新プロジェクト等研究課題紹介 粘膜免疫による 花粉症等アレルギー疾患

9月号(第387号)2010.9
ISSN 0914-0735 第387号(平成22年9月号)平成22年9月15日発行 (財)東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研
究所 〒156-8506 東京都世田谷区上北沢2-1-6 Tel 03-5316-3100 FAX 03-5316-3150
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目 次
新プロジェクト等研究課題紹介
粘膜免疫による
花粉症等アレルギー疾患の治療法
新プロジェクト等研究課題紹介………1∼5
所長代行が日本学士院賞受賞………………6
ホットトピックス……………………………7
新人紹介………………………………………8
臨床研セミナー………………………………9
科学研究費補助金交付決定状況………10∼11
平成22年度研究助成金獲得状況……………11
平成22年度受託等事業実績…………………11
学会レポート…………………………………12
花粉症プロジェクト・リーダー 廣井 隆親
研究目的
年々増加するスギ花粉症疾患は東京都民の約4人に1人が罹患している現状を考えると非常に深刻な問題です。これまで
のスギ花粉症治療は、ステロイド剤や粘液分泌調節剤を用いた対症療法にとどまり、症状の寛解に到るものの根本治療で
はありません。根本的治療法として目される現行の皮下免疫(減感作)療法は、2年以上の皮下注射による治療期間と50回
以上の専門医への通院が必要でありますが、希に重篤な副作用(アナフィラキシー)が惹起されることも有り、患者に医
学的ならびに経済的に多大なリスクを強いる方法でもあります。そこでスギ花粉症を含めたアレルギー対策としてより安
全で治療効果の高い新規の免疫療法の開発が社会的に急務であると考えます。本研究は、スギ花粉症を代表としたアレル
ギー疾患または難治性の自己免疫疾患に対して現行の治療法に代わって安全かつ医学的また経済的に優れた治療法を粘膜
免疫学的根拠に基づいて開発し、実際に都民に還元することを目的としています。
研究項目
1 .舌下免疫療法の治療効果についての研究
患者の遺伝子を新たな解析法としてコピー数多型(copy number variations: CNVs)を用いて、舌下免疫療法の治療効果
を予測するため研究を行っています。この研究により、舌下免疫療法が効果的である患者を選択することによりオーダー
メイド(テーラーメイド)医療が行なえる可能性があります。
2 .アレルギー緩和米の研究
食べるワクチンとして日本人の主食である白米にアレルゲンの一部を発現させる組換え植物(コメ)を開発しています。
この研究により、皮下や舌下に続く第三の治療法が見いだされローコストのワクチン製剤の開発が可能性となります。
3 .経口免疫寛容誘導機序の解明
食べるワクチンの開発において、経口免疫寛容の誘導機能を粘膜免疫的手法を用いて解析を行っています。腸管粘膜
における寛容を誘導する免疫担当細胞を同定しより良いワクチン製剤の開発に繋げていきます。
4 .アレルギー性喘息の研究
アレルギー性喘息は、さまざまな炎症細胞が重要な役割を担う気道の慢性炎症を特徴としますが、花粉症と同じく、
根治が期待できる有効な治療法がないことが社会的問題となっています。アレルギー性喘息に対する新しいコンセプト
の根治療法開発に向けて、主に動物モデルを用いた病態解析を行っています。
5 .アレルギー疾患特異的タンパクの同定研究
ヒトの肥満細胞(マスト細胞)を用いて脱顆粒の
メカニズムをプロテオミクスのシステムを用いて解
析を行っています。この研究により脱顆粒抑制製剤
の開発を行い、新しい抗アレルギー薬の開発を進め
ています。
6 .炎症性腸疾患(自己免疫疾患)の研究
クローン病、潰瘍性大腸炎を代表とする炎症性腸
疾患は他のアレルギー・自己免疫疾患と同様、不適
切な免疫応答の亢進が原因と考えられています。現
在、炎症性腸疾患を発症するモデルマウスを利用お
よび開発し、その原因と病態との関係を明らかにす
ることを目的として研究を行っています。さらに得
られた知見を基に新たな治療法の開発を目指してい
ます。
―1―
筋ジストロフィー等カルパイン不全疾患の発症機序解明
カルパイン プロジェクト・リーダー 反町 洋之
東京都単独指定難病(都74)である筋ジストロフィーは単一遺伝子の病原性変異による浸透率ほぼ100%
の遺伝性疾患で、筋肉が成長と共に徐々に萎縮して最終的には死に至る重篤な疾患です。また、胃腸疾患、
糖尿病、がんなどは、ストレスとの関わりも深く、特に都会の現代人を広く苦しめており、大きな社会問題
となっています。これらの疾患の予防・診断・治療は、社会的に極めて大きな必要性と緊急性を持っていま
す。近年これらの一部が、
「カルパイン」と呼ばれる細胞内の蛋白質分解酵素(プロテアーゼ)の機能不全
で発症することが明らかとなってきました。カルパインは細胞内の蛋白質代謝に関与する酵素で、他の蛋白
質(基質)の一部分を切り取るように作用するプロセシング・プロテアーゼであり、基質蛋白質の機能・構
造を調節・変換(モジュレート)することで様々な生命現象に関与します。私たちが行ってきた長年のカル
パイン研究の成果を利用し発展させて、未だに不明な部分の多いカルパインの生理機能について多面的に解
析し、明確にしていくことは、カルパインの機能不全で生じる疾患の発症機序の解明への大きな基盤となり、
これらの病態克服への大きな一歩になると考え、本プロジェクトを計画しました。
カルパインの関与する筋ジストロフィーや胃腸疾患などの病態を解析するためには、「正常」な状態と「病
的」な状態を詳細に比較解析し、その相違点を明確にすることが本質的に重要です。そのためには疾患モデ
ルとなる動物の存在が不可欠です。私たちが第1期プロジェクトやそれ以前から数年をかけて独自に開発し
た、筋肉及び胃腸に発現するカルパイン及びその関連分子のノックイン及びノックアウトマウスは、上記の
筋ジストロフィーなどの病態の良いモデルとなるだけでなく、蛋白分解活性と構造的機能を分離して解析が
できるという、極めてユニークな系です。よって本研究では、これらの様々な遺伝子改変マウスを疾患モデ
ル動物として、正常な(野生型)マウスと比較解析(主にプロテオーム解析を含む生化学的解析)すること
により、病態において変化を生じているカルパインとその関連分子に注目して、その生理的意義を明らかに
し、これらの疾患の予防・治療・診断方法の開発基盤を確立することを目的としています。カルパインのター
ゲットや作用機序の分子メカニズムを明確にし、阻害剤・活性化
剤・切断基質模倣ペプチド剤などのデザインにより、治療・予防・
診断に利用できる薬剤・手法の開発への方向性を示していきたい
と考えます。
本研究は、細胞内蛋白質代謝の一翼をなすカルパインという分
子を標的とした遺伝子改変マウスを用いて、多くの生命現象に関
与しているカルパインの生理機能を明らかにし、筋ジストロ
フィーや胃腸疾患などの様々な病態の発症原理解明への基盤を作
るものです。期待される結果として、カルパインの基質や作用機
序が明確になるという、純科学的にインパクトのある学術的成果
と、その結果を適格に判断・解釈することにより、カルパインが
関与する疾病の治療・予防・診断薬の開発を行うための磐石な方
向性が得られるという成果、の2つが挙げられます。またこのよ
うな開発を主眼とする研究において、上記の遺伝子改変マウスは
手段の有効性を評価するための優れた系でもあり、新奇なアイ
ディア・アプローチを産み出すことも期待されます。これらの成
果は、ホームページ、データベース、公開講演会、都立病院との
図 カルパインの立体構造
提携などを通じて直接都民に還元します。私たちは、研究の純科
ヒトのm-カルパインの立体構造をサーフェ
学的なレベルの高さを維持することで、臨床的応用に耐える正確
イスモデルで表したものです。色は表面の電
な知識体系の構築に貢献するものであり、これは都民の科学に関
荷を表しており、赤が+
(酸性)、青が−
(塩
する意識の高揚や都政への信頼につながるものと考えております。 基性)を表します。
―2―
メタボリックシンドローム・
自己免疫疾患等における脂質代謝ネットワークの解明
脂質代謝プロジェクト・リーダー 村上 誠
脂質は蛋白質、核酸、糖質と並ぶ重要な生体構成成分であり、脂質の代謝が正常に作動しなければ生命は
成り立ちません。しかしながら、蛋白質や遺伝子が基礎生命科学研究の花形スターであるのに対し、脂質の
重要性に関する理解は十分に浸透しているとは言えません。脂質は栄養素として最大のエネルギー源であり、
また細胞膜の主要構成成分であると同時に、適宜細胞外シグナルに応じて脂質代謝酵素群により分解代謝さ
れ、生理活性脂質(脂質メディエーター)として多様な生命現象を制御しています。脂質はゲノムに直接コー
ドされていないためトランスクリプトームから直接情報を得ることをできず、その解析技術の高い専門性や
容易に代謝分解される物性のため、研究者から敬遠されがちです。しかし見方を変えれば、だからこそポス
トゲノム時代において脂質は未知の機能を秘めた魅惑的な物質といえます。
本プロジェクトでは、「脂質ワールド」に立脚した生命応答制御の新しい分子基盤の確立を目指します。
具体的には、
「リン脂質ならびにその代謝産物が関与する情報伝達(脂質代謝ネットワーク)」にフォーカス
を当て、リン脂質代謝のボトルネック酵素であるホスホリパーゼA2分子群の遺伝子改変マウスの解析を推進
します。第1期プロジェクトにおいて、細胞外分泌性ホスホリパーゼA2分子群の遺伝子改変マウスのライン
アップを揃え、多彩な表現型を見出してきました。第2期本プロジェクトにおいては、細胞内ホスホリパー
ゼA2分子群についても遺伝子改変マウスを導入し、遺伝子改変マウスの表現型を基盤に細胞内外のリン脂質
代謝を網羅的にカバーする体制を構築します。各酵素が固有に関わる生命現象のメカニズムを病態生理学的・
分子生物学的に解明するとともに、網羅的脂質プロファイリングを行い、病態とリンクし得る標的リン脂質
とその代謝産物を同定します。特に、肥満・糖尿病・動脈硬化に代表される代謝疾患(メタボリックシンド
ローム)やアレルギーを含む自己免疫疾患などの「医学的解明・解決への社会的関心が高い病態」における
脂質代謝ネットワークの重要性と位置づけを明らかにし、これを理論基盤として、臨床診断や予防治療のた
めの創薬へと応用展開することを目標とします。他プロジェクトが推進する蛋白質代謝、種々の疾患モデル、
基盤解析技術などの最先端分野と有機的に連携融合することにより、学術的に重要かつオリジナルなホット
トピックスを世界に向けて発進することを目指します。
―3―
免疫遺伝子研究室
室長 宮武 昌一郎
種々の感染症や癌などの疾患から、それを最終的に排除するための生体防御のしくみが免疫システムです。
免疫システムの重要な機能として、生体にとり有害なものと無害なものを区別すること、また免疫システム
の強い破壊作用をコントロールして、有害なものを破壊するが、自己の破壊を最小限に抑えること、があり
ますがまだ解明されていない部分が多くあります。免疫システムが適切にコントロールできなくなった状態
が、多くの自己免疫疾患やアレルギー疾患、また感染症で見られる敗血症やサイトカインストームといった
症状と考えられます。私たちは免疫システムの認識と制御において要となる、樹状細胞とT細胞について、
免疫制御の破綻による疾患との関係をテーマに研究しています。
1 .樹状細胞と自己免疫疾患
いくつかの自己免疫疾患では、炎症の原因であるサイトカインの作用を抑制することで、症状を大きく改
善できることが明らかになり、治療法として確立しています。I型インターフェロンは、感染症、とくに種々
のウイルス感染に対して必須のサイトカインですが、この過剰産生が、SLEや乾癬といった自己免疫疾患に
関与することが言われています。I型インターフェロンは様々な細胞から産生されますが、ウイルス感染な
どに対する免疫応答において、これを大量に産生する細胞群として、樹状細胞の一種である形質細胞様樹状
細胞(plasmacytoid dendritic cell, 以下pDC)があります。私たちは、I型インターフェロンを過剰産生し皮膚
炎をおこすマウスやその他の自己免疫疾患モデルマウスを用いて、pDCを中心とした樹状細胞の機能と自己
免疫疾患との関係を解析しています。またpDCに特異的に発現する遺伝子の機能解析をおこなっています。
Bst2/tetherinは、マウスpDCの細胞表面に高発現しているタンパク質で、他の細胞種でもI型インターフェロ
ンにより誘導されます。HIVの解析から、Bst2/tetherinは、細胞表面からウイルスが離れないようにするなど
の作用を通して、ウイルスの伝播を抑制することが示されました。pDCをはじめ免疫細胞は、この分子をど
のように使用しているのか、遺伝子改変マウスの作成などの方法で研究しています。
2 .T細胞とサブセット分化
免疫細胞の様々な機能は、特定の機能を持つ多種類のサブセット(亜集団)に分化することによります。
T細胞サブセットは、自己免疫疾患に関与するTh17や制御性T細胞、アレルギー疾患に関与するTh2などがあ
り、その機能異常は特定の免疫疾患に関与します。T細胞サブセットの機能は、主に産生されるサイトカイ
ンの種類により決まります。私たちは、T細胞サブセットの分化がどのような分子機構で制御されているの
か解析しています。多くのサブセットで、その誘導に必要な刺激(サイトカインなど)およびその分化に必
須な転写因子が見いだされています。転写因子は、サブセット特異的なサイトカイン遺伝子領域のエピジェ
ネティックな染色体構造を変化させ、遺伝子発現を誘導します。T細胞サブセットのひとつであるTh2は、
GATA3という転写因子が分化に必須であり、エピジェネティックな染色体構造制御として、DNA脱メチル
化が重要であることを示してきました。まだ解明が進んでいないDNA脱メチル化とGATA3が、どのような
分子機構で結びついているのかを中心に解析をすすめています。
―4―
細胞膜研究室
室長事務取扱 田中 啓二 副室長 笠原 浩二
研究員 飯田 和子、三木 俊明、兼田 瑞穂
細胞膜は、細胞を包んで境界を決め、細胞の中を外部環境と異なる状態に維持し、細胞の生存にとって不
可欠な役割を果たしている。また細胞膜には細胞外からの情報を受け取り細胞内に伝達するしくみが備わっ
ていて、細胞が情報に応じた挙動をとることに役立っている。私たちは、糖脂質やCa2+ チャネルなど細胞膜
の構成成分の機能と構造を明らかにし、それに関わる種々の疾患の発症メカニズムを分子レベル・細胞レベ
ルで理解し、診療や治療へ応用していくことを目指している。
細胞膜情報伝達における糖脂質の機能解析
細胞膜には、糖鎖と脂質が結合した「糖脂質」と呼ばれる物質が存在している。糖脂質は、脂質部分が膜
に埋め込まれ糖鎖部分が細胞外に露出したかたちで主に細胞表層に存在していて、様々な病気の発症に関わ
る分子と結合することが知られている。私たちは糖脂質の機能を解明するために、生体内で糖脂質と会合す
る分子の検索をおこなってきた。これまでに、糖脂質が細胞膜においてsrcファミリーチロシンキナーゼLyn
や三量体Gタンパク質Goαといった細胞内情報伝達分子と会合していることを見つけてきた(図)
。現在、
この糖脂質と情報伝達分子の会合体(糖脂質ミクロドメイン)は脂質ラフトと呼ばれ、細胞膜を介する細胞
内情報伝達の中継点として働いていることがわかってきた。私たちは生命現象のどのような局面に、糖脂質
ミクロドメインが働いているかを明らかにすることを目的とする。血管が傷つくと血液凝固反応が開始され、
血小板が損傷部位で凝集しフィブリノーゲンがトロンビンによる切断でフィブリンに変わりフィブリン網が
血栓として傷口を固める。最近、血小板をトロンビンで刺激すると、フィブリンが血小板の脂質ラフト画分
に結合することを見出し、その生理的意義について解析をすすめている。[Kasahara K et al. Blood 115
(6),
1277-1279, 2010]
出芽酵母の高親和性Ca2+取込みに必須なCCH1とMID1の解析
カルシウムイオンCa2+は細胞の生存と正常な機能の発揮に必須である。その細胞内濃度は厳密にコント
ロールされており、細胞外からの様々な刺激(電位刺激、細胞膜リセプターへのリガンドの結合、機械刺激
等)
、または、細胞内の変化(例えば、ER内カルシウムイオンの枯渇)に速やかに応答する。
私たちは、出芽酵母を真核生物のモデルとして選び、性接合に伴うCa2+取り込みに欠損をもつmid変異株
の解析から、高親和性Ca2+取込みには、動物の電位作動性Ca2+チャネルのポアサブユニットと高い相同性を
持つCCH1と、動植物にはホモログがないMID1
が必須であることを明らかにした。そしてcch1
変異遺伝子の解析から、膜貫通セグメントをつ
ないでいるリンカー部分のグリシン残基とプロ
リン残基が、チャネルの基本構造の維持と活性
の発揮に、普遍的に重要であることを明らかに
した。一方、Mid1の機能の解明と、Cch1-Mid1
間の相互作用の解明に取り組んでいる。
[Teng
J et al. Biochim, Biophys. Acta 1798, 966-974,
2010]
―5―
田中啓二所長代行が日本学士院賞を受賞
∼研究題目
「プロテアソーム(たんぱく質分解酵素複合体)の構造と機能に関する研究」∼
平成22年6月21日、当研究所の田中啓二所長代行が、平成22年度日本学士院賞を、「プロテアソーム(たん
ぱく質分解酵素複合体)の構造と機能に関する研究」という研究題目で受賞され、その授賞式が行われまし
た。臨床研の一同をはじめ、医学研究機構や関係者の方々はみな祝福ムード一色となりました。
日本学士院とは、学術上功績顕著な科学者を優遇し、学術の発達に寄与するために必要な事業を行うため
の機関で、明治12年(1879年)1月15日に創設された東京学士会院がその前身です。130年以上の歴史を持ち、
学術的な業績をもとに選定された定員150名の会員により組織されています。そして、日本学士院賞は、日
本学士院が明治43年(1909年)に創設したもので、学術上特にすぐれた論文、著書その他の研究業績に対し
て授賞を行うものです。今回は記念すべき第100回となり、授賞式は天皇、皇后両陛下御臨席のもとに、日
本学士院会館で行われました。
過去の受賞者には、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士、朝永振一郎博士、福井謙一博士、江崎玲於
奈博士、小柴昌俊博士、野依良治博士など錚々たるメンバーが含まれており、数ある日本の科学賞の中で最
も権威ある賞とされています。
6月24日には、田中所長代行は日本学士院賞受賞の報告を福祉保健局長に行いました。天皇、皇后両陛下
に研究の内容をご説明されたことなど、田中所長代行から、授賞式当日の様子についてお話しがありました。
局長室も終始和やかなお祝いムードに包まれていた、とのことでした。
来年度の新研究所発足を控えて、毎日々々超多忙な業務を熟されている所長代行に、大変大きなプレゼン
トとなり、三研一所化に向けても良い方向に弾みがついたものと思われました。
日本学士院賞のメダル
田中所長代行と表彰状
―6―
ホットトピックス
腫瘍に対するTGF-β応答の二面性と新しいTGF-β-SMADシグナル伝達経路
がん治療研究室 小倉 潔
腫瘍に対するTGF-β応答 TGF-βはもともと正常線維芽細胞の軟寒天培地中での増殖を促進する因子と
して同定された。軟寒天培地中での細胞増殖は足場非依存性増殖であり、細胞のがん化を示す指標の一つで
ある。そこで、TGF-βは細胞の形質を悪性化させるという意味でtransforming growth factorと名付けられた。
よって当初は、TGF-βは腫瘍の悪性化因子としての位置づけであった。しかしその後、TGF-βによる上皮
細胞に対する強力な増殖抑制作用が見いだされ、一転して腫瘍増殖抑制因子として注目を集めることとなっ
た。さらに近年では、細胞に運動性や浸潤性の亢進を誘導し、腫瘍を悪性化する上皮-間葉系細胞転換を
TGF-βが誘導することが明らかとなり、TGF-βは腫瘍悪性化因子であるとの再認識がなされている。現在
では、TGF-βは腫瘍増殖抑制因子と腫瘍悪性化因子としての二面性を持つことが広く認められている。し
かし、なぜ全く正反対の作用を誘導するかについては未解明のままとなっている。
TGF-β-SMADシグナル伝達経路 TGF-βシグナルは、細胞内エフェクターであるSmadのリン酸化によ
り、核内に伝達される。Smadは、Smadファミリー間で保存されているMH1領域とMH2領域、そして、これ
らの間に存在するリンカー部分から構成されている(図-1)。Smad分子は1から8まで知られているが、ここ
では Smad 2/3/4分子に限定して話を進める。
細胞外からのTGF-βシグナルは、細胞膜上の
TGF-βreceptor I/IIを 活 性 化 し、Smad2/3のC末
端SSXSモチーフをリン酸化する。C末リン酸
化Smad2/3の2分子は、1分子のSmad4と3量対を
形成し、細胞質から核へと移行する。このC末
端リン酸化Smad複合体が、核内において、Jun
などの様々な転写因子、p300、CEPなどのcorepressorと結合し、標的遺伝子の転写を調節す
る。TGF-βの腫瘍増殖抑制作用の代表的な標
図-1 Smad2/3のリン酸化位置
的遺伝子としては、CDK inhibitorであるp15INK4B
やp21CIP1が挙げられる。これらの働きにより、
細胞をG1期に停止させると考えられている。一方、TGF-βの腫瘍悪性
化作用の代表的な標的遺伝子としては、がん細胞の浸潤・転移や血管新
生作用に関連するMMP、PAI-1やVEGFがよく知られている。
新しいTGF-β-SMADシグナル伝達経路 近年、新しいTGF-βシグナ
ル伝達経路が報告されている。TGF-βシグナルがTGF-βreceptor I/IIを
活性化し、ERK、JNK、p38などのMAPKを活性化する。活性化したJNK
やp38MAPKが直接Smad2/3のリンカー部分をリン酸化する。このリン
カーリン酸化Smad2/3はSmad4と3量対を形成し、細胞質から核へと移行
する。このリンカーリン酸化Smad複合体は、リン酸化位置の違いから、
従来のC末端リン酸化Smad複合体とは立体構造が異なり、核内での結合
する転写調節因子類が異なる。その結果、リンカーリン酸化Smad複合
体とC末端リン酸化Smad複合体とは異なった標的遺伝子の転写を調節す
ることとなる(図-2)。
TGF-β応答の二面性問題の解明 リンカーリン酸化Smad複合体の研
究から、従来からのC末端リン酸化Smad複合体は腫瘍増殖抑制因子群の
転写を、新規のリンカーリン酸化Smad複合体は腫瘍悪性化因子群の転写
を活性化することが明らかとなった。新しいリンカーリン酸化Smad複合
体の発見はTGF-β応答の二面性問題を解決する糸口となるかもしれない。 図-2 Smad2/3シグナル伝達経路
―7―
新人紹介
知的財産活用推進室 尾形佑美子
医薬品の開発には、100億円の費用がかかるといわれます。その開発費を回収するために製薬企業はどう
するか? 特許を取得して、市場を独占できるようにします。
テレビ1台には約100個の特許が含まれているのに対して、医薬品の場合、化合物を中心に数個しか含まれ
ていないから、バイオ分野では特に1つ1つの特許が重要なんです。
ということで、活動紹介も兼ねて、特許取得までの流れをご紹介します。
―8―
臨床研セミナー
日 時:平成22年6月8日(火)
16:00∼17:30
場 所:東京都臨床医学総合研究所 2階会議室
演 題:Ribosome recycling step-The fourth essential step in protein biosynthesis
演 者:梶昭教授(School of Medicine, University of Pennsylvania, USA)
世話人:所長代行 田中 啓二
日 時:平成22年6月24日(木)
16:00∼17:30
場 所:東京都臨床医学総合研究所 2階会議室
演 題:p63の発見と機能解析
演 者:井川 洋二博士(理化学研究所名誉研究員)
世話人:基盤技術研究センター長 米川 博通
日 時:平成22年7月6日(火)
13:00∼17:00
場 所:東京都臨床医学総合研究所 2階講堂
特別企画:鈴木紘一先生メモリアルシンポジウム∼カルパイン研究の今昔∼
①演 題:
「鈴木研究室で始めたトリプレット・リピート病」
演 者:石浦 章一(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
②演 題:
「東西冷戦の終結から20年−カルパイン研究における競争から協調・協力へ」
演 者:牧 正敏(名古屋大学 大学院生命農学研究科 教授)
③演 題:
「組織普遍型カルパイン−カルパスタチン系の逆遺伝学」
演 者:西道 隆臣(理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー)
④演 題:
「酵母のカルパインシステム」
演 者:前田 達哉(東京大学 分子細胞生物学研究所 准教授)
⑤演 題:
「鈴木先生の哲学とカルパイン」
演 者:反町 洋之(臨床研 カルパイン プロジェクトリーダー)
世 話 人:所長代行 田中 啓二
①
②
③
④
⑤
日 時:平成22年7月29日(木)
16:00∼17:30
場 所:東京都臨床医学総合研究所 2階講堂
演 題:Role of autophagy in β-cell physiology and diabetes
演 者:Myung-Shik Lee教授(Dept. of Medicine, Samsung Medical Center, Sungkyukwan
University School of Medicine)
世話人:蛋白質分解プロジェクト 小松 雅明
―9―
科学研究費補助金交付決定状況
(文部科学省交付分)
研究種目
(単位:千円)
研究者
特 別 推 進 研 究 田中 啓二
特 定 領 域 研 究
研 究 課 題 プロテアソームを基軸としたタンパク質分解系の包括的研究
決定額
163,800
小池 智
エンテロウイルスの神経トロピズムの研究
3,800
小原 道法
免疫系の撹乱によるC型肝炎ウイルスの持続感染化及び発症機序の解析とその制御
6,100
小松 雅明
オートファジーアクセサリー分子群の遺伝学的機能解析
3,300
反町 洋之
カルパインによる生体のモジュレーション
正井 久雄
染色体サイクルの制御ネットワーク
3,000
吉田 雪子
SILAC法を用いたF-boxタンパク質の標的分子探索
2,800
新 学 術 領 域 研 究 平田 雄一
23,000
C型肝炎ウイルス複製におけるスフィンゴ脂質の役割と動態変化・恒常性維持機
構の解析
10,140
研 究 課 題
決定額
(日本学術振興会交付分)
研究種目
若 手 研 究(A)
研究者
出芽酵母脱ユビキチン化酵素の網羅的機能解析
設楽 浩志
ミトコンドリアDNA量の制御因子の探索と生理的機能の解明
13,520
小野 弥子
骨格筋特異的なカルパインシステムの機能と制御機構の解明
2,340
武富 芳隆
新規アレルギー応答調節因子III型分泌性ホスホリパーゼA2のマスト細胞における役割
1,690
種子島幸祐 Wnt-PCP経路に関与するグアニンヌクレオチド交換因子の神経管形態形成運動制御
1,690
礪波 一夫 カルパインの新しいプロテアーゼ非依存性機能による細胞骨格・運動性の制御機構
2,080
平田 雄一
免疫腑活化による慢性ウイルス感染症の治療
2,080
ホスホリパーゼA2によるAMPA受容体の動態制御機構の解明
2,470
若 手 研 究
(B) 平林 哲也
基 盤 研 究(A)
基 盤 研 究
(B)
9,100
佐伯 泰
峯畑 健一 造血幹細胞特異的S76遺伝子の機能解析と相互作用分子の同定・造血支持能の解析
1,300
棟方 翼
ウイルス感染による脂肪酸合成制御機構の解析
2,080
安井 文彦
重症急性呼吸器症候群の重症化機序の解明
2,080
山本 圭
皮膚の病態生理における分泌性ホスホリパーゼA2群の機能と作用機序の解明
1,430
山吉 誠也
エンテロウイルス71の第2の感染受容体の同定と解析
1,950
芝崎 太
血管新生誘導siRNAによる虚血性疾患の治療法開発
20,930
米川 博通
ミトコンドリア機能異常による運動失調マウスの開発とその機能イメージング
13,650
木村 公則 肝炎ウイルスモデルを用いた抗原特異的リンパ球と肝障害の炎症カスケードの解明
4,290
C型肝炎ウイルス複製におけるスフィンゴ脂質の役割と動態変化・恒常性維持機
能の解析
6,240
小原 道法
反町 洋之 酵母∼ヒトで保存されたカルパインPalBHの膜輸送系における新規機能の解析
6,110
村上 誠
分泌性ホスホリパーゼA2酵素群の生体内機能に関する総合解析
6,240
芦野 洋美
血管新生阻止および骨転移抑制作用を兼ね備えた物質の探索と開発
1,170
飯田 和子
出芽酵母のカルシウムチャネルホモログCch1の機能解析と制御分子の解明
1,430
一村 義信
選択的オートファジーによる細胞内クリアランスの制御
2,080
基 盤 研 究
(C) 小野 富男 ノックアウトマウスを用いた神経細胞死抑制遺伝子alivinファミリーの機能の解析
1,040
笠原 浩二
脂質ラフトにおけるシグナル伝達機構の解析
1,820
神沼 修
NFAファミリーの多様性にもとづく特異的制御法の開発
1,430
川喜多正夫
尿中ジアセルチルスペルミンの早期がん検出能とその活用に関する研究
1,820
― 10 ―
研究種目
基 盤 研 究
(C)
挑戦的萌芽研究
研究者
研 究 課 題
決定額
川村眞智子
白血病における新規JAK2関連融合遺伝子の同定とその分子病態の解明
1,560
北島 健二
細胞分化におけるエピジェネティックパターン成立機構の解明
1,430
小池 智
エンテロウイルス71受容体の研究
1,430
高井 裕子
MCMヘリカーゼを中心とした複製フォーク複合体の分子構築と制御
1,560
田島 陽一
免疫寛容を導入したヒト化ファブリー病マウスに対する改変型酵素の治療効果
1,950
田中貴代子
精巣腫瘍における生殖幹細胞発現遺伝子DDX1の機能解析
1,300
廣井 隆親
舌下減感作療法における奏効メカニズムの分子細胞生物学的解析
松岡 邦枝
好塩基球の恒常的欠損マウスおよび誘導型欠損マウスの開発と免疫応答の解析
1,430
宮武昌一郎
転写因子GATA3によるエピジェネティック制御の分子機構
1,690
森實 芳仁
分子標的診断を目指した高感度蛋白プロファイリング技術の確立
吉沢 直子
複製スキャフォールドを構成するAND-1タンパクによるゲノム安定性維持機構の解明
1,170
吉田 雪子
新規小胞体関連分解ユビキチンリガーゼの基質認識機構の解析
1,950
佐伯 泰
巨大分子26Sプロテアソームの核細胞質間輸送の解析
1,600
910
910
芝崎 太 超高感度多項目イムノクロマト法の開発と新型インフルエンザ迅速簡易診断への応用
1,200
内藤 暁宏
迅速遺伝子診断システムの開発とインフルエンザ亜型診断への応用
1,400
正井 久雄
停止複製フォーク結合タンパク質PriAを用いた染色体脆弱部位の探索
1,500
村岡 正敏
遺伝子強制発現に対する哺乳動物細胞の防御機構の解明
1,400
米川 博通
モデルマウスによるミトコンドリア病の治療原理とその開発
1,600
若 手 研 究(S) 小松 雅明
20,800
オートファジーの破綻によるヒト病態発症機序の解明
研究活動スタート
支援
金子 愛
新型インフルエンザの超高感度簡易迅速多項目診断法の確立
1,261
佐藤 弘泰
新規分泌性ホスホリパーゼA2(Ⅲ型)の欠損が引き起こす脂質代謝異常と病態
1,261
特別研究員奨励費
曽 友深
オートファジー選択的基質NbrⅠの代謝異常と病態発症機序の解明
1,000
平成22年度研究助成金獲得状況
受入所属
研究者
研 究 課 題
研究助成者
免疫遺伝子研究室
宮武昌一郎
ウイルスの出芽を抑制する分子CD317/tetherinの個体レ
ベルでの機能解析
財団法人
ノバルティス科学振興財団
脂質代謝プロジェクト
村上 誠
多様なホスホリパーゼA2分子群による細胞内外のリン
脂質環境制御の分子基盤
財団法人
東レ科学振興財団
平成22年度受託等事業実績
受託研究
受入所属
研究者
研 究 課 題
委託元等
蛋白質分解プロジェクト
田中 啓二
巨大で複雑なタンパク分解装置の動態と作動機構
文部科学省研究振興局
分子医療プロジェクト
田島 陽一
プロGM2活性化因子によるGM2ガングリオシドーシス
に対する酵素増強薬の開発
独立行政法人・
医薬基盤研究所
花 粉 症 プ ロ ジ ェ ク ト 廣井 隆親
機能性成分の体内の効率的デリバリーシステムの構築と
(独)
農業生物資源研究所
生体反応の解明
ゲノム動態プロジェクト
正井 久雄
MCMタンパク質によるゲノム安定性の維持機能:細胞 (独)
日本学術振興会
老化制御における役割
二国間交流事業(日本ーカナダ)
脂質代謝プロジェクト
村上 誠
動脈硬化、炎症、癌における細胞外ホスホリパーゼA2 (独)
日本学術振興会
群の機能に関する分子基盤
二国間交流事業(日本ーフランス)
― 11 ―
学会レポート
2010 Keystone Symposia, Bioactive Lipids: Biochemistry and Diseases
(Kyoto, Japan: June 6-11, 2010)
脂質代謝プロジェクト 山本 圭
6月6日から6月11日までの6日間、「2010 Keystone Symposia, Bioactive Lipids: Biochemistry and Diseases」が
古都を一望に見渡せる京都東山の高台に佇む京都ウエスティン都ホテルで開催されました。Keystone Symposiaは、第一線の研究者が未発表のデータを持ち寄って討議することが目的の会議であり、1972年から毎
年米国コロラド州を中心に行われています。筆者も博士課程の学生時代に単身で米国の山奥に送り込まれ(放
り込まれ?)
、多くの刺激を受けました。今回、この由緒ある国際シンポジウムが、成宮周教授(京大)、清
水孝雄教授(東大)、FitsGerald教授(ペンシルベニア大)のオーガナイズにより初めて日本で開催されました。
これは、脂質メディエーター研究の領域における日本人研究者のこれまでの貢献度が非常に大きいことが評
価されたことによるものと思われます。
学会は、早石修博士のプロスタグランジンと睡眠に関するKeynote addressで始まり、脂質メディエーター
に関連したハイレベルな講演が目白押しでありました。脂質メディエーターは炎症、アレルギー、免疫、循
環器疾患、癌、行動など広範囲な生理作用に関わることが知られております。今回の学会の話題の中心は、
脂質メディエーターに関連する分子群の遺伝子改変マウスを使った基礎的な研究の報告、ヒト疾患との関連
性などを示した報告などでした。脂質は、遺伝子に直接コードされていないこと、水に難溶で半減期が短く
取り扱いが難しいため、依然として困難な研究対象であります。近年、質量分析機による脂質の解析技術が
進み、多数の微量脂質の検出が可能になったことから従来の予想を遙かに超えた多様な脂質が存在する報告
が目に付きました。また、脂質メディエーターは重要な創薬標的として位置づけられており、今回、ロイコ
トリエン産生に関わる5−リポキシゲナーゼの立体構造が報告されたことは、今後の抗気管支喘息薬開発な
どの創薬に重要な礎を与えると思われます。
脂質代謝プロジェクトからは、村上誠副参事
研究員が招待講演者として分泌性ホスホリパー
ゼ(sPLA2)の生物学的機能に関する極めてイ
ンパクトのある研究結果を発表しました。ポス
ターセッションでは私を含め4名が最新の研究
成果について発表し、多くの研究者がディス
カッションに来られ、今後の研究展開において
有意義な時間を過ごすことができました。また、
会議の休憩時間を利用して共同研究者のGelb博
士とLambeau博士を京都観光に連れ出し、古都
の路地裏を散策しながら将来のsPLA2について
多くの議論し、今後のお互いの飛躍を誓い合い
ました。
清水寺の舞台にて
(左から)山本、Gelb博士、Lambeau博士、村上研究員
― 12 ―
再生紙を使用しています