電子制御ガソリン噴射エンジンの教材開発 高橋貞幸 山形大学 教育学部 技術室 1. まえがき 20 世紀後半からのエレクトロニクスの目覚ましい発展により、現代の自動車に於ける電子制御技術は必要 不可欠になった。特にガソリンエンジンの制御を行う電子式燃料噴射システムは、燃費の向上に加えて排出 ガスの抑制および高性能化を実現させた[1]。しかし、最近の自動車は、電子制御システムが著しく高度、且 つ複雑になっている。また、コンピュータによって制御される部分は、ブラックボックス化されており、そ の制御方式を理解することは困難である。従前のように気化器(キャブレター)によるメカニカル的な動作把握 のみでは、まったくエンジンの制御システムの理解はできない。特に燃料噴射機構は、エンジンのデリケー トな部分であり、一般には容易に調整などを行うことは不可能である。特に 21 世紀に入ってからは、環境や エネルギー問題への対策と言った観点から、内燃機関とモーターを組み合わせたハイブリッド式エンジン・ 電気自動車および燃料電池車に代表される様に、電子制御方式は、今後益々発展するだろうと予想される。 本研究では電子制御ガソリン噴射エンジン(以下 EFI と言う)の基礎を直接目視し、分かり易く理解するための 実践に対応する教材開発を行った。 3.2 スロットル ボディー系 2. 教材開発の基本計画 3.3 燃料噴射系 EFI 教材の開発にあたり、以下の4項目に重点を置き コンセプトを設定した。 ◎ 取扱いが容易 ◎ シンプルな構造(エンジン構成) ◎ 電子制御の簡素化 ◎ 低コストでの製作を目指す 3. 教材の開発過程 3.1 Robin EY-18B 3.4 タイミング系 3.7 制御プログラム 3.5 ガソリンタンク 3.6 電子回路 図1 教材の開発過程 教材の開発過程は、エンジンの選択・スロットルボデ ィー系・燃料噴射系・噴射タイミング系・ガソリンタンク、 電子回路の製作及び制御プログラム製作の順である。この 開発過程を図 1 に示した。また、図 2 に製作した EFI 全体 の写真を示した。以下に各項ごとの概略を示す。 3.1 エンジンの仕様 エンジンは、 小型汎用 4 サイクルガソリンエンジン・Robin 図 2 EFI の全体 EY-18B(180cc)[(株)富士重工社製]を用いた。実車のエンジン をそのまま使用すると、インジェクターなどは本来見難い所に位置する。また、特殊な工具を使用しないと 取り外すことが困難な場合が多い[2]。加えて複数気筒の場合、出力の向上を目的としているため教材には不 向きであり、構造が複雑である。このため、単気筒のエンジンを選択し教材化のための基本エンジンとした。 3.2 スロットルボディー系 スロットルボディー部では、主にエンジンでの吸 入空気量の調節を行う。スロットルボディーの製作 にあたり発泡スチロールの入った砂型にアルミニュ ウム廃材を溶かし込んで、およそ直径 70mm 長さ 100mm 程度の丸棒材を得た。その後、旋盤およびフ ライス盤を用いて加工した。同時にインジェクター 取付部とステッピングモーター取付部、スロットル ボディー内の負圧を利用するバキュームホースコネ クタ類もそれぞれ形状に合わせて加工した。空気吸 図 3 吸気系統 入通路の形状は、既存のキャブレターに準じて設計 82 した。吸気通路内に設けるバルブはバタフライ式と し、開閉はステッピングモーターで行った。図 3 に 吸気系統の各部を示し、図 4 に製作したスロットル ボディーの概略を示した。 エアクリーナ エンジン本体 3.3 燃料噴射系 インジェクター取付部 フューエルポンプは、一般の実車と同様に用いら れるインタンク式である。また、フューエルフィル 図4 スロットルボディー本体 ターを取り付けた。インジェクターの選択は、使用 した RobinEY-18B の排気量が 180cc である。このた め、軽自動車用(4 気筒 660cc,165cc/1 気筒)を用いた。 55 インジュクター フューエルポンプによって供給される燃料の噴射 量は、コンピュータから送られる通電時間によって 制御を行う。このとき燃圧の制御を行わないと燃圧 プレッシャーレギュレター取付部 の変動に対して噴射量に変動が発生する。そのため、 フューエルポンプ 図5 プレッシャーレギュレターアッタチメント プレッシャーレギュレータを取り付けた。一般に用 いられるプレッシャーレギュレータの設定圧力は約 250~300kPa である[3]。本研究では、図 5 に示すように プレッシャーレギュレータ用のアッタチメントをアルミニウム合金 を用いて加工製作した。 3.4 燃料噴射タイミング系 エンジンの回転数は図 6 に示すように、RobinEY-18B の動力取り出 しシャフト(カムシャフト)に取り付けられた、切欠き(22.5°)ローター とフォトインタラプタとの組合せによって検出を行った。ここで検出 される電気信号は、図 8 に示すように、トランジスタ(2SD633)によっ て増幅し、IC(74HC04)によって TTL レベルの波形整形を行った。そ の後、得られた信号は、パソコン(NEC 社製 PC9821LT)のプリンター インターフェイス(セントロニクス規格)を介して、プログラムにより エンジン制御の基本となる回転数表示の処理が行われる。 図 6 回転数検出 3.5 ガソリンタンク ガソリンタンクは、ステンレス板を用いて 接 続端 子 戻り 製作した。また、前述 3.3 項のフューエルポン プとフューエルフィルターが取り付けられる 構造である。このガソリンタンクには、燃料 の残量を確認するためと燃料消費率を求める ための、ポリエチレン製スポイトを加工した フロートを取り付けた。図 7 にガゾリンタン In クの概略を示した。 フ ロー ト フュ ーエ ルポ ンプ 3.6 電子回路 図 8 に本研究に於ける制御系の電子回路を フュ ーエル フィ ルタ ー 示した。これはセントロニクス規格に準処す 横109×幅152×高150 るプリンタインターフェイス(NEC 社)を用い O ut て制御を行うための[4]、最も簡略化した回路で ある。簡素化のためアナログ/ 図 7 ガソリンタンク ローター 5V デジタル(A/D)コンバータは、 2kΩ 1kΩ 使用していない。今後センサー をエンジンに取り付ける場合 1kΩ フォトカプラ トランジスタ(2SD633) は、新たにステッピングモータ ー回路を工夫することで、入力 ポート(または出力ポート)を増 5V 1 0 0 kΩ 74HC04 プリンターポートB 5V 220kΩ すことが可能である。また、A/D (端子番号1) タコメータ回路 コンバータを用いる場合は、他 の入出力ポートを用いる等の プリンターポートA 必要がある。タコメータ(回転 (端子番号2~9) 計)回路から出力される信号は、 プリンターポート B(&H42)か 12V 2相 ら入力した。バルブを制御する ステッピングモーターは、2 相 ハイポーラ型を用いた。モータ ーの制御は、プリンターポート A(&H40)を出力信号として用 バイポーラ ステップモータ回路図 インジェクター 動作電圧 12V: コイルの抵抗 13Ω 330Ω トランジスタ(2SD633) プリンターポートC (端子番号11) 図 8 電子回路 いている。プリンターポート C(&H44)の&H7 番の信号は、インジェクターの燃料噴射制御用に用いた。 3.7 制御プログラム 図 9 に本研究に於ける RobinEY-18B(EFI 式)の制御プログラムのフローチャートを示す。制御プログラム言 語は、比較的理解しやすい BASIC 言語を用いた。また、この言語はマシン語に変換し易いため将来制御用コ ンピュータを搭載した実車テストにも対応しやすい。プログラムは MS-Windows または、N88Basic(MS-Dos) 上で動作可能である。パソコンのマウスポートを利用し スタート て入出力ポート追加したい場合は、MS-Dos 上の方が利用 しやすい。 プログラムのスタート後に、初期設定としてスロット 初期設定 スロットル動作速度 燃料 噴射 量増 ルバルブの動作速度(実車では、アクセルペダルに対応し たバルブの開閉速度)を入力する。これはスロットルの動 回転 数表 示 作を状況に応じて緩急をつけるための設定である。また、 始動時の燃料噴射量(増量)の数値入力を行う。エンジンが 暖気後に再始動する場合は、減量(または状況に応じた量) にする。エンジンの始動後は、パソコンのディスプレィ No 割込 み Y es 上にエンジンの回転数が表示される。エンジンの回転を 変化させる制御方法として、①インジェクターからの燃 料噴射量の増減(通電時間)を制御すること、②スロットル バルブの開閉を制御すること、に重点を置いた。これら 噴射量増減 スロットル開閉 図 9 制御プログラムフローチャート は、単独または両者による方法で空燃費を変化させエンジンの回転を制御させている。この操作は、パソコ ンの key ボード上のファンクション(F)key を用い、key 割込みを発生させて各々に対応した F-key を押すこと によって動作させている。割込みがなければエンジンは現在の駆動状態を維持する。 4. むすび 本研究報告では、EFI についての分かり易い教材化を目指した。将来、自動車用エンジンは燃料電気自動 車等へ進むと思われる[5]。しかし、EFI エンジンがここ何年間かは、まだ主流を占めるであろう。近年、自動 車整備士の国家資格も1級自動車整備士試験が開始され、内容も電子制御の分野が大幅に出題されてきてい る。このことは、今後益々自動車に電子制御の分野が多く取り得られることの現れである。現在は、前述の 近未来的自動車へ進展するための移行期間である。しかし、EFI は燃料を噴射するインジェクターを確認し ようとしても、簡単に取り外して確認することも困難であり、各センサー類もどのような制御に影響を与え るのか不明な部分が多い。特に、コンピュータの原理やどのような方法のプログラムによって制御が行われ ているのかは、開発者のみしか理解できないと言っても過言ではない。本研究では、現在自動車関連に従事 している方々や、将来エンジンの専門分野に従事しようとする学生をも視野に入れた教材の開発を目指した。 使用したエンジンとパソコンは廃棄されたものを再利用し、ステッピングモーター類も廃棄されたプリンタ ーから取り外して再利用した部品である。また、インジェクターや燃料ポンプは解体業者から頂いた。製作 コストは、新たに購入したもの(電子部品類や燃料ポース程度)を含め、1万円程度であった。現在は、次の教 材としてセンサー類の導入を計画している。 5. 参考文献 [1]檜垣和夫:エンジンの ABC,講談社,1996.7 [2]高橋貞幸・長岡邦夫:電子制御ガソリン噴射エンジンの教材化とその応用(第 1 報),山形大学紀要 (教育科学),第 11 巻,第 3 号,1996.1,p.p89-99 [3]藤沢英也・小林久徳・小川王幸・棚橋敏雄:新電子制御ガソリン噴射,山海堂,1993.8,p.p73-76 [4]中尾喜紀:C 言語と計測制御-PC98 で作る計測システム-,工学図書,1992.10,p.p23-24 [5]鈴木孝:エンジンのロマン三樹書房, 2002.04
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