近藤 昭彦 海洋性藻類からのバイオエタノール生産 - 科学技術振興機構

「二酸化炭素排出抑制に資する革新的技術の創出」
H23 年度
平成 21 年度採択研究代表者
実績報告
近藤 昭彦
神戸大学大学院工学研究科・教授
海洋性藻類からのバイオエタノール生産技術の開発
§1.研究実施体制
(1)「近藤 昭彦」グループ
①研究代表者:近藤 昭彦(神戸大学大学院工学研究科、教授)
②研究項目
・藻類のシステムバイオロジー解析
・微細藻類からの効率的バイオエタノール生産
(2)「清水 浩」グループ
①主たる共同研究者:清水 浩(大阪大学大学院情報科学研究科、教授)
②研究項目
・藻類のシステムバイオロジー解析と代謝モデリング
(3)「邢 新会」グループ
①主たる共同研究者:邢 新会(清華大学化工系、教授)
②研究項目
・有用微細藻選抜に資する微細藻類新規ゲノム改変技術の開発
(4)「川井 浩史」グループ
①主たる共同研究者:川井 浩史(神戸大学自然科学先端融合研究環内海域環境教育研究セ
ンター、教授)
②研究項目
・海水環境における高増殖・高密度培養の技術開発
・形質転換技術の開発
(5)「三宅 親弘」グループ
1
①主たる共同研究者:三宅 親弘(神戸大学大学院農学研究科、准教授)
②研究項目
・酸素への電子伝達反応の制御
・光化学系 I での循環的電子伝達反応の制御
(6)「秋本 誠志」グループ
①主たる共同研究者:秋本 誠志(神戸大学自然科学系先端融合研究環分子フォトサイエンス
センター、准教授)
②研究項目
・微細藻の光エネルギー捕集機能の評価と強化
§2.研究実施内容
(文中に番号がある場合は(3-1)に対応する)
1.研究のねらい
食用として商業生産されているスピルリナ Arthrospira (Spirulina) platensis およびその海産
種 Spirulina subsalsa に加え,Synechococcus sp. WH8102 株等のラン藻を対象として,海水を
用いた半閉鎖系培養施設での大量培養系の確立を目指す。また,システムバイオロジーに基づく
改変微細藻の創出を達成するために安定した形質転換技術を確立するとともに、光合成機能(①
光捕集能、②光エネルギーから化学エネルギー(ATP)への変換能、③物質代謝能)や耐塩機構
を強化することで、環境変化に適応できるロバストな性質を持ち、増殖速度と CO2 固定速度が速く、
かつバイオプロダクト高生産能を有する新規微細藻を創製することを目的とする。さらに、細胞表
層工学技術を利用して、微細藻デンプン分解酵素を細胞表層に提示したアーミング酵母を作出し、
アーミング酵母を用いた藻類デンプンからの糖化・発酵プロセスを確立することにより、高収率かつ
低コストなエタノール生産システムを構築することを目的とする。
2.研究の概要と進捗状況、今後の見通し
本年度は、スピルリナ A. platensis NIES-39 の亜熱帯域の野外環境における生産量を推定し、
また海面での培養に際しての技術的な問題点を検討する目的で,沖縄県石垣市桴海の屋外沈殿
池を利用して,培養筏による培養実験を行った。その結果、自然光・水面環境における閉鎖的培
養で実験室環境より高い細胞成長を示すことを確認した。
また光強度および培地中の硝酸塩濃度の最適化により、A. platensis の乾燥重量あたりのグリ
コーゲン含有率が 65%まで増加し、グリコーゲン生産量が 1 g/L まで向上した。さらに A. platensis
は赤色光下で 1.2 倍から 1.5 倍高いバイオマスが得られること、青色光下では励起エネルギー移動
過程を阻害する方向に働くことを明らかにし、太陽光を用いた、A. platensis の培養について検討
2
を加えることとした。また、付着性シアノバクテリアで、かつ光合成に利用する光波長帯が異なる S.
subsalsa と A. platensis との共培養系の確立をめざし、S. subsalsa の至適培養条件の検討を行
い、微生物マットの形成が S. subsalsa の増殖を促進する要因の1つであることを明らかにした。
また、グリコーゲン合成におけるカルビン回路の律速点を特定するために、13NaHCO3 を用いた
代謝ターンオーバー定量化システムを構築した。このシステムを用いて、カルビン回路からグリコー
ゲンまでの各中間体のターンオーバー速度を測定した結果、代謝反応の律速が示唆される数種
の経路を見出した。また Synechocycstis sp. PCC 6803 株のゲノムスケール代謝モデルを構築し、
シミュレーション結果が、13C 標識グルコースを用いて実験的に求められた代謝フラックス分布と高
い相関があることを確認することができた。さらに、このゲノムスケール代謝モデルを用いて、エタノ
ールなどの物質生産能を向上させ得る代謝改変をシミュレーションし、破壊候補遺伝子を抽出した。
さらに A. platensis NIES-39 についても、ゲノム情報をもとに代謝モデルのプロトタイプを構築した。
今後、A. platensis の代謝モデルの構築を完成させ、グリコーゲンの細胞内蓄積を向上につなが
る培養環境や遺伝子改変の戦略を導出することを目指す。
O2 還元強化を目的に、O2 還元を触媒する酵素 NADH-O2 oxidoreductase (NOR or FLV)の
過剰発現株を作製し、生育環境応答を解析した。その結果、FLV 過剰発現株の大気 CO2 条件へ
の順化能が優れていることが明らかになった。そこで、順化環境下での光合成能の解析、バイオマ
ス生産性の解析を加え、O2 依存電子伝達反応による代謝調節全容解明を行うこととした。さらに、
サイクリックエレクトロンフロー(CEF)による ATP 供給系との相互作用効率を決定し、ATP を中心とし
てエネルギー代謝における改変ターゲットの絞り込みを行う予定である。
また、常温常圧プラズマによる新規ゲノム迅速変異導入技術を検討し、増殖速度、糖含有量、
凝集能力等を指標に優良変異体のスクリーニングを実施し、正変異体を得た。今後、変異体の特
性解析を進める予定である。
またグリコーゲンを資化できるアミラーゼ発現酵母を使用して、20 g/L の A. platensis から 2.5
g/L のエタノールを直接生産することに成功した。今後は、培養工学的・代謝工学的アプローチに
よる微細藻のグリコーゲン生産能向上を目指し、グリコーゲン高生産株からのエタノール生産シス
テムの開発に取り組む。
(1) 近藤グループ(神戸大学)
研究目的・方法
塩水環境下で炭水化物を高生産する微細藻類の育種において、鍵となる物質代謝経路の同定
を目指し、藻類のシステムバイオロジー解析を行う。本年度は、属種の異なる微細藻類の網羅的代
謝プロファイリングの実データに基づき、藻類の代謝経路を整理する。さらに、安定同位体炭素
13C
を用いた代謝中間体の代謝ターンオーバー測定法の確立を行い、グリコーゲン生産を律速す
る代謝反応の特定を目指す。
グリコーゲンはアミラーゼにより糖化することで、微生物による発酵過程を経てエタノー
ルに変換することができる。本研究では、ラン藻グリコーゲンの分解に最適な酵素を選出
3
し、当該酵素を酵母細胞表層に提示発現させることにより、糖化同時発酵によるバイオエ
タノール生産システムの確立を目指す。A. platensis ならびに Synechococcus 属が産生する
デンプンの構造を分析し、候補酵素を選定する。さらに、エタノールをより効率よく生産するために、
ラン藻細胞からの効率的なグリコーゲン抽出法の開発およびラン藻細胞のグリコーゲン生産能を
向上させる培養条件の選定を行う。
結論
1) 藻類のシステムバイオロジー解析
属種の異なる A. platensis と Synechocystis sp. PCC 6803 の窒素欠乏条件における代謝応
答の共通性をキャピラリー電気泳動/質量分析系(CE/TOFMS)、超高速液体クロマトグラフィー/
質量分析系(UPLC/QTOFMS)を用いて解析した。その結果、2 種のシアノバクテリアは窒素欠乏
条件下で類似した代謝応答を示すことが明らかになった。また、グリコーゲン合成におけるカルビ
ン回路の律速点を特定するために、13NaHCO3 を用いた代謝ターンオーバー定量化システムを構
築した。そして、カルビン回路からグリコーゲンまでの各中間体のターンオーバー速度を測定した
結果、代謝反応の律速が示唆される数種の経路を見出した。さらに、窒素欠乏条件下で A.
platensis がグリコーゲンを高蓄積する主な要因はタンパク質の異化反応で生じたアミノ酸からの
グリコーゲンへの同化反応であることを 13C 標識実験を通じて、はじめて明らかにした。
2) 微細藻類からの効率的バイオエタノール生産
光強度および培地中の硝酸塩濃度の最適化により、A. platensis の乾燥重量あたりのグリコー
ゲン含有率が 65%まで増加し、グリコーゲン生産量が 1 g/L まで向上した(論文 7)。そこで、グリコ
ーゲン高蓄積 A. platensis を単一炭素源としたエタノール生産を試みた。グリコーゲンを細胞表層
で加水分解することできる、アミラーゼ発現酵母 MNIV/δGS を使用して微好気発酵を行ったところ、
酵素剤をしない条件下で、20 g/L の A. platensis から 2.5 g/L のエタノールを直接生産すること
に成功した。
(2) 清水グループ(大阪大学)
研究目的・方法
海洋藻類の有用物質生産宿主としての性能を高度化するためには「オミクスを高度に活用した合
理的生産プロセスの探索」が必要である。ゲノムや細胞内の代謝物質の量の情報などをもとに現
状の細胞の特徴を把握するとともに、変化を与えることによってそのような改変が行えるかを予測し、
また、実際に改変を行った結果を予測と照らし合わせることで、現状の細胞の状態を捉え直し、さら
なる改良を加えるための基盤とすることが望まれる。本研究においては、微細藻の培養条件や遺
伝子改変を行った際に、どのように代謝が変化し、有用物質生産能が変化するのかを予測するシ
ステムと、実際に代謝がどのように変化したのかを評価するシステムの構築を目指すこととする。こ
れらのシンセティックバイオエンジニアリングを用いて有用物質生産の能力を飛躍的に高める株を
4
構築することを目的とする。
結論
代謝の予測システムの開発に関して、本年度はこれまで構築してきた微細藻類
Synechocycstis sp. PCC 6803 株の代謝モデルを改良し、493 の代謝反応と 465 の代謝物質から
なるゲノムスケール代謝モデルを構築した。構築した代謝モデルを用いたシミュレーション結果を
検証するため、13C 標識グルコースを用いて実験的に求められた代謝フラックス分布と比較したとこ
ろ、高い相関があることが見いだされた(論文 2)。また、ゲノムスケール代謝モデルを用いて、光合
成からエタノールなどの物質生産性を向上させ得る代謝改変をシミュレーションし、破壊候補遺伝
子を抽出した。さらに、本研究プロジェクトの中心的微細藻類である海洋性微細藻類 A. platensis
NIES-39 についても、ゲノム情報をもとにモデルの構築を進め、918 の代謝反応と 850 の代謝物質
からなる代謝モデルのプロトタイプを構築した。今後、A. platensis の代謝モデルの構築を完成さ
せ、グリコーゲンの細胞内蓄積を向上につながる培養環境や遺伝子改変の戦略を導出することを
目指す。
代謝状態を評価するシステムの開発に関しては、微細藻類の中枢代謝経路について代謝反応
の原子マッピングアルゴリズムを開発し、13C 標識グルコースを基質とした代謝フラックス解析の実
験系を構築した。13C 標識グルコースを用いた代謝フラックス解析により、Synechocystis sp. PCC
6803 株において、従属栄養増殖条件(グルコースのみを炭素源)と混合栄養増殖条件(光合成に
よる CO2 固定とグルコースの双方を炭素源)における代謝状態の違いを明らかとした。また、光独
立栄養条件(光合成による CO2 固定のみを炭素源)における代謝フラックス解析の実験系の構築
を進めた。Synechocystis sp. PCC 6803 株を培養し、13C 標識炭酸塩を培地に添加した後の細
胞内代謝中間体の 13C 濃縮度の経時変化を測定するため、最短 30 秒間隔でサンプリングが可能
な実験システムを開発した。取得したサンプルから細胞内の代謝中間体物質を抽出し、13C 濃縮
度と細胞内濃度を、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)や、キャピラリー電気泳動質量分析計
(CE/MS)、神戸大近藤グループが所有する液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)を用い
て測定した。得られた代謝中間体の 13C 濃縮度の経時変化の情報より、代謝フラックスを求めるア
ルゴリズムの開発を進めている。
(3) 邢グループ(清華大学)
研究目的・方法
新規ゲノム迅速変異-常圧常温プラズマ(ARTP)を用いて微細藻類新規ゲノム改変技術の開
発するのがこの研究の目的である。本年度は ARTP の物理特性を研究し、変異体バンクから代表
的変異体を選出し、その培養特性を検討した。さらに、S. platensis 変異体のプロテオームとゲノミ
ックスの解析方法を予備的に検討した。
結論
5
(a) ARTP のプラズマジェットの物理特性
アルゴンと He ガスを混合した ARTP の放電特性を研究した(Fig. 1)。α 形態の放電の場合、
ガス流量が高くなるとエレクトロン励起温度も増加したが、プラズマの相対放射強度の変化パタ
ーンが複雑になった。放電特性の変化とエレクトロン励起温度は波長と混合ガスの組成に依存
した。
Fig.1. Experimental study on the emission intensity of ARTP
(b) ARTP のモデルシミュレーション
ARTP のプラズマジェットの分布についてモデルシミュレーションを行い、測定結果との比較
をした(Fig. 2)。その結果、パワー‐サプライの周波数はディスチャージブレークダウンプロセス
への影響を与えた。電子流は印加され RF 電場において電極間で捕捉される傾向があった。
放電電流密度(または入力パワー密度)を制限すると、ガスブレークダウンプロセスにおける電
子なだれが抑制され、よって RF-APGDs から大気圧下でアーク放電熱プラズマへの遷移を
防ぐことができた。
6
Fig. 2. Comparison of the measured data with modeling results
(c) 代表的 Spirulina platensis 変異体の特性分析
予備実験では、固形培地を用いたコロニー形成方法は S. platensis の変異体を選択することが
難しいことが判明された。そこで、マイクロプレートを用いて、ARTP による S.platensis の変異体の
選択と迅速スクリーニング方法を検討した。その結果、増殖速度の変化を指標として、ARTP による
変異体バンクを構築できた。変異体バンクは多糖含量や凝集能力も異なった。その中から、代表
的な変異体 3-B2、3-A10 と 4-B3 を選出した。Fig. 3 に示すように、野生株と比べ、変異体 3-
B2 は凝集能力と多糖の生産能力が高かった。3-A10 は増殖速度が遅くなったと同時に、凝集能
力とクロロフィル含量が低下したが、高い多糖の生産能力を示した。4-B3 は増殖速度とクロロフィ
ル含量が野生株より高くなったが、凝集能力と多糖含量が低下した。
7
Fig.3. Characterization of the S. platensis mutants.
(4) 川井グループ(神戸大学)
1)海水環境下での高増殖および高密度培養技術の開発
研究目的・方法
本プロジェクトで目標としている海水環境下における Spirulina platensis NIES-39 の高増殖
および高密度培養に向けて、低コストで閉鎖的または半閉鎖的に効率よく培養できる手法を検討
する。また、連続培養装置の考案を視野に入れて、効率的な藻体回収方法を検討する。また、培
養空間の効率的な利用に向けて浮遊性シアノバクテリアである S. platensis NIES-39 に加えて、
付着性シアノバクテリアで、かつ光合成色素系が異なる S. subsalsa NIES-527 などの育成を考え、
至適培養条件の検討を行う。
A. platensis の亜熱帯域の野外環境における生産量を推定し、また海面での培養に際しての
技術的な問題点を検討する目的で、(独)水産総合研究センター西海区水産研究所(沖縄県石垣
市桴海)の屋外沈殿池を利用して、培養筏による培養実験を行った。培養には 10 L (20×20×20
cm) と 20 L (27×27×27 cm) の半透明ポリプロピレンコンテナー容器各 9 個、及び 20 L (32×22
×38 cm) 透明ポリカーボネート容器 8 個を、ナイロン糸を用いて浮きをつけた塩ビ管の方形枠に
固定し、筏状にして沈殿池に浮かべた。培養には 10L 容器については 8 L、20 L 容器については
16 L の、組成の異なる SOT 培地(オリジナルの濃度、1/4 濃度、炭酸水素ナトリウム非添加、海水
使用培地)を入れ、それぞれの容器に同センターの集中給気設備によりエアレーション(毎分 3 L)
を行った。また、より簡便な培養液の交換と増殖した藻類の回収を目指して、ポリカーボネート容器
8
については、排気部分を閉じて給気することにより容器内に加圧し、筏を移動させずに陸側からの
操作で培養液の回収を試みた。培養は 2011 年 9 月から 10 月にかけての秋期 (27 日間)と 2012
年 2 月から 3 月にかけての冬期 (40 日間)に行い、日射量、日長、水温が異なる環境での成長量
を比較した。また、自記型水温計を沈殿地に設置し、水温を連続測定した。藻体の増殖は培養期
間中に 4 回培養液を採取し、その細胞濁度(OD750)を吸光度計により測定することで記録した。培
養実験は OD が約 1.5 を超えた段階で終了し、藻体はナイロンメッシュ (目開き 32 µm)による濾過
で全量回収した。回収後の藻体のバイオマスは乾燥し、藻体重量を測定した。
S. subsalsa NIES-527 と兵庫県淡路市の岩屋港から単離した新奇の S. subsalsa を様々な光
強度と温度条件で培養した。また、これらの S. subsalsa は現在無菌化されておらず、S. subsalsa
を無菌化すると枯死してしまうため、S. subsalsa の生育に必須なバクテリアの存在が考えられる。
そこで、Denaturing Gradient Gel Electrophoresis (DGGE) 法を用いて、その必須なバクテリアを S.
subsalsa と混成するバクテリアの中から単離同定し、S. subsalsa との二員培養系を確立した。
結論
秋期培養期間中の水温は 25.3-31.7 ˚C (平均 29.1 ˚C)、冬期培養期間中の水温は 19.3 -26.2
˚C (平均 22.2 ˚C)であった。秋期培養実験では 10 L 容器で 1×SOT 培地により培養した結果、培
養開始時の細胞濁度は OD750=0.02 で、培養終了時は OD750=1.7、乾燥藻体重量は 1.7 g/L であ
った。また、20 L 容器で 1×SOT 培地培養では、培養開始時の細胞濁度は OD750=0.04、培養終
了時は OD750=1.6、乾燥藻体重量は 1.4 g/L 培養液であった。これらの結果から、本培養実験条
件下での 1 日 1 m2 あたりの藻体生産量は最大約 10 g (10 gDW m-2 day-1)と推定された。一方、
冬期培養期間中は 10 L 容器 1×SOT 培地で最大 OD750=1.6 で、これまでに得られた細胞濁度と
乾燥重量の関係から乾燥藻体重量は 1.4 g/L と推定された。また、20 L の容器 1×SOT 培地では
最大 OD750=1.2 で、乾燥藻体重量は 1.1 g/L 培養液と推定された。これらの結果から、本培養実験
条件下での 1 日 1 m2 あたりの藻体生産量は最大約 5.8 gDW m-2 day-1 と推定された。秋季及び
冬期の培養結果からは、この環境下では年間少なくとも 8.5 gDW m-2 day-1 程度の藻体生産が可
能であると推定されたが、水温の変動が小さい実海面ではより高い生産量が得られると考えられる。
培地については SOT 培地の濃度が 1/4 になってもその生育速度には顕著な影響は認められなか
った。培養方法は給気を利用した培養液の回収は有効で、20 L 培養容器から 5 分程度で培養液
全量の回収が可能であった。
DGGE 法を用いて、各培養(様々な細菌叢を含む培養)における S. subsalsa 株の成長と、細
菌叢の比較を行った結果、比較的良好な成長が見られた培養では数種の細菌が含まれており、
成長が悪い培養では、細菌が確認されなかった。これらの結果より、S. subsalsa の安定培養には、
Limnobacter sp. を含む細菌の共存が必要であることが推定された。さらに、微生物マットの形成
が S. subsalsa の増殖を促進する要因の1つであることが示された。また、S. subsalsa を培養温度
19-31 ˚C、培養光強度 5-50 µE m-2s-1 の範囲で 14 日間静置培養した結果、温度 28-31 ˚C、光強
度 10-30 µE m-2s-1 の広い光量下で比較的高い成長が認められた。
9
2) 形質転換技術の開発
研究目的・方法
システムバイオロジーに基づく改変微細藻の創出を達成するため、S. platensis NIES-39 株に
おける安定した形質転換技術を確立することを目的とする。
シアノバクテリアの多くは制限酵素をもっており、これが外来 DNA による形質転換を阻んでいる
と考えられている。また、シアノバクテリアは自らが持つ制限酵素から自分の DNA を守るためにそ
の制限酵素に対抗する DNA メチラーゼを持っている。シアノバクテリアの形質転換では、その制限
酵素に対抗する DNA メチラーゼを組み込んだ大腸菌が用いられている。2010 年に解読された S.
platensis NIES-39 のゲノム情報から推定された制限酵素とそれに対抗する DNA メチラーゼのセ
ットは 7 個あった。この 7 個の DNA メチラーゼを導入したプラスミドと形質転換コンストラクトを導入
したプラスミドを大腸菌 HB101、HST08、DH5α内で共存させ、同じ糸状シアノバクテリアである
Anabaena sp. PCC7120 で用いられている triparental conjugation と呼ばれる方法で S. platensis
NIES-39 へ遺伝子導入し、相同組換えによる遺伝子変異株の作製を試みた。ミシガン州立大学
Wolk 博士から triparental conjugation に必要なプラスミド pRL542、pRL271 と、プラスミド RP4 を保
持する大腸菌 J53 の分与を受けた。pRL542 はヘルパープラスミドと呼ばれており、oriT 領域の 2
本鎖 DNA に 1 本鎖切断を入れる酵素をコードする mob 遺伝子とクロラムフェニコール耐性遺伝子
を持つ。pRL271 はカーゴプラスミドと呼ばれ、pBR322 に由来し、sacB 遺伝子と oriT 領域を持ち、
クロラムフェニコール、エリスロマイシン耐性遺伝子を持つ。RP4 は各種グラム陰性細菌で複製し、
oriT 領域を持つ直鎖 DNA を接合により様々なグラム陰性細菌に移動させる。さらに、Biomedal 社
の pUTmini-Tn5 kit を用いて、トランスポゾンを利用しての遺伝子変異株の作製を行った。
結論
形質転換のために、高発現能を有するプロモーターとしてシアノバクテリアで一般的に使われる
リブロース-1、5-ビスリン酸カルボキシラーゼをコードする遺伝子 (rbcL)のプロモーター領域を含
む約 1.5 kb の領域と Green Fluorescent Protein (GFP)をコードする遺伝子を融合した DNA 断片を
作製した。この DNA 断片とスペクチノマイシン・ストレプトマイシン耐性遺伝子を pRL271 に導入し、
pRPrbcLGs を作製した。また、S. platensis NIES-39 の 6 個の DNA メチラーゼ遺伝子を pRL542
に導入し、pRLm628 を作製した。pRLm628 を S. platensis NIES-39 の持つ制限酵素のアイソシゾ
マーで処理し、切断されなかったことから pRLm628 に導入した DNA メチラーゼ遺伝子が働いてい
ることを確認した。pRPrbcLGs と pRLm628 を大腸菌 HB101、HST08、DH5αに導入し、
HB101[pRLm628/pRPrbcLGs]、HST08[pRLm628/pRPrbcLGs]、DH5α[pRLm628/pRPrbcLGs]を
作製した。これらの大腸菌と J53[RP4]を S. platensis NIES-39 と混ぜ合わせ、接合により遺伝子導
入を行い、適した抗生物質を用いてセレクションを行っている。また、同様に pRLm628 を用いて
DNA のメチル化をして、pUTmini-Tn5 kit での導入も行っているが、現時点で抗生物質耐性を獲
得した株は得られていない。そこで、様々な大腸菌の組み合わせや、遺伝子導入のための S.
10
platensis NIES-39 の前処理を検討している。
(5) 三宅グループ(神戸大学)
研究目的・方法
物質生産増強を目的とした代謝経路改変において、エネルギーのトレード・オフを制御することを
目的とする。具体的には、炭素代謝での物質変換に関わるエネルギー化合物 ATP の供給能の増
強を目標とする。そこでは、光合成生物の生命維持(成長維持)に要求される ATP 量の確保を保
証し、物質生産のための代謝経路への、余剰の ATP を生み出すための ATP 産生系の強化・制御
を行う。本年度は、以下の項目に取り組んだ。
結論
酸素への電子伝達反応の制御とその強化が順化応答に与える影響解析
(a)ラン藻における O2 依存電子伝達活性評価系の構築を目的に、チラコイド膜・膜電位形成能
(ECS)および光合成での O2 発生能の同時測定系を構築した。その結果、ECS 能および O2 発生能
はともに、光合成能の光飽和に従い、それらの活性が増加する性質をもつことを明らかにした。さら
に、ECS および O2 発生能は、O2 濃度が低下する環境下、抑制されることを見出し、光合成に O2
に依存した電子伝達反応(the water-water cycle、 WWC)が不可欠であることを示した。
(b)WWC の機能強化、つまり O2 還元強化を目的に、この反応を律速する酵素、O2 還元を触媒する
酵素 NADH-O2 oxidoreductase (NOR or FLV)の過剰発現株の作製を行い、生育環境応答を解析
した。高 CO2 生育条件から、野外での生育を見据えて大気 CO2 生育条件へ移すと、野生型(非形
質転換体)と比べて、過剰発現体は高い光合成能を維持し生育した。これは、異なる生育環境下
での代謝順化において、酵素 FLV がエネルギー調節により順化に貢献していることを示唆する。
現在、FLV 過剰発現株での光エネルギーの O2 とエネルギー化合物である NADPH へ分配率評価
を行っている。
FLV 過剰発現株の大気 CO2 条件への順化能が優れていることが明らかになった。次年度は、順
化環境下での光合成能の解析、バイオマス生産性の解析を野生型と比較し、O2 依存電子伝達反
応による代謝調節全容解明を行う。さらに、サイクリックエレクトロンフロー(CEF)による ATP 供給系
との相互作用効率を決定するために、CEF を欠損した株での O2 依存電子伝達反応の解析、CO2
順化能の解析を行っていく。これにより、ATP を中心としてエネルギー代謝における改変ターゲット
の絞り込みを行う。
(6) 秋本グループ(神戸大学)
研究目的・方法
微細藻をパルスレーザーで光励起した後、微細藻の光化学系を構成する各色素(フィコビリン系
色素、クロロフィル系色素)から発せられる蛍光の強度変化を時間の関数として観測することにより、
エネルギー移動・電子移動などの光合成初期過程について検討を行い、大量培養に向けての問
題点を明らかにし、改善を試みることを目的とする。
11
結論
1)藻類の光エネルギー捕集能力
本年度は、藍藻 Authrospira platensis を単色 LED 下で培養し、「培養光の波長」–「バイオマス
量」–「励起エネルギー移動過程」の相関を検討した。A. platensis 培養に関する重要な知見として、
(1) 同じ光量子数であれば、従来の白色光を用いた培養よりも、赤色光を用いた培養の方が、1.2
倍から 1.5 倍高いバイオマスが得られること、(2)青色光は励起エネルギー移動過程を阻害する方
向に働くこと、が得られた(論文 8)。現在、培養光として太陽光を用い、A. platensis を効率よく培
養する方法を模索中である。
含有フィコビリン量と光化学系 I–光化学系 II 間のエネルギー分配との相関を検討した。フィコビリ
ンが多くなると、光化学系 II から光化学系 I へのエネルギー移動の割合が高くなった。従来、フィコ
ビリンは光化学系 II のアンテナであると考えられてきたが、フィコビリンで集められた光エネルギー
は光化学系 I へも分配されることが判った(論文 1)。
クロロフィル b を持つ特異な藍藻 Prochloron(論文投稿中)やジビニルクロロフィルを導入した藍
藻(論文 7)の光合成初期過程について解析を行い、藍藻の色素系にクロロフィル a とは異なるクロ
ロフィルを導入することの利点および問題点を検討した。
2) 藻類の光エネルギー捕集の環境適応
培地に含まれるミネラル量とフィコビリソームにおけるエネルギー移動過程の相関を検討した。紅
藻 Bangia atropurpurea では、カルシウムイオン量が少ない場合、吸収スペクトルは変化しない
ものの、フィコビリソーム内でのエネルギー移動過程が阻害されることがわかった(論文 3)。同様の
解析方法を用いて、藍藻 Synechococcus PCC7002 について検討を行っている。
種々の条件(強度や波長)を変化させた光環境下における藍藻 A. platensis におけるエネル
ギー移動過程の測定が進行中であり、光エネルギー捕集能力と細胞増殖・グリコーゲン生産との
相関を検討している。
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§3.成果発表等
(3-1) 原著論文発表
●論文詳細情報
1. Makio Yokono, Akio Murakami, Seiji Akimoto. “Excitation energy transfer between
Photosystem II and Photosystem I in red algae: Larger amounts of phycobilisome
enhance spillover”, Biochim. Biophys. Acta., 1807, 847–853 (2011) (DOI:
10.1016/j.bbr.2011.03.031)
2. Katsunori Yoshikawa, Yuta Kojima, Tsubasa Nakajima, Chikara Furusawa, Takashi
Hirasawa, Hiroshi Shimizu. “Reconstruction and verification of a genome-scale
metabolic model for Synechocystis sp. PCC6803”, Appl. Microbiol.
Biotechnol.,92,347-358,(2011) (DOI:10.1007/s00253-011-3559-x)
3. Makio Yokono, Hiroko Uchida, Yuzuru Suzawa, Seiji Akimoto, Akio Murakami.
“Stabilization and modulation of the phycobilisome by calcium in the calciphilic
freshwater red alga Bangia atropurpurea”,1817, 306–311 (2012) (DOI:
doi:10.1016/j.bbabio.2011.11.002)
4. Lihua Jin, Mingyue Fang, Chong Zhang, Peixia Jiang, Nan Ge, Heping Li, Xinhui
Xing, and Chengyu Bao.“Rapid mutation of oleaginous yeast by Atmospheric and room
temperature plasmas (ARTPs) and mutant characterization”, Chin. J. Biotech., 27, 1−7
(2011)
5. Yuan Lu, Li-Yan Wang, Kun Ma, Guo Li, Chong Zhang, Hong-Xin Zhao, Qi-Heng Lai,
He-Ping Li and Xin-Hui Xing.“Characteristics of hydrogen productionofan Enterobacter
aerogenes mutant generated by a new atmospheric and room temperature plasma
(ARTP)”, Biochemical Engineering Journal, 55, 17-22 (2011)
6. Makio Yokono, Tatsuya Tomo, Ryo Nagao, Hisashi Ito,Ayumi Tanaka, Seiji Akimoto.
“Alternations in photosynthetic pigments and amino acid composition of D1 protein
change energy distribution in photosystem II”, Biochim. Biophys. Acta, 1817,754-759
(2012) (DOI: doi:10.1016/j.bbabio.2012.02.009)
7. Shimpei Aikawa, Yoshihiro Izumi, Fumio Matsuda, Tomohisa Hasunuma, Jo-Shu
Chang, Akihiko Kondo.“Synergistic enhancement of glycogen production in
Arthrospiraplatensis by optimization of light intensity and nitrate supply”, Bioresour.
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Technol., 108, 211-215 (2012) (DOI: 10.1016/j.biortech.2012.01.004 )
8. Seiji Akimoto, Makio Yokono, Fumiya Hamada, Ayaka Teshigahara, Shimpei Aikawa,
Akihiko Kondo. “Adaptation of light-harvesting systems of Arthrospira platensis to
light conditions, probed by time-resolved fluorescence spectroscopy”, Biochim. Biophys.
Acta, in press (DOI: 10.1016/j.bbabio.2012.01.006)
(3-2) 知財出願
① 平成 23 年度特許出願内訳(国内 0 件)
② CREST 研究期間累積件数(国内 1 件)
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