①肢体不自由教育部門 - 東京都立青峰学園

平成23年度
研究紀要
第3号
東京都立 青峰学園
は
じ
め
に
校 長
馬 籠 裕 二
平成 16 年 11 月に東京都教育委員会が策定いたしました「東京都特別支援教育推進
計画第一次実施計画」に基づき、平成 21 年 4 月都立青峰学園は(以下本校という。)開
校しました。本校は、通学区域の児童・生徒を対象とする肢体不自由教育の小・中・高
等部(普通科)と知的障害が軽い生徒を対象とした「生徒全員の企業就労を目指す」高等
部就業技術科を併せて設置する新しいタイプの特別支援学校です。
東京都においては、平成 22 年 11 月に特別支援教育推進計画第三次実施計画を発表
しました。児童・生徒一人一人の能力を最大限伸長するため、多様な教育を展開し、
社会的自立を図ることの出来る力や地域の一員として生きていける力を培い、共生社
会の実現に寄与するという理念の基、本校は知的障害特別支援学校高等部における職
業教育の充実そして、肢体不自由教育における新たな指導体制の整備として、平成
21 年度より外部専門家の導入、そして学校介護職員の導入をモデル事業として推進
して参りました。
今年度はテーマに沿って、それぞれ各学部が 3 年間の教育実践をしっかりまとめ、
検証する年としました。今年は「多様な実態の児童・生徒たちが主体的に活動できる
授業をめざして」を全校研究主題として、2 月に公開研究協議会を開催しました。
肢体不自由教育では、個々の児童・生徒の学習上又は生活上の困難や生活機能そし
て、環境因子等をより的確に把握し、主体的に取り組めるよう学習環境整備に視点を
当て、「児童・生徒たちが主体的に活動できる学習環境の整備と教科学習の指導の工
夫」をテーマに研究実践しました。一方、高等部就業技術科は、4 コース(ロジステ
ィクス、エコロジーサービス、食品、福祉)の「職業に関する教科」の授業の工夫に
視点を当て、「障害の軽い生徒たちが主体的に学ぶ授業をめざして」をテーマに実践
をまとめ、研究成果を発表しました。
肢体不自由教育では、視能訓練士の指導助言により、環境因子等をより的確に把握
し、学習環境の整備や授業時の配慮を明確にして、授業改善を図りました。また、教
育委員会の「教育内容の充実事業 研究指定校」となり、学習習得状況把握表を活用
した授業改善の取り組みは、児童・生徒の主体的な活動と意欲を高めることが出来ま
した。
高等部就業技術科では職業に関する教科の「態度」について学習内容をまとめるこ
とが出来ました。勤労・安全・積極性・責任性・効率性・協力、協調の六項目を 3 段
階表にして学習段階の内容を発展させました。本校の「学びのデザイン」や各教科 3
年間の「シラバス」等をまとめ発表しました。
今後も日々の授業実践の積み重ねを大切に、現状に満足せず、教職員が切磋琢磨し
て研究成果を授業改善に生かし、児童・生徒の指導に取り組んで参りたいと思います。
最後になりましたが、「平成 23 年度 研究紀要」をまとめるに当たり、ご指導・ご
助言を賜りました国立特別支援教育総合研究所総括研究員の金森 克浩 先生、主任
研究員の齊藤 由美子 先生そして、東京学芸大学教授、菅野 敦 先生、秋田大学
准教授 内海 淳 先生に厚く御礼申し上げます。
目 次
はじめに
今年度の全校研究等
肢体不自由教育部門
資料1 公開研究会 肢体不自由教育部門
講演の記録
講師:齊藤 由美子先生
(国立特別支援教育総合研究所)
知的障害教育部門(高等部就業技術科)
資料2 公開研究会 知的障害教育部門
概要と公園の記録
講師:菅野 敦先生(東京学芸大学)
内海 淳先生(秋田大学)
巻末資料(高等部就業技術科)
職業に関する教科学習内容表
おわりに
【平成 23 年度
全校研究主題】
多様な実態の児童・生徒たちが主体的に活動できる授業をめざして
■多様な実態の児童・生徒たちが
肢体不自由教育部門
小学部 中学部
知的障害教育部門
高等部普通科
高等部就業技術科
準ずる課程 知的代替の課程
知的障害
自立活動を主とする課程 訪問教育
同じ学校で学校生活を送るために、先ずは教員がお互いの児童・
生徒を理解し合い、児童・生徒にも伝えていく必要があった。
■主体的に活動できる授業をめざして
学校教育目標にある「個性を伸張し、豊かな人間性や社会性をはぐくみ、自立し社会
参加できる児童・生徒を育成する」ことを目標とした、児童・生徒が主体的に活動で
きる授業づくりをめざす。
□そのための方法を研究の仮説とした。
児童・生徒の実態や目標に応じた学習環境を整備することで、児童・生徒の主体的な活動
を引き出すことができるであろう。
□各部門の研究主題
【肢体不自由教育部門研究主題】
【知的障害教育部門研究主題】
児童・生徒たちが主体的に活動できる
障害の軽い生徒たちが主体的に学ぶ授業を
学習環境の整備と教科学習の指導の工夫
めざして―職業に関する教科・授業の工夫―
肢体不自由教育部門
知的障害教育部門
キーワード
キーワード
①職業学科の職業教育
①視能訓練士との連携
②生活適応支援チェックリスト青峰版
②障害特性に配慮した教科指導
③教科「職業」において生徒が主体的に学
③学習習得状況把握表
ぶ進路学習
④AAC の活用
二
④働く態度を育てる「職業に関する教科」
H22年度は③④のような方向性を定め
た。本年は授業改善を研究の中心に据えた。
全校研究のキーワード
ICF の視点
その方が置かれている困難な状況は、要因として本人(個人因子)のみでなく、そ
の方を取り巻く環境(環境因子)との相互の関係で決まるとする国際生活機能分類
(ICF)の視点を共通の基盤とした。
学習環境の整備
教室の構造化や環境整備だけでなく学習環境を広くとらえた。
部門
項目
具体例
共通
実態把握と評価
学習習得状況把握表(肢)
青峰学園版生活チェックリスト(知・肢 高)
個別指導計画(全)
視覚支援
分かりやすいワークシート、板書
活動の手順書、マニュアル、表示 等
肢体不自由 コミュニケーションツー VOCA 等 AAC の活用
教育部門
ル
見ることへの支援
視能訓練 士の 導入 照明カバー 黒食器
背景整理 オブジェクトキューポケット
シンボル 書見台等
その他感覚への支援
アロマによる環境 スヌーズレンルームの
整備
知的障害教 作業やサービスの
実習室の環境整備
育部門
場の整備
配置、表示、ライン
高等部就業 内容・方法の整備
適切な題材(仕事内容) 地域との連携
技術科
流通の仕組み 現場実習との関連 検定
「 職 業 に 関 役割の整備
ねらいに応じた工程配置
する教科」の
総務部 後輩への指導担当
例
時間の整備
時間意識・管理 適切な時間配分 スケジュ
ール
単元化 検定 成果発表会の実施(目標設
定)
肢体不自由教育部門
知的障害教育部門
教材・教具の製作について
本校では、開校年度から学校経営計画に教材・教具の年間製作数を数値目標として
あげている。平成23年度の教材・教具の種類、製作数等は以下のとおりである。
教育課程の別
①高等部就業技術科
②小・中・高 準ずる教育課程
③小・中・高 知的障害を併せ有する
児童・生徒の教育課程
④小・中・高 自立活動を主とする
教育課程
教材・教具数
599
987
180
⑤教育課程別ではない活動
比 率
32.4%
53.4%
9.7%
56
3.0%
28
1.5%
分類<教材・教具の製作方法・種類>
教材・教具数
Ⓐ素材から全工程自作
183
Ⓑ市販のものを部分的に自作
28
Ⓒパソコンで製作し、パソコン上で使用
86
Ⓓパソコンで製作し、紙等に印刷して使
1551
用
Ⓔその他
2
教材・教具数総計 1850点
比 率
9.9%
1.5%
4.6%
83.8%
0.1%
★製作教材の例一部抜粋
教育
教科等
対
象
タイトル
分類
内
容
数
課程
①
⑤
職業に関す
就技
車いす実習用
る教科
福祉コース
段差板いれ
前始業式
全校生徒
校長先生の話
Ⓐ
国語・算数
小学部2年
動物カード(ラミ
1点
の段差板を収納し運搬できる。
Ⓒ
プレゼンソフト
③
生徒と一緒に制作。車いす実習時
校長先生の話を視覚的に分かりや
1点
すく表示する
Ⓐ
大きい動物と小さい動物
12 枚
Ⓑ
左クリックをスイッチ接続するた
5点
ネーター)
④
情報
中学部
改造マウス
高等部
めの改造
②
日本史
高等部
ワークシート
Ⓓ
教科書のまとめプリント
45 点
⑤
自立活動
個別対応
教室用座位保持
Ⓐ
朝の会用座位保持装置
1点
椅子
※数字は上の表の教育課程及び分類の番号
肢体不自由教育部門
1
はじめに
研究テーマ「児童・生徒たちが主体的に活動できる学習環境の整備と教科学習の指導の工夫」
今年度、肢体不自由部門では上記のテーマで、以下のような研究・研修に取り組ん
だ。(1)(2)(3)について、詳細を「2.研究について」に記す。
(1)外部専門家(視能訓練士)との連携
① 視機能のアセスメント実施
6月対象者:肢体不自由教育部門 小学部1名 中学部3名、高等部就業技術科1名
10月 対象者:肢体不自由教育部門 小学部3名 中学部1名
② 医学的な視機能評価(眼科の受診)
③ アセスメント結果を個別学習の内容、教材、環境設定に反映。
(2)見えにくさの疑似体験実習(7月)
(講師: 国立特別支援教育総合研究所 齊藤由美子先生)
重度の障害のある子供は周囲の状況の理解のしづらさ、コミュニケーションの困難
さがある場合が多い。見えにくさを疑似的に体験することにより、子供たちが日々
経験しているかもしれない困難さについて、想像力を働かせて見る。
(3)学習習得状況把握表の活用
(4)国立特別支援教育総合研究所への研究協力
「肢体不自由のある児童生徒の障害特性に配慮した教科指導に関する研究-表現す
る力の育成をめざして-」(平成 22 年度~23 年度 専門研究B)
(5)研修会「肢体不自由教育におけるコミュニケーション支援」(5月)
(講師: 国立特別支援教育総合研究所 金森克浩先生)
特別支援教育における 3 つの A
・AT(アシスティブ・テクノロジー)とは「障害による物理的な操作上の不利や,障
壁(バリア)を,機器を工夫することによって支援しようという考え方」(教育の
情報化に関する手引き,文部科学省)
・AAC(拡大代替コミュニケーション)とは手段にこだわらず、その人に残された能
力とテクノロジーの力で自分の意志を相手に伝えること(AAC 入門,中邑賢龍)
・AIM : Accessible Instructional Materials(アクセス可能な教材教具)
アメリカでは CAST※の中に AIM センターを設置し情報を提供
( http://aim.cast.org/)
※CAST
Center for Applied Special Technology 学習のユニバーサルデザインを提供するセ
ンター
2
研究について
(1)外部専門家(視能訓練士)との連携
① 視能訓練士によるアセスメント(実態把握)の様子
以下、視能訓練士による実態把握の例として、A君の事例を紹介する。以下のコメ
ントは、視能訓練士から受けたアドバイスをまとめたものである。
・検査(両眼)
ペンライト、Lea Gratings、森実式ドットカードの順で検査を行った。ペンライト、
反応あり。ドットカード、ターン無しでたまたま見えている方にあるとリーチする。
見比べは難しい。0.05まで確認できた。Lea Gratings は、4.0cpcm(1
m)まで取れ、換算視力で0.23を確認できた。
Lea Gratings
森実式ドットカード
・普段の目の位置について
もしかしたら目の上が、眼振が止まりやすい位置で本人が工夫してその位置による
のかもしれない。または、感覚遊びで目の位置を上の位置にして光を入れている、
周辺の光を入れるのを楽しんでいるのかもしれない。(本をぺらぺらしながら、斜
めに見ていることがある。)
・教材を使った実態把握
①
②
③
*ディスコライトスイッチ:やさしくおす。→ 押した後動いているのを見て手を
ライトに伸ばす。(写真①)
*スライディングスイッチ:上から下へ動かしてチャイムを鳴らしていた。本人が
持っている操作能力は高いのが、未経験なので、きちっとした設定した中での勉強
が大切。例えば、最初は、タッパーなどに、はまりに遊びを作っておいた□の穴を
開けてはめる、次にはもっとぴたっとした穴にするなどの工夫が大切。
*円柱差し:一つ抜いて提示すると上手に穴を探して入れていた。(左右に視線を
動かして、視覚探索をしていた。)(写真③)
*型はめ:目的的に「はめる」ということが分かって、手を使ってはめようとして
いる。そこに視覚を伴わせることが大切。操作ができるからこそばらばらになりが
ち、だから教材の固定が必要。物が固定されていると「押す」という学習が実現で
きる。物の固定がないと動きがばらばらになってしまう。
また、1 つ 1 つの課題のバリエーションとともに形の弁別も組み込む。型はめで
は、はまると、ニヤっとする。これは、できたことが自分で分かっている証拠。こ
ういった経験をつんでいくことが大切である。(写真②)
(実態把握のまとめ)
背景を整理して、視線を、焦点を集めやすくすることが大切。また、視覚弁別が
できそうなきがする。
感覚的にバンバンたたくのでなく目的的に操作する設定をする。それには、物が
固定されていないと手を目的的に使うことに至らない。(スイッチでも先を引っぱ
ったり、投げたりしてしまう。)また、腕にかえってくる感覚で自分で操作した結
果が返ってくるような設定が大切。
目はよくスキャンニングして穴を探したり見てはめたりしている。ただ、遊ぶも
のがなかったりしたら、感覚遊び的なものに引っ張られてしまう。→ 教材と設定
で、かなり学習ができる。
②
アセスメント(実態把握)後のA君の学習について
視能訓練士から、A君について、「教材と設定でかなりの学習を組み立てること
ができる」とアドバイスを受け、週一回、個別学習の時間の中で目と手を使って目
的的に操作する学習を行った。今まで、A君は、身体の動きが大きく、学習が成立
することが難しいと思われていたが、アドバイスどおり環境を整えることで、学習
が進み、一ヶ月もたたないうちに、コイン入れなど細かい課題でもある一定時間は
集中して取り組めるようになってきた。この短い期間の変化は、A君の学習が進ん
だと考えるより、環境を整えることで、もともとA君が持っている力が十分に引き
出されたと考えるほうが説明がつく。環境が十分整えられないため、学習経験がつ
めない状況は、
「未学習/未経験による未発達」といわれる。ここから脱却すること
が、特別支援学校の大きな課題だと思われる。
「未学習/未経験による未発達」から
脱却するために具体的に、学校において取り組めることは以下の3項目で、A君に
ついてはすべての項目について実践することができた。
・医学的な視機能評価(適切な視機能の実態把握)
・個別学習時間の確保
・教材と環境設定
3 点目の教材と環境の設定に関しては、佐島氏(筑波大学)が以下のようにまと
めている。
◎ 分かりやすい教材教具の特徴
□教材の固定□ぴたっとはまる□重い(感覚のフィードバックが大切)
□触覚で分かるための必要な大きさ
平成23年度筑波大学公開講座「視覚に障害がある重複障害児の指導と教材・教具」佐島 毅先生(筑波大学)より
(2)見えにくさの疑似体験実習(7月)
(講師: 国立特別支援教育総合研究所 齊藤由美子先生)
重度の障害のある子供は周囲の状況の理解のしづらさ、コミュニケーションの困
難さがある場合が多い。見えにくさを疑似的に体験することにより、子供たちが
日々経験しているかもしれない困難さについて、想像力を働かせて見るために講師
に国立特別支援教育総合研究所 齊藤由美子先生を招いて、見えにくさの疑似体験
実習を行った。
参加した教員は、子供たちが日々経験しているかもしれない困難さにとそれに寄
り添い、軽減する工夫の有効性について体験することができた。齊藤先生は講義の
中で、かなり見えにくさのあるお子さん、例えば、
『光が分かる』
『色が分かる』だ
けの方でも、コミュニケーションを考える上でその方の分かる視覚活用をする重要
性を以下のように述べていた。
<もし、光覚についての情報があると>
・昼夜の生活・睡眠リズムをつける手がかりにする。
・光の変化等による「見る遊び」の工夫をする。
・光を背にして人が近づいてくることが分かる可能性もある。
・直接身体に触られる前に予測できる。
・光の方向で部屋の窓の方向が分かり、自分の位置、移動や場所の手がかりとして使
える。
<もし色覚についての情報があると>
・子供にとって大切な人を見わけるける信号として色を使うことができる。(担当の
先生はいつも赤色)
・自分で飲み物を取れるように、コップの色を子供が分かる黄色にして、黒いお盆の
上に置く。
・大好きなシーツブランコが始まることが離れていても予測できるように、鮮やかな
赤のシーツを揺らして見せる。
(3)学習習得状況把握表の活用
本校は昨年度より、「学習習得状況把握表を活用した指導について」の研究開発
校になっている。今年度は、肢体不自由特別支援学校小学部において、学習習得状
況把握表を活用したきめ細かい児童の実態把握と評価に応じた目標設定について
指導事例を確立し、指導書を作成するために、本校教員が研究開発委員として参加
した。
公開研究協議会において、研究の内容及び指導書『学習習得状況把握表を活用し
た指導の手引』の概要について、報告を行った。以下、その内容を簡単に報告する。
①学習習得状況把握表(以下「GSH)という)とは
○ 東京都特別支援教育推進計画第二次実施計画に基づき、平成 20 年度に大学に
研究を委託し開発された。
目的は、大きく
①小学部から高等部までの一貫性のある指導の充実を図る。
②児童・生徒の適切な実態把握をする。
の大きく2点である。
②指導書の内容
第1部 実践編
第2部
第3部
学習習得状況把握表を活かした授業の展開3例
(本校の事例あり)
操作編 学習習得状況把握表の使い方と構成
資料編 学習習得状況把握表より提案される課題や指導事例の実際
③本校の指導事例について
【知的障害を併せ有する児童の教育課程の指導事例<小学部 国語>】
○この事例は、小学部入学時からGSHを活用した指導を3年間行ってきた事例
である。
○入学当初の学習把握の状況【表1】(P14)から、大きく以下の2つの学習課題
を設定した。
ア.
「視線による要求表出の指導」:写真(イラスト)提示課題
イ.
「期待反応の表出と分化(期待形成)の指導」
○3年間に渡って指導してきた結果、「学習習得の状況」に伸びがみられること
が分かる。【表2】(P14)
【表1】指導事例の児童Aの入学時からの指導の経過について
<児童Aの小学部1年時(平成21年6月)の学習習得の状況>
安定した注意反応
…達成
働きかけを快として受容
…部分的達成
(1)
(2)
大人への
積極性
期待反応の表出
(3)
期待反応の分化
大人への
要求表出
Yes/No による
初期要求表出
(4)
(
)内は課題番号
Yes/No による
(5)(6)
…未達成
視覚シンボルの初期理解
選択での初期要求表出
(7)
音声単語の初期理解
選択での要求表出
音声単語の理解
(8)
視覚同一マッチング
(9)
要求表出
【表2】対象児童Aの小学部3年時(現在)の学習習得状況把握表の結果
<児童Aの小学部3年時(平成23年9月)の学習習得の状況>
…達成
安定した注意反応
…やや達成
働きかけを快として受容
(1)
(2)
大人への
積極性
期待反応の表出
…途上
(5)(6)
…萌芽
視覚シンボルの初期理解
…未達成
(7)
(3)
大人への
要求表出
期待反応の分化
選択での要求表出
選択での初期要求表出
(8)
Yes/No による
初期要求表出
(4)
(
)内は課題番号
音声単語の初期理解
(9)
Yes/No による
要求表出
音声単語の理解
視覚同一マッチング
視覚シンボルの表出
○児童の実態把握をして課題を設定し、指導を始めていくにあたって、GSHは
多くのヒントを与えてくれる。障害が重い児童ほど実態把握に時間がかかり、
適切な課題を設定することが困難なケースがあるが、GSHを活用することで
課題の設定が容易になると考えられる。また、もう一つの活用法として、設定
した課題が適切かどうかを確かめることができることもあげておきたい。
○次ページに、国語(個別とり出しの学習)の学習指導案を紹介する。
【学習指導案(例)】
ア.教科名「国語」
※太字がGSHから導き出した指導目標・内容
イ.授業の指導目標
・教員の話や絵本などの読み聞かせを楽しむ。
・教員とのやりとりを通して、言葉を豊かにしていく。
・物の操作を通して、手の操作性を高めていく。
・物の形や色を意識し、形の違いに気づいたり、色の名前を覚えたりする。
・物語に出てきた登場人物などに関しての問いに答えることで、Yes/No 表出の力
をつける。
・玩具やぬりえの写真を提示して、選びたい方を注視によって選ぶことができる。
・スイッチを操作すると、おもちゃが動くことを理解し、意欲的に操作する。
ウ.授業の展開例(個別取り出しのため25分で設定)
時間
指導内容
指導方法、指導上の留意点
評価の内容
10:10 始めの挨拶
・写真カードを提示して見通し
今日の学習予定
10:13 ①ぬり絵
・2つの中から好きな
絵を選び自由に色を
ぬる。
10:18 ②「ムックとおしゃべ
り」
○ビックマックスイッ
チ
・ビックマックを操作
する。
○ゴーヤスイッチ※
・回転させると犬の鳴
き声がするスイッチ
を操作する。
○両方のスイッチを並
べて提示する。
10:23 ③スイッチおもちゃ
・玉を入れると、光っ
て音楽がなるおもち
ゃを操作する。
がもちやすいようにする。
・ぬり絵は、好きなものとそう
でないものを提示し、選びやす
いようにする。
・手の操作性を高めるための適
切な介助をする。
・本児が直接スイッチを押しや
すいように、位置などを工夫す
る。
・好きな絵の方を注視で
きたか。
・手元を見ながら、意欲
的に手を動かせたか。
・おしゃべりを期待して
スイッチを押すことがで
きたか。
・手の操作性を高めるための適
切な介助をする。
・好きな方を選んでスイッチ操
作をする。
・玉入れは、手の操作性を高め
るために適切な介助をする。
・写真カードを提示して好きな
本を選ぶ。
※物語の最初の部分を読み聞
10:28 ④絵本読み聞かせ
かせて、イメージがわくように
・2冊のうち好きな方 する。
を選んで読み聞かせ
をする。
・お話に出てきた登場人物を2
『1.2.3 動物園へ』
つの絵から選択する。
『おおきなかぶ』
・絵本の内容について
の学習
10:35 学習の振り返り
終わりの挨拶
・好きな方を選んで操作
ができたか。
・おもちゃが動くことを
期待して玉を入れること
ができたか。
・玉を意図的につかんだ
り、離そうとしたりする
動きがみられたか。
・読みたい方の写真カー
ドを注視できたか。
・繰り返しの言葉や鳴き
声など、楽しんでみるこ
とができたか。
・正しい方を選択できた
か。
※テクスチャーローラーステップトーキングのこと
④指導書に示されている指導例・教材例
(『学習習得状況把握表を活用した指導の手引』より抜粋したものです)
【例1
自立活動を主とする教育課程の指導の具体例(音楽)】
《指導例1》
<〔期待反応の表出〕課題を取り入れた指導例>
使用楽器:ハンドベル(叩くタイプ)
、リングベル
使用教材:シャボン玉液、電動飛ばし機
❶児童と教員B:歌い出しフレーズ「しゃ・ぼん・だ・ま」に合わせハンドベルを
4回鳴らす(S1)
❷教員 A:3秒の間をとり、リングベルを鳴らしながら、シャボン玉を飛ばす(S2)
「きれいだね」
「もう一回、シャボン玉飛ばそうか」
(❶→❷を繰りかえし行う。
)
※S1となる楽器は、音が明確なものを使用、4回目でしっかり音を止めることが大切
《指導例2》
<〔期待反応の分化〕
〔選択での初期要求表出〕課題を取り入れた指導例>
使用楽器:オーシャンドラム、クロマハープ
使用教材:切り抜き写真カード、ついたて
❶
左右2箇所についたて(40~50cm程)を置き、教員B、教員Cがそれぞれ楽器を
持ち、スタンバイ。
❷
教員B「おーい」と呼びかけ、3 秒の間をとり、左ついたてから歌に合わせて
オーシャンドラムを鳴らす。
❸
教員C「おーい」と呼びかけ、3 秒の間をとり、右ついたてから歌に合わせて
クロムハープを鳴らす。
❹
❷→❸を交互に繰り返し、楽器の演奏を行う。
❺
教員 A が、児童に2つの切り抜き写真カードを提示し、好きな楽器を選択させる。
❻
児童が選択した方の楽器を児童と教員 A で「おーい」と呼びかけ、演奏をリクエ
ストする
→
❷、❸にならい、呼ばれた方の楽器を歌に合わせて鳴らす。
【例2
知的障害を併せ有する児童の教育課程の使用教材例(国語)】
(1)特殊音節を選ぶ
【教材の内容】
話し言葉としては、促音、長音、拗音
など問題なく使用しているが、文字に
なると表記を間違える児童に対して、
それらの特殊音節学習する教材であ
る。
1段階:どちらが正しい表記か○で答
える。
2段階:間違っている箇所を説明す
る。などの指導をすることが有効であ
る。
(2)同じ文字を選ぶ
【教材の内容】
ひらがなを書いているが、
鏡文字を書いたり、文字を
書いたときにどこかが欠け
てしまったりする段階の児
童に対して正しい形を学習
する教材である。指導者が
「これと同じ文字はど
れ?」と左端の文字を指し、
正しい文字を児童が選ぶ。
(3)単語を探す
【教材の内容】
ひらがなを単語のまと
まりとして捉えられる
ように多くの文字の中
から探し出す教材であ
る。
指定された単語を探し、
丸をつける。単語は課題
に応じてひらがな・漢字
がある。探し出す単語の
数も設定できる。
【例3
知的障害を併せ有する児童の教育課程の使用教材例(算数)】
★イラストによるスケジュールの理解
【教材を使った指導例】3つのイラストを時系列に並べる。
1-①
1-②
1-③
2-①
2-②
2-③
3-①
3-②
3-③
【この教材を使って指導をしてみて】
1枚1枚の絵カードの説明はできても、それを順番に並べることが難しい場合が見られ
た。自分の身体を使っての体験がない活動、やったことはあるが手順を確認できていな
い活動については、カードを見て流れを確認するだけでなく、そのことを実際にイメー
ジできるように動いてみることで、時系列を知る手がかりになった。
【例4
知的障害を併せ有する児童の教育課程の使用教材例(算数)】
★時間に沿って写真を配列する
【教材を使った指導例】 児童の前に3枚の時計カードをランダムに呈示し「時間の早い順番
に並べてください」と指示する。
1
4時 → 5時→ 6時
2
11時30分 → 11時40分 → 11時50分
3
5時45分 → 5時50分 → 5時55分
【例5
知的障害を併せ有する児童の教育課程の使用教材例(算数)】
【教材を使った指導例】お金は切り取って、厚紙を貼ったり、パウチをしたりして、繰り返し使
用できるようにしておく。裏面に磁石をつけたり、クッション材を貼ったりなど工夫ができる。
★マッチング
①お金の絵の書いてあるカードを用意する。
②「同じものをお金の絵の上に置いてくださ
い」と言う。
③マッチングを行う。
★取り出し
○1段階
・お金の書いてある見本を見せる。
・「このお金をください。
」と言う。
・所定の位置(トレイや箱を使用しても良い)
に置く
○2段階
・「230 円下さい」など、取り出す金額を言
う。
・所定の位置(トレイや箱を使用しても良い)
に置く。
⑤指導書における成果と課題
<成果>
・個別指導におけるGSHの活用としては、評価と課題を基に3年間の経過を追う
ことで、児童の学習状況の変化や積み上げの成果を見ることができることが分か
った。
(本校の例)
・集団指導におけるGSHの活用としては、共通している実態や課題を明らかにす
るとともに個別的な配慮を講ずる一つのツールとして活用することができるこ
とが分かった。
・知的障害を併せ有する教育課程における児童にとってもGSHは有効な評価であ
り、学習内容や手立てとして実際の授業で活用することができた。
・各学校の実態を分析することで、共通の課題である「専門用語」の解説をつける
に至った。
<課題>
・GSHの個別指導計画への活用
⑥GSHの個別指導計画への活用の工夫例
・例えば、以下のように個別指導計画に記載し、個別面談等において保護者に説明
し、共通理解を得たうえで指導していく。
平成○○年度 個別指導計画
表1【全体像の把握と年間目標】
○学部 ○年 氏名 ○○ ○○
年度当初の実態・希望な
年間目標
年間のまとめ・今後の課
ど
題
・なじみのあるおもちゃ ・好きなものや物の名前
や絵本の名前を聞い
が分かる。
て笑顔になるなど、言
葉で分かっているも
認
のもある。
知 ・問いかけに対して、発 ・好みがはっきりした課
声等でYES/NO
題について、提示され
・
の意思表示ができる
たものに対して安定し
学
こともある。
た Yes/No を表出でき
習 ・自分の好みや意思がは
る。<GSH より>
っきりしていれば、提
・写真やイラストを2つ
面
示 され た もの を 見比
提示して、遊びたい方
べて、視線を向けるこ
を注視によって選ぶこ
とができる。どちらを
とができる。 <GSH よ
選 んで い るか あ い ま
り>
いなこともある。
・話し言葉は正しく使え ・促音を正しく表記でき
るが、文字表記をする
るようになる。<GSH 教
と、促音の表記を間違
材活用>
えることがある。
平成○○年度 個別指導計画
表2【1学期の目標と評価】
○学部 ○年
1学期の目標
指導の手立て・使用教材
等
国 ・促音を正しく表記でき 【使用教材】
るようになる。
・特殊音節練習プリント
語
<GSH より>
算 ・指示された時刻を時計 【使用教材】
で表したり、指示され ・時計のマッチング
数
た 時計の 時刻 を 読 ん
<GSH より>
だりできる。
氏名 ○○ ○○
1学期の評価
資料1 平成 23 年度公開研究会(肢体不自由教育部門) 講演の記録
講師:齊藤由美子先生 (国立特別支援教育総合研究所)
平成 24 年 2 月 16 日(木)
「肢体不自由のある児童生徒の障害特性に配慮した教科指導に関する研究-表現す
る力の育成をめざして-」
※以下講演の一部を紹介する。
齊藤由美子 先生:2 番目の話にいきたいと思います。今度は、障害者の権利条約
と障害のある子供のカリュクラムへのアクセスというお話をしていきたいと思いま
す。まず、障害者の権利に関する条約というものについてなんですが、これは「21
世紀初の主要な人権条約」というふうに言われています。2006 年 12 月 13 日に国連採
択されました。このときには、その障害者の権利条約の内容をどうするかということ
について、実際に障害のある方が参加して、その内容にはかかわっているんですね。
2008 年の 5 月 3 日に発行。このときに20カ国が批准しています。現状では、世界中
で 6 億 5 千万人障害者がいる。その80%が開発途上国にいらっしゃる。その方々の
人権を守っていかないといけないことで、この権利条約の重要性というのが世界的に
認識されているところです。日本においてはどういう状況かというと、2007 年、平成
19 年の 9 月に署名がされました。2009 年に皆さんもニュースなどでお聞きになるか
もしれませんが、障がい者の制度改革推進本部、それから障がい者の制度改革推進会
議というのが発足しています。教育に関しては中教審特別支援教育特別委員会という
ところで審議が始まっています。この署名をした後に、批准という手続きになるので
すが日本は、批准はしていません。批准をするには国の中にある法律の整合性、国内
法との整合性というものをしっかりと確立しなければいけないのですね。その準備を
している最中です。その一環として、2011 年に障害者の基本法というものが改正され
ました。この中では「可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び
生徒とともに教育を受けられるような配慮をする。」ということ。それから「保護者
に対し十分な情報の提供をして可能な限りどこで学習をするのか、どこの学校に行く
のかということについてはその意向を尊重する」というようなことが、基本法の改正
の中では認められています。今、日本はまだ、署名はしたけども批准はしてませんよ、
というお話をしました。「署名」というのは、その内容はいいことだね、というふう
に、そういう意思を示すということなのですが、「批准」ということになると国際的
に日本は批准した、ちゃんとやっているよ、ということを確認されるということなの
ですね。日本国憲法よりは下になるのですが、そのほかの国内法よりは上になるので
す。したがって、今「批准」の準備を急いでいるというところなのですが、では、世
界の状況はどうなのだというと、これはプレゼンでは色がついていて、皆さんの資料
では色がついてないので分かりにくいのですけれども、グレーで出ている部分が批准
をしていないよという国です。それからオレンジで濃く出ているところは、もうすで
に批准もしているし、さらにプロトコル、プロトコルというのは、障害を持っている
方が、その権利が守られていない場合、その時に国際的にそれを訴えることができる
んです。そのことについても批准をしているというところ(国)なんです。皆さんか
ら見ると凡例の一番右側が批准の進んでいる状態になります。日本はどの段階かとい
うと、黄色なので、まだ 2 番目の段階になるんですね。世界の中でどのくらいの位置
づけに日本がなるかというと、やはりちょっと、いろんな主要国に比べると遅れてい
るんだなというところが見えてくると思います。お隣の韓国なんかには日本の政府は
ライバル意識を感じていると思いますが、もうすでに韓国なんかも批准を済ませてい
ます。という状況がこれはWEB上で確認することができます。刻々と変わっていま
す。批准しましたという国がどんどん増えています。興味がある方はチェックしてい
ただければと思います。それでは、ちょっと中の条項を見てみますね。これは外務省
の仮訳ですね。英語である条文、それを日本語に仮訳したものです。これが本式の訳
ということは表明されていないのですが、仮訳です。「第二十四条 教育 1締約国
は教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、
機会の均等を基礎として実現するため次のことを目的とするあらゆる段階における
障害者を包容する教育制度(an inclusive education system)及び生涯学習を確保
する。」という風に述べられています。その目的なのですが、
(b)のところです。
「(b)
障害者が、その人格、才能及び創造力並びに精神的及び身体的能力をその可能な最大
限度まで発達させること」ということが目的なのです。これが inclusive education
system の目的。それから(c)もそうですね。
「(c)障害者が自由な社会に効果的に
参加することを可能にすること。」そういうことも大事な目的です。この中で、障害
を持っている方もできる限り general education system の中で教育されることが大
事だよというふうに条約では述べています。では、この「general education system」
というものを日本ではどういうふうに訳しているかというと、「教育制度一般」とい
うふうに訳をしているんですね。「general education system」というのは普通に考
えると「通常教育のシステム」というふうに言ってしまうのかなと思うのですが、日
本では「教育制度一般」という訳し方をしています。外務省の見解では、general
education system の中には、特別支援学校も含まれるという見解を示している。今の
ところは中教審ではこのような状態になっています。次に「第二条 定義」です。
「意
思疎通」を見てください。言語というものについてはですね、音声言語および手話そ
の他の形態の非音声言語というものも、これも言語の中に含んでいるのですね。実は
ニュージーランドでは手話も公用語として認めています。したがって、聴覚障害のあ
る方の使っている手話というものもインクルーシブな社会の中ではそれも公用語な
んです。学校でも手話を使っている。子供たちは手話を使うお子さんと一緒に聴覚障
害がないお子さんもそれでお話をしている、コミュニケーションをとっているという
ふうな状態があります。それから、皆さん「合理的配慮」という言葉をよくお聞きに
なると思いますが、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び自由を共有しまたは
行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定な場合に
おいて必要とされるものであり、かつ、均衡を失したまたは過度の負担を課さないも
の。」これはいろいろと分かりにくいなと思うのですが、例えば、ディスレクシアと
いう障害があります。なかなか文字が読めない、そういう方はこういうような文字ベ
ースの資料を渡されてもなかなか情報は入ってこないし、学校の勉強も進まないとい
うこともあります。そういう方には誰かが、隣で読み上げてくれれば、そういう支援
すれば学習内容にはアクセスできるわけです。そういうことを合理的配慮というので
すね。そういう配慮をするのが合理的です。その方には、そういう配慮を行わなけれ
ばなりません。それが必要かつ適当な変更及び調整です。ただ、過度の負担を課さな
いということはですね。国によって財力が違います。あとは、社会的な豊かさという
か制度が違います。先ほども言いましたが、とても貧しいまだまだ発展途上の国が、
そこにも障害のある方たくさんいらっしゃいますが、そういう方に対しても全部変更
及び調整必要だよということになると国がすごく過度の負担、財力がないところに、
過度の負担をやってかなくちゃいけないということにもなりかねないんですね。それ
なので、国によって何を合理的配慮とするかということは、それぞれの国に応じて、
その国が決めるということになっているのですね。ここが一つポイントなのです。そ
れと、障害を理由とする差別はいけません。その中には、合理的配慮を行わないとい
うことも差別にあたるということが述べられています。ということで、今までは条文
のお話でした。では、アメリカでは、アクセス、それから障害者の権利というものを
どういう風に捉えているかということをちょっとお話していきたいと思います。ほん
とに具体的なお話です。実は、私アメリカには 2002 年から 2007 年まで留学していた
のですが、その時にやはり、アメリカには次に述べるような法律があるんだというこ
とで大変おどろきました。日本でもこういうことが必要なんじゃないかなと思ったこ
とをまだ衝撃的に覚えています。障害を持ったお子さんの法律です。IDEAという
法律の中に通常カリキュラムへのアクセス条項というものがあります。“障害のある
児童・生徒は通常の教育の中にアクセス・参加する権利、また通常の教育カリキュラ
ムの中で発達・向上する権利がある。”
(IDEA,2004)というに述べられているん
ですね。今の日本では、教育課程というものは、こちらに通常の教育カリキュラムが
あります、そして、こちらに知的障害の教育課程というのがありますという感じです
よね。そうすると知的障害の教育課程に入っているお子さんは、実はそれはどこまで
行っても知的障害の教育課程であって通常の教育課程とは異なるものなのですね。多
くの先進国では、実は通常の教育カリキュラムというのが一本あって、そこにどうい
う風にしたらアクセスできるのか、そこにどんな配慮が必要なのかということを考え
ること、それが特別支援教育なんですね。そういう構造になっています。もう一つポ
イントなのはですね。これは障害をもっている方の、障害をもっている子供たちの法
律をいじっただけでは、解決しない問題で、通常の教育全体の法律というものにも手
を入れないといけないんですね。実はアメリカには「一人もおちこぼれを出さない教
育法(No Child Left Behind Act : NCLB )」(2001)というものがあります。面白い
名前なのですが、ここの法律とそのIDEAの中の先ほど述べた条項というのは、と
ても整合性を持ってリンクしているところなんです。だから障害をもった方の教育の
法律と通常の教育全般の法律というのは一緒に変わって行っている。
それでは、障害をもった方がどういう風に通常カリキュラムへのアクセスを保障し
ているのか。その方のために、というところで大事な言葉に、アコモデーション
(accommodation)とモディフィケーション(modification)という言葉があります。
アコモデーションというのは、障害がある子供が、障害のない子供と同等に学習や指
導の内容にアクセスすることを可能にするための支援やサービス。学習内容や目標そ
のものには、質的変化を伴わない。(例:教科書の録音テープを聴く、テストの時間
の延長、手話や点字の使用、ワープロの使用など)なので先ほど言った文字が読みに
くいというお子さんのために、では教科書の録音テープを聴けばいいんじゃないか、
とかそれからテストの時間を延長すれば他の人と同じことができるんだよ。手話や点
字やワープロを使ったりすること、これがアコモデーションです。障害のないお子さ
んと教育の目標は全く変わりません。でも、やっぱり知的障害があったり、重複の障
害をもって、とても重度だよというときには、同じ教育の目標というわけには行かな
いので、教える内容や子供の目標について、子供に合わせて質的に変えていくことが
必要だよねということが起こってきます。それがモディフィケーションです。だから、
一緒の学習の場にいても一人ひとり本を読んでいるという時に、本を読むレベルを少
しこの子は簡単にしようとか、あとテストの時にエッセイを書く、何か作文をして答
えるような、そういう問題の代わりに、このお子さんは選択肢から答えるという風に
しようねとか、内容はですね、それほど大きくエッセンスが変わっているわけではな
いんですけれども、やっている内容を少し単純にしたり簡単にしたりということで、
同学年のお子さん同じお年のお子さんの学んでいる内容と同じものを経験すること
ができる。それがモディフィケーションということです。これは、アメリカで教育プ
ログラムを決定するプロセスなんですが、大事なものは、一つは「州のスタンダード」。
これは日本でいう学習指導要領のようなものです。これがあります。それから、「個
別の学習ニーズや特徴」これは、一人ひとりにありますよね。この二つを考えていく。
まず、
「通常のカリキュラムそのままで大丈夫なのか?」を検討する。大丈夫ならば、
その「通常のカリキュラム」が適切なプログラムになるわけです。もし通常のカリキ
ュラムが適切でない場合、「補助的テクノロジーを考慮したか?」ということは絶対
やんなきゃいけないことなんです。では、それを考慮しましたということであれば、
カリキュラムの調整、まずはアコモデーションをやってそれがもし難しかったらモデ
ィフィケーションをやってとうことで、その子の個別の学習のニーズに対応できるの
か?それで、大丈夫だったら、それがその子の適切な教育プログラムになります。そ
の後、カリキュラムの追加や補充というのはですね、例えば、ちょっとソーシャルス
キルというのをこの子は特別に足したほうがいいよねとか、あとは自己決定というの
がなかなか難しいお子さんだから、そこで特別なカリキュラムをやりましょうという
ように、追加のカリキュラムをやることで、通常のカリキュラムを一緒にやれるとい
うことがあります。こういうことを言っています。そういう検討をしてそれでも難し
かった場合に、初めて通常の教育カリキュラムを変更する。もう少しここを生活に根
ざしたような内容に変えていくということを行います。日本でいう自立活動を主とす
る教育課程にいるお子さんのカリキュラムみたいなものは、最初からこの子は自立主
ということではなく、この段階を追って検討していくんですね。そのため、ここで大
事なのは、障害がとても重度のお子さんにっとても、通常の教育課程のエッセンスと
いうものは、同学年のお子さんと同じように体験できる仕組みがあるようということ
なのです。
まとめに入ります。最初の方にお話した肢体不自由のあるお子さんの教科指導につ
いては、そこにあるように実は障害特性が及ぼす学習の困難さというものを軽減する
手立て、方法の工夫を行うということが 1 点。それからもう一つは教科内容というも
のを学習指導要領もとにして考えなければいけないねということをお示ししました。
それから最後にお話したのは、日本におけるインクルーシブ教育システムを実現する
というところに向けてやはりいろんな課題があるとは思います。ただ、今、日本の中
で大きく動いているところなので、中教審でも、話し合いが続けられていますし、ニ
ュースになることが多いと思いますので、是非興味がある皆さんアクセスしていただ
けるといいかなと思います。どうも有難うございました。