自然界に学ぶ建築の形態創生 -建築の合理的で美しい - 日本女子大学

日本建築学会大会学術講演梗概集
(関東) 2011 年 8 月
20056
自然界に学ぶ建築の形態創生
-建築の合理的で美しい構造を目指して-
建築構造
収斂進化
構造システム
操作
正会員
正会員
○
杉山まどか*1
石川 孝重*2
形成要素
デザイン
§1 はじめに
本研究では、建築の合理的で美しい構造形態を、自然
界の形態をヒントに考えていくことを目的とする。
自然界では厳しい生存競争に生き残るため、各生物が
それぞれの環境に適した進化を遂げ、エネルギーの効率
化が図られている。例えば、植物の形ひとつとっても、
茎の丸い断面は全ての方向に一様な曲げ剛性をもつため、
どの方向の風荷重に対しても有効であるし、さらに竹の
ような中空断面ならば、同じ分量の材でも中実断面に比
べ曲げ、捩じれに対して強度が増すため、より細く高く
効率的に陽の光に近づくことが可能になる。
また、昨今、深刻な環境問題が世界的に取り沙汰され
ている。建築においても、限られたエネルギーをいかに
効率良く使っていくかが、今後ますます重要な課題にな
ってくると考えられる。
このエネルギーの効率化を考えていく上で、自然界の
形態を観察することがヒントになると考え、本研究を行
った。また、合理性だけでなく、デザインの美しさの観
点からもヒントを得ることを狙いとした。
§2 研究方法
まず、既存の建築で、自然界の形態にヒントを得た、
若しくは結果的に似た形態をもつ建築の事例研究、また
自然界の形態そのものの事例研究を行った。次に、事例
研究から考察される、建築と自然界の構造体との関係を
踏まえ、抽象化し、以後これをもとに、自然界の形態か
ら建築の最適解を得るための手法を追及した。
§3 事例研究
構造体を形成する主な要素として「形」「質」「量」に
注目し、既存建築の事例 20 例について、どのような特徴
の自然界の形態が、建築においてどのように活かされて
いるか、また自然界の形態の事例 18 例について、文献 10
件 1,2)他ホームページ 17 件 3,4)他の調査を行い、どのよう
な特徴の構造形態が何の条件・目的のもとに形成されて
いるかが分かるよう、それぞれ表形式で整理した。
収集した事例の考察から、自然界の形態には、構造の
安定性以外にも外部環境や生き抜く工夫など、様々な条
件・目的の形態決定の要因があり、それらは必ずしも建
築で求める条件や目的と一致するわけではないことや、
既存建築は自然界の形態の見かけをそのまま用いている
わけではないことを確認した。
§4 建築と自然の収斂進化
自然界では、異なる種の生物が、同様の環境に暮らす
とき、似通った進化を遂げることがあり、これを収斂進
化という。例に、モグラ(写真 1)とケラ(写真 2)の前
足があげられ、それぞれ脊椎動物と節足動物であるが、
土を掘るという共通の目的のため、分厚く、爪が大きい
外見的に似た前足をもつ。
写真 1
モグラの前足 4)
写真 2
ケラの前足 4)
この収斂進化について、前述の既存建築の事例研究で
取り上げた事例の中で、人工物である建築の構造体と自
然界の形態の間にも似た現象が起こっていることが確認
できる。以下に示すクレーンの応
力分布とヒトの大腿骨の網状組織
は「建築と自然の収斂進化」の一
例であり、ヒトの大腿骨の網状組
織の分布と、クレーンの張力線、
圧力線の分布が酷似していること 図 1 ヒトの大腿骨の
が、図 1 の模式図から見て取れる。 網状組織(右)とク
レーンの応力分布
§5 「操作」による形態創生
(左)の模式図 1)
ここで、以下の仮説が考えられる。最適な構造形態を
追求した結果、建築と自然が収斂進化を起こすのであれ
ば、建築と自然界の構造体との間に作為的に収斂進化を
起こすことにより、建築の最適な構造形態を得ることが
できるのではないか。ただし、建築と自然界の構造体と
の間に作為的に収斂進化を起こすにあたり考慮すべき点
がある。収斂進化は生物間で起こる条件に即すと、同様
の条件・目的の時に起こるものであるが、建築と自然間
の場合、条件・目的が一致せずとも、各条件・目的が求
める特徴の一致のみによっても起こることが、3 章で取り
上げた事例で確認された。さらに、建築の求める条件・
目的と自然界の形態の条件・目的は、特徴も含めて必ず
しも一致しない。このことは、3 章で確認した通りである。
以上から、建築と自然の収斂進化を作為的に起こし、
構造体の最適解を得るには以下二つの作業を行う必要が
あると考えた。以後この作業を「操作」と称する。
Forming Creation of Buildings Learned by Providence of the Natural World
-For Creation of Reasonable and Artistic Structures-
SUGIYMA Madoka and ISHIKAWA Takashige
― 111 ―
表 1 分類表(抜粋)
構造体
条件・目的
名称
重力影響 第一目的 状態
ほぼ無い
構造
ユニ タ
地理的環境
行動
構造体の位置
内骨
水中 海
格
力学的環境
画像
「形」
原理
均等に水圧
放散
がかかる
虫
「質」
球状・円錐形など の回転体的な形
状
ケイ 酸
特徴
「量」
微細
極小曲面
硬い
薄い
丈夫
リー構
運動
(動
物)
生き
てい
エネル
る自
外圧か
官の種
空
類が多
飛ぶ
ら身を
守る
く、各器
外骨
格
合わせ
て形態
を 変化
トン
大きな風荷
平らな
ボの
重がかかる
面
羽
ギー補給
つまた
草む
は一対
らな
ど
素早い 獲物を
移動
内骨
丸呑み 格
応力分
がった翅に、
薄い
太くなったキ
チ キン 質:繊維状
チ ン 質の筋
全長およ
そ2~5cm
エネル
体全体で接
ギー最小
地
手足が
蛇
なく細
長い
原理
骨:コラ ーゲン 細繊 全長約
同じ形状の
脊椎骨と左
右の肋骨
胸骨がない
が連なる
維(布状)の網目に
16cm~最 肋骨が柔軟
リン 酸カ ルシウム
大約
(砂状)が塗布
180cm
に開閉
応力集 シン プ
中
ジュー
(植
ル構
物)
造:器
陸上
高く伸
早く伸
外骨
びる
びる
格
あらゆる 方
向から風荷
細い中
竹
空円管
重がかかる
節があり節 節ごとに徐々 維管束:セルロ ース
の間はまっ に上が細くな 繊維によ り硬化され
すぐ
る
た細胞膜
高さ約10
~20m
節が円形断
面を 保持し
座屈を 防ぐ
背が高
く、細い
獲物の捕
の建 い
獲
固着
なく、各
動く獲物の抵
クモ
器官の
抗に耐える
の巣
数が多
築
のな
い自
ジュー
ほぼ無い
運動
然
ルの積
大気
み重ね
中
成長速度が平
体=
材の性質
形態
によ り形
面状の6方向で
成(不安
速い
定性原
で成長
全体の形
操作
未操作
形成要素の量 形成要素の形
部の応
力に耐
は材が平
行に固定
六方対
結晶
称形
たんぱく質からなる
糸φ約0..5
クモの糸(数本が寄 µm、巣:φ
り集まった縦糸・粘
約10~
球の付着した横糸)
60cm
水分子
微細
しなやかで
丈夫。引張
に強い材
細く、軽
い
効率の
良い接
合部
形は湿度の
状態によ る
理)
表 2 「操作」による構造形態のパターン化(抜粋)
操作
ネット
雪の
「操作 1」、システムの抽出
自然界の形態を構成する条件・目的から、建築の構造体
に適する特徴を現す条件・目的を選別し、これらの条
件・目的のあり方から、構造システムを抽出する。
「操作 2」、構成要素の操作
操作 1 で得られた構造システムによる構造形態に、建築
の要求する条件・目的を付加し、それを満足するよう構
成要素を変化させる。
上記の「操作」による形態創生を行うにあたり、自然
界の形態の条件・目的と結果としての形態との因果関係
を把握する必要があると考え、3 章の事例研究で取り上げ
た自然界の形態を対象に、その条件・目的により分類し
た分類表を作成した。表 1 はその抜粋である。自然界の
形態を互いに位置づけることにより、それぞれの条件・
目的を明らかにする狙いがあり、構造体の「形」「質」
「量」、特徴を併せて記載し、自然界の条件・目的と形態
との因果関係を把握するためのツールとしてまとめた。
§6 「操作」の一般化
まず「操作」の具体内容について、既存建築の分析を
行い、
「操作 2」で操作対象とする構造体の構成要素を明
確にした。構造体を「全体の形」「形成要素の形」「材の形」
「質」「材」「全体の量」「形成要素の量」「材の量」の 8 つの要
素で表わし、各構成要素の操作・未操作の組み合わせに
より得られる構造形態 256 通り全ての可能性を表わす表
を作成した。表 2 はその抜粋で、A,BD,GS,IV の 4 つのパ
ターンを表す。これらの構造形態パターンは、操作内容
によっても得られる構造形態が変わるため、ある一つの
自然界の形態から得られる構造形態は、実際には 256 通
りよりさらに多くのパターンが存在する。これらの中に
は、構造形態としては存在し得るが、実現するために材
全体の量
接合部で
構造
い。モ
生命
分も上
えうる
類が少
あまり無
ル
ど の部
固着
官の種
たち
じたリ
背骨に 構造が
モ
動物
布に応
ブ 配置
が広がる
(脱皮)
官の数
はひと
有る
然
膜状に広
成長に
造:器
材
質
材の量
操作
操作
操作
操作
操作
材の形
操作
A
未操作
未操作
操作
未操作
未操作
未操作
BD
操作
操作
未操作
操作
操作
操作
GS
未操作
未操作
未操作
未操作
未操作
未操作
IV
未操作
*1 元日本女子大学住居学科
*2 日本女子大学住居学科 教授・工学博士
の浪費など却って不合理を生み出す構造形態パターンも
存在する。本手法では、「操作 1」で得られた構造システム
を、「操作 2」において、どの構成要素を操作するか検討し、
不合理な形態も含めたあらゆる可能性の中から、合理的
な構造体を目指し、一つの形態パターンを得るものとす
る。表 2 は操作する構成要素を検討する際に用いる。
なお、表 2 の中で各構造要素は、便宜上順番に記され
ているが、実際の使用においては、建築上の制約の大き
い構成要素から優先して操作する必要がある。また、表
は一方通行のものではなく、「形」「質」「量」の関係につ
いて、
「この 3 者は独立して決定されるものではなく、互
いに関連している」5)ことを考慮し、一度操作が行われた
対象に対しても、他の要素に変化があれば再度検討を行
うなど、表の中で前後を繰り返して、建築の「形」「質」
「量」を決定していくことが望ましい。
上記で述べた「操作」による形態創生手法に基づき、3
章で取り上げた既存建築の事例についてパターン化を行
った。対象とした全ての事例に対しこのパターン化を当
てはめ説明することが可能であり、このことをもって、
「操作」による形態創生手法の整合性の実証とした。
§7 おわりに
既存建築の事例、自然界の形態の分析により、建築と
自然の関係について、収斂進化という説明を与え、それ
に基づき、自然界の形態から建築の構造体を取り入れる
過程を「操作」という作業で一般化した。この「操作」
による形態創生手法を、自然界の形態から、合理的な建
築の構造体を得るための手法として提示し、いくつかの
既存建築の事例に当てはめて検証した。
【引用文献・引用 URL】
1)ダーシー・トムソン:生物のかたち,東京大学出版,初版,1973年7月20日.
2)フライ・オットー他:自然な構造体,鹿島出版会,第1版,1986年7月5日.
3)東西アスファルト事業協同連盟:わたしの建築手法,http://www.tozaias.or.jp/mytech/06/06_ito06.html,2011年1月8日.
4)ウィキメディア財団:ウィキペディア,http://ja.wikipedia.org/wiki/,2010 年7 月7 日.
5)須賀吉富:建築テデザインのための構造計画,学芸出版社,第 1 版,昭和
44年4月10日.
*1 Dept. of Housing and Architecture, Japan Women’s Univ.
*2 Prof., Dept. of Housing and Architecture, Japan Women’s Univ., Dr. Eng.
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