『分子生物学』 - 第一薬科大学

第一薬科大学
3年生
『分子生物学』
第8回
分子生物学教室 担当:荒牧弘範
(H25.6.17)
図3.1 セントラルドグマ
インフルエンザウイルス
レトロウイルス
`
DNAはそのままでは機能せず、機能を発揮するために自分のコピーであ
るRNAをつくり(転写)、さらにRNAからタンパク質を合成(翻訳)しなくては
ならない。
`
このような遺伝情報の流れは生命現象の基本であることからセントラルド
グマと呼ばれ、1958年にクリックが提唱した概念である。
B
転写の分子機構
SBO: プロモーターの構造について説明できる。
DNAからRNAへの転写について説明できる。
a. 原核生物のRNAポリメラーゼ (大腸菌の場合)
`
`
σ因子が結合したRNAポリメラーゼをホロ酵素という(図
3・4)。
σ因子がはずれた状態のRNAポリメラーゼ(α2ββ’の4量
体)をコア酵素という。
a. 原核生物のRNAポリメラーゼ (大腸菌の場合)
`
`
それぞれのサブユニットには役割がある(表 3・1)。
αサブユニットには、βとβ’サブユニットの会合や転写因
子との相互作用というような役割がある。
a. 原核生物のRNAポリメラーゼ (大腸菌の場合)
b. 真核生物のRNAポリメラーゼ
`
`
`
`
真核生物には3種類のRNAポリメラーゼ
RNAポリメラーゼ I (Pol I)
RNAポリメラーゼ II (Pol II)
RNAポリメラーゼ III (Pol III)
b. 真核生物のRNAポリメラーゼ
`
RNAポリメラーゼ I (Pol I)
`
`
RNAポリメラーゼ II (Pol II)
`
`
rRNA(ただし5S rRNAを除く)をコードする遺伝子群の転写を
行う。
mRNAをコードする遺伝子群の転写を行う。
RNAポリメラーゼ III (Pol III)
`
5S rRNAやtRNAをコードする遺伝子群の転写を行う。
b. 真核生物のRNAポリメラーゼ
`
`
RNAポリメラーゼ Ⅱ(Pol Ⅱ)は12個のサブユニットから
成る。
他のRNAポリメラーゼも10個以上のサブユニットから成
る。
ポイント
`
`
`
`
`
`
転写を触媒する酵素はRNAポリメラーゼである。
RNAポリメラーゼは5'→3'方向にRNAを合成するが、プ
ライマーを必要としない。
RNAポリメラーゼはサブユニットからなる巨大分子であり
、真核生物では3種類存在する。
原核・真核生物における転写開始に必要なDNAの基本
配列がプロモーターである。
原核生物のプロモーター領域にはよく保存された塩基配
列-10領域、-35領域がある。
-10領域、-35領域をRNAポリメラーゼのs因子が認識す
ることで転写が始まる。
②
`
原核生物の転写
原核生物の遺伝子は基本的に転写を行うための領域(
プロモーターと呼ばれる特有のDNA塩基配列を含む)転
写領域、転写終結領域から構成される(図3・5) 。
②
`
原核生物の転写
mRNAの転写開始点を+1で表すと、その上流35塩基と
10塩基付近にそれぞれ、5’-TTGACA-3’と5’-TATAATG3’によく似た共通DNA配列(コンセンサス配列)が存在し
ている(図3・5) 。 これらの配列を-35ボックス、-10ボック
スと呼ぶ 。
②
1.
原核生物の転写
大腸菌の一般的RNAポリメラーゼであるσ70から成るホ
ロ酵素は、DNA上の特異的な配列(プロモーター)に
結合することで転写が開始される。
②
2.
原核生物の転写
RNA合成が開始されるとσサブユニットはコア酵素から
離れ、RNA伸長反応を開始する(図3・6)。
2. 原核生物の転写
`
転写が開始する部位は遺伝子そのものの開始点(ATG)より
も上流であり、+1と呼ばれる(図3・5)。つまり、mRNAは遺伝
子そのものよりも5‘側に長く転写される。
2. 原核生物の転写
`
その他のσ因子からなるRNAポリメラーゼは、それぞれ
特異的コンセンサスプロモーター配列を認識している (
表3・1)。すなわち、RNAポリメラーゼのσ因子はDNA上
のプロモーターの選択性を決定している。
2. 原核生物の転写
3.
`
`
合成されているmRNAはその転写終結が必要である。
転写終結に働くDNA構造配列はターミネーターと呼ばれ
る。
大腸菌では転写終結シグナルとして働くDNA構造には、
その作用にタンパク質を必要としないものと、必要とする
ものが存在する。
A. タンパク質を必要としない場合(ρ非依存性終
結)
`
RNAポリメラーゼがmRNA内の遺伝子配列の転写を終
えても反応は終わらず、遺伝子配列の更に下流に存在
する回文(パリンドローム)配列まで転写がなされる(図3
・7)。
A. タンパク質を必要としない場合(ρ非依存
性終結)
`
パリンドローム配列が転写されると、mRNAの相補塩基
同士が結合して、G:Cに富む回文は強固なヘアピン構
造をとり、この後ろにUが連続する(図3・7)。
A. タンパク質を必要としない場合(ρ非依存
性終結)
`
連続したUでA-U塩基対が作製されると、その結合の弱
さによりmRNAがDNAから自然に離れていき、また同時
にコア酵素もDNAから離れる。
B. タンパク質を必要とする場合(ρ依存性終
結)
`
ρ因子とよばれるタンパク質がパリンドローム構造の5‘側
に結合して、mRNAと鋳型DNAの塩基対を破壊して転
写が終結する。
ポイント
`
`
`
`
`
`
転写を触媒する酵素はRNAポリメラーゼである。
RNAポリメラーゼは5'→3'方向にRNAを合成するが、プ
ライマーを必要としない。
RNAポリメラーゼはサブユニットからなる巨大分子であり
、真核生物では3種類存在する。
原核・真核生物における転写開始に必要なDNAの基本
配列がプロモーターである。
原核生物のプロモーター領域にはよく保存された塩基配
列-10領域、-35領域がある。
-10領域、-35領域をRNAポリメラーゼのσ因子が認識す
ることで転写が始まる。
③
`
真核生物の転写
真核生物遺伝子のRNAポリメラーゼは3種類あるが、大
部分の遺伝子の転写(mRNAと低分子RNA)はRNAポリ
メラーゼ IIに依存している。
③
`
真核生物の転写
RNAポリメラーゼ II依存プロモーターには、転写調節に
関わるDNA側の機能的配列が存在し、基盤レベルの転
写を担う配列を持つ領域はコアプロモーターエレメントと
もよばれている (図3・8)
b.
真核生物のRNAポ
リメラーゼ
③
`
真核生物の転写
コアプロモーターエレメントは、転写開始点から約25塩基
対上流には原核生物の-10ボックスによく似た配列であ
るTATAボックス {5’-TATA(A/T)A(A/T)-3’}と-2〜+4の範囲
に存在するイニシエーター配列からなる。
b.
真核生物の
RNAポリメラー
ゼ
③
`
真核生物の転写
これらの配列は転写基本量の規定や転写開始点の決
定に関与している。
b.
`
真核生物の
RNAポリメラー
ゼ
ではどのようにして、転写が開始されるのであろうか?
③
`
`
真核生物の転写
真核生物遺伝子のプロモーターは原核生物と異なり、
RNAポリメラーゼ自身により直接認識されるわけではな
い。
プロモーター中のTATAボックスがTATA結合タンパク質(
TBP)により認識され、RNAポリメラーゼIIはTBPや他の
基本転写因子と複合体を形成する(図3・9)。
③
真核生物の転写
基本転写因子はTFⅡA, TFⅡB, TFⅡD, TFⅡE, TFⅡF, およ
びTFⅡHである。
③
`
真核生物の転写
このほか、TATAボックスのさらに上流には5'-CCAAT-3'
の共通配列を持つ領域(CAATボックス)や5'-GGCGGG3'の共通配列を持つ領域(GCボックス)がよく知られてい
るが、これらは転写の促進に働いていると考えられてい
る。
③
`
`
`
真核生物の転写
転写開始点の数百から数千塩基上流または下流には、
転写効率に与える塩基配列が存在している。
転写を活性化するのに必要なものをエンハンサーといい
、逆に転写を抑制するものをサイレンサーという。
これらの配列に特異的な転写制御因子が結合し、プロモ
ーターとの相互作用で転写を調節している。
③
`
真核生物の転写
図3・9のように、転写制御因子が遺伝子の上流のエンハ
ンサーに結合し、同時に、プロモーターを読み取ることに
よって転写が開始される。
③
`
真核生物の転写
転写終結シグナルの共通配列としてはTGCT、TTGC、
TTTTが存在する。
ポイント
`
`
`
`
`
真核生物遺伝子のプロモーターは原核生物と異なり、
RNAポリメラーゼ自身により直接認識されるわけではな
い。
真核生物のプロモーター領域には5'-TATAAA-3'の共通
配列を持つ領域(TATAボックス)がある。
TATAボックスをTATA結合タンパク質(TBP)が認識し、
RNAポリメラーゼと他の基本転写因子とで複合体を形成
することで、転写が開始される。
転写の頻度を調節するために様々な転写因子群が存在
し、またDNA上にはそれらが認識する特異的な配列が
存在する。
転写の終結シグナルはターミネーターと呼ばれる。
問4
問30
問5
問5
問6
問6
問7
問7
問8
問8
転写制御
因子
転写
制御
因子
CAATボックス
コアクチ
ベータ―
RNAポリメラーゼII
TBP
TATAAA
TATAボックス
イニシエーター配列
mRNA
今日の誕生花
シロツメクサ(白詰め草)
私のことを思って
C 転写調節
(p43)
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御
`
大腸菌をグルコース(ブドウ糖)とラクトース(乳糖)の混
合培地で培養すると、グルコースがまず消費され、大腸
菌はいったん増殖を停止する。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御
`
その後、しばらくすると再び増殖するが、ここではじ
めてラクトースを消費する。この増殖現象はジオキシ
ーと呼んでいる。
β-gal
D-Glucose
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御
`
グルコースを消費している間、ラクトースを分解酵素(β—ガラ
クトシダーゼ、β-gal)の遺伝子(lacZ)の発現は抑制され、
×
β-gal
グルコースの欠乏とともにlacZが発現・誘導される。
β-gal
D-Glucose
ラクトース(乳糖):D-ガラクトースとD-グルコースがβ-1,4ガラクシド結合したもの。
①オペロン説と転写因子
`
`
1960年代初頭ジャコブとモノーは、大腸菌を用いた遺伝
学的解析から、ラクトース代謝系に存在する構造遺伝子
群(β-ガラクトシダーゼ遺伝子、ガラクトシドパーミアーゼ
、ガラクトシドトランスアセチラーゼ遺伝子)と、これらの
発現を制御する塩基配列部分とを合わせたものが1つ
の単位であると考え、このような単位をオペロンとよんだ
。
彼らが提唱したオペロン説は、その後の多くの研究者に
よる検証をへて、現在のような遺伝子構造の基本的概
念へと導かれた。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御
(グルコースが存在する場合、ラクトースがない場合)
`
β-ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ)の下流にはガラクトシド
パーミアーゼ(lacY)、ガラクトシドトランスアセチラーゼ遺
伝子(lacA),があり、3遺伝子で1個の転写単位(オペロン)
を構成している。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御
(グルコースが存在する場合、ラクトースがない場合)
`
`
オペロン説によれば、リプレッサーはlacZ遺伝子の上流
に存在するオペレーター(21残基からなるパリンドローム
配列)に結合しているため、RNAポリメラーゼによるプロ
モーターからの転写が阻害されている。
すなわち、リプレッサーによる転写の抑制が起っている。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御
(グルコースが消費され、ラクトースがある場合)
`
`
`
わずかに発現しているβ-galにより、ラクトースがインデュ
ーサー活性のあるアロラクトースに変換される。
このインデューサーはリプレッサーに結合し、リプレッサ
ーのオペレーターへの結合は阻害される。
その結果、RNAポリメラーゼによる転写は阻害されなく
低レベルの転写が起こる。
①オペロン説と転写因子
①
②
③
④
遺伝子は発現単位であるオペロンで構成されており、
オペロンは1個または複数の遺伝子から成る。
オペロンの発現はトランスに働くリプレッサーにより負
の制御を受ける。
リプレッサーはオペロンの特定部位であるオペレータ
ーに作用する。
リプレッサーは誘導物質(インデューサー)により不活
化されオペロンの発現の抑制が解除される。
後に、リプレッサーがタンパク質であり、オペレーターが
DNA上の特異的配列であることも判明した。
①オペロン説と転写因子
`
このオペロン説では、転写の負の制御は見事に説明さ
れた。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御(
抑制と誘導)
`
`
このオペロンのプロモーターからの転写は十分でなく、
高発現のためには、さらに転写活性化因子(アクチベー
ター)を必要とする。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御(
抑制と誘導)
`
転写活性化因子CRPは細胞内小分子cAMP存在下で複
合体をつくり、プロモーター上流に存在するCRP-cAMP結
合配列(パリンドローム構造をもつ約24塩基)に結合する
。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御(
抑制と誘導)
`
転写活性化因子CRPは細胞内小分子cAMP存在下で複
合体をつくり、プロモーター上流に存在するCRP-cAMP結
合配列(パリンドローム構造をもつ約24塩基)に結合する
。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御(
抑制と誘導)
`
`
細胞内cAMP量は培地中にグルコースが存在すると抑え
られているが、グルコース欠乏状態では多く存在してい
る。
この場合は、CRP-cAMPアクチベーターとRNAポリメラー
ゼが相互作用してプロモーターからの転写は誘導される
。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御(
抑制と誘導)
`
表 3・3 にcAMPの有無、インデューサーの有無によるラ
クトースオペロンの転写制御の概要を示す。
a. 大腸菌ラクトースオペロンの転写制御(
抑制と誘導)
`
`
このオペロン説では、転
写の負の制御は見事に
説明された。
一方、正の制御の発見は
遅れ、ラクトースオペロン
などでcAMP receptor
protein (CRP)が発見され
、転写の正の制御も広く
認められるようになった。
①オペロン説と転写因子
`
このような歴史的背景を基に、転写制御における膨大な
数の転写因子による負や正の調節機構が原核・真核生
物で知られるようになった。