火力プラント水質シミュレータの開発,三菱重工技報 Vol.51 No.1(2014)

三菱重工技報 Vol.51 No.1 (2014) 新製品・新技術特集
技 術 論 文
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火力プラント水質シミュレータの開発
Development of Water Quality Simulator for Thermal Power Plant
西
賢 祐 *1
家 弓 喜 雄 *2
Kensuke Nishi
Yoshio Kayumi
和 田 貴 行 *3
椿 﨑 仙 市 *4
Takayuki Wada
Senichi Tsubakizaki
尾 崎 隆 *5
松 井 信 正 *6
Takashi Ozaki
Nobumasa Matsui
火力発電プラント設備の運転技術の早期習得や技術伝承の手段として,各発電所あるいは研
修センターで実プラントと同等の挙動を有するプラントモデル,ヒューマンインターフェースを搭載
した運転訓練用シミュレータ装置が活用されてきた。一方,近年いくつかのプラントにおいて,水
質異常に起因するトラブルにより,電力安定供給に支障を来す事象が発生した。当社製を含め,
従来の運転訓練シミュレータでは,水質に起因するトラブルの訓練機能は十分に整備されておら
ず,また実際にトラブルを経験する機会も少ない。そこで水質異常時の運転操作対応のトレーニ
ングを可能とする火力プラント水質シミュレータを開発,適用することにより,水質異常に起因する
重大トラブルを未然に防ぎ,補修,復旧に関わるプラント停止日数の低減につなげることが期待さ
れる。本稿では,水質異常に起因するトラブル発生時の運転訓練に有用な火力プラント水質シミ
ュレータの概要について紹介する。
|1. はじめに
国内火力発電プラントにおける水処理は,ボイラ,タービン系統内での腐食,スケール生成さら
には付着による,タービンへのキャリーオーバ等の障害を防止するために行われている。近年,
設備老朽化による水質悪化や,復水器冷却水(海水)漏洩等が発生した際の緊急対応,運転操
作が不十分であったことにより,ボイラ,タービン系統に対して,水質異常の影響範囲が拡大し,
最終的にボイラ蒸発管の漏洩に至る等,重大トラブルに発展するケースも確認されている。
このような水質異常に関わる重大トラブルを未然に防止するためには,運転員又は水質管理
担当者が水質異常時のボイラ,タービン系統のプロセス値についての挙動を定量的に把握し,適
切な処理,運転操作がタイムリーにできることが重要である。そこで,実際の発電所のプロセス挙
動に合わせた水質に起因するトラブル発生時の運転操作や水質プロセス値を基にしたトラブル
予兆の診断能力を高める教育・訓練ができる“実プラントと同等の挙動を有するプラントモデル”を
搭載し,トレーニングに有用な火力プラント水質シミュレータについて紹介する。
*1 エネ環ドメイン火力発電システム事業部エンジニアリング本部E総括部制御システム技術部
*2 エネ環ドメイン火力発電システム事業部エンジニアリング本部E総括部制御システム技術部 主席技師
*3 エネ環ドメイン火力発電システム事業部サービス総括部長崎サービス部
*4 エネ環ドメイン火力発電システム事業部サービス総括部長崎サービス部 主席技師
*5 (株)MHI コントロールシステムズ 長崎事業部 長崎システム技術部 主席
*6 (株)MHI コントロールシステムズ 長崎事業部 長崎システム技術部 主席 博士(工学)
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|2. 火力発電プラントにおける水質管理の重要性
図1に火力発電プラントの水・蒸気系統の一例を示す。発電所の水・蒸気系統では,復水⇒ボイ
ラ給水⇒ボイラ水(ボイラ)⇒蒸気(タービン)⇒復水と循環している。水質に異常が発生した場合,
その影響は時間とともに下流側の系統に循環することにより,ボイラ,タービン系統へ拡大する。
図1 火力発電所の水・蒸気系統の一例
主なトラブルは,ボイラ蒸発管からの漏洩であるが,図2に水に起因するトラブルとその発生部
位を示す。近年,その発生原因として,純水装置からの薬品(塩酸等)・イオン交換樹脂等の不純
物混入によるケースが増加しており,水処理設備の老朽化が問題となっている。また,FAC(流れ
加速腐食),スケール付着等,水に起因,又は関連するトラブルが見られることから,水質管理の
重要性はますます高くなっている。
図2 水に起因するトラブルとその発生部位
ボイラ蒸発管からの漏洩,機器損傷等重大トラブルの発生原因について,水質異常との相関
関係を図3に示す。プラント起動停止過程での,正常時との水質プロセス値の差異を的確に把握
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することにより,トラブルの予兆を早期に検知し,予測される症状(機器の故障等)を見分け,必要
な時期に必要な処置を講じることで,重大トラブルの発生を回避することが,水質管理担当者の
使命と考える。
図3 水質診断結果から予想されるトラブル(一例)
|3. 運転訓練シミュレータの開発状況
現在,トラブルの予兆情報を的確に診断する能力は,発電所の運転担当又は水質管理者の
経験に負う部分が大きく,いかに豊富な経験に基づく知見,ノウハウを予兆情報として技術伝承し
ていくかが重要な課題である。
当社では,プラントメーカとして数多くのボイラ,タービンの設計,製作,運転の実績を通じて得
られたノウハウ,蓄積されたデータ並びに動特性解析などにより得られた知識を基に,1978 年に
海外向け火力発電プラントの運転員の教育を主目的とした社内設備運転訓練シミュレータを開
発,設置して以来,これまでに国内外に数多くの火力運転シミュレータ装置を納入している。図4
に当社シミュレーション技術開発の経緯を示す。
図4 当社のシミュレーション技術開発の経緯
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図5に当社運転訓練シミュレータの構成例を示す。ボイラ伝熱面やタービンブレードの設計ノウ
ハウ等,プラントメーカの設計技術を基盤とした物理式をベースに忠実にプラントモデル特性式
(物理収支,運動方程式,熱収支)を解く方式を採用することで,実プラントの静特性はもちろん
のこと,動特性に対しても精度の高いシミュレーション結果が得られることが可能になった。図6
は,その実例として,シミュレーション比較例,実プラント挙動(左)とシミュレータ装置で実施した
プラントモデル挙動(右)を示す。実プラントと同様な静特性や動特性を実現させることで,プラン
トの起動停止操作,プロセスの異常やトラブル発生時の対応操作において,精度,再現性,柔軟
性に優れた訓練が可能となった。
近年の運転訓練シミュレータでは,臨場感を得るために,実機同等の中央操作機能を用いた
プラント起動・停止操作や,トラブル時の復旧操作を目的とした実機現場写真を用いた現場操作
対応の要求も出ている。また計算機能力の向上により,シミュレーション速度を通常速度から 10
倍速まで加速が可能となり,これまで長時間のシミュレーションが必要であった水処理トラブル現
象を容易に再現でき,更に簡易模擬であった現象に対しても,詳細物理モデルを適応し,より実
プラントに近い訓練もできるようになってきた。
図5 当社製運転訓練シミュレータの構成
図6 シミュレーションの比較例
|4. 火力プラント水質シミュレータの概要
4.1 火力プラント水質シミュレータの機能
火力プラント水質シミュレータとは,これまでの運転訓練シミュレータの機能を拡張して,水処理
に関する詳細物理モデルを開発・適用し,実プラント同様のシミュレーション結果を得られること
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で,運転員がより実プラントでの水質異常時のトラブル対応操作や水質に関する警報からプラント
系統,設備トラブルに至る予兆の診断能力を高める教育,訓練をすることが可能となった。
4.2 導入方法
図7は,火力プラント水質シミュレータの導入形態を示す。運転訓練シミュレータを新規に導入
する場合,プラント水質に特化したシミュレータとなるため,プラントモデル,オペレータステーショ
ンを含んだ小規模な設備で導入が可能である。また,既存の運転訓練シミュレータに,火力プラ
ント水質シミュレータの機能を,追加することも可能である。
図7 火力プラント水質シミュレータの導入形態
4.3 シミュレーション,運転訓練の例
図8は,貫流ボイラで復水器冷却管から海水が漏洩した場合の,各サンプリングポイントでのカ
チオン電気伝導率[mS/m]の挙動を示す。カチオン電気伝導率は,海水の Cl 成分により変化し,
海水漏洩の量,運転状態等を監視する重要なプロセス値である。
図8 海水漏洩時の水質挙動(貫流ボイラ)
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火力プラント水質シミュレータでは,このカチオン電気伝導率の挙動を実プラント同等に再現可
能とした。運転員は,カチオン電気伝導率の上昇を,海水漏洩の予兆(現象)であると推定し,適
切な対応操作,処置を実施する必要がある。その現象推移に関し,復水器検塩計で検知して負
荷降下や停止操作等の処置を実施し,海水汚染範囲が最小になったケース(図9)と,カチオン
電気伝導率の上昇を主蒸気で検知するまで処置をせず,海水汚染範囲が全系統に拡大したケ
ース(図 10)を示す。
このように,運転操作時の処置内容及びタイミングに応じて,影響度,影響範囲を可視化し,良
否判定することで,運転訓練用の教材として活用,有効性の評価をすることが可能となる。
SH:Super Heater
RH:Reheater
BFP:Boiler Feed pump
CBP:Condensate Booster Pump
図9 海水漏洩発生時の水・蒸気系統の汚染範囲(貫流ボイラ) (汚染範囲最小)
図 10 海水漏洩発生時の水・蒸気系統の汚染範囲(貫流ボイラ) (汚染範囲全系統)
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|5. まとめ
プラント水質異常時に,運転担当又は水質管理者に求められることは,“水質異常(予兆)の診
断”,“症状(機器の故障)の推定”,“異常に応じた適切な処置(影響する範囲を最小限にする)”
である。それらの訓練及び技術伝承に有用な火力プラント水質シミュレータを開発した。
参考文献
(1) 椿﨑ほか,火力発電プラント水処理技術(現状と展望),三菱重工技報 Vol.50 No.3 (2013)
(2) 椿﨑,現場に密着した保守技術[60]水処理の大切さ-火力発電プラントの水質管理技術(その1),火
力原子力発電,Vol.58 No.614(2007 年 11 月)
(3) 黒石ほか,発電プラントの運用改善―高精度シミュレーションによる事前検証― 三菱重工技報
Vol.40 No.4 (2003-7)