3.紫外線,赤外線による皮膚傷害

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3.紫外線,赤外線による皮膚傷害
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上出 良一(東京慈恵会医科大学)
要
約
太陽光,特に紫外線は皮膚に傷害作用をもたらす.
る.
太陽光線は生体に対して功罪様々な影響を与える
が,その大部分は紫外線による障害作用である
(表 1)
.
急性傷害としてサンバーンがあり,慢性的曝露は日光
紫外線はその生物学的作用の強弱により便宜的に波長
黒子,シワなどの光老化や,良性,悪性の腫瘍(光発
の長い側から UVA,UVB,UVC に分けられ,波長が
癌)をもたらす.また,免疫反応を抑制することも重
短いほど障害性が強い.UVC(290nm 以下)の生物学
要な作用の一つである.一方,皮膚には防御機能も備
的作用は殺菌灯に用いられるように非常に強いが,成
わっている.これらの機序について最近の知見をまと
層圏のオゾン層で完全に吸収されるので地表には到達
めた.赤外線の作用についてもまだ十分に理解されて
しない.窓ガラスを通過する紫外線は UVA(320∼400
いない面も多いが,紫外線による傷害作用を増強する
nm)で,これには生物学的作用は比較的弱い.最近
ことがわかっている.
UVA は UVA I(340∼400nm)と UVA II(320∼340
1.はじめに
太陽は地球上の生物にとってなくてはならないもの
nm)
に分けられ,短波長寄りの UVA II は UVB に類似
した作用を持つ.UVC と UVA の間を UVB(290∼320
nm)と呼び,地表に到達する紫外線では最も障害性が
であるが,ローマ神話に登場する二つの顔を持った神,
Janus に例えられるように,有益,有害の両面を持つ
表 1 紫外線の功罪
(表 1)
.それがどのような変化をもたらすかは,生物の
種類,波長(紫外線,可視光線,赤外線)
,照射量(照
射率×時間)に依存する.
太陽からは γ 線や X 線などの電離電磁波(ionizing
electromagnetic wave)と 紫 外 線(ultraviolet ray,
UV)
,可視光線(visible light)
,赤外線(infrared),ラ
ジオ波(radio wave)などの非電離電磁波(non-ionizing
electromagnetic wave)の幅広い電磁波が放射されて
功
罪
Vi
t
.
Dの生合成
光線治療
急性傷害(日焼け)
サンバーン
サンタン
慢性傷害(光老化)
色素斑,しわ
腫瘍
良性腫瘍
いるが,そのうち地表に届くのは波長 290nm 以上の非
悪性腫瘍(光発癌)
免疫抑制
電離電磁波(non-ionizing electromagnetic wave)であ
光線過敏症
1130
皮膚科セミナリウム
第 27 回
ある
(図 1)
.地表に到達する太陽光線全体のうち,UVB
が 0.5%,UVA が 6.3%,可視光線が 38.9%,赤外線が
54.3% を占める. 夏の正午では紫外線中 UVB が 5%,
UVA が 95% を占める.
2.紫外線による急性傷害
物理・化学的皮膚障害
表 2 サンバーンのメディエーター
毅化学伝達物質
―ヒスタミン
―エイコサノイド
・PGE2,PGD2,
HETE
PGF2α,12毅サイトカイン
A.サンバーン
―I
L1α
一定量以上の紫外線を浴びると急性反応として「日
―I
L6
焼け」を起こす.一般的に「日焼け」という言葉はサ
― TNFα
毅細胞間接着因子
―I
CAM1
毅活性酸素種
―一重項酸素(1O2)
―スーパーオキシド(O2-)
―過酸化水素(H2O2)
―ヒドロキシラジカル
(・OH)
毅過酸化脂質
毅 NO
毅ピリミジンジヌクレオチド
(pTpT)
ンバーン(sunburn)とサンタン(suntan)を含んで使
われるが,紫外線による炎症であるサンバーンと,傷
害を受けた後の防御反応であるサンタンは区別して用
いる必要がある.紫外線照射を受けた皮膚には病理組
織学的に好酸性に染まり,核が凝縮したサンバーン細
(interleukin-1)活性は照射後 1∼4 時間で上昇し 8 時
胞(sunburn cell)が散在性に認められる.これはアポ
間で元に戻る.IL-1 の刺激により IL-6 の産生が増加
トーシスに陥った角化細胞である.サンバーン紅斑は
し,12 時間で血清中のレベルがピークに達し,72 時間
紫外線照射後 6 時間頃から生じ,24 時間にピークがあ
以上持続する2).IL-6 は CRP やアミロイド A 蛋白な
る.波長により紅斑惹起作用が異なり,UVB 領域では
どの急性期蛋白の産生を亢進させるため,日焼けによ
298.5nm にピークがあり,長波長側に行くと共に急激
る発熱など全身症状の発現にはこれらのサイトカイン
に低下するが,UVA 領域で 362nm に小さ な 第 2 の
がかかわっている.
ピークが観察される.この 2 つのピークがあることは
血管内皮細胞が産生する平滑筋弛緩因子
UVB と UVA による紅斑の成因に違いがあることを
(endothelium-derived relaxing factor,EDRF)が実は
示している.紅斑惹起作用でみると UVB は UVA の
ガス状の一酸化窒素(NO)であることが見いだされ,
約 600∼1,000 倍強力であるが,UVA は地表で受ける
循環系のみならず神経系,免疫系など広く生体内での
太陽光に大量に含まれているため,その作用は無視で
調節機構に関与していることがわかり注目されてい
きない.サンバーンを生じた場合の責任割合は UVB
る.NO は L-アルギニンから NO 合成酵素(nitric oxide
が 約 80%,UVA が 約 20% と 推 計 さ れ る.UVA は
synthase,NOS)により作られるが,皮膚においても
UVB の作用を増強することが知られている.
UVB 照射により NOS が誘導され,NO が UV 紅斑形
サンバーンの機序については未知の部分も多いが,
成に与っていることを示唆するものである3).
大筋として紫外線照射により皮膚細胞の DNA が直接
DNA は UVB をよく吸収し,その結果,隣同士の
的に損傷を受け,また活性酸素種の発生により DNA
DNA 塩基が 2 量体を形成して,遺伝情報に重要な塩
の間接的損傷ならびに細胞膜障害などが起る.それを
基配列に異常が生ずる.この「傷」として重要なもの
きっかけとして炎症に関与する遺伝子群が発現し,皮
がチミン同士が 2 量体を形成するシクロブタン型 2 量
膚に存在する各種細胞は様々な起炎物質を産生し,炎
体(ピリミジン 2 量体;pyrimidine dimer)であるが,
症のカスケードが動き出す.その結果目に見える日焼
そ の ほ か 6-4 光 生 成 物(6-4 photoproduct)
,Dewar
け反応が起こる1).UV 紅斑の形成には多数の化学伝
異性体(Dewar isomer)も作られる.
達物質がいろいろなステージで関与している(表 2)
.
この DNA 損傷が残存すると異常な遺伝情報が,分
UVB 照射 4∼8 時間後から生じる初期の紅斑ではヒス
裂した細胞に伝達され,細胞機能に重大な影響を与え
タミンやアラキドン酸代謝産物のプロスタグランジン
る.ヒト皮膚への紫外線照射により,角化細胞には 4
D2(PGD2)
,PGE2,PGF2α,12-HETE などによる血管
時間目に p53 が発現し,120 時間で消失する.癌抑制遺
透過性亢進,血管拡張が主体である.また皮膚に浸潤
伝子として知られる p53 は紫外線や抗癌剤などによ
してくる好中球などの炎症細胞から放出される起炎物
る DNA 損傷により発現が亢進し,それに伴い p21 が
質も炎症拡大に一役買っている.サイトカインの関与
増加する.p21 は細胞周期が G1 から S 期に移行する
も大きく,ヒトに UVB を照射する と 血 清 中 の IL-1
のに必要なサイクリン依存性キナーゼ(Cdk)を阻害し
3.紫外線,赤外線による皮膚傷害
て,DNA 損傷を受けた細胞が S 期へ移行することを
1131
表3 サンタンのメディ
エーター
ブロックする.これは G1 チェックポイントと呼ばれ,
損傷 DNA の修復のための時間稼ぎと考えられてい
ビタミン
る.そして DNA 損傷が一定時間内に修復できない場
ビタミン D3
合 に は p53 は 細 胞 を ア ポ ト ー シ ス に 導 き,誤 っ た
エイコサノイド
PGE2
DNA 情報を持った娘細胞が作られるのを防いでい
ロイコトリエン
4)
る .
サイトカイン:
最も重要な DNA 損傷修復機構は異常な塩基部分を
bFGF
切り出して,対側の塩基配列に対応した正しい塩基配
St
em c
el
lf
ac
t
or
列に戻す除去修復(excision repair)である.初期段階
エンドセリン1
(UVB)
GMCSF(UVA)
として 2 量体が認識され,特異的エンドヌクレアーゼ
ホルモン
が,その近傍で DNA に切断傷(nick)を入れ,切断す
αMSH,ACTH
酸化ストレス
る.次いで DNA ポリメラーゼが除去された部分の塩
NO
チオレドキシン
基を修復合成し,最後に DNA リガーゼが DNA 鎖を
再結合して除去修復は完成する.この除去修復過程に
関与するいずれかのタンパク質に先天的異常があって
起こる疾患が色素性乾皮症である.現在,7 つの遺伝的
線照射により表皮角化細胞が刺激され,b-FGF(塩基性
相補性群とバリアントの 8 群が知られていて,それぞ
線 維 芽 細 胞 増 殖 因 子)
,α-MSH,stem cell factor
れ責任遺伝子が同定されている.色素性乾皮症の分子
(SCF)
,エンドセリン 1 などのサイトカインなどを産
生物学的研究が DNA 損傷修復機構の解明に大きな力
生,放出し,メラノサイト上の受容体を介して刺激が
となっている5).
細胞内に伝達され,メラニン合成を促進するチロシ
また,紫外線による酸化的損傷も解明されつつある.
ナーゼ遺伝子が活性化し,メラニンが増加する(表
UVB,UVA が内因性の chromophore(フラビン,キノ
7)
3)
.一回照射のみではメラノサイトの活性化による
ン,NADPH など)
に吸収されるとフリーラジカル,活
メラニン産生増加が色素増強の主体であるが,繰返し
1
性酸素種(O−
など)が発生し,それによ
2 ,・OH, O2,
照射によりメラノサイト数が増加する.
り DNA の酸化的傷害,タンパク異常,脂質の酸化が起
3.紫外線による慢性傷害
こり細胞,組織に傷害をもたらす.DNA が酸化されて
生じる 8-hydroxy-2’
-deoxyguanosine(8-OHdG)は変異
6)
原性が強い損傷で,G→T 突然変異を生じやすい .こ
れらの変異が後述する光発癌に結びつく.
A.光老化
慢性の日光暴露による皮膚障害を光老化または光加
齢(photoaging),あるいは dermatoheliosis(helio=太
陽の)と呼ぶ.光老化は内因性,すなわち時間経過に
B.サンタン
より生じる老化(chronological aging)に付加されるか
サンバーンに引続いて皮膚の色素増強,サンタンが
たちで起こり,この両者の変化は質的に異なるプロセ
生ずる.これには即時型と遅発型の 2 種類の黒化があ
スによるものであり,高齢者の露出部皮膚ではこの両
る.即時型色素増強(immediate pigment darkening,
者がオーバーラップしてみられる8).一般的に自然の
IPD)
は UVA や可視光線の照射で,直後より灰褐色の
老化は萎縮性変化であるが,光老化では増殖性変化を
色素増強が生ずる.IPD は 1 分から長くて数時間程度
示す.光老化の症状として日光黒子や深いしわ,さら
で消退する.通常の日光曝露では気づかれず,実験的
には良性,悪性の腫瘍発生がみられる.組織学的には
光線照射で周囲とのコントラストで認識できる.本態
真皮浅層の光線性弾性線維症(actinic elastosis)が特徴
は還元型メラニンの光酸化によるといわれている.こ
である.これは光老化皮膚に特異的であり,
高齢になっ
の IPD は現在サンスクリーン剤の UVA 防御効果を
ても日光非露出部ではほとんどみられない.Elastica
検定する指標に使われている.数日以降に遅発型タン
van Gieson 染色でみると真皮上層に,黒く染まる断裂
ニング(delayed tanning,DT)が生じる.通常はこの
した線維成分,更には無定型塊状の沈着物としてみら
遅延型タンニングがサンタンとして認識される.紫外
れる.その成分はエラスチン(elastin)
,フィブリリン
1132
皮膚科セミナリウム
第 27 回
物理・化学的皮膚障害
(fibrillin)
,バーシカン(versican)である.内因性老化
inase(MMP)の転写が亢進する.その結果 MMP-1,
ならびに光老化に伴う弾性線維の変化はいずれも弾性
MMP-3,MMP-9 などが遊離される.一方,線維芽細胞
線維の本来の機能を損ね,皮膚の弾力性の低下をもた
ではプロコラーゲン遺伝子の発現を阻害する9).角化
らし,深い「しわ」を刻み,あるいは「たるみ」を生
細胞からも MMP は遊離され,真皮構成成分であるコ
じることになる.前者の典型を屋外労働者の項部にみ
ラーゲンやそのたの基質タンパクを分解する.このよ
られる項部菱形皮膚(cutis rhomboidalis nuchae)にみ
うな真皮傷害の修復が不完全であると,真皮の機能,
ることができる.光老化が著しい人の下眼瞼,頬部に
構造が損なわれ,繰り返されることで,典型的なシワ
多数の黒色面皰を生じた場合,Favre-Racouchot 症候
などの光老化が生じるとされる(図 2)
.
群と呼ぶ.
光線性弾性線維症を誘導する太陽光線の作用波長に
B.光発癌
ついては動物実験で検討されている.サンバーンを惹
古くから露光部に皮膚癌の発生が多いことが知られ
起する作用が強い UVB が同様に,長期間の照射によ
ており,皮膚色の薄い人種ほど露出部の皮膚癌発生率
り真皮上層に著明な光線性弾性線維症をもたらす.一
が高く,疫学的調査でも白人では太陽光線の強い地域
方,生物学的作用は UVB に比べて小さいといわれて
に住む者,戸外労働者に発癌頻度が高い.動物実験で
いる UVA も,大量,長期の照射により明かな光線性弾
も UVB 照射で容易に皮膚癌が生じることより,紫外
性線維症を起こすことがわかっている.そして,UVA
線,特に UVB の発癌性は疑いのないものである.しか
は UVB より皮膚の深部にまで達するという特性によ
し,その分子機構について大筋は理解されてはいるが,
り,光線性弾性線維症の程度は UVB によるものに比
未だ不明な点が多いことも事実である.現時点で明ら
べ軽いものの,真皮深くにまでその変化が及ぶことに
かにされていることをまとめると,紫外線,特に UVB
なる.赤外線についても UVB による光線性弾性線維
は皮膚細胞の DNA に対して直接的に損傷を与える.
症形成を増強することがわかっている.このように光
また,UVB,UVA は共に活性酸素種の発生を介して
線性弾性線維症を誘導する作用波長は UVB が主体で
も DNA に酸化的損傷を与える.DNA 損傷は巧みに修
はあるが,UVA,赤外線の影響も無視できない.
復されるが,損傷が過剰であったり,繰り返し損傷を
光線性弾性線維症の成因としては,慢性の紫外線障
受け続けると修復エラーが起こり変異が生じる.それ
害により細胞外基質が変化したという説,軽度持続的
が癌遺伝子あるいは癌抑制遺伝子に蓄積していくと,
な炎症により好中球,肥満細胞から放出される酵素に
細胞増殖の規制が外れ,癌細胞が発生する
(イニシエー
よる弾性線維の分解という説,そして線維芽細胞が異
ション)
.さらに後述する紫外線による免疫抑制,特に
常なエラスチンを産生したという説,などが提唱され
抗原認識が破綻することで,発生した癌細胞の排除が
ているが,現在最後の説が最も有力である.エラスチ
ン遺伝子発現は胎生期に始まり,数十年間にわたり一
行われず,癌はさらに増殖していく(プロモーション)
(図 3)
.
定のレベルを保っているが,60 歳を越えると急激に低
DNA は UVC,UVB をよく吸収するが,その結果隣
下する.これは非露出部皮膚の弾力線維の機能低下に
同士のピリミジン塩基(T:チミン,C:シトシン)が
対応する.ヒトエラスチンのプロモータを導入したト
結合し,ダイピリミジン光産物と総称されるピリミジ
ランスジェニックマウスを用いた実験で,1 回の UVB
ンダイマーと(6-4)光産物という損傷が生じる.それ
照射でエラスチンプロモータの発現がみられ,UVA
でも軽度ではあるが発現したと報告されている.
ヒト皮膚に 2MED の UVB を照射することにより,
により生じる変異はピリミジンのトランジション型
(ピリミジンからピリミジン,またはプリンからプリ
ン)への点突然変異が多い.これは紫外線による損傷
15 分以内に角化細胞,線維芽細胞など皮膚構成細胞の
に特徴的であるため UV signature mutation と呼ばれ
表面にある EGF,IL-1,TNF-α などの受容体が活性
る.
化される.受容体の活性化機構には紫外線を吸収した
紫外線発癌に関わる遺伝子として p53,ras 遺伝子
クロモフォアから発生する活性酸素種が関連している
をはじめとして多数の癌遺伝子,癌抑制遺伝子が検討
との考えもあるが,十分に解明されていない.受容体
されている10).p53 蛋白は損傷を受けた細胞の周期を
の活性化により細胞内のシグナル伝達系が活性化さ
G1 で止めて,修復を行うための時間稼ぎを行うが,修
れ,転写因子 AP-1 が誘導されて,matrix metalloprote-
復が不可能な場合は細胞の apoptosis を誘導して,異
3.紫外線,赤外線による皮膚傷害
1133
図 2 紫外線による真皮の損傷機序
図 3 光発癌機序
常な細胞が残ること防ぐ.p53 の変異は癌一般に認め
を示唆している.ras の変異は当初精力的に検索された
られるが,DNA 損傷のヌクレオチド除去修復に先天
が,さほど高頻度ではない.
的欠陥がある色素性乾皮症患者では若年で皮膚癌が発
遺伝性の癌好発疾患である Nevoid basal cell carci-
生し,それを用いた検索では p53 遺伝子の変異が約半
noma syndrome の責任遺伝子が PTCH 遺伝子と同定
数 に 認 め ら れ,C→T や CC→TT な ど UV signature
され,その変異は同症の大多数で認められるのみなら
mutation が高頻度にみられる.色素性乾皮症でない露
ず,非家族性の基底細胞癌患者でも認められる.変異
光部皮膚癌患者の癌組織や動物における紫外線誘導皮
の質も C:T トランジションが多くを占め,紫外線の
膚癌でも同様な結果が得られており,紫外線により
関与を示すものであった.この変異は色素性乾皮症患
p53 の変異が生じることが,癌化に強く関与すること
者に生じた基底細胞癌でより高頻度で見つかってい
1134
皮膚科セミナリウム
第 27 回
る11).
物理・化学的皮膚障害
抗原提示能は障害され,抗原特異的調節性 T 細胞が誘
紫外線が生体内の様々な分子に吸収されると,各種
導されて接触過敏症や腫瘍免疫における免疫学的不応
活性酸素種を発生し,その結果 DNA のみならず,近傍
答が起こる.この紫外線照射による免疫抑制は,紫外
の蛋白,脂質も酸化的損傷を受ける.その結果 DNA
線照射局所に抗原を投与した場合(局所免疫抑制)の
には 8-hydroxy-2’
-deoxy-guanosine(8-OHdG)と呼ば
みならず,大量照射した場合には紫外線照射を受けて
れる損傷が生じ,8-OHdG はシトシンやアデニンと誤
いない皮膚を介して抗原を投与した場合にも全身性の
対合する結果,G→T のトランスバージョン変異を起
免疫抑制として観察される(全身性免疫抑制)
.
こしやすく,高頻度で突然変異を誘発する.UVA の発
その機序として紫外線照射されたケラチノサイトが
癌作用は UVB より格段に弱いが,酸化的損傷を与え
産生する TNF-α や IL-10 といった免疫抑制性サイト
ることは確かである.
カインが,抗原提示細胞の機能を阻害することが示さ
紫外線によるこれらの遺伝子変異以外に,epige-
れている.また,紫外線照射により誘導された調節性
netic と呼ばれる遺伝子発現に影響を与える遺伝子制
T 細胞が産生する IL-10 や IL-4 が免疫抑制をもたらす
御機構が注目されており,DNA のメチル化をはじめ
経路もある.ウロカニン酸は表皮上層,特に角層に高
とした因子について研究が進んでいる12).メチル化し
濃度に含まれるヒスチジンの代謝物で紫外線を吸収す
たシトシンがピリミジンダイマーを作りやすいことが
る内因性のサンスクリーンのひとつである.紫外線に
知られており,広く epigenetic と光発癌との関係が注
よる免疫抑制の作用波長とこのウロカニン酸の吸収波
目される.
長が一致することより,ウロカニン酸が光受容体と
なっている可能性が考えられ,普段は trans 異性体で
4.紫外線による免疫抑制
あるウロカニン酸が,紫外線照射により cis 異性体に
紫外線は免疫抑制作用を持ち(光免疫抑制)
,皮膚に
転換し,
これが免疫抑制の mediator となっていること
おける遅延型過敏反応や接触過敏反応を阻害し,さら
が推察された.cis ウロカニン酸はケラチノサイトの受
には皮膚における腫瘍免疫を抑制することにより紫外
容体に結合し,TNF-α を産生させ,それによりランゲ
線発癌をもたらす一因となっている.この免疫抑制で
ルハンス細胞や脾樹状細胞の抗原提示能を抑制すると
最も重要な役割を担うのが表皮ランゲルハンス細胞で
される(図 4)
.
ある13).UVB 照射によりランゲルハンス細胞は著明
ランゲルハンス細胞などの抗原提示細胞表面上の
に減少し,また形態学的にも異常を示す.そしてその
ICAM-1(intercellular adhesion molecule-1)や B7 と
図 4 光免疫抑制機序
3.紫外線,赤外線による皮膚傷害
1135
図 5 皮膚の紫外線防御能
いった細胞間接 着 分 子 は co-stimulatory molecule と
noid)
,メタロチオネイン
(metallothionein)
,尿酸,ユ
して主要組織適合性(MHC)class II 抗原と共に抗原提
ビキノンなどの抗酸化能を持つ低分子物質が存在し,
示機能の発現に携っているが,これらの細胞間接着分
14)
酸化的損傷から皮膚を守っている(図 5)
.
子も 紫 外 線 照 射 に よ り 影 響 を 受 け る.有 袋 動 物 の
紫外線照射により皮膚内で発生した活性酸素種やフ
Monodelphis domestica に可視光線を照射することに
リーラジカルによる酸化ストレスは皮膚構成成分に急
よ り 光 回 復 酵 素 を 活 性 化 さ せ た り,動 物 皮 膚 に
性,慢性の障害を与えると共に,皮膚に内在する抗酸
liposome 化 し た T4 endonuclease V を 外 用 す る と 紫
化能を傷害する.抗酸化物質の減少と回復能は抗酸化
外線照射による光免疫抑制や光発癌が抑制されたこと
物質の性質とその組織学的存在部位,紫外線照射量に
より,DNA 損傷そのものが免疫抑制の惹起因子と
より左右され.慢性的に紫外線照射を受けた光老化皮
なっていることが示唆されている.
膚では α-トコフェロール,アスコルビン酸が減少して
5.紫外線防御機構
いるが,SOD やグルタチオンペルオキシダーゼ活性は
変化していない.逆にカタラーゼ活性は表皮では亢進,
外界と接し絶えず化学物質や紫外線による損傷を受
真皮では減少している.皮膚における抗酸化因子は年
けている皮膚には,自然の紫外線防御機構ならびに紫
齢や内外からの酸素ストレスに対応して複雑にコント
外線照射に起因する酸化ストレスに対応した抗酸化能
ロールされている.
が備わっている.表皮最上層の角質は光線を散乱する
と共に,紫外線を吸収するウロカニン酸を大量に含ん
6.赤外線による皮膚傷害
でいる.メラノサイトが産生し基底層に分布するメラ
赤外線(波長 760nm∼1mm)は地表では太陽光の約
ニン色素は,紫外線,可視光線,赤外線と広範囲の光
40% を占める.生物学的作用や深達度で便宜的 IR-A
線を吸収し,それらによる障害から皮膚を保護してい
(760∼1,400nm)
,IR-B(1,400∼3,000nm)
,IR-C(3,000
る.メラニンはまたフリーラジカルのスカベンジャー
nm∼1mm)
に分けられている.紫外線とは順序が逆な
としても働く.皮膚,特に表皮にはグルタチオンペル
ので注意を要する.波長が短いほどエネルギー量は高
オキシダーゼ
(glutathione peroxidase)
,グルタチオン
いが,紫外線とは異なり皮膚への深達度は波長が短い
リダクターゼ(glutathione reductase),スーパーオキ
ほど深くまで入り,IR-A では 20% 近くが真皮にまで
シドディスムターゼ(superoxide dismutase,SOD)
,
達するが,熱作用はほとんどない.IR-C は逆に表皮で
カタラーゼ(catalase)などの抗酸化酵素や,グルタチ
ほぼ 100% 吸収され,熱作用で暖かくあるいは熱く感
オン(glutathione)
,アスコルビン酸(ascorbate)
,α-
じる.赤外線によって引き起こされる皮膚疾患として
トコフェロール
(α-tocopherol)
,カロテノイド
(carote-
熱傷瘢痕癌,erythema ab igne などが挙げられる.慢
1136
皮膚科セミナリウム
第 27 回
物理・化学的皮膚障害
性曝露では紫外線による光老化に類似した真皮の弾性
美容目的で人工的に行われることもある.赤外線照射
線維や間質の増加が認められ,さらには光発癌に対し
による創傷治癒促進や低エネルギーレーザー照射の熱
て促進的に働く.赤外線はそれ単独でも紫外線による
作用ではない生物学的刺激作用(biostimulation)など
光老化に類似した皮膚変化を生じさせると共に,紫外
赤外線の治療への応用が提唱されているが,さらなる
線による光老化を促進することは,古くより Kligman
検証を要する.今後,赤外線の細胞に与える影響をシ
15)
グナル伝達系,遺伝子発現など分子レベルで解明する
実験的には夏の屋外で 2.5 時間曝露される程度の赤
必要がある.
ら により指摘されている.
外線で,真皮のコラゲナーゼである MMP-1 が誘導さ
熱傷を生じない程度の温熱に繰り返し曝された皮膚
れ,一方,その抑制因子である TIMP-1 はほとんど変化
局所に,毛細血管拡張を伴った粗大網目状の色素沈着
がみられない16).従って真皮の膠原線維の酵素的破壊
や ポ イ キ ロ デ ル マ 様 変 化 が 生 じ る こ と が あ り,
が起こると考えられ,紫外線と同様の真皮変化が起こ
erythema ab igne(温熱性紅斑,ひだこ)と呼ばれる.
りうる.Danno ら17)は培養角化細胞,血管内皮細胞,線
ストーブや赤外線こたつなどの暖房器具からの放射熱
維芽細胞に近赤外線を照射し,TGF-β,MMP-2 の産生
で生じることが多い.組織学的には表皮の萎縮,毛細
上昇を認め,線維芽細胞の MMP-2 の mRNA 発現も増
血管拡張,真皮の血管周囲性細胞浸潤とメラニン,ヘ
加していた.また動物実験で創治癒の促進作用が認め
モジデリン沈着などに加え,進展例では表皮の過角化,
られた.
角化細胞の異型,結合織の好塩基性変化,弾性線維の
赤外線は紫外線と同様の皮膚への障害作用もある
が,有益な生物学的作用も有する可能性がある.皮膚
変化など,慢性紫外線傷害に類似した所見を呈する.
時に有棘細胞癌が発生する.
への赤外線照射は日常生活で起こること以外に治療や
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