ダイオキシン類による環境汚染と発生源寄与率の推定 ○鈴木貴博、山口晃、茨木剛、大野勝之、村山等、澁谷信雄(ダイオキシンプロジェクト) 橋本俊次(国立環境研究所)、柏木宣久(統計数理研究所) 1 目的 現在、新潟県内の河川ではダイオキシン類 の環境基準を超過する地点が毎年数カ所存在 している。県内に限らず、全国的にも多くの 地域環境でダイオキシン類による高濃度汚染 事例が報告されており、その汚染原因の解明 が急務である。近年、ダイオキシン類による 汚染原因を解明する手段として、ダイオキシ ン類の有する特異的異性体パターンから、多 変量解析やケミカルマスバランス法(CMB 法)を用いて発生源を解析する手法が報告さ れている 1-4)。 CMB 法とは発生源と環境中における特定 の物質の質量釣り合いを基に発生源寄与率を 推定するためのモデルである。本報告では柏 木ら 5) によって提唱された関数関係解析に よる CMB 法を用いて、新潟県内の河川底質 及び河川水中のダイオキシン類について各種 発生源の寄与率を推定し、CMB 法の有効性 について検討した。 下でのθj の計算である。 また、計算結果の評価方法として、絶対残 差和がある。これは、環境試料の推定値と実 測値との差の総和であり、以下の式で計算さ れる。 2 解析方法 2.1 CMB 法の概念 CMB 法では環境中のダイオキシン類は、 いくつかの発生源からの寄与の合計であると いう考えに基づいており、発生源が既知であ れば、発生源と環境試料中におけるダイオキ シン類の異性体あるいは同族体(以下、まと めて「成分」と呼ぶ)の組成比について以下 の関係が成立する。 2.3 解析に使用した環境試料データ及び発生 源データ 環境試料は、新潟県内の河川底質及び河川 水の測定データを用いた。 発生源は、日本の水環境において主たる発 生源と考えられている焼却炉排ガス、CNP 製 剤中の不純物及び PCP 製剤中の不純物の 3 つを想定した。排ガスのデータは新潟県下の 廃棄物焼却施設排ガスの測定濃度を平均して 使用した。農薬中不純物のデータは MO 乳剤 (三井東圧製、有効年 1974 年)を当所で分 析した測定データのほか、Masunaga ら 6), 清家ら 7) によって求められた CNP 及び PCP 中のダイオキシン類濃度を使用した。発生源 データとして使用した農薬中不純物のデータ の一覧を表 2 に示す。実際の計算ではこれら のデータを目的に応じて選択、平均など数値 処理を行った後、使用した(数値処理の方法 b ηi = ∑ζi θ j j i=1,2,..... ,a (1) j =1 ここで、ηi は環境試料中における成分 i の 組成比、ζij は第 j 番目の発生源から環境試料 中に到達した成分 i の組成比、θj は発生源 j の寄与率、そして b は発生源の数を表す。 CMB 法の目的はηi(環境試料)の実測値 yi と、ζij(発生源)の実測値 x ij が与えられた -9- 絶対残差和 = ∑ i ηi − yi (2) ここでη i は成分 i の推定値、y i は成分 i の 実測値であり、この絶対残差和が小さいと、 正確な寄与率推定ができたという判断材料の 一つになる。 2.2 解析に使用した成分 解析に使用した成分を表 1 に示す。表 1 に 示す成分は、毒性等価係数(TEF)を持つダイ オキシン及びフラン類(以下 DD/DFs)17 異性体に 1368,1379-TeCDD 及び 4~7 塩素の others を加えた計 27 成分である。ここで、 others とは 1368-TeCDD 、1379-TeCDD 及 び TEF を持つ異性体以外の DD/DFs を指す。 示す。河川水-8 を除く河川水試料は推定結果 にほとんど変化はなかったが(これは同時に 初めに想定した発生源が適切であったことの 証明にもなる)、河川水-8 については事業所 3 結果及び考察 排水を発生源として加えた場合、初めの推定 3.1 クラスター分析による発生源データの集 結果と比べ絶対残差和が小さくなり、排水に 約 よるダイオキシン類が、9 割以上を占める結 発生源、特に農薬中のダイオキシン類の濃 果となった。以上のことから、関数関係解析 度はメーカーやロット、製造法によって大き な違いがあることが知られている 6,7)。よって、 による CMB 法は適切な発生源を選択するこ できるだけ多くの農薬中不純物のデータを発 とによって環境試料中ダイオキシン類の寄与 生源として考慮することが望ましいが、表 2 率推定に有効であることが確認された。 に示す全ての CNP データ、PCP データを用 また、新潟県内河川底質及び河川水中のダ いて寄与率計算を行うことは多大な時間を要 イオキシン類の大部分は、過去に使用された する。また、類似した発生源を複数使用する 農薬製剤に含まれていた不純物に由来するこ ことによって、多重共線性の問題も発生する。 とが示唆された。 そこで、代表的な成分組成を持つデータを 選び出す目的で、表 2 に示す CNP データ及 び PCP データを CNP、PCP それぞれについ 4 参考文献 てクラスター分析を行った。クラスター分析 1) 橋 本 俊 次 : 環 境 化 学 , 14(2), 263-285 に は 統 計 解 析 ソ フ ト statisitica を 用 い 、 (2004) K-means クラスタリング法によりデータを 2) Masunaga et al.: Chemosphere, 53, 解析したところ、表 3 に示す 4 つのクラスタ 315-324 (2003) ーに分類された。分類された各クラスター内 3) Sakurai, T.: Environmental Science and のデータの平均値を発生源として使用した。 Technology, 37, 3133-3140 (2003) 4) 岩 本 真 二 ら : 環 境 化 学 , 14(4), 805-815 3.2 発生源寄与率の推定結果 (2004) CMB 法による寄与率推定結果を図 1 に示 5) Kashiwagi et al.: Japanese J. Appl. す。CNP の個々のクラスターによる寄与率は Statist, 31(1), 59-74 (2002) 足し合わせ、総 CNP の寄与率として算出し 6): Masunaga et al.: Chemosphere, 44, た。PCP についても同様とした。 873-885(2001) また、図 2 に個々の環境試料の絶対残差和 7) 清家伸康ら:環境化学,13,117-131( 2003) を示す。ここで、河川水-8 以外の試料につい ては絶対残差和が小さく、発生源としては主 に過去に使用されていた PCP 及び CNP 製剤 中の不純物によるものと推定された。 河川水-8 については絶対残差和が大きく、 正確な寄与率推定ができていないと考えられ た。その原因として、河川水-8 の採水ポイン トの上流にある事業所からの排水による影響 が考えられた。そこで、当該事業所からの排 水中のダイオキシン類濃度を発生源に加えて、 再度河川水-1~8 の解析を行った。これは当 該事業所からの排水が計算に与える影響を考 慮するためである。図 3 に発生源に排水を加 えた場合の推定結果を、図 4 に絶対残差和を については後述する)。 - 10 - 表 1 解析に使用した成分 TeCDDs PeCDDs HxCDDs HpCDDs OCDD 1,3,6,8-TeCDD 1,3,7,9-TeCDD 2,3,7,8-TeCDD other TeCDDs 1,2,3,7,8-PeCDD other PeCDDs 1,2,3,4,7,8-HxCDD 1,2,3,6,7,8-HxCDD 1,2,3,7,8,9-HxCDD other HxCDDs 1,2,3,4,6,7,8-HpCDD other HpCDDs 1,2,3,4,6,7,8,9-OCDD TeCDFs PeCDFs HxCDFs HpCDFs OCDF 2,3,7,8-TeCDF other TeCDFs 1,2,3,7,8-PeCDF 2,3,4,7,8-PeCDF other PeCDFs 1,2,3,4,7,8-HxCDF 1,2,3,6,7,8-HxCDF 1,2,3,7,8,9-HxCDF 2,3,4,6,7,8-HxCDF other HxCDFs 1,2,3,4,6,7,8-HpCDF 1,2,3,4,7,8,9-HpCDF other HpCDFs 1,2,3,4,6,7,8,9-OCDF 表 2 発生源として使用した農薬データ 符号*) CNP c1975m c1980m c1983m c1984m c1986m 製造年(推定) 文献 符号 製造年(推定) 1975 1980 1983 1984 1986 c1972s 1972 c1973s 1973 Masunaga c1974s 1974 6) et al. c1975s 1975 c1976s 1976 c1977s 1977 c1978s 1978 c1971n 1971 本研究 c1979s 1979 PCP p1964m 1964 p1966s 1966 Masunaga p1967m 1967 p1967s 1967 p1968m 1968 p1969s 1969 et al.6) punkm unknown p1970s 1970 *本報告では農薬データを区別するため、独自の符号を割り当てた 符号 製造年(推定) 符号 製造年(推定) c1980s c1981s c1982s c1983s1 c1983s2 c1985s1 c1985s2 c1988s p1972s p1975s p1977s p1979s 1980 1981 1982 1983 1983 1985 1985 1988 1972 1975 1977 1979 c1990s c1991s1 c1991s2 c1991s3 c1992a1 c1992a2 c1993s c1994s p1982s p1985s 1990 1991 1991 1991 1992 1992 1993 1994 1982 1985 文献 Seike et al.7) Seike et al.7) 表 3 クラスター分析の結果 クラスター1 クラスター2 クラスター3 クラスター4 c1980m c1972s c1973s c1975m c1975s c1976s c1983m c1982s c1985s2 c1984m c1986m c1983s1 CNP c1974s c1977s c1978s c1979s c1980s c1981s c1990s c1991s2 クラスター1 クラスター2 c1991s1 c1992a2 c1991s3 c1993s c1992a1 c1994s c1983s2 c1985s1 c1988s - 11 - クラスター3 クラスター4 PCP p1968m punkm p1967m p1975s p1985s p1964m p1967s p1969s p1966s p1977s p1979s p1982s p1970s p1972s 1 90% 0.9 80% 0.8 70% 0.7 河川水_8 河川水_7 河川水_6 河川水_5 河川水_4 河川水_3 河川水_2 底質_d 底質_a 河川水_8 河川水_7 河川水_6 河川水_5 河川水_4 0 河川水_3 0% 河川水_2 0.1 河川水_1 10% 底質_d 0.2 底質_c 20% 底質_b 0.3 底質_a 30% 図 1 各種発生源の寄与率推定結果 図 2 各試料の絶対残差和 100% 1 90% 0.9 80% 0.8 70% 0.7 60% 寄与率 0.4 河川水_1 40% 0.5 底質_c 50% 0.6 底質_b PCP CNP 排ガス 排水 50% PCP 40% 絶対残差和 寄与率 60% 絶対残差和 100% 0.6 0.5 0.4 CNP 30% 0.3 図 3 事業所排水を発生源に加えた場合の 各種発生源の寄与率推定結果 河川水_8 河川水_7 河川水_6 河川水_5 河川水_1 河川水_8 河川水_7 河川水_6 河川水_5 河川水_4 河川水_3 河川水_2 0 河川水_1 0.1 0% 河川水_4 0.2 10% 河川水_3 20% 河川水_2 排ガス 図 4 事業所排水を発生源に加えた場合の 各試料の絶対残差和 - 12 -
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