広汎性発達障害の学齢児のための『ひとりだちの教室』 - 横浜市総合

キーワード:広汎性発達障害、社会参加、家事分担、学齢児
pervasive developmental disorders,social participation,housework,school-age children
広汎性発達障害の学齢児のための『ひとりだちの教室』
ー家事分担を鍵とした社会参加と仲間づくりの促進ー
Self-reliance training : Teaching housework in a community-based group program
to promote participation of school-age children with pervasive developmental disorders
萬木 はるか1)・武部 正明1)・日戸 由刈1)・本田 秀夫2)
Yurugi Haruka, Takebe Masaaki, Nitto Yukari, Honda Hideo
1.はじめに
広汎性発達障害(PDD)の子どもたちは、「役割
分担」などの社会的価値観や、同世代の仲間同士で
の活動に対する意欲を形成しにくい。このことが学
齢期においては深刻な社会不適応の要因になること
がしばしばある。
PDDの人たちが地域社会の中で精神保健を維持
しながら円滑に生活できるためには、こうした社会
的価値観と社会参加意欲を形成するための支援が必
要である。
我々は、家事分担を鍵としてPDDの人たちの社
会的価値観と社会参加意欲の形成促進をねらいとす
図1 YRC発達精神科における発達障害の介入システム
るプログラム『ひとりだちの教室』を開発したので
2.2 COSST(コスト)
報告する。
COSSTとは、Community Oriented Social
2.本プログラム開発の背景
Skills Training;コミュニティ指向型SSTの略で
2.1 YRC発達精神科における発達障害の介入システム
ある。COSSTプログラム群は、学齢児本人に対す
横浜市総合リハビリテーションセンター(YRC)
る療育プログラムとしてのbasic-COSST(基礎編)
発達精神科において、高機能発達障害の青年期から
とapplied-COSST(応用編)、保護者を対象とした
成人期に起こりうる重篤な不適応を見据えながら、
定 期 セ ミ ナ ー な ど の COSST-P( COSST for
コミュニティへの参加を支援する目的で考案された
P a r e n t )、 教 育 へ の 支 援 活 動 を ね ら い と す る
プログラム群がCOSSTである 1)。早期介入を基盤
COSST-S(COSST for School)から成る。basic-
としつつ学齢期以降の支援プログラムを開発、実践
COSSTは「社会性の基本学習プログラム」と総称
することによって、幼児期から成人期まで一貫した
され、「ひとりだちの教室」はここに含まれる。(図
包括的コミュニティ・ケアのモデルの実現が可能と
2)
なる。(図1)
1)横浜市総合リハビリテーションセンター
医療課診療係
2)横浜市総合リハビリテーションセンター
医療課長
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なかで、この点に特に重きを置いているのは、2時
間目に設定された「家事スキルの練習」の時間であ
る。
3.3 「家事スキルの練習」の題材
YRCの会計、洗濯物干し、風呂掃除、ゴミ分別
などを取り上げる。
4.「家事スキルの練習」の流れ
集団指導の2時間目に設定されている「家事スキ
ルの練習」の時間では、ロールプレイを通じて基本
図2 COSST
的な家事スキルとその留意点を毎回ひとつずつ学ぶ。
子どもたちは家事スキルに取り組む役割と、それを
3.『ひとりだちの教室』
見守り仲間の成功に拍手を送る役割を交代で担う。
3.1 概 要
毎回の指導では「宿題」が出され、子どもたちは学
対象はPDDで小学校高学年から中学生の学齢児
んだ家事スキルの実践と次回の予習を行う。
である。知的水準は軽度の遅滞から正常知能に対応
している。子ども4名で集団を編成し、臨床心理士
以下、洗濯物干しを例に取り、「家事スキルの練
習」の具体的な流れを示す。
2名が指導を担当する。約2時間の集団指導を週1
はじめに、紙しばいを使って作業の手順と留意点
回、全5回実施する。集団指導1回の流れは、表1
を確認する。洗濯物を干す一連の作業を①ひろげる、
に示した。1回のプログラムには、①『家事スキル
②のばす、③(ハンガーを)裾から入れて首から出
の練習』、②話し合い(『4つのジュース』プログラ
す、④(物干しに)かける、というように細かく分
ム2))、③趣味の時間、の3つの要素が含まれる。
けて、子どもにわかりやすいよう呈示する。(図3)
集団指導開始前には子どもと保護者にそれぞれ個
別オリエンテーションを行い、集団指導全5回の終
了後には保護者向けの勉強会と個別面接を行う。
表1 ひとりだちの教室:集団指導1回の流れ
図3 作業手順と留意点の確認の紙しばい
次に、紙しばいの手順にのっとって、モデル役の
3.2 指導のねらい
セラピストがロールモデルを呈示する。もうひとり
仲間同士での達成感の共有を通じて、「役割分担」
のリーダー役のセラピストは、ロールモデルを子ど
に関する社会的価値観の形成や日常場面での意欲や
もたちと一緒に見ながら、「役割分担」に関する暗
態度の促進を図ることをねらう。1回の集団指導の
黙の了解を明文化して教える。
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そして、子どもたちがロールプレイに取り組む。
まずは、療育室でシミュレーションを行う。モデル
役のセラピストは子どもと横並びになって、仲間の
取り組みを見守り応援する雰囲気を作る。(図4)
リーダー役のセラピストは、子どもの達成感を言語
化し、ポジティブな感情を仲間同士で共有できるよ
う促す。(図5)
図6 ロールプレイ:実地練習
5.考 察
「ひとりだちの教室」で学んだ社会的価値観を日
常生活に般化させるために、子どもに対してはもち
ろんのこと、保護者、教師(学校教育)のそれぞれ
に対しても工夫を施した点がある。プログラム終了
図4 ロールプレイ:療育室でのシュミレーション(1)
後も家庭での取り組みを継続し、役割分担に対して
意欲を持てるようにするためには、これらの般化の
ための工夫が効果的であったと考える。
子どもにはまず、集団指導開始前のオリエンテー
ションで、視覚的教材を用いて、『ひとりだちの教
室』とは何をする教室か、いつ・どこで・何時から
始まるのか、1回目の具体的スケジュールはどんな
ものか、などを説明した。見通しを持ち、子ども自
身の意思で参加を決定できるようにするためである。
これによって、学習意欲の維持と学習効果の促進が
期待された。また、次回の「家事スキルの練習」の
予習に用いる宿題プリントを用意した。このプリン
図5 ロールプレイ:療育室でのシュミレーション(2)
トは教室でのロールプレイのあと毎回ファイルに綴
じて持ち帰るので、家庭での実践の手がかりにもす
最後に、YRC内にある洗濯室を使って、家庭を
ることができた。
模した環境で実地練習を行う。ここでもセラピスト
保護者には、集団指導のモニター参観のほか、保
は、スキルの細かい指導ではなく、「役割分担」に
護者勉強会、個別面接を用意した。勉強会のテーマ
関する暗黙の了解を明文化して、仲間同士共有でき
は、成人期の社会参加に向けた「役割分担」の大切
るように働きかける。(図6)
さの理解と、家庭で子どもの取り組みを支援する親
の心がまえの形成をねらって設定した。個別面接で
は、個々の子どもに合わせた、より具体的な対応の
考え方について相談した。
子どもが通う学校の教師向けには、コンサルテー
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ションも行っている。コンサルテーションでは、教
室での子どもの様子のVTRを視聴してもらい、指
導で配慮すべき心理特性を伝達・共有している。
6.結 論
『ひとりだちの教室』は、PDDの学齢児を対象
として「役割分担」という重要な社会的価値観の形
成を目的としたプログラムである。家事という生活
に密着した題材を用いること、「役割分担」の構図
をわかりやすく呈示すること、小集団の形式をとり
仲間同士での達成感の共有を図ること、本人たちの
小集団プログラムに加え保護者向けプログラムや教
師への支援プログラムを併せて行うことで、社会的
価値観と社会参加への意欲の形成が促される。
〔第49回日本児童青年精神医学会総会
(2008年11月5日∼7日、広島市)にて発表〕
文 献
1)日戸由刈、清水康夫、本田秀夫、萬木はるか、
片山知哉:アスペルガー症候群のCOSSTプロ
グラム―破綻予防と適応促進のコミュニティ・
ケア―.臨床精神医学34:1207-1216,2005
2)日戸由刈、萬木はるか、武部正明、片山知哉、
本田秀夫:4つのジュースからどれを選ぶ?―
アスペルガー症候群の学齢児に集団で「合意す
る」ことを教えるプログラム開発―.精神科治
療学24(4)
:493-501,2009
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