3.色素細胞とその幹細胞

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日皮会誌:116(12)
,1751―1756,2006(平18)
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3.色素細胞とその幹細胞
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―色素幹細胞の制御機構の解明と臨床的応用の可能性―
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大沢
要
匡毅(理化学研究所)
旨
複製能しか持たないと思われている.幹細胞は,これ
ら相反する 2 つの能力を使い分け,生物の一生にわた
色素細胞は,表皮基底層や毛母基に存在し,メラニ
り分化した細胞を組織に供給しその恒常性を維持して
ン色素を周囲の角化細胞に渡すことにより皮膚や毛髪
いる.また,組織の損傷の際には,幹細胞は組織を元
に色をつける役割を果たしている.近年,これらの色
の状態に修復し,組織の再生を行うことができる.こ
素細胞の発生や分化を支える源の細胞として色素幹細
のようにして,組織の恒常性維持に可塑性を持たせ,
胞が同定された.色素幹細胞の維持機構の変異は体色
さまざまな外的障害から柔軟に組織を守ることこそ
異常の表現型を呈すことから,遺伝生物学的手法に
が,幹細胞システムの最大の目的であると言える.
よって幹細胞制御に関わる分子を容易に同定できると
反面,幹細胞システムには大きな問題点がある.幹
いう利点がある.色素幹細胞の維持機構に関する研究
細胞に無限自己複製能を持たせることは,複製中に一
成果は,幹細胞基礎研究の発展に寄与するだけではな
定の確率で起こる遺伝子変異が幹細胞に蓄積され得る
く,シミや白髪,メラノーマなど,色素細胞の制御機
ことを意味している.従って,癌化を引き起こす多重
構の変異によって生じるさまざまな病態の原因を解明
の遺伝子変異が幹細胞に起きる危険性は,一過的にし
する手がかりを提供すると共に,それらの新たな治療
か生存増殖できない他の細胞の場合と比して極めて高
戦略を生み出す可能性を秘めている.
くなると予想される.このような推測に基づき,近年,
はじめに
我々の皮膚は日々新陳代謝をしている.皮膚では,
発癌が幹細胞の疾患であるとする“癌幹細胞説”が提
唱されている1).このような“癌幹細胞説”に従えば,
再発性が高い癌組織の特性をよく説明できる.つまり,
成熟し最終分化した古い角化細胞は死滅していくこと
一度,正常な幹細胞が癌幹細胞へと悪性転換してしま
により常に排除され,未分化な新しい細胞が増殖分化
えば,それが正常な組織と同様に可塑性に富んだ癌組
しこれを絶えず補っている.このような新陳代謝の機
織を形成してしまい,抗癌剤等で癌組織に障害を与え
構は皮膚の恒常性を保つ上で極めて重要な働きを担っ
ても癌幹細胞の持つ再生能力で癌組織が再発してしま
ている.新陳代謝の機構の目的は,さまざまな外的刺
うと考えられる.このような“癌幹細胞説”が事実で
激や外的障害に柔軟に対応し障害を克服する能力を皮
あるとすれば,これまでの癌治療を根本から見直し,
膚組織に与えることにあると考えられる.たとえば,
癌幹細胞に標的を絞った癌幹細胞標的療法の戦略を考
皮膚に外傷が起こったとしてもそれは速やかに治癒さ
える必要がある.
れるが,これは,新陳代謝をすることによって発生し
た組織の再生能力によるものである.このような永続
的な新陳代謝を可能にしているのは,皮膚組織が幹細
胞システムによって構築されているからである.
1.幹細胞と幹細胞ニッチ
幹細胞は,組織の非常に限られた場所に局在してい
ることがわかっている.このような場所には幹細胞を
生体の中の多くの組織は,幹細胞システムによって
維持するための特殊な環境が存在すると想定されてお
構築されている.幹細胞は組織に僅かに存在する未分
り,幹細胞研究者はそれを幹細胞ニッチ
(Niche:限定
化な細胞であり,分化する能力と自己複製する能力を
された場所,物が存在するのに適した場所)と呼んで
兼ね備えた細胞として定義される.一般的に,幹細胞
いる2).幹細胞ニッチは,
細胞外基質や接着因子を通じ
システムの中においては,無限の自己複製能を持つの
て幹細胞の足場を提供し,幹細胞をニッチにつなぎ止
は幹細胞だけであると考えられており,幹細胞以外の
めるとともに,幹細胞に極性を与え幹細胞の不等分裂
細胞は,自己複製能を持たないか極めて限定的な自己
を誘導する.また,細胞間相互作用やさまざまな因子
1752
皮膚科セミナリウム
第 20 回
皮膚の幹細胞―最新の知見と再生医療への応用―
のやりとりを通して幹細胞の未分化性を維持している
すると新たに腫瘍を形成することが示されており,癌
と考えられている.しかし,多くの組織にとって幹細
幹細胞自体が癌組織全体を再構築する能力を持つこと
胞ニッチの場所を特定することは難しく,その実体は
がわかる.一方,癌幹細胞以外の癌組織の細胞を移植
未だ概念的であり不明な点が多い.
しても継続的に腫瘍を形成することはできないことか
幹細胞の制御機構を解明する目的で,幹細胞ニッチ
ら,
“癌幹細胞”が癌組織を継続的に維持するために中
を同定し,幹細胞制御機構の分子的基盤を明らかにし
心的な役割を果たしていると考えられる.これらの結
ようとする研究が盛んに進められている.これにより
果は,癌組織発生における“癌幹細胞”の重要性を明
幹細胞ニッチの構成要素が明らかにされつつある.特
確に指示するものであり,同時に,
“癌幹細胞”を標的
に,ショウジョウバエの精巣や卵巣では幹細胞とその
とした新たな癌治療法の有効性を強く示唆している.
ニッチを構成する細胞がはっきりと同定され,幹細胞
興味深いことに,これらの“癌幹細胞”の表現型を
ニッチの存在が証明されている2).幹細胞の基本的性
調べると,正常な組織の幹細胞と非常に似ていること
質の多くは種を超えて保存されていると考えられてい
が報告されている.この結果から,癌幹細胞と正常な
る.従って,ショウジョウバエの幹細胞研究から得ら
幹細胞との間に密接な関連性があることが示唆され
れた結果を,そのまま,高等生物の幹細胞研究に応用
る.実際,Sauvageu らは急性白血病のモデルシステム
することも可能ではないかと推測される.実際,Wnt,
を使い,自己複製能を持つ造血幹細胞に癌遺伝子を導
Notch,Shh や,BMP 等ショウジョウバエの幹細胞制
入した時に持続的な白血病が発症することを発見し,
御に関わるシグナル分子は,ヒトなどの高等生物にお
正常な幹細胞が悪性転換することで癌幹細胞が発生す
いても幹細胞や前駆細胞の制御に関与していることが
るということを証明した6).これらの報告から,
癌は幹
明らかにされている.
細胞レベルで起こった遺伝子変異の結果生じる疾患で
近年,注目を集めている再生医療は,幹細胞システ
あるとする”癌幹細胞説”
が広く支持されるようになっ
ムの持つ特性を臨床的に応用しようとするものであ
た.しかしながら,現時点では,全ての腫瘍において
る.従って,このような新しい医療をより確実にする
癌幹細胞が存在するのかは明らかにされていない.今
ためにも,幹細胞の基礎的な特性を明らかにし,幹細
後,それぞれの腫瘍について,
“癌幹細胞”の存在を検
胞を主体的に制御する技術を開発することが重要にな
証していくことが必要になる.
る.幹細胞制御に関わる分子は幹細胞ニッチに集約さ
“癌幹細胞説”が正しいとすれば,癌幹細胞標的療法
れていると考えられることから,幹細胞ニッチの詳細
という新たな癌治療戦略を考える必要がある.これま
な研究は幹細胞制御の分子的基盤を明らかにすること
での癌治療は,増殖性の高い癌細胞を標的とした薬物
につながる.幹細胞ニッチの正体を明らかにし理解す
を使用していたが,このような治療法では増殖性が低
ることは,幹細胞の臨床応用を考える上で欠くことが
い“癌幹細胞”を効果的に取り除くことはできないと
できないことであり,その価値は非常に大きいのでは
考えられる.このような考え方の妥当性を説明するこ
ないかと思われる.
ととして慢性白血病の治療および再発の過程の解析例
2.癌幹細胞説
癌の発症は単細胞クローンが悪性転換したことに由
が報告されている.慢性白血病では BCR-ABL の阻害
剤である Imatinib を投与し治療を行うが,Imatinib
を中止すると慢性白血病が再発する例がある.実際に,
来すると考えられている.しかし,実際の癌組織は均
こ の 白 血 病 再 発 の 過 程 を 数 学 的 に 解 析 す る と,
一ではなく異種の細胞から構成されていることが多
Imatinib 抵抗性の癌幹細胞の存在を想定した場合にの
い.このような癌組織の矛盾を説明するために,癌組
み,
再発の動態を説明できることがわかった7).この結
織を構成する細胞について共通の起源となる細胞(=
果は,癌細胞の増殖や生存に標的を絞った薬剤では,
癌幹細胞)が存在することが推測されていた.近年,
“癌幹細胞”を除くことができないことを示唆してい
このような“癌幹細胞説”を証明しようとする試みが
る.
“癌幹細胞”に標的を絞った治療法を考えるために
なされ,白血病3)や乳癌4),神経癌5)等の癌においては,
は,まず,それぞれの幹細胞制御に関わる分子を同定
“癌幹細胞”が実際に分離され,
“癌幹細胞説”の妥当性
が証明されている.
このような“癌幹細胞”を免疫不全マウス等に移植
し,その分子を標的とした薬物を開発する必要がある.
幹細胞の制御機構を明らかにする基礎研究は,新たな
癌治療法を開発する上でも重要な意味を持つ.
3.色素細胞とその幹細胞―色素幹細胞の制御機構の解明と臨床的応用の可能性―
1753
図 1 毛包の模式図とバルジ部位の色素幹細胞
A.成長期の毛包の模式図.
B.色素細胞特異的にレポーター分子を発現するトランスジェニックマウスの毛包.
矢尻端で示した細胞がバルジ部位に存在する色素幹細胞.
ばれる部分に存在していることが証明されている(図
3.色素前駆細胞!
幹細胞の特性とその維持機構
1)
.近年,毛乳頭部にも多分化能を持つ幹細胞が存在
色素前駆細胞は,表皮や毛包の中に存在する未分化
していることが示されているが,その生理的機能は明
な色素細胞である.色素前駆細胞は上皮系細胞等から
らかにされていない.毛包は組織学的にその構造が明
の刺激を受けメラニン色素を持つ成熟した色素細胞に
確に決定されており,幹細胞の存在場所も明らかにさ
分化する能力を持つ.分化した色素細胞は角化細胞に
れていることから,幹細胞研究にとっては理想的な研
メラニン色素を渡し,毛髪や皮膚に色を付ける.メラ
究材料である.
ニン色素は紫外線を散乱吸収し,さまざまな有害物質
われわれは,このような毛包の利点を考慮し,毛包
を吸着する働きがあることから,色素細胞の生理的役
バルジ部位に存在する色素幹細胞に注目して研究を
割はこれらの刺激から生体を守ることにあると考えら
行っている.われわれは,色素細胞特異的に蛍光タン
れている.色素前駆細胞は,個体発生の過程において
パク(GFP)を発現する特殊なトランスジェニックマ
神経冠細胞から発生し表皮中を移動して全身に分布す
ウスを作成して個々の色素幹細胞を組織内で容易に特
るようになるが,毛包が存在する部分ではその大部分
11)
定できる系を構築した(図 1)
.これにより,個々の
が毛包中へ移動して局在するようになる8).これに対
色素幹細胞を組織の中で容易に特定できるようにな
し,ヒトの皮膚のように毛包が少ない表皮では,色素
り,幹細胞ニッチにおける幹細胞の動態や制御機構を
前駆細胞の多くは,未分化な状態で表皮基底膜上に留
解析することが可能になった.
このようなトランスジェニックマウスを用いて個々
まる.
毛包は,上皮細胞系,色素細胞系および間葉系細胞
の色素幹細胞における表現型解析を行ったところ,色
の少なくとも 3 系統の細胞から構成される小さな器官
素幹細胞では色素前駆細胞の発生や増殖分化に対し重
である.毛包には毛周期が存在し,周期的にその主要
要な役割を担っている遺伝子(Sox10,c-Kit,Ednrb
な部分の破壊と再生が繰り返されていることから,そ
等)をはじめとして多くの遺伝子の発現が全般的に低
れぞれの系統の細胞について幹細胞システムが存在す
下していることを見いだした.これらの結果から,
ニッ
9)
ることが示唆されていた.これまでに,上皮系幹細胞
チは,色素幹細胞の増殖分化や代謝に対し抑制的に働
と色素幹細胞10)の 2 系統の幹細胞が毛包のバルジと呼
きかけ,幹細胞の未分化性と休止状態を保っていると
1754
皮膚科セミナリウム
第 20 回
皮膚の幹細胞―最新の知見と再生医療への応用―
図 2 色素細胞特異的な Not
chシグナリングのノックアウトマウス
A.色素細胞特異的な RBPJ
kノックアウトマウス(左側矢印)と同腹仔の非ノック
アウトマウス(右 2匹).RBPJ
kノックアウトマウスでは生後から生えてくる体毛は
白髪と灰色が混ざっている.
B.RBPJ
kノックアウトマウスにおいて次の毛周期に生えてくる体毛(波線内の体
毛)は完全に白髪になる.このことから No
t
c
hシグナリングが色素幹細胞の維持に必
須な役割を果たしていることがわかる.
推定された11).
膚基底層に存在する色素細胞が遺伝子変異を起こし悪
幹細胞維持の分子的機構を明らかにする目的で,わ
性転換した結果,発症するものと推測されるが,メラ
れわれは,色素幹細胞を単離する方法を開発し,色素
ノーマの起源については依然として不明な点が多い.
幹細胞の遺伝子発現情報を解析した.その結果,色素
従来から,メラノーマが色素性母斑に由来するという
幹細胞において,Notch シグナル分子関連遺伝子の発
説が提唱されている.実際,後天的に発生する色素性
現が上昇していることを認めた12).実際,色素前駆細
母斑の多くについて BRAF の遺伝子変異が認められ
胞!
幹細胞における Notch シグナルの活性化は免疫組
ており,これらは良性の腫瘍であると結論されてい
織染色によっても確認された.色素前駆細胞!
幹細胞に
る13).このような色素性母斑に対しがん抑制遺伝子の
対する Notch シグナルの役割を明らかにする目的で,
欠損等のさらなる遺伝子変異が起これば,細胞が悪性
Notch シグナルを伝達する転写因子である RBP-Jk 分
転換する可能性が考えられる.しかしながら,実際の
子を色素細胞特異的に破壊したマウスを作成した.こ
多くの臨床例からは色素性母斑を経ずにメラノーマが
のマウスは,生直後から体色が薄くなり,その後,完
発生する例が見られることから,色素性母斑起源説を
全に体色を失った(図 2)
.この結果は,Notch シグナ
疑問視する議論もある.事実,最近の報告では,色素
ルが色素幹細胞を含めた未熟な色素前駆細胞の維持に
性母斑は細胞老化と呼ばれる異質染色体を形成する特
重要な役割を果たしていることを示している.また,
殊な増殖停止状態にあり,メラノーマとは細胞生物学
胎児表皮において Notch シグナルを特異的な薬剤で
上異なった状態であることが示されている.現在のと
阻害すると,色素前駆細胞がアポトーシスを起こすこ
ころ,異質染色体を伴った細胞老化は不可逆的である
とから,Notch シグナルが色素前駆細胞の生存にとっ
と考えられていることから,メラノーマが色素性母斑
て必要不可欠な役割を果たしていることが明らかに
を起源として発生する可能性は少ないのではないかと
なった12).
推測される.このような例から,メラノーマが皮膚基
4.色素幹細胞!
先駆細胞の制御機構の破綻と
メラノーマの発生機序
メラノーマは,欧米人において発症率が高く,極め
て悪性度が高い深刻な腫瘍である.メラノーマは,皮
底層に存在する色素前駆細胞から直接発生するという
説が提唱されている.後者の説は“癌幹細胞説”とも
合致し注目を集めている.最近,2 つの異なるグループ
からメラノーマ幹細胞の存在を示唆する報告があっ
た14)15).
3.色素細胞とその幹細胞―色素幹細胞の制御機構の解明と臨床的応用の可能性―
1755
近年,メラノーマ発症の分子的機構を解明するため
性化状態を調べた.その結果,50% 以上のメラノーマ
の研究が盛んになされ,悪性転換に関与するいくつか
組織において Notch シグナルが活性化されているこ
の遺伝子変異が明らかにされている.さまざまな腫瘍
とがわかった.このことから,Notch シグナル系がメラ
について“多段階発癌説”の妥当性が示めされている
ノーマの発生に関与していることが示唆された.同様
が,メラノーマ発生にも多重の遺伝子変異が必要であ
に,Herlyn らは,メラノーマ細胞株においても Notch
ることが報告された.メラノーマ発生に関与すると報
シグナル系が活性化されていることを報告しており,
告されている遺伝子について,それらの機能について
メラノーマ細胞株において Notch シグナル系を阻害
分 類 す る と,①細 胞 増 殖 に 優 位 性 を 与 え る 変 異
すると細胞増殖が低下し,それを活性化すると転移能
16)
17)
(BRAF ,NRAS )
,②細 胞 老 化 を 回 避 す る 変 異
18)
19)
が高まることを確認している25).Notch シグナル系の
(CDKN2A ,CDK4 )
,③テロメア維持のための変異
破綻はさまざまな組織や細胞に癌化を引き起こすこと
(TERT20))
,④細 胞 生 存 の た め の 変 異(PTEN21),
が知られており,メラノーマの発生にも何らかの機能
22)
23)
AKT3 ,APAF1 )
,に分けることができる.これらの
を果たしている可能性が考えられる.以上の結果は,
うち,免疫不全マウスにヒトメラノーマを誘導させる
Notch シグナル系がメラノーマ治療戦略を考える際,
アッセイ系から,メラノーマ発生には①∼③の遺伝子
重要な標的分子になる可能性を示している.アルツハ
変異が重複して起こることが必要であることが明らか
イマー病の治療薬として開発された γ セクレターゼ阻
にされている24).実際のメラノーマにおいてもこれら
害薬は Notch シグナル系も阻害する作用を持つこと
のような多段階の遺伝子変異が起こっていると予想さ
から,これらの薬剤をメラノーマ治療に応用すること
れるが,これらの変異がどのような分化段階の色素細
も可能ではないかと期待される.
胞で起っているのか明らかにされていない.しかし,
おわりに
多重の遺伝子変異が短期間に起こる可能性は低いこと
から,基底膜上で長期間生存することができる色素幹
癌幹細胞説が提唱されて以来,さまざまな癌組織に
細胞・先駆細胞で起こるのではないかと推定される.
ついて癌幹細胞が同定され癌幹細胞説の正当性が証明
色素前駆細胞の生存には,角化細胞との相互作用が
されつつある.発癌が幹細胞レベルの疾患であるとす
必要である.メラノーマ in situ においてもメラノーマ
れば,正常な幹細胞制御機構の破綻が,癌発生の重要
細胞が上皮層に限局していることから,メラノーマと
な要因になると思われる.今後は,幹細胞制御機構の
角化細胞の間に何らかの相互作用があることが示唆さ
破綻という側面から癌発生の過程を見直す必要があ
れている.我々は,色素先駆細胞の生存の維持に Notch
る.メラノーマについてもメラノーマ幹細胞を同定す
シグナルが必須であることを見いだしたが,そのリガ
る試みが始まっており,その性質が明らかにされるこ
ンドである Jagged2 は基底層の角化細胞に発現して
とが待たれている.メラノーマは極めて悪性度が高い
いることを認めた.この結果は,色素先駆細胞におけ
癌であるが,有効な治療法が開発されていない.その
る Notch シグナルの活性化が周囲の角化細胞との相
一つの大きな要因として,マウス等のメラノーマモデ
互作用によって引き起こされることを示しており,
ル動物が存在しないことにある.ヒトを除く哺乳類は
Notch シグナルが色素前駆細胞と角化細胞との相互作
身体の大部分が体毛に覆われており,未分化な色素細
用の一躍を担っていることがわかった.メラノーマが
胞は毛包中に存在すると考えられる.従って,紫外線
色素前駆細胞レベルの変異であるとすると,メラノー
等の刺激により色素細胞に遺伝子変異が誘導される可
マ組織の維持にも Notch シグナルが何らかの役割を
能性はヒトの場合と比べると極めて低くなる.今後,
演じている可能性がある.我々はメラノーマの発生に
有効なメラノーマモデル動物が開発され,メラノーマ
対する Notch シグナル系の関与を調べる目的で,メラ
の発生機構とその治療法が確立されることが望まれ
ノーマ組織アレーを用いて 98 種類の異なるメラノー
る.
マ組織に対し免疫染色を行い Notch シグナル系の活
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