金融新時代と取引所~いかに利用者の期待に応えるか - 社団法人 日本

発行所 社団法人 日本証券経済倶楽部
編集発行人 小 沼 紀 雄
は じ め に
ただいまご紹介いただきました西室でございます。本
日は伝統ある日本証券経済倶楽部の例会にお招きをいた
だきまして大変にありがたく恐縮いたしております。
本題に入ります前に、先月の十一月一日に発生いたし
ました東証のシステム障害に続きまして、十二月八日の
新規上場銘柄をめぐる大規模な誤発注問題処理におきま
して大変な不手際を起こしてしまい、関係する皆様方に
多大なご迷惑をおかけし、市場に対する信頼を大きく揺
るがす結果になってしまいましたことにつきまして、こ
の席をお借りし改めてお詫び申し上げます。
システムのトラブル関係につきましては、再発防止策
だけではなく、東証における今後のシステム運営の基本
的な考え方につきまして、私の所感もまじえながら後ほ
ど詳しくお話しさせていただきます。
本日は﹁金融新時代と取引所∼いかに利用者の期待に
応えるか∼﹂と少し大きな演題を掲げましたが、夏以降
顕著となっている株価回復に象徴される我が国株式市場
−1−
No.455
レポート
東京都中央区日本橋茅場町 1-5-8
(東京証券会館)
〒103-0025 電話03-3669-7491
第455号
日本証券経済倶楽部レポート
平成18年1月25日発行
日本証券経済倶楽部
http://www.jsec.or.jp
∼いかに利用者の期待に応えるか∼
金融新時代と取引所
東京証券取引所会長
( 平成17年12月16日、当倶楽部第436回定例月例会における講演要旨で文責は事務
局にあります )
西 室 泰 三
の基本的な責務を再認識しながら、今年一年、東証が具
我が国資本市場の中核的な存在としての東京証券取引所
の最近の動きを概観した上で、大きな転機を迎えている
られるようになってきたという現実があります。
国経済に、ようやく本格的な回復に向けた手応えが感じ
ル経済崩壊以降、長らく低迷を余儀なくされてきた我が
はいささか性格が異なっています。その背景には、バブ
たとえば、十月末に日本銀行が発表した経済物価情勢
体的に取り組んできました施策や今後の取引所の課題な
どにつきまして、私なりに整理して二〇〇五年を締め括
技術︶関連分野の生産在庫調整もほぼ終了し、設備投資、
展望では、国内経済も踊り場を脱却して回復基調を続け
私自身は長年、モノつくりの世界に身を置き、東証で
個人消費などの民間需要も堅調に推移しており、先行き
り、新たな二〇〇六年への思いをご披露させていただき
の経験はまだ半年余りに過ぎません。金融の世界につき
に期待が持てると分析しています。また、十二月の日銀
ていると認識されています。懸念されていたIT︵情報
ましては、いまだに不案内であり、豊富なご経験やご見
短観︵全国企業短期経済観測調査︶でも、指標的にはま
たいと思います。
識をお持ちの皆様方を前にお話し申し上げますことは大
さに良いこと尽くめといった状況です。
急回復が望めるというわけではありません。しかし、緩
もちろん踊り場を脱却したといっても、今後Ⅴ字型の
変に失礼かとも存じますが、本日は私の偽らざる心境の
一端をここでお話しさせていただきます。お耳障りなと
ころはお聞き流し願えれば幸いでございます。
やかな分、息の長いしっかりとした経済成長が展望でき
最近の我が国の株式市場の活況ぶりには、目を見張る
脱 却 へ の 期 待 を 、 こ れ ま で 以 上に 強 く 感 じ て い ま す し 、
このような景況判断の下では、投資家の方々もデフレ
るように思われます。
ものがあります。すでに多くの識者が指摘していますよ
そのような意識も今後の株価回復をリードしていくはず
元気を取り戻した日本経済
うに、今回の株価回復や市場の活況ぶりは、これまでと
−2−
です。
今回の市況回復は、情報通信関連企業を中心に株価が
急騰した二〇〇〇年当時とは異なり、不良債権問題に目
途がついた銀行や不動産、流通、業績回復が著しい資源
関係や鉄鋼などの素材産業と、広範囲な投資対象が活況
を示しており、我が国の経済体質そのものが着実に改善
してきています。
もちろん、内外の投資家の間には我が国が少子高齢化
時代を迎えて、経済活動のみならず、社会的にもコスト
高の成熟した国へと移行しつつあるとの認識も浸透し
ています。しかし、中国、インド、ブラジル、ロシアの
BRIC Sと称される国々のように、経済発展段階の規
模のメリットを享受し得なくなった日本が、成熟した資
本主義経済のあるべき姿に、どのような先鞭をつけるの
かへの期待も高く、将来を必ずしも悲観的には捉えてお
らず、それが株価上昇を支えています。
株式市場がここまで元気を取り戻したからには、この
勢いを定着させ、再び活力ある市場へと、その機能を発
展させていくことこそが、新たな時代環境を迎えた我が
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くると思います。
国の将来に向けた展望を描く上での大きな条件になって
て、民間を中心に多くの人達が知恵を出し合ってきた十
の機能、役割を果たせるような時代環境の変化に対応し
年間であったと申せます。
バブル経済崩壊から十数年間、我が国は規制緩和を柱
て取り組んできたことが、今回の市況回復の大きな要素
テムや経営スタイルからの脱却に、経済界が一体となっ
戦後、長期間にわたって採用してきた従来の経済シス
とした金融制度全般にわたる改正を重ねてきました。二
になったと言っても過言ではありません。
株式市場と向かい合う経営
十一世紀を迎えて、再び活力、活気をもたらすためには、
また、同時期には情報通信分野での急速な技術革新と
者にマーケットの声を重視する必要性を初めて本格的に
いるM&A︵企業の合併 買
・ 収︶や企業経営に対して明
確に意思表示する株主、投資家の登場は、公開企業経営
このように見てきますと、昨今、世間の耳目を集めて
経済、金融分野でのグローバル化が進行し、市場は先進
意識させた点で、少なくとも意義があったと思います。
産業の血液とも言うべき、資金を供給する金融資本市場
国、発展途上国を問わず、瞬時に世界を駆け巡る巨額の
しかし、時代環境に即した市場機能強化に向けた取り
を変えていく必要があるとの認識があるからです。
マネーフローから、様々な影響を受けるようになってき
ナンス︵企業統治︶への本格的な取り組みなど、経営者
との決別、株式の相互持ち合い解消、コーポレートガバ
その結果、我が国の経済界ではメインバンクシステム
どの動きと一体となって、幅広い視点から利用者が市場
場を横断的にカバーする包括的な投資サービス法制定な
化を踏まえた上で、今回の会社法制の抜本的な改正や市
えるだけでは不十分です。市場関係者も、国際競争力強
組みは、器としてのマーケット制度に様々な手直しを加
は、株式市場と向かい合う経営を意識せざるを得なくな
をより利用しやすく、身近な存在として感じられるよう
ました。
ってきました。まさしくキャピタル・マーケットが本来
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な 知 恵 を 絞 っ て い く 必 要 が あ り ま す 。﹁ 貯 蓄 か ら 投 資
現代は一つの情報が新しい価値を生み出す社会になり
一大転換期にある資本市場
官主導による政策金融の象徴でもあった郵便貯金、簡
つつあり、人々は必要とする情報を誰よりも早く入手し、
へ﹂という政策命題の持つ意味も、そこにあるはずです。
易保険の民営化、そして政府系金融機関の統廃合が現実
自らの利益に還元したいと考えるようになっています。
要性が高まっており、最近では機関投資家と遜色のない
となってきましたが、我が国の資金の流れ、金融の姿が
大手証券とメガバンクが従来の資本系列を超えて広範
ほどに情報武装している個人投資家も急増しています。
情報が飛び交うマーケットでは、特に情報そのものの重
囲に業務提携する、大手証券と信託銀行が提携し得意分
このような中で、長引く低金利を嫌った個人金融資産
大きく変化することは間違いありません。
野を相互補完する形で富裕層に照準を合わせるなど、金
が、株式をはじめとするリスク性資産へと移動し始めて
戻し保証を一定額までとする措置︶が解禁され、従来の
融関係市場のクロスボーダー化の動きが、すでに民間で
このように、戦後日本を象徴してきた銀行と証券の業
銀行預金の安全性神話が過去のものとなりました。解禁
います。二〇〇五年四月にはペイオフ︵預金などの払い
際問題や業界内の秩序維持構図が、事実上消滅する変化
を巡っては多くの議論がありましたが、結果的には混乱
は現実化しています。
が生じていることは注目すべき事象です。これに情報通
もなく受け入れられました。保守的な運用姿勢が支配的
個人金融資産が、まだ一部ではありますが、投資信託
信技術分野の急速な発展が、さらに大きな拍車をかけて
拡大が、これまでとは異なるネット投資家やネット株式
や直接の株式投資の形で市場に流入し始めた事実は、厚
であった個人金融資産の性格が変わりつつあります。
運営といった新しい株式市場像を現出しつつあるように
みのある資本市場を整備していく上で、今後大きなプラ
います。インターネット取引を利用した個人投資家の急
思われます。
−5−
これらの地殻変動とも言える動きは、二〇〇四年十二
た経済の中で、多様な機能を支える金融へと力点が変わ
し、今後は規模の経済を支えるための金融から、成熟し
的な役割は安定的に履行されなければなりません。しか
月に金融庁が当面の政策指針として発表した﹁金融改革
ってきます。新しい時代環境に即した金融のあり方を考
スになるものと期待されます。
プログラム﹂が意図した、業種の垣根を越えた金融コン
えていくことの必要性が痛感されます。
大きな影響与え、資本市場と企業経営との距離が縮まっ
二〇〇六年四月に施行される新会社法も、この動きに
政当局の動きを見ても、それは明確に示されています。
申すまでもないことですが、マーケットは昔から需要
き課題についてお話しさせていただきたいと思います。
上で、改めて東京証券取引所の基本的責務、取り組むべ
以上のような私自身の現状認識、将来予想を踏まえた
豊かな市場流動性の維持
おり、これは証券取引所にも当てはまります。
応すべきなのか、自らの存在価値、存在理由が問われて
してくる時に、キャピタル・マーケットはどのように対
今後、資金調達や投資、運用形態が、ますます多様化
グロマリット化の推進や、﹁投資サービス法﹂制定に代
表される包括的な金融法制づくりを、先取りしたものだ
とも申せます。
経済界では数年前から、世界的な流れとして集中と選
択に基づいたスピード感のある経営を標榜する企業が増
えていますが、金融でも大胆な戦略に基づく思い切った
てきます。今日の我が国の資本市場は、名実共に一大転
と供給とを結び付ける場であり、中でも取引所は資金の
事業展開が求められるようになってきました。最近の行
換期の最中にあり、明らかに国内の資金循環の形態が、
ーズをより効率的かつ的確に処理する、一国の経済にと
需要者たる産業界と運用者たる投資家が、それぞれのニ
もちろん、どのような環境にあろうとも、産業界が求
っては必要不可欠なインフラと位置付けられます。今日
大きく変動していく状況が表れています。
める資金や金融機能を供給する資本市場の根源的、基本
−6−
においてもこのことは基本的に同じです。
多様なニーズに裏付けられた大量の需給を集約し、最
を強化し、防止に努めるのは当然ですが、再びこのよう
な事態が起こらないよう可能な限りの対策をとっていく
通り社会生活の根源、根幹を担うことであります。東京
経済産業活動の発展に資する役割を果たすことは、文字
諮問委員会を設置するなど、外部専門家によるチェック
直すために、新たに外部有識者から構成されるシステム
東証では取引所のITセキュリティ全般を抜本的に見
所存です。
証券取引所の最も重要な責務は、適切な市場価値を見出
体制を敷き、システム全体の円滑運営を確保することに
適のフェアバリュー︵公正価値︶を見出して、その国の
すための豊かな流動性を確保し、支障なく投資家や仲介
しました。
それと同時に、システム全体の再チェックも外部機関
金融機関などに提供することです。私はそれが取引所の
果たすべき第一の、また最大の責務であると理解してい
しかし、冒頭に申し上げましたように、短期間に二度
見直します。この見直しこそが、東証の将来に向けた再
計画全体を、バックアップ体制のあり方も含め抜本的に
に依頼して開始しており、中期経営計画のシステム投資
にわたって、システム運営上の重大な不手際を引き起こ
スタートの最も重要な課題であると思っています。
ます。
してしまったことは誠に由々しい事態で、状況は極めて
止させ、新規上場会社の株価が正常に成立し得なかった
び付いている今日において、長時間にわたって取引を停
一日二十四時間、世界の市場が実質的に切れ目なく結
代環境の変化にも柔軟に対応し得るものを構築していく
で、世界の先頭を走ることのできる設計思想を基に、時
引市場を利用されるユーザー本意の視点から、より柔軟
方針そのものを一度白紙に戻し、内外の投資家など、取
その際には、これまで採用してきシステム設計の基本
事実は国際的な影響も大きいものがあります。東証とし
決意です。
深刻であると言わざるを得ません。
ては、売買システム全般にわたる日常的なチェック体制
−7−
ラである取引システムの機能強化に向けた、積極的な投
にも大変ご迷惑をおかけしましたが、同時に基幹インフ
今回の事態は東証にとって極めて不幸ことで、皆様方
とともに、公正な市場運営の確保という課題も、当然、
便性の確保という命題には、先ほどの市場流動性の維持
ースにしていきたいと思っていますが、高い信頼性と利
不公正取引の防止に向けては、日常的な監視活動の実
含まれます。
現在、個別に運営している先物オプション取引関連シ
施はもちろんですが、上場会社による適切な情報開示の
資機会として捉えたいと考えています。
ステム、現物株式取引システムなどを統合しいく方針で
徹底をはかることなしには、市場として要求されるフェ
また、利便性の高い市場となるためには、取引注文の
すが、この他にも必要な投資は避けて通れません。必然
題となってくるのが、それに伴う資金調達です。早期の
執行から取引後決済まで、他の金融システムとの連動を
アバリューを見出すことは困難です。
上場実現は、その資金調達の有力な選択肢の一つでもあ
保ちながら、一体的かつ効率的な処理を可能にする体制
的に大規模な投資が恒常的に生じてきますが、そこで問
ります。
を敷いていくことも必要です。
豊かな市場流動性の維持に続く、東証の二つ目の責務
だき、常に活気に溢れた取引市場を実現することで、自
投資家、上場会社、取引参加者の方々からの信頼をいた
東証ではこうした期待に応えることによって、多数の
が高い信頼生と利便性です。これは投資家、発行会社は
らに課せられた社会的責任の一端を果たしていきたいと
求められる意識改革
もとより、取引所市場を利用される方々の視点に立ち、
考えています。
巻く環境や市場構造そのものが、急速に変貌を遂げてい
責務の三つ目として強調したいのは、金融市場を取り
高い信頼性に基づいた、より利便性に優れた取引所市場
を構築し、豊かな社会に貢献するということです。
本年︵二〇〇五年︶春に策定した東証の企業理念をベ
−8−
て例外ではなく、それどころか最もそれが先端的に表れ
時代のニーズに応えて、新しい市場機能は自らがつく
る中では、以前にも増して取引所自身が、その意識や体
は、単に受動的な立場で取引を執行するだけであっては
り出す、そのような意識を確立することこそが、東証の
ているとも申せます。
いけません。大量の需給をきちんと処理する、その基本
新たな飛躍を可能とし、初めて取引所が我が国経済社会
質を変えていく姿勢を持つことです。これからの取引所
的な使命に変わりがないことは当然です。しかし、同時
の期待に応えることができるのだと信じています。
ーをいかに発見し、自らの機能強化を追求していく姿勢
利用者の期待を先取りする気概を持ち、フェアバリュ
ていただきます。まず取引所として最も重要なことは、
て取り組んできたことや課題について、少しご紹介させ
二〇〇五年の一年を振り返って、東証が特に力を入れ
情報開示と企業統治
に投資家や発行会社、取引仲介者から次々に寄せられる
多種多様な市場利用に関するニーズに、いかに応えてい
と実行が必要です。今後は株式などの伝統的な金融商品
ディスクロージャー︵情報開示︶の徹底と確保です。ご
くのかも、今後の大きな課題になってきます。
以外の新たな投資商品開発にも、積極的に注力していく
承知のとおり二〇〇四年来、我が国の株式市場では一部
の上場会社の不適切な情報開示により、株主や投資家の
つもりです。
そのような意識や姿勢を持つことなくしては、利用者
っています。我が国に限らず世界の企業組織では、その
せん。自己革新に取り組まない組織に、明日はないと思
する立場からすれば、とうてい見逃すことができません。
情報がないがしろにされた状況は、国際的な市場を管理
一部の上場会社の不誠実な行為とは言え、重要な投資
方々が、不測の損害を被るケースが頻発しました。
ような洗礼を毎日のように受けており、厳しい競争の中
そこで東証では上場規則の基本理念の中に、﹁発行者
本位の使い勝手のよい市場の実現に近づくことはできま
で体質の改善、強化に努めています。金融の世界も決し
−9−
をなすものであることを十分に認識し、常に投資者の視
は適時適切な会社情報の開示が、健全な証券市場の根幹
努力を続けていきたいと思っています。
解を得つつ、より実効性のある情報開示の確保に向けた
ついて発行者に再認識を促し、新たな措置についての理
組みです。具体的には現在東証が担っている自主規制機
レートガバナンス︵企業統治︶の体制強化に向けた取り
二つ目は、株式会社に衣替えをした東証自身のコーポ
点に立った迅速、正確かつ公平な会社情報の開示を徹底
するなど、誠実な業務遂行に努めなければならない﹂と
いう一文を書き込みました。
その上で実効性を確保するために、発行者に対して投
ついても、当該証券の発行者が不実の記載がないと認識
誓書﹂の提出を求め、有価証券報告書及び半期報告書に
勢で臨む旨を代表者の名で宣誓した﹁適時開示に係る宣
設けて検討を進めてきました。その結果、十月下旬に特
問機関として、各方面の専門家で構成する特別委員会を
ましい自主規制機能の再検討要請を受け、取締役会の諮
本件は、二〇〇五年六月の、金融庁からの上場後の望
能の維持に関する考え方の整理についての検討です。
している旨、及びその理由を記載した書面の提出を求め
別委員会から、委員会等設置会社への移行が望ましいと
資家への会社情報の適時適切な提供について、真摯な姿
ることにしています。これらの宣誓書や書面は、東証の
の最終提案をいただき、取締役会で概ね同様の結論を得
別会社を設立して自主規制業務を行うのに比べ、委員
ホームページで全てそのまま紹介しており、広く一般の
もちろん、一片の書類を持って全ての問題が解決する
会等設置会社の方が、実効性の確保と履行コストや法的
た次第です。
とは思っていません。市場に対する投資家の信頼をどの
実現可能性、トータル運営コストなどで有利であると判
縦覧にも供するようにしています。
ように確保していくかは、取引所だけが取り組むもので
断したからです。
また、取締役会ではそれに伴い、①東証自身の上場に
はなく、証券発行者の協力がなければ、とうてい成果は
期待できません。東証としては、今後ともその重要性に
−10−
現を目指し、金融審議会などの場で広く理解を得て、最
ついては、委員会等設置会社に移行した上で、改めて実
いて、きちんと整理できたことは大変に意義深かったと
ていくための基礎固めとして、こうした重要な論点につ
の一員として、利用者の期待に適切に応じ、発展を遂げ
今後どのような体制をとるにしても、最も重要な視点
終的には金融庁の了承を得る②委員会等設置会社として
状況などを見た上で改めて取締役会で決定する③委員会
は外部から見ても、実態的にも、市場利用者からの期待
思っています。
等設置会社への移行承認は、定時株主総会でなければな
に十分応えられるかどうかに尽きます。そこでは無駄な
の具体的な中身や移行時期に関しても金融審議会の審議
らず、二〇〇五年度中の株式上場は延期せざるを得ない
重複を省く必要がありますし、簡素でも必要とされる機
能を果たしていくことが、組織としての存在価値を高め
︱の三点を確認しています。
自主規制機能のあり方については、東証に限らず、世
一つをとっても、これが正しいあり方であると世界のス
だ明確な結論が打ち出されてはいません。独立性の確保
員会の三委員会と並列的に位置付けられる自主規制委員
バナンス形態の下で、指名委員会、監査委員会、報酬委
取締役会としては、委員会等設置会社という新しいガ
ることにつながっていきます。
タンダードが決まっているわけでは全くありません。そ
会を設けていくことが、現在の東証にとって運営上、最
界中の主だった取引所市場でも議論が続いており、いま
れぞれのマーケットが有する固有の風土、伝統、慣習を
も効率的、機能的であり、透明性も確保できると考えて
次に、私が東証の会長に就任以来、今日までに感じた
信頼性の高い取引システム
います。
無視して、勝手につくるわけにはいきません。
今回、東証では専門家の方々にお集まりいただき、短
期間とは言え、集中的にこの問題について議論いたしま
した。行政当局との最終調整がまだ残っていることは事
実ですが、東証という組織が、将来にわたって資本市場
−11−
当面の政策課題や今後の積極的なテーマなどについて、
早々にも九百万件へと引き上げます。その上で、現物株
当たりの注文対応処理件数、七百五十万件を年末か来春
式と先物オプションについては、一体処理を可能とする
国内外二つの視点からお話しさせていただきます。
まず国内面での当面の課題ですが、これは繰り返すよ
者からの信用維持に直結しています。大量の取引を支障
確保は、そのまま我が国金融システムに対する内外利用
取引が続いており、東証の取引システムの安定的な運用
ならないということです。株式市場では、連日、大規模
大の課題になってきています。平準化するためには、や
ク対応できなければ意味がなく、そこを処理するのが最
きなピークを迎えます。コンピューターシステムはピー
す。ネット取引も増えて、現在は朝の前場開始直後に大
取引件数の多さとともに、その平準化も一つの課題で
次世代システムに移行していく計画でいます。
なく処理することは、東証自身の社会的な責任でもあり
はり夜間取引を何らかの形で導入することも必要ではな
うですが、市場流動性の安定的確保が最優先でなければ
ます。
認に基づく取引の再発は、何としても避けなければなら
いを起こす原因をつくっているのが、取引単位の違いで
そして、投資家の方々にいろいろな意味で誤解や間違
いかと思っています。
ず、すでに全体的なシステム運営の信頼性の確保につい
す。この点についても、皆様方からのご意見も頂戴しな
先般のような長時間にわたるシステム障害、重大な誤
ては、着手可能なものから順次対応策を実施しており、
がら、できる限り誤解が生じないような統一方法の必要
国際的な対応、海外との関係からの課題についても、
出遅れたアジアへの進出
もあるのではないかと思っています。
システム諮問委員会を設置することになっています。
また、今後三年間予定していたIT関係投資額を、大
幅に増やさざるを得ず、国内の他の証券取引所との連携
の可能性についても、探っていきたいと思います。
現状の取引のピークは約五百万件ですが、現在の一日
−12−
現在、最も成長が期待されているアジアにおいて、幸い
する地位を確保していかなければなりません。取り分け、
スでの市場間競争の中で、東証は引き続き世界をリード
幾つか取り上げさせていただきますが、グローバルベー
ル取引所︵CME︶も名を連ねていました。
先物取引所に加えて、米国最大のシカゴ・マーカンタイ
きな意味がありますが、主催者は地元上海の証券取引所、
取引に関する国際フォーラムでは、上海での開催にも大
月末に上海で開催されたデリバティブ︵金融派生商品︶
ることが感じられます。
国としても新しい金融市場を開拓しようと力を入れてい
ラムに参加しており、米国が取引所ベースだけではなく、
中国側政府関係者と共に、米国政府関係者も同フォー
にも東証は日本というアジアに位置しています。東証が
顧客から見て、アジア地域の取引所の中で、常に最も優
れた存在であることが必要です。
欧米の有力取引所によるアジア企業への進出は、二〇
〇五年も非常な勢いを示しており、しかも、はっきりと
米国勢による中国詣では、先物市場だけではなく、現
ます。興味深いのは、先物、現物を問わず米国取引所勢
した形が見えつつあります。ニューヨーク証券取引所は
日本は成長が期待できる同じ地域に存在しているにも
の中国進出が、政府もしくは政府機関関係者と一体にな
物市場であるニューヨーク証券取引所やナスダックも、
かかわらず、欧州や米国がいち早く進出し、資金を必要
って展開されていることです。官民合同によるマーケテ
十社以上、ロンドン取引所も三社の中国企業が上場して
とする企業に新しいファイナンス機会を与えているので
ィングは、受け入れ側にしてみれば、ただ単に印象に残
中国企業の誘致を目的に、早くから進出攻勢を続けてい
す。投資家に新しい投資機会を供給することを通じて、
るだけではなく、公による支援を含めてワンセットで市
いますが、東証は現在、一社に過ぎません。
自らの事業機会の拡大に努力していくことは、取引所業
場取引制度を整備する方法を教えてくれるという、極め
て便利なものと言えましょう。
務をビジネスと考えれば、不思議なことではありません。
日本ではあまり報じられていませんが、二〇〇五年九
−13−
整備と作戦が必要です。
打ち勝っていくためには、こうした現実も踏まえた体制
け規模のメリットが将来も期待できる中国などを舞台に
私どもにはとても真似はできませんが、海外、取り分
きりといま確立されている間に、これらの課題に取り組
ータル資金力、資本、金融の強さが、アジアの中ではっ
めに、東証に残された時間は長くありません。日本のト
導的なマーケットとして影響力を維持、強化していくた
ンドンの国際金融先物取引所などが相次いで進出し、こ
品取引所︵CBOT︶、フランスのユーロネクスト、ロ
互に持ち合う、ボーダレス時代を迎えて取引所相互の関
つながるのであれば、たとえば海外の取引所と株式を相
自らの市場機能を強化して、利用者の利便性の向上に
まなければならず、まさに時間との競争です。
の地域の潜在的投資家に対して、利便性の高い投資機会
係を強化していくことも考えられます。
中国だけではなく、シンガポールには米国のシカゴ商
を提供し、囲い込んでいこうとの姿勢を、早くも鮮明に
者の利便性を高め自国の市場競争力を強めようと、自国
韓国でも、システム統合を通じてコスト削減し、利用
会下で、国内、国外の利用者の期待にいかに応えていく
すことなども考えられます。このように成熟した経済社
提携取引所と合弁事業で新たな取引機会の開拓に乗り出
あるいは一歩進めて、夢のような話でもありますが、
内の三取引所を一つに統合しました。このような動きが
かを、もっと鋭敏な感覚なり意識なりを持って考えてい
打ち出しています。
随所に、地殻変動的に起きており、私どもの身近で、戦
く必要があります。
国際競争力なるものは、自らのアイデンティティ︵存
アジアのリーディング・マーケットに
略的に最も重要なアジア地域ですら、各国の証券市場は
急速な変貌を遂げています。
東京証券取引所は、経営のスピード感で大きな落差があ
在意義︶を踏まえて、強さ弱さを冷静に自己分析するこ
残念ながらこうしたアジアの市場や取引所に比べて、
ることを認めざるを得ません。アジアにおいて今後も主
−14−
での過程や環境、理由、取引所市場として東証には何が
退もその一例です。外国会社上場が減少してきた現在ま
の二十七社へと激変した、上場外国会社の東証からの撤
ビジネスでも同様です。ピーク時の百二十七社から現在
用者に対しても、より良きサービスを提供できると信じ
主導的な地位を獲得することができ、顧客である市場利
れば、アジアは当然のことながら、世界においても再び
目標を掲げ、的確な戦略と実効性のある手段を持ってい
東京証券取引所は、自らが明確なアイデンティティや
上げて実行していくことこそが大事です。
欠けていたのか、日本の市場はどうして魅力を失ったの
ています。
となくして身に付くことはあり得ません。これは取引所
か、どうして不便だと言われるのか︱などをもう一度し
何よりも現在、世界の目は明らかにアジアに向いてい
今後を占う上で、このところ明らかにポジティブな見方
うですので、そのような夢を抱いていますが、我が国の
私は、生来、物事をポジティブ︵肯定的︶に考えるほ
ます。成長の最も著しいところがアジア市場です。そこ
のできる経済指標が多くなってきました。バブル経済崩
っかりと洗い直そうと思っています。
に位置している我が国の地政学的な条件を生かすことに、
壊後、失われた十年、十数年に苦しめられた立場からす
しかし、ここで安心してしまっては早計だとのそしり
れば誠に喜ばしいことです。
改めて着目しなければいけません。
国内の巨額に上る個人金融資産が、事実上まだ冬眠状
態にあること一つをとってみても、東京市場の復活につ
との強い意識を持って、取引所のみならず証券会社、投
東京市場はアジアのリーディング・マーケットになる
という我が国の次の時代における仕組みの構築に取り組
の時こそ、名実共に成熟した資本主義国へ移行していく
騰に安堵することなく、むしろ経済が回復しつつあるこ
を受けてしまいます。目先の経済指標の好転や株価の高
資家、さらには行政当局も含めて、活発に議論して積極
んでいかなければなりません。先進国の中でも異例のス
ながる可能性は十分すぎるほど残されています。
的に政策提言し、将来に向けた政策をしっかりとつくり
−15−
課題を、いかに処理していくのかに世界の注目が集まっ
ピードで少子高齢化が進行する我が国が、今後の難しい
ても過言ではありません。
的に利用することが、将来の姿を大きく左右すると言っ
む資本市場の果たす役割は、将来の日本にとっても、こ
その意味におきましても、私ども東京証券取引所を含
十一月の中旬に、経済広報センターの招聘で、金融経
れまでになく高いものがあります。東京市場は伝統的な
ています。
済を専門とするフランスの多数のジャーナリストが来日
日本企業へのファイナンスに加え、内外投資家ニーズを
取引所はまさにその渦中にあり、民間企業と同じ目線
しました。彼らの目的は、総選挙後の日本が本当に変わ
常にはっきりと物事を申すことで知られるフランス人
から独自の新たな市場機能を積極的に提供するという気
充足させることを通じて、アジアにおける効率的な資金
に、いまの日本はどのように映ったのでしょうか。伝え
概と意欲を持って、時代を切りひらいていく必要があり
ったのか、どこまで変わろうとしているのか、長期低迷
聞くところによると、日本は高齢化問題の本質をすでに
ます。資本市場、取り分け中核たる取引所市場は、国民
循環の中心の一つとしての、より大きな機能を果たして
よく認識し、むしろ新たな国づくりのチャレンジへの好
共有の資産であるとの認識に立ち返りますと、企業や投
の先に明かりが見えているのか︱など、いまの日本のあ
機と捉え、企業サイドも労働慣行の見直しや女性の能力
資家など内外の利用者の方々にとって、その存在は身近
いくことが期待されています。
活用に積極的に取り組み始めているなどと、好意的に捉
なものでなければなりません。これらの命題をいかに達
りのままの姿を本国に伝えることでした。
えていたようです。
においても、常に創造的、かつまた挑戦的な姿勢を、東
成していくかですが、市場運営、国際対応、その他の面
国としてのあり方が大きく変わりつつある今日、この国
証は実現していきたいと思っています。
日常生活レベルでも、グローバル化の波が押し寄せて、
を支える様々な社会的、経済的なインフラを、より効率
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その前提は、やはり利用者から信頼されるマーケット
含めどのようにお考えでしょうか。
開発を含めて初期投資が極めて大きく、年によって極端
西室 コンピューターの投資そのものは、プログラム
日々の市場運営に全力を持って臨み、利用者の皆様方の
に投資額に差が生じるという性質があります。そのよう
だということです。そのためにも二度と過ちがないよう、
信頼に応えていくことで、新生日本を支える証券市場の
が決めるべきもので適正基準のようなものはありません。
な意味からも、企業がどれだけ投資するかは、企業自身
以上、二〇〇六年という新しい年を目前にいたしまし
また、諸外国の方がコンピューター投資額が多いという
姿も、自ずと見えてくるような気がしております。
て、会長就任半年余りの間に感じましたことを、思いつ
ことも全くないと思います。
かどうかの疑問は相当あるような気がします。
に行われています。ただ、それが効率的に使われている
減税措置があったためか、投資そのものは極めて積極的
日本企業も特にこの三年間はコンピューターIT投資
くままにお話しさせていただきました。どうも本日はご
清聴ありがとうございました。
︹質疑応答︺
問 最近の問題は今回の取引所も含めコンピューター
では外国系企業は売上高の数%をコンピューター関連投
ですが、まずはIT関係を取り仕切るCIO︵チーフ・
まさにご指摘の通りです。具体的には来週発表する予定
東証の人材の門戸が開かれていなさ過ぎるというのは、
資に向けているとのことです。日本企業は一%程度に過
インフォメーション・オフィサー、最高情報責任者︶を
に関することが多いように感じます。伝え聞いたところ
ぎないとも言われていますが、適正基準はあるのでしょ
にはプロフェショナルが育っていませんし、十分な識見
置かなければいけないと改めて痛感しています。東証内
また、東京証券取引所は産業界に比べて、人材採用の
と広範な知識を持っている人もおりません。この人材は
うか。
門戸の開かれ方が少ないように感じます。女性の活用も
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役員待遇として公募をいたします。外国人でも、もちろ
ん日本人でも結構ですので、自信のある方には是非応募
していただきたいと存じます。
人材についてはいろいろな分野で不足が見られ、女性
の活用ももちろんですが、開かれた人材確保を今後は心
掛けていきたいと考えています。これから変わっていく
東証を見ていただきたいと思っています。
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