原子層制御による反強磁性ハーフメタル材料の創製

The Murata Science Foundation
原子層制御による反強磁性ハーフメタル材料の創製
Development of Half-Metallic Antiferromagnetic Materials by Atomic-Layer Control
H24助自38
代表研究者 近 松 彰 東京大学 理学系研究科 化学専攻 助教
Akira Chikamatsu
Assistant Professor, Department of Chemistry, Graduate School of Science,
The University of Tokyo
Half-metallic antiferromagnet (HMAF) compounds, which have 100% spin-polarized
conduction electrons, have been theoretically predicted in many structural systems by firstprinciples calculations. But none of them could be experimentally synthesized thus far because
it is required to control the crystal growth at the atomic level for the HMAF properties. In
this study, single-crystalline epitaxial thin films of double-perovskite oxides LaSrVMoO6
and Cr-doped SrRuO3, which are predicted to be possible HMAF candidates, were fabricated
by pulsed-laser deposition method, and investigated their physical properties and electronic
states. It was found that the resistivity of the fabricated LaSrVMoO6 thin films was lower than
that of the polycrystalline samples. In particular, the resistivity at 5 K of the LaSrVMoO 6
thin films on (LaAlO3)0.3-(SrAl0.5Ta0.5O3)0.7(111) substrates showed 2×10-4 Ω cm, being due
to the improvement in the crystallinity and the ordering of V and Mo ions in the LaSrVMoO6
thin films. It was also found that the oxygen deficiency in the SrRu0.9Cr0.1O3 thin film affects
the ferromagnetic properties by investigating the films fabricated at various oxygen pressure.
Moreover, it was experimentally revealed that the Cr 3dt2g orbital is strongly hybridized with the
Ru 4dt2g one in the SrRu0.9Cr0.1O3 films. Furthermore, in order to consider introducing perfectly
B-site ordered Sr2MgMoO6 as a seed layer, the Sr2MgMoO6 single-crystalline epitaxial thin
films on SrTiO3(111) substrates were also fabricated. We successfully obtained the Sr2MgMoO6
thin films with no oxygen deficiency by post-annealing and controlling of the oxygen partial
pressure during the deposition. These results obtained here will contribute for the realization
of double-perovskite HMAF.
成例はない。この理由として、ハーフメタル特
研究目的
性を出現させるには元素を交互に配列させる原
フェルミ準位上の電子が完全にスピン偏極
子レベルでの制御が必要であり、合成が非常に
しているハーフメタル物質は、次世代の省エネ
難しいことが挙げられる。反強磁性ハーフメタ
技術であるスピントロニクスデバイスに必要不
ル物質が開発されれば、外部磁場を要しないス
可欠な材料である。その中で、磁気モーメント
ピン偏極電流の供給源として利用できるため、
がゼロである反強磁性ハーフメタル物質は、第
従来の設計構想と全く異なるデバイス作製が可
一原理計算により多くの物質が予測されている
能となる。本研究では、反強磁性ハーフメタル
が、未だ完全な反強磁性ハーフメタル物質の合
候補物質の中でもダブルペロブスカイト型酸化
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Annual Report No.27 2013
物に着目し、それらの高品質な単結晶エピタキ
さなかったことから、作製した薄膜が強磁性で
シャル薄膜をパルスレーザー堆積法によって作
ないことが確かめられた。一方で磁化の温度依
製し、輸送・磁気特性と電子状態を明らかにす
存性では、多結晶体SrLaVMoO6は反強磁性を
ることで反強磁性ハーフメタル実現のための知
表すカスプが104 Kに観測されたものの、薄膜
見を得ることを目的とした。具体的には、反強
では薄膜由来のシグナルが弱くカスプは確認さ
磁性ハーフメタル候補であるLaSrVMoO6および
れなかった。磁気特性の正確な評価が今後の
CrドープSrRuO 3 薄膜を作製し、輸送・磁気特
課題である。
性の評価および電子状態測定を行った。また、B
次に、反強磁性ハーフメタル候補であるCr
サイトが必ず規則的に配列するダブルペロブス
ドープ S r R u O 3 について実験を行った。ぺロ
カイトSr 2 MgMoO 6 をシード層に導入すること
ブスカイト型ルテニウム酸化物SrRuO 3 はキュ
を検討するため、Sr 2 MgMoO 6 薄膜の作製も試
リー温度(T C)が16 6 Kの強磁性金属であり、
みた。
酸化物電極材料として利用されている。また、
SrRuO 3 のBサイトをCrに50%置換したものは
概 要
反強磁性ハーフメタルとして予測されており、Cr
ダブルペロブスカイト構造を持つ導電性酸化
を10%置換したSrRu 0.9 Cr 0.1 O 3 はT C が188 Kに
物LaSrVMoO6 は反強磁性と高いスピン分極率
なることがバルク体で報告されている。同様
(P =∼0.5)を持ち、未だ実現されていない反強
に、SrTiO(100)
基板上の薄膜においてもT C は
3
磁性ハーフメタルに近い物質として報告されて
SrRuO3 薄膜で152 K、SrRu 0.9 Cr 0.1 O3 薄膜で165
いる。一方でLaSrVMoO6 の反強磁性および高
Kと増加している。このようなCrドープによる
スピン分極率を否定する報告例も存在する。
T Cの増加は、Cr 3dt2g 軌道とRu 4dt2g 軌道の混成
しかしながら、これらの議論はすべて多結晶の
によるものと考えられているが、実際に電子状
結果に基づいており、精密な物性の議論を行
態を観測した例はない。また、薄膜作製条件
うためには高品質なLaSrVMoO6 単結晶試料が
に伴うSrRu 0.9 Cr 0.1 O 3 薄膜の物性変化について
必要不可欠である。そこでまずはじめに、本研
は調べられていなかった。本研究では、PLD法
究ではLaSrVMoO 6 の薄膜をパルスレーザー堆
によりSrTiO(100)
基板上にSrRu0.9Cr0.1O3エピ
3
積(PLD)法により作製し、その輸送・磁気特
タキシャル薄膜を様々な酸素分圧下で作製し、
性評価を行った。その結果、LaSrVMoO 6 単結
それらの結晶構造と輸送・磁気特性について
晶エピタキシャル薄膜の作製に成功し、多結
調べた。その結果、酸素分圧の上昇、すなわ
晶試料よりも低い電気抵抗率を示すことを見
ち薄膜中の酸素欠損の減少に伴い電気抵抗率
出した。特に、
(LaAlO 3)0.3(
- SrAl 0.5 Ta 0.5 O 3)0.7
が低下し、強磁性金属相が現れるのを観測し
(111)基板上に作製したLaSrVMoO 6 薄膜の低
た。これは、薄膜中の酸素欠損が輸送・磁気
温(5 K)における抵抗率は2×10
−4
Ωcmまで低
特性に影響を与えることを意味している。また、
下した。これは、単結晶化による結晶性の向上、
Cr 2p-3d共鳴軟X線光電子分光測定を行い、Cr
及び(111)配向したことで(V, Mo)サイトの配
3dt 2g 軌道がRu 4dt 2g 軌道の混成していることを
列が向上した結果生じたものと考えられる。ま
実験的に明らかした。
た、5 Kにおいて磁化の外部磁場依存性を測定
最後に、Bサイトが必ず規則的に配列するダ
したところ、いずれの試料もヒステリシスを示
ブルペロブスカイトSr 2 MgMoO 6 をシード層と
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して導入することを検討するため、Sr2 MgMoO6
薄膜の作製も試みた。Sr 2 Mg 2+ Mo 6+ O 6 は、Bサ
イトの価数・イオン半径の差が非常に大きく、
容易にM g , M oの秩序配列を形成する。この
S r 2 M g M o O 6 を酸化物基板と反強磁性ハーフ
メタル候補のダブルペロブスカイト薄膜との間
に挿入すれば、挿入したSr 2 MgMoO 6 層(シー
ド層)からエピタキシャル力が働き、薄膜の
Bサイト秩序配列を促すと考えられる。そこ
で本研究では、まず完全にBサイト配列した
Sr 2 MgMoO 6 薄膜が作製できるかを確かめるた
めに、PLD法によりSrTiO(111)
基板上に様々
3
な条件でSr 2 MgMoO 6 薄膜を作製し、その結晶
構造と電気特性を調べた。薄膜堆積時におい
て基板温度と酸素分圧を変えて作製した結果、
完全にBサイト配列させた様々な電気伝導度の
Sr 2 MgMoO 6 単結晶エピタキシャル薄膜が得ら
れた。この電気伝導性は、酸素欠損によるキャ
リアの生成が起源であると考えられる。さらに、
酸素欠損したSr 2 MgMoO 6 薄膜を大気中でポス
トアニールすることで、Sr 2 MgMoO6 単相の絶縁
体薄膜、すなわち酸素欠損のないSr 2 MgMoO 6
薄膜を得ることに成功した。
これまでの反強磁性ハーフメタル研究におい
て、実験結果は多結晶体での報告がほとんどで
あった。真の物性の議論を行うためには高品質
な単結晶試料が必要不可欠であり、この意味に
おいて、原子層制御した単結晶エピタキシャル
薄膜を作製し物性を議論した本研究は、学術的
にも大変重要である。本研究で得られた知見は、
反強磁性ハーフメタル実現に向けて大いに寄
与する。
−以下割愛−
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