CONTENTS Volume 23 Number 6 November 2013 特集 死を意識した時に 何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解と セルフ・アウェアネス 特集にあたって ……………………………………………………………… 安田裕子,他 437 「死にゆく人々とのコミュニケーション」を支えるもの …………… 田代志門 438 治療とケアを拒否する患者との関わり…………………………………… 佐藤隆次 442 医療者に気持ちを語らない患者との関わり……………………………… 市原香織 445 呼吸苦痛の強い終末期がん患者との関わり…………………………… 船見恵美子 449 生きている意味が分からないと訴える患者との関わり…………… 稲田美和子 453 死の不安を秘めた患者との関わり ………………………………………… 進藤喜予 456 終末期患者へのスピリチュアルケア ─“患者のリアリティ”と“援助者のリアリティ” ………………………… 伊藤高章 460 ◆画像で理解する患者さんのつらさ 連 載 こんなお腹じゃ,着られる服がないんですよ! … 水越和歌・斎藤真理 473 〔おさえておきたい! 〕腹水濾過濃縮再静注法のポイント …………… 川﨑彩子 478 ◆患者さんがくれた宝物 「俺はいつ死ぬんだ?」という問いの向こうにあるもの …… 野口 忍 482 コラム 1 ●らしんばん 緩和ケアマインドが根付く職場をめざして……………………… 柏木夕香 434 ●CURRENT ISSUE 英国での看取りのケアのクリニカルパス LiverpoolCarePathway の動向について………………… 菅野雄介,他 464 ●活動報告 がん疼痛治療におけるメサドン導入に際しての 地域がん診療連携拠点病院の取り組み…………………… 原 伸輔,他 469 コラム 2 いのちの歌 母さん どうなっちゃうの …………………………………………… 朝倉雲鶴 481 ほっこり笑顔! 季節のおやつ 4 水ようかん………………………………………………………………… 福田恵子 485 REPORT 第 9 回 仏教看護・ビハーラ学会 ………………………………… 大角ゆり 487 第 7 回 日本緩和医療薬学会……………………………………… 柴田るり子 487 第 26 回 日本サイコオンコロジー学会 …………………………… 伊藤嘉規 488 投 稿 調査報告 患者・遺族の緩和ケアの質評価・qualityoflife, 医師・看護師の困難感と施設要因との関連……………… 森田達也,他 497 症例報告 学童期の子どもを抱える終末期肺がん患者の家族への介入の 1 例 ─緩和ケアにおける臨床心理士の関わり………………………… 畑 祥子,他 502 インフォメーション………………………………… BookSelection……………………………………… 書 評………………………………………………… 投稿・執筆規定……………………………………… 次号予告……………………………………………… 総目次………………………………………………… 491 494 495 507 508 510 表紙デザイン パント大吉 表紙写真 メレ山メレ子 らしんばん 緩和ケアマインドが根付く職場をめざして “緩和ケア”言葉となかみ 最近,肝を冷やす出来事がありました。 がん専門病院である当院は,比較的早くから緩和ケアに熱心に取り組んできたと 柏木 夕 香 自負しています。最近では「がんと診断された時から始まる早期からの緩和ケア」 という言葉も広く認知されるようになり,緩和ケアについて,患者さん・ご家族へ 説明する機会は増えました。当院の多くのスタッフは,自分の言葉で緩和ケアにつ いて語ることができると思います。 つい先日のことです。がん化学療法を開始して間もない男性患者さんが,「ある 新潟県立がんセンター新潟病院 地 域連携・相談支援センター スタッフに対する苦情を言いたい」と相談支援センターにおいでになりました。患 者さんは, 「あれは押し売りだ! 緩和ケアに抵抗があると言ったら,緩和ケアとは とうとう …なんて滔々と語りだしたが,そんなこと俺には関係ない。緩和だか談話だか知ら ないが,俺は何をどうしてくれるのか知りたいだけで,言葉なんかどうだっていい んだ! 」と怒っておられました。私は患者さんの怒りを浴びながら,背中がスーッ と寒くなるのを感じました。 私を含めて,緩和ケアを大切に思い,学び,実践してきた医療従事者は,緩和ケ アの知識や技術を患者さんのために役立てたいという思いと同時に,「私が大事に してきた緩和ケア」という概念をより多くの人に理解してもらいたいという熱意を もっているのではないでしょうか。患者さんに納得してもらいたくて,つい説明や 説得に力を入れ,肝心の患者さんのニーズや意思を置き去りにしてしまうことはな いだろうかと,不安になったのです。 目の前にいる患者さんやご家族にとっては,行われているケアを何と呼ぶかとい うことよりも,緩和ケアのなかみこそが重要なのだという,ごく当たり前のことを 肝に銘じた日でした。 “診断時・早期からの緩和ケア”がん専門病院の職員の意識は? 前述の体験を通し,急性期のがん治療を担う当院のスタッフが「診断時・早期か らの緩和ケア」をどのように認識して患者さんと向き合っているのかを知りたくな り,実際に第一線のがん治療を行う医師や,緩和ケアチームのスタッフなどの考え を聞いてみました。 「診断時・早期からの緩和ケア」とはどのようなことだと思うか? という質問に 対しては,概ね,①がん患者さんと医療者が出会ったときから始まる,②あらゆる 苦痛を緩和するための取り組みや配慮ある関わり,という要素が共通していまし た。 「診断時・早期から」を強調しすぎることで,死と向き合う重みが薄れている 434 Vol.23 No.6 NOV. 2013 Volume 23 Number 6 死を意識した時に何を語り合うか ―苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス― 企画担当 安 田 裕 子 一般社団法人 スピリチュアルケア研究所,太成学院大学看護学部 恒 藤 暁 大阪大学大学院 医学系研究科 緩和ケアにおけるコミュニケーションでは,初期の頃から「悪い知らせをいかに伝える か」に注目が集まり,海外の書籍や文献が紹介されたり,コミュニケーション技術につい ての教育・研修がなされたりしている。 「悪い知らせを伝える」ことやコミュニケーショ ン技術は,必要かつ重要である。しかし,患者も医療者も互いに死を意識せざるをえない 状況では,表面的な関わりやスキルの習得のみでは不十分である。 今回,死を意識した時の苦痛と苦悩の中にある人間の理解と,医療者のセルフ・アウェ アネス(自己認識)につながるような特集を企画した。本特集では,総論として,終末期 における苦痛と苦悩の中にある人間の理解,医療者のセルフ・アウェアネス,そして自己 成長への過程について述べていただく。次に「治療とケアを拒否する患者」「医療者と話 をしない患者」 「積極的な治療を強く希望する患者」 「生きている意味が分からないと訴え る患者」「死の不安を秘めた患者」「スピリチュアルペインを抱える患者」の事例を取り上 げて, 「どのようなことを思ったり,感じたり,考えたりしたのか」 「実際にどのように関 わったのか」 「医療者の自身への気づきはどのようことだったのか」を考察していただき, 自己洞察と自己成長の契機となることを願っている。 終末期患者と対峙するには,苦痛と苦悩の人間理解と共にセルフ・アウェアネスが不可 欠である。そして,セルフ・アウェアネスが自己洞察と自己成長につながる。本特集が人 と人とが通じ合い,心と心とが触れ合い,人格と人格とが対話することの一助となれば幸 いである。 Vol.23 No.6 NOV. 2013 437 死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス 「死にゆく人々とのコミュニケーション」を 支えるもの Why Reflection Matters for End-of-Life Care Professionals 田 代 志 門* Shimon Tashiro Key words :終末期医療,反省的記述,死生観 ● 23:438 441,2013 ● は,明日からの臨床にすぐ役立つヒントとして, はじめに 分かりやすい形で,エキスパートの知恵やスキル 本特集では,緩和ケアに関わるさまざまな専門 を示すことが期待されている。 職が関わりに困難を感じた事例を取り上げ,ケア もちろん本特集でも,それぞれの論考で記述さ を提供する側の心の動きに焦点を当てて,事例を れているユニークな関わりから,有用な知見を引 通じて得た「気づき」や「学び」についての反省 き出すことはできる。けれども,ここでの目的は 的記述(reflective writing)を試みている。治療 こうした「専門家の介入」それ自体を紹介するこ を拒否する患者,医療者との話し合いを拒む患 とにはない。むしろここでは,関わりを続けてい 者,「生きている意味が分からない」と訴える患 る専門職の側の心の動きや振り返りそのものに意 者など,それぞれ緩和ケアの現場においてしばし 味を見出している。その意味で,本特集の狙いは ば経験される代表的な「困難な事例」への関わり 若干「分かりにくい」かもしれない。では,なぜ が丁寧に描かれている。 このような一見ケアの「舞台裏」ともみえること ところで,通常こうした事例紹介においては, について考える必要があるのだろうか。 患者や家族の抱える「問題」が記述され,それを 専門職がどのように「分析」し,問題解決のため 誰にとっての「困難」か に具体的にどのような「介入」を行ったのか,と このことに関連して,まずは緩和ケアの専門職 いう筋立てで事例の経過が整理されることが多 と患者・家族との関わりの「困難さ」をもたらす い。医師であれ看護師であれ,チャプレンであ のは,必ずしも患者・家族の側だけではない,と れ,いわば緩和ケアの「専門家の介入」による いうことを確認しておきたい。その 1 例として, 「劇的な成功例」の紹介がそれである1)。そこで 以下では緩和ケア病棟に勤務するある臨床心理士 昭和大学 研究推進室:Office for Promoting Medical Research, Showa University 〔〒 142 | 8555 品川区旗の台 1 | 5 | 8〕 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY * 438 Vol.23 No.6 NOV. 2013 死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス 治療とケアを拒否する患者との関わり A Case, Who Rejected Medication and Care in Suffering Total Pain 佐 藤 隆 次* Ryuji Satoh Key words :拒否,傾聴,理解 ● 23:442 444,2013 ● そのため,日中の活動を優先して,夜間間欠投 はじめに 与としていた。訪問診療と訪問看護を利用しなが 終末期における全人的苦痛の中にいる「治療と ら,在宅で過ごした。妻との買い物や,かつて住 ケアを拒否する患者」との関りを通した人間の理 んでいた沿岸部へのドライブもしていた。 解と,医療者のセルフ・アウェアネス(自己認 識),そして自己成長の過程の一考察を述べてみ たい。 X+1 年 1 月下旬に,発熱で再入院。体調の衰 えもあり,「また食べられるようになるかなぁ」 との言葉が聞かれた。入院後は臥床がちであった が,洗面などは自力でできていた。入院から数日 事例の概要 後に,妻の同席で,病状の説明と,今後の予測さ 症例 A 氏は,70 歳代の男性。診断は,進行胃 れる症状や予後についての説明を行った。A 氏 噴門部がんである。家族背景は,妻との 2 人暮ら は,終始黙って聞いており,「分かった」と答え しで,息子 2 人は首都圏に在住。本人の性格は, ただけだった。 妻いわく頑固である。病状の経過であるが,X− 3 月上旬に,内視鏡下バルーン拡張術を行った 6 年に胃がんと診断されたが,本人が手術を希望 が,期待した効果はなかった。この頃には外出も しなかった。200X 年 11 月上旬から,食欲低下と したが,下肢の脱力感が増強してきており,車椅 嘔吐のため,同年 12 月 5 日当科入院。進行胃噴 子での移動となった。 門部がんおよび通過障害との診断。CV ポート 3 月下旬の 2 度目の拡張術後は,一時的に三分 (中心静脈ポート)を留置して在宅ケアに移行し, 粥が食べられた。しかし,倦怠感や脱力感は次第 12 月末に退院した。A 氏は,在宅移行を歓迎し に増してきた。3 月末には,再び嘔吐と通過障害 ており,在宅中心静脈栄養などの手技的なこと 「生きていても の増強を認めた。4 月に入ると, は,自分で習得し,実践していた。 しょうがない」「食事は少しずつ減らして死を待 博愛会 一関病院 緩和医療科:Hakuaikai Ichinoseki Hospital, Department of Palliative Medicine 〔〒 021 | 0884 一関市大手町 3 | 36〕 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY * 442 Vol.23 No.6 NOV. 2013 死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス 医療者に気持ちを語らない患者との関わり A Relation with the Patient Who does not Tell a Feeling to Medical Person 市 原 香 織* Kaori Ichihara Key words :がん看護,心理ケア,継続ケア ● 23:445 448,2013 ● 診断名:膵頭部がん stage Ⅳb。 はじめに 疾患の経過: 淀川キリスト教病院のがん相談支援室(以下, 相談室)は,筆者を含むがん看護専門看護師が 3 名所属し,がん患者の治療に関わる意思決定をサ ポートするため,がん患者カウンセリングを行っ ている。がん患者の治療や療養に関する意思決定 は,初発の治療方針の決定のみでなく,治療後の 療養生活も含めてがん治療の経過の全体で求めら れる。そのため,相談室では,がん患者カウンセ リングを担当した看護師が主体となって,継続的 な関わりを行っている。 以下に,がん告知から緩和ケアへの移行まで, 筆者が自問自答しながら関わりを続けた事例を紹 介する。 X 年 1 月:靖さんは,上腹部痛と黄疸の出現に よって緊急入院となり,膵頭部がん stage Ⅳb と診断された。 X 年 2 月:GEM(ゲムシタビン)+TS ― 1 療 法を開始したが,骨髄抑制のため中止となった。 X+1 年 4 月:外来通院にて TS ― 1 療法を実施 していたが,徐々に腫瘍は増大傾向にあった。担 当医より,TS ― 1 の効果が低下していることを説 明されたが,靖さんは治療の継続を希望した。 X+1 年 5 月:食欲不振・下痢・発熱のため, 緊急入院となった。輸液・抗生剤投与で,症状は 軽快したが,TS ― 1 療法は中止となった。上腹部 の痛みも増強し,緩和ケア外来への受診が提案さ れた。 事例の概要 患 者:靖さん(仮名),66 歳,男性,会社役員。 家族構成:妻(63 歳)と 2 人暮らし,長男(33 歳)は他県在住。 淀川キリスト教病院 がん診療センター:Department of Cancer Centre, Yodogawa Christian Hospital 〔〒 533 | 0027 大阪市東淀川区柴島 1 | 7 | 50〕 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY * Vol.23 No.6 NOV. 2013 445 死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス 呼吸苦痛の強い終末期がん患者との関わり Relation to Terminal Stage of Cancer Sufferer’s Serve Difficulty in Breathing 船 見 恵美子* Emiko Funami Key words :食道がん,がん終末期,呼吸苦痛 ● 23:449 452,2013 ● 会社員(精密機械の技士)。 はじめに 家族構成:妻(60 歳代後半),息子(30 歳代前 新潟県立がんセンター新潟病院は,2007 年 1 月都道府県がん診療連携指定病院に指定され,緩 和医療の提供・整備を行ってきた。2009 年 5 月 に緩和ケア科外来が開設されたが,緩和ケア病棟 を有しないため,がん患者は一般病棟で終末期を 迎えている。 筆者は,消化器内科病棟に所属し,実践・指 導・相談を行っている。病棟外のコンサルテー ションに対応し,院内外の教育にも力を注いでい る。がんカウンセリングや意思決定支援,スタッ フのメンタルサポートなど多岐に渡り緩和ケア認 定看護師の役割を担っている。 以下に,がん告知から治療期を経て終末期を迎 半),息子の嫁(30 歳代前半) 孫 3 人(11 歳, 7 歳,1 歳)の 7 人暮らし。 診断名:食道がん stage Ⅳa。 疾患の経過: X 年 5 月:悟さんは,食事の時つかえ感があり 近院受診。当院紹介され「食道がん stage Ⅳa」 と診断された。 X 年 6 月:初回入院で,FP(フルオロウラシ ル,シスプラチン)radiation 60 gy/ 30 fr 施行。 grade 2 有害事象出現。原発巣,腫大リンパ節共 に縮小した。その後退院し,自宅で療養していた。 X 年 10 月:咳嗽が強く,がん性リンパ管症と 診断され,緊急入院。 X 年 11 月:症状緩和目的に weekly PTX(パ えるまで,筆者が自問自答しながら関わりを続け クリタキセル)療法を開始した。5 週経過後,左 た事例を紹介する。 胸水貯留により BSC(best supportive care) 事例の概要 の方針となった。 患 者:悟さん(仮名),60 歳代後半,男性, * X 年 12 月:症状緩和目的でオピオイドの持続 注射に変更した。しかし,病状の進行とともに呼 新潟県立がんセンター新潟病院 看護部:Department of Nursing, Niigata Prefectural Cancer Center Niigata Hospital〔〒 951 | 8566 新潟市中央区川岸町 2 | 15 | 3〕 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY Vol.23 No.6 NOV. 2013 449 死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス 生きている意味が分からないと訴える患者との関わり Relationship with the Patients Who Claimed Loss of Meaning in Life 稲 田 美和子* Miwako Inada Key words :スピリチュアル・ニーズ,カウンセリング,共働 ● 23:453 455,2013 ● と結婚。出産・育児休暇もほとんどとらずに仕事 はじめに を続けていたが,両親の介護のため 40 歳代で退 一般に,死を目前にした患者が自分自身の生き 職。子ども 2 人が独立し,子育てもひと段落つい る意味を求めようとする時,そのこころの動きに たところでの発症となった。 寄り添うことは,医療者にとっても難しいテーマ である。そこでは,両者のスピリチュアル・ニー ズ(患者のために何かしてあげたい・問題を解決 してあげたいなど)が交錯し,いろいろな感情体 験が生まれるからである。本稿では,「生きてい る意味が分からなくなった」と語った患者 A さ んに対し,筆者がどのようにその言葉を理解し関 わったのかを提示する中で,こうしたテーマに対 する対応と留意点について考察したい。 経 過:X−6 年に,直腸がんの診断を受け, X−5 年,低位前方切除術・右副腎摘出術施行。 以降,抗がん剤治療で外来通院されていたが, 「待合室や治療中に誰彼かまわず話し続けて,他 患から苦情が出ている。気持ちの整理が必要では ないか」との治療医の判断により,X 年 2 月,筆 者(clinical psychologist;CP)へカウンセリ ング紹介となった。以降,緩和ケア病棟に入院し て,X+3 年 9 月に死亡退院されるまでの約 3 年 半,計 55 回の面接を行った。 事例の概要 患 者:A さん,50 歳代,女性。 実際の関わり 診 断:直腸がん,肺転移。 家 族:夫,成人した娘と息子。 生育歴・生活歴:両親(逝去),長兄,次兄 (肺がんで逝去) 。職業は,元中学教員。同業の夫 * A さんとの面接経過を 3 期に分けて記す。 「 」 は患者の言葉, 《 》は CP の言葉, ( )内は面 接回数である。 自治医科大学附属病院 緩和ケア部:The Department of Palliative Care Medicine, Jichi Medical University Hospital〔〒 329 | 0498 下野市薬師寺 3311 | 1〕 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY Vol.23 No.6 NOV. 2013 453 死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス 死の不安を秘めた患者との関わり What Could I Do for the Sake of the Patient Facing Death? 進 藤 喜 予* Kiyo Shindo Key words :主観,死への恐怖,無力 ● 23:456 459,2013 ● たことを伝えられた。緩和ケア病棟に紹介され, はじめに 初診面談にご主人だけが来院された。2 人暮らし がんと告げられた時,人はまず何を思うのだろ うか?「まさか,私が?」ということが頭の中で 駆け巡り,うろたえ,真っ白になるのであろう。 そして,それまで当たり前であった自分の存在が なくなってしまうこと,つまり「死」を意識する のである。 しかし,それはあまりにも孤独であり,恐怖を 伴うため,「死」に対して意識を向けないように 生きていくのだろう。医師から「もう治療法がな い」と告げられたあとは,必死で“生きる主体” としての自分を鼓舞することが,治療への執心, 現実とかけ離れた希望をもつことにつながってい で子どもはなく,夫婦で町工場を営んでいる。ご 主人は,「妻はまだ治療したいと言っています。 病院の先生からはもう抗がん剤治療はできないの で,緩和ケアに行ったほうがいいと言われ, ショックを受けていました。それで,今朝,温熱 療法ができないかと聞きに行ったのですが,現状 では無理だと言われました。これから面会に行っ て妻にそのことを伝えるのですが,治療法がない ことは覚悟すると思います。胸水が溜まったら, 平均して 6 カ月,短くて 3 カ月の寿命と聞いてい ます。ただ,本人にはそのことは伝えていませ ん」と話された。 るのではないかと察する。その時,医療者は何を 思うのであろうか。 a がん治療への希望 面談から 2 週間後,明子さんは緩和ケア病棟に 事例の提示 田中明子さん(仮名)は 60 歳代,乳がん発症 後 7 年を経て,X 年 4 月初旬,治療が難しくなっ 転院されてきた。こちらから挨拶をするが,表情 は硬く,目を伏せたまま会釈をするだけであっ た。午後に訪室し,一通りの診察を終えたあと, 市立 屋病院 緩和ケア内科:Palliative Care Department, Ashiya Municipal Hospital 〔〒 659 | 8502 屋市朝日ヶ丘町 39 | 1〕 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY * 456 Vol.23 No.6 NOV. 2013 死を意識した時に何を語り合うか ─苦痛と苦悩の中にある人間理解とセルフ・アウェアネス 終末期患者へのスピリチュアルケア ―“患者のリアリティ”と“援助者のリアリティ”― Spiritual Care of the Terminal Patients: Patient’s Reality vs. Care Practitioner’s Reality 伊 藤 高 章*,** Takaaki David Ito Key words :インフォメーションとメッセージ,doing と being,手放すケア ● 23:460 463,2013 ● 終末期患者は,さまざまなスピリチュアルな課 はじめに 題を抱える。同時に,患者には死の恐怖や死別の 筆者は,「スピリチュアルペイン」を特定しそ 悲しみが襲ってくる。また, 「なぜ今」「なぜ私 れを取り除くというスピリチュアルケアのイメー が」といった答えのない問いの渦に巻き込まれる ジをもっていない。なぜなら,仏教的に言えば 苦痛もある。今回取り上げるのは,これらの苦し 「生」そのものが苦であり,ユダヤ=キリスト教 みを抱えつつも,死を受け止め,死と折り合いを の伝統に従うならば,すべての人間は罪人であ る。人間は,本質的に悩み苦しむ存在である。そ して同時に,その存在が喜びや幸せを感じる主体 でもある。スピリチュアルケアは,患者がこれら を十分に経験し,自分なりの意味づけを見出すこ とに同伴するケアであって,問題を解決するケア ではない。 つけようとしている患者へのケアである。その心 の動きの多様性と深みに思いを向けることができ るかどうかで,ケアの質が大きく変わってくる。 患者 A さんは, 「神様が,あと 3 年生かしてくれるなら,今手 がけている仕事を仕上げたい」 と語った。いつか 必ず肉体的な死を迎えることは事実であるが,人 間はそれに抗して生きる。記憶を積み重ね,業績 事例の概要 を上げ,家族を営み,子孫を残す。死に直面して 本稿では,日本スピリチュアルケア学会認定 いない時には,生きることの意義を満たすことこ 「スピリチュアルケア師」の養成プログラムにお ける「会話記録検討」で取り上げた患者の言葉を 手がかりに, 「終末期患者へのスピリチュアルケ ア」の糸口を探りたい。 そ目的である。しかし,終末期患者は,死の訪れ という厳粛な事実と向き合っている。A さんは, 死と折り合いをつけようとしている。 また,患者 B さんは,激しい台風が襲って来 「この強い風で,俺たちなんかみんな吹 た日に, 桃山学院大学 社会福祉学科:Department of Social Welfare, St. Andrew’ s Momoyama Gakuin Univeristy 〔〒 594 | 1198 和泉市まなび野 1 | 1〕,**上智大学グリーフケア研究所 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY * 460 Vol.23 No.6 NOV. 2013 C URRENT I SSUE 英国での看取りのケアのクリニカルパス Liverpool Care Pathway の動向について 菅野雄介,茅根義和,池永昌之,宮下光令 LCP 日本語版研究普及グループ LCP は,現在バージョン 12 に改定され,LCP はじめに の使用を開始するまでの筋道を明確にしたアルゴ Liverpool Care Pathway(以下,LCP)は, リズムや,輸液・栄養について患者と家族の意向 2000 年代初頭に英国で開発された看取りのケア を詳しく記録できるような項目が新たに追加され のクリニカルパスである。欧州を中心に世界に ている2)。 20 カ国以上で使用され,わが国では 2010 年に LCP は,英国の終末期医療戦略である Gold LCP 日本語版がリリースされている。英国政府 Standard Framework(GSF)において,end ― は,LCP を end ― of ― life care の医療戦略として of ― life care の重要な枠組みとして位置づけられ 推奨してきたが,2013 年 7 月 15 日に英国の第三 ている。End ― of ― Life Care Strategy 2012 によ 者評価機関による Independent Review の発表を ると,LCP の登録施設は,英国の組織や団体も 受け,LCP に代わる end ― of ― life care の新たな 含め 2,000 施設であり,英国全土に LCP が普及 枠組みを検討するよう求められている 。この されてきた 3)。 1) Review では,LCP 自体は適切に使用することで end ― of ― life care のガイドになることを認めつ Independent Review の概要 つも,英国の一部で LCP が不適切に使用されて 英国では,以前より LCP の不適切な使用の可 いた実態があり,改善の必要性を求めている。 能性が指摘されており,今回,Neuberger 氏(前 本稿では,今回の Independent Review を中心 キング財団最高責任者)を中心とする第三者評価 に,LCP の一連の経緯について説明し,英国で が実施された。第三者評価では,医療者や遺族へ の LCP の動向を解説する。 の聞き取り調査の結果,end ― of ― life care や LCP の使用方法に関する教育や訓練を受けてい LCP とは ない医療者が LCP を不適切に使用しているケー LCP は,臨死期の患者と家族が安楽に安心し スがあることが明らかになり,その場合,患者と て看取り期を過ごすことを目的とした,チェック 家族に質の高い看取りのケアを提供できていない リスト方式のクリニカルパスである。LCP は, 可能性があることが指摘された 1)。 患者の死が数日以内と予測される場合に適用さ 具体的には,十分な教育や訓練を受けていない れ,①患者の状態を再度アセスメントし,治療や 医療者が,治療やケアにおいて患者の個別性を考 ケアの目標を修正する「初期アセスメント」,② 慮せず,臨死期の患者に対して画一的なケアを 痛などの症状緩和が適切に行われ患者の安楽が保 行っていたようである。これらの多くは,非がん たれているか継時的にアセスメントする「継続ア 患者や看取りケアの経験が少ない施設,特に一般 セスメント」 ,③死亡時の対応に関する「死後の処 病棟で,十分な教育が行われないまま使用されて 置」の 3 つのセクションから構成されている。 いたとのことであった。 また,LCP の有用性に関して,第三者評価機 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY 464 関が文献検討をした結果,質的研究が多く,LCP Vol.23 No.6 NOV. 2013 活動報告 がん 痛治療におけるメサドン導入に際しての 地域がん診療連携拠点病院の取り組み 原 伸輔*1,2,松田陽一*1,前田一石*1,大迫正一*1,大野由美子*1, 谷向 仁*1, 門脇裕子*2,竹上 学*2,三輪芳弘*2,恒藤 暁*1 痛を伴う各種癌における鎮痛」となっている。 はじめに おもな副作用は,眠気,悪心・嘔吐,せん妄, 大阪大学医学部附属病院(以下,当院) は, 便秘など他のオピオイドと同様であるが,QT 延 2009 年に指定された地域がん診療連携拠点病院 長などの特有の副作用もみられる。米国では,年 である。当院では 2013 年 7 月のメサドンの採用 間 5,000 人がメサドン関連で死亡していると報告 にあたり,適正使用ガイド,インタビューフォー されている2)。 ムのほか,先行文献を参考にして,メサドンによ るがん 痛治療体制について緩和ケアチームで検 処方体制 討し,管理マニュアルを作成したので報告する。 要点は,①処方体制,②メサドンの開始方法, メサドンによる ③ QT 延長のチェック体制,④内服困難・無効時 保するうえで,緩和ケアチームが介入することが の対応,⑤転院・退院時の対応,緩和ケアチーム 必要であると考え,処方体制を整備した。 専任薬剤師の役割である。なお,これらの事項 当院では,メサドン開始時には入院を必須と は,当院の緩和ケアニュースやキャンサーボード し,処方可能医師(事前に e ― learning または集 を活用し,院内への周知を図っている。 合形式での講習を受講して登録する)を緩和ケア 痛治療の有効性と安全性を確 チームの医師に限定することで,すべてのメサド ン使用患者を,緩和ケアチームで把握することと メサドンの特徴 した。これにより,①メサドンの適応やオピオイ メサドンは,1937 年にドイツで合成された長 ドの切り替えを含む適切な治療の選択,②メサド 時間作用型μオピオイド受容体作動薬であり, ン開始後のモニタリング,③転院・退院時の適切 NMDA 受容体拮抗作用も併せもつ薬剤である 。 な対応,が可能となると考えられる。 諸外国では,オピオイド抵抗性のがん性 当院薬剤部では,処方可能医師として登録され 1) 痛の治 療薬として,また長い半減期をもつことを利用し た医師以外がメサドンを処方できないように, て,オピオイド嗜癖患者の治療薬として使用され オーダリングシステムで制限をかけ,管理するこ ている。わが国でのメサドンの適応は, 「他の強 ととした。これにより,処方可能医師として登録 オピオイド鎮痛剤で治療困難な中等度から高度の されていない場合に行う疑義照会を, 省略できる。 *1 *2 大阪大学医学部附属病院 緩和ケアチーム〔〒 565 | 0871 吹田市山田丘 2 | 15〕 同 薬剤部 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY Vol.23 No.6 NOV. 2013 469 画像で理解する 患者さんのつらさ ご意見・ご質問・ご要望などをお待ちしています! 〔[email protected]〕 第 10 回 こんなお腹じゃ,着られる服がないんですよ! 水越和歌(埼玉医科大学国際医療センター 画像診断科) 斎藤真理(横浜市立大学附属市民総合医療センター 化学療法・緩和ケア部) 値で,婦人科がんの可能性と説明を受け,本 大量腹水の精査時にも緩和ケア 日覚悟して来院したんです。ところが,…。 N2 :外来の看護師から聞きました。最初,担当 N1,2:緩和ケアチーム看護師,Pa:緩和ケア科医師, 医以外に学生や研修医がいて,一緒に勉強さ G:婦人科医,R:緩和ケア科研修医, せてくださいと依頼したところ, 「絶対嫌で 電話で連絡 す」とおっしゃったので,医師と看護師だけ N1 :婦人科外来から,緩和ケアチームへの依頼 で検査を進めたそうです。診察台の上で「こ です! A さん,60 歳代の女性で,大量腹水・ わいー」と訴えたため,看護師がもう 1 人傍 呼吸困難・原発不明で緊急入院です。入院目 に付き添ったのですが,器具を挿入し始めた 的は,がんの病理診断と症状緩和です。 ところ「痛ーい」 「やめてください」となり, 一旦中止したんです。 Pa :がん患者さんが入院になると,婦人科から G :それで,病棟担当の私が呼ばれて,入院し はすぐコールがあるねえ。 N1 :G 先生が留学から戻ってきて,皆が変わっ て検査しましょうね,とお勧めしました。 た感じです。前は「まだ緩和ケアの段階じゃ N2 :A さんは,カーテンの向こうから,何をさ ない」と言っていたスタッフまで, 「早期か れるか分からないうちに,急にズンと痛みが らの緩和ケアよね」と言ってます! 走ったので, ビックリしてしまったそうです。 Pa :OK。今日の回診リストの 1 番ね! G :緊張をとるよう常に留意しているはずです 婦人科病棟へ回診 が…。A さんは, 「騒いですみません,でも 同じ状況では無理ですから,入院でよろし G :Pa 先生,R 先生,N1 さん,N2 さん,いつ く」とお願いされました。 もありがとうございます。よろしくお願いし Pa :じゃあ,今日中に腹水を抜いて,明日にで ます。 R :大量腹水の原発巣精査ですか? 入院になっ もオペ室で麻酔下内膜生検*2)となるのかな? G :そうなると思います。しかし,ここ数日で たのは呼吸状態のせいでしょうか? 安静時の呼吸困難もでているので,造影 CT G :いやあ,確かに歩行や背臥位では少し息が 上がりますが,緊急で入院を決めたのは,外 来での検査を拒否されたからです。 を撮って慎重に進めるつもりです。 Pa :相変わらず手際がいいねえ。では,がんの Pa :聞き捨てなりませんね。何かありました? 検査を受ける苦痛と不安に対するサポートと G :A さんは,腹部膨満を自覚して近くの内科 いうかたちで,緩和ケアチームはナース主体 を受診し,貧血の合併があり,胃がんか大腸 で介入し始める,でいいかな? さあ,A さ がんだと言われ,上部/下部消化管内視鏡検 査を受けましたが,異常なしでした。セデー ション下だったみたいで,両検査は初めて受 けたけど,まったく苦しくなかったそうで す。じゃあどこが悪いの? ということで, 腫瘍マーカーを測定したら,CA125*1) が高 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY *1) CA125:血清腫瘍マーカーの 1 つ。卵巣がんや子宮が んで高値となる可能性が高い。 *2) 麻酔下内膜生検:子宮内の組織診を行うには,子宮膣 部を直視下に,子宮口を確認する。経産婦でも女性ホ ルモンの低下で粘膜萎縮が生じ,易刺激性,出血など を生じる。内診困難例では,手術室で静脈麻酔を行い, 内膜組織診を速やかに行うことがある。 Vol.23 No.6 NOV. 2013 473 おさえておきたい! 腹水濾過濃縮再静注法のポイント カ ー ト CART:cell―free and concentrated ascites reinfusion therapy 川﨑 彩子 はじめに 慈生会 野村病院 内科 カ ー ト 腹水濾過濃縮再静注法(以下,C ART)とは, がんや肝硬変などによって溜まった腹水を濾過濃 有無を確認することが望ましい。 縮することで,不用な水分や細胞を除去し,有用 なタンパク成分を回収し,身体に戻す治療法をい う。腹水に対する根治的な治療ではなく,症状を 合併症と看護のポイント a 腹水 緩和するための治療である。 刺 腹水穿刺時には,多量の腹水採取による循環動 態の変動や神経性ショック,穿刺による腸管や臓 目 的 器の損傷,出血や局所の感染,穿刺部からの持続 腹部膨満感,胃の圧迫による嘔気・食思不振, 的な腹水漏出などが起こりうる。ブラインド(盲 呼吸苦などの腹水による苦痛症状を軽減すること。 目的)な穿刺は,出血や臓器損傷のリスクを高め てしまうので,基本的にはエコーで確認してから 実施すべきである。 実際の流れ 実際の流れを図 1 に示した 腹水排液のスピードが速すぎないよう,1 時間 に 1 ∼ 2 L 程度のペースを確認する。体位や刺入 1,2) 。 CART の頻度は 2 ∼ 4 週おきで,少なくとも したカテーテルの位置で排液スピードが変動する 1 週間以上はあける。外来でも実施可能であるが, ので注意する。また,採取中,数時間はベッド上で 半日程度の時間を要するので,通常は 1 泊入院 ほぼ同じ姿勢でいることになるので,仙骨部など して行う。 褥そうへの配慮をし, 楽な姿勢の維持に気を配る。 s 再静注 適 応 再静注時には,発熱・悪寒がよくみられる。そ 利尿薬などの薬物療法で効果がなく,腹水貯留 の際は,NSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬) による苦痛症状がある場合。 などの解熱剤で対応する。血液製剤の点滴と同様 に,輸液速度が速いと循環動態に影響するので, 100 mL/時程度に調整する。 禁忌・適応外 膿性の感染性腹水,濃厚な血性腹水,強い黄疸 d 他の治療法との比較 他の治療法との比較を表 1 に示した。 が見られる場合。 出血傾向や肝性脳症を合併している患者,重篤 な心不全・腎不全の患者も,適応は慎重に判断す る必要がある。肝硬変などによる食道静脈瘤のあ ピットフォール る患者では,CART 後に静脈瘤への血流が増加 CART はがんに対する根治的治療ではないこ し,破裂する危険性があるので,術前に静脈瘤の と,全員に効果があるわけではなく,かつ効果は 478 Vol.23 No.6 NOV. 2013 患 者 さ ん が く れ た 宝 物 「俺はいつ死ぬんだ?」 という問いの向こうにあるもの 野口 忍 北摂総合病院訪問看護ステーション 13 第 回 余命告知は受けていたけれど 患者は,鶴見駿輔さん(仮名)55 歳。妻と 2 人暮らしです。1 年半前に,予後半年の大 腸がん末期と診断を受けましたが,幸いにも治験や免疫療法で,1 年余命が延長しました。 しかし,3 週間前に,主治医から「これ以上は積極的治療ができない。予後は 2 カ月。家 で最期を迎えるなら往診医をいれましょう」と説明されました。 往診が開始されましたが,みるみる ADL が低下し,2 週間前から PS(performance status)もグレード 4 になり,1 週間前に訪問看護が開始されました。 初回訪問時の鶴見さんの様子は,がん性悪液質,るい痩著明,終始険しい表情でした。 横になると身体がつらいと言って,終日座位をとり,両下肢の浮腫が増強していました。 看護師の声掛けにも応えず,うつむき,無言で,ようやく発した言葉は「何もしてくれな くていい」のひと言でした。その日は,バイタルサインズの測定しかできませんでした。 他職種カンファレンスでは,今は否認や怒りの段階にあり,ケアを受け入れられない状 況にある。もう少しこれまでの背景を聞いて,具体的なケアを考えていこうという結論に 達しました。 2 回目の訪問での会話 鶴見さん(以下,鶴見): 「俺はいつ死ぬんだ?」と険しい表情。 看護師(以下,Ns) : 「今,血圧や体温を測りましたけど…鶴見さんが生きているってこ とは,よく分かりました」 鶴見:すこし笑って「ふふ。そうか。生きてるか。まだ死んでないか…」 Ns :手を握って「鶴見さん。もしかして…自分がどんなふうに死ぬのかを知りたいん ですか」 鶴見:無言でうなずく。 Ns : 「分かりました。…家で死ぬ時,私たちは延命処置をしませんから,生物として 自然な経過をたどります」 鶴見:無言でうなずく。 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY 482 Vol.23 No.6 NOV. 2013 た! ビューしまし タ ン イ に 者 参加 第9回 仏教看護・ビハーラ学会 2013 年 8 月 23 日(金)∼ 25 日 (日) 会場:皇學館大學 〔基調講演〕「神道と死生観―『超出生死』 の意味」櫻井治男氏(皇學館大学) 多くの日本人は,無宗教であるとよくいわれます 想いを深めて臨床の場へ が,神道や仏教がまざり合った日本的なものは,今の 若者の中にも根強いのではないでしょうか。 大角 ゆり また,現場の医師や看護師の方々は,自身も含めた 心理相談員 日本スピリチュアルケア 人間の限りある命に向き合う時に,科学だけでは割り (学会 スピリチュアルケア師(認定)) 切れない事柄に直面することもあるのではないかと思 今年は,伊勢神宮の式年遷宮にあたり,その記念す います。宗教に限らず,自分自身の中で想いを深めて べき年に,この地に来られて嬉しく思っています。初 いく大切さを実感しています。 めて伊勢神宮に参拝しました。学会の演題にも遷宮に 関するものがあって,とても興味深く,講演を拝聴し ました。また,皆で外宮・内宮にお参りする企画もあ り,心も身体もリフレッシュできています。 「神道と死生観― 『超出生死』の意味」という演題も 楽しみにしてきました。なかなか日本神道について学 ぶ機会は,普段は少ないですよね。臨床にも活かせる 気づきがあるのではないかと,ワクワクしています。 私の場合の臨床は,カウンセラーとして患者さんの 第7回 日本緩和医療薬学会 2013 年 9 月 15 日 (日) ∼ 16 日(日・祝) 会場:幕張メッセ ベッドサイドを訪問して,お話しをしています。家族 の話から宗教的な内容まで,本当にさまざまな話題が 出ます。今担当しているのは,神経内科の患者さん で,死を常に意識されているという状況ではありませ んが,その病気の完治を望むのは難しく,いつの日か 地域の絆,医療者と患者の絆 その人生を終える時に, 「良い人生だった」と思って 柴田 るり子 いただけるきっかけの 1 つになれたらいいなと考えて います。 この学会のほかとは違う特徴は,参加者の方の中に (カネマタ薬局 中央店) お坊さんも多いので,個人的に,日頃疑問に思ってい 本学会には,ほぼ毎年参加しています。今日は台風 ることについてお伺いすることもできます。 で電車も動かないところがあったり,強風雨でした 0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY Vol.23 No.6 NOV. 2013 487
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