大学生における共感と援助行動の関係 - 奈良教育大学学術リポジトリ

奈良教育大学紀要 第37巻 第1号(人文・社会)昭和63年
Bull.
Nara
Univ.
Educ‥ Vol.
37,
No.
1
(cult.& soc).
1988
大学生における共感と援助行動の関係
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(奈良教育大学心理学教室)
(昭和63年4月25日受理)
近年、共感(empathy)が援助行動や寄付行動といった向社会的行動を動機づける重要な要因
であると考え、両者の関係を検討した研究が多くなっている。代表的な研究としては、 Mehrabian
& Epstein (1972)がある。彼らは大学生を対象に、情動的共感(emotional empathy)を測定
する質問紙を作成し、これと援助行動および攻撃行動との関係を分析した。その結果、尺度得点
に性差が認められ、女性の方が男性よりも共感的であること、共感得点の高い人は低い人に比べ
て援助行動が多く、攻撃行動が少ないこと、などが明らかにされた。高木(1976)は、日本の大
学生を対象に、上記のMehrabian & Epsteinの尺度を邦訳し、日本語版尺度を作成した後、
これと実験場面における援助行動との関係を検討した。その結果は、 Mehrabian & Epstein
の報告とは異なり両者の間に有意な関係は認められなかった。また桜井(1986)は、 Bryant
(1982)が作成した Mehrabian & Epstein尺度の子ども版を邦訳し、信頼性を確かめた
後、これと小学校における児童の向社会的行動との関係を調べた。共感に性差が認められたため
性の要因をコントロールし、さらに社会的望ましさが混入しないようにするためこの要因もコン
トロ-ルしたところ、共感と向社会的行動との偏相関係数は.20程度(p<.05)となり、有意
な相関が認められた。このようにわが国における共感と向社会的行動の関係を調べた研究では一
致した結果が得られていない。そのため今後のさらなる研究が必要である。
ところで、これまでの研究によると共感の測定は、 Mehrabian & Epstein (1972)の作成した
情動的共感測定尺度に負うところが大きい。この尺度は文字通り、共感の情動的側面に焦点を当
てた尺度であり、認知的側面は測定の対象になっていない。最近、 Davis (1983)は共感を多次
元的に測定できる尺度を開発した。それによると、共感は認知的側面の①視点取得(perspectivetaking)と情動的側面の②空想(fantasy)、 ④共感的配慮(empathic concern)、 ④個人的苦悩
(personal distress)で測定されている。この尺度は共感を認知的側面と情動的側面から多次元
的に捉えようとした点で評価できよう。そこで本研究では、大学生を対象に、この尺度の日本語
版を作成して多次元的な共感と心理実験への協力という日常的な援助行動との関係を検討する。
方 法
被調査者 「教育心理学」を受講していた奈良教育大学生87名(男子18名、女子69名)。大部
分が一回生であった。
質問紙 (1) Davis (1983)の多次元共感測定尺度をEj本語訳したもの(付録参照)。これは
共感の認知的側面を測定する㊥視点取得(perspective-taking)尺度と、共感の情動的側面を
測定する⑧共感的配慮(empathic concern)尺度、空想(fantasy)尺度、個人的苦悩(personal
distress)尺度で構成されている。各尺度は7項目でできている。視点取得尺度は他者の立場に
立って物事が考えられる程度を測定しており、たとえば項目3の「他の人たちの立場に立って物
119
桜 井 茂 男
150
事を考えることが困難である(逆転項目)」がこれに含まれる。共感的配慮尺度は他者に対して
同情や配慮をする程度を測定しており、たとえば項目2の「自分よりも不幸な人たちには優しく
したいと思う」がこれに含まれる。空想尺度は小説、映画、演劇などの架空の世界の人と同一視
する程度を測定しており、たとえば項目16の「劇や映画をみると、自分が登場人物の一人になっ
たように感じる」がこれに含まれる。最後に個人的苦悩尺度は援助が必要な場面で動揺する程度
を測定しており、たとえば項目24の「緊急時にはどうしてよいかわからなくなる」がこれに含ま
れる。各項目は4段階(1-4点)評定で、高得点はど共感の高いことを示す。
(2)加藤・高木(1980)の情動的共感測定尺度。これは、 Mehrabian & Epstein (1972)
の情動的共感測定尺度の日本語版(高木、 1976)を発展させた尺度である。 ㊥感情的暖かさ尺度、
④感情的冷淡さ尺度、 ③感情的被影響性尺度で構成されているが、本研究では、 ㊥の尺度を10項
目、 ④の尺度を10項Ej、 ③の尺度を5項目用いたo合計得点を用いる際には③の尺度の得点を2
倍して合計した。本尺度は主に(1)の尺度の併存的妥当性を検討するために用いた。なお、各
項目は4段階(1 点)評定で、得点の高いほど共感の高いことを示す。
手続き 上記の質問紙調査が、披調査者に集団で実施された。援助行動は質問紙調査を実施し
た1週間後、心理実験への協力という形で測定された。最初の協力要請に応じてくれた人は13名
で少なかったので、 2週間後再度協力を求めた結果、合計で25名が実験に協力してくれた。
結 果
二つの共感測定尺度の平均と標準偏差が表1に示されている。多次元共感測定尺度の中では、
表1 二つの共感測定尺度の平均と標準偏差
多次元共感
情動的共感
視点取得 共感的配慮 空想 個人的苦悩 合計
平均 19.91 22.06 22. 17 17.53 81.56 94.(
∫β 3.76 2.96 3.53 4.10 8.33 9.62
表2 共感測定尺度の妥当性
情動的共感
'fr-'<i tt f-o
均 β 均 ∂
上 目 下 目
州・り 叶
/穐tfy t他1
視点取得 共感的配慮 空想
個人的苦悩 合計
20. 19 22.81 22. 38
20. 00 84. 75
4.21 2.41 2.73
2.53 7.09
20. 50 19, 06 20. 31
14. 56 74.00
2.61 3.28 3.50
5. 74 10.i
0.25 3.71 1.81
3. 36 3.20
ns Pく.01 く.10 く.01 lく.01
大学生における共感と援助行動の関係
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表3 実験に協力してくれた人と協力してくれなかった人の共感得点の比較
2回目まで
協力者 非協力者 協力者 非協力者
<多次元共感>
19. 50 20. 00
19.! 19.92
4. 18 3.71
3.93 3.72
21.1 22.10
22. 23 22. 00
3.29 2.92
2. 73 3.07
22. 00 22. 20
22. 15 22. 18
4. 20 3. 62
3.65 3.50
18. 20 17. 40
17.27 17.64
3.96 4. 14
3.53 4.34
81.70
81. 15 81.74
9.61 8.15
7.91 8.56
平均 96. 10 蝣93. 70
93. 27 94. 43
∫β 13. 10 8.95
ll.17 8.96
共感的配慮
合計
. -
個人的苦悩
- >y
`r t".
均 β 均 β 均 β 均 β 均 β
恥!MU TL.i
<情動的共感>
空想尺度と共感的配慮尺度の平均が高い。多次元共感測定尺度の妥当性を検討するために、加藤・
高木(1980)の情動的共感測定尺度の得点に基づいて上位群と下位群を設定した。両群とも16名
からなり、各群の多次元共感測定尺度の平均が求められ、平均の差の検定にかけられた。その結
果は、表2に示されている。これによると、共感的配慮尺度と個人的苦悩尺度には1%水準で有
意差が認められ、空想尺度には10%水準で傾向の差が認められた。また、合計得点でも1%水準
で有意な差が認められた。
つぎに、心理実験に協力してくれた人と協力してくれなかった人に分けて多次元共感測定尺度
と情動的共感測定尺度の平均得点を比べた。その結果は表3に示されているが、全く有意な差は
認められなかった。
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加藤・高木(1980)の情動的共感測定尺度の高得点者は、 Davis (1983)の多次元共感測定尺
度の日本語版でも視点取得尺度を除き高得点であり、一応併存的妥当性は認められたといえよう。
視点取得尺度で異なった結果が得られた原因は、視点取得尺度が共感の認知的側面を測定してい
るのに対して、高木・加藤の情動的共感測定尺度は文字通り共感の情動的側面を測定しており、
この違いによるものと思われる。しかし、今後は視点取得尺度の妥当性をなんらかの方法で検討
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する必要があろう。さらに、共感の中で、認知的側面と情動的側面がどのような関係になってい
るのかについても研究を進めることが期待されよう。
多次元共感測定尺度を用いて共感と援助行動との関係を検討した結果では、両者に有意な関係
は全く見られなかった。これは高木(1976)の大学生を対象にした実験的研究と同じ結果である。
有意な関係が得られなかった理由としては、 ①大学生における援助行動が共感のみでは予測しえ
ない可能性があること、 ④被調査者の大学生が、どういう理由で実験に参加してくれたかが不明
であること、すなわち、自発的な協力ではなく、他の人に誘われ仕方なく協力したなどの可能性
があること、 ③自分が援助しなくても誰かが援助してくれるだろうという責任の分散が起こった
可能性があること、などが考えられよう。さらに、今回用いた多次元共感測定尺度に関しては、
尺度の構造や妥当性、信額性などについての検討が十分ではない。今後はこれらの点を改善して
研究を進めていく必要があろう。
要 約
大学生87名を対象に、多次元共感測定尺度を作成し、共感と援助行動との関係を検討した。多
次元共感測定尺度は、 Davis (1983)の日本語版であり、 ④視点取得、 ②空想、 ③共感的配慮、
④個人的苦悩、という4種類の下位尺度から構成されている。加藤・高木(1980)の情動的共感
測定尺度との関係から妥当性が確認された。多次元共感測定尺度により共感を測定し、心理実験
への参加協力というかたちで大学生の日常的な場面における援助行動を測定した。分析の結果、
両者には全く有意な関係が認められず、責任の分散等の観点から考察された。
付 録
<多次元共感測定尺度の項目>
1.こんな事が起こるのではないかと、起こりそうな事をよく想像する (F) 注)
2.日分よりも不幸な人たちには、やさしくしたいと思う (E)
3.他の人たちの立場に立って、物事を考えることは困難である。 (p-)
4.困っている人たちがいても、あまりかわいそうだという気持ちにはならない (E-)
5.小説を読んでいて、登場人物に感情移入することがある。 (F)
6.緊急な状況では、どうしようもなく不安な気持ちになる (D)
7.映画や劇をみても、平常心で、のめり込むことはない (F-)
8.何かを決定する時には、自分と反対の意見を持つ人たちの立場にたって考えてみる (P)
9.運動などの試合では、負けている方に応援したくなる (E)
10.感情が高ぶると、無力感に襲われる (D)
ll.友達をよく理解するために、彼らの立場になって考えようとする (P)
12.よい本や映画に夢中になることは、まれである。 (F-)
13.傷ついた人を見ても、冷静な方である (D-)
14.周りの人たちが不幸でも、自分は平気でいられる。 (E-)
15.日分の判断が正しいと思う時には、他の人たちの意見は聞かない。 (P-)
16.劇や映画を見ると、自分が登場人物のひとりになったように感じる (F)
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17.緊張状態になると、ひどくビクビクする (D)
18.不公平な扱いをされている人たちを見ても、あまりかわいそうとは思わない (E-)
19.緊急状態でも、比較的うまく対処できる。 (D-)
20.ときどき、自分の目の前で突然起こったことに、感動することがある (E)
21.どんな問題にも対立する二つの見方(意見)があると思うので、その両方を考慮するように
努める (P)
22.もし自分を紹介するとしたら、やさしい人というと思う (E)
23.すばらしい映画を見ると、すぐ自分を主役の人物に置き換えてしまう (F)
24.緊急時には、どうしてよいか、わからなくなる (D)
25.ある人に気分を悪くされても、その人の立場になってみようとする (P)
26.おもしろい小説を読んでいる時、もしその中の事件が自分に起こったらどうだろうと、よく
想像する (F)
27.緊急事態で、ひどく援助を必要とする人を見ると、とりみだしてしまう方である。 (D)
28.人を批判する前に、もし自分がその人であったならば、どう思うであろうかと考えるように
している。 (P)
(荏) Fは空想項目、 Pは視点取得項目、 Dは個人的苦悩項目、 Eは共感的配慮項目である。
- (マイナス)は逆転項目であることを示す。
引 用 文 献
Bryant, B. K. 1982 An index of empathy for children and adolescents. Child Development,
53, 413-425.
Davis, M. H. 1983 Measuring individual differences in empathy : Evidence for a multidimensional approach. Journal of Personality and Social Psychology, 44, 113-126.
加藤隆勝・高木秀明1980 青年期における情動的共感性の特質 筑波大学心理学研究, 2, 33-42.
Mehrabian, A. & Epstein, N. 1972 A measure of emotional empathy. Journal of Personality,
40, 525-543.
桜井茂男1986 児童における共感と向社会的行動の関係 教育心理学研究, 34, 342-346.
高木秀明1976 情動的共感性と援助行動の関係に関する研究 日本教育心理学会第18回総会発表論文集,
448-449.
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The Relationship between Empathy and
Helping Behavior in College Students
Shigeo SAKURAJ
{Depertment of Psychology′, Nara Universめ′ of Education, Nara 630, Japan)
(Received April 25, 1988)
The purpose of this study was to construct a Japanese edition of the multidimensional scale of empathy developed by Davis (1983) and to investigate the relationship
between empathy and helping behavior. The multidimensional scale of empathy consisting
of four subscales, i.e. perspective-taking, fantasy, empathic concern, and personal distress, was translated into Japanese and it was adminstrated to 87 college students.
The validity of this scale was ensured by the relation to the emotional empathy scale
developed by Kato and Takagi (1980). Helping behavior was measured by taking part
in psychological experiment. No relations between them were significant and is was
discussed mainly from the point of "diffusion of responsibility."