不条理を駆逐する - タテ書き小説ネット

不条理を駆逐する
がるぴん
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︻小説タイトル︼
不条理を駆逐する
︻Nコード︼
N8899BW
︻作者名︼
がるぴん
︻あらすじ︼
二度目の転生。ステータス、レベルにスキル。奴隷に中世ヨーロ
ッパ風世界観。
テンプレが過ぎる。だが俺は手に入れた。だからそう、駆逐しよう
と思う。
不条理はもういらない。シリアスです。嘘です。嘘みたいです。
1
第01話
転生とはじめまして
彼を音と苦みが襲う。
﹁おぎゃー、ぎゃあ、あ∼﹂
一転、新鮮な空気と光がもたらされる。
﹁ぎゃー、ぎゃー﹂
煩いほどの声が部屋に反響する。
だが、この音を煩いと思う者はここにはいない。
精魂尽きた様の女性が満面の笑顔で呼びかける。
涙を流した男が女性の手を握り締めている。
赤子を抱いた老婆が笑顔で女性に歩み寄る。
﹁﹁﹁はじめまして、産まれて来てくれて、ありがとう﹂﹂﹂
産まれおちたその日、彼は確かに祝福された。
2
産まれ落ちた彼は考える。
苦みから一転、新鮮な空気と溢れんばかりの光がもたらされた。
音は聞こえるが意味をなさない。目を凝らしてもよく見えない。
ロからは意思と関係なく、声が洩れ出る。
﹃たぶん俺泣いているな﹄そんなことを思う。
彼は転生者だった。
過去数回の記憶を持っている。
ただ、記憶を持っての転生はこれが初めてだ。
前回は人として生まれ8才で死んだ。
もの心ついた時はマンホールの中で仲間と暮らしていた。
8才の時に人攫いから仲間を庇って連れ去られた。
そこで終わりだ。
前々回は日本人だった。
40才で死んだ。生まれてから死ぬまでろくでもない人生だった
と彼は考えている。
3
それ以外は曖昧だ、人だったかも分からない。
﹁﹁﹁はじめまして、産まれて来てくれて、ありがとう﹂﹂﹂
ぼやけた視界に人が見える。
誰かも分からない、何を言っているかも分からない。
﹁おぎゃー、あー﹂
それでもなぜだか彼は理解できた。
彼は生まれて初めて祝福された。
彼の記憶に人から本当に祝福されたものはない。
﹁ぎゃ∼、ぁー﹂
産声に混じり、彼は泣いた。
4
5
第02話
家族と友人?
数ヵ月が過ぎただろうか。
彼は目が見えるようになった。
ただ精神は肉体に引っぱられるものらしい。
彼の行動は赤ん坊そのものだ、羞恥心を覚える様子もない。
しかし彼はただの赤子ではない。
その思考は赤子とはまったく別ものだ。
﹃生活サイクルは赤子のものに引っぱられる。生理現象の我慢はき
かない﹄
彼は眠りにつく。
彼は欲求に素直に従う。
自分は彼らの子供である。それ以外の何者でも無い。
演技など必要無い。思うように生きればいい。
彼はまさしく赤ん坊であった。
6
一年が過ぎた。
彼の両親は1才の誕生日を祝い、彼にプレゼントを渡す。
どうやら積み木のセットらしい。
それによって彼は今日が生まれてから一年経ったことを知った。
彼の目の前には笑顔の両親と、美味しそうな料理。
その料理はまだ食べる事ができないが、彼は大喜びである。
彼は人として初めて誕生日を祝ってもらえた。
二年目の誕生日。
今年のプレゼントは絵本だ。
使い古された品であるようだが、この世界で本は大変貴重品であ
る。
彼は大喜びだ。
既に立ち歩きができるようになり、家の彼方此方を歩き回ってい
る。
﹃家の間取は覚えた。家具の造りや道具の類からみて中世ヨーロッ
パ辺りの文化程度か﹄
7
言語は既に覚えている。うまく発音できないが丁度いいと彼は考
えている。
彼は子供らしさに固執する。
普通の子供にできない事はしないよう心掛けている。
この世界の﹁普通﹂を知らない彼は周りの反応から最適解を探り
だす。
彼は誰から観ても普通の幼児であった。
3才の誕生日。
今年も今年で盛大なお祝いだ。
彼は話せるようになっていた。片言ではあるが意思疎通ができる。
彼は誕生日プレゼントに村の案内を両親に頼んだ。
少し利発な子供、周囲の評価はそんなところだ。
﹃村の状況はだいたい理解した。人の種族や状況も予想と大差ない
な﹄
彼は父親に連れられて村を廻る。
﹁父さん、あれなに?﹂
8
﹁あれは牛さんて言うんだ。乳をだしてくれるし、畑も耕してくれ
るんだぞ﹂
﹁畑ってなに?﹂
﹁野菜がいっぱい採れるところだ。みんながんばって育てているん
だよ﹂
彼の父親は村長だった。
若くして村長になった経緯は知らされていない。
﹃土の状態、地形もおかしなところは無いな﹄
彼は冷静に情報を整理する。
﹁ねぇあれは山?川ってどこにあるの?﹂
彼の父は、はにかんだ表情で答える。
﹁そうだぞ。あそこにずうっと続いているのが山だ。とっても高く
て大きいんだ。川はこれから観に行こう﹂
彼はこの世界について学ぶ。
子供の好奇心のままに、初めて観るものに目を輝かせて。
父と楽しくお喋りをしながら。
本来の目的を見失わないように。
9
彼の目的は唯一つ
家族と幸せに暮らしていくことだ。
彼が父と家に帰ってくると母と見知らぬ女性が迎え入れてくれた。
﹁﹁ただいま﹂﹂
﹁﹁おかえりなさい﹂﹂
あの⋮⋮だぁれ⋮?﹂
彼は母の服の裾を掴んで聞いてみる。
﹁ねぇ母さん
彼は隣に立つ女性を見る。
女性は小さな子供を抱いて笑顔で立っていた。
リビングに移り母の話を聞く。
女性は母の友人で抱いているのはその子供、もうすぐ3才で彼と
同い年の女の子だ。
彼はその子と積み木で遊ぶ。
素直で可愛らしい。顔も整っていて、将来美人になるだろう。
夕食の後、疲れたのか寝てしまった女の子を連れて女性は帰って
10
いった。
﹁父さん、母さんありがとう。今日はとっても楽しかったよ﹂
彼はお礼を言う。
両親は彼の頭を撫でて寝室に向かう。
三人一緒のベットに入り灯りを消す。
﹁﹁﹁おやすみなさい﹂﹂﹂
彼らは眠りにつく。
彼はもう夜の暗がりを怖がる必要がなくなった。
11
第03話
メニューと情報
彼は5才になった。
昨日は女の子と遊んだ。
彼の3才の誕生日に出合った子だ。名前をコオリという。
ちなみに彼女の母の名はリオだ。
彼の一家、ヤータ家は祖父母がおらず、父、アジス・母、メルク・
その長男アルクの三人構成となっている。
メルクは現在妊娠中で、もうじき四人家族になる予定だ。
アルクは普通の子と同じ様に家で学び、外で遊ぶ。
弟か妹ができれば、良い兄となるだろう。
ただそんなアルクには一つ大きな懸念があった。
﹃この世界⋮なんでRPGゲーム風なんだ?﹄
目の前に展開される画面を見ながらアルクは考える。
名前・種族・職業・称号・賞罰・LV・HP/MP・筋カ・体カ
等の名種パラメータ・スキル、と所謂テンプレRPGのステータス
画面に酷似している。
12
彼が父に素直に聞いたところ、﹁世界中みんなが持っているんだ、
LVが上がると強くなれるんだぞ﹂と当たり前の様に言われていた。
﹃やっかい⋮⋮いや、都合がいいか?﹄
彼は考える。彼の目的の為に。
その日から彼は更なる研鑚を積む。
﹁母さ∼ん、今日のごはんなに∼﹂
彼は目的を見失なわない。
穏やかに日々は過ぎていく。
:アルク=ヤータ
◇◇◇◇◇
名前
:普人族/男
:なし/なし
:村長の息子
種族・性別
職業
:1
称号・賞罰
LV
13
:25/25・18/18
:17
HP・MP
筋カ
:19
:20
体カ
すばやさ
:16
:18
器用さ
魅力
:21
︵特殊︶鑑定・︵特殊︶無限収納
:︵ユニーク︶創造
:15
かしこさ
運
スキル
◇◇◇◇◇
14
第03話
アルクの姓の間違いを修正
メニューと情報︵後書き︶
2014/01/22
リーク ↓ ヤータ
15
第04話
成長と方針
彼は7才になった。
リーク家は四人家族、妹のルリが産まれアルクは御満悦だ。
夜泣きはするし、すぐ何処かへ這っていく。
最近は歩ける様になり、そこらじゅうで転んでは泣く。
大変手がかかる。一家総動員で面倒をみる。
生まれて初めてこんなに大変な日々を味わったアルクは、毎日が
本当に楽しい。
彼にとって家族の為の苦労は買ってでもしたいものだった。
妹が昼寝に入ると彼は遊びに出掛ける。
村の人ロはおよそ200人、子供の数は20人と意外に少ない。
彼と同い年の子供はコオリだけだ。
彼はコオリとよく遊んだ。
﹁コオリ、今日はかくれんぼをする﹂
﹁かくれんぼ?﹂
16
﹁そう、鬼になった人が隠れた人を探しだす遊びだ﹂
簡単なルールを教え、かくれんぼが始まる。
村のあらゆる所を範囲にすると、まず見付ける事が出来ない。
今日はこの範囲だとか、茂みの中は禁止等といって範囲を絞る。
彼は遊びの中に訓練を見出していた。
石投げを極めれば投擲スキルが手に入る。
ちゃんばらがうまくなれば剣術スキルが、ママごとで演劇スキル
なんてのも手に入った。
だからかくれんぼでは、気配感知や潜伏等のスキル取得を目指す。
彼は遊びにも手を抜かない。
付き合わされる方も楽しくてついついむきになる。
彼らの遊びは、既に本物の訓練に引けをとらないものとなってい
た。
傍から見れば楽しそうに遊んでいる子供。
実際楽しく遊んでいるのだが、そのレベルはすごい事になってい
る。
17
﹁アルクみっけ!﹂
アルクは用水路の陰、水中から顔を出す。
﹁水浸しだとお母さん達に怒られるよ?﹂
コオリから注意を受ける。
﹁う∼、しょうがない一度家へ帰るか﹂
彼は今日、水中移動のスキルを取得した。
LV1とはいえ有得ない早さだ。
二人で家へ帰る。アルクはメルクに怒られながら自分の服を洗濯
する。
彼の家事スキルはLV6だ。
ステータス画面は自分以外は見る事が出来ない。
紙や水晶に転写する方法はあるが一般的には自己申告だ。
彼らのスキル郡は通常のそれを大きく外れ始めていたが、誰も気
付かない。
アルクはコオリに言っちゃだめだとロ止めしていた。
今はまだ大した事はないが、今後遊びを続ければ親に心配を掛け
るかもしれないと。
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彼は考えている。
この世界では強さは必須であると。
ステータス等という能カが目に見えるシステムがこの世界にはあ
るのだ。
それに伴うイベントやら不条理が襲い掛かってくる可能性は十分
にあると。
このシステムを十全に利用する術を学ぶべきだと。
システムの裏をかく方法を模索するべきだと。
なんなら世界に喧嘩を売れるだけの方法を知るべきだと。
彼は目的を忘れない。
今日も命一杯遊びに邁進する。
﹁アルクー泥んこになるとお母さんに怒られるってば∼﹂
アルクは土遁の術を手に入れた。
19
20
第05話
レベルとスキル
彼は10才になった。
近隣の村や所属国の情報は手に入れていた。
読書きも問題無い。算術に関しては元々備えていた。
スキルの概要についても粗方把握は完了している。
﹁母さん行ってきまーす﹂
﹁いってらっしゃい﹂
世界の文化についても、できる範囲で情報収集は怠っていない。
彼は畑へ向かう。
10才にもなると大半の子供は、大人の手伝いを行う。
この村は比較的裕福な部類にあたり、飢饉に怯えることはない。
大きな街や王都等と違い貧民集落は存在しない。
子供が外に出ても安全だと言える。
﹁手伝いに来ましたー﹂
21
畑の主に声を掛けて、草取りに精を出す。彼の農耕スキルはLV
4だ。
たいした時間もかけず作業は終わる。
彼は草取りが終了したことを告げて遊びに出かける。
今日はLV上げの日だ。
ただし彼のLVではない。コオリの為に準備したようだ。
﹁コオリいるー﹂
﹁あらいらっしゃい、ちょっと待ってね﹂
リオが出て来てコオリを呼んでくれる。
﹁おまたせー﹂
﹁じゃあ行くかー﹂
コオリとは予め打ち合わせしてあったようで、村はずれに歩いて
行く。
二人のLV上げはこれが初めてではない。
彼らは以前、村はずれに出るスライム退治をしてLV上げに励ん
だ事がある。
スライムは農作物を荒らす害獣とされている。
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本来は魔物の一種に数えられるが、子供でも比較的容易に退治で
きる事からLVの低い子供たちの格好の的になる。
彼らも例に漏れずLV上げに勤しんだが、少しハプニングがあっ
た。
はぐれ迷い込んだマギドッグと呼ばれる犬型の魔物が、彼らの前
に現れたのだ。
強さ自体は通常の犬と大差ない。
普通の子供にとっては大変な脅威となるが、その頃の二人にとっ
ては丁度よい練習相手といったところだった。
ただ、アルクはこれを大した事がない等と思っていなかった。
魔物とはいえ、親もいれば子もいるだろう生物を殺すのだ。
相手が襲ってくる以上、手加減など命に関わる。
全力を出し相手と対峙する。
二人は隠れながら石を投擲し、弱ったところを木刀で仕留めた。
コオリは興奮してはしゃいでいた。
アルクは静かに死体を担ぎ村に向かう。
マギドッグが一匹とは限らない。村への報告が必要だった。
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コオリはまだ興奮冷めやらぬ感じでアルクに絡んでくる。
アルクはそれに水を指すのを躊躇わなかった。
﹁奴は立派に生きていた。必死に闘った。勝ったことを誇るのはい
いけれど、それは絶対忘れちゃいけないと思う﹂
アルクは正直建前のつもりで言っていた。
彼にとって動物も魔物も変わりないものだった。
しかし犬もスライムも変わらないとも思っていた。
スライムを狩っておきながら、犬が駄目だとは話がおかしい。
ただアルクはコオリに命を奪っている自覚を持たせたかっただけ
だ。
それ以来彼女はLV上げをしていなかった。
久しぶりのLV上げのお誘いにコオリは少し浮かれていた。
以前の時は何故だか彼に怒られたような気がしていたのだ。
実際のところ彼は別段怒っていた訳でもないし、その後きつく当
たるような事もなかった。
ただそんな気がしていただけだ。
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彼女は彼の言葉の意味をよく考え、自分なりの答えをだしていた。
彼女はとても賢かった。
村はずれに来ると見た事の無い施設が目に入る。
上下二段、高低差は一メートル程、広さは五メートル四方はあろ
うかという溝だ。
上部と下部は前後にずれており小型の滝を思わせる。
上部に溜めた水を下部に押し流す、堀の深い棚田といった所か。
上部の淵には止め板が帳ってあり、それを外すと下に流れ出す構
造になっている。
﹁あの中にスライムが一杯入っているから、この紐を引いて倒すん
だ﹂
アルクはコオリに向かってそう言った。
コオリは意味がよく分からなかった。
上部を覗いて見れば、そこには数えきれない程のスライムが蠢い
ている。
コオリは目を疑った。これは無いだろうと。
こんな大量のスライム見た事がない。これが全部畑にでも逃げ出
せば大変な事になる。
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﹁ねぇこれなに?どういうこと?﹂
アルクは後で説明するから、とにかく紐を引いてスライムを下の
溝に流してと言ってくる。
﹁下に流すとどうなるの?﹂
コオリは恐る恐る聞く。
﹁全部死んじゃうよ﹂
答えも恐ろしいものだった。
この下に何があるんだろう。コオリは考えるのをやめた。
とにかく紐を引けばスライムは死ぬのだ、彼女は勢いよく紐を引
っ張る。
次の瞬間、止め板が外れ大量のスライムが流れ出す。
スライムは下の溝に入ると、シュウシュウと音を発して消えてい
く。
恐るべき光景だ。後に残るのはドロップアイテムのスライムの核
だけ。
どれだけ時間が経っただろう。
殆どのスライムが消える中、ー匹の赤いスライムが下の溝の中で
26
生き残っていた。
﹁行くよコオリ﹂
彼は溝に跳び込む。彼女は慌ててそれを追い掛ける。
﹁こいつは体当たりか体を鞭みたいにして攻撃してくるから、それ
を避けて木刀を叩きつけて﹂
アルクからの説明がとび、彼はそのまま赤いスライムへと飛び掛
った。
コオリも後を追い、夢中で木刀を振るう。
いつしか赤いスライムは姿を消し、後には赤いガラス玉が落ちて
いた。
﹁ねぇどういうこと、説明してよ﹂
﹁その前にLV確認してみて﹂
コオリは渋々ステータスを確認する。
そして彼女は目を見張る。確かここに来る前はLV5だった筈だ。
﹁LV27ってなんでこんなになってるの?﹂
﹁なんでって、大量のスライムを倒したからだよ﹂
27
﹁いや、私紐引っぱっただけだよ﹂
﹁それが倒したってことだよ﹂
彼女には全く理解出来なかった。
剣で叩いた訳でもなく、魔法で攻撃した訳でもない。
紐を引っぱるだけでLVが上がる等聞いた事も無い。
しかしステータスは確かにLV27を示している。
そして彼はコオリを騙した事などない。
﹁ねぇ教えてよ、何がどうなってるの?﹂
アルクはポツポツと語り出す。
魔物を倒し得られる経験値の算出方法は簡単だ。
魔物の周囲に彼らを倒す意思を持って、行動を起こした者にその
権利が与えられる。
その行動がどんなものかは余り関係がない。
グループ行動した際、回復職の人に経験値が分配されるのはこれ
が原因だ。
直接、間接は関係ない。
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ダメージを与える行動をしたのだ、コオリに今日のスライム退治
全ての経験値が与えられるのは当然だった。
その他、用意された施設に関してアルクは何も話さなかった。
彼はあの施設を使い続ける心算はない。明日にでも解体するつも
りだ。
コオリのLVをある程度上げられたならば事足りた。
彼は同様の手法で両親のLVも上げるつもりだったが、それは断
念していた。
説明できる気がまったくしなかったからだ。
施設の造りは簡単だ。
スライムのポップ位置の土壌に傾斜をつける。
その下に溝を作り、上部のプールとする。
増殖用の薬草をプールに入れておく。
これだけで一週間もすれば、溝一杯のスライムができあがる。
偶に出る赤くて強いスライムはご愛嬌だ。レアなので殆ど出現し
ない。
次に下部の溝に岩塩を敷き詰めて、上部から勝手に落ちない様に
止め板を付ける。
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紐を引き板が外れる機構を付ける。
以上だ。
岩塩の上に落ちたスライムは、体内の水分を吐き出し勝手に自滅
する。
残るのは核だけだ。
例えスライムが増えすぎても下に落ちれば死ぬし、止め板が外れ
ても死ぬ。
危検性はそれほど高くなかった。
事前の準備も怠らなかった。彼は自ら実験し安全性の確認を行っ
ていた。
ただこの時、彼はこうも考えていた。他人がこの方法を思い付か
ない事がおかしいと。
まぁ出来た事に違いはない。
彼らは大量のスライムの核と経験値を手に入れ、コオリのLV上
げに成功した。
ちなみに彼のLVは51まで上がっている。
30
31
第06話
焦りは禁物
最近アルクはスキル:創造に凝っていた。
スキル:創造とは彼に与えられたユニークスキルで、任意のスキ
ルを造り出せるものだ。
もちろん制限はあるし、創造にはスキルポイント︵SP︶と呼ば
れるLVアップ時に加算されるポイントを使用する必要はある。
ただこれにも当然のごとく、裏技が存在した。
彼は目的を忘れない。
強さは必要だが目的ではない。
スキルもまた同様に手段の一つだった。
﹁ねぇねぇアルクはSP何に使うの?﹂
﹁秘密﹂
にべもない。
﹁教えてくれたっていいじゃん﹂
﹁考え中﹂
32
﹁じゃあ私はどうしたらいいと思う?﹂
木刀で打ち合いながらの会話だ。
﹁スキルレベルを上げる為には使わない方がいい﹂
﹁なんでなんで﹂
彼らは殺陣でも舞う様に打ち合いに興じている。
﹁SPの用途は幅広い、努力でまかなえないものに使うべきだ﹂
﹁まぁそうだよね。でも何にしようかな∼﹂
本来集中力の無い打ち合いなど危険極まりない。
しかし彼らはそれを十分承知している。
﹁ぼくの事は置いとくとして、コオリの今の取得スキルをまとめて
から考えよう﹂
﹁うー、やっぱりずるいよ。少しは教えてくれてもいいよねー﹂
何故このような打ち合いを行うのか。
一つにはスキル:条件反射の練習の為。
﹁後で教えるよ。考え中なだけだよ﹂
﹁本当に教えてよね﹂
33
もう一つにスキル:並列思考、並列行動の取得の為。
﹁わかったって、まーこれ終わったら、まずコオリのやつから考え
るか﹂
﹁うん、わかった﹂
最後に、咄嗟のときスキル使用不可能時の対応の為だった。
スキルとは技術の目安・具体例に当てられたものの名称だ。
スキルを所持していなくても行動は起こせるし、技術は身に付け
られる。
ただ努力していればその行動にみあったスキルを取得するため、
技術はあるが、スキルは無いという事はまずありえない。
しかし逆にスキルはあるが技術が伴わない、という事は存在する。
SP使用により身に付けたスキルは、ある程度の練習をしなけれ
ば十全に使う事ができない。
極論、SP使用によるスキル取得は必要となる努力の量が違うと
いうだけだ。
そしてスキルの利点とは、本人が忘れてしまっているような事で
も強制的に使用できる点にある。
一年剣を持っていなかった人でもスキルレベルは下らず、瞬時に
34
レベルに応じた行動を思い出す事が可能だ。
また、そこには落とし穴もある。
スキルが使用できない状況というのも少なからず存在する。
全てがパッシブで発動している訳でもない。
いざという時、動けないでは意味はない。
だから体に覚え込ませておく必要がある。
﹁よし終了、どうスキル覚えた?﹂
﹁ううん、まだ覚えてない。始めてから2日目だし、そんなに簡単
じゃないでしょ﹂
﹁まぁそっか。じゃあコオリのSPの使い道を考えるか﹂
SPの用途は大きく分けて四つある。
一つにスキルの取得。メニューに表示される項目から任意のもの
が取得できる。
二つ目にスキルのレベルアップ。スキルは上限10までレベルが
上がる。
努力によっても上げられるが、SPによっても上げられる。上に
いくほど消費SPは大きくなる。
35
LV3で一人前、6でベテラン、9で超人と言ったところだ。
三つ目にステータスの上昇。一定のSP消費により任意のパラメ
ータの数値を上げられる。
ここまでが一般的なものだ。
どんな人でもこれらの行動を執る事ができる。
また、消費したSPは戻ってくる事はない。取得したスキルを取
り消す事もできない。
四つ目、これは少々特殊なものになる。
例を一つ上げる。魔法合成というスキルが存在する。
魔法はスキルの一種と看做され、火魔法LV1、光魔法LV4な
どと表示される。
具体的な魔法は、その魔法LVに応じて使用可能となる。
火魔法LV1ではファイヤーボールとファイヤーウォールが使用
可、といった具合だ。
魔法の種類については割愛する。
魔法合成スキルとは、それら既存の魔法を合成することで新たな
魔法を創造するスキルだ。
その魔法合成時にSPを消費する。また、合成される魔法により
36
消費されるSPは変化する。
このように特殊スキル・ユニークスキルはSPを消費する事によ
り、その効果を発揮するものがある。
ちなみに特殊スキルとは、SP使用により取得できるスキルリス
ト内には無いものを指し、一般的にはレアスキルなどと呼ばれる。
取得は困難とされ、先天的に与えられるものが大半とされている。
実際に取得しているスキルを人に話す事は少ないので真実は分か
っていない。
そしてユニークスキルについては分かっている事はほとんど無い。
唯一無二という意味合いで付けられるスキルであり、公的に発表
されているものは、二つ。
一つに各国王族の中に稀に現れる、スキル:〇〇の王。
二つにお伽話に出てくる勇者が持つとされる、スキル:英雄の路。
それだけだ。
後者に至っては存命の人の中に所持者がいない為、眉唾物とされ
ている。
﹁そういえば、SPって幾つ位残ってる?﹂
﹁まったく使ってないよ。78ポイントかな﹂
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そう言ってコオリはステータスを確認する。
﹁うん、78ある。どうしようか﹂
2人して自分のステータス画面と睨めっこだ。
実はコオリは、アルクに言っていない特殊スキルを持っている。
スキル名:技術取得促進。
努力によるスキルの取得速度が常人の数倍になるというものだ。
アルクは鑑定スキルにより看破しているのだが、特に言及する事
はなかった。
アルク自身もユニークスキルや鑑定スキルは両親にも話してはい
ないのだ。
別段隠している訳ではなかったが、話してどうこうなるものでは
ないと放っている。
彼にとってスキルなど日常の付随物にすぎない。
努力の評価や指標には繋がっても、道具は道具と割り切っている。
なのでコオリのSPの使い道についても強い関心は無い。
あえて言えば生存能力の向上に役立てばと考えている位か。
38
﹁そうだ。何か耐性スキルでも取ったらどう﹂
﹁耐性スキル?﹂
﹁ああ、あれって取るのに苦労するだろ。例えば毒耐性取る為に、
毒を飲み続けるとか嫌だろ﹂
﹁まぁ⋮確かに⋮﹂
﹁物理耐性とるために殴られ続けるとかもきついしな。と言うかコ
オリって、M属性じゃないよな﹂
﹁M属性ってなに?そんな属性あったかな?﹂
コオリは純粋な10才児だ。
﹁M属性ってのは、被虐嗜好を持った人の事を指すんだよ﹂
﹁被虐ってなに?アルクって時々難しい言葉使うよねぇ﹂
﹁別に難しくないよ。簡単に言えば傷つけられて喜ぶ事だよ﹂
アルクはこういう事を平気で口にする性格だった。
﹁喜ばないよ!殴られて喜ぶ人なんているの?!﹂
﹁いるよ。軽いか重いかの違いはあるけど、全世界の半分の人はM
属性だよ﹂
暴論だ。
39
﹁嘘だよ!おかしいよ!そんなにいるわけないよ!﹂
﹁本当だよ。ちなみに残り半分はS属性の人たちだよ﹂
アルクはポーカーフェイスだった。
﹁う∼、聞くのが恐いけど⋮⋮S属性って⋮何?﹂
﹁加虐嗜好の事、つまり傷つけて喜ぶ事だよ﹂
﹁こわっ!怖いよ!世界の半分の人がそんなだって信じられないよ
!﹂
コオリは半分泣き顔だ。
﹁コオリだって魔物倒して喜んでいたじゃないか。きっとS属性な
んだよ﹂
﹁ちがうよ!人を傷つけて喜ぶなんて絶対ないもん﹂
﹁じゃあMなのかなぁ⋮試してみるか⋮﹂
アルクはコオリの頬を痛くないほどに摘んで引っぱりこねる。
﹁ふぁにふぉ⋮〃〃〃﹂
コオリは顔が赤くなり、もじもじし始める。
﹁うん、ごめん、⋮コオリはMの人だった﹂
40
﹁えー!!どうしてそうなったの!おかしいよ絶対!﹂
﹁いや、今少し喜んでたよね。それにSじゃないならMだよ﹂
﹁おかしいよ!よろ⋮喜んでないよ!私はSとかMとかじゃないよ
!﹂
アルクは満面の笑顔だ。
﹁ぼくはたぶんSだからMの人と相性がいいと思うんだ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁SとかMというのは嗜好の問題であって、変態だとかそういうの
じゃないんだよ?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
コオリは何ともいえない複雑な顔で、どうしたらいいのかおたつ
き始めた。
アルクはさほど鈍感ではない。
﹁う∼∼∼﹂
コオリは唸る。漫画にすれば目がぐるぐるになっている事だろう。
﹁まぁ、別にどっちでもいいけどね。それより耐性スキルの話だよ﹂
41
アルクは発言どおり、若干Sの人だった。
結局話は纏まらず、SPの使い道は保留となった。
現状、困っている事はない。焦る必要はないのだ。
今日も楽しい一日だったと、彼は満面の笑顔で家に帰った。
42
第07話
行動開始︵1︶
この世界には、亜人と呼ばれる人がいる。
特徴として、獣の身体の一部分が人の体に現われる人の総称であ
る。
云えば、けも耳しっぽの方々だ。
二足歩行の、獣や爬虫類の獣人とは区別され、人として扱かわれ
る。
亜人は人、獣人は魔物。
これがこの世界の常識だ。
ちなみに獣と魔物は区別される。選別方法は実に曖昧だが、害獣
は大概魔物扱いされる。
他、RPGゲーム然り、ドロップアイテムを残し死体が煙の様に
消える不思議生物も魔物扱いだ。
また、獣は殺害しても経験値を取得できない。
害獣の一部も経験値は取得できないが、その危険性から魔物と呼
ばれている。
﹃さて、そろそろ頃合いか﹄
アルクは常々思っていた。
父の治めるこの村は比較的平和な村だ。
食料に困る事も無く、国や政府のお偉いさんに目を付けられる特
徴も持っていない。
亜人の人達に対する偏見も他の村に比べて強いと云う事は無い。
43
貧民と呼ぶ様な人もいない。
が、しかしだ。
この国、というか世界の大多数の国々では亜人への差別は酷いも
のがある。
悪ければ奴隷扱い。最も軽い部類のこの国でも一般住民より一段
下にみられる。
農家であっても小作人以上にはなれない。
言ってみれば、アルクはその雰囲気が気にくわない。
国や世界にたてつくのは得策ではない。
しかし、方策が無いではない。
﹃革命は論外だ。楽しくない﹄
彼は目的を忘れない。危険は侵さない。
﹃この村が有名になるのは困る。下手に発展させて目に留まる愚は
侵せない。
その後の対処も大変だ。国や世界へのアプローチは必要最低限に
抑えたい﹄
彼は密かに準備をしていた。
村をより居心地良いものにする計画を。
そして、その影響から村を護る計画も。
﹁コオリ、ぼくは気持ちが悪い﹂
﹁急に如何したの。具合悪いの?﹂
44
当然の反応だった。彼の行動は度々可笑しい事があった。
﹁行くぞ﹂
﹁ど、何処行くの。大丈夫なの?﹂
彼は村外れに向けて歩き出した。
其処には亜人の人達の集落がある。
◇◇◇◇◇
﹁コオリよ、ぼくはやって来た!!﹂
﹁アルク、気を確りして!あなたの名前はアルク、覚えてる?﹂
たいがいだ。
﹁コオリよ安心しろ、ぼくは正常だ。通常運転だ﹂
﹁テンションが普通じゃないよ。絶対何かよくない物を口にしてい
るよ﹂
二人はいつも通りだ。
大通りには三人の子供が、石蹴りをして遊んでいる。
歳は皆、アルク達より若い、七、八才程だ。
アルク達の突然の登場に驚き、立ち尽くしている。
﹁やあやあ我こそは村長が一子、名をアルクと申す。尋常に勝負さ
れたし﹂
アルクは子供達に向き、口上を起てる。
﹁何を言ってるのか解らないよ。大丈夫?戻ってきてアルク﹂
45
亜人の子供達は動かない。
﹁返答は無しか。いたしかたない。先手必勝!行くぞ!﹂
ドバキャ!!
アルクはもんどりうって地面を転がる。
﹁アルク、早く戻ってきて!﹂
容赦の無い蹴りをアルクに浴びせてコオリは懇願する。
アルクは身動き一つしない。
﹁大丈夫?如何したの、何があったの?﹂
子供達は呆然としている。
﹁⋮⋮ょ、よい、攻撃だった。まさか我が気付かぬ内に背後を捕ら
れるとは⋮﹂
﹁よかったー、⋮⋮⋮いや、よくないよ。まだ戻ってきてないよ﹂
子供達もまだ戻ってきていない。
その場は、外と隔絶された混沌な世界と化した。
◇◇◇◇◇
﹁どう、面白かった?﹂
﹁﹁﹁ごめん、よく分からなかった﹂﹂﹂
亜人の子供達は揃って口にする。
﹁コオリ、如何しよう、あんまりつかみが良くなかったみたいだ﹂
﹁つかみが何なのか分からないけど、アルクは何がしたかったの?﹂
コオリに純粋で常識人な十才の女の子だ。
46
﹁いや、決闘ごっこにかこつけた演劇で笑いを取りたかったんだ﹂
﹁私には説明の一つも無かったよ?﹂
﹁説明したら面白くないだろ﹂
アルクは真剣な顔で話しをしている。
﹁ごめんね君たち。でも安心して、お兄ちゃんは危険な人じゃない
から﹂
亜人の子供達に頭を下げるコオリ。
﹁このお兄ちゃん少し可笑しな所もあるんだけど、危険ではないん
だよ﹂
﹁コオリさん、あんまり強調すると、ぼくが本当に危険な人に聞こ
えるから気を付けてね﹂
作戦その一は成功だろう。
演劇スキルは役に立つ。
変な緊張も無く、仲良くなる切欠ができた。
そんな彼の思惑を知る由もない子供達は打ち解け、共に遊び家に
帰る。
今日も楽しかった。
彼は知らない。
演劇スキルは、今日発動していなかった事を。
あれはただ、素の行動であった事を。
翌日からアルク達は亜人の子達と遊ぶ様になった。
鬼ごっこ、かくれんぼ、ケイドロ、縄跳び、等々、アルクは知っ
ている遊びを教えていく。
47
道具が必要であれば作って持っていく。
仕事中であれば手伝い。草取りのこつ等を教える。
それが何日か続き、少しづつ村でも噂になっていった。
ある日の帰り道。
﹁ねえアルク、何で急に亜人の子達と遊ぶ様になったの?﹂
コオリの疑問も最もだ。十才になるまで、亜人達に近寄る事すら
しなかったのだ。
何かあったと思うのも当然だった。
﹁別に急じゃないよ。どちらかというと、ようやく遊べる様になっ
たって云うだけだよ﹂
コオリは反すうする。
アルクは人を馬鹿にした様な言い回しをする事はあるが、騙す様
な事は言わない。
﹁うん、でもよかったね。アルクも楽しそうだし、色んな子と遊べ
て私も楽しいよ﹂
コオリは聡明だ。
﹁まあこれから少し大変かもしれないけど、気持ちが悪かったから
よかったよ﹂
﹁うん、ちゃんと手伝うから、絶対除け者にしたりしないでよ?﹂
彼を十全に理解できなくとも、彼を十全に信頼している。
﹁﹁じゃあ、おやすみー﹂﹂
楽しい一日が暮れていく。
48
49
第07話
行動開始︵1︶︵後書き︶
今日の更新はもう1話あります。
50
第08話
行動開始︵2︶︵前書き︶
今日は2話投稿しています。ご注意下さい。
51
第08話
行動開始︵2︶
アルクは村の大人に受けが良い。
彼は狙ってそれをしている訳ではなかった。
ただ、少々やんちゃでいて聞分けがよく、利発で物腰が柔らかい。
彼は大概の人に受け入れられていた。
村長の息子と云う事も大きかったかもしれない。
修業のついでとばかりに農作業を手伝い、店の棚卸しもこなした。
読み書き算術までできる彼は、予想以上に役に立った。
出来過ぎな気がするが、偶に奇行に走ったりするのが功を奏した。
ちょっと可笑しな優等生、それが今のアルクの村での評価だ。
﹁こんにちはー﹂
今日のアルクはコオリとは別行動だ。
彼は彼女に、とあるお願いをしてあった。
﹁おう、よく来たな。奥に用意してある。付いて来な﹂
少しぶっきらぼうな喋り方をする彼は木工職人の親方だ。
歳は三十五、働き盛りで十三才の息子がいる。
﹁はい!!﹂
アルクは今日を楽しみにしていた。
52
本格的な木工細工を習える機会などそうそうない事だ。
﹁じゃあ、今日はこの櫛に細工をしていく。櫛が終わったら次はコ
ップだ﹂
親方は真剣な顔で説明を行う。
﹁今日中に終わらせようと考えるな。失敗は構わないが削り取った
物は元には戻らない。 木をよく観て、よく触って、彫り込んでい
け﹂
アルクの隣には親方の息子が座っている。
この作業は、彼の練習も兼ねている。
﹁技巧に拘るな、普通の削りや切り出しだけ出来ればいい。分から
ない事があれば、その都度聞いてこい﹂
息子にとっては気分のいい事ではないだろう。
少しむくれっ面になりながら、それでも真剣に父親の指導を聴き
入っている。
﹁それでは、始め﹂
アルクは櫛に絵を描いていく。
花の絵だ。ただし、あまり上手くはない。
彼は絵の練習も行っていた。ただし、それは土に描いた絵だ。
紙は高価で手が出せない。絵を描く機会は多くない。
また、才能によるものもあったかもしれない。彼は絵の才能に恵
まれなかった様だ。
二人はただ黙々と絵を描き入れる。そこに会話は無い。
53
一時間もすると絵付は終わる。続けて削り、切り出しだ。
用意された二種類の刃物を使い、慎重に削り出していく。
木を触り、手触りを確認し、浅く、丁寧に削る。
アルクの木工スキルはレベル2、一人前には届かない。
木刀の削り出しやら何やらで、少しは慣れていたが細工となると
勝手が違う。
経験はあまり役に立たない。
親方の注意を聴き、此処はこうしたいのだけれど、とアドバイス
を貰う。
作業は夕方まで行われた。
それから二日、ようやく細工は終了する。
ヤスリ掛けまで終わったそれを、アルクはうっとり見つめる。
後は釉薬を塗り込んで終わりだ。
釉薬には黒いニスに似た液体が使われる。
この作業には結構な技量が必要なので、親方が代行する約束にな
っていた。
﹁ありがとうございました﹂
親方にお礼を言う。少なくない時間、彼の仕事を邪魔したのだ。
何かお礼に出来る事はないかと、彼は考えている。
﹁おう、どうと云う事はない。こいつもいい刺激になっただろう﹂
息子の頭をグリグリと弄りながら親方は応える。
54
﹁正直中々の腕前だった。真剣に習いたかったら言ってこい。弟子
は歓迎するぞ﹂
社交事例かもしれない。が、息子はそうは受けとらなかった。
アルクを見る目がとても厳しい。
﹁ありがとうございます。木を削るのはとても楽しかったです。 ただぼくは絵が下手なので、やっていく自信が全然ありません﹂
素直過ぎた。
﹁あはははははは・がぁ∼あ、はぁ、がはぁ﹂
親方が叫んだ。多分笑ったのだろう。
﹁ひー、んー、ん、率直でよろしい。俺は回りくどいよりはいいと
思うぞ。残念だが弟子は諦めるか﹂
親方に別れを告げて家へ帰る。
今日はお土産がある。
彼の手には釉薬の乾いたそれが握られている。
木工細工のプレゼントはこれが初めてだ、喜んでくれるだろうか。
アルクは期待を胸に家に着く。
母と妹には櫛を、父にはコップを贈るつもりだ。
﹁ただいまー﹂
今日も楽しい一日だった。
55
そうして一日が終わり明日がやってくる。
﹁おはよー﹂
コオリが村長宅を訪れる。
﹁あー、早いな、少し待ってくれ﹂
アルクは急いで支度を終わらせて外に出る。
﹁﹁行ってきまーす﹂﹂
今日は朝から用事がある。
アルクが決めた、イベントデイ。
そう長くは掛からない予定だ。
﹁あっコオリ、これお土産﹂
﹁わーありがとう﹂
櫛を手に取りコオリはご満悦だ。
﹁ねぇこれって何が彫ってあるの?﹂
﹁?見て分からない?﹂
﹁⋮⋮ちょっと抽象的で⋮⋮﹂
﹁いや、花だよ。見たままを描いたつもりだよ﹂
56
コオリは満面の笑顔だ。
﹁綺麗に彫れてるね。ありがとう、大切にするね﹂
絵についての言及はスルーされた。
彼女は聡明なのだ。
﹁⋮⋮ところでリサ姉には話はしてくれた?﹂
リサ姉とはコオリの姉で、彼女より二つ年上の子だ。
﹁うん、詳しくは話してないけど、こっちに合わせてくれるって言
ってた﹂
﹁リサ姉はジニス達と仲良くなれた?﹂
アルクの顔に不安は映っていない。
﹁うん、駆けっこで中々勝てなくて悔しがってた﹂
ジニスは八才の亜人の子だ。十二才のリサが勝てなければ、それ
はむきにもなるだろう。
﹁リサ姉らしいね﹂
アルクはリサの事をよく知っていた。
だから心配などしていない。
コオリの尊敬する姉は、アルクにとっても立派な姉だ。
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﹁やぁ、おまたせー﹂
アルクの向かう先にいるのは、ジニス達亜人の子だった。
﹁久しぶり、今日はどこか行くの?﹂
ジニスが問い掛ける。
﹁ああ、コオリに言っといた通り遠征だ。村の中央広場に向かうぞ。
土が掘り易くて、土遊びに最適なんだ﹂
﹁えっでもあそこってボスが何時もいて、入って行けないよ?﹂
亜人の子らは少し躊躇っている。
﹁問題無い、故に遠征なのだ。いざ行かん、それは約束の地に違い
ない﹂
だれも何も言わない。
アルクはズンズン歩いて行く。
﹁何か変になってるけど、多分大丈夫だよ、私も付いてるから﹂
コオリはフォローにならないフォローをして、行を追う。
他の子達も少し不安ながらも後に続く。
しかしてやって来た広場。
総勢10名。
そこには予想外、いや、予想通りの光景が広がっていた。
第1グループ:ボス率いる男子グループ
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第2グループ:リサ率いる女子グループ
総勢5名。
総勢6名。
第3グループ:アルク率いる混成グループ
計21名、赤子を抜いた村の子供、全員が集合していた。
﹃思ったより集まったな﹄
全員が集まるとは思っていなかったアルクだが、彼の計画に支障
は無い。寧ろ好都合だ。
﹁おーい、どうしたんだ、何睨み合ってるんだ?﹂
アルクが声を掛ける。
﹁お前には関係無い。だいたい何で亜人なんて連れて来てるんだ﹂
ボスがアルクに突っ掛かってきた。
ボスの名はホップ、木工職人の親方の息子だ。
﹁何言ってんだお前!!亜人なんかとは何だ!!﹂
明らかな挑発だった。しかし、誰もそれに疑問を持たない。
﹁そうよ!バカにすんじゃないわよ!﹂リサ姉が後押しをする。
男子グループに女子グループが接触、そこに混成グループが入っ
てきた構図だ。
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ボスはアルクにあまりいい気がしていなかったせいか、当たりが
きつかった。
それに乗っかる形でアルクとリサは挑発を掛けたのだ。
﹁ここは俺達の場所だ。勝手に入って来るな﹂
ホップも後には引けない。ボス等と呼ばれ、グループのリーダー
をやっているのだ。
弱腰になる訳にはいかなかった。
急速に緊張が高まる。
﹁場所なんてどうでにいい。お前はこっちをバカにしたんだ、頭下
げてきっちり謝れ!﹂
ホップは謝らない。彼の意地が、友人達の信頼が彼に頭を下げさ
せない。
﹁お前達が広場に入って来たのが悪いんだ。謝る必要は無い﹂
女子グループから非難の声が上がる。
睨み合いが続く。
﹁じれったいわね、ホップ、アルク、決闘よ!﹂
リサの鶴の一声が広場に響く。
拒否は許されない。理不尽なまでの宣言。
母から押し付けられる、逃れ得ない妙な圧迫感を伴うそれと同質
のもの。
60
ホップとアルクは一対一で広場の中央に立っていた。
﹁決闘の内容は拳!男だったらこれしかないでしょ﹂
リサは男気溢れる姐御肌の女性だった。
﹁待ってお姉ちゃん、死んじゃう、死人が出る。他のにして!﹂
コオリは焦る。アルクが本気を出せば大人でも殴り殺せる事を彼
女は知っている。
手加減をしたところで、ちょっとしたミスで殺してしまいかねな
い。
また手加減が見て取られる様だと﹁しっかり闘え﹂と叱責を受け
かねない。
あらゆる意味で殴り合いは避けるべきだった。
﹁やめてもいいんだぞ、別に俺は殴りたい訳じゃない﹂
ホップは引く様子は無いものの、少し引け腰だ。
﹁お前が謝るまで、ぼくは殴るのを止めない!﹂
それに対してアルクは超やる気だ。
下手をすれば惨殺劇、彼が正気である事をコオリは祈るしかない。
﹁始め!!﹂
無情にも開始の合図が木霊する。
61
決闘が始まる。
◇◇◇◇◇
広場に重なる様に倒れる二人の姿がある。
双方、気絶していて身動き一つしない。
二人を囲い皆無言だ。
皆の考えは今一つに纏まっている。
つまり、﹁これ⋮どうしよう﹂
◇◇◇◇◇
決闘はコオリが思った様な展開にはならなかった。
アルクは本気で闘っている様に見えた。
アルクはホップの一撃を左肩に受けふらついたが、その直後タッ
クルをかましマウントポジションを取る事に成功する。
そこで腹に一発。痛がり暴れるホップに振り落とされ、もつれ合
う。
が、そこまでだった。もつれ合った二人は不意に動かなくなった。
気になった周囲は急いで駆け寄るが、二人は気絶していたのだ。
二人とも息はしていたし、血も出ていない。何があったのか、理
62
解するものはいなかった。
呆然とする周りを余所に、先に気が付いたのはアルクだった。
彼は周りを見回した後、気絶しているホップを見付けてギョっと
した。
急いで駆け寄り彼を確認する。どうやら無事と分かると溜息をつ
き、座り込んだ。
一分もしない内にホップも気が付く。
周りを見回すが状況が分からない。
彼の頭の中には?が一杯だろう。
﹁あーえーと、引き分け!以上!﹂
又もや鶴の一声だ。
彼らは有耶無耶の中、和解を果たす。
冷静になったホップは亜人の子供達に謝り、一緒に遊ぶ約束まで
していた。
彼も根はいい奴なのだろう。
アルクもホップに謝る。友達をバカにされたと思い頭に血が登っ
ていたのだと。
一緒に遊んでくれるのなら、とても嬉しいと。
3グループとも遺恨を残さず、村の子供が初めて一つに纏まった
瞬間だった。
他の皆と別れ、今はアルクとその妹のルリ、コオリとその姉のリ
サの四人で帰途に付いている。
63
﹁ねぇアルク、あの決闘、どうやったの?﹂
リサの疑問の声。コオリも云々頷いている。
﹁手加減スキルって云うのがあるんだよ﹂
ためら
アルクは躊躇う事なく話す。
﹁?そんなスキルあった?﹂リサは首を傾げる。
﹁あったの﹂アルクはにべもない。
実際、手加減スキルは存在する。ただしアルクが創造スキルで造
り出した特殊スキルだ。
ステータスを一時的に任意の数値に置き換える事が可能だ。
ただし現在の数値を下回る必要がある。
また、取得スキルの一時凍結も可能な為、まさに手加減の為のス
キルとなっている。
﹁でも都合よく気絶したよね、あれも何かしたの?﹂
コオリはあの不自然な気絶も気になっていた。
﹁ただのスタンだよ。簡単な魔法の一種﹂
手加減スキルは任意のスキルを凍結出来る為、一部のスキルのみ
使用可能にする事もできる。
﹁えらく手の込んだ芝居よね。ここまでする必要あったの?﹂
64
リサは詳しい話は聞いていない。ただアルクに乗っかっただけだ。
﹁多分あったと思うよ?これで違和感無くジニス達も一緒に遊べる
様になったでしょ?﹂
彼の作戦は一応の成功を収めた。
二、三策は弄したが、大した事ではない。
ホップはいい奴だと分かっていたし、村の子供の数は少ない。
どう転ぼうと、成功する確率は高かった。
﹁確かに風通しよくなって、清々しいけど﹂
リサにとってはそうだろう。
村の子供達だって、仲間外れをつくるのに罪悪感が全く無い訳で
はなかったのだから。
﹁お兄ちゃん、悪い顔してる⋮﹂
ルリが指摘する。
彼女は口数は少ないが、何げない鋭い発言をする事がある。
﹁アルク、まだ何かやる気なの?﹂
コオリが問う。
﹁どちらかと云えば、次が本番だよ﹂
彼は楽しそうだ。
女性陣は皆﹁しょうがないなー﹂みたいな顔をしている。
彼が皆を信頼する様に、皆は彼を信頼している。
65
皆笑っている。
﹁﹁ただいまー﹂﹂
こうして楽しい一日が暮れていく。
66
第09話
行動開始︵3︶
人は、人の心の底を伺う事は出来ない。
可能であっても見るべきではないし、他人が好奇心で探るもので
もない。
個々人の思想や想いは、その人の根底であり時には命よりも重く
なる。
少なくとも、アルクはそう解釈していた。
だから外から押し付けられた規則や思想が、易く根付く事は無い。
亜人と仲良くしろ、などと云っても常識的にも感情的にも受け入
れられる事はまず無い。
善人がどんなに多かろうが、常識と少しの罪悪感に挟まれて、大
概の人は身動がとれない。
アルクはそれが、どうしても気持ち悪かった。
世の中には許容すべき不条理も、吐き気を催す罪悪もごまんと溢
れている。
アルクの前世は人攫いに合い終わった。
﹃前々世の知識がある今なら分かるが、多分使える臓器を抜き取ら
れて棄てられでもしたのだろう﹄
アルクは不条理ならば人一倍味わってきた。
﹃前々世など更に悪い、話す事も躊躇われる﹂
それは後悔だとかそんなものでは語れない。
終わった事だ。恨んでもいない。
67
彼はそれを振り返らない。
彼が助けた人も助けられたか分からない人も、その後を知る事は
できない。
幸か不幸か今世の彼には、チカラがあった。
守りたいものを手に入れた。
彼は行動を開始した。
この気持ち悪い不条理を駆逐しよう。
彼は慢心しない。
手の届く範囲でいい。
彼は躊躇わない。
今日も楽しい一日でありますように。
◇◇◇◇◇
あれから二週間が過ぎた。
それまでにあった子供どうしの疎外感など嘘の様に無くなってい
た。
子供だからと馬鹿にしてはいけない。
子供であっても、人を死に追い込む事などざらにある。
腹の底がどうであるか分からないが、少なくともこの場の子供達
に不安を訴える者はいない。
68
﹁おはよーホップ、ジニス﹂
﹁おう、おはよー﹂﹁おはよー﹂
彼らは元気に挨拶を交わす。
﹁あっホップ、あのさ今日、親方会合に出るって言ってた?﹂
﹁あー、お前ん家で何かやるから夜はいないって言ってたぞ﹂
ホップは先の出来事からジニス達と仲良くなり、今では仲の良い
友人と呼べるまでになっていた。
﹁ありがと、と、思い出した。ジニス、ムムとモモのお父さん大丈
夫?﹂
アルクは一週間程前から亜人の人達の畑仕事の手伝いをしていた。
その際、亜人の子供の兄妹、ムムとモモの父親が病気だという話
を聞いたのだ。
﹁うん!今日ムム達は来てないけど、貰った薬よく効いたって、お
礼言ってたよ﹂
彼は、話しを聞いたついでにお見舞いに行き、鑑定スキルで病状
を確認した。
幸い大した病気ではなかったので、錬金術の練習で製作した体力
回復ポーションを大ビン一本、お見舞い品として置いて来たのだ。
﹁あれ薬じゃなかったんだけど⋮でも喜んでくれたみたいでよかっ
たよ﹂
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﹁うん、今日はムム達も仕事手伝ってるみたいだから畑に行けば合
えると思うよ﹂
﹁ありがとう。時間あったら行ってみるよ、じゃあねー﹂
﹁﹁またね﹂﹂
今日はこれから総仕上げが待っている。
子は親を観て育つ。親の方も変わらなければ、いずれ元に戻って
しまう。
子供はこれからも産まれて来るのだから。
足元は固まった。将を射んとすればまず馬から。
﹃演劇スキルさんに期待だ﹄
彼の演劇スキルのレベルは6になる。
準備は終わっているが、彼は慢心しない。
アルクは保険の為、行動を始めた。
◇◇◇
この村の亜人の大人は十人足らずだ。
その中に奴隷はいないが、全員が農家の小作人となっている。
これがただの小作人であれば問題なかった。
普通の小作人ならば雇い主を換えることもできるし、財産を貯め
る事もできる。
しかし、亜人の小作人は違った。
70
亜人の小作人に財産権など存在しなかった。
農家の主は採れた作物から税の分をお上に納め、残りを食べるな
り売るなりして生活をする。
その際小作人に渡すのは、採れた作物の一部だ。金銭を払う事は
無い。
ここまでならいい。後は亜人の人達が作物を交換したり、売った
りすればいいだけだ。
だがこの国の法律はとてもやっかいだった。
家を持たない小作人の農作物の売買を禁止しているのだ。
作物の物々交換は禁じられていない為、必要な食べ物は融通がき
くが金銭を貯める事ができない。
これが致命的だ。
金が無いから土地を買えない、家を買えない。
家が無いから物を売れない。
物を売れないから金が手に入らない。
まさに悪循環だ。
他の手段で金銭を得ようとしても、村の様な小さな集落では家が
無い人を店が雇う事はない。
都会に出ても最低限読み書きができなければ、住み込みでは働け
ない。
だから都市部には、あぶれた人による貧民集落ができるのだ。
唯一とも云えるのが冒険者になる事だが、あれは初期の死亡率が
半端ではない。
剣一つ、鎧一つ無い状態で魔物退治など死にに行く様なものだ。
それでも亜人の多くが冒険者になるのは、他にこの悪循環から這
71
い出る術を持たないからだ。
酷い病気に罹れば雇主が医者に診せる事もあるが、義務がある訳
ではない。
幸運を信じ座して死を待つか、虎穴に飛び込むか二つに一つだ。
よく生き残れているものだと、アルクは思っていた。
﹃まずは、この悪循環からの脱出だ﹄
アルクは亜人達の為に何かをしようとしている訳ではない。
気持ち悪さの原因がこのシステムにあると思ったから、それを壊
そうとしているだけだ。
常識が邪魔なら壊せばいい。
出来得る全力を以て抗えばいい。
彼は目的を忘れない。
彼の求めるものが、そこにあると信じているから全力で努力する。
彼は生きる事に非常に素直であった。
◇◇◇
その日の夜、村長の家で村の代表者たち十数名が集まり定例会が
開かれた。
この会、村の今後の方針を決めると云う建前を持っていたが、実
際は情報交換と慰労の場となっている。
最近あった事を話し合い、そろそろ酒を口にしようとした時の事
である。
﹁こんばんはー﹂
72
﹁おう、久し振りだな。元気にしてたか?﹂
応えてくれたのは木工職人の親方で名をハルスと言う。
﹁この前はありがとうございます。父さん達も喜んでくれました﹂
﹁いいってことよ!﹂
親方は上機嫌だ。
﹁こんばんは、今日はどうかしたのかな﹂
次に挨拶したのが道具屋のジーロだ。
アルクとは顔見知りで、店の手伝いを偶にして貰っていた。
﹁はい!今日はちょっと変わった料理を作ってみたので、出来れば
皆さんに味見をして欲しくって﹂
﹁父さん聞いてないぞ、先に食べさせてくれてもいいのに﹂
アルクの父アジスが少し拗ね気味に訴える。
﹁驚かせたかったんだ。それに先に味知っちゃってると、面白くな
いでしょ?﹂
アルクの料理スキルレベルは5だ。家でも偶に得体の知れない料
理を作って、皆を驚かしている。
﹁ところで、どんな物を作ったんだ?﹂
73
父の催促を受け、代表者たちの座る長机に皿を置いていく。
﹁名前は決まってないけれど、簡単に言えば芋のお菓子だよ﹂
各人の皿に盛られたのは、まさしくポテトチップス、しかもトマ
トケチャップ付。
﹁見た事ない形だな。こんなに薄い菓子は初めてだぞ﹂
﹁そのまま食べてもいいし、付け添いのソースを少し浸して食べて
も美味しいよ﹂
実はこの世界にも似た様な料理は存在する。
ただ田舎の村にまで浸透する程、知られていないだけだ。
﹁サクサクして面白いな﹂
﹁パリッって音がするぞ。初めて食べる食感だ﹂
﹁この付け添いのソースが少し酸っぱくて食が進むね﹂
概ね好評の様だ。アルクは胸を撫で下ろして周りを見回す。
﹁ありがとう。今度の料理の参考にさせてもらうね。あの⋮ところ
で父さん、⋮ここに集っている人達って村の代表の人達なんだよね
?﹂
﹁ああそうだぞ、ちゃんと皆さんに挨拶しておけよ﹂
アジスは若干親バカだが、躾には厳しい面を持つ。
挨拶や礼節を疎かにすると頭を殴る事もある。
74
﹁はい、皆さんこんばんは、初めての方ははじめまして、アジスの
息子のアルクといいます。よろしくお願いします﹂
皆、微笑ましいものを見た顔で挨拶を返す。
﹁⋮ところで父さん、一つ聞いていい?﹂
﹁?どうしたんだ、何か知りたい事でもあるのか?﹂
﹁うん、あのね。如何して此処には亜人の人がいないの?﹂
場が少し静まる。
﹁ああ、それはな亜人の人達は小作人と云って、農家の人達の手伝
いをする仕事に就いてるんだ。だから代表としては農家の人が来て
くれているんだよ﹂
アジスが応える。
﹁⋮父さん、何を誤魔化そうとしているの?父さん何か変な顔して
るよ?﹂
アルクは問う。
﹁誤魔化してるんじゃないぞ。父さんは嘘を吐いてないし、説明し
辛い難しい事もあるんだ﹂
アジスは場の雰囲気に気づかいながらも、息子に真摯に向き合っ
ているつもりであった。
75
﹁でも父さんの顔、とても変な表情をしているよ。それに村の代表
だって云うなら亜人の人だっていなくちゃ変だよ。知り合いに亜人
の人がいるから連れて来るね﹂
﹁待ちなさい。こんな時間に行ったら迷惑だろう﹂
﹁大丈夫だよ。この前その人が病気の時お見舞いに持っていったポ
ーションを喜んでくれて、何時でもいらっしゃいって言ってくれた
もの﹂
﹁そういう問題じゃないんだよ﹂
アジスは優しく諭す。
﹁じゃあどんな問題なの?﹂
アルクは問う。
まさに子供の遣り取りだ。
﹁あのな、アルク、ここには亜人の人が来れない理由があるんだ。
でもその理由はとても難しくてすぐには説明ができないんだよ。解
ってくれたか?﹂
むげ
村民の前だが、アジスは息子を無碍には扱わなかった。
常日頃、嘘は吐くなと誠実であれと、口を酸っぱくして言ってい
るのだ。
どんな場であろうと、それを崩す訳にはいかなかった。
﹁父さん、ぼくはその理由を知っていると思うよ。でも、難しいと
76
は思わないよ﹂
場が静まる。
かお
﹁ぼくはこの場に亜人の人がいないのが嫌だって云ってる訳じゃな
いんだよ。居ないのが可笑しいと言った時の、皆の変な貌が嫌だっ
たんだよ﹂
アルクは語り続ける。
﹁なんで亜人の人の話しを避けるの。喧嘩をしているのでも無いの
に、仲良く出来ないのは可笑しいと思うよ?﹂
彼は子供の特権を利用する。
﹁なんで、亜人の人を除け者にするの。自分がされて嫌な事は人に
しちゃいけないって教えてくれたのは父さんだよ﹂
正論で押し切る。
﹁ぼくたちは、亜人の子たちともちゃんと楽しく遊んでいるよ﹂
彼は父を信じている。
﹁父さん、ちゃんと亜人の人の事考えてあげよう﹂
アルクは常は我侭を言わない。
聞き分けは良いし、場の空気も詠める。
だからこの様な事は、生まれて初めてだといっていい。
77
﹁亜人の人は、怖くも可笑しくもないよ。可哀想でもない﹂
アルクは考える。自分の立ち位置を、村民が許容できる線引きを。
﹁だからこんな、変で気持ち悪い気分になる必要は無いよ﹂
彼は訴える。
﹁いつも通り、亜人の人が困っているみたいなんだ、何か良い解決
方法はないかなって話せばいいと、ぼくは思うよ﹂
賽は投げられた。水は盆には戻らない。
急に意識は変えられない。けれど、切欠は必要だった。
彼の訴えは終わる。後は舵取りだけだ。
﹁ごめんなさい。なんか変な雰囲気になっちゃったね。でも、何か
気持ち悪かったんだ﹂
アジスは常に言っていた。自分は完璧ではないと、人は誰でも失
敗もすれば、間違いも起こすと。
だから出来るなら、その人の事を考えるなら、それを指摘してあ
げなさいと。
誤解される事は怖いけれど、丁寧に、真摯に、自分が間違ってい
る可能性もちゃんと考えて、伝えなさいと。
﹁ありがとう、アルク、そうだな見て見ぬ振りなんて気持ち悪いよ
な、ごめんな、気付いてあげられなくて﹂
アルクは信じていた。
78
﹁うぅん、だびじょぶだょ﹂
彼は鼻声で応える。彼は笑顔だった。
目や鼻からも汁を垂らしながら、くちゃくちゃの笑顔だ。
﹁皆さん、すまなかった。子供の戯言と切って棄てる訳にはいかな
かった。気分を害されたのなら謝らせていただく。すみませんでし
た﹂
アジスは頭を下げる。
彼が村で罷り成りにも村長として認められているのは、この誠実
な人柄に拠るところも大きい。
﹁すまないついでに少し話しをしたいのだが、よいだろうか﹂
そして若干強かでもあった。
これも村長としての資質の一つだろう。
こうして村初って以来の亜人の人差別対策会議が開催された。
まず、会議の方向性について話し合いが始まる。
何が問題なのか、それを如何したいのかだ。具体策はその次とな
る。
アルクの話しに寄ると、亜人の人を避けているのに、それを見て
見ぬ振りをしているのが嫌だというのだ。
差別はしているのに、罪悪感で雰囲気が悪くなっていると言いた
いらしい。
79
考えてみれば可笑しな話だ。
差別を失くせば罪悪感などいだかなくて済むのに、差別を失くそ
うとはせず。
差別を肯定してしまえばいいのに、それもしない。
人は矛盾の塊みたいなものだから、仕方がないかもしれない。
しかし問題は提起されたのだ、考えない訳にはいかない。
意見はポツポツ出るが、しかし纏まる気配は無い。
﹁ねぇ父さん、なんで亜人の人を差別するの?﹂
アルクが遠慮のない一言をいう。
﹁まあ色々あるが、昔からそうだったというのと、国の法律とかも
関係するかな﹂
アジスが真面目に応える。
アルクは昔から賢かった。変に穿った言い方をする必要はない。
﹁でも皆、別に亜人の人に恨みがあるとかじゃないんだよね﹂
全員が頷いてくれる。
﹁だったら昔から云々ていうのは考えなくてもよくない?すぐに変
わろうなんて言わないけど、普通に話せばいいだけだし﹂
全員困惑顔だ。言いたい事は解るが、そんなに簡単な事だとは思
えない。
理解はできるが、常識に縛られた感情が納得しない。
80
﹁だから昔からとかは、ほっとこう、意味無いよ!﹂
アルクは突き進む。
﹁後は国の法律ってやつだね﹂
皆に考える時間を与えてはいけない。目的はそこには無い。
﹁ああ⋮じゃあとりあえず、国の法律について考えるか﹂
アジスがうまく誘導してくれる。
﹁うん、あのね、ぼくは国の法律で亜人の人が作物を売れないって
のが一番問題だと思うんだ﹂
アルクは徐々に自重が無くなっていく。
﹁お金が無くちゃ自立できないと思うんだ﹂
アルクはズンズン進む。
﹁自立できて皆と対等の立場になって、初めて普通に付き合えるん
だと思う﹂
少し考えれば穴だらけの論理だが、アルクはそんな事は勿論承知
している。
﹁だから如何すれば亜人の人がお金を得られるか、自立できるかを
考えればいいと思うよ﹂
81
通常であれば子供の戯言だ。しかし今、会議は混迷の中にいた。
具体的な解決案は願ったり適ったりであった。
﹁他の考えは無いだろうか﹂
アジスが問う、代表者から発言は無い。
問題はいくつでもあったが、アルクの思考誘導により、議題は固
まりつつあった。
﹁では議題は、金銭の取得方法の確立、他自立の具体案の検討とす
る﹂
さすが村長だけあってアジスにはリーダーシップがある。
﹁はい、村長﹂
﹁なんだね、アルク﹂
﹁私は金銭取得の妙案があります﹂
﹁言ってみたまえ﹂
ヤータ親子の暴走が始まる。
﹁はい、村外れの耕作に向かない荒地の利用方法が発見されたので
す﹂
﹁それは本当かね!﹂
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もはや悪乗りも過ぎたものだ。
だれもアルクが十才にしては可笑しな事を口走っているとは注視
していない。
﹁は!彼の地で栽培可能な作物の入手に成功したであります﹂
﹁驚きだ。その作物とはいったい何かね﹂
周りは呆然と見詰める。
﹁は!それは既に皆様が知る処であります﹂
﹁ん?どう云う意味かね﹂
場は既に劇場と化している。この場に突込みを入れる者はいない。
﹁本日お出ししたお菓子と付け添いのスープがそれであります﹂
﹁なに!!﹂
アジス、乗り乗りだ。流石に親子と云ったところか。
真剣な雰囲気から一転、場は不思議空間となっている。
﹁あれの原料は、ポロロ芋とトモモと呼ばれる荒地特有の作物であ
る事が、確認されているであります﹂
﹁詳しく話してもらってもよいかね﹂
アルクは村外れの荒地でポロロ芋とトモモを発見した経緯を話す。
しかしこれは嘘だ。両方とも荒地に育つ作物である事は間違い無
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いが、発見したのは村外れではない。
アルクがスキルの練習中に30キロ離れた山脈の中腹辺りで発見
したのだ。
ちなみに練習していたスキル名は遠足。
字面から想像し辛いが、遠距離持久走スキルを差したものらしい。
﹁これらの栽培に成功すれば、村の増収は約束された様なものです。
新たな産業に繋がる可能性もあり、何より税が免除される可能性も
あります﹂
﹁どういう意味かね﹂
﹁は、この作物荒地に自生するので、一見畑には見えません。うま
く耕せば税の対象にはならないかと﹂
﹁しかし、⋮それはどうかね⋮﹂
﹁とりあえず試験的に作り、大量に採れ軌道に乗れば、その時畑と
して扱えばよいかと具申致します﹂
アルクの自重さんは、亡くなられているとしか云えない。
﹁うむ、そうだな、その方針でいくか﹂
﹁は、では荒地での耕作は亜人の方々に任せ、そこで出来た作物の
分の収益は金銭で農家の方から支払われると云う事で﹂
﹁うむ、畑と成り、税が発生した後は、そこから税金分を差し引く
方向で考えれば問題あるまい﹂
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寸劇は終幕に向けて動く。
これで現金収入の目処が立てば、亜人達は自分の家を買い取る事
ができ、悪循環から抜け出す切欠にできるかもしれない。
﹁は、後一点﹂
﹁まだあるのか﹂
﹁はい、これは直接収入に結び付くものではありませんが、村全体
の役に立つかと﹂
﹁⋮話せ﹂
﹁は、都会には学校なるものがあると聞きます。村でそれを再現す
るのは難しいかと思われますが、簡単な読み書き算術ができる様に
なれば村民の生活向上に繋がるのではないかと﹂
村の識字率は低い。村長の家や商店以外、文字を読める家庭は多
くない。
都会の人間から一段下に見られる事も少なくない。
これはアジスも常に考えている事の一つだった。
﹁それならば、私が一肌脱ぎましょう﹂
突然場に出て来る女性、名をメルク。
アルクの母だ。
﹁その学校とやらの教育、少々の教養を持つ私にとっては雑作も無
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い事。教育スキル所持者のこの私に任せなさい﹂
彼の母は普段外に出る事が少ないので知る人は少ないが、悪乗り
にかけてはアルクと肩を張る。
まさに親子であった。
﹁おお、私のメルクよなんと頼もしいのだ﹂
﹁ああ、私のアジス今日は一段と素敵でしたわ﹂
ヒシと抱き合う村長夫妻。周りからは拍手喝采、こうして会議と
いう名の演劇は幕を降ろした。
その後アルク特製のポテトグラタンが振舞われたり、会議の名を
借りた演劇の内容を纏めたりして夜が更けていく。
アルクは最初、皆に演劇スキルが暴走したとか、訳の分からない
ことを口走っていた。
ただLV5と高い説得スキルの為か、何となく有耶無耶のまま、
酒の力も借りてその夜の明らかに可笑しな出来事は、楽しい演劇で
あったと置き換えられた。
勿論、演劇であったとはいえ、提案された議題は村の正式な了承
の元、実行に移される事になる。
亜人との折衝もあるし、今後の課題は多いだろう。
ただその後の村の雰囲気は悪いものではなかった。
アルクは確かにその一歩を踏み出した。
◇◇◇
86
宴会後、アルクは一人眠りに付く。
十才になり、一人部屋が与えられたのだ。
嬉しい様な寂しい様な気持ちになる。
アルクにとって両親の寝室には想い入れが深かった。
一人になり、彼は身体の震えを抑える。
今日、彼は今までに無い恐怖を感じていたのだ。
彼は父を信じていた。
しかし彼の心は恐怖を感じたのだ。
父に自分を否定されるのではないかと、受け入れられないのでは
ないかと。
どんなに信じても、まるでそれが本能だと云わんばかりに、恐怖
がその身に襲い掛かってきたのだ。
それを思い出すと、震えが止まらないのだ。
彼は何より人を人の悪感情を怖れている。
父からのそれであれば死んでしまうかもしれない。
だが彼は何より人の悪感情を怖れない。
彼は彼の目標を忘れないからだ。
必要とあればそれに晒される事を怖れてはいけない。
矛盾した感情を胸に眠りに付く。
アルクはただの人の子だ。
彼は明日も楽しい日が来る事を夢見て眠りに付いた。
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88
第10話
フラグはたたき折れ︵1︶
半年が過ぎた。
季節は晩春。
ポロロ芋とトモモの収穫が可能となった。
植物学者でもないアルクは詳しく知らないが、どうもこの作物二
期作が可能な様だった。
アルクがこれらを採ってきた晩秋と現在、つまり半年に一回収穫
する事ができる。
ジャガイモに似たポロロ芋はともかく、夏野菜に分配されるトマ
トと似たトモモが、年2回採れるとは驚きだ。
ポロロ芋、トモモ双方地球の作物でいえば品種改良されていない
原種に近い。
アルクは原種の野菜についての知識がまるで無い。
なので彼は単純に喜んだ。
ちなみに、このポロロ芋、芽に毒は無い。
彼のスキルにより鑑定済だ。
彼は用心の為、火を通してから少量食べてみたが、アスパラの様
な味がした。
正に食用の為の植物だ。
これにより村の食料事情はより良くなり、亜人の自立の道も見え
てきた。
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﹁思ったより早く採れる様になったなー﹂
﹁あのお芋の事?﹂
アルクはコオリ達に、あの夜の会議について話してある。
﹁うん、正直こんなにうまくいくとは思っていなかったんだよ﹂
﹁それでよくお願いなんてできたね﹂
﹁その時はその時だよ。とにかくあの空気は嫌だったんだよ。卑屈
な人は嫌いじゃないけど、皆そろって卑屈になるなんて頭がおかし
くなるよ﹂
﹁私は別にそんな事感じてなかったけど、確かに今は前より村が明
るくなったかなって思うよ﹂
彼らは村の中央にある大通りへと歩いていた。
﹁それにしても本当について来るの?﹂
﹁当たり前だよ。村の外に出られる機会なんて殆んど無いんだよ。
次なんて期待しちゃいけないよ。絶対だよ﹂
彼らは村長アジスに付いて、これから近隣の村や町に出掛ける予
定になっていた。
アルクは考えていた。
ポロロ芋やトモモの栽培が軌道に乗れば、村の収入が増加する。
いずれは特産品として広まり、近隣の村や町、ひいては都の目に
90
留まるかもしれないと。
だがそれは避けた方がいい。利権は自然、人を腐敗させる。
妬みを買う事もある。不必要な注目など浴びない方がいい。
しかし今更、栽培をやめる訳にはいかない。
だとしたら如何するか。
アルクはこれらの栽培方法や種を、近隣に売り込む事を考えた。
拡散すれば注目はされない。
独占による利益は得られないが、食料の増産が適ったと考えれば
問題ない。
不要な利権や妬みを回避できる上に、近隣に恩を売る事もできる。
富むとは金持ちになる事ではない。多くの物が流通し、経済が潤
う事をいう。
その恩恵を多数の人が受けとる事を富むと言うのだ。
金とは対価であり水の様なものだ。滞れば腐る。
うまく回れば、多くの恩恵を授かるのだ。
とアルクは前々世で読んだ本の事を思い出していた。
﹁でも帰って来るまで十日はかかる予定だけど、大丈夫なの?﹂
﹁問題なかったよ。お父さん達も反対しなかったし、よっぽどの事
がなければ怪我なんてしないし﹂
コオリの今のLVは28。取得スキルも常人のそれを大きく上回
っており、そこらの冒険者では太刀打ち出来ないほど強い。
もはや村長達の護衛といっても差し支えない。
﹁まあ今回は都に行く訳でもないし、危険は少ないだろうけどね﹂
91
今回の旅の目的は、ポロロ芋等の普及の為だけではない。
むしろ、それはオマケで村長同士の顔見せ、定期連絡会が主題と
なっている。
﹁私、遠足でアルクと山まで行った事はあっても、他の村や町に行
った事なかったから、昨日もウキウキして大変だったよ﹂
彼らは用意された幌馬車に乗り込む。
人員は御者兼護衛の冒険者、村長のアジス、アルク、コオリの四
人だけだ。
無用心という事なかれ。アジスは元冒険者で、LVも35と高い。
LVの低い護衛はかえって邪魔になるし、LVの高い護衛は高報
酬で雇えない。
荷物も少なく、小さな幌馬車一台で事足りるのだ。
﹁大変だったのはいいけど、馬車の中ではおとなしくしてね。狭い
んだし﹂
今回アルク達の同行が許されたのは、彼らのステータスの高さに
よる所が大きい。
アルクとコオリは自らのステータスをアジスに申告している。
特殊スキルやユニークスキルについては面倒なので隠しているが、
LVやステータスに関しては誤魔化さず明かしていた。
アジスは驚きつつも、疑いはしなかった。
﹁十才にして父を超えるとは、大きくなったなアルクよーーー!!﹂
と抱き着かれ難儀しただけだ。
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アジスとはそういう親だ。
◇◇◇
馬車の大きさは大人二人が詰めて寝られる程度しかない。
ただし問題は無い。今回の旅は夜営の予定は無く、村を渡り歩い
て会場となる町に着く算段になっている。
馬車の中には今回収穫されたポロロ芋とトモモが数袋、あとは着
替え位だ。
子供二人が寝られる程度の隙間は残っている。
﹁ひまだねーアルク﹂
荷台の後方から景色を見ながらコオリがつぶやく。
﹁後ろ見てると酔わない?﹂
アルクは幌の上まで登り、辺りを見渡している様だ。
﹁そこから私が見えるの?﹂
﹁見えないよ。気配探知で何となく分かるんだ﹂
コオリがアルクに続いて幌に登り始めた。
﹁ずるい。私も誘ってよ﹂
﹁ただの暇潰しだよ。並列行動と気配探知、あと幌の上に立てる様
に魔力操作もしているけど﹂
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﹁魔力操作って何に必要なの?﹂
﹁魔力を布に通すと形状を維持しようとする力が働くんだよ。だか
ら幌の上に乗ってもへこんだり破れたりしないんだ﹂
コオリは少し憮然として幌を掴んだままだ。
﹁難しそうね。いつの間に魔力操作なんて出来る様になったの?﹂
﹁最近かな。魔力関連の本なんて無かったから、母さんの使ってい
る回復魔法を見て、見よう見真似だよ﹂
そうしている内に、アジスから声が飛ぶ。
﹁獣の気配だ!注意しろ!﹂
言い終わるのを待たずアジスは馬車を降り、戦闘体制に入る。
アルクがコオリに声を掛け様とするが、既にその姿は無かった。
﹁いつの間に⋮⋮﹂
﹁おじさん任せて!!﹂
コオリはアジスの横に木刀を構えて立っていた。
﹁相手を確認してからだ。それまで前に出るな﹂
アジスの声が飛ぶ。
護衛の冒険者は御者台に座ったままだ。
彼の任務は馬の護衛も兼ねている。馬をやられた場合、移動が困
94
難になる。
馬の護衛は大切だ。暴れられたり、逃げられる訳にはいかない。
馬車の側面、草むらを這う様に近寄ってきたのは、マギドッグの
群れだった。視認十程。
アルクは群れの情報を二人に告げる。
﹁マギドッグか。⋮数は多いがいけるか?﹂
レベルが低いとはいえ、群れをなす魔物はその危険性が大きく上
がる。
﹁問題ないです!行ってきます!﹂
コオリは勢いよく走り出す。
手には木刀、皮の防具は身に着けているが、あまりに心許ない。
マギドッグはコオリを子供と侮ったのか、噛み付こうと無防備に
駆けてくる。
◇◇◇
そこからは正しく血の乱舞だった。
彼女の持つ木刀は、本当に木刀かと疑いたくなる切れ味でマギド
ッグを屠っていく。
胴を一閃、血が弾ける様に飛ぶ。
その血を避ける様にステップを踏み、次の一匹の首を刎ねる。
十才の女の子が踊る様に魔物を切り裂き、血の雨を降らす様は異
95
世界でなければ、見る事は適わないだろう。
首を両断、振り向きざま脚で別の個体を弾き飛ばし、もう一匹の
眉間に木刀を突き刺す。
もはやそれは剣舞といって差し支えない。
マギドッグの群れが全滅するのに10分とかからなかった。
◇◇◇
まだ使えそうな三匹分の毛皮を剥ぎ取り残りは燃やす。
肉は食用には向かず、そのままにすると他の魔物の餌になるので、
余程の事が無い限り死体は燃やす事になる。
﹁お休みなさい﹂
コオリに魔物の遺体に手を合わせている。
彼女は初めてのマギドッグ退治以来、どんな狩りをする時も、遺
体に向けてこの挨拶を欠かさない。
多分彼女なりの、けじめなのだろう。
アルクもそれに倣う。
やがてマギドッグだったものは黒い消し炭になり、土に埋められ
た。
馬車の旅は順調だ。
﹁ところでコオリ、木刀なのに魔物を切り裂くって、どうやったの﹂
﹁ああ、あれね。木刀に気を廻らすと硬くなって、折れ難くなるの﹂
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二人は荷台に座って外の景色を眺めていた。
﹁気って何かのスキル?ぼく知らないんだけど﹂
﹁一応スキルだよ。最近になって取得してるの気付いたんだけど。
その前から使えてたみたい。何て云うか、こう、感覚的なものだし、
ハッ!!ってやるとできるんだよ﹂
﹁今度教えて﹂
﹁魔力操作教えてくれるならいいよ﹂
馬車はのんびり進む。
◇◇◇
その後、隣村に到着し何事もなく旅は続く。
同行者が増えたおかげか、魔物や盗賊に襲われる事もなく和気藹
々とした雰囲気だ。
道中、ポロロ芋とトモモの宣伝も兼ねて、無限収納に用意してお
いた揚げたてのポテトチップスを振舞う。
アイテムボックスのスキルは存在するので、何も無い所から物を
取り出しても、誰も追及はしてこない。
ただ子供がこのスキルを持っている事は、まず無いので驚いては
いたが。
ポテトはとても好評だ。
演劇を交えて亜人が耕作する利点も説明する。
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亜人による荒地での栽培なら、余程大きくならない限り食い物の
足しにするため自生植物をとっている様に見える。
そうして種芋を増やしてから、本格的に畑にすればいい。
アジス達の村の取り組みも、面白おかしく劇にしたので各村の村
長も注目している。
町に着くまでの四日間、アルクとアジスの演劇は続き、大量のお
ひねりにアルクはホクホク顔だった。
98
第11話
フラグはたたき折れ︵2︶
4日目の昼過ぎ、町に到着した。
﹁父さん、宿に着いてから一寸出掛けたいんだけどいいかな﹂
﹁ああ、構わないが、夕飯までには戻って来いよ。あと裏路地には
入るな。厄介事が多いからな﹂
アジスは元冒険者らしい教訓を教えてくれる。
﹁私も付いていっていい?﹂
﹁分かった。くれぐれもはぐれるんじゃないぞ﹂
アジスがコオリに注意を促がす。
宿に着くと早速探索を開始した。
この町の大きさは、アジスの村の二倍程もない。
ただ家の密集度が段違いだ。
大通りに面した店は、どれも石造りの二階建てばかり。
まかり成りにも、この辺り随一の集落といった所か。
﹁おひねりが結構な額になったから、何か買いに行こう。何がいい
?﹂
﹁えっ貯めておかないの﹂
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﹁村じゃ使い道がないよ。貯める必要もないから使っちゃおう﹂
アルクは浪費家ではないが、けちでもない。泡銭は身に付かない、
とも言うので滞在中に使い切ってしまうつもりでいた。
その日は露店や小規模な商店をひやかして回る事で時問が過ぎた。
土産は二日後、会議が終ってから買うつもりで、明日は一日子供
達は自由になる。
本格的に観て回るのは翌日でよかった。
アルクは店をひやかしつつ、聞き耳を立て情報を収集する。
大きな町だ。近隣の政情から噂話、色々と耳に入ってくる。
夕食時の食堂でもそれは続けられる。
こう云う場所は冒険者やチンピラ、行商人に至るまで、様々な人
が話に華を咲かせる。
アルクの鍛えられた聞き耳スキル、真骨頂のときだ。
ちなみに収集した情報は、特殊スキル:ブックに書き込まれる。
ブックは唯のメモ帳代わりのスキルだが、タブをつけられ整理が
し易い。
紙が貴重なこの世界では、とても重宝する。
しかも、書き込みと念じ文章を思い浮かべるだけで、幾らでも書
き込めるので、手書きよりも圧倒的に早い。
読み出しも同様で、ステータス欄のブックを触る事でも表示でき
る。
これで作成時のSPは1、お得だった。
更なる機能拡張も見込めるので、アルクのお気に入りの一つにな
っている。
100
その日は旅の疲れもあり、夕食後間もなく全員眠りについた。
◇◇◇
翌日、アルクとコオリは本屋を物色していた。
村に本屋は存在しない。紙が高価で、本の流通など限られた地域
でしか行われない。
なので、この期を逃す訳にはいかないのだ。
この日の為に貯めた有金全てを持ち、アルクは本を丹念に調べて
いく。
この町に本屋は一軒しかなく、他に行く必要はない。
本は古本も新品も一緒くたに売られており、特に値段の差も見受
けられない。
活版印刷が普及していないこの国では、本と云えば手書きだ。
それ故か本の数は少なく、余程きず付いていなければ値が下る事
はない。
表紙など何度も補修した跡が見て取れる位だ。
﹁ねぇいい本あった?﹂
コオリが表題を見ながら聞いてくる。
﹁とりあえず気になる本を片っ端から覗いて見て、良さそうと思っ
た物を保留してある﹂
アルクはさして情報量の多くない本に関しては、流し読んでブッ
クに書き込んでいた。
長時間の立ち読みは怒られそうなので、手早く調べていく。
101
結局アルクは﹁魔法基礎大全﹂と﹁世界の料理﹂の二冊を購入。
コオリは﹁現代武術と流派﹂なる本を選んでいた。
﹁コオリは何時から武道家を目指したんだ﹂
﹁別に目指してないよ。面白そうだったし、絵付でかっこよかった
んだよ﹂
本をアルクの無限収納にしまい、二人は昼は何処で食べようかと
町を歩く。
するとアルク達と同年代の女の子が、チンピラ風の男の後につい
て路地裏へと走って行くのが見えた。
﹁しまったなー、油断してた⋮⋮﹂
﹁?如何したの。何かあった?﹂
コオリが尋ねる。
﹁一寸急いだ方がいいね。変なフラグが立たない様に変装しないと
⋮﹂
﹁何故に変装?﹂
﹁そうしないと厄介事に首を突っ込むことになるんだよ﹂
﹁まぁいいや。急ぐんでしょ。変装道具とか持ってるの?﹂
コオリが焦り気持ちで聞いてくる。
102
﹁フード付のコートと布がある。とりあえず顔が分からなければい
いや、急ごう﹂
アルクは無限収納よりコートと布を引き出すと、コオリにも一セ
ット渡し、そそくさと路地裏へと入っていく。
そこは大通りから一本入っただけで、うら寂しい雰囲気を漂わせ
ていた。
昼間近なのに薄暗く感じる程だ。
アルクは気配探知を駆使し、先程の男と女の子の後を追う。
気配は程なくして動きを止めた。路地の行き止まり辺りだろうか。
﹁予想が当たっちゃった⋮嫌だなぁ⋮⋮﹂
﹁アルク⋮そんなに嫌な事が起きそうなの?﹂
走りながらコオリが尋ねる。
﹁まぁね。コオリは路地の出口を塞いで、対処はぼくだけでやるか
ら。手を出しちゃだめだよ﹂
﹁分かったけど、無茶しないでね﹂
二人は気配があると思わしき路地に飛び込みながら、周りを注意
する。
﹁了解。いってきます﹂
そこには先程の女の子を羽交い絞めにし、縄で縛り付け様とする
103
チンピラ風の男二人が立っていた。
﹁なん⋮﹂
アルクの行動は速かった。二人は喋る事もできないまま昏倒する。
時間は数秒か、もはや戦闘ではない。
﹁めんどくさいなー﹂
アルクはその場に落ちていた縄で男達の両手足を縛り身動きがと
れない様にすると、女の子の方へと向き直る。
女の子は何が起きたか分からない様子だったが、助けられた事に
気が付いたのか、勢いよく立ち上がると頭を下げる。
﹁あ、あの、たす、けてくれてありガとうゴざいます。と父様が事
故にあったと言われて、ここまで来たんですが、いきなり⋮﹂
﹁うん、大丈夫だよ。とりあえず、あっちの女の子の所へ行ってて
くれるかな﹂
コオリは3メートル程離れた路地の入口に立ち、辺りを警戒して
いた。
﹁は、はい!あの、私は⋮﹂
﹁自己紹介は後にしよう。まだやる事が残ってるんだ﹂
﹁ご、ごめんなさい﹂
女の子は、そそくさとコオリの傍に移動する。
104
アルクは顔を隠したまま、気だるそうに男達に近寄ると、躊躇な
く腹を蹴り上げた。
二人はそのまま石造りの家の壁に体をぶつけて気を取り戻す。
﹁おはっ、何、何が⋮﹂
﹁ぇは⋮あ⋮⋮﹂
茫然自失な二人にアルクは語りかける。
﹁状況を説明するから、ちゃんと聞いてね。君達は女の子を誘拐し
ている所をぼくに見つかり捕まった。気絶してたから起こした。今
ここね﹂
﹁何を言って⋮!﹂
﹁人の言う事は最後まで聞いてね﹂
アルクは又も躊躇なく男の腹を蹴りつける。
﹁それで今から事情聴取をするよ。話せる事を話せばいいだけだよ。
話したくなければ静かにしててね﹂
﹁お前何してんのか分かってんのか﹂
﹁ふざけてんじゃねえぞ!﹂
アルクは二人の髪をつかむと無言で地面に叩き付けた。
1度⋮、2度⋮、3度⋮、静かな事を確認すると、男達を座らせ
105
る。
﹁必要ない事は話さなくていいよ。五月蝿いからね。⋮もうめんど
くさいから埋めちゃおうか?﹂
﹁待ちなさい!やり過ぎよ!﹂
あまりの事に呆然としていたが、我に返りアルクを止めに入るコ
オリ。
﹁大丈夫だよ。ちゃんと焼いてから埋めるから﹂
﹁全々大丈夫じゃないでしょ。焼くのも埋めるのも駄目!﹂
﹁でも他にいい殺し方を知らないよ﹂
﹁殺しちゃ駄目!殺し、駄目、絶対!﹂
コオリは少々冷静ではなくなってきた。
﹁えげつないな∼。生きたままいたぶるとか、本当にMなの?﹂
﹁今Mとか関係ない。というか、いたぶらないで!﹂
﹁という訳で、君達を殺すのはやめます。また生きたままいたぶる
のも嫌だと言うので、早々に話して貰う為のゲームをします﹂
アルクはポケットから3本の瓶を取り出し、男達の前に置く。
﹁この瓶の中身は毒と体力回復ポーションです。毒2本に回復1本
106
です。一人1本ずつ服用して貰って、助かれば逃がしてあげます﹂
男達の眼がおかしな事になっている。
﹁瓶を口にしたくない場合は言って下さい。そのまま町の外へ放り
出します。魔物にやられないよう気を付けて下さい﹂
﹁それも駄目。死んじゃうでしょ﹂
コオリが訴える。
﹁死んじゃうかもしれないけど、殺してはいないよ?それに飲めば
いいだけだし﹂
コオリはアルクを信じている。故にそれ以上の反論はしなかった。
﹁それじゃあゲームに参加しますか?﹂
アルクの声に二人とも頷く。
﹁ほら、大丈夫だった。では手の縄を切りますから暴れないで下さ
い。暴れる人は緊急措置として、毒を口に突っ込みます﹂
二人の顔は既に真っ青だ。歯が噛み合わず、カチカチと音を立て
ている。
﹁さて、とうぞ!﹂
時間は流れる。二人は動けない。
107
﹁10秒たって飲まれない場合、強制的に毒を飲ませます。安心し
て下さい。即死する様な毒ではありません﹂
二人は意を決して瓶を手に取り、それぞれ飲み干した。
﹁ご苦労様でした。二人ともはずれです。まあ当たりは無いですけ
ど﹂
﹁ひど!ちょ、酷くない?﹂
コオリが驚き口走る。
﹁だってこうすれば、ぼくは直接手を下さないから、殺人とかの賞
罰は付かないかなって﹂
﹁黒いよ。真っ黒だよ。戻ってきてーーー﹂
毒を盛られた。もとい。毒を自ら飲み干した二人は、既に気絶寸
前だった。
﹁あー気を確かに。気絶するとそのまま戻ってこれなくなりますよ。
ステータスを確認して下さい。それほど急激にHPは減ってない筈
です﹂
二人は急いで、自らのステータスを確認する。確かに毒の状態異
常は付いているが、HPの減りは緩やかだ。
﹁よかった。戻ってきてくれましたね。それでは事情聴取再開です。
ちなみに、その毒は自然回復はしません。気絶すると本当に戻って
来れなくなりますよ。あと、昼御飯がまだなので、急がないとぼく
108
は帰ります﹂
チンピラ二人は唐突に語り出す。
いわく、この町の貴族カフディールに雇われた。娘を連れて来れ
ば、前金の他に大金を払ってくれると言う。噂でカフディールは、
娘の親と懇意の貴族ローデンスの情報を集めているらしい。
二人は自分達の情報のみならず、知る事全てをペラペラと喋って
いく。
﹁しかし、テンプレだなー﹂
﹁ねぇ、昔からテンプレってよく聞くけど、それどういう意味?﹂
コオリが退屈そうに聞いてくる。彼女はこの状況に飽き始めてい
た。
﹁お約束というか、決まり事と言った所かな﹂
﹁ふーん﹂
﹁あっと、二人ともご苦労様でした。解毒薬は此方になります﹂
急いで薬を飲み干す二人に、再びスタンを掛け気絶させる。
その後、スタンを何回か掛け三人はその場を立ち去った。
ちなみに、スタンとは気絶を付与する常態異常魔法の一種だが、
重ね掛けで効果時間を延ばす事ができる。
付与魔法の一種なのでダメージはどれだけ掛けても0だ。
また電撃魔法のショックとは区別される。ショックは電撃ダメー
ジ+追加効果で気絶を付与する。
109
﹁お嬢さん、後でお父様に言って、憲兵に突き出すなり、放置する
なり好きにして下さい﹂
﹁は⋮はぃ⋮⋮⋮﹂
彼女は未だに怯えていて、コオリの後ろに付きっ切りだ。
﹁やり過ぎよ。もう少し如何にかできなかったの?﹂
﹁フラグをへし折る必要があったんだよ。それに誘拐犯は、ぼくに
とって人じゃないから、手加減も難しいし⋮﹂
少し拗ねてみせるアルク。
﹁拗ねるな!もういいから。あれだけすればあいつらも懲りるでし
ょ﹂
﹁別に如何でもいいよ。それより早くこの子を届けよう。お腹が減
ったよ﹂
マイペースな二人は女の子に先導して貰い、彼女を家に送り届け
る。
﹁へぇー、大きな店だね。家と店が一緒になってるのかな﹂
彼女の家は大通りに面した大きな商店の一つで、石造りの二階建
て。
奥に倉庫と居住空間があり、中庭まで付いている。一寸した豪邸
だった。
110
﹁ぁっあの、父は店の方に居ると思いますので、付いて来て下さい﹂
﹁分かったわ、そんなに緊張しなくても大丈夫だからね﹂
コオリは何とか彼女の緊張を解そうとするが、うまくいかない。
﹁顔に布を巻き付けたフードの二人組なんて、怪しいに決まってい
るよ。緊張するなっていうのは無理なんじゃない?﹂
﹁変装しようって言ったのあなただよね。もう少し気を配って!﹂
そうこうする間に三人は店の奥へ入っていく。
他の客からは奇異の目で見られている事だろう。
ただこの店は、少し高級な雰囲気を持っており、客も多くなかっ
たのが救いか。
三人はカウンターを回り込み、店舗の中からは見えないバックヤ
ードヘ入って行く。
女の子の後を付いて行くのでよいが、普通であれば捕まっていて
もおかしくない。
﹁あっ父様﹂
彼女は勢いよく走り、少々小太りだが、がっちりした体格の中年
男性に飛びつく。
﹁おお、如何したね。昼までに帰ってこないから心配していたんだ
ぞ﹂
111
彼女はただ父親に抱きつき、モジモジしているだけで喋り出そう
としない。
しょうがなく話し始めるアルク。
何とか女の子に状況の説明をしてもらい、路地裏の男達の処理を
父親に頼んでもらった。
﹁娘を助けていただいた様で、本当にありがとう。お礼をしたいが
こんな所では何だ、家の方まで来て貰えないだろうか﹂
怪しい事この上ない二人だが、女の子の父親の対応はとても誠実
であった。
﹁すみません。これから昼食の予定があり、遠慮致したく思うので
すが﹂
アルクは面倒事は御免とばかりに、早めの退場を願い出たが﹁そ
れは丁度いい、昼食の用意は出来ている。一緒に如何か﹂と否応な
しに、二人は家に案内されてしまった。
アルク達は、覆面のまま大変申し訳ありませんが、と断りを入れ
て、女の子の家族と昼食の席についた。
商店主の父親の思惑が何処にあるか計りかねていたアルクであっ
たが、昼食の礼とばかりに男から聞いた情報を店主に伝える。
﹁と、まあ、今回の誘拐未遂はカフディール男爵の仕業の様ですね。
なので憲兵に捕まったであろうあの男達からは、真実が明らかにな
る事は無いと思いますよ?﹂
食後のお茶を頂きながら、アルクは気軽な口調で話している。
店主は渋い顔をして、声を出せずにいる。
112
女の子とその母と思わしき女性は、コオリに菓子を勧めながら、
アルク達の話に聞き耳を立てている様だ。
﹁安心して頂きたいので申しますが、私達はこの事を一切口外致し
ません。言った所で何の得もありませんし、意味もありません﹂
﹁それについても感謝する。返す返す迷惑を掛けてすまない﹂
﹁お礼は結構ですが、今後如何するつもりですか。⋮貴族間の抗争
なぞ迷惑でしかない。子供の私が言うのも何ですが、いっそ鞍替え
した方が御家族の為にも良いかと思いますよ﹂
子供と言いつつ、子供らしからぬ口調で話し続けるアルク。
﹁見たところ取引相手は、領主以下な貴族から上級市民辺りかと見
受けられますが、この町の規模では商いもこれ以上大きくはできな
いでしょう﹂
店主は無言だ。続きを促がしているか如何かも分からない。
﹁王都や商業都市との流通量を考えると、さしたる産業や特産品の
無いこの地での商売は、ジリ貧であるのが見えています﹂
﹁かといって、今更経験もない方面に手を出すのは、自殺行為なの
だよ⋮⋮﹂
子供相手に真剣に語り出す店主。
否、彼は初めからアルク達を子供として扱っていなかった。
﹁そこで提案です。私は新しい商売になりそうな情報を少しばかり
113
持っています。対価は結構。お聴きになられますか?﹂
少しの沈黙。場を菓子を摘み、お茶をすする音のみが支配する。
﹁君は何故そこまでしてくれるのかね﹂
最もな疑問だ。これを怪しまない人間は商売などできないだろう。
﹁安心して下さい。厚意でやっている訳ではありませんから。この
話しは誰にしてもいい類いのもので、別にあなたに限ってするもの
ではありません。しばらくすれば噂に流れて来る様な、大した事の
ない情報です﹂
アルクは一息つきながら話を続ける。
﹁店主にお話しするのは、昼食のお礼とでも思って下さい。この情
報を如何扱うかは店主の自由です。取引の類いではありません﹂
﹁⋮了解した。が、私にも生活がある。無謀な方向転換は期待しな
いで欲しい。君の思惑には乗れないかもしれない﹂
店主はアルクを一応信用したのだろう。本音を隠さなかった。
﹁私の事は気にしないで下さい。別に如何こうして欲しいと思って
いる訳ではありません。ただ基本、貴族というのは傲慢です。見栄
は張るのにケチですし、策謀を張るのに下の者には無雑作に暴力を
振るいます。本当に賢い貴族以外との取引はリスクばかりが高く、
それほどの利益を得られないものです﹂
アルクは女の子をちらりと振り返り話を続ける。
114
﹁今回の情報は、リスクは特にありませんので、話半分に聞いても
損はありません。新規の商売であれば、最初は競合する事もないで
しょうし、一寸したチャンスだと思って軽く聞いて下さい﹂
アルクはそれから、具体的な話しに入っていった。
現在近隣の村々で試験的に、ある種の作物の栽培が始まる事。
一部でそれが成功し、数年の間に流通が増えそうな事。
そして、その栽培の中心に亜人が関わっている事。
話し終えた所で、アルクは最後に付け加える。
﹁そうそう、店主が亜人の方々をどう思っているかは分かりません
が、田舎では彼らは貴重な働き手です。今後彼らが自立できれば、
そこに新たな市場が開拓されます。家具や日用品の需要が増える可
能性がある訳です。店主ならば、情報の重要性は認識しておられる
でしょう。この情報をうまく活かしてくれると、嬉しいですね﹂
﹁それでは失礼しました。ご馳走様でした﹂と、アルク達は家をあ
とにする。
お礼を手渡されそうになったが、丁重に断りを入れた。
つけられてはいない様だったので、そのまま宿に戻る。
﹁つかれた∼、めんどくさかったー、めんどかったー﹂
アルクはベットの上でゴロゴロ転がりながら悶えている。
﹁始終真面目に話すなんて、珍しいね﹂
115
コオリは、アルクの真面目に話し続ける姿を見る事が少なかった。
とても珍しいものを見た気分だったのだ。
﹁いや、別に真面目に話すつもりもなかったんだけど、どう云う訳
か真面目になっちゃったんだよ﹂
﹁でも、よかったの? あんなに話す事もなかったと思うけど﹂
コオリもベットに寝そべりながら話をする。
﹁話は問題ないと思うよ。下手な商人が話しに入って来るより、彼
が最初に介入してくれた方が、面倒は減りそうだし。何より彼なら、
今後貴族との距離をとりつつ、うまくあしらえそうだったしね﹂
﹁そんなに、うまくいくかなー﹂
﹁うまく行く必要はないよ。どちらにしろ損はないと思うから。フ
ラグも折れたと思うしね﹂
﹁ねぇ、さっきから度々聞くけど、フラグって何?﹂
コオリが起き上がって聞いてくる。
﹁フラグっていうのは、イベントの起点となる切欠の事。今回でい
えば、貴族の抗争に巻き込まれる切欠を指すね﹂
アルクも起き上がる。
﹁女の子を助けて、貴族の抗争に巻き込まれ、それを解決していく
なんて、頼まれたってしたくないよ﹂
116
アルクには、英雄願望なぞ微塵もなかった。
﹁この話しは終わり。コオリ、おやつを買いに行こう。見た事ない
美味しい物があるかもしれない。さあ行こう﹂
﹁い、いきなりだね。別にいいよ。私は甘い物がいいよ﹂
﹁さっき、甘いお菓子貰ってなかった?﹂
﹁甘い物はいくらでも入るの!さあ行きましょう!﹂
アルク達は町へ出掛けた。
その後、変わった事もなく時は過ぎ、翌々日、お土産を手に、観
光を終えた一行は帰途に着く。
ただ出発当日の朝、町が少し慌ただしかった。
﹁おい、聞いたか、カフディール男爵の蔵が潰れてるらしいぞ﹂
朝から物見の野次馬たちが、男爵邸の周りに集まっていた。
カフディール男爵邸の蔵が一棟全壊している。
幸い人に被害は出ていないが、地震でもないのに蔵が崩れるなん
て聞いた事もない。
町民の間には、様々な噂が流れた。
曰く、誰それの怨みでもかったのではないか。
曰く、蔵の中で妖しい実験でもしていたのではないか。
ただ、事実を知る人間は、この町にはもういない。
117
彼はお土産を手に、帰りの馬車の旅を楽しんでいた。
118
第12話
ずるくてもいい
﹁チートと言う言葉がある。直訳すると”ズル”だ。ズルとは不正
を指す。
ぼくはチートを使い、オレTueeeeする物語を読んだ覚えが
ある。
まあ、この場合のチートとは不正というより、反則と呼べる程の
能力を指していたが。
そこで、現実を見てみよう。
この世界には、チート持ちと呼べる様な奴が、ゴロゴロいる。
魔王だとか上位精霊などその典型だ。圧倒的な魔力を持っている。
他にも、国の王やギルマスなんて、権力、武力チートだ。
言ってみれば、チート持ちにより、この世界は牛耳られている。
民衆は何時も、チートにより毟り取られ、抑圧されている。
チートを恐れなければならない。
チートとは不正だ。
世は彼らの不正により、歪められていると言っても、過言ではな
い!﹂
﹁いや、過言だよ﹂
コオリの突っ込みは、何時も的確だ。
﹁アルクは不正がどうの言う前に、着替えた方がいいよ﹂
アルクは現在、泥まみれだ。
﹁たとえ滑稽だろうと、ぼくは声を大にして⋮⋮﹂
119
﹁いいから、着替えて来なさい!﹂
彼はトボトボと家へ向かって歩く。
ふと肩に置かれた手に気付き、横を向くと彼の妹、ルリが無表情
で立っていた。
彼女は無言で頷く。すっと眼が細められる。
5才児とは思えない程の落ち着きを持つ彼女を、アルクは”もし
や転生者では“と考えた事もある。
﹁外で洗えって﹂
彼女は手についた泥を振り払い、広場へと歩いて行った。
◇◇◇
村の中央広場は、子供達にとって社交の場である。
広場には木の板やベンチが置かれ、彼らは思い思いの遊びに興じ
るのだ。
﹁コオリちゃん。お兄ちゃん何してたの﹂
先程広場に着いたルリは、泥まみれの兄が何をしていたか知る由
もない。
﹁演劇の練習かな?自ら泥を被り、民衆に声を大にして訴え掛ける
人、を物理的に泥をかぶって演じてみる。って言ってた﹂
﹁お兄ちゃんらしいけど、見る人がいないよ﹂
120
﹁民衆に目を背かれつつ、真実を訴え掛けるのが、いいんだって﹂
彼女たちは、土でお城を築きながらアルクを待つ。
﹁演技が好きになったのかな?﹂
﹁ただの思い付きだよ。何時もの事。それよりルリちゃん、これか
ら裏山に行くけど、その格好で大丈夫?﹂
裏山とは村長宅の裏に広がる、雑木林の丘を指す。
ルリの格好は薄手の服一枚。夏なので仕方ないが、林に入るには
少々薄着過ぎた。
﹁平気﹂
その後アルクが戻るまで、二人は黙々と土のお城の増築にまい進
した。
◇◇◇
﹁何時もの事ながら、驚きが隠せないな。ぼくもこういった才能が
欲しかった﹂
見事に完成した土の城を前に、アルクは感嘆の声を漏らす。
城壁の四方には物見の塔が建ち、本物と見紛うばかりの造りをし
た城がその中央に鎮座する。
二人は満更でもない顔で、アルクに声を掛ける。
﹁さあ、お兄ちゃん﹂
121
﹁アルク、少し派手にいっていいよ﹂
アルクは無言で頷く。これは恒例の事。いつも仕上げはアルクの
仕事なのだ。
彼は躊躇なく、手にした木刀で城を殴り付けた。
弾け飛ぶ城壁と塔、踏み潰される城の天蓋。
無惨に潰されていく城を眺める二人。
﹁ぼくが言うのも何だけど、二人とも一寸おかしいよね﹂
アルクが潰し、ならされていく土塊を見て呟く。
﹁おかしくない。ここは皆の広場。元に戻すのは普通﹂
ルリが無表情に語りかける。
ただその無表情の中に、少し恍惚としたそれが感じ取れると、ア
ルクは思っている。
﹁そんな事ないよ。二人とも潰している時の顔、何かうっとりして
いて怖いんだけど﹂
﹁何言ってるの。お城が潰れて廃墟になり、自然に戻っていく様に
寂寥感を覚えているだけよ﹂
﹁コオリ、寂寥感とか難しい言葉使いたかっただけだよね。別に誤
魔化さなくていいのに﹂
コオリが赤い顔で、どう反論しようかと考えていると、ルリが声
を掛ける。
122
﹁裏山行く、お兄ちゃん﹂
ルリは無表情だ。5才にしてスルースキルを使う、末恐ろしい女
性だった。
◇◇◇
彼らは、あーだこうだと話しながら、裏山へ向かう。
﹁ところで、何で今日は裏山に行くの﹂
コオリが手の平を上に向けて、そこから目線を外さず聞いてくる。
﹁ああ、準備が済んだからルリを呼んだんだよ﹂
アルクも手の平と上に向けている。
彼らは先日手に入れた本を読み、現在魔法の練習中だったりする。
ちなみに今は、手の平から風を出す練習だ。
土を弄りながら土魔法を、水遊びをしながら水魔法を、薪をくべ
ながら火魔法を、生活の中にある様々な事を元に、魔法の練習は可
能だった。
﹁準備って何の?﹂
﹁レベル上げ﹂
コオリの問いに、さも当たり前の様に答えるアルク。
123
﹁えーー、えーー、ルリちゃんのLV上げもうするの。早くない?﹂
﹁少し早いけど、LV10位までなら、まー大丈夫でしょ﹂
アルクはとても楽観的だ。
過ぎたるは及ばざるが如し。5才児に要らぬ力を付けさせるのは、
怪我の元になりかねない。
﹁早いって絶対。私だってやったの、ついこの前だよ﹂
コオリは如何やら反対らしい。
﹁安心して、今回のは色々改良された新型なんだよ﹂
﹁そんな事聞いてないよ。ルリちゃんには早いって話しだよ﹂
﹁コオリちゃん⋮﹂
ルリがコオリの肩にそっと手を置く。
コオリの方が大分身長が高いので、手を上げてチョコンと触れて
いる形だ。
﹁平気﹂
彼女は何時もの無表情でコオリを見上げる。
﹁ルリちゃんは平気かもしれないけど、困った事が起きるかもしれ
ないんだよ?﹂
﹁平気、心配ない﹂
124
コオリは未だ、不安が拭えないでいるらしい。
﹁ルリちゃん、アルクから何か聞いてるの?﹂
ルリは頭を振り、否定する。
彼女は兄から今日の事について、何も聞いていなかった。
﹁何時もの事、⋮だから気にしない﹂
何とも達観した子供だった。
◇◇◇
裏山を獣道に沿って、少し分け入るとその場所はあった。
以前LV上げに使用した物ほどの大きさは無く、広さは1メート
ル四方位だろうか。
ただ覗き込むと、その中にはウゾウゾと蠢くスライムが、すし詰
め状態になっていた。
パッと見、深さまでは分からない。
﹁さてルリよ、今日裏山へ来た理由はレベルを上げる為だが、他に
も目的がある﹂
ルリは頷き、続きを促がす。コオリはハラハラしながらも見守っ
ている。
﹁その目的とはスキルの発見だ。もしかすれば今回のレベル上げは、
新たなスキル発見に繋がるかもしれない﹂
125
アルクの説明は続く。
﹁今回の相手はスライム、ルリでも無理無く倒す事ができるだろう。
ただ少し特殊な倒し方をして貰う﹂
二人が真剣な眼差しでアルクを見る。
口での説明だけでは解り難いと、彼は自ら手本を見せる。
スライムの入った溝より下方に設置されている、筒状の突起に近
付き、傍らに吊るされた紐を引く。
途端、筒の中から、ところてん状に押し出されるスライム。
彼は押し出されるそれの体に手を突っ込み、核を掴むとその体か
らもぎ取った。
核をもぎ取られたスライムは、ただの液体となり、地面に吸収さ
れ何も残らない。
﹁さあ、やってみよう﹂
﹁ひどーーー!!、アルクそれはあんまりだよ。酷いというか、残
虐だよ!絶対!﹂
アルクは腑に落ちない顔で語る。
﹁そんな事ないよ。岩塩に落とすよりも、苦しまない筈だよ。熱湯
に漬けて殺すでもないし、見た目が悪いだけで決して残虐ではない
よ﹂
考えてみれば、剣で切り殺す。棍棒で叩き潰す。魔法で焼き殺す。
など、殺す事自体、残虐性は必ずある。
126
﹁お兄ちゃん、これどうやってスライムが出てくるの?﹂
﹁ああ、上のスライムに押し潰されながら筒を流れてくるんだ。だ
から大概が弱ってる﹂
﹁やっぱりひどいよ!この装置は残虐性の極みだよ﹂
どうもコオリは落ち着きがない。
﹁分かったよ。もうなるべく、これは使わないよ。だから今日だけ
だ。とにかくスライムを倒そう﹂
アルクは一寸面倒臭そうだった。コオリはそれに憤慨しながらも、
様子を見守る。
﹁じゃあ、やってみよう﹂
アルクの号令の元、スライムの核、抜き取りが始まる。
紐を引っ張る。核をもぎ取る。紐を引っ張る。核をもぎ取る。紐
を引っ張る。核をもぎ取る。⋮⋮⋮⋮黙々と続けられる作業。失敗
するとスライムがそのまま地面に落ちて逃げてしまう為、気は抜け
ない。
﹁アルク⋮⋮これはしんどいよ、ルリちゃんよく続けられるね﹂
﹁うん。思ったよりこれは、しんどそうだ。思い付いといて何だが、
これは無いかな﹂
遣らせておいて、これは無いとは、あまりに酷い発言だったが、
127
ルリは顔色一つ変えず、無心に核をもぎ取っている。
﹁ルリ⋮赤い奴はいない筈だけど、出た場合急いで逃げてね﹂
アルクは毎日、溝の内を観察し、レアなスライムが発生していな
いか確認はしていたが、念を押しておく。
ルリはそれに無言で頷く。
その後も黙々とスライムの核をもぎ取るルリ。
﹁アルク。何でルリちゃん見てないの。危ないかもしれないんだか
ら、目を離しちゃだめだよ﹂
﹁ごめん。分かってはいるんだけど、正直ルリの眼が怖い﹂
アルクは自分のヘタレっぷりをいたく反省しながらも、ルリを止
められずにいた。
﹁ルリちゃん、そろそろ止めてステータス確認してみて﹂
そこにコオリが優しく支援の手を出す。
しかしルリは黙々とスライムの核をもぎ取る。もぎ取る。もぎ取
る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。
もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。
もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。
もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取る。もぎ取り続
ける。
﹁ごめん!! お兄ちゃんが悪かった! もういいんだ!﹂
128
ルリに抱き着き、作業を止めるアルク。
﹁? もういいの?﹂
﹁いいの! いいんだよルリちゃん﹂
コオルも反対側から彼女に抱き着く。
5才の幼女に前後から抱き着く10才の男女。
構図としては美しいが、内情は酷いものだった。
◇◇◇
その後、残りのスライムは全てアルクが始末し、装置も解体され
た。
﹁あれは悪魔の装置だ﹂二人の間でこの装置は永久封印とされた。
一方ルリの方は、特に苦痛であった訳でもなく、何故に作業が中
断されたか、分からずじまいだった。
その日の帰り、ルリにステータスを確認して貰うと、LVは7に
上がり、さらにスキル:核破壊、なるものを修得していた。
スキル内容は、核の有る魔物の核を一撃で破壊し、死に至らしめ
るという凶悪なもので、特殊スキルではないが、取得スキル欄に載
っていない、隠しスキルの様なものだった。
﹁成果はあったけど、今後、手段はちゃんと考えないとなー﹂
﹁当たり前だよ。ズルばかりしちゃいけないって事だよ!﹂
アルクの呟きにコオリは苦言を呈す。
129
﹁コオリ、これはズルじゃないよ。卑怯でも何でもない、正当な手
段だ。本当のズルってのは、努力するでもなく、運に頼るでもなく、
不正に利を得る事をいうんだ﹂
﹁でもアルクってズルするのに、あんまり躊躇いない気がするよ?﹂
コオリは疑わしそうに聞く。
﹁うん、するよ。別に悪い事でもなければ、ズル位いくらでもする
さ﹂
アルクは開き直った訳ではない。元々こういう男である。
コオリは何も言わない。分かっていた事だから。彼女の苦言は意
味を成さなかった。
﹁お兄ちゃん。お兄ちゃんには核ってある?﹂
﹁ごめんなさい。本当にごめんなさい。さあ肩車で帰ろうか。乗っ
て、乗って?﹂
アルクはルリを無理やり肩車し、鼻歌交じりに帰路に着く。
今日も楽しい一日が暮れていく。
130
第12話
ずるくてもいい︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
来週からの更新ですが、一時休止いたします。
まことに申し訳ありません。
再開は月末か3月の予定です。
よろしければ、再開後も読んで頂けるとありがたいです。
早めの再開に向け頑張りますので、よろしくお願いいたします。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n8899bw/
不条理を駆逐する
2014年2月1日18時10分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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