ダイオキシン類による環境汚染と発生源寄与率の推定(PDF形式 221

ダイオキシン類による環境汚染と発生源寄与率の推定
○鈴木貴博、山口晃、茨木剛、大野勝之、村山等、澁谷信雄(ダイオキシンプロジェクト)
橋本俊次(国立環境研究所)、柏木宣久(統計数理研究所)
1 目的
現在、新潟県内の河川ではダイオキシン類
の環境基準を超過する地点が毎年数カ所存在
している。県内に限らず、全国的にも多くの
地域環境でダイオキシン類による高濃度汚染
事例が報告されており、その汚染原因の解明
が急務である。近年、ダイオキシン類による
汚染原因を解明する手段として、ダイオキシ
ン類の有する特異的異性体パターンから、多
変量解析やケミカルマスバランス法(CMB
法)を用いて発生源を解析する手法が報告さ
れている 1-4)。
CMB 法とは発生源と環境中における特定
の物質の質量釣り合いを基に発生源寄与率を
推定するためのモデルである。本報告では柏
木ら 5) によって提唱された関数関係解析に
よる CMB 法を用いて、新潟県内の河川底質
及び河川水中のダイオキシン類について各種
発生源の寄与率を推定し、CMB 法の有効性
について検討した。
下でのθj の計算である。
また、計算結果の評価方法として、絶対残
差和がある。これは、環境試料の推定値と実
測値との差の総和であり、以下の式で計算さ
れる。
2 解析方法
2.1 CMB 法の概念
CMB 法では環境中のダイオキシン類は、
いくつかの発生源からの寄与の合計であると
いう考えに基づいており、発生源が既知であ
れば、発生源と環境試料中におけるダイオキ
シン類の異性体あるいは同族体(以下、まと
めて「成分」と呼ぶ)の組成比について以下
の関係が成立する。
2.3 解析に使用した環境試料データ及び発生
源データ
環境試料は、新潟県内の河川底質及び河川
水の測定データを用いた。
発生源は、日本の水環境において主たる発
生源と考えられている焼却炉排ガス、CNP 製
剤中の不純物及び PCP 製剤中の不純物の 3
つを想定した。排ガスのデータは新潟県下の
廃棄物焼却施設排ガスの測定濃度を平均して
使用した。農薬中不純物のデータは MO 乳剤
(三井東圧製、有効年 1974 年)を当所で分
析した測定データのほか、Masunaga ら 6),
清家ら 7) によって求められた CNP 及び PCP
中のダイオキシン類濃度を使用した。発生源
データとして使用した農薬中不純物のデータ
の一覧を表 2 に示す。実際の計算ではこれら
のデータを目的に応じて選択、平均など数値
処理を行った後、使用した(数値処理の方法
b
ηi = ∑ζi θ
j j
i=1,2,..... ,a
(1)
j =1
ここで、ηi は環境試料中における成分 i の
組成比、ζij は第 j 番目の発生源から環境試料
中に到達した成分 i の組成比、θj は発生源 j
の寄与率、そして b は発生源の数を表す。
CMB 法の目的はηi(環境試料)の実測値 yi
と、ζij(発生源)の実測値 x ij が与えられた
-9-
絶対残差和 = ∑ i ηi − yi
(2)
ここでη i は成分 i の推定値、y i は成分 i の
実測値であり、この絶対残差和が小さいと、
正確な寄与率推定ができたという判断材料の
一つになる。
2.2 解析に使用した成分
解析に使用した成分を表 1 に示す。表 1 に
示す成分は、毒性等価係数(TEF)を持つダイ
オキシン及びフラン類(以下 DD/DFs)17
異性体に 1368,1379-TeCDD 及び 4~7 塩素の
others を加えた計 27 成分である。ここで、
others とは 1368-TeCDD 、1379-TeCDD 及
び TEF を持つ異性体以外の DD/DFs を指す。
示す。河川水-8 を除く河川水試料は推定結果
にほとんど変化はなかったが(これは同時に
初めに想定した発生源が適切であったことの
証明にもなる)、河川水-8 については事業所
3 結果及び考察
排水を発生源として加えた場合、初めの推定
3.1 クラスター分析による発生源データの集
結果と比べ絶対残差和が小さくなり、排水に
約
よるダイオキシン類が、9 割以上を占める結
発生源、特に農薬中のダイオキシン類の濃
果となった。以上のことから、関数関係解析
度はメーカーやロット、製造法によって大き
な違いがあることが知られている 6,7)。よって、 による CMB 法は適切な発生源を選択するこ
できるだけ多くの農薬中不純物のデータを発
とによって環境試料中ダイオキシン類の寄与
生源として考慮することが望ましいが、表 2
率推定に有効であることが確認された。
に示す全ての CNP データ、PCP データを用
また、新潟県内河川底質及び河川水中のダ
いて寄与率計算を行うことは多大な時間を要
イオキシン類の大部分は、過去に使用された
する。また、類似した発生源を複数使用する
農薬製剤に含まれていた不純物に由来するこ
ことによって、多重共線性の問題も発生する。
とが示唆された。
そこで、代表的な成分組成を持つデータを
選び出す目的で、表 2 に示す CNP データ及
び PCP データを CNP、PCP それぞれについ
4 参考文献
てクラスター分析を行った。クラスター分析
1) 橋 本 俊 次 : 環 境 化 学 , 14(2), 263-285
に は 統 計 解 析 ソ フ ト statisitica を 用 い 、
(2004)
K-means クラスタリング法によりデータを
2) Masunaga et al.: Chemosphere, 53,
解析したところ、表 3 に示す 4 つのクラスタ
315-324 (2003)
ーに分類された。分類された各クラスター内
3) Sakurai, T.: Environmental Science and
のデータの平均値を発生源として使用した。
Technology, 37, 3133-3140 (2003)
4) 岩 本 真 二 ら : 環 境 化 学 , 14(4), 805-815
3.2 発生源寄与率の推定結果
(2004)
CMB 法による寄与率推定結果を図 1 に示
5) Kashiwagi et al.: Japanese J. Appl.
す。CNP の個々のクラスターによる寄与率は
Statist, 31(1), 59-74 (2002)
足し合わせ、総 CNP の寄与率として算出し
6): Masunaga et al.: Chemosphere, 44,
た。PCP についても同様とした。
873-885(2001)
また、図 2 に個々の環境試料の絶対残差和
7) 清家伸康ら:環境化学,13,117-131( 2003)
を示す。ここで、河川水-8 以外の試料につい
ては絶対残差和が小さく、発生源としては主
に過去に使用されていた PCP 及び CNP 製剤
中の不純物によるものと推定された。
河川水-8 については絶対残差和が大きく、
正確な寄与率推定ができていないと考えられ
た。その原因として、河川水-8 の採水ポイン
トの上流にある事業所からの排水による影響
が考えられた。そこで、当該事業所からの排
水中のダイオキシン類濃度を発生源に加えて、
再度河川水-1~8 の解析を行った。これは当
該事業所からの排水が計算に与える影響を考
慮するためである。図 3 に発生源に排水を加
えた場合の推定結果を、図 4 に絶対残差和を
については後述する)。
- 10 -
表 1 解析に使用した成分
TeCDDs
PeCDDs
HxCDDs
HpCDDs
OCDD
1,3,6,8-TeCDD
1,3,7,9-TeCDD
2,3,7,8-TeCDD
other TeCDDs
1,2,3,7,8-PeCDD
other PeCDDs
1,2,3,4,7,8-HxCDD
1,2,3,6,7,8-HxCDD
1,2,3,7,8,9-HxCDD
other HxCDDs
1,2,3,4,6,7,8-HpCDD
other HpCDDs
1,2,3,4,6,7,8,9-OCDD
TeCDFs
PeCDFs
HxCDFs
HpCDFs
OCDF
2,3,7,8-TeCDF
other TeCDFs
1,2,3,7,8-PeCDF
2,3,4,7,8-PeCDF
other PeCDFs
1,2,3,4,7,8-HxCDF
1,2,3,6,7,8-HxCDF
1,2,3,7,8,9-HxCDF
2,3,4,6,7,8-HxCDF
other HxCDFs
1,2,3,4,6,7,8-HpCDF
1,2,3,4,7,8,9-HpCDF
other HpCDFs
1,2,3,4,6,7,8,9-OCDF
表 2 発生源として使用した農薬データ
符号*)
CNP c1975m
c1980m
c1983m
c1984m
c1986m
製造年(推定)
文献
符号
製造年(推定)
1975
1980
1983
1984
1986
c1972s
1972
c1973s
1973
Masunaga
c1974s
1974
6)
et al.
c1975s
1975
c1976s
1976
c1977s
1977
c1978s
1978
c1971n
1971
本研究
c1979s
1979
PCP p1964m
1964
p1966s
1966
Masunaga
p1967m
1967
p1967s
1967
p1968m
1968
p1969s
1969
et al.6)
punkm
unknown
p1970s
1970
*本報告では農薬データを区別するため、独自の符号を割り当てた
符号
製造年(推定)
符号
製造年(推定)
c1980s
c1981s
c1982s
c1983s1
c1983s2
c1985s1
c1985s2
c1988s
p1972s
p1975s
p1977s
p1979s
1980
1981
1982
1983
1983
1985
1985
1988
1972
1975
1977
1979
c1990s
c1991s1
c1991s2
c1991s3
c1992a1
c1992a2
c1993s
c1994s
p1982s
p1985s
1990
1991
1991
1991
1992
1992
1993
1994
1982
1985
文献
Seike
et al.7)
Seike
et al.7)
表 3 クラスター分析の結果
クラスター1
クラスター2
クラスター3
クラスター4
c1980m
c1972s
c1973s
c1975m
c1975s
c1976s
c1983m
c1982s
c1985s2
c1984m
c1986m
c1983s1
CNP
c1974s
c1977s
c1978s
c1979s
c1980s
c1981s
c1990s
c1991s2
クラスター1
クラスター2
c1991s1 c1992a2
c1991s3 c1993s
c1992a1 c1994s
c1983s2
c1985s1
c1988s
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クラスター3
クラスター4
PCP
p1968m
punkm
p1967m
p1975s
p1985s
p1964m
p1967s
p1969s
p1966s
p1977s
p1979s
p1982s
p1970s
p1972s
1
90%
0.9
80%
0.8
70%
0.7
河川水_8
河川水_7
河川水_6
河川水_5
河川水_4
河川水_3
河川水_2
底質_d
底質_a
河川水_8
河川水_7
河川水_6
河川水_5
河川水_4
0
河川水_3
0%
河川水_2
0.1
河川水_1
10%
底質_d
0.2
底質_c
20%
底質_b
0.3
底質_a
30%
図 1 各種発生源の寄与率推定結果
図 2 各試料の絶対残差和
100%
1
90%
0.9
80%
0.8
70%
0.7
60%
寄与率
0.4
河川水_1
40%
0.5
底質_c
50%
0.6
底質_b
PCP
CNP
排ガス
排水
50%
PCP
40%
絶対残差和
寄与率
60%
絶対残差和
100%
0.6
0.5
0.4
CNP
30%
0.3
図 3 事業所排水を発生源に加えた場合の
各種発生源の寄与率推定結果
河川水_8
河川水_7
河川水_6
河川水_5
河川水_1
河川水_8
河川水_7
河川水_6
河川水_5
河川水_4
河川水_3
河川水_2
0
河川水_1
0.1
0%
河川水_4
0.2
10%
河川水_3
20%
河川水_2
排ガス
図 4 事業所排水を発生源に加えた場合の
各試料の絶対残差和
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