摂食障害患者の万引きをめぐって - 日本精神神経学会

精神経誌(2012)
SS210
第
回日本精神神経学会学術総会
シ ン ポ ジ ウ ム
摂食障害患者の万引きをめぐって
高木
洲一郎(自由が丘高木クリニック)
摂食障害患者に万引きが多いのは周知の事実で,筆者の調査では 44%と高率だった.摂食障害の
治療をする上で,万引きは避けて通れない問題である.万引きは摂食障害に独特の心性と結びついて
おり特殊である.処遇に関しては治療者により見解は異なり,また司法判断も警察,検察,裁判所そ
れぞれのレべルであまりにまちまちである.司法側にはこの問題はまだ理解されていない.筆者はこ
の問題について 2007年から問題提起してきた.摂食障害と司法に関する文献は欧米でもほとんどな
い.患者には万引きという行為が深刻な問題であることを受け止めて欲しいが,罪悪感が乏しく止め
させるのは困難である.万引きの常習化を避けるには,摂食障害の適切な治療こそが重要であること
を強調したい.筆者は患者および治療者に対してアンケート調査を行ったので,その結果を報告し
察する.このシンポジウムを通じ,この問題について認識を深めていただければ幸いである.
索引用語:摂食障害,万引き,司法精神医学,責任能力,心身耗弱
は じ め に
摂食障害に万引きが多いのは周知の事実である
が,その実態については意外に知られていない.
.摂食障害患者の万引きの実態調査
実態調査の結果についてはすでに報告
して
おり,ここでは抜粋して紹介する.
また摂食障害の責任能力に関しては最近まで論じ
られなかった.事例により異なるのは当然として
1.調査対象
も,精神鑑定医によっても見解は一致していない.
2008年 1月からの 7ヶ月間に自由が丘高木ク
つまり鑑定する医師によっても責任能力の判断は
リニックおよび浜中禎子心理教室を受診した摂食
異なる.そして司法関係者には摂食障害がまだよ
障害患者 41例を対象にアンケート調査を行った.
く理解されていない.そのため万引きで逮捕され
来院時に記載してもらいその場で回収しており,
ても,注意されただけで終わるものから実刑判決
回収率は 100%である.
を受けるものまで個々の例でまちまちである.万
引きは立派な窃盗罪であるが,摂食障害患者の万
2.調査結果
引きを一般の万引きと同様に判断することは問題
1)万引きの回数・対象
である.中谷 によれば,この問題は司法精神医
本人の回答では 18例(44%)が「万引きをし
学の死角である.
万引きの実 態 調 査 の 結 果 は す で に 報 告 し た
が
たことがある」と答えた.頻度の多さからも万引
きは摂食障害の症状の 1つと見なし得る.万引き
,本シンポジウムではその後に行った日本
の回数は 15例のうち,1回のみはなく,2回が 1
摂食障害学会会員をおもな対象として行ったアン
例,3回が 4例,数回(4∼7回)3例,かなり多
ケート結果を加えて報告する.
い,あるいは非常に多いが 7例(47%)であっ
た.非常に多いの中には,100回以上,あるいは
シンポジウム:摂食障害患者の万引きをめぐって
SS211
数えきれないなどと回答したものも含まれる.見
もかかわらず万引きを繰り返しているのが特徴で
つかるのは氷山の一角であろう.万引きの場所は
ある.
15例全例がスーパー,コンビニで,1例(重複
⑶万引きの動機
例)がドラッグストアでもしていた.万引きの対
15例中(重複回答あり)
,
「どうせ食べて吐い
象は食品が 15例中 13例(87%)と圧倒的に多
てしまうのだから,自分のお金を使うのはもった
く,明らかに摂食障害の症状と関連しているのが
いない」が 7例(47%)
,「お金がいくらあって
特徴的である.今回の調査対象では,万引きの対
も(過食のために)足りないし,少しでも節約し
象は食品が圧倒的に多く,摂食障害との関連が明
たいから」が 2例(13%)で 合 わ せ て 9例(60
らかな例ばかりであった.筆者の経験では多くの
%)は摂食障害に起因する,欲求を充足させる目
例では手口は非常に稚拙で見つかりやすい.
的で行っている.7例(47%)が「無我夢中でよ
ただしごく一部だが,なかには食物だけでなく
く覚えていない」と答えた.
「親に摂食障害のつ
高級な毛皮やバッグ,洋服など高価な品を盗むも
らさをわかって欲しかったから」,
「社会が憎かっ
のもいる.
たから」との回答が各 1例あった.
2)万引きをした時点の状態
3)万引きが発覚した後の処遇
⑴食行動および精神状態
「捕まったことがある」のは 10例で,「一度も
過食があったものが 16例中 11例(69%)
,拒
捕まったことはない」は 5例だった.
「見つかっ
食があったものが 15例中 8例(53%)で,嘔吐
たが,現場で注意されそのまま帰された」ものは
は 15例中 12例(80%)で見られた.嘔吐して
6例で,そこで摂食障害であることを話したもの
いるものが 80%もあった.過食の方が頻度は高
と話さなかったものはそれぞれ 3例ずつだった.
いが,万引きは過食でも拒食でも高頻度で見られ
10例中 9例は警察に通報された経験があり,そ
ている.Krahn ら による文献の
の回数は 5例が 1回で,4例は 3∼9回だった.
察でも,万引
きの頻度は過食症の方が高い.
書類送検されるだけで起訴されない例もあるが,
精神状態では感情の不安定さ(いらいらなど)
検察庁に出頭を命じられた例は 3例で,このうち
は「非常に強くあり」7例(47%)
,「かなり強く
2例は不起訴となった.そのうちの 1例は検察官
あり」5例(33%)
,「少しあり」3例(20%)で,
が摂食障害をよく理解していたとのことであり,
「まったくなし」は 1例もなかった.またうつ状
もう 1例は筆者が詳細な上申書を提出していた.
態も「非常に強くあり」7例(47%)
,
「かなり強
3例目は本人が摂食障害であることを言わなかっ
くあり」5例(33%)
,
「少しあり」2例(13%)
た例である.
で,
「まったくなし」は 1例(7%)のみだった.
ただし筆者もこれまで上申書を書いたり,入院
うつ状態がないと答えた 1例も,感情の不安定さ
中の患者が外出中にコンビニで万引きをしたため
は少しありと回答した.すなわち全例で感情の不
身柄を引き取りに行ったりした経験は少なくない.
安定さやうつ状態が認められ,その程度もかなり
また警察に留置されていた摂食障害患者で,公判
強かった.
予定であったが体重が 24kg で衰弱が著しいため
⑵経済的状況
執行は停止され,地方に住む両親が上京するまで
「まったく困っていなかった」7例,
「ほとんど
の間の入院先を紹介して欲しいと相談を受けた経
困っていなかった」7例,
「少し困っていた」1例
験がある.この例は衰弱が著しく公判に耐えられ
で,
「非常に困っていた」ものはいなかった.同
ないため保釈された.
様に万引き時に所持金があったものが 13例(81
4)アンケートでの患者自身のコメント
%)で,なかったのは 3例だけだった.つまり経
前報
済的には困ってはおらず,金銭も所持しているに
では 8例のコメントを引用したが,こ
こではそのうちの 3例を紹介する.
精神経誌(2012)
SS212
⑴症例 A
この他にも示唆に富んだコメントを多数いただい
悪いとわかっているのに,食べ物を見るとすべ
た.質問に真摯に回答を寄せていただいた先生方
て自分の側に置いておきたくなり,盗ってしまっ
た.でも帰り道や家に帰ると,こんなにどうする
んだろう,またやってしまったと落ち込む.その
に深謝する.
摂食障害を 100例以上治療経験のある 57名の
回答は以下のようだった.
繰り返しで自分を責めてどんどん落ち込む.その
自身の患者が万引きをした経験のあるものは
気持でまた食べて吐いて….自分が作っている悩
95%にも上った.また警察から照会を受けたこ
みで苦しいのに,万引きや過食が止まらなかった.
とあり(電話または文書)46%,スーパーやコ
⑵症例 B
ンビニから万引きした患者の照会を受けた経験あ
完治していないと,見つかっても再犯の可能性
り 38%,検察庁・裁判所に対して上申書を書い
は大いにあると思う.万引きした時は買える分の
たことあり 22%など,少なからぬ治療者がこの
金は持っていたにもかかわらず,少しでもお金を
ような経験をしていることがわかった.また少数
使わない方法があればという えにものすごく囚
ではあるが,精神鑑定書を書いたことのある医師
われていた.病的だったと言ってよい.症状が長
は 7%,裁判所で証人尋問を受けたことのある医
期化するのが明らかなので,お金が底をつくのが
師は 3%だった.
怖かったからだ.理性的に見れば馬鹿げたことか
以下のような事例についての見解を尋ねた.
もしれないが,本人は必死だ.刑務所で更生する
【事例 1】先生が治療中の患者さんがスーパー
のも一手かもしれないが,よほどの専門的知識を
で万引きが見つかり,店から照会の連絡があった
持った人がいないと双方にとり苦痛だろう.
時,万引きの数がたとえば 1∼3回程度と比
的
⑶症例 C(かなり改善している患者)
少ない場合,先生ならどう対処されるでしょう
摂食障害の万引きは,正常な状態で行う万引き
か
とは違うと思う.頭の中が常に食べ物のことで一
①摂食障害の経過中の万引きであることは説明す
杯で,ボーとして何かにとりつかれたように罪の
るが,患者の教育上も,一般の万引きと同じに
意識や物事の善悪,これをしたらどうなるかなど
と
えることなくやってしまう.20年以上前を
対処してもらってよいと伝える 40%
②摂食障害の経過中の万引きであることを理解し
振り返り,摂食障害に憑依されたような気がして
てもらうよう努力する 34%
ならない.今も完全に治っていないが,万引きだ
③いちがいには言えない 20%
けはしないという理性は働いている.愛する家族
に迷惑をかけられないから.
この他,よくわからない 3%,その他 3%だっ
た.
つまり一般の万引きと同様に対応するが 40%
.治療者に対する調査
次 に 2008年 2月 に 日 本 摂 食 障 害 学 会 の 会 員
とやや多いが,理解してもらうよう努力するとの
回答も 34%あり,判断は分かれていた.
241名と,この問題に詳しい精神科医 8名にアン
【事例 2】事例 1と同様の状況だが,万引きが
ケート用紙を送付した.回答者は日本摂食障害学
常習化している場合(たとえば 10回以上)先生
会会員 111名,精神科医 6名で回収率は 47%だ
ならどう対処されるでしょうか
った.回答者の内訳は精神科医 43%,心療内科
%と厳しい対応が増え,回答②の理解してもらう
医 34%,臨床心理士 10%,婦人科医 4%,小児
よう努力するは 10%に減っている.
回答①は 62
科医 3%,内科医 2%で,その他看護師,栄養士,
精神鑑定書を書いた経験のある医師は 9名だっ
養護教諭,社会福祉士各 1名(1%)が含まれる.
た.鑑定は弁護士からの依頼(私的鑑定)1件,
なおここで紹介するのはコメントの一部であり,
捜査機関からの依頼 2件,裁判所からの依頼 3件
シンポジウム:摂食障害患者の万引きをめぐって
だった.鑑定主文では,事件の内容は不明だが,
SS213
の間でも見解は異なる.
責任能力あり 5件,責任能力を著しく欠いていた
(心神耗弱)3件,責任能力を完全に欠いていた
4.今後の課題
(心身喪失)3件と判断は分かれていた(数字が
①これまで迷いつつ,その都度対処していた.こ
合わないのは記入漏れがあったため)
.自由回答
の調査結果を心待ちにしている(複数意見)
.
では,以下のような意見が寄せられた.なお回答
支援方法のガイドラインもあるとよい(複数意
者の氏名は,許可を得た方のみを掲載した.
見)
.学会としてのある程度の統一見解は必要
②司法との意見交換が必要.
1.疾患に配慮する立場の意見
①飢餓症候群への生物学的理解が必要で,単なる
窃盗犯として扱うには大変問題がある.
③事例は多く,司法判断の基準を示すべき(高木
洲一郎).
④法整備が必要(水島広子)
.
②万引きをした生徒は通常,処分の対象となる.
⑤米国にはドラッグコートと呼ばれる,刑務所に
摂食障害の場合は,主治医や文献により配慮す
収容するのではなく,裁判所が依存の治療を命
るよう(学校側に)伝えたい(養護教諭)
.
じ,その後の治療状況も裁判所がモニタリング
する制度がある.これに類似した制度があれば
2.処遇についての厳しい意見
処遇上の問題は少なくなるのではないか.
①自分は病気なんだぞ,とはき違えているものも
いるのも事実.摂食障害を免罪符にしてはなら
ない.完全責任能力.
.
察
1.摂食障害患者の万引きの心理
②患者はここまでは理解されるということを学習
この問題についても筆者はすでに報告してお
するので,厳しく対応することは必要だと思う
り ,ここでは馬場と下坂の論文を再録する.摂
(外ノ池隆).
③摂食障害になれば万引きし放題.こんな状態に
して摂食障害を悪化させないで欲しい.
食障害の万引きについては,国内外とも報告はあ
まり多くない
.馬場ら は,摂食障害患者の
盗みの心理的背景を検討している.①欲求不満耐
④常態化し,数百万円分も万引きして,何回警察
性の低さ,②独特の超自我―多くは反抗期のない
に捕まっても注意だけで帰される.いかなる場
いわゆる「いい子」で,学校では優等生で通って
合も法的に処理されるのが望ましい.
いる.彼らの道徳心は人並みあるいは普通以上に
強い場合が多く,反社会的性格に基づいた不適切
3.精神鑑定医からの意見
①刑事処分はあくまで司法判断であり,治療者は
行動よりは超自我に縛られた過剰適応がしばしば
見られる.ところが,万引き行為に対しては,奇
それについて積極的な関わりをすべきでない.
妙なほど罪悪感を抱かない.一種の満足感や安
ただし行動の病理性や治療の必要性は司法機関
感を味わっていたりする.彼らのパーソナリティ
に理解されにくいので,十分に説明や情報提供
に分裂(splitting)があることが推測される.③
を行うべきである(中谷陽二)
.
内的空虚感,④依存感と拒否感―両価的感情,⑤
②責任能力では争わず,情状面を 慮するよう主
張すべき(2名)
.
統制感喪失あるいは放棄―自己統制が強く一見統
制力を持っているかに見えた彼らが,衝動的非主
( :摂食障害は狭義の精神病には含まれない
体的に行動する.⑥取り入れ様式への固着―あた
ため,法律上は心神喪失や心神耗弱には該当
かも,幼児のように手近にあるものを何でも手に
しない)
入れたり口に入れたりして自分の物(一部)にす
以上のように,治療者や司法精神医学の専門家
るのに似ていることなどである.
精神経誌(2012)
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摂食障害の病態は時代とともに変化しており,
リーに分類している.第 3の領域が,汎神経症・
以前は神経性食欲不振症(俗にいう拒食症)のみ
汎不安,同一性拡散・思 障害・多形倒錯・小精
であった.神経性食欲不振症では禁欲的に食事の
神病などである.
「伝統的な司法精神医学では彼
摂取をコントロールしているが,下坂
はすで
らの状態は非疾病であり,責任能力は減免の対象
に 1961年に神経性食欲不振症の症状学補遺とし
とはならないと えられてきた.しかし彼らの自
て,けちであることを挙げている.
「けちは必発
我の脆弱さや,パニックや行動化への防衛の不十
的症状とみることが出来,けちは食物に次いで金
分性から えれば,彼らの行為に完全な責任を求
銭が対象となり,例外なく小遣いを貯めこむよう
めることは不適切である.また彼らにとっては刑
になる」と記載している.万引きもそれと関連す
罰・矯正よりも精神医学的治療こそが必要である.
る独特の心性と えられる.過食症が登場し,そ
したがって,心神喪失ないし耗弱を認定すべきケ
の後患者数は急激に増加した.現在は過食・嘔吐
ースが多いと思われる」と述べている.
のタイプが最も多い.過食のため,いくらお金が
摂食障害もこのカテゴリーに含まれると えら
あっても足りないので節約したい,どうせ食べて
れるが,ことに万引きは摂食障害による食行動の
も吐いてしまうのだからという理由を挙げるもの
異常や,独特の心性と結びついており,特殊であ
も多い.
る.これを一般の万引きと同列に判断するのは酷
Baum ら は文献を
察し,万引きの要因とし
であろう.ただし病気のなせる業としてすべてが
て,飢餓による精神機能の障害,薬物の影響,感
許されるわけにはいかないのも勿論である.被害
情障害,パーソナリティ障害,精神力動的特徴,
にあった店に与える影響は深刻である.
解離現象,緊張の低下,衝動性,社会文化的影響
摂食障害の改善には患者の心理社会的発達が必
などを挙げ,万引き群は摂食障害のうちで重症度
要である.万引きという行為が疾患と結びついて
の指標になろうと述べている.このように万引き
いるため病気が治らない限り,再犯の可能性は少
の心理にはさまざまな解釈がある.
なからずある.患者に対しては万引きは勿論戒め
ているが,不適切行動だけを注意しても改まるも
2.摂食障害患者の万引きの司法判断について
1)司法精神医学的にどう捉えるのか
のではない.
摂食障害は専門的チームによる治療が望ましい
今日もなお法律家に引用されるのは,1983年
が,そもそもわが国では,摂食障害の治療システ
の大阪高裁での判例 である.事件は神経性食欲
ムが患者数の増加という実情に対して非常に遅れ
不振症による食料品の万引き窃盗である.高裁の
ているのが現状である .
判決文を一部引用すると,
「本件犯行当時,神経
筆者らの調査では,万引きは摂食障害の発症後
性食欲不振症の重症者であったため,事理の是非
に見られており,深沢 の報告した 6例も同様で
善悪を弁識する能力は一応これを有していたもの
あった.病気が治らない限り万引きは止められな
の,食行動に関する限り,その弁識に従って行為
いであろうことを患者自身も自覚している.した
する能力を完全に失っていたもの,すなわち,右
がって本来は刑罰ではなく治療が優先されること
にいう食行動の一環たる食物入手行為に該当する
が望ましい.筆者の経験では,摂食障害が軽快す
本件各犯行は,いずれも心神喪失の状態において
れば万引きもなくなる.患者には万引きという行
行われたものと認定するのが相当である」とし,
為が深刻な問題であることを是非受け止めて欲し
責任能力を認め,窃盗罪の成立を認めた原判決を
いが,罪悪感が乏しいため,万引きの問題だけを
破棄し,心神喪失を認めて無罪とした(鑑定人,
取り上げても,それを止めさせることは困難であ
北村陽英).
る.家族を含めた密度の濃い多面的な治療が望ま
福島 は境界例ないし境界領域を 3つのカテゴ
しい.
シンポジウム:摂食障害患者の万引きをめぐって
SS215
筆者は日常の臨床では店から連絡を受けた時に
より責任能力の判断は異なり,まちまちの対応が
は,主治医の立場としては治療的観点からも一般
なされている.司法関係者がこの問題を理解する
の万引きと同じに対応して欲しいと伝えることが
ことは非常に難しく,今後は精神科医もそのため
多い.ただし,裁判となれば
に努力をしていく必要がある.
藤的となる.犯罪
歴がつくことにより本人の立場がさらに悪くなる
のは避けられないからである.
にもとづく場合が多い.ただし摂食障害の万引き
敢えて私見を述べるなら,これまで述べてきた
ような摂食障害に特有の食行動や心理を
摂食障害(疾病性)の万引きは患者特有の心性
のスペクトラムにはさまざまな事例や治療者の
慮する
え方があり,処遇は一概には論じられない.筆者
と,多くの例は心身耗弱あるいは心神喪失に相当
は個人的には完全責任能力は問うのは酷ではない
すると判断されてもよいのではないかと思われる.
かと えているが,これに関しては今後の議論を
ただし万引きを繰り返す例も少なくなく誠に悩ま
待ちたい.本稿がそのための一石を投じることに
しい問題であり,今後の議論を待ちたい.
なれば幸いである.
2)司法関係者に摂食障害について理解しても
らうための努力
万引きの常習化を避けるには,摂食障害の適切
な治療こそが重要であることを強調したい.
司法側にはこの問題はまだほとんど理解されて
いない.起訴された場合,検事や裁判官に本稿で
文
献
1)Baum, A., Goldner, E.M .: The relationship
述べたような摂食障害に特有の心理を理解しても
らうことは容易ではない.万引きを繰り返せば,
between stealing and eating disorders. A review. Har-
法的には常習犯として扱われる.強盗と同じ処罰
vard Rev Psychiatry, 3; 210-221, 1995
で,保釈も許されず,執行猶予も付かない実刑と
なる.法的処分が避けがたい場合,病歴を被害
者・警察に明確にできるように用意し,治療中の
2)馬場謙一,穂積 登,前川あさ美:神経性摂食障
害に見られる盗みの心理.厚生省特定疾患・神経性食思不
振 症 調 査 研 究 班 昭 和 62年 度 研 究 報 告 書.p. 167-169,
1982
犯行であることを理解してもらうことや,患者が
3)判例時報 1116号,140-141,1984
万引きを繰り返すことについて,権威ある資料を
用意するなどの努力が必要である.竹村
は精
神科医の立場から刑事弁護について,林 は弁護
4)Krahn, D.D., Nairn, K., Gosnell, B.A., et al.:
Stealing in eating disordered patients.J Clin Psychiatry,
52: 112-115, 1991
5)林
士の立場からこの問題を論じている.
司法側の理解を得るには今後も根気よく専門医
が上申書や信頼できる資料を提出したり,警察に
説明したり,主治医が法廷に立つなどの努力が必
要である.また司法側も法的に一定の基準を示す
時期に来ているのではないかと える.
大悟:クレプトマニア(窃盗癖)―再犯でも
弁護人が出来ること.季刊刑事弁護,64;28-31,2010
6)深沢裕紀:Anorexia nervosa にみられた盗みに
ついて.精神経誌,88;421-437,1986
7)福島
章:犯罪心理学研究Ⅱ.金剛出版,東京,
1984
8)中谷陽二:司法精神医学から見た摂食障害患者の
盗み行動.第 4回日本摂食障害学術総会,東京,2008
お わ り に
摂食障害患者の万引きの頻度は高く,治療上避
けて通れない問題である.実際に治療者が意見を
求められる機会も多いことがアンケート調査でも
明らかとなった.治療者は患者の万引きの問題に
ついてもよく認識しておく必要がある.
現状では司法側も治療者側も,判断は鑑定医に
9)澤本良子,野崎剛弘,河合宏美ほか:万引きまた
は盗食歴を有する神経性食欲不振症患者の心理特性.心身
医,43;766-773,2003
10)下坂幸三:青春期やせ症(神経性無食欲症)の精
神医学的研究.精神経誌,63;1041-1082,1961
11)高木洲一郎:摂食障害患者の万引きの法的処分を
め ぐ っ て ― 現 状 と 問 題 点 ―.臨 精 医,37;1421-1427,
精神経誌(2012)
SS216
2008
13)高木洲一郎,大森美湖,浜中禎子ほか:摂食障害
12)高木洲一郎,鈴木裕也:わが国における摂食障害
の治療システムの構築に関する研究.厚生省精神・神経疾
患研究委託費「青年期を中心とした心身症の病態の解明と
その治療法に関する研究」.p. 27-30,1999
患者の万引きをめぐる諸問題.アディクションと家族,
26;296-303,1910
14)竹村道夫:窃盗癖の治療最前線と刑事弁護.季刊
刑事弁護,64;48-52,2010
The Problem of Eating Disorders and Stealing
Syuichiro TAKAGI
Jiyugaoka Takagi Clinic
It is a well-known fact that among patients with eating disorders,a high average of
stealing behaviors are found. According to the authors investigation, 44% of patients
diagnosed with eating disorders are guilty of stealing. The stolen items are overwhelmingly
food. Every therapist must be aware of this issue. Stealing is related to a psychological
characteristic of the disease. Opinions differ among doctors as to how to treat the behavior
of stealing. M oreover, the problem is hardly understood by the justice system. The judgment of police,prosecutors,and the courts all differ at each level. The author has raised this
issue since 2007. Little research has been done abroad in this area. Patients with eating
disorders should recognize the seriousness of stealing,but it is difficult to stop their stealing
behavior because they lack guilt. To prevent stealing,the author emphasizes the appropriate treatment of eating disorders. The author has conducted an investigation through a
questionnaire to patients and therapists respectively. The results of this investigation are
reported,and consideration is given to the problem. It is the authors hope that the assembly
and readers become more aware of this issue through this symposium.
Authors abstract
Key words: eating disorders, stealing, forensic psychiatry, accountability,
diminished responsibility