i nnovation Super SMARTTM PCR cDNA Synthesis Kit と GeneChip® One-Cycle Target Labeling and Control Reagents を用いた単一細胞マイクロアレイ解析法 江角 重行、玉巻 伸章 熊本大学大学院 医学薬学研究部 脳回路構造学 ■ 単一神経細胞のプロファイリング解析の必要性 脳神経系や免疫系のように高度に多様化した細胞集団から Labeling and Control Reagents に よ る 増 幅 を 行 っ て 成り立つ組織においては、近接して存在し形態が似通った ナル強度を比較した(図 2) 。 マイクロアレイ解析を行った場合で、サンプル間のシグ 細胞ですら異なった遺伝子発現パターンを持つことが知ら PrimeScript®による 逆転写と共役した (dC)のtailing れている。中でも哺乳類の中枢神経系組織は、他に類を見 ないほどに多様な細胞により構成され、神経回路が形成さ れ、神経活動が営まれている。多様化した神経回路の成り PrimeScript®による 伸長とTemplate switching 立ちや機能を調べるためには、個々の単一中枢神経系細胞 RT step 42° C、90分 の発現遺伝子プロファイルを調べることが重要である。 これまでにも単一細胞より得た cDNA を増幅して発現遺伝 子プロファイリングを行った例は幾つか報告されている が 1, 2, 3, 4)、それらの報告にある方法のプロセスは難しく、分 1 cycle 子生物学者でも再現性を持って繰り返し実施できず、他分 2∼22 cycles 野の研究者であれば分子生物学者の助けなくして利用でき る技術ではなかった。我々は、他分野の研究者が技術の修 5’ 末端にT7プロモーター 配列を付加するために 10cycleのPCRを行う 練なく短期間で再現性を持って単一細胞発現遺伝子プロファ イリングを行える方法を確立すべく、研究を重ねてきた。 T7プロモーター配列が 付加された Super SMART PCR products 現 在 ま で に 、Clontech 社 の Super SMART™ PCR cDNA ® Synthesis Kit と ア フ ィメトリク ス 社 の GeneChip OneCycle Target Labeling and Control Reagents を組み合わせ て、単一細胞に含まれる mRNA を歪曲が生じないように PCR step 95° C、5秒 65° C、5秒 68° C、6分 mRNA Same sequence DNA 5' PCR Primer II A DNA T7 promoter sequence SMARTTM II A Oligonucleotide 3’ SMARTTM CDS Primer II A PCR サイクルを最小限に抑えて増幅させ、アフィメトリク ® ス社の GeneChip 4 枚程度の実験を行うのに十分な量の 5) biotin 標識が入った cRNA まで増幅することに成功した 。 図 1 Super SMART ™ PCR cDNA Synthesis Kit を用いた mRNA の増幅と T7 プロモーター配列の付加 さらに我々は胎生 18 日∼生後 0 日目(E18-P0)の GAD67- その結果、1 µg の total RNA を初発材料としたサンプルで GFP ノックインマウス 6)の脳室下帯より単一の GFP 陽性細 発現が統計的に有意にあると判断されて Present call が 胞を単離し、単一細胞マイクロアレイ法を用いて GABA 神 付いた遺伝子の約 55 %に、10 pg から増幅したサンプル 経前駆細胞の発現プロファイルの解析を行った。 においても再び Present call が付き、その 90 %の遺伝子 の相対的シグナル値が 5 倍以内で再現されることがわかっ ■ 単一細胞マイクロアレイ法の精度 増幅の再現性、信頼度を確かめるため、GABA 神経細胞が た(図 2C-1)。これは、10 万個の細胞から採取した total GFP により蛍光ラベルされている GAD67-GFP ノックイン でき、mRNA の発現量に 10 倍以上の変化があった場合に マウスを使用した。GAD67-GFP ノックインヘテロマウス は 90 %以上の確率で検出できることを意味している。次 (E18-P0)の脳室下帯より、GFP 陽性細胞をセルソーター により分離して得た 1 µg の total RNA からアフィメトリク に、GABA 神経細胞で実際に発現することがわかっている ス社のプロトコールに従ってマイクロアレイ解析を行った ル強度は 5 倍以内に収まっていた(図 2C-2)。これらの遺 場 合 と、同 total RNA を 10 万 倍 希 釈し 、単 一 細 胞レ ベ 伝子ごとのシグナル値は、実際に細胞内での相対的発現 ルの total RNA 量と考えられる 10 pg から Super SMART™ 量を示していると考えられる。最後に、希釈したサンプル キット(図 1)とアフィメトリクス社の One-Cycle Target 間でのばらつきと再現性を調べるため、別々に増幅したサ 32 ● BIO VIEW No.56 RNA で確認された発現遺伝子の 55 %が単一細胞でも確認 遺伝子のシグナル強度をプロットしたところ、そのシグナ i nnovation ンプル間でシグナル強度の比較を行ったところ、85 %以 ■ 大脳皮質 GABA 神経前駆細胞の単一細胞マイクロ 上の遺伝子が 5 倍以内で再現されることから、高い再現性 アレイ解析 上記の方法を用いて、GAD67-GFP ノックインへテロマウ で増幅が行われていることがわかった(図 2D) 。 ス(E18-P0)の大脳皮質の脳室下帯から分離した GFP (A)開発した単一細胞マイクロアレイ法の増幅効率を評価するための 実験デザイン 陽性細胞の、単一神経細胞マイクロアレイ解析を行った。 実験のフローチャートを図 3 に示す。まず、胎生 18 日∼ 860,000 細胞のGAD67 陽性細胞から 1μgのtotal RNAを抽出 生後 0 日目の大脳皮質から脳室下帯を切り出し、トリプシ ンを用いて組織を dissociate した。バラバラになった細胞 1μgのtotal RNAを10万倍希釈する を蛍光倒立顕微鏡下で観察し GFP 陽性細胞をピック アップしてチューブに移し、Super SMART™キットを Super SMARTTM PCR cDNA Synthesis Kitを用いた増幅 T7 RNA ポリメラーゼによる biotinラベル 用いて逆転写を行った(図 1)後、スピンカラムで cDNA を精製し、引き続いて PCR 反応を 22 サイクル行った。 T7 RNA ポリメラーゼによる biotinラベル 次に、T 7 プロモーター配列を含むプライマーをサンプル に加え、10 サイクルの PCR を行った(このサンプルを以 降 Super SMART PCR Products と呼ぶ)。単一細胞を由 マイクロアレイ解析 来とする Super SMART PCR Products の一部をテンプ レートとして、β-actin(ハウスキーピング遺伝子) 、β III40 320 240 10 tubulin(初期の神経細胞マーカー) 、GAD67(GABA 神経細 胞のマーカー)を PCR で確認し、増幅が認められたサンプ ソートした細胞 160 320 ルのみを次の工程に進めた。選別された Super SMART 80 PCR Products をカラム精製し、アフィメトリクス社の 0 0 80 160 240 40 (B)実験に用いた細胞群 0 10 1 10 2 10 野生型マウス 0 10 1 10 ® 2 GeneChip One-Cycle Target Labeling and Control Reagents GAD67+/−マウス を用いて biotin ラベルされた cRNA とし、マイクロアレイ にハイブリダイズさせた後、計測・解析を行った。このよ C-1 100000 10 pgのtotal RNAを増幅した サンプルのシグナル値 10 pgのtotal RNAを増幅した サンプルのシグナル値 (C)シグナル強度の比較 100000 どちらもPresent call(55.2%) 一方のみPresent call 10000 どちらもAbsent call 10000 1000 1000 100 100 10 10 10倍 1 0.1 0.01 1 5倍 R2=0.48 0.1 1 10 100 0.1 1000 10000 100000 C-2 100000 100000 10000 10000 1000 1000 100 100 1 μgの total RNA 由来のシグナル値 10 5倍 0.1 0.01 1 R2=0.84 0.1 とがないという利点がある。 10 10倍 1 うな工程を経ることは、高価なアレイを無駄に使用するこ 1 10 100 脳室下帯の切り出し 生後0日目のGAD67+/−マウス の大脳皮質から脳室下帯を切り出す 0.1 1000 10000 100000 1 μgの total RNA 由来のシグナル値 1μgのtotal RNAをそのままT7 RNA amplificationを行って解析 したサンプル(横軸)と10万倍希釈してSuper SMARTTM PCR cDNA Synthesis Kitで増幅したサンプル(縦軸)とのシグナル強度をプロット (C-1)し、さらに、GABA神経細胞に発現している遺伝子のシグナル 強度をマーキングした(C-2)。 組織をdissociateする 細胞のピックアップ GFP陽性の単一細胞の ピックアップ (D)別々に増幅を行ったサンプル間で検出されたシグナル強度を比較 100000 10 pgの total RNAを増幅した サンプルのシグナル値(#1) 100000 どちらもPresent call 一方のみPresent call どちらもAbsent call 10000 10000 1000 1000 100 100 10 10倍 ClontechのSuper SMARTTM cDNA PCR Synthesis Kitを 用いた逆転写反応と PCRによる増幅とT7配列の付加 PCR detection 10 β-actin 5倍 1 1 2 R =0.85 0.1 0.1 1 10 100 1000 10000 0.1 100000 β-actin、 βIII-tubulin、 GAD67 遺伝子をPCRにより検出する βIII-tubulin GAD67 10 pgの total RNA を増幅したサンプルのシグナル値(#2) 図 2 単一細胞マイクロアレイ法の増幅効率の評価 我々の開発した方法では PCR による増幅後にも約 55 %の遺伝子の発現を確 認することができ、その 90 %の相対的発現量が 5 倍以内で再現されることが わかった。これは、単一細胞の発現遺伝子の 55 %を確認でき、発現量に 10 倍 以上の変化があった場合には、90 %以上の確率で検出できることを意味して いる。 アフィメトリクス社T7 RNA ポリメラーゼによるbiotinラベル Microarray analysis マイクロアレイ解析 図 3 単一細胞マイクロアレイ解析のフローチャート BIO VIEW No.56 ● 33 i nnovation この実験系を用いて行った、GABA 神経前駆細胞を用 ■ 単一細胞マイクロアレイ解析の結果とリアルタイム いた単一細胞マイクロアレイ解析の結果を示したのが図 4 である。解析した 8 つの細胞において、それぞれの細胞 PCR 解析の結果は一致する 本解析では、単一細胞マイクロアレイ解析を行った全て ごとに異なった発現プロファイリングを得ることができ のサンプルでβ-actin、β III-tubulin、GAD67 の発現を PCR た。また、個々の細胞において成熟した GABA ニューロン により確認しているが、図 4(A)の GAD67 の解析結果に 7) に特徴的な遺伝子 を発現していることが確認できたが、 注目すると、8 細胞のうち 3 細胞でしか GAD67 遺伝子に 成熟したグルタミン酸ニューロンに特徴的な遺伝子の発 おいて Present call は得られず、結果に矛盾が生じた。そ 7) 現 はほとんど確認できなかった。一方、ハウスキーピン こ で 、マ イ ク ロ アレ イ の シ グ ナ ル 値 と Super SMART グ遺伝子の発現は全ての細胞において確認することがで PCR Products に含まれるコピー数を調べるためにリアル きた。また、# 8 細胞での NPY や、# 5 と # 6 細胞で Reelin (Reln)といった GABA ニューロンのサブタイプに特徴的 タイム PCR を用いてコピー数を定量した(図 5)。その結 果、Present call が得られた # 4、# 5、# 8 のサンプルでは 1 µl な発現が確認できた。これらの結果から、取得した単一神 あたり 1 × 105 コピー以上の GAD67 の cDNA が含まれて 経細胞発現プロファイリングは解析した細胞の性質を反 おり、Absent call が付いた他のサンプルでも少なくとも、 映したものであると考えることができる。 50 コピー以上の cDNA が含まれていることがわかった。 (A) Genes expressed in GABAergic neurons Gad1/GAD67 Gad2 Dlx1 Dlx2 Dlx3 Dlx4 Dlx5 Dlx6 Arx Sox2 Col19a1 Slc6a1 Slc32a1 Ptprm Calb1 Calb2 Vip Cck Sst Pvalb Npy Nos1 Rein #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8 Reelin(Reln)の場合は # 5、# 6、# 8 で cDNA が検出された が、1 µl あたり 1 × 107 コピー以上のコピーがあった # 5、 # 6 では Present call が付いたが、80 コピーであった # 8 の サンプルは Absent call が付いた。一方、全てのサンプル において Present call であったβ-actin では、全て 1 × 103 以上の cDNA を検出することができた。このことから、 単 一 細 胞 マ イ ク ロ アレ イ 解 析 の シ グ ナ ル 値 と S u p e r SMART PCR Products に含まれるコピー数は相対的に一 致していることがわかった。さらに、これまでに Present call が示された遺伝子の発現を single-cell RT-PCR や免疫 組織化学法で調べてみたところ、いずれかの方法で全て検 出できたという経験から、false negative は頻発するが false positive は起きないことが示唆されている。false positive が起きないことは、実験方法として非常に重要で High signal intensity (B) Genes expressed in Glutamatergic neurons Plxnd1 Nfe213 Tcrb-V13 Col5a1 Diap3 Pdlim1 Adcyap1 Npnt Alox12b Dcn Ptprc Crym Neurod Ndrg Zfp312 Tyro3 Krtap121 Thy1 lfi203 Cdh9 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 ある。 単一細胞由来のSuper SMART PCR Products 1μlあたりのコピー数 Low signal intensity A 1×107 1×106 1×105 1×104 1×103 1×102 1×101 1 Absolute call #8 B (C) House keeping genes GAD67 reelin β-actin AAP AAP AAP PAP PPP APP AAP PAP #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8 Actb Tubba #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8 β-actin A: GABA 神経細胞に特徴的な遺伝子群における単一細胞マイクロ アレイ解析の結果。 B: グルタミン酸神経細胞に特徴的な遺伝子群における単一細胞マ イクロアレイ解析の結果。 C: ハウスキーピング遺伝子における単一神経細胞マイクロアレイ 解析の結果。 GAD67 A、B、C共に、シグナル強度の黒い囲みは Present call が付いたことを示す。 reelin 図 4 GABA 神経前駆細胞を用いた単一神経細胞マイクロアレイ 解析結果 A: 単一細胞由来のSuper SMART PCR Products 1μlあたりの コピー数。 PはPresent call、AはAbsent callを示す。 B: リアルタイムPCR産物の電気泳動の結果 図 5 リアルタイム PCR による Super SMART PCR Products のコピー数の定量 34 ● BIO VIEW No.56 i nnovation ■ おわりに 近年、幾つかのグループから単一細胞レベルのマイクロ アレイ解析によって、多様化した神経細胞の性質を探ろう とした研究が報告されている 5, 8, 9, 10)。我々の確立した単一 細胞マイクロアレイ法は簡便ではあるが、精度において は今までに報告のあった手法と比べても劣らない単一細 ■ 本稿でご使用いただいた製品 ・Super SMART™ PCR cDNA Synthesis Kit 製品コード 635000 7 回 ¥190,000 ® ・PrimeScript Reverse Transcriptase 製品コード 2680A 10,000 U 製品コード 639201 100 回 胞のプロファイリングを得ることができている。この方法 または は、今後、これまでは見つけることができなかった現象や ・Advantage 2 PCR Kit メカニズムを捉えることができる有効な手段となると考 えている。 ¥28,000 ® ・Advantage 2 Polymerase Mix ¥34,000 ® 製品コード 639207 30 回 ¥19,000 本文中の製品に該当するライセンス確認事項は47 ページをご覧ください。 ⁄2 ¤33 ¤7 ‹0 ‹7 ■ 補足 本稿に用いている Super SMART TM cDNA PCR Synthesis Kit は 7 回分であるが、我々が行った条件検討では、さら に実験回数を増やすことも可能であった。 本プロトコールの詳細については、我々の研究室のホー ムページよりダウンロードできる。 http://www.medic.kumamoto-u.ac.jp/dept/morneuro/ microarray.html 【参考文献】 1) Tietjen, I., Rihel, JM., Cao, Y., Koentges, G., Zakhary, L ., Dulac, C., :Single-cell transcriptional analysis of neuronal progenitors.(2003) Neuron, 38, 161-175. 2) Kamme, F., Salunga, R., Yu, J., Tran, DT., Zhu, J., Luo, L., Bittner, A., Guo, HQ., Miller, N., Wan, J., Erlander, M.,:Single-cell microarray analysis in hippocampus CA1: demonstration and validation of cellular heterogeneity. 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