東日本大震災 リスク・レポート(第3号) - 三菱商事インシュアランス

2011 年8月26日発行
いま日本列島は東日本大震災がきっかけとなっ
て大きな地震や津波が発生するのではないかと懸
東日本大震災 リスク・レポート(第3号)
念されています。そこで次に発生する地震や津波の
危険性と、企業としての備えについて考えてみたい
「東日本大震災による建築物等の被害とその特徴」
と思います。
発行:三菱商事インシュアランス株式会社 リスクコンサルティング室
◆今回のテーマについて
今回、地震の揺れによる建築物の被害が大きくな
東日本大震災においては、地震の規模に比べ、揺
らなかった要因のひとつとして、地震動の特性があ
れによる建築物被害は大規模ではなかったと総括
げられています。今回と兵庫県南部地震の地震動を
されています。しかしながら、従来の考え方では想
比較した速度応答スペクトル(図 1)をみますと、
定されなかった被害や、指摘されていたが未だ対応
兵庫県南部地震においては 1∼2 秒あたりの周期
が不十分であった事例が見受けられました。
が卓越していますが、今回の地震動ではその部分は
本レポートでは、それらに該当する「非構造部材」・
「長周期地震動」
・
「液状化」
・
「津波」による被害を
紹介し、その特徴について取り纏めました。
あまりなく 1 秒以下の部分が卓越しています。
木造家屋や中低層建築物に大きな被害を与える
成分は、キラーパルスと呼ばれるこの 1∼2 秒の周
期のものであり、今回はそれらが多くなかったため
◆建築物の被害について
まずは、今回の地震の揺れによる建築物の被害の
に揺れによる被害が甚大ではなかったと指摘され
ています。
特徴を、国土交通省国土技術政策総合研究所及び独
立行政法人建築研究所が取り纏めた「平成 23 年東
北地方太平洋沖地震調査研究(速報)平成 23 年 5
月」により一部抜粋し紹介します。
①木造建築物では、被害の態様は従来の被害地震に
よるものと概ね同様であると位置付けられる。
②鉄骨造建築物では、柱や梁などの主要な構造部材
には殆ど被害は見られなかった。一方、天井の脱
落等の非構造部材の被害は比較的多く観察され
た。
③鉄筋コンクリート造等建築物における構造被害
の殆どは旧耐震基準で設計された建築物に見ら
れた。被害の形式はほぼこれまでの地震動被害で
見られたものと同じである。
図1 速度応答スペクトル
出典 東京大学地震研究所 HP
④宅地地盤・基礎では、過去の国内の地震では見ら
れなかったような、広範囲の液状化被害が見受け
られた。
⑤非構造部材では、比較的古い工法によるものが多
く被害を受けているのが確認された。
なお、現在の(新)耐震設計は、震度 6 程度の
地震において、その建物内の人命に危害を及ぼす倒
壊被害を生じないように建築物の耐震性を確保す
ることを目指しています。従って、地震後にその建
築物が従来通り使用できるところまでは保証して
いませんので、その点は事業継続上留意する必要が
る人の命を奪うこともありますのでこれも注意が
あります。
必要です。
◆非構造部材の被害について
◆長周期地震動による被害について
今回、建築物の主要構造物には大きな被害はあり
規模の大きな地震が発生した場合、長周期の地震
ませんでしたが、外壁タイル等の剥落、ALC パネ
波が発生し、震源から離れた遠方まで到達し、平野
ル外壁の脱落、体育館等の天井材の落下等の非構造
部では地盤の固有周期に応じて長周期の地震波が
部材による被害(特に比較的古い工法によるものが
増幅され、継続時間も長くなることがあります。こ
多い)が見られました。
れにより、超高層建築物が大きく揺れ設備や什器備
首都圏においては、九段会館の天井崩落で不幸に
品に被害を与えたり、石油タンクのスロッシング
も 28 人の死傷者が発生、2003 年に竣工したミ
(タンク内溶液の液面が大きく揺れる現象)が発生
ューザ川崎シンフォニーホールの天井仕上げ材が
し、石油がタンクから溢れ出たり、火災などが発生
落下し長期間休館、また、東京国際フォーラムにお
することがあります。
いても電気系統の不具合が発生する等大きな被害
がでています。
今回の震災では、首都圏の超高層建築物は勿論の
こと、遠く離れた大阪府の 52 階建て咲州庁舎にお
国は、2001 年の芸予地震、2003 年の十勝沖
いても約 10 分間揺れ、最大 1m を超える揺れが
地震の空港ターミナルビルの天井被害を受けて「大
確認されました1)。構造躯体には影響を与える程の
規模空間を持つ建築物の天井の崩落対策について
被害は多くありませんでしたが、什器備品等の転倒、
(技術的助言)
」を、2005 年には「大規模空間を
エレベーター閉じ込め事故、スプリンクラー損傷に
持つ建築物の天井崩落対策について」
・
「地震時にお
よる散水等が発生しています。
ける天井の崩落対策の徹底について(技術的助言)
」
を通知しました。
平成 15 年十勝沖地震で苫小牧の石油タンクが
スロッシングにより火災を発生させましたが、今回
このように、体育館・ホール等 500 ㎡以上の大
はスロッシングによる火災であると断定されたも
規模空間を有する施設のつり天井を中心に、設計・
のはありませんでした。しかしながら、日本海側や
監理指針の明示・技術的助言や実態調査の実施、建
東京湾のコンビナートにおいて、スロッシングによ
築確認・完了検査時や定期報告時のチェック実施等
り浮き屋根のポンツーン破損や沈没等の被害が多
を大規模地震が発生するたびに対策を追加してい
く発生しています2)。
ますが、残念ながらこの種の事故がなくならないの
が現状です。
国は過去の被害を教訓に、
震災前の 2010 年 12
月に「超高層建築物等における長周期地震動への対
災害時には人命確保のため、建物内にいることを
策私案について」を取り纏めたところでした。この
推奨しています。大規模施設だけに限りませんが、
私案では、極めて稀に発生する地震動として周期
建築物は安全であることを前提に通常利用や災害
0.1∼10 秒の成分を含んだ長周期地震動の検討と、
時避難場所利用として利用するため、そのもの自体
什器備品等の転倒防止対策を求めています。超高層
が安全でもシステム天井や吊り下げた設備が危険
建築物にオフィスを構えているところでは、什器備
では元も子もありません。それらの点検・確認の実
品の移動・転倒防止は必須となります。
施は勿論のこと、また、個人においてもつり天井の
また、石油タンクのスロッシング対策として、
ある施設においては天井崩落も頭にいれ避難行動
2005 年に消防法が改正され地震力を加味したも
をとる必要があるでしょう。
のとなり、2017 年 3 月までに浮屋根を改修する
なお、天井だけでなく、前述したとおり外壁の脱
落も多く発生しています。これにより外を歩いてい
よう義務付けられました。しかしながら、その改修
の進捗は進んでいるとはいえない状況です。
◆液状化被害について
今回の震災では世界最大級の液状化が発生しま
した。東京湾沿岸部だけでも約 4,200ha に及ぶと
流れを生じさせ、この速い流れにより、施設周辺の
地盤が洗い流すこと。施設の倒壊や流失を引き起こ
すこともあります。
の報道もあります。また、沿岸部の埋立地だけでな
建築基準法では津波による荷重は明確に定めら
く、内陸部の河川や湖沼沿いにおいても発生してい
れておらず、20 条において「建築物は、自重、積
ます。
載荷重、積雪荷重、風圧、土圧及び水圧並びに地震
このように広域で大規模な液状化が発生したメ
その他の震動及び衝撃に対して安全な構造のもの
カニズムの解明には更なる研究が必要ですが、その
として、次の各号に掲げる建築物の区分に応じ、そ
原因のひとつとして、地震動の継続時間が長かった
れぞれ当該各号に定める基準に適合するものでな
ことがあげられています。
ければならない」としか記載がありません。2005
兵庫県南部地震においては強振動の継続時間は
年には「津波避難ビル等に係るガイドライン」にお
10∼20 秒前後でしたが、今回は 200 秒以上とな
いて設計用浸水深の 3 倍の静水圧を考慮すると提
っています3)。土壌が液状化するには、揺れの大き
示されていますが、これも汎用性があり強制力があ
さだけでなく、一定時間以上の地震動の継続が重要
るものではありません。
な要因となることがわかってきました。
地震の揺れによる程に津波に対しては知見がな
今回、地盤改良の対策を実施していた埋立地等は、 く、今回の被害を十分検証し今後に生かしていく必
液状化に対して一定程度効果があったようですが、
要がありますが、現状では津波時に建築物の中で安
対策を義務付けられていなかった住宅地の建物や
全を完全に確保することは難しいでしょう。津波か
インフラにおいて大きな被害が発生しました。液状
ら身を守るためには、高台に避難することが大原則
化についてはまだまだ未知の部分や不確定な要素
となります。
が多い現状ですが、以下の点は改めて注意する必要
また、津波を防ぐと想定されている堤防等も損壊
があるでしょう。①地震の揺れがさほど大きくなく
しており、建造物・建築物を補強することや、重要
ても、地震動の継続時間が長ければ液状化が発生す
設備は上部階に設置する等の対応も必要と思われ
る。②液状化と津波により従来想定していなかった
ます。地下・1 階等に設置された重要設備が水害に
鉄筋コンクリート建築物の転倒が発生する。③水平
遭い施設全体が機能停止になることは以前からよ
方向に移動する側方流動により岸壁・護岸や埋設さ
く指摘されていました。今回、未だ完全収束してい
れた水道・ガス管に被害が発生する。
ない福島第一原発においては、非常用炉心冷却装置
特に、古くに埋め立てられ、液状化対策が講じら
(ECCS)を作動させる停電時対策用の非常用発電
れていないコンビナート地区は一旦被害が発生す
機や汲み上げポンプが地下等に設置されていたため
ると、直接的・間接的に被害が甚大となり一企業だ
津波の被害にあい被害を拡大させたことは非常に
けでなく日本経済に影響を及ぼすことも想定され
残念なことであります。
ます。
◆おわりに
◆津波被害について
建築物に対する津波被害については、浸水深によ
建築物・設備は、災害時の人命の確保や活動の拠
点となるもののため、災害に強くなることは言うま
る津波波圧、建築物に働く浮力、洗掘作用、漂流物
でもありません。今回取り上げた項目については、
の衝突等様々な要因があり、また、建築物毎のロー
従来の考え方を見直し・修正すべきところもあり、
ケーションが違うため一概に論じることは難しい
今後の災害対策に反映していく必要はあるしょう。
のが現状です。
(注)洗掘とは、津波が移動する際には極めて速い
なお、命を守ることを最優先とし、人命の確保・
会社存続のための対策に費用をかけることは当然
ですが、すべての対策に対して無尽蔵に費用をかけ
ることが出来ないことも現実です。
今回、想定外のリスクに対する対応を企業は求め
られます。経営者には、そうした事態を視野に入れ、
どのように備え、対応するかといった危機管理マネ
ジメント力が今求められています。
[参考文献]
1)大阪府総務部、「咲州庁舎の安全性等についての
検証結果」
、平成 23 年5月
2)総務省消防庁、「東日本大震災による危険物施設
等の被害状況に係る緊急調査の結果について」、
平成 23 年 5 月
3)国土交通省鉄道局、「鉄道構造物耐震基準検討委
員会の結果について」
、平成 23 年5月27日
(シニアコンサルタント 榊山 哲也)