加工速度制御鍛造による 高精度ヘリカルギヤの開発 有 馬 達 男 上板塑性 ㈱ サーボプレスに特殊な多機能ダイセットを組込み、スライドの加工速度 と位置を制御することで、高精度なヘリカルギヤを目指した冷間鍛造の プロセス開発を紹介する。 1.はじめに 昨今、アベノミクスの金融緩和政策で経済は改善 となる。そこで、競争力あるものづくりを行うため に向かいつつあり、大手企業を中心とした自動車 には、多品種小ロットを如何に効率よく生産し、よ メーカーや Tire1 メーカーはともに、為替の影響に り一層の高付加価値を付けていくことがカギとな より大きな収益を上げている。しかし、我々、中小 る。ものづくりで差別化することが重要であり、国 企業は、この為替の恩恵を受けることなく、今なお からの補助や委託の研究開発は、日本国内の生き残 続く急速な海外への現地調達の影響を受け、さらに るための重要なプロジェクトであり、ここに我々が 厳しさを増しており、今後は、より一層の日本国内 取組んできた開発事例を紹介する。 および海外ローカルの鍛造メーカーとの激しい戦い 2.冷間鍛造におけるサーボプレスの変遷 サーボプレスの歴史は比較的浅く、コマツ産機様 1) 能ダイセットや油圧制御装置および、ダイクッショ では、1994 年に油圧サーボプレス、その後 1998 年 ンの制御システムを改良することで、従来の製法と に AC サーボプレス、2005 年に冷間鍛造用 H1C 630 異なるヘリカルギヤのプロセス開発を行った。その が販売され、弊社は、この H1C 630 プレスを販売の 研究成果で、多様なサーボプレスを活用するコア技 翌年の 2006 年に導入したが、サーボプレスの特長を 術が生まれ、今現在では、弊社が保有するプレスの 活かしきれなかった。そこで、弊社は、平成 21 年度 設備 29 台の中でサーボプレスが最も稼動負荷の高い の戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン)に公 設備となった。 募し、保有するサーボプレスに独自に開発した多機 3.サーボプレスの特長 弊社が保有するコマツ産機製の冷間鍛造用サーボ プレス H1C 630 プレスの特長を説明する。その外観 8 SOKEIZAI Vol.55(2014)No.4 及び特長的な機構を図 1 に示す。 特集 低コスト高付加価値製品の塑性加工技術 メインギヤ リンク スライドのモーションが決まっているが、サーボプ レスの場合、サーボモーターでメインギヤを駆動さ せることができるため、加工速度とリニアスケール サーボモーター の情報を基に位置を制御することができる。 3.2 サーボダイクッションの機能 ドライブギヤ プランジャ 油圧室 油圧室 スクリュー 従来技術のダイクッションは、スライドの速度と 同じ速度で下降する。または、ダイクッション圧は、 リリーフ弁で定常な圧力としていた。その状態を図 2 に示す。 サーボモーター タイミングベルト 位置(mn) ����������� 図 1 H1C630 サーボプレスの構造 3.1 加工速度を制御できる機能 角度(deg) 一般的なメカプレスのスライドモーションは、 リンクやクランクといったプレスの機械的構造で、 図 2 一般的なダイクッション圧(定常) 4.ステアリングピニオンの研究開発 リカルギヤの形状差が大きく、冷間鍛造における加工 度が高かった(断面減少率 60 % を超える) 。その結果、 位置(mn) 自動車の進行方向を任意に変える操舵装置のステ アリングピニオンは、図 3 に示すように、軸部とヘ 先端部が金型に対して充満せず、大きくダレが発生し ていた。また、成形面圧が高く、従来の定常なダイク ッションを与えると、金型が早期破損に至った。そこ 角度(deg) 位置(mn) で、従来技術と異なるダイクッション圧を開発した。 角度(deg) 図 3 ステアリングピニオン(ヘリカルギヤ) 図 4 様々なダイクッション圧の制御 4.1 様々なダイクッション圧の制御 図 4 に示すように、様々なダイクッション圧を制 本研究は、従来と異なるダイクッション圧を制御 御するため、スライドの位置と連動させたダイクッ することで、先端部のダレを抑制し、従来にない高 ション圧と BKO 位置をコントロールさせた。 精度なヘリカルギヤを目指した。その従来と異なる ダイクッション圧を可変や除変させることででき ダイクッション圧の制御状態を図 4 に示す。 る機能・制御の研究開発を行った。 Vol.55(2014)No.4 SOKEIZAI 9 4.2 解析結果 は、リン酸塩被膜(ボンデ)処理が施し、素材に微 ステアリングピニオンに対し、様々なダイクッショ 量の潤滑油を塗布して成形を行った。 ン圧の条件を与え、成形面圧や金型に対する充満状 試作で用いる金型は、パンチ、ダイス、ダイクッ 態を解析にて検証を行った。 ション圧を与える KO ピンから構成され、図 7 に金 図 5 に示す解析結果は、金型に対しての最小距離 型構造と素材の位置と成形後を示す。 を示し、ダイクッション圧を与えることで、歯先の 図 7 に示すように、断面減少率が 64 % 超えるため、 充満は改善され、かつ先端部の大きなダレが解消さ 強制押出しとし、素材がダイスの中に入った状態か れる。しかし、先端のダレを完全に解消するためには、 ら成形が始まる。 成形面圧が 4000 MPa と非常に高く、実用加工限界を 図 8 に示すように、ダイクッション圧がない状態 超えており、この解析の結果からダイクッション圧 に対し、当然ながら、ダイクッション圧が高ければ、 を最大 80 KN と設定し実機試作を行った。 最大の成形荷重が高いことが分かる。 図 8 様々なダイクッション圧と成形荷重 図 5 様々なダイクッション圧の解析結果 この相関関係は、図 9 に示すようにダイクッショ 4.3 試作結果 ン圧に対し、成形荷重の荷重増大量は約 3.4 倍に相当 素材は、実生産している SCM420H 材を用いる。 することが分かる。 図 6 に素材形状と成形後の外観と寸法を示す。潤滑 図 10 は各ダイクッションの成形荷重と先端部のダ レの状態を示す。ダイクッション圧が高ければ、解 φ24 析の通り先端部のダレ量は小さくなる。また、ダイ 28.3 成形荷重(KN) 41.1 ° R5 60 48.4 φ23.8 素材 ; SCM420H 焼鈍ボンデ処理 ダイクッション圧 図 6 素材と成形後の外観寸法 ダイクッション圧(KN) 図 9 成形荷重とダイクッション圧の相関図 モジュール 1.9 歯数 6枚 圧力角 20° ねじれ角 22° 大径(歯先) Φ17.7 小径( 歯底) Φ10.5 またぎ歯厚(2枚) 9.6 素材 鍛造品 ダイス (超硬) KO ピン ダイクッション圧 図 7 歯形諸元と金型構造の成形と素材位置 10 SOKEIZAI Vol.55(2014)No.4 歯先先端ダレ量(mm) パンチ 歯形諸元 6 5 約2mmダレ改善 4 3 2 1 0 ダイクッ ション圧 (KN) 図 10 各ダイクッション圧と先端部のダレ量 特集 低コスト高付加価値製品の塑性加工技術 クッション圧を定常にかける場合と、成形初期に高 させ、先端のダレ部に局部圧を与える条件で、OBD い圧力をかけゼロへ除変した場合のダレ量を比較す 寸法の先端から導入部の寸法差が最も小さい結果と ると、ダレ量の差異はなく、ダイクッション圧の除 なり、ダイクッション圧を制御する効果が得られた。 変の効果が見る事ができる。 試作は、下記の計 8 水準で試作を行った。 (1)スライドの加工速度のみ変更;3 水準 (ダイクッション圧なし) (2)ダイクッション圧の与え方;5 水準 (加工速度は一定の 20 spm とする。) 各条件の OBD 寸法の精度を比較し、まとめた結 果を図 11 に示す。 スライドの加工速度は、10 spm と 50 spm では、大 きな差がなかったが、2.5 spm と極端に加工速度を遅 くすると、OBD 寸法が全体的に大きくなった。また、 ダイクッション圧の与え方により、OBD 寸法の差が 生じ、ダイクッション圧により、先端部の歯厚の細り を改善することが分かる。その中でも NO.12 は、ダ イクッション圧を成形初期に 40 KN から 0 KN へ除変 図 11 各ダイクッション圧と OBD 寸法 5.トランスミッションギヤの研究開発 ヘリカルギヤは自動車の重要な機械要素部品で あるが、依然として歯切り加工が中心であり、安 価な対応が困難である。近年、多軸制御油圧プレ スによるプラネタリギヤやサンギヤなどが冷間鍛 造法で生産されているが、複雑で高価な制御・駆 動システムが必要であり、生産性が悪く、冷間鍛 造化が進んでいない。そこで、サーボプレスの特 長を活かし、特殊閉塞ダイセットを用いて、新た 表1 スクーターの歯車諸元表 モジュール 歯数 圧力角 ねじれ角 大径(歯先) 小径(歯底) またぎ歯厚 歯車諸元 1.25 49 20° 25° φ 71.25 φ 64.9 29.15(2 枚) な高度生産プロセス開発を行った。 5.2 多機能ダイセットの特長 5.1 スクーター部品の研究開発 従来技術のヘリカルギヤの冷間鍛造は、特殊油圧 研究開発の対象製品として、保有するサーボプレ プレスの多軸成形により、技術が確立されていた。し スの能力 6300 KN に合わせ、適用するトランスミッ かし、この特殊油圧プレスは、複雑な動作をすべく ションギヤ部品を調査し、スクーター部品のヘリカ 多軸を制御するため、設備費が高く、生産性が劣っ ルギヤが適度の大きさであったことから、研究開発 ていた。そこで、本研究開発で、保有するサーボプ とした。その対象製品を図 12 に示す。 レスに特殊閉塞ダイセット+簡易的な機構を付加さ 表 1 にスクーターの CVT ミッションギヤの歯車 せることで、このヘリカルギヤの成形のプロセスの 諸元を示す。 研究開発した事例を紹介する。 図 13 は、特殊閉塞ダイセットにと油圧ユニット、 油圧制御盤とサーボプレスで構成される。 ヘリカルギヤの歯先まで充満させるため、分流成 対象品 形が必要であり、分流状態を作らなければならない。 そこで、ダイセット内にテーパーのウエッジ機構を 付加して、一部の金型動作をさせた。また、サーボ プレスは、これらの多機能ダイセットに追従すべく、 図 12 スクーター部品 電気系の制御を改良し、実験を行った。 Vol.55(2014)No.4 SOKEIZAI 11 図 13 多機能ダイセットと油圧装置 図 15 成形モーション 1 の成形状態図 <多機能ダイセットの特長> の成形状態を図 15 に示す。成形状態 1 は、上下型の ①スライド位置の信号により、任意の位置で閉塞圧 閉塞状態とし、成形の開始段階を示す。成形状態 2 は、 の圧抜きが可能な特殊閉塞圧の機能 ②金型を動作させる為のテーパーウエッジ機構 上下型が閉塞し、歯部の充満度が 8 割程度(歯先の 型当たり約 3 mm)の状態図を示す。 成形モーション 2 は、図 16 に示す。スライドが上 5.3 成形モーション 昇し、ヘリカルギヤパンチの圧力が解放され、カウ 多機能ダイセットにより、一部の金型が動作する ンターパンチの金型動作が容易となる。そこで、受 ことで、複動成形がサーボプレスで可能となった。 圧していたテーパーウエッジが左方向へ油圧シリン その成形モーションを図 14 に示す。 ダーで押し、カウンターパンチが 1.5 mm 降下した状 態を図 16 の左図に示す。カウンターパンチと素材と の隙間が 1.5 mm 設けることで、歯先への材料の流れ と、カウンターパンチとの隙間へ材料が流れる分流 状態を作り上げ、歯先までの完全充満を目指した。 図 14 成形モーション図 この成形モーションは、サーボプレスのスラ イド下降途中で成形を一旦停止し、スライドを上 昇させ、圧縮状態を解放し、その間、多機能ダイ セットのテーパーウエッジ機構で金型を動作さ せる。一部の金型を動作させて、素材と金型に隙 間を設け、歯形部分の材料の流れと、圧力を低減 する材料の流れへ二分する分流鍛造法によって、 歯先までの充満を目指した。成形モーション 1 12 SOKEIZAI Vol.55(2014)No.4 図 16 成形モーション 2 の成形状態図 特集 低コスト高付加価値製品の塑性加工技術 5.4 解析結果 φ64.8 サーボプレスは、スライドの位置や逆転(上昇) φ15.7 材質 ; SCM420H 焼鈍+ショットブラスト +ボンデ処理 (リン酸 塩皮膜) などの任意な二段階の成形モーションが可能となっ た。そこで、同じ成形モーションで解析を行い、成 形荷重と成形状態の結果を図 17 に示す。 10.0 5.0 図 18 素材外観寸法 <モーション1の状態> <モーション2の状態> 図 17 解析結果(成形荷重と成形ストローク) 成形荷重;5945KN 成形荷重;6290KN 図 19 成形モーション別 製品状態写真 5.5 試作結果 これらの解析の結果より、試作条件を絞込み、実 し、下側のカウンターパンチが降下し、隙間を設け、 機サーボプレスと多機能ダイセットにより、試作開 この隙間へ材料の流れと歯先側の材料の流れができ 発を行った。素材の外観寸法は、図 18 に示す。 た。この分流鍛造の効果により、成形荷重が増大せ 図 19 に示すように、成形モーション 1 では、ダイ ず、ほぼ成形ができた。また、実態と成形解析の比 スをフローティングさせることで、上下の歯先の型 較は、解析結果より、実機の方が、若干荷重が高く、 当たりは均等に充満し、歯部の中央に約 4 mm(80%) 歯先までの充満度合は、実機の方が少し低い結果と 充満させることができた。その後、スライドが上昇 なった。 6.おわりに 本研究開発は、サーボプレスにより、加工速度・ れたことから、需要家と緊密にコンタクトし、新製 背圧制御技術を確立し、新たな複合制御システムを 法による情報を伝えながら、補完研究を進めたい。 完成させた。さらに、特殊ダイセットウエッジ機構 本研究開発は、コマツ産機様にサーボプレスを による複動二段モーション成形の技術をほぼ確立 積極的に改良し、試作開発を進めることができた。 することができた。しかし、既存の市場へ新たに進 また、鍛造技術開発協同組合、㈱ヤマナカゴーキン、 出するには、鍛造工程の独創性だけではなく、製品 ㈱ エイ・エム・シィ、㈱ 栗林製作所、㈱ ケイ & ケイ トータルとしての品質・コストのメリットを実証す 安藤様とフォーメーションを組み、各社様の多大な る必要があり、これを期待できる需要家に依存する ご協力を頂いたお陰で、研究開発に従事できたこと、 ことなく、最適工法を得るために幅広く試作品製作 この場をお借りして厚くお礼申し上げます。 および評価用装置の整備等の投資が必要である。こ れらは中小企業鍛造業にとって、現状では、事業化 参考文献 への大きな課題となっている。しかしながら、本研 1 )安藤弘行:「プレス機械の発展とサーボプレスの事例 究開発の中で製品化・事業化への技術的基盤が得ら 紹介」 Vol.55(2014)No.4 SOKEIZAI 13
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