形状になった。つまり、K2SO4 溶液中に極少量の KH2PO4 を加えただけで Zn UPD は影響を受け、Au(111)
面上に Zn が析出しやすくなっている。逆に、0.1M KH2PO4 +10-3 M Zn2+中に 10-3M K2SO4 を加えた場合(Fig.1(C))
では、Zn UPD ピークの形状・電位ともに K2SO4 の影響はほとんど見られなかった。これは、リン酸イオンと Zn2+
との相互作用が、硫酸イオンと Zn2+との相互作用に比べて大きく、リン酸イオンが UPD Zn と特に強く共吸着
する事で、安定な表面吸着層を形成している事を示唆している。
次に、これらのアニオンよりも強く電極表面に吸着する事が知られている臭化物イオンの影響を検討する
ために次のような測定を行った。
Fig.2(A)は,0.1M KClO4+10-4M HClO4+10-3M KBr 溶液中で、Zn2+が電流電位曲線に与える影響を調べた結果で
ある。-0.15V より正電位側のいわゆるアニオン吸着領域では、Au(111)上への臭素イオンの吸着・脱離に伴う
特徴的な波形が観測された。一方、-0.35V より負電位側の Zn UPD 領域では、ブロードな UPD 波が観測された。
Fig.2 (B)は、Br-を含まない(アニオンとしては ClO4-のみを含む)場合の Zn UPD 電流電位曲線(破線)を(A)
の実線と比較した結果である。この比較により,Br-は、-0.15V より正電位側では Au(111)上に吸着している
にも関わらず、Zn UPD 挙動にはほとんど影響を与えていない事がわかる。
次に、(A)の溶液中に 10-3M の KH2PO4 を加えて電流電位曲線を測定したところ(Fig.2(C))
、-0.15V よりも正
電位側、つまりアニオンの吸着・脱離過程の波形は(A)と同じであるが、-0.35V よりも負電位側の Zn UPD 領
域には鋭いピークが観測された。このピークには、臭素イオンの有無による影響は見られない(Fig.2(D))
。
この事より、アニオン吸着領域では臭素イオンが吸着しているが、UPD Zn と共吸着しているのはリン酸イオ
ンであるという事が示唆された。
更に、ここには示していないが、Au(111)
への吸着力が臭素イオンよりも強いヨウ素
イオンについても同様の比較実験を行った
が、臭素イオンとほぼ同じ結果になった。
Au(111)に対するアニオンの吸着力の序
列は、一般的に、過塩素酸イオン<硫酸イ
オン≒リン酸イオン<ハロゲン化物イオン
の順である。リン酸イオンとハロゲン化物
イオンを共存させた場合、ハロゲン化物イ
オンの方が、アニオンの吸着領域ではリン
酸イオンよりも吸着力は強い。しかしなが
ら、Zn UPD 領域では、ハロゲン化物イオン
はリン酸イオンよりも吸着力が弱く、UPD
Zn と共吸着しているのはハロゲン化物イ
オンではなくリン酸アニオンであることが
明らかになった。このような逆転現象は他
の UPD 系での報告例が少なく、Zn UPD に伴
うアニオン吸着は、下地金属とアニオンと
の相互作用よりも UPD 金属とアニオンとの
相互作用に強く影響されているものと思わ
れる。
Fig.2 臭素イオンとリン酸アニオンが
Zn UPD に与える影響の比較,5mVs-1
【引用文献】
1)S.Taguchi, T.Fukuda, A.Aramata, J.Electroanal.Chem., 435(1997)55
2) S.Taguchi, A.Aramata, J.Electroanal.Chem., 457(1998)73
3) S.Takahashi, K.Hasebe, A.Aramata, Electrochem.Com., 1(1999)301
指導教官 田口 哲