テキスト総まとめ

波と振動の物理学 配布資料
亀野 誠二
2007 年後期
Chapter 1
波の表現
波動現象を数学的に表す方法について議論する。さまざまな波動現象が波動方程式によって記述され
ることを示し、それを具体的に解いてみる。波動方程式の解から、波の速度を導いて見よう。
波とは何か
1.1
1.1.1
波の伝播
波…変位の伝播
表 1: 波の種類とその変位
波の種類 変位
音
密度
弦の振動 弦の高さ
電磁波
電場・磁場
重力波
重力場
物質波
確率振幅
変位 φ が z − ct だけの関数で表されるとき、 i.e. φ(z, t) = f (z − ct)
• z − ct = const. の面で φ = const. → 「波面」
•
∂z
∂t
1.1.2
= c → 波の速度 = 波面の進行速度 = 物質の移動速度
波が伝えるもの
○ エネルギー
○ 情報
? 運動量…古典論では×, 量子論では運動量を運ぶ
3
4
1.2
1.2.1
Chapter 1. 波の表現
波動方程式
弦を伝わる波
仮定 (assumptions)
• 水平 (z 軸) 方向には弦は運動しない→張力
の z 成分は一定
• 変位 y は微小
• 単位長さ当たりの質量 ρ =
dm
dz
→ ∆m = ρ∆z
定式化 (formulation)
• z 方向の力のつりあい : T0 cos θ0 = T1 cos θ1
これを T とおく。T = T0 cos θ0 = T1 cos θ1
• y 方向の力 : f = −T0 sin θ0 + T1 sin θ1
2
• 運動方程式 : ∆m ∂∂t2y = f
2
→ ρ∆z ∂∂t2y = −T0 sin θ0 + T1 sin θ1 =
T (tan θ1 − tan θ0 )
ρ
∂2y
∆z 2 = tan θ1 − tan θ0 =
T
∂t
∂2y
T ∂2y
=
∂t2
ρ ∂z 2
1.2.2
(
∂y
∂z
(
)
−
z+∆z
∂y
∂z
(
)
z
∂2y
∂z 2
)
∆z
(1.1)
(1.2)
真空中の Maxwell 方程式
∇ · D = ρ → 真空中 (ρ = 0, D =
0 E)
→ ∇·E =0
∇·B =0
∇ × E = − ∂B
∂t
∇×H =J +
∂D
∂t
→ 真空中 (J = 0, B = µ0 H) → ∇ × B =
∂E
0 µ0 ∂t
(
)
∂B
∇ × (∇ × E) = ∇ × −
∂t
∂
∇(∇ · E) − ∇2 E = − (∇ × B)
∂t
∂2
∇2 E = 0 µ0 2 E
∂t
∂
z 方向に伝わる成分だけに注目すると ( ∂x
=
∂
∂y
= 0, Ez = 0 とおくと)、
(1.3)
5
1.2. 波動方程式
∂ 2 Ex
∂t2
∂ 2 Ey
∂t2
1.2.3
=
=
1 ∂ 2 Ex
2
0 µ0 ∂z
1 ∂ 2 Ey
2
0 µ0 ∂z
(1.4)
音波
Figure 1.1: 気体を伝わる音波による体積要素と変位。(1) が初期状態で変位が 0, (2) が変位 χ を受けた状態。
音波は気体の中を伝わる縦波で、変位が伝搬方向に平行である。変位によって圧力が変化し、これが復
元力として作用する。伝搬方向を z 軸にとり、断面積 S, 長さ ∆z で囲まれた領域の気体分子が、どのよう
な運動をするか考える。
領域の体積を V0 = S∆z, 密度を ρ, 圧力を P , z 軸方向の変位を χ とする。
運動方程式
ρV0
∂2χ
∂P
= f (z) − f (z + ∆z) = S(P (z) − P (z + ∆z) = −S
∆z
2
∂t
∂z
(1.5)
V0 = S∆z を代入すると、
ρ
∂2χ
∂P
=−
∂t2
∂z
(1.6)
式 1.6 を展開して χ の方程式にするには、密度 ρ と圧力 P の関係を調べる必要がある。ちょっと遠回り
だけど、体積 V を通してこの関係を調べてみよう。
体積と変位の関係
V = S(∆z + χ(z + ∆z) − χ(z)) = S(∆z +
∂χ
∂χ
∆z) = V0 (1 +
)
∂z
∂z
(1.7)
従って
∂2χ
∂V
= V0 2
∂z
∂z
(1.8)
6
Chapter 1. 波の表現
断熱変化
P V γ = const.
(1.9)
∂P
P
= −γ
∂V
V
(1.10)
P = nkT
(1.11)
ここで γ は比熱比。P ∝ V −γ なので、
気体の状態方程式
n は気体分子の個数密度, k は Boltzmann 定数。分子 1 個当たりの質量を µ をおけば ρ = nµ なので、
P =
式 1.6 の
∂P
∂z
ρkT
µ
(1.12)
を、式 1.8 と式 1.10 を使って展開。
∂P
∂P ∂V
P
∂2χ
∂2χ
=
= −γ · V 2 = −γP 2
∂z
∂V ∂z
V
∂z
∂z
(1.13)
よって、運動方程式 1.6 は
∂2χ
∂2χ
= γP 2
2
∂t
∂z
さらに式 1.12 の ρ と P の関係を代入すると、
ρ
(1.14)
γkT ∂ 2 χ
∂2χ
=
∂t2
µ ∂z 2
(1.15)
が得られる。
1.2.4
波動方程式の解釈
式 1.2, 1.4, 1.15 に共通する微分方程式
波動方程式:
2
∂2φ
2∂ φ
=
c
∂t2
∂z 2
(1.16)
意味: 加速度 = 場の曲率
より一般的には
= ∇2 −
1.2.5
2
1 ∂
c2 ∂t2
1 ∂2φ
=0
c2 ∂t2
: d’Alembertian
∇2 φ −
(1.17)
あるいは
φ=0
(1.18)
波動方程式の一般解
波動方程式の一般解を求める。変数 p = z − ct, q = z + ct とおくと、t =
q−p
2c ,
z=
p+q
2 。式
1.16 は
∂2φ
=0
∂p ∂q
(1.19)
φ(z, t) = F (p) + G(q) = F (z − ct) + G(z + ct)
(1.20)
となる。これは、
という二つの関数 F と G で書けることを表す。
7
1.3. 波の種類と速度
1.3
波の種類と速度
波面:φ = const. となる (z, t) の組み合わせ。
波の速度 (ここでは位相速度)とは、波面の進行速度。
F の波の速度: z − ct = 一定となる (z, t) の組み合わせ → z = ct このとき波の速度は
G の波の速度 = −c である。
1.3.1
dz
dt |F =const.
= c.
弦を伝わる波
式 1.2 と式 1.16 を比較すると、c2 =
T
ρ 。よって
√
c=
T
ρ
(1.21)
1
0 µ0
(1.22)
T : 張力, ρ: 線密度
1.3.2
電磁波
式 1.4 と式 1.16 を比較すると、c2 =
0
1
µ0 。よって
√
c=
0
= 8.85 × 10−12 F m−1 : 真空の誘電率, µ0 = 4π × 10−7 H m−1 : 真空の透磁率
1.3.3
音
式 1.15 と式 1.16 を比較すると、c2 =
γkT
µ
。よって
√
c=
γkT
µ
(1.23)
T : 絶対温度, µ: 分子の平均質量, k = 1.38 × 10−23 J K−1 : Boltzmann 定数
c.f. 分子の二乗平均速度を v 2 とすると、 21 µ v 2 = 32 kT が成りたつ。従って、
√
c=
である。γ = 7/5 とすると
√γ
3
γ√ 2
v
3
= 0.68。音速は分子の平均速度より少し遅い。
(1.24)
Chapter 2
波動方程式の解
波動方程式の一般解を前回に求めた。今回はその解を具体的な関数形で表してみる。正弦関数は波
動方程式の解であり、解は一般的には正弦関数の重ね合わせで記述できることを示す。ここから、波
数, 波長, 周期, 周波数といった、波の基本的な量を理解しよう。また、波動方程式は複素関数として
扱ったほうが楽なので、複素数の簡単な復習から始める。
2.1
複素数についての復習
複素数 z = x + iy は、実部 x と虚部 iy を持つ数。i =
√
−1 は虚数単位。
Figure√2.1: 複素平面上の複素数 z 。実数部を x, 虚数部を y とすると、z = x + iy とかける。z の絶対値
|z| = x2 + y 2 は原点から z までの距離 r で表される。また、偏角 θ は実軸からの角度で、tan θ = y/x で
ある。
2.1.1
複素平面
平面上に、実数軸と虚数軸を直行する軸として記述できる。複素数は複素平面上の 1 点として表現できる。
原点は 0。
9
10
Chapter 2. 波動方程式の解
2.1.2
絶対値と偏角(局座標表示)
√
√
x2 + y 2 = zz ∗ と表せる。ここで z∗ = x − iy は z
の複素共役。偏角 θ = arg z は、実数軸から z までの角度。tan θ = xy である。x = r cos θ, y = r sin θ とい
複素数 z = x + iy の原点からの距離 r は、r = |z| =
う関係がある。
2.1.3
オイラーの公式
eiθ = cos θ + i sin θ
(2.1)
を Euler の公式という。
あまり厳密でない証明
指数関数 ex , 余弦関数 cos x, 正弦関数 sin x をそれぞれ x = 0 において Maclaurin 展開する。
x
e
=
cos x =
sin x =
∞
∑
xn
x
x2
=1+ +
+ ···
n!
1!
2!
n=0
∞
∑
n=0
∞
∑
(2.2)
(−1)n
x2
x4
x2n
=1−
+
− ···
(2n)!
2!
4!
(2.3)
(−1)n
x2n+1
x3
x5
=x−
+
+ ···
(2n + 1)!
3!
5!
(2.4)
n=0
収束半径は無限である。式 2.2 において、x = iθ を代入すると、
eiθ
=
∞ n n
∑
i θ
n!
n=0
θ
θ2
θ3
θ4
+ (i)2 + (i)3 + (i)4 + · · ·
1!
2!
3!
4!
θ2
θ4
= 1−
+
− ···
2!
4!
3
θ
θ
+ i( −
+ ···)
1!
3!
= cos θ + i sin θ (Q.E.D.)
=
1+i
(2.5)
特に θ = π のとき、eiπ = −1 である。
系
eix + e−ix
2
eix − e−ix
sin x =
2i
cos x =
練習問題
複素関数 f (x) = (−1)x をグラフに表してみよう。
(2.6)
(2.7)
11
2.2. 波動方程式の解と境界条件
2.2
2.2.1
波動方程式の解と境界条件
おさらい
波動方程式
∇2 φ −
1 ∂2φ
=0
c2 ∂t2
(2.8)
の一般解は、
φ(z, t) = F (p) + G(q) = F (z − ct) + G(z + ct)
(2.9)
で表されるのであった (p = z − ct, q = z + ct)。F について詳しくみてみよう。
2.2.2
波動方程式の特解による展開
Fk (p) = fk eikp = fk eik(z−ct)
(2.10)
とおくと、
∂ 2 Fk
= −c2 k 2 Fk
∂z 2
∂ 2 Fk
= (−k 2 c2 )Fk
∂t2
c2
(2.11)
なので、式 2.10 は波動方程式の解になっている。
k は任意, fk も任意 → fk1 eik1 (z−ct) も、fk2 eik2 (z−ct) も解。fk1 eik1 (z−ct) + fk2 eik2 (z−ct) だって解。
これらの重ね合わせ
F (p) =
∑
fkj eikj p
j
も解になるし、より一般的に
∫
∞
F (p) =
f (k)eikp dk
k=−∞
も波動方程式の解である。ここで、F (p) ⇔ f (k) というフーリエ変換の関係になっていることに注意。
たいていの関数 F (p) を、f (k) のフーリエ積分で表すことができる。
基底となる関数 eik(z−ct) = cos k(z − ct) + i sin k(z − ct) → 正弦波
k(z − ct):位相 θ。
2.2.3
波数と波長
eik(z−ct) を t = 0 で固定すると、z =
2nπ
k
で位相 θ = 0 となる。(n は整数)
k: 波数…単位長さあたりの波の数は k/2π
λ=
2π
k
: 波長
12
Chapter 2. 波動方程式の解
Figure 2.2: 波の基本的なパラメーター: 速度, 振幅, 波長, 周期, 周波数の関係
2.2.4
周期と周波数
eik(z−ct) を z = 0 で固定すると、t =
2nπ
kc
で位相 θ = 0 となる。
2π
kc : 周期
kc
1
T = 2π : 周波数
T =
ν=
ω = 2πν = kc : 角周波数
位相 θ = k(z − ct) = kz − ωt
2.2.5
スペクトル
一般の解 F (p) は、様々な波数 k に応じた f (k) の重ね合わせ。
∫ ∞
F (p) =
f (k)eik(z−ct) dk
(2.12)
k=−∞
f (k) : 波数 k で振動する成分の強さ → スペクトル
2.3
2.3.1
境界条件とモード
両端固定の弦を伝わる波
弦の長さを L とする。z = 0, L で固定すると、
• z = 0 において φ = 0
• z = L において φ = 0
z = 0 において φ = F (z − ct) + G(z + ct) = 0 → G = −F (−z − ct) なら OK → G は F の反対称関数
→ φ(z − ct) = F (z − ct) − F (−z − ct)
従って、 φ = fk ei(kz−ωt) − fk ei(−kz−ωt)
φ = fk (eik − e−ikz )e−iωt = −2ifk e−iωt sin kz
z = L において φ = 0 → kL = nπ (n は整数)
2L
nc
k = nπ
L , λ = n , ν = 2L
n: 振動モード
基本波 : n = 1 → 周波数は基本波の整数倍…高調波(ハーモニクス)
(2.13)
Chapter 3
電磁放射
電磁波の放射機構について考察する。結論から言うと、電荷が加速度を持つときに電磁波が放射さ
れる。電荷が時間的に変化しない静電場では、電場の強さは距離 r のマイナス 2 乗で弱くなるので、
エネルギー密度は r−4 に比例し、遠方では非常に弱くなる。速度を持つ場合でも、相対性原理によ
り静止しているのと見分けがつかないので、エネルギー密度は r−4 に比例し、遠方では非常に弱く
なる。相対速度を持つとローレンツ収縮によって電荷密度・電流密度の大きさが変わるが、速度が時
間変化しないと電荷密度・電流密度の大きさも時間変化せず、静電場にしかならないからだ。しかし
加速度がある場合は、ローレンツ収縮による電荷密度・電流密度の変化分が時間とともに変化する。
電荷が時間変化すると、Retarded Potential (遅延ポテンシャル)の影響で r−1 に比例する放射電
場が生じ、エネルギー密度は r−2 に比例して遠方まで到達する。
3.1
3.1.1
Retarded Potential
静電場のおさらい
静止した点電荷 q がつくるポテンシャル φ と電場 E
φ(r, t) =
E(r, t)
1 q
4π 0 r
= −∇φ =
1 q
er
4π 0 r2
(3.1)
er : r 方向の単位ベクトル
電場の大きさ |E| ∝ r−2 → エネルギー密度は |E|2 に比例するので、距離 r の −4 乗に比例して小さく
なる→遠方では非常に弱い。
r−1 に比例する電場はあるか?
3.1.2
時間変動する電荷
原点にある電荷 q が時間変動するとき…距離 r の場所では、変動が r/c だけ遅れて伝わる。
13
14
Chapter 3. 電磁放射
1 q(t − r/c)
4π 0
r
1
q(t − r/c)
E(r, t) = −∇φ = −
∇
4π 0
r
(
)
er
1 ∂q(t − r/c) q(t − r/c)
= −
−
4π 0 r
∂r
r2
(
)
1 ∂(t − r/c) ∂q(t − r/c) q(t − r/c)
er
−
+
=
4π 0
r
∂r
∂(t − r/c)
r2
(
)
er
q(t − r/c)
q˙
=
+
4π 0 cr
r2
φ(r, t) =
(3.2)
q˙ の項…電場の大きさ |E| が r−1 に比例する。十分遠方では
E(r, t) =
er q˙
4π 0 cr
(3.3)
q の時間変動が遠方まで届く→電磁放射
定性的な理解
時刻 t0 まではポテンシャル φ = 4π1 0 rq → 時
刻 t0 から t0 + ∆t の間に電荷は q から q + ∆q に
増え、ポテンシャルは φ + ∆φ に増えたとする。
r = ct0 と r = c(t0 − ∆t) との間での電場は、
ポテンシャルの傾き − ∆φ
∆r なので、
E=−
3.2
∆φ
∆q 1
1 ∆q
=
=
∆r
4π 0 c∆t
4π 0 cr ∆t
運動する電荷からの放射
電荷 q の値は変化せず、電荷の位置 r 0 が変化する (つまり電荷が運動している) 場合を考える。電荷分布 ρ
と電流密度分布 j は、下記のようになる。
ρ(r, t) = qδ(r − r 0 )
j(r, t) = qu0 δ(r − r 0 )
(3.4)
u0 = r˙0 : 速度ベクトル
3.2.1
Dirac のデルタ関数 δ(x) の性質
1. 局在化 (localized) : x = 0 でのみ値がノンゼロ。
{
0 (x = 0)
δ(x) =
∞ (x = 0)
(3.5)
15
3.2. 運動する電荷からの放射
2. 正規化 (normalized) : 積分値が 1。
∫
∞
δ(x)dx = 1
(3.6)
x=−∞
3. 関数のサンプリング (sampling) : δ(x − x0 ) とのたたみこみは、x0 における関数値をサンプルする。
∫ ∞
f (x)δ(x − x0 )dx = f (x0 )
(3.7)
x=−∞
4. 伝達関数 (transfer function) : δ(g(x)) とのたたみこみは、g(x) のゼロ点における関数値を、伝達感
度
dg
dx
分だけ補正したもの。
∫
∞
f (x)δ(g(x))dx =
x=−∞
3.2.2
f (x)
dg(x)/dx
(3.8)
g(x)=0
Lienard–Wiechert Potential
時空 (r, t) = (x, y, z, t) におけるポテンシャルは、周囲の電荷分布 ρ(r , t ) から伝播時間だけ遅れて到達す
る作用の総和である。
簡単のため y = z = 0 として、時空を x, t だけ
で表す。時空 (x, t) におけるポテンシャル φ(x, t)
は、電荷が (x0 , t0 ) にあるときの作用が波及す
るものとする。このとき、伝播時間 t − t0 と位
置との間には、t − t0 = |x − x0 |/c という関係
が成り立つ(これが満たされる時空の電荷だけ
が、φ(x, t) に寄与する。
時空 (x, t) におけるポテンシャルに寄与するの
は、時空 (x , t ) 付近の微小な時空領域 dx dt に
含まれる微小な電荷 ρ(x , t ) を積分したもので
ある。ただし x と t は独立ではなく、c(t−t ) =
|x − x | という関係を満たさなくてはならない。
従って、この微小領域における電荷によって時
空 (x, t) につくられる微小なポテンシャルは、
dφ(x, t) =
|
ρ(x , t )δ(t − t + |x−x
)
c
dx dt (3.9)
4π 0 |x − x |
と表される。
スカラーポテンシャル φ(r, t)
上図の考察を空間を 3 次元に拡張する。Prime ( ) 付の変数 r , t は、時空の積分によって消える作業変数
である。
φ(r, t) =
=
1
4π 0
q
4π
0
∫ ∫
r
∫
t
t
ρ(r , t )
|r − r |
δ(t − t +
) dt dV
|r − r (t )|
c
δ(t − t + |r−rc0 (t )| )
dt
|r − r 0 (t )|
(3.10)
式 3.10 の計算は、点電荷であることから、電荷の空間分布が δ 関数により ρ(r , t ) = qδ(r − r 0 (t ), t ) と
書き表せることを使って、まず空間の積分を先に行なった。ここで r 0 (t ) は点電荷の軌跡である。
16
Chapter 3. 電磁放射
R(t ) = r − r 0 (t ), R(t ) = |R(t )| とおくと、
∫
q
R(t )
φ(r, t) =
R−1 (t )δ(t − t +
)dt
4π 0 t
c
q
dt
4π 0 R(t0 ) d(t − t +
=
(3.11)
R
c ) t =t0
ここで t0 は、t − t = R(t )/c を満たす t の解である。式 3.11 の展開には、δ 関数の性質 (式 3.8) を用いた。
式 3.11 の第 1 項
し、第 2 項
q
4π
dt0
d(t0 −t+ R
c )
0 R(t0 )
は電荷 q によるポテンシャルが距離 R(t0 ) の逆数に比例するという性質を表
は作用の時間圧縮効果を表している。この第 2 項を展開してみよう。
d(t − t +
dt
R
c)
=
1+
t =t0
=
1−
1 dR(t )
c dt
=1−
t =t0
1 R(t )
· cβ(t )
c R(t )
1
dr 0
∇ R(t ) ·
c
dt
=
t =t0
t =t0
R(t ) − β(t ) · R(t )
R(t )
(3.12)
t =t0
なので1 2 、
φ(r, t) =
q
4π
1
R(t
)
−
β(t
0
0
0 ) · R(t0 )
(3.13)
が得られる。
ベクトルポテンシャル A(r, t)
ベクトルポテンシャル A の導出はスカラーポテンシャルとほぼ同様。 0 µ0 =
1
c2
を使えば、
∫ ∫
A(r, t)
=
=
µ0
j(r , t )
r−r
δ(t − t +
) dt dV
4π r t |r − r (t )|
c
q
β(t0 )
β(t0 )
=
φ(r, t)
4π 0 c R(t0 ) − β(t0 ) · R(t0 )
c
(3.14)
と、スカラーポテンシャル φ とほぼ同様に表される。
式 3.13 および 3.14 の解釈:
φ(r, t) =
q
4π
0
1
1
·
R(t0 ) 1 − β(t0 ) · n(t0 )
(3.15)
と書ける。n(t0 ) = R(t0 )/R(t0 ) は、r から荷電粒子の方向を向いた単位ベクトル。つまり 1/(1−β(t0 )·n(t0 ))
は Lorentz 収縮によって電荷・電流密度が変化する、という効果を現している。
3.2.3
放射電場と放射磁場
電場 E と磁場 B は、スカラーポテンシャルおよびベクトルポテンシャルから求める。
E = −∇φ −
1 dR(t ) = dR(t ) · dR(t ) = ∇ R(t ) · d(r−r 0 (t )) =
dt
dR(t )
dt
dt
2 β = u 0 = r˙ 0 は光速 c で正規化した荷電粒子の速度
c
c
∂A
, B = −∇ × A
∂t
∇ R(t ) · (−
r 0 (t )
)
dt
(3.16)
R(t )
)
= − R(t
· cβ0
17
3.2. 運動する電荷からの放射
式 3.16 の計算は難しいので、結果だけを示す。
]
[
[
]
q
(R − Rβ)(1 − β 2 )
q
(R · a)(R − Rβ)
E =
+
−
Ra
4π 0
K3
4π 0 c2 K 2
K
[
]
[
]
2
q
(β × R)(1 − β )
q
(R · a)(β × R)
n(t0 )
B =
+
−
R
×
a
=
×E
4π 0 c
K3
4π 0 c3 K 2
K
c
(3.17)
(3.18)
ここで、K = R(t0 ) − β(t0 ) · R(t0 ) である。また a = u˙0 = cβ˙ は電荷の加速度である。
式 3.17 の速度に依存する項
Ev =
q
4π
[
0
(R − Rβ)(1 − β 2 )
K3
]
(3.19)
は、R−2 に比例するので、遠方では小さく無視できる。
式 3.17 の加速度に依存する項
[
]
q
(R · a)(R − Rβ)
Ea =
− Ra
4π 0 c2 K 2
K
(3.20)
は R−1 に比例するので、遠方ではこの項だけが残る → 放射電場
放射電場は、電荷の加速度項がつくる
速度が光速 c に比べて小さいとき … β 2 を無視。遠方では K → r,
Ev
=
Ea
=
q
(er − β)
4π 0 r2
q
[er × (er × a) − (er · a)β]
4π 0 c2 r
R
K
→ er
q
er × (er × a)
4π 0 c2 r
(3.21)
放射電場 E a の向き … r に垂直な面内, a に重なって見える。
放射電場 E a の大きさ … a sin θ/4π 0 c2 r :θ は a と r のなす角。
Figure 3.1: 電荷の加速度ベクトル a を、視線方向に垂直な面に投影したのが a⊥ 。放射電場 E a はこの a⊥
の方向。放射磁場 B a はこの面内で E a に垂直な方向。
Chapter 4
双極子放射
電荷の加速度運動が電磁波放射の原因である、という放射電場の理論を前章で示した。多くの物質で
は正負両電荷の量はほぼバランスしていて、全体として中性になっていることが多い。そのような場
合でも、電気双極子モーメントが時間変化することによって電荷の加速度運動が起こり、電磁波を放
射することができる。この双極子放射は電磁波の基本的な放射機構であり、アンテナからの電波放射
も、太陽からの熱放射も、原子のスペクトル放射 (四重極放射もあるが)も双極子放射である。本章
では、双極子放射の基本的な機構を示し、その放射電力, 放射パターン(指向性), スペクトルにつ
いて考察する。
4.1
放射電場のおさらい
放射電場は、電荷の加速度項がつくる
電荷の速度が光速 c に比べて小さいとき、十分遠方における電場 E a と磁場 B a は以下に表された。
Ea
=
Ba
=
放射電場 E a の大きさ …
放射磁場 B a の大きさ …
4.2
4.2.1
q
er × (er × a)
4π 0 c2 r
q
qµ0
1
er × E a =
a × er =
a × er
c
4π 0 c3 r
4πcr
qa sin θ
4π 0 c2 r :θ
qaµ0 sin θ
4πcr
(4.1)
は a と r のなす角。
放射の電力
Poynting vector
Poynting ベクトル S は E × H で与えられるので、
S
1
1
Ba = Ea × (
er × E a )
µ0
µ0 c
( qa )2
q 2 a2 sin2 θ 1
e
=
Z0 sin2 θ er
r
(4π)2 0 c3 r2
4π c r
= Ea × H = Ea ×
=
となる。ここで、Z0 は真空中のインピーダンス Z0 =
19
√
µ0 /
0
=
1
0 µ0
377 Ωである。
(4.2)
20
Chapter 4. 双極子放射
Figure 4.1: 電荷の加速度ベクトル a と観測者の方向とのなす角を θ とする。観測者の距離 R0 における単
位面積を dA とおくと、電荷から見てその単位面積を見込む立体角 dΩ は dΩ = dA/R02 である。
4.2.2
放射電力
Poynting ベクトルは電磁波のエネルギーの流れを表す量 [J s−1 m−2 ] で、Poynting ベクトルの向きがエネ
ルギーの流れる向きを、Poynting ベクトルの大きさが単位面積を単位時間に通過するエネルギーを表して
いる。
単位面積 dA を通過する放射のパワーは、|S| dA である。電荷から遠方の距離 R0 における単位面積 dA
を見込む立体角 dΩ は、dΩ = dA/R02 なので、電荷から見て角度 θ 方向に放射される単位立体角当たりの放
射電力 P (θ) dΩ は
|S| dA = |S|R02 dΩ
( qa )2
=
Z0 sin2 θ dΩ
4π c
P (θ) dΩ =
(4.3)
全立体角に放射される電力 P は、P (θ) dΩ を全方向で積分すればよい。dΩ = sin θ dθ dφ を使えば、
∫
P
=
∫
Ω
2 2
=
=
4.3
π
∫
2π
P (θ) dΩ =
q a Z0
8πc2
2 2
q a Z0
6πc2
∫
P (θ) sin θ dθ dφ
θ=0
φ=0
π
sin3 θ dθ
θ=0
(4.4)
双極子放射
電荷分布している放射体を考える。放射体の大きさに比べて十分遠方の R0
|r| においては、放射体内の
どの電荷までの距離も R0 で同じとみなしてよい。また、放射体全体の運動は無視し、放射体内の電荷分布
21
4.3. 双極子放射
Figure 4.2: 電荷の加速度ベクトル a を、視線方向に垂直な面に投影したのが a⊥ 。放射電場 E a はこの a⊥
の方向。放射磁場 B a はこの面内で E a に垂直な方向。
の変化だけを考慮する。j 番目の電荷 qj が位置 r j にあるとすると、放射電場は
E
=
∑
j
=
=
Ej =
∑
1
qj er × (er × aj )
2
4π 0 c R0 j
∑
1
d2
rj )
q
e
×
(e
×
j
r
r
4π 0 c2 R0 j
dt2


2 ∑
1
d
1
¨
er × er × 2
dj  =
er × (er × d)
4π 0 c2 R0
dt j
4π 0 c2 R0
(4.5)
となる。ここで、
d=
∑
qj r j
(4.6)
j
は電気双極子モーメントである。放射電場は、放射体の電気双極子モーメントの時間二階微分 がつくる、と
いうことが分かる。
4.3.1
双極子放射の放射パターン
¨ を含む平面での断面図。
Figure 4.3: 双極子放射の放射パターン。(左) : 双極子モーメントの時間二階微分 d
(右): 三次元の鳥瞰図
22
Chapter 4. 双極子放射
放射磁場とポインティングベクトルはそれぞれ、
B
=
S
=
1
¨ × eR
d
0
4π 0 c3 R0
1
¨ 2 sin2 θeR
|d|
0
(4πR0 )2 0 c3
放射パワー P (θ) は式 4.8 のようになる。図 4.3 に双極子放射の放射パターンを示す。
(
)2
¨ 2 sin2 θ
¨ sin θ
|d|
|d|
P (θ) =
=
Z0
(4π)2 0 c3
4πc
4.3.2
(4.8)
双極子放射の全放射電力
式 4.8 を全立体角で積分すると、式 4.9 のようになる。
∫ π ∫ 2π
P =
P (θ) sin θ dθ dφ =
θ=0
4.4
(4.7)
φ=0
¨2
¨ 2 Z0
|d|
|d|
=
3
6π 0 c
6πc2
(4.9)
双極子放射とスペクトル
放射スペクトル
電気双極子モーメント d が、角周波数 ω で振動する場合を考える。
d(t) = d0 cos ωt
(4.10)
このような状況は、ダイポールアンテナからの放射や、電気双極子モーメントを持つ分子の振動や回転
¨ = −ω 2 d(t) なので、式 4.8 を用いて
遷移などで実現される。このとき放射電力は、d(t)
(
P (θ) =
ω 2 |d(t)| sin θ
4πc
)2
Z0
(4.11)
∫ ∞
1
d(t)eiωt dt
2π t=−∞
∫ ∞
−iωt
ˆ
=
d(ω)e
dω
(4.12)
ˆ
より一般的に、d(t) のスペクトル d(ω)
を
ˆ
d(ω)
d(t)
=
ω=−∞
とフーリエ変換の関係で表せば、放射電力のスペクトルは
)2
(
∫ ∞
sin θ
2 −iωt
ˆ
P (θ) =
Z0
ω 4 |d(ω)|
e
dω
4πc
ω=−∞
このことから、単位角周波数 ω あたりの放射電力 Pω (θ) は、
)2
(
ˆ
ω 2 |d(ω)|
sin θ
Z0
Pω (θ) =
4πc
(4.13)
(4.14)
全立体角の放射は
Pω =
2
ˆ
ω 4 |d(ω)|
Z0
6πc2
(4.15)
Chapter 5
放射電場のベクトル表記
電荷の加速度運動が電磁波放射の原因である、という放射電場の理論を前章で示した。多くの物質で
は正負両電荷の量はほぼバランスしていて、全体として中性になっていることが多い。そのような場
合でも、電気双極子モーメントが時間変化することによって電荷の加速度運動が起こり、電磁波を放
射することができる。この双極子放射は電磁波の基本的な放射機構であり、アンテナからの電波放射
も、太陽からの熱放射も、原子のスペクトル放射 (四重極放射もあるが)も双極子放射である。本章
では、双極子放射の基本的な機構を示し、その放射電力, 放射パターン(指向性), スペクトルにつ
いて考察する。
5.1
双極子放射の電場(おさらい)
電気双極子モーメント
d=
∑
qj r j
(5.1)
j
がつくる放射電場は E =
1
4π
2
0c r
¨ である。放射電場は、放射体の電気双極子モーメントの時間二階微分 が
d
つくる。
電気双極子の例として、ダイポールアン
テナが挙げられる。
電気双極子モーメント d が角周波数 ω で
振動する場合
d(t) = d0 ei(ωt−kr)
¨ = −ω 2 d(t) なので、
を考えると、d(t)
図 : ダイポールアンテナからの放射
E=−
(5.2)
ω2
d0 ei(ωt−kr) = ad0 ei(ωt−kr)
4π 0 c2 r
(5.3)
である。電場の方向は明らかなので大きさだけについて論じると
E=
と書ける。振幅を a =
ω 2 d0
4π 0 c2 r
ω 2 d0 i(ωt−kr)
e
= aei(ωt−kr)
4π 0 c2 r
とおいた。
23
(5.4)
24
Chapter 5. 放射電場のベクトル表記
5.2
複数の双極子放射の電場の重ね合わせ
角周波数 ω で振動する二つの双極子がほとんど
同じ場所に存在し、振幅 a1 , a2 , 位相 φ1 , φ2 を
持つとき、r だけ離れた場所にできる放射電場
はそれぞれの双極子がつくる放射電場 E1 , E2
の重ね合わせである。
二つの電気双極子からの放射電場の重ね合わせ
E
=
=
E1 + E2 = a1 ei(ωt−kr+φ1 ) + a2 ei(ωt−kr+φ2 )
( iφ1
)
a1 e + a2 eiφ2 ei(ωt−kr)
(5.5)
電気双極子が 3 個以上ある場合も同様に考える。N 個の振幅が a1 , a2 , . . . , aj , . . . , aN 、位相が φ1 , φ2 , . . . , φj , . . . , φN
だったとき、放射電場は全ての電場の合成で、
E
=
N
∑
Ej =
j=1
N
∑
aj eiφj ei(ωt−krj )
(5.6)
j=1
電気双極子が連続的に分布している場合は、「和」を積分にすればよい。位置 r における放射電場は、
r = |r| として、
∫∫∫
E(r)
ρ(r )eiφ(r ) ei(ωt−kr) d3 r
=
(5.7)
V
重ね合わせの原理 は、放射電場についても成りたつ。
5.3
放射電場のベクトル表記
放射電場の係数 aj eiφj は振幅と位相を持つ複素数である。複素数は複素平面上でのベクトルとして表すこ
とができるので、放射電場の重ね合わせは複素平面上でのベクトル合成として扱うことができる。
Figure 5.1: 放射電場のベクトル表記と重ね合わせ
Chapter 6
干渉
干渉は、ベクトル量で表される波が重なりあうときに、強めあったり弱めあったりする現象である。
本章では干渉についての基本原理を学ぶ。前章で見たように、放射電場が振幅と位相をもつ複素数
で表される、ベクトルで表記できる。放射体が複数存在する場合、観測される放射電場は、個々の
放射体による放射電場のベクトル的な和となる(重ね合わせの原理)。このため、位相が揃っていれ
ば和の振幅は大きくなるし、位相が合わないと振幅は小さくなる。位相の揃いかた(コヒーレンス)
によって干渉の度合いは記述できる。コヒーレンスは、放射体の位相や空間分布によってさまざまな
パターンを生じ、目に見える現象として現われる。干渉を理解するのに役立つ現象についても考えて
みよう。
6.1
放射電場の重ね合わせ
二つの放射電場 a1 eiφ1 と a2 eiφ2 の重ね合わせは a = a1 eiφ1 + a2 eiφ2 である。放射電力 P は電場 E の二乗
|E|2 に比例するので、|a|2 に比例する。二つの放射電場の重ね合わせの結果、放射電力は
|a|2
= aa∗ = (a1 eiφ1 + a2 eiφ2 ) · (a1 eiφ1 + a2 eiφ2 )∗
=
(a1 eiφ1 + a2 eiφ2 ) · (a1 e−iφ1 + a2 e−iφ2 )
= |a1 |2 + |a2 |2 + |a1 ||a2 |ei(φ1 −φ2 ) + e−i(φ1 −φ2 )
= |a1 |2 + |a2 |2 + 2|a1 ||a2 | cos(φ1 − φ2 )
(6.1)
に比例する。
φ1 − φ2 = 0 のとき… |a|2 = |a1 |2 + |a2 |2 + 2|a1 ||a2 | 同位相 → 強め合う
φ1 − φ2 = π のとき… |a|2 = |a1 |2 + |a2 |2 − 2|a1 ||a2 | 逆位相 → 弱め合う
位相差によって強めあったり弱めあったり…「干渉」
6.2
干渉パターン
角周波数 ω で振動する N 個の放射体(電気双極子など)があって、j 番目の放射体の放射電場を Ej =
aj ei(ωt−krj ) とする。aj は j 番目の放射体の振幅、rj は、j 番目の放射体から観測点までの距離である。放
射電場の合計 E は、
E=
N
∑
Ej = eiωt
j=1
N
∑
j=1
25
aj eiφj
(6.2)
26
Chapter 6. 干渉
ただし、φj = −krj = −
2πrj
λ
である。
Figure 6.1: 2 個の放射体
図 6.1 のように、2 個の放射体が間隔 d だけ離れているのを、角度 θ 方向の十分遠方にいる観測者が観
測しているとする。位相 φ は
φ1
φ2
2πr1
λ
2πr2
2π(r1 + d sin θ)
2πd sin θ
= −
=−
= φ1 −
λ
λ
λ
= −
(6.3)
となる。振幅がどちらもおなじ a だとすると、電場の結合は
)
(
(
)
2πd sin θ
E = aeiωt eiφ1 + eiφ2 = aeiωt−φ1 1 + e−i λ
(6.4)
となる。放射電力は |E|2 = EE ∗ に比例するから、
2πd sin θ
1
P (θ) =
1 + e−i λ
4
2
=
1 + cos
( 2πd sin θ )
λ
2
(
= cos
2
πd sin θ
λ
)
(6.5)
となる。放射電力が方向に依存するのが干渉である。放射電力の方向依存性 P (θ) を干渉パターンという。
等間隔 d で並んだ n 個の放射体の場合、j 番目の放射体の位相は φj = −2πjd sin θ/λ とおけるので(0
番目の放射体の位相を基準とする)、電場の結合は
E(θ) = eiωt
∑
j
と表せる。
aj eiφj = eiωt
∑
j
aj e−i
2πjd sin θ
λ
(6.6)
27
6.2. 干渉パターン
Figure 6.2: さまざまな間隔によってできる干渉パターン
干渉パターンは、
∑
2πjd sin θ
1
P (θ) = ∑
aj e−i λ
2
j |aj |
j
2
(6.7)
となる。角度 θ 方向で放射電場が強め合う条件は
d sin θ = nλ
(6.8)
のときで、この条件で干渉パターンが強くなる。
Figure 6.3: (左): N 個の放射体からの放射。(右): N 個の放射体がつくる干渉パターン。横軸が角度 θ で、
縦軸が放射パワー P (θ) である。この図では N = 8 にとってある。また、8 個の放射体の振幅はすべて同一
としている。
より一般的に、等間隔でない場合を考える。位置 xj にある放射体が振幅 aj で放射している場合、角度
θ 方向での位相は φj = −2πxj sin θ/λ であるから、結合した放射電場の角度依存性は
E(θ) = eiωt
∑
j
aj eiφj = eiωt
∑
j
aj e−i
2πxj sin θ
λ
(6.9)
28
Chapter 6. 干渉
と表せる。
方向余弦 l = sin θ とおく。放射電場の角度依存性は、xj /λ = uj とおくと
∑
E(l) = eiωt
aj e−i2πuj l
(6.10)
j
さらに、放射体が離散的でなく連続的な場合、位置 x における振幅を a(u) をおくと (u = x/λ, du = dx/λ)、
∫
du
iωt
a(u)e−i2πul
(6.11)
E(l) = e
λ
u
である。つまり、E(l) は a(u) のフーリエ変換 (l ↔ u) で与えられる。
放射体の振幅分布 a(u) と放射電場の角度依存性 E(l) との対応を、いくつかの例で具体的に見てみよう。
【例1】 矩形の振幅分布
{
a(u) =
1 (|u| ≤
0 (|u| >
D
2)
D
2)
このときの放射電場の角度依存性は以下の計算のように、 Sinc 関数 (E(l) =
れる。
∫
a(u)e−i2πul
E(l) =
u
=
du
=
λ
∫
D/2λ
e−i2πul
u=−D/2λ
(6.12)
D sin(πlD/λ)
λ
πlD/λ )
で表さ
[ −i2πul ]D/2λ
du
1
=
e
u=−D/2λ
λ
−i2πlλ
[
]
1
D sin(πlD/λ)
1
e−iπDl/λ − eiπDl/λ =
· 2i(sin πDl/λ) =
−i2πlλ
−2πlλ
λ πlD/λ
(6.13)
【例2】 ガウシアンの振幅分布
a(u) が標準偏差 σ 正規分布に従うとき
[
]
1
u2
a(u) = √ exp − 2
2σ
σ 2π
(6.14)
2 2
2
このときの放射電場の角度依存性は以下の計算のように、 ガウシアン (E(l) = exp(− π l2 σ ) で表さ
れる。
∫
∫ ∞
u2
1
E(l) =
a(u)e−i2πul du = √
e−i2πul e− 2σ2 du
σ 2π u=−∞
u
[ 2
]
[
]
∫ ∞
∫ ∞
1
u + i2πulσ 2
(u + iπlσ 2 )2 + π 2 l2 σ 4
1
√
√
=
exp −
exp
−
du
=
du
2σ 2
2σ 2
σ 2π u=−∞
σ 2π u=−∞
[
]
(
)
∫ ∞
π 2 l2 σ 2
u 2
π 2 l2 σ 2
1
√
exp − 2 du = exp −
(6.15)
= e− 2
2σ
2
σ 2π u =−∞
式の展開の途中で、u = u + iπlσ 2 とおいた。
空間周波数
u = x/λ で定義した u のことを 空間周波数 (spatial frequency) 。この量の意味を考えてみよう。私たちが
よく知っている周波数 ν は単位時間あたりの(電圧などの)振動回数である。波の位相は 1 回振動する毎
に 2π だけ増加するので、φ = φ0 + 2πν(t − t0 ) である。周波数は位相を時間微分した量に比例する。
ν=
1 ∂φ
2π ∂t
(6.16)
29
6.3. 放射体の振幅・位相と干渉パターン
一方、放射パターンの式 6.11 から分かように、u は位相 φ = 2πul を方向余弦 l で微分した量に比例する。
1 ∂φ
(6.17)
2π ∂l
つまり u は、方向余弦あたりの放射パターンの振動回数を表している。これが、u を空間周波数と呼ぶ理由
である。対して式 6.16 で表される周波数はさしずめ「時間周波数」だろう。空間周波数は位置 x を波長 λ
u=
単位で表した無次元量である。
時間周波数が高いとわずかな時間差で位相が大きく変化するのと同様に、空間周波数が大きいとわずか
な方向の位置の違いでも大きな放射パターンの変化として観測される。つまり、空間周波数は分解能と密接
な関係にある。
6.3
放射体の振幅・位相と干渉パターン
図 6.3(左) に示すような N 個の放射体がつくる干渉パターンは 6.9 で表され、特に、全ての放射体が同じ振
幅で同位相 (aj = a で一定) の場合の干渉パターンは図 6.3(右) のように表された。
振幅・位相が放射体ごとに異なっている場合は、放射体ごとの振幅 aj を複素数 aj = aj eiφj で表すこと
ができる。φj が j 番目の放射体の位相である。このときの放射電波の角度依存性は
[ (
)]
∑
∑
2πxj sin θ
2πxj sin θ
aj e−i λ
aj exp i φj −
E(θ) = eiωt
= eiωt
λ
j
(6.18)
j
となる。方向余弦 l = sin θ および uj = xj /λ を用いて簡素化すると、
∑
E(l) = eiωt
aj exp [i(φj − 2πuj l)]
(6.19)
j
となる。
6.3.1
Phased Array
各放射体の位相をうまく調整して、φj = 2πuj l0 と位置に比例するような位相を与えたときの放射電場の角
度依存性は E (l) は
E (l) = eiωt
∑
aj exp [i(2πuj l0 − 2πuj l)] = E(l − l0 )
(6.20)
j
と、位相がゼロだったときの放射電場 E(l) の方向を全体に l0 だけシフトさせたものになる。
この原理を利用し、位相を制御して放射パターンを変えることができるアンテナを Phased Array (フェ
イズドアレイ) という。電気的に各放射体の位相を制御することは容易で、高速に位相を変えることもでき
るので、アンテナ全体を動かすより簡単かつ高速に放射パターンを変えてスキャンできる。Phase Array は
レーダーなど放射の方向を素早く変える必要があるアンテナに応用されている。
6.3.2
連続的な放射体の放射パターン
連続的な放射体の放射電場は (式 6.11) において、位置 x = uλ における振幅が位相項も持つ複素数 a(u) =
a(u)eiφ(u) の場合には、放射パターンは
∫
a(u)e−i2πul du
iωt
E(l) = e
(6.21)
u
となる。複素振幅の位置分布 a(u) と放射電場 E(l) とは、やはり u ↔ l の複素フーリエ変換の関係にある。
30
Chapter 6. 干渉
6.4
コヒーレンス(可干渉性)
放射電場の角度依存性は式 6.21 で表され、その取り得る最大値は放射体の位相が一定値に揃っているとき、
すなわち a(u) = a(u)eiφ のときに、l = 0 方向で
∫
Emax =
a(u)du
(6.22)
u
である。放射体の位相が一定に揃っていないと、放射電場の値は Emax に比べて小さくなる。Emax に対し
て放射電場の大きさがどれだけになっているか、という指標をコヒーレンス (coherence) という。
∫
coh =
u
a(u)e−i2πul du
∫
a(u)du
u
(6.23)
コヒーレンスは、放射体の位相がどれだけ揃っているか、という指標でもある。コヒーレンスの最大値
は 1 で、位相が完全に揃っている場合である。 最小値は 0 である。
6.4.1
直線的な位相傾斜を持つ放射体のコヒーレンス
放射体の位相が、φ(x) = 2π lλ0 x と位置に比例して増える、という状況では、式 6.20 で見たように E (l) =
E(l − l0 ) と、放射電場 E(l) の方向を全体に l0 だけシフトさせたものになる。したがって放射電場の最大
値は l = l0 方向で得られ、最大値は低下せず、コヒーレンスは 1 に保たれる。
直線的な位相傾斜を持つ放射体の例
• 斜めに傾けた平面鏡
• くさび形のガラス(プリズム)
Figure 6.4: 斜めに傾けた平面鏡に入射する電磁波 (右) と、くさび形のガラスに入射する電磁波 (右)
31
6.4. コヒーレンス(可干渉性)
Figure 6.5: コヒーレンスの概念。放射電場は放射体の複素振幅をベクトル的に足し合わせた Σaj の大きさ
を持つ。もし位相が全て揃っていたら、放射電場は放射体の複素振幅の絶対値を足し合わせた Σ|aj | の大
きさを持つ。この比がコヒーレンスである。ベクトル的な足し合わせのことを「コヒーレント積分」、スカ
ラー的な絶対値の足し合わせのことを「インコヒーレント積分」ともいう。
6.4.2
ランダムな位相分布を持つ放射体のコヒーレンス
放射体の位相が場所ごとにランダムな場合、コヒーレンスは低下する。ランダムな位相分布を与える例と
して、ザラザラのガラスや凸凹の鏡などを挙げることができる。
放射体の複素振幅 a(u) = a(u)eiφ 位相 φ の確率密度分布が、標準偏差 σ, 平均値 0 の正規分布に従うと
仮定して、コヒーレンスを計算してみよう。位相が φ をとる確率密度分布 p(φ) は、正規分布の式
)
(
1
φ2
p(φ) = √ exp − 2
2σ
σ 2π
(6.24)
で表される。
このとき l = 0 方向のコヒーレンスを求めると、
coh =
=
∫
∫∞
∫
a(u) φ=−∞ eiφ p(φ)dφ du
a(u)du
u
u
∫
∫
=
a(u)du
a(u)du
u
u
(
)
(
)
∫ ∞
2
1
φ
σ2
iφ
√
e exp − 2 dφ = exp −
2σ
2
σ 2π φ=−∞
(6.25)
で与えられる。
反射鏡の凸凹の標準偏差が σmirror のとき、光路長の標準偏差はその 2 倍の 2σmirror であり、波長 λ の電磁
波に対する位相の標準偏差は
) σ = 4πσmirror /λ である。したがって、このような鏡で反射した電磁波のコヒー
[ (
(
2
) ]
8π 2 σmirror
4πσmirror 2
である。電磁波のパワーは電場の
2
乗に比例するので、
exp
−
で
レンスは exp −
λ2
λ
反射率は低下する。σmirror が λ/10 のときに反射率はわずか 20.6%, λ/20 なら 67.4%, λ/40 でやっと 90%と
なる。
Chapter 7
回折
本章では回折について学ぶ。回折は、波が開口面を通過する際に進行方向が広がる現象である。直進
していた波も回折によって物体の影に回り込むため、直接見えない場所にも音や電波などの波が伝わ
り、建物の影などでも声が届いたり携帯電話が通じたりする。
回折の原理は、干渉から派生して理解できる。前章の「干渉」で見たように、干渉パターンは放射
電場の空間分布のフーリエ変換によって決まる。開口面に平面波が到達すると、開口面上に位相の
揃った放射体が並んでいるのと同じ作用をするので、回折パターンは干渉パターンと同じである。し
たがって、開口面が大きく波長が短いほど(つまり空間周波数が高いほど)、回折パターンは絞られ
る。逆に開口面を狭く絞ると回折パターンは広がる。
7.1
開口面上での電場分布と放射パターン
Figure 7.1: (左) 開口面での回折。(右) 開口面の回折による電場のパターンは Sinc 関数になる。波のパワー
(回折パターン)は Sinc2 になる。
角周波数 ω の平面波が 1 次元の開口面を通過する。この開口面の放射パターンを考える。−z 方向から
到来した平面波が、x 軸乗で ±D/2 の範囲に空いた開口面を通過する。平面波なので開口面は位相の揃っ
た波面である。
開口面上 x の位置にある微小線素 dx の領域からの放射は、振幅が dx に比例し、位相が原点に対し
て φ(x) = −kx sin θ となる。この微小線素が θ 方向に作る放射電場 dE は、平面波の振幅を a として、
dE = aeiωt eφ(x) dx である。開口面前面にわたって放射電場を積分すると、方向余弦 l = sin θ 方向への放射
33
34
Chapter 7. 回折
電場パターン E(l) が求まる。φ(x) = kx sin θ = 2πlx/λ = 2πul と空間周波数 u = x/λ を用いて簡素化し、
式 6.13 を参考にして積分すると、
∫
E(l)
ae−i2πul du = a
=
u
sin(πul)
πul
(7.1)
となる。開口面を通過した波のパワー P (l) は電場の 2 乗に比例し、P ∝ EE ∗ である。パターンだけを問
題にするときは最大値で規格化してよい。上記の有限の開口面によるパターンは式 7.2 のようになる。
E(l)E ∗ (l)
P (l) =
=
E(l = 0)E ∗ (l = 0)
(
sin πul
πul
)2
(7.2)
これは、以下の2つの性質を示している。
• 有限の開口面を通過すると、平面波の進行方向が広がりを持つようになる。
• 広がりの幅は、開口面の大きさに逆比例する。
このように、開口面を制限すると波の進行方向が広がる現象が回折である。回折は干渉と密接な関係を
持つことが、上記の例から分る。
開口面を通過する波のパワー P (l) を、回折パターンという。干渉パターンが放射体の振幅分布とフーリ
エ変換の関係にあるのと同様に、回折パターンは開口面とフーリエ変換の関係にある。
7.2
7.2.1
回折パターンの例
二重スリット
1
0.75
0.5
0.25
-10
-7.5
-5
-2.5
0
2.5
5
7.5
10
-0.25
-0.5
-0.75
-1
Figure 7.2: (左): 二重スリットによる回折。(右): 二重スリットの回折による放射電場パターン。ここでは
d = λ, D = 10λ としている。
図 7.2 のように、幅 d の小さな開口面が間隔 D を空けて 2 つあるような二重スリットの作る回折パター
ンを求めてみよう。x =
D
2
±
d
2
および x = − D
2 ±
d
2
の範囲だけで放射を積分すればよいので、放射電場の
35
7.2. 回折パターンの例
パターンは式 7.3 のようになる。
∫ − D2 + d2
∫
−i2πxl/λ
E(l) =
e
dx +
d
x=− D
2 −2
D
d
2 +2
−i2πxl/λ
e
∫
D
d
− 2λ
+ 2λ
dx = λ
d
u= D
2 −2
−i2πul
e
D
d
u=− 2λ
− 2λ
∫
D
d
2λ + 2λ
du + λ
D
d
d
D
λ [ −i2πul ]− 2λ
λ [ −i2πul ] 2λ
+ 2λ
+ 2λ
e
e
D
d +
D
d
u=−
u=−
−
2λ
2λ
2λ − 2λ
−i2πl
−i2πl
[
]
[
]
D+d
D−d
D+d
D−d
λ e(iπl λ ) − e−(iπl λ )
λ eiπl( λ ) − e−(iπl λ )
=
−
πl
2i
πl
2i
[ (
)
(
)]
[
(
)
(
)]
λ
D+d
D−d
2λ
πlD
πld
=
sin πl
− sin πl
=
cos
· sin
πl
λ
λ
πl
λ
λ
( πld )
(
)
sin λ
πlD
= 2d cos
·
πld
λ
λ
e−i2πul du
D
d
u= 2λ
− 2λ
=
よって、回折パターンは
E(l)E ∗ (l)
P (l) =
= cos2
4d2
(
πlD
λ
( ) )2
) (
sin πld
λ
·
πld
(7.3)
(7.4)
λ
となる。式 7.3 の放射電場パターンは、開口幅が d の単スリットの作る放射電場のパターン(式 7.1)と、
(
)
間隔 D だけ離れていることによる放射電場のパターン cos πlD
との積になっていることが示される。
λ
7.2.2
望遠鏡の回折パターン
Figure 7.3: (左): すばる望遠鏡の副鏡を見上げた図。(右): すばる望遠鏡で撮影した天体写真。明るい星の
像に、十字線状の回折パターンが現われている。これは、副鏡を支える十字線状の吊り金具によって生じ
る。(提供:国立天文台)
多くの反射望遠鏡では、主鏡の前面に副鏡を配置する。副鏡を支える吊り金具は、主鏡面に届く光をブ
ロックする。いわば、吊り金具の間隔だけすき間の空いた二重スリットのようになっている。このため、本
来「点」であるはずの星像に、式 7.4 で表されるような回折パターンが現われる。「縦」の吊り金具にって
「横」方向に回折パターンが広がり、
「横」の吊り金具によって「縦」方向に回折パターンが広がるから、十
字型の吊り金具では十字型に回折パターンを生じる。
36
Chapter 7. 回折
7.2.3
Fresnel 回折
遮蔽板の端における回折を考える。左から到来する角周波数 ω の平面波を、遮蔽板が x = −∞ から x = d
まで隠している。位置 P における放射電場とそのパワー P (z) を考える。
0.75
0.5
0.25
-0.75
-0.5
-0.25
0
0.25
0.5
0.75
-0.25
-0.5
-0.75
Figure 7.4: (左): 遮蔽板の端における回折。(右) コルニューの螺旋
原点から x だけ離れた場所から P までの距離は、原点から P までの距離 z に比べて δ だけ長く、x2 +z 2 =
(z + δ)2 という関係なので、x2 = 2δz + δ 2 。z
x のとき
δ(x) =
x2
2z
(7.5)
である。従って、x の位置からに到来する電場は、原点から到来する電場に比べて
φ(x) =
πδ(x)
πx2
=
λ
zλ
(7.6)
だけ位相が遅れる。従って P における電場は放射電場 E(z, x) = E0 eiωt e−iφ(x) を積分して、
∫
E(z)
∞
=
E(z, x)dx
∫ ∞
∫
πx2
E0 iωt ∞ −i πs2
= E0 eiωt
e−i zλ dx =
e
e 2 ds
k
x=d
s=kd
x=d
ここで、k =
(7.7)
√
2/zλ, s = kx と置いた。この積分は解析的には求められない。
E(z)
=
E0 iωt
e
k
∫
∞
e−i
πu2
2
∫
kd
−
u=0
u=0
e−i
πu2
2
dx =
[
]
E0 1
i
+ − C(kd) − iS(kd)
k 2 2
(7.8)
ここで、以下のフレネル積分関数を導入した。
∫
kd
C(kd) =
∫
cos
πu2
du : Fresnel cosine integral
2
sin
πu2
du : Fresnel sine integral
2
0
kd
S(kd) =
0
(7.9)
(7.10)
37
7.2. 回折パターンの例
式 7.8 は、電場が複素数で表され、その実数部 Re(E) と虚数部 Im(E) が
)
(
[ (
) (
)]
E0 1
Re(E)
1
C(kd)
=
−
Im(E)
1
S(kd)
2k 2
(7.11)
と表されることを示している。このプロットをコルニュー (Cornu) の螺旋といい、図 fig:Fresnel 右に示す。
kd = 0 のときコルニューの螺旋上ので位置は原点で、このとき E は ( 21 , 21 ) × E0 /k となる。従って放射
パワーは 1/4 × E02 /k 2 。kd → ∞ の収束点は右上の ( 21 , 12 ) × E0 /k で、このとき電場の大きさは 0 になる。
kd → −∞ の収束点は左下の (− 21 , − 12 ) × E0 /k で、電場の大きさは E0 /k, 放射パワーは E02 /k 2 である。コ
ルニューの螺旋上で、右上の収束点までの距離が、電場の大きさを表している。一般には、以下のように表
される。
[1
P (z) ∝ EE∗ =
2
]2 [
]2
− C(kd) + 12 − S(kd)
2
(7.12)
Figure 7.5: 月による恒星の掩蔽。波長 450 nm と 700 nm の 2 波長での観測。左は「おうし座 θ 星」の潜
入、右は「おうし座 71 番星」の出現。
図 7.5 は月によって「おうし座 θ 星」および「おうし座 71 番星」が隠される現象(掩蔽)で、星の明
るさが時間とともに変化する様子である。星から到来する光はほぼ平面波で、月が遮蔽板の役割を果たす。
観測している時間の範囲では、月と星との離角は時刻とともにほぼ一定の割合で変化するとみなしてよい。
星の明るさが、月のエッジからの距離とともに、フレネル回折パターンで表されるような変化を示すことが
見てとれる。変動パターンは波長に比例していることに注意。
7.2.4
Fresnel レンズ
フレネル回折パターンは、遮蔽板の近辺で光が強めあうゾーンと弱めあうゾーンとが交互に現われること
をしめしている。そこで、弱めあうゾーンだけを遮蔽して、強めあうゾーンだけを透過するようなパターン
の遮蔽板を用意すると、何もない場合に比べて光を強く集めることができる。これをフレネルゾーンレン
ズという。図 7.6 右は、フレネルゾーンレンズの例である。このレンズ(といってもパターンが描かれてい
るだけの遮蔽板)で集光できることを示してみよう。
図 7.6 左のように、左から波長 λ の平面波が z 軸方向に到来する。z = 0 の面に図 7.6 右のようなパター
ンで遮光することによって、 点 P で波が強め合うようにしたい。遮光面内で z 軸からの距離 r を通過した
38
Chapter 7. 回折
Figure 7.6: (左) フレネルゾーンレンズへの平面波の入射。開口領域に対して位相が反転している領域を遮
光する。(右) フレネルゾーンレンズの遮光パターン
波による点 P における位相 φ(r) は、φ(0) = 0 として、原点を通って P に届く波の位相を基準にとると、
φ(r) = −
2πδ
πr2
=−
λ
zλ
(7.13)
である。原点から到来する波に対して、 位相が −(2n − 21 )π ≥ φ ≥ −(2n + 12 )π となるような波は強める
ことに寄与し、−(2n + 12 )π ≥ φ ≥ −(2n + 32 )π となるような波は弱める (n は 0 以上の整数)。弱める波を
遮るようにパターンを設計すれば強めあう波だけが透過するので、点 P で波を強くできる。
このようにするパターンの半径 r1 , r2 , . . . , rn を設計する(半径が r2n+1 ∼ r2n+2 の範囲 (n はゼロ以上
の整数) を遮光する)。φ(r2n+2 ) = −(2n + 21 )π にするためには、遮光部分の内側の半径 r2n+1 と外側の半
径 r2n+2 を、
√
r2n+1 =
1
(2n + )zλ, r2n+2 =
2
√
3
(2n + )zλ
2
とすればよい。例えば、z = 1 m, λ = 6 × 10−7 m のときは、表 7.1 のようになる。
Table 7.1: 焦点距離 1 m, 波長 6 × 10−7 m 用のフレネルゾーンレンズ
番号
r1
r2
r3
r4
r5
r6
r7
r8
半径 [mm]
0.5477
0.9487
1.2247
1.4491
1.6432
1.8166
1.9748
2.1213
番号
r9
r10
r11
r12
r13
r14
r15
r16
半径 [mm]
2.2583
2.3875
2.5100
2.6268
2.7386
2.8460
2.9496
3.0496
(7.14)
Chapter 8
屈折率の本質
屈折は、電磁波の伝播速度が真空中の光速 c に比べて遅くなる現象である。電磁波の速度が遅くなる
原因は、物質中の電子が電磁波によって強制振動を受け、振動する電子が遅れた位相で電磁波を再放
射するためである。遅れた位相の電磁波と、元の入射波との合成波が、物質を通過して出てゆく電磁
波であり、これは物質がなかった場合に比べて位相がシフト(移相)している。この移相が屈折率の
本質である。
8.1
移相 (phase shift) と屈折
干渉と回折で学んだこと:放射電場の方向依存性 E(l) は、開口面での複素振幅 a(u) のフーリエ変換 で表
される。
∫
E(l)
iωt
= λe
a(u)ei2πul du
(8.1)
x
λ
であった。また、l は方向余弦で、z
u
u は開口面上での位置 x を波長 λ 単位で表した空間周波数で、u =
軸からの角度 θ に対して l = sin θ であった。
式 8.1 から、複素振幅 a(u) の位相 φ(u) = Arga(u)…E(l) の方向を変化させることが、以下のように示
される。
u に比例した移相 (phase shift) があるとき, すなわち φ(u) = 2πl0 u のとき、a(u) = a0 ei2πul0 と書け
る。このときの放射電場 E (l) は、
∫
iωt
a0 ei2πl0 u ei2πul du
∫
iωt
= λa0 e
ei2π(l+l0 )u du
E (l) = λe
u
u
= E(l + l0 )
となる(フーリエ変換の移動定理)。したがって、放射方向が l → l − l0 へと −l0 だけ屈折する。
屈折は移相 (phase shift) が原因である。
移相 (phase shift) を生むもの
経路長の差
物質中の電子による共鳴…これが物質における屈折率の起源である!
39
(8.2)
40
Chapter 8. 屈折率の本質
8.2
屈折率の本質…物質の共鳴による移相 (phase shift)
Figure 8.1: 電磁波の入射による物質内の原子における共鳴
8.2.1
共鳴の素過程
周波数 ω の電磁波が物質中に入射したときに、束縛されている電子が受ける影響と、その電子が放出する
電磁波を考える。
m
電子の質量
−e 電子の電荷
x
電場の方向に沿った変位
E0 電磁波による電場の大きさ
Γ
減衰定数
ω0 共鳴角周波数
束縛されている電子の運動方程式は、電磁波の入射がないときには共鳴角周波数 ω0 の調和振動子(バ
ネ)の運動と同様。
m
d2 x
dx
+ Γm
+ mω02 x = 0
dt2
dt
(8.3)
角周波数 ω の電磁波が入射したときには、強制振動の運動方程式
m
d2 x
dx
+ Γm
+ mω02 x = −eE0 eiωt
dt2
dt
2
これに、x(t) = x0 eiωt を代入して解くと、 ddt2x = −ω 2 x,
x(t)
x0
dx
dt
(8.4)
= iωx だから、
= x0 eiωt ,
−eE0
=
m(ω02 − ω 2 + iωΓ)
(8.5)
共鳴した電子が放射する電場 ea …加速度 a = x
¨(t) によって発生する。距離 r だけ離れた場所では位相
がさらに ωr/c だけ遅れるから、
ea =
eω 2 x0 iω(t− r )
−e¨
x(t) −i ωr
c =
c
e
e
4π 0 c2 r
4π 0 c2 r
(8.6)
41
8.2. 屈折率の本質…物質の共鳴による移相 (phase shift)
r
物質の後方に伝わる波は、前方から到来した電磁波 Es = E0 eiω(t− c ) と、共鳴した電子が放射する電磁
波 ea の ベクトル的な 重ね合わせになる。物質内に原子が多数あるので、共鳴した電子については和をとる
必要がある。
E(r) = Es + Ea
∑
Ea =
ea
8.2.2
(8.7)
平面板による屈折
厚みが小さくて十分に広い一様な板の中で、物質内の電子が到来した角周波数 ω の電磁波によって共鳴し、
発生する放射電場 Ea を考える。観測点 P が平面板から距離 z の位置にあるとする。光軸の中心から平面
√
板内の距離を ρ とすると、その場所から P までの距離 r は r = ρ2 + z 2 である。距離 r にある原子に束
縛された電子が強制振動を受けて放射する電場 ea は、式 (8.6) のとおり点 P において
ea =
eω 2 x0 iω(t− r )
c
e
4π 0 c2 r
である。
Figure 8.2: (左): 平面板内の物質による電磁波の位相遅れ。光軸を z 軸とし、光軸と平面板の交点を原点
とする。平面坂内で原点から半径 ρ → ρ + dρ,
√ 角度 θ → θ + dθ の微小面積は、ρ dρdθ である。ここから光
軸上 z の位置の点 P までの距離 r は、r = ρ2 + z 2 である。(右):放射電場による位相の遅れ
平面板内の全ての電子についてこの和をとれば P における放射電場 Ea が求められる。単位面積当たり
の電子数を η 個とすると、
∫
Ea
2π
∫
∫
∞
∞
eω 2 x0 iω(t− r )
c ρ dρ
e
2
ρ=0 4π 0 c r
∫
ηeω 2 x0 iωt ∞ −i ωr
ρ
e c dr
dρ =
e
r
2 0 c2
r=z
ηea ρ dρ dθ = 2πη
=
θ=0
ρ=0
∫
ηeω 2 x0 iωt ∞ −i ωr
e c
=
e
2 0 c2
ρ=0
z
ηe
iωx0 eiω(t− c )
= −
2 0c
(8.8)
42
Chapter 8. 屈折率の本質
積分の展開において、r2 = ρ2 + z 2 より導かれる r dr = ρ dρ という関係式を用いて ρ から r への変数変換
を行った。
式 (8.8) から、Ea は x(t)
˙
= iωx0 eiωt に比例することがわかる。
より重要なこと:放射電場は入射電場に対して位相が
π
2
だけ遅れている
後方に伝わる電場 E は、入射電場 Es と放射電場 Ea の重ね合わせ E = Es + Ea である。Ea
とき、E の振幅は Es の振幅と同じで、位相が dφ =
|Ea |
|Es |
Es の
だけ遅れる。
z
dφ
ηe
iω(t− c )
|Ea |
2 0 c ωx0 e
=
z
|Es |
E0 eiω(t− c )
ηe2
ω
2 0 c m(ω02 − ω 2 + iωΓ)
=
=
(8.9)
板の微小な厚みを dz とし、単位体積当たりの電子数を N とすると、η = N dz であるので、
dφ =
N dze2
ω
2 0 c m(ω02 − ω 2 + iωΓ)
(8.10)
である。
さて屈折率 n は、 微小厚み dz の間に光路長が (n − 1)dz だけ増す、すなわち位相が dφ =
ω(n−1) dz
c
だけ遅れる、というように定義される。したがって式 (8.10) を使って屈折率は
dφc
N e2
=1+
2
ω dz
2 0 m(ω0 − ω 2 + iωΓ)
= nR − inI
n = 1+
(8.11)
と表される。式 8.11 から分るように屈折率は複素数で表され、実数部 nR と虚数部 nI はそれぞれ
N e2
(ω02 − ω 2 )
2
2 0 m (ω0 − ω 2 )2 + ω 2 Γ2
2
Ne
ωΓ
2 0 m (ω02 − ω 2 )2 + ω 2 Γ2
nR
= 1+
nI
=
(8.12)
となる。屈折率の実部は、移相(位相シフト)の働きをする。また、次章で示すように、屈折率の虚部は放
射減衰を起こす。
8.3
8.3.1
分散と位相速度・群速度
非分散性屈折 (non-dispersive refraction)
屈折率の式 (8.11) において ω
ω0 、かつ Γ が無視できるとする。このとき、
n=1+
N e2
2 0 mω02
(8.13)
と、屈折率は実数であり、かつ周波数に依存しない。大気中の電波の伝播などは、この条件をほぼ満たす。
また、光学レンズもなるべくこの条件に近いように工夫して、分散性を持たないようにしている。
43
8.3. 分散と位相速度・群速度
8.3.2
分散性屈折 (dispersive refraction)
ω が ω0 に近づくと…屈折率が周波数とともに増加…分散
ω
ω0 、かつ Γ が無視できるとき、
n=1−
N e2
2 0 mω 2
(8.14)
となる。
8.3.3
位相速度
波面とは、位相 φ = ωt − kz が一定となる面であった。例えば φ = 0 となる面を考えると、z =
波面を表す。ここで、vφ =
ω
k
ω
kt
= vφ t が
は位相速度であり、波面の進行速度である。真空中の電磁波の場合、ω = kc
なので、vφ = c である。
屈折率が式 8.14 で表されるような分散性を持つとき、位相は φ = ωt − knz = ωt − k z と表される。
k = nk である。このとき位相速度は
vφ =
ω
c
c
= =
e2
k
n
1− 2N
2
0 mω
(8.15)
であり、n < 1 なので位相速度は真空中の光速 c を超える。
8.3.4
群速度
分散性を持つ物質中の位相速度は、式 8.15 に示したように角周波数 ω によって異なる。さまざまな角周波
数が混ざった波がこのような物質中を伝わるときには、どの周波数でも位相が揃った場所と、そうでない場
所ができる。どの周波数でも位相が揃った場所は全ての周波数の波が強めあうので「山」となり、位相が揃
わず打ち消しあう場所が「谷」となる。このようなパターンを「波束」(Wave Packet)という。波束が進
行する速度を「群速度」という (図 8.3 を参照) 。
群速度 vg を求めてみよう。波束はどの周波数でも位相が揃った場所だから、位相 φ を角周波数 ω で微
分するとゼロになるような面である。式で書くと
∂φ
=0
(8.16)
∂ω
が波束の条件である。位相は φ = ωt − knz で表されたので、これを式 8.16 に代入し、屈折率の式 8.14 お
よび k = ω/c を用いると、
(
)
∂
z
N e2
ωt − (ω −
)
= 0
∂ω
c
2 0 mω
(
)
N e2
z
1+
= 0
t−
c
2 0 mω 2
c
z =
t
(8.17)
e2
1+ 2N
2
0 mω
という条件である。式 8.17 を満たす (t, z) の組み合わせが波束の位置と時間の関係を表し、その移動速度
(すなわち群速度)は
c
∂z
=
vg =
e2
∂t
1+ 2N
2
0 mω
(
c 1−
となって、真空中の光速 c より遅いことが示される。
N e2
2 0 mω 2
)
= cn
(8.18)
44
Chapter 8. 屈折率の本質
Figure 8.3: 異なる 3 周波数の波の重ね合わせ。細い 3 つの波形は、周波数が 7:8:9 の比を持つ波(振幅は
同一)を表している。太い線の波形は、3 つの波形の合計(合成波)である。全ての周波数で位相が揃う場
所で合成波の振幅が大きく、「波束」のピークになっている。波束の移動速度が群速度である。全ての周波
数が同じ位相速度を持つ場合は、群速度と位相速度は等しい。一方、周波数によって位相速度が異なる場合
は、群速度は位相速度と異なる。全ての周波数で位相が揃う場所の移動速度が群速度である。波がエネル
ギーや情報を伝えるとき、その伝搬速度は群速度である(位相速度ではない)。
Chapter 9
吸収と放射減衰
前章で述べたように屈折率は複素数であり、実部 nR が移相に寄与して屈折の原因となる。一方、屈
折率の虚部 nI は放射減衰の原因となる。nI は原子の共鳴周波数 ω0 付近の角周波数で際立って大き
くなるので、原子に連続光を照射すると ω0 を中心とした吸収線が観測される。
9.1
屈折率の虚部と吸収
nR-1
nI
0
Figure 9.1: (左): 共鳴周波数付近の屈折率。実線で nR − 1 を、破線で nI を示している。ω ∼ ω0 の付近で
nI が大きくなり、吸収が激しくなることが分る。(右): モデル計算で求めた水蒸気分子によるサブミリ波帯
電波の屈折率。縦軸は、超過光路長 L = (nR − 1)z と水蒸気の柱密度 NH2 O z の比を表している。557 GHz
に強い共鳴が存在する。 (Sutton & Hueckstaedt, 1996, A&AS, 119, 559)
式 8.11 に示したように、屈折率の実部を nR , 虚部を nI として n = nI − inI とおくと、角周波数 ω の
45
46
Chapter 9. 吸収と放射減衰
入射電磁波に対する屈折率は、
N e2
ω02 − ω 2
2
2 0 m (ω0 − ω 2 )2 + ω 2 Γ2
ωΓ
N e2
2 0 m (ω02 − ω 2 )2 + ω 2 Γ2
nR
= 1+
nI
=
(9.1)
となる。ここで、ω0 は原子の共鳴角周波数, Γ は減衰定数, N は電子密度(単位体積当たりの電子数), e は
素電荷, m は電子質量,
0
は真空の誘電率である。
入射電場 Es = E0 eiωt の電磁波が屈折率 n の物質を ∆z だけ通過すると、E = E0 ei(ωt−ωn∆z/c) となる
ので、式 (9.1) を代入すると、
E = E0 eiωt e−i
ωnR ∆z
c
e−
ωnI ∆z
c
(9.2)
N e2 1
2 0 m ωΓ
となり、振幅は e−ωnI ∆z/c だけ減衰する。特に ω = ω0 のときは nI =
と屈折率の虚部が大きく
なるので、吸収が大きい。
電磁波のエネルギー
9.2
9.2.1
ポインティングベクトルと電磁波のエネルギー
電子密度 N , 厚さ ∆z の板に入射する電磁波 Es …単位面積を単位時間に通過するエネルギー(= 放射パワー
P ) が、E¯2 に比例するとして、P = αE¯2 の係数 α を、屈折率の議論から求めてみよう。
s
s
板で吸収されるエネルギーは、電子の運動として与えられる。電子 1 個あたりになされる仕事率は力×
速度で与えられるから、eE¯s v である。単位面積当たりの電子数は N ∆z だから、電磁波が単位面積当たり
2
に失うパワーは N ∆zeE¯s v である。これが、電子の放射パワー αE¯a に等しい。
2
出力の電場 E = Es + Ea の放射パワーは αE¯2 = αE¯s + 2Es¯Ea + E¯2 なので、式 (9.3) が成り立つ。
a
2αEs¯Ea = −N ∆zeE¯s v
(9.3)
ところで、放射電場は式 (8.8) を思い出すと式 (9.4) のようになるから、これをこれを式 (9.3) に代入すると、
Ea = −
z
ηe
N ∆ze −iω( z )
c
iωx0 eiω(t− c ) = −
ve
2 0c
2 0c
2α
(9.4)
N ∆ze
¯ zc ) = N ∆zeE¯ v
Es ve−iω(
s
2 0c
e−iω( c ) の項は時間平均に関して何もしないので無視すれば、α =
z
P =
0c
(9.5)
=
1
cµ0
が得られる1 。よって、
1 ¯2
E
µ0 c
である。この P は、ポインティングベクトル S = E × H =
(9.6)
1
µ0 E
× (er × E) の時間平均
1
2
µ0 E
を、光速 c
で割った値に等しい。∆t の時間に放射されるエネルギー P ∆t は、∆t の間に進む距離 c∆t の範囲に存在
するポインティングベクトルの絶対値の総量に等しい、という関係である。
1 c2
= 1/( 0 µ0 ) は式 (1.22) より
47
9.2. 電磁波のエネルギー
9.2.2
振動体の放射減衰
振動体の Q 値を、下記のように定義する。
Q=−
W
dW/dφ
(9.7)
右辺の分子は 振動体の全エネルギー を表し、分母は 位相 1 ラジアンあたりのエネルギー損失 を表してい
る。従って、Q 値は振動が何ラジアン継続するか、という指標である。
エネルギー W の時間変化
dW
dW dφ
=
= −W ω/Q
dt
dφ dt
W = W0 e−ωt/Q
(9.8)
時定数 t0 = Q/ω : エネルギーが 1/e に減衰する時間。
Q を計算してみよう。電子の運動エネルギー K = 12 m v 2 = 14 mω 2 x20 。振動のエネルギーは運動エネ
ルギー K と 位置エネルギー U の和:W = K + U = 21 mω 2 x20
˙ = 電磁波放射 P
振動エネルギーの変化率 −W
Q = −
ω0 · 12 mω02 x20
ω0 W
ω0 W
=
= ω4 |d(t)|
2Z
0
0
dW/dt
P
2
6πc
1
2
3 2
2 mω0 x0 · 6πc
ω04 · 12 (ex0 )2 Z0
2
=
6πmc
ω0 e2 Z0
=
(9.9)
古典電子半径 r0
r0 =
e2
= 2.82 × 10−15 m
4π 0 mc2
(9.10)
3c
3λ
=
2ω0 r0
4πr0
(9.11)
を使うと、
Q=
波長 λ = 600 nm の光なら…Q ∼ 5 × 107
スペクトルの線幅 ∆ω/ω = ∆λ/λ = 1/Q
減衰定数 Γ との関係…Q = ω0 /Γ
9.2.3
吸収による電磁波のエネルギー減衰
屈折率の虚部 nI の物質を距離 ∆z だけ通過すると、電場は e−ωnI ∆z/c に減衰するから、電磁波のエネル
2
∆z
) である。吸収係数 κ = −
ギーは e−2ωnI ∆z/c に減衰する。特に ω = ω0 では減衰量は exp(− N0ecmΓ
−τ
おき、τ = κ∆z とおくと、減衰量は e
−κ∆z
=e
である。τ を光学的厚みと呼ぶ。
N e2
0 cmΓ
と
Chapter 10
放射輸送と散乱
電磁波が物質中を伝播するときに受ける影響は、前章で述べた吸収および放射に加えて、散乱があ
る。散乱は、物質中の電子が電磁波の影響で振動した結果の再放射で、原子の固有振動数と入射電磁
波の周波数との関係によってさまざまな振舞いを見せる。多くの物体が透明でなく、その姿が眼に見
えるのは、物体が光を散乱するからである。
10.0.4
吸収による電磁波のエネルギー減衰
式 9.2 に示したように、
ωnR ∆z
屈折率の実部 nR → 移相 e−i c
ωnI ∆z
屈折率の虚部 nI
→ 減衰 e− c
屈折率の虚部 nI の物質を距離 ∆z だけ通過すると、電場は e−ωnI ∆z/c に減衰するから、電磁波のエネ
2
∆z
ルギーは e−2ωnI ∆z/c に減衰する。特に ω = ω0 では減衰量は exp(− N0ecmΓ
) である。
吸収係数 κ = −
N e2
0 cmΓ
とおき、τ = κ∆z とおくと、減衰量は e−τ = e−κ∆z である。τ を光学的厚みと
呼ぶ。
10.0.5
放射輸送方程式
視線方向に沿った微小距離 dz を進む間に輝度が増加する量を dIν とおく。吸収係数を κν , 放射係数を
ν
と
すると、
dIν =
ν dz
− κν Iν dz
(10.1)
である。光学的厚み τν を dτν = κν dz として導入し、源泉関数 (source function) Sν ≡
ν /κν
と定義すれ
ば、式 (10.1) は
dIν = (Sν − Iν )dτν
(10.2)
と表すことができる。
源泉関数が放射 Iν に依存しない場合、式 (10.2) の解は
∫
Iν (τν ) = Iν (0) exp(−τν ) + exp(−τν )
τν
Sν exp(−τν )dτν
(10.3)
0
であり、源泉関数が場所によらず一定だとすると
Iν (τν ) = Iν (0) exp(−τν ) + Sν (1 − exp(−τν ))
となる。ここで、Iν (0) は τν = 0 における輝度、すなわち背景放射である。
49
(10.4)
50
Chapter 10. 放射輸送と散乱
散乱
10.1
入射する電磁波 : E = E 0 eiωt
原子中の電子の振動:
x(t) = x0 eiωt ,
−eE 0
x0 =
2
m(ω0 − ω 2 + iωΓ)
減衰項 Γ が無視できるとき、x0 =
(10.5)
−eE 0
m(ω02 −ω 2 )
この電子によって放射される電磁波のパワー P を求める。P は加速度 a に対して
P =
e2 a2
Z0
6πc2
(10.6)
で与えられるのだった。そこで加速度 a を求めると、a = x
¨ = −x0 ω 2 なので、その 2 乗の時間平均は
a2 = 21 x20 ω 4 で与えられる。したがって電磁波のパワーの時間平均は
P =
e2 ω 4 x20
Z0
12πc2
(10.7)
である。ここに式 (10.5) を代入すれば、
P
=
=
=
e2 E 2
e2 ω 4 x20
Z0 · 2 2 0 2 2
2
12πc
m (ω0 − ω )
(
)2
1 2 8π
e2
ω4
E0 ·
·
·
2Z0
3
4π 0 mc2
(ω02 − ω 2 )2
2
4
1 2 8πr0
ω
E0 ·
· 2
2Z0
3
(ω0 − ω 2 )2
(10.8)
式 (10.8) の意味:
1
2
2Z0 E0
: 入射電磁波の Poynting Vector … つまり単位面積を単位時間に通過する電磁波エネルギー
ω4
(ω02 −ω 2 )2
8πr02
3
: 周波数に依存する項
: 古典電子半径 r0 が作る円の面積の 8/3 倍…面積の次元 → Thomson 散乱断面積
Thomson 散乱
周波数に依存する項
ω4
(ω02 −ω 2 )2
: ω
ω0 なら 1 →このとき再放射される電磁波のパワーは周波数に依存し
ない。このような散乱を Thomson 散乱という。
σs =
8πr02
3
: Thomoson 散乱断面積 σs = 6.65 × 10−29 m2
Reyleigh 散乱
ω
ω0 のとき、散乱断面積は σ = σs
Reyleigh 散乱 という。
(
ω
ω0
)4
と、周波数の 4 乗に比例して増大する。このような散乱を
例:大気中の空気分子(中性)による光の散乱→空が青い理由
Chapter 11
偏光
電磁波の振動方向が特定の方向に偏っている電磁波のことを偏光 (偏波) という。電磁波は横波であっ
て、進行方向を z 軸に取ると振動成分は x 成分と y 成分があり、両者の振幅が同じでかつ位相が無
関係のときには無偏光(偏光していない状態)である。自然光はたいてい無偏光である。一方、x 成
分と y 成分に異方性があったり、両者に相関がある場合には、偏光している。偏光は、周波数(運動
量)と同様に光子の属性の1つで、円偏光が光子のスピン(角運動量)に対応する。偏光を観測する
ことで放射している電子の振動方向を知ることができる。また、偏光の性質を利用して液晶ディスプ
レイや 3-D 映像、量子暗号などの応用がある。
11.1
波動方程式のおさらいと偏光の記述
電磁波の波動方程式
∇2 E −
1 ∂2E
=0
c2 ∂t2
(11.1)
の一般解は、p = z − ct, q = z + ct とおいて、
E(z, t) = F (p) + G(p) = F (z − ct) + G(z + ct)
(11.2)
F k (p) = f k eikp = f k eik(z−ct) = f k ei(kz−ωt)
(11.3)
F (p) の振動モード
は波動方程式の解になっている。
k:
波数
ω:
角周波数
c:
光速
f k : 波数 k の振動モードの振幅(複素数)
波数 k (角周波数 ω) の成分だけをとりだすと、電場 E は
E(z, t) = f k ei(kz−ωt) + g k ei(kz+ωt)
(11.4)
f k e−iωt + g k eiωt
(11.5)
と表される。
z = 0 に固定したとき、
となる。実部を x 軸, 虚部を y 軸にとると、偏光が記述できる。
51
52
Chapter 11. 偏光
11.1.1
円偏光
式 (11.5) において f k = 0, g k = 0 のとき、E(t) = g k eiωt 。これは時間に対して位相が増える右旋円偏光。
g k = 0, f k = 0 なら左旋円偏光
11.1.2
直線偏光
式 (11.5) において |f k | = |g k | のとき、E(t) = 2|f k | cos(ωt)eiφ とる直線偏光。φ は f k + g k の位相で、偏
光面の向きを表す。
一般には直線偏光と円偏光の混ざった状態:楕円偏光
11.1.3
無偏光
円偏光および直線偏光がランダムに混ざっている状態…特定の向きに偏っていない。自然の光は無偏光状態
が多い。例えば電灯, 太陽光などの熱放射は、熱運動する電子の加速度成分が原因。熱運動の加速度の向き
はランダム。
11.2
偏光の原因
11.2.1
双極子放射
電気双極子モーメント
d=
∑
qj r j
(11.6)
j
がつくる放射電場は
E=
1
4π 0 c2 r
¨
d
(11.7)
¨ 方向だけの直線偏光。例:ダイポールアンテナ, 八木アンテナなど。
で、d
11.2.2
散乱
散乱は、原子が強制振動を受けて放射する双極子放射。入射光が無偏光なら散乱光も無偏光だが、放射パ
ワーは散乱角に依存するので、偏光を生じる。
双極子放射の放射パターン P (θ) は、
¨ 2 sin2 θ
|d|
P (θ) =
=
(4π)2 0 c3
(
¨
|d|
4πc
)2
Z0 sin2 θ
(11.8)
と、sin2 θ に比例するのだった。
散乱角(入射光と散乱光とのなす角)を Θ とする。入射光を z 軸にとり、入射光と散乱光を含む面を
x − z 面, それに垂直な方向を y 軸にとる。どんな Θ でも散乱光は y 軸方向に垂直なので、Ey の放射に対
− Θ が付く。したがって偏光率 m は、
(
)
1 − sin2 π2 − Θ
1 − cos2 Θ
Py − Px
(
)
=
=
m=
Px + Py
1 + cos2 Θ
1 + sin2 π2 − Θ
しては θ = 0。一方、x 軸に対しては角度 θ =
となる。Θ =
π
2
π
2
のとき、偏光率は 100%である。
青空は散乱光→偏光している。太陽との離角が 90◦ のときに偏光率が最大。
(11.9)
53
11.2. 偏光の原因
¨ を含む平面での断面
Figure 11.1: 双極子放射の放射パターン。(左) : 双極子モーメントの時間二階微分 d
図。(右): 三次元の鳥瞰図
Figure 11.2: 散乱角と Ex , Ey に対する角
11.2.3
複屈折
セロファンなどの物質:細長い分子が整列している。整列の方向にダイポールが並んでいる→その方向では
屈折率が大きい。
nx = ny となるような物質…複屈折をおこす。
厚さ ∆z を通過した後
Ex の位相:φx = ωnx ∆z/c
Ey の位相:φy = ωny ∆z/c
φx − φy が π/2 になるとき:直線偏光から円偏光への変換(1/4 波長板)
φx − φy が π になるとき:偏光方向が 90◦ 回転(1/2 波長板)
液晶モニター:電場をかけると整列する長い分子を利用している。
11.2.4
偏光フィルター
透過率が偏光の方向によって異なる。
・光学的に厚い、直線状に長い分子
・ワイヤーグリッド
Chapter 12
スペクトルと信号解析
時間的に変動する諸現象(電磁波や音波など)の性質を測定して理解するには、スペクトル解析の
理解が必要である。スペクトル解析は、変動する物理量(これを「信号」として扱う)を周波数成
分に分解したスペクトルとして展開し、物理量の性質を調べる手法である。また、実験の測定とは、
現象そのものを直接「見る」ことはできず、測定装置に頼って物理量を測るのが通常である。このた
め「信号」は測定装置の中を通過する必要があり、測定装置の特性(これを「伝達関数」という)の
影響を受ける。スペクトル解析では、伝達関数の性質を知る上でも必要である。
現代の測定装置では、
「信号」を電気信号にして扱うケースが多く、変動する諸物理量を電圧 V (t) に
変換してしまう。そこで、この講義でも電圧信号 V (t) の振舞いについてスペクトル解析を行う。
12.1
フーリエ変換
電磁波は一般的にはいろいろな周波数成分を持った波の合成である。波に含まれるいろいろな周波数成分
の分布を表したものがスペクトル (spectrum) Vˆ (ν) である。電圧の時間変化 V (t) などの時間に対する関数
をフーリエ変換することによって、スペクトル Vˆ (ν) が得られる。
∫ ∞
ˆ
V (ν) =
V (t) exp(−2πiνt)dt
(12.1)
−∞
V(t) が実数関数だったとしても、Vˆ (ν) は一般には複素関数になり、振幅と位相を持つ。
Vˆ (ν) をフーリエ逆変換すると元の V (t) に戻る。
∫
∞
V (t) =
Vˆ (ν) exp(2πiνt)dν
−∞
よく知られた関数のフーリエ変換
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
↔
原関数 f (t)
δ(t)
exp(i2πν0 t)
cos(2πν0 t)
sin(2πν0 t)(
)
t2
exp − 2σ
2
{ 1
for − a2 ≤ t <
a,
f (t) =
0, otherwise
フーリエ変換 F (ν)
1
δ(ν − ν0 )
δ(ν+ν0 )+δ(ν−ν0 )
2
δ(ν+ν0 )−δ(ν−ν0 )
2i
2 2 2
√1
σ 2π
exp(−2π σ ν )
a
2
sin(πaν)
πaν
55
= Sinc(πaν)
(12.2)
56
Chapter 12. スペクトルと信号解析
(2) は、周波数 ν0 の右回り偏波のスペクトルは、ν = ν0 だけで値を持ち、その他の周波数ではゼロであ
ることを示している。(3), (4) からは、電気信号になった実数関数のスペクトルは周波数が ν = ±ν0 と正負
両方で非ゼロになることがわかる。(1) は、デルタ関数のスペクトルはあらゆる周波数で一定であることを
示している。(5) は、ガウシアンのフーリエ変換はガウシアンであることを示し、(6) は矩形関数のフーリ
エ変換は Sinc 関数になることを示している。
その他、フーリエ変換にはさまざまな性質が知られている。
• 線型性
a1 , a2 を定数とすると、a1 V1 (t) + a2 V2 (t) のフーリエ変換は、a1 Vˆ1 (ν) + a2 Vˆ2 (ν) である。積分の線
型性を考えれば自明。
• 移動則
V (t − t0 ) のフーリエ変換は Vˆ (ν) exp(−2πiνt0 ) となる。振幅は同じで、位相が ν に比例した傾斜を
持つ。
• スケーリング則
a を定数とすると、V (at) のフーリエ変換は a1 Vˆ ( νa ) となる。時間方向を圧縮すると周波数方向で伸長
する。
• 実数の偶関数のフーリエ変換は実数の偶関数
式 12.1 を
∫
Vˆ (ν) =
∞
V (t) [cos(−2πνt) + i sin(−2πνt)] dt
(12.3)
−∞
と展開する。cos は偶関数、sin は奇関数なので、偶関数との内積をとった場合には cos 部だけが値を
もち、sin との積はゼロになる。このとき、
∫
Vˆ (ν) =
∞
−∞
∫ ∞
=
V (t) cos(−2πνt)dt
(12.4)
V (t) cos(2πνt)dt = Vˆ (−ν)
(12.5)
−∞
となるので、Vˆ (ν) は実数の偶関数である。
同様の考察で、虚数の偶関数のフーリエ変換は虚数の偶関数、実数の奇関数のフーリエ変換は虚数の
奇関数、虚数の奇関数のフーリエ変換は実数の奇関数になる。逆フーリエ変換に対しても同様に成り
立つ。
• 実数関数のフーリエ変換はエルミート (Hermite) 関数
V (−t) = V ∗ (t) という性質を持った関数をエルミート関数と呼ぶ。エルミート関数の実部は偶関数、
虚部は奇関数である。実数の偶関数のフーリエ変換は実数の偶関数、虚数の奇関数のフーリエ変換は
実数の奇関数だから、エルミート関数のフーリエ変換は実数関数である。逆フーリエ変換についても
成り立つので、実数関数のフーリエ変換はエルミート関数である。
57
12.2. 自己相関関数
Figure 12.1:
12.2
エルミート関数のスペクトル。実部(上)は偶関数で虚部(下)は奇関数である。
自己相関関数
V (t) の自己相関関数 C(τ ) は以下のように定義される。
∫
1 T /2
C(τ ) = lim
V (t)V (t + τ )dt
T →∞ T −T /2
(12.6)
τ は遅延(ラグ)である。さらに C(τ ) を C(τ = 0) で割って正規化した R(τ ) を、自己相関係数という。
R(τ ) =
C(τ )
C(0)
(12.7)
当然 R(0) = 1 である。また定義式 12.6 からわかるように C(τ ), R(τ ) は τ について偶関数となる実数関数
である。
12.3
Wiener–Khintchine の公式
式 12.6 の V (t) にフーリエ逆変換の式 12.2 を代入すると、
[∫ ∞
]
∫
1 T /2
C(τ ) = lim
V (t)
Vˆ (ν) exp(2πiν(t + τ ))dν dt
T →∞ T t=−T /2
ν=−∞
[∫
]
∫ ∞
T /2
1
= lim
Vˆ (ν) exp(2πiντ )
V (t) exp(2πiνt) dν
T →∞ T ν=−∞
t=−T /2
]
∫ ∞ [
Vˆ (ν)Vˆ ∗ (ν)
=
lim
exp(2πiντ )dν
T
ν=−∞ T →∞
(12.8)
が得られる。つまり、C(τ ) は
Vˆ (ν)Vˆ ∗ (ν)
T →∞
T
S(ν) = lim
(12.9)
のフーリエ変換で得られるというわけで、この S(ν) のことをパワースペクトルと呼ぶ。S(ν) はスペクト
ル Vˆ (ν) の絶対値の二乗に比例するものなので、実数関数であり、常にゼロよりも大きい。さらに実数関数
C(τ ) のフーリエ変換対であることから、ν について偶関数であることがわかる。
58
Chapter 12. スペクトルと信号解析
式 12.8 を S(ν) で表した関係式
∫
C(τ )
∞
=
S(ν) exp(2πiντ )dν
−∞
∫ ∞
S(ν)
C(τ ) exp(−2πiντ )dτ
=
(12.10)
−∞
を、Wiener–Khintchine の公式と呼ぶ。
12.4
相互相関関数とクロスパワースペクトル
二つの時間関数 V1 (t) と V2 (t) の関連を調べることを考える。自己相関関数の定義式 12.6 の V (t) の代わり
に、V1 (t) と V2 (t) を代入して得られる関数を相互相関関数と呼ぶ。
C12 (τ )
=
R12 (τ )
=
1
T →∞ T
∫
T /2
lim
−T /2
V1 (t)V2 (t + τ )dt
C (τ )
√ 12
C1 (0)C2 (0)
(12.11)
(12.12)
R12 (τ ) は正規化相互相関関数である。相互相関関数は実数関数であるが、自己相関関数と違って偶関数と
は限らない。ただし C12 (τ ) = C21 (−τ ) は自明である。また、シュバルツの不等式から派生して |C12 (τ )|2 ≤
C1 (0)C2 (0) が得られるので、−1 ≤ R12 (τ ) ≤ 1 である。
自己相関関数 C(τ ) がパワースペクトルであったように、相互相関関数 C12 (τ ) のフーリエ変換としてク
ロスパワースペクトル S12 (ν) を定義できる。
∫
S12 (ν) =
∞
−∞
∫ ∞
C12 (τ )
=
−∞
C12 (τ ) exp(−2πiντ )dτ
S12 (ν) exp(2πiντ )dν
(12.13)
式 12.13 に 12.11 を代入して簡単な整理をすると、式 12.9 と同様に
Vˆ1∗ (ν)Vˆ2 (ν)
T →∞
T
S12 (ν) = lim
(12.14)
が得られる。
クロスパワースペクトルは複素関数であり、振幅と位相の値を持つ。フーリエ変換対の相互相関関数が
実数関数であるため、エルミート性
∗
S12 (ν) = S12
(−ν)
(12.15)
∗
を示す。また、式 12.14 からもわかるように S12 (ν) = S21
(ν) である。
上記で見たように、(自己・相互) 相関関数のフーリエ変換は、スペクトルの (自乗・積)となっている
ことがわかる。これらの関係式をまとめると、図 12.2 のようになる。
12.5
たたみこみ (convolution)
事象 1 の確率分布が P1 (x), 別の事象 2 の確率分布が P2 (x) だったとする。事象 1, 2 が独立であったとき、
二つの確率変数の和の確率分布はどうなるであろうか。
59
12.5. たたみこみ (convolution)
Figure 12.2:
相関関数とスペクトルの関係。F.T. はフーリエ変換の意味。電圧信号 (Voltage Signal) のフーリエ変換対がスペク
トル (Spectrum) である。自己相関関数 (Auto-correlation Function) のフーリエ変換対がパワースペクトル (Power Spectrum)
であり、これはスペクトルの絶対値の自乗という関係である。異なる電圧信号間の相互相関関数 (Cross-correlation Function をフー
リエ変換したものがクロスパワースペクトル (Cross-power Spectrum) であり、それぞれのスペクトルの共役積という関係である。
この問題は、観測データを統計的に扱うときに基本的な概念を与える。観測値は一般的に誤差を含み、
未知の真値は観測値の近傍に確率分布していると考える。二つの観測値から真値を推定する際には、両者
の平均値の確率分布が必要になる。平均値の確率分布は和の確率分布から導出される。観測点が2つ以上
でも基本的な考え方は同じである。
二つの確率変数の和が x になる組み合わせは、事象 1 の確率変数が x1 であった場合には事象 2 が x − x1
をとる必要があるので、このような同時確率密度は P1 (x1 )P2 (x − x1 ) となる。この組み合わせを全ての x1
について積分すればよいので、
∫
∞
P (x) =
−∞
P1 (x1 )P2 (x − x1 )dx1
(12.16)
と記述できる。このような P1 と P2 との間の操作を「合成積」あるいは「たたみこみ」(convolution) と
呼ぶ。
一般には二つの関数 f (t) と g(t) のたたみこみを
∫
f (t) ∗ g(t) =
∞
−∞
f (t )g(t − t )dt
と定義し、f ∗ g と表記する。
デルタ関数とのたたみこみは原関数そのもの
g(t) = δ(t) として式 12.17 に代入すると、f (t) ∗ g(t) = f (t) となることがわかる。
(12.17)
60
Chapter 12. スペクトルと信号解析
たたみこみと相互相関関数
式 12.17 と相互相関関数の定義式 12.11 はよく似ており、式 12.11 において τ → −t, V1 (t) → f (t), V2 (t) →
g(−t) と時間反転を行えば同等であることがわかる。
たたみこみのフーリエ変換
式 12.17 の両辺をフーリエ変換すると、
∫
FT [f (t) ∗ g(t)] =
∞
∫
∞
t=−∞
∫ ∞
t =−∞
∫ ∞
t=−∞
∫ ∞
t =−∞
∫ ∞
=
f (t )g(t − t ) exp(−i2πνt)dt dt
(12.18)
f (t ) exp(−i2πνt ) g(t − t ) exp(−i2πν(t − t ))dt dt
f (t ) exp(−i2πνt ) g(t − t ) exp(−i2πν(t − t ))dtdt
∫ ∞
=
f (t ) exp(−i2πνt )
g(t − t ) exp(−i2πν(t − t ))dtdt
t =−∞
t=−∞
∫ ∞
∫ ∞
=
f (t ) exp(−i2πνt )
g(η) exp(−i2πνη)dηdt
=
t =−∞
∫ ∞
t=−∞
t =−∞
=
η=−∞
FT [f (t)] FT [g(t)]
(12.19)
となる。つまり、たたみこみのフーリエ変換は、原関数のフーリエ変換同士の積である。このことを con-
volution 定理という。Convolution 定理は、式 12.14 で示した相互相関関数とクロスパワースペクトルとの
関係式によく似ている。たたみこみが相互相関関数と時間反転の関係にあることを考えると、この相似は
当然のことである。
たたみこみの概念は、応答関数を用いた入出力関係式でも重要である。ある線型システムを考える。シ
ステムの応答 h(t) は、入力にインパルス δ(t) を与えたときの出力で定義されるので、h(t) をインパルス応
答と呼ぶ。このようなシステムに対して入力が f (t) であったとき、出力は f (t) ∗ h(t) とたたみこみになる。
インパルス応答のフーリエ変換 H(ν) = FT [h(t)] を帯域通過特性 (Bandpass Characteristics) という。入
力のスペクトル F (ν) = FT [f (t)] のとき、出力のスペクトルは FT [f (t) ∗ h(t)] = F (ν)H(ν) と、入力スペ
クトルと帯域通過特性との積になる。
一般的に、有限な分解能で観測を行ったときの測定結果は、真の値に応答関数を畳み込んだものである。
12.6
窓関数とスペクトル分解関数
自己相関関数をフーリエ変換するとパワースペクトルが、相互相関関数をフーリエ変換するとクロスパワー
スペクトルが、それぞれ得られる。分光観測ではこれらパワースペクトルやクロスパワースペクトルの測
定が目的である。
フーリエ変換では遅延時間 τ の積分範囲が (−∞, ∞) であるが、現実には有限の遅延時間区間しか相関
関数は測定できない。この影響を調べてみよう。
¯ ) は、以下のような窓関数
遅延が (−τmax ≤ τ ≤ τmax ) の区間で得られている場合の自己相関関数 C(τ
61
12.6. 窓関数とスペクトル分解関数
Figure 12.3:
矩形の窓関数に対応する周波数分解関数は sinc 関数である。
w(τ ) との積と考えることができる。
{
0,
2τmax ,
w(τ )
=
¯ )
C(τ
= w(τ )C(τ )
1
for |τ | > τmax
for |τ | ≤ τmax
(12.20)
(12.21)
¯ ) をフーリエ変換して得られるパワースペクトル P¯ (f ) は、
C(τ
P¯ (f ) = FT {w(τ ) · C(τ )}
=
FT {w(τ )} ∗ FT {C(τ )}
=
FT {w(τ )} ∗ P (f )
(12.22)
と、真のパワースペクトルが FT {w(τ )} でたたみこまれたものになる。この FT {w(τ )} をスペクトル分解
関数といい、r(ν) と表記する。
式 12.21 のような矩形の窓関数のフーリエ変換は、表 12.1 に示したように sinc 関数である。
∫ τmax
r(ν) =
exp(−2πiνt)dt
−τmax
sin(2πντmax )
2πντmax
=
(12.23)
最初のゼロ点は ν = 1/2τmax の位置で、半値幅 FWHM は 0.603/τmax である。窓関数の範囲が広いほど、
半値幅が狭くスペクトルの周波数分解能が高くなるわけで、このような性質は不確定性原理と呼ばれる。
矩形の窓関数の場合はスペクトル分解関数のサイドローブが高いので誤った周波数成分を「発見」して
しまう危険性がある。w の値を調整することによって、スペクトル分解関数のサイドローブレベルを低く
することができる。よく知られた窓関数として、
Hamming Window
:
w(τ )
=
Hanning Window
:
w(τ )
=
πτ
)
τmax
πτ
)
0.5 + 0.4 cos(
τmax
0.54 + 0.46 cos(
(12.24)
(12.25)
62
Chapter 12. スペクトルと信号解析
Figure 12.4:
ハミング窓関数
などがある。窓関数の特性を表 12.1 にまとめる。
窓関数
矩形窓
ハニング窓
ハミング窓
12.7
半値幅
1/2τmax に対する比
0.89
1.44
1.30
Table 12.1: 窓関数の特性
側波帯最大値
[dB]
-13 dB
-32 dB
-42 dB
サンプリング定理
ここまでは信号をアナログとして扱ってきたが、信号解析過程のある段階から後段では計算機で処理する
のが現代では一般的なので、アナログ信号をデジタル信号に A/D 変換 (Analog-to-Digital Conversion) す
る必要がある。A/D 変換は大きく分けて以下の 3 つの要素を持つ。
1. 標本化(sampling)
時間方向に連続的な信号波形を、一定の時間間隔で間引く操作。時間間隔をサンプリング周期 ∆t と
呼び、その逆数をサンプリング周波数 fs = 1/∆t と呼ぶ。
2. 量子化(quantization)
無階調で連続的な電圧を、有限の階調で近似する操作。階調は閾値電圧で区分される。
3. コード化(encoding)
量子化された電圧の階調を、有限桁数の数値(二進数が使われることが多い)で表現すること。N 階
調の量子化に対しては log2 N 桁の二進数(この桁数を bit という単位で表す)で表現できる。
63
12.7. サンプリング定理
例えば音楽 CD の場合、左右各チャンネルで fs = 44.1 kHz,16 bit の量子化・コード化で A/D 変換さ
れたデジタル信号が記録されている。
この節では、標本化によって信号がどのような影響を受けるかについて言及する。
∑∞
標本化は、入力信号 V (t) にデルタ関数列 k=−∞ δ(t − k∆t) を掛ける操作として表現できる。このよ
ˆ
うなデルタ関数列を櫛関数 (comb function) と呼ぶことがある。標本化された信号のスペクトル S(ν)
は、
{
ˆ
S(ν)
=
FT
}
∞
∑
V (t)δ(t − k∆t)
k=−∞
{
= FT {V (t)} ∗ FT
{
= S(ν) ∗ FT
}
∞
∑
δ(t − k∆t)
k=−∞
∞
∑
}
δ(t − k∆t)
(12.26)
k=−∞
と書ける。
ここで、デルタ関数列
∑∞
k=−∞
δ(t − k∆t) のフーリエ変換はデルタ関数列
1
∆t
∑∞
l=−∞
δ(ν − l/∆t) にな
ることを証明しておく。
[
FT
∞
∑
]
δ(t − k∆t)
∫
∞
∑
∞
=
t=−∞ k=−∞
∞ ∫ ∞
∑
k=−∞
=
k=−∞
∞
∑
=
δ(t − k∆t) exp(−2πiνt)dt
δ(t − k∆t) exp(−2πiνt)dt
t=−∞
exp(−2πiνk∆t)
(12.27)
k=−∞
式 12.27 の右辺は ν について周期 fs = 1/∆t の周期関数である。一周期区間 0 ≤ ν < fs で定義され
た関数 G(ν) についての複素フーリエ級数展開
G(ν)
=
∞
∑
gl exp(−2πilν/fs )
l=−∞
gl
=
1
fs
∫
fs
G(ν) exp(2πilν/fs )dν
(12.28)
ν=0
と比較すると、gl = 1 と代入したものに相当する。式 12.28 において、どんな l に対しても gl = 1 と
なるためには、G(ν) は ∆νδ(ν) とするしかない。実際、G(ν) = fs δ(ν) を代入すると式 12.28 は成り
立ち、フーリエ級数が一対一対応であることから、それ以外に G(ν) の解はない。
∑∞
∑∞
k=−∞ exp(−2πiνk∆t) は G(ν) が周期 ∆ν で繰り返す周期関数だったから、 l=−∞ fs δ(ν − lfs ) と
なる。(証明終)
式 12.26 の展開に話を戻すと、
ˆ
S(ν)
= fs S(ν) ∗
∞
∑
l=−∞
δ(ν − lfs )
(12.29)
64
Chapter 12. スペクトルと信号解析
となることがわかる。つまり、標本化された信号のスペクトルは、原信号のスペクトルとデルタ関数列との
たたみこみである。
Figure 12.5:
サンプリング周波数とエイリアシングの関係。
もしデルタ関数列の間隔が原信号のスペクトル領域より充分に広くて単数のデルタ関数とみなせるので
あれば、標本化された信号のスペクトルは原信号のそれを忠実に反映することになり、標本化によって何も
失われない。このようにみなせるかどうかの境界は何であろうか。それは、サンプリング周波数 fs と原信
号の周波数帯域 B との関係で決まる。入力信号が周波数帯域 −B ≤ ν < B にだけパワーを持ち、それ以外
の周波数成分がゼロというスペクトルを持っていたとする(実数の信号を考えるので、スペクトルはエル
ミートであり、正負両方の周波数成分を持つ)。fs ≤ 2B であると、標本化された信号のスペクトルは一部
が重なり合い、原信号のスペクトルが再現されなくなる。これをエイリアシング (aliasing) と呼ぶ。原信
号が再現できないということは、情報の損失が発生したことを意味する。fs ≥ 2B であれば、標本化され
た信号のスペクトルにエイリアシングは発生しないので、原信号のスペクトルを忠実に再現することが可
能である。この境界 fN = 2B となるサンプリング周波数を、ナイキスト周波数 (Nyquist frequency) と呼
ぶ。エイリアシングを発生させないようにするには、サンプリング周波数をナイキスト周波数以上にしな
くてはならない。このことをサンプリング定理という。
サンプリング周波数 fs が固定されているときにエイリアシングを防ぐには、入力信号の帯域幅を B ≥ fs /2
に制限する必要があり、且つ周波数 ν が nfs /2 ≤ ν ≤ (n + 1)fs /2 (n は整数) という範囲でなくてはならな
い。フィルター等を使ってこのように帯域制限することをアンチエイリアシング (anti-aliasing) という。最
も基本的なアンチエイリアシングは、低域通過フィルター (low-pass filter) を用いて 0 ≤ ν ≤ fs /2 のベー
スバンド (baseband) に制限するやり方である。しかしこれに限らず、n ≥ 1 の入力信号を標本化する例も
珍しくない。このような標本化のことを、高次モードサンプリング (higher-order sampling) と呼ぶ。