全教 滋賀 教職 員組 合 2011年10月15日 発行人 田中 哲 編集人 福井将道 本部事務所 大津市朝日が丘1丁目11-3 TEL(077)526-2912 FAX(077)526-2874 E-mail [email protected].ne.jp URL http://www.zkshiga.jp/ 第448号 津 大 教え子を再び戦場に送るな ・1県 高 校 の統 廃 合 問題 が 県 議 会で も 大 き な問 題 に なる中、﹁高校の統廃合は許さない 存 在 で ある か 、 こも ご も に 語ら れ ま し た。 最 後 さ れ よ うと し て いる 地 域 の 高校 が い か に大 切 な 決 意 表 明の あ と 、各 地 域 、 各団 体 か ら 、廃 校 に 実 現 し まし た 。 高校 生 の 合 唱や 、 来 賓 の議 員 の も か け つけ 、 統 廃合 反 対 の 一点 で 広 大 な共 同 が 主 催 で す。 ﹁ つ どい ﹂ は 、 県会 議 員 や 市会 議 員 つ の 地 域の 会 を 加え た 五 者 によ る 実 行 委員 会 が 長 浜 ・ 彦根 ・ 甲 賀で 統 廃 合 反対 を 訴 え てい る 3 る 会 ﹂ 、﹁ 県 立 高校 の 統 廃 合を 考 え る 会﹂ に 、 が 集 ま りま し た 。﹁ ゆ き と どい た 教 育 をす す め 民 の つ どい ﹂ に 、立 場 の 違 いを 超 え て 33 1 人 10 万筆署名 を達成 する決意 を固めあ いまし た。 に 県 に むけ た 集 会ア ピ ー ル を採 択 し 、 年末 ま で に ま し た。 月 日 の 県 議会 本 会 議で 、 県立 学 校 12 て 、 今 年度 内 の 計画 安 策 定 を狙 う 知 事 と県 教 委 決 議案が全 会一致 で採択 されま した。 これに よっ の 時 間 をか け 、 さら に 慎 重 な検 討 ﹂ 等 を求 め る の 再 編 計画 原 案 につ い て ﹁ 少な く と も 一年 以 上 10 こ う した 世 論 と運 動 は つ いに 県 議 会 を動 か し 10 は 厳 しい 立場 に 追い や られ ま した 。 し まし た 。 入 学式 の 時 に、 の ある 、 長 浜 北 高校 に 入 学 僕は 、 こ の 春 に百 年 の 歴 と き の傍 観 者 で いた く は あ あ る 長浜 北 高 が 幕を 閉 じ る て し まい ま す。 僕 は 、 歴 史 て も 、 自 分 の 母 校 は な く なっ 生 徒 が﹁ 私 の 家 で は私 学 に 面 談 で担 任 が ﹁ 希 望す る 高 導 の 話を 聞 き まし た 。 三 者 中 学校 の 先 生に 、 進 路 指 う の です 。 統 廃 合で 、 こ れ 校 に は行 け な い﹂ と言 う と、 う 子 が 何人 も 出 て きた と い け な い 子も い ま す。 こ う い 親 に 相 談し な い で 私立 は 受 います。お父さんが失業し、 ゆきとどいた教育をすすめる会 角田純一郎さん 栄 え ある 百 一 年目 の 入 学 生 以 上選 長浜北高校一年 植田さん だ と いう 校 長 先生 の 言 葉 に、 り ま せん 。 そ のた め に は、 択 肢を て いい 行 け ない ﹂ と 言 い、 親 子 そ の かが 胸 が高 ま り まし た 。 し か し、 こ こ にい る 皆 さ んの 力 が 必 今 まで 、 私 立 と 公立 の 併 問 われ 減 らし 願 が ほと ん ど でし た が 、 不 て いま ろ っ て 泣い た 。 担 任も 泣 い 況 が 原因 で 家 計が 苦 し く 、 た と いう 話 でし た 。 校 の 歴史 が 続 くよ う に 、 よ 私 立 を受 け ず 、 公 立の 定 時 す。 で 、 統 廃合 原 案 の白 紙 撤 回 長浜 市 議 会は 、 9 月 議 会 に この 集 いを 開 き まし た 。 を 緩 めな い で 、 最後 の 最 後 で 活 動を 進 め てい ま す 。 気 育 を 県民 の も の にす る 思 い 方 向 に行 か な いよ う に 、 教 県 議 会に 届 け、 県 が 誤 っ た も 本 校に は 1 8 0人 が 残 る。 ま う こ れ ま せん 。 分 教 室を 作 っ て 案 で は、 大 規 模 化 は解 消 さ 県 が 言う 伊 吹 高 校の 分 教 室 の 受 け入 れ は 不可 能 で す 。 加 速 度的 に 増 え、 これ 以 上 長 浜養 護 は 、 児 童生 徒 が じ てし 室 で ﹁ でき な い 自分 ﹂ を 感 て 実 践 をし て い ます 。 分 教 な ○ ︵ の評 価 ︶ を 積み 重 ね て 卒 業 して ほ し いと 、 小 さ ま ん ざら で は ない ﹂ と 思 っ 長浜養護学校 太田紀三代さん 制 を 受験 す る 生 徒が 増 え て 高 校 統廃 合 の 波に の ま れ て、 要 で す。 ど う か、 長 浜 北 高 長 浜 北高 と し ての 歴 史 は 失 ろ しく お 願 いし ま す。 僕は 、 長 浜 北 高を 卒 業 し わ れて し まい ま す 。 し 判 断す る ため に 、 ﹁ 設 管 湖北の高校を守る会 押谷憲雄さん 統 廃合 の 原 案が 発 表 さ れ と 、 ﹁ 県立 学 校 の設 置 と 管 ま で統 昨 年来 の 皆 さ んの 思 い を 理 の条 例 ﹂ 改 正 を求 め る 意 廃 合の 適 正 は1 2 0人 で す。 条 例﹂ の 改正 を求 めま した 。 見 書 を全 会 一 致で 採 択 し ま 白 紙撤 て 以来 、 各 地 で 運動 が 広 が し た。 今 の ま まで は 、 県 民 回 を求 る 中、 5 つ の 団体 が 、 一 緒 の 財 産で あ る 地域 の 高 校 を きましょ 案 だ けが 先 行 す るの は 納 得 全 体像 が 示 さ れず 分 教 室 す。 心 配で い のか 千 余りの 署名を もっ て参 上した 。 信楽 信 楽高校 を分 校にし ない でほ しい と七 昨日は 、教 育長 と嘉田 知事の 下へ 、 長 浜養 護 では 、 ﹁ 自 分 も で き ませ ん 。 と がな な くす こ と が、 県議 会 へ の だ から 、 県 議 会 が地 域 の 声 う。 報 告だ け で 終わ っ て し ま う。 め て 行 を 受け て 、 き っ ちり と 討 論 12 5年 の 長い 歴 焼 は 甲賀 市 の宝 、 滋賀 県 の 宝 だ 。 その 信 楽焼 の 基本 に なっ て い る匠 の 技の 原 点は 信 楽 高 校 にあ る 。 陶業 界 、 PT A 挙 げて、長 浜・彦根 に負けな い運動を な の一点で 、皆さ んと頑張 りたい。 が 消 え て い くこ と に 、 地 元 の さん 自民党滋賀県議団(彦根市) 広げたい。 西村 久子 み んなが 心配 してい る。 西高 をなく す て い る 。 町 の 中か ら 、 子 ど も 意 欲 あ る 生 徒 を一 生 懸 命 育 て 先生方は﹁ 学びの共同体﹂で、 いま、 西高。 つ彦 根 長 浜 の 市議 会 、 4 2 5 の 連 さん 自民党滋賀県議団(長浜市) 史を も 青木 甚浩 合 自 治 会、 P T A、 校 長 会 な ど か ら 反 対の 意 見 書 が 出 た 。 長浜全域の皆さんがこの統廃 合 に ノ ー を 突 き つけ て い る 。 私 は 最 初 か ら 反 対 、 こ れ か ら も が ん ばる。 さん 甲賀市議会文教常任委員長 中西 弥兵衛 第448号 2011年10月15日 ( 1 ) 第448号 2011年10月15日 ( 2 ) ・1 県民 の つど いに の原 点 に 戻っ て 、 学 校 と教 の 取り 組 み の 中で 学 ん だ こ と とし て 語 られ 、 参 加 者 の 共 感を 呼 びま し た。 競 争と 選 抜 から 、 信 頼 と 希 競 、 争と選抜の 教 望 につ な がる 学 校を 最後に 育 から 抜 け だし 、 子 ど も た ち が自 分 へ の 信頼 を 取 り 戻 し 、 人間 へ の 信頼 を つ く り 三 、 上満 育 のあ り か たを 考 え よ うと 上 げる 明 日 へ の希 望 に つ な 集会 では さん︵教育評論家・ 切り 出 さ れま し た。 が る学 校 を 、 保護 者 ・ 住 民 ・ 教職 員 が 力 を合 わ せ て つ く り上 げ よ う と呼 び か け ら れ 、 滋賀 の 子 ども た ち の 未 来 を考 え よ うと 集 ま っ た 多 くの 方に 感動を 呼び まし た。 年 代荒 れ 狂っ た 中学 校 現 場で 子 ど も たち そ し て、 ∼ 学 校 の 表門 と 裏門 ∼ 子ど も を 信じ る こと 元全教委員長︶に、 ﹃ 私た ち に と っ て 学 校とは何か∼ともに 守り、ともに支える ために﹄と題してお 話していただきまし た。 ︵ 講 演は 後 日 詳報 の 予 定 で ★参 加者の 感想か ら★ す︶ の 成長 を 支 え続 け た お 話を そし て ﹁ 希 望﹂ と は ① 自分 でな け れ ば なら な い こと 、 ﹁ 希 望 を は ぐ く む オ ア シ ス﹂ 命を大切にすること、 織り 交 ぜ なが ら 、 学 校は そ し て学 ぶ こと 、 へ の信 頼 ② 人間 へ の 信 頼③ 三上 さ んの 講 演 、 ﹁ 学 校 まず大震災 で大 被 害 を 受け た 陸 前 高田 明 日へ の 信 頼の 3 つ の 信頼 は 希望 の オ アシ ス ﹂ と い う 三上さん は 市を 訪 れ た体 験 か ら、 大震 の なか で 生 まれ る と 語 りか 先立 ち 、 ﹁ 高 校統 廃 合で は 人学 級 を実 現 し よう ﹂ と 災の 中 で 、 ﹁ いの ち を 大切 なく 、す べて の教 室で ﹁ ゆき と ど いた 教 育 をす す こ とが 心 に 残り ま し た。 な けま し た 。 学校 づ く り のた め に 、 子ど 考 えて い る のか 。 怒 り が わ 本 当に 教 育 の こと を 真 剣 に 。 ・・・ も をと こ と ん信 じ る こ とが い て仕 方 がな い 。 も っ と 全 の に県 の 高校 統 廃合 案 大切 で 、 学 校 には モ ラ ルや 県 に広 げ てい き たい で す。 ︵ 1面の続 き︶ 定時制高校卒業生のお母さん 娘 は県 南 部 の定 時 制 を卒 業 しま し た 。 いろ ん な 背景 を もっ た 方 と友 情 を 深め 、 生 徒 の事 情 を 深く 理 解 し支 え て くれ た 先 生へ の 感 謝と 将 来 への 希 望 を胸 に 抱 いて 。 生 の 皆さ ん の 晴れ 晴 れ とし 縮小廃 止は許せ ません。 が でき な りま す 。 定 時制 の 私 は 卒業 を 迎 えた 日 の 卒業 た 表情 を 、 P TA の 役 員席 い まし た が、 皆 さ ん の熱 い 新聞 を 見て 、 も う 諦め て 娘は 、 卒 業 して か ら も学 から見 つめてい ました。 に 積極 的 に 関わ り た いと 思 思 いを 聞 き、 こ う し た運 動 北 部 定時 制 が 全日 制 に 統合 いまし た。 校 に遊 び に行 っ て い ます 。 さ れれ ば 、 北 部の 子 は それ 彦根 愛・知 犬 ・上の高校を守る会 夏原常明さん 係 は希 薄 で 、 先生 は 一 部の 言 しま す 。 生 徒と 生 徒 の関 答 えま せ ん 。 先生 に だ け発 生 徒 は先 生 に 問わ れ な いと の共同 体﹂で す。 話 する 形 式の 授 業 が﹁ 学 び み んな と ざっ く ば ら んに 対 虚 に 聞く ﹁ 学 び ﹂ へ の 転 換 。 に 提供 し 、 仲間 の 意 見も 謙 こ れま で の 一斉 授 業 では 、 ら 、 自分 の アイ デ ア を仲 間 子 とや り と りを し て 、 自分 県内 外 か ら高 い 評 価を 受 け てい る 授業 改 革 です が 、 の 計 画通 り 授 業を 進 め ます 。 ほ め るよ り 注 意が 多 い ので 小 さな 学 校 でこ そ で きた 実 やら さ れ る、 一 人 で やる 、 践 です 。 こ の学 校 を私 は 、 す。 私た ち は今 日 、県 下 の各 地 域か 意 見 を聞 か ない 再 編は 教 育基 本 法 と な って い ます 。 市長 は ﹁地 域 の 思 い で、 住 民と 議 会と 行 政が 一 体 動 を おこ な い、 1 ヶ月 あ まり の 間 日 曜 ごと の 各戸 訪 問な ど で署 名 活 ど が 、ゆ か た祭 り 、総 踊 り、 土 曜 る会 ﹂ をつ く りま し た。 ﹁ オー ル ﹁信 楽 高校 を 守り 、 より 発 展さ せ 陶器工 業組 合など 8つ の団 体が 何 と か して 残 し た い の で す 。 ら 、立 場 のち が いを 超 えて ﹁ 滋賀 に 一 万5 千 50 0 筆を 集 めま し た。 信楽 ﹂ の体 制 で、 集 めた 署 名は 七 知 識を た め込 む ﹁ 勉 強﹂ か の 高校 を 守り た い﹂ と いう 、 一つ ﹁ 西 高を つ ぶす な ﹂の 声 は、 ま た 千五 百 筆で す 。甲 賀 市議 会 は﹁ 信 違 反 だ﹂ と 述べ て いま す 。長 浜 北 日に 、高校の再 編計画 す 力が ある 北高 に、 僕ら は 誇 7月 り を持 って いる 。財 政難 を 子 全 県 で、 集 まっ た 署名 は 五万 筆 原 ( 案 が ) 発表 されると 、湖北 、彦根、 ど もに 押し つけ るの か﹂ と 訴 た く 間に 広 がり 、 市議 会 は全 会 一 の ) 信 楽な ど 各地 か ら反 対 や疑 問 の声 え ます 。そ して 、4 25 の 自 に上 り ます 。 ここ に は、 地 域と 地 た ( くみ が 噴き 出 しま し た。 県 内7 カ 所の 治 会 を束 ね る連 合 自治 会 が﹁ 到 底 の ) 白 紙撤 回 楽 の 町が 育 て た匠 説 明会 で 、県 は 破綻 ず みの 統 廃合 致 で﹁ 再 編計 画 原 (案 今 回 の再 編 案は 大 幅な 統 廃合 計 域住民の心が溢れています。 ました。 化に反 対﹂との意見書を 採択し 技こそ が必要。信楽高校 の分校 の 理由 を 並べ る ばか り で、 地 域の 納 得 でき な い。 一 旦立 ち 止ま り 熟 集 会 ア ピー ル 意 見を 受 け止 め よう と せず 、 火に 点 だ ﹂。 信 楽で は 高校 の 同窓 会 や ﹁信楽 高校は地 域の陶 器産業 の拠 を 求 める 意 見書 ﹂ を採 択 しま し た。 域の 高 校、 子 ども を 大事 に する 地 彦 根 西高 と 小・ 中 学校 の PT A な ﹁ 西高 を つぶ すな ﹂。 彦 根で は、 慮を﹂と立 ち上がりました。 ﹁長 浜 北高 と 長浜 北 星の 定 時制 を 残せ ﹂ 。い ま 、長 浜 では 、 この ・・。 があった ら協力す 10日 、陶 器 まつ りで に ぎ わう 信 楽で 、本 部 執行 委 員 るで」と 励まされ、 と高 教 組が 中心 に 署名 行 動 を行い ました。 「署 名 を集 め た い んや け ど 書い て くれ な い ? 」と ア ド レス を 知っ て い る 同級 生 や 伝 統 工芸 を 支 え る 信 楽 高 校 の分 校 化 は ダ メ す。 位 に検 討 し直 す こと を 強く 要 望 しま 県民 の 意見 を 聞い た 上で 、 根 本的 計画 原 ( 案 を) いっ た ん 白 紙 に 戻 し 、 私 た ちは 、 県が 、 今回 の 統 廃合 勢が問われる事態になっています。 すの か どう か 各議 員 や各 会 派 の姿 注目 が 集ま り 、大 事 な高 校 を つぶ い ま 県議 会 では 、 統廃 合 問 題に から最下位になるのは確 実です。 す。 教育 に 使う お金 が、 全国 高校 教 育の 土 台が 崩 され て い きま 県立 高 校の 廃 校は 全 県に お よ び、 画の第一段階です。これを許せば、 きない 。時 代の流 れだ し、 思い 出は自 分の なか に 残って るか ら・・ 」と いう 友人 もいま した 。少 し 人だと思っていたのに」 と が っか り す る 人も ・ ・ 人から 集め てくれ まし た。 「私 は署名 には 協力 で で 32 6 筆 が 集 ま り ま し た 。 「 嘉田 知 事 は い い 3枚 ちょ う だい 」 とい う 人も い て、 友 達や 近 所 の と 、 他 府県 の 人 も 次 々 と 署 名 、1 時 間 あ ま り 後輩50人ぐらいにメールをしました。そうしたら、 14∼5 人から 「い いよ 」とい う連 絡が あり、 「2 ∼ 「陶器まつり」の信楽で326筆! なく なる ん か! 」と 驚き ま した 。 仲 の い い マ マ 友 に 「で き る こ と 切だと 学びま した。 8 月に 母 校の 長浜 北高 が なく なる と発 表 され て、 「ほ ん まに 高 の 同窓 生 は﹁ 生 徒が 学 校を 動 か 老蘇小分会・上田幸子さん 寂し い 気も しま し たが 、ど ん な思 い で呼 びか け る のか を はっ きり さ せる 必要 が あっ た とい うこ と が わか り まし た。 わ かり やす く 訴え て いく こと も 大 自分なりのやり方で集めています の思いで合流しま した。 要で あ る こ とを 、 非 行 克服 を同 じ に した ﹁ 裏 門 ﹂ が必 共に 、 子 ど も ・生 徒 の 目線 規律 を 重 んじ る ﹁ 表 門﹂ と ま た 、 地 域 で信 頼 さ れる める つ ど い﹂ を 開 き まし た。 にす る こと ﹂ ﹁ 学 ぶ こと ﹂ 10月3日、下記 の集会ア ピールと知事宛署名を追加提出 しま した。教育長に提出した分とあわせて約25000筆、彦根と甲賀の独 自署名をあわせると約5万筆になります。この日は沢田享子県議(対話 の会)にセットしていただき、荒川副知事が応対、署名を受け取りま した。 35 80 油を注ぐ結果にな りました。 11 45 10
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